中央線工事の裏側
今や連日新聞をにぎわせている「中央線問題」。鉄道ファンの一人としては、やはり触れないわけにもいかない。簡単に経緯を説明する。
JR東日本は、中央線の三鷹から立川の間約13キロを、高架化する工事を計画。そのために上り線の線路を、三鷹−国分寺間で、北側に作った「仮線」に切り替える工事を、去る9月27日から28日にかけて、電車を止めて行った。ところが28日になって、配線ミスや工事図面が間違っていたことにより、予定通り工事が終わらず、開通が7時間も遅れるという、前例のない事態となった。
問題はこれだけに留まらず、上り線が仮線となったことで、踏切の幅が広がり、武蔵小金井駅周辺を中心として、朝方ラッシュ時の踏切閉鎖時間が1時間当たり55分から59分程度に拡大、お年寄りが渡りきれずに踏切内に取り残されたり、閉まってきた踏切遮断機に気が急いてか、お年寄りが転倒・骨折する事故が起きたり、自動車が渋滞の上踏切を渡りきれず、電車が非常停車したり、踏切が開かないことに業をにやした人が、開いてない踏切を「強行横断」するため、警備員が電車を非常停車させるなどの事態が、連日とぎれることなく起こった。
これに対して、沿線自治体や都からも改善の要望が出され、ついには別の工事ミスによる運行障害が重なったこともあり、JR東日本本社に対し、国土交通省による、立入検査が行われるという事態に立ち至った。
以上が最近新聞ダネになっていることのあらましである。あまりにお粗末なJR東日本の工事・運行体制に、唖然とするしかないが、踏切の閉鎖時間の拡大については、わかっていたことではないのだろうか。いつ大きな人身事故が起きても、不思議はない状況である。テレビの報道によれば、このような問題の踏切は13カ所、電車の非常停止などのあわやの事態は、もう50回ほども起きているという。
また工事が予定通り終わらなかった理由について、配線ミスだとか、構内の線路の図面が最初から間違っていて、ポイントが所定通り動作しない原因になったなどと釈明しているが、まったくそんな状態での工事は論外と言わざるを得ない。
私は中央線を毎日利用するわけではないので、この混乱に日々巻き込まれているわけではないが、近くの私鉄の高架複々線化工事は、日々目にしている。最も近くの駅が高架化された日には、深夜に行われた工事をわざわざ見に行った。
その時見ていた限りでは、終電が行ってしまったとたん、どこにいたのかと思うほどの作業員の人々が線路上に現れ、どんどんレールの間に敷き詰められた砂利を掻き出す。そして何人もの人々がある人はレールをよいしょよいしょと曲げ、ある人は信号と踏切の制御箱に取りつき、ある人はレールを切断し、架線も吊り換える…というように、事前のおそらくは入念な打ち合わせ通りに作業は進み、わずか2時間余りでレールが切り替えられた。初電の前に1本「確認列車」を通し、特に滞りなく工事は終わったのであった。
そういうのを見ているものだから、中央線の工事が、朝になってテレビをつけたら、「終わっていない」ということは、全く理解できないことである。
JR東日本の最近の体質は、どうも国鉄時代より悪いと言わなくてはならない。株式会社としてのコスト優先に関連して、工事・検車等の関連会社丸投げが目立ち、責任の所在が不明確になるばかりでなく、労働強化が進んでいるようだ。JRの車輌工場に勤める友人も、専門外の仕事をどんどん回され、苦労している様子である。
国鉄の民営化後16年。民営化の時には、「労資協調路線」を取らない組合に対して、懲罰的な人事が行われた様子であった。その辺になると政府ぐるみのどろどろとした汚い話も当時聞いたが、そのことはともかく、国鉄からJRに、「残った」若手の人々は今どうしているか。それはもういい歳になって管理職になる頃である。ということは、そういう人たちが、今のJRを動かしているわけで、その辺に組織としてのたるみが、生じる頃なのではないかと思わせる。
新聞によっても、「コスト削減などを目的に増える外注工事で、責任やチェック体制があいまいになっている可能性があるとして」、国土交通省は調査するとしている。
小泉首相や、石原都知事もこの一連の問題に言及しているが、それらは多少選挙向けや、自分の存在アピールのためのパフォーマンス的ムードを感じないでもない。しかし国土交通省鉄道局が調査に乗り出し、立入検査までやるとなると、首相や都知事のコメントも、アピール向けだけとまでは言い切れない。やはり事態は緊急かつ、深刻なのだという認識であろう。
JRの車輌を修繕する工場に行くと、「綱領」というのが掲げてある。曰く、
「一、安全の確保は、輸送の生命である。二、規程の遵守は、安全の基礎である。三、執務の厳正は、安全の要件である。」
…と。いくら車輌工場の人々が、この崇高な綱領に基づいて車輌を整備しても、それを動かし輸送をマネージメントする人々──それはいわゆる運転士や車掌、駅員といった現場の人々ではない──が、これらを重く見ないとしたら、予想される事態は恐ろしい。
そもそも高架にするのに、なぜ仮線に切り替えるのだろうか。
三鷹−立川間は、将来複々線にして現在三鷹まで乗り入れている総武線の各駅停車を、立川まで延長する計画だったはずである。それと同時工事ではないのだろうか。その辺がよくわからない。同時工事ならば、仮線など作らずに、直接高架の足を建てて、線路を造り、上り線だけでも上にあげてしまえばよい。その後、順繰りに高架を建設していけば、踏切の閉鎖時間は、上り線だけあげた場合は半分程度となり、両方の線路ともあげた場合は、ゼロとなる。なぜこのような工事方法をとらないのか解せない。近所の私鉄はほとんどの区間でこのように工事している。
JRは10月21日になって、ようやく歩道橋を建設して、歩行者を誘導するなどの対策を打ち出した。これとてしかし、国土交通省の立入検査と同じ日であり、車に対する対策が全くないこと、それと特に問題な踏切9カ所のうち、歩道橋が造られるのは2カ所に過ぎないことなどから、いささか「小手先」的対策な感は否めない。もっとも、周辺住民を無視し、電車が非常停車する度に迷惑する利用客をも無視したような工事を、わかっていながら強行するあたり、国鉄からJRにめんめんと続く、「組織外の人間を軽く見る体質」の現れではないのかと、強く主張しておきたい。
実際にやれ、というわけではないが、これほどの大きな工事は、失敗したら社長は腹を切るくらいの覚悟を持つべきである。役員をはじめとする関係者の猛省を促したい。
※引用:東京新聞2003年10月21日夕刊11面、朝日新聞同日夕刊1面。 |