その先のコメットさん☆へ…2007年第3期

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。このページは2007年第3期分のストーリー原案で、第319話〜を収録しています。

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話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第319話

道は遠くても

2007年9月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー(・山川さん・山川さんの夫)

第321話

固いナシはいつまでも

2007年9月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

第323話

秋の海と遠い風

2007年9月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・メテオさん・ラバボー

第324話

スピカの秘密

2007年10月上旬

コメットさん☆・スピカさん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

New

第326話

秋を連れてこよう

2007年10月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん

New

第328話

ジュウガツザクラとケースケの便り(仮)

2007年11月上旬

コメットさん☆・ネネちゃん(他未定)

予告

第330話

ケースケが盗っていったもの

2007年11月中旬

コメットさん☆・プラネット王子(他未定)

予告

第332話

あったかユズ湯(仮)

2007年12月上旬

コメットさん☆・メテオさん(他未定)

予告

第333話

ふたご座の流れ星(仮)

2007年12月上旬

コメットさん☆・スピカさん(他未定)

予告

第334話

ゆらめく火(仮)

2007年12月中旬

コメットさん☆・沙也加ママさん(他未定)

予告

第335話

題名未定

2007年12月下旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん(他未定)

予告

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★第319話:道は遠くても−−(2007年9月上旬放送)

 暑い夏は、カレンダーの上では去っていったことになっている。新学期も始まり、ツヨシくんとネネちゃんは、また学校が忙しい。沙也加ママさんのお店は、ようやく夏の忙しさを抜け、前の由比ヶ浜にたくさん建っていた海の家も、解体が進む。また来年ということである。コメットさん☆は、そんな風景を眺めると、ちょっぴり寂しいような気持ちになる。

 だが、秋とは言っても、まだまだ残暑は厳しい。由比ヶ浜でも、砂浜にシートを敷いて、水遊びをする家族連れやカップル、海上の遠くにはボディボードの練習をする人の姿は、存外に多い。ここ鎌倉の夏は、いまだ終わっていないかのようだ。そう言えば、踏切待ちで見た江ノ電も、それなりに混雑していた。ツヨシくんとネネちゃんも、放課後になるとコメットさん☆を誘って、ひととき水遊びをすることもある。「HONNO KIMOCHI YA」は、着替えも出来れば、お湯の出るシャワーがあるから、そんなときにも困らない。クラゲに少々刺されても、薬まで用意してあるのだ。

 

コメットさん☆:これが山川さんの絵ですか?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんが今日初めてお店に小さなコーナーを設けて売り始めた、きれいな水彩画を見て尋ねた。

沙也加ママさん:そうよ。きれいよね。

 沙也加ママさんは、レジの準備をしながら答えた。

コメットさん☆:ほんとだ…。きれいな木の絵…。

 草原にはえる、1本の木を描いた、すがすがしい緑と、空の青、そして草原の淡緑。そんな絵に、コメットさん☆の目は釘付けになる。そして、「どうやって描くのだろう、ここはどこかのスケッチなのだろうか」と思った。

沙也加ママさん:その絵はね、確か信州のどこかをイメージして描いたって、山川さん言っていたわ。今朝の搬入の時にね。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆の思いを見透かしたかのように言う。コメットさん☆は、さっき小さなワゴン車で、額に入った絵が、何点も運び込まれたとき、山川さんという人と、沙也加ママさんが会話を交わしていたことを思い出した。

コメットさん☆:そうなんだ…。細い線がきれい…。

 コメットさん☆は、細い筆で細かく描かれた、木の葉を表現する一本一本の線が、迷い無くすっと引かれているのに驚いた。それでいて、背景の空は、ぼかしが入ったようになっていて、とても水彩絵の具とは思えない。

沙也加ママさん:今まであんまり絵は、うちでも扱っていなかったものね。世田谷に旦那さんと住んでいる人よ、山川さんは。しばらく病気で大変だったんだけど、ようやく治って、また絵を描き始めましたって、言っていたわね。

 沙也加ママさんは、カウンターの上を拭きながら言う。コメットさん☆は少し沙也加ママの方を向き、そしてまた絵の方に向き直った。

コメットさん☆:そうなんですか。なんだか、静かな絵なのに、かがやきが満ちあふれてる…。

 コメットさん☆らしい言葉を返す。コメットさん☆は、母である王妃様がかつて住んでいたという、世田谷という地名を聞き、少し気にしつつも、そう言えば、小さなワゴン車から絵を下ろすとき、一生懸命運んでいたひょろっとした男性が、夫だろうかと思った。車を運転してきて、山川さんを気遣っていた男性。

コメットさん☆:写真もいいけど、絵を描く仕事もいいなぁ…。

 コメットさん☆は、ぽつりとそんなことを言ってみる。別に絵描きになろうとは思っていないが、そう口をついて出るのは、きっとそこにかがやきが灯っているから。

 世にはいろいろな創作があり、表現がある。文章を書く、絵を描く、歌を創る…。コメットさん☆が、ちょっと前に読んだ本には、「そう変わった人生なんてない」なんて書いてあった。ふと、「そうだろうか?」と思ってみたりもする。今こうして、「HONNO KIMOCHI YA」にいて、いや、地球へとハモニカ星国からやって来て、毎日藤吉家に住んでいる。それを「人生」というのかどうか、今一つわからないけれど、自らの歩んでいる道は、どうなのだろう?と思ってしまう。「変わった人生」なのか、そうでないのか。そんなことを考えさせる本だって、創作した人と、それを受け取った人の間をつなぐ、線の一つには違いない。

 考えてみれば、「HONNO KIMOCHI YA」に置かれている大半の売り物は、誰かが手作りしたもの。自由な表現のかたまり。だからここには、かがやきが詰まっている。沙也加ママさんの手伝いで、このお店にいるのは、かがやきを持って、かがやきを創り出した人から、それを求める人への橋渡しをしているようなもの…。コメットさん☆自身は、そんなふうに漠然と考えていた。だが、それだけでもないような気もする。今日のように、見たこともない美しさの絵に触れることが出来る。病気という困難を克服し、再び前に進む人のかがやき。それが照らすものは、お店にやって来たお客さんだけでなく、コメットさん☆でもあるのだ。「HONNO KIMOCHI YA」は、かがやきとかがやきの橋渡しをする場所であり、そこに集う人にも、かがやきを照らすための場所なのだ。

 前の海に目を向ければ、遠くにヨットの姿が見える。夏はたくさんの人々の、たくさんのかがやきを見た海だ。しかし秋になった今、そのかがやきはしぼんでしまったのではなく、また別なところにたくさんある。そう考えれば、コメットさん☆が感じていた「ちょっと寂しい気持ち」も、すうっと消えていくようである。

 そんないろいろ考える一日が暮れる頃、ツヨシくんとネネちゃんは、リビングのいすでちょっとした宿題をやっていた。そこへ景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:ああ、やれやれ。今日はもうしまいにするかな…。

 仕事部屋から出てきた景太朗パパさんは、廊下を歩き、肩を回しながら言う。きっと肩こりがしているのだ。

景太朗パパさん:おっ、やっているな、宿題かい?。

ツヨシくん:あ、パパ。…うん、算数なんだ。

ネネちゃん:私は国語の書き取り。

 景太朗パパさんがリビングのいすに座る二人を見て声を掛ける。ツヨシくんとネネちゃんは、鉛筆を持ったまま、ノートから目を上げて答える。

景太朗パパさん:まだ終わらないのかい?。パパとお茶でも飲もうよ。

 景太朗パパさんは、そんなことを言って、リビングのいすに座り、二人をお茶に誘う。

ツヨシくん:もう少しで終わるよ。パパ待ってて。

ネネちゃん:私もあと、1ページくらいだから、すぐかな?。

景太朗パパさん:よし。ちょうどいいね。コメットさん☆は?。

ネネちゃん:お店の品物の入れ換えで、30分くらい遅くなるって。ママから電話があったよ。

景太朗パパさん:へえ。そうか。

ネネちゃん:新しい絵が入ったんだって。今日朝、学校に行くとき、玄関のところにちょっと置いてあったから、見たんだけど、とってもきれいな絵だったよ。草原にね、木が一本だけ立ってるの。緑がきれいでさあ…。

 ネネちゃんは、宿題の手を止めて語る。きらきらしたような目をして。

景太朗パパさん:ほう。そんなにきれいな絵か。いい絵描きさんを見つけたのかな?。

 景太朗パパさんは、そう言って立ち上がると、キッチンにお茶を取りに位った。ツヨシくんとネネちゃんには、無添加ジュースを。

 

 やがて宿題を終えたツヨシくんとネネちゃん、一休みしている景太朗パパさんは、お茶やジュースを飲みながら、ぼうっといすに座っていた。景太朗パパさんは、肩こりをほぐすように肩をすくめると、静かに尋ねた。

景太朗パパさん:二人は、将来何になりたい?。

 唐突に聞く景太朗パパさんの言葉に、ツヨシくんとネネちゃんは少し顔を見合わせた。しかしまずネネちゃんが答える。

ネネちゃん:将来なりたいもの…。私ね、前は看護師さんとかいいな、なんて思ってた。人を助ける仕事。でも…、絵描きさんもいいかなぁって思った。ちょっと見ただけだけど、ママが売ることになった絵は、見ているだけでなんかこう、「いいなぁ」って気持ちになれる。そんな絵を描く仕事もいいかなぁって。

 ネネちゃんの意外としっかりした希望に、景太朗パパさんはちょっとびっくりしながら答える。

景太朗パパさん:ほう、なるほど。いいね、それは。人を助ける仕事と、絵描きさんか…。二つの希望は、かけ離れているように、一見思えるけれど、誰かのために、ということでは共通しているね。芸術も、相手がいなければ創り出す意味はないからね。

 景太朗パパさんは、ちょっとかっこよく締めくくった。そしてツヨシくんの希望も聞く。

景太朗パパさん:ところで…、ツヨシは?。

 ツヨシくんは、内心「ほらきた」と思った。ツヨシくんの場合、心の中ではまあ決まっているようなものだ。それが「仕事」なのかどうかはわからないけれど、「コメットさん☆の夫になる」ということは、なんだか目標のような気はする。でも…。

ツヨシくん:そうだね…。植物学者かな、やっぱり。

景太朗パパさん:なるほど。やはりそうか。

 景太朗パパさんの答えは、ツヨシくんにとって意外な気がした。

ツヨシくん:どうして、やはり、なの?。

 思わずツヨシくんは尋ねる。

景太朗パパさん:そりゃまあ、ツヨシは植物が好きみたいだし、いろいろなものに興味を持っているようだから、学者に向くのかなぁとは思ったさ。

 景太朗パパさんは、さらりと答えた。

ツヨシくん:学者かぁ…。

ネネちゃん:自分で言ったんじゃない。ふふふ…。

 ツヨシくんが、少し考え込むような表情なのを見て、ネネちゃんが笑って言う。

ツヨシくん:が、学者って言われてもさあ…。いきなり研究とかは出来ないなって…。

 ツヨシくんは少し顔を紅潮させて、あわてたように言った。

景太朗パパさん:まあまあ…。パパがさ、昔大学院に進学して、建築学を勉強していたころ…、そうだなぁ、もうだいぶ前になるけれど…。

 景太朗パパさんは、少し上を見てかつての経験を話し始めた。ツヨシくんとネネちゃんは、景太朗パパさんの顔をじっと見た。

景太朗パパさん:…いっしょに勉強していた男でさ、ある日突然「オレは建築学に向かないから、作家になる」と宣言したのが、同じ研究室にいたんだよ。

ネネちゃん:えっ?、その人どうしたの?。

景太朗パパさん:いや、別にどうしたってわけでもないらしいんだけど…。ぼくにもわからなくてさ。まあ、話を聞いてみたんだけど、「自分で選んだ進路なのに、合っていないことがわかった」って言うんだ。「教授の方針と合わない」とも。

ネネちゃん:それで?。

景太朗パパさん:はじめのうちは、退学するって言っていたんだけど、もう論文出すばかりの時期になっていたからさ、みんなで説得して、ようやく修了だけはさせたよ。

ツヨシくん:どうやって説得したの?。やめるって言っている人だったんでしょ?。

景太朗パパさん:喫茶店に呼び出して…、もう少しで修了なんだから、そうしてからでも遅くないだろって…言ったなぁ。結局、彼もそれを受け入れて、なんとか数ヶ月がまんして、修了証書を手にしてから、…しばらくたってお礼の手紙が来たよ。

ネネちゃん:で、その人、作家になれたの?。

景太朗パパさん:いや、まだなれないらしい。でも、インターネットで作品の発表はしているようで、この前どこかのサイトに紹介が載っていたなぁ。だから、まあまあだったのかもしれないね。

ネネちゃん:パパは読んだの?、その人の作品。

景太朗パパさん:…ははは。長編小説だったから、途中までしか読んでないよ。悪いんだけどねぇ。

ネネちゃん:どんな感じの作品?。

景太朗パパさん:なんだか、人間関係が難しい話。

 景太朗パパさんは、困ったような顔で少し笑った。

ツヨシくん:へえ…。

 しばらく黙っていたツヨシくんが答える。

景太朗パパさん:でもね。

 景太朗パパさんは、ちょっと身を乗り出して語る。

景太朗パパさん:「自分が何に向いているか」なんて、なかなかわからないものさ。ぼくだって、今の仕事が本当に向いていたかなんて、正直わからない。仕事は仕事と割り切っているつもりだし…。趣味のことのほうがよっぽど面白いと思っているよ。その点では、ママのほうが好きなことを仕事に出来ているんじゃないかな?。だから、「何になりたいか」ということと、「何に向いているか」は、案外別のことなんだね。今にして思えば、ぼくはそう思うな。

ネネちゃん:そっかー…。

ツヨシくん:そうなんだ…。

 ネネちゃんもツヨシくんも、少し視線を落として黙り込んだ。

景太朗パパさん:まあ、なりたいと思うものが、必ずしも夢とは言えない。だんだん考えて、成長するうちに、なりたいものが変わることがだって、あるだろう。方向転換するのも、若いうちならいいと思う。

 ネネちゃんとツヨシくんは、景太朗パパさんのその言葉に、また顔をあげて見合わせた。

景太朗パパさん:もちろん大人になってから、方向転換をするのもいいけれど、大人になってからだと、その時の生活を大きく変えなければならない時があるから、よくよく考えないとね。方向転換してみて、そっちがダメだったらどうするか、考えないうちに行動しないほうがいい、ということかな…。

ネネちゃん:なんだか、重いな…。

ツヨシくん:うん…。

 ネネちゃんもツヨシくんも、少し気が重くなってしまった。それを見た景太朗パパさんは、少しあわてたように言う。

景太朗パパさん:いや、そんなに重大に考えなくていいんだよ。今は自分の信じた道を行けばいい。時々立ち止まって考える大人になればいいさ。な、そんなに深刻な顔するなよ二人とも。誰にでも未来はあるんだから。

 景太朗パパさんがそう言うと、少し二人の表情はやわらいだ。

沙也加ママさん:ただいまー。

コメットさん☆:ただいまですー。

 その時玄関の引き戸をガラガラと開けて、沙也加ママさんとコメットさん☆が帰ってきた。

景太朗パパさん:ほら、ママとコメットさん☆が帰ってきたぞ。

 景太朗パパさんの言葉に、ネネちゃんとツヨシくんは、いすから立ち上がり、玄関へと駆けて行った。

 

 翌日は土曜日。暑さはまだ続く。学校は休みだったので、ツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆の三人は、水着に着替えて「HONNO KIMOCHI YA」の前、由比ヶ浜で水遊びをしていた。

コメットさん☆:山川さんの絵見た?。

 コメットさん☆は、波打ち際で、隣のネネちゃんに尋ねる。

ネネちゃん:うん、見た!。きれいな絵だよね、コメットさん☆。あんな絵描いてみたいなぁ。

ツヨシくん:初心者は無理でしょ。

 ツヨシくんがぼそりと言う。

ネネちゃん:あー、ひどい。

 ネネちゃんはツヨシくんに水をひっかけた。

ツヨシくん:な、何するんだよぅ。

 ツヨシくんは、口ではそう言いながらも、にやにやしている。

ネネちゃん:将来どんな大人になるかって、簡単に決められないね…。

 ネネちゃんは、遠くのヨットを目で追いながら言う。

コメットさん☆:そうだね…。

 コメットさん☆もまた、静かに答える。

ラバボー:今日は何だか、姫さまとネネちゃんなんだかいつもと雰囲気違うボ。

ツヨシくん:うん。

 ラバボーが砂浜に座り込んで言うのに、ツヨシくんは小さく答えた。

ツヨシくん:でもね、「未来」って、言葉がいいじゃんか。

 ツヨシくんは唐突にそんなことを言う。

ラバボー:ツヨシくん?。

 ラバボーは不思議そうにツヨシくんを見た。砂浜は熱く、太陽は照りつける。しかし海を渡る風は、ふうっと秋の気配。ツヨシくんは少し上を仰ぎ見た。

ツヨシくん:あっ…。赤トンボ…。コメットさーん☆!、赤トンボがいるよー。

 ツヨシくんは赤トンボが、すいっと波打ち際に沿って飛んでいるのを見つけた。コメットさん☆に声を掛ける。水着姿のコメットさん☆は、そっと立ち上がった。キラキラと輝く海をバックにして、ツヨシくんにはコメットさん☆が、やっぱりまぶしい。

 

 コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん、メテオさん、イマシュン、ケースケ、プラネット王子…。みんなの未来は、思い通りになるかどうか、誰にもわからない。それはきっと、どんな人でも同じだ。けれど、それぞれの視線の少し先には、確実に未来へ続く道が見えているはずだ。たとえずうっと先までは見通せなくとも…。

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★第321話:固いナシはいつまでも−−(2007年9月中旬放送)

 鎌倉駅東口を出て、横須賀線をくぐり、由比ガ浜へと通じる広い道路は、「若宮大路」と言う。その両側にはたくさんの商店やレストラン、和食処、郵便局や警察署など、多数の建物がが立ち並ぶ。有名な鎌倉みやげのお店もいくつか。前島さんの勤めるブティックがあるのもここだ。時々お店の顔ぶれは変わったりするが、通りとしての「顔」は、大きく変わらない。そんな鎌倉駅近くにも、スーパーが何軒かある。そのうちの一つは、珍しく2階に野菜や果物のコーナーがあるのだ。神奈川県産の野菜ばかりを置いたコーナーもあり、いつも人でにぎわっている。

 スーパーの果物売場。今年も梨がたくさん出回り始めた。代表的なのは、薄茶色い梨の「幸水」や「豊水」。黄緑色から黄色っぽい「二十世紀」というようなところである。洋梨と呼ばれるものには、「ラ・フランス」などがあるが、それは時期的にもっとあとである。

 9月も半ばになると、だいぶ日が短くなった感じがするものだ。夕方が早くなり、「HONNO KIMOCHI YA」を閉める頃には、夕暮れの予感。その日コメットさん☆は、沙也加ママさんに頼まれ、若宮大路沿いのスーパーで買い物をしてから、沙也加ママさんの車で家に帰ってきた。

沙也加ママさん:ただいま。梨少し買ってきたわ。ぶどうはあんまりいいのが無くて。

景太朗パパさん:おかえりー。ほう、梨かぁ。そろそろ露地物が出回るのかな。

ツヨシくん:ろじものって?。

 買ってきたものをキッチンのテーブルに出している沙也加ママさんと、コメットさん☆のところへ、景太朗パパさんと、ツヨシくんとネネちゃんが、様子を見に来た。藤吉家の夕食前、沙也加ママさんとコメットさん☆が買い物をしてきたときには、特段珍しくもない風景だ。景太朗パパさんの「露地物」という言葉に、ツヨシくんが意味を尋ねる。

景太朗パパさん:露地物っていうのは、うーんそうだな…。温室で作ったものじゃなくて、外に植えて収穫したものって意味さ。

ネネちゃん:じゃあ、うちの畑も全部露地物だね。

 ネネちゃんが、指を立てて、畑のある裏山の方を指さして言う。

景太朗パパさん:うん。そういうことになるわけだね。それにしても、なかなかおいしそうな梨だね。赤い梨だ。

ツヨシくん:赤い梨?。赤いっていうか、これは茶色いよ…?。

 景太朗パパさんの「赤い梨」という言葉に、ツヨシくんは疑問を投げかける。

ネネちゃん:そうだよね…。タマネギ色かなぁ?。

沙也加ママさん:なあに?、そのタマネギ色って?。

 ポリ袋の始末をしていた沙也加ママさんも、妙な話に、面白そうな顔で混じって来た。

コメットさん☆:この梨と、タマネギの皮の色は似ているってことでしょ?、ネネちゃん。

 コメットさん☆は、梨を指さして言う。

ネネちゃん:そうそう。似てるよねコメットさん☆。

景太朗パパさん:なるほど、タマネギ色かぁ。あははは…。そう言えばそうも見えるね。梨にはさ、赤梨と言われる、こういう茶色い梨と、青梨と言われる、二十世紀梨みたいな薄緑から黄色っぽい梨と、二通りあるんだよね。

ツヨシくん:信号みたい。

ネネちゃん:何言っているのよ。信号はもっと青緑じゃん。

 ツヨシくんとネネちゃんは、テーブルに手をついて梨に見入りながら言う。

ラバボー:…信号は3色だボ…。

 あまりの話のずれっぷりに、ラバボーがあきれたようにぼそりと、本質的なことを言う。

景太朗パパさん:赤茶色っぽい色をさして「赤」と表現したんだろうね。それに対して、緑色の実が熟すと黄色っぽくなるのを、「青梨」と言ったんだと思うよ。昔の人のちょっと面白い言い方かなぁ?。

 景太朗パパさんは、梨を1つ手に取り言う。

景太朗パパさん:ところでママ、これはなんて梨?。

 沙也加ママさんのほうに向き直って聞く。

沙也加ママさん:えっ?。「豊水」っていう梨よ。

 沙也加ママさんは、梨に貼られた小さなシールを指さして答える。

景太朗パパさん:あ、なんだシールに書いてあるね。「豊水」かぁ。おいしい梨の一つだね。

ツヨシくん:梨はおいしいよねぇ〜。

 景太朗パパさんに合わせるかのように、ツヨシくんもうっとりしたような声をあげる。

ネネちゃん:へんなの…ふふ…。

 ネネちゃんがそんな様子を見て笑う。

景太朗パパさん:みんな、梨は固い方が好きかな?。それとも少し柔らかめのほうが好きかな?。

 景太朗パパさんは、梨を手にしたまま聞く。

沙也加ママさん:そうねぇ…、私は少し柔らかいのかなぁ?。

ネネちゃん:私も。

ツヨシくん:ぼくは断然固いのだね。もうね、歯が折れそうなくらい。

景太朗パパさん:あははは…。梨で歯は折れないだろう?。

ツヨシくん:もう、それくらい固いのが好き…ってことで。

沙也加ママさん:コメットさん☆は?。

 沙也加ママさんが、冷蔵庫の野菜入れに、まだニンジンを入れているコメットさん☆に向かって聞く。

コメットさん☆:私も…、どっちかというと、固くてしゃりしゃりしたのが好き…かな?。

 それを聞いたツヨシくんはすかさず言う。

ツヨシくん:やっぱりね。梨はしっかり固いほうがいいよね。

 コメットさん☆に賛同を求めるような言い方だ。

コメットさん☆:…う、うん。あはは…。

 コメットさん☆は、ちょっと困ったように笑った。

ツヨシくん:…そう言えば…。ナシってどんな花が咲くのかな?。こうやって実がなるってことは、花が咲くわけでしょ?。

 ツヨシくんは、植物好きらしく、そんなことを唐突に言う。

ネネちゃん:あー、なんか前にテレビで見たときは…、なんか白い花だったような…。

 ネネちゃんが答える。ツヨシくんはそれを聞いてまた言う。

ツヨシくん:ナシは草じゃなくて「木」だから…。木に花が咲いて、実がなるってことだよね。図鑑で調べよう。

 ツヨシくんは、リビングから自分の部屋へ急ぐと、すぐに「植物図鑑・果樹」というのを持って戻ってきた。

ネネちゃん:…早業ですねぇ、ツヨシくん。

 ネネちゃんは、少しあきれたように言う。

ツヨシくん:そう?。えーと、ナシナシっと…。

 ツヨシくんは索引のページでナシを探した。

ツヨシくん:ん。あった。423ページ…。

 ツヨシくんは独り言のように言い、索引から「ナシ」を探し出して、ページをめくってその先を探した。

ツヨシくん:あったね、これだ。…うん、やっぱり白い花みたい。…んー、でも写真が小さくて、どんな花かはよくわからないや…。

 ページを開いたツヨシくんは、果樹図鑑だからか、花の写真より、実がなっているところの写真の方が大きく見やすいことが、逆に不満そうだった。

景太朗パパさん:どれどれ…。本当だね。これじゃちょっと花の細かいところがわからないね。遠くの写真過ぎて。

 景太朗パパさんも、図鑑の写真をのぞき込み、写真が中心の図鑑によくある落とし穴は、案外細部の写真が載っていないことだと思っていた。

景太朗パパさん:それなら…、インターネットで調べてみようか。ちょっと待っていてね。

 景太朗パパさんはいすから立ち上がると、仕事部屋にあるパソコンに向かった。

 

景太朗パパさん:やれやれ…。途中でインクが無くなって、思わず時間がかかっちゃったよ…。どうかな?、こんなもので。

 十分ほどで景太朗パパさんは、プリンタで印刷した何枚かの写真を持って戻ってきた。

ツヨシくん:これがナシの花かぁ…。

 景太朗パパさんが持ってきた写真では、クローズアップで見たナシの花が写っていた。控えめな白い色で、五弁の花びらと、真ん中に雄しべと雌しべという形は、思いのほか桜に似ていた。

コメットさん☆:サクラに似てる…。えーと、オオシマザクラみたい。

 コメットさん☆が言う。

ツヨシくん:ホントだ。こんなにサクラみたいなのかぁ。

 ツヨシくんも少しびっくりしたように言う。

景太朗パパさん:同じバラ科だから、ということだからだね。

 景太朗パパさんは、写真の説明を少し読んで答えた。

ネネちゃん:バラ科?。バラの仲間ってこと?。

 ネネちゃんは、身を乗り出して言う。

ツヨシくん:まあ、そういうこと。サクラもウメも、モモもプラムもみんなバラ科。

ネネちゃん:ぜんぜんバラからは、予測も付かないじゃん…。

 ネネちゃんは、街の花屋さんで売っているバラの花束を思い浮かべて言う。

沙也加ママさん:そうよね。私も最初サクラやウメがバラの仲間って聞いたとき、信じられなかったわ。

 片づけがすんだ沙也加ママさんが、みんなのところにまたやって来て言った。

景太朗パパさん:そう言えば…。

ツヨシくん:どうしたの?パパ。

 景太朗パパさんが、ふと考え込むような表情になりつつ、何かを思いだしたようにつぶやくのを見て、ツヨシくんが尋ねた。

景太朗パパさん:あ…、いや、パパが子どものころ食べた梨は、固くてガリガリだったなぁと思ってさ。なんとなく思い出したというか…。

ネネちゃん:梨って言えば、しゃりしゃりって感じじゃないの?。

景太朗パパさん:うーん、最近売っている梨とは、ちょっと食べるときの感じが違うというか…。もっとじゃりじゃりな感じ…。

 ネネちゃんは、景太朗パパさんの言う言葉が、だんだんわからない。

ネネちゃん:しゃりしゃりではなくて、じゃりじゃり…。えー?…。

景太朗パパさん:なんて言ったらいいのかな。こう…、ガリっとかじって、かんでいるとじゃりじゃりする感じ。だいたい…、そうだよな、幸水なんて名前じゃなくて…、えーと…。ママ、なんとか言う梨。なんて言ったっけ?。

沙也加ママさん:えー?、なーに?。長十郎のこと?。

 沙也加ママさんは、さすがに以心伝心のように答える。

景太朗パパさん:そうそう!。それそれ!。「長十郎梨」は、今の「幸水」や「豊水」とかと違って、もっと固くてざらざら食感の梨だったのさ。ぼくたちが子どものころは、まだそんな梨を普通に売っていた。今はもう見ないよね。

 景太朗パパさんは、ちょっと懐かしそうに、今はスーパーや果物屋さんでは、見かけなくなった梨のことを語る。

ツヨシくん:みんな、やわらかめの梨が好きになっちゃったってことなのかな。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんの言葉に反応するが、ネネちゃんや沙也加ママさん、コメットさん☆にとっては、もはやよくわからない話なのであった。それで顔を見合わせるばかりである。

 

 翌日、ツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆の三人は、江ノ電で藤沢へ出ると、小田急線に乗り換えた。運良く急行が止まっており、乗るとすぐに発車した。直通の新宿行きである。

 30分ほど乗ると、新百合ヶ丘という、多摩の駅に近づく。

車内アナウンス:まもなく、新百合ヶ丘、新百合ヶ丘です。唐木田方面はお乗り換えです。新百合ヶ丘の次は、向ヶ丘遊園に止まります。 Next stop is SHIN-YURIGAOKA. Please transfer for KARAKIDA direction.

 最近の電車は、英語の自動放送も流れる。江ノ電でも流れるので、三人ともそこに気を留めることはない。

ネネちゃん:で、どこで降りるんだっけ?。

 上り新宿行き急行電車の車内で、三人は固まるようにしながら、ドアの近くに乗っていた。ネネちゃんが景太朗パパさんから受け取ったメモを見ながら言う。

ツヨシくん:まあ、なんというか、梨園を探してみなよと。パパがね。

 ツヨシくんが、ちょっととまどったように言う。

コメットさん☆:梨園?。

 コメットさん☆も、よくわからない様子で言葉を返す。景太朗パパさんから、詳しく行先を聞いたわけではない。

ネネちゃん:パパはああ言うけどさあ、そんな梨売っているのかなぁ?。本当に今でもさ。スーパーなんかで見たことないよね。

 ネネちゃんは、窓から外を見つめたまま、もうあきらめたかのように言う。それに対してコメットさん☆は、口を開いた。

コメットさん☆:…でも、お店によく来る人に聞いてみたら、知っていたよ、長十郎。今でも多摩のほうにはあるはずだって。

ネネちゃん:そうなの?。

 ネネちゃんが窓から振り返る。

ツヨシくん:今でも少しはあるはずだから、まずは向ヶ丘遊園駅の改札脇にあるテントに行くことって、パパが。

 ツヨシくんはメモを見て、それを読み上げ、顔をあげた。

ネネちゃん:改札脇のテントぉ?。向ヶ丘遊園は…次かぁ。

 ネネちゃんはドアの上の表示器を見た。

 

 向ヶ丘遊園駅は、既に遊園地が無くなっているのに、今でも「遊園」という名前が付いたままになっている駅だ。遊園地が閉園してから、そんなに何年も経ってはいないのに、駅前の様子や、駅の中に、遊園地の面影はもうほとんどない。北口と南口をつなぐ頑丈そうな跨線橋と、駅前広場が広めに取られていることぐらいしか、もう往時をしのばせるものは無い。南口には、かつて臨時の改札口や、広い出札口があったという話が、時折語られる程度らしい。南口の駅前からは、遊園地へ向かうモノレールがあったのだが、それも廃線になり、きれいに撤去されてしまって、跡形も無くなっている。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの3人は、共通乗車カードを改札口の機械にかざして、南口へ出た。

ツヨシくん:…パパは、南口の改札の脇に、臨時のテントがあって、そこで梨を売っているよ、とか言っていたわけだけど…。

 ツヨシくんは、改札前の広場に降り立って、あたりを見回したが、ファストフードのお店と、喫茶店がある程度で、梨を売っている臨時即売所なんて、ありはしないのだった。

ネネちゃん:そんなの無いよねぇ…。

コメットさん☆:なんだか、そんな臨時のテントなんていう感じじゃない…。

 ネネちゃんとコメットさん☆も、あたりを見回して、困ったようにつぶやいた。

ネネちゃん:こういうときはぁ!。

 ネネちゃんがひらめいたように言う。

ネネちゃん:あそこに聞くのがいいね。

 指さした先には、交番。

ツヨシくん:なるほどね。交番かぁ。

コメットさん☆:そうだね。そうしよ。

 駅前の線路寄りにある交番へ、三人は駆けていった。そして入口の扉をがらりと開けて、ツヨシくんが尋ねる。

ツヨシくん:こんにちはぁ!。梨を売っているところ、教えて下さいー。

 机に座って書類を書いていた若い男性警察官は、びっくりしたように顔をあげ、そして少し微笑みながら立ち上がり、地図を取り出した。

 

ツヨシくん:パパ、ただいまぁ…。重いよ〜。

 三人は、向ヶ丘遊園駅の交番で、梨園の場所を聞いてから、三時間くらいかかって、ようやく家に帰ってきた。玄関の引き戸を開け、ツヨシくんは欲張って2つも買った、透明で中身が見える梨のポリ袋を、そっと板の間になっているところへ置いてから、景太朗パパさんを呼んだ。

景太朗パパさん:えっ?、あ、お、おかえりー。案外時間かかったね。

 景太朗パパさんは、仕事部屋から急いで出てきた。思いのほか三人が遅いので、少し心配していたのだ。

ネネちゃん:はぁ…。重い…、遠い…。

 ネネちゃんは、うわごとのように言いながら、ツヨシくん同様、一つの袋を床に置いた。

コメットさん☆:景太朗パパ、向ヶ丘遊園駅のところには、もう即売所が無くて、南武線の「稲田堤」っていう駅のほうでした。

 コメットさん☆も、1つの袋を置くと答えた。

景太朗パパさん:えっ?、そうだった?。ぼくの記憶では、あのへん梨園だらけだったような…。

ネネちゃん:もうその情報古すぎ、パパ。10年位前に、駅前の即売所は無くなったって、交番のお巡りさんが教えてくれたよ。

 ネネちゃんは、もっていた小さなハンドタオルで、額の汗を拭くと言った。

景太朗パパさん:そうかぁ。それはごめんごめん。登戸の駅からは、梨畑が見えたくらいだったら、てっきり今でもあると思って、あまり詳しく調べなかったからなぁ。

 景太朗パパさんは、申し訳なさそうに言う。

コメットさん☆:梨園のおじさんも、向ヶ丘遊園駅から登戸駅の回りは、ずいぶん様子が変わってしまって、住宅地やお店になっちゃったって言っていました。

景太朗パパさん:そうか…。もうぼくがじっと見た風景から、15年くらいがたっているのかもね…。だいたい多摩川の鉄橋も、立派な橋に変わっちゃって、登戸の駅から街があまり見えなくなったものなぁ。

 景太朗パパさんが、意識していなかった時の流れに、少しとまどうような表情を浮かべるのを、コメットさん☆は見た。

景太朗パパさん:それにしても、ずいぶんたくさんいろいろ買ってきたんだね。そのツヨシのが長十郎かな?。

ツヨシくん:そうだよ。二袋買っちゃった。安かったよ。

景太朗パパさん:あははは…。そうか。安かったかぁ。

ネネちゃん:もう、ツヨシくん、スーパーの特売じゃないんだから。私のは、二十世紀だよ。太陽いっぱいで甘いよって、おじさんが。

景太朗パパさん:いいね。みずみずしくていいよ。コメットさん☆のは?。

コメットさん☆:私が持ってきたのは、「幸水」っていう梨です。

景太朗パパさん:幸水かぁ。それもバランスがよく取れていて、人気の梨だね。いやー、みんな大変だったね。ごくろうさん。まあ、上がって上がって。

 景太朗パパさんは、みんなが持って帰ってきた梨を、全部両手に持って、キッチンまで持って行った。内心、「ちょっと多すぎるかな…」とも思いつつ。

景太朗パパさん:さっそくだから、さっそくみんなで試食しよう。みんな手を洗ってきなよー。

 景太朗パパさんは、そう声をかけた。みんながそれぞれ返事を返しながら、手洗い場に行ってしまうと、景太朗パパさんは、梨をよく洗い、4つに切って、皮をむき始めた。

景太朗パパさん:どれ、まずは長十郎から…。うむ、やっぱり固いな、この梨は。

 スーパーや果物屋さんに売っているのと違い、木にぶら下がっていたままの、長い柄(え)が付いている梨。包丁を動かすたびに、もうじゃりじゃりという感触がある。皮をむき、お皿に並べると、一皿分別にもう1個むき、それは冷蔵庫にしまった。同じように二十世紀と、幸水も食べ比べが出来るように、洗ってむいては並べていく。そこへちょうどネネちゃんが戻ってきた。

ネネちゃん:うわー、梨の食べ比べ?、パパ。

景太朗パパさん:そうだよ。どれが一番、みんな好きかなってさ。

ネネちゃん:少し前だったら、ケースケ兄ちゃんがいたのにね。ケースケ兄ちゃんは、どれが好きだったかな…。

 ネネちゃんは、思わぬことを口にする。景太朗パパさんは、ふと手を止めた。

景太朗パパさん:ケースケも梨好きだった?。

ネネちゃん:うん。時々由比ガ浜から海見ながら、梨かじっていたよ。

景太朗パパさん:へえー、そうか…。

 景太朗パパさんは、ネネちゃんの言葉を聞いて、「ケースケはどうしているか…」と、春にオーストラリアに飛んだケースケの姿を、少しの間思い浮かべた。

ツヨシくん:あっ、やった。梨が・食べ・られるよ〜。

 ツヨシくんが、妙な抑揚をつけて言う。手洗い場から戻ってきたのだ。すぐにコメットさん☆も。

コメットさん☆:わあ、景太朗パパさん、たくさんむいたんですね。

景太朗パパさん:みんなが苦労して買ってきてくれたんだ。そりゃあすぐにも食べ比べてみたいだろう?。だいたい普通は梨園に行ったら、梨もぎをしてその場で食べることが多いからね。

 景太朗パパさんには、ケースケをゆっくり思い出しているヒマは無いのだった。

 

ネネちゃん:いっただきまーす!。まずは二十世紀から。

 ネネちゃんがまずはフォークで、むき上がったばかりの梨が並ぶ皿に手を伸ばした。お皿は3皿。それぞれ長十郎と幸水、二十世紀が2個ずつむかれている。

景太朗パパさん:どうだい?。…どれ、ぼくもせっかくだから長十郎から…。

 景太朗パパさんは、ネネちゃんに尋ねながら、自分も手を伸ばす。

ツヨシくん:それじゃあ、ぼくは普通に幸水から。

 ツヨシくんとコメットさん☆も続く。

コメットさん☆:私は…、それなら長十郎試してみよう。

景太朗パパさん:うん。うまいね。懐かしいな。昔っぽい梨の味だ。

 景太朗パパさんは、がりがりと梨を噛みながら、うんうんと頷きながら言う。

コメットさん☆:…あっ、…これは…。かなり固い…。でも…、おいしい…。甘くて、おいしい!。

 コメットさん☆は固い梨が好きだと言っていたが、長十郎の固さにはちょっとびっくり。

ツヨシくん:やっぱり幸水も、普通においしいね。

ネネちゃん:二十世紀もジュースみたいでおいしいおいしい。

 ツヨシくんとネネちゃんも、正直な感想をもらす。

コメットさん☆:わあ…、長十郎って…、なんだかじゃりっとした感じがしますね。

 コメットさん☆は、よく噛んでみて言った。

景太朗パパさん:そうそう。なんかこう、固いつぶつぶが舌に残るというのかなぁ。それが苦手っていう人もいるらしいよ。ぼくは梨らしい感じだと思うんだけどねぇ。

 景太朗パパさんは、今度は幸水に手を伸ばしながら言う。そして続ける。

景太朗パパさん:うーん、やっぱり幸水の方が、全体にみずみずしくて、舌にあたるつぶつぶ感が少ないね。まあ、これが今の流行っていうものなんだろうなぁ。

ネネちゃん:じゃあ、私も食べてみよっと。

 ネネちゃんも長十郎を食べる。

ネネちゃん:ああ、ほんとだ…。固くてじゃりじゃり…。

ツヨシくん:どれ、ぼくも食べよ。…うんうん…、おっ、固い…。でも、うま〜いよ〜。

 ツヨシくんも少し驚きつつ、幸せそうな表情をする。

ネネちゃん:何それ?。ははは…。

 ネネちゃんがそれを見て、思わず吹き出したように笑う。

景太朗パパさん:固いのは、少し熟れ方が足りないのかもしれないけど、もともと日本の梨は、西洋梨と違って固めなんだよ。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんに言う。

ツヨシくん:そっか…。長十郎はほかの梨に比べると、やっぱり「しゃりしゃり」って感じじゃなくて、「じゃりじゃり」っていう感じだね。

ネネちゃん:甘いのにね。これって少し昔の梨だから?。

 言葉を継いだネネちゃんの疑問に、景太朗パパさんが答える。

景太朗パパさん:まあ一応そういうことかな。素朴なちょっと昔の味ってところさ。

 

 夕方になって、沙也加ママさんがお店から帰ってきた。沙也加ママさんも景太朗パパさんがむいて、冷蔵庫に入れておいた梨をさっそく味見。

沙也加ママさん:わあ、おいしいわね。新鮮で、みずみずしい。どれもおいしいけど、長十郎は懐かしの味って感じね。

 沙也加ママさんは、うれしそうな声をあげる。ツヨシくんはそれを聞いて思い出したように尋ねる。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、星国の梨ってあるの?。

コメットさん☆:もちろんあるよ。おいしいよ。今度星国に行ったら、みんなで食べよ。

 コメットさん☆も、楽しそうに答える。

ツヨシくん:いいね。

ネネちゃん:どんなのかなー、星国の梨。

 ツヨシくんとネネちゃんも、想像を巡らす。

 今はめったにお店に並ぶことはなくなった「長十郎梨」。食べたときのガリガリした感じが、どうやら敬遠されているらしい。一方で、それがまた懐かしいと感じて、探し求める人もいる。街も人も流行も、静かに時間とともに移り変わる。しかし、「長十郎梨」のように、細い糸のように、変わらず残り続けるものがあるとも言える。それはまた、目立ちはしないが、かがやき続けるということ、…なのかもしれない…。

※長十郎梨は、今でも花粉を採るために、たいていの梨園では、出荷用ではないものの栽培されているそうです。
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★第323話:秋の海と遠い風−−(2007年9月下旬放送)

 9月も下旬になり、10月に入るくらいになると、もうそれほど暑い日はなくなる。たまに気温が高い日もあるが、そんなときは、ラッシュ水着を着れば、まだ水遊びくらい出来る。だが、さすがに水温も少しずつ下がり、浜を渡る風もすずしいから、水から上がったら、急いで「HONNO KIMOCHI YA」へ帰り、温水シャワーを浴びないと、くしゃみが出てしまうこともあるけれど。

 浜に集まる人々も、真夏より大幅に少なくなるのだが、それでも海をぼーっと見つめたり、何かを拾い集めたり、ウインドサーフィンや、最近目に付くようになったのだが、「スタンドアップパドルボード」という、オールのような物を手に持ち、ボードに乗って漕いで沖へ出て、そこから波に乗ったり、ただ海の上を散歩する人は、少なくはない。コメットさん☆も、ここ数年、だんだん海に集まる人の数が多くなってきたように思う。

 とはいえ、朝夕涼しい日が多くなり、すっかり秋の空になると、コメットさん☆にとって海は、少々うらさびしくも映る。日中は、沙也加ママさんの手伝いをたいていしているから、品物の入れ換えや、修学旅行の学生さんたちへの応対、延々と若宮大路を、由比ガ浜海岸まで歩いてきてしまった観光客の人々への案内など、忙がしさで忘れているけれど、ふと人が途切れて、海の方を見ると、きらびやかな水着で歩いている人など、さすがにいない。あれだけたくさんあって、繁昌していた海の家も、もうとっくに解体が終わって、浜はとても広く見える。その変化は、やっぱり少し寂しくも思えるのだ。

 そんなコメットさん☆の思いを察して、沙也加ママさんが声を掛ける。

沙也加ママさん:コメットさん☆、今度由比ガ浜の清掃があるそうよ。

コメットさん☆:えっ?。…ああ、そう言えば今頃でしたよね。

 海を見つめていたコメットさん☆は、はっとしたように振り向き、思い出したように答えた。

沙也加ママさん:有志の人たちが集まって、みんなで海岸の掃除ですって。(※下)

コメットさん☆:そうですか…。

 コメットさん☆は窓の方へ視線を戻す。確かに海岸は、ばっと見たところ、それほど汚れた感じはしないけれど、よく見れば海草が打ち上げられたままになっていたり、台風の時に流されてきた流木が、所々に落ちていたりする。きっと心ない海水浴客が捨てたゴミも、残っているに違いない。そう思うと、かつてケースケが、ライフセーバーの仲間たちといっしょに、一生懸命海岸の掃除をしていて、それを手伝ったことを思い出す。

沙也加ママさん:今年も行くの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:はいっ。

 沙也加ママさんの問いに、コメットさん☆は力強く答えた。コメットさん☆自身も、ちょっと驚くほどの声で。

 

 数日後の土曜日、海岸には多くの人が集まり、両手に軍手、大きなピンセットのような“ハサミ”とポリ袋を持って、これから掃除を始めようとしていた。

ツヨシくん:そうじ、そうじは〜そうじですぅ〜♪。

 ツヨシくんは、即興の妙な歌を歌っている。

コメットさん☆:ふふふふ…。

 コメットさん☆はつられて笑う。

ネネちゃん:何それ。うちの兄貴は変な人です。

 ネネちゃんはあきれて言う。

ラバボー:なんというか、変な歌だボ…。

 ラバボーは、ティンクルスターの中で嘆くように言う。

係の人:それでは、ケガをしないよう十分気を付けて始めて下さい。

 係の人の合図で、みんな思い思いの方向へと散っていった。遠くのほうに、ケースケのライフセーバー仲間だった青木さんの姿が見えたが、今回も忙しそうにポリ袋を配ったり、勝手を知らない人に要領を教えたりしていたので、コメットさん☆たちは、声を掛けなかった。係の人も、今年はもちろんケースケではない。そんな去年との違いを、コメットさん☆は少し意識するのだが、感慨に浸っているわけにも行かない。ツヨシくんがカチカチと鳴らす、ハサミの音とともに、まずは海草が散らばっているようなところへ、三人で向かった。

ツヨシくん:くさった海草〜、くさった海草ぅ〜♪。

 ツヨシくんはまた妙な歌を歌いながら、腐りかけの海草をハサミでつまんで、袋に入れた。

ツヨシくん:海草はキリがないね。

 そんなこともつぶやく。

ネネちゃん:うわぁ…、ペットボトル埋まってる…。なんでわざわざ埋めるかなぁ…。

 ネネちゃんも、手袋をはめた手で掘り出した500ミリペットボトルを、砂を落とすように振ってから、ポリ袋に入れる。

コメットさん☆:ほんとだね。なんだか、大波で自然に埋まっちゃったとは思えない…。

 コメットさん☆は、ネネちゃんの嘆きを聞いて言う。自然に埋まっていたとしても、ゴミには変わりないのだが。

コメットさん☆:流木も多いね…。台風でかなぁ。こんなに傷んでちゃ、使えないよね…。

 続けて言う。台風が沖を通過したとき、大波がやって来て、それで運ばれたと思える、湿って傷んだ流木。両手で持つくらいの大きさはある。しかし、傷み具合からして、流木アートに打ち込む鹿島さんでも、これは使えないだろうと思う。

ツヨシくん:あっ、いいものみっけ!。

 ツヨシくんが、にやっと笑って、海草の下から掘り出した何かを、指で拾い上げた。

ネネちゃん:何?。

 ネネちゃんも顔をあげる。

ツヨシくん:100円玉っ!。

ネネちゃん:あー、届けないといけないんだよ!。

 ツヨシくんが拾い上げたのは、砂に埋まっていた100円玉。海水浴客が落とし、砂に紛れてわからなくなっていたものらしい。

ツヨシくん:届けるよー、ちゃんと。…結構見つかるんだって、指輪とかも。

 ツヨシくんは口をとがらせて答える。そして100円玉の砂を指で拭うと、小さなチャック付きポリ袋に入れた。もし貴重品類が見つかったら、届けるための袋だ。

コメットさん☆:そうみたいだね。お店にも、たまに「落とし物をしちゃったんだけど、どこに聞けばいいですか?」って、聞いて来る人がいるよ。

 コメットさん☆もそれを見ながら言う。

ネネちゃん:えっ?、そんなに落とし物ってあるの?。

 ネネちゃんがびっくりした様子。

コメットさん☆:うーん…、普通にサイフまで入ったバッグとか、運転免許証とか。わからないのは…、衣類全部とか…。その人どうやって帰ったんだろうって。沙也加ママから聞いたけど。ふふふ…。

 コメットさん☆は、ちょっと思い出し笑いのように笑った。

ネネちゃん:ええー!?。ほんとだね。その人どんなかっこうで帰ったんだろう…。近くの人なのかな?。

コメットさん☆:さあ?。

 コメットさん☆は、そう答えると、少し顔をあげて、水平線のほうを見た。本当は、その話は、ケースケから聞いたことを思い出して。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の視線が、遠くに移ったことに気付いていた。そして自分も少しの間、手を止めた。

ネネちゃん:それで、結局お店に来た人には、なんて言うの?。

 ネネちゃんは、そのちょっとした時間を埋めるかのように尋ねる。

コメットさん☆:え?、…あ、そういうときはね、あそこの交番を。

 コメットさん☆は、そう言って、滑川(なめりがわ)という川が、海に流れ込んでいるあたりのほうを指さした。海岸の防波堤の上ヘ上がり、少し鎌倉駅方向に向かった場所に、交番があるのだ。

ツヨシくん:あっ!、メテオさんだ。

 その時ツヨシくんが、やや離れたところにメテオさんを見つけた。

コメットさん☆:あはっ。やっぱりメテオさんも来たんだ。

 コメットさん☆は、少しうれしそうに言う。

ネネちゃん:行ってみよう。…メテオさーん!。

 ネネちゃんはツヨシくんとコメットさん☆を誘うと、メテオさんに大きな声で呼びかけた。

メテオさん:マッタク!、どうしてこんなに毎年ゴミが出て来るのよったら、出て来るのよ!。ちゃんと片づけなきゃダメじゃないのったら、ダメじゃないの!。…だれ?、私の名前を呼ぶのは?。

 メテオさんは、独り言でブツブツ文句を言いながら、細かいゴミを拾い集めていた。手には手袋をはめて。海岸は、適時清掃されているはずなのだが、やはり細かいゴミや、絶えず流れ着くものまでは取りきれないし、心ない人が捨てていくものは、誰かが拾うしかないのだ。

ネネちゃん:わたしー。

 ネネちゃんは、メテオさんに駆け寄った。

メテオさん:あ、あなたたち…。

 メテオさんは、ちょっとびっくりしたように、ツヨシくんやネネちゃん、コメットさん☆の姿を見て答えた。

コメットさん☆:メテオさんも、ボランティア?。

 コメットさん☆は、にっこりしながら聞く。

メテオさん:そ、…そうよ。お、留子お母様が行ったらって…。それで、今日はメトを獣医さんに連れて行ってから来たから…、遅くなっちゃったのよぅ。

 メテオさんは、そんな必要もないのに、言い訳のような言い方で答える。メトは、メテオさんが拾ってきた猫だが、それから数年経ち、きれいな成猫になった。

コメットさん☆:えっ?、メトちゃん病気なの?。

 コメットさん☆は、心配そうに聞く。

メテオさん:ううん。そうじゃないわ。健康診断。生きてる家族だもの。普段からの健康チェックは当然よ。

コメットさん☆:よかった。

 コメットさん☆は安心したように微笑む。ネネちゃんも。

ネネちゃん:ほんとだね。よかった。

メテオさん:あなたたちも、猫なら飼ってみたらいいじゃない。

 メテオさんは意外なことを口にする。

ネネちゃん:それは…考えたんだけど。

 ネネちゃんはコメットさん☆のことをちらりと見る。

コメットさん☆:景太朗パパが出かけることも最近は多いし、ツヨシくんとネネちゃんは学校。それに私と沙也加ママはたいていお店に行っているから、昼間世話してあげられない。だからちょっと…。

 コメットさん☆が引き取るように言う。

メテオさん:そういうときは、2頭飼えばいいのよったら、いいのよ。そうすると寂しがらないって聞いたわ。

 メテオさんは、猫のことにはすっかり詳しくなったようだ。

ツヨシくん:へー。どうして?。

 ツヨシくんは聞き返す。

メテオさん:2頭だと、人がいなくても、猫同士遊ぶからよ。でもね、相性のいい猫同士じゃないとダメ。…それはそうと、何だか今年もいろいろ落ちているわね。もう二袋目よ。

ネネちゃん:えっ!?。

ツヨシくん:もう二袋目なの?。

 メテオさんのさらりとした言葉に、ネネちゃんとツヨシくんは驚いた。まだ自分たちは、一袋も集めていない。量を競うものではないけれど、メテオさんの素早さにびっくり。

コメットさん☆:そうだね…。なんだか、ゴミが埋まっている海は悲しいよね…。

 コメットさん☆は、少ししんみりと言う。その言葉の裏側には、「ケースケがいたら、どう思うかな」という思いが、無くはない。遠い国に旅立って半年が経つのだけれど、この海を人一倍愛していたケースケの印象は、やはり今も強いのだ。

ツヨシくん:でもさ。

 ツヨシくんがそんな空気を破るかのように言う。

ツヨシくん:こうしてきれいにしておけば、来年もまた気持ちよく遊べるよ。ずっとずっと続ければ、いつかゴミ捨てる人だっていなくなるかも。

 ツヨシくんらしい希望を込めた言葉に、コメットさん☆ははっとした。ケースケとは、また違った発想かもしれない。

ツヨシくん:未来のためにって言うかさあ…。

 ツヨシくんは続ける。しかし…。

メテオさん:キザね。

ネネちゃん:キザだね。

 メテオさんとネネちゃんは、あくまで冷静な分析だ。

コメットさん☆:そうだね…。ずっと続けていれば、いつかゴミはすっかりきれいになるかも…。

 コメットさん☆は、さすがにツヨシくんらしい言葉を受け止め、海岸を見渡して言う。しかし、ふと、「ずっとこうしていられるのだろうか?」という不安な気持ちがよぎる。別に差し迫った何かがあるわけでもないし、星国から「帰ってきたら」と言われているわけでもない。それでも、「かがやき探し」がいつまで続くのか。それは自分にもわからない。そう思うと、ケースケがオーストラリアに行って、鎌倉を離れたように、自分もここを離れるときが来るかもしれない。そんな気持ちは、時に心をよぎる。

メテオさん:そうね…。

 コメットさん☆の思いを見透かしたように、メテオさんも手を止めて言う。

メテオさん:…でも、きっと来年もその次の年も、私たち、こうしてこのボランティアに参加しているでしょ、きっと。

 メテオさんのそんな言葉に、コメットさん☆はそっと答えた。

コメットさん☆:そっか…、そうだね、きっと。

ネネちゃん:あ、赤トンボ。

 ネネちゃんが空を見て言う。

ツヨシくん:トンビ。

 ツヨシくんはいつもたくさん飛んでいるトンビを、わざわざ指さして言う。

ネネちゃん:それは秋らしくも珍しくもないって。

コメットさん☆:ふふふ…。

 ネネちゃんの冷たく突っ込むような言葉に、思わずコメットさん☆は笑った。

メテオさん:さあ、もうひとがんばりするわよ!。いい?。がんがん見つけて終わらせましょ!。

 メテオさんの張り切った言葉が、あたりに響き渡る。

 

 夜になって、すっかりくたびれたみんなは、食卓についていた。

ツヨシくん:うう…、ちょっと疲れたよ…。

 ツヨシくんは、テーブルに手を置いて元気なく言う。

ネネちゃん:私も…。手がだるーい。

 ネネちゃんも、いすの背に寄りかかって言う。

コメットさん☆:…私も…もう筋肉痛かな…。

 コメットさん☆もさすがにくたびれた声だ。

景太朗パパさん:なんだいみんな、ぼくよりずっと若いのに。そんなに張り切っちゃったのかい?。

 景太朗パパさんが、あきれたように言う。

沙也加ママさん:今夜はね、クリごはんよ。

ツヨシくん:え!?、ほんと?、やったね!。

 沙也加ママさんが、炊飯器から炊きあがったクリごはんをよそったごはん茶碗を、持ってくると、ツヨシくんはそれまでの疲れた表情を一変させて、いすに座り直した。

沙也加ママさん:きっと、みんなおなかすかせて帰ってくるんじゃないかと思ってね。

ネネちゃん:あーん、太っちゃうー。

 ネネちゃんは、そんなことを言いつつも、うれしそうに笑う。

コメットさん☆:わあ、おいしそう!。

 コメットさん☆もにっこり。

景太朗パパさん:いいね、クリごはん。秋はさ、食欲の秋でもあるんだから。

 景太朗パパさんが、静かに言う。

景太朗パパさん:秋には秋の楽しみがあるってことさ。

 景太朗パパさんのその言葉に、季節が巡り、季節ごとの楽しみがあるということ自体、それもまた、「かがやき」の一つかもしれないと思うコメットさん☆なのだった。

 

 「いただきまーす!」…。そんな声が、藤吉家の食卓に響き渡る頃、窓の外に見えるほかの家々には、それぞれいろいろな色の光が灯っている。きっと同じように、晩ご飯を食べようとしている家も多いのだろう。家族の声が聞こえてきそうだ。秋は、「寂しい」のだろうか?。「ううん、そうじゃないよね」。コメットさん☆は、そう思い直していた。秋は収穫の季節であり、さまざまなおいしい食べ物が、出回る季節である。それら豊かな実りは、遠く海を越えて渡ってくる風が連れてくると言っても、間違いはないのだから…。


※由比ガ浜の清掃は、大規模なイベントとして実際に行われているものではありませんが、小さい規模では適宜有志の方々により行われています。
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★第324話:スピカの秘密−−(2007年10月中旬放送) new

 10月も半ば近くになると、鎌倉はすっかり心地よい秋の風。しかし、スピカさんの住む信州では、もう朝夕と日中の気温差が大きくなる。朝夕は、かなり冷え込み、寒さを感じる日もあるようになるのだ。そうするとそろそろ紅葉が、という話も聞こえてくるので、コメットさん☆は、星のトンネルを通って、スピカさんに会いに、そして一足早い紅葉を眺めに、行くことにした。とはいえ、藤吉家のウッドデッキから、星のトンネルを直結してあるから、相変わらずほんの1秒という近さなのだが。

 

コメットさん☆:スピカおばさま、こんにちは。

 昼過ぎにコメットさん☆は、スピカさんが住んでいて、経営しているペンションの前に立った。スピカさんは、庭の小さな植物たちの手入れをしているところだった。もう冬の準備をしなくてはならない。

スピカさん:あらコメット、どう?。元気にしてる?。

 スピカさんは、コメットさん☆に気付くと、ガーデンウエアのまま立ち上がってそう尋ねた。それには、ケースケがオーストラリアに行ってしまったことで、コメットさん☆がショックを引きずっているのではないか、心配する思いが込められているのだった。

コメットさん☆:はい、元気です、おばさま。

 コメットさん☆は、普通に答える。

スピカさん:鎌倉は、紅葉はまだよねぇ?。

 スピカさんは、山の方を見上げるように言う。

コメットさん☆:ええ。まだずっと先です。

 コメットさん☆は、紅葉が始まり気味の山を見てから、そっとペンションの中をのぞき込み、答えた。

スピカさん:みどりなら保育園、修造さんは買い出しに行ってるわよ。最近は商店街が少し寂れてしまって、遠くまで買い物に行かないと。だから今は私一人。

 スピカさんが、コメットさん☆の様子を見て言う。コメットさん☆は、他に誰かいるのか、お客さんがいたりするのか、少し気にしたのだった。

 

 コメットさん☆とスピカさんは、ペンションのホールにあるいすに腰掛けていた。ホールはサンルームのようになっていて、窓からは、遠く南アルプスの山々を望むことが出来る。もっと季節が進むと、暖炉に火が入り、山は雪化粧になるが、今はまだらな紅葉が見える。さんさんと日が射し込むホールは、とても暖かい。

スピカさん:もうねぇ、みどりも5歳と5ヶ月。年長組よ?。早いわねぇ。

 スピカさんが静かに言う。

コメットさん☆:えっ?。もう…、年長さんかぁ…。

 コメットさん☆ははっとした。ツヨシくんやネネちゃんが思いのほか早く小学校に上がったのを見てきたからだ。しかし、それよりもいまさらながら不思議なことに気付いた。そんなコメットさん☆の、難しそうな顔を見て、スピカさんは尋ねるのだった。

スピカさん:どうかした?。

コメットさん☆:あっ、いえ…。おばさま…。

 コメットさん☆は、あわてて視線を落としたが…。気付いたことを言うか言うまいか。そんな思いがよぎる。

スピカさん:みどりのこと?。

コメットさん☆:えっ?。

 スピカさんは、コメットさん☆の視線が泳いでいるのを見透かしたように、静かに尋ねた。コメットさん☆は、びっくりして短く答える。

スピカさん:みどりはね、修造さんと私の間に生まれた子よ。

コメットさん☆:は、はぁ…、おばさま。

 スピカさんはあくまで静かに語る。コメットさん☆はそれに、少しどぎまぎしたように答えるのだった。

スピカさん:ということは…?。そういうことが聞きたいんじゃない?、コメットは。

 スピカさんには何でもお見通しだ。そんなふうに思うコメットさん☆。

コメットさん☆:…ということは?。おばさま…。

スピカさん:みどりは、地球人と星ビトの混血児ってことかな。

 スピカさんは、コメットさん☆が普段忘れていたことを言い当てる。コメットさん☆は、少し汗が出てきた。ドキッとして。

コメットさん☆:あ、あの…、おばさま、みどりちゃんは…、本当は何歳なの?。

 コメットさん☆は、いまさらながらよくわからないでいたことをようやく尋ねた。

スピカさん:ふふふふ…。コメットは、面白いことを言うのねえ。

 スピカさんは、意外な反応を見せる。静かな声を出して笑うと、コメットさん☆の反応を確かめるように言う。

スピカさん:さっきも言ったでしょ?。5歳と5ヶ月だって。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、そう言われて黙ってしまった。「それは地球の暦で…」と思うのだが、考えてみると、みどりちゃんは星国に一度も行ったことは無いわけだ。

スピカさん:みどりは、私と修造さんの子ども。そして…、地球で生まれた地球人の子ども。

 スピカさんは、遠くの山に視線を移して言う。まるで問わず語りのように。

コメットさん☆:そ…、それって…。

 コメットさん☆は、どう言っていいかわからなくなってしまった。

 

沙也加ママさん:コメットさん☆は、2年に1回しか歳をとらないわけでしょ。

 沙也加ママさんは、珍しくお昼ごはんを買ってから「HONNO KIMOCHI YA」に来た、景太朗パパさんに言うのであった。

景太朗パパさん:まあ、そういうように聞いてるね。実際、見ていてもそんな感じかなぁ。よくわからないけどさ。うん、うまいねこの菜めしのおにぎり。

 景太朗パパさんは、大町のほうにあるおにぎり屋さんで、おにぎりを買ってきたのだ。それを沙也加ママさんに勧め、自らもほおばりながら言う。

沙也加ママさん:私も菜めし食べよう。…毎年誕生日が来るわけじゃないって、どんな感じかしら。もうこの歳になると、毎年歳とらないっていうのは、いいなぁって思うわ。

 沙也加ママさんは、菜めしのおにぎりを手に、反対の手にはお茶の茶碗を持って、うらやましそうに言う。

景太朗パパさん:ママも案外子どもっぽく言うんだね。あはは…。まあ…、なんというか、ぼくたち「星ビト」ではない人間からすると、イメージわかないよね。

 それを聞いた沙也加ママさんは、一転真面目な顔になって言う。

沙也加ママさん:どうかなぁ…。いいなぁと言ってみたけど…、いいのかしら?。

景太朗パパさん:なんで突然疑問に思うんだい?。

沙也加ママさん:そうね…。思春期の頃って、早く大人になりたいって思うじゃない?。なかなか大人になれないコメットさん☆は、そこのところ、自分ではどう思っているのかなって思って。

景太朗パパさん:うーん…。それは想像してみるしかないけれど…。小さい子どものころから、それが当たり前なら、あまり気にならないんじゃないかなぁ。

沙也加ママさん:そうかしら。私たちと暮らして、もう6年にもなるのに?。

景太朗パパさん:そうか…。もう6年にもなるよね。そうすると、それまでのイメージとはかなり違うわけだから、違和感を感じても不思議はないか…。

沙也加ママさん:やっぱりそうよね…。

景太朗パパさん:ん?、でも、コメットさん☆のお母さんも、地球に来ていたときがあったんだよね。その時はどんな感じだったのかなぁ。

沙也加ママさん:そうね。考えてみれば…。もっとも、コメットさん☆がどう思っているか、わかったところで私たち、どうしようもないのかも…。時を止めることが、出来るわけでもないし…。

景太朗パパさん:まあね…。そう言ってしまえばそうなんだけど。

 沙也加ママさんはしばらく黙って、菜めしのおにぎりを見つめ、そっと言うのであった。

沙也加ママさん:考えてみても…、しょうがないのかしら…。

 

 ちょうどそのころ、コメットさん☆は、スピカさんの「みどりちゃんは地球人の子ども」という言葉に、少し踏み込んで尋ねていた。

コメットさん☆:おばさま…、じゃあ、おばさまは、もう星ビトであることをやめたの?…。

 スピカさんは、落ち着いた様子で答える。

スピカさん:そんなことはないわよ。あなたが初めてここにやって来たのだって、星の導きじゃない?。星の子や星ビトたちから信頼されてなければ、そんなことも起こらなかったはず。

コメットさん☆:あっ…、それは…、そっか…。

スピカさん:でもね、半分はやめたのかもしれない…。星ビトであることを。私が修造さんと、毎年いっしょに歳を重ねないとしたら…。どうなると思う?コメット。

 スピカさんは、遠くの山をやっぱり見つめて言うのであった。コメットさん☆はその答えには困ってしまう。

コメットさん☆:そ、それは…、そうしたら…。

 コメットさん☆は、もちろんわかっていた。それが不自然だということを。しかし、それを口に出して言うことには、とまどってしまう。

スピカさん:星力を使えば、みどりだって、修造さんだって、地球の暦で2年に1歳しか歳をとらないようにできる…。でも、そうしたら、みどりが学校に上がって、そのあとどうなるかなぁ?…。逆に修造さんとみどりに、星力をかけないとして、私だけ2年に1歳しか、歳をとらなかったら、だんだん修造さんとの年齢の差が大きくなって行くし、いつかみどりにも追いつかれてしまう…。

コメットさん☆:おばさま…、そ、それは…。

 コメットさん☆は、それがもしかしたら、自分にも起こる問題だということを、あらためて認識していた。もちろん、今まで考えなかったわけではない。もし自分も地球人と結ばれるなら、いつかはどうにかしなければならないこと。しかし、それが現実に、目の前のスピカさんから語られることに、強い衝撃を受けたような気持ちになるのだった。

スピカさん:だからね、私が地球人と同じように、毎年歳をとれますようにって、星の子たちにお願いしたのよ。

 スピカさんは、あくまでさりげなく言う。

コメットさん☆:そうだったんだ…、おばさま…。

 コメットさん☆は、とてもびっくりして、短く答え、あとは押し黙った。

スピカさん:私もあなたがここにやって来るようになるまで、一度もそんな話をしたことはないでしょう?。

コメットさん☆:は、はい…、おばさま。

スピカさん:私は…、そうねぇ、…修造さんと、その間に産まれるであろう私の子どものために、星ビトであることを半分やめた…。そんなところかな?。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、どう答えていいか少し困って黙っていた。

スピカさん:でもね…、星の子たちは、いつもきっと見守ってくれているわ。そして…、修造さんも。みどりも…。

 スピカさんは、そう言うと、少し微笑んだ。そこにコメットさん☆は、スピカさんの不思議な「かがやき」を見た。星力でも、恋力でもなく、「その先の力」を…。

コメットさん☆:おばさまは、修造さんのこと、みどりちゃんのこと、それに星国のみんなを、とても愛しているんだ…。

スピカさん:……。うふふふ…。

 コメットさん☆のストレートな表現に、スピカさんは一瞬あきれたようにその顔を見たのだが、次の瞬間静かに笑っていた。そして短く答えた。

スピカさん:そうねぇ。

 

 コメットさん☆は、家に帰ってから、自分の部屋のベッドに座り、窓から外を見ていた。窓の外には、はるか先に夕焼けに染まる空と、七里ガ浜の海、それに少しの住宅が見える。そこをぼうっと眺めながら考えていた。

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。

 ラバボーが、少し心配そうに尋ねる。

コメットさん☆:え?、別にどうしもしないよ。ただ…。

 コメットさん☆は、ベッドの下にいるラバボーのほうへ振り返り、それからまた外を見て答えた。

ラバボー:ただ?。

コメットさん☆:うん…。おばさまは、修造さんへの「愛」のために、星ビトであることすら、半分はやめたんだなぁ…って…。

 コメットさん☆は、スピカさんの秘密を知ったような気持ちになっていた。別に星ビト同士なら、どうということでもないけれど、誰にでも語れることではないという意味の「秘密」。それを自分だけが知っているというような気持ち。だが、いつか自分も同じ立場になるかもしれないということが、コメットさん☆にはとても気になっていた。ラバボーも。

ラバボー:姫さま、姫さまも、…もしかしたらスピカさまと同じことだボ。

 ラバボーが、ちょっと口にしにくそうに言い、コメットさん☆もそれに静かに答える。

コメットさん☆:そう…だよね。

 コメットさん☆は、相手が誰と決めたわけではないけれど、「ずっと地球に残ることも、できないことはない」。そうスピカさんは暗に言おうとしていたのだと思った。その最初のハードルが、地球で誰かパートナーとなる人を見つけたとして、スピカさんのように毎年歳をとるようにし、相手の男性や、産まれてくるかもしれない子どもに合わせることも出来るか、ということ。でもそれは…。コメットさん☆の心は、激しく吹く風に翻弄される木々のように乱れる。「そんなこと、私だったら出来るんだろうか…。星の子たちは、星国の星ビトたちはどう思うかな」と、どうしても考えてしまう。それに、家族になる人に、自分が「星ビト」であることを黙っていられるかもわからないし、黙っていたほうがいいのかもわからない。今はまだ、それらに答えを出すことはできないのだ。

ラバボー:明日どうするかのほうが、まず大事だボ、姫さま。

 ふとラバボーが、心が共鳴したかのようなことを言う。その顔は、意外なほどやさしく微笑んでいるように見えた。

コメットさん☆:そっか…。そうだよね、ラバボー。ありがとう…、いつも。

 そう言うと、コメットさん☆は手を伸ばし、ラバボーを抱き上げた。ラバボーは、かなりびっくりする。

ラバボー:あ…、あの、ちょっと…、姫さま…。その…。

 夕空に輝き始めた星たちは、「それに答えを出すのは、まだずっと先じゃない?」と、問いかけるかのようにまたたく。コメットさん☆の一日は、そんな星たちに見守られるように、今日も暮れていく…。

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★第326話:秋を連れてこよう−−(2007年10月下旬放送) new

 秋も深まってきた。とはいえ、まだ冷たい風が強く吹くような日はない。鎌倉は南側が海に面しているからか、割合と夏涼しく、冬暖かいと言われている。もう何年も鎌倉で過ごしてきたコメットさん☆も、テレビの天気予報を見ていると、そう思うときがある。横浜の気温や、東京の気温として表示されるのとは、体感する気温が異なる印象だ。

 秋半ばの鎌倉は、市内を歩き回る観光客でまあまあにぎわっているが、それでも紅葉の時期ほどではない。夏が終わり、紅葉、そして年末年始までの間、一時鎌倉は、普段の表情を取り戻すかのようである。ただ、秋も半ばを過ぎれば、日暮れが早くなるので、午後は特に素早く行動する必要がある。

 そんなある日、ツヨシくんは学校が早く終わったので、由比ガ浜にある沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」の方に帰ることにした。寄り道しないで帰宅するようにと、学校からは言われているが、今日は家に帰ってみても、景太朗パパさんは市内の建築現場に出かけていて留守。ネネちゃんも、確か朝「学校の係を終えたら、「HONNO KIMOCHI YA」に帰る」と言っていたので、お店の方へ帰ろうと思ったのだ。お店には、きっとコメットさん☆もいるはずだ。家に帰るのも、みんな沙也加ママさんの車に同乗できるから安心だ。

 ツヨシくんが、学校から直接「HONNO KIMOCHI YA」に向かっている頃、コメットさん☆は、沙也加ママさんに頼まれて、大町のほうまで届け物をしに行くところであった。大町は、鎌倉市の東側。由比ガ浜からは海岸沿いを行き、若宮大路という幅の広い道路を横切り、横須賀線の踏切を渡って、少し北の方角に向かったあたり。歩いて行くにはやや遠いが、コメットさん☆はあまり気にしない。

沙也加ママさん:少し遠いけど大丈夫?。電動アシスト自転車がいるわね…。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆を送り出そうとしながら少し心配した。

コメットさん☆:大丈夫です、沙也加ママ。それになるべく近道で行きますから。

 そう答えるコメットさん☆。ところがそこにちょうど、ツヨシくんが帰ってきた。お店に寄った、と言う方が正しいのかもしれないのだが。

ツヨシくん:ただいまー。

 ツヨシくんは、まるで家に帰ったかのように言う。

沙也加ママさん:あらおかえりー。あ、ちょうどいいわ。ツヨシ、コメットさん☆にお供して。

 沙也加ママさんは、入口のドアを開けて入ってきたツヨシくんを見て、急に思いついた。

コメットさん☆:えっ?。

ツヨシくん:ええっ?。

 コメットさん☆もツヨシくんも、ちょっとびっくりしたように言い、二人して目を合わせてぱちくりとした。

 

 コメットさん☆とツヨシくんは、「HONNO KIMOCHI YA」を出て、海岸沿いの国道と若宮大路がぶつかる三叉路まで歩く。そして若宮大路に入る。

ツヨシくん:コメットさん☆は、何を届けに行くの?。

 ツヨシくんは、三叉路を曲がったあたりで、いまさら尋ねる。

コメットさん☆:メダカ鉢にするための小さい鉢だよ。柄がすごいの。

 コメットさん☆は、クッションシートに包まれ、ヒモをかけて持ち手を付けた荷物を持っている。

ツヨシくん:へー。柄ね…。…えっ?、そんなの重いでしょ?。ぼくが持つよ。

 ツヨシくんは、はっと気が付いて、少し大人びたようなことを言う。それほど大きな鉢ではないので、コメットさん☆の手に余るというほどではないのだったが。それでもツヨシくんは、コメットさん☆の手から、鉢をさっと持って言う。

ツヨシくん:結構重いじゃん…。それにしても、これ1個を配達?。買った人は、どうして持って帰らなかったんだろう?。

コメットさん☆:腰を傷めたおばあさんだったんだよ。

 コメットさん☆は、お店に来たおばあさんの姿を思い出して言った。杖を突くようにして、近くは無いはずのお店まで来てくれたのだ。

ツヨシくん:…なるほどね。

 ツヨシくんは、納得したようにそう答えた。

 女子校の前を過ぎると、もう下馬(げば)の交差点だ。ここはいつも車が渋滞する。コメットさん☆とツヨシくんは、ずっとおしゃべりをしながら、スクランブル交差点になっている下馬交差点を右に渡り、横須賀線の踏切に向かう。ちょっとした上り坂だ。

ツヨシくん:ここはさぁ、いつも車が来て危ないよね…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆を気遣うように言う。コメットさん☆のほうが、慣れた道のはずなのに。

コメットさん☆:そうだね。気を付けよう。

 しかしコメットさん☆も、それに自然な様子で答える。横須賀線の踏切を越えるとき、ふと線路際を見ると、背の高い夏草がまだ残っていた。このあとしばらくすると、完全に枯れて、また来年ということになるのだろう。どんな時でも季節は回っている。

 二人は交代で鉢を持ち、落として割らないように気を付けながら、大町四つ角を曲がり、山のほうに近づく細い道へ入る。続いて路地を入っていくと、狭い道で、ほんの少し前を歩く格好になったツヨシくんは、ふと後ろを振り返った。コメットさん☆の後ろには誰もいない路地に、傾いた日が長めの影を作っている。

ツヨシくん:コメットさん☆は、普段こんな遠くまで配達に来たりしてるの?。

 ツヨシくんは距離と、早い夕暮れを心配して尋ねた。

コメットさん☆:たまにだよ。ほんとうにたまに。

 コメットさん☆は、急になんでそんなことをツヨシくんが聞くのだろうと不思議に思いつつ答えた。

ツヨシくん:そっか…。

 ツヨシくんは、少しの間、振り返ったコメットさん☆を見つめた。コメットさん☆は、傾いた日を受けて、不思議そうな顔をするだけだ。だが、ツヨシくんはコメットさん☆を見て、ふと気まずいような気持ちになった。このところ、コメットさん☆と二人だけで歩くなんていうことは、無かったからだ。「これはもしかして、デートのようなものかも」と、ちょっと考えたりした。しかし、どちらともなく、また歩き出した。

 ツヨシくんは、だんだん日暮が近くなってくる山を見た。遠くが暗くなりつつある青空をバックに、山は緑色というより、黒っぽく見える。ところが、その手前に見える誰かの家の木に、赤い実がついているのを見つけた。

ツヨシくん:あ、あれ何の実かな?。

 ツヨシくんは、思わず指を差した。

コメットさん☆:どれ?。

 コメットさん☆は面倒そうな表情も見せず、ツヨシくんの指の先を追った。低い木に赤い実がまばらについている。

ツヨシくん:塀の向こうの…。

 ツヨシくんは説明しようとするが…。

コメットさん☆:あ、あれ?。…さあ?。わからないなぁ…。

 コメットさん☆はすぐにツヨシくんの指さした木を見つけ、そう答える。

ツヨシくん:なんだろうなぁ…。ぼくもわからないや…。でも、秋なんだね、もうだいぶ。

 ツヨシくんは、当たり前のようなことを言う。

コメットさん☆:そうだね…。すっかり間違いなく秋だね。ふふふ…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの言葉が、少しおかしく思えて、つい笑う。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆に笑われちゃったよ…。

 ツヨシくんも、そう言いながらも口は笑っている。とはいえ、木の名前がわからないことには違いない。コメットさん☆は、思い出したように鉢を地面に置くと、ポケットから小形のデジタルカメラを取り出して、木に向けた。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、いいものあるね。

 ツヨシくんがすかさず言う。

コメットさん☆:うん。いつもたいてい持っているよ。景太朗パパさんからのプレゼントだもの。

 コメットさん☆は、そう答えながら、ズームして手ブレしないように気を付けながら、空をバックに1枚撮影した。それからまた、鉢を手にしようとしたときには、ツヨシくんがもう鉢を持っていた。

ツヨシくん:早く配達しよう、コメットさん☆。

 ツヨシくんはにこっと笑って言う。

コメットさん☆:うん。そうだねっ。

 コメットさん☆もにこっとして答えた。

 

 翌日、学校の図書室で、図鑑をめくるツヨシくんの姿があった。家にある図鑑では、コメットさん☆と見つけた赤い実の木は、わからなかったのだ。

ツヨシくん:…うーん、よくわからないなぁ。アオキの実じゃないし…。葉っぱが違うよ。

 図書室にある図鑑は、ツヨシくんの持っているものと、出版社は違っているのだが、内容にそれほどの差が無くて、やっぱりわからない。ツヨシくんは、いろいろなページを見ては、コメットさん☆が撮った写真と見比べるのだが、いっこうにわからないのだった。

ツヨシくん:ふう…。ダメかぁ…。わからないや。

 ツヨシくんは、いすに背中を預けると、天井を向いてため息をついた。

 図鑑は、一般に売られている手頃なものでは、山や街などで見かける植物でさえ、きちんと載っていないことがある。ネットや電子辞書には、それを補える場合があるが、今ツヨシくんの手近に、そうしたものがあるわけではない。

 仕方がないのでツヨシくんは、わからないまま家に帰ってきた。家の図鑑を見直してみるが、コメットさん☆の撮った写真そのままのものは見つからない。それを見ていた景太朗パパさんは、言うのだった。

景太朗パパさん:花は載っていても、実の写真までは出てない図鑑が結構あるからね…。とりあえずその写真を持って、裏山に行ってみるか。

ツヨシくん:パパ?。

 ツヨシくんはびっくりして振り返った。景太朗パパさんがどんなつもりでそんなことを言うのか、わからなかったからだ。

 景太朗パパさんとツヨシくんは、靴を履いて中庭を抜け、裏側の小さな門から少しの道を上って裏山へ向かった。藤吉家の建物の裏は、一段高くなっていて、そこには別の家が建っている。その脇を抜けるように、ややきつい勾配で山へ上がる道がある。舗装もされていない細道だが、一応景太朗パパさんが、草刈りだけはしているので、歩くのにそれほどの苦労は無い。道の途中から振り返れば、下に向けてたくさんの家や、遠く海を望むことが出来る。

ツヨシくん:裏山に来たけれど…。

 ツヨシくんは、藤吉家の土地である裏山に着いて、畑のあるところから回りを見回した。雑木が生い茂るやぶのようなところ。しかしよく見ると、さまざまな植物が育ち、クヌギの木などもある。ツヨシくんやネネちゃんも、小さい頃には「どんぐり拾い」をしたものだ。マダケがあったりもするから、七夕の飾りにも困らない。

ツヨシくん:あっ、あれ!。

 ツヨシくんは、そんないろいろな木々に視線をさまよわせていて、声をあげた。

景太朗パパさん:ん?。

 景太朗パパさんもそれに応える。ツヨシくんはコメットさん☆が撮ってきた写真と見比べて、赤い実を付けた細い木を指さしていた。

ツヨシくん:あの木は、同じものじゃない?。

 ツヨシくんは数メートル上にある木を指さして言う。

景太朗パパさん:おお、確かに同じ木だね。

ツヨシくん:同じ木がうちにあったのかぁ…。

 ツヨシくんが拍子抜けしたように言う。

景太朗パパさん:でも…、ツヨシ、あの木なんだか、パパも知らないぞ。

ツヨシくん:…あ、そうかぁ…。そうなんだよね。

 景太朗パパさんの言葉に、肝心なことをツヨシくんは思い出した。

景太朗パパさん:近くで見た方がいいかもしれないよ。一枝切ってみてごらん。ほらハサミ。

 景太朗パパさんは、意外なことを言う。ツヨシくんは少しとまどった。それに、なぜか景太朗パパさんが植木バサミを持ってきていたことに驚いた。

ツヨシくん:あの木を?。

景太朗パパさん:そうさ。家に秋を連れてくるのもいいじゃないか。

 景太朗パパさんの言葉に、ツヨシくんははっとして、それから景太朗パパさんから小さな植木バサミを受け取ると、下草をかき分けるようにしながら、木の近くまで寄っていった。数メートル先とはいえ、勾配の付いた足元は、急に悪い感じだ。足元と顔の先に迫る他の木にも気を付けながら、ツヨシくんはなおも斜面を登る。そしてその木の枝を手にすると、手にしたハサミで実がたくさん付いていそうな枝を選んで「パチリ」と切った。今度はそれを手にして、そっと降りてくる。

ツヨシくん:こんなんでいいかなぁ。

 ツヨシくんは、手にした枝を景太朗パパさんに見せながら言った。

景太朗パパさん:いいね。十分だろう。

 景太朗パパさんはにこっと微笑んだ。ツヨシくんもそれを見てにこっと笑う。

ツヨシくん:それにしてもパパ、何でハサミ持ってきたの?。

景太朗パパさん:別にあてがあったわけじゃないけどさ。何か秋らしいものがあったら、一枝切ってくるのもいいかなと思ってね。

 不思議そうに尋ねるツヨシくんに、景太朗パパさんは静かに答える。

 

コメットさん☆:きれいな赤…。

 沙也加ママさんが上手に花瓶に挿した、名前のわからない赤い実の木を見て、コメットさん☆はつぶやくように言う。

ネネちゃん:きれいだね。こんな実って、近くで見ないもの。

 ネネちゃんも言う。

コメットさん☆:これって…、切ってきちゃって大丈夫かな…。

 コメットさん☆はそんなことを心配する。

景太朗パパさん:たいていは大丈夫なんだよ。

 リビングのいすに座って、まだ当分火の入らない暖炉の上に、枝を飾ろうとする沙也加ママさんの様子を眺めながら、景太朗パパさんは言うのだった。

景太朗パパさん:植物は、無限に成長することが可能で、永遠に成長し続けられないことは無い、…んだそうだ。本で読んだよ。

ツヨシくん:えっ!?。

ネネちゃん:そうなの?。

コメットさん☆:本当…ですか?。

 ツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆は、景太朗パパさんの言葉にびっくりして聞き返す。

景太朗パパさん:いや…あの、専門家じゃないから、詳しいことはわからないんだけどね。条件さえよければ、枝が折れてしまうとか、木ごと土から抜けてしまうとか、そういうアクシデントが無い限り、枝の先のあたりは成長を続けるから、ずっと生き続けられると。そういうことらしい。

ツヨシくん:へぇー…。

コメットさん☆:そうなんだ…。

 ツヨシくんとコメットさん☆の二人は、植物の命は、もしかすると永遠かもしれないという、衝撃的な話に驚かされて、しばらく呆然とするような、なんと言っていいかわからない気分になった。

ネネちゃん:あ、でもさ、毎年枯れちゃう草花とかは?。あれは永遠なわけじゃないでしょ。

 ネネちゃんがもっともな疑問を投げかける。

ツヨシくん:草花はさぁ、一年草って言って、冬になるとタネを飛ばして完全に枯れちゃって、翌年またタネからはえるのが多いんじゃないかな。ほら、庭の雑草もそうじゃん。

 その疑問にはツヨシくんが答えるが…。

ネネちゃん:え…、でも…、冬でも枯れないのとか、冬のない国は?。

ツヨシくん:それは木と同じでしょ。それに一年で枯れるのも、毎年タネを飛ばして、翌年どこかではえるんだから、それが「永遠」なんじゃないかな?。

 かなり真剣な二人のやりとりに、景太朗パパさんもびっくりしつつ、しばらく黙って聞いていた。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ、生けるの上手ですね。

 ネネちゃんとツヨシくんの「議論」を見ていたコメットさん☆は、大事なことを思い出したように言う。

沙也加ママさん:ううん。昔少しお花を習っていただけよ。

 沙也加ママさんはさらりと答える。

沙也加ママさん:どうかな?。

 暖炉の上に置いた花瓶に挿した枝の向きを、注意深く整えて、みんなに披露する沙也加ママさん。自然の木を生かした造りにはなっているが、普段季節感にあふれているというわけでは無い藤吉家のリビングが、これでぐっと秋らしくなった。思わずネネちゃんとツヨシくんも、黙って見入る。

 

 翌日、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」には、また赤い実の枝が飾られていた。これは裏山の名前がわからない木ではなく、景太朗パパさんが譲り受けてきて、玄関の先に植えていたアメリカハナミズキの実。

沙也加ママさん:パパがもらって来ちゃった時には、どうなるかしらと思ったけど、こんなきれいな実がつくのよね。

 沙也加ママさんは、レジ前の台にのせた花瓶の向きを微妙に変えながら言う。

コメットさん☆:花もきれいだったけど、実もこんなにたくさん赤くてつぶつぶ…。

 今日もお店に手伝いに来ているコメットさん☆は、開店準備に忙しい。とはいえ、春に咲く花を思い出しながら応える。

沙也加ママさん:お店に置くものは、季節によって入れ換えるけれど、こういう季節感の演出も必要ね。

コメットさん☆:そうですね。お客さんが喜んで見てくれるといいなぁ。

沙也加ママさん:ほんと。

 沙也加ママさんは、ドアの表に向けて掛けてある札を、「CLOSED」から「OPEN」に変えた。観光で鎌倉に来る人々は、たいていコンクリの街にうんざりしているもの。そんな人たちにも、間近に秋を連れてきて見せてあげたい。そんなちょっとした思いが、この「HONNO KIMOCHI YA」には、空気のように漂っている。それを呼吸しに、今日もお客さんが来るだろう。

ツヨシくん:あー、相変わらずわからないんだよね。

 学校へ出かける前に、ツヨシくんが言った言葉である。まだあの、コメットさん☆といっしょに見た、そして裏山にもはえている赤い実をつけた木の名前はわからないらしい。

景太朗パパさん:わからないのも、まあそれでいいじゃないか。

 景太朗パパさんは、そうも言うのだった。

景太朗パパさん:何でもわかっちゃったら、それはそれで面白くないだろう?。

 と、そんなことも。

ツヨシくん:えー?。

 ツヨシくんは、少々不満そうだが、疑問は疑問のまま残しておいて、時間をかけて調べれば、また新しい資料が見つかるかもしれない。あせらずじっくり。景太朗パパさんは、そうも思うのだった。

景太朗パパさん:それに、名前がわからなくたって、赤い実は赤いさ。

ツヨシくん:えっ?…。…あ、そうか…。

 景太朗パパさんの言葉に、ツヨシくんは思う。

ツヨシくん:(コメットさん☆は、名前のわからない木の実にだって、きれいって言うよね。)

 まだ紅葉には早いが、季節はちゃんと進んでいる。連れてくることが出来る秋は、食卓だけではない。当たり前だが、ちょっとした木々や草にも、春や夏とは違った表情が宿る。それを身近に連れてきながら、人々の生活は、今日も…。

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