大阪環状線の103系

 大阪環状線には、現在でも103系がリニューアルされて運用されています。103系の性能をフルに発揮できるのは、もはやここだけとも言われますが、321系増備による押し出しで転属してくる201系で置き換えられることになりました。

大阪環状線のオレンジ色103系の画像です

 国鉄時代の大阪環状線103系、クハ103−244?。写真はあまり良くないのですが、「第1次量産冷房車」と言われる、ヘッドライトがシールド2灯になり、ユニット窓+冷房化、低運転台、という車輌です。特段関東の車と変わりはありませんでしたが、ドアにステッカーが貼ってあるので、私鉄のようだと思った記憶があります。このころの大阪の車輌は、まだ前面に番号を表記していません。
 余談ながら、それよりインパクト強かったのは、関東と変わらない中央線のようなオレンジの103系に乗っていて、ドア脇に立っていた小学生くらいの女の子が、窓から大阪城を見て「大阪城公園やで」と、完璧な?大阪弁で言ったのを聞いたとき、「ああ!ここは大阪だ!」と感じたことでした。大阪の人にしてみれば、何でもないことなのでしょうが、関東の人間からすれば、「電車は同じなのに、違った文化圏に今まさに入ったのだ」という事実に、初めて気付かされた瞬間とでもいうのでしょうか。当たり前なのに不思議な感覚を覚えたのでした。
 弁天町?。1985年秋。



 画像提供を受けられましたので、最近の大阪環状線も紹介します。

クハ103−1号の画像です

 JR西日本に残る最若番車で有名な、クハ103−1号です。この車は山手線に投入後、同線ATC化のために、大阪地区転属となった車輌です。現在でも戸袋窓が閉鎖された程度で、まるで動態保存のように走っています。今後どうなるでしょうか。右側に写っているモハには、広島地区で使用された経歴があるのか、サボ受けが取り付けられています。桜ノ宮駅にて。画像提供:ED 23-901氏。


大阪環状線オレンジの103系画像

 クハ103−250と並ぶ、クハ103−800号。延命工事車です。側面が207系タイプになっており、とても同じ形式とは思えないほどの変貌…(苦笑)。桜ノ宮駅にて。画像提供:ED 23-901氏。


大阪環状線オレンジの103系画像

 大阪環状線は、山手線同様どんどん列車がやって来ます。クハ103−206号。このあたりの103系は、「第一次改良車」などと呼ばれる前照灯が最初からシールドビームの車輌や、「第一次量産冷房車」と呼ばれる低運転台の冷房車が多いです。桜ノ宮駅にて。画像提供:ED 23-901氏。


大阪環状線オレンジの103系画像

 轟音とともに淀川橋梁を渡ってくる103系延命工事車。クハ103−827を先頭とする8輌編成です。関東のごつい103系を見慣れた身としては、のっぺりした感じが不思議です。桜ノ宮駅にて。画像提供:ED 23-901氏。



 103系最後の牙城とも言うべき大阪環状線にも、201系が入るようになりました。系列は異なりますが、少し大阪環状線に入った201系についてご紹介します。

大阪環状線201系の画像です

 西日本初登場のオレンジ色201系。これも延命工事車なので、側面は103系の延命工事車と似ています。クハ200−136他8連。いずれも画像提供:ED 23-901氏(以下同じ)。

大阪環状線201系の画像です

 編成の7→8連化だけで、ブルーのまま活躍する201系。次回検査までこのままだとか。クハ200−62他8連。

大阪環状線201系の画像です

 同編成の反対側です。クハ201−62他。ヘッドライトなどが改造されているので、やはり関東の201系とは雰囲気が異なります。

大阪環状線201系の画像です

 2編成目の201系は、なんと4+4の8連で出現しました。クハ201−モハ201−モハ200−クハ200×2、ということです。7連2本から4連2本を作ると、当然サハ−モハ−モハが2組余りますが、どう転用するんでしょうね?。クハ201−64他8連。この編成はC4編成と呼ばれているそうです。


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