寝台特急彗星号

 国鉄〜JRに続く寝台列車で「彗星」という名前の列車がありました。最近の寝台列車退潮の流れで、2005年9月末で廃止されましたが、せっかくの「彗星」つながりでもありますので、そんな寝台特急「彗星」にまつわるグッズや、列車の画像などを紹介します。

 もともと「彗星」の名前は、夜空をイメージするものとして、1950年代に新設された、東海道線の急行列車に名付けられたのが始めのようです。そのころの運転区間は、東京−大阪間でありました。新幹線がなかった時代、かつ東海道線でも一部の区間は電化されていませんでしたから、蒸気機関車が客車を引っ張る、「星のトレイン」?のような形態だったようです(かなり隔たりがありますが…(笑))。

 その後新幹線の開通でいったん「彗星」の名称は消えたあと、大阪から九州へ向かう夜行列車の名称として復活します。一時期は5往復も運転された、新大阪−宮崎間を結ぶ寝台特急列車に昇格しましたが、新幹線の博多開業、その後の夜行バスや設備の陳腐化など、利用客の高速化志向により、次第に列車本数削減→編成短縮を経て、「あかつき」号との併結運転、さらに廃止へと向かったわけです。最後の姿はわずか4輌編成で、最短の寝台特急になってしまっていたのでした。


新大阪駅での寝台特急「彗星/あかつき」号の画像

 新大阪駅で発車待ちの、寝台特急「彗星/あかつき」号。機関車は国鉄が設計した、最も強力な電気機関車EF66形です。元は高速貨物列車用でしたが、高速性能を買われて、寝台特急にコンバートされました。
 なお、以前「彗星」は単独の列車でしたが、編成短縮とともに、「あかつき」号と連結して運転されるようになり、晩年はこの姿でした。ヘッドマークも2種類の列車名が併記されたものになっています。画像提供:ED 23-901氏。


大カーブを行く寝台特急「彗星/あかつき」号の画像です

 大きなカーブを曲がって突進する、寝台特急「彗星/あかつき」。機関車を除いて、手前の白い車から7輌が「あかつき号」、奥側の4輌のみが「彗星号」です。「彗星」には、“ソロ”と呼ばれる、B寝台の個室がついています(後ろから2輌目)。画像提供:ED 23-901氏。


寝台特急「彗星/あかつき」の画像です

 これらの画像は、在阪の友人ED 23-901氏に提供をお願いしました。すぎたまは都内在住のため、さすがに大阪以西まで、撮影には行かれませんでした…。この画像で手前よりは「あかつき」号ですが、一番手前に目立つ白と赤・青のトリコロールカラーの車は、「レガートシート」と呼ばれる、夜行バスに対抗するための、ゆったりした座席車です。そのため、厳密には「寝台車」とは言えないのですが、女性専用席を備え、毛布を掛けてリクライニングシートでゆったり休めるようになっており、座席は独立した3列です。この車輌は、「彗星」の廃止後も、「なは/あかつき」として、活躍を続けています。ぜひ視読者諸氏も、乗ってみてください。画像提供:ED 23-901氏。


寝台特急「彗星/あかつき」の画像です

 望遠でねらった「彗星/あかつき」。いずれも下り列車のため、手前が「あかつき」になっています。このように撮影してみると、窓の高さがいろいろであるのがわかりますね。画像提供:ED 23-901氏。


寝台特急「彗星」号の画像です

 後ろからねらった寝台特急「彗星」。この日は5輌編成になっているようですね。季節増結でしょうか。手前から5輌が「彗星」、向こう側が「あかつき」です。このように最後尾には、下りでは「彗星」を、上りでは「あかつき」を表示しての走行となります。一番手前はスハネフ15形。画像提供:ED 23-901氏。



 国鉄時代の「彗星号」もご紹介します。

国鉄時代の581系による寝台特急「彗星」の画像

 大阪駅で出発を待つ、581/583系寝台電車による「彗星」。この時代には客車による列車と、この画像のような「電車」による列車の2通りが設定されていました。1983年10月29日、大阪駅。「Fコレクション」より。



 

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