2003年8月15日号

墓とスミレ

 
  墓とスミレ
 

 旧暦の盆だから、少し墓に関係ある話を書こうかと思う。
 ウチの墓は、父方・母方共に昔から都内にある。都内に墓が不足気味で、死んでも墓という「不動産」に苦労するとか言われているが、その面では心配はない。
 もっとも私はあまり墓に入るとか出るとかいうことには、それほど興味はないものだから、彼岸と命日に、墓参りをする程度である。それでも二カ所ハシゴをしたりはしない。
 20年前に亡くなった祖父の墓は、都内のY寺である。
 以前は、墓所の入り口にあった小さな家に、おばあさんが住んでいて、そこで線香を買うと、火をつけてくれたり、井戸から水をくんだりできるようになっていた。しかしそのおばあさんは、ある時からいなくなり、線香は寺務所に出向いて買ってから、その場に置かれた点火器で、セルフサービス点火に、水も水道の蛇口から桶にくむ、というように簡素化されてしまった。おそらくはそのおばあさんも亡くなったのだろう。諸行無常ではないけれど、ものごと全て確実に移り変わる。

 ごく普通に見られる墓地は、墓石のまわり以外土が露出していて、そこには草がはえていたり、花が植えられていたり、木が茂っていたりするものだ。最近はロッカー形や、エレベータで自分の家の墓がやってくるような、従来の形にとらわれない墓もあり、そういうところでは、草木が生える土があるということはないが、都営の霊園などでは、木が大きくなりすぎて、いつの間にか墓石を押し上げ、倒してしまうほどになっているところもある。
 このY寺の墓所も、そういった普通の草木の生える場所である。だからこそ、夜中は不気味なのかもしれないが。
 その祖父の墓に、今年の春の彼岸、お参りしたとき、ぎょっとするものを見た。別にお化けが出たとかいうことではない。
 一段高くなった祖父の墓は、黒い石色とともに、少々周りを威圧気味で、建てた親戚筋の感覚には、ちょっと違和感も覚えるのであるが、それよりも、墓石の周りの草が、全て白く粉を吹いたようになって枯れていたのである。
 これは除草剤を使ったことを意味している。
 ここには、敷き詰められた小砂利の間から、キク科の雑草がいくつかと、ハハコグサ、誰かが植えたか、供えた花の種から生えたかケイトウなどが、いつも生えていたものであった。それらの草丈が高くなっているときだけは、一応「手入れの悪い墓」と思われるのも何だと思って、手で抜ける範囲の草だけ、抜いて捨てていたのだが、オニノゲシという葉の鋸歯が鋭い草が生えていたのには、抜くときに手が痛いので、閉口はしていた。
 そこで少しは優しげな草も生えたら良かろうと思って、いつであったかウチで勢いのあるスミレのタネを、少量持ってきて蒔いてみた。それがいくらか発芽して定着したのか、去年の秋頃に見たときには、ちゃんとした株が出来上がっていた。これなら春になれば、花が咲くだろうと思っていたのだ。
 しかしそれらは全て、除草剤によって駆除されてしまっていた。オニノゲシはもちろん、ケイトウもハハコグサも、私と母が植えたスミレも全てである。
 除草剤というのは、雑草を根絶やしにすることを目的としているから、基本的に草本類(木ではないもの)には何にでも効いてしまう。それはある意味容赦ない。
 一体こういうことを誰がしたのか。寺がいちいち個人の墓に、除草剤を撒いて歩くとも思えないから、おそらく親戚筋の誰かであろう。
 別に犯人探しをここでしようとは思わないが、それにしても無粋なやり方というのか、心のないやり方には、釈然としないものを感じる。それは別に自分が蒔いたスミレの株が、枯れたからというような、単純なことではない。寺の敷地というところは、昔から殺生を禁ずるところではなかったか、とか、墓で怪我をするな、といった、何か生き物や死者に対する慈悲、畏怖の念とは、除草剤で草皆殺しというやり方が、対極にあるような気がしてならず、そのことに少なからず、不快な気持ちを感じるからである。
 草木だって生き物である。それを簡単に根絶やしに出来るからという安直な考えで、除草剤撒きするとしたら、その人の心はかなり貧しい。自分の親戚に、そういう人がいるとするなら、それはまことに恥ずかしく、残念な話だと思う。死者の入る墓には、生き物は無いほうがいいとでも、いうのだろうか。
 放っておいて、草ぼうぼうの墓にしろと言っているのではない。体裁が整うくらいの除草はしたらいい。しかし血縁者が眠っているはずの墓に、さっさと除草剤を撒ける神経は、私にはわからない。せめてオニノゲシで手が痛くとも、手で取る位の「心」が欲しい。水田1ヘクタールの除草ではないのだから。

 スミレの株は、よく見ると、大半やられていたものの、除草剤が十分かからなかったらしく、なんとか弱りながらも、生きている株が2つほどあった。手桶にくんだ水を、ひしゃくでそれらにかけて、私はその日祖父の墓を後にした。

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