2003年10月3日号

西伊豆紀行・今年の魚釣り

  西伊豆紀行・今年の魚釣り
 

 今年も1週間ほど、遅い夏休みをとって、西伊豆に行って来た。
 いつものように、電車で伊豆へ向かった。電車は東伊豆に入る。東伊豆から西伊豆へは、蓮台寺付近から国道136号線で、婆紗羅峠(ばさらとうげ)という峠越えの道である。そうは言っても、タクシーかバスで越えるのだから、どうということはない。峠のサミットには、りっぱなトンネルがある。それを越えると、もう気分は西伊豆だ。特にまわりの景色が大きく変わるわけではないが、今まで上り坂だったのが、下り坂になり、見慣れた道を一気に下ってゆく。
 見慣れた景色のはずだが、毎年少しずつ違いを見つけることもある。それは、道路沿いの工場に、新しい建屋が建ったとか、幅の狭い橋が、架け替えられたとか、マンジュシャゲが今年は早く咲いていたり、ススキの穂の出方が早いとか…である。水田の様子なども毎年違い、それらを見ることも、また楽しい。
 そうしてやがて、松崎に着く。
 さて着いた翌日から、松崎町周辺に点在する港の防波堤に、釣りに出かける。
 防波堤の釣りは気安い。だがそれでいて意外に奥が深い。防波堤まわりに集まる魚は、小メジナや、イシダイの子、ベラ類が多いが、時としてカワハギやアジが釣れる。カサゴやイシガキダイも、釣れたことがある。もっともサイズはそれほど大きくないけれど。
 毎年、ちょっとしたものが釣れて面白い西伊豆各地であるが、今年はあまりぱっとしなかった。釣れなかったわけではないのであるが、形が小さく、かつあまりいいもの、つまりは食べてうまい小アジなどが、釣れてこなかったのである。この理由ははっきりしないけれども、今年の大冷夏と、それに伴う水温の変動などが関係しているようだ。
 例えばメジナは、手のひら大くらいのが、毎年時々釣れていた。しかしどうも今年は、10センチに満たないものしか針にかかってこない。よってそれらは、釣れても海へ「お帰り」願う。
 その他カワハギなども、今年はさっぱりであった。それらしいアタリはあるものの、釣れるところまでは行かずじまいであった。
 去年はボラが釣れて釣れて、竿が折れてしまうという「事件」まで起こった。またネンブツダイという小魚がうるさいほど釣れるということもあった。今年のボラは、大きなのがえさに興味を示すのは見たが、幸い竿にかかることはなく、竿は無事であった。買い換えたばかりの新しい竿なので、また折られては困る。
 ネンブツダイのほうは相変わらずで、釣っては「お帰り」願うばかりであったが。
 ただこれも場所によってかなりな差があり、あっちの港ではネンブツダイばかり釣れるが、こっちの港へ行ったら、シマダイ(イシダイの子)ばかりやたらと釣れるといった具合であった。
 ここ数年の流れとしては、西伊豆各地の防波堤、港の中ともに、少し魚影が薄くなった気がする。また釣れる魚が、亜熱帯的というか、少し南のほうの種類に振れている様子もあるようである。その原因には、湾港工事で潮の流れが変わってしまったり、黒潮の流れが数年単位くらいで変化したり、といったことが考えられるが、実際海で何が起こっているのかはわからない。ただ十年以上前から見ている松崎と、その周辺の海で、なにか変化が起こっているのは確かなようだった。
 結局今年釣った魚のうちで、一番大きな魚は、「アイゴ」というヒレに毒があって、伊豆では「バリ」と呼ばれている魚の36.5センチであった。ハリにかかってから、たも網ですくうまでに数分を要してしまった。
 アイゴははらわたが臭く、さばく時にはムッとするほどである。何というか、ドブ臭いようなにおいである。聞くところによると、血が臭いのだそうで、実際はわらたを除いていまえば、結構きれいな白身の魚である。フライにするとそれなりにおいしいそうであるが、ヒレに刺されないように気をつけながらハリを外して、海に「お帰り」願った。これがメジナだったら、毎晩行く活魚料理店「H」に持ち込んで、お刺身にでもしてもらうところだが。
 それでも「おっ!」と、胸躍る瞬間があった。
 大形魚に追われた、ウルメイワシの大群が、ほんのわずかな時間私たちが釣りをしていた港に追い込まれてきて、港の中をぐるりと一周したのだ。イワシは、海面すれすれを泳ぎ回り、その姿がキラキラと見えるほどであったが、垂らしている釣り糸よりも、ずっと上の方を高速で泳いでいたので、釣ることは出来なかった。そこで試しに、少量のまき餌を海面にまくと、通り過ぎようとする群れがさっと向きを変えて、まき餌をあっという間に食べていくので、それではとタイミングを計って、たも網ですくってみた。すると二匹かと見えたが、20センチくらいのものが一匹だけすくえ、その夜件の「H」でお刺身にしてもらって食べるという、思いもよらない幸福があった。一匹では半身ずつ二切れしかなかったが、こんな新鮮なイワシのお刺身なんて、東京では絶対に食べられない。
 しかしこれは、“釣り”ではないというオチもつくわけだが、かようにして防波堤の釣りには、奥の深い面白みがあると言える。
 また、これだけ長く同じ海を見ていると、その変化をずっと見届けなければいけないような、そんな気もしてくるのである。一人の旅行者に過ぎないはずの私だが。

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