まずは10月に入ってから臨時入場し、2003年10月19日の「ファミリー鉄道展」(海老名検車区で開催→「海洋紀行トップ」→「鉄道資料館」→「イベント」のところでも取り扱っています)でお披露目されました。同じ色に塗装された2200形(これはもっと前から)と、10000系ロマンスカー「HiSE」と並んで。
2600系のみをアップで撮影しました。塗装色は、旧塗装よりほんのわずか紺色が濃く、オレンジイエローは少し薄めになっています。また大変つやのある塗料のようで、近年の塗料の進化を物語っているようです。
2600系は、登場時から種別幕がありましたが、なぜか使用しない編成もあり、そのような場合は、このような「急」などという種別標識を掲げて運転されていました。1980年代の5000系でも、種別幕故障のため、筆文字の「急」を掲げて走っているのを、見たことがあります。また方向幕は、かつて江ノ島線で運転されていた「快速急行」(現在の快速急行と異なり、相模大野−藤沢間無停車の海水浴臨時急行)のものを掲げています。もちろん2670編成の方向幕は、冷房化時に標準仕様のものに交換されていますので、これは特別に復元したものを貼ったようです。種別幕も白幕は無いので、よく見ると紙です。
さっそく翌日から、通常の6連運用に戻りました。展示から翌々日、経堂駅の複々線化・高架化暫定ホームを通過していく上り急行。この時代まだ経堂駅への急行停車はまだ実現していません。2003年10月21日。下回りは、ボルスターアンカーとスカートのみ塗り直されています。それにしてもツヤッツヤの塗装ですね。
湘南急行として、5000系を従えて走る2670編成。千歳船橋駅にて。この場所も、まだ高架・複々線化が完了しておらず、左側の線路は本来下り急行線になる予定の暫定上り線です。暫定上りホームは、上り方にかなりずれているのがわかるかと思います。2003年11月15日撮影。
特に運用上制約があるわけではないので、このように箱根湯本行き急行としても走りました(その後6輌編成の箱根湯本乗り入れは廃止)。この時期経堂駅は、まだ複々線化に伴う大工事が行われながらの列車運転でしたので、本来各停が発着する下りの1番線が急行・多摩急行など、2番線が原則各停、通過線になる予定の線路が暫定ホームで上り急行・多摩急行など、急行線になる予定の線路は工事中、4番線が完成して上り各停となっていました。この画像は、暫定上りホームからの撮影ですが、建物の影が落ちるので、左側の信号機もじゃまになることもあり、苦しいところです。2003年11月16日、経堂駅上り方にて。