2003年5月2日号

毎年ジョンキル

    毎年ジョンキル
 

 ウチのベランダには、ちょっと珍しいような鉢植え植物がいろいろあることは、前々回に少し書いた。他の例をあげると、ヤマウド、草スグリ、キンカン、毎年実生から咲かせるオオケタデといった具合である。
 その中でも、和名「キズイセン」、一般には「ジョンキル」と呼ばれる、よいにおいがして、小さめな黄色い花の咲くスイセンは、最近でこそ、一部の花屋で球根を売っているのを見かけるが、それまでは全く見かけないようなものであった。これはもうウチで育てるようになって三十年ほどになる。
 そもそもこの「ジョンキル」は、ウチの園芸好きの母親が、三十数年前に、その存在を耳にして、さんざん探し回っていたところ、千葉県の知り合いの家の庭に、それらしいが花が咲いたことはない、という葉が糸状のスイセンを、ほんの少し球根ごと掘り分けてもらったのだそうだ。
 ジョンキルの和名は、上にも書いたように、「キズイセン」である。しかし、普通に私たちが「キズイセン」と言うと、それは黄色い小輪のスイセンのことであり、和名と一般名で差すものが違うので、紛らわしい。
 「ジョンキル」は、葉っぱが糸状で、普通のスイセンのようにヘラ状ではなく、いわゆるスイセンのイメージからは、やや想像しにくい。花が終わると、「イグサ」のようである。しかし花の芳香は非常に強く、リビングにプランターを持ち込んだり、切り花を水に差して置いておいたりするだけで、リビング中にいい香りがただよう。
 さて、そうやって千葉の知人宅から、ウチのベランダにやってきた「ジョンキル」であったが、千葉の知人宅に叢生していたときには、一度も咲いたことがなかったそうだ。どうも叢生させすぎだったのか、ウチにやってきてからは、さっそく翌年花をつけた。
 そしてそれらは徐々に増え始め、ひところは大きめのプランター三つを占領するほどであったが、ここ数年は少し人にあげたりして、一時期ほどではない。
 育ててみると、意外と土を選ぶ感じがある。また日当たりや、水やりには、他の普通のスイセンよりは、一段気を使ってやる必要があるようだ。
 普通のスイセンと同様、「ジョンキル」も、ひんぱんに植え替えるのはよくない。三年程度は同じプランターなり、鉢なりに植えっぱなしにしておいたほうが、やはりいいようである。
 調子が悪くなったとき、もとの千葉の土はやや砂地だったから、それに近くしてみようかと、土に砂を混ぜたりしたこともあった。だがそれは裏目に出て、かなり危機的状況になってしまった。園芸用として売っていた砂を使って、市販の培養土で植え替えをしたのだが、この砂はどうも十分に洗浄されていなかったのか、塩害のような葉っぱの枯れ上がりが発生して、花のつきが非常に悪くなった。
 ちょうどこの年には、それまで延々と受け継がれてきた球根にも、少し新しい血を入れようと、市販されていた球根も買い足していたので、その新しい球根がいわゆる「嫌地」しているのかと思ったら、全ての球根から出た葉っぱが、先端で枯れているのであった。
 結局今年も新しい球根を買い足して、再度植え替えをし、古い土は捨ててしまい、生育を見ていたが、どうも以前のような勢いはなく、新しく買ってきた分の球根に至っては、まったく花芽が出なかった。やれやれ、また来年はこのまま様子を見るのか、再々度植え替えるのか、考えなければならない。
 切り花中心に商う近所の花屋の話では、今年の市場に出回っている「ジョンキル」も、非常に作柄が悪く、花も草丈も小さいそうだ。
 気象庁のあてにならない長期予報は、予想通り?はずれ、冬は長く暖冬ではなかったから、ウチの「ジョンキル」ともども、そのせいかもしれない。
 ところでこの花屋は、なぜか「ジョンキル」のことを、「ジョンク・スイセン」と呼ぶ。プライスカードにも、そう書いてある。これは異なことを、と思うのだが、訂正するのちょっとという気もするし、市場ではそう呼ばれているのかもしれないから、「ジョンキル」の切り花を、そこで買うときには、「これ下さい」などと言って、お茶を濁すことになる。「ジョンキル」の学名は、 Narcissus jonquilla L.であるから、「ジョンキラ」か何かになるはずで、どう考えても「ジョンク」はないだろうと思う。
 南ヨーロッパ原産で、日本には江戸時代の天保十三年に入ってきた「ジョンキル」。ウチにやってきて三十年にもなるが、未だ毎年順調に花を咲かせるのは難しい。またしても実験圃場のようなウチのベランダでの試行錯誤は、これからも毎年続くだろう。


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