使い終わった植物栽培用ポットで遊ぶミト。まだメトのおっぱいを欲しがる月齢でした。
メトの「子猫教育」は、ちゃんとしているものでしたが、それほど自らも含めて人への警戒心は強くなかったので、手を出せばこんなことも。小さな舌で人の指を舐めます。
サビ。この子は最終的にメトと二人残ってしまったので、メトと共に成育場所を移動させようとしたところ、母猫であるメトとはぐれたのか、その後別れ別れになってしまい、図書館脇で見かけて以来、行方がわからなくなってしまいました。教授の「保健所へ連れていく」という言葉(当時の保健所は、自動的に殺処分)がなければ、成育場所の移動などしなくてすんだのですが。広い農場もありますし、作物をいたずらするわけでもないので、もう少しの間寛大にしてくれていればと、今でも思いますね。
メトのほうは、近くの民家に入っていくのを、帰りがけに見かけたりしたので、そこでごはんがもらえるようになったようで、一応ほっとしました。
ミトともう1匹、長毛猫、別の1匹の順で里親さんにもらわれていきましたが、一人は男子中学生さんと、子ども連れの親子さん二組でした。中学生さんは、長毛猫を選び、手に負えなかったのか、あとで返しに来る一幕もありましたが、その長毛猫は、あとから見に来た親子さんにもらわれました。
全体的にはおおらかでゆるやかな時代だったとは言えると思います。反面今ならもっといろいろな対応がとれたと思うので、少々残念なところもあります。正直苦い思い出でもありますが、「命を見守る」ということの厳しさは、少なくとも学べたのではないかと思うところです。ご覧の方々の中には、批判的に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、なにとぞ時代背景などをご賢察いただきたく。