これにより、小田急電鉄の前身は小田原急行鉄道であることが理解出来ると思いますが、小田原急行鉄道時代、建設工事に従事した蒸気機関車(SL)の話は、あまり知られていないのではないでしょうか。
ここでは、この小田原急行鉄道時代の蒸気機関車について、現在発表されている文献の中で、入手出来たものから、その歴史的経緯を追いつつまとめてみようと思います。
とりあえず、雑誌などの小田急電鉄特集号などで、古くから小田原急行鉄道時代の蒸気機関車について触れているのは、「鉄道ピクトリアル」286号であると思われます。
しかし、この号には重要な記述が見られますが(後述)、何台の蒸気機関車が入線し、車号はどうなっていたのか、購入したのか、賃借なのかなど、重要なところが今ひとつわかりません。そこでその後の文献にもあたりいくつかの情報を得ました。
まず、機関車は比較的小型のタンク機関車であり、「小田急五十年史」はその86ページで、
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「工事用として大正十五年(一九二六)に鉄道省から貨車七十両の払下げと蒸気機関車三両の借入れを受け、砂利、枕木、軌条など建設資材の運搬に使用した。また相模鉄道(現国鉄相模線)からも蒸気機関車一両を借受け、主として砂利運搬に使った。」(原文ママ。色の強調はすぎたま。以下同)
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…としています(※1)。しかし、借り受けた機関車の車号などは書かれておらず、この資料だけでは詳細がわかりません。しかし、着目するべきは、貨車70輌については「払下げ」としているのに対し、蒸気機関車は明確に「借受け」としており、この間にははっきり区別があると思われます。
そこで、次いで後年発行された「鉄道ピクトリアル」誌679号(小田急電鉄特集号)を見ますと、大秦野駅で1形電気機関車を推進していると思われる600号蒸気機関車の絵はがきが掲載されており(70ページ
※2)、その説明に、
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「大秦野駅における試運転列車の記念撮影。川車製40t電機2号(後のデキ1012)と鉄道省600号。蒸気は建設工事に借り受けたもので、他にA8系の省621、703、704号の入線が確認されている。」(原文ママ)
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…との記載があります。
ここで、ひとまず省から建設工事に入線したのは、いずれもいわゆる「A−8系」と呼ばれるイギリスから輸入された1−B−1形の軸配置を持つタンク機関車であることがわかります(600形がナスミス・ウィルソン製、700形はバルカン・ファウンドリー製)。しかし、旧相模鉄道から借り受けたとされる機関車の車号はわかりません。
とりあえずここで一つの疑問が生まれます。「小田急五十年史」は、鐵道省から「3台の」蒸気機関車を借り受けたと記述しているのに、「鉄道ピクトリアル」679号に記されている車号は「4つ」あることです。この食い違いは、「借り受け」以外に入線した機関車があるのかもしれないという仮説を想起させます。つまり「鉄道ピクトリアル」679号が記す蒸気機関車の番号、600、621、703、704の4台のうちどれかが「借り受けでは無いかもしれない」ということです。
一方、先に挙げた「鉄道ピクトリアル」誌の286号(これも小田急電鉄特集号)によると、小田急電鉄が所蔵する「経堂駅構内を走るSL」の画像が掲載されており、これの番号は621号です(20ページ)。その後のホーム配置から考えると、おそらく3番線になる線路を走行している写真です(※3)。ところが、興味深い記述が、あとのページで成されています。
記事当時の肩書きは箱根ロープウェイ技術部長である橋本哲次氏によれば(63ページ)、
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「さて、当時の小田原急行鉄道の車両の始まりは、建設時の蒸気機関車703号である。これは英国Vulcan
Foundryの製品で、旧山陽鉄道の1−B−1型重量38.4tのタンク機関車である。山陽ではNO,6として1889年に使用開始され、国鉄に買収され700形No.703となり、最後は四国地方で使用されていたが、1927年小田原急行鉄道建設用として払下げを受け、建設工事に活躍して昭和10年前に廃車になっている。」
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…と記述されています(※4)。これが正確であるとすると、少なくとも703号機は省から小田原急行鉄道に払い下げられた機関車で、借り受けでは無いということになります。しかし、今のところ小田急の車輌史としては、調べた範囲において各種文献にそもそも「蒸気機関車」という項目すら見いだせません。したがって車輌として届け出されていたのかについては疑問が残ります。ですが、この橋本氏の記述は、かなり具体的な履歴も追っており、借り受けと払い下げを混同しているようには思えないという特徴があります。
ここで一応今のところ話題に出た機関車4台について、その履歴を追ってみましょう。いずれの機関車も、私鉄時代があり、その後の鉄道省への買収で改番がなされています。
★600号:日本鉄道W2/4形18号機(番号の振り替えが無く、順番に改番されていた場合)
★621号:同上53号(番号の振り替えが無く、順番に改番されていた場合)
★703号:山陽鉄道1形6号機
★704号:同上7号機
意外とどれも同じような形式で揃えられ、前所有者も2輌ずつまとまっています。
このあたりまで調べたところで、行き詰まっていたのですが、意外なところから情報が増強されました。それは「RM
LIBRARY誌」です。
RM LIBRARY誌235号は、「帝都電鉄(上)」ですが、ここに注目すべきことが書かれていました。
まず目を引くのは14ページに掲載された703号蒸気機関車を真横から撮影した写真です(※5)。これの撮影場所は「新宿」とされており、写真の説明は、
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「小田原急行の建設用に使用された703号蒸気機関車。この機関車は帝都線建設でも再び活躍した。1928年 新宿 P:高田隆雄」
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…となっています。ここの「P」とは、「Photo by」の意味で、撮影者を意味します。見る限りでは明らかに廃車では無く、きれいに整備されている様子が見て取れ、かつ撮影年が1928年と、小田原急行開通後になっていることから、建設工事が完了してもそのまま「存在」していたことは確かと思われます。
さらに注目するべきは、ページとしてはこの前になるのですが、少し長くなりますが引用してみます(12から13ページ
※5)。
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「1932(昭和7)年末頃より路盤工事の完成した区間には軌道の敷設が始まった。また、中央線の吉祥寺駅貨物側線から、井の頭公園駅手前までの600m程の区間には、一時的な専用線が敷設された。築堤区間の法面下部に沿うもので、水道道路付近は路面を大きくカーブして、貨物側線の南側に接続していた。その側線の三鷹寄りは短い安全側線になっていた。そこには、機関車が常駐待機していて、簡単な石炭置場と給水の設備が設けられていた。常駐機関車は小田原急行の703号機で、吉祥寺駅の貨物側線に到着する工事用資材運搬の貨車(軌条運搬の省長物車や砂利・土砂運搬の省・小田原急行の無蓋車)の授受や、最初期開業用の新造車(モハ100形)を新線内に送り込み、最寄りの現場まで牽引していた。(中略)なお、この703号機は、小田原急行鉄道が建設用に鉄道省から購入した3輌の内の1輌で、元をただせば1号機関車と同じバルカンファンドリー製の400系機関車、山陽鉄道1形6号機と言われている。国有化後は700形となり、1926(大正15)年、僚機704号機と共に小田原急行へ払い下げられた。同社では車籍は無く、同線完成後は砂利採取線や省線接続駅の貨車授受に使用されていた。」(改行と一部を略した以外原文のママ)
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…と、このように記述されていて、ここでははっきり703号ばかりか、704号も払い下げとしています。吉祥寺駅側線に常駐し、炭庫や給水設備もあったし、側線のルートまで明記となると、かなり具体的な記述であり、全体の確度は高くなると言えるでしょう。しかし、703号、704号の2台が譲受であるとすると、他の文献との数の整合がますます取れないことになります。
さらに、14ページには、東京都公文書館所蔵の吉祥寺−井の頭公園間の路線図まで掲載されており、それにこの資材搬入用側線も記入されていることから、この仮線を使用して資材やモハ100形電車を搬入したことは確かで、動力車として蒸気機関車が使われた事実は揺るぎないと思われます。
<考察>
この種の、文書によって書いてあることにズレがあるというのは、少なくとも鉄道に関しては珍しいことでも無いように思います。そのため、ある時点であたった文献から予想される結論を仮説として提示し、それをさらに後年検証するという作業を繰り返すしかないのでしょう。
現状、食い違いが生じているのは、「借り受けか、譲受か」と、「3台なのか4台なのか」ということではないでしょうか。
小田原急行鉄道に「在籍」した「営業用または事業用車輌」としては、今のところ小田急電鉄の歴史を論じている文献や、かつて在職していた方々の随想などを読んでも、蒸気機関車の存在は見いだせません。そのため、創業時に入籍した電気機関車1号、2号(後のデキ1010形)などとは、扱いが異なっていたことは確かかと思われます。つまり蒸気機関車は、車輌として入籍しておらず、言ってみれば「国鉄の入れ換え動車」や、保線車輌などと同等の扱いで、例えば現代の鉄道では、「線路閉鎖」をかけないと運転できない車輌というような扱いではないかと思われます。このことは、「RM
LIBRARY誌235号 帝都電鉄(上)」に掲載された703号機の写真が、路線開通後の新宿で撮影されていることと、「同社では車籍は無く、同線完成後は砂利採取線や省線接続駅の貨車授受に使用されていた。」と記述があることから考えると、確度の高い情報かと思われます。
以上の情報に加え、wikipedia情報になるのですが、これらの蒸気機関車がその後どうなったのかについて、もう少し調べてみることにします。もし全てが譲受車であれば、履歴に影響すると考えられるためです。
wikipedia 国鉄400形蒸気機関車の項(※6)の3-6節「譲渡」の項では、以下のようになっています。
・600号→1929年水戸電鉄 600 → 磐城セメント(住友セメント四ツ倉工場・1938年)
600
・621号→1928年耶馬渓鉄道 5
・703号→不明(小田原急行鉄道譲渡の記載があるがここではいったん無視する)
・704号→年号不明 鶴見臨港鉄道 701 → 1939年北支製鉄(同上)
・相模鉄道(現JR相模線)借り入れ機→時期的に1形か3300形のいずれかと思われるが、記録が無く不明。現相模鉄道側に資料があるかどうか
これらを見ると、703号についてのみどこかへ譲渡の記載が無いので、一応この1台だけは小田原急行鉄道が「譲受」し、機械扱いで使用していたと考えも矛盾は無いことになりますが、それでは残りの3台も全て借り受けではなく譲受なのかと考えると、例えば621号は小田原急行鉄道小田原線の開通直後に耶馬溪鉄道に譲渡されたことになり、小田原急行鉄道小田原線の開通後わずか2年で江ノ島線が開通していること、および傍系の「帝都電鉄」が1933年(昭和8年)の開通にあたって、工事用機関車を必要としたこと(上記)を考えれば、譲受から売却までがいくらなんでも早すぎるようにも思えるのは事実です。当時小形の機関車にまだ一定の資産価値があり、中小私鉄や専用線などで需要が低いとは言えない状況であったことを考慮すると、一挙に4台もの動力車である蒸気機関車を、譲受でまかなうというのは、後で売却を予定していたとしても、ちょっと「過剰資産」ではないかという気がするのです。
そうすると、「今のところとしては」という限定が付きますけれども、その後の経歴も考慮して、
・借り受け→600号と621号、および704号
・譲受→703号
…というのが、一番考えられる状況かと考えられます。もしかすると、704号も江ノ島線工事用に譲受かもしれませんが、そうすると「小田急五十年史」の記述と合わなくなります。一番公式的な文献である「小田急五十年史」は、編纂にあたり、さまざまな資料を集め、聞き取りも行って著述していると思われるので、他の文献よりやや確度は高いと考えていいかと思われます。
つまり「小田急五十年史」が記す、「3台借用、別に相模鉄道から1台借用」は、600号と621号、704号を借用し、相模鉄道からも1台車号不明機を借用して建設工事に従事させた。しかしその後に計画されていた江ノ島線工事や、省線との貨車授受などの目的で、703号のみは購入としたが、車籍は編入せず、機械扱いとした、と考えると、一番すっきりするように思えます。それで所有していた703号を、帝都電鉄建設工事にも従事させ、「鉄道ピクトリアル」286号で橋本哲次氏が述べられているように、「昭和10年前頃」に廃車したというのが事実では無いでしょうか。
しかし、この考察は、今のところ確定的な証拠を提示できるものではありません。引用文献同士の食い違いを明確に処理できる訳では無く、やはり仮説に過ぎないわけです。今後「小田急二十五年史」や、2027年頃に編纂されるであろう、「小田急百年史」に何か記載が無いか、また他の雑誌などの文献に記載が無いか調べていく必要があると考えます。
(すぎたま 2021年8月18日記)
−−−−−−−−−−−−−−−−−以下引用文献
※1:「小田急五十年史」,1980年,小田急電鉄株式会社,pp86
※2:「鉄道ピクトリアル」679号,電気車研究会,pp70 岩田武氏所蔵絵はがき画像 同じ画像は「小田急五十年史」の78ページにも掲載されている。
※3:「鉄道ピクトリアル」286号,電気車研究会,pp20 小田急電鉄所蔵写真 同じ画像は「小田急五十年史」の81ページにも掲載されている。
※4:「鉄道ピクトリアル」286号,電気車研究会,pp63,橋本哲次
※5:「RM LIBRABY」235号 帝都電鉄(上),ネコ パブリッシング,pp12-14 関田克孝
※6:wikipedia 国鉄400形蒸気機関車 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84400%E5%BD%A2%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%BB%8A