2004年3月19日号

オコゼの唐揚げ

 
  オコゼの唐揚げ
 

 杉並のソバ屋に行くと、帰り際に必ず寄るスーパーがある。このスーパーは、親子で店を経営しているが、うちでは二人を「大社長、若社長」と呼んでいる。
 この店はかなりのこだわりを持っていて、「自信のない品物は置きません」と言う。実際に店で売っているものは、おおむね素性の明らかなものばかりだ。値段もそれなりに張るものが多いが、インスタントラーメンとか、スナック菓子のようなものは、基本的に置いていない。
 野菜や卵、それに肉にしても、安全・確実なものしか置かない方針のようで、いろいろな銘柄の、それぞれ一家言あるようなものしかない。例えばニワトリだったら、放し飼いであるとか、飼料に抗生剤などを全く使用していないとか、水にこだわっている…などである。
 そんな店だから、時に品薄気味の場合もあるのだが、ある日晩のおかずを母と探していると、暇な時にはちゃんと店に出ている「大社長」が、私たちを見つけて寄ってきた。
 そしてそばの棚を指さして、オコゼをすすめる。買って唐揚げにしてみて下さい、と、大社長は言う。本当に今の時期のオコゼはおいしいから、二度揚げして…とも。
 そう言われると、ちょっとおいしそうである。買って帰ることにした。
 オコゼというのは、カサゴと同じように、背ビレに毒のある魚である。ヒレを取ってしまえば、肉に毒があるわけではない。そこはフグなどとは全く違う性質である。
 カサゴの唐揚げは、西伊豆で何度か食べたので、うちでも割とおなじみのメニューである。普通に唐揚げにして、塩をふって食べる。特に揚げたてはとてもおいしい。
 さて、オコゼも同じカサゴ目(もく)の魚だから、まあ極端な味の違いはないかと思うが、件のスーパーで既に処理されていて、もう背ビレはとっくに無い。体の形は、マゴチなどと同じような、やや円錐形をした魚である。その形態は、カサゴと異なるが、でこぼこした岩のような顔は、そのまま残っている。さわってみると案外ぐにょっとした、あまり感じのいい感触ではない。
 それでもまあ天ぷら鍋の油を暖め、中に入れてみようとしたが、うちの天ぷら鍋は小さめなので、オコゼの頭からしっぽの先までは、そのまま入らなかった。それで少ししっぽのほうを切ったりしたのだが、包丁を握る母は、なんだかぬめっていると言う。
 何とか鍋におさめて、唐揚げにしてみたが、やはり一度の揚げでは、全体がパリッとしない。相変わらず、固そうな外観にしては、ぐにょっとした感じのままである。顔の回りは、いっそうグロテスクになった様子である。ついでに鍋の底に貼りつき気味になる。
 夕食時に再度揚げ直して、二度揚げにし、食べてみた。二度揚げになると、ちゃんとパリッとした食感で、なかなかおいしい。特にカサゴに劣る味ということもない。大社長のおすすめは、さすがの眼力と言っていいと思う。しかしなんだか調理の途中が、魚にしてはぐにょぐにょ、ぬらぬらしたものなので、意外な感じなのは否めない。母の感想は、「二度と調理したくない」であった。まあ手間もかかるし、仕方がないかもしれない。

 だがオコゼを食していると、西伊豆の港が思い出される。
 西伊豆のN港では、波消しブロックが港内に入れてあるのだが、そのブロックは、平らな板状で、真ん中に四角い穴があいている。その穴に水が出入りする度に、波の勢いが弱められる理屈なのだろう。
 N港で釣りをしていたときに、ふと思いついて、その穴の中に釣り糸を垂れたことがあった。50センチ四方くらいの穴であるが、案外深さはある。よくこの種の穴ぐらのような場所には、カサゴがいたりするので、もしかすると何か釣れるかも、と思ったわけである。
 それで釣り糸を入れた瞬間、ハオコゼの6センチくらいのが、すぐに釣れた。ハオコゼは、やはりオコゼの仲間である。普通は食用にせず、また6センチの魚では、釣りの相手にはならない。それでいて、例の背ビレの毒だけは強いのだから、困ったものである。仕方がないので、一度糸を切ってから、注意深くハリを外し、また同じ穴に帰した。
 大社長からすすめられて食べたオコゼの唐揚げの味は、なかなかのものであったが、調理の「感触」からすると、同じ冷蔵ケースによく入っている「釣りアジの刺身」のほうに、どうしても行きたくなる。
 だがオコゼの唐揚げで、西伊豆にまた釣りに行きたくなってきた。季節が春になって、日差しがますます強くなってくると、西伊豆各地の港が思い出される。また今年も季節が巡るなぁ…と。
 いや、オコゼが釣れるのは、ちょっと勘弁して欲しいが…。

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