2003年8月29日号

買えないカステラ

  買えないカステラ
 

 お菓子の類は、結構その家ごとの“固定銘柄”があって、例えばようかんなら○○屋、ショートケーキなら××堂というような、決まった店のお気に入りが、たいてい誰でも多少はあろうかと思う。そしてそれはなかなかに揺るぎない。
 そう言うウチでも、カステラというと、いつも「福砂屋」と決まっている。永年ここのカステラを買っては、時に夜食がわりに食べたりすらしていた。単なるお茶菓子ではないのである。
 ところがその福砂屋が、昔ながらの成分や製法によるとか言う、「五三カステラ」と称する、いわばハイグレードタイプ?のカステラを出して、売り始めた。
 いつも“ノーマルタイプ”を食している身としては、そうそうたくさん食べるわけでもないので、ちょっと食べてみたいと思う。
 福砂屋は、新宿の伊勢丹と小田急の各デパートに出店があるので、さっそくそこへ買いに行ってみることにした。
 まずは小田急デパートに行ってみたのだが、そこの売場は、毎週水曜日に10本しか入荷しないという。そんなことは露知らないこちらとしては、この日手にすることは出来なかった。店員さんによれば、材料や職人の関係で、作れる量に限りがあるのだそうである。加えて、伊勢丹の売場には常時あると思う、とのことであった。また、前日までに電話で予約しておいてくれれば、曜日に関係なく取り置きできる、とも。
 そうは言われても、そう何日も前から、新宿に出るかどうか、決まっているわけでもないから、「それでは4日後に…」とは約束しかねる。それと小田急デパートは新宿の西口だが、伊勢丹デパートは東口からさらに新宿三丁目に向かって結構歩く。西口が便利なウチとしては、ちょっと不便だ。仕方がないので、翌週の水曜日に買いに行くことにした。
 そして翌週水曜日、残り5本のうちの1本を手にして帰ったが、これはなかなかおいしい。期待通りの感じである。卵がたっぷり入った感じの、やや“重み”をもった味で、底側にたくさんついたザラメ糖も、懐かしさも手伝っていい感じである。さすがは老舗の高級タイプという感じであった。

 結局この「五三カステラ」は、ウチのお気に入りとなり、何とか都合をつけるか、または電話で前日に予約して、毎週のように買いに行くことになった。おいしいもののためには、少々の手間はかけるべきであろうし。
 しかしある時、急に新宿に行く用事が出来た。あいにく水曜日ではなかったが、ウチのカステラは切れていた。そこで用事のついでにちょっと遠いが、東口の伊勢丹デパートまで足を延ばして、買いに行くことにした。
 用事を済ませてから、新宿三丁目交差点脇の、伊勢丹地下食品売場にある売り場に行くと、小田急の店員さんの教示では、「常時在庫」しているハズの「五三カステラ」が、一本もない。「おかしいな」と思いつつ聞くと、一人の客が地方へのみやげにするために、残り全部を買ってしまって、これから発送するところだという。事実店の後ろ側には、見慣れた箱が、包装・伝票貼りのためにたくさん並んでいるのが見える。
 「食べ物の恨みは恐ろしい」と言うが、目の前に並んでいるのに買えないとなると、よけいに不愉快である。まるで気分としては、どこかの国の「外貨ショップ」を、遠目に眺める人民のようである。つい、「もっと作ればいいのでは?」と言うと、小田急の人と同じように、「材料や職人が…」と言う。
 数量限定ならば、販売時に一人に買い占めを許す売り方もいかがなものかとは思うが、それより新宿という大ターミナルの出店2カ所で、いずれも同じ理由で客を断るのは、ちょっといただけない気もする。
 不況不況で、モノが売れないと言われて久しい。しかし本当のところどうなのか。私は時々疑問に思う。カステラが一週間食べられなかったからとて、死ぬわけでもないし、意地汚い食い意地が張っているつもりもないが、客の購買意欲があるのに、商品を提供できない、もしくはしないというのは、ちょっとそれって変ではないかと思う。少々厳しい言い方をすれば、老舗の看板に頼って、今一つやる気の無い商売の店は、結構あることは事実だ。「福砂屋」がそうだと、決めつけるつもりはないけれど。
 例えば今度のことでも、材料や職人が足りないのだと言うが、材料はその分多く仕入れれば、すむことではないだろうか。売れそうなことはわかっているのだから。職人が足りないなら、養成したらいい。筋が通りそうで実は通らない理由で客を断り、高級感をあおろうという戦略もありかもしれないが、長い目で見ると、それで落としている利益のほうが、多いように思える。
 もちろんいろいろな“経営判断”は、あろうかとは思う。しかしそれをそのまま消費者に押しつけられても困るし、消費者が我慢しなければならない理屈も無い。それで「不況だ、モノが売れない、リストラだ」と言われても、「なんだそれは?」という気にもなる。

 件のカステラは、なかなか買えないこともあって、しばらく買わないでいた。その間お菓子がわりは果物であったりしたが、今年は大冷夏のせいで、果物の出来があまりよくない。「なんかおいしいお菓子はないかねえ?」と思っていた矢先、近所の駅前にある小さなレストランが、ショコラケーキを作って、店の前に小さなテーブルを置き、店員が一人立って「いかがですか?」と声をかけながら、ささやかに売っていた。あまりどんどん売れている様子はなかったが、かなり前に食べて、おいしかった記憶があったので、一つ買って帰った。これはクラシックショコラケーキで、そんなに甘すぎず、とてもおいしかった。ちょうどその日は、この夏にしては珍しく、とても暑い日であったが、立ちんぼの店員さんは、自らの暑さを顧みることもなく、ちゃんとケーキを小さな冷蔵ケースから取り出し、氷も入れてくれていた。
 冒頭には、その家の定番というのが、固定的である、という意味のことを書いた。しかし、この今の時代、別に老舗でなくても、おいしいものはおいしい。われわれは看板を買っているのではなく、おいしいものを買いたいと思っている。これは昔から変わらないはずだが、昔は看板の下においしいものがあった。だが今は違う。看板がなくとも、おいしいものは存在する。そういう時代になったのだと、つくづく思う。

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