山手線の103系

 山手線は、そもそも103系発祥の地。103系の製造目的は、山手線のように駅間距離の短い路線に投入することだったので、高加速・高減速で経済性を重視した設計になってます。これが後年、無駄電とか言われて、追い回される原因になったのですが、性能的に合わない線区に投入したことが間違いなのであって、103系のせいとは言えません。209系は103系の47%の電力で走るか知りませんが、それは技術革新があれば当然のこと。威張って言うほどのものでもないと思うのですが…。

山手線当時のクハ103−811号の画像です

 写真の車は、クハ103−811。ただ2輌のみATC取り付け改造がなされた車です。運転室直後の窓を埋めたあとがあります。総武線各停用に作られたクハ103の非ATC車に改造を施したもので、この手の改造車は多数発生する計画だったのですが、結局は冷房化ともからんで、2輌だけ(本車とクハ103−818。この編成の反対側先頭車)に終わりました。田端にて。1985年ごろ。


山手線で活躍していた低運転台のクハ103の画像です

 山手線も、ATC化が決定するまでは、このように低運転台の先頭車を使用していました。今や懐かしの原形クハ103ですね。1灯式のヘッドライト、連結器渡り板上の風とりルーバーなど、製造当時のままです。新宿にて。1978年秋頃。



 古い写真を整理していたら、流し撮りの写真が出てきました。あまりうまくないですが、まあ記録性ということだけでご覧下さい。

山手線103系の画像です

 1978年7月25日早朝、上野を発車していくクハ103ATCタイプ。もうネガの色が悪くなっていますが、このクハ103は、既に靴ずりがステンレス無塗装のようです。一時塗りつぶされていたような気もするんですが…。まだぞくぞくと103系が新製されていた時代です。



 写真集「Aコレクション」から。撮影年月は不明です。

山手線103系電車の画像

 東京駅で発車待ちの103系ATC車。ATC準備車が入り始めた頃で、先頭車だけ差し替えられた編成も多く、中間車が非冷房の編成は、冷房を稼働させることが出来ないという事態にも。背景、復元前の東京駅駅舎屋根が見えています。また架線柱も、明治時代のものが残っている部分です。


山手線103系電車の画像

 高運転台ATC準備車(右)と、低運転台車が並ぶ、置き換え途中の風景。意外と黄緑色には差があったんですね。編成札が赤(右側編成)と、緑(左側編成)なので、配置区が異なるものと思えます(当時の品川電車区と池袋電車区)。画像は池袋駅?。


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