鳩が続けて産まれると際限なく増加するという「嘘」

 
 よく、「鳩は餌付けなどにより、栄養が良くなると、どんどん卵を産み、その結果やたらと増える」などと言われます。実際にいくつものホームページ等に、そう書かれている場合もありますね。多少、別項の「餌やりが個体数を増加させるという『嘘』」にも関係しますが、しかし、それは本当でしょうか?。
 
 実際に鳩を出生から巣立ち、その後まで観察しているとわかるのですが、どうもそういうことはないと言えます。それを、当家で観察された、実証的・数値的データを示して、証明してみたいと思います。
 
 うちでは、2008年のピヨスケとその兄から始まって、何組もの卵が産まれ、ヒナになり、そして巣立っていきました。もちろん、かえらなかった卵もありましたし、かえってもヒナの段階で死んでしまった個体もありました。しかし無事に巣立ったと思っても、外に出ればそこは「自分で自分を守らなければならない世界」です。巣立ったばかりのヒナが、その中に放り出された時、どうなっていくのか。それを定量的に観察し、記録した論文や記述を、今のところ目にしたことはありません。もっとも、私も専門家ではないので、専門雑誌を毎月読了しているわけではありませんが…。
 まずは、卵からヒナが発生する確率と、巣材の関係はどんな様子か見てみましょう。このデータは、鳩が産まれた後、どうなっていくかに直接影響するとまでは言えませんが、ある程度の参考になると思えます。
 
 
産卵時期 孵化数 巣材 備考・孵化したヒナの名前
08年初夏 自然 ピヨスケ他
09.7月北 自然 ポーラースター1、2
09.7月南 ザル サザンクロス1
09.9月 巣皿 陶器の巣皿とワラマット。ポーラースター3
09.11月 巣皿 ポーラースター5
10.1月 自然 ポーラースター7(ヒナで死去)
10.3月 自然 すずらん9、10
10.5月上側 ワラマット すずらん11、12
10.5月下側 土の上すぐに巣皿へ移動 ライラック1、2。排水口脇だったため、巣皿へ自然巣材少々とともに緊急的移動。

 この結果を見る限り、自然に親鳩が集めてきた巣材のままとした方が、おおむね孵化率が良いと言えそうです。特に巣皿とワラのマットは、皿の中央部に向けて勾配がややきつく、それが孵化率に影響している可能性があります。なお、巣皿とワラのマットでも、自然素材が無いわけではなく、ある程度羽毛や木の枝などがたまるものであることを、申し添えます。

 次いで、卵から巣立つまで、また巣立った後に、鳩たちはどうなったか。2008年から2010年の秋までに至る間に産まれた卵31個について、観察・検討しました。下の表をご覧下さい。
 

個体の名前 孵化 巣立ち後2009年 巣立ち後2010年 巣立ち後2011年 備考
ピヨスケ ○(=生存・継続して観察されるの意) 夏頃以降不明 不明
ピヨスケの兄 不明 不明 不明 直後から不明
ポーラースター1 時々 目撃頻度低下
ポーラースター2 徐々に不明 不明
ポーラースター3 11月まで○ 7月から○ ほとんど不明 2011年に入ってからは、ごくまれに見た程度
ポーラースター4 × 卵からかえらず
ポーラースター5 不明 2011年に入ってから、何度か見かけたがその後不明
ポーラースター6 × 卵からかえらず
ポーラースター7 ヒナのうちに死去
ポーラースター8 × 卵からかえらず
サザンクロス1 7月まで○ 不明 2010年7月以降不明
サザンクロス2 × 卵からかえらず
すずらん9 やがて不明 不明
すずらん10 不明 不明
すずらん11 不明 不明
すずらん12 × 巣立ち後すぐにカラスに襲われ死去確認
ライラック1 巣立ち翌日から不明 不明 おそらくカラスに襲われたものと推定
ライラック2 2011年でも元気
すずらん13 × 卵割損
すずらん14 × 卵割損
すずらん15 × 卵かえらず
すずらん16 × 卵かえらず
北斗1 × 卵かえらず
北斗2 × 卵巣箱内で行方不明。抱かれずかえらず
すずらん17 2011年2月時点では出現頻度低下
すずらん18 ヒナのうちに死去 巣の脇に落ち込み死去
南風1 × 1個のみ植木鉢上で産まれはしたが後割損
すずらん19 元気
すずらん20 ヒナのうちに死去 巣皿の向こうに落ち死去
北斗3 元気
北斗4 × 卵からかえらず

 以上のような結果が得られました。この表から読みとれるのは、
1.うちから産まれ巣立ったほとんどの個体が、2年以上はうちの近くに居続け無い傾向にある。
2.卵からかえらないで終わる個体が多数存在する。
3.巣立っても、すぐにカラスなどに襲われ、姿を消すものも少なくない。
4.育雛中に死去する例が数例ある。
5.この表のうち、「ピヨスケ・ポーラースター系・すずらん系」は同じ親、「ライラック系・北斗系」が別の親、「南風・サザンクロス」はまた別の親、とほぼ確認されているが、その3ペアから、31個体が卵として産まれたにも関わらず、1〜2年経過後、近くで観察されるのは、まれに見たものを入れても、わずか6個体に過ぎない。
…ということです。
 計算上のヒナの発生率は、61.29パーセント(31個の卵から19個が孵化)ですが、そのヒナが巣立ちまで迎える確率は、84.21パーセント(3個体がヒナのうちに死去なので、卵から計算すると51.61パーセント)、となります。この数字は、人間の早期胃ガンの5年生存率(発見5年後に生存している確率)が、95パーセントを越えることを考えると、生物の生存率としては、予想より少ない数字と考えられます。さらに、それらのヒナが巣立って、1年後にまだ近くにいる確率は、ぐっと低くなり、この表の集計時点(2011年2月末)で見て、まれに姿を見た個体を、「そこに居るもの」として計算しても、わずか19.35パーセント(31個の卵から、6個体)に過ぎないことになります。
 この結果から判断すると、卵が産まれても、約6割しかヒナにならず、ヒナになっても5羽に1羽は死去し、残った4羽のうちでも、1年後集団内にとどまっているのは、0〜1羽程度ということになります。

 果たしてこれで「鳩は増え続ける」と言えるでしょうか?。科学的に見て、とうていそのようなことは言えない数値です。もちろんこの集団観察は、サンプルが多数あるわけではないので、これが動物生態学上の、絶対的な意味をもったりはしません。一都市部でのデータ集計に過ぎませんし、他の都市ではどうか等、比較検討が必要です。ですが、この種の継続観察は、現在の「広く鳩に関する間違った害毒情報」が流布されている状況では、調査することすら難しく、その意味では、本データは、それなりの学術的価値を持ちうると思われます。
 ところで、表の中で「不明」となってしまった鳩は、どのような経過をたどっているのでしょうか?。これは足輪を付けて観察し、その個体がその後どこへ行ったかを継続的に観察しうる方法があれば良いのですが、さすがにGPSで追跡するまでは、予算的にも、市井の観察者には困難な話です。そのためある程度の推定を含みますが、カラスに捕食されるというのは、意外に多いようです。これは当家のすずらん12号でも起こったことですし、他の鳩でも何度か目撃しています。死体の処理も致しました。また遊歩道に大量の羽根と肉片が落ちていたこともありますので、カラスによる捕食は鳩の生存にとって一番の脅威になるかと思われます。
 しかし、全ての鳩がカラス、猫などに捕食されるわけではなさそうで、本表をまとめるにあたり、当家から巣立ったものではない個体も同時に観察することになりましたが、常に集団は変動しており、ある期間で点々と移動を繰り返している様子もうかがえました。これは当家から巣立った、「ポーラースター3号」が、8ヶ月間行方不明の後、突如舞い戻ってきて、再びほとんど見られなくなったということからも、条件のよい場所を求めて、移動を繰り返しているために、行方のわからなくなる鳩が多数出るのだとも考えられます。もちろん、移動先でカラスなどの襲撃を受けたり、そのう炎などの病気により、命を落とす個体もあるでしょうが、鳩にとって条件のよい場所、きれいな水が飲める、餌に困らない、風よけが出来る、カラスなどに襲撃されない…というような場所を求めて、常に移動するものであると考えられます。このことは、「鶴岡八幡宮」や、「靖国神社」、「大須観音」等で、鳩の数が、あるバランスを保っており、無数に増えてしまうという現象が、少なくとも今のところ起こっていないことからも裏打ちされます。

 結論として、当家から誕生・巣立ちを迎えた鳩を継続観察した結果、「鳩は次々に産まれて、際限なく増殖する」という、巷間語られる「うわさ」は、現状のデータを分析する限り、「正しくない」と言い切れると思われます。



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