2003年11月14日号

赤ソバのその後

  赤ソバのその後
 

 赤い色の花が咲くというソバを、10月上旬、ベランダの鉢に蒔いた話は、前に書いた。
 蒔いた品種は「高嶺ルビー」というもので、前の原稿を書いた時点では、花芽が出てきて、それが赤みがかっている程度であった。その後どうなったかを書いてみようと思う。
 11月に入り、花芽ははっきり赤いものと、それほどでもないものとの二通りに別れてきた。これは個体ごとに違っていて、遺伝的に均一でないソバの特徴をあらわしているように思えた。そしていよいよ一輪ずつ咲き始めた。おおよそ11月5日位が「開花日」と思えたので、タネを蒔いてからちょうど一月ほどである。
 だがつぼみの段階では、相当赤っぽかったのに、花が開いてみると、案外その色は薄くて、白い花びらの中央部付近が薄くピンク色がかっているに過ぎなかった。花が開くととたんに色が薄くなるのは、よくわからない現象である。
 それに、ソバはイネなどと違って、1本で一株であるが、一株ごとにかなり花の色に違いがあり、つぼみの段階での違いをそのままあらわしていた。具体的には、まあまあそれなりにピンク色というのから、うっすらピンクが差しているけれども、ほとんど白というのまで、かなり幅がある。こういうのは学術用語で、「変異の幅が広い」と言うのであるが、ソバの花は、自分の花粉では実ができず、他の花から花粉をもらわないと、実にならないという性質がある。これは同じく「自家不和合性」と言うが、いろいろ性質の違った個体を多くすることが出来るので、急激な環境の変化があっても、全ての個体が死滅する可能性が低くなるから、「種の保存」とか、その種類の生物が、自分の子孫を脈々とつないでいくには、理にかなった性質とされる。つまりは、ソバというのは、1本植えただけでは、花は咲いても実はできないのである。これはちょっとカントウタンポポに似ている。
 ところがこの性質は、生産を主に考えると、やや困った性質になる。というのは、主食になる植物のような場合、生産量や実になる時期がなるべく一定しているのが好ましいから、一つの品種の中では、均一な性質を持っていないと困る。
 例えばコシヒカリという品種の米があるが、コシヒカリを植えた田圃があるとして、収穫時期が田圃の中で、株ごとにまちまちだったらどうだろう。ある株は十分実っているのに、となりの株はまだ青々としている…としたら。これでは収穫をいつにするか決めあぐねてしまうし、コンバインで一気に刈り取ることもできなくなってしまう。おそらくご飯に炊いても、実っていない米が混じった、おいしくないものになってしまうだろう。
 だから、食料として利用するもの、あるいは鑑賞して楽しむものなど、およそ人間が「利用」するものは、少なくともその利用するべき性質に関係する遺伝子は、多少の例外はあるものの、「純系」と言って、均一になってなければならないのだ。
 ソバは、ほかの花の花粉がかからないと、実ができないということだから、品種として性質を固定するのは難しい。ここらへんの説明は、相当専門的になるので割愛するが、そういうものなのである。
 だからソバにおいては、一株一株違った性質を持っていて、その性質がある程度の範囲で「まあ一応そろっている」に過ぎないので、発芽・開花時期や花の色、葉の形などいろいろな性質は、均一というわけではない。例えば人の顔立ちがいろいろであるように。
 したがって花の色がピンクだったり、限りなく白に近くても、まあそれは「変異の範囲内」というようなことになるのであるが、正直言って、こんなに違うとは思わなかった。

 私の大学時代の卒業論文は、ソバの変異の調査であったが、この時に使った「信濃1号」という品種でも、遺伝子の違いを見分ける実験をしてみたら、かなり個体ごとに違っているのがわかった。「信濃1号」は、ただの白いソバであったから、それほど個体ごとの見た目の違いはなかったのだが、赤ソバのように、はっきり目で見てわかるものは、よけいに個体ごとの違いがわかってしまう。
 だが「赤ソバ」が白っぽいのは、遺伝子のためばかりでも、やっぱりないようだ。
 今年の東京の気温は、10月中旬あたりから11月上旬にかけて、いつになく高く推移し、日中の気温が22度などという日があったりしたほどであった。これは冷涼なほど赤みが強くなる赤ソバの性質としては、あまり赤くならないほうに傾く。
 ようやく11月も10日を過ぎる頃から、平年より低い気温となってきたので、多少これから開く花については、変化があるかもしれないが、今度は雨が続いたりしているので、日照が足りず、色が鮮やかにならないかもしれない。
 よく行くそば店「A」の店主さんは、「東京ではそんなに寒くならないから、赤ソバはあまり赤くならないでしょう」と言っていた。確かに夜間でも、都区内では今のところ気温が一桁台にはならない。さきに信州へ旅行したが、明け方頃の冷え込みは、結構こたえた。その時に見た天気予報では、長野県内の気温は、10月上旬にして最低7度とか言っていたので、かなり日中−夜間の気温差が激しいし、夜間の冷え込みが違う。

 結局、鉢一杯の赤ソバというのは、都区内で実現は難しそうだ。遺伝子的なバラツキが大きいだけでなく、気温もとなると、さすがに手に負えない感じである。
 長野県箕輪町で見られるという、一面の赤ソバ畑には、地球と火星ぐらい遠い感じだが、都市のコンクリ建物6階で、なんとか赤い花を咲かせるソバは、花屋で買ってきた鉢植えと、全く違ったけなげさと、生命力にあふれていて、変わったもの好きのウチの人々を、十分楽しませてくれていると言えるだろう。
 さて、今月末頃には、実がつくだろうか。

※この作品が面白いと思った方は、恐れ入りますが下の「投票する」をクリックして、アンケートに投票して下さい。今後の創作の参考にさせていただきます。アンケートを正しく集計するため、一時的にIPアドレスを記録しますが、その他の情報は収集されません。

投票する