2004年1月30日号

アルビノ

 
  アルビノ
 

 私鉄のターミナルから電車に乗ったら、とある駅で二人組の女子中学生が乗ってきた。ドア脇のところで声高に話している。
 「アルビノっていってさあ、色素が抜けて生まれてくるの。人間にもあるんだって。白馬もそうらしいよ」
 聞くとはなしに聞いていたのだが、彼女らの言う「アルビノ」とは、動植物で色素が欠如して生まれてきた、遺伝子異常の個体のことである。
 白馬がアルビノであったかどうか。これは違うのではないかと思う。白馬がそうだとすると、白猫も白兎もということになってしまう。あれは遺伝子の形質という、法則性のあるきまりであって、突然変異などの遺伝子異常ではない。おそらく中学校の遺伝の授業か何かで拾った知識に、尾ひれがついたようなものだろう。
 まあ若い世代が、サイエンスに興味を持つことは、科学離れが進む現代、喜ばしいと言わなければならないのであろうが。
 それで「アルビノ」という言葉を、反芻していたら、ふと思い出したことがあった。
 学生時代、実験用にイネを育てていたことがあった。これは自分の実験用としてではなく、研究室全体の実験用として、あるいは同じ研究室の友人の手伝いで、ということなのだが、浅いバット状の苗床や、決まった大きさの実験用ポットに、消毒・発芽したモミを蒔く。すると何日かして、それが根と葉を伸ばしてきて、地上に顔を出すのである。
 ところがその中に、たまにではあるが、やはりアルビノの個体が出るのである。

 動物のアルビノ個体は、白いトラなど動物園では知られているし、女子中学生たちの会話ではないが、ヒトでも生まれる。
 動物は、「従属栄養生物」と言って、植物や他の動物を食って生きているものである。
 例えば人間の例で考えてみよう。普段の食事を思いだしてみれば、それは全てコメやパン小麦、野菜、肉…など全て植物や、他の動物で構成されていることに気付く。つまり人間も含めた動物は、他の動物ないしは植物に依存しなければ、生きていけないのである。
 だからもし、アルビノの個体が生まれても、外から栄養を取ることができるなら、直ちに死ぬことは理屈の上ではない。体がやや虚弱であるなどの問題はあるかもしれないが、アルビノであることが原因で、すぐ死ぬことはないと言っていいと思う。
 だがイネのような植物のアルビノは違う。
 イネはタネ=モミを蒔いて、最初は直立した格好で細い葉が伸びる。まっすぐに伸びたさや状の葉が開き、その中心から、次の葉がさや状に出て…というのを繰り返す。その繰り返しの中、3枚目位の葉までは、タネの中に含まれている栄養分によって、葉が作られ伸張する。そして、ちょうどそのころ根も伸びてくるから、4枚目あたりの葉以降の成長は、根から摂取する水分とわずかな栄養、それと葉自身が、つまりはイネ自身が光合成で、光エネルギーをブドウ糖に変えてできる栄養に依存するようになる。
 この「光合成(こうごうせい)」は、葉の細胞に含まれる葉緑体という組織で起こる化学反応で、葉緑体は緑色の色素「クロロフィル」を含む組織である。
 植物のアルビノは、この葉緑体が欠如してしまう。するとどうなるか。光合成ができないので、その植物体は生き続けることはできないことになる。
 植物は「独立栄養生物」であって、自ら自分で成長するための栄養を作り出す一方、従属栄養生物にその生産物を与える役割も持つ。ここは動物とはっきり違う。例を考えるならば、私たち日本人が、お米のごはんを食べられるのは、ずっとさかのぼれば、イネが光合成をしてくれたおかげと言うこともできるわけである。
 
 イネのアルビノは、3枚くらいの葉を出すまでは、タネの栄養分を使えるから生き続ける。その様子は、全体の色がわずかに黄色みがかった白であること以外、普通のイネの稚苗となんら変わらない。
 そして4枚目の葉を、他の個体が出す頃になると、突然弱っていき、そのまま枯れて死ぬ。
 研究室時代は、皆アルビノを見つけると、すぐに抜いてしまってもいいようなものなのに、そのままにしていることが多かった。それは「どうせ放っておいても死ぬのだから」というのとは、ちょっと違った感覚があったのかもしれない。あるいは、「生きられるだけは生きろよ」という、科学的には説明しきれない心持ちだったのかもしれない。
 草取り、消毒、肥料の加減。いろいろ手間をかけるイネでも、アルビノの個体だけは、死ぬのがわかっていながら、私たち人間にはどうすることもできないことに、普段の実験室では気付かない、「ものの生き死に」の一面を突きつけられた思い、とでもいうのだろうか。
 声高に話す女子中学生たちの会話を聞いて、ふと思いだした何度も見たイネのアルビノ。そのかつて見た光景は、生きもの全てがもつある種の「運命的なもの」を、今も思い起こさせる。

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