神奈川県海老名市猫144頭多頭崩壊事例に見る行政の不適正対応に関する考察続き


 さて、「聞き取り」は終わったので、ここから検証と考察に移る。

<保健福祉事務所サイドについて>
●当面の厚木保健福祉事務所の対応は適切だったか
 やはり行政機関としての厚木保健福祉事務所の対応は、全体に迅速とは言いがたく、かつ「正常性バイアス」を、最大限に働かせ、良いように良いように、事態を小さく小さく解釈しようとしていたとしか思われず、怠慢のそしりは免れないように思える。
 特に対応をのんびり検討しているうちに、事態はより悪化してゆき、多頭崩壊宅の空気中アンモニア濃度が、労働安全衛生法の規定する基準値の数倍にあたると思われるレベルに上昇。それが原因と思われる症状で、多数の猫が健康を害し、救出されながら死亡する個体が発生した。また人間についても健康被害が発生した。
 一方、法律・条例の壁があり、強制的な立ち入り権などは無いので、手出しがしにくい部分はあったことはたしかであり、また新形コロナウイルスの流行という想定外の事象も発生し、時期的に急ぎ対応するべき時期と重なるという不運があったことは確かではある。
 空気中アンモニア濃度が危険なレベルに昇っていた件については、今まで知られていない事象でもあり、予見が困難であったとは言えるが、内部の確認などは、警察にいち早く通報するなどして、協力を得られれば、同行しての細かな確認作業なども出来たはずであり、おおむね動物愛護法に触法しているのは明らかであるのに、積極的に警察に通報しないのは、愛護動物や周辺住民に対して積極的な対応とは言いがたい。
 また、相手は生物であり、あまり悠長に構えて事態に対処するのでは、その間に多頭崩壊の状況は急速に悪化してしまう。事実高濃度のアンモニアによると思われる肺水腫にて、死亡する個体が発生したことから考えても、何か「モノ」を扱っているかのような対応に終始していて、切迫感が無いのが、制約はあるにせよ問題である(※アンモニアの危険性については後述)。
 それに、当方の問い合わせに対する回答と、各種新聞、テレビによる報道とを比較検証すると、当方に対し事実と異なると思われる答弁をして、いかにも対応が妥当であったかのように装っていたのは、全く県民を愚弄する行為であり、公務員の公正義務に反する。この件は実は大問題で、嘘で取り繕うのであれば、全くその組織全体が信用できなくなる。この点については、強く指摘しておきたい。

●ネグレクトの定義について
 保健福祉事務所の担当者に再三問いただしてやっとおおよその回答が得られる程度であり、この人は現場にも同行したというのであるから(NPO団体の報道によれば、現場に入った事実は無いとのことであり、正確に現場に入ったのかは不明のまま。TV報道でも行政職員の姿は確認できない)、現場の人間全ても、ネグレクトについて同等程度の認識であると考えられる。しかも、その内容は現場の様子により異なると解釈できる答弁であるので、ネグレクトであるかどうかにつき、恣意的な印象による操作が入り込む余地がある。ネグレクトは虐待の一種であり、当然保健福祉事務所等の行政機関は、動物愛護管理法違反として警察への通報義務が生じる。保健福祉事務所としては、動物の引き取りに関して、本件のような多頭崩壊案件でも、特別扱いは出来ないとするのであるが、それならば、ネグレクトの定義にも、一定のガイドラインかマニュアルを設定・共有するべきであり、それに沿ってネグレクト・虐待の判定をするのでないと、結局どこかに「特別扱い」の対応部分が残ることになってしまう点は、厳しく指摘しておきたい。

●本件がネグレクト虐待であったかどうかについて
 飼い主は一人ではなく家族であり(新聞報道による)、その家に現住していて、不潔な環境であって、死体も放置状態ではあり、糞尿によって床が汚染されている状態、かつ周辺にも臭気が漂う状況であったとされている(新聞・テレビ報道、現地に出向いたボランティア諸氏の証言・撮影画像、保健福祉事務所の担当者証言による)。
 他方、保健福祉事務所の提示した、ネグレクト虐待に当たるかどうかの目安は以下の通りであるとする(保健福祉事務所担当者の言による)。
1.飼い主がもう飼養できない状況
2.排泄物が堆積している状況
3.死体も放置されているような状況
4.水やえさが十分に与えられていない状況
5.動物がやせ細って、衰弱している状況
 朝日新聞2020年10月7日朝刊の「神奈川面19面」報道によれば、これらのいくつかが指摘され、さらに現地に同行したNPO団体諸氏の目撃・撮影に基づく証言によると、残りも「達成」されてしまっていると思われる。したがって本件を、「ネグレクト虐待」では無いとは言いがたく、ネグレクト虐待に当たるのであって、よってそれは動物愛護法に抵触していると考えられ、残念ではあるが警察案件になってしまってもやむを得ないと考えられる。しかし、本件はそのような経緯により、警察の捜査の対象となってしまったので、最終的にどのような認識とするべきかは不透明なため、一応「現状の諸条件からの推定では、ネグレクト虐待に当たるのは確実と思われる」という表現にせざるを得ない。

●保健福祉事務所担当者の応答はどうであったか
 これについては、まとめた通り一つ一つのこちらの問いかけや、追求に対しても、一応真摯に対応しているように見えるが、その答弁の中に以下のような事実に反する、もしくは不誠実な回答が含まれていることは、大きな問題である。すなわち、
1.NPO法人代表が撮影し、ブログ上に発表している画像は、その後の新聞報道などで事実を報道していることが明らかであるのに、「偏った一方の一部分を切り抜いた情報」などと断じている。
2.「関知したのは5月時点でのにおいに関するご近所からのご相談ということ」という保健福祉事務所担当者の言は、報道によれば4〜5年前からの相談が市役所に寄せられており、それを知り得なかったとする言い訳は、あまり通用するとは思えない。
3.「中にも入っております」という発言は、NPO団体代表のブログ報道、撮影画像によれば疑わしい。これは保護当日入ったのではなく、前もって様子を観察したのではないか。その時、または当日にこの多頭崩壊家屋に入っていたとしても、「坂上どうぶつ王国」の映像を見る限り、「100頭以上の猫を確認できなかった」というのはあり得ないと考える。
4.「捜査上の内容を一般的に公開するという行為もどうかなというふうに思いますので」なる答弁については、誠に嘘・不誠実の極みと思える。これは動物愛護管理法違反と考えられるため、警察に通報義務が行政機関にあり、まさに警察案件であるが、仮に警察が、捜査に支障があるため、報道(公開)を控えてくれと要請してきたのであればともかく(それでも無視して報道する自由は、言うまでも無く保障されている)、行政機関である保健福祉事務所が、義務を果たさない(この場合警察への通報義務)のに、自ら捜査権が無いのにもかかわらず、「捜査上の内容を一般に公開するのはどうか」と指摘すること自体、越権行為であって、そのような行為を正当化しようと、当方を誘導しようとする段階で、不正義・不誠実な対応と言わざるを得ない。
5.「例えば個人の自由で殺害現場等をそういう公に発信していいかというところは、いろいろ倫理上の問題があるかと思います」なる発言にしても、本件は殺人事件や動物の直接的殺害事件では無い。そのような飛躍した例を持ち出す時点で、論理破綻していると考える。当方の電話での回答でも指摘していることだが、このような事態が発覚するまで、日々猫たちは極限状態に置かれていたはずなのに、のんびり構えて緊急一斉保護を自らかけないことは、いろいろ倫理的に正しいと言えるのだろうか(緊急一斉保護については、県動物愛護センター保護・指導課長の発言のところでも取り上げる)。
6.保健福祉事務所が自ら警察に通報しなかった件に対して、「まだその判断内容については、一般の方にお答えできる段階ではありませんので」などと発言しているが、そんな木で鼻をくくったような回答は、そもそも主権者たる国民に対して失礼であろう。さらに、動物愛護管理法の趣旨からしても、行政機関が触法状態であることを認識した場合、直ちに警察に通報し、警察の力も借りながら問題の対処に当たるのが当たり前(義務)であり、こんな答弁はやはり不誠実の極みである。行政の暴走を市民が監視し止めるという、三権分立・議会制民主主義の趣旨からして、行政機関が市民に対し強い権限を持つことには、絶対主義国家では無いのだから反対するけれども、警察に通報するべきかどうかについて、現場で判断せず、持ち帰って悠長に相談してから決めるというのでは、本件のように動物の命がかかっている緊急性のある事態に、はじめから「迅速対処しない」と言っているのと同じである。この点において、このような答弁も、極めて市民・県民・国民に対して不誠実と言わざるを得ない。
7.本件内容の詳細につき、開示を要求している形になっているが、もし開示請求をした場合、誰がその請求に応じるかどうか審査するのかとの、私の問いに対して、「こちらの方で判断させていただきます」と答弁しているが、これは全くの嘘である。実際は審査庁、情報公開審査会が審査するのであり、現場が審査するのでは無い。こういう重要なところで、嘘の情報を伝え、はぐらかそうとするのは、意図的かどうかはともかく、やはり信用ならないと言わざるを得ない。
8.「のらりくらりやっているわけではありませんので」なる答弁については、全く笑止な回答である。こんなスローモーなやり方では、救える命も救えない。事実全頭2020年9月20日に保護されるのであるが、その後死亡する個体もおり、新たに生まれる個体もおり、さらにはその中でも死亡する個体がいる有様である。特に本件においては、家屋内のアンモニア濃度が危険なレベルであることは、その場で容易に推定できたはずで、そのような劣悪な環境からは、一刻も早く動物は保護されなければならず、アニマルウェルフェアの観点からも、当然の取るべき対応と言える。それをいっさい無視するかのような行動であり、明確な行動計画を広く明示することも無く、したがって迅速な行動とは言いがたい。それを指摘されて「のらりくらりやってない」とは、どの口が言うのかとすら思わせるものがある。
9.NPO団体が持ち込んだアンモニア計で、80ppmから90ppm台というような値が出ていた(NPO団体の撮影画像による)。それを指摘したにも関わらず、「においだけをもってして、あの虐待とも言い切れない部分がありますし」と、空気中のアンモニア濃度を(アンモニアは「毒物及び劇物取締法」上の劇物)、ただの「におい」の問題にすり替えている。これこそ最近はやりの言葉で言えば、「印象操作」の最たるものであり、全く言うことは信用できないと言い切れる。
10.数回に渡り、私が「この現場の床に寝られるか。虫がわいて糞便が堆積しているところに寝られるのか」と尋ね、それによってネグレクト虐待かどうかがわかるはずだと質しても、ついぞ自ら寝られるのかどうかについては回答していない。飼い主が生活できていたのだからネグレクト虐待とは言えないと、暗にほのめかし、極めて不誠実な答弁に終始している。
11.「同じ方々に同じ内容でのそういう罵声等を浴びせられてますので」との答弁をなしている。たとえ意見が対立する相手であっても、公僕たる公務員が、市民に向かって言う言葉として適当とは思われない。相手が仮に激高していたとしても(安全が保てないようなレベルなら別だが)、相手が市民である以上、「罵声」、「浴びせられ」と言うのは、いかにも相手に失礼だと思われる。行政の不法行為や違法行為、不手際を質すのは市民の役割でもある。
12.「実際やらなければならない動物を飼う上での当たり前の健康管理であったり、あの、世話をしないとかっていう部分での、ま、あの新鮮なお水を与えたりだとか、餌をあげるって行為は飼い主さんされていたと認識」という答弁をしているが、これは全く嘘である。その後の朝日新聞2020年10月7日朝刊報道により、「数多くの猫が、著しく栄養不足であり、脱水症状。糞尿まみれ」であったことが報じられている。この種の新聞報道の場合、さすがにそれなりの裏を取っていないとは思えないので、この保健福祉事務所担当者の言う「当たり前の健康管理、新鮮な水を与えていた、餌を給餌していた」というのは、明らかに事実と異なると言える。新鮮な水を与えられていたのなら、なぜ脱水症状に多くの猫が陥るのか。こういう嘘を平気でつく人は、全く信用ならない。
…というような具合である。この後にも、たくさんの嘘・不誠実・疑問のある回答を、この担当者はしているのであるが、もう十分「嘘つきで不誠実、失礼」であることは証明されたと思えるので、このくらいにしておく。

<保護団体系サイド>
●NPO団体等の対応について
 現場で感情的になるのは気持ちとしてはわかるし、おそらく現場にいれば、当方でも声を荒らげる程度のことはしただろうと思う。それほど毎度のことながらひどい状態ではあった。しかし、役人というものは、その場の嵐が通り過ぎてしまえば良いと考えているものであるので、あまり感情的になりすぎないようにし、冷静に行政の不備を指摘して、汗をかかせるべきであり、その方がその後の処理もいくらかは楽になると思える。
 しかし今回NPO団体が、「アンモニア測定器」を持って行ったのは、非常に証拠能力が高く、臭気という主観的な感覚に対して、客観的な数値を提示しうるという点で、高く評価されるべきであると考える。特に労働安全衛生法の規定基準以上の濃度が検測されたという点では、この種の作業における危険性や、多頭崩壊宅の動物に対する差し迫った危険性を発見したという点で、重要な示唆を各位に与えた。この点は行政機関、また動物保護に関わる人々全てが参考にするべきである。

●すぎたまの追求は適当であったか
 これについては、ボランティアで猫保護をしている人々の対応に対し、行政機関が血の通った、あるいは適切な対応が出来てないと感じての「直接抗議」になってしまっているのであるが、一応所定の目的は達したと考えられはするものの、あまり現場の人を責め立てる感じになるのでは無く、あくまで「聞き取り」にとどめ、双方の主張(この場合担当者とNPO代表のブログ記載内容)を比較検討し、問題点をまとめた上で上部組織(例えばこの場合は担当者の上司や、動物愛護センター、県知事秘書室、関係県議会議員など)に抗議・通告する方向性の方が、良かったかもしれない(もっとも、新聞・テレビが取り上げ、NPO代表のブログがさらに詳細な内容を公開したため、その後のすぎたまとしての抗議については、やや迷走してしまい、混乱を招く結果となったのは、本意では無いとはいえ反省点と言える。特に県動物愛護センター保護・指導課長氏へは、抗議するつもりが、取り消す事態に至ったが、本来の抗議先として適当とは言えなかった。詳細は後述)。これらの点については、今後再考察が必要かと思う。

<法律関係など>
●法律や条令の限界とそれでも援用するべきだった条文について
 10頭以上の動物を飼育する場合、届け出が必要になったのは、神奈川県では2019年1月からの条例改正によるもの。本件による届け出は、「30頭」として出されたものだそうだが(保健福祉事務所担当者談)、実際は144頭であったとされる(各種報道による)。しかし、一般家庭への立ち入り検査をする権限は、主として業として動物を扱う場所でないと、保健福祉事務所などに与えられておらず、強制的に住戸内部を検証することは今のところ保健福祉事務所単体では出来ない。また、現状では、明らかに多頭崩壊が起こっている状態でも、動物の所有者が「所有権の放棄」を認諾しないと、保護が出来ない仕組みとなっている。それらは今後の法律や条令の改正に待たねばならないところであり、現状で保健福祉事務所が強権を振るうことはやや困難であると言わざるを得ない。また別な私権の制限にもつながるので、いたずらに行政機関へ権力を集中させることが望ましいとも言えない。そのような経緯から、保健福祉事務所などが活動の制約を受けること、および動物を保護しようとする団体も制約を受けることは避けられず、限界があることは認識しなくてはならないが、警察に通報できる案件であったと思えるので、警察を援用すること出来たはずである(現在、NPO法人代表による通報で、警察の捜査が行われている状態)。
 特に以下の点では、法律上の検討が当然成されるべきであったと言わざるを得ない。
 動物愛護管理法(動愛法)および刑事訴訟法は、以下のように規定している。
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・動物愛護管理法第44条
愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
2  愛護動物に対し、みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行つた者は、50万円以下の罰金に処する。
3  愛護動物を遺棄した者は、50万円以下の罰金に処する。
4  前3項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。
一  牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
二  前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの
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・動物愛護管理法第41条
2 獣医師は、その業務を行うに当たり、みだりに殺されたと思われる動物の死体又はみだりに傷つけられ、若しくは虐待を受けたと思われる動物を発見したときは、遅滞なく、都道府県知事その他の関係機関に通報しなければならない。(※この部分2019年改正による変更部分にかかる。通報の努力義務が実行義務に改正。)
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刑事訴訟法第239条
2 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。
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 これらから判断するに、動愛法44条の内容から、本件ネグレクト虐待事案は、明らかに第2項に抵触しているものと考えられる。
 そして動愛法41条の2については、厚木保健福祉事務所の現場に出動した職員が、行政獣医師であったという報告があり、そうでなくとも、動物愛護センターには多数の獣医がいて、本件収容猫の状態を診察しているのは明らかである。特に職員は、一見して「多頭崩壊」が生じていることを確認しているわけであり、室内にも入室したのであれば、動物の死体を発見したり、傷ついている個体を見たり、虐待を認知したはずである。虐待の認知については、その「正常性バイアス」によって、「一概に虐待とは言えない」旨答弁しているのであるが、現状の画像を見る限りでは、明らかにネグレクト虐待は否定しようが無く、虐待と認識しなくてはならない事案と考える。
 さらに刑事訴訟法第239条の2について、行政職員は公吏であるのだから、この場合動物愛護管理法第44条に違反し、かつ第41条にも違反するのが明らかと思料した以上、告発しなければならないとの規定を無視しているのは、重大な問題と言わざるを得ない。「思料できなかった」と言い張るのかもしれないが、そんなのは屁理屈による言い訳としか言いようがないことは、自覚するべきだ。やはり、以上の法律を根拠に警察へ自ら通報し、率先して問題の解決に当たらないのは、まことに怠慢と言われても致し方が無い。民間人が動愛法に基づいて通報するのを、ぼさっと見ているだけというのなら、行政の意味があるのかという点は、強く指摘し、今後はこのようなことが決して無いようにせよ、と要求したいと考える。

 その他労働安全衛生法や、毒物及び劇物取締法を援用することは出来なかったのか等、法律上の疑問点も存在するので、保健福祉事務所にあっては、それらによる立ち入り調査なども今後検討されるべきと考える。

●市役所に数年前から5年前に少なくとも一度苦情が寄せられながら、2020年5月に再度苦情が寄せられるまで、情報すら保健福祉事務所に伝達していなかった市役所の対応は適切か
 全く適切なはずが無く、いわゆる「縦割り行政」の弊害が出ていると考えられる。本来その「数年前」に相談が寄せられた際(朝日新聞報道と、NPO代表ブログの記載による)、すぐに猫の保護をしていれば、ここまで増えてしまい、死体も見つかるという悲惨な状況は避けられた可能性がある。また頭数ももっと少なくてすんだことは確実である。そのような結果からしても、保健福祉事務所に情報伝達しなかった市役所担当部署の責任は重く、怠慢の極みと言わざるを得ない。「行政の対応は、結果でのみ評価される」ということを失念しているとしか思われないのは残念である。

●現場のアンモニア濃度が労働安全衛生法・毒物及び劇物取締法上の基準濃度を超過していたと思われる問題
 多頭崩壊現場において、糞尿の堆積による「強烈な悪臭」を感じることは、普通にあることであるが、今までその「臭気」に含まれる「アンモニアの危険性」について、定量的に論じられたり、そもそも顧みられることはほとんど無かったと言ってよい。それは、単に「臭気が周りに迷惑かどうか」や、糞尿の堆積度をはかる指標程度にしか着目されてこなかったからであろうが、本件においてレスキュー作業を担当し、現場に入ったNPO団体メンバーが持参した「アンモニア計測器」にて、驚くべき値が検出され、厚生労働省などが示す安全基準に照らすと、既にその基準値の倍から数倍に上る値であることが確認された。このことは、今後レスキューを行わねばならない多頭崩壊において、重大な問題となりうることを示しており、単に「臭気を我慢するかしないか」という問題にとどまらないものである。
 厚生労働省のHPによれば、アンモニア(NH3)について、
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7664-41-7.html
・吸入した場合空気の新鮮な場所に移し、呼吸しやすい姿勢で休息させること。
・皮膚に付着した場合直ちに、汚染された衣類をすべて脱ぐこと、取り除くこと。皮膚を流水、シャワーで洗うこと。
・高濃度を吸入すると、肺水腫を引き起こすことがある。
…とある。その上で許容濃度について、
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許容濃度
日本産衛学会(2014年度版)25 ppm 17mg/m3
ACGIH(2014年版)TLV-TWA (25 ppm)、TLV-STEL (35 ppm)
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…としている。このうち、日本産衛学会の許容濃度を準用すると、25ppmまたは1立方メートルあたり17mgであるから、現場で検出されたとして、測定器に表示された80ppmから90ppmの測定値は、その「許容濃度」をはるかに超える値であることがわかる。実に3倍以上ということである。
 本件に用いられた測定器は、定期的な校正がなされているか、また労働災害防止のための測定器としての正確性を担保しているかは不明であるが、一般人が入手出来る測定器であっても、許容濃度の3倍以上が検出され、特に本件家屋の2階部分では、この測定器の測定限界を超えてしまう(表示が99ppmから変化無くなる)状態であったことからすれば、少なくとも厚生労働省が想定している許容濃度以内(25ppm以下)に収まっていたとは、とうてい考えられない。
 よって、当然場所によって大きな変動があったとは考えられるにしても、おおよそこの家屋全体が、「危険なアンモニア濃度」であり、特に濃度の濃い場所では、直ちに猫はもちろん人ですら待避しなければならないレベルの濃度であったと推定せざるを得ない。
 本件では、現場で人が体調不良を感じ、その後も数日にわたり体調の異常、特に呼吸器系の異常を感じる人がいたこと、および救出されたにもかかわらず、肺水腫を発症して死亡する猫個体が発生したことから考えると、それらは「高濃度のアンモニアガスに、人は短時間、猫は長時間暴露した」ことによる、健康被害であると考えざるを得ない(参考:http://www.aibashouten.co.jp/sds/sheet/an.pdf)。
 特に、80ppmなどという測定値が出る場所があるとすれば、人は全身防護服に、防護眼鏡、防毒マスクを装着した上で入るべき場所であり、換気機器も設置の上、厳重に管理されなければならない現場と言える。当然、猫はたとえ数日キャリーケース生活になろうとも、即時全頭待避させるべきであり、保健福祉事務所が提案した「30頭ずつ5ヶ月かけて」などという「悠長な」レスキュー計画は、まるで論外であると言わざるを得ない。
 もちろん、「高原のにおい」であるとか、「家屋の前ではさしたるにおいは感じない」であるとかの、アンモニアの「臭気」の問題にとどめようとするのは、健康や労働安全を所管する行政機関として、全く手ぬるいとしか言いようがない。このアンモニアの問題は、単ににおいの問題では無く、健康被害を生じうる化学物質の濃度(大気汚染)の問題である。ともすれば、保健福祉事務所は、問題を矮小化しようとしているのかという疑念すら生まれるほどだ。
 仮に、現場で呼吸困難となり、倒れる人でも発生しようものなら、保健福祉事務所はどうするつもりだったのか。今回家屋内に入ったことが確認されているのは、NPO団体、公益財団法人のメンバーらと、警察官たちであるが、それらの人々に急性の障害が発生した場合、保健福祉事務所はどのように責任をとれるのか。
 そもそも本件にしても、一般的な多頭崩壊のレスキューにしても、現場に保健福祉事務所の職員が立ち会っている以上、その責任においてNPO団体メンバーらの、当該家屋への立ち入りを認めているはずであり、NPO団体メンバーらが「勝手に出入りしている」とは言えないはずである。特に、保健福祉事務所は厚生労働省の末端組織であるが、上部組織の厚生労働省本省が「アンモニアは劇物であり、人が存在する場所の基準として25ppmか、1立方メートル当たり17mgを超えてはならない」と規定しているのを、「知らなかった」ではすまされない。したがって、本件において、一般の市民であるNPO団体、公益財団法人のメンバーらを、高濃度のアンモニアガスに暴露させたのであれば、それによって健康被害が生じるかもしれない予見可能性はゼロとは言えず、法律の文言にある違反濃度が、常に検出されたわけではない(基準濃度を上回っても直ちに違法かどうか、また法律が生物由来の劇物濃度が高濃度になる事態を想定しているかは不明)としても、なんらかの法律に抵触しうる事態である(あった)と考えられる。特に労働安全衛生法、毒物及び劇物取締法は、労働災害や業務における暴露に対しての法律だそうで、本件のような一般市民が自然物由来の劇物に暴露するという事態を想定しているものではないそうだが(他地域の保健福祉事務所担当者談)、本件で検出されたと思われる濃度のアンモニアガスが、仮に業務として暴露させられたのであれば、触法状態となるだけに、今後検証が必要と考えられる。

<その他>
●飼い主について
 多頭崩壊を起こしてしまい、迅速に行政機関または猫保護団体の助けを求めなかったのは問題であるが、新聞報道によれば、おおよそ8〜10年ほど前より猫を拾って飼い始めたとのことである。そのこと自体が悪いこととまでは言えない。しかし、猫が急速に増えることにより、避妊・去勢手術などが追いつかなくなり、個体増殖を止められなったことにより、急速に事態は悪化したと考えられる。それが予想できなかったというのは、確かに一般的には不勉強を指摘されても致し方ないとは思えるが、ひとたび猫が増殖を始めてしまうと、その増殖スピードは恐ろしく速いため、保護シェルターなどですらそれを止めるのは難しく、崩壊に至ってしまうケースもあるにはある。ましてや一般家庭では、ひとたび制御出来なくなった増殖は、対処のしようが無いのではあるまいか。よって私たちは、避妊・去勢の徹底を、改めて肝に命じなければならないと考える。また、まだまだ啓蒙が足りていないし、意識を変えられない人が多いのだとも言いうる。
 失敗した人を責めてそれで終わりでは、明日また多頭崩壊は起こり続ける。死んでいった猫たちの霊も浮かばれないのではあるまいか。
 それでも本件が通常の多頭崩壊と多少異なるのは、絶望的な衰弱や身体奇形を伴う猫は比較的少ない一方、長期にわたる危険な濃度のアンモニア暴露によって、救出後に肺水腫などの特徴的症状で落命する個体が発生している点であり、外見上極端な状態の良くない猫が少なめな反面、体内に健康被害を生じていた個体が多いのには、どのようなファクターが関与しているのかについて、今後のためにも詳細な検証が必要と思える。

●県動物愛護センターの対応について
 従前の施設が老朽化し、多額の寄付金と税金を投じて、県知事肝いりで建設(旧施設は解体)され、殺処分から譲渡へという流れを作る計画であったようだが、そのような流れ自体は出来てはいると思われるものの、実際は基本的にかなりな部分の業務を、人材の関係上登録ボランティアの団体・人に丸投げにならざるを得ず、センターそのものとして主体的な活動を、スピーディーに行っていて、それが広く広報されている状態には、なお不足があると言わざるを得ない。人繰りの問題はあろうが、ひとまずこの点は指摘しておきたい。特に多頭崩壊による迅速収容にほとんど対応できておらず、立派な施設があり、獣医師も稼働中は常駐しているはずなのに、虐待状態からの緊急収容が出来ないケースが多々あるのでは、何のためのセンター改築だったのか、また何のためのセンターかについて、疑問の余地が生まれてしまう。
(以下、次号)


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