2003年6月27日号

カワラヒワとオオケタデ

 
  カワラヒワとオオケタデ
 

 わが家のベランダに、今年もオオケタデが実を付けた。オオケタデは、一年草のタデの一種であるが、草丈は2メートルほどにもなる。
 その背丈の高さと、赤い小さめな花がたくさん集まって、穂のように、手のひらに余るほどの花房になる珍しさにひかれ、5年くらい前にタネを、どこからかもらってきたのが始まりである。
 以来毎年、6月の始めから花が咲き始め、どんどん草丈は伸びる。しかしウチのベランダは、当然土を入れているわけではないから、普通に鉢に植えている。だがこの鉢は特大のものでないと、水がもたない、土が足りない、バランスを失ってひっくり返る…ということになるので、素焼きの大きな鉢を使っている。別に素焼きでなくてもいいのかもしれないが、最近のプラスチック鉢は、上辺に縁がつけてなく、手で持つときに、とっかかりがなくて苦労するから、重いのだけれど、素焼きの鉢にしている。あとは、水分の鉢表面からの蒸発があるので、根腐れしにくいという利点もある。ただオオケタデそのものの株が大きいことと、鉢表面からの蒸発のせいか、水の乾きも速いのが難点で、わが家では、「水飲み助」と呼ぶほどである。
 関東の、しかもマンション形建物の高層階は、どうしても風が強い。タデの類は、縦方向に強い繊維質が通っているので、容易なことでは折れたりしないが、風の強い日は、何しろ背丈が高い分、折れそうとまではいかないまでも、倒れそうにはなる。またそういう時には、気孔からの蒸散と、水分の拡散がよくなるからか、もともと速い水の乾きが、一段と速くなるので、よけいに鉢全体が軽くなり、バランスが悪くなる。
 結局、そのままほうっておくわけにはいかないから、風が比較的通りにくいベランダの内側に寄せてやったり、場合によっては、室内に取り込んだりする。
 室内に取り込むときの移動は、また一苦労で、高い草丈が、ハイサッシの扉枠にもつっかえる。重たいのは、鉢の下にキャスターの付いた台車を履かせてあるので、なんとかなるが、背丈だけは、当然詰めるわけにはいかない。そこで鉢ごと斜めに倒して、なんとか部屋の中に取り込むのだが、たいていそんなときには、ついでに雨なんか降っていたりするから、部屋に入れたはいいが、へとへとになってしまう。
 それで少々の風では、部屋に取り込まなくてもいいように、太めのゴムをひも状にして、それをバネのようにオオケタデの茎に、ゆるくかけておき、風が吹いて枝が大きく揺れても、ゴムの張力でびろーんと元に戻るようにしてみた。これはまあそこそこのアイディアであったようで、ちょっとくらいの風なら、オオケタデは、自らの柔軟性とゴムで、風とうまくつきあっている。

 もう何年も毎年育てているオオケタデであるが、こんなに何年も育てているのには、ちょっとしたわけがある。ある意味、かわりばえもしないのだが。
 この団地とその周辺には、開発が進んでいるとはいえ、結構木々が生い茂っているところがある。するといろいろな野鳥も、そこには生息しているのだ。
 オオケタデを育てはじめて2年目のある日、「キリリリリ、キリリリリ」という鳥の声で目を上げると、オオケタデの赤い花房に、ウグイス色がかって、くちばしの黄色っぽい、あまり見たことのない鳥が来て、穂のようになっている花房の中の、実になったところをついばんでいた。
 それから風で揺れる不安定な茎に止まり、時には逆立ちするような格好で、実をついばむ鳥は、調べてみたところ、「カワラヒワ」であった。カワラヒワはタデの類を好むと、鳥類図鑑にある。
 やがて彼らは、警戒心が薄くなってきたのか、人影が見える日中でも、平気で2羽、3羽と飛んできて、オオケタデの実をついばんでいくようになった。
 こうなると人間も、いろいろ彼らに気を使う。まずはオオケタデにハダニが着いても、薬剤散布はやめた。水で洗い流すだけにした。こうするとオオケタデの下の方の葉っぱは、相当ハダニにやられて傷んでしまうが、まあ鳥のことを考えると仕方ない。
 それから天気の悪い日には、時間に関係なくやってくることが多いから、なるべくそういうときには、ベランダに出たり、作業をするのは控える。そして部屋を横切る時や、ベランダのゴミ箱にゴミを捨てるときにも、カワラヒワがいないかどうか、確かめてからの行動になる。
 なんだか初回に書いた「ヒヨドリ」とともに、人間は“お鳥様”のためにご奉仕しているかのようである。
 私の母親は、カワラヒワが日中なかなか姿を現さないと、「鳥ちゃんが来ない」と、寂しそうな顔をして、心配するほどである。
 オオケタデを育て始めたとき、カワラヒワがやってくるかどうかなど、考えたわけではないが、今になると、カワラヒワも、それを養うオオケタデも、さらにはその世話の手間すらも、全てやがては我々人間を、どこかで「癒す」重要な要素だと気付く。

 春が去って、来なくなったヒヨドリに代わって、これから秋までカワラヒワと、オオケタデが、ベランダをにぎわすだろう。そしてカワラヒワの食べ散らかした実が、翌年また実生として生え、あらたなオオケタデの株が、生まれるのである。


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