最終回の向こう側


 ここで書くことは、本来エッセイ的な要素を持っているものだから、創作館に書いてもいいようなものだが、「コメットさん☆」という作品への依拠度が、より高いと思われるので、創作館ではまとめにくいとも思える。そのためここに書くこととした。

 なお、一部の内容は、若干他の項目とダブる部分もあるので、多少躊躇する部分もあるが、どうかおつきあい願いたい。

 実放送最終回第43話で、王子を探すという、コメットさん☆の当初の目的は、大半失われる。むりやりよく知らない人と結婚させられてしまうかもしれなかった式典の、前と後では、二人の王女(コメットさん☆とメテオさん)の、地球で生活する目的が大きく変化する。

 それは、式典の前では「王子を探しだして、その人と結婚し、星国と星雲を安定化すること」であり、後では「より大きな『かがやき』を、探しだし見出すこと」であるということになる。これは一種、その時点で二人の王女が、「生まれ変わる」ということを示してさえいる。

 さて、コメットさん☆という人は、こののちどうするだろうか?。これはメテオさんも同じであるが、自分の星国と星の子たちを守るという視点に立つなら、やがては自分の手で星国を治めなければならないことになる。これは、別に独身でも、治めることができないわけではないが、王室が直接政治を行っているという現在の体制を、変えないという前提ならば、子どもが生まれないと、その持続性に赤信号が灯ってしまう。このことは、なんだか背景思想が、ヘンゲリーノ的で、あまり好ましい書き方ではなくなってしまうのだが、実際上の問題としては、仕方のないことかもしれない。

 では、コメットさん☆の場合ケースケを、メテオさんの場合イマシュンを、結婚相手に選べばいいかというと、ことはそう簡単にすまない。すなわち、それぞれの相手の、「夢と希望を終えさせる」かもしれないということである。星国の殿下になるには、今の生活や、今の目標を大半捨てないと、なれないのではないか。ケースケにとって、コメットさん☆を妻に迎えることが、最大の愛と希望だというなら、それは問題ない。これはメテオさんも同じである。しかし、少なくとも今の彼らは、別に達成したい希望を持っており、その希望についてケースケで言えば、コメットさん☆と直接の関係はないのである。この矛盾は、なかなか越えがたい関門になるだろう。

 それと気になるのが、コメットさん☆が星国に帰るとすれば、第43話でツヨシとネネが味わったような、「別れの悲しみ」を(おそらくツヨシもネネも、一週間くらい手がつけられなかったに違いない…)、例えばスピカさんの娘に「再生産」してしまうかもしれないということである。このことを完全に防ぐのは、人間の普通に見られる「出会いと別れ」同様に、不可能なことではあるのだが…。コメットさん☆という人の立場を考えると、常に起こりうる問題だけに、「希望の象徴」であるコメットさん☆や、メテオさんが、自ら誰かの「希望」を、消失させる、もしくは消失させそうになるというのは、ちょっと悲しい。

 叔母さんのスピカさんのように、地球にとどまることも、可能は可能である。例えばそれは、ケースケやツヨシと結婚して、地球のどこかに住む…ということであるが、そうした場合、タンバリン星国がハモニカ星国をどうするつもりか。それがわからないだけに、星国全体に与える影響として未知数なところが気になる。

 スピカさんとコメットさん☆の立場が、決定的に違うのは、その「王位継承権」である。地球のどこかの国のように、「男系がこれを継ぐ」と決まっているわけではないようだから(メテオさんの星国「カスタネット星国」は、メテオさんの母上が女王である)、ハモニカ星国では、コメットさん☆が王位継承権第1位であり、もしコメットさん☆が王位を継がないとするなら、以下の人(第2位はスピカさんの娘、第3位はスピカさん…)に王位継承権が移ってゆく。しかし基本的には、第2位以下の人が、実際に王位を継ぐとは思えないから、事実上ハモニカ星国の王家は、養子を迎えるなどしない限り、途絶えてしまうことになる。やがて避けては通れないことだけに、やっかいな問題である。

 王制が廃止されて、共和制に移行するというウルトラCも、ありうるのかもしれないが、まあ実際問題としては、コメットさん☆がいつかはその責任感から、王位を継ぐだろう。すると王家としては良くても、結婚と子どもの誕生ということで、相手の男性がその生活を大きく変えなければならないとすれば…、それが納得できるだけの「愛情」を、コメットさん☆に対してそそげるならばいいが、多少なりともそうでない部分があるとすれば…、それは一種悲劇である(互いにとって)。

 明るく前向きな「コメットさん☆」のストーリーで、この部分は実はとても悲しい部分である。だが、いつかこの問題を、自らの「かがやき=希望の力」をもって、コメットさん☆がうち砕くことを期待したい。きっとコメットさん☆には、それだけのパワーがあるだろうと信ずる。

 ただまあ、この話は、ずっと先の話ではある。


 OVAや続編を見たかった・作りたかったという声は、ファンの間、およびスタッフの間でもあるようだ。ではそれらが作られるべきだったのだろうか?。もちろんそれにはいろいろな意見や見方があっていいのだが、私は作られなくて良かったのではないかと思う。なぜなら、ほら、もう私たちは、この作品の「その後」を、あれこれ考えたり、創作したりしているではないか。

 この作品の、比較的高い年齢層の視聴者たちにとってのキモは、作品中の各キャラクターの姿に、自分を投影しうるということであった。それからすれば、この作品の、最終回の先は、私たち自身が考えるべきなのではないか。

 コメットさん☆とは(メテオさんも同様)、私たち人間の「夢と良心に従った希望」の象徴である。なぜなら、彼女は、これから成長するにしたがって、それら夢や希望を、自ら体現するべき存在であり、事実そのために地球に住んでいるからだ。コメットさん☆が地球にやってきた理由そのものが、彼女に関係するあまたの人々と、彼女自身の「かがやき」と呼ばれる「良心に従った希望」を体現する、ということのはずである。だから彼女は、未来への希望のあるところに、いつでもあらわれる、かもしれない。この世に、いや、人に希望がある限り、第4、第5…のコメットさん☆すら、現れるべきなのだ。また新しき希望と良心の象徴として…。

 とすれば、ハモニカ星国の王女コメットさん☆のことは、私たち彼女を見た者たちが、自らの手で語り継ぐべきだろう。ただ彼女は消えてしまったわけではない。今日も鎌倉のどこかで、たくさんの「かがやき」を求め、普通の女の子の横顔をもって、暮らしているに違いないからだ。

 私たちが、もしくはあなたが、何か希望と良心を心にたずさえたとき、コメットさん☆は、もうすぐとなりに、いるのかもしれない。


2004.7.27すぎたま記