赤ソバの実

　赤い花が咲く「赤ソバ」。それを東京のマンション６階のベランダで育て、色をより鮮やかに鑑賞するため、秋に植えるという、やや時季はずれな育て方をしてきた。
　冬に近づくにつれ、花はたしかに赤みを増した。そして、やや生育は遅れ気味になったのか、１２月に入ってからようやく実をつけ始めた。その実を見て、ある意味花の色以上にびっくりである。
　それは、花が赤い「赤ソバ」は、実も真っ赤だったからである。
　ウチで育てている赤ソバの品種名は、「高嶺ルビー」というのであるが、その由来は、おそらくこの実の色であろうと思われる。まさにルビーのような深紅の実がついていたのだ。
　ソバは大学生時代、育てたことがあるので、その時と同じく、白くて四角錐形の、「稜」のところだけ薄緑色でふちどられた実がつくのではないかと、漠然と予想していた。
　また、さすがに秋も終わり近いから、虫たちも数が減って、受粉しづらい。そのためもしかすると、実はつかないのかもしれないとすら思っていた。
　それと、ソバには「自家不和合性」があって、自分の花粉で自家受精しないことは、前にも書いた。ソバの花には、長柱花─雌しべが長く、雄しべが短い花─と、短柱花─雌しべが短く、雄しべが長い花─とがあり、株ごとには同じ花ばかりが咲く性質がある。したがって、例えば長柱花の株ばかりが何株あっても、実はつかない。これは遺伝的な多様性を維持しようとする自然の知恵である。
　普通この比率は、１対１のはずであるが、ウチの「赤ソバ」は、１０株ほどの株のうち、なぜか長柱花の株が少なく、見た限り８対２位の割であった。となると、実はついたとしても、季節が厳しくなることも手伝って、かなり少なくなるだろうと予想された。
　しかし実際には、なんとか実をつけ、普通のソバでは薄緑色の陵の部分が、赤ソバでは薄赤く、やがて実全体が赤くなり、それが非常に濃い色になるということがわかった。
　いつしか寒さが作用してか、花の色も濃いピンク色になっていて、実を隠すかのようにたくさん咲いていた。
　さてそうやって実ってきた赤ソバの赤い実であるが、このあとはどうなるのだろうかと考えた。
　普通ソバの実は、茶色い色をしている。だから赤ソバの実でも、最終的に乾燥した色は、さすがに赤ではないだろうと思えた。
　ついた実が、寒さのせいなのか、なかなか実らず、いつまでもただ赤いままなので、葉っぱにうどんこ病が出てきたこともあって、私をやきもきさせた。
　
　年があらたまって、１月上旬、やっと実が茶色くみのってきた。人間の心配をよそに、ちゃんと赤ソバは、ゆっくりではあるが、着々と生育を続けていたのである。
　実の色の変化は、赤から次第に赤茶色っぽくなってきて、そのあたりで実の周辺の花が枯れ、そしていよいよまるまる太った茶色い実になる。わりと四角錐形の角々は、しっかりしている様子である。それでも普通のソバよりは、茶色味が薄いような気もする。普通のソバの実は、もっと焦げ茶色だったと記憶している。
　新宿の行きつけのソバ屋には、秋頃から壁に、ソバの地上部分を株ごと乾燥させたものが下がっている。ソバはそば切りにしてしまうと、植物体の頃を想像するのは難しい。うどんやパスタにする小麦も同様である。その点、トウモロコシや米は、いくらか原型をとどめている。
　ソバ屋としては、そういったことを考えて、「今あなたが食べているものの元はこれですよ」と、お客に知ってもらおうという意図が、あるのかもしれない。または、「インチキなものは使ってないぞ」という、自信のあらわれかも。
　そのソバ屋に下がっているソバの株には、しっかりたくさんの、黒々とした実がついているが、果たしてわが家の赤ソバも、そういうようになるだろうか？。どうもそれは無理っぽい。
　１月の大寒の今、収穫できたソバの実は、わずかに１６粒である。もちろんまだいくつも株のほうには実がついているのだが、実ったものから順に取ってしまうようにしている。これは冬でえさが少なくなった鳥たちに、喰われてしまうかもしれないことと、ソバは雨に当たるなどすると、穂発芽といって、植物体の上についたまま発芽してしまうことが、比較的起こりやすいからである。まあ、もっとも早く収穫してみたいという理由も大きいのだが…。 
　もう季節からしても、花の様子からしても、終わりに近い赤ソバのベランダ栽培。予想されたようにあまりたくさん実はつきそうにないが、最終的にいくつになるのか？。一粒のソバの実が、一本の株を作り、それが何倍くらいになるのか？。薄茶色っぽい赤ソバの実への興味は、尽きないのである。