2004年4月2日号

テロ予告をどう考えるか

 
  テロ予告をどう考えるか
 

 アメリカにべったり追従して、イラクに自衛隊を派遣し、それに怒ったテロリストの連中から、無差別テロ予告を受けている日本である。
 イラクに自衛隊を派遣するのは、「人道支援だ」、「人道だ」と、必死になっている政府・与党・小泉首相であるが、なんだかイラク・サマワなるところに送り込んだ自衛隊の部隊が、水を供給したり、現地の人々と交歓する様子を、マスコミを通じて流して、「軍事活動」ではないことをアピールしようとしている。
 まあ今のところやっていることは、「人道支援」に見えるけれども、アメリカに痛めつけられた、もしくは痛めつけられている現地の人々、イスラム圏の国々はどう思っているのか。それを十分に把握するのは困難な気がする。アメリカに追従して、イラク攻撃を正当化する発言を繰り返してきた日本としては、背中が寒い感じもするのではないか。
 さて名指しでテロ予告されたのを受けて、各駅のゴミ箱や、コインロッカーなどを封鎖している。不便なことこの上ない。
 だが、こんなことでテロは防げるのか?。その疑問はまるっきりぬぐえない。第一テロリストが、駅のゴミ箱に封がしてあるのを見て、それでテロをあきらめるのだろうか。素人考えだが、それはないだろうと思う。
 仮に私がテロリストで、例えば「駅のゴミ箱に化学兵器をまいてこい」と言われたとして、ゴミ箱が無くなっていたり、封鎖されていたからと言って、まあやめておこうとは考えないだろうと思う。テロリストなどというものは、なってみたことは無いけれど、自分達の信念のためには、命さえなげうつ覚悟の連中である。そうでなかったら、自爆テロなどできるはずもない。またそういうように「教育」されているだろう。
 そうして考えると、テロ予告に対して、警備を増やすといったことは、少しは効果があるかもしれないが、少なくともゴミ箱に封をして…などというのは、むしろ日本国内の国民向けパフォーマンス、と考えて良いと思う。
 ただ、ではそれ以外に有効な手だては?となると、それはなかなかに難しいのも事実だ。テロをするぞと言われて、させないようにするのは、その場で阻止は出来得ないだろう。そう考えると、かの予告が、どのくらいの真実味をもっているのか、今の段階ではわからないけれども、恐ろしくないかと言われれば嘘になる。
 東京のど真ん中でテロが起きれば、その被害は想像を絶する。地下鉄サリン事件でも、未だに後遺症に悩む人が少なからずいると聞くから、直接間接に被害を受ける人の数は、東京が人口密集地であることも手伝って、未曾有の数にのぼるだろう。したがって、絶対にテロを実行されてはならないが、スペインの列車爆破テロや、各地で起こっている自爆テロなどを見ていると、実力阻止はまずできないと考えるべきだろう。結局対策は、やらせないようにするしかない。
 スペインでは、列車爆破テロを受けて、政権が交代するほど、国民はショックを受けた。そして場合によっては、イラクに駐留しているスペイン軍を撤退させると言っている。明日日本がテロを受けないという保証がない以上、アメリカに何と言われようと、自衛隊を引き上げる決意も必要になってくるだろう。
 テロに屈するのか?という人もいる。しかしこれは、信条も意見も異なる様々な人々が、いっしょくたに巻き込まれる以上、屈するか屈しないかの、0と1の議論ですまされないのではないか。
 もしスペインや、地下鉄サリン事件規模のテロが起こったとすると、被害は計り知れないだけに、テロリストになるべく口実を与えないことが必要だ。それこそが外交であり、政府の責任ではないのか。市民の安全な生活を担保できない政府は、そもそも政府たり得ない。そのことを小泉首相や外務大臣らは肝に銘じるべきだ。
 ところで首相や官房長官は、「もしテロが起きたら…」というような記者の質問に対して、「仮定の話には答えられない」とか言っている。
 しかし人間は、「仮定の」生き物であって、日々の行動は、仮定の上に成立している。例えば「もし急行電車が来たらそれに乗ろう」、「もし武豊が騎乗すれば、ハルウララも勝てるんじゃないか?」、「もし明日晴れるなら、○○へ行こう」、「もし飛車の前に香車を打ってくるなら、角で王手だ」…。
 …とまあ、手近な例を挙げても、人は未来に起こるであろう現象を、ある程度予測して、次の行動を決めている。「もしテロが起こったら…」と、考えないものはいない。それなのにこの国を動かしている当事者達が、「仮定の話には答えられない」などというのは、まったく無責任な答弁で、国民を馬鹿にしているのではないかとすら思える。
 実際のところは「もしテロが…」というときの、自らの進退も含めた対応は、考えているのかもしれないが、いささかあの答えでは、答弁になっておらず、為政者としては薄っぺらい。
 私自身新宿に行くことは多いが、雑踏を歩きながら、「ここでもし…」と考えないわけでもない。ふと回りを見渡しても、特に不審な人がいるわけではないが、逆に言えば、テロはこっそりと何気なくやってくるものだと思う。
 かつて国内でも、ビル爆破テロと呼べる事件があった。それにしたって、不審な人物に気付いて、それを追いかけたところでテロが起こったというわけではない。誰も気付かないうちに、「ドン!」といっているわけである。そういう「不意打ち」で、全く無関係な人々が巻き込まれるところに、テロの怖さがある。アメリカの姿勢を批判した人も、そうでない人も、みんな無差別に巻き込まれてしまうのだ。
 先のゴミ箱封鎖も、結局気分の問題なのだと思う。そうすることで、じわりと忍び寄る「恐怖心」を払拭しようとしているに過ぎないのではないのだろうか。
 このように国民に「迷惑」と「恐怖心」を、押しつけているのは誰か?。もちろん直接的にはテロを予告した連中だが、突き詰めて考えれば、アメリカのイラク攻撃をいち早く支持し、自らの右傾的信条を満足させるために、ブッシュの戦略にはまった首相と、その取り巻き連中ということになる。飛んで火にいる夏の虫とは、まさにあのことであった。
 これでテロがもし起これば、腹を切るくらいの覚悟を、アメリカ支持の姿勢と、イラク自衛隊派遣に賛成した人々は、持っていていただきたいものだ。

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