2004年11月19日号

新しい鉄道風景

 
  新しい鉄道風景
 

 近所を走る私鉄、小田急電鉄が、11月下旬より、工事中であった複々線の線路の使用を開始する。
 複々線とは、上り線と下り線(これで複線)の他に、もう一組上り線と下り線を設けるもので、特急・急行と、普通電車を別々の線路に運転することで、走りながら普通を急行が追い越したりできるから、通過待ちがなくなり、かなりスピードアップできる。
 今回完成するのは、主に世田谷区内中央部の部分だけなので、まだ計画区間すべてではないが、既に出来上がったところから、順次急行と普通を分けて走らせるようにしているから、一部はもう、複々線の線路を実際に使用している。ただダイヤがまだ暫定的なものであり、そうしょっちゅう、走りながらの追い越しが見られたりはしない。だから、スリリングなシーンは、期待ほどには見られないが、12月には正式なダイヤになり、いろいろなところで、走行中に先行の電車に追いつき、追い越し…などというシーンが見られるであろう。
 
 さて、数日前に、秋晴れの天気の中、多摩川べりの駅まで用事があったので、昼過ぎの電車で出かけることにした。
 最寄りのK駅には、各駅停車が止まっていて、多摩のほうへ行く急行電車を、待ち合わせしているところであった。この待ち合わせも、ダイヤが改正されれば、ほんの1分程度になるだろうが、まだ暫定ダイヤなので、5分くらい待っている様子であった。そのため、手持ちぶさたな様子の運転士氏に、急行に乗れば、先で別な各駅停車に連絡するのか聞いてみたら、連絡しないから、この電車にどうぞ、とのことであったので、すいている先頭の車輌に乗った。
 急行を待ち合わせた各駅停車は、急行より外側の線路を、追いかけるように走り出した。
 複々線は、高架線が大部分なので、真新しいコンクリートの枕木が並ぶ線路を、動揺もなく走る。遠くの景色がよく見えて、なかなか気分も良い。
 1つ目の駅に着き、そこを発車して、2つ目の駅に向かうあたりで、電車はおおよそ70q/hくらいの速度を出した。すると、音も無いかのように、となりの線路に、特急ロマンスカーがやってきて、さしたる速度差はなく、少しずつ私の乗っている各駅停車を、追い抜きにかかった。
 その様子を窓を振り返った姿勢で見ていたのだが、これがなかなか興味深い視点であることに、ほどなく気付いた。
 昼下がりのロマンスカーの車内が、よく見えるのである。
 平日の昼間であるが、接待ゴルフにでも行くのか、昼間っからビールで乾杯している男性グループ、これはうれしそうだ。ホームや通勤電車では吸えないタバコを、ゆっくりと吸いながら、ぼんやりする人。大口をみっともなく開けて、無防備に眠る人。何となくこちらの各駅停車を見ながら、ちょっとした「優越感」に浸っているかのような、不思議な笑みを浮かべている人。車内販売のコーヒーを、ゆったりと飲む人。座席を向かい合わせにして、談笑する人…。案外好きずき勝手なことをしているものであるのに気付く。そしてそれらが、スローモーションのように、目の前に順次展開してゆく。
 意外に思うが、特急電車の車内を、子細に観察することは案外難しい。ホームで見ていれば、さっと通過してしまうか、停車駅でも、せいぜい1輌分程度が見られるに過ぎない。列車全体をスローモーション再生のようには、見られない。自分が乗っていたらどうか?。自分が乗っていても、座席は前向きだから、人の頭髪の具合が良好かどうかくらいしか見えない。後ろを振り向いて、じっと人のことをなめ回すように見つめていたら、変な人だと思われる。
 まさしくこれは、複々線が提供する、人間を観察しうる、いままでに無かった視点である。そのことには、ちょっと見ていて新鮮な感覚を覚えた。
 いままで、小田急線に複々線区間が無かったわけではない。狛江市あたりにはあったのだが、距離が短かったので、今回私が見たような、ほぼ同じ速度での追い越しというようなシーンは、展開されなかった。各駅停車が駅に止まっているうちに、その横を急行や特急が走り抜けていく…というパターンがほとんどであった。
 複々線工事については、いろいろな話が聞こえてくる。騒音被害が広がったの、広がらないのとか。訴訟であるとか無いとか。
 しかし、私たち利用者の立場からすれば、電車が安全に、かつ快適に走ってくれればよい。騒音が…とかいう、「当事者でない」ことについては、個人的な感情以外の論評はできないし、する必要も、少なくともここでは、ないと考える。
 だが、複々線によってもたらされた、特急や急行と、各駅停車との間で、それぞれの乗客相互の顔が見える関係というのは、小田急線での、「新しい鉄道風景」の創出に違いない。
 物事を、常に新しい視点で見ることが、現代人には要求されている気がする。その点で、この「新しい鉄道風景の誕生」を、素直に喜びたい気分である。

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