2003年9月13日臨時号

新中年の関心事

 
  新中年の関心事
 

 友人のHは、「親父もおじいさんも、歳とってから、例外なくてっぺんハゲになったから、オレも必ずいつかハゲる!」と、断言していた。
 ハゲというのは、本当に遺伝するのだろうか。
 ハゲ、もしくは薄毛に悩む人は多く、育毛剤のCMは、いつだってテレビに流れている。潜在的な人を含めれば、男女を問わず、現代人の悩みの一つに数えられそうだ。まあその要因は様々で、一様にこれと決められるようなものはないと思うのだが、父親がハゲだったから、その息子がハゲになることが避けられないのかどうかは、情報の出所によって見解が異なっているようだ。
 育毛剤のメーカーなどは、「遺伝よりも普段の手入れの問題だ」と言いたいようだし、かつらのメーカーは、「いや、ハゲは遺伝だから、手入れよりも我が社のかつらを、あきらめて早くつけましょう」みたいな感じである。では、医者や学者はどうなのかというと、これまた「人によって違う」というように、あまり断定的なことは言ってないようにも聞こえる。すると必ずしも「ハゲの家系」というものが、あるとも言えないような気もする。だが実際は、親子そろってハゲ、という、気の毒と言っていいのか、「やっぱり」と言っていいのか、何とも言いようの難しい家族も多く、一般にはそういう固定観念がある。
 そういう事実からすれば、Hの言うことも、まあ黙って聞いているしかないのだが、仮にハゲは遺伝するとしたら、私の家系は、あまりそういう心配はないはずである。父も祖父も、母方の祖父も、ハゲた人はいなかった。遺伝には両性とも影響を受けるはずだが、ホルモンの関係からか、ハゲもしくは薄毛は、どうも男性に多い。
 とすると毛に関して、もっとも遺伝的に近いのは、やはり父親だ。
 父は、八十を過ぎても白髪混じりの黒い、そしてかなりしっかりした毛が、頭頂部を覆っていた。したがって、ハゲが遺伝と関係が深いならば、私も父と同じようになっていくのだろう。つまりは「光る頭」にはならないはずである。
 ところが、なのだ。
 私の前髪の生え際のあたりには、数センチの傷跡がある。これは小さい頃、家の中を走り回って遊んでいて、ガラス戸に頭から突入してしまい、大騒ぎで傷を縫った跡なのであるが、これはずっと前髪の生え際のところで、友人などに見せるときでも、前髪をかき上げて、「ほら髪の毛の中に見えるだろう?」などと言わないとわからない場所であった。
 しかし、最近になって、風呂上がりに何気なく前髪をかき上げると、髪の毛の中におさまっていたはずの傷跡が、おでこにはっきりと見えるようになっているではないか。
 傷が移動するなどということは、あるはずはない。ということは、前髪のはえぎわが、頭頂部に向かって「後退」したということに違いない。
 CMによれば、髪の毛根にたまる油分が、発毛を阻害するのだそうだ。しかし別にそれを意識しているわけではないが、毎日頭は洗うようにしている。それは一日でも頭を洗わないと、何となく毛が油っぽくべったりしたような感じで、気分が良くないからであるが、そういえば、何かの理由で頭を洗えなかった翌日は、枕に付く抜け毛の本数が多かったことを思いだした。
 実際テレビでの、女性をモデルにした実験では、頭を洗わないと、抜け毛が多くなるという結果がでていた。とすると毎日頭を洗う、ということは、「頭髪管理」の点からは、悪いことではないはずである。まあ床屋や美容院のように、もむようにしっかり洗うわけではなく、手ぐしを入れるようにごしごし洗うのだから、洗い方が「なっていない」ということはあるかも知れないが、洗わないよりはましのはずである。
 その他の原因としては、ストレスによる抜け毛、という線も考えられはするが、別に今現在、脱毛するほどのストレスにさらされているわけでもないし、だいいちそんなときの脱毛は、もっとばっさり抜けると聞いた。だからこれもあたらないと思う。
 するとまあ、原因としては三十台半ばになった、という年齢による「前髪の後退」ということなのだろう。
 別に落ち込むほどのショックではないにせよ、なるほど髪の毛を気にしている人々の、何ともいえない「寂しい気持ち」というのは、「こういうものか」と、ある程度理解できた。…とこう書くと、ハゲ方面の方々から、「前髪がバックしたくらいで何だ」と、叱られそうだが、今まで何も意識していなかったものが、突如として「魔女の一撃」をくらったような事実は、想定していなかった分、それなりのショックだ。いっそHのように、自称「ハゲるに決まっている」ほうが、「心の準備」という点からして、楽かもしれない。
 ところで、今年の夏には、歴史上始まって以来の「発毛剤」、Aロゲイン@が一般に発売されると、新聞で読んだ。本来心臓の血流を改善する薬としてつくられたこの薬をのむと、心臓への効果もさることながら、なぜか髪の毛がふさふさしてきたという。原因を調べてみると、末梢血管の血の流れを改善することが、発毛促進にかかわっていることがわかったという。それでしまいには、この薬を砕いて、アルコールで溶かし、頭に塗る人が現れたというので、製品化することになったのだそうだ。数年前くらいから、外国では売られていたので、個人で輸入して使っていた人がいたとか言われているが、それが日本国内でも、承認・販売されることになるという。
 このことは、頭髪が「ピンチ」状態の人にとって朗報なのだろうが、どうもこの種の薬にありがちな、高い値段が気になる。なんだか人の弱みにつけ込んだ値段のようであるが、頭頂部が寂しくなった人には、ある程度の効果が期待できるとか。試してみる価値はあるのかも知れない。
 しかし私のように、前髪が薄くなった場合は、効果があまりないということである。これは残念な話ではないか。

 冷静に考えれば、前髪が数センチ上がった程度で、ショックを感じている自分は、なんだかばからしい。年齢と共に人間の体は、徐々に変化するものである。これは当たり前ではないか。目先の数センチの変化にとらわれて、「ハゲは遺伝するのかしないのか」などと、真剣に考えてしまう自分、ふと気が付くと、高価な発毛剤が一月いくらになるのか、計算している自分というのは、客観的に見れば、かなり滑稽だ。
 そう笑ってみると、ちょっとは気が楽になるのではあるが、ハゲを予防する頭の洗い方は、「指の腹で、頭皮を真ん中に集めるようなつもりで、ある程度力をかけて洗う」と、テレビでやっているのを見て、毎日の頭の洗い方を変えてしまう自分が、またそこには居るのである。
 どうやら、前髪パニックから、しばらく抜け出せそうにはないが、ひそやかなる「関心事」が、一つ増えたような気もしている。

※この作品が面白いと思った方は、恐れ入りますが下の「投票する」をクリックして、アンケートに投票して下さい。今後の創作の参考にさせていただきます。アンケートを正しく集計するため、一時的にIPアドレスを記録しますが、その他の情報は収集されません。

投票する