2004年5月28日号

駅の早朝無人化について

 
  駅の早朝無人化について
 

 近所を走っている大手民鉄が、あまり利用客が多くない駅、複雑な信号や、ポイントが無い駅を中心に、始発電車から朝7時半くらいまで、無人駅にしてしまうという、コストダウン策を考え、5月から実行に移し始めた。
 つまりこれらの駅では、ラッシュの始まる直前まで、駅には駅員さんがおらず、ローカル線の駅同様、いるのは乗客だけになってしまうという具合である。
 駅のシステムとしては、自動券売機や自動改札機があるから、切符を買って、あるいは定期券、都内の私鉄で共通に発売しているカードを、改札機に通せば、入場することができるので、特に問題は起こらないようにも思える。
 早朝駅のシャッターを開けなければならないが、それもまあ、土休日のATM機と同様、管理会社に委託して、開けてもらえばすむということらしい。
 したがって、都内の駅であっても、なるほど不可能な話ではないようにも見える。どうしても必要があれば、そばの駅員のいる駅から、電車や車で駅員がやってくるらしいし。
 しかし、よく考えてみると、駅というところには、様々な人がやってくるわけで、通勤で手慣れたサラリーマンだけが利用するわけでもない。早朝から用事で出かける老人だっているだろうし、遠距離通学する小学生だっているはずだ。それらの人々には、手慣れた人々とは違った問題が、突然発生しないとも限らない。
 そういう場合には、ホームに設置されたインターホンで、駅員がいる駅に連絡して欲しいとしている。また、危険なことがあったら、非常列車停止ボタンがあるので、それを押せとも。
 だが、実際問題として、駅員がいる駅というのは、2つ3つ先の駅である。おおむね急行電車が止まるような駅には、従来通り駅員がいるのだが、そこから駅員が応答するにしても、場合により駆けつけるにしても、その駅に駅員が常駐していて、さっと出てくるというのとは、かなり状況が異なってくるのではないか?。
 いくつか想定してみよう。車内で痴漢が発生したとする。痴漢にしてみれば、早朝であろうと、昼間であろうと関係ない。だからいつでも起こりうる。その痴漢を取り押さえて、車掌さんとともに駅で降ろしたとしても、駅に誰もいなかったら、警察官が駅に来てくれるまで、電車は発車できない。車掌を置いて、勝手に行ってしまうわけにはいかないからだ。
 次を想定してみよう。無人の早朝の駅で、様子のおかしい人がいたとする。何となく通過電車に飛び込みそうな人が。はっきりと飛び込む「意志」を見せているなら、躊躇することなく、非常列車停止ボタンを押すべきだが、自殺を考えるような人は、しばらくの間逡巡するものらしい。とすれば、単に様子がちょっとおかしい程度のことで、見ている乗客としては、非常列車停止ボタンは押せないだろう。もし間違っていたら、列車を止めた罪を自分がかぶらなければならないかもしれないからだ。
 早朝の駅で、老人が倒れたとする。どうするか。インターホンで駅員のいる駅に通報することになるだろうが、回りに人がほとんどいなかったら?。いたとしても必ず通報するなど助けてくれるかどうか。
 いくつか極端な例を想定してみたが、実際の駅というところは、もっといろいろなことがおそらく日々起こっている。乗客同士の喧嘩、気分の悪くなる人、機器の故障、駆け込み乗車での転倒など。ちょっと考えただけでも、いくつも思いつく。
 それだけ駅を中心とした町は生きていて、鉄道は社会を乗せている証左ではあるのだが、鉄道そのものを管理する人が常駐していないのは、どうしても利用客としては心細く思える。
 鉄道会社といえども、民間企業であるから、人件費ダウンによる収益性向上は、至上命題なのであろうが、そのしわ寄せが、一般の利用客に押しつけられるのは、ちょっといかがなものかと思う。
 もちろん、駅員が常駐していたからとて、飛び込み自殺を完全に止められるわけでもないし、痴漢や暴力ざたをなくせるわけでもない。しかし、ホームや駅舎に人がいたなら、防げたり、犯人を捕まえられたかもしれない事件・事故というのも過去にはあった。
 無人駅での話ではないので、多少飛躍があることを承知で言えば、JR池袋駅で若い男性が殴られ、転倒して死亡した事件。JR新大久保駅でホームから線路に転落した男性を救おうとして、合計3人が命を落とした事件など…。これらの事件・事故は、今問題にしている私鉄の駅よりも、もっと大きな駅で起こったことであるが、ホーム監視駅員がいないところで起こっている。JRは「合理化」のために、駅のホーム監視員を減らし続けている。だがもし、少なくとも素早い通報ができたなら、これらの事件は、もっと違った展開になっていたかもしれない。
 正式な駅員の配置が、コスト上の問題になるならば、シルバー人材センターなどの協力は得られないのだろうか。高年の人々の、早朝アルバイトとしてでも、「管理員」としてホームに立つ人がいれば、かなり安心感は違う。「管理員」程度で何ができるかと、思う人もいるかもしれないが、人がいるのといないのでは、かなり安心感も違うはずだ。
 コスト勘定も結構だが、乗客に広く安心感を提供することも、またサービスの一つである。鉄道は人と社会、人と人を結ぶシステムである。そこから人の姿が、どんどん希薄になることには、疑問を感じざるを得ない。

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