2004年2月6日号

節分と牛丼

 
  節分と牛丼
 

 この文を書いている今日は、2月3日の「節分」である。
 近所のK駅から電車に乗ったら、女子中学生の二人組がとなりに座った。例によって声高に話をしている。もちろん前回の中学生とは、別の二人であるが。
 耳をそばだてて聞いているつもりはないのだが、何しろとなりなものだから、どうしてもその会話は耳に入る。
 「節分やる?」
 「もうやらない。太るから」
 これは節分の豆まきを、今でもしているか、また今年はやるのか?という一人の問いと、それに対するもう一人の答えである。それにしても「太るから」という理由が、今時の中学生らしい。節分の豆を太るほど食べるという食欲は、ちょっと想像しにくいが。
 やがて電車は進行し、最初の駅から3駅ほど先の、別の私鉄線との乗換駅に近づいた。
 いつの間にか女子中学生らの話は、雑誌「セブンティーン」が、「シックスティーン」だったら発音しにくいという話から、最近アメリカ産の牛で、BSE牛が発見されたことに関連して、販売をやめなければならないかもしれない牛丼の話になっていた。
 「私、牛丼がなくなったら、マジもう生きていけないよ…」
 先ほど、節分の豆は太るから食べないと言っていた子が、寂しそうな声で言った。
 私は申し訳ないが、噴き出しそうになるのを、ぐっとこらえて、乗換駅に着いてドアの開いた電車から下車した。彼女らはまだこの先へ行く様子である。
 乗り換えの連絡通路を歩きながら、いろいろ考えた。
 まず節分の豆は、普通大豆であるが、牛丼に比べれば、ずっとカロリーは低いのではないか。きっとこの中学生は、牛丼をよく食べているのであろう。だのに、それよりおそらくはカロリーも低く、植物性原料である節分の豆は太ると言う。この矛盾はたいていの大人であれば、ちょっと考えてわかるはずなのだが、それを電車という不特定多数の集まる場所で堂々と言ってしまうという大胆さは、いかにも中学生らしく、微笑ましくもある。
 振り返って自分の中学生時代はどうかと思えば、きっと同じような「とんでもない発言」を、やっぱり繰り返していたに違いない。思えばいくつか記憶にないでもないような気がして、顔が赤くなりそうだ。とすれば、この中学生たちを笑えないかもしれない。世代を越えて歴史は繰り返しているのかも。
 それと、中学生の頃というのは、結構学校帰りにお腹が空くものであったことも思い出す。
 学校が体面を考えてか、なぜか禁止していたにもかかわらず、先輩、同級生、OBなどの「スパイ」の目を盗んで、私自身駅の立ち食いソバ屋や、ファストフード店に立ち寄り、腹を満たしていた。見つかると学校に通報され、教諭に叱られるのであるが。
 さすがに今時そういうような学校もないとは思うが、おそらく彼女たちも、部活帰りにお腹が空いて、牛丼を食べたくなるのだろう。それはよくわかる。そのおこずかいでできる「エネルギー補給」が、BSE問題でできなくなるとすれば、これはまさに「生きていけない」問題かもしれない。
 昨日、牛丼のチェーン店が、アメリカ産牛肉の在庫切れにより、牛丼の販売を中止したと報じられた。今月中にはほとんどのチェーンで、中止に追い込まれそうである。これらのことを考えると、彼女らには大いに同情すべきであろう。いや、同情すべきは彼女らだけではないのだが。

 節分は本来、立春、立夏、立秋、立冬それぞれの前の日に4回あるものだそうである。これは夕方の天気予報の時に、テレビで言っていた。その中で残ったのが立春の前の日だけであるとも。
 そんな節分の豆まきも、私自身やらなくなって久しい。今年も正月の黒豆の残りを、煎って食べることはしたが、さすがにまくことはしない。
 昔は翌朝に団地の階段を見ると、子どもの居る家でまいた豆が、散らばっていたものである。しかしそれも、少子化の波と、建物自体が建て替えられて、マンション形建物の6階とあっては、無理というものになってしまった。時代の流れは、思いのほか早いと言わざるを得ない。
 少子・高齢化の現代、中学生たちを取り巻く環境も、私が中学生だった頃とは、大きく変わっているようである。また女子中学生というと、昔の中学生とはまるっきり異なる「異質の生物」のように言われることもあるが、その実結構今も昔も、同じようなことに「悩んで」いる様子なのは、ちょっと面白かった。
 少々深刻な問題も絡んではいるが、節分から牛丼へと、面白い話を、となりに座った女子中学生たちよありがとう。何かカロリーが低くて、腹のふくれるものが見つかるといいな、という気分で、ふたたび電車に乗る私であった。

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