2004年5月21日号

タラノメの季節は

 
  タラノメの季節は
 

 タラノメというのは、山菜の王者とか呼ばれる、「タラノキ」と呼ばれる木の若芽である。それを摘んで調理して食べる。
 先日新宿のデパートに行ったら、青森県産の「天然物」タラノメを売っていた。天然物といっても、完全に山に自生しているものかどうかまではわからないが、見た限りでは、太いの細いの結構不揃いで、本来の天然物っぽい。
 それで、腹の調子が今一つであったのに、つい2パックほど買って、うちで天ぷらにして食べてしまった。
 タラノキは、山野に自生し、トゲがたくさんあって棒状に伸びる、ウコギ科の木である。典型的な陽樹で、日光が相当時間当たるところでないと、生育が悪く、いずれ枯れてしまう。
 そのため、比較的都市部でも、日さえ当たっていれば、林を開いたようなところだと、この木が点々と生えることがある。
 相当前の話になるが、茨城県平市に、家族旅行で山菜取りに行ったことがあった。その時にも県道に沿って、丘の法面に点々とタラノキを見つけ、その若芽を摘んだものである。
 タラノキは、若芽を摘まれても、それだけで死んでしまうことはない。ただしおおむね6月までであるが。冬の間はただのひんまがった棒のような感じで突っ立っており、それが春になると、てっぺんから冬芽を破るように芽吹く。その若い葉っぱになる部分を手で摘むか、あるいは小さい鎌で刈るように収穫するのである。するとこの木は「頂芽優勢」の強い木なので、それまで押さえられていたわき芽の生育が促され、わき芽が伸びてくる。それもまた収穫の対象になる。これを地方にもよるが、5月一杯くらいまでは繰り返すことが出来るのだ。
 さて、タラノメの天ぷらは大変おいしかった。やはり天然物は、トゲがあったりするけれど、味と香りが違う。スーパーでも売っている、きれいな緑色のものは、「ふかし栽培」といって、タラノキの枝を細かく10センチ位に切って、おがくずなどの床に差し、芽だけ発芽させて収穫したものだ。この方法だと手間がかからず、早く収穫・出荷できるのだが、どうしても大きな芽が穫れない、風味がやや落ちるなどの問題がある。やっぱり天然自然にはかなわないというところだろうか。
 通常天然物として出荷されているものは、多少推定が入るけれども、おおむね畑に植えたタラノキの芽を順に収穫したものか、あるいは本当に山に入って採ってきたものであろう。畑に植えたとしても、芽だけ生育させたわけではないから、味はそれだけ良くなるはずだ。
 しかし、食材としてはかなり高価で、珍重されているタラノメであるが、案外その木の状態は見たことない人が多いのか、身近にあって、誰も気付いてないこともあるようだ。
 うちの建物の前には、ちょっとしたベンチや遊具があって、昼間は子どもが遊んでいたりするのだが、そこにあるフェンスのかげにも、実は1本タラノキがある。それも相当しっかりしており、一度鎌で切られたようなあとがあるが、毎年収穫している様子はない。おそらく誰も気付いていないであろう。
 小田急線の電車の窓からも、タラノキの「林」を有している家があるのがわかる。そこの家は、北側の小さな庭に、タラノキを何本も生やしているが、なぜかどれも収穫していない。春になって、「ああ今年も芽吹いたな」と思っていても、そのままただ葉っぱを広げていくだけである。家人はどう思っているのだろうか。
 私が学生だった頃には、学内至る所にたくさんタラノキはあった。友人二人を誘って、講義のない時間に、大学の山を、タラノキを探して歩いたものである。木は移動しないから、何度かやっているうちに、地図を作ってしまい、それを見ながら「体育館脇に6本」、「農場の下のヤブに2本」とか、収穫しながら歩くのだ。ただ知っている人も居るらしく、時々既に採られていたりしたのだが。
 タラノキは、その芽が食べられるということ以外にも、初夏から初秋にかけての葉っぱが美しいこともあって、今住んでいる建物に移る前は、花壇に植えていたこともあった。花壇は勝手に作ることが黙認されていたので、好きな花や木を植えることが出来たのだ。
 しかし現在はベランダが花壇、そして「実験圃場」の全てだから、せいぜい売っている鉢物を買って置く位しかできないわけである。ところがなんと、毎週行くS区のソバ屋の近所のガーデンショップに、タラノキを売っていたではないか。それも300円でである。しかも知らない人が多いのか、たくさん売れ残っていた。
 こうなると「変わった物好き」のうちの人々は、買わずにいられない。即刻一鉢買ってしまった。ひょろっとした高さ40センチほどの木である。葉っぱは既に出ているので、これを天ぷらや和え物には出来ないし、しないが、淡緑の新緑色した、同じ形の葉が左右対称に出た枝は、春の木にふさわしく美しい。まだベランダの手すりより低いので、剪定の必要もない。
 タラノキは生育が早いので、おそらく来年は植え替えや、剪定などいろいろ必要であろうが、今日も気まぐれな春の風にその葉を揺らしている。
 「一風変わった植物好き」のうちの人々は、またしてもそのたぐいの木を、ベランダに増やしてしまった。

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