2006年3月30日号

ショーケースの不思議

 
  ショーケースの不思議
 

 いきなりだが、冷蔵庫が壊れてしまった。15年ほど使っていたものなので、まあ寿命であろう。それで新しい冷蔵庫を買うハメになったのだが、古い冷蔵庫の搬出と、新しいそれの搬入のために、そこらの片づけをしていたら、前の号に書いた湿度計が、本棚の下のホコリの海から発見された。まったくお笑いなのだが、その湿度計は、特に狂いもなく、ずーっとホコリの中の湿度を測り続けていたようだ。
 さて、そうやって湿度計が見つかってみると、ふと思い出したことがある。
 部屋の中に、濡れタオルを干すだけで、かなり湿度が上下する話は、前の号に書いた。それと関連があるのかもしれないが、昔、近所の文房具屋の、ガラス棚の中には、万年筆などが置かれていた。
 当時万年筆は、大人が持つ、ステータスアイテムのようであった。就職したり、進学したりすると、お祝いとして贈ることも多かったようである。そのように書く私も、いただいたことがあるような気もする。しかし、万年筆は、どうもボールペンなど、さらにはワープロ、コンピュータに押され、今では、ほとんど目にすることすら、少ない筆記具になってしまった。
 万年筆は、昔は高価なものであって、うまく使えば一生ものなどと、言われていたような気がする。ペン先は18金のものがよくて…とか、どこそこのメーカーのものでないと…とか、やはり舶来品がよい…などと、いろいろな講釈を、死んだ父からも聞かされた気もする。
 文房具屋のガラス棚には、そうした高価な万年筆などが並んでいたのだが、その片隅に、いつもグラスに入った水が置かれているのに、ある時気付いた。
 そしてそれは、デパートの宝飾売場や、万年筆売場、場合によっては洋服などの、ガラスで密閉された空間に、よく同じように置かれていた。当時始めたばかりの、鉄道模型のウインドウでも、あるいは見かけたかもしれない。
 あれはいったい何だったのだろうか?。今、ガラスのショーケースの中に、水を入れたコップを置いている店など、ほとんどありはしない。少なくとも、私が見る限りでは、近くの駅ビルにある宝飾屋だけである。
 水を入れたコップは、ただ置いてあるのではなく、時々その水は補給されていた。ただそのコップは、デパートなどの一部を除いては、一様に薄汚かった覚えがある。それに、あまり高いコップでもなかったようだ。
 何か理由があるのだろうと思っていたが、当時父母に聞いた話では、おそらくケース内が乾燥するのを防いでいるのだろうということだった。
 確かに、ずっと蛍光灯で照らしているケース内は、あまり商品の保存環境としてはよくないかもしれない。しかし、今から思えば、ケース内をずっと蛍光灯で照らしていることのほうが、紫外線などの影響で、よほどよくないことに思える。
 濡れタオルを下げる程度のことで、部屋の湿気をだいぶ制御できることがわかったが、それからすれば、コップ一杯の水を入れておくだけで、例えば漆塗りの万年筆を、乾燥から保護できる理屈は理解できる。ならば、最近なぜ、そういうコップの水は見かけなくなったのか?。
 ガラスショーケースの中の水コップが、姿を完全と言っていいくらい、見なくなったのは、ここ10年程度のことではないかと思う。ショーケースの機能が、飛躍的に向上したという話は聞かないし、そもそもそれほど飛躍的に向上させられるものでもないだろう。加湿器を内蔵したら、今度は中が曇ってしまって、「ショー」ケースにならないだろうし。
 ガラスケースに入れる商品が、影響を受けにくい商品に変わったという可能性は、まあ考えられる。しかし、一方で宝飾品などにも入れている意味は、いったい何なのだろう?。真珠やサンゴの類なら、内部の空気による影響というのを無視できないかもしれないとは思うけれど、ダイヤやエメラルドのような鉱石や、金や銀、プラチナみたいな、安定的な金属が、そんなものの影響を受けやすいとも思えない。だいたいそんなことならば、ショーケースより、ずっと過酷な環境にさらされたはずの、古代王朝でいろいろに使われるはずもない。
 今だ、昔の記憶に対する答えは出ない。乾燥を防ぐためであったとするなら、そもそも乾燥と無関係のものにまで、コップに水を入れていたとしか、思えないものがあるのだ。万年筆なら、インクが乾くと困るとか、表面の塗りが傷むと困るとかあろうが、そこらへんは、逆に、じゃあ今は大丈夫なのか?という疑問もわくのである。
 あのガラスショーケースの水の意味、だれか知りませんか?。

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