2003年11月21日号

免許更新お断り?<1>

  免許更新お断り?<1>
 

 私の母親は、もはや「高齢者」ということになるのだそうだ。確かに年齢という数字の上では、70代であるからして、そのようである。だが幸いにして、別に足腰弱っているわけではないし、駅の階段を少々駆け上がる程度は、またまだ平気である。だからというわけではないが、今まで自動車運転免許証は、ペーパードライバーであるものの、毎回更新してきた。
 秋になって、「運転免許証更新のお知らせ」なる葉書が、母の元に届いた。それは「警視庁運転免許本部免許管理課」というところから、運転免許更新の時期が近づいたので、所定の場所に必要なものを持って、手続きに来よ、との案内であった。確かいままでと異なり、三年に一度は更新が必要になったと記憶している。
 いままでの免許更新は、特に違反がない限り、指定の警察署に出向いて、専用のコーナーで申請書のようなものに必要事項を書き込み、写真を貼って、お金を支払うと、目の検査があって、ビデオを見ているうちに、順番に呼ばれて、新しい免許証が出来上がるというものだったから、特に必要なものはいままでと変わりないと思って、私も再来年更新だから、付き添ってS警察署へ行った。私も母も、いつも更新するところである。
 現地に着いてみると、免許証コーナーの場所が少し変わっており、付近にあって、写真や申請書を作ってくれる代書屋が、なぜか廃業していた。それも特に気に留めず、中に入ると、入ってすぐのところに婦人警察官が立っていて、まず印紙を買うように言う。指さされたほうを見ると、なるほど印紙の自動販売機が立っている。いままでの申請書類は、警察署前に並んでいた、一件の代書屋に、いつも頼んでいたので、少々まごついていると、母が手に葉書を持っているのを見つけた先ほどの婦人警察官は、買った印紙を貼り付けてから、申請書に書き込み、目の検査に進めと言う。なかなか親切に手順を説明してくれたので、それにしたがって、申請書を書き上げた。なるほど以前より簡略になっている様子である。住所の移動がない人は、氏名・申請年月日・電話番号・生年月日を書くだけですむ。
 そこで書き上がって、印紙も貼れた申請書を母は持ち、私は脇に付き添って、目の検査に行くと、太って体重100キロはあるかという巨漢の警察官が、小さないすに窮屈そうに座って、目の検査機の前で待っていた。
 ところが彼は、申請書と葉書を見るなり、「講習は受けましたか?」と、今までは聞いたことのないことを言う。それで「高齢者は講習を受けなければダメなんだよ。前に来た葉書は?」と、更によくわからないことを言う。「これじゃダメだから、そっちで説明を聞いて」と乱暴に言うので、母は少々不快そうに「講習って何?」と、太った警察官の背後にあるカウンターに、放られた申請書と共に向かった。
 私は太った警察官に、よくよく話を聞いてみた。すると高齢者は道交法が「改正」になって、3年に1回免許書き換えが必要になったこと(これは知っている)、さらに書き換えの際に、指定の教習所で「講習」が必要なこと、それがすんだら証明書が出るので、それを持ってこないと更新はできないこと、講習の予約をするための葉書が、もう1枚来ているはずだということを、声を荒げながら説明した。
 太った警察官は、ルーチンワークを乱されて不快なのだろうが、こちらとしては、そんな「改正」の細かいところまでは知らない。広く広報された覚えもない。まして、今日持っていった葉書以外に、葉書なんて来ていないのだ。それをこちらも次第に声が大きくなりながら、反論すると、「お前はうるさい。他の人の迷惑だから、出ていけ!」と怒鳴る。この辺で普段優しいわけでもない私は、彼の態度に徐々に怒りがこみ上げてきて、いい加減我慢の限界であった。思わず本当に大きな声で、「お前、その言い方は何だ。市民に対して失礼じゃないか。出ていけとは何だ。必要があるから聞いているんだ。ちょっと責任者を出せ」と言うと、すかさず警察官も、同じほど大きな声で言い返す。「大きな声をだすから迷惑なんだ。ここの責任者はオレだ。とにかく出ていけ!大きな声やめろ」と言う。もう売り言葉に買い言葉。「大きな声はお前だって出してるじゃないか。お互い様だ。オレは生まれつき声は大きいんだ。お前こそ大きな体やめろ」とつい言い返した。するとかなりそこは気にしているのか、「よけいなことを言うな!」と言う。なおも「公務の執行をじゃまするな」と言うから、「じゃまなんかしていない。どの人のじゃまをしていると言うのだ。不備を質しているだけだ。もし公務執行妨害だと言うなら、オレを逮捕してみろ!」と切り返した。
 太った警察官は、この間何度かいすから立ち上がったが、もし本当に逮捕などしたら、見ている人が大勢であるだけに、分が悪いと感じたのか、憮然とした表情でふたたび席に着いた。
 そう言えば、この警察署では、私の初回の免許更新時も、申請書を自分で書いたら、写真屋がカッターで切った写真が、周囲1ミリずつ大きいと言って、私を怒鳴りつけた署であったことを思いだし、よけいに腹が立った。
 それで私もカウンターのほうに身を向けると、今度は母とカウンターの警察官がもめていた。途中からだが聞いていると、カウンターの警察官は、前にもう1枚葉書が行っているはずだ、と言う。母が「そんなの来てないですよ。郵便事故かもしれないでしょ?」と言うと、「みなさんそうおっしゃいます」と、年寄りはみな忘れっぽいからというような態度で、高齢者全てを愚弄するようなことを言う。相当ここの警察署は失礼なやつばかりだな、と思ったが、そんな議論と関係ないことを言っても仕方ないから、「郵便事故ってことはありうるんじゃないですか?」と口を挟んだものの、とにかく向こうは「みなさん(葉書が来てないと)そうおっしゃるんです」の一点張りである。
 しまいには母に向かって、「もう説明しない」と、すねた子どものようなことを言っている。それなのにしばらく母が黙っていると、向こうから「…ですから」などと説明を再開したりしているのだ。
 しかし郵便事故は確かなようで、これを書いている今日まで、もう1枚の葉書なんて来ていない。もちろん誤って捨ててしまってもいない。
 今年の4月に郵政事業庁は郵政公社になったが、そのどさくさでか、3万通の郵便物が不達だと、新聞に報じられていた。私自身も、6月に1通来るべき郵便物を無くされた。調査してもらったが、不明のままだ。
 出したら絶対に届くはずという、謎の論理が警察にはあるらしい。このカウンター氏の言っているのをまともに聞いていれば、たとえ東京に大地震が起こって、郵便局が被害を受けても、道路が寸断されても、宛先の人がどこかへ避難していても、警察からの免許更新案内葉書だけは、必ず絶対の保証をもって届くことになってしまう。
<以下次号>

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