2006年5月10日号

ロマンスカーの警笛

 
  ロマンスカーの警笛
 

 地元の私鉄・小田急線には、有料特急として「ロマンスカー」が走っている。
 ロマンスカーは、走る列車から前または後ろを眺められる「展望席」、グリーン車にあたるスーパーシート、車内販売や、座席に飲食物を持ってきてくれるシートサービスなど、多彩な設備やサービスがある。
 先日は一部の車輌が、長野電鉄に譲渡されたり、テレビCMに使われているテーマ曲?の、CDプレゼントに応募が殺到したり、何かと話題を提供している。
 しかし沿線住民や、利用客には全体として好評で、土休日のロマンスカーは、全席満員ということも、珍しくない。
 そんなロマンスカーだが、以前は独特の音楽を奏でながら走っていた。「ピンコンポンコーン」とでも言おうか。文字で書くと、笑ってしまうようなものだが、比較的単純な音楽の繰り返しを、車外につけたスピーカーから、前に向けて流していた。それは、「補助警笛」と称するものであった。
 これはつまり、「どかせる警笛ではなく、気付かせる警笛なのだ」と、どこかの本で読んだ。また特急電車が通ります、というサインでもあったのだろう。
 昨年、新形ロマンスカーの登場で、停車駅への進入時と、発車時に、ふたたび鳴らすようになったのだが、それ以前は、長く鳴らさない時期があった。
 わかりにくいので、時系列的に書くと、まず小田急としては、1951年に登場した、初の本格的ロマンスカーに、複音警笛というものをつけた。普通の警笛よりは、和音を奏でるというようなものであったらしい。このころから、特急の警笛は、速度を出して走るのだから、遠くから気付いてもらわないと困るけれど、さりとてうるさく「どけ」と言わんばかりというのはいかがなものか、と思っていたようである。もっとも当時は、遮断機や警報機のない踏切が多数あって、危険であったという事情もあろう。
 1957年、画期的な新ロマンスカーSE車の登場にあわせて、小田急では「補助警笛」として、上に書いたメロディーをずっと流し続けながら走ることで、存在をアピールをすることになった。性能上の最高速度が、145q/hにも達する高速車輌なので、踏切や柵のない線路は危険だが、何かイメージよく列車の接近を知らせたいという、切実な問題もあったかと思う。
 この補助警笛は、歌にも歌われるほど有名になり、歴代の小田急ロマンスカーには、しばらく受け継がれた。そもそもロマンスカー自体、「オルゴール電車」などとも呼ばれた。
 私も子どもの頃から、ロマンスカーは、いつも近所の駅を通過していくとき、オルゴールを鳴らしているものであり、それが当たり前、という認識だった。
 ところがそれは、一人の人の苦情から、暗転していく。イギリス人のとある人が、「騒音公害だ」と訴えたため、都区内から狛江市までの間では、止めることにしたと、当時の新聞記事にあるようだ。
 実際私が物心ついて、小学生の頃には、東京都と神奈川県の境を流れる多摩川を越えると、鳴らし始めていた記憶がある。
 のちに私が、町田市にある中学に進学して、授業など受けていると、真下にある小田急線のトンネルから、ロマンスカーの補助警笛の音が、よく聞こえたものだ。当時特にうるさいと思ったことはない。当たり前のように、流れているものだったからかもしれない。
 しかし、30分に1回、上下あわせると15分程度に1回ずつ、ピンコンポンコーン♪とやられては、当時だいぶ増えていた沿線の住宅に住む人々からすれば、たまらないということもあったのだろう。
 やがて1980年代頃からは、常時鳴らすのはやめになり、ダイヤが乱れたときや、雪などが降っているとき、多数の乗客が待っている駅を通過するときなどだけになり、さらに、1990年代に入ると、それすらもなくなったようである。
 ただ、国鉄御殿場線に乗り入れていた「あさぎり」号だけは、最後まで国鉄からの要請で、御殿場線内では、ずっと鳴らしていたそうである。
 
 さてしかし、ロマンスカーのメロディー音は、新形車の駅到着と、発車時しか聞けなくなってしまったが、発想自体は、当時非常に斬新なものだった。
 1960年代、名鉄や国鉄の四国総局にも、メロディーを奏でる列車が登場し、時期的にもそれらは、小田急ロマンスカーの影響を受けていたと考えられるからだ。この種の補助警笛は、「ミュージックホーン」などと呼ばれ、最近でもJRの特急に、着けられているそうである。もちろん、ずっと鳴らしっぱなしで走りはしないけれど…。
 私が中学生だった頃、田んぼや畑だったところが、マンションだらけになってしまった今、さすがに新形ロマンスカーは、メロディーを鳴らしっぱなしで走ればいいとは思えないが、「気付かせる警笛」という、本来の趣旨からすれば、もっと有効に活用したいところである。
 それと、そういう無形なものが持つ宣伝効果や、知名度を上げた実績、親しみというような感情までもが、一部の人々の苦情で、押しつぶされてしまうのは惜しい。さりとて、このせせこまい日本では、そういう苦情を言いたくなる気持ちもわかる。
 今のケータイ世代の人々だったら、意外に気にならないかもしれないが、何かいい「落としどころ」は、ないものだろうか?…。

※この作品が面白いと思った方は、恐れ入りますが下の「投票する」をクリックして、アンケートに投票して下さい。今後の創作の参考にさせていただきます。アンケートを正しく集計するため、接続時のIPアドレスを記録しますが、その他の情報は収集されません。

投票する