2003年10月17日号

タバコ一考

  タバコ一考
 

 タバコの害というと、肺ガンや気管支炎、上気道の慢性的疾患というようなことが思い浮かぶ。
 しかしタバコというやつは、吸っている本人だけに害があるというのなら、これほどまでに疎まれることもあるまい。

 先日長野県上田市と長野市に、小旅行をした。
 上田は駅前のTホテルに宿泊したが、予約の段階で、「タバコをお吸いになりますか?」と聞かれた。吸わない旨伝えると、「禁煙室にいたしましょうか?」と、親切に聞いてくれる。それで禁煙室に泊まることになった。
 禁煙室も喫煙室も、ホテルだったらそれほど変わらないようにも思えるが、灰皿はなく、部屋がどことなくヤニ臭いということもない。それだけと言ってしまえばそれまでだが、部屋の中でヤニ臭いものがないというのは、私のような非喫煙者にとって、なかなか気持ちがいい。
 それで翌日上田の市内から、別所温泉に電車で向かい、国宝の塔がある安楽寺、北向観音など見て回ることにした。ところがこれがなかなかの山道で、情けなくも普段急坂を歩かない私は、ヘタリ気味になってきた。そこでそばにあって、観光案内所もおすすめのコーヒーショップに入って一休みした。
 注文を終えて、ふと壁を見ると、「コーヒーの香りをお楽しみ下さいませ。タバコは外かテラスでどうぞ」とある。なるほど入れたてコーヒーの微妙な香りを楽しむには、タバコの煙はじゃまであるから、周りの人のこともあるし、外にテラス席を設けてあるので、そこでどうぞ、というわけであろう。これはなかなか思い切った処置とも言えるが、考えてみれば、コーヒーの香りと味に、絶対の自信を持っていることのあらわれでもあろう。
 さらに翌日、長野市内に移動して、春の信州旅行でも行った、Oというそば屋に寄った。ここはつなぎを使わず、そば粉だけで打ったそばが、なかなかにおいしい。そば粉だけでつなぎを入れないのは、打つのが難しく、また打ち方によっては、おいしいと限らないのだが、ここのは食べ比べてみても、二八の割でつなぎを入れたものよりもおいしいのだ。
 それが食べたくて、少し昼時を外した1時過ぎ頃言ってみたら、なんと春にはそうでなかったのに、全席禁煙になっていた。春から秋の間に何かあったのだろうか。
 もちろんここでの食事はおいしく、タバコの煙にじゃまされないで、新そばの香りを堪能できた。私のようにそば喰いの人間からすると、そば屋でのタバコは実は大変迷惑なのだ。

 JT(日本たばこ産業)のCMには、「愛煙家は変わり始めた」というのがある。実状はしかし、あまり変わっていない。ちょっとの配慮が、できない人が多すぎると思うのだが、これはタバコを吸うか吸わないかということに根ざした問題ではなく、その人の人品ということなのだろう。それゆえ、よけいに厄介な問題だ。
 何しろ妊婦や子どもが居ようがお構いなし、という人を何度も見かけている。そういう人は、もう意地になっているか、あるいはいつもの態度が「ずけっ」とした人か、人のことを考える余裕のない人としか思われない。そういう人をたくさん見ているから、私ら非喫煙者から見て、JTのCMは空虚に映る。しかしまあ、会社としてはあのような設定になるのも、仕方ないのかもしれないが。

 長野県は、田中康夫知事が、県施設での全面禁煙を公約し、それを現在実行している。県内での禁煙の動きが、見たところ進行しているのは、知事の打ち出した方針によるところが大きいかもしれない。しかしそれによって、多くの人々がその恩恵にあずかれることは確かで、おそらく私もその一人かと思う。県民とその県を訪れる人々の健康を、わずかでもサポートしようとする知事の態度は、高く評価されていいと思う。
 と、こう書くと、喫煙者の人々は、「タバコを吸わない自由があるならば、吸う自由もあるはずだ」と言うかもしれない。その論旨は、一見もっともに聞こえるけれど、タバコの害が世界的に認知されている今日、人の気道を傷める権利はあるまい。よってこれは破綻していると言わざるを得ないかと思われる。
 また昨今、都内でも路上での喫煙を、条例で禁ずる動きが見られる。そして罰則によって路上喫煙を取り締まるまでに至っている。
 このことは、もはや喫煙する現代人に、マナーや思いやりなどということを、説くだけムダだと判断されたからではないか、という気がする。この見方には、当然異論もあろうが、人混みでは喫煙を遠慮するとか、灰皿のないところでは吸わないとか、そば屋やすし屋、それに上田のコーヒー店のように香りや鮮度に気を使う場所では吸わないといったような、実は当たり前の「心の余裕」を、失っている人が多すぎる。これは残念なことだ。
 あまり大上段に、「喫煙は非喫煙者の健康を害していることが、医学上明らかであるから、非喫煙者の人権を侵害している」などと、ヒステリックなことを構える気持ちもない。ただ私なんぞは、おいしいそばを食べるのに、煙でじゃまをしないで欲しい程度のことである。
 であるが、世界の趨勢としては、もはや公共の場所での喫煙は、ほぼ禁止される傾向にあるから、日本も路上、駅、乗り物の中、食堂、商業施設、遊園地…など、あらゆるところが禁煙になるのも、まあ時間の問題とまでは言わないが、あらがうことはできないだろうと思う。
 長野を旅していて、ふと父の死を思いだした。父は前立腺ガンが肺に転移し、息苦しそうにしながらこの世を去った。父はヘビースモーカーであった。

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