第2次フラワートレイン続き


第2次フラワートレインの画像です

 特に運用には区別がなかったので、このように準急にも頻繁に充当されました。日中の準急は、6輌編成単独での運用ですので、6輌そろった塗色で活躍です。1983年3月末頃、経堂−千歳船橋間。2869号ほか6連。現在この場所は、高架化で全く趣きを変えており、この時代の面影は全く残っておりません。またこの写真は、鉄道用地内に立ち入って撮影しているように見えますが、柵の外からカメラを入れての撮影です。


第2次フラワートレインの画像です

 3ヶ月ほど走り続けた「フラワートレイン」。しかし6月末で運転終了と聞き、撮影に行ったものです。実際には7月10日まで走ったようですが。改装前の玉川学園前駅にて。1983年6月30日撮影。愛称は「ピンキー」などと呼ばれていました。車体すそに帯などが無いので、やや重さを感じる塗装パターンですが、色がそれをすくっている気がします。


第2次フラワートレインの画像です

 走り去る2600系2669編成「フラワートレイン」。この日の運用はA11でした。車掌さんに聞くと、「どこそこの駅ですれ違ったなぁ」と言って、ダイヤを見てくれ、簡単に教えてくれた時代でした。玉川学園前駅にて。1983年6月30日撮影。


第2次フラワートレインの画像です

 地平時代の成城学園前を発車していく2600系「フラワートレイン」。今も昔も、イベントカーは人気者でした。1983年5月頃、成城学園前駅にて。


通常塗装に戻った2669編成の画像です

 7月になって、本格的な暑さがやって来ると、2669編成も、普通の2600系に戻ってしまいました。「祭もいつかは終わる」。そういうことでしょうか。1983年7月、新百合ヶ丘駅。左側の山や草地は、今まったく姿を消してしまいました。もちろん、この2669編成も…。時の流れを感じますね。
 翌年もフラワートレインの運転を期待したのですが、なぜかこの年を最後に運転されることはありませんでした。5000系による「SURF90」塗装車、8000系による「蘭・世界大博覧会」塗装車、「ポケット号」、10000系による「イタリアン・エクスプレス」など、その後もイベントカーは走りましたが、「フラワートレイン」は、この年が最後でした。都心に近い遊園地であった向ヶ丘遊園のフラワーショーは、長い歴史を誇ったものだったので、毎年この種の電車で宣伝し、うまくその後のガーデニングブームにつなげられれば、あるいは遊園地の運命も変わったかと思うと、どこか残念な気がするものです。


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