その先のコメットさん☆へ…2007年第1期

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。このページは2007年第1期分のストーリー原案で、第285話〜第296話を収録しています。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第285話から全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。

話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第286話

雪降る夜のぬくもり

2007年1月中旬

コメットさん☆・ラバボー・ラバピョン・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ケースケ・王妃さま・王様

第288話

スイセンの花束

2007年1月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・ケースケ・景太朗パパさん・中山さん・ラバボー

第289話

雨の春一番

2007年2月上旬

コメットさん☆・ケースケ・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ケースケの母

第290話

夜のファンタジー

2007年2月中旬

コメットさん☆・ケースケ・ツヨシくん・メテオさん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ネネちゃん・スピカさん・留子さん・ムーク・江の島の人たち

第291話

過ぎていく冬

2007年2月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ケースケ・スピカ(美穂)さん・修造さん・みどりちゃん

第293話

夕映えの空

2007年3月上旬

コメットさん☆・ケースケ・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん

第294話

海の向こう

2007年3月中旬

コメットさん☆・ケースケ・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ケースケの母・ラバピョン・ラバボー・王妃さま・メテオさん・留子さん

第295話

さよならの春

2007年3月中旬

コメットさん☆・ケースケ・ケースケの母・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ネネちゃん・ツヨシくん・ラバボー・ラバピョン・メテオさん(・万里香ちゃん)

第296話

はるかなるハモニカ星国(春のスペシャル)

2007年3月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・メテオさん・プラネット王子・王様・王妃さま・スピカさん・ヒゲノシタ・星の子たち・星ビトたち・縫いビトたち・ラバボー・ラバピョン・星国の料理長・ハモニカ星国鉄道庁指令室長・星国の大臣たち(・ケースケ)

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★第286話:雪降る夜のぬくもり−−(2007年1月中旬放送)

 先週は成人式であった。コメットさん☆は、着物を着た新成人たちが、街を歩いているのを見た。コメットさん☆自身は、地球の暦で2年に一度しか歳をとらないから、成人式があるとすれば、それはずっと先のことである。しかし、思い出してみれば、ケースケは今年成人式なのだった。つまりもう20歳になったということ。コメットさん☆からすれば、なんだかずっと大人のようにも思える。しかし一方で、「大人になる」とは?、「成人する」とは?、という疑問もわく。それはいったい、何をもってそう言えるのだろうか。ケースケがオーストラリアに行くかどうか、自分で決めるということが、「大人」ということなのだろうか。それもまた、コメットさん☆にとって、なんとなくすっきりしない疑問の一つではある。

 関東地方で、積もるほど雪が降るのは、北西部や山間部を除くと、それほど多くない。一度も積もることなく、冬が終わることすらあるのだ。しかし今冬は年末から年始にかけ、このあたりとしては珍しく、交通機関に影響するほどの雪が何度か降ったりした。

 コメットさん☆は、時々ヒマがあると、家の門の前から、坂道の下にある道路まで、掃除をする。特にそうして欲しいとか、そうしなさいと言われたわけではなかったが、ツヨシくんやネネちゃんといっしょにしているうちに、すっかり習慣になってしまった。そうして今日も、少しばかり日が傾きつつある午後、竹ぼうきを持って、玄関の門を開け、前の道の掃き掃除を始めた。真冬になったとはいえ、まだまだ落ち葉が風にのって飛んでくる。もう少しすると、ツヨシくんとネネちゃんが、学校から帰ってくるはずだ。

(景太朗パパさん:コメットさん☆、今日は寒いから、掃除しなくてもいいよ。)

(コメットさん☆:でも…、今日は天気いいですから。)

(景太朗パパさん:天気予報では、夜から崩れるとか言っていたよ。)

(コメットさん☆:そうなんですか?。…それでも、一応やっておきます。)

(景太朗パパさん:そうか。悪いねぇ、いつも。あんまり冷えすぎないようにね。)

(コメットさん☆:はいっ。)

 コメットさん☆は、景太朗パパさんとそんな会話を交わしたのだった。それに、今日はラバピョンが来ている。実のところラバピョンは、このところコメットさん☆のことを心配して、ちょくちょく来ていた。とは言え、大好きな天丼を食べたりもするのであったが…。今夜もまた、ラバピョンと楽しいおしゃべり、ちょっとは秘密の話が出来るかと思うと、それはコメットさん☆にとって、楽しみなことだった。コメットさん☆は、ラバピョン、ラバボーといっしょに、ガレージの前から順に下へ向かって、道のすみにたまった落ち葉を掃き出していく。冬の乾いた風は、時折やや強めに吹く。それはコメットさん☆のコートの隙間を駆け抜けていく。コメットさん☆は、冷たいと感じながらも、一生懸命掃除を続けた。

コメットさん☆:はあっ…。やっぱり、結構寒いね。

ラバボー:姫さま、あまり無理しない方がいいボ。

 ラバボーも、コメットさん☆を手伝うように小さな熊手で、道のすみにたまった落ち葉の残りをかき出しながら、コメットさん☆に呼びかける。

コメットさん☆:え?、別に無理はしてないよ?。

ラバボー:…ボーには、わかるボ。

コメットさん☆:……。

 ラバボーの気遣いはわかったが、コメットさん☆は何も答えずに手を黙々と動かした。そのほうが体が温まる。そんな様子を、ラバボーの近くでじっと見ていたラバピョンが、口を開いた。

ラバピョン:姫さま、私とくっつくのピョン。

コメットさん☆:えっ?。

ラバピョン:ほらっ。

 コメットさん☆は、ラバピョンの言葉の意味が一瞬わからないでいると、ラバピョンは言うが早いか、コメットさん☆の肩にのった。そしてふわふわの毛で包まれた体を寄せる。ラバピョンは、毛皮を着ているのと同じである。ラバボーも同じは同じなのだが…。

コメットさん☆:わはっ…。…あったかいね。

 ラバピョンは、このところどこか元気がないコメットさん☆のことを、やはり心配していた。もちろんそれは、ラバボーも同じ。しかしラバボーは男だから、コメットさん☆にどう言葉をかけていいか、わからないところもあって、少々困り気味だったのだ。

ラバピョン:姫さま、私重いのピョ?。

コメットさん☆:ううん。そんなことないよ。ラバピョン軽い。

 コメットさん☆はそう答えると、ラバピョンを肩にのせたまま、ほうきをせっせと動かした。

ラバピョン:ラバボー、こっちピョン。

 ラバピョンは、ラバボーに合図した。それと同時にコメットさん☆の胸元に入り込む。

ラバピョン:それっなのピョン!。

ラバボー:じゃあ、ボーも。

 ラバボーは熊手を置いてジャンプすると、コメットさん☆のコートに付いている、背中のフードにすぽんと入り込む。

コメットさん☆:えっ?、えっ?…。わはっ、あっ、あはっ、くすぐったい…。

 コメットさん☆は、ちょっとびっくりして手を止めるが、ラバピョンがコートの胸元ボタンの間から顔を出してコメットさん☆のことをじっと見ると、にこっと微笑んだ。

ラバピョン:このほうが、あったかいのピョ?。

コメットさん☆:ふふふ…。そうだね。あったかいね。ラバピョンも、背中のラバボーもあったかい…。

 コメットさん☆は、少しばかり恥ずかしそうに笑いながらも、ラバピョンにほおを寄せた。お互いの体温は、冬の風にも温かい。しかし、ほうきを手にしたまま、ふと空を見上げたコメットさん☆は、ぽつりと言った。

コメットさん☆:あ…、なんだか暗い雲が…。

 ラバピョンとラバボーも、それにつられて空を見上げる。

ラバピョン:あれは雪雲なのピョン。たぶん夜までには雪が降ってくるのピョン。

 森の妖精ラバピョンも、鎌倉よりは雪の深い信州に住んでいるだけあって、雪の気配には鋭い。

コメットさん☆:やっぱりそうなんだ…。どうしようかな…。

ラバボー:急いで終わらせるボ、姫さま。

コメットさん☆:そうだね。そうしよう。

 コメットさん☆は、そう答えると、ほうきをさっきまでより手早く動かし始めた。

 ちょうどそのころ、景太朗パパさんは仕事が一段落したので、リビングへ来てコーヒーを飲んでいた。景太朗パパさんの事務机がある部屋も、やや北よりにあるから、この季節は足元が少々寒い。そのために、ついつい部屋を出てうろうろするような「休憩」が多くなる。そんな景太朗パパさんも、ふとコメットさん☆のことが気になり、コーヒーカップを持ったまま、廊下を歩いて玄関に通じる角まで来て、背伸びするように外の様子をうかがった。かろうじて門の向こう、坂道が見える。

景太朗パパさん:んん?。

 なんだかコートがもこもこになっているコメットさん☆の姿を見て、景太朗パパさんは不思議に思い、もっと目をこらした。

景太朗パパさん:あ…、あれ、ラバピョンちゃんとラバボーくんじゃないか…。まずいよなぁ、人に見られたら…。あははは…。それにしても…、今日は一段と冷え込むな…。空にも雪雲が出ている…。予報の通りになりそうだな。もう呼び戻すか…。

 景太朗パパさんは、胸元にラバピョン、背中にラバボーを入れたまま、せっせと掃除を続けるコメットさん☆を見て、苦笑いを浮かべた。回りの家から見たら、ラバボーとラバピョンのことをどう思うだろうと、一瞬心配にもなったが、まあこんな季節、わざわざ坂道をのぞき込む人もいないだろうと思い直した。そしてコーヒーカップをリビングのテーブルに置くと、コメットさん☆たちを呼び戻そうと、玄関へ歩いていった。

コメットさん☆:もうこのくらいにしようか。「み」に集めようね、落ち葉。

ラバボー:「み」って何だボ?。

コメットさん☆:このちりとりの大きいのみたいなのだよ。

 「み」は箕と書く。竹で編むか、プラスチックを使って、ちりとりを巨大化させたような形に成形したもの。落ち葉やたい肥を集めたり、草取りをしたときに取った草を入れておいたりする。藤吉家にあるのは、プラスチックのオレンジ色のだ。

ラバピョン:スピカさまのところでも、みどりちゃんがそりにして遊んでいるのピョン。

コメットさん☆:へえー、そうなんだ。うふふ…。楽しそう。

ラバピョン:最近姫さまも、あんまりみどりちゃんと遊べないのピョン?。

コメットさん☆:うん。みどりちゃん昼間は保育園に行っているし…。それに…。

 コメットさん☆がそう言いかけたとき、玄関のほうから呼ぶ声がした。

景太朗パパさん:おおい、コメットさーん☆、もうそれくらいにして、家にお入り。雪が降ってくるかもしれないよ。

コメットさん☆:あ、はーい。

 声の主は景太朗パパさんだった。コメットさん☆は、急いで「み」に取った落ち葉を持つ。するとラバピョンとラバボーは、コメットさん☆のコートから飛び出してほうきと熊手を持った。景太朗パパさんは、そんな様子に、ちょっと微笑んだ。

 

 日がだいぶ傾く頃、ツヨシくんとネネちゃんが帰ってきた。

ツヨシくん:ああ寒い寒い。

景太朗パパさん:なんだ、子どもらしくないぞ、ツヨシ。

ネネちゃん:そんなこと言ったって…。今日はなんだかとても寒いよ、パパ。

景太朗パパさん:うーん、そう言われればそうだなぁ。雪が降りそうなんだよ。

ツヨシくん:えっ?、また雪降るの?。やったぁ!。

ネネちゃん:ツヨシくん、また雪降ったら、雪遊びしようとか思っているでしょ。

ツヨシくん:なんだよ、ネネはしないのか?。

ネネちゃん:私も、えーと、…するけどぉ。降ればね。

ツヨシくん:どうなんだろ?。本当に雪降りそうなのかな?。…なんだか、空はいつもより暗いな…。

 ツヨシくんは、リビングの窓から、空を見上げて言った。冬の真っ赤な夕焼けとは少し違う、鉛色っぽい空に日が沈んでいく。見た感じも寒々とした風景が、窓の外の空には広がっていた。2階の自分の部屋で、本を読みながら一休みしていたコメットさん☆も、ツヨシくんとネネちゃんの声を聞いて、下に降りていこうとして、何気なく窓の外を見たとき、夕方だというのに、いっそう空が暗く濁った色をしているのを見て、やっぱり今夜は雪になるのかも、と思った。そして本を閉じると、席を立った。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃんお帰り。

 コメットさん☆は、1階のリビングに降りていくと、帰ってきたツヨシくんとネネちゃんに声をかけた。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆ただいま。雪が降りそうだよ。

ネネちゃん:コメットさん☆ただいま。寒かったよー。

コメットさん☆:うん。今日は寒いね。私も、前の坂お掃除して、風が冷たかった。

ネネちゃん:えー、一人でやったの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:ううん。ラバボーと、ラバピョンが手伝ってくれたよ。

ネネちゃん:ラバピョン来てるんだー。

コメットさん☆:うん。

ツヨシくん:今日は体育が寒くて…。

ネネちゃん:私も体育は無かったけど…。手を洗う水がとても冷たかったよー。

景太朗パパさん:今日は特別冷たいね。こういうときには、ママも早く帰ってくればいいのにね。雪が降ってきたら、車の運転困るだろう…。

コメットさん☆:そうですね。沙也加ママ心配…。

 コメットさん☆と景太朗パパさん、それにツヨシくんとネネちゃんは、窓から遠く見える海のほうまで見渡した。

 

 沙也加ママさんが帰ってきて、夕食の支度が始まる頃、果たして雪が降ってきた。最初は大粒な雪だったのが、次第にやや細かい粒になり、庭を、道路を、そして街を白く覆いつくしてゆく。コメットさん☆が掃除した坂道も、ガレージの上にあるウッドデッキも、沙也加ママのお店「HONNO KIMOCHI YA」の前も、ケースケのアパート入口も、どんどん雪化粧…。

景太朗パパさん:ああ、せっかくコメットさん☆が、前の道掃除してくれたのにねぇ。雪、やっぱり降ってきたなぁ。

 藤吉家では景太朗パパさんが、窓の外に気付いてつぶやく。

ケースケ:おおー、寒っ。こんな天気なのに、これから学校っていうのは辛いぜ。今日は自転車ってわけにはいかねぇな…。バイクの連中は、どうするんだろうな。

 ケースケもまた、夜間高校の授業に出かけようと、アパートの自室の窓から外を見てつぶやいた。雪は静かに降り積もっていく。

 夕食を終え、ラバピョンといっしょにお風呂に入ると、コメットさん☆はそろそろ着替えて寝る準備。もう窓の外は、真っ暗な闇が支配する世界。しかし今夜は、1階のリビングから漏れる光に照らされ、白く雪化粧したウッドデッキが、青白く浮かび上がる。まだ誰も踏んでいない新雪が、しんしんと絶え間なく降り積もっていく。その光景を窓から見るコメットさん☆は、幻想的な気分になるとともに、少し心細くもなる。どこか寂しいような気持ち…。

ラバピョン:…姫さま、今日は私泊まって行くのピョン…。いいのピョ?。

 ラバピョンが、そんなコメットさん☆の背中を見て、そっとつぶやいた。薄暗くした部屋のベッドで、コメットさん☆は座り込むようにして、窓の外を眺めていたのだ。コメットさん☆はその声に振り向いた。

コメットさん☆:…ラバピョン、心配してくれてるの?。…いいよ。泊まっていって。ラバボーといっしょ。

ラバボー:ラ…、ラバピョンといっしょって…。

 ラバボーは少しばかりにやけている。

ラバピョン:じゃあ、姫さまいっしょに寝るのピョン。

 ラバピョンはそんなことを言い出す。なんだか今日のラバピョンは、やたらくっつきたがるように見える。しかし、それはコメットさん☆の、少しばかり風が吹いているかのような心を、少しでも温めるための配慮なのであった。

コメットさん☆:えー?、うふふふ…。…それでもいいかな?。ラバピョンあったかいから…。

ラバピョン:ラバボーもいっしょに寝てもいいのピョ?。

コメットさん☆:わはっ…。ちょっと恥ずかしいけど…。いいよ…。みんなで寝よっ。

 コメットさん☆は、少しほおを赤らめながら、毛布をめくると、枕を並べた。そして毛布を掛けて横になると、右手にラバピョン、左手にラバボーを抱え、まるでぬいぐるみのように体に寄せた。ラバボーは、少々ドキッとしながらも…。

コメットさん☆:わあ、こうしてるとあったかいね。…ラバピョンもラバボーも、…ありがと。なんだか、心配させちゃっているね…。

 コメットさん☆は、両手に抱いたラバピョンとラバボーに、小さい声でお礼を言った。

ラバピョン:姫さま、そんなの気にしないでなのピョン。私でよければ、いつでも遊びに来るのピョン。お泊まりもするのピョン。

ラバボー:姫さま、そんなに寂しがらないでだボ。

コメットさん☆:うん…。ありがとう。

 ふいにコメットさん☆は、窓の外を見た。今夜はまたたく星たちのかわりに、空からちらちらと雪が舞う。時に冬の風に流されるようにしながらも、あとからあとから降り積もる。明日はこのようすだと、雪かきと雪合戦かもしれない。コメットさん☆は、メモリーボールを記録状態にすると、一言語りかけた。

コメットさん☆:お父様、お母様、おやすみなさい。

 そしてすぐに切って、しっかりラバピョン、ラバボーを抱きしめた。そして目を閉じる。

 星国では、一瞬メモリーボールモニタが、コメットさん☆の「おやすみなさい」の言葉を映し出した。王様と王妃さまは、夜のお茶を飲んでいたのだが、びっくりしてモニタを見た。そこには、ラバピョンとラバボーを、ぬいぐるみのように抱いて寝るコメットさん☆の姿がちらりと映った。

王妃さま:まあ、あの子ったら…。もう大きいのに…。

王様:ほっほっほ…。まあ良いではないか。きっと姫も寂しいのであろう。

王妃さま:でも、もう15歳にもなるのに…、同じベッドでラバピョンとラバボーを抱っこして…。

王様:…それだけまだ、子どもっぽいところが残っているということじゃろう。わしはそれはそれでいいと思うがなぁ。

王妃さま:まあ、あなたったら。コメットにはべったり甘いのですね…。うふふふ…。

 王妃さまは、仕方なさそうに笑った。一人娘であるコメットさん☆に、いつも甘い王様。それにはそれで特別な意味があるのだろうと思いながら…。そして、コメットさん☆の「幼心」も、時には大切な感性の一つかもしれないと思いつつ…。

 コメットさん☆は、少し気恥ずかしいとは思いながら、ラバピョンとラバボーを両脇に抱える。最初はちょっと緊張して、なかなか眠れないかなと思っていたが、やがて互いのぬくもりは、心地よい眠りにコメットさん☆を誘う。…いや、三人ともあたたかいベッドの中で、眠りに落ちていった。コメットさん☆にとって、ラバピョンとラバボーは、同じ星ビトとして、その気持ちを理解し合える、単なる友だちを越えた存在なのかもしれない…。

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★第288話:スイセンの花束−−(2007年1月下旬放送)

景太朗パパさん:うーん、どうもうまくないなぁ。

コメットさん☆:どうして、こんなに葉っぱの先っぽが、枯れちゃうんだろう…。

ツヨシくん:それはね…。

景太朗パパさん:おっ、ツヨシわかるのか?。

ツヨシくん:あははは…。ぼくにもわからない。ちょっと言ってみただけ。

景太朗パパさん:なんだよ、しょうがないな。

ネネちゃん:ツヨシくん、思わせぶりに言い過ぎっ!。

ツヨシくん:なんだよう…。言ってみただけじゃんかぁ。

 景太朗パパさんと、ツヨシくん、ネネちゃん、そしてコメットさん☆の4人は、庭に置かれたプランターを見つめて、思案にくれていた。

 去年の秋に球根を植えたスイセン。「ジョンキル」という品種で、細い葉っぱが伸びて、とても香りのいい花が咲くもののはずなのだ。しかし、藤吉家で買って植えた球根は、芽は出て葉っぱが伸びたものの、背も低くていっこうに花が咲く気配がない。それどころか、葉っぱの先が枯れたようになってきてしまったのだ。予定では、もうとっくに花盛りになって、庭にはいい香りがあふれているはずなのに…。

景太朗パパさん:まったく咲いてないわけじゃないね。

ツヨシくん:でも…、ほんの少しだよ?。

コメットさん☆:数輪しか咲いてない…。

ネネちゃん:こんなもんなの?。

景太朗パパさん:いやいや、こんなはずはない。

 景太朗パパさんは、困った顔で答えた。

景太朗パパさん:本で見たりしたけど、もっとどんどん咲いて、だいたい1つの株に3個から5個くらいは花が付くはずだもの。そうなっていないってことは、何かまずいことがあるんだろうね。

ツヨシくん:植物は、しゃべってくれないものね。

ネネちゃん:動物だってじゃん。ネコもイヌもリスも、何も言わないよ?。

ツヨシくん:まあ、それはそうだけどさぁ…。

景太朗パパさん:しょうがないな。もうしばらく様子を見ながら、ぼくも調べてみるよ。

 景太朗パパさんは、冬の日の光を仰ぎ見るようにしながら、日当たりが悪いはずはないのだが…と思っていた。

景太朗パパさん:(スイセンが冬に弱いはずもないし…。)

 そうも考える。

 この冬は、やや暖冬気味などと言われているが、やっぱり寒いときは寒い。だが、スイセンの球根は、よほどのことがない限り、寒さでどうにかなったりはしない。景太朗パパさんは、原因として考えられることを調べてみることにした。

 コメットさん☆は翌日、いつもよくそうするように、沙也加ママさんのお店へ手伝いに行った。

コメットさん☆:スイセンがあんまり咲かないです、沙也加ママ。

沙也加ママさん:そう。どうしたのかしらね?。大きいスイセンも?。

コメットさん☆:あ、大きいのはしっかりしてます。つぼみはまだみたいだけど…。

沙也加ママさん:そっか。大きいスイセンは、もう少しあとよね。ということは、あの小さい「ジョンキル」だけ?。

コメットさん☆:ええ。

沙也加ママさん:まだよくわからないなぁ…。去年から植えたばかりだから…。球根のものは、たいてい1年目は少なくともうまくいくものなんだけど…。

コメットさん☆:そうなんですか?。

沙也加ママさん:2年目以降は、少し手をかけてやらないと、花の数が少なくなっちゃうとか、球根がだめになってしまって、咲かないっていうこともあるけどね。

コメットさん☆:どうしてだろ?。

沙也加ママさん:土が良くないとか、肥料が足りないとか。その時々によって違うから、なんとも言えないわね。でも、その「ジョンキル」は、いきなりよく咲かないっていうのがわからない…。

コメットさん☆:ええ…。

沙也加ママさん:まあ、仕方ないわよ。ちゃんと世話したのに咲かないのは、何か失敗しているんだろうけど、それを来年に生かすしかないわ。

コメットさん☆:…やっぱり、そうなのかなぁ…。

 コメットさん☆は、レジ脇の壁を背にして立ち、少しがっかりしたような顔で答えた。

沙也加ママさん:そういえば…。スイセンの花言葉って知ってる?。

コメットさん☆:花言葉、ですか?。えーと、自己愛…だったかな?。

沙也加ママさん:さあ、どうかなぁ?。それも合っていると思うけど…。

 沙也加ママさんは、レジ台の下から、なんと「花言葉辞典」という本を取りだした。いろいろな花の、「花言葉」ばかりが書かれている本。

コメットさん☆:えっ?。そんなのあったんですか?。

沙也加ママさん:そうねぇ。雑貨にお花をモチーフにしたものってあるでしょ?。そうすると、時々尋ねてくるお客さんがいるのよね。

コメットさん☆:はあ。

沙也加ママさん:それで、最近用意するようにしたわけ。コメットさん☆も、必要なら使ってね。

コメットさん☆:はい。わかりました。

沙也加ママさん:別にお客さんにばかり使わなくてもいいわよ。

コメットさん☆:え?、あ、はあ…。

 コメットさん☆には、他に使う必要があるとも思えなかったが…。

沙也加ママさん:さて…、それでスイセンの花言葉で、「自己愛」以外は…。…へえ、黄色いスイセンには「私の元に帰って」とか、ラッパズイセンには「心遣い」なんていうのもあるのね。

コメットさん☆:私の元に…。

 コメットさん☆は、あまりにあからさまなので、ちょっと意外に思った。そしてあまりはっきりとした返事が出来なかった。

 そのころ、景太朗パパさんは、仕事が詰まっているわけではなかったから、建築の仕事で、建物回りの植木や花壇の工事をしてもらう「中山造園」の中山さんに会いに行っていた。特に重要な用事ということはなく、スイセンのことを聞いてみようと思ったのだ。

中山さん:なるほど。ま、どうぞ。

 中山さんは、景太朗パパさんを事務所の応接スペースに通し、来訪の理由を少し聞くと、コーヒーを入れてからさらに話を聞いてくれた。

景太朗パパさん:ああ、すみません。どうかお構いなく。ガーデニングの私的な話ですし…。

中山さん:まあいつものおつきあいじゃないですか。それで…、葉っぱの先が枯れて、花数が極端に少ないんですね。

景太朗パパさん:ありがとうございます。…ええ、こんなはずじゃなかったんですけどね。

中山さん:うーん、土のこともあるでしょうけど…、葉っぱの先が枯れるのは、もしかすると葉枯病という病気かもしれないですね。花数が少ないのは…、浅植えしすぎじゃないですかね?。

景太朗パパさん:浅植えですか?。

中山さん:ええ。スイセンの球根は、ある程度深めに植えて、上にたっぷり土の層を作ってやらないと、分球と言って、球根が成長する過程で小さく分かれて、一つ一つが小さくなり、花が咲くほどの力がなくなってしまうことがあるんですよ。

景太朗パパさん:あー、そうなんですか?。もしかすると、その辺はいい加減になっていたかもしれないなぁ…。

中山さん:そうだとすると、今から回復は難しいですから、今年はなるべく球根を太らせるしかないですねぇ。来年に期待ってところでしょうか。

景太朗パパさん:はあ、わかりました。ありがとうございます。

 景太朗パパさんは、出されていたコーヒーをすっと飲んだ。

 他にも少し話をして、中山造園の事務所をあとにした景太朗パパさんは、鎌倉の駅まで出た。由比ヶ浜まで歩けば、沙也加ママのお店があり、夕方まで待って、車で帰ることも出来るが、その前にツヨシくんとネネちゃんが学校から帰ってくる。その時に家にいた方がいいだろうと思い、鎌倉駅に向かったのだった。

 冬の鎌倉駅は、春から秋までと違い、ややすいている。鎌倉は、気候が悪いところではないが、さすがに真冬は観光客も少なくなるのだ。そんな様子を感じながら歩いていた景太朗パパさんは、ふと「ついでだから、ちょっとしたお菓子くらい買って帰ろうか」と思い、小町通りに入った。

景太朗パパさん:(さーてと…、何を買うかな。今日は、和菓子にしてみるか。)

 景太朗パパさんは、小町通りの入口から歩き出し、そんなことをぼうっと考えていた。

景太朗パパさん:…おや?。

 小町通りの入口近くには、花屋さんがある。そこの前を通り過ぎようとして、店頭のバケツ形容器にたくさん入った、短めの黄色い花を見つけた。

景太朗パパさん:あれは…、ジョンキルだな。うーん、やっぱりプロはうまく咲かせるものだなぁ…。

 とその時、景太朗パパさんには、ちょっとしたアイディアが浮かんだ。そして、さっと駅のほうへとって返すと、急いで江ノ電に乗って家に帰った。

 

ツヨシくん:今から出かけるの?、パパ。

ネネちゃん:ママのお店に行くの?。

景太朗パパさん:いや、ママのお店に行っても、全員車で帰れないだろ?。

ツヨシくん:一応そうだね…。

ネネちゃん:電車で行って、電車で帰るの?。

景太朗パパさん:そういうことさ。

 ツヨシくんとネネちゃんは、顔を見合わせた。何しろ、学校から帰ってきたら、家にいた景太朗パパさんから、「江ノ電で鎌倉駅に出よう。それで、ちょっとした買い物はどうだ?。」と言われたのだ。二人はよく意味がわからないまま、稲村ヶ崎駅まで歩き、やって来た鎌倉行きの電車に乗った。

ツヨシくん:パパ、何を買いに行くの?。いまさらだけどさ。

ネネちゃん:うん。私もわからない。…もしかして…、お菓子!?。

 ネネちゃんは、ちょっと期待したような顔で言う。

景太朗パパさん:ああ、お菓子もいいな。…でもね、今日パパは中山造園の中山さんに会ってきたんだ。

ネネちゃん:造園の人?。

ツヨシくん:えーと、ほらネネ。倒れたモノレール駅前の桜の木を、うちまで運んで植えてくれた人。

ネネちゃん:ああ、あのおじさんかぁ。

景太朗パパさん:うん。思い出したね。その中山さんに、うちのスイセンが元気ないって言ったんだよ。そうしたら…。

ツヨシくん:そうしたら?。

ネネちゃん:もうダメなの?。

景太朗パパさん:まあ結論を急ぐなよ。どうも植えたときに、もっと深く植えないといけなかったらしい。

ツヨシくん:深く?。もっと深く泥を掘るってこと?。

景太朗パパさん:そういうことかな?。そうでなければ、もっと土をかけるっていうこと。

ネネちゃん:そうなのかぁ…。だから咲かないの?。

景太朗パパさん:もしかすると病気かもしれないけど、そうでなければ、浅く植えると、球根がバラバラに分解しちゃうんだってさ。

ツヨシくん:えー?、球根って、そんなパズルみたいになっているの?。

景太朗パパさん:パズルってわけじゃないんだけどさ。どうしてか、パパにはわからないけど、小さく分かれて、子どもの球根に戻っちゃうっていうか…。そんな感じらしい。

ネネちゃん:ふぅん…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、今ひとつわからないでいた。

景太朗パパさん:まあ、そういうわけだから、うちのスイセンは、今年はもうあまり咲かないようだよ。

ツヨシくん:えー、そうなのかぁ…。なんか残念だな…。せっかく世話したのに。

ネネちゃん:ねー。なんだぁって感じ。

景太朗パパさん:まあしょうがないさ。そういうこともある。植物も動物も、自然の生き物なんだから。世話をしたつもりが、うまく行かないこともあるさ。

ツヨシくん:…そうだね。

 ツヨシくんは、電車の窓から見え隠れする夕日を、ちょっと見た。

ネネちゃん:ヒヤシンスの水栽培より難しい…。

 ネネちゃんも、両手をイスについて、長パンツの足をぶらぶらさせながら言う。

景太朗パパさん:ちょっとパパもがっかりってところだな…。でもね、これから花屋さんに行く。

ツヨシくん:花屋さん?。

ネネちゃん:いまからどうするの?。

景太朗パパさん:ま、パパも考えたわけだよ。

 ツヨシくんとネネちゃんは、また顔を見合わせた。

 一時間くらいたった頃、三人は帰りの電車に乗っていた。もう日は暮れて、夕闇の世界。通勤・通学の帰りの人々で、電車は少し混んでいた。ネネちゃんは束にしたジョンキルを持っている。透明なシートに包まれ、さらに紙に包まれている。下の切り口のところは、濡らしたペーパータオルで包まれていて、アルミホイルが巻いてある。円錐形の花束を、上からのぞけば、ジョンキルの黄色い小さな花が、たくさん並んで見える。

ネネちゃん:このジョンキルの花束、パパはママにあげるの?。

景太朗パパさん:え?…。いやぁ…、あははは…。これはみんなのためさ。

ツヨシくん:みんなのため?。

 ツヨシくんは、不思議そうな顔をして、景太朗パパさんの顔を見た。電車は、レールの継ぎ目ごとに音をたてて、家の軒先を進む。

景太朗パパさん:ネネは誰にあげる?。

ネネちゃん:えー?、あげる人…。いないよ?。あ、パパにあげようか。ふふふふ…。

景太朗パパさん:お、いいねぇ。あはははは…。ツヨシは…、そうだな、コメットさん☆にあげな。

ツヨシくん:え?、あ…、う、うん。コメットさん☆、喜んでくれるかな?。

ネネちゃん:わあ…、うちの兄貴は、もう本当にコメットさん☆一筋。一途な男ですぅ。

 ネネちゃんがおませな言い方をする。近くに立っていた若い女性がふふっと笑う。景太朗パパさんはそれに気付き、ちょっとばつの悪そうな顔をした。

景太朗パパさん:さ、その続きは帰ってからにしような。

ツヨシくん:うん。そうしよう、パパ。

ネネちゃん:えー、なんでぇ?。

 

 夜になって、コメットさん☆は部屋のチェストの上に、「ジョンキル」をいけていた。花瓶に水をいっぱいに入れ、一握りの小さな花束をさす。コメットさん☆の部屋中に、いい香りが広がる。

コメットさん☆:…ツヨシくんに、もらっちゃったけど…。

 コメットさん☆は、とまどいながらも、ちょっとうれしそうにつぶやいた。コメットさん☆が見入っているジョンキルの花束は、もちろん景太朗パパさんとツヨシくん、ネネちゃんが買ってきたもの。そしてツヨシくんが、コメットさん☆にくれたものなのだ。

コメットさん☆:「はい、コメットさん☆」だって、ツヨシくん…。

ラバボー:姫さまはプレゼントされたのかボ?。

コメットさん☆:うん…。

ラバボー:姫さまも、花には弱いのかボ?。

 ラバボーが、少しばかり冷やかし気味に言う。

コメットさん☆:そ、そんなことないよ。

ラバボー:でも…、いいにおいがするボ。それに黄色がきれいだボ。

コメットさん☆:うん、そうだね。もう春みたいかも…。…わあ、いい香り…。

 コメットさん☆は、にこっと微笑みながらそっと鼻を近づけて香りを嗅ぐ。スイセンの中でも、しっかりした香りを発するジョンキル。部屋の光に照らされて、黄色く光っているかのようにも見える。枯れ草と枯れ木、寒い冬の色あせた世界を、破るかのような輝き。

コメットさん☆:あ…、そうだケースケにもあげようかな…。

ラバボー:…ツヨシくんにもらったのを、かボ?。

 コメットさん☆は、ふと、ケースケにも分けてあげようかと思った。しかしラバボーは、すかさずびっくりした声で言う。それは、ラバボーも男の子だから…。

コメットさん☆:ううん。これじゃなくて、別に買ってだよ…。…でも…、そっか。なんかそれはツヨシくんに悪いよね…。

 コメットさん☆もすぐに、そんな思いつき自体が、ツヨシくんの想いを壊すと気付いた。そして、花瓶を両手で支えると、昼間沙也加ママさんに聞いた、このスイセンの花言葉を思い出した。

(沙也加ママさん:…黄色いスイセンには「私のもとに帰って」とか…。)

 ジョンキルは黄色い。コメットさん☆は、普段花言葉なんて、特別気にしたことは無かったが、今日聞いた言葉を思い出すと、たとえこのスイセンを、別に自分で買うとしても、ケースケにあげるわけには行かないような気がした。花瓶を見つめたまま、コメットさん☆は思う。

コメットさん☆:(そんなこと、私は考えない…。ケースケの、夢だもの…。)

 どうしてもケースケの「この先」と、結びつけて考えてしまうコメットさん☆なのだ。しかしその一方で、ツヨシくんの強い「恋力」も、コメットさん☆の心を揺らし続ける。

 花は人の心に、様々な思いをもたらし、また考えさせる。育て方から、育ち具合、買うとき、あげるとき、もらうとき…。それは、花というものがもつ「人の心に触れる」力なのかもしれない。今夜の藤吉家には、花の持つ、人の心をやわらかにする「かがやき」の力が、満ちあふれているかのようだ…。

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★第289話:雨の春一番−−(2007年2月上旬放送)

 朝食が終わって、ツヨシくんとネネちゃんが学校に行ってしまうと、少しの間景太朗パパさん、沙也加ママさん、コメットさん☆の3人が、たいてい顔を合わせていることになる。もうすっかり家族のようなコメットさん☆は、よく沙也加ママさんのお店を手伝いに行くのだが、それまでのおおよそ40分ほど、支度をしながらも互いに話をしたりする。しかし今日は、珍しく朝から三人でテレビに見入っていた。

お天気キャスター:…今日は、日本海に進む低気圧が急速に発達しますので、それに向かって南風が入ります。関東地方では「春一番」になりそうですが、寒気も残りますので、天気は不安定になり、時に強い雨と、風で大荒れの天気になりそうです…。

 景太朗パパさんは、リビングのいすに座って、そのテレビを見ながら、そばに同じように座る沙也加ママさんとコメットさん☆に、言葉をかけた。

景太朗パパさん:今日は大荒れだってさ。こんな春一番は珍しいね。

沙也加ママさん:そうねぇ…。ああ、ゆううつだわ、そんな天気だと…。

 沙也加ママさんは、テレビから視線を変えずにつぶやく。

コメットさん☆:でも、お休みにしちゃうわけには…。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。でも…、あまり天気がひどいと、車の運転や、お店のウインドウが心配だなぁ。

沙也加ママさん:うーん…。そうね。窓が割れたりは、さすがにしないと思うけど、まわりの物が飛ばされたりしないようにしておかないと。

景太朗パパさん:まあ気をつけてね。

沙也加ママさん:パパは何か予定ある?。

景太朗パパさん:いや、今日はないな。天気がひどくなる前に、ウッドデッキの植木鉢とか、うちで飛ばされそうなものは片づけておくよ。

沙也加ママさん:お願いね、パパ。じゃコメットさん☆、出かけましょうか。

コメットさん☆:はい。

 

 コメットさん☆を乗せた、沙也加ママさんの運転する車は、由比ヶ浜のお店「HONNO KIMOCHI YA」に向かう。稲村ヶ崎駅から国道へ抜け、そのまま国道を逗子方面に向けて走れば、やがて到着する。国道は普段から混雑がひどいので、沙也加ママさんはあまり使わないが、この季節は比較的すいている。沙也加ママさんは、曇った空をフロントグラスの向こうに見て、車のラジオをつけた。

ラジオの天気予報:…神奈川県沿岸、波の高さは4から5メートル、東京湾内でも2.5メートル程度になるでしょう。また、ところにより、霧が出ることがありますのでご注意下さい…。

 ちょうど天気予報の時間だった。沙也加ママさんは、ハンドルを握りながら、それに応えて言う。

沙也加ママさん:大風が吹くのに、霧が出るのかしら?。そういうことってあるのかなぁ?。

コメットさん☆:風が吹いて霧ですか?。確かに珍しいかも…。

沙也加ママさん:とにかく、いろいろな天気が、一度にやってくるみたいな感じってことね。ふう…。気を引き締めて行かないと。

コメットさん☆:はい、沙也加ママ。

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、国道から見える海の波をちらりと見ると、あたかも気持ちを切り替えるかのように言った。海はいつもより濁った色に見え、波は既に高くなり始めていた。

 

 そのころ、ケースケは遅い朝食を取りながら、テレビを見ていた。前日高校に遅くまで残って、先生に相談したりしていたので、帰りが夜遅くなり、今朝は遅い目覚めになった。4年間通った夜間高校も、もうすぐ授業は終わりである。留年することもなく、落とした単位も特にない。だが、その先はどうするか…。オーストラリアに行って、世界大会を目指す。そう決めたはずなのに、いまだに時々その気持ちは揺らぐ。どこかで別の自分が、「それでいいのか?」と問いかけるのだ。

 またそんなことを考えながら、ケースケは、テレビの天気予報コーナーをぼうっと見ていた。

天気予報のコーナー:今日は春一番が吹きそうですが、大気の状態が不安定なため、お天気は、雨・風の大荒れになりそうです。海上、かなり波が高くなりますので、釣りなどの海のレジャー、船舶関係の方はご注意下さい…。

 ケースケは、そんな予報を見て、コーヒー牛乳を一口飲み、つぶやいた。

ケースケ:春一番が吹く時期だな…。事故がなければいいが…。

 彼らしいつぶやきだった。しかしテレビは、次のコーナーに移っていった。

テレビの声:それでは次のコーナーです。次は神奈川の話題、来週はもうバレンタインデーですね。神奈川県藤沢市の江の島では、バレンタインに合わせて、「江の島ファンタジックバレンタイン」という催しが行われます…。

 ケースケは、パンをかじりながら、ふと目を上げて画面に見入った。「バレンタイン」という言葉の響きに、コメットさん☆を思い出した。「なんでここでコメットなんだよ…」とは思いながらも、少し視線を下げて考え込むケースケだった。

ケースケ:江の島でイベントか…。

 ケースケは誰かがそばにいるわけでもないのに、ごまかすようにつぶやいた。

ケースケ:(コメットには、進路を最後に決めたとき、最初に言わなければならないな…。)

 ケースケは、一方で真剣にそうも考えていた。

 午後になると、ケースケは自転車で由比ヶ浜のサーフショップへ出かけた。冬の間も、トレーニングはしっかりやっているつもりだったが、やはり高校の卒業、その先の進路で気持ちが落ち着かないケースケは、今ひとつトレーニングにばかり打ち込めない。オーストラリアに旅立つとすれば、その用意も考えなければならない。だが、とりあえず今日は、青木さんをはじめとした仲間が集うショップへ出かければ、誰かがいるだろうとケースケは思った。そうすれば、気持ちの張りをもらえるかもしれない…。そんな思いから、自転車のペダルに足をかけた。…もっとも、ついでに昼食も食べてこようとも思ったのだったが。

 だが、いつもケースケたちがいつも出入りしているサーフショップも、冬だし、曇っていて寒く、さらには雨が降り出しそうな、それでいて強風が吹きそうなこの天気では、ほとんど人がいなかった。ケースケは、あてが外れて手持ちぶさたになり、マスターと一言二言会話を交わすと、少し早いと思いながらも、昼食のランチセットを注文し、一人携帯電話を持って外に出た。

ケースケ:…母さん、オレ、オーストラリアに行ってもいいかな?。

 珍しくケースケは母親に電話をかけた。めったにしない電話。遠くの小さな漁村に今も住み、もう帰ることのない夫の帰りを、今も待ち続けているかのような、ケースケの母。

ケースケの母:いいよ、お前が決めたことなんだろう?。私はこっちに残ってもいいし、じゃまじゃなければついていくのもいいよ。

 ケースケの母は、電話の息子に向かって、静かに答えた。

ケースケ:…もし、オーストラリアの永住権が取れたら、母さんは…、どうする?。

ケースケの母:それもいいさぁ。お前の人生だ。

ケースケ:…わかった。

 ケースケは、もうしばらく会話したあと電話を切り、サーフショップの入口脇から、目の前に広がる由比ヶ浜の海を見つめた。するとパラパラと、暗い空から雨が落ちてきた。強い南風が吹き出した。それまでとは強さが異なる風。

ケースケ:…春一番、だな。

 ケースケはつぶやく。海は高い波が立って、ざーん、ざーんと音をたてている。強い潮風とともに、細かい砂粒が飛んでくるが、雨はどんどん強くなり、ほどなく砂粒は飛んでこなくなった。サーフショップの軒下も、吹き込む雨でどんどん濡れてくる。

ケースケ:…やっぱ、自転車は無理だったか…。

 ケースケはそうつぶやくと、店内に戻った。ちょうど注文した昼食が、出来上がるところだった。

 同じ由比ヶ浜の海に面して建つ「HONNO KIMOCHI YA」では、コメットさん☆と沙也加ママさんがヒマを持て余していた。強い風が吹いている。空もいっそう暗くなった。

沙也加ママさん:…うーん、やっぱりこんな天気の日は、お客さん来ないわねぇ。ふふふふ…。

コメットさん☆:あはっ…。そうですね。あっ、雨が!。降り出した…。沙也加ママ!。

 みるみるうちに落ちてきた、大粒の雨を見て、コメットさん☆が小さく叫ぶ。

沙也加ママさん:あらっ。…でも、外に置いている物はないわね。大丈夫よ、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ…、そっか…。あははは…。

 コメットさん☆は、いつもは外に出してあるワゴンを心配して、一瞬あわてた。しかし、今日は天気をみこして、店内に置いたままだったのだ。レジから見て、右端の角にたたんで置いてあるのを、コメットさん☆は確かめるように見た。風で飛んでしまいそうな物も、もう沙也加ママさんがさっき裏に片づけた。だからお店の前には何もなく、国道を車が行き来しているだけである。その国道の向こうには、高い波がたつ海が広がっている。ケースケがさっきまで見つめていた同じ海が…。

コメットさん☆:…雨がガラスにまで…。

 コメットさん☆がその先の海を見ていると、みるみるガラスに大粒の雨が叩きつけ始め、それはあっと言う間に縦に流れる筋となり、ガラスをすっかり濡らしていく。

沙也加ママさん:南風よ、南風が吹いているのね。予報通りの天気だけど、「雨の春一番」ね…。こんなことは珍しいかも。

コメットさん☆:ええ…。

沙也加ママさん:まだ2月が始まったばかりなのに、もう春一番かぁ…。今年の桜は、いつ咲くかなぁ?。

コメットさん☆:春一番…。桜…ですか…。

 春一番は春の始まり。これから先は少しずつ気温が上がり、やがて梅や桜が咲き出すはずだ。コメットさん☆は、毎年「春」、「桜」と聞けば、いつも心がはずむのに、なぜだか今年の春一番は、心がうきうきしないと思った。

コメットさん☆:(やっぱり…、ケースケが、オーストラリアに行ってしまうかもしれないから…。)

 コメットさん☆は、そんなことも思ってしまう。

コメットさん☆:(いつもの春一番と、ずいぶん違うね。天気も…、それから…。)

 コメットさん☆にとって、天気と何がずいぶん違うのだろうか…。

 雨はさらに激しくなり、風は強くなって、「HONNO KIMOCHI YA」の窓に叩きつける。ガラスがガタガタと音をたて、ドアの隙間からは、これまでより少し温かい風が、「ひゅう」という音を残しながら吹き抜けていく。確かに「春一番」が吹いているのだ。コメットさん☆は、そんな様子を、じっとお店のレジ脇から、いつまでも眺めていた。そしてケースケもまた、サーフショップのいすに座ったまま、荒れる浜を眺め続けていた。春の足音は、着々と近づいてくるものだが、今年は思いの外激しい足音なのかもしれない。冬から春へ、季節はまた巡ろうとしている。その歩みは止まらないが、コメットさん☆とケースケ、それにツヨシくんやネネちゃん。景太朗パパさんに沙也加ママさん。みんなの思いもまた、留まるはずもない。

沙也加ママさん:…ねえコメットさん☆、お店早く閉めて、ツヨシとネネを迎えに行こうと思うんだけど…。

コメットさん☆:え?、あ、はいっ。そうですね、そうしないと…。こんな雨と風じゃ…。

 沙也加ママさんが後ろからそっと声をかける。コメットさん☆はその言葉に、はっとして答えるのであった…。

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★第290話:夜のファンタジー−−(2007年2月中旬放送)

スピカさん:デートって、そんなにしなくちゃいけないものって訳でもないと思うけどなぁ。

コメットさん☆:そうだけど…。なんか、ケースケがオーストラリアに行っちゃうんだったら…。

スピカさん:そうねぇ。

 コメットさん☆は、星のトンネルを通って、ふらりとスピカさんのペンションにやって来ていた。表向きは、ラバピョンのために雪かきをするラバボーにつきあって…、ということなのだが、ケースケが、オーストラリアに行くなら、このまま心の中の思いを、そのままにしてさよならになると思うと、なんだか焦ったような気持ちになって、「正式な」デートくらいは、思い出作りとして、しておきたいなと思うのだった。

スピカさん:誘ってみればいいじゃない?。

コメットさん☆:え、ええ!?。そ、そんなこと、恥ずかしいよ…。

スピカさん:うふふふ…。コメットは本当に面白いことを言うのね。デートしてみたいと言ってみたり、それを誘うのは恥ずかしいと言ったり。

 スピカさんは、陽の当たるサンルームのいすに腰掛けて、外を眺めながら言った。コメットさん☆は、それを聞いて恥ずかしそうにうつむく。

スピカさん:コメットが信頼しているケースケくんなら、ちゃんと応えてくれると思うけどなぁ。

コメットさん☆:…そ、そうかな…。

 コメットさん☆は、少し顔を上げて、スピカさんの横顔を見た。

 

 ケースケはチラシを手にしていた。ある広告のチラシを。

ケースケ:「江の島ファンタジックバレンタイン」か…。こんなの、ちょっと前なら、なんにも考えなかったけどな…。

 いつもよく行く食堂で、ふと手に取ったチラシ。それには2月の上旬から、バレンタインデーの14日をはさみ、一部は下旬まで、江の島全島を会場にして開かれるさまざまなイベントが記されていた。

ケースケ:(…オレはもう、決めた。)

 ケースケは、進路に関して、決意を胸に秘めていた。ただその決意は、単純なものではないのだが…。

ケースケ:(そういえば、コメットとツヨシは、夏になるとデートみたいにぴったりくっついて泳いでいたよな…。好きな子と、海でデートか…。…なんか、このまんまでオレ、いいのかな?。)

 そんな弱気にも思える気持ちが、ケースケの心をよぎる。何のためらいもなく、水着ではしゃいでいたコメットさん☆とツヨシくんの姿が、まぶたの奥によみがえる。

ケースケ:(コメットの未来は、コメット自身が決めることだ…。…だけど…、だけどよ…、なんか…、恋人とられちまうのかな、オレ…。)

 コメットさん☆のことを、自分のもののように思ったことはない。そういう思い方はきらいだ。ケースケはいつもそう思ってきた。しかし、なんだかこのところ、普段の思い方とは違う思いを抱えている自分に気付く。それは、誰でもなく、自分がコメットさん☆の、ただ一人の恋人になりたい、いや、なってきたはずだという思い…。

ケースケ:(…このままオーストラリアに行ってしまうのなら、一度くらいはコメットと、二人きりでデートしてみたい気がする…。それでどうするというつもりはないが…。…はぁ。…だが、そんなのはなんか未練がましいのかもしれない。それに…、コメットに変な思い出を残しちまうのもな…。)

 ケースケはそうも考える。本音を言えば、コメットさん☆とデートしたい。想いを洗いざらいうち明けておきたい。その反応によっては、自分の進路さえ…。だが一方で、そうしてしまえば、「世界一のライフセーバー」の夢は、ついえてしまうかもしれないし、第一コメットさん☆を苦しめることになるかもしれない。それは本意ではない…。ケースケの逡巡は、限りない。

 とその時、ケースケの携帯電話が鳴った。

藤沢のお店:…お客さま、ご注文の品が出来上がりました…。

ケースケ:そうですか…。

 ケースケは、短く答えて電話を切った。

ケースケ:(出来上がったか…。)

 ケースケは、天井を見上げると、そっと思った。そして出かける準備をすると、電車で藤沢へと向かった。

 速度は速くない江ノ電は、ケースケを乗せて藤沢へ向かう。ケースケの住む和田塚からは、おおよそ30分の道のりだ。ケースケは、ドアとドアの真ん中あたりに腰掛けると、ぼうっと窓の外を見るとはなしに眺めていた。電車は極楽寺を過ぎると、稲村ヶ崎駅に着く。ここはコメットさん☆の家の最寄り駅。ケースケは、少し落ち着かない様子で、窓からホームをきょろきょろと見た。もしかして、コメットさん☆がたまたま乗ってきたりはしないか…。そんな思いが頭をかすめる。

ケースケ:(…さすがにそんなことは、ない…か。)

 ケースケは、乗り降りする人々の中に、コメットさん☆の姿がないことを確かめると、なぜか少しほっとした。鎌倉行きの電車を、反対側のホームに待たせたまま、電車はまた動き出した。しばらく車道と平行に走ると、右に急カーブを切り、海辺に出る。ケースケは、後ろを振り返り、背中にした窓から見える海を見た。真冬だというのに、サーフィンをしている若者が見える。ちょっと前までは、ケースケも同じようにしていた。トレーニングも積んでいた。しかしこのところは、あまり熱心ではないと言える。それは気持ちがなんとなくそちらに向かないということのほかに、オーストラリアに行くための準備も、しなければならないからだった。まだどこか心が揺れているところがあるとしても。だからあまり海に出る時間は取れない。そんな現実に、ケースケは少し焦(じ)れるのであったが…。

 電車が七里ヶ浜駅を過ぎて、海と離れて進むようになると、ケースケはまた前に向き直り、思いを巡らせた。冬の昼下がりの上り電車。立っている人はいない。

ケースケ:(もし、コメットが誘っていやがるなら、無理に誘うのはやめるか…。…これから取りに行くあれは、受け取ってもらえるだろうか…。)

 どうやらケースケは、コメットさん☆にしようと思っている贈り物を、受け取りに行くようだ。ふと見上げると、江ノ電の車内にも、あの「江の島ファンタジックバレンタイン」の広告が下がっていた。

 

 そのころコメットさん☆は、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」の2階で、沙也加ママさんとお茶を飲んでいた。

沙也加ママさん:やっぱりこの時期は、あまりお客さん来ないわね。

 沙也加ママさんは、紅茶のカップを手にして、外の海を見る。快晴の天気だが、冷たい風が吹いている。浜には誰もいない。

コメットさん☆:そうですね…。あ…、この前の雨でガラスが…。

沙也加ママさん:ああ、上のガラスの汚れ?。ある程度はしょうがないわ。

 コメットさん☆は、吹き抜けの向こう側に見えるガラスの汚れを気にした。この前の「春一番」とともに降った雨のせいで、ガラスの外側が何となく薄汚い。長い柄の付いたモップで拭くのだが、あまりきれいにならないこともある。今の季節は、寒い作業だ。

コメットさん☆:私、また掃除しようかな…。

沙也加ママさん:いいわよ。また業者さんに頼むから。

コメットさん☆:でも…。

沙也加ママさん:いいってば。それより…、江の島ファンタジックバレンタイン、行ってきたら?。

コメットさん☆:えっ?。

沙也加ママさん:…ケースケ、オーストラリアに行ってしまうなら、もう…、しばらく会えないかもしれないから…。思い出作りに。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、いきなりさらりと言われた言葉に動揺した。もしケースケが、オーストラリアに行ってしまうなら、このまま空港で「さよなら」と手を振るだけでいいのだろうか?、と考えていて、そのためにスピカさんのところに行き、そんな話をしていたわけだ。もちろん、そういう別れ方もあるだろう。それに、このままずっと会えないわけではないかもしれない。だからといって、それでいいのだろうかという思いは、コメットさん☆の心に、ずしんとのしかかるのだった。

コメットさん☆:…やっぱり、ケースケといっしょに、見に行こうかな…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうな顔で、でも少しうれしそうに、下を向きながら言った。沙也加ママさんは、にこっと微笑む。

 素早く用事をすませ、藤沢からの帰りの電車に乗っていたケースケも、ドア脇に立ちながら思っていた。

ケースケ:(…オレは、コメットが行ってくれるなら、「江の島ファンタジックバレンタイン」に行こう。一度きりのデートになるかもしれないが…。それでもいいさ…。)

 ケースケは、藤沢で受け取ってきた小箱を握りしめ、電車のドア窓に映る自分に、言い聞かせた。

 

 それから3日が過ぎた日の夕方、コメットさん☆は出かける準備をしていた。いつもよりは、少し上品なスタイル。ベージュのコートに、トーンを落としたピンク色のマフラー。クリーム色の手袋にタイツ。ティンクルスターは、いつもと違ってポケットの中だ。ツヨシくんは、そんなコメットさん☆を見て、なんだか不機嫌なのであった。

ツヨシくん:…もうっ。コメットさん☆は、はしゃいでる。

ネネちゃん:仕方ないじゃん…。

 ネネちゃんも、ツヨシくんをどうなぐさめたものか困っていて、そう言うしかないのであった。

 ちょうどそのころ、ケースケは時計を見ながら、そわそわしていた。いつものトレーニングウエア風の格好ではなく、今夜はシャツにジャケット、ウールの格子柄ズボンだ。それに小さめのバッグを持っている。特にめかしこんだわけではないが、ケースケとしては、一応考えたほうなのだ。

 今夜は「江の島ファンタジックバレンタイン」の、イベントが集中する日。そしてバレンタインデーの直前でもある。

 コメットさん☆は、江ノ電の稲村ヶ崎駅まで、沙也加ママさんに車で送ってもらい、ケースケと待ち合わせることになっていた。もう「好きな男の子」になってから、まる5年もたっているのに、こういうデートは初めてなのが、コメットさん☆自身にも不思議な感じだった。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの車から降りると、沙也加ママさんに一礼して、ポケットから回数券を取り出し、駅の自動改札機に通した。回数券を受け取ると、そっとあたりを見回した。背中から数人の人が、コメットさん☆を追い抜いていく。いつものように下り線の線路を、構内踏切でまたぎ、数段の階段を上がるとホームである。コメットさん☆は、短めのブーツをことこと言わせながら、階段を上がった。なんだか胸はドキドキしている。普段は何ともないいつもの駅が、今夜はなんだか別の駅に見える。

 程なく駅前の踏切が鳴り、下り電車がやってきた。すると間もなく上り電車も来るはずである。コメットさん☆は、そっとホームの時計を見た。夕方の5時近く。遅れなければ、今度やって来る電車にケースケは乗っているはずだ。やがてヘッドライトを輝かせた電車が、ブレーキの音をたてながらホームに入ってきて止まった。一番前のドアに、ケースケの姿が見えた。電車のドアが開く。降りる人を先に通してから、コメットさん☆は、乗り込んだ。暖かな車内の空気が、コメットさん☆を包む。

ケースケ:よっ。

コメットさん☆:こ…、こんばんは。

ケースケ:…あははっ、な、なんだよ、どうしたんだよ。

コメットさん☆:な…、なんか、こんなの初めてだから…。

ケースケ:…そ…、そうだ…よな。オレもだ…。なんか、いままでごめん。

コメットさん☆:え…、そ、そんな謝らなくても…。私もごめんね…。

ケースケ:いや…、もう…、発車だぞ。

 ケースケは、うわずりそうな声で言った。

 

ツヨシくん:ぼく…、やっぱり出かける。

 コメットさん☆が出かけてからというもの、ツヨシくんは、リビングでネネちゃんと向かい合わせに座り、イライラしながらしばらく考えていたのだが、突然立ち上がるとネネちゃんに告げた。

ネネちゃん:え!?、ど、どこへ?。

 ネネちゃんはびっくりして答えた。

ツヨシくん:メテオさんのところさ。

ネネちゃん:メテオさんのところぉ!?。メテオさんのところに行ってどうするの?。…ま、まさか、コメットさん☆のことキライになっちゃうの!?。

ツヨシくん:そんなんじゃないよ!。とにかく行ってくる。パパとママには言っておいて。

ネネちゃん:えっ!?。あ、ちょっと、ちょっと待ってよー。パパとママには自分で言えばいいじゃん…。ママー!。

 ツヨシくんはそう言い残すと、玄関で靴をひっかけ、ジャンパーを着込みながら走り出した。ネネちゃんは、あまりの急な展開にびっくりして、急ぎ沙也加ママさんを呼んだが、もう窓の向こうでは、ツヨシくんが玄関から門に向けて駆けて行くのが見えた。

景太朗パパさん:…まったくツヨシのやつは…。しょうがないな。帰ってきたら一言言ってやらないと…。

 そう言いながらも、少し苦笑いを浮かべた景太朗パパさんが、そっと仕事部屋からリビングへやって来た。

ネネちゃん:あ!、パ、パパ…。あ、あのね…。

景太朗パパさん:ああー、だいたいわかったさ。ツヨシはどこに行くと言っていた?。

ネネちゃん:あ、あんまり突然なんで、止められなかった…。メテオさんのところへ行くって…。

景太朗パパさん:え?、メテオさんのところ?。なんでだぁ?。

 景太朗パパさんは不思議そうな顔をした。ネネちゃんもそこのところはわからなかった。ただ追いかけて行って、ケースケのじゃまをするというのなら、考えられなくはなかったが…。

沙也加ママさん:なーに?。大きな声で。

 ちょうどキッチンの奥から、エプロンで手を拭きながら沙也加ママさんがやって来た。

 

 電車は、すっかり日の暮れた海岸線を走り、江ノ島駅に向かう。コメットさん☆とケースケは、空いた座席に向かい合わせに座り、じっと窓の外を見る。向かい合わせに座っているのだから、お互いの顔を見て話でもすればよさそうなものだが、なんだか今夜は恥ずかしくて、二人とも暗くなった窓の外ばかりを見てしまう。それでもケースケが口を開いた。

ケースケ:海、見えねぇな…。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆もそれに小さく答える。ふと、ツヨシくんやネネちゃんはどうしているだろうと思う。ツヨシくんは、玄関先まで送ってきてくれた。悲しそうな、妙な顔つきだったのが思い出される。なんだかツヨシくんには、悪いことをしてしまったような気に、早くもなるコメットさん☆であった。

ケースケ:この時期の江の島、結構混むんだがな。今夜の電車はそうでもないな。

コメットさん☆:そうなの?。ケースケ、このイベント行ったことあるんだ…。

ケースケ:クラスの連中とな。水族館に連れて行かれたぞ。

コメットさん☆:へえ。水族館、何かあるの?。

ケースケ:クラゲがどうとか…。あと、大水槽の前がカフェになってた。なんかクラスの連中は、はしゃいでいたけどな。

コメットさん☆:そうなんだ…。お、面白いのかな?。

ケースケ:さあなあ。オレも、あの時は江の島の中にまでは入らないで、みんなで食事してお開きだったから…。

コメットさん☆:そっか…。楽しみだね、江の島。

ケースケ:…そ、そうだな。普段はなんでもないのにな。

 ケースケは、そう言うと、少しくちびるに笑みをたたえた。

 一方ツヨシくんは…。

ツヨシくん:メテオさん、メテオさーん。

チャイム:ピンポン・ピンポン・ピンポーン。

 玄関のチャイムを立て続けに押す。それとともにメテオさんの名前を呼ぶ。メテオさんは、何事かと思って、2階の自室の窓から、そっと外を見た。よく目をこらすと、門灯に照らされた小さめな男の子の人影が見えた。

メテオさん:誰かしら?、今頃。

ムーク:ふうむ…。瞬さんということはなさそうですな。

メテオさん:当たり前よ。瞬さまは明日あさってと、ディナーショーですものー。へへー、わたくしも行きましてよ。

ムーク:はいはい…。

 そんな話をしているうちに、下から留子さんがメテオさんを呼んだ。

留子さん:メテオちゃん、お客さまよ。

メテオさん:お客?。何かしら?。はーい、お母様。

 メテオさんは、階下に急いだ。するとそこにいたのは、もちろんツヨシくんだった。

メテオさん:あなた、ツヨシくんじゃないの。どうしたの?。

ツヨシくん:メテオさん、助けて。ケースケ兄ちゃんと、コメットさん☆が!。

 ツヨシくんは、肩で息をしている。この寒いのに走ってきたのだ。

メテオさん:どうしたのよ。二人きりでデートにでも出かけたの?。

ツヨシくん:…ど、どうしてわかるの?、メテオさん…。

メテオさん:まさか、図星ぃ?。冗談も通じない世界なのぉ?。

 メテオさんは、あきれたように言った。

 10分後、メテオさんは、家の車庫の前から、ツヨシくんに引っ張られるように歩き始めていた。

メテオさん:もうっ!、この寒いのにぃ!。

ツヨシくん:そんなこと言わないで、助けてよぅ。ケースケ兄ちゃんにコメットさん☆、連れて行かれちゃうかもしれない。そんなのぼくイヤだぁ!。

メテオさん:わかったわよ。だいたいのことは、言わなくてもわかるわ。だからこうして歩いているじゃない。…でも、こんなとろとろしてられないわよ。ツヨシくん、いいわね。今から星のトンネルを使いましょ。それで江の島まで一っ飛びよ!。

ツヨシくん:うん。メテオさん、ありがとう…。

メテオさん:そんな弱気な声出して、どうするのよ!。しっかりしなさいよ。じゃまのひとつもするくらいのつもりで、分捕りかえすくらいの気構えを持ちなさいよったら、持ちなさいよ!。

ツヨシくん:ぶ、分捕りかえすって…。

メテオさん:そこまでやる位の気構えが無いんだったら、何しにいくつもりよ?。

ツヨシくん:心配だから…、コメットさん☆が。

メテオさん:…たぶん、大丈夫よ。いい加減な気持ちで、二人は会っていないでしょ。

 メテオさんは、急に静かな声で言う。

ツヨシくん:えっ!?。

 ツヨシくんは、どうしてそんなことを、落ち着いてメテオさんが言うのだろうと思った。しかし次の瞬間…。

メテオさん:だいたいわかるってものよ!。いい?、星のトンネルっ!。それっ!。

 メテオさんの出した星のトンネルに、叩き込まれるように入れられ、江の島へと飛んだ。

 

 ケースケとたどる江の島への道。ヨットハーバーに行くために、ツヨシくんやネネちゃん、それに景太朗パパさんや沙也加ママさんとは何度も通った道なのに、今日はなんだか、足が地に着いてないようなコメットさん☆。江ノ電江ノ島駅から、片瀬東浜へ向けて細い道が続く。両側にはおみやげ屋さんや、ちょっとした観光地ならではの射的場なんていうものも並んでいる。もちろんレストランも。人々で少しばかり混雑するその道を、ケースケのあとにつくようにしながら、コメットさん☆は歩く。やがて道を抜けると、夏の間なら海の家が建ち並び、海水浴客でにぎわう片瀬東浜だ。しかし今夜は、冬の冷たい風が吹いている。潮の香りというよりは、冷気のほうが勝る。

コメットさん☆:風が冷たいね。

ケースケ:ああ。そうだな。春一番が吹いても、冬のやつが最後の抵抗ってところか。

コメットさん☆:うふっ…。そうかも。

 二人は、そんなたわいもないような話をしながら、江の島へ渡る弁天橋を目指した。まわりには、思ったよりたくさん人がいる。みんなカップルか、と思えばそうでもない。家族連れも多い。多くの人々が、この「江の島ファンタジックバレンタイン」の関連イベントを楽しみに来ているのだ。人の流れは、新江ノ島水族館のほうにも続く。が、コメットさん☆とケースケは、その流れとは別れ、江の島弁天橋を渡る。

 江の島弁天橋は、短く見えるが、意外と距離がある。

ケースケ:大丈夫か?、コメット。…寒くないか?。

コメットさん☆:大丈夫。…しっかり、着てきたよ。

ケースケ:そうか…。けっこう距離あるからな、駅からは。

コメットさん☆:そうだね…。あ、…きれい…。

 コメットさん☆は、ふと目を上げ、江の島全体を見渡した。島の中の建物にともる灯と、イベントのため島内の道路にともされた丸い提灯のような光、そして濃いピンク色にライトアップされた江の島灯台が、イルミネーションのように輝く。その様子はとても美しい。コメットさん☆は、それを見てはっとしたのだった

ケースケ:ああ。こんな江の島、見たことないな。きれいだ…。

 ケースケもそれに応える。割と素直な感想を述べるケースケが、コメットさん☆にとっては、少し意外に思えた。

 橋を渡り終えると、また二人は灯台を見上げた。見慣れた白っぽい色と異なり、濃いピンク色の灯台は、光っている部分と、影の部分で、タワーの骨組みがいつもとは少し違って見える。

コメットさん☆:わあ…、ほんとうにピンクだ…。なんだか、やっぱりその…、バレンタインなんだね。

ケースケ:ああ、そうだな。

 ケースケはそっけないような態度で答える。少しばかり、「今年はチョコレート、どうなっているんだろうな」などと思いながら。

コメットさん☆:はいっ。ケースケ。今年もチョコ。

 それを察したかのように、コメットさん☆はコートのポケットから、平たく細長い箱を取り出して、ケースケに手渡した。ケースケは、一気に赤くなって受け取る。

ケースケ:…サンキュ。

 ケースケは、見透かされたような気分になって、上気したのだが、それは夜の暗さで、コメットさん☆にはわからなかった。

ケースケ:い、行こうぜ。江の島の上の方へ。

コメットさん☆:うん。そうしよ。

 二人は、そう言うと灯台へ通じる道を上りはじめた。すると、何か光るものを配っている。

配布の人:はい、どうぞ。これを持ってね、灯台までどうぞー。

コメットさん☆:あ、ありがとうございます。

配布の人:そちらのカレシさんも。

ケースケ:か…、カレシさんって…。…ど、どうも。

 どうやらコメットさん☆とケースケは、「カップル」と“認定”されたようだ。二人は、風船形のライトに、棒のような持ち手がついているものをもらった。ちょうど提灯を持つように、あちこちを照らして歩ける。これもイベントの一つなのだ。

コメットさん☆:きれいだね、ケースケ。

ケースケ:ああ、そ、そうだな。大きなホタルみたいな感じか…。今は冬だけど…。

コメットさん☆:ふふっ…。そうだね。

 あたりを見回すと、同じように風船ライトを持った人々が歩いている。カップルばかりが目につくが、よく見れば一人の人もいるし、家族連れも多い。そんな普通のことが特別に思えるデート。コメットさん☆は、夜の闇と、光が創り出すロマンチックな雰囲気に、少々酔っていた。ケースケはいつもの態度のつもりだったが、内心はやはり心がざわめいている。

 

メテオさん:いいわね、ツヨシくん。あなたの家には電話しておいたから、存分にじゃまするのよ。

ツヨシくん:ありがと、メテオさん。…でも、じゃましに行くんじゃないよ。

メテオさん:…その位の気構えで行かないと、本当にコメットがオーストラリアについていくなんて言い出したら、どうするつもりよ。

 メテオさんは、星のトンネルを通りながら、ツヨシくんに聞いた。

ツヨシくん:ぼく信じてるし…。そんなこと、させないもん…。もしそんなことになりそうになったら、その時はじゃましちゃうかも…。

メテオさん:…まあ、その位の気持ちでいなさいってことよ。

ツヨシくん:…でもさ、コメットさん☆は、みんなを置いて、星国の人たちも置いて、どこかに行っちゃうような人だとは思えない…。

メテオさん:……。

 メテオさんは、自分がそういう「期待」をされたら、どうだろうかと考え、少し複雑な思いがした。しかし、ツヨシくんの気持ちも理解できる。「私だって、瞬さまのこと、信じているからいつも待っていられる」。その思いは、ツヨシくんの言う、「信じてるし」という言葉と同じ気持ちなのだろうと思う。

メテオさん:いたわ。二人。あそこ…。

 メテオさんは、江の島に近づいた星のトンネルから、指さして言った。

ツヨシくん:ほんとだ…。

 ツヨシくんも、メテオさんの指さす先に、コメットさん☆とケースケを見つけた。二人は、風船のライトを手に持って、灯台へ向かう細い道を歩いていた。

メテオさん:そこの公園に降りましょ。

ツヨシくん:うん。

 メテオさんは、星のトンネルから、ヨットハーバー近くの公園を指さした。そしてそこでツヨシくんと二人、星のトンネルを出た。

メテオさん:さあ、これからどうするの?。ツヨシくん。

ツヨシくん:だからぁ、別にぼくは、何かしようと思ってるんじゃないよ。だけど…、コメットさん☆が心配なんだ。だから遠くで見ていたい…。

メテオさん:信じているって言うのに、一方では心配だというの?。

 メテオさんは、まるでお母さんのように言う。

ツヨシくん:そりゃコメットさん☆のこと、信じてるよ。信じてるけど…。もしケースケ兄ちゃんが…。

メテオさん:わかったわ…。無いとも言えないし…。いいわ、行きましょ。とりあえず追いかけるのよ。見つからないようにね。

ツヨシくん:りょーかい。

 メテオさんは、ツヨシくんの気持ちが、二つの意識のせめぎ合いなのだろうと思った。信じているけれど、自分が知らないところで、何かが起こるかもしれないのは心配。だから見届けたい。その気持ちは、なんだかよくわかる気がする。かつての自分だったら、問答無用でぶちこわしにしてあげただろうと思う。しかし、ツヨシくんは、とりあえずそうはしたくないらしい。それは、ツヨシくんらしい「恋力」なのだろうとも思った。

メテオさん:あなたじゃなかったら、手伝ってあげないわよ…。

ツヨシくん:…えっ?。

 ふいにメテオさんはつぶやく。ツヨシくんの気持ちには、共感するところがあるから、バレンタインのイベントなのに、放っておけないメテオさんなのだった。

 コメットさん☆とケースケは、島内を歩き続け、灯台の真下にある広場に来た。ここでは夜空の下、無数のミラーボールと照明によって、いろいろな光の色と形が楽しめる「アート」が演出されている。光は輝き、きらめき、反射し、コメットさん☆たちの体を染める。濃いピンク色に染まる灯台の下には、まばゆいばかりのイルミネーション。時にそれは形を変え、また元に戻り…と、一瞬にして変化していく。そんな光の多彩な美しさと、闇と光のコントラストに、人々は酔う。

コメットさん☆:わあ…、とてもきれい…。初めて見るかな、こういうのって。

ケースケ:そうか?。

コメットさん☆:ケースケは、見たことあるの?。

ケースケ:なんかオーストラリアに行っていたときは、クリスマスに見たような気がするな、イルミネーション。

コメットさん☆:クリスマスかぁ…。

ケースケ:あっちは、真夏なんだぜ、クリスマス。

コメットさん☆:えっ!?、あ、そうか…。ここと季節が逆なんだよね。

ケースケ:そういうこと。

コメットさん☆:ケースケ、あれは?…。

 コメットさん☆は、ケースケが行こうとしているオーストラリアは、季節が全く反対なのだということを思い出し、そしてあらためてその遠さを思った。しかし、ふと見ると、別なカップルたちが、キャンドルに灯をともしているのが目に入った。

ケースケ:…なんだろうな?。見てみるか。

コメットさん☆:大切な人へのメッセージを書いて、キャンドルに灯をともしてください…、だって…。

ケースケ:た…、大切な人へか…。

 ケースケは、いきなり想定外の事態だと思った。大切な人への…と言われれば、それはこの状況では、コメットさん☆以外に考えられない。まわりを見渡しても、カップル以外で何か書いて、灯をともしている人などいない。ケースケは冬なのに、背中に汗が出そうであった。コメットさん☆へのメッセージを、こんな場所で書くということは、さすがに考えていなかった。

ツヨシくん:何か、ケースケ兄ちゃん立ちつくしているよ。

メテオさん:どうしたのかしら?。

ツヨシくん:うーん、ここからじゃ、何をしているのか見えないな…。

 メテオさんとツヨシくんは、50メートルほど離れた、植え込みの陰にいた。

メテオさん:なんだか、きれいな演出の場所ね。こんなところに、瞬さまと来たいわぁ。

ツヨシくん:メテオさん、イマシュンとこんなところに来たら、大騒ぎだよ、たぶん。

メテオさん:そんなことはわかっているわよ!。けっこうこれでも、苦労しているのよ?。

ツヨシくん:…そうだよね、メテオさん。メテオさんは大変だと思うよ。

メテオさん:そ…、そんなことは今はいいから。…こんなことなら、への6号かムークでも連れてくればよかったかしら…。私やツヨシくんが、二人の近くに行ったらまずいわったら、まずいわ。

 メテオさんは、ツヨシくんと「尾行」しているはずなのに、思わぬところでツヨシくんに「同情」されて、びっくりした。それどころか、一瞬ドキッとした。しかし、ツヨシくんという男の子のこんなところが、コメットさん☆と引き合う、「恋力」なのだろうと思った。

ツヨシくん:広場にはきれいな光がチカチカしているよ、メテオさん。その向こうでなんだかろうそく並べているね。こういうのロマンチックって言うの?。

メテオさん:ま、まあそうよ。そういうことでしょ?。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆とケースケ兄ちゃん、あのろうそくに何か書いているよ?。

メテオさん:ろうそくには書けないでしょ?。どこよ?。

ツヨシくん:あっちの、向こう側。

メテオさん:ろうそくの外側の、ガラスのところに書いているんじゃないの。…でも、何を書いているのかしら。

 ツヨシくんとメテオさんは、少し前へ出て、こんどは大きな木の陰から広場をのぞいてヒソヒソと話した。二人の視線の向こう側には、キャンドルの容器に、サインペンでなにやら文字を書くコメットさん☆とケースケが見えた。

コメットさん☆:「ケースケが、世界一のライフセーバーになれますように」…と。

ケースケ:あ、お、オレの名前書くの?。なんか…、あとでばれそうだな…。

コメットさん☆:あ、ごめん。いけなかったかな?。

ケースケ:いや、いいよ。オレは…、「コメットの未来に、オレが手助けできますように」と。よし…。書けたぜ。

コメットさん☆:私の未来?。

ケースケ:あ、ああ…。まあ、なんていうか、未来は大事じゃんか。誰でも。

 ケースケは、恥ずかしそうに言った。目の前にいるコメットさん☆に、「愛を永遠に」とか、そんな全身むずがゆくなりそうなことは、とても書けなかった。

コメットさん☆:そうだね…。未来かぁ…。

 コメットさん☆は未来と言われて、いったいそれはどうなっているのだろうと、ぼうっと考えた。自分の未来は、自分のため…だけとは言えないかもしれない。そうも思えてしまうコメットさん☆なのだった。

ケースケ:さて、そろそろ飯食わないか?。腹減ったろ?。灯台の上に上がろうかと思ったけど、やたら混んでいるらしいし…。それに寒いだろうぜ。

コメットさん☆:わはっ、いつものケースケだ。「腹減ったろ」だって。うふふふ…。

ケースケ:だ、だってコメットよ、「コメットさま、お食事はいかがですか?」とか言えってのか?。あははは…。おかしくって、そんなのよ。

コメットさん☆:…そうだね。いつものケースケらしくないね。

ケースケ:…あ、ああ…。

 あらたまった言い方は、いつもらしくないと言われればそうかもしれない。しかしケースケは、今夜は特別なのだと思っていた。そのムードを自ら壊してしまったかなと思い、少しうろたえた。

コメットさん☆:…どこで食事するの?。

ケースケ:水族館の前に、レストランがある。…そ、そこなんかどうかな?。

コメットさん☆:いいよ。じゃあ、もうここには戻ってこないよね。

ケースケ:ああ。そういうことになるかな。

コメットさん☆:じゃあ、もう一度よく見て…。

 コメットさん☆は、思い出を焼き付けるかのように、イルミネーションできらびやかな広場と、二人で置いたキャンドル、そして濃いピンクに輝く灯台をじっと見た。ケースケもまた、同じくじっと見る。ケースケは、もう二度とこんなことはないのではないかという、いつになく感傷的な気分になっていた。

 コメットさん☆とケースケが、振り返り振り返り、広場から歩き出すと、入れ替わりにツヨシくんとメテオさんは、キャンドルがたくさん並ぶ場所が、どうなっているのか見た。

メテオさん:「大切な人へのメッセージ」ですって…。ありがちね。

 メテオさんの見方は、冷ややかだった。しかしツヨシくんは、どんな思いでコメットさん☆が、そしてケースケがそれを書いたのだろうと思った。

メテオさん:どんなこと書いたか、確かめないの?、ツヨシくん。

ツヨシくん:……。

 メテオさんのそんな言葉に、ツヨシくんはしばらくとまどった。コメットさん☆が、ケースケに託す言葉がわかるかもしれない。そこには、本心のケースケへの想いがつづられているかもしれない。しかし、ツヨシくんは、それを見るのはルール違反だと思った。それを知ったところでどうするのか。そしてこんなこそこそしたやり方で、それを知ったとしたら、コメットさん☆は傷つくだろう。いや、たとえコメットさん☆本人が気付かないとしても、ツヨシくんの「心の中に住むコメットさん☆」を、傷つけるのだと思った。それを思うと、メテオさんに「確かめよう」とは答えられなかった。

ツヨシくん:メテオさん、行こう。ケースケ兄ちゃんも、コメットさん☆もどこか別のところに行くみたいだよ。

メテオさん:やっぱり…、確かめないのね…。まあいいわ。二人は灯台からまた下に降りて行くわ。どこに行くのかしら…。まさか…。

ツヨシくん:まさか?。

メテオさん:あ、い、いいえ、何でもないわ。あなた、恋力あるんでしょ?。どこに行くつもりかくらいわからないの?。

ツヨシくん:えー?、こ、恋力あるらしいけど…、そんな、星ビトじゃないもん、わからないよ。

メテオさん:そう…。まあ、よかったと言うべきなのか、それともそうじゃないのか…。

ツヨシくん:え?、メテオさん、何のこと?。

メテオさん:まあ、詳しくはいいから、早く私たちも降りましょ。階段なんて、ちまちま降りてられないわよ。それっ!。

 メテオさんは、バトンを出すと、透明なカプセルをつくり、その中にツヨシくんの手を引いて入った。

ツヨシくん:あ、これで一気に降りるんだね。

メテオさん:だってやってられないじゃない。こんなに寒いのにぃ。だからここから見ていれば、寒くも何ともないし。

ツヨシくん:…メテオさん、…ごめん。

メテオさん:いいわよったら、いいわよ。あのコメットが、いったいどんなデートをするのか、わたくしも確かめたかった。そういうことにしておきましょ。

 メテオさんは、ツヨシくんの気持ちを理解したという理由もあるが、コメットさん☆のことが、どこか心配なのは同じだった。ケースケを信じないというわけではないが、女性としてのカンというものだろうか。さらに、他人のデートに興味がないと言えば、それもウソになるのであった。

 

 コメットさん☆とケースケは、再び橋を渡って、江ノ島の駅側、片瀬西浜に近い新江ノ島水族館の前まで戻ってきた。だいぶ上空からツヨシくんとメテオさんも、星力で出したカプセルに入って、それを見ている。コメットさん☆とケースケは、道路を渡って、イタリアンレストランに入っていった。

メテオさん:いいわねぇ。あんなところに入って行くわよ。

ツヨシくん:普段うちだと、ママやパパが作るの以外、夕食にイタリアン食べないよ。

メテオさん:そう?。

ツヨシくん:メテオさんは?。

メテオさん:わたくしの家は、洋食多くてよ。幸治郎お父様と、留子お母様も好きだし。

ツヨシくん:ネコのメトは?。

メテオさん:おほほほ…。メトちゃんはキャットフードか、たまにアジをそのまま煮たものとか。カリカリのフードとか。洋食っていうのは食べないわね。

ツヨシくん:ふーん。ケースケ兄ちゃん、レストランでお酒なんか飲むのかなぁ…。

メテオさん:さあ。コメットにすすめたりはしないでしょ。コメットはまだ20歳未満よ。

ツヨシくん:メテオさんもでしょ?。

メテオさん:コメットがそうなら、わたくしだってそうよ!。決まってるじゃない。そんなことより、どうするの?。ここでこうやって見ているわけ?。

ツヨシくん:ぼくたち、お店に入るの?。それは見つかっちゃうよ?。

メテオさん:…まあ、そうよね…。あーあ、見ているしかないのかしら…。おなかすいたわぁ。

ツヨシくん:…やっぱりごめんね、メテオさん。

メテオさん:あ…、い、いいったら!。そんなことを気にするより、わたくしたちは…。

 メテオさんは、年下の男の子であるツヨシくんがしきりにわびるので、黙っていればよかったかと思って、少し恥ずかしくなった。

メテオさん:ま、少し休んでましょ。この中なら、寒くもないわ…。

 メテオさんは、浮かんだカプセルの中で、後ろに寄り掛かった。ツヨシくんも、仕方なく同じようにする。スカートのすそを、両手で抱え込むようにすると、メテオさんはぼんやり外を見た。外では水族館や江の島へと、人の流れが続いている。そんななか、ツヨシくんと二人、友人とはいえ他人のデートをじっと見ているのは、興味はあっても、退屈は退屈であった。うらやましいというか、自分は何をしているのだろうという疑問もわく。隣にいるツヨシくんは、もちろん恋人ではないし、そういう気分の対象になる人物でもない。しかも、考えてみれば、人のデートののぞき見そのもの。次第に少々イヤな気分にもなるのだった。

 

 食事から出てきたコメットさん☆とケースケは、レストランの前から、また目の前の江の島を眺めていた。木々の奥、1本のキャンドルのように、江の島灯台が見える。青黒い森に立つ、1本の赤いキャンドル。ケースケは、ちらりとコメットさん☆の横顔を見た。どこか幼さの残る、白い肌に薄赤いほおのコメットさん☆。コメットさん☆の横顔の向こうには、またたくネオンの看板が見えた。ケースケはそっちをぼうっと見たが、次の瞬間首を振って、心にわいた気持ちを振り払った。

コメットさん☆:どうしたの?。

 ケースケの行動を不思議に思ったコメットさん☆が尋ねる。

ケースケ:いや、なんでもねぇよ。…うまかったか?、食事。

コメットさん☆:うん、おいしかったよ…。ケースケ、ごちそうさま…。いいの?。

ケースケ:いいのって、オレは一応大人だぜ。いいんだよ。バレンタインなんだし…。

コメットさん☆:バレンタインかぁ…。

 ケースケの「カッコつけ」に、コメットさん☆はまた江の島を見つめてつぶやいた。

ケースケ:そうだ。射的とスマートボールやりに行こうぜ。

コメットさん☆:しゃてき?、スマートボール?。

ケースケ:なんだよ、知らないのか?。江ノ電の江ノ島駅近くにある、ちょっと面白いゲームさ。

コメットさん☆:へえ…。知らない…。

ケースケ:面白いと思うぞ。さあ、行こう。

コメットさん☆:うん、わかった。行こ。

 ケースケはコメットさん☆をうながすと、いっしょに歩き出した。

ツヨシくん:メテオさん、メテオさん、コメットさん☆とケースケ兄ちゃん出てきたよ。

メテオさん:…くー、くー…、んが?。

ツヨシくん:メテオさん、寝てたの?。

 メテオさんは、いつしか退屈のあまり眠ってしまっていた。かなり無防備に。それでもぱっと起きあがると、精一杯虚勢を張ってみた。

メテオさん:…お、おほほほ…。わ、わたくしが寝るはずないでしょ!。男性の前で。

ツヨシくん:…十分眠りこけていたようにしか思えないけど…。それに男性ってほど、ぼく大きくないのに…。…そんなことより、メテオさん移動しようよ。コメットさん☆たち、なんだか江ノ島駅のほうに向かってるよ。

メテオさん:…わかったわよ。どこに行くつもりかしら?。もう8時近くよ。

ツヨシくん:え?、もう8時近く?。おなかすいたな、ぼくも…。

メテオさん:もしかしてあの二人…。

 メテオさんの視線の先には、さっきケースケが見たネオン街があった。しかし、ケースケとコメットさん☆は、小田急線の片瀬江ノ島駅を通り過ぎ、江ノ電の江ノ島駅に向かう。

メテオさん:もう帰るのかしら?。ツヨシくん、降りてあとを追うのよ。

ツヨシくん:はい。

 ツヨシくんは素直に従った。

 

ケースケ:いいか、こうやって先にコルクのタマを詰める。それで、あの台に並んでいる景品をねらって、…バン!。

“パシッ”

 乾いた音とともに、プラスチックのライフルから、コルク玉が発射され、お菓子の箱を倒した。下に落ちる。

お店の人:おおー、うまいね。はいお菓子ゲット。

ケースケ:どうも。

コメットさん☆:わあ、ケースケうまいね。

ケースケ:コメットもやってみろよ。よくねらうんだぞ。それから、なるべく前にのり出して、ライフルの先っぽを、景品に近づける。そしたら引き金を静かに引く。

コメットさん☆:うん…。わかった。それっ…。

“ぽんっ”

 コメットさん☆のねらったタマは外れ、3段に積まれたお菓子の箱をかすめただけだった。

ケースケ:もう少し上をねらってみ。そういう何段も積まれたのは、上の一つくらいしか落ちないぞ。

お店の人:彼のほうがよく知っているね。あはは…。彼女のほうは、もっと思い切り前にのり出してねらわないと。

コメットさん☆:は、はい…。

 コメットさん☆は、思わずドキっとした。「彼・彼女」という言葉にである。

コメットさん☆:(そっか。人から見ると、彼と彼女っていうように見えるんだ…。私、そんなこと考えもしないで、はしゃいでた…。)

ケースケ:よーし、もう1個取れたぞ。コメットもどんどん撃てよ。

コメットさん☆:あ、う、うん。あははっ…。よーし、タマを入れて…、ねらって…。

“パシッ!”

 コメットさん☆の撃ったタマは、大きな音をたててイルカの置物を落とした。

ケースケ:おっ!。いいぞ。

コメットさん☆:あははは…。やったぁ!。

お店の人:はいよー、いいね。イルカね。きれいだろー。はい、もっとがんばって取ってね。

コメットさん☆:ありがとうございます…。

 コメットさん☆は、はにかんで笑った。

 そんな様子を、ツヨシくんとメテオさんは、遠くから見ていた。

ツヨシくん:コメットさん☆楽しそうだなぁ…。

メテオさん:…ツヨシくん、自分もやりたいとか思っているでしょ?。

ツヨシくん:ギク…。なんでわかるのメテオさん。

メテオさん:そう顔に書いてあるようなものよ。ふふっ…。それにしてもおなかすきすぎ…。そこの磯辺焼きでも食べましょ。そうしないともたないわ、もう!。

ツヨシくん:じゃあぼくが買ってくる。

メテオさん:いいわよ、わたくしが買うわ。

ツヨシくん:メテオさんにつきあってもらっているのに、そういうわけには行かないよ…。

 メテオさんは、一瞬あっけに取られると、次ににこっと笑った。

メテオさん:…いつまでも、おこちゃまじゃないわけね…。じゃあ、ご好意に甘えさせていただくわったら、いただくわ。

 ツヨシくんが急いで磯辺焼きを買いに行き、戻ってくると、今度はコメットさん☆とケースケが、なにやら斜めにガラスの張られた台の前に座っていた。

ツヨシくん:はい、おまち!。

メテオさん:ふふっ…、ありがと。

ツヨシくん:あれ、何してるんだろ、コメットさん☆とケースケ兄ちゃん。

メテオさん:あちち…、お餅おいしいわぁ…。…あれは、スマートボールよ。あの台の中には、釘が打ってあって、手前からガラス玉を打ち出すのよ。それで点数の書いてある穴にうまく入れると、その数だけまたガラス玉が出てくるの。そうやって点数を競うゲーム。…って、なんでわたくしが、こんな遊びの解説をしているのよう!。

 メテオさんは、だんだんこんなにおなかをすかせて、何をしているのだろうかと思っていた。さすがにいい加減疲れてきたのだ。

ツヨシくん:…コメットさん☆、なんか楽しそう。

 ツヨシくんも、磯辺焼きを食べながらつぶやいた。

コメットさん☆:あはっ、何これ?。白い玉がたくさん出てきたよ。

ケースケ:その数字の書いてある穴に玉を入れると、その数字だけ玉が帰ってくるのさ。スマートボールって言うんだぜ。昔はやった遊びらしい。

コメットさん☆:わはっ…、15のところに入った。

ケースケ:なんだ、射的より調子いいな。

コメットさん☆:射的もほら。青いイルカさん。それに…東京タワーかな?、これ。

ケースケ:なんだよそれ。あはははは。何でそんな変な物ばっかり取っているんだか。おっと、連勝15だぜ…。

コメットさん☆:あ、ケースケもうまいね。

ケースケ:いやいや、それほどでも…。

 無邪気にはしゃぐコメットさん☆と、それにいちいち応えるケースケ。楽しげな様子は、外から見て取れた。それをじっと見ているツヨシくんに、メテオさんはあくびをしながらそっと尋ねた。

メテオさん:ね、ツヨシくん、どう思うの、あの二人。コートにブーツでスマートボールや射的っていうのは、思いっきり似合ってないと思うけど、見る限りとても健全なデートを、だらだらしているようにしか見えないけど?。

ツヨシくん:…うん。そうだね、メテオさん。…ぼくもなんだか、のぞき見しているみたいで、だんだん仕方ないんじゃないかって…。

メテオさん:コメットのこと、信じているんでしょ?。

ツヨシくん:…うん。ケースケ兄ちゃんが、コメットさん☆をオーストラリアに連れて行っちゃう話をし出したらって思ったら、そんなのイヤだなって…。

メテオさん:あの二人というか、コメットはそこまで思い詰めているのかしら?。そうだったら、あんなに無邪気に遊んでないで、もっと誰もいないようなところで、ヒソヒソ話をすると思うけど?。

ツヨシくん:やっぱり…、そうだよね。メテオさんはそう思う?。

メテオさん:もしわたくしだったらそうするわね。だって、そんな大それた計画、少しも誰にも言わないで、進められるわけないでしょ。

ツヨシくん:…もう帰ろうかな…。

メテオさん:そう思うんだったら、もうそっとしておけば?。それで、もしカリカリ坊やが、オーストラリアに行っちゃったら、あなたはコメットにアタックしてみることね。ただし…、あまり急いじゃダメよ、きっと。

ツヨシくん:メテオさん…。

メテオさん:いい?、あなたはコメットと同じ家に住んでいるのよ?。コメットのどんなことでも、たいていのことは知っているでしょ?。あんまり知りすぎも問題だけど…、それって、カリカリ坊やなんかよりも、ずっと強い絆じゃない。そこに自信を持たないで、どうするのよ?。

ツヨシくん:…うん。そうか…。……。メテオさん、やさしいね…。

メテオさん:な…、何よそれ…。まったく…。

 ツヨシくんは、しばらく考えてからそっと答えた。メテオさんはあきれたような声を出したが、まんざらでもない様子だった。

ツヨシくん:メテオさん、今日はありがとう…。遅くまでごめんなさい。もう帰ろう。

メテオさん:いいの?、もうこれで。

ツヨシくん:うん。もういいや。なんだか、コメットさん☆にも悪いような気持ちがするもの。

メテオさん:…そうね。あなたがもし、コメットとデートしていて、カリカリ坊やが、じーっとそれを見ていたらと考えたら、どう?。

ツヨシくん:あっ…、それは…、イヤだな、やっぱり。

メテオさん:ね?。どういうことだか、わかったでしょ?。あなたが心配だと思う心はわかるわ。わたくしにも。でも、それをじっと観察して楽しかった?。…まあわたくしは人のデートを見ているのが、ちょっと興味あったけど?。フフフ…。

 メテオさんは、さりげなくツヨシくんを諭しながらも、あまりそれを重くせず、半ばちゃかすように語った。

ツヨシくん:なんか、せっかくついてきてくれたメテオさんには悪いけど、…楽しくなんかなかったよ。

メテオさん:でしょ?。それがわかっただけでも、収穫はあったというものよ。

 メテオさんは、そう言いながらも、もう一度コメットさん☆とケースケを見た。そうは言い切ったものの、一抹の不安はあると思った。

メテオさん:(…でも、今のムードで、そのまま灯台でも見ながらだと…、オーストラリアにいっしょに行くとか、言い出しかねないかもしれないわね…。そういうことにならなければいいけど…。)

 

 射的とスマートボールをさんざん楽しんだコメットさん☆とケースケは、ようやくお店から出てきた。ツヨシくんとメテオさんは既にもう、星のトンネルで帰って行った。

コメットさん☆:ああ、楽しかった。…あ、もうこんな時間…。

 コメットさん☆はふと時計を見た。既に9時近い。沙也加ママさんに、「9時までには帰っていらっしゃいね。どうしても遅くなるときは、電話を」と言われていたのを思い出した。楽しい時間は、過ぎるのが早い。

ケースケ:お?、ああ…、もう9時近くか…。

コメットさん☆:…私、もう帰らないと…。

ケースケ:……そうか。…じゃ、もう一度だけ、橋のところから江の島を見ないか?。

コメットさん☆:うん。いいよ。

 二人は、それまでとは一転、口数も少なく、人をよけながら橋の向こうに江の島が見えるところまで歩く。最初に来たのと同じ道を少し歩くと、さっきと同じように、濃いピンク色に輝く灯台をいただく江の島が見えた。橋の先端から灯台までは、イルミネーションで飾られた道が続き、美しい光に満ちあふれている。少し風は落ちて、冬の海岸だというのに、時折コメットさん☆のコートについた、フードのひもを揺らす程度だ。

コメットさん☆:…きれいだね。…また、来られるかな…。

 コメットさん☆は、ケースケに言うでもなく、つぶやいた。あたりには人はなく、江の島の入口でもらってから、ずっと持っていた提灯のようなライトが、お互いの顔をわずかに照らす程度である。

ケースケ:…あ、ああ…。

 コメットさん☆の言葉に、ケースケは口を濁すように答えた。しかし、その左手は、コメットさん☆の肩をそっと持つ。

コメットさん☆:ケ…、ケースケ…。

 コメットさん☆は、びっくりしたようにケースケの顔を見た。ケースケは口をぎゅっと結んで、前を見ている。だがコメットさん☆の肩にのせた手を、どけようとはしない。コメットさん☆は、急にドキドキした。いくら奥手のコメットさん☆でも、このムードの中、肩に回された手が、どんな意味を持つのかわかった。ケースケは、キスをしようとしているのだと。しかしコメットさん☆は、ふとずっと前にツヨシくんに言われた言葉を思い出した。

(ツヨシくん:コメットさん☆のこと、大好きだから。コメットさん☆、ウエディングドレス、ぼくと着て!。)

 それを思い出したとき、コメットさん☆はうろたえた。どうしてこんな時に、そんなことを思い出すのだろう。そうとっさに思う。しかし、次いで星国のみんなの顔が浮かぶ。星ビトたち、星の子たち、それから王様と王妃さま…。スピカさんとその言葉。そしてプラネット王子、ミラさん、メテオさんとイマシュン…。それらがコメットさん☆の脳裏を、ものすごい速度で駆け抜けて行ったとき、コメットさん☆は、ケースケの残った右手を、そっと自分の右手で握ることしか出来なかった。もし今、ケースケが「王子さま」になってしまったら…!。…それはたくさんの人の夢を、希望を、こわしてしまうかもしれない…。

ケースケ:コメット…。

 ケースケはようやく緊張を解くかのように、そっとつぶやいた。そしてコメットさん☆の右手を、しっかりと手に取った。コメットさん☆の肩に回っていた手をはずし、両手でコメットさん☆の冷たくなった手のひらを包み込む。

コメットさん☆:ケースケ…。

 二人は見つめ合い、にこっと微笑み合った。

ケースケ:手が冷たいな…。

コメットさん☆:か…、風が冷たいからかな?。ケースケの手は、あったかいね。

 コメットさん☆もケースケも、ぎこちない言葉を交わす。

ケースケ:また、来ような。コメット。

コメットさん☆:…うん。また来ようね。ケースケ。

 二人は、おそらく「また」は無いような気が、なぜかしていた。それはコメットさん☆がここに来ることは出来ても、ケースケがその隣にいることはない、ということ。またはその逆である。ケースケは、そっとコメットさん☆とつないでいた右手を外し、自分のジャケットのポケットに突っ込んだ。左手はコメットさん☆と手をつないだまま…。ポケットの中の四角い小箱。ケースケは、コメットさん☆の手の冷たさとぬくもりを感じながら、その小箱を取り出すかどうか迷った。ところがその時、ケースケはふと、コメットさん☆の手から流れ込んでくるような、不思議な感覚を覚えた。

コメットさん☆:(…ケースケ、必ずケースケの夢、かなえてね。きっとだよ…。)

 ケースケは、一瞬ひるんだ。コメットさん☆が、まるで「お別れ」を言っているように思えたからだ。もちろん、コメットさん☆が口を開いていっているのではないのに…。それはコメットさん☆からケースケへの、「悲しい恋力」なのかもしれなかった。

 そうしてケースケは、ついに小箱を、コメットさん☆に渡すことは出来くなってしまった。その小箱の中身とは…?。もしコメットさん☆がそれを受け取ってくれるなら…。ケースケには一つの大きな考えがあったのだったが。

 ケースケがキャンドルに書いた言葉。それは「コメットの未来に、オレが手助けできますように」であった。ケースケは、自分が書いたその言葉が、なぜかひっかかったのと、コメットさん☆と手を握ったとき、心に流れ込んでくるような、コメットさん☆の「言葉」で、コメットさん☆への、最後の告白が出来ないのであった。最後の告白のあかしが、あの、コメットさん☆の肩に回した手であり、ポケットの小箱の中身だったのに…。…こうして、ツヨシくんとメテオさんの心配は、杞憂に終わったのだった。

 江の島の灯台は、相変わらず濃いピンク色に輝き、そんなコメットさん☆とケースケを、いや、心に恋のかがやきを宿した、たくさんのカップルを見守っていた。そこには、様々な人々の、様々な想いが入り交じっているのであった…。

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★第291話:過ぎていく冬−−(2007年2月中旬放送)

 今年の冬は、暖冬なのだという。確かに小春日和の日は、いつもの年より多く、強い北風がびゅうびゅうと吹くことも、やや少な目だ。平均気温も高めで、地球温暖化の影響ではないか、などと新聞やテレビでは報道されていた。

景太朗パパさん:結局、海の水の温度が高いということなんだよね。

 ある日の朝、リビングで新聞を読んでいた景太朗パパさんが、新聞を閉じながら唐突に言う。

コメットさん☆:えっ?。

 そばでなんとなく、ウッドデッキの向こうに見える海を眺めていたコメットさん☆が、びっくりしたように答えた。

景太朗パパさん:いやあ、この暖冬はさ。

コメットさん☆:はあ。…そう言えば、今年の冬は、なんだかとても温かいですよね。

景太朗パパさん:うん。どうもそのようだね。それにもうしばらくで冬は終わりさ。そうすればまた春がやって来る。

コメットさん☆:春かぁ…。早いなぁ。

景太朗パパさん:前に見に行った河津ザクラ、咲いているってさ。今年は早めだとか。

コメットさん☆:そうなんですか?。河津ザクラかぁ…。

 コメットさん☆は、いつもなら明るい顔で、「もうちょっとで桜の季節」などと思うのだが、ケースケのことを思うと、なんだか気持ちがのってこない。

 ふと、コメットさん☆は、また思い出してしまっていた。この前のデートの夜のことを。あの時、ケースケが肩に回した手。それは「キス」の意思表示だとコメットさん☆は気付いていた。もしその場で、それにのっていたら…。そう考えると、体の芯からドキドキしてしまうのだ。コメットさん☆は、自らの思いからして、そうしなかったというのに。それでも、あの時、キスしてしまっていたら…、ケースケはどんなことを言ったのだろう?。そうは考える。何度も考える。もうこの数日間、ずっと考え続けて来たことなのだ。答えが出るはずもないのに。

景太朗パパさん:…コメットさん☆、どうしたんだい?。具合でも悪いのかな?。

コメットさん☆:えっ!?、あっ、あはは…。いいえ。な、何でもないです。

 コメットさん☆の顔が、急に赤くなったのに気付いた景太朗パパさんは、びっくりして尋ねた。そしてコメットさん☆の答えを聞くと、小さくため息をついた。

 

 ツヨシくんとネネちゃんが、いつものように学校へ行ってしまい、続いて沙也加ママさんが、お店に出かけようと、リビングの一角で準備をしているところへ、景太朗パパさんがそそっと廊下からやって来て、沙也加ママさんを玄関の近くまで手招きしつつ呼んだ。コメットさん☆は、沙也加ママさんといっしょにお店に行こうかと、ちょうど2階の自室で着替えをしているところだ。

景太朗パパさん:ちょっと、ちょっとママ。

沙也加ママさん:あら、なあに?、パパ。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんについて、廊下を少し歩き、玄関のところまで来た。

景太朗パパさん:…コメットさん☆、どうだい?。

沙也加ママさん:どうって?、何が?。

景太朗パパさん:えー、おほん!。…その、つまり、ケースケとデートしてきてさ…。

沙也加ママさん:あー、…別に普通じゃない?。風邪でも引いてくると思ったの?。

 沙也加ママさんは、心得た表情で、冗談めかしながら答えた。

景太朗パパさん:いや…、そういうことじゃなくてさ…。

沙也加ママさん:まあ、いつもよりは遅かったけど、ちゃんと9時過ぎには帰ってきたし、楽しく遊んで来たらしいわよ、イベントとスマートボールと射的で。

景太朗パパさん:あははは…、あ、そう…。

 景太朗パパさんは、白けた笑いをした。

沙也加ママさん:もしかして、キスでもしてくるとでも思ったの?、パパは。

景太朗パパさん:き、き、キスって…。…まあ、正直、そのくらいのことはあるかなぁとは…、思ったさ。ママはそういうこと考えなかったのかい?。

 景太朗パパさんは、なぜかドキッとして、あわてたように言う。

沙也加ママさん:ふふふ…、もちろん、考えたわ。本人たち次第だろうって思ったけど…。でも、だからどうってことはないわよ。しっかりしているでしょ、二人とも。特にコメットさん☆には、ちゃんといろいろ言ってあるし。

景太朗パパさん:そうか…。

沙也加ママさん:なあにパパ。何かコメットさん☆が、まるで娘のように心配するのね。

景太朗パパさん:そ…、そんな心配っていうか…。…そ…、そうだよ。心配するよ。悪いかい?。

 景太朗パパさんは、少し照れたように答え、次いでキッとした大まじめな顔で言い返した。

沙也加ママさん:悪くないわ。心配よね。コメットさん☆も、もう娘のようなものだもの…。

景太朗パパさん:そ、そうさ…。いずれ、ネネにだって起こってくる問題かもしれないからね。

 景太朗パパさんは、自分に言い聞かせるかのように言った。大まじめにそんなことを言う景太朗パパさんは、家族思いなのだ。

景太朗パパさん:なんかさ…、それでも寂しそうなんだよね。ケースケは、もしかして「もうさよならだ」みたいなことでも、言ったのかなぁ…。

 景太朗パパさんは、リビングの窓から、さっきまでコメットさん☆がそうしていたように、遠くの海を見つめて言った。

沙也加ママさん:…そこまではっきり言われたわけじゃないみたいだけど。私もあんまり根ほり葉ほり聞けないから、詳しくはわからないわ。

景太朗パパさん:そうか…。そうだよね…。…すると、江の島デート、行ってよかったのかどうか…。

沙也加ママさん:…うーん、そうね。私もすすめてよかったのかどうか、ちょっと心もとないなぁ。思い出作りに、なんて軽く言っちゃったんだけど、よけいにコメットさん☆を苦しめることになっちゃったかも…。

景太朗パパさん:しかし…、確かに当面苦しいことになったかもしれないけれど…、もしケースケとこのままさよならすることになるなら、いつかは乗り越えなければならないことなんだよね…。

沙也加ママさん:はぁっ…、そうね…。

 沙也加ママさんは、いつしか景太朗パパさんの隣に立ち、遠くの海を眺め、そしてため息まじりに答えた。

 そのころ、ケースケは一人、アパートの自分の部屋で、コメットさん☆に渡すつもりだった小箱を前に、じっと考え事をしていた。

ケースケ:(…もしコメットが、これを受け取ってくれるなら…、オレは…。オーストラリアに、いっしょに行こうと…、言う…つもりだった…。)

 ケースケはそう考えていた。しかし…。

ケースケ:(だが…、それでいいのだろうか?。オレに、コメットを独り占めする資格があるのだろうか…。オーストラリアで世界選手権に参戦するオレの隣に、あいつがいてくれたら…。確かにそう思うが…。…そうなると、コメットが思い描いていた未来や、留学の予定をめちゃくちゃにしてしまうに違いない…。)

 ケースケは、コメットさん☆のことを特別な存在だと思えば思うほど、「オレについてきてくれないか?」とは、言えないのだった。言ってしまって、コメットさん☆の態度を見て、また考えればいいじゃないかと、自分に言い聞かせてみるのだが、どこか心に引っかかりがあって、どうしてもそうは言い出せない。

 だが、そんなもどかしい気持ちは、コメットさん☆も同じなのだった。もしケースケを、いつか星国の殿下として迎えることになるとしたら…。その時ケースケは、世界一のライフセーバーになるという夢を達成しているだろうか。達成していたとしても、もうそれでその後の夢は、あきらめてもらうほかはない…。一方で自分が地球に住み続ける。スピカさんのように…。それも考えはする。しかしそうしたら、星国はどうなるのか。星ビトたちや星の子たちは、なんと言うだろうか…。コメットさん☆だって、答えはすぐに見つからない。

 ツヨシくんもまた、学校の教室で、ぼうっと考えていた。今日の授業はまるで身が入らない。

ツヨシくん:(コメットさん☆が、ケースケ兄ちゃんといっしょに、オーストラリアに行くなんてイヤだ…。そんなのぼくは我慢できないよ…。)

 ツヨシくんは、一応黒板を見ながらさらに考える。

ツヨシくん:(…えっ?、どうして、そんなことを思うんだろう?。ぼくは…、コメットさん☆のこと、愛してるんだけど…。愛って、そういうことなのかな?。パパは、「誰かのことを、とても大事だって思うこと」から始まるって言うけれど…。コメットさん☆のこと、大事だからケースケ兄ちゃんと、オーストラリアに行っちゃうのがいやだっていうだけじゃない、って思うんだ…。ぼくの小さい頃から、ずっとうちにいる大好きなコメットさん☆を、ケースケ兄ちゃんが取って行っちゃうなんて、考えられないよ…。)

 ツヨシくんは、顔ではしっかり授業を受けているふりをしながら、自分の恋心の分析を続けていた。

 隣の教室では、ネネちゃんがツヨシくんと同じように授業を受けていた。

ネネちゃん:(…はぁ、なんだか授業面白くないな…。…そうだ、ケースケ兄ちゃんは、コメットさん☆を連れてオーストラリアに行っちゃうつもりじゃないみたいだけど、そうするとコメットさん☆はどうするのかな?。もし私がコメットさん☆の歳だったら、ついていっちゃうかも…。…なんてね。…でも、コメットさん☆、まさか失恋したからって、星国に帰っちゃったりしないのかな?。そんなことになったら、ツヨシくん号泣だよね…。ああ、今日も宿題になるんだろうな、この問題のページ…。)

 ネネちゃんは、教科書と副教材のページをめくりながら考えた。ネネちゃんの見方は、やはりツヨシくんと全く違うようだ。

コメットさん☆:あ、梅が咲いている…。

沙也加ママさん:そうね、紅梅がきれい…。

 コメットさん☆は、お昼に配達をかねて、鎌倉山まで走る沙也加ママさんの車の助手席から、花を咲かせている梅を見つけた。どこかの家の庭に植わっているのに違いない。春のきざしは、ここ鎌倉でも見える時期になってきたのだ。

沙也加ママさん:今日はおそばでも食べましょうか。

コメットさん☆:はい。

 配達がすんだらお昼ご飯。沙也加ママさんの車は、鎌倉山の静かな住宅街を行く。

 

 二日後、コメットさん☆をはじめとして、藤吉家の人々みんな、修造さんとスピカさんが経営する、八ヶ岳山麓のペンションに来ていた。この暖冬で、関東地方が暖かいのは助かるが、信州では雪解けが早く、そもそも降った雪が少ないから、ウインタースポーツが軒並み出来なくなっているという。それで修造さんとスピカさんのペンションも、このシーズンはお客さんがかなり少ない。それでは、ということで、景太朗パパさんと沙也加ママさんが相談し、急遽週末だけとは言え、泊まりに行くことにしたのだった。このところ、少々落ち着きがないコメットさん☆やツヨシくん、それにネネちゃんの気分を、少し変えてやろうという、景太朗パパさんと沙也加ママさんの思いもあった。ツヨシくんとネネちゃんは大喜び。コメットさん☆も、叔母さんであるスピカさんと、姪のみどりちゃんに会えるとあって、楽しみなのであった。

修造さん:いやあ、藤吉さん、ここのところ暖冬で、みんな困っていまして…。

景太朗パパさん:はあ。なんでも電話でうかがったら、雪が例年になく少ないということでしたね。

修造さん:ええ。スキー場も土が出てしまって危険なので、閉鎖になっているところがあるくらいでして。

景太朗パパさん:そんなにですか。

修造さん:こんなことは、本当にここ何年も無いと思いますがねぇ。

 修造さんは、リビングでコーヒーを入れ、景太朗パパさんにすすめながら、ため息混じりに言う。 

美穂さん:今日はありがとうございます。特急でいらしたんですか?。

沙也加ママさん:ええ。「あずさ」号で。

美穂さん:小海線は特急が走っていないので、ご不便でしょう?。

沙也加ママさん:いいえ、そうでもないですよ。色々な電車に乗れると、うちのツヨシなんかには好評ですよ。

美穂さん:うふふふ…。そうですか。ゆっくりしていって下さいね。

 沙也加ママさんとスピカさんである美穂さんは、いつもコメットさん☆がスピカさんとよく「秘密」の話をする、ペンションのサンルームで、紅茶を飲みながら話をする。

景太朗パパさん:柊さん、いかがですか?、その後建物のほうは。

修造さん:建物はおかげさまでいいですよー。どこも傷みはないですし。まあ、去年は雪が降りすぎで、雨どいをやられましてね。それだけは修理しましたが。あっはっは…。

景太朗パパさん:そうですか。雪が降ったり降らなかったり…。気候はどんどんおかしいんですかねぇ。

修造さん:そうですなぁ…。こういう山のそばに住んでいますと、そういう感じはしますね。海の近くに住んでおられる藤吉さんはいかがですか?。

景太朗パパさん:それほど大きな変化は、感じませんが、台風が大きくなったなとか、海の水がやたら温かいなとか、そういうことは感じますね。

修造さん:やっぱりそうですか。なんだか、自然環境が心配ですよ…。

 修造さんはそう言うと、廊下を走っていくみどりちゃんを見やった。その目は、娘の将来と、その未来の環境を心配する親の目だった。

コメットさん☆:みどりちゃん、まってー!。危ないよー。

みどりちゃん:あはははは…、あははははー。コメットのお姉ちゃん、こっちー!。

 コメットさん☆は、他にお客がいないのをいいことに、みどりちゃんと廊下や空き部屋で追いかけっこ。

コメットさん☆:つかまえたー!。

みどりちゃん:わあ…、つかまっちゃったぁ!。

 みどりちゃんは、コメットさん☆に両手でつかまれると、くるりと向き直り、コメットさん☆に抱きついた。

コメットさん☆:わはっ…。みどりちゃん。

みどりちゃん:お姉ちゃん、だっこしてー。

コメットさん☆:うふっ…。いいよ。だっこ…。わあ、みどりちゃん大きくなったねぇ。

 コメットさん☆は、4歳のみどりちゃんを抱きかかえた。

みどりちゃん:んん…、春になったらぁ、5さいだってぇ、ママが。

コメットさん☆:そっか。もうみどりちゃんも5歳になるのかぁ…。

 コメットさん☆は、そう言いながら、ふとみどりちゃんが生まれ、病院の新生児室に寝かされていた時のことを思い出した。もうあれから、4年以上の月日が流れたのだ。スピカさんに初めてみどりちゃんを抱かせてもらった日のこと。そっとおそるおそる抱いて、その軽さに驚きながら、頬ずりしたあの日。そのみどりちゃんが、今自分の胸に抱きついている。コメットさん☆は、その場の床に座って、抱っこしたみどりちゃんの髪をそっとなでた。

 

コメットさん☆:叔母さま、私ね…、その…、ケースケに……キスされそうになっちゃった…。

 夕方になって、スピカさんとみどりちゃんといっしょに入る露天風呂。コメットさん☆は、少し肩を出すくらいまでお湯に入りながら、隣にいるスピカさんに、そっと、少しぎこちなく言った。みどりちゃんは、そんなことは知らずに、プラスチックのおもちゃをお湯に浮かべて、一人遊んでいる。

スピカさん:へえ。いいわねぇ。…で、どうしたの?。

コメットさん☆:よくないよ、叔母さま…。なんか…、頭の中がいろいろなことで一杯になっちゃって、…ケースケの手を握ったら、自然とそういう感じじゃなくなって…。

スピカさん:そうだったの。ずいぶんプライベートなことまで、コメットは教えてくれるのねぇ…。

コメットさん☆:…だ、だって、叔母さましか、こんな話できる人いないもの。

 スピカさんは、静かに笑っていた。

スピカさん:頭の中が一杯か…。コメットには、なんだか重荷を負わせてしまったのかしら?。

コメットさん☆:えっ?、叔母さま、なんで?。

スピカさん:もし私が星国に残っていたら…、あなたは自由に地球のあちこちを、見て回れたかも…。

コメットさん☆:叔母さま…。…星国のみんなが待っているってだけじゃなくて、なんだか、ツヨシくんの声が聞こえたような気がしたし…。それに…、ケースケを殿下に迎えたら、ケースケの夢はそこで終わっちゃうから…。

スピカさん:……。

みどりちゃん:お姉ちゃーん、あそぼうー!。

 スピカさんが、何か答えようとして口を動かしたその時、ちょうどみどりちゃんがコメットさん☆を呼んだ。

コメットさん☆:あ、いいよー。みどりちゃん、何して遊ぶの?。

みどりちゃん:シャワー、シャワー。これでお湯かけてぇー。

 みどりちゃんは、小さなじょうろを持って、それにお湯をくんでコメットさん☆に手渡した。コメットさん☆は、お湯の中で膝立ちになり、じょうろを受け取って、みどりちゃんの小さな背中にかけようとした。

コメットさん☆:うわぁ、寒い…。みどりちゃん、寒くないの?。

 露天風呂は囲いをしっかりしてあっても、屋根はないので風が通る。暖冬だと言っても、まだ2月の信州は、鎌倉に比べたらずっと寒い。そんな冷たい冬の風を、うっかりすると背中に受ける。お湯はぬるめだが、しっかりつかっていないとよけいに寒いのだ。

みどりちゃん:寒くないよー。

コメットさん☆:みどりちゃん、しっかりお湯であったまらないと、風邪ひいちゃうよ。

みどりちゃん:はーい!。コメットお姉ちゃんは、寒いのー?。

コメットさん☆:うん…。背中寒いよ。

みどりちゃん:じゃあ、みどり、お湯かけてあげるー。

コメットさん☆:あ、ありがと。うふふふ…。

 みどりちゃんは、専用の小さな手桶でお湯をすくうと、向き直って立ち上がり、コメットさん☆の背中に何杯もかけた。お湯は、みどりちゃんの手に合った、小さな手桶でかけるので、コメットさん☆はそれであったまりはしなかったが、みどりちゃんのそんなしぐさがかわいくて、つい微笑んでしまった。スピカさんも、少し離れたところから、それをじっと見ていて、目を細めていた。コメットさん☆は、8人で食べる夕食が、ふと楽しみだと思った。

 

 翌日、コメットさん☆たちは家に帰る。少々あわただしい旅行だったが、それぞれみんな、ちょっとした気分転換にはなったはずだった。いつものように、小海駅まで修造さんが車で送ってくれることになり、荷物を積み込んだところでスピカさん、いや、美穂さんにぴったりくっついたみどりちゃんは、美穂さんから、とことことコメットさん☆に歩み寄り、一言つぶやいた。

みどりちゃん:コメットお姉ちゃん…、帰っちゃやだぁ…。

 みどりちゃんにとって、コメットさん☆は、とてもお気に入りなのだ。ツヨシくんやネネちゃんよりも。

美穂さん:まあ、みどり、そんなこと言うと、お姉ちゃん困っちゃうなぁ。

コメットさん☆:みどりちゃん、またすぐに来るよ。いい子にして待っててね。

みどりちゃん:お姉ちゃん…、うわあああーーん、…えーーーーん。

ツヨシくん:わあ、みどりちゃん、泣いちゃったよ。

ネネちゃん:そんなこと言っているくらいなら、ツヨシくん止めてきなよ。

ツヨシくん:ぼ、ぼくが止めるの?。そんなこと言ったって…。

ネネちゃん:だってさあ、いつかツヨシくんも子どもが出来たら、止めないでいられないでしょ?。

ツヨシくん:むー…、だんだんネネは、メテオさんみたい…。

ネネちゃん:え?。

ツヨシくん:なんでもないよ。

沙也加ママさん:あらー、みどりちゃん、ほらほら…。

修造さん:おやおや、みどり、そんなにお姉ちゃんを困らせちゃ悪いよ。

美穂さん:ほら…。みどり、こっちへいらっしゃい。

みどりちゃん:やだやだやだー!。

コメットさん☆:みどりちゃん、ほら、だっこしよ。

 コメットさん☆は、抱きついて離れようとしないみどりちゃんの両脇に手を入れて言った。

みどりちゃん:お姉ちゃん…。

ツヨシくん:みどりちゃん、ほら。べろーん。

 ツヨシくんは、コメットさん☆に抱かれたみどりちゃんの前で、舌を出して目をぐるぐると回してみた。

みどりちゃん:ううん…、お姉ちゃんのほうがいい…。うえーーーん…。

ツヨシくん:…だ、だめかぁ…。ネネ、だめみたい…。

ネネちゃん:そんな赤ちゃんにするみたいなことで、みどりちゃんが泣きやむはずもないでしょ。

コメットさん☆:あはっ、ネネちゃんお姉さんみたいだね。

ツヨシくん:ううー、そんな無茶だよぅ…。

コメットさん☆:みどりちゃん、まだ少し時間があるから、二人でお話しようね。

みどりちゃん:うん…。

 コメットさん☆は、修造さんが車を準備するまでの間、みどりちゃんを抱いたまま、少し離れた道路脇まで来た。ツヨシくんとネネちゃんは、あとを追おうとしたが、沙也加ママさんがそっと二人を止めた。

コメットさん☆:みどりちゃん、私今日は帰らないとならないけど、私と「星のお願い」しよう。

みどりちゃん:ほしのおねがい?。お姉ちゃん…、何それ?。

コメットさん☆:みどりちゃんはママといっしょに寝てる?。

みどりちゃん:うん。ママといっしょだよー。

コメットさん☆:そっか…。星は見えるかな?。

みどりちゃん:お星さま?。うーんと、うーんと…、上の窓のところからいつもたくさん見えるよ。

コメットさん☆:上の窓か…。寝て、上を見ると窓があるの?。

みどりちゃん:うん、そう!。

コメットさん☆:じゃあ、その窓に星が見えたら、私の名前を呼んで。そうしたら、少しの間おしゃべりできるよ。

みどりちゃん:本当!?。どうやってするのぉ!?。

コメットさん☆:星力でするの。星にお願いするんだよ。そうすれば、私に聞こえるから。

みどりちゃん:ふーん。わあ、いいなぁー。お姉ちゃんと、いっしょにおはなしできるんだー。

 みどりちゃんは、目を輝かせて言った。

コメットさん☆:そうだよ。だから、私が帰っても、寂しくないよ。

みどりちゃん:よかったぁ。うれしいっ。

コメットさん☆:みどりちゃん、誰かとさよならするときは、寂しいよね。私もそうなんだよ。

みどりちゃん:お姉ちゃんも寂しいの?。

コメットさん☆:うん…。あのね、とっても大事なお友だちだった人と、もうすぐさよならしないといけないかもしれないの。

みどりちゃん:だれ?、その人。こいびとぉ?。

コメットさん☆:わはっ…、みどりちゃんおませさんだね…。…そう。恋人…かな?。だから、私もとても寂しい…。

 そこまで言うと、コメットさん☆はふいに一筋の涙を見せた。

みどりちゃん:あっ、お姉ちゃん泣いてるの?。寂しいの?。

コメットさん☆:う…うん…。

みどりちゃん:泣いちゃダメ。泣くともっと寂しいよ。ママがいってたもん。

 いつのまにか、自分が泣いていたことなど、すっかり忘れたみどりちゃんは、そう言うと、コメットさん☆の涙をそっと指でぬぐってくれた。

コメットさん☆:…うん。…そうだね。ママがそう言ってくれたの?。

みどりちゃん:そうだよ。ママがいつも言うの。

コメットさん☆:そっか…。

 コメットさん☆には、それはまるで、自分に向けて言われたのだとすら思えた。そして、そっとみどりちゃんに頬ずりしてみた。4年前のように…。みどりちゃんは、あの頃とは全く違って、ずっとしっかりした小さな女の子に成長していたが、ぷっくりすべすべのほっぺたは、あの日とそんなに変わらないようにも思えた。

みどりちゃん:きゃはは…。くすぐったーい。お姉ちゃん…。…ちゅっ。

 みどりちゃんは、コメットさん☆のほっぺたに、キスを返してくれた。

 

 小海線の列車が発車すると、コメットさん☆は、昨日の夕食に出た「ふきのとう」を思い出していた。雪解けとともに出るという、フキの花のところ。苦みがあるので、コメットさん☆やツヨシくん、ネネちゃんは少し苦手なのだけれど、春の香りと味なのだという。春はもうすぐそこに来ているということ。雪解けの土の下から芽を出すふきのとうは、春の到来を予告するようなもの。しかしコメットさん☆の心の底には、まだ冬が居座っていて、過ぎていかない気配。コメットさん☆は、列車の窓から後ろのほうを見て、心の中でつぶやいた。

コメットさん☆:(みどりちゃん、星力をお部屋の窓にかけておいたよ。夜おしゃべり出来るといいね。…でも、疲れて眠っちゃうかな?。うふふふ…。)

 だが、結局みどりちゃんとコメットさん☆は、星力でおしゃべりをすることはなかった。二人とも、疲れて寝てしまったから。それでも冬は、過ぎていこうとしている。心に吹きすさぶ冷たい風も、いつかやむと、コメットさん☆に星たちは呼びかける。しかし、今はまだ、コメットさん☆にはそれに応える余裕は無いようである…。

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★第293話:夕映えの空−−(2007年3月上旬放送)

 春休みも近くなってきて、徐々に気温も上がりつつあった。長かったような、短かったような冬は行ってしまい、春がやってきた。まだ「寒の戻り」と言って、寒い日もあるだろうが、そんな不安定さも、春ならではなのだ。

 ひな祭りも過ぎたある土曜日の午後、穏やかな陽光を浴びて、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、ウッドデッキのところにいた。もうすぐ、ツヨシくんとネネちゃんは、小学5年生だ。特にネネちゃんは、だいぶ女の子らしい、やや大人びた印象を醸し出すようになってきていた。

ツヨシくん:春だ、春だよ〜、春ですよぉ〜♪

ネネちゃん:何変な歌歌っているの?、ツヨシくんはぁ。

コメットさん☆:うふふふ…。なにその歌、ツヨシくん。

ツヨシくん:なんとなく、今作ったの。

ネネちゃん:なぁんだ。もう、変なの。

コメットさん☆:春かぁ…。この冬は、思ったよりあったかかった。

ツヨシくん:そうだね。暖冬だって。

ネネちゃん:クラスでスケートに行ったよ。

ツヨシくん:そりゃあスケート場は、寒くしてあるじゃんか。

ネネちゃん:そうだけどぉ…。信州とかにある、外のリンクはどうするんだろうね?。

ツヨシくん:外のかぁ…。氷解けちゃうってこと?。

ネネちゃん:うん。だってさぁ、下が湖だったら、氷が解けたら大変だよ?。

ツヨシくん:たしかに…。滑っているうちに、バリバリ…ってなったら、よくないよね。

ネネちゃん:よくないどころの騒ぎじゃないよ、絶対。

コメットさん☆:冬が毎年のように、あたたかくなると、気候が変わっちゃうんだよね。

 コメットさん☆は、ケースケがいつか言っていた言葉を思い出した。

(ケースケ:海水温が高くなると、温暖な気候になる。一見それは冬の厳しい地方が無くなって、いいように思えるが、世界の気候が変わってしまうっていうことなんだよな。)

(コメットさん☆:そうすると…、暑い地方はもっと暑くなって?。)

(ケースケ:ああ。例えば北極や南極の氷が解けてしまって、海水の量が増えてしまい、水に沈んでしまう場所も出てくるな。それだけじゃなくて、気温の変動が大きくなって、穀物が育ちにくくなるとか…。台風がでかくなるとか。予想もつかないことが起こることになる…。)

(コメットさん☆:やっぱり、そうなんだ…。)

(ケースケ:海の環境が変われば、オレたちにだって、結局影響が降りかかるってことだよ。)

 コメットさん☆は、そんなことを言っていたケースケの表情を思い出した。ケースケが、海洋研究所に働きに行くというのは、海の変化を感じてるからだろうと思って、遠くの海を見る目になった。

ツヨシくん:おっ、コメットさん☆、回想シーンに入ったのかな?。

ネネちゃん:あのね、ドラマじゃないんだから…。…でも、ツヨシくんは、本当にコメットさん☆のこと、よく見ているね。

ツヨシくん:まあね。

 ツヨシくんとネネちゃんは、ヒソヒソと言葉を交わしたが、ツヨシくんは自信に満ちた言葉で締めくくった。

 春風が吹き始めた3月は、桜のつぼみも少しずつ大きくなり、それが薄く黄色みを帯び、やがて赤くなって花開く。そんな時間の流れを見るのが、いつもコメットさん☆の楽しみになっていた。もちろん、ほかの植物たちも、花を咲かせ始め、鳥や動物たちも、動きが活発になる。コブシの花が咲き、ミモザアカシアが黄色い花をほころばせる。取り忘れのキンカンの実をねらって、ヒヨドリがやって来る。大きな声で鳴きながら。そんな平凡だが、いつものようなゆったりとした時間が、ここ藤吉家の回りには流れているはずなのだが、今年のコメットさん☆の心は、どこか落ち着かない。時々それに気付き、「いつもはこんな気持ちじゃないのに…」と思うのだが、どうすることもできない。それはもちろん、ケースケが、オーストラリアに行ってしまう日がやってくるのを、押しとどめることが出来ないという、焦りのようなものから来る。それでコメットさん☆の心は、「どうしよう?」と、とまどいが先に立つのだった。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん…、結局やっぱりオーストラリアに行っちゃうのかなぁ…。

 ふいにネネちゃんが、ウッドデッキの手すりに両ひじを突いて、遠くの海を見ながら言う。

コメットさん☆:…ネネちゃん。

 そばに棒立ちになって、やはり遠くの海をじっと見ていたコメットさん☆は、つぶやくように答えた。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、どう答えていいのか迷って、しばらく黙っていた。

ネネちゃん:あ…、ごめん…。コメットさん☆…。

コメットさん☆:なんで…、謝るの?、ネネちゃん…。

ネネちゃん:気にしているんだろうなって、思って…。

コメットさん☆:そっか…。うん…。気にしていないって言ったら、うそ…かな?…。

 コメットさん☆は、言葉を区切るようにしながら言う。

ツヨシくん:(やっぱりかぁ…。)

 ツヨシくんは、黙って二人のやりとりを聞いていたが、内心では触れたくないところに触れてしまったような気持ちになった。

コメットさん☆:ケースケは、もうすぐ卒業式だね…。それがすむと、引っ越しの準備なんじゃないかしらって…。沙也加ママが言ってた。

ネネちゃん:…コメットさん☆、いいの、その話しても…。

コメットさん☆:別にいけないことなんて、ないよ?。

ネネちゃん:あのね、ケースケ兄ちゃんが、コメットさん☆のこと…。

ツヨシくん:もうやめろよ、ネネ…。そんなこと、わかってるじゃん…。

 コメットさん☆が、次第に寂しそうな顔になるのを見て、ツヨシくんは少し大きめの声で、ネネちゃんの言葉を遮るように言った。

ネネちゃん:……。

コメットさん☆:……。

 ネネちゃんも、コメットさん☆も押し黙った。ネネちゃんは、いつもなら言い返しているところだが、ツヨシくんに「わかっているじゃん」と言われると、それ以上言葉を発することは出来なかった。そんなみんなの気分とはうらはらに、春の陽光は、ずっとウッドデッキに降り注いでいた。

 

 日が傾きかける頃、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの三人は、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に行くことにした。なんだか今日は、三人でいても、間が持たないような感じだったからである。春の日は、だいぶ長くなったとは言え、春分の日まではだいぶある。もう日の光は、オレンジ色を帯びていた。

 星のトンネルを通る三人は、やっぱりずっと押し黙っていた。そんな空気を吹き消すかのように、コメットさん☆が言った。

コメットさん☆:だいぶ日が長くなったね。

ツヨシくん:うん。だんだん長くなるね。いいよねぇ〜、夏は近いや。3月のぉ♪〜、次は4月でぇ〜、それから5月が過ぎると夏なのですぅ〜♪。

ネネちゃん:あのね、夏はまだまだ先!。何を言っているのよツヨシくんはぁ!。それにその変な歌やめてよ気持ち悪いなぁ!。

コメットさん☆:ふふふ…。

 コメットさん☆は、今日初めてではないかという笑いを、口元に浮かべた。それを見たツヨシくんとネネちゃんは、そっと目を見合わせた。しかしコメットさん☆は、ふと春分の日が過ぎたら、ケースケはもういないのだろうと思うのだった。そう思うと、口元からは笑みが消えてしまう。気にしていないつもりなのに、夢に向かって旅立つはずのケースケを、笑顔で送ろうと思うのに、そうは思えない自分が、もう一人いるような気持ちだった。

 沙也加ママさんのお店に着くと、ツヨシくんとネネちゃんは、沙也加ママさんの手伝いをするでもなく、何となくお店の中をぶらぶらした。まるで見るだけのお客さんのように。コメットさん☆だけは、レジの脇に立つ。

沙也加ママさん:どうしたの?。何か今日はみんな静かね。

コメットさん☆:えーと、そういうわけでも無いんですけど…。あははは…。

 コメットさん☆は、無理に作り笑いをする。沙也加ママさんはそれを見透かすかのように、じっとコメットさん☆を見る。

ツヨシくん:あー、ママ。春向きの商品入れてる?。

ネネちゃん:ちゃんと仕入れしておかないと、季節は変わるよ。

 ツヨシくんとネネちゃんも、わざとそんなことを言ってみる。

沙也加ママさん:まあ、どうしたの?、二人とも。どういう風の吹き回しだか。見ればわかるでしょ?。もう2月の終わりには、コメットさん☆といっしょに、商品の入れ替えはすんでいるわよ?。変な二人ね。

ツヨシくん:そうだよね。そうそう…。

 ツヨシくんは、ちらりとネネちゃんを見る。

ネネちゃん:そー…だね。本当だ。ちゃんと入れ替わってるね。見落としちゃったぁ。

 ネネちゃんはわざとらしく言う。そんな妙な空気が漂う「HONNO KIMOCHI YA」。もう少しして、日が暮れると閉店だ。特にお客さんはない。…と、そんなとき、入口の扉が、少し遠慮がちに開いた。

沙也加ママさん:いらっしゃ…。あっ…。

コメットさん☆:いらっしゃいま…せ…。…ケースケ…。

 やって来たのはケースケだった。

ケースケ:よっ…。あ、こんにちは…。

 ケースケはコメットさん☆に手を挙げてあいさつすると、沙也加ママさんの顔を見ておじぎした。

 

 ケースケとコメットさん☆は、コメットさん☆の誘いで「HONNO KIMOCHI YA」の屋上に上がり、暮れゆく夕日を見ていた。稲村ヶ崎の向こうに、空をオレンジに染めながら沈んでいく夕日…。それを見つめながら、ケースケとコメットさん☆は、まだ冷たさの残る風に吹かれていた。春になったとは言え、まだまだ日が傾くと、気温は急に下がる。

ケースケ:ああー、ライフセービング・チャンピオンシップ、さすがに出られなかったぜ…。

 ケースケが唐突に言った。

コメットさん☆:え?、なあにそれ?。

ケースケ:オーストラリアの大会さ。こっちにいるし、成績も良くなかったからな。

コメットさん☆:そう…。

 コメットさん☆は、一度ケースケのほうを見て、また前に向き直って答えた。

コメットさん☆:オーストラリア、遠いよね…。

ケースケ:ああ、それもなんだけど…、さすがに高校の卒業も近いし、ヒマも無くて、東京湾岸の屋内大会も、今年はパスだ。しかたねぇさ。

コメットさん☆:そっか。

ケースケ:だけど…、来年からは…。

コメットさん☆:…来年からは?。

ケースケ:毎年出られるかもな…。

 ケースケは、コメットさん☆の顔色を、ちらちらとうかがうように言った。

コメットさん☆:それって…、ケースケの夢に近づけるってことだよね。

 コメットさん☆は、あえて素っ気なく答えてみた。もちろん、それがどういう意味かは理解した上で。

コメットさん☆:あのね、ケースケ。

 ところがコメットさん☆は、それに続けてはっきりとした声で言う。

ケースケ:んん?。

コメットさん☆:星国には、『友情は海をも越える』って言葉があるんだよ。

ケースケ:へえ。それってコメットのふるさとの国にか?。

コメットさん☆:そう。星国の海は、ほとんどのところが、荒れたところなんだよ。それに近くの星国にも、星の海を越えて行かないとならない…。そんな荒れた海も、遠い距離も、友情は越えていく。そういう意味…。

ケースケ:ち、ちょっと待てよ。そんな荒れた海ばかりなのか?、コメットの国って。…それは初めて聞くな。そんな海あったのかぁ。…あ、それに、近くの「ほしくに」って言うのは、別の国?。そこへ行くのに「星の海を越える」って?。…よくわからないぞ?。

コメットさん☆:うふふふ…。そういう例えみたいなものかな?。

ケースケ:はあ?。もう一度整理して言ってみてくれよ。

コメットさん☆:いいじゃない。とにかく、「友情は海すらも越えていく」ってこと。

ケースケ:ああ…。なるほどね。…まあ、確かにそうだな。友だちとか、恋人の気持ちとか、人の思いに距離なんて、関係ないさ…。

 ケースケは、「コメットは時々妙なことを言うな」と、内心思った。しかし、人の思いに距離は関係ないと言ってみても、オーストラリア・ケアンズと、この鎌倉との距離は、相当なものだとも思う。気持ちの上では、そばにいるつもりでも、実際にそばにいるわけではない以上、その間を埋めることは出来ない。その現実を考えると、まずい話の持って行き方になったかと思って、ケースケの心も重くなるのだった。

ツヨシくん:もう…、コメットさん☆は、ケースケ兄ちゃんと何をこんなに長く、話し込んでいるのかな。

 そのころ、階下では、沙也加ママさんがお店を閉める準備で、窓のブラインドを降ろしていた。ツヨシくんは、1階から2階に上がる階段に座り込み、窓から差し込む夕日を見ながら、ぼそっと言った。

ネネちゃん:そりゃあまあ、恋人同士の会話でしょ。

 隣に座っているネネちゃんが答える。

ツヨシくん:こ…、恋人同士の会話って…。なんか…、やだなぁ…。

ネネちゃん:もしかすると…、やっぱりコメットさん☆取られちゃうかもしれないよー?。

 ネネちゃんは、わざとからかうように言う。

ツヨシくん:そんな…、ネネ、コメットさん☆のこと、物みたいに言うなよぅ!。

ネネちゃん:別に物みたいに言ってないよ。でも、ケースケ兄ちゃんからしてみれば、そんなこと思っているかもしれないじゃん。ツヨシくん、それ強引に引きはがす力あるの?。

ツヨシくん:…えー?、そ…、そんなぁ…。今さらそんなの無しだよぅ…。

 ツヨシくんは、真剣にそんなこともあるかと思い込み、がっくりしたように答える。そして、見えはしない屋上を、室内から心配そうに見上げた。

沙也加ママさん:大丈夫でしょ。きっと。

 沙也加ママさんが引き取って言う。しかし、沙也加ママさんも、ツヨシくんがネネちゃんと話しているのを聞いて、コメットさん☆がケースケについて、オーストラリアへ行ってしまう可能性が無くはないことを、今さらながら心配し始めていた。もしそんなことになるとしたら、王様や王妃さまは、なんて言うかしら…などと思う。第一、コメットさん☆の意志を、直接聞いて確かめたわけではない。

 ところが、そんなみんなの心配をよそに、ケースケとコメットさん☆は、案外楽しげな話に終始していた。

コメットさん☆:ケースケは、どうして研究所に勤めようと思ったの?。

ケースケ:なんだよ、ははは…。いまさらそんなことを聞くのか?。簡単には言ったはずだけどな?。

 ケースケは、にやっと笑って答える。

ケースケ:あー、つまりオレは考えたんだ。オレは海で事故が起こって、海がきらいになっちまう人が、いなくなればいいって思って、海に来る人を守るライフセーバーになった。それで世界一のライフセーバーになろうと思った。…でも、まだその先もあるんだな。…今、世界の海は、汚れたり、環境の変化で、海自体悲鳴を上げてる。海洋研究所ってところは、海そのものの未来を守るための研究をするところでもあるんだ…。海を守れなければ、海に来る人だって守れない。…そうだろ?。だから…、オレはそういうところに、身を置いてみたい…。そうも思ったんだ…。

 ケースケは一気に語る。

コメットさん☆:そうなんだ…。ケースケは、またもっと大きな夢を見つけちゃったんだね。そんなケースケは、かがやいてる。

 コメットさん☆は、ケースケが語る彼らしい夢の姿に、まぶしいような目を向けた。最近いくらかかげりがちだったケースケのかがやきは、今はまばゆい。

ケースケ:いや、まあ…、なんていうか…。そんなかっこいいもんじゃないけどよ…。なんか気にならないか?、海の変化が。

コメットさん☆:…うん。そうだね…。なんか天気が荒々しくなったって、景太朗パパも言っていたし、ここからよく由比ヶ浜を見ていても、ひどい天気の時があるね。

ケースケ:そうだよな。師匠からはオレも聞いたさ。毎年台風もめちゃくちゃ大きくなっているし…。この星の、気候の変化は、海にかかってる。そのことを研究するのと、世界一のライフセーバーになるのと、両方やっちまおうって思ったのさ。欲張りだけどな。

コメットさん☆:そんなことないよ。欲張りだなんて。それだけケースケの、海に対する思いが強くて、かがやきを持っているってことなんだよ。

ケースケ:そうかな。ふふふっ…。かがやきか。なんだかそのコメットの言う「かがやき」って、多いとか少ないとか面白い言い方だな。コメット以外じゃ、聞いたことないな。

コメットさん☆:そ、そうかな?。あははは…。

 コメットさん☆は、ばつが悪そうに笑った。

ケースケ:あ…、もう日が暮れる…。

 ケースケは、稲村ヶ崎の向こうに日が落ちていくのを見て言った。コメットさん☆もそっちを見る。二人の顔を、最後の夕日がオレンジ色に染める。

コメットさん☆:ほんとだね…。

ケースケ:…オレが向こうに行っても、…応援…してくれよな…。

コメットさん☆:…うん。

 ケースケは、その心のうちでは、コメットさん☆にこう言って欲しかったのだ。「行かないでここで練習を続ければいいじゃない」と…。しかし、コメットさん☆は、静かにうなずきながら、力を込めるように「うん」としか答えてくれなかった。ケースケは、それでもどこかあきらめきれない思いがあるような気がした。自分は、夢を達成しに、遠くの国に旅立とうとしている。それは自らの力強い意志なのに、どこかでコメットさん☆に、それを止めてもらいたいような思い。その思いがどうしてわくのか、ケースケに今答えは出せなかった。

 夕日はどんどんと沈んでいき、それとともに寒さがやって来る。

コメットさん☆:…くしゃん!。

ケースケ:あ、も、もう寒いよな。すまん。下に降りようぜ。

コメットさん☆:うん。ありがと、ケースケ。

ケースケ:また今度な…。

コメットさん☆:え?。…うん。

 コメットさん☆は、ケースケのその言葉に、多少の引っかかりを感じた。また今度はどうするというのだろう?。しかしケースケは、もう一度コメットさん☆と話をしてみたいと思っていた。仕切直し、と思いながら。そして右手をポケットの中に入れ、屋上から下に降りる階段に、足を進めつつ、ふと後ろを振り返った。そこには、足元に気を付けながらケースケに歩み寄るコメットさん☆がいた。ケースケは、コメットさん☆に手を伸ばしながら、稲村ヶ崎の夕映えを遠くに見た。

ケースケ:(…今日も、渡せなかったか…。)

 ケースケのジャケットに付いたポケットの中の右手には、この前コメットさん☆に渡そうとして、渡せなかった例の小箱が今日も握られていた。

 春はまさにこのところで始まったばかり。しかし、春の天気は、穏やかな日ばかりではなく、むしろ雨が降ったり、風が吹いたり、寒暖の差が激しかったりする。ケースケとコメットさん☆、それにツヨシくん、ネネちゃん、沙也加ママさん…。みんなの気持ちもまた、春の天気のように、ここしばらく、あれこれ変化が激しいのかもしれない。ケースケが、「HONNO KIMOCHI YA」の屋上から見た夕映え。彼がコメットさん☆といっしょに見た、最後の夕映えになってしまうのだろうか…。

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★第294話:海の向こう−−(2007年3月中旬放送)

 3月も中旬になると、いくらか春らしいほんわかと暖かい日が続くようになる。やや寒い日もあるが、暖かい日が少しずつ多くなり、波を描いてやってくるかのようだ。

沙也加ママさん:もう梅も終わりのようよ。

コメットさん☆:そうなんですね…。

 沙也加ママさんとコメットさん☆は、そんな暖かめのある日、横浜に向かって電車に乗っていた。二人並んで座る窓の外には、もう咲き終わりの梅と、盛りの過ぎたスイセンが、ちらちらと見える。ようやくやってきた春も、来てしまえば足早に見える。

コメットさん☆:沙也加ママ、今日はどんな買い物を?。

沙也加ママさん:そうね。みんなの春物の服と…、靴を見ようかしら。

コメットさん☆:そうですか。なんか楽しみ。

 コメットさん☆は、そういつものように答えたが、どこかやっぱり声のトーンが低めである。ケースケの言葉が、まだどこかにひっかかっているのだった。しかし電車は、そんなコメットさん☆の思いなど関係なく、さっさと横浜に着いた。

沙也加ママさん:これなんか、コメットさん☆にいいんじゃない?。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆に靴をすすめる。新しく、春っぽい、濃いピンク色の靴。バックスキン調で、光の当たり具合によって、微妙に色が変わって見える。

コメットさん☆:私のは…、それは値段が…。

沙也加ママさん:いいんだってば。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆にその靴を履かせてくれた。

沙也加ママさん:どう?。

コメットさん☆:わあ…、似合うかな?。

沙也加ママさん:行くんでしょ?、ケースケの卒業式…。

 沙也加ママさんは、靴店のいすに座りながらコメットさん☆を眺め、静かな声で言った。

コメットさん☆:え?、あ、はい…。

沙也加ママさん:それなら、いつもより、おしゃれして行くべきじゃない?。

コメットさん☆:…はい。

 そうしてコメットさん☆は、濃いピンク色でバックスキンの、軽い革靴を買ってもらった。

 

 数日後、とうとうケースケは、夜間高校を卒業するときが来た。1日の授業時間数が限られるから、4年間かかる夜間高校。ケースケは優秀で、単位を落とすこともなく、予定通り4年でカリキュラムを終え、高卒の資格を得ることになった。この資格がないと、オーストラリアに行って、研究所の職員になることもできないわけである。

 ケースケは、朝からそわそわしつつ、めったに着ないスーツを出して着替えた。1着しかないスーツなのだ。さすがに今までとは違う気持ちがする。一歩大人になったというか、年齢的に大人の年齢ということだけではなく、これから遠くの国で、働きながらライフセーバーをして、やがて世界大会で優勝する…。そんな夢の新たな出発点かと思うと、あらためて緊張する気持ちになる。ケースケは、そんなちょっとしたドキドキを感じながら、普段めったに袖を通さないワイシャツを着て、ボタンを上まで留めた。

ケースケ:うっ…、一番上のボタン、しばらく着ないうちに、きつくなったな…。

 それは、ケースケが一回り大きな体つきになった証拠でもあった。いわば、トレーニングの成果でもある。

ケースケ:えーと、ズボンズボンと…。これで腹が出ていたらイヤだな…。よっと…。…はあ、まあそれは大丈夫だ…。

 ズボンを腰まで上げ、ベルトを通してはめながら、ケースケは独り言を言った。さすがにしっかりした筋肉質の体は、ウエストがぶよぶよということはない。次いでネクタイを締め、ベストと上着を着て、前ボタンを留めると、鏡の前に立ってみた。そこには、普段のケースケとは、全く違って、大人びた雰囲気のケースケが立っていた。櫛で髪を一なですると、ケースケはつぶやいた。

ケースケ:よし。

 ケースケのアパートの窓からは、春の朝日が射し込んでいた。

 そのころ、藤吉家のリビングでも、みんな用意をしていた。

景太朗パパさん:えーと、式は10時からだったよね、ママ。

沙也加ママさん:そうよ。10時から。パパ、ネクタイはどうするのー?。

景太朗パパさん:ちゃんとしていくよ。だって、ループタイでカジュアルにってわけにも、行かないだろう?。

沙也加ママさん:そりゃそうよね。ツヨシとネネは準備してるー?。

 沙也加ママさんは、奥のタンスがおかれた部屋から、大きな声で景太朗パパさんや、ツヨシくん、ネネちゃんに尋ねる。

ツヨシくん:してるよー、ママぁ!。…よかった長ズボンでさ。

 沙也加ママさんに返事をしたツヨシくんは、リビングに出されていた縦長の鏡の前で、ワイシャツの襟を気にしながら、そばのネネちゃんに言う。

ネネちゃん:なんで?。

ツヨシくん:なんか子どもっぽいじゃん、短いズボンはさ。

ネネちゃん:ツヨシくん、子どもじゃない。

ツヨシくん:そんなことないよ。もう子どもじゃないもんね。

ネネちゃん:まだ子どもだよ。電車も子ども料金じゃん。

ツヨシくん:そんなこと言うなら、ネネだって子どもだろ?。ぼくたち同い年なんだもん。

ネネちゃん:うっ…、そうだけどさぁ…。

 ネネちゃんは、白いブラウスに、ちょっとした飾り付きの、グレーのブレザーを着て、そろいのスカートで決める。ツヨシくんも、こういう時を考えて買ってもらってあった、式服の上下だ。長ズボンで大人と同じなのが、ツヨシくんのお気に入りである。

 ネネちゃんは、ふと2階のコメットさん☆の部屋を、リビングから見上げた。そして言う。

ネネちゃん:コメットさん☆は、今日どんな格好で行くのかな?。

ツヨシくん:さあ…。ぼく聞いてないよ。

ネネちゃん:あのね、そりゃあいちいちツヨシくんに教えないっていうか、言う必要もないでしょ?。

ツヨシくん:それはそうだけどさあ…。

 コメットさん☆の「かっこいい」スタイルが、やっぱり気になるツヨシくんなのであった。その時ラバボーが階段を下りてきた。

ネネちゃん:あ、ラバボー…。どうしたの?。

ラバボー:…部屋追い出されたボ。姫さまから…。着替えるからって。

ネネちゃん:それは当然だね。

ツヨシくん:うーん、そういうものなのか…。たとえラバボーでも?。

ネネちゃん:もうコメットさん☆も、子どもじゃないんだもん。ツヨシくん、いっしょに泳ぎに行ってくれるなんて、奇跡的だよ、たぶん。

ツヨシくん:そうなのかなぁ…。

 ツヨシくんは、自分が式服を着て、大人っぽい服装だからか、普段強く意識してなかった、「異性」としてのコメットさん☆を意識して、複雑な気持ちになった。

 そのころコメットさん☆は、2階の自室で、胸元にフリルのついたブラウス、そしてやや長めのスカートとブレザーの、少し彩度を落とした薄いピンク色ツーピースを着て、鏡に向かっていた。赤毛のコメットさん☆に合わせた、大人っぽいフォーマル。星国にいた頃は、時々ドレスを着せられ、つまらない舞踏会になんて、参加させられていたものだが、ここ地球で、こんなフォーマルなスタイルになると、また違った緊張感がある。コメットさん☆は、スカートのすそを整え、ブレザーの襟を正した。そして一つ、「ふぅ」と深呼吸をした。

 

 それからしばらくして、景太朗パパさんの運転するワゴン車は、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆を乗せて、深沢第三高校へと走っていった。窓の外には、春の日に照らされた、まだ枯れ木のような桜並木が映る。しかしよく見れば、もうつぼみは動き出していて、花開く日を待っているのだった。コメットさん☆は、後ろの3列目座席から、そんな景色をぼうっと見ていた。程なく車は、深沢第三高校に着いた。特別に解放された、校庭の片隅に、車は止められた。門のところには、「卒業式」の大きな看板が掲げられているのが見える。

 コメットさん☆をはじめとするみんなは、揃って体育館の2階から、ケースケの出る卒業式を見守った。一人一人が名前を呼ばれ、壇上に上がって卒業証書を受け取る。証書を渡しているのは、校長先生であろう。式は整然と進む。コメットさん☆は、初めて見るそんな光景に、何となく星国のパーティを思い出していた。形にはまった一種の「儀式」は、どこも同じなのだとも思えた。ケースケもまた、単なる卒業生の一人として名前を呼ばれ、校長から証書を受け取ると、また壇の下におり、自分の席に戻った。静かに進む式は、厳かではあるが、どこか機械的に見えた。

 式が終わって、卒業生たちが体育館の外に出てくると、そこここで人垣が出来た。友人や後輩が、卒業生たちそれぞれを取り囲む。もちろん両親や親戚の人に祝福されている人も。そんな中で、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、それに景太朗パパさんと沙也加ママさんは、ケースケを探した。狭いところに似たようなスーツ姿の人が、たくさんいるものだから、なかなか見つからない。

景太朗パパさん:ケースケは一体どこだぁ?。

沙也加ママさん:そうねぇ…。どこかしら?。

ツヨシくん:人がたくさんで見えないよ。

ネネちゃん:私も…。もっと背が高いといいなぁ。あ、でも、ツヨシくんより少し高くなったの。

コメットさん☆:へえ、そうなんだ。ネネちゃんのほうが、少し成長が早いのかな?。

ネネちゃん:うん…。

 ネネちゃんは、ケースケにあげようと思っている小さな花束を手にしている。コメットさん☆もまた、一輪の赤いバラを持って。コメットさん☆が背伸びしながら、見渡したその時、友人と笑って語らうケースケを見つけた。そしてその後ろには、背の低い女性が立っている。

コメットさん☆:あ、ケースケいたよ。景太朗パパさん、沙也加ママさん、ケースケが。

景太朗パパさん:お、いたか。コメットさん☆、どっち?。

コメットさん☆:あそこ…かな?。

 コメットさん☆は、指さした。ツヨシくんとネネちゃんも駆け出す。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃーん!。

 ケースケはその声に振り返った。

ケースケ:おお。ツヨシにネネじゃんか。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、卒業おめでとう。はいこれ。

 ネネちゃんは、ケースケに走り寄ると、後ろに隠すように持っていた花束をさっと手渡した。

ケースケ:お、すまねぇな。ありがとよ。いやー、なんか照れるな…。

友人A:おお、三島ぁ、かわいい女の子に花束もらっているのか?。やばいなぁ…、あははは。

ケースケ:な、なんでやばいんだよ…、まったく。こいつらと来たら、今日の今日までこういうこと言うんだぜ。

 ケースケは、照れたような笑いを浮かべて言う。しかし、その視線の先には、景太朗パパさん、沙也加ママさんとともに、コメットさん☆の姿をとらえていた。

景太朗パパさん:ようケースケ、おめでとう。

 ツヨシくんとネネちゃんに一足遅れて、景太朗パパさんが言う。

沙也加ママさん:ケースケ、とうとう卒業ね。これでもう本格的に社会人。ケースケも大人になったわねぇー。

コメットさん☆:あの、ケースケ…。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんの後ろから、少しうつむき加減でコメットさん☆が近づいてきた。コメットさん☆もなんだか恥ずかしいような気持ち。

ケースケ:師匠、ありがとうございます。師匠の奥さんにも、いつもお世話になりっぱなしで…。

沙也加ママさん:いいのよ。そんなことより、ほら…。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆の背中をそっと押した。コメットさん☆は、それにしたがって歩み出る。

コメットさん☆:ケースケ、卒業おめでとう…。これ…。

 コメットさん☆は、ケースケをちらりと見ると、そっと手に持ったバラを手渡した。

ケースケ:…ありがとよ。赤いバラか…。いいな。

コメットさん☆:ちょっと、なんか私のほうが照れるけど…。あはは…。

ケースケ:いや、なんていうか…、その…、コメットにもずいぶん応援してもらったよな。ありがとう。おかげでこうやって、卒業することが出来たぜ。

 ケースケはそう言うと、恥ずかしそうに下を向いた。コメットさん☆のスーツ姿がまぶしくて、…そんな気持ちがしたからだ。それで下げた視線の先に、コメットさん☆の濃いピンク色の靴を見た。ケースケは、ふと、「コメットは、新しい靴までおろして、ここに来てくれたのか」と思った。そうすると、顔をあげて、コメットさん☆の顔をじっと見た。

コメットさん☆:そんな…、私はたいして…。

 まじまじと見られたコメットさん☆は、今度は恥ずかしそうに、少しうつむいて答えた。

女性:あ、あの、藤吉さんのみなさんですか?。

 と、その時、ケースケの少し向こう側にいた、40代くらいの女性が、遠慮がちに進み出てきた。

景太朗パパさん:はい。そうですが。

女性:いつもうちの佳祐がお世話になりっぱなしで、なかなかお目にかかることも出来ず、失礼いたしておりました。私、三島佳祐の母でございます。

沙也加ママさん:あ、いつもお手紙をいただきまして、お母様でしたか。わたくし、藤吉沙也加でございます。この度はおめでとうございます。

ケースケの母:ありがとうございます。いろいろ佳祐が遠征とか言いまして、海外の大会とかいうものに出るに当たりましては、お世話になりっぱなしで、本当に申し訳ありませんでした。さしたるお礼も出来ずに…。いつも心苦しく思っておりました。

景太朗パパさん:いいえ。…あー、申し遅れました。私は藤吉景太朗です。お母様、どうぞご心配なく…。私の趣味も兼ねておりましたし…。佳祐君の志には、大変感銘を受けておりました。彼がまた、オーストラリアで研究の傍ら、世界一のライフセーバーを目指すと聞き、世界の大舞台に挑む佳祐君の意志を、また応援したく思っております。

ケースケの母:本当に仏頂面の息子で、失礼をしていたのではないかと心配しておりますが、今後もまたいろいろご指導下さいますようお願いいたします。

景太朗パパさん:はあ…。しかしもう、彼に指導なんて、するようなことはないと思いますよ。彼はもう立派な大人です。これからも自らの道を、切り開いて行くでしょう。なあ、ケースケ。お母様に心配かけないように、がんばれよ。

ケースケ:はい…。

ケースケの母:本当はもっとみなさんとお話したいんですが、私もいっしょにオーストラリアに行くことになりました。それでこれから先生方にもごあいさつと、一度仕事先に行って、引き継ぎをしなくてはなりません。大変失礼をいたしますが、これにて一足先に失礼させていただかなくてはなりません。せっかくみなさんにお目にかかれたばかりなのですが…。

沙也加ママさん:そうですか。お母様もご一緒にオーストラリアへねぇ。

ケースケの母:ええ。結局そのほうが心配ないと、息子が申しますので…。

景太朗パパさん:いいですねぇ、それは。向こうはずっと気候もいいですし…。

ケースケの母:はい…。…あ、もしかして…、あなたがコメットさん☆という方ですか?。

 ケースケの母は、コメットさん☆の姿を認めると、一二歩歩み寄りながら尋ねた。

コメットさん☆:は、はい、そうです…。

ケースケ:わー、おふくろ!。そ、コメットはいいから!。

 ケースケはあわてる。

ケースケの母:だってお前、ごあいさつしないわけには行かないだろ?。あなたがコメットさん☆ですか。いつも息子から、お名前は聞いていました。いつも息子を応援して下さって、ありがとうございました。

 ケースケの母は、コメットさん☆に深々と頭を下げた。

コメットさん☆:あ、あのっ…、そ、そんな私は…、応援って言うか…。

 コメットさん☆は、びっくりしてうろたえ気味に答えた。

ケースケの母:息子がオーストラリアに行っても、また応援してやって下さい。

コメットさん☆:あ…、は、はい…。

ケースケ:あー、もういいから、おふくろ。きっとコメットは、ちゃんと応援してくれるよ。そんなこと、おふくろからお願いしないでくれよ…。恥ずかしいじゃねぇか…。

景太朗パパさん:まあケースケ、そう言うな。親の気持ちって、そういうものだぞ。

ケースケ:そりゃあ…、そうかもしれませんけど…。

 真っ赤になってあわてるケースケを見て、少し微笑んだコメットさん☆は一方、海の向こうのケースケを、じっと応援し続けることになるんだろうなと、ぼうっと考えていた。

コメットさん☆:ケースケ、オーストラリアに出発するのは…、いつ?。

ケースケ:ああ、来週…、ちょうど一週間後だな。

ツヨシくん:ええ!?、一週間って、もうそんなすぐなの?、ケースケ兄ちゃん。

ケースケ:ああ。もう少し余裕をみたかったところなんだが、卒業式と、いろいろな手続きを両方すすめるとなると、しょうがねえんだな、これが。なんか、みんなには悪いんだけどよ…。

 ケースケはそう言うと、ふと寂しそうな顔になった。コメットさん☆は、それを見逃さなかった。

ネネちゃん:…寂しくなるなぁ、ケースケ兄ちゃんが向こうに行っちゃうと…。

景太朗パパさん:ネネ、ケースケは、新しい夢に向かって旅立つんだから、笑顔で送り出してやろうよ。

ネネちゃん:うん…。そうだね。ごめんね、ケースケ兄ちゃん。

ケースケ:いやいや…。気にすることはねぇよ。オレが自分で決めた道なんだから…。

 ケースケはそう言いながらも、いつもより硬い表情で答えていた。

 卒業式後のひととき、にぎわいを見せた校庭も、みな後ろ髪を引かれるような思いで、一人、また一人と学校をあとにして行く。ケースケの母は、ケースケの担任をつとめた先生にあいさつをし、それから一足先に帰っていった。ケースケもまた、ライフセーバーとして活動したり、トレーニングの合間、学校へ行くまでの間などに、いつも顔を出していたサーフショップへ、あいさつに行くことにした。

景太朗パパさん:ケースケどうするんだ?。あの由比ヶ浜のサーフショップだろ?。このまま前まで送ろうか。

ケースケ:あ、いえ…。車で前までっていうのも、なんか気が引けるんで…。師匠の家からは歩いて行きますよ。

 帰り道、景太朗パパさんの運転するワゴン車へ、同乗したケースケは、ハンドルを握る景太朗パパさんの問いに、そう答えた。沙也加ママさんは助手席、2列目にツヨシくんとネネちゃん、3列目はケースケとコメットさん☆が乗っている。

沙也加ママさん:でも…、うちからじゃ遠いわよ?。あ、パパ、それならうちのお店に寄って。そこからなら近いわ。

景太朗パパさん:ああ、それはいいね。ケースケそれでいいだろ?。「HONNO KIMOCHI YA」から歩いていくのならどうだ?。

ケースケ:は、はあ…。師匠、何から何まですみません…。

景太朗パパさん:いいんだよ、気にするな。ケースケの晴れの舞台じゃないか。

ケースケ:なんかずいぶん長いこと、お世話になりっぱなしで…。

 ケースケは、珍しくちょっと感傷的な気分になっていた。そのケースケの言葉に、景太朗パパさんは、にこっと微笑んで応えた。しかしケースケは、窓の外を見ながら、コメットさん☆に小さい声で言うのだった。

ケースケ:…おふくろが心配するんだよ。

コメットさん☆:えっ?。

ケースケ:知らない国に行くっていうのはよ…。

コメットさん☆:そうなんだ…。

 コメットさん☆は、「それなら鎌倉にずっといてくれればいいのに」と思ったが、いまさらそんなことを言えるはずもない。

ケースケ:海外なんて、行ったこともないからって、どうやって生活するのかって心配するんだな、おふくろ…。

コメットさん☆:お母様は、向こうでどうするの?。

 コメットさん☆は、どう聞いていいのかわからず、少しばかりぞんざいな聞き方になった。

ケースケ:そうだな…、ビザの関係もあるが…、当面は職探しかもな…。…でも、きっとオレは現地に腰を落ち着けて、研究の傍ら、世界一のライフセーバーになって、タイトルを持ち続けながら、研究員の収入で、おふくろを食べさせるつもりさ…。

コメットさん☆:ケースケ…。やっぱり強い意気込みなんだね…。

 コメットさん☆は、ケースケを心配しながらも、まぶしそうに見た。

ケースケ:それくらいのつもりじゃないと、仕事と選手は両立できないだろ。

 ケースケに不安がないわけではなかった。いや、むしろ不安の方が大きいかもしれない。しかし、いまさらそんなことを言うわけにも行かない。もう前に出るのみなのだ。

ケースケ:…やがては、大学卒の資格も、取れるかもしれない…。研究所に勤めながら、通信制の大学に入れば…。中学までは、勉強なんて大嫌いだったオレが…。

 ケースケはそんなことも語るのだった。今までとは違った立場で、オーストラリアに赴こうとするケースケ。希望を語るケースケには、かがやきが宿るが、一方で、彼なりのとまどいもあるのだった。

 車は静かに「HONNO KIMOCHI YA」に着いた。車を降りるケースケは、コメットさん☆にそっと手を貸した。ツヨシくんはそんな様子を腕組みしながら見ていたが、濃いピンクの靴を履いて、ピンク色のスーツで決めたコメットさん☆を見たケースケは、一言ぼそっとつぶやいた。

ケースケ:コメット、その服似合ってるな…。

コメットさん☆:そう?。…ありがとう。

ツヨシくん:……。

 微妙な空気も漂うのだ。

コメットさん☆:引っ越しはどうするの?、ケースケ。

 コメットさん☆は、別れ際、ケースケにたずねた。ケースケは、由比ヶ浜の海岸沿いを歩き出そうとしたところで振り返り、答えた。

ケースケ:ああ、青木さんたちが手伝ってくれるさ。あとは…、海外だからな、業者に頼んだ。

コメットさん☆:そっか…。着々と準備、進んでるね。

ケースケ:まあ…、そうかな…。あのさ、コメット。

コメットさん☆:なあに?。

ケースケ:もう一度…、もう一度、日本を離れる前に、話ができるといいんだがな…。

コメットさん☆:そうだね。わかった。必ずそうしよ。

ケースケ:ああ。必ずな。なんか、もう少し、話がしたいような気がして…。

コメットさん☆:…うん…。私も…。

 ケースケは、いつもとは全く違って、どことなく自信がなさそうに言う。じっと下を見て、コメットさん☆の靴を見つめながら。あの濃いピンク色の靴を…。そんなコメットさん☆も、寂しそうな目で答えた。

 コメットさん☆は、ケースケが行ってしまうと、春の海を、「HONNO KIMOCHI YA」の前から見てしばらく考えた。春の海は穏やかで、冷たい風も吹いていない。ざあっざあっと、静かな波の音が聞こえる。

コメットさん☆:(ケースケは、やっぱり夢を追って行くんだね…。そのかがやきはまぶしいよ。…もし私が、ケースケのそばにずっといれば、きっとケースケは私のことを見てくれるんだろうな…。でも、それじゃ、ケースケの夢をさまたげてしまうのかも…。)

コメットさん☆:(それから…、やっぱり私、ケースケのこと、どこか「恋人」って思えないな…。メテオさんや、みんな同年代の人たちは、もっと簡単に恋人って思えてるのかもしれないけど…。ケースケの思っている夢が、私の夢じゃないし…。私の夢を、ケースケがかなえてくれようとすれば、ケースケは…、ケースケの夢を捨てないとならないのかも…。だから、いつもどこかで思っている、あこがれのような人…。それがケースケだったのかも…。)

 コメットさん☆は、ケースケのことを想えば、きっとケースケはそれに応えようとするだろう。しかしそのことが、ケースケの心を自分に引き寄せてしまうことになり、練習や大会のじゃまになってしまうのではないか、そうも思うのだった。それは、コメットさん☆の思い過ごしではなくて、ケースケ自身も気になっていることでもあった。コメットさん☆のことを想ったからとて、練習が手につかなくなるということはないが、影響がないかと言われれば、ないと言い切る自信はない。そういう気持ちが、ケースケを苦しめるのだ。コメットさん☆もまた、心は苦しい。ケースケについて、オーストラリアに行ってしまうことが、出来ないわけではない。しかし、もしそんなことをしたら、星の子たちは、星ビトはなんと思うだろうか。それに、ふるさとである星国そのものがどうなってしまうのか。父である王様の期待だって、きっとあるのだろうと思う。自分とケースケの想いが、ケースケを迷わせ、星ビトや星の子の期待を裏切るとしたら、コメットさん☆は、おとなしくケースケと「さよなら」しようと思うのだ。その悲しさに耐えきる自信は無いけれど…。

 

 夕食がすんで、それぞれの時間。隣の部屋では、ネネちゃんが笛の練習をしている音が聞こえ、1階では景太朗パパさんと沙也加ママさんが、ニュースを見ながらあれこれ話をしている声が聞こえる。いつもの藤吉家の夜である。その中でコメットさん☆は、ラバボーといっしょに窓の外をじっと眺めていた。昼間なら遠くに海が見えるはずだが、夜の闇で遠くは見えない。空の星はちかちかまたたいているのが見える。その星をコメットさん☆とラバボーは、じっと見上げる。

コメットさん☆:ラバボー、星が見える…。

ラバボー:うん、姫さま、少しだけど見えるボ。

コメットさん☆:ラバピョンの住む信州は、まだ雪かな?。

ラバボー:まだ雪は消えないボ。

コメットさん☆:そっか…。

 そんな何気ない会話をする二人。しかしラバボーは、コメットさん☆の思いを、敏感に感じ取っていた。

ラバボー:姫さま、ケースケといつ会うんだボ?。

コメットさん☆:…そうだね。いつかな…。前の日…かな?。

ラバボー:それだけでいいのかボ?。

コメットさん☆:…うん。

ラバボー:そうなのかボ…。

 ラバボーは、何度も会うよりは、「それでいいのかもしれない」と思った。きっとそのほうが、想いを整理できるのかもと…。

 “20歳のケースケ”。コメットさん☆はその言葉を思い浮かべ、しばらく考えた。

コメットさん☆:(大人ってことだよね…、ケースケは…。私よりもともと少し年上だったし、私は地球だと、2年に1回しか誕生日はないから…。…でも、「大人になる」って、どういうことだろう?。)

 そこでコメットさん☆は、いつだったか沙也加ママさんにお店で言われた言葉を思い出した。

(沙也加ママさん:いつから大人って、年齢の数字で決まるよりは…、そうね、自分に責任を持てる立場になった時かな?。)

コメットさん☆:…自分に責任を持てる立場かぁ…。

ラバボー:何がだボ?、姫さま。

 コメットさん☆が独り言のようにつぶやくと、ラバボーが不思議そうに見た。

コメットさん☆:あはっ…、何でもないよ…。

 コメットさん☆は、あわてて手を振った。それでも、自分なりにそれはどういう時だろうかと考えてみる。ケースケは、自分の責任で、母すらも連れて、オーストラリアに行くという。それこそ「大人」としての責任の持ち方なのだろうと思う。

ラバボー:姫さまだって、星の子や星ビトに責任持っているんだボ?。

 ラバボーが、見透かしたようにそんなことを言う。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆は、思わず聞き返し、ラバボーの顔を見た。しかし、すぐに前の窓のほうに向き直り、言葉を続けた。

コメットさん☆:そう…なのかな…。

 ケースケへの想いと、星の子や星ビト、そして星国の王女としてのコメットさん☆の立場。そのせめぎ合いが、今夜もコメットさん☆の心をざわつかせるのだ。

 

 そのころ、ケースケもまた、引っ越しの準備が進み、だんだん荷物が少なくなったアパートの部屋で、いすに座り、窓の外を見ながら考え事をしていた。青木さんたちから祝福を受け、ようやく帰ってきたところなのだ。最後の荷物を整理しなくてはならないのだが、疲れがたまって、さすがにそんな気にはなれない。思い出すのはコメットさん☆のこと。

ケースケ:(オレは…、コメットのこと、どこかでやっぱり「妹」のように、思っていたんだな…。それだから、デートらしいデートも、ろくろくしなかったし…。プレゼントやったりなんて、とうとうしなかった…。一度くらい、テーマパークに連れていったり、するべきだったんだろうか…。はじめのうちは…、ただ「気になる」女の子だったはずなのに…。…オレも子どもだったから…、「バカ」とか言って…。ツヨシが言う言葉じゃないが…、ずいぶん泣かしちまった…。来週、いよいよオーストラリアに行く時も、また…、泣かしちまうんだろうな…。)

 ケースケは、コメットさん☆のことを、意識的に「恋人ではない」と思おうとしていたのかもしれなかった。正直なところ、コメットさん☆を恋人のように思ってしまうと、世界一のライフセーバーになるという夢からは、遠ざかるかもしれないと考えた。「恋」は不自由なものなのだ。それに、コメットさん☆にも、よけいな心配をさせてしまうかもと、遠望したことも事実。さらには、「恋人」と認識した瞬間から、コメットさん☆への見方を変えなければならないことを、煩わしくも思ったというのも事実…。ケースケは、そこまで思ったとき、自分はとてつもなく不遜(ふそん)な人間だと思って、自己嫌悪を感じた。

ケースケ:(そんなにオレは、えらいのか?。いや…、えらくなんて…、ない…。)

 しかし一方でケースケは、コメットさん☆のことを、触れてはいけない大事な存在と思っていたのに、ずっとそのままでいいのだろうかと、思い直しつつあったのもまた事実だった。普通の「恋人」のように接してもいいのではないか。コメットさん☆への想いを、ずっと突き詰めれば…。キス…とか…。そして…、いっしょにオーストラリアに行こうと誘う気持ちの現れは、コメットさん☆に手渡そうとしている小箱の中に。ケースケにとって、コメットさん☆とはなんだったのか。それがとうとう、明かされようとしているのだった。

 そうして夜は更けていく。コメットさん☆とケースケ、二人とも窓の外を見つめ、またたく星の下で…。

 

 足早に春の日は過ぎていく。もうすぐ桜のつぼみが大きくなりはじめ、薄黄色く別れて、いよいよ咲く準備の最終段階になるというのに、コメットさん☆は、それを観察する余裕も無くなっていた。なるべくあれこれ考えないようにしているとはいえ、ふっとケースケのことを考えてしまうコメットさん☆。そして、荷物の最後の整理をしながら、コメットさん☆のことを考えてしまうケースケ。そんな二人なのに、渡航の準備に手間取り、ケースケはコメットさん☆に、なかなか連絡できなかった。

 とうとう、明日はもうケースケが、オーストラリアに旅立つという日の夕方になって、ようやくコメットさん☆のティンクルホンが鳴った。コメットさん☆が「前の日」と予想したのは、当たってしまったのだ。ティンクルホンを、リビングで耳に当てるコメットさん☆。

コメットさん☆:もしもし…。

ケースケ:あ、コメットか?。遅くなってすまん。あのさ…、これから七里ヶ浜の駐車場で会おう。

コメットさん☆:…うん。わかった。ケースケ待っていて。今すぐ行くね。

 コメットさん☆がそう言うと、電話は切れた。リビングから見て、2つ隣の部屋は、ツヨシくんの部屋だ。いつの間にか、ツヨシくんがリビングにやってきていた。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん…でしょ?。

 コメットさん☆は、びっくりして振り返った。珍しく緊張した顔のツヨシくんがそこにいた。

コメットさん☆:うん…。

ツヨシくん:コメットさん☆、必ず、帰ってきてよね…。

 ツヨシくんは、震えるような声で、そんなことを言う。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、それに答えることは出来なかった。

コメットさん☆:七里ヶ浜の駐車場で、ケースケとお話してくるね。沙也加ママに伝えてね、ツヨシくん。

ツヨシくん:……。

 今度はツヨシくんが答えない。そのツヨシくんの前を、足早に抜けるように、コメットさん☆は玄関に向かった。ツヨシくんは、コメットさん☆を追うように、体を向け、何事か口にしようと思ったのに、言葉を発することは出来なかった。そして、ただコメットさん☆の背中を、ずっと目で追った。ラバボーが心配そうに、2階から下りてきて、ツヨシくんの足もとに来た。

ラバボー:姫さま…、きっと帰ってきてだボ…。

 ラバボーはつぶやくように言う。

ツヨシくん:ラバボー…。きっと、コメットさん☆は帰ってくるよね?。

 ツヨシくんは、ラバボーに気付くと、そうたずねた。

ラバボー:ツヨシくん…。

 ラバボーは、それに対して、名前を呼ぶことしか出来なかった。二人は、心配そうな顔を見合わせるのみだ。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、行っちゃった?。

 そこに沙也加ママさんがそっとやってきて言った。

ツヨシくん:ママ…。…うん、行っちゃったよ…。

 ツヨシくんは、後ろに向き直り答えた。小さい声で…。

景太朗パパさん:きっと…、帰ってくると思うよ。コメットさん☆は、このみんなを置いて、出ていってしまうような人じゃないだろう?。

ネネちゃん:そうだよ、ツヨシくん。

 いつの間にか、景太朗パパさんとネネちゃんも、そこに来ていた。もう行ってしまったコメットさん☆を見送るかのように、リビングの窓から、門の方を見て…。家中のみんな、コメットさん☆がケースケにくっついて、オーストラリアに行ってしまうのを、心配していたのだ。

沙也加ママさん:ラバボーくん、ラバピョンちゃんを呼んでおいて。

ラバボー:えっ?、ママさん?…。

沙也加ママさん:きっとそのほうがいいような気がするわ。

ラバボー:わかりましたボ。今から呼んで来ますボ。

 ラバボーは、なんで沙也加ママさんがそんなことを言うのか、理解しにくかったが、そう言われれば、その通りの気もしたので、急いで窓からウッドデッキへ出て、星のトンネルをくぐり、ラバピョンを呼びに行った。

 

 夕闇の迫る道を、コメットさん☆は小走りに駆け下りていく。星のトンネルを通れば、すぐにつくというのに、今夜は普通の女の子のように、自分の足で歩いていこうと思ったのだった。桜並木の道を下り、曲がりくねったゆるい坂を、急ぎ足で歩く。何人かの人とすれ違うが、顔を見ている余裕はない。七里ヶ浜東の住宅街を抜け、稲村ヶ崎駅へ向かう一本道を急ぐコメットさん☆。ヘッドライトを点けた車をよけながら、夕焼けの空の下、コメットさん☆は歩き続ける。やがて稲村ヶ崎の駅が見えてきて、商店が立ち並ぶ駅前を通り抜け、踏切を渡る。駅には鎌倉行きの下り電車が到着したところのようだ。駅を通り過ぎて、突き当たりの道を右に曲がり、しばらく線路と平行に歩く。遠くの方で踏切の警報機が鳴っている。急ぎ足で歩くコメットさん☆の脇を、明るい車内灯に照らされた上り電車が追い抜いていく。コメットさん☆は、ちらりと電車の乗客を見た。ドア脇に立っている、高校生らしい女の子の姿が見えた。幸せそうに微笑んで、友人と話をしているのが見えた。コメットさん☆は、一瞬立ち止まりそうになったが、またいっそう急ぎ足で、電車を追いかけるかのように歩いた。するとまもなく、国道が見えてきた。いつも混雑している国道。その向こうには、駐車場が砂浜に突き出しているはずだ。そこにケースケもいるはず…。コメットさん☆は、少し息を上げながらも、横断歩道のところまで行き、そこで国道を渡った。

 駐車場は、もう暗くなっていて、所々に水銀灯の光が灯っていた。その下は明るい。黒い海の向こうには、キラキラと輝く江の島、そして展望灯台が見える。ほとんど人がいない駐車場に、コメットさん☆は歩みを進めた。少し心細い。早くケースケを見つけないと…。気ばかりが焦る。しかし、程なくケースケが、2つある砂浜へ降りる階段の、近い方にいるのを見つけた。防波堤を兼ねている、駐車場の壁の上に、足をかけて座っていた。コメットさん☆は、少しほっとした。

コメットさん☆:ケースケ…。

ケースケ:…コメット。…ありがとよ、来てくれて…。

コメットさん☆:私こそありがと…。だって…、明日はもう…。

ケースケ:あ、ああ…。

 ケースケは、多少歯切れが悪いかのように答えた。コメットさん☆は、それが少し気になった。

ケースケ:……。

コメットさん☆:……。

 ケースケは下を向いて、コメットさん☆が、今夜もあの新しい靴を履いているのに気付いた。印象に残る、濃いピンク色の靴…。二人は、しばらくの間、押し黙ったまま、江の島を望む防波堤の脇に立ちつくした。もう江の島の向こうに日は落ちてしまった。ちょうど二人のところには、水銀灯の銀色の光が落ちている。ふいにコメットさん☆は、着ていたジャケットのポケットを探り、かつてケースケからもらった、大きめの貝殻を取り出した。ケースケが、前にオーストラリアに行ってしまったとき、しばらくの間、ケースケの声を届けてくれていた、あの貝殻。

ケースケ:あ、…そ、それは…、コメット…。

 ケースケは、びっくりしたようにそれを見て、それからコメットさん☆を見つめて言った。

コメットさん☆:今朝まで飾っていたの。

ケースケ:え?、そうかぁ…。もう、オレのほうが忘れてたな…。すまん。

コメットさん☆:ううん。ここにね、ケースケがオーストラリアに行っちゃったとき、ずっと声が届いていたんだよ。

 コメットさん☆は、ケースケがオーストラリアに向けて、景太朗パパさんのヨットで航海している間、何度もこの七里ヶ浜に来ては、その声を聞いていたことを思い出しながら言う。

ケースケ:えっ!?。オレの声がそれに?。…あははは、そんなことあるかぁ?。

コメットさん☆:…ケースケがかがやいていたとき、その日あったことがここから…。

 ケースケは、コメットさん☆が妙なことを言うと思ったが、それもきっと「想い」の一つなのだろうと思った。想うことで、あたかも声が聞こえるかのようだった、と、そういうことなのだろうと。しかしその一方で、長い間漠然と感じていた、コメットさん☆という人の不思議さを思い出してもいた。

ケースケ:…そうか。じゃあ、またそうなるといいな…。オレも今度またオーストラリアに行ったら、コメットの声が聞きたいかもな…。

 ケースケは、あえてそう言ってみた。そんなことはあり得ないと思いながらも、もしそうなったら…という希望をこめて。コメットさん☆は、その言葉に少しびっくりした。現実主義者とも言うべきケースケが、そんな返答をするとは思わなかったからだ。

コメットさん☆:うん…。わかった。そうするね…。

 コメットさん☆は、静かにそう答えてうなずいた。

 またしばらくの沈黙が続く。ケースケは黒々とした海を見下ろし、コメットさん☆は駐車場の地面を見る。そのうちケースケが、思い出したように口を開いた。

ケースケ:…なんかオレよ、コメットのこと、どこか妹のように思っていて…。

コメットさん☆:ケースケ…。妹?。

 ぼそりと語りだしたケースケに、コメットさん☆は顔をあげた。

ケースケ:なんだか、恋人のようには踏み出せなかったって言うか…。

 ケースケは、今まで隠してきたかのような言い方で言う。ところが、当のコメットさん☆は、ケースケの顔を見ながら、しっかりとした口調で言った。

コメットさん☆:ケースケ、よく聞いて。

ケースケ:あ…、ああ、いいよ。

 ケースケは、珍しくコメットさん☆が真剣な顔で言うので、少し居住まいを正すようにしながら、コメットさん☆の顔をじっと見返した。

コメットさん☆:私、ケースケがオーストラリアに行っちゃったら、もう恋人でいることは出来ないけど…。

ケースケ:え…。コメット…。

 ケースケは、唐突に語られるコメットさん☆の言葉に、一瞬にして打ちのめされた。ケースケが「妹のように思っていた」というのに対して、コメットさん☆は、「もう恋人でいることは出来ない」と言うのだ。

コメットさん☆:…ずっと…、友だちではいたいな…。

 コメットさん☆は、そこまで言うと、涙を浮かべた。

ケースケ:コメット…、それは…。

 ケースケもとまどいを隠せなかった。たった今、貝殻に「想い」が込められていたと思ったケースケの心としては、意外な言葉だったからだ。それに、友だちとは、恋人以下だとも考えていたからだ。しかし…。

コメットさん☆:…友だちだっていう気持ちは…、…ただ好きっていう気持ちを…、こ…越えるって…。沙也加ママからも聞いたよ…。

 コメットさん☆は、涙でとぎれとぎれになりながら、そんなことを言う。

ケースケ:……。

 ケースケは押し黙って、それを聞いていた。

コメットさん☆:…友だちは、恋人以上ってことだよね…。…だから、私、ケースケのこと、本当の友だちとして、海のこっち側から応援…したいなって…。

ケースケ:……そうか。

 ケースケはそう答えたきり、じっと下を向いた。コメットさん☆は、涙をそっと手でぬぐっている。一度顔を上げかけたケースケは、コメットさん☆の様子を見て、もう一度下を向いた。そして考える。

ケースケ:(コメットが考える「恋人」と、オレが思っている「恋人」っていうのは、こうも違うってことだよな…。貝殻を通して聞こえるという「声」も、本当の友達でないと届かないということなのか…。…なるほどな。…やっぱりオレ、コメットのこと、何もわかっていなかった…。)

 コメットさん☆の語る言葉は、ケースケの想いを強く揺さぶる。今まで思ってきたコメットさん☆に対する気持ちは、根本的に間違っていたのではないか?。そうも思える。打ちのめされるケースケ。しかし、それで自らも傷つくコメットさん☆…。実はケースケの右手に、あの小箱が今日も握られている。

コメットさん☆:ケースケは…、ずっと私のあこがれだった…。でも、いつかあこがれだけじゃなくなっていたよ…。今日は…、…どうしても…、泣いちゃうよ…。

 コメットさん☆は、そう言うと、目に手を当てた。

 ちょうどそのころ、ツヨシくんは裏山に立ちつくしていた。暗い裏山で、ざわざわと音を立てる常緑樹の間から、空を突き刺すように伸びる一本の桐の木。それのてっぺんが赤紫色にぼうっと光るのを、ずっと見上げていた。いてもたってもいられない気持ちの中、何かに誘われるように、ここにやってきたツヨシくん。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

 ツヨシくんは、そっとつぶやいた。

ケースケ:コメット、オレといっしょに、…オーストラリアに、…行かないか?。

 ケースケは、唐突に切り出した。

コメットさん☆:…ケースケ、そ…、それは…。

 コメットさん☆の心は、一瞬にして乱れる。面と向かってそう言われると、覚悟は揺らぎそうになる。だが…。

ケースケ:コメットさえよければ、オレと…。

コメットさん☆:ケースケ…。私…、星国に帰るときが、きっと来るから…。ケースケについていくことは…、…出来…ない…よ…。…ううっ…ぐす…。えっえっ…。

 コメットさん☆は、また堰を切ったように泣きだしてしまった。

ケースケ:ほしくに?。……そうか…。

 ケースケは、右手の小箱を握りしめる。

ケースケ:…しょうがない、よな…。

コメットさん☆:ううん…。私が…、私のせいだよ…。

ケースケ:いや、オレのほうこそ、勝手言っているんだよ…。ごめん…。

コメットさん☆:私、ケースケの仕事って、とても尊いんだと思う…。…尊敬してるよ。

ケースケ:いや、好きでやっていることだしよ…。

コメットさん☆:人の命を救うために、誰かのために、トレーニングを積んでって…、それって大変なことだと思う。…だから、絶対に世界一になって欲しい…。

ケースケ:救える命を、一人でも多く救いたい。それがオヤジとの、心の約束だったからな…。

 コメットさん☆は、その言葉に、また心をうたれた。しかしケースケは、普段だったらとても言えないような言葉を、コメットさん☆に対してなら、さらりと言っている自分に驚いていた。それが気恥ずかしくなり、少し話題を変えようと思った。泣いているコメットさん☆を、なんとか泣きやませようとも思ったし…。

ケースケ:ところでコメット、ずっと詳しく聞いてなかったけどよ…、いまさらだけど…、コメットの国って、どこなんだ?。その…、ほしくにっていうのは、正式にはなんて国?。

 コメットさん☆は、その言葉を聞き、ケースケの顔を見た。ケースケはいつものケースケと、さほど変わらないように見えたが、コメットさん☆にとっては、真剣な眼差しに見えた。コメットさん☆は、少しの間黙ってケースケの顔を見続けた。

コメットさん☆:……。

ケースケ:いや…、まさかオレも、今日まではっきり聞かないことになろうとは思わなかった…。わりぃな…。あ、でも、秘密ってことはないよな?。何かの理由で秘密にしたいのなら、べ、別に言わなくてもいいけどよ…。

 ケースケは、いつも不思議に思いながらも、何となく聞かないでいたことを、ふと申し訳ないような気持ちになりながら、一方でまずいことを聞いたのかと思って、少しうろたえたような口振りになった。しかしコメットさん☆は、キッと真面目な顔つきで、ケースケを見た。さっきまで流していた涙は、もう今は流していない。ケースケはそれを見ると、よけいに気まずい気持ちになった。

 だがコメットさん☆の行動は、ケースケの想像を絶するものだったのだ。

 コメットさん☆は、何も言わず、すっと左手を挙げ、防波堤の向こうに広がっている海を指さした。ケースケから見れば、その指の先は右手に広がる相模湾だ。コメットさん☆の指の先を追って、海の彼方を見た。当然、暗くなった海の先には、ちらちらと漁り火が見える程度で、どこか陸地が見えたりはしない。

ケースケ:えーと、そっちだと…。うーん、アメリカ…か、南米、いや、ニュージーランドかな?。

 ケースケは、そう言いながら少し考えるようなそぶりを示した。相模湾の彼方、と考えれば、その方向は、確実に北米から南米大陸、オセアニアだ。

 しかし、コメットさん☆は、ケースケを見つめたまま、その指をそのまま少しずつ上に上げていった。ケースケは、コメットさん☆が何をしているのか、理解できなくなった。

ケースケ:(なにぃ?…。もっと向こうって意味なのか?。すると大西洋?。大西洋の向こうは…、アフリカだが…。ヨーロッパは北過ぎるし…?。)

 ケースケがそんなことをぐるぐると考えているうちに、コメットさん☆の左手は、どんどんと上に向かっていき、ついには星のまたたく空のかなたを指さした。ケースケは、驚きを隠しきれない。コメットさん☆は、ひたすら真剣な眼差しでケースケを見つめている。

ケースケ:な…、…そんな…、お、お前…、そっちは…、空…だぞ?。こんな時に冗談はきついぜ…。

 ケースケは、びっくりしてコメットさん☆を見て言った。

コメットさん☆:…ケースケ、ごめんね。冗談なんかじゃない…。

ケースケ:えっ…。

 ケースケは、コメットさん☆の静かな、しかし強い言葉に衝撃を受けた。ふと、かなり前に、プラネット王子から言われた、「コメットは王女」という話と、関係があるのかもしれないと思った。それでも、コメットさん☆の指さす方向は、ケースケの想像を全く超越していて、それを信ずることなど、とうてい出来ないのであった。何しろ高い空を指さしているのだから…。だが、コメットさん☆の目を見ると、とても冗談やウソのたぐいとは思われない。否定に否定を繰り返さざるを得ず、混乱してなんと言えばいいのかわからなくなるケースケだった。

コメットさん☆:ケースケ…、私は「ハモニカ星国」というところから来たの…。

ケースケ:いや…、その…、それは聞いた気が…。

 ケースケは、すっかり答えがしどろもどろになった。いったい、ハモニカ星国とは、どこの国のことなのか。どこかの国の別名なのか?。世界史でそんなことは習っていない。いや、そもそもこの地球のことなのか!?。地球以外のわけがないだろう!?。そんな疑問が、頭の中を駆けめぐる。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、空を指さしたまま、じっとケースケを見つめている。ケースケは困ってしまった。コメットさん☆の言葉は、どういうことを言おうとしているのか、意図がはっきり理解できないのだ。おそらく出身地は、どこか遠い国なのだが、何か事情があって、明確にそれを口に出来ないのだろうと解釈した。だが…。次のコメットさん☆が語る言葉に息をのんだ。

コメットさん☆:私…、日焼けしないんだよ…。

ケースケ:コメット…。そ、それは…。

 そう言えば、ずっと疑問に思っていたのだ。夏の暑い時期、由比ヶ浜で遊ぶコメットさん☆を、何度も見ていて。時にはぽーっと、見とれていたこともあった。だが、いつもコメットさん☆の色白なその肌には、水着のあとすらついてない理由がわからなかった。最初は、強力な日焼け止めをしているのかと思っていた。日焼けは一種のやけどだから、コメットさん☆は日焼けすると、真っ赤になってしまうのだろうと思っていた。そんな例は、ライフセーバーをやっていると、よく目にする。だから強力な日焼け止めで、焼けないようにしているのかと、ケースケは独り合点していたのだ。ところが、コメットさん☆の言葉に、ケースケは動悸を感じた。ドキドキとした、心臓の高鳴る音…。こんなことは、ケースケの生きてきた中でも、めったにあることではなかった。ケースケの頭の中には、父親からもらって、愛読しているSF少年小説の一節が、わんわんとこだまし始めた。

“ぼくはこの地球へきて、マシンではない人間が、いろいろのことをしているのがそれはすばらしいとおもったんだ。ぼくがここへきた目的は、ぼくが人間らしいくらしをもういっぺんしてみたかったのと、きみたちにそのことをわすれないでもらいたいとおもったからさ。まだまだ、地球にはすばらしいものがたくさんある。なくなろうとしているものも、それはもちろんある。

 でも、きみたちみたいな子どもが、地球をだいじにしようとおもえば、地球にはまだ青い空も、星のみえる空気も、たねをまかなくてもしぜんに草のはえる地面もあるんだよ。いまの、ぼくの目的は、そのことをきみたちにいうことだった。……” (※下)

 まさかコメットが、宇宙人だとは思えないが…、しかし…。…ケースケの頭には、そんな言葉も浮かび上がる。もちろん、コメットさん☆がこのSFのような目的で、どこかの国からやってきたとは全く思えない。けれども、どことなく重なるイメージがないかと言われれば、ある、と言わざるを得ない気がする。ケースケは本来、空飛ぶ円盤とか、幽霊とかを信じる方ではないが、一方でライフセーバー仲間では、海で足を引っ張られたとか、かつて父親が見たという、夜の海を歩く人の姿が見えるといった怪談の類は聞かされていたから、全くあり得ないとまでは言い切れないと思っていた。だからSFの話も、遠い未来には、現実のことになるかもしれない…。そういうようにも思っていたのだった。そんなケースケでも、コメットさん☆の言葉は、次々と冷静さを失わせるものだった。

コメットさん☆:…私は、ハモニカ星国の王女。だから、ケースケと結婚するとしたら、ケースケは殿下になるんだよ。…でも、そうしたら、ケースケの夢はそこで終わっちゃう…。ケースケは星国で、世界一のライフセーバーになることはたぶん出来ないもの…。

ケースケ:コ…、コメット。そ、それはどういう意味なんだ?。

コメットさん☆:星国には、大荒れの海しかない…。だから、海水浴をする人なんて、この前私が海水浴場を作ってくるまで、誰もいなかったの。

ケースケ:な…、な…。海水浴場を作るって…。

 ケースケには、コメットさん☆の語る言葉が、ほとんど理解できなくなっていた。

コメットさん☆:信じられないかもしれないけど…。

ケースケ:そ、そんなこと、急に言われたって…。

 ケースケは、うろたえるかのように、視線を泳がせながら、下を向いて答えた。あまりに想像を超える話に、どう答えていいかわからなくなっていた。コメットさん☆はやっと、空を指さしていた手を下ろした。

コメットさん☆:…ほんとは、ケースケについて、オーストラリアに行ってもいいかなって思った。でも…、もし私がそうしちゃったら、星国のみんなが…。うう…ぐすん…。みんなが…、みんなが…。

 コメットさん☆は、そこまで言うと、また泣きじゃくってしまった。

ケースケ:……。

 ケースケは、押し黙ったまま、コメットさん☆の肩に手を置いた。まるで混乱した心の中、とりあえず頭の中を整理してみないと、なんだか雲の上にいるかのような感覚で、「頭が真っ白」というのは、こういうのを言うのだろうな、などと、関係ないことを考えてしまう。

ケースケ:…ぎ、逆はないかって言ったら、あるさ…。

コメットさん☆:えっ?。

 ケースケは、まるで今の話を聞いていなかったかのように、静かに語る。

ケースケ:オレが、もしコメットのことを、オーストラリアに連れていったら、それはコメットの夢を、壊すことになるかもしれない…。そのことで、オレがあれこれ悩むのを、きっとコメットも望んでないだろうなって、思っていたさ…。

 ケースケは、無理矢理遠くを見る目で、コメットさん☆と視線を合わせずに言う。コメットさん☆のふるさとがどこか、ということはともかく、自分の希望を、あくまで強く推そうとすれば、相手の夢のじゃまをすることには、ケースケももちろん気付いている。あらためてケースケは、自分が今持っていて、右手で握りしめていたものの意味を、今一度考え直してみた。これはいったい何の意味があっただろうと…。これを渡して、いっしょにオーストラリアに行こうと、コメットさん☆に言うつもりだったのに…。

コメットさん☆:ケースケ…。

 コメットさん☆は、つぶやくように、その名を呼んだ。

コメットさん☆:ケースケ、驚かないの?…。

ケースケ:…いや、驚いている…。何がなんだか、わからなくなっているさ…。だけど、そんなの関係ないじゃないか。オレは、…オレは、コメット、お前が好きなんだ…。正直に言えば、離れたくない…。コメットがどこの国から来たのか、どこの国のお姫さまか、そんなことは…、関係ないとオレは思う…。…そうだ、これ…、これを…。

 とうとうケースケは、そう言いながら、ポケットから小箱を取り出した。そして、カバーを取り、ふたを開ける。その中に入っていたのは、小さなプラチナの指輪。ケースケは、それをコメットさん☆の前に差し出した。

コメットさん☆:…ケースケ、それは…。

 コメットさん☆は、びっくりして目を見開いた。そしてその指輪の意味をすぐに理解した。そして自分の気持ちに問う。しばらくの時間が流れる…。

 コメットさん☆は、ゆっくりと目を閉じ、一筋の涙をまた流す。そして静かに答える。

コメットさん☆:ケースケ、ありがと…。私のこと、そんなに想ってくれてるんだ…。…うれしい。でも、…でも、私はやっぱり…、ハモニカ星国の王女だから…、いつか星国に帰らないと…。みんなが待ってる…。星ビトたちの、星の子たちの気持ちを、振り切れないよ…。だから…、それは受け取れないよ…。ごめん…ね…。

 最後はもう、言葉にならなかった。涙があふれてきてしまって…。コメットさん☆は、下を向いて、しゃくり上げるのみだった。ケースケはそれを見て、コメットさん☆の前に差し出した手を、ゆっくりと下ろした。それはケースケが、「最後の砦」を明け渡した瞬間だったのかもしれない。

ケースケ:(これでもう、思い残すこともなく、オーストラリアに行くことに…、なったな…。)

 ケースケは、さっきまでとは打って変わって、冷静にそう思っていた。二人を照らす水銀灯は、相変わらず冷たいような銀色の光を投げかける。ケースケは、ゆっくりとコメットさん☆の肩に手を触れた。

ケースケ:…大丈夫か?、コメット。…もう、泣くなよ…。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は、下を向いて流していた涙を、指でぬぐった。

ケースケ:もう気にするなよ。忘れてくれ。それぞれお互いのために、な。

コメットさん☆:ケースケ…。

 ケースケは、水銀灯の光の下で、寂しそうにつぶやいた。そしてコメットさん☆にそっと近寄ると、その両ほほに手を当てた。コメットさん☆は、それにびっくりして、ケースケの顔を見上げた。

ケースケ:最後に…。

 ケースケは、コメットさん☆の両ほほに手を当てたまま、一言そう言った。しかし、ほんの数秒が経過した次の瞬間、ケースケは両手を離し、コメットさん☆に言った。

ケースケ:やっぱり…、いつものように別れようぜ。また明日も、その先もずっとあるように…。

コメットさん☆:えっ?、ケースケ?。

 コメットさん☆は、ケースケの言っている意味が、よくわからなかった。そして、いきなりどうしたのだろう?、と思った。もしかして、またキスを?とも思ったが、その通り実のところ、ケースケは、コメットさん☆にキスをしようとしたのだった。しかし、ケースケは思いとどまった。もしそれを実際にしてしまったら、いつもの二人では、無くなってしまうと思え、それに、コメットさん☆の夢かもしれない、故郷である星国に王女として帰ることを、妨げてしまうかもしれない。ケースケは、二十歳を過ぎて、コメットさん☆のことを、それまでとは違った思いで、大事に思っていた。するとなおさら、コメットさん☆は、ケースケにとって、「妹のような存在」であり、「天使」のようでもあった。ただの「恋人」というのでは無いのだった。大事だからこそ、身を引いたのだ。

 しかし、コメットさん☆は、一瞬どうしていいかわからなくなった。

ケースケ:コメット、やっぱりコメットは、妹のようであり、それでいて「天使」のような存在だったな…。

コメットさん☆:そ、そうなの?。私は、ケースケにとって?。

 コメットさん☆は、ケースケが突然に意外なことを言うので、びっくりしながら言葉を返した。かつてイマシュンが言った、「ぼくにとってコメットさん☆は天使」という言葉と、同じことを言うケースケが、不思議に思えた。

ケースケ:あのさ…、明日も空港まで来てくれる…よな?。

コメットさん☆:うん。行くよ。ケースケが飛び立つまで、じっと見ていたいな…。

 コメットさん☆は、にこっとしたつもりだったが、やっぱり少し目が涙でうるんだ。しかしコメットさん☆は、そっと手を差し出した。ケースケは、その手を見て、なんだろうかと一瞬思った。

コメットさん☆:ケースケ、友だちのあかしだよ。握手しよっ。

ケースケ:ははっ、友だちか。

コメットさん☆:ずっと友だちだよ。友情は海をも越える…。星国ではそう言うんだってば。

ケースケ:ああ、そう聞いたな。よし、友情は海をも越えて、オーストラリアと、ここ鎌倉をつないでくれるかな?。

コメットさん☆:きっと、必ず…。

ケースケ:よし。オレたち、いつまでも友だちだぜ。

 ケースケは、コメットさん☆の手を取った。コメットさん☆よりも一回り大きな手で、しっかりと握手した。やわらかく、きゃしゃな手だが、コメットさん☆の手には、自分の夢を、強く後押ししてくれるパワーが、どこか秘められていると思えた。

コメットさん☆:ケースケ、ごめんね…。私、もう遅いから帰らないと…。もっと話していたいけど…。

ケースケ:ああ、もう遅いな。送っていくよ。

コメットさん☆:いいよ。なんか悪いから…。それに、人通りの多いところから帰るから…。

ケースケ:そうか…。

 いつものケースケなら、必ず送っていくはずなのだが、今夜は何となく、もうしばらく海のそばにいたい気がしたのだった。

コメットさん☆:じゃあね…。寂しいけど…、これでさよなら…。また明日ね…。

ケースケ:ああ。ありがとな…。今までありがとう…。コメットのためにも、必ずオーストラリアで、世界一のライフセーバーになるさ。

コメットさん☆:うん…。がんばって、ケースケ。

 コメットさん☆は、そう言うと、そっと目を伏せるようにしながら、駐車場をあとにした。さっと国道を渡り、国道の向こうにある、江ノ電の線路づたいに歩く。振り返り振り返り、ケースケに手を振りながら、少しずつ少しずつ、しかし確実にケースケから遠ざかっていく。ケースケもまた、手を振りつつ、コメットさん☆の姿を、目に焼き付けるかのように、追い続けた。

ケースケ:(「後ろ姿の見ゆるまではと、見送るなるべし…」か。古典で習った、松尾芭蕉の心境だな…。)

 ふと、そんなことを思うケースケ。国道からそれて、線路づたいに続く道へ向かうコメットさん☆が、最後に大きく手を振り、そして目に手を当てるのを見ると、ケースケもまた、言いようのない寂しさに包まれた。とうとう二人は、別の道を歩むことが、今決定的になったのだった。

 ケースケは、コメットさん☆の姿が見えなくなると、再び防波堤の上に座った。黒い海が、水銀灯からわずかに漏れる光に照らされて、波頭だけ白く見える。静かに寄せては返す、夜の海である。

ケースケ:(…これは、何だったんだろうな…。)

 ケースケは、コメットさん☆に結局受け取ってもらえなかった指輪を見て、一つため息をついた。

 コメットさん☆は、ケースケの姿が見えなくなっても、稲村ヶ崎駅へ向かって歩き続けていた。右側は住宅が建ち並び、左側には江ノ電の線路がある。沙也加ママさんから、日が暮れたらなるべくそこを通って帰りなさいと、言われている道だ。やがて川を渡り、駐在所を過ぎると、コンビニがあり、そこを左に曲がると、稲村ヶ崎駅だ。コメットさん☆は一度立ち止まり、そっとティッシュで鼻をかんだ。そして涙を両手のひらでぬぐうと、口に出して言ってみた。

コメットさん☆:もう泣かない…。家に帰るまでは…。大丈夫。

 そしてまた歩き出した。

 そのころ藤吉家では、沙也加ママさんが来ていてと、指名されたラバピョンを含めて、みんなが待っていた。

景太朗パパさん:コメットさん☆さすがに遅いなぁ…。ラバピョンちゃんまで待っているのに…、まさか…。

沙也加ママさん:なあにパパ、その「まさか」って。

景太朗パパさん:いや…、その…、若い二人だから…、そのまま…。

沙也加ママさん:ストーップ。そんなことは絶対にありません。コメットさん☆に限って!。さっき自分でも言っていたじゃないの!!。

景太朗パパさん:はいはい、そうでした…。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんの不安が、どんどんと増大していくのを止めた。

ツヨシくん:(コメットさん☆は…、また泣くんだろうな。)

 ツヨシくんは、そんなことが気になった。

ネネちゃん:ツヨシくん、どうしてそんなに静かなの?。コメットさん☆のこと、心配じゃないの?。

 ツヨシくんが、さっき庭や家の中をうろうろしていたのに、しばらく姿が見えないと思ったら、リビングに戻ってきたきり静かになったのを、ネネちゃんは不思議に思った。

ツヨシくん:心配だよ?。そりゃ心配だけどさ…。

景太朗パパさん:ネネ、あんまりツヨシを困らせるのはよしなよ。

ネネちゃん:…困らせてるつもりはないんだけど…。ご、ごめん…。

沙也加ママさん:今頃どうしているかしら?…。

ラバピョン:姫さまは、きっと星国と星ビト、それに星の子のことで悩んでいるのピョン…。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、責任感の強い子だから…。

ラバピョン:たぶん姫さまは…。

 ラバピョンも元気なく、ぼそぼそとしゃべる。しかしツヨシくんは、裏山の桐の木が、不思議な赤紫色の光を発したのを見た。それはなぜか、コメットさん☆と自分をつなぐ「シグナル」なのだと感じた。だが、それがどういう意味だろうかと、じっと考えていたのだ。

ツヨシくん:あ…。

 ツヨシくんはその時、すっと立ち上がると、玄関の方へと歩き出した。景太朗パパさんと沙也加ママさんは、ツヨシくんの様子を見て、顔を見合わせた。ラバピョンとラバボーも顔を見合わせる。

ネネちゃん:ち…、ちょっと、ツヨシくんどこへ行くのよー。

 ネネちゃんは、ツヨシくんの後ろ姿に声をかけた。すると、玄関の戸が、ガラガラと開く音がした。景太朗パパさん、沙也加ママさんは立ち上がった。

コメットさん☆:…ただ…いま…。

ツヨシくん:コメットさん☆、お帰り…。

 玄関の扉を開けたのは、もちろんコメットさん☆だった。そして、その玄関の中にいたのはツヨシくん。コメットさん☆は、ツヨシくんの姿を見ると、少しうつむきながら、みるみる目を潤ませた。

景太朗パパさん:お帰り、コメットさん☆。

沙也加ママさん:寒くなかった?、コメットさん☆。

ラバピョン:姫さま、お帰りなのピョン。

ネネちゃん:コメットさん☆、お帰りー。

ラバボー:姫さま、お帰りだボ。

コメットさん☆:みんな…、ただいま…。……う、うわーーーん…。

沙也加ママさん:あらあら…。

 コメットさん☆は、みんなが心配して出迎えてくれたので、緊張が解けたのか、年齢の割には恥ずかしげもなく、大声で泣き出してしまった。

景太朗パパさん:ツヨシ、お風呂をわかして。ママ、何か暖かいものを用意して。コメットさん☆、暖かいもの食べると、落ち着くよ。

コメットさん☆:うう…、ぐすっ、ぐすっ…。は…、はい…。

ツヨシくん:今お風呂わかすね、コメットさん☆。

沙也加ママさん:わかったわ。今すぐ用意しましょうね。

 景太朗パパさんやツヨシくん、それに沙也加ママさんのやさしい言葉に、コメットさん☆はよけい泣けてしまうのだった。

 

 春の夜は更けていき、もう寝る時間になった。コメットさん☆は、ベッドの上でパジャマの足を抱えながら、座り込んでいた。ラバピョンとラバボーが、そばにいる。心配そうな顔をしているが、コメットさん☆は、月明かりが差し込む窓から、外をじっと見ていた。

ラバピョン:姫さま、何を考えているのピョ?。

コメットさん☆:…なんでも、ないよ…。

 コメットさん☆は、小さい声で答える。しかし、その実ケースケに、自分の夢と、コメットさん☆自身を天秤にかけさせることになってしまったことを、気に病んでいた。その原因は、自分にあったのではないかと。と、その時、傍らに置かれたメモリーボールが光り出した。コメットさん☆は、はっとして、メモリーボールを両手で取って持ちあげた。

王妃さま:コメット、コメット?。

コメットさん☆:お母様…。

 メモリーボールからは、王妃さまが呼びかける。

王妃さま:何か話したいことがあるのでしょう?。話してごらんなさい。

コメットさん☆:お母様ぁ…。

 コメットさん☆は、また少し涙で目をうるませた。

コメットさん☆:ケースケが、オーストラリアに行っちゃうの。それは私の未来のためなの!?。

 珍しくコメットさん☆は、少し大きな声で聞く。ラバピョンとラバボーは、心配して顔を見合わせた。

ラバピョン:姫さま…。

王妃さま:それは一つの運命とも言うべきことなのでしょう。ケースケくんには、ケースケくんの夢を達成するための、考えがあってのこと。

コメットさん☆:私たち星ビトでも、わからない星の導きなんてあるの?。

王妃さま:コメット、あなたには今、見えなくなっているものがあるわ。私たちの生活全てが、星の導きによって決まっているのではありませんよ。だいたいのことは、私たち自身が、信じ、思い、考え、そして決めていることじゃない?。…それとも、星の子たちが、そんないじわるをすると、本当に思うの?。

 コメットさん☆は、そう言われてドキッとした。

コメットさん☆:…思わない。星の子たちも、星ビトたちも…、きっと私のことをいつも思ってくれる。

王妃さま:だからこそ、あなたは今夜そこに帰ってきた…。…人はね、人だからこそ、時に迷うもの…。星ビトだって、星の力を使わせてもらう時以外は、地球の人たちと何も変わらないのですよ。

コメットさん☆:うん…。

王妃さま:たとえ二人が、遠く離れてしまっても、絆が断たれるわけではないでしょう?。あなたと星国の絆が切れないように…。遠くでずっと想っていることだって、愛の一つなのですよ。

コメットさん☆:…そうだね、お母様。「愛」、愛かぁ…。愛なんだ…。

 コメットさん☆は、少し感情的になってしまったことを反省しつつ、「愛」という言葉を噛みしめた。

 そのころ、1階のツヨシくんの部屋では、ツヨシくんとネネちゃんが二人相談をしていた。

ネネちゃん:ツヨシくんとしては、どうするつもりなの?。

ツヨシくん:どうするって、言われても…。コメットさん☆を支えてあげたいと思うけどさ…。

ネネちゃん:何か具体的に無いの?。

ツヨシくん:ぐたいてきと言われても…。

 ツヨシくんは、妹のネネちゃんにそう迫られると困ってしまった。小学生高学年とは言え、ツヨシくんの力では、高級レストランにデートに行くというわけにも行かないし、有名バンドのコンサートに、コメットさん☆を連れ出すというのも無理である。だいたい、そもそもコメットさん☆は、そんなことで元気づく人でないことは、誰よりも知っている。

ツヨシくん:メテオさんじゃないからなぁ…。

ネネちゃん:メテオさんなら、どうだって言うの?。

ツヨシくん:メテオさんならさあ、イマシュンのコンサートに行くとか。

ネネちゃん:あのねぇ、ツヨシくんの彼女でしょ?。

 ネネちゃんはさすがにおませな言い方をする。

ツヨシくん:えー?、彼女って…。

 ツヨシくんは困ってしまう。

ツヨシくん:そりゃあさ、ケースケ兄ちゃんから、「コメットさん☆を守ってやってくれ、守るっていうのは、支えることだ」って、言われたんだけどさぁ…。

ネネちゃん:支えることって…、どんなことかなぁ。

ツヨシくん:とりあえず今夜は…、なぐさめることかなぁって思うけどさ…。コメットさん☆、ショック大きそうなんだもん…。それにさ、明日はケースケ兄ちゃんが、オーストラリアに出発する日だよ?。よけいに大泣きなんだろうな…。ぼくも悲しいや…。

ネネちゃん:うーん…、そうだね。明日は私も、なんか寂しいな…。ケースケ兄ちゃん、かっこよかったのに、もうしばらく会えないんだね…。

 ネネちゃんはぽつりとそんなことを言う。ツヨシくんは、そう言えば、何かと頼りにしてきたような気がするケースケとは、もう当分の間会うことすら出来ないのだと思いだした。そうすると、とたんにどこか心細くなる。

ツヨシくん:そうだ…、ケースケ兄ちゃんは、もういなくなるんだよね、少なくとも当分は。

ネネちゃん:何言っているのよ、それが問題なんじゃん。

ツヨシくん:そうだけどさぁ…。

 正直なところ、ツヨシくんもどうしていいかわからないのだ。自分自身も、ケースケがオーストラリアに渡ることで、寂しいと思う気持ちもある。ましてやそのケースケを恋人だと思っていたコメットさん☆が、同じ屋根の下に住んでいるのだ。ツヨシくんとしては、どう接していいのかわからない。コメットさん☆を独り占め出来るという想いと、コメットさん☆を一人で支えるには、まだあらゆる力が足りないと思う心のせめぎ合いが、そこにはある。

ネネちゃん:一晩寝ずに、コメットさん☆のことをなぐさめて、話し相手になってあげるべきだね。

ツヨシくん:えー?。そんなことしたら、ぼくはもちろん、コメットさん☆も徹夜になっちゃうじゃんか。

ネネちゃん:ま、それくらいのカクゴは必要。そういうことだね。

ツヨシくん:もう…、ネネはだんだんムチャクチャ言うよ…。メテオさんみたい…。

 ツヨシくんは嘆くように言った。

メテオさん:へぇっくしょーーーい!。

留子さん:まあメテオちゃん、そんなはしたないくしゃみ、するものじゃありませんよ。

メテオさん:だって…、鼻が急にむずむずして…。誰か私のことをウワサしているのに違いないわったら、違いないわ。きっとろくなウワサじゃないんだから!。

 ちょうど夜の歯磨きをしようとしていたメテオさんは、風岡邸の洗面台で、大きなくしゃみをして言った。

 

 ケースケは、最後の用意を終え、明日大家さんに返す部屋のカギを、忘れないよう玄関の床に直接置いた。がらんとしたアパートの部屋。大家さんの好意で、出発の前の日まで貸してもらったが、もうここに戻ってくることもないのだろうと思うと、ケースケもさすがにしゅんとした気分になるのだった。

ケースケ:もう、あとは、今夜だけ借りたふとんで寝るだけか…。

 ケースケはつぶやくと、すっかり何もなくなった床に座り込み、窓から外を見た。月が出て、少し明るい空には、星がまたたくのが見える。しかし、考えるのは、やっぱりコメットさん☆のことである。

ケースケ:(コメットは、やっぱり何か事情があって、お忍びで留学しているんだろうな…。王女っていうのはほんとらしいし…。あー、世界史の教科書か何かに、世界の王国の名前が書かれていたんだが…、もう全部送っちまったしなぁ…。)

 ケースケはぼうっと、そんなことを考える。しかしふと、コメットさん☆が指さした空と、日焼けしないという言葉の意味を考えてみた。まさかコメットさん☆が、宇宙からやって来た、謎の人物だとは思わないが…。仮にそう考えると、つじつまが合ういくつかのことが思い出される。

ケースケ:(…そう言えば…、オレが海で泳いでいたとき…、コメットの声がしたような気がして、見たらずっと遠くの砂浜にいたことがあったな…。オレが七里ヶ浜での大会に出ていたときも、水中にいたような…。いや、あれは幻か?。まてまて…、師匠のヨットで、遭難しかけた漁船を助けたときも…、コメットの呼び声がしなかったらオレは…。…もしコメットが、もっと文明が進んだ星から来た人間だとしたら…、日焼けもしないし、空が故郷だと言うのも、全て説明がつくな…。うーん、そんなこと、ありうるのか?。)

 ケースケは、少し落ち着かない気持ちになっていた。テレビや雑誌に登場する宇宙人は、みんな大きな目をした灰色の肌の、頭がつるつるで身長の低い人、とされる。確かにコメットさん☆の目は大きくぱっちりしていて、それがかわいいと思うが、灰色の肌ではないし、ましてや頭がつるつるということはない。いや、そもそもケースケが抱いていて、世の中のそれとあまり変わらないはずの「宇宙人のイメージ」には、コメットさん☆が全く当てはまるはずもない。ケースケは、ちょっとドキドキするようなことだが、コメットさん☆の肌は白く美しく、暖かく赤い血が流れており、毎日おいしくごはんを食べれば、トイレにも行くだろうし、爪も伸びれば髪も伸び、お風呂に入って、体を清潔にするのだろうと思う。そんな当たり前の、命の営みをしているはずのコメットさん☆が、宇宙人だとはとても思えない。

ケースケ:(ま、ミステリアスなコメット。それもいいじゃないか…。)

 ケースケは、少々無理矢理そう思い直すと、ペットボトルのお茶を、ぐいっと一飲みした。

 

 コメットさん☆は、ラバピョンとラバボーといっしょにベッドに入った。二人は今夜、いっしょに寝てくれる。明日はケースケを、なるべく笑顔で送り出したい。そう思うのだった。しかしふと、ケースケが自分の両ほほを押さえたのは、なんだったのだろうかと思った。もしかすると、あれは、キスしようというサインだったのかも…。そう思うと、コメットさん☆はちょっと気恥ずかしく、また、ドキドキもしてしまうだった。

 二人の思いがいろいろに交錯する夜。このまま時間が止まれば、とも思うけれど、時計の針は、無情に進んでいく。明日、いよいよケースケは、オーストラリアに発つ…。

(次回へ続く)

※原著作者転載許諾済み。『プラスチックの木』(国土社・ブッキング刊)(C)1981・2006 Yoshiko Kohyama all rights reserved.
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★第295話:さよならの春−−(2007年3月中旬放送)

(コメットさん☆:あ…、ケースケ、もう行っちゃうの?。…あれ?。)

(ケースケ:コメット、何を言っているんだよ、ここはオーストラリアだぞ?。いまさらついて来たのか?。)

(コメットさん☆:え?、だって…。あっ…。)

(万里香ちゃん:コメットさん☆、私、オーストラリアで佳祐さんと暮らすわ。)

(コメットさん☆:…そ、そんなこと…。…そっか、万里香ちゃんが、ケースケの新しい恋人に…、なったんだ…。)

(ケースケ:まあ、そういうことかな?。だから、コメット、君は帰ってくれ。)

(コメットさん☆:き…、君は帰ってくれって…。そ…、それなら…、私どうやって……、ケースケ…、ケ…。)

コメットさん☆:ケースケぇー!…。

ラバピョン:姫さま、姫さまってば。

ラバボー:どうしたんだボ?、姫さまぁ。

コメットさん☆:…どうしたって…、あれ?。

ラバピョン:もう朝なのピョン…。夜が明けるピョン。姫さま、大丈夫ピョ?。

コメットさん☆:…はぁー。…夢?、夢だったのかぁ…。

 コメットさん☆は、光の向こうに、ケースケと、万里香ちゃんが行ってしまう夢を見ていたのだ。ケースケの「新しい恋人」なるものは、万里香ちゃんだと言うのだ。コメットさん☆は、いやな夢を見たような気分。そっとベッドで起きあがったが、なんだか気分はすぐれなかった。深呼吸をしながら、おでこに手のひらを当てる。

ラバボー:姫さま、ずいぶんうなされていたボ。いやな夢を見たのかボ?。

コメットさん☆:…うん。

 コメットさん☆は、青白い顔でそう答えた。ラバボーとラバピョンを起こしてしまったらしい。両側から心配そうにコメットさん☆に寄り添う二人。

コメットさん☆:はあっ…。ごめんね。起こしちゃったかな?。今、何時だろ?。

ラバピョン:6時少し回ったところなのピョン。

コメットさん☆:そう…。ありがと…。ああ…、なんだかイヤな夢を見てた…。

ラバピョン:どんな夢なのピョ?。

コメットさん☆:ケースケが、オーストラリアで、万里香ちゃんと恋人になっている夢…。

ラバボー:ケースケ、万里香ちゃんのこと、知らないボ?。

コメットさん☆:あはっ、考えてみればそうだよね…。…でも、なんだか自然な感じで現実になったみたいで…。私、夢の中でケースケに、「帰ってくれ」とか言われちゃった…。

ラバピョン:姫さまも、オーストラリアにいる夢なのピョ?。

コメットさん☆:うん…。なんでだかそうみたいだった…。

ラバピョン:心の奥の、気持ちの表れなのかもしれないピョン…。

コメットさん☆:そうなの?。

ラバピョン:夢はそういうものって、言うのピョン。きっと姫さまは、どこかでオーストラリアに行きたい気持ちを、もっているのピョン。

コメットさん☆:そうなのかなぁ…。

ラバボー:ラバピョン、そんなこと、今さら姫さまをよけいに困らせるだけだボ…。でも姫さま…、その夢は現実にあり得ない設定だボ。万里香ちゃんとケースケなんて、まるで関係ないボ?。

ラバピョン:姫さま、ごめんなさいなのピョン…。

コメットさん☆:ううん。ラバピョンの言うとおりだよ…。きっと…。

ラバボー:姫さま…。

ラバピョン:夢は、頭の中で勝手にストーリーが作られるのピョン。

コメットさん☆:あーあ、なんだか、よく眠れないような一晩だったかも…。今日は…、ケースケを見送りに行くんだから、元気にしてないと。

 コメットさん☆は、気持ちを切り換えるように言ってみた。そして窓に垂らしたカーテンを開けてみた。窓からは陽の光が射してくる。

コメットさん☆:ほら…、今日もいい天気みたいだよ。よかったぁ、ケースケが旅立つ日が、天気良くて。

ラバピョン:姫さま…。

ラバボー:……。

 コメットさん☆は、わざと明るく言ってみたが、ラバピョンとラバボーには、それが本心からの言葉でないことは、わかっていた。

 そのころ、ケースケも目覚め、ふとんを片づけていた。もうここに戻ってくることはないだろう。そう思うと、やはりケースケの心には、いろいろな思い出がわく。仲間たちと楽しく、時に厳しく練習したこと。国内大会への参加。地元のライフセーバーとしての仕事。そしてコメットさん☆の励まし。それら全てが詰まっているこの鎌倉を、今日発つのである。少々のことでは動じないケースケでも、それは寂しく思うのであった。今夜の飛行機で日本を飛び立ち、明日の早朝、オーストラリア・ケアンズに着く予定になっている。玄関には、ライフセーバー仲間の友人からもらったスーツケースに、日本から旅立つのに必要なものが詰まっている。それ以外のものは、もう何も残っていない。昨日のうちに買っておいたパンと、ペットボトルの飲料を取り出すと、それをもそもそと食べ始めた。そして腕時計を見る。

ケースケ:7時か…。

 藤吉家では、表向きいつもの時間が流れているかのようであった。みんな起き出してきて、着替え、顔を洗って朝食の準備。景太朗パパさんは、新聞を取ってきて、リビングで目を通す。

景太朗パパさん:あーあ、なんだかよく眠れなかったよ…。コメットさん☆は?。

コメットさん☆:あ、はい…。私も…。夢みちゃって…。

景太朗パパさん:そうかぁ。

 そこにツヨシくんとネネちゃんがやって来た。

ツヨシくん:あーあ眠い…。よく眠れなかった。おはよ…。

 ツヨシくんが大あくびをしながら言う。

ネネちゃん:わたしもー。おはよう…。

 ネネちゃんも、はっきりしないような目だ。

コメットさん☆:おはよ、ツヨシくんとネネちゃん。

景太朗パパさん:おはよう…。パパもよく眠れなかったなぁ。

 ツヨシくんとネネちゃんに返事を返すコメットさん☆と景太朗パパさんも、どこかきりっとしない。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんは、何時の飛行機?。

 ツヨシくんが唐突に聞く。

景太朗パパさん:えーとね…、20時55分成田発ケアンズ行きだな。

コメットさん☆:えっ?、そんなに遅く?。

景太朗パパさん:あれ?、ケースケから聞いてない?。

コメットさん☆:…ちょっと、それは…、あははっ、聞いてませんでした。

ネネちゃん:コメットさん☆はぁ、もっと重要な話してたんだよね…。

コメットさん☆:…いや、その…、重要って言うか…。でも…、そうかな?。

景太朗パパさん:そうか…。ケースケを見送りに行くのは、いずれにしても夕方だから、日中は普通のタイムスケジュールでいこう。さて、みんな朝食の手伝いだ。

 景太朗パパさんはそう言いながら立ち上がった。ツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆もそれにしたがって、沙也加ママさんがいるキッチンへ行った。ちょうどそんな様子を、階段の上から見ていたラバピョンとラバボーは、そっとささやくように言葉を交わす。

ラバピョン:姫さま、今のところはそんなに沈んだ顔はしてないのピョン。

ラバボー:そうだけど…。この先大変かもしれないボ。

ラバピョン:そんなこと言っていてどうするのピョン!。ラバボーはお供なのピョ?。

ラバボー:…いくらお供でも、今度のことばかりは姫さま自身が乗り越えるしかないボ…。

ラバピョン:ラバボー、冷たいのピョン。

ラバボー:そ、そんなことないボ。…でも、気持ちの上では、ボーたちが代わってあげることも出来ないボ。

ラバピョン:それはそうだけど…。

 ラバピョンは困った顔をした。それはしかしラバボーも同じなのであった。コメットさん☆に声をかけてあげることは出来ても、それ以上のことが出来るわけではない。正直なところ、結局コメットさん☆が乗り越えるのを見守ることしか、誰にも出来ないのだ。

 

ケースケ:うん、だからさ、出国手続っていうのがあって、それに時間が結構かかるんだよ。だけどよ、おふくろ、東京をちょっと見るくらいは出来ると思う。

ケースケの母:そうかい。なら楽しみだね。もうしばらく…、もっとも今までもあんまり見たことはなかったがね、東京も見られないだろうから。

 ケースケと母は、携帯電話で会話をしていた。ケースケの母は、前日から都内のビジネスホテルに一人泊まっている。

ケースケ:で、おふくろ、今どこのホテルなんだ?。

ケースケの母:神田の近くさ。

ケースケ:それで…、オレはどうしようかな。

ケースケの母:ここのチェックアウトが10時だから、そのあとには迎えに来てくれないと、あたしゃどこに行けばいいのかわからないよ、佳祐。

ケースケ:そうだよな。わかった。じゃもうオレ出て、そっちへ向かうわ。そうだな…、そのホテル喫茶店あったよな。それなら…、10時半頃に行く。それでそのあたりをちょいと見てから、夜になる頃に、東京駅から成田に向かおう。

ケースケの母:東京駅から何で行くんだい?。電車かい?。

ケースケ:ああ。成田エクスプレスっていう、特急があるんだ。バスもいいんだが、渋滞にはまると時間通り着かないから、電車のほうがいいんじゃないか?。

ケースケの母:わかった。お前に任せるよ。

ケースケ:じゃあ…、もうすぐに出るから、ここを。

ケースケの母:私も準備して、10時過ぎたらチェックアウトして、喫茶店にいるさ。

ケースケ:じゃ、そこで。

 まだ時刻は、9時前。飛行機は夜に成田を発つので、昼間は案外ヒマになってしまう。ケースケは、その間を利用して、母親に都内観光をさせ、そして夜の成田エクスプレスで、成田空港に向かおうと思ったのだった。母は神田のビジネスホテルに泊まっているという。そこからなら、東京・大手町周辺の見物くらいは出来るだろう。汐留地区やお台場もちらっとなら見られるかもしれない。そんなことを考えながら、ケースケは出発の準備を進めた。もうここには戻ってこないのだ、という感傷は、今はもう湧いてこない。そんなことより、ちゃんと飛行機に乗って、現地に着くことの方が大事だ。しかも一人ならともかく、今夜は母を連れて行かなければならない。母親といっしょに…というと、抵抗があるけれども、わざわざ別々に渡航しなければならない理由もないし、母親は海外旅行すら、したことがないのだ。さすがに今夜は、放ってはおけないと、ケースケも思うのだった。

 

 コメットさん☆は、沙也加ママさんと、いつものようにお店へ手伝いに行っていた。ツヨシくんとネネちゃんは、これまたいつものように学校へ出かけ、景太朗パパさんは、仕事の打ち合わせのため、一人家に残っていた。夕方前には、全員いったん家に帰り、JR鎌倉駅から成田へ向かうことになっていた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、そんなにじっと立っていないで、お座りなさいな。

コメットさん☆:え?、あ、…はい。

 沙也加ママさんは、お店の窓から、ずっと窓の向こうに広がる由比ヶ浜を見つめ続けているコメットさん☆に、声をかけた。お店に来てから、ほとんど窓の外を見ていたからだ。

沙也加ママさん:何か見える?。

 沙也加ママさんは、そっとコメットさん☆のそばに寄ると、後ろから両肩に手を置いて尋ねた。

コメットさん☆:あはっ…、いいえ…。その…、海が見えるなぁって…。

沙也加ママさん:そうねぇ、海が見える。コメットさん☆にとっても、ケースケにとっても、思い出の海になっちゃうかな?、この由比ヶ浜は。

コメットさん☆:そうかも…。

 コメットさん☆は、少しうつむいて答える。

沙也加ママさん:今日もお店は暇だから、ここのいすに座って、外を見ていてもいいから。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ、ごめんなさい…。

沙也加ママさん:ふふふ…、いいのよ、今日はしょうがないわよね…。

 事実お客さんは来ない。春の陽気とは言え、まだ桜が咲いているわけではない。それに平日の午前中ということもあるのだろう。「HONNO KIMOCHI YA」が忙しくなるのは、やはり桜のつぼみが大きくなる頃から、夏の終わりまでである。コメットさん☆は、ゆっくりとレジ脇にあるいすに座り、そっと両手を頬に当てた。ふと、ケースケがキスしようとしたのではないか、というシーンを思い出し、少しドキドキする。

コメットさん☆:(ケースケは、私のこと、本当のところどう思っていたんだろう?。女の子として?。恋人として?。…それってキスとか、そういうことなの?。…どうしてそんなことなんだろう?。恋って、そういうことなの?。)

 コメットさん☆は、いまさら答えの出ないことを考える。しかし、もしケースケとキスしていたら、オーストラリアに行くことになってしまったかも…。そんなふうにも考える。恋すること=キスなどではない、と思いながらも、もしキスしていたら、何か違った向きに、自分が向いてしまったかもしれない。それが、恋することの持つ、予想できない力かも、などと思いに悩むコメットさん☆だった。

コメットさん☆:(人を好きになるって…、なんだか大変なこと…。お父様もお母様も、どうやって結婚したんだろう?…。好きになってから、どんな道のりをたどって、結婚したのかな?。景太朗パパも、沙也加ママも…。…でも、もし今夜、ケースケのこと見送ったら、私…、誰かのこと、また好きになれるのかな…?。)

 コメットさん☆は、そんなことも考える。そして、ともすれば弱気な気持ちになる。今、自分の知る限り、一番「かがやき」を失っているのは、自分自身だということが、深く胸に刺さる。

 と、そんなことを思っていたコメットさん☆のところに、思わぬ人がやって来た。

メテオさん:ちょっとぉ!、コメットいるのったら、いるの!?。

コメットさん☆:メ…、メテオさん…。

 メテオさんが、「HONNO KIMOCHI YA」の扉を、勢いよく開けて入ってきた。

沙也加ママさん:あら、メテオさんいらっしゃい。どうしたのあわてて。

メテオさん:あ、あわててなんて…、いるわったら、いるわ。

コメットさん☆:どうしたの、メテオさん。

メテオさん:コメット、聞いたわよ、ツヨシくんとネネちゃんから。カリカリ坊やが、今夜オーストラリアに行っちゃうんですって?。

コメットさん☆:…うん。

沙也加ママさん:あら、ツヨシとネネに会ったの?、メテオさん。

メテオさん:ええ。たまたまうちから出かけようかと思って、駅まで歩いていたら…。学校に行く二人と会いましたわ。

沙也加ママさん:それで聞いたのね。

メテオさん:ええ。そうですわ。…カリカリ坊やが、本気でオーストラリアに行くというのは…、わたくしもちょっと驚きだわ。

コメットさん☆:本気でって?。

メテオさん:あ…、だ…、だって、わたくしのお母様がなんて言うか…。

 メテオさんは、とっさに言いつくろった。ケースケの口から、コメットさん☆より先に、「オーストラリアに行くかもしれない」と聞いてしまった身としては、そうするよりなかった。

コメットさん☆:ああ…そっか…。

 コメットさん☆は、6年も前に、カスタネット星国女王であるメテオさんの母が、ケースケとイマシュンを比べていたのを思い出した。

メテオさん:そ、そんなことより、コメット、あなたついて行かないの?、そのオーストラリアへ。

コメットさん☆:行かないよ。

メテオさん:そ…、そう…。

 メテオさんは、コメットさん☆の目に、少し涙が浮かんでいるのに気付き、少しうろたえた。その一方で、「行かない」と明確に答えるコメットさん☆に、どこか心の底でほっとしていた。

 メテオさんとコメットさん☆は、「HONNO KIMOCHI YA」の2階に上がり、いすに向かい合って腰掛けた。コメットさん☆が入れた紅茶の香りが、湯気となって立ちのぼる。メテオさんは、少しそれを口にしながら、コメットさん☆を見た。コメットさん☆は、メテオさんと、まともに目を合わせようとはせず、小さな声で言う。

コメットさん☆:私、もう、人のことを好きになるのなんて…、やめたいかな…。

メテオさん:なんでよ?。

 メテオさんは、すぐ答える。

コメットさん☆:…な、なんでって…、別れが辛いもん…。

 少しの間、それを聞いて黙っていたメテオさんは、紅茶のカップを置くと、やや強い調子で言った。

メテオさん:…コメット、あなた、バカだわ。

コメットさん☆:…メ、メテオさん…、バカって…。

メテオさん:ほんっとにバカだわ!。何で別れるって決まっているのよ!。今度は別れないかもしれないじゃない。決まってもないことを、自分で決めつけて、どうするつもりなのよったら、どうするのよ!。

コメットさん☆:だ、だって…。

 コメットさん☆は、涙をにじませた。

メテオさん:…わたくしのこと、考えてみなさいよ…。

 今度は打って変わって、静かな声で言う。

コメットさん☆:…メテオさんには、瞬さんっていう…。

メテオさん:それがバカだって言うのよ!。

コメットさん☆:どうして?。

メテオさん:…あなたの恋人は、遠いところに行ってしまうかもしれないけど、行けば会えるでしょ。たいていの時はね。でも…、わたくしはそばにいるはずなのに、会うことすらままならない…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、メテオさんの言葉を黙って聞いていた。

メテオさん:…近くても会えないのは、とっても苦しい時もあるわよ…。そういうこと考えてみたことある?。

コメットさん☆:…な、なくはないけど…。

メテオさん:…でも、信じてるから。わたくし、瞬さまのこと…。

コメットさん☆:…信じ…てる…。

メテオさん:それに…、あなた本当に、カリカリ坊やが、あなたのこと、自分の夢より優先しようとしたと思うの!?。ただの一度でも!。

 メテオさんは、ツヨシくんといっしょにかいま見てしまった、コメットさん☆とケースケのデートを思い出しながら、感情的に言った。

コメットさん☆:…そ、それは…。

 コメットさん☆は、メテオさんの言葉に答えを失った。

メテオさん:あなたのことだけを、じっと、ずっと見て……。いえ…、こんなこと、わたくしの口から語らせる気?。

コメットさん☆:メテオさん…。それは…。

メテオさん:別れが辛いですって?。そんなの誰でも辛いわよ。恋人との別れが辛くない人なんて、この世にいやしない…。臆病で、自分がかわいいみたいな考え方しているなら、一生バカから抜け出せないわよ!?。

コメットさん☆:…うん…。

 コメットさん☆は、下を向いてはらはらと涙を流した。

メテオさん:わたくしも、少し言い過ぎたかしら…。泣かないで聞いてよ。…とにかく、別れが来るかもしれないから、最初から恋人を見つけようともしないなんて、そんな消極的なことを言っていたら、どんなかがやきだって、見つけられはしない…。そう思わない?。

コメットさん☆:…うん。…そうだよね…。

メテオさん:あんまり決めつけないことよ。筋道は一つじゃないと思うわ。それを信じること。そうすれば、きっと何かが変わる…。それくらいしか言えることはないけれど…。

 メテオさんは、まるで成人の女性であるかのように、落ち着いた物言いで言った。メテオさんの大きめな声は、もちろん1階のレジにいる沙也加ママさんにも届いていたが、沙也加ママさんは困ったような顔をしつつも、苦笑いするのだった。「学生時代、コメットさん☆と同じようなこと言い、そして友だちに、メテオさんのように言われもしたなぁ」と思いながら…。

 

ケースケの母:東京も変わったねぇ…。

ケースケ:ははは…、何言っているんだよおふくろ。おふくろはまだそんな歳じゃないだろ?。

ケースケの母:私が学生の頃に見た東京とは、また一段と変わったよ。

ケースケ:へえ…、そうか。

 ケースケとケースケの母は、浜松町にある高いビルの展望台から、東京を見下ろしていた。母親を迎えに行ったケースケは、東京駅に手荷物を預けてから母と会った。日本を離れる前に、母親に東京を見せておこうと思ったのだ。もちろん自らも、今までこんなアングルから、東京を見たことはなかったのだが。

ケースケ:小学生の時以来だな、こんなところから東京タワーを見るのは。

ケースケの母:そうかね。

 ケースケと、ケースケの母の足先には、やりのような東京タワー、そして芝公園、その向こうに無数に並ぶビル、やや遠くには新宿や六本木の高層ビル群が見え、さらに先には、ややかすんでいるが、富士山が見えた。

ケースケの母:今日は富士山がきれいだ。

ケースケ:ああ…。七里ヶ浜からの富士山もきれいなんだぜ…。でも、もう当分見られねぇな…。

ケースケの母:そうだねぇ…。向こうには、高い山はないのかね?。

ケースケ:無いこともないけど…、2000メートル級までだな。

ケースケの母:あんなに広い大陸なのに、意外と平らなのかね。

ケースケ:まあ、そういうことになるかな。…そのかわり、きれいな海があって、魚がうまいだろうさ。

 ケースケは、回廊のように360度を見渡せる展望室を、ゆっくりと歩きながら言った。そして、東京タワーと反対側へ移動する。そちら側は、東京湾を見下ろすポイントだ。

ケースケの母:あれ、あれはレインボーブリッジかね?。

ケースケ:ああ、そうだな。横浜のベイブリッジと、テレビに映っていると、よく間違える。

ケースケの母:あはは…、そうだね。海が見える…。

 ケースケの母は、少し笑って答えた。遠くを見る目のまま。

ケースケ:東京湾は、奥が深いからなぁ…。あ、見ろよおふくろ、真下。新幹線がまるでヘビのようだ…。

ケースケの母:ヘビはきらいだよ。

ケースケ:本物じゃないから。あははは…。

 珍しくケースケも笑った。母親に向かって、こんなに笑いかけたことは、あっただろうかと、ふと思う。

ケースケの母:新幹線の脇を行く、短いのはなんだい?。

ケースケ:ああ、あれはモノレールだろ。羽田へ行くやつだよ。

ケースケの母:そうかい。…それにしても、高いところだね、ここは。あっちは房総半島かね。東京も狭いようで、案外広いのかもしれないね。

ケースケ:そうだなぁ。島もあるし、西には2000メートル級の山もあるしな。

ケースケの母:佳祐は、いろいろなことを知っているねぇ。もうすっかり大人になって…。父ちゃんに見せたかった…。

 ケースケの母は、そう言うと少しまぶしげな目で、ケースケを見上げた。ふとその視線に、コメットさん☆と似たような感じを受け、ケースケは思わず口ごもる。

ケースケ:いやあ…、その…。

ケースケの母:ああそうだ…。この前会ったコメットさん☆とか言う、外人の留学生さんとはどうするんだい?。

ケースケ:な…、お、おふくろ…。

 ケースケは、突然話がコメットさん☆のことにおよんであわてた。

ケースケの母:もしかしたら、オーストラリアにいっしょに行こう、そんなことを考えていたんだろ?。

ケースケ:な、なんでそんなこと知っているんだよおふくろ…。

ケースケの母:なんとなく、わかっていたさ。それで、振られたのかい?。

 ケースケの母は、口元に少し笑いを浮かべて尋ねた。

ケースケ:ふ、振られたって…。そんなことはねえよ…。ねえけどさ…。なんか、やっぱりオレの夢と、重ならないなって…。

ケースケの母:佳祐も、いろいろ考えたんだねぇ。

ケースケ:まあ、そんなところかな…。

ケースケの母:ふふふ…。佳祐ともこんなに話し込むのは、久しぶりだねぇ。佳祐、今日コメットさん☆は、来てくれるのかい?。

ケースケ:たぶん…。

ケースケの母:そうかい。私も、お別れのあいさつをしないといけないねぇ。

ケースケ:……。

 ケースケは、押し黙ってしまった。しかし、時間を気にするケースケは、悠長に構えているわけには行かないのだった。

ケースケ:さて、浅草にでも行って、飯でも食うことを考えるか。

ケースケの母:もうそんな時間かね。飛行機の時間大丈夫かい?。

ケースケ:大丈夫。心配するなって。

 ケースケは、頼もしく答えた。

 ケースケが、母親とともに浅草に出て、食事をし、それから仲見世をぶらぶらする頃、コメットさん☆は、自分の部屋のチェストを開けていた。このところずっと心配してくれているラバピョンとラバボーが、そっと後ろから見ている。

ラバピョン:姫さま、何をしているのピョン?。

ラバボー:さあ?。ボーにもわからないボ。

 ラバピョンとラバボーはヒソヒソとささやきあう。

コメットさん☆:ピンブローチ、探しているの。

 コメットさん☆には、そのささやきがちゃんと聞こえていた。

ラバボー:姫さま、聞こえたのかボ?。

コメットさん☆:うん。ごめんね。

ラバピョン:姫さま、謝ることないのピョン…。どんなピンブローチなのピョ?。

コメットさん☆:ケースケからもらった、星のついたピンブローチ…。

 ケースケからもらった、唯一のアクセサリーとも言える、星柄のピンブローチ。

コメットさん☆:あ、あった…。

 鈍く光る銀製のそれは、少し黒ずんでいた。銀製品は、どうしても時間とともに黒くなってしまうのだ。

コメットさん☆:けっこう黒くなっちゃったなぁ…。

ラバピョン:黒く?。

ラバボー:磨いたらだめかボ?。

コメットさん☆:磨けばきれいになるけど…。

 コメットさん☆は、そう言いながら、指先で銀のピンブローチをぬぐった。星のところが、キラリと輝いた。

 

 夕方のオレンジ色の光に、鎌倉が包まれ始める頃、景太朗パパさん、沙也加ママさん、そしてツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆の5人は、黙って江ノ電に乗っていた。江ノ電で鎌倉に出て、それから成田空港へ向かうのだ。

 コメットさん☆の胸には、あのピンブローチがキラキラと輝いていた。沙也加ママさんが、銀の宝飾品をきれいにする特別な薬品で、ピカピカにしてくれたのだ。真新しい濃いピンク色の、ケースケと七里ヶ浜の駐車場で会ったときに履いていたあの靴を、今夜も履いて、春らしいピンク色のブレザーと、スカートで着飾ったコメットさん☆。ブレザーとスカートは、ネネちゃんもお揃い。ネネちゃんにとって、コメットさん☆は、少し先を行くお姉さんのようなものであったりもする。

 16時過ぎ、鎌倉を発車した快速電車は、一路東京を目指す。夕方の光の中、電車はおおよそ席が埋まる程度の混雑度で走る。

車掌:この電車は、快速「エアポート成田」、成田空港行きです。次は大船です。

沙也加ママさん:このまま成田まで行くの?、パパ。

景太朗パパさん:いや、向こうで食事する時間をかせごうかと思ってね。おなかが減るだろうし。15分ほど早く着くだけだけど、東京で乗り換えて、特急に乗るよ。それから、そうだな…、時間だけじゃないんだ…。

ツヨシくん:…成田エクスプレスかぁ。

ネネちゃん:こんな時に、かっこいい電車に乗れるとか思ってないでしょうね、ツヨシくんは。

ツヨシくん:そんなこと、言っている場合だと思う?、ネネ。

ネネちゃん:…うっ…、やっぱり、言っている場合じゃないよね…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、そうつぶやくと、そっとコメットさん☆を見た。コメットさん☆は、腰につけたティンクルスターを、そっとなでるようにしている。中にはラバピョンとラバボーが、いるはずだ。しかしコメットさん☆は、黙って一点を見つめるかのように、ややうつむき加減で視線を動かさない。普段なら、窓から外を見て、ツヨシくんやネネちゃんと、あれこれ話をするはずなのに…。

 東京駅を、17時30分に出た「成田エクスプレス43号」は、運転室の後ろにある個室に、5人を乗せて、成田空港へと向かう。静かなほうがいいだろうと、景太朗パパさんが予約を入れたのだ。「時間だけじゃない」と言っていたのは、こういう意味もあったのだ。広くはない個室だが、こんな夜にはいいかもしれない。後ろ向きの窓寄りにコメットさん☆、そのとなり通路寄りに沙也加ママさん、向かい合って景太朗パパさん、窓寄りにツヨシくんとネネちゃんが座る。窓の外には、もうすっかり暗くなり、光の帯となった街並みが流れる。コメットさん☆は、ずっとそれを見ながら、押し黙ったままだ。沙也加ママさんと景太朗パパさんは、今夜は仕方が無いだろうなと思っている。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんは、もう空港に行っているの?。

景太朗パパさん:いや、ぼくらの一本あとの電車になるらしい。

沙也加ママさん:それで間に合うのかしら?。

景太朗パパさん:いくら何でも、間に合わないスケジュールは立てないだろうよ。そこまでケースケも、慣れてないわけじゃないだろう。

沙也加ママさん:そうよね。…でも、何か寂しくなるわね。…あ…。

 沙也加ママさんは、つい口をついて出た言葉にはっとして、口を押さえた。もちろん、コメットさん☆のことを気にしてのことだった。しかし、コメットさん☆は、窓の外を見つめたまま、じっと黙っている。

コメットさん☆:(このまま、ずっとこの電車が、走り続けていれば…いいのに…。)

 ケースケが、夢に近づこうとして、また一歩を踏み出す夜なのに、そんなことも思ってしまうコメットさん☆なのだった。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんたちは、ごはん食べないのかな?。

ネネちゃん:ツヨシくんたら!。

ツヨシくん:…そ、それはわかるけど…。

 ネネちゃんがツヨシくんの脇をつつきながら言う。

景太朗パパさん:機内食が出るんだよ。成田からケアンズまでは、8時間もかかる。だから夜行便になって、夜通し飛んで行くんだね。

ツヨシくん:夜行の飛行機なんてあるんだ…。

ネネちゃん:夜行バスとか、列車だってあるじゃん。

ツヨシくん:そうだけど…。なんとなく飛行機ってもっと速いのかって思ってた。

景太朗パパさん:ケアンズから成田へ向かう便は、昼間のもあるんだけど、成田からケアンズへは、みんな夜行便なんだよね。だから乗って飛び立つとすぐ食事が出て、そのあとはみんな寝ちゃうんだよ。それで朝になると、現地に着くってわけさ。だから、ケースケは夕食が出るけど、ぼくたちは飛行機に乗るわけじゃないから、レストランで食べないと。

ツヨシくん:ふぅん、そういうことなのかぁ。

ネネちゃん:ツヨシくん、まるっきりコメットさん☆のことしか考えてないでしょ?。

ツヨシくん:えー、だってぇ…。

 ツヨシくんは小さい声でそう答え、コメットさん☆のほうをちらりと見た。コメットさん☆は、少し視線を窓からツヨシくんに向けた。そして硬い笑顔を向ける。ツヨシくんはそんなコメットさん☆を見て、なんだか気分がよけいに重くなるのだった。

 成田エクスプレスは、総武本線を走り抜け、成田線に入ると、わずか東京から55分で、「空港第2ビル」駅に着いた。

 

ケースケ:…コメット、オレがあげたブローチ…、してきてくれたんだな。

コメットさん☆:ケースケ、気付いた?。

ケースケ:まあな…。

 成田空港の出発ロビー、見送り客が行くことの出来るギリギリの場所で、コメットさん☆とケースケは、向かい合って話し込んでいた。もうケースケは手続をすませ、間もなく飛行機に搭乗しなくてはならない。景太朗パパさんと沙也加ママさんは、ケースケの母と、少し話をしている。ネネちゃんもそれに加わっているが、ツヨシくんだけは、横目でコメットさん☆とケースケのことを見続けていた。

ケースケ:…コメット、あのさ…。

コメットさん☆:なに?。

ケースケ:前に聞いたんだが…、コメットの故郷の国には、「思い出を記録する装置」っていうのがあるのか?。

コメットさん☆:…えっ?。

 コメットさん☆は、一瞬何のことかと思った。しかし、すぐにそれはメモリーボールのことをさしているのだろうと気付いた。どうしてケースケが、そのことを知っているのだろう?。そうは思うが、あれこれ考えているヒマは、もうない。コメットさん☆は素直に答えた。

コメットさん☆:…うん。あるよ。

ケースケ:そうか…。プラネットに聞いた…。コメットがそういう装置を持っているなら…、そうだな、せいぜいオレの記録は、適当に消しておいてくれよ。

コメットさん☆:なんで?、そ…、そんなこと…。ケースケは、私にとって、夢と希望を追い続けるかがやきの元だったんだよ…。そんなケースケのじゃまは出来ないなって…、私思っているのに…。その思い出を消すなんて…。

ケースケ:あ…。

 ケースケは今言ったことを後悔した。そんなことをコメットさん☆に言わせるつもりではなかったのに。ついすれ違ってしまう言葉。

ケースケ:わりい…。なんていうか…、あんまりオレのこと…。オレはさ、なんかコメットの心に、いつまでも居座っていていのかなって…。

コメットさん☆:ケースケは、どこに行ってもケースケ。それは忘れないよ。忘れられないし…。

ケースケ:ああ…。オレも…。コメットは、どこにもシミなんかない、まっさらのコメット…。いつまでも、天使のように…。

コメットさん☆:ええっ?。

 コメットさん☆は、ケースケの言葉に、とまどったような表情を浮かべた。「天使のようだ」、と言う。いつかのイマシュンと同じように。しかしその言葉が意味するところは、「あるところから先に近づけない存在」という意味をも持つということに、まだコメットさん☆は気付くことは出来なかった。

 出発便の表示が変わった。一番上に「カンタス航空・168便・20時55分発・搭乗中」の表示が出た。

ケースケ:…もう、行かないと。おーい、おふくろ、行くぞぉ。…コメット、これで本当にお別れだ。向こうに着いたら、師匠のところにメールで知らせるから。…元気でな。

 ケースケは、少し離れたところで話し込んでいた母を呼ぶと、手荷物を持ち、コメットさん☆に最後の言葉をかけた。

コメットさん☆:ケースケ…。もう…、出発なんだね…。

ケースケ:ああ。

コメットさん☆:ケースケ、行ってらっしゃい。…もう、会えないかもしれないけど、どうか…、元気で。今までありがとう…。

 コメットさん☆の声は、少し震えていた。少し離れたところで、ツヨシくんは、コメットさん☆とケースケをじっと見ていた。さすがにコメットさん☆が、空港の搭乗ゲートを突破して、今オーストラリアに行ってしまうとは思っていなかったが、小さな声で語り合う二人を見ていると、なんだか心配になる。自分でも、「さすがにそれはないんじゃないか」と、思っているし、そんなことをしようとすれば、係の人が止めるだろうなどと思うが、なにしろコメットさん☆は「星使い」なのだ。まだ保育園の頃、「私は魔法使いじゃなくて、星使い」と、コメットさん☆は言っていた。ずっと普段いっしょに生活しているから、コメットさん☆が星力を使うのは、すっかり見慣れた光景だし、今となっては珍しいことでもない。そうであるからこそ、想像もつかない方法で、星力を使うかもしれない。つまりもしコメットさん☆がその気になれば、今からオーストラリアに飛んでいってしまうことくらい、出来ないことはない。その無くはない「もしも」に、少し身構えてしまうツヨシくんなのだった。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん!。元気で、世界一のライフセーバーになってね!。

 そんな空気を払うように、ツヨシくんは大きな声をあげた。ケースケはその声にびっくりし、ツヨシくんを見た。しかし、次の瞬間手を挙げて言う。

ケースケ:ああツヨシ、必ずな。夢はかなえるさ。お前もよ、コメットのこと、よろしく頼むぜ。

 その言葉に、ツヨシくんはこっくりとうなずいた。ネネちゃんはそれを見て、急になんだろう?、と思ったが、口には出さなかった。

ケースケ:師匠、がんばります!。またいつか、こっちに帰ることがあったら、その時にはお目にかかりに行きます!。さよなら!。

景太朗パパさん:ケースケ、がんばれよ!。向こうに着いたら、メールくれよ!。

沙也加ママさん:ケースケ、世界一になったっていうニュース、待っているわ。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、さよなら…。

ケースケ:さよなら…。またいつか…。

ケースケの母:みなさん、またいつかお目にかかりましょう…。

 ケースケは、それらの声に手を挙げて答えながら、搭乗ゲートに向かう通路へ、母とともに歩き出した。振り返り、振り返り、手を振る。コメットさん☆もまた、ケースケに手を振る。ケースケの母は頭を下げながら振り返る。しかし、やがてその姿は、曲がり角の向こうに消えた…。

 わずかな時間が流れた。みな静止して動かない。ケースケが消えた、通路の先を見つめるのみだ。

景太朗パパさん:…行って、しまったか…。今度は本当に、世界一になれるだろう。ケースケの実力なら…。

 景太朗パパさんが、空港全体のざわめきの中、そこだけぽっかり穴があいたような5人の中で、始めに口を開いた。ケースケの背中が残像になってしまったコメットさん☆の頭の中には、いくつものケースケとの思い出が、メモリーボールによってではなく、自分の記憶としてよみがえる。

“「バカ、離れろよ!」”

“「だから大丈夫だって言ったろ?、師匠のところはさ」”

“「お、お前、そんなところで何やっているんだバカ」”

“「いままで、バカって言ってごめん。もう言わないから…」”

“「バ、バレンタインのチョコクッキー、ありがとよ」”

“「き、気に入ってなんてねえよ。…ただのクラスメートだし」”

“「だからいつも前に進むしかない…ってことなんだろ」”

“「…好き…だけどさ、なんて言うか…、その、こ…こ…恋人ってのとは、ちょっと違うんだよな」”

“「コメットの笑顔には、何度もオレ、助けられたっていうか…」”

“「オーストラリアの海洋研究所の職員になって、仕事をしながら現地の大会に出て、それで世界を…」”

“「コメットの未来に、オレが手助けできますように、と。よし…。書けたぜ」”

“「オレは、コメット、お前が好きなんだ…。正直に言えば、離れたくない…。コメットがどこの国から来たのか、どこの国のお姫さまか、そんなことは…、関係ないとオレは思う…」”

“「今までありがとう…。コメットのためにも、必ずオーストラリアで、世界一のライフセーバーになるさ」”

 いくつもの印象的なシーンが、コメットさん☆の脳裏に浮かんでは消え、その時々のケースケの表情や、言葉が聞こえて来るかのようだった。

コメットさん☆:…う、うう…、うっ…、ぐすっ…、ぐすん、えっ…えっ…。

 コメットさん☆は、ゆっくりと、やがてぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、あたりをはばかることもなく泣き出した。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

 ツヨシくんは、そんなコメットさん☆の手をそっと握った。沙也加ママさんは、コメットさん☆の肩を抱く。コメットさん☆にとって、それははじめての、本当の失恋なのだった。遠い遠い距離が、二人を分け隔てる形での。コメットさん☆の涙は、とどまることを知らなかった。

ツヨシくん:ぼくが支える。コメットさん☆を…。だから…、泣かないで、コメットさん☆。コメットさん☆が泣くと、ぼくも悲しい。

 ツヨシくんは、ささやくようにそう言ってみた。コメットさん☆は、少し目を上げるが、涙は止まらない。

コメットさん☆:うっ…うっ…、ひっく…。ぐすっ…。

 ツヨシくんもコメットさん☆の背中に抱きつくようにしながら、一筋涙をこぼした。沙也加ママさんと景太朗パパさんは、それを見て顔を見合わせた。景太朗パパさんは、そっと二人に近づき、抱き寄せるようにしながら言う。

景太朗パパさん:二人とも、ここで泣くのはおやめ。ね、みんなが見てる。うちへ帰ってから、思い切り泣いてもいいから。時が解決してくれることも、きっとあるから。

 景太朗パパさんの声は、あくまでもやさしい。コメットさん☆は、その声に小さくうなずいた。ツヨシくんもまた、涙を拭く。そして、「ぼくに、何が出来るだろう?」と考えつつ、改めてコメットさん☆を見た。傷つき、泣くコメットさん☆を見たくはない。しかしツヨシくんは、どんなコメットさん☆をも、見ておかなければいけないのではないかと思い、コメットさん☆をじっと見つめた。それでも、ツヨシくんの瞳も、どうしても潤んでしまう。

 そのころ、機上の人となったケースケは、暗い窓の外に、空港のターミナルビルを見ながら考えていた。

ケースケ:(…オレは、希望を追い求めすぎて、確実に目の前が見えなくなっていたんだろうな…。)

 飛行機はゆっくりと誘導路を進み、滑走路へ出て、離陸の体勢に移る。

 

 空港第2ビル駅は、トンネルの中にある駅。ホームで待つ人々に、突如風が吹いてくる。それは隣の成田空港駅から発車した電車が、トンネルの中の空気を押し出してくるからだ。つまりは電車が近づいていることの証である。コメットさん☆は、そんなホームで、ツヨシくんと手をつなぎながらも、うつむいて立っていた。このホームの上で、一番「かがやき」が足りないのは、コメットさん☆本人になってしまっていた。しかし、そのコメットさん☆を、なんとかなぐさめようと思っているのは、ツヨシくんだけではない。ネネちゃんも、沙也加ママさんも、景太朗パパさんも。もちろんラバボーとラバピョンも。…みんな、希望のかがやきを失っているコメットさん☆に、再びそれを灯させてあげられればと思っているに違いない。

 ケースケの乗った飛行機が離陸し、水平飛行に移った頃、最終の成田エクスプレス52号は、コメットさん☆たちを乗せて、一路大船を目指していた。ケースケとコメットさん☆、二人の距離は、ものすごい速さで遠ざかっていく。

 桜のつぼみが膨らむ季節――春。それは「さよならの春」でもあるのだった…。

(次回へ続く)
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★第296話:はるかなるハモニカ星国−−(2007年3月下旬放送・春のスペシャル)

 ケースケは、行ってしまった。オーストラリア・ケアンズへと。

 日が昇るのと同時に、コメットさん☆は目を覚ました。

コメットさん☆:(…朝?、…朝なの?。…ああ、頭が…いたい…。)

 窓からは、細く日が射している。今日も天気は悪くないようだ。しかし、コメットさん☆の心は、ずんと沈んだままだ。

コメットさん☆:(昨日は…、どうやって帰ってきたんだろう…。)

 それを思い出してみる。

コメットさん☆:(ケースケを見送って…、特急に乗って…。)

 そして家に着いて、大泣きしてしまったことを思い出した。みんながなぐさめてくれようとしたのだが、涙を止められなかった。コメットさん☆は、また涙が出そうになったので、そっと起きあがった。すると、ラバボーとラバピョンが、寄り添うように寝ているのが目に入った。

コメットさん☆:(…ごめんね、ラバボー、ラバピョン…。)

 ラバピョンは、このところずっとコメットさん☆の部屋に泊まってくれていた。ラバピョンと話をしていると、少し気がまぎれるのだ。コメットさん☆は、二人を起こさないように気を付けながら、パジャマから部屋着の上下に着替え、顔を洗おうと、部屋のドアを開けてリビングへ降りていった。すると、いい香りがする。コメットさん☆はリビングのいすを見た。そこには、景太朗パパさんが、もう起きて、一人黙ってコーヒーを飲んでいた。いい香りのもとは、そのコーヒーだった。

 コメットさん☆が、静かな足音で階段を下りてくるのを見た景太朗パパさんは、コメットさん☆に声をかけた。

景太朗パパさん:おはよう。…コメットさん☆も、飲むかい?。

コメットさん☆:…はい、いただきます。

景太朗パパさん:まあお座りよ。

 景太朗パパさんはそう言うと、自分のカップを置いて、コメットさん☆の分のコーヒーを、コーヒーメーカーのあるキッチンへ取りに行った。

コメットさん☆:…あ、景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、いすに座りながらも、景太朗パパさんにそんなことをさせては悪いと思って声をあげたが、その時はもう景太朗パパさんの手には、ガラスのコーヒーポットと、カップが握られていた。

景太朗パパさん:ほら、コメットさん☆。…眠いだろう?。

コメットさん☆:…あ、ありがとうございます…。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆にカップを差し出した。暖かいコーヒーが、いい香りを漂わせ、湯気が上がっている。コメットさん☆は、両手を添えてカップを受け取った。テーブルにはミルクと砂糖が置かれている。コメットさん☆は、そっと、それらを多めに入れた。

景太朗パパさん:…なんか、眠れなかったな…、ぼくも。

コメットさん☆:…はい。

 それきり景太朗パパさんとコメットさん☆は、会話らしい会話を交わすことも無かった。じっと二人とも、上ったばかりの朝日に照らされるウッドデッキを、窓を通して眺めるのみだ。ケースケが、就職のためにオーストラリアへ出発するという、「特別な一日」が終わっても、普段通り時は刻まれる。

景太朗パパさん:…もう、着く頃だろうな…。

 景太朗パパさんは、ふいに時計を見ながら言う。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、ちらっと景太朗パパさんの方を見たが、目が潤んで来てしまいそうなので、じっと黙っていた。日本からケアンズまでは、8時間ほどのフライトだ。時差は1時間しかないから、今頃向こうも早朝だろう。コメットさん☆は、あらかじめ聞いていた話からそう思った。

景太朗パパさん:コメットさん☆、頭が痛いだろう?。

コメットさん☆:…はい。

景太朗パパさん:泣くと頭の血管が広がって、頭痛がしやすくなるんだよ。

コメットさん☆:…そうなんですか。確かに、頭痛いです…。

景太朗パパさん:コーヒーは、そんな頭痛にも、ちょっとは効果あると思うけど…。…さて、今日はどうするかなぁ…。ツヨシもネネも、もう学校は休みだなぁ…。ママはどうするのかな…。

 景太朗パパさんは、だんだん独り言のように言うのだった。コメットさん☆は、じっと青い空を見上げた。今日とりあえずどうしよう?、などと、ぼうっとした頭で考えながら…。

 コメットさん☆はこのところ、意識することすら忘れてしまっていたが、もうとっくに春の暖かさは、ここ鎌倉をも包み込み、桜も咲き始めていた。街中にあふれる春の息吹。しかし、コメットさん☆の心には、それすら届いていないかのようである。

沙也加ママさん:…あーあ、あらいいわね…、コーヒーかぁ…。おはよ、パパ、コメットさん☆。

 そこへ、沙也加ママさんがやって来た。

景太朗パパさん:おお、ママ、ぼくも眠れなくてさ…。今コーヒー入れて飲んでいたところに、ちょうどコメットさん☆が来て…。ママも飲むだろ?、コーヒー。

沙也加ママさん:ええ。

コメットさん☆:…沙也加ママ、おはようございます…。

沙也加ママさん:…やっぱり、コメットさん☆も眠れなかったか…。あーあ、みんなそうよね…。

 沙也加ママさんが、背中を伸ばすように腰へ手を当てながらつぶやいた。

 

 みんな食の進まない朝食を食べると、沙也加ママさん、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんの4人は、沙也加ママさんの運転する車に乗って、「HONNO KIMOCHI YA」へ向かっていた。窓の外には桜並木。満開に近い桜の木が、車の速度に合わせて後ろへと飛んでいく。

ツヨシくん:桜、きれいだね。…コメットさん☆。

コメットさん☆:えっ?。…あ…。

ネネちゃん:コメットさん☆、もしかして、気付いてなかった?。もう4日位前から咲いてるよ…。

ラバボー:姫さまぁ…。

ラバピョン:ラバボー!、しっ!。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの言葉に目を上げて桜並木を見た。毎年楽しみにしている桜の花。それすらも気付かないほど、心がほかへ向かっていた自分を、少し恥ずかしく思うが、また目を伏せるしかないのだった。ネネちゃんとラバピョンは、顔を見合わせて心配そうにした。沙也加ママさんが言う。

沙也加ママさん:仕方ないわね…。コメットさん☆、またお花見しましょ。

コメットさん☆:は…、はい…。

 沙也加ママさんは、内心「恋は盲目と言うけれど、恋を失ったときもまた、何も見えなくなるものよね…。」と、コメットさん☆に同情していた。車は桜並木を抜けて、国道沿いを「HONNO KIMOCHI YA」へと向かう。

 

 学校が春休みに入ったツヨシくんとネネちゃんは、4月の新学期から5年生。沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」の手伝いも、まあまあ手慣れたものだ。花見のついでに立ち寄るお客さんを、今日はコメットさん☆も含めて4人でさばく。春は人出が多い鎌倉。思いのほかひっきりなしにお客さんが来る。コメットさん☆は、いつものように、忙しくたち働く。そうしている方が、気が紛れていい。

 お店が忙しくしている頃、星国では王様があわてた様子で、ヒゲノシタと相談をしていた。

王様:ヒゲノシタ、ヒゲノシタ!。

ヒゲノシタ:王様、わたくしはここに。

王様:おおヒゲノシタ、わしはどうしたらいいんじゃ…。

ヒゲノシタ:うーむ、どうしたら…。おそらくー、姫さまのことですから、ラバボーとラバピョンとともに、何か考えておいでではありましょう。

王様:なんと!。ヒゲノシタ、わしの味方ではなかったのか?。

ヒゲノシタ:はっ?、わたくしはいつでも王様の味方でございますが?。

王様:ならばそんな突き放したようなことを言わなくとも…。

ヒゲノシタ:しかし…、何と言われましても、姫さまが今ここにいるわけではありませんから…。わたくしも困っております。

王様:…おお、そうじゃ!。ヒゲノシタ、やはりわしの味方じゃな。姫を呼び戻せばいいのだ。いいヒントをくれた。礼を言うぞ、ヒゲノシタ。

王妃さま:あなた、何を秘密の相談しているのです?。

 王宮のホールで、少々かみ合っていないような王様とヒゲノシタの会話を聞いた王妃さまは、静かに廊下からの数段の階段を下りて来て言った。

王様:わ、わしは秘密の相談など、しておらんぞ。

王妃さま:コメットを呼び戻す相談でしょ?。

王様:よ、呼び戻すなど…。ち…、ちょっと帰ってくればいいのになと、ヒゲノシタと言っていたところじゃ。

王妃さま:そうなのですか?、ヒゲノシタ。

ヒゲノシタ:いえー、そのー…。

 ヒゲノシタは口ごもる。

王妃さま:ほーら違うじゃない、あなた。隠し事をしてもだめよ。

王様:し…、しかし、姫はあんなに悲しんでいたではないか。わしはどうにかしてやりたい…。

 王様は、昨夜記録状態のままになっていた、メモリーボールの画像を見たのだ。

王妃さま:それは…、失恋したようなものなのですから…。あの子が悲しがるのは仕方ありませんよ…。でも、それを乗り越えなければ、人は成長など出来ないではありませんか。

王様:あああ…、そんな冷たいことを…。妃はコメットの親ではないか!。

王妃さま:そうですよ。あなただってそうでしょ?。

 王妃さまは、「何を言い出すやら」というような思いで、困った顔をした。

王様:その親であるわしらが、悲しむ娘を助けてやらんでどうするのじゃ。

王妃さま:…だって、一番悲しんでいるのはコメットですから…。アドバイスはしてやれても、自分の力で乗り越えるのを、私たちは見守るしか出来ませんよ。

王様:ひーっ、冷たいのう…。もういいっ!。わしはコメットに電話するわい!。

 王様は、全く冷静さを失って、ホールから自室へ急ぐと、電話機を取った。記号がダイヤルになっている、不思議な電話機。しかしそれは、コメットさん☆のもつティンクルホンにもつながっているのだ。王妃さまは、行ってしまった王様の背中を見て言った。

王妃さま:…少し言い過ぎたかしら?。

 そして王妃さまは、宮殿のバルコニーへ出た。各所にあるバルコニーからは、星の子たちが漂っているのが見える。

王妃さま:(コメット、辛いでしょうけど、きっと乗り越えられるはずですよ…。あなたのことを思ってくれる人は、あなたのまわりにたくさんいるわ。今はそれに甘えてもいいのよ…。どうしても我慢できなければ、一度星国に戻っていらっしゃい…。パパも待っているわ…。)

 王妃さまは、心の中でつぶやいた。そのつぶやきが、コメットさん☆に伝わって欲しいと思いながら。すると星の子たちが集まってきた。

星の子A:王妃さま、姫さまがどうかしたの?。

星の子B:教えて、教えて。

王妃さま:まあ、星の子たち、みな心配してくれるのですね。コメットはね、今大好きだった男の子が、遠くに行ってしまって、泣いているの。

星の子C:ええー、姫さまが?。姫さまかわいそう…。

星の子A:王妃さま、姫さまを助けてあげて。

星の子B:ぼくたちからもお願い。

星の子C:私も。お願い、王妃さま。

王妃さま:わかりました。出来るだけのことはしてみますよ。みんなはそんなに心配しないでね。きっとコメットは立ち直りますよ。星国、そして地球の人たちの思いで…。

 

 お昼近くになると、少しずつお客さんの数は減ってきた。花見の観光客たちも、ごはんの時間らしい。お客さんの切れ目をぬって、コメットさん☆は、ツヨシくん、ネネちゃんとともに、物入れからほうきを出すと、入口の前を掃き掃除した。南風の時期は、目の前の由比ヶ浜から、風で砂が運ばれてくるからだ。いつもだったら、ツヨシくんとネネちゃんがいっしょだと、楽しく大騒ぎで掃除するところなのだが、今日はそういう雰囲気ではない。三人とも、ただ黙々と事務的にやっているようなものだ。…と、その時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。ツヨシくんとネネちゃんは手を止め、コメットさん☆のほうをじっと見る。コメットさん☆もそれに応えるかのように、一度じっとツヨシくんとネネちゃんを見てから、そっとポケットのティンクルホンを取り出した。

コメットさん☆:…はい、もしもし。

王様:あ、コメットか?。わしじゃ。

 電話の相手は、もちろん王様だった。王様がやさしく小さめな声で、コメットさん☆に語りかける。

コメットさん☆:お父様!?。

 コメットさん☆は、少しびっくりして、ティンクルホンを耳に当てたまま、ツヨシくんとネネちゃんをまた見た。

ツヨシくん:王様?。

ネネちゃん:本当に王様なの?…。だとすると…。

ツヨシくん:えっ?。

 ツヨシくんが、ネネちゃんの言葉に、なんだかいやな感じを受けて、ネネちゃんを見た。そして改めてコメットさん☆を見る。

王様:ああ、わしだ。コメットや、だいたいのことは、メモリーボールを見たぞ。わかっておる…。寂しいのだろうな。

コメットさん☆:…メモリーボール、お父様にも見えていたんだ…。…うん…、さ、さ…、寂しい…よ…。

 コメットさん☆は、思わず涙をこぼした。

王様:あー、コメット、どうか泣かないでおくれ。…そうじゃな、コメットや、しばらく星国に帰っておいで。

コメットさん☆:えっ?、星国に?。星国…。

 コメットさん☆は、王様の突然の言葉に、少しうろたえた。懐かしいような、父である王様の声に、涙をこぼしてしまったコメットさん☆だったが、星国に帰っておいでと言われると、すぐに答えられない。

ネネちゃん:…なんだか、星国とか言っているよ、コメットさん☆…。

ツヨシくん:星国に…って、どういうことなんだろう?。

ネネちゃん:ツヨシくん、鈍いの?。それとも…、わかってて言っているの?。

ツヨシくん:うーん…。

 ツヨシくんは、正直どういうことかわかりかねていた。妹の言う、「鈍い」ほうに入るのだろうか、などと、問題外のことを考えてもみるが、ふと、コメットさん☆が星国に帰ってしまうというのも、あり得ないとまでは言い切れないことに気付いた。

ツヨシくん:…だとしたら、大変だ…。

 ツヨシくんはつぶやいた。

ネネちゃん:大変って?。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんがここからいなくなって、コメットさん☆も星国に帰っちゃったら…。どうしたらいいんだよ…。

 ツヨシくんは、うつむいて弱気な言葉を口にする。

王様:どうじゃ?、コメット。すこし星国の空気を吸えば、気分も変わるよ。わしたちにも、積もる話をしておくれ。

コメットさん☆:…う、うん…。お父様…。今すぐには、答えられないけど…。

王様:またわしたちが、迎えに行ってもいいから。

コメットさん☆:…ちょっとしばらく考えさせて、お父様。

王様:うむ。まあしばらく気を休めて、思いの多い場所から離れて、星の子や星ビトと話をするのもいいだろう…。

コメットさん☆:少し、景太朗パパや沙也加ママとも相談してみる…。

王様:ああ、そうしてみておくれ。わしたちだけではなく、星国のみんながコメットのこと、応援しているし、心配もしているんじゃ。みんな味方だからな。

コメットさん☆:…うん、わかった、お父様。電話ありがと…。

王様:それじゃあな。また電話するから。

 コメットさん☆は、電話を切って、それからお店の前に広がる由比ヶ浜の海を見つめた。

ネネちゃん:コメットさん☆、今の電話、王様でしょ?。コメットさん☆のお父さんの。…その、なんて?。

コメットさん☆:ネネちゃん…。…うん、お父様から。あのね…、星国にしばらく帰ってこないかって…。

ネネちゃん:やっぱり…。

 ネネちゃんはそう答えて、ツヨシくんのほうを見た。ツヨシくんも不安げな顔で、コメットさん☆のことを見ている。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

 ツヨシくんは、「コメットさん☆、帰っちゃうの?」と聞きたいところを、答えを聞くのが怖くなったような気がして、途中でやめた。コメットさん☆は、何も言わずにツヨシくんの顔をじっと見た。

 

景太朗パパさん:みんな、ケースケからメールが来ていたよ。

 夜の藤吉家のリビング。いすに座っている景太朗パパさんを囲むようにして、みんなが集まっている。外は春の風が、やや強めに吹いていて、時折ガラス戸が音を立てる。

沙也加ママさん:なんて?、パパ。

景太朗パパさん:えーとね…、読むよ。「師匠、無事ケアンズの空港に着陸しました。とりあえず携帯からのメールでお知らせします。以前向こうで世話になったランドルが、わざわざ空港まで迎えに来てくれています。研究所のスタッフも来てくれていました。これから研究所近くの家に行きます。研究所が借り上げている宿舎なんですが、一軒家なんです。またネットの環境が整ったら、改めて新しいアドレスから連絡します。師匠、お元気で。オレもがんばります。佳祐。」…だってさ。ぼくはもう師匠なんかじゃないのに…。いまだに師匠って呼んでくれるのか…。

 景太朗パパさんは、そう言うと、少し感傷的になっているかのような表情を浮かべた。

沙也加ママさん:いつまでたっても、ケースケとパパは、師弟なんでしょ。

景太朗パパさん:そうなのかなぁ…。ははは…。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんにそう言われ、まんざらでもない顔になった。

ツヨシくん:研究所の宿舎って、一軒家なんだぁ…。

ネネちゃん:なんだかすごいね。マンションみたいなところじゃないんだ…。

景太朗パパさん:ケースケに前に見せてもらった資料だと…、研究所そのものも高層ビルみたいなのじゃなくて、そうだなぁ…、2階建てくらいの、ちょっとしたホテルみたいな感じだったよ。その代わり、敷地はとても広くて、研究用の大きなプールがあったりするらしい。

コメットさん☆:研究所かぁ…。

 コメットさん☆は、どんなところだろうと想像してみた。しかし星国の研究施設とは全く違うのだろうなとは思えても、具体的な感じを想像することは出来なかった。

ネネちゃん:一軒家ってことは…、猫飼えるのかなぁ…。

ツヨシくん:犬だって飼えるだろ?。だめなのかな?。

景太朗パパさん:あははは…。どうだろうね、ペット可とか書いてあるかな?。

ツヨシくん:資料にないの?。

景太朗パパさん:さすがにそこまでは書いてないと思うな。面白い発想だな、ネネもツヨシも。研究所の用意してくれた住まいで、ペットを飼ってもいいかどうか…。さすがにパパも、それは考えなかったよ。

コメットさん☆:ケースケが、犬飼ったり、猫飼ったり…。するのかな?。

 コメットさん☆は、そう言ってみたが、なんとなく寂しい思いには変わりなかった。ケースケは、もう想像することも難しいところへと、行ってしまったのだということのほうが、コメットさん☆の心には重いのだった。

 そんな話を終えたコメットさん☆は、2階の自分の部屋へと戻った。なんとなく、星国に帰るかどうか、言いそびれてしまったと思いながら。コメットさん☆は自分の部屋で、ベッドに寝ころび、誰に言うともなく言った。

コメットさん☆:…どうしようかなぁ。

ラバボー:姫さま?。

 それが聞こえたのか、ティンクルスターの中から、ラバボーが顔を出し、次いでラバピョンも出てきた。

ラバピョン:姫さま、どうかしたのピョ?。

 ラバピョンは、ひとときのように、ラバボーとべたべたしていたりはしない。コメットさん☆の落ち込んだ様子を見ていると、自然とそうなる。

コメットさん☆:あのね、お父様から電話があったんだよ。それでね、星国に帰ってこないかって。

ラバボー:えー?、王様から!?。

ラバピョン:それで姫さま、なんて答えたのピョン?。

コメットさん☆:しばらく考えさせてって。

ラバボー:考えるって…。もしかして、姫さま、もうずっと星国に帰るのかボ?。

コメットさん☆:…そ、そんなつもりは…、一応…ないけど…。

 コメットさん☆の答えは、歯切れが悪い。

コメットさん☆:…私、泣いてばっかり…。これじゃ、みんなの迷惑だよ…。…ぐすっ…。

 コメットさん☆は、そう言うと、また少し涙を流した。

コメットさん☆:…一番かがやきを持ってないよ、私…。

ラバボー:姫さま…。

ラバピョン:かがやき…ピョ?…。

 そうこぼすコメットさん☆の言葉に、ラバボーとラバピョンは困った顔を見合わせた。二人とも、今のコメットさん☆を見ていると、否定はし得なかったのだ。

 

 翌日、朝食が終わってから、コメットさん☆は景太朗パパさん、沙也加ママさん、それにツヨシくんとネネちゃんに向かい合って、リビングのいすに座っていた。

コメットさん☆:あのっ…、私、ささっと星国に、しばらく帰ります。

沙也加ママさん:ええー!?、どうしたのコメットさん☆。

景太朗パパさん:星国に帰るって?…。

ツヨシくん:そ、そんなぁ…。

コメットさん☆:私、泣いてばかりで…、迷惑ばかりかけているから…。

 コメットさん☆の声は、小さく力無いものだった。

ネネちゃん:(やっぱりかぁ…。)

 ネネちゃんは、心の中でそう思っていた。そんな“カン”がしたから…。

沙也加ママさん:そんな迷惑なんて、思ってないわよコメットさん☆。

景太朗パパさん:寂しいと思ったり、悲しいと思ったら、うちで思い切り泣いてもいいんだよ。そんなこと、気にすることはないよ。

コメットさん☆:…でも…、なんだか私、かがやき探しに来て、一番かがやきが無いんだなって…。

ツヨシくん:かがやきが無いなんて…、そんなことないよコメットさん☆は。いつだって、希望のかがやきは持っているじゃん。それに恋力がなくたって、コメットさん☆には星力があるんだから。

コメットさん☆:…うん、ありがとう、ツヨシくん。でも…、お父様が「星国の空気を吸えば、気分も変わるよ」って。

景太朗パパさん:お父様ということは、王様がそうおっしゃるのかい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい…。

景太朗パパさん:そうかぁ…。

 コメットさん☆の父である王様がそう言っていると聞くと、みんな一様に押し黙ってしまった。重い空気が流れる。

ネネちゃん:きっと王様も、コメットさん☆に会いたいんだよ…。

 ネネちゃんがぽつりと言った。

コメットさん☆:ネネちゃん…。…そうなのかな。

沙也加ママさん:それはそうでしょうね…。あ、でも、コメットさん☆、ずっと星国に、もう帰っちゃうなんてことは、…無いわよね?。

コメットさん☆:え?…、ええ…。

 コメットさん☆は、心配する沙也加ママさんに、やはりあいまいな返事を返した。コメットさん☆が、「しばらく」帰ると言っているのに、なんとなく安心できない思いが、みんなの心にわいてくる。

ネネちゃん:コメットさん☆、必ず帰ってきてよ。

ツヨシくん:ち、ちょっとネネぇ、もうコメットさん☆が星国に帰るって、決まったのかよぅ。

ネネちゃん:だってぇ…、王様が一度帰ってきたらって言っているんだよ?、コメットさん☆のお父さんのぉ!。

景太朗パパさん:まあまあ、二人とも。それは本人が決めることだろう?。…そうだねぇ、コメットさん☆自身、どう思っているのかな?。少しそれを考えてみて、それでもやっぱり帰りたいと思えば、それはそれで尊重しなければならない…。どうだろうママ?。

沙也加ママさん:…うーん、そうねぇ、それはそうよねぇ…。

ツヨシくん:そんな、パパやママだけで決めないでよ。ネネはそれでいいのかよぅ。

ネネちゃん:えー?、だってぇ…。コメットさん☆のことは、コメットさん☆自身が決めるべきっていうのは、ホントじゃないの?。

ツヨシくん:そ…、それは…。

景太朗パパさん:ツヨシ、気持ちはわかるけど、あんまりコメットさん☆を困らせるのもなぁ。

コメットさん☆:ツヨシくん、ごめんね…。みんな、ごめんなさいっ…。

 コメットさん☆は、うつむいてまた少し涙を流した。景太朗パパさんも、沙也加ママさんも、黙っているしかなかった。

 夜遅く、コメットさん☆は自分の部屋で、今度はラバボー、ラバピョンと向かい合っていた。

ラバボー:本当にいいのかボ?、姫さま。

ラバピョン:…もう、帰ってこないのピョ?。

コメットさん☆:…そう決めたわけじゃないけど…。なんだか星国に帰ったら、しばらくは星の子たちとお話したり、星ビトと遊んだり…、したいなって。

ラバボー:姫さまの、かがやき探しは、もうおしまいなのかボ?。

コメットさん☆:そんなことは…、ないけど…。

ラバピョン:姫さま、まだ見つけていないかがやきも、きっとここにあるのピョン。だからまた、必ず戻ってくるのピョン。だってそうしないと、ここの家の人たちにも申し訳ないのピョン。だいたいツヨシくんどうするのピョ?。

 ラバピョンとラバボーには、それが一番気になる。

コメットさん☆:…うん。そうだね…。

 しかしコメットさん☆は、そう答えながら、少し困った顔をするのみだった。やがてコメットさん☆は、窓をそっと開けると、意を決したかのように、メモリーボールを出窓の真ん中に置き、バトンを手に持って振った。

コメットさん☆:星のトレイン、来て!。

ラバボー:姫さま…。

ラバピョン:私、スピカさまに、なんのあいさつもしてないのピョン…。

 ラバピョンは、コメットさん☆がずっと星国に帰ってしまい、自分はラバボーといっしょに星国へ帰ってしまうとなれば、スピカさんや、森の動物たちはどうするのだろうと思っていた。

縫いビト赤:姫さま、星国に帰るのですか?。

縫いビト青:姫さま、そう決められたのですね?。

縫いビト:緑:少し、寂しいです…。

 縫いビトたちも、あわててバトンから出てきて、口々に言う。

コメットさん☆:ごめんね、縫いビトさん。でも、ずっと帰っちゃうかどうか、まだ決めてないよ…。また戻ってきたいな…。

 それに対してコメットさん☆は、いつもらしくない小さな声で答える。その間、ラバピョンはいろいろ考え、3年前、星国で大運動会が初めてあったとき、コメットさん☆がスピカさんに手渡したメモリーボールへ、連絡しようと思いついた。しかしもう星のトレインは、空のかなたから姿を現した。

ラバボー:…来たボ。

 いつもと違って、つぶやくようにラバボーが言う。星のトレインは、みるみるうちに近づき、ウッドデッキの前に止まった。夜なので、なるべく静かに。そしてドアが開く。コメットさん☆は、バトンを振って、自分とラバボー、ラバピョンを光に包み、2階の窓から直接ウッドデッキに降りた。機関士と車掌が、いつものように無言で待ち受ける。コメットさん☆はぺこっとお辞儀をすると、開いているドアの前で振り返り、藤吉家の建物を、自分の部屋の窓を見上げた。そしてバトンをもう一度構え、両手を胸の前で交差させ、みんなにメッセージを残すことにした。

コメットさん☆:(景太朗パパ、沙也加ママ、ツヨシくん、ネネちゃん。突然でごめんなさい。私、やっぱりささっと帰ります。…でも、また戻って…、きます。きっと…。しばらくの間、父や母にも会って、星国の空気を吸ってきますね。…でももし、私がこのまま戻ってこなかったら、その時は…、その時は…、ごめんなさい…。…無いとは思うけど、そうなっちゃったら、また連絡します。直通の電話も、置いていきます。それじゃあ…、今から出発します。)

 コメットさん☆は、夢の中に落ちている景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃん、そしてメモリーボールを通じて、スピカさんにも聞こえるように星力をかけた。それからゆっくりと、星のトレインに乗り込んだ。

 星のトレインは、ドアを閉め、そっと走り出し、そのまま浮き上がって、鎌倉の空を舞う。コメットさん☆とラバボー、ラバピョンは、街灯に照らされた七里ヶ浜を眼下に見下ろした。

コメットさん☆:……。くすん…。

ラバピョン:姫さま、泣いているのピョ?。

コメットさん☆:…うん。なんだか…、ぐすっ…、涙が出て来ちゃって。

ラバボー:いろいろな思い出があるボ…。

 やがて星のトレインは、速度を上げて、窓の外は見えなくなった。非常に速い速度で、太陽系の星々の間を抜け、一路ハモニカ星国へと向かう。ちょうどそのころ、スピカさんの住む、信州のペンションでは、スピカさんとみどりちゃん、それに修造さんが眠る部屋の窓近くに置かれた、スピカさん専用のメモリーボールが、ぼんやりと、そして次第にまばゆく輝き始めた。スピカさんは目を覚まし、そっと起きあがった。スピカさんの頭の中へ、コメットさん☆の言葉がささやく。

(コメットさん☆:おばさま、私星国に帰ります。しばらくになるか、ずっとになるかわからないけれど…。ラバピョンを連れていくの、ごめんなさい…。ラバボーが寂しがるので、どうしても…。)

 スピカさんは、そうっとベッドから抜け出すと、光るメモリーボールの置かれた窓近くに歩み寄った。まだまだ寒い信州・小海。外には雪が残る。カーテンを少し開けて、窓から空を見上げ、スピカさんは、小さい声でつぶやいた。

スピカさん:コメット、あなたには、もっとこの地球のかがやきを見て欲しいし、地球にとどまる道もあるのよ。あまり急いで決めないほうが、きっといいわね…。

 スピカさんは、あまりに急な話なので、コメットさん☆の相談に、もっと乗ってあげればよかったかと思い、少し後悔した。月明かりは、窓の外を青く照らしていた。

 コメットさん☆は、ティンクルホンを取り出すと、王様と王妃さまに電話しようとした。星のトレインは、なおも星国を目指し、高速で飛ぶ。しかしふと、江ノ電や横須賀線で、車掌さんが放送しているのを思い出した。

(車内のアナウンス:携帯電話をお持ちの方にお願いいたします。携帯電話の車内でのご使用は、他の方のご迷惑になりますので、マナーモードに設定の上、通話はご遠慮下さい。)

 そこで立ち上がると、隣の車輌に乗っているねこ車掌のところへ行き、列車無線を借りた。コメットさん☆は、そういう律儀な人なのだ。

コメットさん☆:あの…、コメットです。父につないで下さい。

ハモニカ星国鉄道庁運行指令室長:はっ?、そ、そのお声は…、姫さま…、コメットさまですね?。り、了解しました。しばらくお待ち下さい。今王様におつなぎします。

 列車無線なので、運行指令室につながった。しかしコメットさん☆の声は、すぐに王様の電話に転送された。星国の時間でも、たまたま時刻は深夜。王様はもう寝ていたが、ベッドサイドの電話が鳴るので、仕方なく受話器を取った。

王様:うーん、わしはもう寝ておるぞ…。誰じゃ?。何か急用か?。

鉄道庁運行司令室長:王様、遅くに失礼いたします。こちら鉄道庁の運行指令室です。星のトレインにご乗車の姫さまから、無線にてご連絡です。そちらへただいまおつなぎします。

王様:な、なに?、コメットがか?。…それにしても、なんで鉄道庁なのだ?。

 王様がいぶかしんでいると、コメットさん☆の声が聞こえてきた。

コメットさん☆:お父様?。私、コメットです。今星国に向かっているの…。なんだかお父様が言うように、星国の空気が吸いたくなっちゃって…。

王様:な、なんと、コメット、コメットじゃな?。…そ、そうか。今星のトレインの中か。だいたいわかっておるぞ。うむ、今から帰ってくるのじゃな。わかった。妃も起こして待っていよう。どうした、泣いておるのか?。

コメットさん☆:…うん。ぐすっ…、お、お父様ぁ…。うっうっ…。

王様:あーよしよし。泣かんでよい。もうすぐ着くじゃろう。みんな待っておるから。いろいろ積もる話を聞かせておくれ。

コメットさん☆:はい…。

王様:それにしても、何で無線なんじゃ?。

コメットさん☆:電車の中では、携帯電話使っちゃいけないから…。

王様:うははは…。そうか。姫はしっかりものじゃな。心配しないで、早く帰っておいで。これからのことは、ゆっくり考えればよい。

コメットさん☆:…うん。わかった。お父様…。

王様:妃に替わるか?。

コメットさん☆:ううん。大丈夫。お父様の声が聞けて、少し安心した…。

王様:そうかそうか。わしもうれしいぞ。誰かいっしょか?。

コメットさん☆:ラバボーとラバピョン。それに縫いビトさんたち。

王様:よしよし。何か料理でも用意して、待っているよ。

コメットさん☆:着いたら少し寝たいな…。地球は夜中だったから、景太朗パパさんや、沙也加ママさん、ツヨシくんとネネちゃん、それにスピカおばさまには、メッセージを残してきたの。

王様:そうか。それならまあ、着いたらまずよく休んで、それからいろいろな話を聞かせておくれ。

コメットさん☆:はい、お父様。それじゃね。

 夜中であったが王様は、コメットさん☆が帰ってくるのだと、ヒゲノシタ侍従長を始めとして、みんなに伝えた。寝静まっていた王宮は、急にあわただしくなった。

星ビトA:姫さまが帰って来るんですって。

星ビトB:なんでかしら?。

星ビトA:地球という星へ留学しているうちに、失恋したっていう話よ。

星ビトC:ふーん、それは気の毒だ…。でも、こんなに夜遅くに?。

星ビトA:時差があるからじゃないかしら?。

星の子D:姫さまが帰ってくるよ。

星の子E:どんなかな?、姫さま。大人になっているかな?。

星の子F:まだに決まっているだろ?。でも…、姫さまがっかりしてるのかな?。

星の子G:私たちがなぐさめてあげようよ。

星の子E:そうしようね。

 星ビトや星の子たちが、小声でうわさ話をしている頃、王妃さまは王宮のベランダに出た。そして宙に浮かぶように漂っている星の子たちに呼びかけた。

王妃さま:星の子たち、星の子たち、聞いて下さい。コメットがね、しばらくこちらに帰ってくるの。地球という星に行っているのは、みんな知っているでしょ?。でもね、地球で親しくしていた恋人のケースケくんが、遠いところに行って仕事に就くことになったの。それでコメットは、もう会えなくなったって、がっかりしているの。だからみんな、コメットのこと励ましてやって下さいね。お願いしますよ。

星の子A:わあ王妃さま、それは本当なの?。

星の子B:姫さまかわいそう…。

星の子C:前に星国へやって来た、ツヨシくんっていう人じゃないの?。

星の子D:王妃さまは「ケースケ」っていう人だって、今言ったよ。

星の子C:あ、そうか…。

星の子G:王妃さま、ぼくたち姫さまのこと励ますよ。元気出してって。

王妃さま:みんなありがとう。よろしくお願いしますね。元気ないコメットなんて、コメットらしく無いけれど。

星の子G:大丈夫だよ、王妃さま。姫さまは、いつもぼくたちのこと、考えてくれているもん。だから今度は、姫さまのことを、ぼくたちが考える番。

星の子A:そうだね。その通りだね。

星の子B:なんとか姫さまには、元気出してもらおうよ。

 王妃さまは、そんな星の子たちの思いやりを聞いて、安心したように微笑んだ。

 

 鎌倉の夜は明け、朝がやって来た。藤吉家は大騒ぎになっていた。

景太朗パパさん:ゆ、夢じゃなかったのか…。

沙也加ママさん:まさかコメットさん☆、本当に帰っちゃうなんて…。

ツヨシくん:あー、まるで眠っていてわからなかった。

ネネちゃん:ラバボーもいないよ…。もう、戻って来ないのかなぁ…。

ツヨシくん:な、何言っているんだよネネ。そんなはず無いじゃんか!。前にも戻ってきたよ、コメットさん☆はぁ!。

 ツヨシくんは、自らの不安を拭うように、大きな声で言い返す。

ネネちゃん:ちょっと、大きな声やめてよ!。…誰も気付かないなんて…。これも、コメットさん☆の星力なのかなぁ…。

沙也加ママさん:私たちに「今から帰ります」とは、言えなかったのかしら…。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。たぶんぼくたちがびっくりすると思って、そっと帰ることにしたんだろうな…。

沙也加ママさん:でも…、そんなの水くさいわ、コメットさん☆…。

ネネちゃん:コメットさん☆が、もし戻ってこないとしたら…。

ツヨシくん:そんなはずないって!。

景太朗パパさん:…ぼくもツヨシが言うように、そんなはず無いって思うな。

 景太朗パパさんは、興奮気味のツヨシくんの言葉を継いで言った。

ツヨシくん:えっ?、パパ…。

沙也加ママさん:何か確証があるの?、パパ。

景太朗パパさん:いや、確証は…無い。だけど…、コメットさん☆はきっと戻ってくる。あの子は、そんな無責任にさよならしてしまうような子じゃないさ。5年前だって、王様と王妃さまが迎えに来たじゃないか。そしてちゃんとあいさつをして、帰っていっただろ?。そういうきちんとしたことを、しない、出来ない子じゃない。だから今度も、しばらくの間、故郷の空気を吸いに行った。そう思える。

沙也加ママさん:…そうね。私もそう思えるな…。あ…、ツヨシ、ネネ、コメットさん☆の部屋はどうなってる?。ちょっと見てきて。それにあの、なんとかいう…、そう、メモリーボールとか。

ツヨシくん:ぼく見てくる。

ネネちゃん:私も!。

 ツヨシくんとネネちゃんは、階段を駆け上がり、コメットさん☆の部屋のドアを勢いよく開けた。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

ネネちゃん:…誰もいないね、やっぱり…。

ツヨシくん:さっき見たとおりだ…。あ、メモリーボールも無い…。

ネネちゃん:でも…、他のものはそのままだよ?。鏡も…、本棚も…。ベッドもそのまま…。きれいになっているけど…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、コメットさん☆の部屋の中に入り、あたりを見回した。昼間コメットさん☆が、沙也加ママさんのお店を手伝いに行っている時と、特に変わったところはない。メモリーボールが無くなっていること以外は。

沙也加ママさん:どうだった?。

 階段を駆け下りて来た二人に、沙也加ママさんが尋ねた。

ツヨシくん:特に変わった様子は…。

ネネちゃん:…無かったよ。でもね、メモリーボールは無くなってた。持って行ったんだと思うよ、コメットさん☆が。

沙也加ママさん:そう…。ケースケからもらったピンブローチとかはどうかしら…。

景太朗パパさん:いや、そんなものを探すのは、やめにしようよママ。コメットさん☆はきっと戻ってくるさ。その時にあれこれ調べたあとがあったら、コメットさん☆が傷つくだろう?。

沙也加ママさん:そうね。まあ、今探してみようと思ったわけじゃないけど…。

景太朗パパさん:…それより、あれ…。

 景太朗パパさんは、リビングの隅に置かれたままになっている、星国にすぐ通じる電話機を指さした。

沙也加ママさん:あ…、残ってる…。

景太朗パパさん:みんな思い出して。コメットさん☆はぼくたちの夢の中に語りかけたメッセージの中で、あれを残していくって言っていたよね。つまり、あれが残っているってことは、星国に連絡は出来るってことさ。

ツヨシくん:どうするの?、パパ。

ネネちゃん:私、王様に電話してみようかな…。

 ネネちゃんが、星国に通じる電話に歩み寄ろうとしたとき、景太朗パパさんがそれを止めた。

景太朗パパさん:ネネ、ちょっとまって。もう少し様子を見よう。コメットさん☆から何か連絡があるかもしれないし…。それに、あのメッセージの中で、「戻ってきます、きっと」って言っていただろ?。それを今は信じようよ。

沙也加ママさん:そうね…。寂しいけど…。待ってみましょ。

ネネちゃん:コメットさん☆、やっぱり寂しかったんだよね…。失恋しちゃったのと同じだもんね…。

ツヨシくん:なんか…、ラバボーも何も教えてくれないなんて…。

 ツヨシくんとネネちゃん、とりわけツヨシくんはがっかりした。しかし、がっかりしてばかりもいられない。ツヨシくんは、その回転の速い頭で、これからどうしようかと考えていた。ラバピョンはどうしたのだろう?。メテオさんやプラネット王子はなんて言うだろう。そんなことを次々に考える。「しばらくの間…」。コメットさん☆の言葉が、頭に浮かぶ。

 

 星国に無事帰ってきたコメットさん☆は、しばらくそのままベッドに横になり、足りない睡眠を補った。しばらくのまどろみの中で、コメットさん☆は夢を見た。藤吉家のみんなが、星国に帰ったコメットさん☆を探し、そしていないとわかると寂しがっている夢…。それは地球の鎌倉・稲村ヶ崎のある一軒の家で、起こっていることそのものなのであったが。

 やがて目覚めたコメットさん☆は、しばらくベッドの中でごろごろとしていた。頭はすっきりしない。しばらくぶりの、自分のベッドだというのに。

コメットさん☆:ああ…、星国なんだ…。

 コメットさん☆はつぶやく。

ラバボー:姫さま、姫さま、目が覚めたのかボ?。

コメットさん☆:うん。ラバボー、みんなどうしたかな?。

ラバボー:星の子たちも、星ビトたちも、心配していたボ。

ラバピョン:でも姫さま、少し休むのピョン。疲れているのピョン。

コメットさん☆:あ、ラバピョン…。うん、そうするけど、とりあえず起きようかな…。おなかも少しはすいたし…。

ラバピョン:姫さま、それなら着替えて顔を洗うのピョン。それから星の子たちが心配しているから、言葉をかけて安心させてあげてなのピョン。

コメットさん☆:うん。わかった。ありがと、ラバピョン、それにラバボー。

 コメットさん☆は、深夜に星国に着いて、あわただしく王妃さまと王様にあいさつし、ろくに話もせずに寝入ってしまったことを、ぼうっと思い出した。だいぶ疲れていたのだろうと、自分でも思った。そう言えばこのところ、いろいろ思うことばかりで、気が休まる時がなかった気がする。

 のろのろと着替えて顔を洗い、そして遅めの朝食をとった。あまり食は進まないが、王妃さまが作ってくれた。久々の星国のはずなのに、なんだか落ち着かない気分だ。どうしていいのか、今一つわからないまま、とりあえず王宮のバルコニーへ出てみた。そして、浮かんでいる星の子たちに、呼びかけてみた。

コメットさん☆:星の子たち、こんにちは…。

星の子A:あ、姫さま、姫さまだ!。

星の子B:ほんとだ。姫さま、元気だしなよー。

星の子C:失恋したの?、寂しい?。

星の子D:しつれんって何?。

星の子E:しつれんって…、なんだろ?。

コメットさん☆:わあ…、みんなに心配かけちゃった…。ごめんね。大丈夫だよ。あのね、私、地球っていう星に行っていたら、ちょっとステキだなって思う男の子がいたの。ケースケっていうんだよ。その人のこと、好きだなって思っていたんだけど、地球の上で、ずっと遠く離れたところに、自分の夢をかなえるために行ってしまったの。…でも、私はその人について行くわけには行かなかった。だって、星国のことがあるもの。

星の子A:そうなんだ…。姫さまは、いつも星国のこと考えて、大変なんだね…。

星の子B:それが姫さまの失恋?。

コメットさん☆:うん…。そうかな…。失恋って言うのかな…。

 コメットさん☆は、正直これが「失恋」と言うべきなのかわからないと思った。ケースケのことを忘れたわけではないし、キライになったわけでもない。二人の間に、距離があることと、目指す夢が重ならないということがわかっただけ、と言うことも出来る。それを失恋と言うのだろうか?。コメットさん☆は、ますます困惑したような気持ちになるのだった。星の子たちの言葉に、あまりうれしそうに答えられない。そのことも悲しい。

星の子E:姫さま、姫さまはこれからどうするの?。

星の子F:もう地球に行くのやめて、星国に住み続ければいいよ。私たちといっしょに暮らそうよ。

星の子H:またぼくたちのこと、導いて。いろいろなこと教えてよ。

コメットさん☆:え?、あ…、う、うん…。

 コメットさん☆は、そう言われるのはちょっと辛いと思った。藤吉家の人々に、ちゃんとあいさつをしてきたとは思っていない。ずっと星国にとどまると、決めたわけでもない。

 

 夜になって、鎌倉の藤吉家は、すっかり静かになってしまっていた。夕食の食卓でも話題がなく、みんな黙々と食べるのみだ。

景太朗パパさん:…んー、えーと、ママのお店、今日は売り上げどうだったかい?。

 景太朗パパさんは、むりやりそんな空気をはらおうと、わざと明るく言ってみた。

沙也加ママさん:そ、そうね。いつも通りよ、いつも通り。

ネネちゃん:コメットさん☆がいなくても?…。

 ネネちゃんが、触れたくないところにいきなり突っ込んでくる。景太朗パパさんは、ヤブヘビだったかと思った。

景太朗パパさん:ふぅ…。…いくら何でも、あれでさらっとさよならじゃなぁ…。

 景太朗パパさんは、つい本音を漏らす。口をとがらせるように、複雑な表情を浮かべながら。やっぱり景太朗パパさんだって、揺れているのだ。

ツヨシくん:…ぼくは、コメットさん☆は必ず戻ってくると信じる。

 ツヨシくんは、意外と冷静にそう言うのだった。ネネちゃんはツヨシくんがそう言いながらも、思い詰めたような表情をしていることに気付いた。双子だから、たいていのことはわかる。兄であるツヨシくんが、こういう表情をしているときは、何かとてつもないことを考えているかもしれないことも。

沙也加ママさん:…私も、コメットさん☆はそんな薄情な子だとは、思えないわ…。

 沙也加ママさんは、少しの間黙っていたが、静かに言った。

景太朗パパさん:そうだよな…。

 景太朗パパさんもまた、静かに答える。すっかり藤吉家の食卓は湿っぽい。ツヨシくんは、夕食を口に運びながら、なんとなくメテオさんやプラネット王子に、電話してみようかなと思っていた。こういう時、メテオさんやプラネット王子は頼りになるような気がした。何しろ星ビトなのだから…。

 ところが夕食がすんだところで、景太朗パパさんに電話がかかってきた。

景太朗パパさん:はい、もしもし藤吉ですが。

プラネット王子:あ、どうも。プラネットです。こんばんは。今夜久しぶりに一局どうですか?、将棋。もしおじゃまじゃなかったらと思いまして。

景太朗パパさん:おお、プラネットくんか。いいね、実はちょっとうちじゅう湿っぽくなっていたところなんだよ。

プラネット王子:湿っぽく?。鳥が巣立って行っちゃったとか、そういうことですか?。

景太朗パパさん:いや、その…、鳥じゃないんだけどね…。

プラネット王子:はぁ?。…まあじゃあ、とにかくうかがいます。いいですか?。

景太朗パパさん:ああ。ぜひ来て欲しいな。よろしく頼みます。

プラネット王子:はい、わかりました。これからおじゃまします。

 電話はそんなふうにして切れたのだが、受話器を置いて、景太朗パパさんは沙也加ママさんに一言伝えようとしたその時、今度は玄関のチャイムが鳴った。

玄関チャイム:♪ピンポーン!。

ツヨシくん:あれ?、もしかして…、コメットさん☆が?。

 ツヨシくんは急いで玄関に向かった。ネネちゃんも、もしかしてと思って、2階の自分の部屋から階段を下りてくる。しかし、玄関を外からがらりと開けたのは…。

メテオさん:こんばんは〜。コメットいるぅ?。

 メテオさんだった。

ツヨシくん:メ、メテオさん…。

 ツヨシくんは、がっかりしたような、複雑な表情をメテオさんに見せた。そして目を潤ませた。

メテオさん:な、なによ、どうしたの?、ツヨシくん。

ツヨシくん:と、とにかく上がって。メテオさん。コメットさん☆、いないんだよぅ。

ネネちゃん:あ、メテオさん。よかった…。メテオさんは居て。

メテオさん:はぁ?。

 メテオさんは、言っていることがよくわからず、ツヨシくんに袖口を引っ張られるようにして、リビングへ上がった。

メテオさん:な、なんなのよったら、なんなのよ…。そんなに袖引っ張らなくても行くわよ、ツヨシくん…。

 ツヨシくんは、メテオさんを後ろ手に引くように、リビングへ連れていく。メテオさんには、何がなんだかわからなかった。

 

メテオさん:コメットが、星国へ?。

景太朗パパさん:そうなんだよ。ぼくたちの夢に出てきて…、というか…。なあ、ママ。

沙也加ママさん:ええ…。メッセージっていうのかしら?。「しばらくの間」って言っていたけど…。でも、「ずっと星国に帰ることになったら」とも言っていたわ、メッセージの中のコメットさん☆…。

プラネット王子:うーん…。オレはあまりこのところ、コメットといろいろ話をしたわけでもなかったからなぁ…。それにしても、こんなことになっているとは…。

 全く偶然にやって来たメテオさんとプラネット王子、それに景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくんとネネちゃんは、藤吉家のリビングで、話し込むことになってしまっていた。メテオさんとプラネット王子は、思いもよらない話に困惑した。

ツヨシくん:もう…、コメットさん☆、帰ってこないつもりなのかな…。

ネネちゃん:ツヨシくん、そんなはずないって、自分で言っていたじゃん。

ツヨシくん:そ、そうだけどさあ…。

景太朗パパさん:…まあ、このままいなくなってしまうほど、コメットさん☆も子どもだとは思えないけどね…。

メテオさん:そうですわね…。わたくしも、話を聞く限りでは、コメットがもう戻ってこないとは思えないですけど?。

プラネット王子:オレもそう思うなぁ…。だいたい星ビトであるオレや、コメット、それにメテオが地球に来た理由って、前はともかく、今はこの地球上に、星国にないかがやきがあると信じているし、それを星国に伝えようという気持ちからだろう?。それなのに、ケースケがオーストラリアに仕事を見つけ、遠いところだとは言え、そこで夢を達成しようと努力するというのに、それを無視して星国に帰るほど、コメットが骨のない人間だとは思えないけどな…。

景太朗パパさん:そうだよなぁ…。

ツヨシくん:うん…。

ネネちゃん:そうだね。

沙也加ママさん:もっともな話よねぇ…。

 みんな考え込んでしまうのだった。考えれば考えるほど、コメットさん☆が、このまま星国に帰ってしまうとは、皆どこか思えないでいた。楽観は出来ないと思いつつも。

 そのころ、星国のコメットさん☆は、気分が晴れないままだった。せっかく故郷である星国に、帰ってきたというのに、まるで気分は変わらない。

王様:コメットや、星遊びでもしたらどうだ?。

コメットさん☆:お父様…。…うん、なんだか星の子たちと、楽しくお話するって気持ちじゃなくて…。

王様:うーむ、仕方がないかもしれないな…。

 王様はコメットさん☆を、なんとか元気づけようとするのだが、コメットさん☆の反応は鈍い。やはり少し時間が必要なのだろうと思う。

コメットさん☆:はぁっ…。

 コメットさん☆は、またため息をついた。もう星国に帰ってから、いくつついているかわからないため息を。しかし、心のどこかで「どうしよう?」と自問しているコメットさん☆なのだった。それは、このまま藤吉家の人々に、何のあいさつもなしに、星国にとどまるわけには行かないという気持ちそのものなのであった。

メテオさん:連れ戻しに行くべきかしら?…。

 藤吉家のリビングでは、唐突にメテオさんがそう言った。みんな言葉に行き詰まり、あっちこっちをぼうっと見ているさなかにである。

景太朗パパさん:ええ?。

プラネット王子:いやー、それはどうかなぁ。話によれば、「星国の空気を吸いにもどっておいで」と、王様に言われたってことじゃないか。しばらくはしょうがないんじゃないか?。

メテオさん:でも、でもよ!。コメットはわがままだわ、このままじゃ。わがままだけど…、コメットは、誰かを求めているんじゃないのかしら?。自分にもう一度、かがやきを見つけるための明かりを、心に灯してくれる誰かを…。今まで、ケースケという人を想うことで灯し続けていた、かがやきを探すための明かりは、ケースケとともに消えてしまった…。それを取り戻せないでいる…。そんなこと、自分で解決つけられないようじゃ、いつか星国をしょって立つなんて、出来やしないのに。

沙也加ママさん:そうねぇ…。コメットさん☆にとっては、そういう気持ちがあるかもしれない…。

プラネット王子:うーん、さすがにそのあたりまでは読み切れないな…。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、何かを心に秘めるように、黙っていた。

ネネちゃん:コメットさん☆も、きっと苦しいんだね…。

メテオさん:そりゃあそうでしょ?。カリカリ坊やと、もう言い合いも出来ないんだもの。

景太朗パパさん:あははは…、カリカリ坊やかぁ。あははは……。

 メテオさんの言い方に、つい笑ってしまった景太朗パパさんだったが、ほかの誰も笑ってくれないので、空気の重さに黙ってしまった。

沙也加ママさん:あ、そうそう。みんなお茶飲みましょうね。ごめんなさい…。つい忘れてたわ。ネネ、パパ、ちょっと手伝って。

ネネちゃん:はーい。クッキー出そうっと。

ツヨシくん:お、それはナイス!。

景太朗パパさん:じゃあ、悪いけどさプラネットくん、将棋盤、駒並べておいて。ぼく手伝ってくるからさ。

プラネット王子:あ、オレも手伝いますよ。

景太朗パパさん:いいっていいって。

 沙也加ママさんに続いて、ネネちゃん、景太朗パパさんが立ち上がって、キッチンのほうへ行った。ツヨシくんもあとを追おうかと、立ち上がろうとしたが、メテオさんが背中を引っ張る。プラネット王子は、リビングのすみに置かれている将棋盤を取りに行った。

メテオさん:ツヨシくんは、ここにいて。

ツヨシくん:メテオさん?。

メテオさん:いいこと?、ツヨシくん。

 メテオさんは、ツヨシくんをもう一度リビングのいすに座らせると、小さめな声で言った。

メテオさん:もしコメットが、このまま帰ってくる様子がなかったら、あなたぶんどり返して来なさいよ!!。あなたしかいないでしょ!?。

ツヨシくん:えっ?。

メテオさん:あなた、コメットのためなら、何でもするんじゃないの!?。

ツヨシくん:そ、それは…、するつもりだけど…。悪いこと以外なら…。でも…、ぶんどり返すって…。

メテオさん:あのね、冗談言っている場合じゃないの!。

 ツヨシくんは、メテオさんの勢いに圧倒され、「冗談のつもりじゃないんだけどな…」などと思いつつ聞いていた。

メテオさん:たとえ実らなくても、じっとこのまま待ち続けるだけでいいの?。

ツヨシくん:……。…ううん。よくない…。

 ツヨシくんは、「実らない」とはどういうことかさっと考え、じっとメテオさんの目を見て答えた。

メテオさん:ま、そういうことも、考えておくことね…。

ツヨシくん:…うん、…わかった。ありがと、メテオさん。

 メテオさんは、それを聞くと、まんざらでもないように少し笑った。しかしツヨシくんの目には、ある光が宿ったのであった。キッチンでお茶の準備をしていた景太朗パパさんと沙也加ママさんは、話してる内容に気付くはずもなく、メテオさんとツヨシくんを見て言った。

景太朗パパさん:メテオさんも、なかなかのしっかりさんだなぁ…。

沙也加ママさん:そうねぇ…。ツヨシやネネには、いいお姉ちゃんの、得難いお友達かも…。

 だが将棋の駒を並べていたプラネット王子には、メテオさんとツヨシくんが話をしているおおよその内容は聞こえていた。

プラネット王子:(なんだか大ごとにならなければいいが…。)

 プラネット王子は、そうも思うのだった。それでも一方では、星ビトの、少なくともひととき「気になる存在」ではあったコメットさん☆が、いない風景というのは、なんだか寂しいものだと思っていた。

 

 翌日の朝、沙也加ママさんとネネちゃんは、いっしょにお店へ行ってしまった。ツヨシくんは、「コメットさん☆が気になるから」と言って、家に残った。しかし、そうは言ったものの、とりあえずすることがあるわけではない。何となくそわそわしながら、そして手持ちぶさたに自分の部屋にいるしかないのだった。心の中では、コメットさん☆のことを心配しながら…。

 それでもツヨシくんは、何度目かに時計を見たとき、景太朗パパさんが仕事部屋に行ってしまったことを、気配で確認し、そっと自室から出て、リビングに向かった。テレビ台の脇、窓辺に置かれている星国直通の電話を、おそるおそる取ろうとした。しかし、一度は手を引っ込める。もう一度、やや震える手で、受話器を取ろうとしたとき、後ろで声がした。

景太朗パパさん:しばらく、そっとしておきなよ、コメットさん☆のことはさ。

 景太朗パパさんの声だ。心臓が飛び出るほど、ツヨシくんはびっくりして振り返った。

ツヨシくん:パ、パパ…。…び、びっくりしたぁ…。ど、どうしてわかったの?。

景太朗パパさん:いや…、別に、新聞持って行くの忘れたなと思って、リビングに戻ってきたらさ。…ツヨシ、星国に電話するつもりだったんだろ?。

ツヨシくん:…うん。

景太朗パパさん:もう少し待った方がいいような気がするけどなぁ…。

ツヨシくん:…で、でも。

 ツヨシくんは、思い詰めた声で答えた。

ツヨシくん:ぼくは…、決めたんだ。昨日メテオさんにも言われて…。ぼく以外、誰がコメットさん☆のこと、連れ戻すんだって。ケースケ兄ちゃんだって、よろしく頼むとか言って行っちゃったし…。…もしこのまま、コメットさん☆がうちに戻ってこなくて、理由もよくわからないなんて、そんなのイヤだな。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんの言葉を聞いて、まあそれはもっともなことかもしれないと思った。

ツヨシくん:だから、ぼくは電話するっ!。

 ツヨシくんはそう言うと、受話器を取った。

景太朗パパさん:…あっ。

 景太朗パパさんが、一瞬とまどっているすきに、ツヨシくんは通話のためのボタンを押した。

ツヨシくん:もしもし…。

受話器の向こう:……。カタッ…。

 そんな音が向こうから聞こえてきた。しかし、人の声がするわけではない。ツヨシくんは一瞬、「本当に通じるのだろうか、それとも…」と思った瞬間、聞き覚えのある声がした。

王妃さま:もしもし?、どうしましたか?。

ツヨシくん:こ、こ、こんにちは…。あ、あの、ぼく、フジヨシツヨシですっ!。コ、コメットさん☆、帰ってきてぇ!。

 ツヨシくんは、もうほとんど叫んでいた。電話に出たのは、王妃さまだった。王妃さまは、受話器を少し耳から離すと、静かに答えた。

王妃さま:ツヨシくんね、こんにちは。コメットが心配をかけてしまってごめんなさいね…。ツヨシくん、心配して電話してくれたの?。

ツヨシくん:…は、はい。あのっ、コメットさん☆は、もう帰ってきてくれないんですか?。そんなの…、ぼく…。

王妃さま:そうねぇ…。本人に聞いてみましょ。少し待ってね。

 王妃さまはそう言うと、受話器を持ったまま、コメットさん☆が一人たたずんでいる部屋へと向かった。

 コメットさん☆は、星国に帰ってきたというのに、ほとんど外へも出ず、部屋にこもりっきり。味気なく、ただ時がたつのにまかせていた。そんなコメットさん☆のもとに、王妃さまがやって来て言うのだ。

王妃さま:コメット、あなたのこと、とても大事に思っている男の子から電話よ。出る?。

コメットさん☆:えっ?、お母様…。それは、ツヨシくんのこと?。

 コメットさん☆は、いすに座っていたが、入口のスクリーンが上がって、王妃さまが入って来るなり言う言葉に驚いて立ち上がった。

王妃さま:ええ。

コメットさん☆:…それなら、もう少ししたら戻るからって、伝えて、お母様。

王妃さま:まあ、自分で言いなさいな。

コメットさん☆:だって…、今こんな時に、ツヨシくんと親しく会話出来ないよ…。

 コメットさん☆は、そう答えると、少し涙を浮かべた。王妃さまは、そっと受話器を耳に当てると、また静かに言った。

王妃さま:ツヨシくん?、コメットは、まだあなたからの電話には出られないと言うの。泣いちゃうのよ。

ツヨシくん:えっ?、…そ、そう…なんです…か。

 ツヨシくんは、とぎれとぎれに答えた。しかし、次の瞬間、そばで黙って聞いていた景太朗パパさんも、そして王妃さまも予想しなかった言葉を発した。

ツヨシくん:それなら、王妃さま、あの汽車を呼んで下さい。ぼく、コメットさん☆のこと、なぐさめに行くから!。

景太朗パパさん:え?、お、おい、ツヨシ!。

王妃さま:まあ…。

 景太朗パパさんはびっくりして、止めようとした。王妃さまも、一瞬とまどった。しかし、王妃さまはすぐ冷静になると、またしても静かに答えた。

王妃さま:わかりました。ツヨシくん、あなたはやさしいけれど、積極的な子ね。うふふふ…。うらやましい位かしら?。でも、もしかすると、コメットは、あなたに会わないと言い張るかもしれないわよ?。私もあの子の親ですけど、強制はできないもの。それでもいい?。

ツヨシくん:はい。

王妃さま:それなら、お父様がそばにいらっしゃるでしょう?。代わってくれますか?。一言ごあいさつをしておきますから。

ツヨシくん:はい。じゃあ、パパに代わります。…パパ、王妃さまが、パパにって。

景太朗パパさん:あ、ああ。わかった。どれ…。

 景太朗パパさんは受話器を取った。

 王妃さまは、景太朗パパさんに、ツヨシくんが星国に来ることの了解を取った。そしてすぐに星のトレインを、地球に向かわせるよう手配した。一方景太朗パパさんは、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に電話し、顛末を伝えた。ツヨシくんは急いで支度をすると、ウッドデッキのところで待った。支度と言っても、お弁当と時刻表を持って、というのではない。星国は遠いが、行けばなんでも、どうにでもなるだろうと、ツヨシくんは思っていた。だからちょっとした着替えと、本を少し、小さめなリュックに入れた。そしてそれを背中に軽くかついだ。

 やがて星のトレインは、迎えに同乗してきたラバピョンとラバボーとともに、非常に速くウッドデッキのところにやって来た。無言で見送る景太朗パパさんを残して、ツヨシくんは乗り込み、そして空のかなたに消えた。

 

星の子A:姫さまのかがやきが、ほとんど消えてるよ。

星の子B:本当だ。大変だよー!。

星の子C:あれ?、星のトレインが行くよ?。

星の子D:誰が乗っているんだろうね?。

 そのころ星国では、星の子や星ビトたちが大騒ぎしていた。コメットさん☆のかがやきが失われたというのだ。コメットさん☆は今、そのかがやきを宿すことが出来ないほど、深い悩みを抱えてしまっているというわけである。

ヒゲノシタ:大臣、大臣、何か知恵は無いのか?。

フライパン大臣:そうは言われましても…。わたくしは水産大臣ですからゆえ…。

やかん大臣:わたしもお湯をわかす担当ですからのう…。

ヒゲノシタ:ああー、お悩み解決ビトはおらんのか?。

鍋大臣:今度のことは、お悩み解決ビトでも、すぐには解決できませんでしょう。

 大臣たちも、困り果てた顔だ。もっとも、大臣はコメットさん☆の心の内面を、どうにかするのが仕事ではないし、そんなことが簡単に出来ようはずもない。星国はこの通り、大騒ぎなのであった。

 そんな星国へ、星のトレインが折り返し一直線に向かっていた。もちろん、ツヨシくんを乗せた、あのトレインだ。

ツヨシくん:コメットさん☆、待っててね…。…ぼくに何が出来るか、わからないけど…。

 ツヨシくんは、深い座席に腰掛けながら、そっとつぶやく。自信たっぷりのような顔で、この列車に乗っては来たのだが、いざ星国に向かっているとなると、なんだか心細くもなるし、実のところ奇策があるわけでもないツヨシくんなのであった。

ラバピョン:ツヨシくん、姫さまをどうやってなぐさめるつもりなのピョ?。

ツヨシくん:どうやってって…。正直…、ぼくにもわからない…。

ラバボー:姫さま、ツヨシくんに会うつもりなのかボ?。…それすらわからないボ…。

ツヨシくん:……。

 ラバボーがそう言うのを聞いて、ツヨシくんはまた一段と「どうしよう」と思うのだった。

 だが、じっくりと考えている暇もなく、星のトレインは、星国宮殿のやや高いところにあるプラットホームに滑り込んだ。ホームには、王様と王妃さまが待ち受けていた。ツヨシくんは静かに開いたドアから、手持ちの荷物を入れた小さなリュックを持って、ドキドキしながらホームに降り立った。そして王様と王妃さまを見つけると、ぺこっとお辞儀をした。

王様:ツヨシくん、ツヨシくんじゃな。大きくなった。遠いところをありがとうよ。

ツヨシくん:王様、王妃さまこんにちは…。ぼく、とても寂しくて、来ちゃいました…。

王妃さま:そう固くならなくてもいいのですよ、ツヨシくん。そうね…、コメットがあなたと会ったら、どうか話し相手になってやってね。最初は大変かもしれないけれど。

ツヨシくん:は、はぁ…、はい。

 ツヨシくんは、「最初は大変」と王妃さまが言う意味が、わからない気がした。そして、ふと思い出し、あたりを見回した。何人か正装で並んでいる人は、王宮の仕事をしている人だろうか。しかし、やっぱりコメットさん☆の姿は、そこに無いのだった。ツヨシくんは、わかっているつもりでも、少しがっかりした。

 星国も、他の星国から誰かやって来たりすれば、たいてい歓迎行事くらいはあるものだ。しかしツヨシくんの場合、そんな行事のために来たのではない。だからさっそくコメットさん☆のいるところへ行ってみようと思った。どこにコメットさん☆がいるのかわからないから、王妃さまがいっしょに王宮の長い回廊を歩いてくれた。回廊の壁のような所には、ステンドグラスのような模様が描かれている。それは窓であったりするのだが、中にはそれが扉の役を果たしているものがあり、シャッターが開くかのように、上に開くところがあるのだった。そんな壁の模様を見ながら歩いていると、急に王妃さまは立ち止まり言う。

王妃さま:ここがコメットの部屋ですよ。そして、隣がツヨシくん、あなたが使う部屋。

ツヨシくん:ええっ!?。

 王妃さまが、指を差して言ったところは、ただの妙な模様の描かれた、布が下がっているようなところだった。ツヨシくんはそこに触れてみた。しかし開く様子はない。ツヨシくんは不思議そうな顔で、王妃さまを見た。それに、ツヨシくんは、自分専用の部屋が用意されていたことにもびっくりした。一瞬、そんなに長くいることになるのだろうか、とも思う。星国でコメットさん☆のそばに寄り添い、元気づけるつもりだから、とまどいは無いつもりだけれど、隣に何日も住むとなると、学校はどうなるだろうとか、用意してきた衣類が、足りるだろうかなどと、地球に置いてきた生活が気になってしまう。しかし、とりあえずツヨシくんは、自分のために用意された部屋の前に立った。すると布は上に持ち上がり、中に入ることが出来た。テーブルが浮いており、別に荷物が置けそうな台が、これまた浮いていて、大きめのベッドがあった。真新しいシーツが敷かれている。ツヨシくんは、なんだか落ち着かないなと思いながら、一方でホテルや旅館の雰囲気に似ていると思った。テーブルが宙に浮いていることを除けば。気がつくと、王妃さまはもういなかった。

 一方そのころ、食堂の厨房では、議論になっていた。

料理長:晩餐会を開くのか、誰か聞いていないか?。

コックさんA:いえ、聞いていません。

料理長:どうするんだろうな。そのツヨシくんという、姫さまと親しい少年の食事は。ただ用意すればいいということにもならないだろう。

コックさんB:そう言われましても料理長、私どもも、ヒゲノシタ侍従長からも、何もうかがっていませんが?。

料理長:ううむ…。

 そこへひょっこりと王様が現れた。

料理長:お…、王様。

王様:みんなすまんのう。ツヨシくんは、地球の人だが、わしのような者の好物とは、また違ったものが好きかもしれん。

料理長:それはまあ、いかようにも調整いたしますが…、今夜は晩餐会をなさるのですか?。

王様:いや…。晩餐会をしたところで、姫の気持ちが晴れるわけでもないだろう。それにツヨシくんは、姫のことを励ましに来たのじゃ。ツヨシくんも、そんなかしこまった会に出ようとは、思わんじゃろ。

料理長:わかりました。それなら…、どんなものが好物か、うかがいたいのですが、その、ツヨシくんという方に。

王様:うむ。それなら、ヒゲノシタにでも、聞いてもらおう。

料理長:よろしくお願いいたします。王様。

 ツヨシくんは、落ち着かない部屋にいるよりは、まず隣のコメットさん☆の部屋へ行ってみることにした。さっき入ってきた、部屋の入口だったはずの場所には、タペストリーのように、布が下がっている。目がチカチカするような、模様が原色で描かれたそれは、部屋の他の場所にも所々に下がっている。それぞれ模様は異なっていて、ツヨシくんは、別の部屋につながっているのかもしれないと思った。意を決したツヨシくんは、持ってきた荷物を台に置くと、確か入口だったはずの布の前まで行き、外に出ようと思った瞬間、布は上がって、外の廊下が現れた。ツヨシくん自身も、さすがにこういう「自動ドア」は体験がないなぁ…などと思いながら、外の廊下へ出て、隣の部屋に近づこうとした。ところが、同じような布があっちこっちにかかっている。どれがコメットさん☆の部屋なのだろう?。確かに王妃さまが、さっき指さして、「ここがコメットの部屋よ」と言ったのは、ここだったはず、というところの前に立った。

ツヨシくん:確か…、ここだったはず…。でも…、ノックすればいいのかな?。

 ツヨシくんはとまどった。ノックしようにも、扉ではないのだから、トントンと音がするかわからない。回りの様子からすれば、大声でコメットさん☆の名前を呼ぶのも、場にそぐわない気がした。

ツヨシくん:まるで、ケースケ兄ちゃんがくれた、SFの本の世界だな、これじゃ…。

 ツヨシくんは、そんなこともつぶやく。そうしながら、コメットさん☆の部屋の垂れ幕に手を触れようとしたとき、中から声がした。

コメットさん☆:誰?。

 聞き覚えのある、コメットさん☆の声。

ツヨシくん:コ…、コメットさん☆?。ぼくだよ、ツヨシだよ。入れて、ここから中に入れて。

コメットさん☆:ツ、ツヨシくん!?。本当にツヨシくん?。

ツヨシくん:本当も何も、ぼくだってばぁ。

 ツヨシくんは、手を例の布に当て、中に押そうとしたとき、さっとそれは上がって中に入れるようになった。中は見覚えのある部屋。星国で運動会があったとき、見たことのあるコメットさん☆の部屋だったのだ。ツヨシくんは、「あの時のままだ…」などと、少しの間考えていたのだが、ふと我に返り、コメットさん☆の姿を探した。

ツヨシくん:コメットさん☆?。

コメットさん☆:ここだよ…。ツヨシくん。星国まで来ちゃったの?。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆…。う…、うん。

 コメットさん☆は、ベッドの向こうからそっと出てきた。服はいつもの変身したミニドレス姿、しかし、「星国まで来ちゃったの?」というコメットさん☆の言い方に、引っかかりを感じた。いつものコメットさん☆とは違うと感じたのだ。

ツヨシくん:コメットさん☆、星国はどう?。

コメットさん☆:えっ?。

 今度はコメットさん☆のほうが、少々びっくりした。すぐに「帰ってきて」などと言われるのだろうと思ったからだ。

ツヨシくん:星ビトの人たちや、星の子さんだっけ?、みんなやさしい?。

コメットさん☆:う…、うん…。

ツヨシくん:かがやき、取り戻せた?。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、黙ってしまった。「そんなの、すぐには無理だよ」という言葉を飲み込みつつ。

王様:ああ、気になるのう…。

王妃さま:何がです?。

王様:ツヨシくんは、きっとコメットの部屋に行って、何事か話をしておるじゃろう。それが…。

王妃さま:まあ、うふふ…。

王様:まあって…、妃は気にならんのか?。

王妃さま:気になりますよ。

王様:ほーれ見ろ。気になるだろうが。

王妃さま:気になりますけど、私たち、どうしようもありませんよ。ツヨシくんが、少しでもコメットのかがやきを、取り戻すきっかけを作ってくれればとは、思いますけれど。でも…、ツヨシくんの重荷になってまでは…。

王様:うむ…。はぁー、それもそうじゃのう…。

 コメットさん☆とツヨシくんが、やや緊張したような話をしているとき、ちょうど王様と王妃さまは、自らの部屋でお茶を飲みながら、そんなやりとりをしていた。もっとも、王宮の中では、大臣たちや、代議員たちも、「ツヨシくんが、姫であるコメットさん☆を、立ち直らせられるのか」という話題で、持ちきりになっていた。それは無理もない。ツヨシくんは、地球からやって来る姫さまの「友だち」であっても、その人柄や恋力のようなパワーがどれほどなのかということまでは、皆知らないのだから。

ツヨシくん:コメットさん☆、お店はなんとかなっているよ。

コメットさん☆:そっか…。

ツヨシくん:でも、ぼくとネネは、もう少しするとまた学校。今度は5年生だよ。

コメットさん☆:えっ?、じゃあ、ツヨシくんあんまり時間がないね…。

ツヨシくん:いいよ。パパとママにも言ってある。学校が始まるまでに、帰るかどうかわからないって…。

コメットさん☆:そんな…。私…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、話を続けた。コメットさん☆は、ツヨシくんが、学校を休む覚悟までして、ここに来てくれたのだということに、初めて気付いた。そして、それはなんだか申し訳ないなと思った。

コメットさん☆:な…、なるべく早く、地球には戻るようにするよ…。

 コメットさん☆は、そう言ってみた。そんな気持ちは、今の時点でわくはずもないのに。ツヨシくんはきっと「ホント!?」と言って、つかの間ではあるが喜んでくれるだろうと期待して。しかし…。

ツヨシくん:ゆっくりでいいよ、コメットさん☆。無理しなくてもさ…。

コメットさん☆:ツヨシくん…。

 コメットさん☆は、意外なツヨシくんの言葉に、また涙が出そうになった。そして、これが本当の気持ちを抑えて、あえてそう言うツヨシくんのやさしい気持ちなのだと、改めて思っていた。ケースケとは、またかなり違う人柄だとも。

ツヨシくん:…おなかすいたなぁ…。今何時なんだろ?。

コメットさん☆:うふっ…。今は、もう夜の7時過ぎ…かな?。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、初めて笑った。

コメットさん☆:え?、う…、うん。

 コメットさん☆は、ある緊張感を持った話なのに、突然「おなかがすいた」というツヨシくんに、少し微笑んだ。それをツヨシくんは見逃さない。

ツヨシくん:もう7時かぁ…。何か食べたいなぁ…。食堂とかないの?。

コメットさん☆:うふふ…。あるよ。じゃあ、何か食べに行く?。

ツヨシくん:うん、そうしよう。いっしょに食べよ。

コメットさん☆:うん、そうだね。

 それまであまり食欲がわかなかったコメットさん☆も、ツヨシくんに誘われると、なんとなく料理長が待つ食堂へ、行ってみる気になった。二人は連れだって、長い廊下を歩き、食堂へ向かった。

 藤吉家では、いつもよりぐっとメンバーが少ない夕食を、景太朗パパさん、沙也加ママさん、ネネちゃんの3人が取っていた。

景太朗パパさん:うーん、なんかこう、一段と静かな夕食だね…。

沙也加ママさん:そうね…。

ネネちゃん:今頃ツヨシくん、どうしているかなぁ…。コメットさん☆には、会えたのかな?。

景太朗パパさん:会ってももらえなければ、もう帰ってくるだろうよ。

沙也加ママさん:ツヨシのことだから、何が何でもコメットさん☆には会ってくるでしょうね。

ネネちゃん:なんかツヨシくん、泣きわめいていたりしたら、情けないな…。

景太朗パパさん:あははは…。それはさすがに無いと思いたいね。

 景太朗パパさんの笑い声が、食卓に響いても、それがダイニング全体にこだましてしまうくらい、静かな夕食なのだった。

景太朗パパさん:でもさ…。

 急に景太朗パパさんが、冷静な声になって言う。

景太朗パパさん:このままツヨシが、星国でコメットさん☆のおムコさんになってしまうなんてことになったら?。

沙也加ママさん:ええー?、それはさすがに無いでしょ?。

景太朗パパさん:そうかなぁ…。

ネネちゃん:パパそれは考えすぎ。ツヨシくん、そんなにしっかりしてないでしょ?。第一、まだ4年生…、あ、4月から5年生だよ?。

景太朗パパさん:そ、そうだよな。そうだ。5年生だ。

ネネちゃん:5年生の小学生が、姫さまに婿入りできるほど、星国も気楽なところじゃないんじゃない?。

沙也加ママさん:まあ、ネネったら、ませたこと言うのね。

ネネちゃん:ませてるって…。もうネネも、5年生だもん。

景太朗パパさん:なんだか、いろいろなところが、ぼくには心配だな…。

 景太朗パパさんは、ぼそりと言うのだった。

沙也加ママさん:まあ今は、ツヨシの活躍に期待しましょ。信じることよ。

 沙也加ママさんは、それに対して前向きに言う。

景太朗パパさん:そうだね…。

ネネちゃん:ツヨシくん、ちゃんとごはん食べているかなぁ…。

 藤吉家の静かな夜はふけてゆく。

 

 翌日も、翌々日も、ツヨシくんはコメットさん☆の部屋に行ってみた。いっしょに食事はするし、話もするのだが、明るいコメットさん☆の、いつもの様子にはまだまだ遠い気がした。

コメットさん☆:時間の進み方、ツヨシくんが学校に困らないようにしておくね。

ツヨシくん:それってどういうこと?。

コメットさん☆:ツヨシくんが地球に帰ったら、春休み終わっていたら困るでしょ?。

ツヨシくん:う、うん…。そうだね。コメットさん☆…、ありがと…。

 コメットさん☆は、地球と星国の、時間の進み方を変えてくれると言うのだ。ツヨシくんは、そんなコメットさん☆の言葉に、一応お礼を返すのだが、やがては「一人で帰って」と言われてしまうのかな、と、寂しくもなるのだった。

 コメットさん☆の部屋からは、星が見える。星の子たちが、漂っているのも。ツヨシくんは、なんだか見られているようで落ち着かないのだが、コメットさん☆によれば、向こうからこちらは見えないのだと言う。

ツヨシくん:星が見える。

コメットさん☆:うん…。

ツヨシくん:き、きれいだね。

コメットさん☆:そうだね…。

ツヨシくん:コメットさん☆にとって星国って、帰ってきたーって感じする?。

コメットさん☆:するけど…。

 コメットさん☆は、少し困った顔をした。実のところ、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」は、どうなっているだろうかとか、ネネちゃんはどうしているのだろうなど、気にならないと言えばうそになる。ケースケとの思い出がありすぎる鎌倉を、しばらくの間離れようと思ったのだが、だからと言って、このままずっと星国にいるだけでいいのだろうかとも思う。星国とは違ったかがやきを探しに、地球に行って、いくつものかがやきを見つけ、両手に余るほどのかがやきの中から、少しは星国に持ち帰ったつもりでもいた。もっと地球へ、かがやきを探しに行かなくていいのだろうか。もう探し尽くしたのだろうか。コメットさん☆は自らに問う。

 一方ツヨシくんは、そんなコメットさん☆の自問に、気付くはずもない。

ツヨシくん:(なんだか、これじゃあ病院のお見舞いみたい…。)

 年が明けたばかりの頃、クラスの友だちが足を骨折して、しばらく入院していたのだ。それでお見舞いに行ったのだが、たまたま友だちは寝ていて、ろくな話も出来なかった。ツヨシくんはそんなことを思い出す。

ツヨシくん:(でも…、コメットさん☆は病気なわけじゃない…。心がケガしているだけって、ママが言っていたっけ…。)

 ツヨシくんはそうも思う。「心のケガ」。それをどうやって治すのか、治し方はツヨシくんにも手探りだ。

 朝になって、コメットさん☆の様子を見に行き、しばらく話をして、お昼を食べると、ツヨシくんは部屋で持ってきた本を読む。テレビはあるけれど、地球の鎌倉でいつも見ている番組をやっているわけではないから、つまらない。他にとりたててすることもない。そして夕方近くなると、またコメットさん☆の部屋に行き、少しのおしゃべりをして、夕食をいっしょに食べ、夜になると「おやすみ」と言って、隣の部屋に寝るという毎日なのだ。

 そんな何日目かのある日、ツヨシくんは王様と話をしようかと思っていた。一方で、父である景太朗パパさんや、母である沙也加ママさんはどうしているだろうと、少しばかり家も恋しくなっていた。まずは王様に会って、コメットさん☆を立ち直らせるヒントでもないかと、ツヨシくんは考えた。

 ツヨシくんは部屋を出て、廊下を歩き始めた。宮殿の中は広い。しかも他の人が歩いていたりはしないから、道を聞くことも出来ない。だいたい壁に下がっているタペストリーのような布の、どれかはドアか通路になっていて、それ以外はただの飾りなのだ。法則性がわからない。ただやみくもに突っ込んでいくわけにも行かない。ツヨシくんは困ったと思いながら歩いていた。だいたい自分の部屋に戻れるのだろうか。それすら疑問なのだ。だが、しばらく廊下を行くと、明るい場所が見えてきた。そこはバルコニーのようになっており、外の光が、中の廊下に射しているのだった。ツヨシくんはそこへ向かって駆け出した。

ツヨシくん:あっ!。

 ツヨシくんは思わず声を上げた。バルコニーはかなり高いところで、そこから星の子たちが、ふわふわと浮かんでいるのが見えたからだ。そしてそのずっと下の方には、木が並木のようにはえているのが見える。広場にぽつりぽつりと星ビトがいるのが見えた。

ツヨシくん:ここは…、高いところなんだ…。

 ツヨシくんがつぶやくと、それに気付いたのか、星の子たちがいっせいに寄ってきた。

星の子A:あ、ツヨシくんっていう人だ!。

星の子B:ほんとだー。いろいろお話しようよ。

星の子C:地球の人だね。

ツヨシくん:え?、あ、…は、はい…。

 ツヨシくんはとまどって答えた。

星の子D:ツヨシくんは、姫さまと結婚したいの?。

 いきなりストレートな質問だ。

ツヨシくん:え?、う、うん。いつかはね。

 ツヨシくんはとまどいつつも、本気で答える。

星の子E:わあー、恋人?。

ツヨシくん:そ、そのつもりなんだけど…。

星の子A:それなら、姫さまを元気づけてあげてねー。

星の子B:そうだよ。そうして欲しい。

星の子D:そうしないと、姫さまと結婚できないよー。

ツヨシくん:それはわかっているけど…。なかなか簡単に元気づけるなんて出来ないよ。もっと時間がかかると思う。

 ツヨシくんは、少したじろぐ気持ちになりながらも、はっきりと答えた。

星の子F:いいなー、でも。

星の子C:何がいいのー?。

星の子F:だってえ、姫さまの恋人だって言うんだもん。

ツヨシくん:いいって言われても…。

 ツヨシくんは困ったような顔をした。

 ツヨシくんが星の子たちからの、質問責めにあっている頃、王様とコメットさん☆は、宮殿の談話室に立って話をしていた。久しぶりな父と娘の会話である。談話室の窓からは、やっぱり星々が見える。暗い空に、地球と同じようにまたたく星。その数はずっと多いが。

コメットさん☆:お父様、私…。

王様:うん?。どうした?。

コメットさん☆:星の子と星ビトの気持ちは大事だと思うけど…。なんだかそれに応えられるのかなって…。

王様:うむ。そうも思うだろうな、コメットは。

コメットさん☆:え?、お父様は…、どうしてわかるの?。

王様:わしだって、今こうして王でいるということは、日々いろいろな仕事をこなさなければならないのだよ。当然、星の子や星ビトからは、信頼されていないとならない。それにはその期待に応えられなければ…。

コメットさん☆:結局…、そうなんだよね…。

 コメットさん☆は、自信なさそうにうなだれて答える。

王様:しかし…、まあ、今すぐ星の子や星ビトの期待を、全てしょわなければならんということも、コメットには無いであろう。今はまだ、かがやき探しをしておればいいのではないかな?。

コメットさん☆:うん…。でも、いつかは星国に帰ってきて、星ビトや星の子たちをまとめないと…。

王様:それはまあ、あまり肩肘張らずにゆったりと構えておればいいじゃろう。コメットがコメットらしく振る舞う…。つまり、地球へ行ってまで、かがやきを見い出す積み重ねが、いつか星ビトや星の子たちに十分伝われば、それはそれでいいのではないかな?。

コメットさん☆:そうなのかな…、お父様。

王様:まあ、未来のことを今いろいろ考えることよりも、ツヨシくんがせっかく来ているんじゃ。いっしょに遊んでおったらどうかな?。ツヨシくんなら、コメットの気持ちを、よく理解してくれるじゃろ?。わしは少々、複雑な気持ちじゃがな…、おほん!。

コメットさん☆:えっ?、あ…、ふふふ…。

 コメットさん☆は、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

王様:いつかも話したかもしれないが、人は時に倒れそうになることがある。いいことばかり、続くわけでもない。でも…、倒れそうになったとき、誰かそれを支えようとしてくれる人がそこにいれば、その人は倒れないですむ。子どものうちは、それは親だったりするものだ。しかしもう、コメットの年齢になると、だんだん親ではない誰か、ということになるのであろうな。親のわしとしては、そのことは寂しくもあるが、愛することは、結局誰かを思いやる、自分よりも優先する心なんじゃ。その心を持っている人が、愛する人、愛してくれる人、ということになるのであろうな。

コメットさん☆:お父様…。……うん。そうなんだね…。

王様:もうコメットも、そんなことがわかる歳であろう?。悪いこともまた、いつまでも続かないさ。

コメットさん☆:はい…。

 コメットさん☆は、王様の最後の言葉に、うつむき加減だった顔をあげて、遠くに見える星たちをまっすぐに見た。だが、その「愛してくれる人」というのが、少なくともケースケでは、もはや無いことだけは確信した。

 コメットさん☆が、談話室をあとにしたので、執務室に戻ろうかと思っていた王様は、後ろの幕が上がって、誰かが入ってくるのに気付いた。

王様:ん?、誰じゃ?。

ツヨシくん:王様、王様っ。はあー、やっと会えた…。

 入ってきたのは、少々くたびれたようなツヨシくんだった。

王様:おお、ツヨシくんではないか。あれ?、コメットに会わなかったのかな?。

ツヨシくん:え?。ぼく、部屋から廊下を歩いて…、そうしたら、星の子ってコメットさん☆が呼んでいる人…、人かな?、その星の子さんたちがたくさん寄ってきて、ぼくにいろいろ聞いて…。道に迷って…。もう…、なんだか…。

王様:ほっほっほ…。そうか。星の子たちは、君に関心があるんだろう。星国に地球から人が来るなんてことは、まず考えられなかったからな。それで、わしに何か用かな?。

ツヨシくん:あ、そう。そうです、王様。あ、あの…、コメットさん☆は、王様のことどう思っているのかなって…。

王様:ほほう、ずいぶん難しいことを聞くんじゃな、ツヨシくんは。…うーむ、コメットがわしのことをどう思っているか…。それは本人でないから、わからんが…。わしとしては…、やさしい父親だと思っていて欲しいところかな?。

ツヨシくん:じ、じゃあ、王様から見て、コメットさん☆は?。

王様:どうしたんじゃ?、ツヨシくん。なんでそんなことを聞きたいんじゃ?。

 王様は、ツヨシくんの意図をはかりかねた。

ツヨシくん:い、いえ…。その…、親子って、ぼく自分の家しか知らないから…。ほかはどうなのかなって思って…。それに…。

王様:うむ、なるほど。そうだな…、親はいつでも子どもを守らなければならん。これははっきりしておるじゃろ。親は常に子どもの味方でないとな。何しろ苦労して産んで育てた子どもなんだから。だからどんな状況でも、親は子どもを守る。ツヨシくんは、動物の親が、必死に子どもを守るのを、見たことはないかな?。

ツヨシくん:あ、ある…、あります。ぼくたちが子猫見てたら、その子猫を親猫がくわえて、安全なところに逃げちゃったし…。テレビでヒナに餌をあげる親鳥の様子とか…。

王様:そうだろう、そうだろう。でもな、ただ守るというのは、子どもが何をしても、いいよ、いいよと言って、良くないことをダメと言わないことじゃない。わかるかな?、ツヨシくん。親が子どもを守るというのは、最後まで「責任を持つ」ということなんだよ。

ツヨシくん:責任かぁ…。

王様:そうじゃな。だんだん大人になると、いろいろなことに責任を持つ必要が出てくる。それは星国であろうと、地球であろうと、おそらく変わらないじゃろ。

ツヨシくん:ぼくが責任持っていることってなんだろ?。学校の植木鉢かな?。

王様:それも立派な責任であろう。いつか君も親になると、子どものことはよりわかりやすいだろうな。

ツヨシくん:王様、ありがとうございます。

王様:なんじゃ、そんなにあらたまることもないぞ。

ツヨシくん:あ、あの…、もう一つあるんだけど…。

王様:なんじゃ?。いくらでも聞くぞ。ま、そこに座って。

 ツヨシくんは、王様にすすめられたいすに座ると、息を継いで聞いた。

ツヨシくん:コメットさん☆は、いつか女王になるんですか?。

王様:なんじゃ、えらいあらたまりようだと思ったら、そういうことか。わっはっは…。それに、わしにずいぶん思い切ったことを聞くんじゃな。

ツヨシくん:…あ、…ご、ごめんなさい、王様…。

 今の王が、目の前の王様であることに気付いて、あわててツヨシくんは謝った。しかし王様は、あまり意に介さず続ける。

王様:いや、気にせんでもいいよ。いずれはわしも歳をとる。コメットが女王になるか、じゃな?。

ツヨシくん:は、はい…。

王様:そのあらたまりようなら、いい加減なことも言えないな…。…確かにコメットは、本人が望む限り、女王になりそうじゃな。

ツヨシくん:だ、誰が決めるの?。

王様:まず本人が女王になることを望み、承諾していること。これが一番、実は大事なことじゃ。誰も望まないことをしたくないであろう?。…それから、王族会という会議で、星ビトたちや星の子たちが信頼し、認めてくれればそれで決まりじゃな。

ツヨシくん:へえー…。

 ツヨシくんは、感心したような声を上げる。

ツヨシくん:えーと、あの…、女王様って、王様と同じ仕事?。

王様:そうじゃ、もちろん。男か女かっていうことが違う以外、あとは何も変わらないよ。

ツヨシくん:王様は、どうやって王様になったの?。同じ?。

王様:ああ、同じじゃ。だが…、王妃とわしと、どっちが王になるか。つまり、わしが王になるか、王妃が女王になるかは、当時はごたごたしておったんで、結局じゃんけんで決めた。

ツヨシくん:ええーー!?、じ、じゃんけん!?。

王様:ああ。何しろ「11ま」のな。11回勝たないとならんから、30分ぐらいかかったよ。「あいこ」が延々と続いたりして…。

ツヨシくん:あはははは…、面白いね、王様。

王様:そうかい?。わっはっはっは…。わしが11勝9敗で、なんとか勝った。まあ、わしは負けてもよかったんじゃが。ふふふ…。

ツヨシくん:…あ、あの、コメットさん☆の夫は、どうなるんですか?。

 ツヨシくんは、少し声を小さめにして聞いた。

王様:ん?、コメットのムコさんか?。そ、それは…、おっほん!。…ま、女王といっしょに星国をまとめるために働く。そういうことだが…。

ツヨシくん:そう…。大変なのかな?…。

王様:もし大変だとして、それで逃げ出すようでは、コメットのムコはつとまらんと思うぞ…。ふふふ…。

 王様は、少し意地悪く笑って言う。

王様:あー、おっほん!。…まあ、ツヨシくん、君になら話しておくか…。実際の仕事のこまごましたことは、王族会やヒゲノシタたちが教えてくれるし、手伝ってくれるじゃろ。

ツヨシくん:そうなんだ…。

王様:ところで、なんでそんなことを聞くんじゃ?、ツヨシくん。

 王様は知っていることを、わざわざツヨシくんに聞いてみた。

ツヨシくん:えっ!?、あ、あの…、べ、別に意味は…ないけど…。

王様:コメットを、おヨメさんにしたいのかな?。

ツヨシくん:……はい。ぼく…、コメットさん☆のことが、世界で一番好きだから…。

 ツヨシくんは、顔を真っ赤にしながらも、そう答えた。

王様:……そうか。世界で一番、か…。考えておこう。

 王様は、ほんの少しの間黙ったあと、静かに答えた。内心はドキドキしながら…。

 ツヨシくんが王様と話をしている間、星の子たちの間では、ちょっとした「議論」がまき起こっていた。

星の子A:姫さまが、あんなに悲しむんだったら、もう地球なんか行かなければいいのに。

星の子B:でも、ツヨシくんっていう人は、地球の人だよ?。あの子はいい人なんじゃない?。

星の子C:じゃあ、もうツヨシくんっていう人と、けっこんしちゃったらいいんじゃない?。

星の子F:そうだねー。そうすればいいのにねー。

星の子D:けっこんて、どういうこと?。

星の子E:なに?、けっこんも知らないの?。けっこんて…、けっこんて…、うーん、なんだろ?。

星の子A:王妃さまに言ってみようよ。姫さまにけっこんしてもらうのはどうでしょう?って。

星の子B:誰と?。

星の子A:それはまあ、そのツヨシくんっていう人でしょ?。

星の子B:えー?、地球から星国に来たっていっても、まだ何回か来ただけだよ?。

星の子C:でもぅ…、姫さまとツヨシくんっていう人は、同じところで暮らしているって聞いたよ?。

星の子E:じゃあ、しつれんしたっていう人は、誰なんだっけ?。

星の子A:それは、えーと…。誰だっけ?。

星の子B:誰も知らないの?。

星の子F:そう言われてみると、この人だよって、姫さまが連れてきたわけでもないし、王妃さまや王様からも聞いてないよね。

星の子E:つまりぃ、姫さまがしつれんしたっていう人と、ツヨシくんっていう人は、別の人?。

星の子D:当たり前でしょ?。なんでしつれんした人が、星国に来るの?。

星の子A:とにかく、ここで話をしていてもしょうがないよ。王妃さまに言いに行こうよ、みんなで。

星の子B:姫さまはどうするの?。けっこんするのは、姫さまだよ?。

星の子A:あ…、そうかぁ。でも、王妃さまは姫さまのおかあさんだよ?。おかあさんがいいよって言わないと、けっこん出来ないんじゃないかなぁ?。

星の子C:まあいいや。王妃さまのところに行こう。

星の子F:行こう、行こうー。

 星の子たちは、いっせいに宮殿の高いところから、すーっと降りてきて、王妃さまの執務室に向かって行った。しかし…。

王妃さま:人が大人になるのには、時間が必要なの。星の子たち、あなたたちも一人前の星になるには、長い時間がかかるでしょう?。コメットも同じ。だから、もうしばらく時間を与えてやってね。

 王妃さまは、たくさん集まってきた星の子たちのために、執務室から出て来て、星の子みんなに呼びかけるように言うのであった。

星の子A:うん、わかったよ。王妃さま。

星の子B:で、しつれんしたのは誰?。ツヨシくんっていうのは、しつれんした人じゃないよね?。

星の子D:まだ言っているの?。うーん、でもわからないや。

 星の子たちは、ケースケとツヨシくんの関係、そしてコメットさん☆がツヨシくんの家に住んでいるという感覚がわからないのであった。

王妃さま:うふふふ…。あのね、ツヨシくんは、コメットが地球でお世話になっているおうちの男の子。コメットのこと、大好きみたいよ。それでね、今回失恋しちゃったっていうのは、ケースケくんっていう、コメットの大事なお友だち。でもね、地球で遠くに行っちゃったっていうだけで、また帰ってくるかもしれないし、そうでないかもしれないっていうだけなの。だから、まだ先のことはわからないのです。これからもコメットのこと、見守ってやってね。それと、コメットもいろいろ考えていると思うから、しばらくそっとしておいてやってね。

星の子A:はーい。

星の子B:そんな難しい話だったんだ…。ぼくたち知らなかったよ。

星の子C:よかった、王妃さまから話が聞けて。

星の子E:えーと、ケースケっていう人は、結局どうなっちゃったの?。まだわからないー。

星の子A:もう、あとで説明してあげるよ。

王妃さま:私たちは、いつもあなたたちといっしょにいるわ。わからないことがあったら、もっと詳しく説明しますよ。

 王妃さまは、あくまでやさしく星の子たちに語りかけるのだった。

 コメットさん☆は、自分の部屋に戻り、また遠くに見える星の子や、星々を見ていた。そして父である王様の言葉を思い出していた。

コメットさん☆:(愛することは、結局誰かを思いやる、自分よりも優先する心。その心を持っている人が、愛する人、愛してくれる人…。)

 いったいそれは、誰なのだろう。コメットさん☆には、もうわかっていた。それはとても身近なあまり、本人から言われても、どこか聞き流そうとしていた、ツヨシくんという人の態度、心、言葉そのものだということを…。今まで、ケースケの存在があまりにも大きくて、それと天秤にかけるようなまねが出来るはずもなく、心の奥底にしまっていた、自分に向けられた数々の言葉。そして自分の心に、流れ込んでくる「恋力」と、それに込められたコメットさん☆を突き動かす力。それは今、ツヨシくんから発せられているのは、もう疑いのない事実なのだった。

(王様の言葉:いいことばかり、続くわけでもない。悪いこともまた、いつまでも続かないさ。)

 コメットさん☆の心には、王様の語った言葉が響く。しかしコメットさん☆は、まだ振りきれないでいた。新しい感情を抱く心と、長い間ケースケに抱いていた感情とのせめぎ合いが、そこには残っている。

コメットさん☆:簡単に割り切れないよね…。

 コメットさん☆は、ため息混じりに言うのであった。ツヨシくんの“愛”が、自らに向けられているのは疑いない。それにひかれる気持ちが無いわけでもない。だが、今すぐにケースケのことを、忘れて吹っ切れるほど、コメットさん☆もあっさりしているわけではない。

 王様の執務室。その奥には、小さな部屋がある。その次室でお茶を飲みながら、王妃さまは王様に言うのであった。

王妃さま:…あなたもいろいろ大変なのですね。ふふふ…。

王様:まあなぁ…。コメットのことも心配だし、ツヨシくんをしょんぼり帰らせるわけにも行かない。わしも辛いところじゃ。やれやれ…。

王妃さま:うふふふ…。コメットとツヨシくん。あれでうまく行っているように見えますよ。

王様:そうかのう。それはまたそれで、複雑な思いもするが…。

 王様は、お茶をすすりながら、ため息を付くように言うのだった。

 ツヨシくんは、また迷いながら部屋に戻ってきた。コメットさん☆の隣の、自分のために用意された部屋にである。なんとなくどうしようか、と考えていたとき、ふと電話機のようなものが目に入った。それはいつの間にか、浮いたテーブルの上に置かれていたのだ。

ツヨシくん:なんだろ?、これ…。どこに通じてるのかな?。

 ツヨシくんは、何気なく受話器を手に取った。変に角張った、コードレスの電話機。受話器も丸いところが無く、あらゆる辺が角張っている。携帯電話を角形にして、大きくしたような受話器。

ツヨシくん:もしもし?。もしもーし。…やっぱりどこにも通じないのかな?。ボタンとか…無いのかな?。

 と、その時、受話器の向こうから、聞き覚えのあるような声が聞こえた。

受話器の向こう:もしもし。えーと、どなたですか?。

ツヨシくん:パ…、パパ?。ぼ、ぼくだよ、ツヨシだよ。

景太朗パパさん:おお、ツヨシか?。星国なのか?、そこは。

ツヨシくん:ああ、やっぱりパパだ。よかった…。うん、星国。このまま星国に相当長いこといることになりそうで…。

景太朗パパさん:そうか。ツヨシ、どうだ?、星国は。コメットさん☆の様子は。

ツヨシくん:うん…。星国は…、そうだね、食事はおいしいし、居心地もまあまあだけど…。コメットさん☆は…、なんかやっぱりあんまり元気ないよ。

景太朗パパさん:そうかぁ…。まあ、仕方ないかな。ところでツヨシ、どこから電話しているんだ?。

ツヨシくん:えーとね…、コメットさん☆の部屋の隣に、部屋が準備されていたんだ。そこにさっきまでは無かったんだけど、いつの間にか電話機があって、それで。

景太朗パパさん:ふーん。どうもパパの想像を越えてるな、それは…。コメットさん☆と昨日は夕食いっしょに食べたり出来たのかい?。

ツヨシくん:昨日も、おとといも、その前もずっといっしょに食べてるよ。

景太朗パパさん:なんだって?、ツヨシは変なことを言うな。あははは…。うちのことじゃなくて、星国でのことだよ。

ツヨシくん:星国のことって…?。だって、星国に来てから、もう4日たっているじゃん。

景太朗パパさん:えっ?。だ、だって、ツヨシは昨日出かけたばかりじゃないか。

ツヨシくん:ええー?。…そんなはずは…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆が言った言葉の意味を、今理解した。

(コメットさん☆:時間の進み方、ツヨシくんが学校に困らないようにしておくね。)

 つまり、地球と星国で、時間の進み方が違っているということなのだった。ツヨシくんは、ケースケからもらったSF小説を思い出した。それは少しばかり未来の話。今の医学では治療できない難病にかかった父を、光の速さに近いロケットで宇宙に打ち上げ、地球の時間で十年たった頃回収すれば、ロケットの中ではせいぜい何時間かしか時間がたっていない。その間に地球では医学が進歩し、難病を治せるようになっているかもしれないという、浦島太郎のような話…(※1下)。それを今、自分自身が体験しているのだ。そのことにツヨシくんは、心の中でとてもびっくりしていたが、なおも思う。

ツヨシくん:(だからって、別になんでもないよな。コメットさん☆は、コメットさん☆だし…。)

 そして景太朗パパさんに言う。

ツヨシくん:コメットさん☆の星力だよ、たぶん。

景太朗パパさん:そうか。仕組みはよくわからないけど、ツヨシが元気ならそれでいい。

ツヨシくん:うん。大丈夫。コメットさん☆をなんとか元気づけるから。

景太朗パパさん:そうか。じゃあ、うちのほうでも「いつ帰って来てもいいよ」と言っていると、伝えてくれよ。

ツヨシくん:はい、パパ。

 電話を切ったツヨシくんは、コメットさん☆の部屋に向かった。そしてコメットさん☆と向かい合って、いすに座ったツヨシくんは、「今日はどんな話をしようか」と思っていた。

コメットさん☆:ツヨシくん、毎日…ごめんね。

ツヨシくん:え?、いいよ、コメットさん☆。そんなこと気にしないで。ぼく、勝手に話に来ているだけだから。

 ツヨシくんは、そう答えた。しかし、コメットさん☆はそうでしょうとは思えない。関係ない話をしながらも、自分のことを元気づけてくれようとしているのだということは、コメットさん☆にももちろん伝わっている。

ツヨシくん:でもさ、コメットさん☆は、ずいぶん星の子さんや、星ビトさんに好かれているよね。ぼくも星の子さんと話してわかった。だから、コメットさん☆は、星国の夢や希望、それから地球人のぼくや、ケースケ兄ちゃんも入れた、いろいろな人の夢や希望の象徴なんだね。

コメットさん☆:えっ?、…いろいろな人の…、夢や…、希望の…象徴…。

 コメットさん☆は、その言葉にはっとした。そんな大それた者じゃない…、と思いつつも、心に響く言葉だ。

ツヨシくん:コメットさん☆がいるだけで、まわりの人たちが、夢や希望を持てる。星国にとって、コメットさん☆ってそんな人なんだよ。ぼく見ててもそう思うな。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、黙ってツヨシくんの言葉を聞いた。その胸は、じんじんしていた。夢や希望を「与える」とまではいかなくとも、夢や希望、望みを持つ手伝いが出来るのなら…。コメットさん☆はそう思う。人から想われることのあたたかさを、あらためて知ったような気持ち…。

コメットさん☆:…ツヨシくん、ありがと…。

 コメットさん☆は、一筋涙をこぼした。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、ぼくまずいこと言った?。

コメットさん☆:ううん。そうじゃない…。

 コメットさん☆が流した涙は、久しぶりに悲しみや寂しさの涙ではなかったのだ。

コメットさん☆:何か、食べに行こう。もう、お昼だよ?。

ツヨシくん:え?、あ…、うん!。

 コメットさん☆のほうから、お昼に誘われたツヨシくん。今回星国に来てから、初めてだった。二人は連れだって食堂へ向かった。

 

 食堂で、レストランのランチ風お昼ごはんを食べ終えたコメットさん☆は、ツヨシくんに言うのだった。

コメットさん☆:ツヨシくん、あのね…。

ツヨシくん:なに?、コメットさん☆。

コメットさん☆:私、星国のいろいろなところに、ツヨシくんを案内したいな…。

ツヨシくん:え?、ぼくを?。いいね、星国のいろんなところって、見てみたい。どんなところなんだろ?。また迷っちゃうかな?。

コメットさん☆:いっしょに来て…、くれるよね?…。

ツヨシくん:もちろん!。コメットさん☆が、どこかへ行くなら、ぼくも行きたい。

コメットさん☆:学者ビトさんに聞いたら、私が星国に送ったサクラ、なかなか咲かないって言うし…。

ツヨシくん:そうなの?。じゃあ、学者ビトさんにも、ぼく会いたいな。

コメットさん☆:それは、帰ってきてから会えるようにするね。まずは…、一番遠くに行こうか。

ツヨシくん:いいよ。でも…、大丈夫かな?、ぼく、そろそろ洗濯物がたまって…。あはは…。

 ツヨシくんは、ヘマをした少年のように、苦笑いをしながら言った。

コメットさん☆:ふふふ…。大丈夫だよ。星力で飛んでいくし。それに、洗濯なら私がしてあげようか?。

ツヨシくん:い、いや。ぼく、自分でするよ…。だって、シャツとパンツだもん…。

コメットさん☆:あはっ、あはは…。そっか…。

ツヨシくん:泊まりがけで行くの?。

コメットさん☆:ううん。星国は、そんなに遠いところはないんだよ。だからお弁当もいらないくらい。

ツヨシくん:そっかぁ。

コメットさん☆:それじゃあ、いい?。行くよ、ほらっ!。

ツヨシくん:えっ!?、もう?。

 コメットさん☆は、バトンを出すと、さっと振った。ツヨシくんの足が、地面から離れ、ふわりと浮き上がった。

ツヨシくん:わ、わあっ…。

コメットさん☆:それっ!。

 ツヨシくんとコメットさん☆の足もとは、まばゆい光を放ち、スケートでリンクを滑るかのように、星空の中へと飛んでゆく。遠くに見えていた山も、足のずっと下に見える湖も、あっと言う間に飛び越える勢いだ。

ツヨシくん:すげー。なんか爽快ー!。

コメットさん☆:ふふふふ…。

 コメットさん☆もまた、うれしそうに笑った。いつしかこんなふうに星力を使うことは、しなくなっていたのだ。だいたい地球では、そうそう出来るものでもない。

ツヨシくん:いいね、いいねー。こんなこと、鎌倉でやったら、大騒ぎになっちゃうね。

コメットさん☆:そうだね。んー、でも、時々はやっていたかも…。うふふふ…。

ツヨシくん:あははは…。そうかもね。

 二人は楽しそうに星国の空を行く。

コメットさん☆:それっ!。星国で一番高い山、デレド山のいただきにとうちゃーく!。

ツヨシくん:うわっ、寒い…。

コメットさん☆:そうだね、うーん、さ、寒い…。ここは、3000メートルくらいある山なんだよ…。

ツヨシくん:ほんとだ…。雪だ…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、ハモニカ星国で一番高い山の頂上に着いた。寒く荒涼とした、真っ白な雪山。やや強めの風が吹いている。それも冷たい風が。コメットさん☆も、ツヨシくんも、両手をこすりあわせながら震える。

ツヨシくん:風が…、冷たいね。星国にもこんな山があるんだ…。

コメットさん☆:うん…。

 と、その時、暗い色をした空から、呼びかける声がした。

星の子J:あ、姫さま、姫さまだー。

星の子K:ほんとだ。姫さま、珍しいー。こんなところまで?。

コメットさん☆:あ、星の子たち。こんにちは。

星の子L:姫さまおさんぼ?。あ、隣の男の子は、ボーイフレンド?。

ツヨシくん:え?、そ…、その…。

コメットさん☆:あははっ。…うん、ボーイフレンド…かな?。

 コメットさん☆もツヨシくんも、恥ずかしそうに答えた。

星の子M:そうなんだー。姫さまも成長したね。

星の子N:そりゃあ姫さまも、もう年頃になってるもの。

 そんなことを言うのは、少し年上の星の子らしい。

コメットさん☆:星の子たち、この人は、ツヨシくんっていうの。私の、そうだね…、ボーイフレンドだよ。地球では、ツヨシくんのおうちに、お世話になっているの。

星の子J:わあー、そうなんだー。姫さまやるぅー。

星の子K:姫さまにそんなこと言っちゃダメ。失礼だよ。

星の子J:あ、そうか…。姫さまごめんなさい。

コメットさん☆:いいんだよ。うふふふ…。

 コメットさん☆は、ちょっと笑って答えた。

コメットさん☆:それじゃ星の子たち、またねー。ツヨシくん、行こう。また次のところへ。

ツヨシくん:う、うん。わかった。行こう。

 コメットさん☆は、さっと星の子たちに手を挙げると、ツヨシくんといっしょに山を下って、ずっとまた飛んでいった。ツヨシくんは、寒いところに行った割りには、汗をかいていた。なんだか恥ずかしいような、顔から火が出そうな…。

コメットさん☆:今度は、魔女の森っていうところに行こうか。

ツヨシくん:魔女の森?。魔女ってどんな人かな?。

 ツヨシくんは、コメットさん☆について、滑るように空を飛びながら、かなりワクワクしたような気持ちで聞いた。

コメットさん☆:あのね、星国には魔女なんていないんだよ。

ツヨシくん:魔女っていないの?。こう…、木で出来た杖を持ってさ、三角の帽子なんかかぶっちゃって、おばちゃんの魔女。

コメットさん☆:うふふふ…。いないね。星力は魔法の力じゃないから。

 コメットさん☆は、楽しそうに笑った。ツヨシくんは、いつもこんな調子なんだっけ、と思う。いつしかコメットさん☆は、だいぶ明るさを取り戻したように見えた。

ツヨシくん:そうかぁ…。会いたかったなぁ…。

 ツヨシくんは、ちょっとがっかりしたような声で言う。

コメットさん☆:ふふっ…。あ、見えてきた。ほらあそこが魔女の森。

ツヨシくん:ふぅん…。普通の森だね。

 コメットさん☆とツヨシくんは、一直線に森へ向かって降りていく。そしてふわりと、少し森が開けたところに降り立った。

ツヨシくん:ここが魔女の森…。あのさコメットさん☆、じゃあ、どうして魔女はいないのに、魔女の森なんて言うの?。

コメットさん☆:それはね…。ツヨシくんが道を歩くとわかるよ。

ツヨシくん:ぼくが?。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の言っていることが、よくわからなかった。

コメットさん☆:行こ。こっち。

ツヨシくん:うん…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆に手招きされるまま、歩き出した。すると…。

“ぽん、ぽん”

ツヨシくん:あっ!!。

 コメットさん☆の足もと、次いでツヨシくんの足もとに、次々と花が咲き出す。まるで空き缶を叩くような音とともに…。

コメットさん☆:ふふふ…。びっくりした?。

ツヨシくん:うん…。こ、これって…。

コメットさん☆:かがやきを持っている人が歩くと、花が咲く道。その道がずっと続く森。それが魔女のしわざのように思えたから、「魔女の森」。

ツヨシくん:そういうことなのかぁー。考えつかないよなぁ…。

 ツヨシくんは歩きながら言う。そのあとからあとから、どんどんと小さな草花が、花開いていく。前を見ると、コメットさん☆の足下からも、花が咲く。

ツヨシくん:あっ…。そうか…。

 ツヨシくんはそれを見て、ちょっとうれしくなった。この道は、かがやきを持っている人が歩くと、その人の足もとで花が咲くというなら、コメットさん☆の足もとに花が咲くということは、かがやきを取り戻しつつあるということ。

コメットさん☆:ツヨシくん、なに?。

ツヨシくん:ううん。なんでもないよ。

コメットさん☆:ふふ…。

 コメットさん☆も、にこっと笑った。ツヨシくんは、「あ、この笑顔。コメットさん☆の笑顔は」と思うのだった。

星ビトP:おや、姫さま?、姫さまかね。お懐かしや。

コメットさん☆:こんにちは。

星ビトQ:姫さま?。星国に帰っておいでだと聞いてましたが、ここでお目にかかるとは…。おや、お隣のお連れの方は?。

コメットさん☆:うん、しばらく帰ってきてたの。私のボーイフレンド…かな?。

星ビトR:ええー、姫さまのボーイフレンド。それはそれは。星国のどこかの方ですかな?。

コメットさん☆:ううん。地球の人だよ。

星ビトQ:ち、地球!?。はあ…、地球人、ということですか。なるほど。

 背丈の大きな人と、小さな人、それにキツネのような姿をした星ビトが3人森の中で、薪を集めていた。そこにちょうどコメットさん☆とツヨシくんが通りかかることになったのだ。

ツヨシくん:は、はじめまして…。

 ツヨシくんは、ちょっとドキドキしながらあいさつした。

星ビトP:あ、はじめまして。ご丁寧にどうも。星国はいかがですか?。

ツヨシくん:とても楽しいです…。

星ビトQ:姫さまのお友だちですね。

ツヨシくん:はい…。

 さすがにツヨシくんも、「コメットさん☆が世界で一番好きなんです」とは、もう言わなかった。

星ビトR:ここをお歩きということは…、かがやきはあふれるほどでしたかな?、姫さま、そしてそちらの地球の方。

コメットさん☆:うーん、まあまあっていうところかなと思います。あははっ。

ツヨシくん:花がたくさん咲いて…。コメットさん☆も…。

星ビトR:そうですか。恋人さんもがんばってかがやきを見つけてください。

ツヨシくん:そ…、その、まだ恋人ってほどじゃ…。ぼくはともかく…、コメットさん☆は…。

 ツヨシくんは、いざそう言われると、少しとまどって答えた。コメットさん☆も苦笑い。もう星ビトには、恋人同士のように思われているらしい。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、三人の星ビトと別れ、もう少し森を進んだ。するとエメラルドグリーンの水をたたえた湖のほとりに出た。そこは小さな広場になっていて、たくさんの星ビトが思い思いの時間を過ごしていた。しかしコメットさん☆を見つけると、宙に浮かんでいる星の子たちとともに、コメットさん☆のほうへと駆け寄ってきた。

星ビトV:姫さま、姫さまぁー。

星ビトW:おっ、姫さまだ。

 星ビトたちは、いろいろな姿をしている。サメビトもいれば、ラバボーの両親?とすら思うような、丸い星ビト。それにウサギのような、ラバピョンに似た星ビト。それでもみんな星ビト。だから姫さまであるコメットさん☆に、とても親しみを持っているのだ。いっせいに質問責めにあう。それはツヨシくんにも。

サメビト:姫さま、お久しぶりですーサメサメー!。

牛ビト:姫さま、ライフセーバーは、今もちゃんとやっていますよ、モー。

ウサギネコビト:ピョン。姫さまと恋人の、地球の人ピョン。恋人の人、姫さまを大事にしてあげてピョン。

ツヨシくん:いや、その…。まだ恋人とは…。ぼくはそう思ってるけど…。

星の子I:姫さまだー。姫さまぁ、また私たちと遊んでー。

コメットさん☆:うん、そうだね。サメビトさん、久しぶりだね。牛ビトさんも元気だった?。星の子たち、こんにちは。

 ツヨシくんは思うのだった。コメットさん☆は、どこへ行っても人気なんだなと。

星ビトX:姫さま、お茶でも飲みませんか?。そちらの地球の方もいかが?。

コメットさん☆:あ、はい。ありがとう。いただきます。

ツヨシくん:ぼくもいただきます…。

 ツヨシくんは、何となく気後れしながら答えた。

 お茶をゆっくり飲んで、きれいな湖の景色を見ながら、しばらくの間星ビトと星の子たちと語らい、そしてコメットさん☆とツヨシくんは、宮殿に戻っていった。長い星国の一日が終わり、夕食を食べると、ツヨシくんは疲れからベッドに倒れ込むようにして寝た。

 

 コメットさん☆とツヨシくんの旅は、翌日も翌々日も、さらにその次の日も…と、ずっと続いた。星国のいろいろな場所に。バザールがあるところ、遺跡のような場所、いつも星のトレインを管理してくれる鉄道工場、宮殿のサクラを移植したサクラ農場。そして学者ビトがいる学問所。毎日いろいろなところに旅し、まるで星国の新たな住人を紹介するかのように、ツヨシくんはコメットさん☆から紹介された。そうやっては夕方になると、宮殿に帰ってくるコメットさん☆とツヨシくんの様子を見て、王様はにわかに心配性になっていた。王妃さまの執務室に、なだれ込むようにやって来て言う。

王様:ツ…、ツヨシくんとコメットは、二人だけで旅に出ているのか!?。

王妃さま:ええ。楽しく旅してるようですよ。

王様:そんな気楽なことは聞いておらん。まだあんな若い二人が、二人だけで旅行なんて…。タンバリン星国との婚約者探しもそうだったが、早すぎはせんか?。

ヒゲノシタ:むう、ラバボーとラバピョンはどうしたのじゃ!。二人について行かぬとは!。

ラバボー:姫さまは、二人で行くと言ってましたボ。

ラバピョン:ケースケさんという恋人を失って、すっかりかがやきをなくしていた姫さまなのピョン。その姫さまが、久しぶりに遠出するというのを、私たち止められないのピョン。

ヒゲノシタ:うううーむ…。

王妃さま:あなた、娘と、娘のことを一番大事だと言う男の子のことが、そんなに心配なのですか?。

王様:う、うむ…。そ、そりゃあ…。

王妃さま:絶対に大丈夫。二人は毎日楽しそうに帰ってきているではありませんか。星の子や星ビトたちも、きっと二人がどんな旅をするか、ちゃんと見てくれてると思いますよ。

王様:う、うーむ…。

 王様は、それでも心配そうな顔を崩さなかった。

ヒゲノシタ:姫さまに、もしものことがあったら、わしは責任を取って、職を辞さねばなりませぬ…。

 ヒゲノシタは、もうそう決まったかのようなことを言う。

王妃さま:まあヒゲノシタ。そんなにコメットのことが、信用できないのですか?。

ヒゲノシタ:い、いえ。そそそ、そんなことは決してありませんが…。ふう…。

 ヒゲノシタは、ハンカチを取り出し、汗を拭って言い訳した。

王妃さま:大丈夫ですよ。必ず。

 王妃さまは、そう言うと、宮殿執務室から、外に面したバルコニーへ出た。その姿を、王様とヒゲノシタは目で追い、顔を見合わせた。

王妃さま:星の子たち、星ビトたち、二人にどうか、とびきりの楽しい思い出を…、お願いしますね。

 王妃さまは、バルコニーから、遠くの星の子や星々に願いをこめた。

 そのころの藤吉家。コメットさん☆が星国へ帰り、ツヨシくんがそれを追って行ってから2日目の夜を迎えていた。景太朗パパさんと沙也加ママさん、それにネネちゃんだけの夕食。今日はお花見をしたのだが、連絡があるかもと思うと、あまり遠出も出来ない。それにサクラ大好きな、いつものコメットさん☆がいないので、全然盛り上がらない。裏山のサクラの木も、満開の花をつけて、コメットさん☆を待っているようにも見える。

景太朗パパさん:ま、ツヨシ一人だけじゃなくて、コメットさん☆といっしょに帰ってくると信じよう。二人が帰ってきても、あんまり「火が消えたようだった」なんて、言わないほうがいいね。

 景太朗パパさんは、食卓で上物のアジの開きを箸でほぐしながら言う。

沙也加ママさん:そうね…、そうしましょ…。どうしてるかしら、二人…。

 沙也加ママさんも、片口鉢から煮物をお皿に取りながら答える。

ネネちゃん:何かとんでもないことを、ツヨシくんがやらかしたら、一人だけ帰されるでしょ。でも、それもないということは、大丈夫なんだろうけど…。兄貴もコメットさん☆も…。だけど…、私寂しいな…。涙が出ちゃうよ…。

 そう言うと、ネネちゃんは少し涙を流した。

景太朗パパさん:ネネ、泣くなって。大丈夫だよ。ネネも今言ったじゃないか。便りの無いのは元気な証拠…。

 と、その時星国直通の電話が鳴った。びっくりした景太朗パパさんは、少しいやな予感を感じつつ電話を取りに走る。

景太朗パパさん:もしもし?。あ…、王妃さまですか?。もうすっかりツヨシがお世話になっています。…え?、あ、そうですか!。それはよかった。元気ですか。二人とも!?。あー、本当によかった…。

 景太朗パパさんの顔が、ぱあっと明るくなった。どうやら電話の内容は、ツヨシくんとコメットさん☆が、二人元気に楽しく、星国じゅうを旅しているという話らしい。景太朗パパさんは、指で「OK」のマークを作ると、ネネちゃんと沙也加ママさんにサインを送った。寂しそうなネネちゃんも、実はとても心配していた沙也加ママさんも、少し安心して、穏やかな表情になった。景太朗パパさんの予感は、いい方に外れた。

 

 コメットさん☆とツヨシくんは、翌日の早朝、まだ誰もしない「ほうき星の海」と呼ばれる、星国の海水浴場で、そっと泳いでいた。地球ではサクラが咲く春。しかし星国のここは、年中暑くしてあるのだ。星ビトたちが、水と親しめるように。しかしさすがに早朝とあっては、誰もいなかった。縫いビトに、急ぎ作ってもらったおとなしめの水着を着たコメットさん☆と、ツヨシくん。二人は、そっと水に入り、静かな波を受けながら、浅瀬で水とたわむれる。

 ツヨシくんは、水に濡れたコメットさん☆の髪をぼうっと見ていた。そしてふと、ここ1週間ほどにおよんだ、星国各地の旅を思い出し、コメットさん☆の特別な立場というものに、思いをはせていた。

ツヨシくん:(コメットさん☆は、プライベートなことすら、あまり秘密には出来ないんだね…。ここ何日かで、ぼく、それがわかったよ…。本当は好きな人のことなんて、一人でそっと想うことなんだろうけど…、それすら出来なくて、星国じゅうに知れ渡って…。こうして二人いっしょにいるのが、よかったんだろうか…。それとも、そうっとしておいたほうが、よかったのかなぁ…。ぼく、自信ないや…。)

 その一方で、コメットさん☆は気付いていた。自分を本当に愛し、そのためにどんなところにもついて来てくれ、時間すら考えず、見つめ続け来た人はいったい誰であったかに。ケースケを、少し違った形で恋してはいたのだけれど、ケースケは「愛して」くれたのだろうか?。それはコメットさん☆にもわからないことなのだった。恋する心のかがやきだけではなく、愛する心の力と、そのかがやきは、もっと身近な人とも言えるツヨシくんが、実はもっとも強かった…。そのことを、コメットさん☆は今、素直な気持ちで受け入れることが出来ていた。

 コメットさん☆は、ゆっくりと水の上で、手足を伸ばすとツヨシくんに言った。

コメットさん☆:ツヨシくん、ありがと…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆のことを何気なく見ていて、急にそう言われてびっくりした。

ツヨシくん:え?、ぼく、そんな、ありがとうって言われるようなことしたのかな?。

コメットさん☆:うん。…私、なんだか元気になれた…。

ツヨシくん:そうなんだ。よかった。

コメットさん☆:私、もう一度地球に戻るよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:え?、ほんと?。よかった…。ぼく、まだコメットさん☆の「恋人」って言うまでは、ちょっとまだ子どもだと思うけど…。がんばりたいな…。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は、そう言うと、また少し目を潤ませた。そして、ちゃぱっと水音を立てて立ち上がると、立っているツヨシくんの手を、そっと握った。じっと目を見る。

ツヨシくん:…あ。

 ツヨシくんは、急にドキドキして、どうしていいのかわからなくなった。その時ほっぺたに、やわらかなコメットさん☆の唇の感触が…。

コメットさん☆:…ちゅっ…。

 ツヨシくんは、恥ずかしいような、うれしいような不思議な気分。まだ朝の涼しい空気に包まれているはずなのに、のぼせてしまいそうな気分。でも、コメットさん☆の美しい表情をじっと見ていると、「おかえし」がしたくなった。

ツヨシくん:…コメットさん☆、おかえし…。

 ツヨシくんは、そっとコメットさん☆の両肩を持って、少し背伸びするようにおでこへ、同じように唇を寄せ、震えるような気持ちでキスをした。

ツヨシくん:…ちゅっ…。

 二人は、少しの間、顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。恥ずかしくて、目を上げることは出来ない。コメットさん☆は立ったまま、ツヨシくんもまた、コメットさん☆の両肩を持ったまま動けなかった。二人の間には、水の流れだけではなく、まるで恋力の流れがあるかのよう…。長い長い時間が、そのまま経過するかのように見えたが、やがてコメットさん☆が、その静寂を破るかのように言った。

コメットさん☆:ずっと…、デートみたいだったね…。でもね、ツヨシくんが来てくれなかったら、こんなふうにならなかったかな…。

ツヨシくん:そう?、そっかぁ…。

コメットさん☆:海の妖精さんにも、またしばらくお別れだから、あいさつしないと。海の妖精さーん!。

 コメットさん☆は、海の妖精を呼んだ。かつてここを荒れた海から、静かな海へと変えるのに協力してくれた妖精…。ツヨシくんは、コメットさん☆のその言葉に、ようやくほっとするとともに、ドキドキする時間が終わってしまったのが、なんだか惜しく思えた。

海の妖精:お呼びですか?、姫さま。お久しぶりですね。それにずいぶんお早いのですね。

 程なく海の妖精は、どこからともなく飛んできて、少し先の岩に止まった。小さな鳥の形をした妖精なのだ。

コメットさん☆:あ、妖精さん、おはよう。

海の妖精:そちらの方は、ツヨシさんですね?。前に運動会で泳いでいらした…。

コメットさん☆:うん。覚えていてくれたの?。

海の妖精:ええ。地球の人をこの星国に連れて来られたのは、姫さまが初めてですから。

コメットさん☆:そういえば…、そうだね…。

海の妖精:姫さまは、地球にかがやきを見つけに行かれたのでしたね。ここにこうしてツヨシさんといっしょにおられるということは、かがやきはもう見つけ尽くしたのですか?。もう、見つけるべきかがやきは無いのですか?。

 コメットさん☆は、何気ないような海の妖精の言葉にはっとした。しかし冷静に答える。

コメットさん☆:…ある。まだ、きっとあるはず。だから海の妖精さん、私また地球へ行くよ。そのためにまたしばらく会えないけど、この海を、それから星国じゅうの海を、また守っていてね。

海の妖精:そうですか。…わかりました。まだ姫さまには、見つけたいかがやきが、地球に残っているのですね。姫さまが、また星国に里帰りされる時は、楽しく遊びながら、この星国の海のかがやきも、新たに見つけられるように、きっと守っておきましょう。

コメットさん☆:妖精さん、ありがとう。お願い…。

海の妖精:そちらのツヨシさんという方。あなたもかがやきにあふれておられる。姫さまをどうかお大事に。

ツヨシくん:お、おだ、おだ…。

コメットさん☆:えっ…。よ、妖精さん…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、またしても真っ赤になってしまった。「お大事に」と言われるからには、もう二人は恋人と、海の妖精には映ったようだ。

 

 その日の昼過ぎ、コメットさん☆とツヨシくん、ラバボーとラバピョンは、星国宮殿の星のトレイン発着ホームにいた。既に星のトレインは、ホームに据え付けられ、王様、王妃さま、ヒゲノシタ、大臣たち、王族会の人々、そのほかの星ビトたちがたくさん集まっている。そして星の子たちも大勢、高いところからホームを見下ろしていた。いつものミニドレス姿で、ホームからコメットさん☆は、その場のみんなに呼びかけた。

コメットさん☆:私、地球という星がとても好きになりました。最初はただ母が行っていた星って、どんなところだろう、遊びに行きたいなって思っていたけど…。でも、住んでみて、あの地球にある街が、地球の海が、住んでいるおうちも、いっしょに過ごしているツヨシくんや、その家族も、街で出会った人たちもみんな好きになれた。ケースケっていう、好きだった男の子も、イマシュンっていう、メテオさんの恋人になった人も、プラネット王子にだって…。みんなに恋してた。今は…、ここにいるツヨシくんに、きっと、ちょっと恋してる…。そんな私と、みんなと、守ってくれる星の子や星ビトさんたちの思い…。どれも失いたくない…。欲張りかもしれないけど、私、どれも無くしたくない…。だから私、まだかがやきを探しつづけたい。明日も、あさっても、…ずっと。この小さな胸にいっぱいのかがやきを、見つけられたとき、私は…、きっと星国に帰ってくる。それまでもう少し…、待っていて下さい。お父様、お母様、そして星ビトさんたち、星の子たち、みんな…。

 その言葉に、みんなからいっせいに拍手と歓声が上がった。

王様:…うむ。わが娘も成長したな…。まあ、仕方がないのぅ…。寂しいが…。

星の子A:姫さま、待っているよー。地球でかがやき、たくさん見つけてね。

星の子B:私たちもー。

星の子C:姫さま、すごいなぁ。なんか、かっこいいっ!。

星ビトK:わたくしたちも、お待ちしています。元気でいってらっしゃい、姫さま。

王妃さま:またちょくちょく帰っていらっしゃい。そうしないとあなたのお父さんは、寂しがり屋だから。うふふ…。

王様:おっほん!。まったく妃は困ったものだ…。

 王様は、ちょっと強がりを言ってみた。星の子たちや星ビトたちは、みんな手を振って、コメットさん☆の3度目の旅立ちを応援している。

コメットさん☆:みんな…、ありがとう。さ、ツヨシくん、ラバボー、ラバピョン、行こうか。

ツヨシくん:行こう、コメットさん☆、いっしょにね。

ラバボー:また地球に行くことになるボ。ラバピョン、いつまでもいっしょだボ。

ラバピョン:私も。でも時々は、スピカさまのお供しないとならないのピョン。

 コメットさん☆、ツヨシくん、ラバボー、ラバピョンは、次々と星のトレインに乗り込んだ。静かにドアが閉まる。そして汽笛を鳴らすと、ゆっくりと星のトレインは、星国のプラットホームを離れた。一路地球へ、鎌倉へと向かう。ツヨシくんは、次第に遠ざかる星国の宮殿を、窓から眺めた。そして思う。

ツヨシくん:(コメットさん☆の、ケースケ兄ちゃんへの想いが、ゼロになったとは思えない…。でも、ぼくはそのことも含めて、全部コメットさん☆を信じて、守って、いい友だちでいたい…。)

 そうやってコメットさん☆を包み込む想いこそ、愛の力であり、愛の姿なのであった。ツヨシくんは、まだ気付いていないけれども。

 遠ざかる星のトレインを見て、王妃さまは思っていた。

王妃さま:(コメット、あなたのかがやきの元は、いつの間にか、すぐ隣にいるツヨシくんになっていたのかもしれないですね。そして今、もっとたくさんのいろいろなかがやきを見つけに、また旅立つ…。旅の終わりは、いつかしら?。あなたは、星国と星の子たちを導く道を、歩もうとしているのですね。そのために、ケースケくんとは、別の道を進んだ…。でもね、それだって絶対じゃないのよ。道はいろいろなところに通じているもの。別な道を見つけて、そっちへ進むか、元の道に戻るか。それは星ビトであるあなたでも、きっと変わらないわ。きっと…、ね。)

 王妃さまが、まもなく見えなくなろうかという星のトレインを、ずっと目で追っていると、王様が悲しそうな声で言った。

王様:ああ…、また姫は行ってしまったか…。あまり話も出来なかった…。

王妃さま:うふふふ…。あなた、ずっと帰さないおつもりだったのでしょ?。

王様:な、なんで、そう思うんじゃ?、妃は。

王妃さま:うふふ…。何年いっしょに暮らしていると思うのです?。

王様:うう…。

王妃さま:そんなことを言っていると、星の子の信頼を失いますよ?。

王様:そ、それはいかん。

王妃さま:少しは「子離れ」しないと。

王様:…困ったものじゃ。

 王様は、自分でそうつぶやくのだった。

 星のトレインは、星国を離れ、もう非常な高速で宇宙を飛んでいた。窓の外には、もう何も見えない。コメットさん☆とツヨシくんは、向かい合って座っていた。ツヨシくんの隣にはラバボーが、コメットさん☆の隣にはラバピョンが、テーブルをはさんでちょこっと座る。ツヨシくんは、「行き」のこのトレインで、心配な気持ちを抱きながら、星国に向かった時のことを思い出していた。しかし、今は違う。大好きなコメットさん☆といっしょに、地球へ、景太朗パパさん、沙也加ママさん、そしてネネちゃんが待つ家に向かっているのだ。

ツヨシくん:あれから何日たっているかなぁ?。星国と地球で、時間の進み方を変えてあるっていうのが、いまだにわからないけど。

 ツヨシくんは、ぽつりとそんなことを語る。

コメットさん☆:えーとね…、3日くらいかな?。私にもわからないや…。時間を遅くしたり、速くするには…。前に聞いたんだけど、忘れちゃった。あはは…。

ラバボー:姫さまぁ…。

ラバピョン:星国に姫さまは、十日位いたのピョン。

ツヨシくん:長いようで短かったような気がするなぁ…。

コメットさん☆:星国のいろいろなところに行ったからね…。

ツヨシくん:うん。でも楽しかったよ、コメットさん☆。あんなにいろいろなところがあるって、思ってなかったから。今までは、お城のまわりしか、ほとんど知らなかったし。

コメットさん☆:そっか…。よかった。私のために、迷惑かけちゃったって、思っちゃったから…。

 コメットさん☆は、小さい声で言う。

ツヨシくん:そんなこと気にしないでいいよ。ぼくが勝手について来ちゃったんだから。

コメットさん☆:ツヨシくんはやさしいね。ありがと。

ツヨシくん:ううん…。やさしいなんて…。

ラバボー:おっ、おおっ?。ほんわかかがやきだボ…。

ラバピョン:もう決まりなのピョン。

 ラバボーとラバピョンは、ツヨシくんとコメットさん☆の会話を聞いて、座席からずり落ちるように、テーブルの下でささやきあった。

コメットさん☆:ラバピョン、どうしたの?。

ラバピョン:あー、何でもないのピョン。

コメットさん☆:ふふふっ…。

ツヨシくん:コメットさん☆?。

コメットさん☆:星国に、地球で見つけたかがやきを伝えたい。いつか女王になれても、少しは星の子たちと遊んだり、星ビトたちといっしょに楽しみたいな。だから、みんなで楽しめる場所を、星国じゅうに作りたい。でも、自然を壊さないようにね。

ツヨシくん:うん。いいね、コメットさん☆。

 コメットさん☆は、それに応えてにこっと笑った。ラバボーとラバピョンも、それを見てにこっと笑うのだった。

ツヨシくん:学者ビトさんに会ったよ。それでね、ぼく今まで疑問に思っていたことを聞いたんだ。

コメットさん☆:へえ。どんなこと?。

ツヨシくん:星国は、時間さえもコントロールできるわけでしょ?。それからこの星のトレインを使えば、どんな遠くでも、短い時間で行けるよね。そんな技術があるのに、うまくサクラを咲かせるために、学者ビトさんたちが、一生懸命研究していたんだ。それでぼく、「何でロボットが研究しないの?」って聞いたの。そうしたら…。

ラバボー:そうしたら?。なんて言ったんだボ?。

ツヨシくん:「生命を考え、生命を調べ、生命の不思議を理解するのは、生命を宿した人である必要があるから」、だって。

ラバボー:うーん、いいこと言うボ。さすが学者ビトさんだボ。

ツヨシくん:でしょ?。ぼくもそう思った。なんかそれってかっこいいなぁって。医者ビトさんもそうだよね。患者が痛いとか苦しいとか、そういうのは、やっぱり同じ命を持っていないとわからないもんね。だからぼく、いつか植物の研究がしたいなぁって思った。

コメットさん☆:植物の研究?。

ツヨシくん:うん。花はどうして咲くのかとか、たくさん花を咲かせるにはどうしたらいいかとか。そういうこと。

コメットさん☆:いいね。なんだかかがやきがあふれていそう。

ラバピョン:命のかがやきなのピョン。

コメットさん☆:そうだね。

 いつしか星のトレインの中は、二人が夢と希望を語る場になっていた。いつか達成したい夢や希望。それに向かう勇気。それらが全て、かがやきの元。あこがれなんかじゃなく、人がかなえる夢じゃなく、自分自身の夢や希望。向かい合って座る二人、コメットさん☆とツヨシくんには今、かがやきがあふれている。そういうことになろうか。

 星のトレインは、やがてやや速度をゆるめながら、鎌倉の上空に近づいた。ようやく帰ってきたのだ。地球へ、そして鎌倉へ。どうやら時刻は夜のようだ。キラキラと輝く街の明かりが、窓から見える。三浦半島を回り込み、由比ヶ浜をかすめると、見慣れたような景色である。コメットさん☆もツヨシくん、それにラバボーとラバピョンも、みんななんだか懐かしいような気持ち。徐々に速度をゆるめる星のトレインは、稲村ヶ崎を右に旋回し、山側へ回るように飛ぶ。そしてついに、藤吉家のウッドデッキにふわりと到着した。シューッという蒸気の音を響かせながら。星のトレインは、完全に停止すると、ドアが開いた。コメットさん☆は、そっと歩みだし、ウッドデッキの上に降り立つ。

コメットさん☆:あーあ。わあ、戻ってこられたんだー。

 コメットさん☆は、両手をあげて背伸びをした。すぐ後ろにはツヨシくん。そしてラバボーとラバピョン。しかし、ふとコメットさん☆は、足下を見た。そこにはサクラの花びらが何枚か落ちていた。

コメットさん☆:あっ…。

 コメットさん☆は、思わずそれを手に取った。そして思うのだった。

コメットさん☆:(なんだか、桜の季節が終わっちゃいそう…。)

 そう。コメットさん☆の心が、千々に乱れている間に、季節は進み、サクラの花は散り始めになってしまっていたのだった。しかし、景太朗パパさん、沙也加ママさん、ネネちゃんの3人が、玄関から駆けつけてきた。コメットさん☆は、沙也加ママさんに歩み寄る。ツヨシくんは景太朗パパさんに。ラバボーとラバピョンはネネちゃんに。またコメットさん☆の新たなるかがやき探しは、ここ鎌倉で三たび始まる…。

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(このシリーズ終わり)
※引用:「宇宙バス」(Yoshiko Kohyama all Rights Reserved, 1981, 2006)より、「ナンバー9」.pp89.国土社・ブッキング、東京。原著作者引用許諾済み。

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