鳩を見て思うこと

鳩を見て思うこと

 全ての視読者の方々が、「鳩を観る」のページをご覧になっているとは限らないから、少し経緯から説明させていただきたいと思う。
 うちで物置同然に使っている、北側の部屋の外で、2008年の6月上旬、2羽の鳩のヒナが誕生しているのを発見した。ヒナはぽよぽよの毛で、汚れた箱の中にちんまりとうずくまり、私たち人間をじっと見つめていた。その目を見たら、もうないがしろには出来なくなった。
 そうして毎日観察の対象となった鳩のヒナたちは、驚くほどの速度で成長し、「ピヨスケ」と名付けたものの、あっと言う間に巣立っていった。それが6月中旬のことであった。ピヨスケは、巣立った場所を片づけ、餌を置いておくと、時々姿を現した。以来毎日餌を与えることになり、それはマンション形団地のベランダに、鳩を呼ぶということにほかならないのであった。
 近年鳩への餌やりは、迷惑行為であるがごとく、各所にて「報道」されていることは承知している。そのためいろいろと知恵を絞り、回りの迷惑にならないよう気を付けながらの餌やりになっている。幸い、これを書いている時点で、苦情のようなものは出ていない。
 そんな中でピヨスケは、やがて同じような柄の鳩に埋もれ、わからなくなり、違う鳩たちもたくさんやって来ては去っていった。そうして1年が経過し、また今年もヒナの季節になりつつある。既に何羽かは、新たなヒナが今年も産まれたらしく、ついこの数日は、まだ「クルッポー」と鳴けず、「ピーピー」と鳴きながら、親でもない別の鳩に、つい餌をねだってしまう子鳩の姿を目にしている。
 鳩は「平和の象徴」であるなどと言われる一方、「鳩 餌やり」などでネット検索をすると、やれ有害だ、菌がわく、アレルゲンになる、建物の不動産価値が落ちる、野生を失わせる…など、否定的な意見が大半を占める。そしてそれらはたいてい、やや感覚的である。
 断っておきたいと思うが、私は自分の家で鳩が産まれ、それに餌をやりつつ観察し、そのまま他の鳩にも餌をやる流れになっているけれども、それに固執するつもりもなければ、際限なく餌のばらまきをしたいと願っているわけでもない。あとでも触れるが、人間と動物という関係において、最も適当なバランスを考えたいとは思っている。
 さて、だいたいにして疎んじられる鳩・ドバトであるが、比較的多くの人々が排除したいと思う感情のもとは何だろうかと考えた。するとそれは、東京都を始めとする自治体のホームページ・広報の類に端を発していると思われる。ところがこれらも案外感覚的なことに驚く。東京都のホームページに書かれていることを、少し引用してみよう。
「見た目は可愛らしいハトですが、あまり身近に接触するとさまざまな健康被害を発生させることがあります。」
「マンションのベランダに堆積したハトのフンが室内に侵入し、子どもがアレルギー性喘息を発症した。」
「窓のサッシに堆積したフンから発生したダニが室内に侵入し、部屋の住人が皮膚炎を発症した。」
「ハトの多く生息する神社の境内を通勤経路としていた男性が、フンの微粒子と羽を吸い込んだことにより呼吸器疾患を発症した。」
「クリプトコックス症(乾燥したドバトのフンの中にカビが発生し、空気中に舞ったカビの胞子を吸い込むことで、発熱・咳のほか呼吸器疾患や脳障害が起こり、死亡に至る場合もある。)、オウム病(ほこり状になったフンを吸い込むことで、呼吸器疾患を引き起こす。)などもフンが原因で発症します。」
(以上、引用文献:東京都ホームページ http://www.anzen.metro.tokyo.jp/tocho/signal/signal_0503.html より)
 …とまあ、なかなか恐ろしげなことが書かれている。またこれらを受けてなのか、上野恩賜公園で個体数調査をし、その上で「エサやり防止キャンペーン」なるビラ配りをして、半年で1500羽程度減少させるのに成功した、としている。
 ところが、ここで疑問に思うのは、まず上の引用部について、東京都の言う「健康被害」とか、「アレルギー喘息」や、「皮膚炎」というものが、具体的にどの位の頻度で、どの程度発生しているのか、またそれが、本当に鳩による被害なのかということが、全く定量的に検証されていないか、またはそのデータを公表していないことである。
 マンションのベランダの例など、掃除はしなかったのだろうか?、とか、子どもがアレルギーを、と言うが、それは本当に鳩のフンによるものなのか、それともそれは単にアレルギーの主要因ではなく、元々のアレルギーを多少加速させたに過ぎないのではないか、など、反対側からの検証も、されてない様子なのが気になる。
 ダニの件にしたって、ピヨスケの巣材には、確かに多数のダニがわいており、掃除して片づけるときには、上半身ダニにやられた経験はある。しかし、鳩のどこにダニがいて、どんなふうに人に取り付くのかという肝心なことが書いてない。フンに突然ダニがわくことは無いわけだし、部屋への進入経路もよくわからない書き方だ。
 「こういう事例があった」と書くのはかまわないが、公的な発表であるだけに、それが全てであるかのような印象を持たれるように「誘導」することは、行政として危険だと言わざるを得ない。クリプトコッカス症にしても、調べてみればわかることだが、めったやたらと起こるわけではなく、特に体力の弱った人の「日和見感染症」の一つである。HIV感染している人や、免疫抑制剤を飲んでいる人などでは、深刻な結果をもたらすことがあるようだが、一般的な健康状態にある人が、かかって即、死に至る心配は無いはずだ(http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec17/ch197/ch197f.html またはhttp://www.city.yokohama.jp/me/kenkou/eiken/idsc/disease/cryptococcosis1.html)。
 そういうことを、さも多数例があるかのごとく広報し、それが連鎖的にいろいろなところに転載され、情報が一人歩きしているような状況を作りだしているのは、仮に本意でないにしても、いかがなものかとは思う。
 ここで紹介している「東京都のホームページ」に書かれていることは、東京都環境局が書いていることであるが、残念ながら科学的論証に基づくとまでは言えないと思える。
 科学的論証に基づいて、「信頼できる論理」と言うためには、それなりの検体数が必要で、多数の数値的データを基に、結果を論じなければ意味がない。
 宇宙人がいるかいないか。ただいるかいないかを延々と議論しても、おそらく結論は得られないだろう。それよりも、例えば「地球に似た環境の星は、推定○○個はある。その中で知的生命体まで進化する確率は、少なく見積もって××パーセントくらいだろう。したがって…」というように、議論は進めないと、話は前に進まないし、納得しにくいのではあるまいか。
 科学はなるほど万能ではないが、人を説得するツールにはなりうる。酒を買ったとして、アルコール度数が何%か、ということは、かなり重要である。40%のウイスキーと、5%のビールでは、当然飲み方を変える必要もあろう。これなど、かなり初歩的に思えるかもしれないが、人を論理的に納得させる数値的データの一つとは言えよう。医者から「コレステロール値が高いから気を付けましょう」と言われて、「まずいな」と思うのは、数字でデータを突きつけられるからだ。
 ところが東京都の「鳩害」について、数値的データはまるで出てこない。鳩のフンが、何グラムあると、どの位の人がクリプトコッカス症になる可能性があり、そのうち何人が死んだのか。アレルゲンとして、鳩のフンの成分が、どの位の割合で単離されたのか。神社の境内を通った人のうちの何人が、鳩の害によって呼吸器疾患を発症したのか、またDNA的にそれは本当に鳩の害なのか。そういう数値は、何も示されていない。こんな記事を、そのまま信用することは、少なくとも科学的に見れば不可能だ。ただの参考事例にしかならない。
 科学的論証は、通常論文発表によってなされる。つまりデータを多数保持し、それを統計的に処理して、論文にまとめ、学会に報告するのだ。しかし、東京都はそれすらしている様子はない。上野恩賜公園での個体数調査にしても、科学的にはずさんの一言に尽きる。
 この上野恩賜公園でのデータは、2004年の12月から2005年の5月までで、鳩の生息数がおおよそ1500羽減ったとしているのだが、この「調査」には、いくつもの疑問点を挙げることが出来る。
 1つ目は時期の問題である。鳩に餌を与えるようになってわかったことだが、夏の間最大30羽近く来ていた鳩の数が、2008年の秋から2009年の春先まで、一転して減り続け、2009年の3月頃には、一日6羽などという日もあった。どうもこの時期、鳩は移動などで少なくなるのかもしれない。うちのデータが、そのまま上野恩賜公園に当てはまるかどうかはわからないが、傾向としては秋から春にかけては、個体数が少なく記録される傾向にあると思える。実際、餌が少なくなるためか、街で見かける数も少なかった。その時期に合わせるかのように張ったキャンペーンで、1500羽減ったからとて、それが直ちに全てキャンペーンの効果だと評価する神経はわからない。その場の数を減らす効果がゼロ、ということも無いだろうけれど。
 2つ目は、上と関連するが、餌やりをやめて下さいというチラシを撒いたり、掲示をするだけで、統計的に有意な効果が、本当にあったのだろうか、ということである。数字の上で、2000羽が500羽になったのであれば、何か減少する要因はあったことには違いないが、それを、キャンペーンの効果のみによると言い切ることなど、出来はしない。
 3つ目として、鳩は餌が少なくなったので、単に近くへ移動したのではないか、ということも考慮しなくてはならない。その場所にいなければいいということにもならない。本当に鳩が「害獣」だと信ずるなら(そこまでは科学的根拠に乏しく、言い切れないと思うが)、他へ行けばいいことにもならないはずである。例えば、上野恩賜公園から、浅草浅草寺までは、さしたる距離は無い。電車の駅にして、おおよそ秋葉原-浅草橋間一駅程度というところである。鳩はその程度の距離であれば、やすやすと飛んでいく。何しろ、レース鳩というものがいて、それらは何百キロも飛んで行く。ドバトを訓練したものだ。すると、2000羽が500羽になったという、都のキャンペーンのデータそのものが、単に分散してカウントしにくくなったためではないか、という疑問もわいている。科学的検証や実験というものは、それらの疑問に一つ一つ答えることでもある。もっとも、その場からいなくなればいいのであって、駆除するべきものではないのだというのなら、それはそれでもいいのかもしれないが。
 …というわけで、上野恩賜公園でのキャンペーンに基づく「データ」も、残念ながら「参考値」にしかならないと考えられる。
 
 「野鳥」である鳩に、餌をやるということが、果たしていけないことなのかどうか、ということも考えてみたい。
 東京のホームページによると、前記キャンペーンのページには、「実験を通じて、エサを与える行為がハトの増加を招く原因であることを実証します。」と勇ましい(http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2005/03/60f3v200.htm より引用)。しかし疑問なのは、餌を与えると、鳩は本当に増えるのだろうか?、ということである。そもそも前記キャンペーンの示すデータと、その結果については、上に書いた理由により、とうてい論文発表できるレベルでもなく、価値があるとは思えない。したがって、「エサを与える行為がハトの増加を招く原因であることを実証」出来たとは思えないが、東京都ホームページの論旨は以下のようである。
●数が異常に増える
 栄養状態が良くなると、一年に何度も繁殖するため。
●人を怖がらなくなる
 結果、襲ってくることもある。
●自力で生きられなくなる
 餌を自分で取れなくなる。
●ハトは人が餌をやらなくとも、自分で餌を取って生きられる。
 だから人は餌を与えず見守るべきである。
(以上、部分引用http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/sizen/tyoujuu/please/esayari.htm より)
 果たして、数は異常に増えるのだろうか?。栄養状態が良くなるから、一年に何度も繁殖するというが、元々鳩は、一年に何度も繁殖するものであり、繁殖時期は一般に春から7月頃まで、うち近所の例では春から11月くらいまでである。これは餌をやっていようといまいと関係ない。実際近くの別の棟では、木枯らしが吹こうかという季節に、鳩がペアリングしている声が聞こえていた。また秋に産まれたと思われる鳩が、うちのベランダに「デビュー」してきたりもしている。いくら何でも、うち1軒がこれら鳩全員の生育を促進したとも思えないし、そんなに多量に餌を与えていたら、私はとっくに財政破綻している。他に何軒も餌を与えている家があるというのなら、考えられないことでもないが、知る限り、見る限りそういう家は無い。とすれば、都の言う1つ目の「●」は、ほぼ否定されるかと思える。
 次に2つ目の「●」について、人を襲うのはたいていカラスであり、鳩が人を襲ったという話は聞いたことがない。「襲う」というのが、どんなことを具体的に指し示すのか、例によって不明であるし、報告数がどれくらいかもわからない。まとわりついて離れなくなるということは想像しうる。しかし、そんなことになっている人など、見たこともない。そのため、これはかなりこじつけっぽいと思うのだが、どうだろうか。
 3つ目の「●」の、自力で生きられなくなる、というのも、首を傾げざるを得ない。都の環境局の論旨は、人から餌をもらうのに慣れると、自分で餌を取れなくなるということのようだが、4つ目の「●」と矛盾しているようにも思える。むしろ、今や鳩と人は、切っても切れない関係になっており、街で見かける鳩たちはみな、勝手に餌を取り、好き勝手に生きている。少なくとも駅や、JRの工場で見かけた鳩は、繁華街のゴミに混じる穀物や、酔っぱらいの吐…などを餌にして、たくましく生き延びている。人間の生活に伴って出るゴミや残飯をも、餌の一つに採り入れているのであり、そうしてしまったのは、人の生活全体である。この点は、一つの注目すべき点であると考えられる。
 都民全てが、鳩に餌を与えだしたとすれば、これはまた違ってくるかもしれないが、とりあえず自力で餌が取れない鳩が、例えばうちの回りで多数発生しているようには見えない。もしそんな鳩(人からしか餌をもらわない鳩)がいるとしたら、ぜひ見せて欲しい。
 かようにことごとく、都のホームページが言い、それを転載している人々の言うことは、定量的データに基づかない感情論に偏っているのが気になる。もうちょっとは論理的にものを言ったらどうなのか。
 
 うちでは、一部の鳩に足輪を付け、それ以外の鳩はデジタルカメラで撮影し、その個体がどうなって行くか観察している。すると、あるものは姿を現さなくなり、あるものは来る頻度が少なくなり、一方で見慣れない鳩が来るようになり…と、常に集団は変化している。さすがに論文を書くつもりはないから、何羽いて、何羽いなくなり…というデータは取っていないが、大雑把には昨年夏に撮影した10羽の鳩のうち、今も来ているのは2羽に過ぎない。それ以外は、全てどこかへ行ってしまった。増え続けるように見える鳩の集団も、実は生存競争が激しいのかもしれない。そこに人間の手が、少々入ったからとて、大勢に影響は無いかのようであるし、既に人の手は、大いに入ってしまっているのかもしれない。全体にもっと、定量的・冷静な論議が必要かと思われる。
 東京都のホームページの主張が、むなしく響くのは、「鳩は野生のものであり、それは自然の一部だから、それに人が手を貸すことは良くない」という、根本的に間違った考えに立脚しているからだ。
 なぜ根本的に間違っていると言えるか。それは既に都内の多くの部分、「自然」と呼ぶには無理がある状態だからだ。浸食する外来種。コンクリばかりの街。不自然な形を成す、大量の高層マンション・ビル群。高速で走る電車や車。排ガスや都市生活に伴う粉塵。少ない公園。車だらけの街路。大きなU字溝を埋め込んだような川…。どれを取っても、自然というにはほど遠い。そんな開発を、長年に渡って許してきた都が、いまさら「鳩は自然の一部です」ごとき主張を繰り広げるのは、まことに片腹痛いと言わざるを得ない。「何をいまさら」というのが、正直な印象だ。
 はっきり言おう。都市に「自然」など、ありはしないのだ。「いやそうじゃない。ちょっとした草にも、木にも自然はあるじゃないか」と言う人はいるだろう。しかしそれは、「人の手が関係した自然」だ。「人の手が付いていない自然」ではない。そのことに気付かない「都市人類」は、相当感覚が鈍磨しているのではないか。もはや都市に、手つかずの自然など残っていない。その前提が崩れているのに、ひとり鳩の餌やりにだけ着目する感覚は、どこか「いかにも仕事しています」的な、「お役所感覚」そのものだと、主張しておきたい。
 まあしかし、そうは言っても、毎日フンは掃除し、数日から週に1回はベランダを消毒し、羽音と鳴き声がうるさいと迷惑だから、なるべく餌は早朝と夕方に与えるようにしている私である。都のおかしな主張は質しても、隣近所の人々の中には、鳩の姿すら不快に思う人がいないとも限らない。隣近所に配慮するというのは、集合住宅生活の基本である。いくら角部屋で、もともと鳩が集まりやすいとしても、常に気を付けていたいとは思う。
 最後にふと思うこと。カラスやヒヨドリ、スズメにムクドリ、オナガにメジロ、ウグイスに野生化インコ。それらは鳩とどう違うのか、興味は尽きない。

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