2004年10月29日号

団地のミステリー<2>

 
  団地のミステリー<2>
 

(前号からの続き)

 団地というところは、基本的にようかんを切ったような建物が、たくさん並んでいる形態が多い。それは限られた土地にたくさんの戸数を確保するのに都合がいいかららしいが、そうすると、間に土地を挟んだ対面する棟の人からは、丸見えなことでも、案外となりにはわかりにくいという特性がある。昔は「向こう三軒両隣」と言ったものだが、うちのようにようかん形の建物だと、せいぜい「向こう三軒」のみ、それも最近の無関心度からすれば、かなりあやしいということになる。それほど、団地というところは、たくさんの人が住んでいながら、人と人の関係が希薄であるという、謎の空間である。
 よく刑事物のドラマなどで、殺人事件があると、となりの部屋の人に刑事が事情を聞いて、「あら、おとなりの人は…」なんて答えているシーンがあるが、あれはおおかたドラマの創作だと思える。うちに限って言えば、おとなりとはそこそこつきあいがあるから、まあドラマで語られている程度のことは、お互い知っているような気はするが、それでも全員の名前を言ってみろと言われたら、それはあやしい。2軒となりになったらもうわからない。
 この現在の建物に建て替えられる前、うちの団地は、4階建て、各階2軒ずつで階段を共用するタイプの建物であった。つまり共用廊下は無く、8軒につき1つの階段がユニットになって、それが必要な数だけくっついているという具合である。この方式だと、どうあっても8軒の人々は、同じ階段を利用するわけだから、朝に夕に必ず誰かとは顔をあわせるし、引っ越してきたりすれば、ちょっとあいさつしたりしたものである。
 しかし、この方式の建物は、人が死ぬということを考慮していない。担架が階段を回ることも出来ないからだ。もちろんエレベーターも無く、救急車が来ても困るほどであった。
 しかし、元気な人が、互いの顔を見ながら、やや濃密なご近所づきあいをするには、ある程度プライバシーもあけすけになるものの、悪い形の建物だったとは思えない。
 それは階段ごとに、ある種の絆があったからで、例えば私が子どもの頃、学校から帰宅したところ、いつもいるはずの両親が、急用で外出し、いないのに驚き、大声を上げて泣いていたところ、両親が帰ってくるまで家に入れて、お菓子やお茶を出してくれたのは、斜め上に住んでいた住人だった。そうした助け合いの絆が、どことなくあったものなのだ。それだからいらなくなった家電製品を譲りあったり、田舎から何か送って来れば、近所におすそわけなんてことも、普通に行われていたりした。
 しかし、そういう時代ではもう無くなってきたのは事実である。それはみんな高齢化して、エレベーターもない、お棺が回らない階段しかない、バリアフリーが考慮されていない、コンセントの数も、アンペア数も足りない古い建物では、もはや対処できなくなった。その時に、古い団地の形態は、その使命を終えたのだと考えられる。

 最近多いような気がするのが、室内での「不審死」である。これは法医学的に言う言葉なので、殺人事件ということばかりではない。朝起きて家族を見に行ったら、事切れていたというのは、一応「不審死」にあたる。先日も下の階にパトカーがやってきて、大騒ぎになっていたので、何事かと見に行ってみたら、鑑識は来るし、刑事もいた。すわ、これは「事件か?」と思って、しばらく様子を見ていたが、なんだか全体にスピード感がない。事件にしてはあわただしく人が出入りするでもなく、立入禁止のテープが貼られたりもしない。後日それは、同居人が帰宅してみたら、相方が死んでいたという「事件」だったとわかった。内臓の病気持ちの人で、病死らしい。こういうとき、それで病院にかかっていて、事件性がないと判断されないと、監察医務院による解剖ということになる。実際、公団(現在は都市再生機構)の職員用駐車場に、「東京監察医務院」という旗をつけた車が止まっていたのを、見たこともある。その時は古い建物の時で、となりの階段の人が、朝冷たくなっていたというものだった。例によってお棺が入れられなかったので、ビニールシートにくるまれた遺体が、外のシイの木の下で棺に入れられていた。その異常な光景は、印象深い。
 ガス爆発を起こした住戸、ガス自殺を図って、警察官に「なんでこんなことをした!」と叱られていた住人、小学生に局部を露出して歩く人が出没したり…。いろいろ書き出していると、枚挙にいとまがないほど、様々なことがあった。これからもあるだろう。
 団地というところは、微妙なバランスで存在しているのかもしれない。人間が縦に多数暮らすという、生物の根元的な生活様式からすれば、大きく外れたところのバランスで。
 また団地は、やはりミステリアスなところだ。高い家賃設定のせいで、半分程度しか住人がいなくなってしまった棟もあるが、住んでいる人の間では、日々いろいろなことが起こっている。
 システムとしての団地は、もはや崩壊寸前なのかもしれないが、都市の機能としては必要なものとして、今日も明日も生き続ける。そこに包括される人もそのままに。

 件の部屋は、数日して今度はおばさんが出入りしていた。それもまた謎である。荷物を搬出していた男性の奥さんだろうか?。夜逃げしたとして、公団への退去届けなどはどうしたのか?。届けをしないと、いつまでも家賃の請求が止まらないが…。名義の変更は?。今どうしているのだろうか?。追っ手からは逃れられたのか?。いろいろ類推できてしまう。
 謎は謎を呼ぶ、団地のミステリーであった。

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