その先のコメットさん☆へ…2007年第2期

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。このページは2007年第2期分のストーリー原案で、第297話〜第318話を収録しています。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第297話から全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。

★「海洋紀行」トップページの、「制作者からの一言」に進行状況を随時書き込みいたしますので、そちらもご参照下さい。

話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第297話

出迎える山の桜

2007年4月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん

第299話

裏山の恵み

2007年4月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー・ラバピョン

第300話

心の星力

2007年4月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・メテオさん・ツヨシくん・近所のおばさんたち

第302話

桐の木と春の雨

2007年5月上旬

コメットさん☆・桐の木・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・プラネット王子・ミラ・カロン

第303話

海を行く貝殻の旅

2007年5月中旬

コメットさん☆・ケースケ・ラバボー・ラバピョン・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん

第306話

アジサイの花咲く小径

2007年6月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・沙也加ママさん・景太朗パパさん

第308話

美沙子さんと風岡家の秘密

2007年6月中旬

メテオさん・幸治郎さん・留子さん・ムーク・猫のメト(・神也くん)

第310話

ケースケのいない夏

2007年7月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・扇屋の主人・石田さん・海の家の人・プラネット王子・ミラ

第311話

結びつく家族

2007年7月上旬

景太朗パパさん・小竹さん・沙也加ママさん・グリーンアテンダントの人(・ツヨシくん・ネネちゃん・コメットさん☆)

第314話

空飛ぶ電車の夢

2007年7月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・神也くん・メテオさん・プラネット王子・ミラ・猫のメト・ラバボー

第316話

白砂の夏

2007年8月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・メテオさん・ラバボー・ラバピョン

第317話

夢の国のまぼろし

2007年8月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・ラバピョン

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★第297話:出迎える山の桜−−(2007年4月上旬放送)

 地球に戻ってきたコメットさん☆は、どこかに出かけたり、昼間沙也加ママさんのお店を手伝ったり、という生活を取り戻していた。一方ツヨシくんとネネちゃんは、新学期を目前に控えていた。今度は5年生になる。コメットさん☆が、初めて地球にやって来たときには、まだ4歳だった二人も、もう5年生。コメットさん☆がここに住み始めて、もうまる6年。星国とは違う時の早さには、コメットさん☆も驚かされる。

 そんな春の日の夕方、すっかり日も長くなったので、コメットさん☆は家の玄関先をほうきで掃いていた。ツヨシくんとネネちゃんは、少し離れたところで、ほこりがたたないように水撒き。春の風は時に強く、離れたところから土ぼこりを運んでくる。コメットさん☆は、スロープになって、門につながる通路の上で、ほうきの先に、もう散った桜の花びらを何枚も見つけた。

コメットさん☆:あっ…。

 コメットさん☆は思わずそれを手に取った。そして顔をあげて、どこから飛んできたのだろうと、空を見上げた。そしてちょっとケースケが出発していった日のことを思いだした。あの日も、よくよく思い出してみれば、電車の窓から、咲き始めの桜が見えていた。その桜は、ケースケがオーストラリアに出発、コメットさん☆は悲しみにくれて、星国に帰り、ツヨシくんが追いかけて来て、そのツヨシくんとともに鎌倉に帰ってきたら、もう散っていたのだった。大好きな桜の様子すら、気にかけることなく、過ごしてしまっていたのだ。

ツヨシくん:あれ、コメットさん☆、どうしたの?。

 あたりを見回しているコメットさん☆を見て、ツヨシくんが尋ねる。

コメットさん☆:ううん、なんでもないよ。

ネネちゃん:そっちも水撒く?、コメットさん☆。

コメットさん☆:うん。もう少しほうきで掃いてからねー。

 ネネちゃんの尋ねに、コメットさん☆は、まだあたりを見回しながら答えた。そしてほうきを持ったまま、庭の奥に植わっている桜の木の下まで、ツヨシくんとネネちゃんをおいて行ってしまった。

ツヨシくん:コ、コメットさん☆?…。

ネネちゃん:ほうきで掃くんじゃないのー?。…どうしたんだろ?。

 つられてツヨシくんとネネちゃんも、コメットさん☆のあとを追いかける。コメットさん☆が見上げている桜の木は、もう花びらを大半落としていた。

コメットさん☆:そっか…。もう桜は散っちゃったね…。

ラバボー:姫さま、今年はしょうがないボ。

 ラバボーがティンクルスターから顔を出して、そうつぶやく。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は答えながらも、もう一度桜の木を見上げた。

ツヨシくん:コメットさん☆…。お花見出来なかったよね…。

ネネちゃん:あ、そうか。コメットさん☆といっしょにお花見って、今年はしてないんだ…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、心配した顔で言う。たまたまキッチンにお茶を飲みに出てきた景太朗パパさんは、ツヨシくんとネネちゃん、そしてコメットさん☆の声を聞き、キッチンの窓から、裏庭を覗いて見た。

 コメットさん☆は、少しうなだれたような顔でとぼとぼと歩き、またウッドデッキのところに戻ってきた。そして遠くに見える海をじっと見た。手すりに両腕をのせるようにしながら、やっぱり少し寂しそうな表情を浮かべるのだった。「あの海に、もうケースケはいない」。それはわかっているはずなのに、つい海のほうを見てしまう。コメットさん☆は、星国に帰って吹っ切れたつもりだったのだが、さすがに鎌倉に戻ってきて、いくつもの思い出が残る場所に身を置くと、その気持ちは揺らぐのであった。ツヨシくんとネネちゃんは、また心配そうな顔で、コメットさん☆をそっと見る。

 景太朗パパさんは、そんなコメットさん☆の様子を、今度はリビングの窓から、新聞を読むふりをして見ていた。そして昨日、沙也加ママさんとかわした言葉を思い出していた。

(景太朗パパさん:…きっと、ツヨシの「愛」が、いつか試されることになるんだろうね。)

(沙也加ママさん:そういうことなのかしら…。)

(景太朗パパさん:もし、うまく行くのなら、今度こそ精一杯応援してやろうよ。)

(沙也加ママさん:そうね…。今まで応援しなかったわけじゃないけれど…。でも…、まだ早いような気もするし…。)

(景太朗パパさん:もちろん…、そうなんだけどさ。ぼくはケースケとコメットさん☆のことを、焚き付けちゃったみたいで…。あの時、ヨットにコメットさん☆を乗せていなければって…、今でも時々思うんだよね…。)

(沙也加ママさん:パパのせいじゃないわ。きっと、二人にとって、自分の進む道を選ぶための、それは最初の関門みたいなものだったのよ。)

(景太朗パパさん:ふぅ…。そうだねぇ…。ツヨシの力が、コメットさん☆本来の明るさを、取り戻すきっかけになるだろうと信じているけどさ。少しテコ入れも必要かなって思うのさ。)

(沙也加ママさん:そうね。あんまり大人が決めつけちゃうんじゃない位の範囲でね。)

(景太朗パパさん:そうだね。)

 景太朗パパさんは、昨日の会話を心の中でたどると、ゆっくりと新聞を置いた。

 

ツヨシくん:今から花見ぃ!?。

ネネちゃん:明日行くの?。確かに学校はまだ春休みだけど…。もうあさって始業式だよ?。

 ツヨシくんとネネちゃんは、びっくりして声を上げた。

景太朗パパさん:うん。だって、今年はみんなでする花見は、してないだろう?。

ツヨシくん:いいね。また信州かな?。

ネネちゃん:で、でも、泊まりがけだと、あさって始業式に行かれないよ…。

景太朗パパさん:ふふふ…。学校も大事だよね。大丈夫。日帰りで行かれるお花見をしよう。

 翌日の朝食後、沙也加ママさんとコメットさん☆は、「HONNO KIMOCHI YA」に出かけてしまった。ツヨシくんとネネちゃんは、春休みなので家にいたのだが、つまらないのでやっぱり「HONNO KIMOCHI YA」に行ってみようかと思っていたところ、景太朗パパさんがそんな二人を呼び止めたのだ。そして景太朗パパさんは、リビングのテーブルの上に地図を取りだした。神奈川県の地図を。

景太朗パパさん:県内でこれからでもお花見が出来るところがある。それは…、ここだ!。

 景太朗パパさんは、地図のある一点を指さした。

ツヨシくん:えっ?、そっちは…。

ネネちゃん:西のはずれだね。

景太朗パパさん:そうさ。

ツヨシくん:えーと、箱根…かな?。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんの指先の文字を読む。

ネネちゃん:箱根ぇ?。

 ネネちゃんは、びっくりしたような声を上げた。

景太朗パパさん:そう。箱根の山だよ。

ネネちゃん:鎌倉より西だし、同じ県内なんだから、もう桜は終わる直前じゃないの?。

景太朗パパさん:へへへー。ま、普通はそう思うよね。ところが箱根は山なわけだよ。

ツヨシくん:山?。…ということは…、空気が薄いとか?。あ、箱根はそんな高い山じゃないか…。

景太朗パパさん:そうだね。空気が薄いとまではいかないけれど、気温は低め。そうすると…。

ネネちゃん:あ、気温が低いってことは…。ツヨシくん、どういうこと?。

 ネネちゃんは、わかったような顔をしながら、今一つわからないのでツヨシくんに尋ねる。

ツヨシくん:気温が低ければ…、花はなかなか咲かないってことかな?。

景太朗パパさん:さすがにツヨシは、植物に興味があるらしいな。そういうことさ。つまり、標高が高くなると、一般に気温は低くなる。そうすると…、春は遅れてやって来るってことさ。

ネネちゃん:ああ、そういうことかぁ。

ツヨシくん:じゃあ、今桜咲いてるの?。

景太朗パパさん:もちろん、標高の低いところは、この鎌倉や東京と同じだろうね。しかし、山を登っていくと…。きっと違うと思うよ。

ネネちゃん:えー、でも、山登りは辛いな。ママも嫌がるよ?。

ツヨシくん:地図で見ると…、何かあるよ?。

景太朗パパさん:大丈夫だ、それも。登山電車がかわりに登ってくれるよ。

ネネちゃん:とざんでんしゃ?。

ツヨシくん:登山電車知らないの?、ネネ。

ネネちゃん:知らないよ、普通は。

ツヨシくん:ぼくもあまり知らないや。

ネネちゃん:ち、ちょっとぉ!。なんなのよそれったら、なんなのよー!。

ツヨシくん:あ、それメテオさん!。

景太朗パパさん:あはははは…。

 

 翌日景太朗パパさんは、新しいデジタルカメラを持って、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆の5人で出かけた。まずは稲村ヶ崎駅まで歩き、そこから江ノ電に乗り藤沢へ。そして東海道線の電車で小田原へ向かう。

コメットさん☆:あ、この電車は…、伊豆へ行くときと同じ線だ…。

ツヨシくん:そうだね、コメットさん☆。

 ツヨシくんは、やっぱり少しうれしそうだ。コメットさん☆を窓側に座らせ、初めて通路側に座る。今まで見たことない景色のような気もする。自分の「恋人」に、窓側の席を譲るのは、なんだか大人になったような気分。ネネちゃんは沙也加ママさんと座り、景太朗パパさんは通路の反対側に座る。

ネネちゃん:もう、このあたりは桜終わっているね。

 ネネちゃんは、走る電車の窓から、ほとんど花を散らせた桜を見つけてつぶやく。ツヨシくんは、電車が停車すると駅名を探す。

ツヨシくん:ここはどこかな?。

景太朗パパさん:大磯だろ?。もうすぐだね、小田原は。

 通路の反対側から、景太朗パパさんが答える。

沙也加ママさん:小田原で乗り換えよね?。桜、どんなかなぁ…。

コメットさん☆:なんだか、楽しみ。沙也加ママ、景太朗パパ、ありがとうございます…。

沙也加ママさん:あら、そんなこと言いっこ無しよ、コメットさん☆。

景太朗パパさん:ま、お花見のようなイベントは、みんなで楽しまないとね。みんなでね。

コメットさん☆:みんな…。

 コメットさん☆は、その「みんな」という言葉が、ちょっと心にしみた。

 電車は再び走り出し、数駅に止まると、小田原に着いた。

 

ツヨシくん:んんん?、小田急線だよ?。

ネネちゃん:ほんとうだ…。とざんでんしゃじゃないの?。

景太朗パパさん:箱根湯本までは、小田急線の電車がそのまま走るんだよ。この電車は、新宿から急行でやって来た電車だな。

 ツヨシくんとネネちゃんは、小田原駅の下り方面ホームに、クリームに青帯を締めた小田急線の電車がやって来たのを見て言う。それに景太朗パパさんは、丁寧に答えた。

コメットさん☆:新宿から?。どの位時間がかかるのかな?。

沙也加ママさん:急行だと…、そうね、かなり時間がかかったような…。1時間40分くらいだったかしら?。

コメットさん☆:あれ?、沙也加ママ、どうして知っているんですか?。

沙也加ママさん:うふふふ…、学生時代にね、友だち何人かで、箱根の山から芦ノ湖一周の日帰り旅行をしたからよ。ものすごいハードスケジュールで…。とても今じゃ無理だわ…。

景太朗パパさん:そうなのかい?。あはは…。へえ、それは知らなかったなぁ。

沙也加ママさん:朝5時起きで、新宿に集まって、急行電車に乗って…。

 そんな話も乗せながら、電車は単線の線路を、終着箱根湯本を目指して走る。車内はまあまあすいており、みんな座ることが出来た。箱根湯本までは、わずか4駅。窓の外は、新幹線をくぐったかと思えば、有料道路の坂が見えたり、街並みを抜け、川が見えたりと変化に富んでいるが、カーブがきつくてあまり速度は出せないので、かなり散った桜を間近に見つけることも出来る。

ツヨシくん:このあたりは、もう桜散っているね。

 山に向かって進む電車の窓から、外を眺めていたツヨシくんが言う。

ネネちゃん:ほんとだ…。うちのほうと同じだね。

コメットさん☆:もうすぐ新緑かな…。

 ネネちゃんとコメットさん☆が、静かに答える。

沙也加ママさん:まだまだ上の方に行かないと、桜は咲いてないわよ。このあたりは、気温がそんなに違わないから。

景太朗パパさん:そうなんだよね。天気予報なんかで聞いているとさ、箱根のあたりは雪ですなんて言っていても、鎌倉はただの雨だったりするから、全体にやや気温が低めなのかなって思うんだけど、箱根湯本のあたりまでは、それほど標高差が大きくないのか、桜の咲き方には、ほとんど違いがないんだよね。

コメットさん☆:そうなんですか。それで…。

 コメットさん☆は、窓の外をもう一度見た。ちょうど電車は、ほとんど花を落とした桜の脇をすり抜けるところだった。

 電車は途中3駅に止まり、箱根湯本駅に着いた。ここでみんなは、箱根登山線の強羅方面の電車に乗り換えだ。

車内アナウンス:ご乗車ありがとうございました。箱根湯本、箱根湯本、この電車の終点です。この先、塔ノ沢、大平台、宮ノ下、小涌谷、彫刻の森、強羅方面へおいでのお客様は、降りましたホームから前のほう、右手通路を通りまして3番線の電車にお乗り換えです。

ホームのアナウンス:宮ノ下、小涌谷、彫刻の森、強羅方面は3番ホームです。まもなく発車いたします。ご乗車になりましてお待ち下さい。

ネネちゃん:うわわ、もう発車するよ、パパ。

景太朗パパさん:大丈夫だよ。あと2分あるよ。

 ホームに降り立ったみんなは、ホームのアナウンスにせかされるように、前に向かって歩いた。前のほうにある通路を通らないと、登山電車には乗り換えられないのだ。

ツヨシくん:あれ?、電車が…、江ノ電みたいに小さいよ。

コメットさん☆:ほんとうだ。それに真っ赤だね。なんだか、かわいい。

 3番ホームは、今乗ってきた電車に隠れるように、山寄りに寄ったところにあり、赤い小さめな電車が3輌で待っていた。それを見たツヨシくんとコメットさん☆は、びっくりして声を上げたのだ。

景太朗パパさん:本格的な登山電車は、ここからなんだよ。電車が小さいのは、急なカーブを曲がるため。江ノ電も同じだね。

ツヨシくん:ふーん。そうなのかぁ…。

 ツヨシくんは、ちょっと考えるような顔で、登山電車を見回した。すると、発車のベルが鳴り、みんなは急いで電車に乗り込んだ。今度はやや混雑していたので、乗った車輌には、空いている座席を見つけることは出来なかった。ドアとドアの間には、向かい合わせのいすが並び、通路は広くない。そこでコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんはドアのそばに、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、そこから少し前寄りに立ち、吊革をつかんだ。ドアが閉まり、電車は意外な加速で走り出した。しかし、その加速は、すぐに遅くなる。

ツヨシくん:あれ、なんだか…、突然のろくなったよ?…。

ネネちゃん:な、なんか、床が傾いてる…。

コメットさん☆:ほんとだ…。後ろに倒れそうな感じ…。

 ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆の三人は、ぐっと後ろに向かって引っ張られる感覚に、急いで手すりや吊革につかまりつつ、口々に言う。

景太朗パパさん:はっはっは…。それは、ここからいきなり一番きつい坂だからだよ。電車も苦しいのさ。

ツヨシくん:ええー?。登山電車って、そういうことなのかぁ。

ネネちゃん:落っこちていっちゃわないの?。

 ネネちゃんは、少し怖そうな声で言う。

沙也加ママさん:大丈夫よ。うふふふ。ジェットコースターじゃないんだから。

コメットさん☆:なんか…、木とか草が、目の前に見える…。

景太朗パパさん:何しろ「登山」している電車だからね。江ノ電や小田急線、東海道線みたいに、そこそこ平らなところを走っているわけじゃないのさ。落っこちる心配もない。何しろ4種類もブレーキがついているんだ。

コメットさん☆:は…、はあ。

 コメットさん☆は、それでもちょっとびっくりしたような表情を浮かべ、吊革にしっかりつかまった。窓の外の景色は、電車の窓枠に対して斜めに見えるほどの坂なのだ。しかし電車は、みんなの驚きをよそに、慣れた足取りで、すいすいとトンネルを抜け、最初の駅塔ノ沢駅に着いた。

ネネちゃん:はあ、駅だよ。標高165メートルだって。さっき箱根湯本駅には、108メートルって書いてあった。

コメットさん☆:ほんと?。じゃあ…、57メートル登ったの?。

ツヨシくん:そういうことだね。やっぱり、ぼくたちが足で登るより、ずっと早いよね。

ネネちゃん:当たり前でしょ?。

コメットさん☆:車と比べてどうなんだろ?。

ツヨシくん:さあ…。道路が見えないけど…。

景太朗パパさん:実は少し車のほうが早いはずなんだ。でもね、車はさ、排気ガスも出すし、渋滞がひどいときがあるだろ?。だから、電車のほうがエコなんだね。

ネネちゃん:そうなんだ。エコって大事だよね。

コメットさん☆:そうだね。

沙也加ママさん:うふふ…。みんなそういうことに、関心を払う年齢になったってことね。

 沙也加ママさんは、ちょっとうれしそうに言い、景太朗パパさんに微笑みかけた。景太朗パパさんも、にこっと笑顔を返す。

景太朗パパさん:さて、電車はこれからちょっと面白いところを通るよ。

ツヨシくん:面白いところ?。もう桜が咲いてるの?。

ネネちゃん:えー?、57メートルで、そんなに寒くならないでしょ?。

景太朗パパさん:桜はまだだね。もう少し上に行かないと。それでも、山の高いところには桜が咲いているのが、窓から見えるだろ?。

コメットさん☆:あっ、本当だ…。見えますね。あの白っぽいのが桜かな?。

景太朗パパさん:ヤマザクラだろうね。

 電車は駅を出て、しばらく走るとトンネルに入り、そのトンネルを出るとともに、高い鉄橋を渡る。

ツヨシくん:あっ…、トンネル…。あっ、て、鉄橋だ。うわー、すごい高い…。こえー。

コメットさん☆:ほんとだ…。高いね…。

ネネちゃん:どこどこ?。あっ…。

 はるか下まで、谷が大きく切り込み、それをわたる鉄橋の高さに、ネネちゃんがびっくりして息をのんだところ、また電車はトンネルに入る。

コメットさん☆:この電車、もうずいぶん高いところを走っているんだね。

ツヨシくん:うん。なんか、かなりちゃんと山登りしているよね。

ネネちゃん:登山鉄道ってこんなのかぁ…。

景太朗パパさん:ふふふ…。まだまだこれだけじゃないぞ。何しろアジアにはここしかないんだからね、登山鉄道は。(※下)

ツヨシくん:ホント?。

景太朗パパさん:ああ、ほんと。部分的に坂がきついところは、いくらでもあるけどさ、全線山登りっていうのは、アジアではここだけ。ヨーロッパにはあるよ。スイスとか。

ネネちゃん:スイスかぁ…。遠いね。

コメットさん☆:スイスってどの辺かな?。

ネネちゃん:コメットさん☆、一応留学生がスイス知らないのは、やっぱりマズイでしょ。

コメットさん☆:あはっ、あははは…。そうだね。

 コメットさん☆は、ばつが悪そうに笑った。

ツヨシくん:でもさ、世界地図拡げて、ここがスイスって、指させる?、ネネは。

ネネちゃん:…うっ…、ダ、ダメかもしれない…。

ツヨシくん:なんだ。やっぱそうじゃないかと思ったんだ。

ネネちゃん:な、なによう…。じゃあツヨシくんは、どこだかさっとわかるの?。

ツヨシくん:うーん、わからない。ま、うちに帰ったら見てみよう、地図を。

ネネちゃん:なあんだ…。もう…。

コメットさん☆:ふふふ…。

 コメットさん☆は、少し微笑んだ。

 ふと見ると、電車の脇に、別な線路が近づいてきた。コメットさん☆は、車庫か何かかな?と思った。しかし、ツヨシくんが声を上げる。

ツヨシくん:あれ?、電車の前、行き止まりだよ?。もう終点?。

ネネちゃん:えー?、そんなはずないんじゃない?。

景太朗パパさん:まあ見ててごらん。

 電車は静かに行き止まり線に止まった。すると運転士さんと車掌さんが、電車の外を歩いて、前後で交代している。

ツヨシくん:運転士さん、降りちゃったよ?。ドア開かないから、ぼくらどうなるんだろ?。

ネネちゃん:車掌さんもだ…。

沙也加ママさん:これは意外とびっくりするわよね。

コメットさん☆:びっくり?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの言葉の意味がわからなかった。びっくりするとはなんだろう?。窓の外を見ると、山のあちこちに桜が咲いているのが見える。そのことと、運転士や車掌が降りてしまったことと関係があるのだろうか、と思う。と、その時、隣の線路に、電車が下りてきて止まった。するとみんなが乗った電車は、それを待っていたかのように、今までとは逆向きに走り出した。

ツヨシくん:あ、あれ?。バックしていくよ!。

ネネちゃん:戻っちゃうのかな?。なんで?。

景太朗パパさん:戻りはしないさ。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆が、外をきょろきょろ見ていると、電車はまた坂を上り始めた。ふと気付くと、今登ってきたはずの線路が、下のほうに見える。線路が「人」の字を描くように、敷かれているのがちらりと見えた。

ツヨシくん:あ、わかった。図鑑で読んだことがある。スイッチバックだね。

ネネちゃん:何そのスイッチなんとかって。

ツヨシくん:あのね、小田急線の藤沢の駅もそうだよ。新宿行きと、江ノ島行きが同じほうから来て、同じほうへ発車するでしょ。なんて言うのかな、ああいうふうに、片側が行き止まりで、別々の方向に向かう電車が、一度バックするみたいに進む駅のこと。

景太朗パパさん:うん。だいたいあっているね。人間も山登りの時は、ジグザグに歩いて、なるべく坂がきつくないように登るんだ。それと同じで、電車もきつくて一気に坂を上がれない時、「Z」の字を描くように、進行方向を変えながら、少しずつ登るんだよ。つまり、そうでもしないと、登れないくらい険しい山を、今登っているってことだね。

ネネちゃん:ふぅん。すごいんだね。

沙也加ママさん:あ、ほら、だんだん桜がきれいに見えてきたわ。やっぱり山の上の方に行くにしたがって、気温が低いのね。だからまだ桜が盛り。

景太朗パパさん:おお、そうだね。一度降りて歩くのもいいな。まだお昼には、ちょっと早いし。

コメットさん☆:わあ、ほんとだ…。きれい。

 電車の窓からは、しだれ桜も含めて、満開の桜が見える。いよいよ桜が盛りの高さまで、登ってきたということだ。電車の速度はゆっくりだが、確実に山を登っていく。

ツヨシくん:うわっ、なんか電車に乗って、そんなに時間たってないのに、時間が戻ってるみたい…。

ネネちゃん:不思議だね。こういうのって、初めて見るね。

コメットさん☆:そうだね。私は…、そう、東北地方に、景太朗パパの仕事で行ったとき、見たけど。あれもきれいだった。

景太朗パパさん:ああ、そういうこともあったね。あの時は…、移築の話だったかな。

 ツヨシくんやネネちゃんも、窓の外に見える桜に、目を奪われる。

 

 電車を大平台駅で降りると、みんなで駅から散歩を始めた。駅近くには、しだれ桜やソメイヨシノ、ヤマザクラがきれいに咲いている。このあたりが見頃になっているのだ。登山電車が山を登って行くにつれて、季節は戻っていき、ここの高さがちょうど桜真っ盛り、というわけである。

ツヨシくん:桜前線って言うじゃない。あれって、南から北へ行くだけじゃないのかな?。

 ツヨシくんが、彼らしい疑問を口にする。

沙也加ママさん:地面の低いところから、高いところへも向かっていくのよ。

ツヨシくん:うちのあたりって、標高ってどの位?。

 ツヨシくんがすかさず聞く。

ネネちゃん:あー、それ、前にクラスで調べた覚えがある…。えーと、何メートルだったかな…。あ、確かうちの裏山で60メートルくらいだったような…。

 ネネちゃんが、少しお姉ちゃんぽく答える。

景太朗パパさん:え?、なにで調べたの?。

 その答えに、景太朗パパさんはちょっとびっくりした。

ネネちゃん:確か地図に、ちっちゃい字で書いてあった。

沙也加ママさん:詳しい地図なら書いてないかしら?。

景太朗パパさん:そりゃあ…、ぼくが仕事で使うような住宅地図には書いてあるけど…。そんな専門的な地図使ったの?、ネネは。

ネネちゃん:ううん。書店で売っている、1万分の一っていう地図だよ。

景太朗パパさん:ああ、あれか…。

 景太朗パパさんは、思い当たったように答えた。

ツヨシくん:さっき、大平台の駅には、標高349メートルって書いてあった。うちのあたりが、60メートルあるとすれば…、差はえーと…。

コメットさん☆:289メートル、かな?。

ツヨシくん:あ、そうそう。そのくらい。

景太朗パパさん:一般に、標高100メートルで、0.6度位気温は下がると言うから、えーと、1.7か1.8度くらいは気温が下がるってことか…。理屈の上では、そんなに大きな違いじゃないのに、桜の花はずいぶん違うね。ふもとではほとんど散っていた桜が、標高349メートルになると満開か…。

沙也加ママさん:計算よりも、お花見したら?。

コメットさん☆:あははっ、そうですよね。ツヨシくん、ネネちゃん、両手つなご。

ツヨシくん:えっ…。コメットさん☆…。いいの?。

ネネちゃん:わあ、なんだか小さい頃思い出すなぁ。

コメットさん☆:いいよ、ほら。

 コメットさん☆は、そう言うと、両手を差し出した。ツヨシくんとネネちゃんが小さかった頃、よく両手をつないで歩いたことを思い出して。満開の桜を見上げながら歩いてみる。ツヨシくんは、ちょっと意識して気恥ずかしそうにする。ネネちゃんも、5年生ともなると、いくら親しいコメットさん☆でも…、という気がしないでもないが、でも今日はやっぱり手をつなぎたい気分。だってみんなでお花見だから…。花咲く桜は、いつも人を思い出の世界へもいざなう。

景太朗パパさん:いいねぇ、コメットさん☆がいないと、まるで本当の春は来ないような感じだよね。

 景太朗パパさんは、少し先を行くコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんを見て言う。それに対して、沙也加ママさんも静かに答えるが…。

沙也加ママさん:なんでかしらね。不思議な縁よね…。もっとも…。

景太朗パパさん:もっとも?。

沙也加ママさん:いつの間にか私たち、コメットさん☆が星国っていう宇宙のかなたの星からやって来ていたってことに、なんの疑問も持たなくなっているのが、驚きよね…。

 沙也加ママさんは、いまさらながら言うのであった。

景太朗パパさん:あははは…、そうだねぇ。そう言えばそうだ。ドラマか漫画のような話が、本当にあるなんてね…。

 景太朗パパさんは、少し笑うと、高い枝の桜の花を見上げた。

 

 ひとしきり、大平台のあたりを歩いた景太朗パパさんと沙也加ママさん、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、また登山電車に乗って、もっと山の上を目指した。電車は進むにつれ、さらに高度を上げていく。そして終点の強羅に着いたときには、標高が553メートルになっていた。駅の脇に並ぶ桜の木は、なんとまだつぼみである。わずか30分ほどの乗車時間の間で、ほとんど散った桜、満開の桜、5分咲きの桜、そしてつぼみと、何日もの日にちを旅したような、あるいは桜前線を追いかけて、南から北へと旅した気分。コメットさん☆は、それに驚くとともに、「ああ、やっぱり地球に戻ってきたんだ」と、あらためて思っていた。何しろ星国には、こんな咲き方をする花は無い。

景太朗パパさん:さあ、お昼ごはんを食べに行こう。それがすんだら、日帰り温泉か美術館とかどうかな?。

 景太朗パパさんが、駅を背にして言う。

沙也加ママさん:あらいいわね。コメットさん☆はどう?。

 沙也加ママさんが尋ねる。

コメットさん☆:はい。いいですね。そろそろおなか減ってきました。

沙也加ママさん:お昼は何がいいかしら?。

景太朗パパさん:名物は自然薯そばとか。あとは…、そうだな、とろろごはんなんかも出すお店があるようだよ。少し探してみようか。

ツヨシくん:いいね、パパ。ぼくとろろごはん大好き。

ネネちゃん:口がかゆくなるよね。

コメットさん☆:あはっ…、そうだね。前に食べたとき、口の回りがかゆくなったね。

景太朗パパさん:よーし、じゃあ少し回りを歩いてみよう。もっとも、旅館でお昼食べられるところもあるようだけど。

沙也加ママさん:わあ、楽しみね。旅行の楽しみは、景色はもちろんだけれど、おいしいものが食べられること。

景太朗パパさん:ああ、ママはそうですか。あはは…。

沙也加ママさん:そ、そうよ。違うかしら?。

コメットさん☆:いいえ、そうですよね。ふふふ…。

沙也加ママさん:うふふふふ…。

ツヨシくん:あはははは…。

ネネちゃん:ふふふ…。

 みんな笑っている。春の陽気は箱根の山を、登山電車同様、ぐいぐいと登って来ている。今年の桜は、ゆっくり見られなかったと思っていたコメットさん☆。しかし山を登る桜前線のおかげで、少し遅れてお花見が出来た。コメットさん☆の心に、ケースケの影が無くなったわけではない。しかし、ケースケには、ケースケの夢があり、コメットさん☆にはまた、鎌倉での生活が待っている。そこにケースケの姿が無いとしても、季節は巡り、桜はいつも、コメットさん☆を見守っている。

 コメットさん☆は、回りの山々あちらこちらに、白っぽくかすんだように見えるヤマザクラの色を見た。それは木々の芽吹きのごく薄い緑色に混じって、不思議な色をなしている。しかし、冬枯れのモノトーンとは全く違った色。やがて迎える新緑の季節を予感させる、蠢きのような色。それを確かめるように見つめると、一言つぶやくように言った。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、行こ。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:行こう。

 ツヨシくんとネネちゃんと、両手をつないで、コメットさん☆はまた歩き出した。出迎えるように並ぶ、桜並木の下を。コメットさん☆の新たな生活はまた、桜の花とともに…。

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※アジアの登山鉄道は、山岳用の特殊装備を持ち、現在確認されているものとしては、箱根登山鉄道が唯一のものですが、かつては「金剛山電鉄」という鉄道が、日本の建設により、朝鮮半島の金剛山にありました。しかし現在、彼の地はほぼ北朝鮮領内になっており、おそらく路線としては現存していないと思われます。日本の「汽車会社」という車輌メーカーで製作された、当時の車輌は保存されているようで、見学の報告もあります。また高地を走る鉄道としては、中国の西方を走る鉄道など、いくつかの例を見ることが出来ます。


★第299話:裏山の恵み−−(2007年4月中旬放送)

 地球に戻ってきて、コメットさん☆のまわりでは、ゆったりとしていつもの時間が流れる。もちろんその心に、ケースケの影が無くなったわけではない。その証拠か、コメットさん☆は少し涙もろくなった。ちょっとしたことで、目を潤ませる。例えばテレビドラマの一シーンとかにでも。ツヨシくんは、そんなコメットさん☆が心配だと思う。

景太朗パパさん:まあ、少し時間をかけるしかないよ。

 ツヨシくんに景太朗パパさんは、そんな風に言い、そうかと言えば…。

沙也加ママさん:そういう時ってあるものよ。しばらく見守ってあげなさいね。

 沙也加ママさんはそんな風にも言う。ツヨシくんはそう言われると、そういう気持ちの持ちようは難しいと思って、困ってしまうのだった。しかし、ツヨシくんは、彼なりに考える。見守るとはどういうことで、具体的にどうするといいだろうか、と。

ラバボー:あっ…。

 ラバボーがつぶやく。

コメットさん☆:どうしたの?、ラバボー。

 「HONNO KIMOCHI YA」の前に水を撒いて掃除しながら、コメットさん☆は尋ねる。

ラバボー:なんでもないボ…。

 ラバボーは、ツヨシくんのかがやきを、彼が行っているはずの学校の方角から、ふわりと感じた。そして思う。「きっと姫さまのことを、想っているんだボ…」と。

 南風が吹く季節になってもうひと月が過ぎた。南風は、細かな砂や、意外にも落ち葉を運んでくる。砂は前が由比ヶ浜の砂浜だから、当たり前なのだが、今の季節に落ち葉とは?と、コメットさん☆は少し不思議に思うのだった。そんな落ち葉を、ほうきを小脇に抱えたまま拾い上げてみる。

コメットさん☆:ちぎれたのかな?。もう落ち葉…。

ラバボー:何だボ?、姫さま。

コメットさん☆:落ち葉って、春でもあるんだね。

ラバボー:そう言われれば、そうみたいだボ。注意して見るとあっちこっちに落ちてるボ。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は、そう答えながら、回りの木を見上げた。たくさん葉っぱを落としている木があるわけもないが、風が吹くたび、木はざわざわと音を立てながらしなる。

コメットさん☆:風が、…強いからかな?。

 コメットさん☆はつぶやく。そして思うのだった。

コメットさん☆:(秋になる頃、私はどうなっているかな…。)

 もちろん、星国に帰るとか、病気になって寝込んでいるなどということを、考えているのではない。そんなことはないだろうと思う。しかし、「心の中が、どう変わっているだろうか」ということは、ちょっと気になる。

 そのころ、ちょうど学校で休み時間になったツヨシくんは、校庭に遊びに行こうかと思っていた。

ツヨシくん:(トイレにも行っておこうかな…。)

 そんなことも思うツヨシくん。しかし、クラスメイトの御津田さんが、少し離れた机のそばに立って、話しているのに気付いた。相手は同じクラスメイトの女子。いすに座ったままだ。御津田さんというのは、ツヨシくんが小学校に入学して以来のクラスメイトの女の子。小さいときから、ドキッとするほど大人っぽいことを言うので、ツヨシくんも一目置いている。その御津田さんが、話している声を、聞くとはなしに聞いてみた。

御津田さん:うーん、なんていうかね…。そう、前を見なよ。起こっちゃったことは、もうしょうがないんだからさぁ。

他の友だち:そうだけどさぁ…。なんか割り切れないよ…。だって…、うちのインコ、みんな逃げてっちゃったんだよ?。

御津田さん:また戻ってくるかもしれないよ。前向きに考えなって。

他の友だち:うん…。そうなんだけど…。

御津田さん:後ろ見て、前を見ないで、ダメダメって思っていても、何も始まらないよ?。

他の友だち:うん…。

 ツヨシくんは、そんな何気ない会話を聞いて、はっとした。

ツヨシくん:そうか…。前か…。

 ツヨシくんは、グラウンドに駆け出して行くために、席を立った。そして通りすがり、御津田さんに声をかけた。

ツヨシくん:御津田さん、ありがと。

御津田さん:えっ!?。な、何?。

 御津田さんは、突然ツヨシくんがお礼を言うので、きょとんとして顔をあげた。もうツヨシくんは、教室のドアから外に出て行っていた。

御津田さん:ふ、藤吉…。なんだろな?。私なんかしたっけか?。

 ツヨシくんは、トイレに立ち寄り、そして校舎の階段を降りながら考えていた。

ツヨシくん:(前を見るか…。やっぱそうだよね。もうケースケ兄ちゃんは、オーストラリアに行っちゃったんだし、ぼくもコメットさん☆も、ネネだって…。前を見るしかないんだ。)

 ツヨシくんがいつも心に持っている、コメットさん☆への想い。それはまだつたないものだけれど、コメットさん☆の心を、今はもう揺り動かす力。つまり、「コメットさん☆を想うかがやき」。

ツヨシくん:(コメットさん☆は星使いかもしれないけど、やっぱり普通の人なんだ。落ち込んでいることもあるよね…。立ち直るには時間がかかるよね…。でも…、ぼくに出来ることは、いつもしてあげたいな…。まだ、ケースケ兄ちゃんの代わりには、なれないかもしれないけど…。)

 ツヨシくんは、そうけなげにも思うのだった。

 

 週末の日曜日、景太朗パパさんは、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆を連れて裏山に上がった。

景太朗パパさん:よーし。今日は…。

 景太朗パパさんは、裏山の畑近くまで上がると、高らかに言った。手にはカマとザルを持って。

ツヨシくん:今日は?。野菜の苗でも植えるの?。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんがクワやスコップを持っていないことを、不思議に思いながら尋ねた。

景太朗パパさん:いや、それはまだもう少し先になるね。

ネネちゃん:それじゃあ?…。

 ネネちゃんはあたりを見回した。枯れ草が残る畑には、今何も植わっていない。秋に収穫したサツマイモの畝が、崩れたようになって残っているだけだ。

コメットさん☆:草取りするんですか?。

景太朗パパさん:いやいや、それも今日はしない。今日はね、山菜を採ろう。

ツヨシくん:山菜?。

ネネちゃん:山菜って…、フキノトウとか?。

コメットさん☆:山菜…。おば…、あ、いや、あの、えーと、美穂さんのペンションに行くと、食事に出るものですよね。

沙也加ママさん:そうね。ネネとコメットさん☆当たり。フキノトウはこのあたりだと、もう終わっちゃったから、今食べられる山菜を採りましょ。

ツヨシくん:今食べられるのかぁ…。わからないや…。

ネネちゃん:名前はわからないな、私も。

コメットさん☆:うん…。ウドは…そうかな?。

景太朗パパさん:そうだね。山ウドって言うんだけど、ウドやタラノメ、とりあえずはそれを探そう。

沙也加ママさん:いいわね。

コメットさん☆:タラノメって何ですか?。

景太朗パパさん:タラノメは、タラノキって言う木の芽。芽のところを摘んで食べるのさ。

ネネちゃん:芽を取っちゃっていいの?。

景太朗パパさん:うん。芽を摘んでしまうと、枯れてしまう木や草は多いけど…、タラノキは大丈夫なんだよ。ただし、6月に入る前までは。

ネネちゃん:へえ…。なんで時期が決まっているのかな?。

景太朗パパさん:どうかな?。それはパパもわからないな。ツヨシ、調べてみるかい?。

ツヨシくん:うーん。どうしよう。難しそうだけど…。

景太朗パパさん:まあいいさ。それよりみんな、まず手袋をしよう。手が荒れるからね。それに…、ツヨシは革の手袋。

 コメットさん☆にネネちゃん、ツヨシくんは、前もって景太朗パパさんから、それぞれに手渡されていた手袋を手にはめた。

ツヨシくん:なんでぼくだけ、革の手袋なの?。

 革の手袋は大きくて、ツヨシくんの手にはちょっと合わない。

景太朗パパさん:ツヨシはパパと、タラノメ採りをするからさ。

ツヨシくん:ふぅん…。タラノメかぁ。

景太朗パパさん:タラノキは、トゲだらけなものが多いから、素手だとケガしてしまうよ。それで、ツヨシとパパで採ろうってことなのさ。

ツヨシくん:えー?、そうなの?。どんな木だろ?。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんの言葉に、全身トゲだらけの木から足がはえて、ツヨシくんを追いかけてくるイメージを頭に浮かべ、思わずにやっとした。

ネネちゃん:ツヨシくん、変な想像してるでしょ?。

ツヨシくん:えっ?、えへへ…。

 トゲ怪獣の木に追いかけられるところを思い浮かべ、にやにやしているツヨシくんに、ネネちゃんが言う。ツヨシくんは図星をさされて、また笑う。

沙也加ママさん:さ、コメットさん☆とネネは、摘み草したり、ノブキを採ったりしましょう。

 一方で沙也加ママさんは、手袋をはめたコメットさん☆とネネちゃんに語りかけた。

コメットさん☆:摘み草、摘み草…。

 コメットさん☆は、あたりを見回すようにして、どんな草を摘むのだろうと思った。

ネネちゃん:ヨモギのお菓子作れるかな?。

沙也加ママさん:ヨモギ団子?。作れるでしょ。ちょっと手がかかるかもしれないけど。

 ネネちゃんと沙也加ママさんは、ヨモギを摘むつもりらしい。

コメットさん☆:あ、私も作ろう。ネネちゃんいっしょにやろ。

ネネちゃん:うん。そうしよう、コメットさん☆。

コメットさん☆:それで…、ノブキってどれですか?、沙也加ママ。

 コメットさん☆が尋ねる。

沙也加ママさん:ノブキは、フキの自然にはえてるやつよ。売っているものより、ずっと小さいの。フキノトウが出たあと、葉っぱが出て、それを摘んで食べるととてもおいしいのよ。

コメットさん☆:へえ、そうなんだ…。

沙也加ママさん:最近はスーパーに売っていて、食べられるけれど、それよりは自然のもののほうがきっとおいしいと…思うけど…。

コメットさん☆:思うけど?。

 沙也加ママさんは急に、やや自信なさそうに言う。

沙也加ママさん:自然のものは、少し固くて苦いかも…。その時はよくあく抜きをしないとね。

コメットさん☆:あく抜きですか。

ネネちゃん:あんまり苦いのはイヤだな。

 自然のものをおいしく食べるのは、手間がかかることもあるものだ。

 そうしてみんな、畑の回りのやぶに入り、山菜取りを始めた。景太朗パパさんとツヨシくんは、ぽつりぽつりとある木を探して、タラノメを採り、半分日陰のようなところにある山ウドを掘る。一方沙也加ママさんとコメットさん☆、ネネちゃんは、ヨモギを摘んで、ノブキを刈り取る。持ってきたザルは、すぐに一杯になった。

 そしてふとコメットさん☆は、畑になっているところの片隅にある、時々語りかけてくれる桐の木を見上げた。桐の木は、何も言わずに立っている。しかしたくさんのつぼみをつけていて、もう少しするとあの薄紫色の花を美しく咲かせるだろうと思えた。

ツヨシくん:コメットさーん☆!。

 その時、ツヨシくんが大きな声で呼ぶ。そして遠くを指さす。

コメットさん☆:なぁに?、ツヨシくん。

ツヨシくん:海が見える。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの指さす方を見た。確かに山の木々の間、はるか向こうに、ちらりと光る海が見えた。

コメットさん☆:ほんとだ…。

 普段気が付かない、ちょっとした風景。そういうものを探す心の余裕を、しばらく失っていた気がするコメットさん☆は、少しの間、目を上げて遠くの海を見た。

 

景太朗パパさん:よーし、これだけあれば、いろいろに食べられるね。

沙也加ママさん:パパも手伝ってよ、料理作るの。

景太朗パパさん:もちろんさ。山菜は下準備に手がかかるからね。

 たくさん集まった山菜の数々。グラウンドシートを拡げて、その上に並べてみた。ちょっとした畑のある藤吉家の裏山。その回りでも、ちょっと探せばシート一杯の山菜が採れる。山を延々と歩きながら探すのよりは、種類が少ないけれど。

景太朗パパさん:どれ、じゃあみんな、上がろうか。ツヨシ、そっち持って。

ツヨシくん:はいよパパ。両手でね。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんといっしょに、拡げたシートの端を持ち、中身を落とさないように気を付けながら山を降りて行く。すぐ下の道に出ると、もう藤吉家の裏庭なのだが。コメットさん☆は、そんなツヨシくんと、景太朗パパさんの様子を見ながら、もう一度遠くの海を見た。そして思う。

コメットさん☆:(このところ、なんだかうつむいてばかりだったかな…。)

 藤吉家の裏庭を通って、ウッドデッキのところまで採れた山菜は運ばれた。沙也加ママさんは、キッチンからザルやボウルを取ってくる。コメットさん☆とネネちゃんは、外の水道を使って、道具を洗おうとした。

景太朗パパさん:あ、いいよそれは、二人とも。

 ちょうどカマや鋏を洗おうとしていたコメットさん☆とネネちゃんに、景太朗パパさんが声をかける。

コメットさん☆:え?。で…でも。

ネネちゃん:カマ汚れちゃったよ?。

景太朗パパさん:鋏とかの刃物は、錆びるからそのままにしておいて。洗うと油が抜けて、錆が進むから。あとで軽く研いで、油塗り直しておくから。

コメットさん☆:はい。じゃあネネちゃん、刃物はガレージにしまおう。

ネネちゃん:うん。そうしよう。

景太朗パパさん:どれ、ぼくはタラノメのはかまでも取るかな。

コメットさん☆:はかま?。

景太朗パパさん:芽の外に着いているカバーみたいなところ。冬の間芽を守っていた部分さ。そこは食べないから外して、中身の芽だけを食べるんだよ。

コメットさん☆:そうなんですか。

景太朗パパさん:包丁をちょっと使うからね。それに、天然のタラノメは、葉っぱのフシのところにトゲがはえているけど、あんまりトゲトゲだと、天ぷらにしても舌に刺さるといけないから、そういうのは少し削っておかないとね。ははは…。

 景太朗パパさんは、笑いながらもみんなが知らないことを、さらっと解説してくれる。

ネネちゃん:私も何か手伝おう。

コメットさん☆:私もそうしよう。道具しまったら、まず手を洗って…。

沙也加ママさん:あ、コメットさん☆。

 その時沙也加ママさんが、リビングの窓からコメットさん☆に声をかけた。

コメットさん☆:はーい。

 コメットさん☆も答える。

沙也加ママさん:ちょっとツヨシといっしょに、天ぷらの材料買ってきてくれないかしら。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆は、どうしたのだろうと思いながら、リビングの窓まで近づいた。

沙也加ママさん:えーとね、はいお金。天ぷらするには、卵がないわ…。それに…、山菜は野菜だから、少しエビも買ってきてね。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆にお金を手渡しながら言う。

コメットさん☆:あ、はい。そう言えば…、今朝変わった卵焼きが…。

沙也加ママさん:そう。それで足りなくなっちゃって…。うふふふ…。せっかくパパがおもしろ卵焼き焼いてくれたのにね。忘れていたわ。

コメットさん☆:あははっ…。

 コメットさん☆が少し笑ったそこへ、買い物用の袋を持ち、靴をはき直したツヨシくんが、玄関からやって来た。

ツヨシくん:さあコメットさん☆、行こうよ。

コメットさん☆:え?、あ、わ、私まだ着替えてないよ。ちょっと待ってて。

ツヨシくん:りょーかい。ゆっくりでいいよ…。

 ツヨシくんは、少し小さい声で言った。

沙也加ママさん:(まあ、ツヨシったら…。しょうがないわね…。)

 沙也加ママさんは、勝手に「ゆっくりでいい」なんて言うツヨシくんを、苦笑いしながら見て思う。

沙也加ママさん:あ、コメットさん☆、せっかくだから、帰ってきたらラバピョンちゃんを呼んでね。

 沙也加ママさんは、着替えに行こうとするコメットさん☆の背中に声をかけた。

コメットさん☆:はーい。

 コメットさん☆は、玄関前で振り返り、答えた。

ラバボー:ラバピョンも呼ぶのかボ?。うれしいボ。

 ラバボーが、コメットさん☆の腰の、ティンクルスターから顔を出す。

コメットさん☆:わあ、ラバボーったら。だって、多分今晩は天ぷらも作るよ。そうすれば…。

ラバボー:天丼!…だボ?。

コメットさん☆:うん。うふふふ…。

 きっとラバピョンの大好きな天丼にもなるだろうと、そういうことなのだ。

 

 だいぶ日が長くなった4月の鎌倉。まだ夕方という感じではないが、時計の針は3時を回っている。ツヨシくんとコメットさん☆は、稲村ヶ崎の駅に向かって歩く。

ツヨシくん:コメットさん☆は…、前を見てた。

 ツヨシくんはふいにそう言う。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆は、びっくりしてツヨシくんを見た。

ツヨシくん:コメットさん☆はさ、もっといつも前を見てた。

コメットさん☆:…そうかな…。

 コメットさん☆は、静かに答える。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんだって、プラネットのお兄ちゃんだって…。メテオさんも…。

コメットさん☆:…そう…だね。

ツヨシくん:前を見てないと、タラノキのトゲも刺さっちゃうよ。あんまり下見ているとさ…。

 ツヨシくんは、買い物袋を下げた手をブラブラさせながら、そんなことを言う。

コメットさん☆:うん…。そっか…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの言葉にどんな意味が含まれているのか理解して答える。そして、このところそんなふうにも思われていたのかと、少し心がうずく感じ。

コメットさん☆:…急にツヨシくん、大人っぽいこと言うね。

ツヨシくん:えーとね、実はクラスの御津田が言ってたことを少しアレンジして…。

コメットさん☆:なあんだ…。ふふふ…。みつださんってどんな子?。

ツヨシくん:御津田は、静かにいろんなこと言う女子。いつも男子言い負かされてるの。

コメットさん☆:あははっ…、そうなんだ。

ツヨシくん:でもね、なんていうかな、時々いいこと言うんだよ。それに、弱いものイジメなんてしない。

コメットさん☆:へえ。そうなの。御津田さんって、やさしいんだね。

ツヨシくん:そうかも。

 コメットさん☆は、ツヨシくんに「その子好きなの?」などとは聞かなかった。そんなことは、聞かなくたって、もう答えはわかっている。しかし、ツヨシくんの態度を見ていると、ツヨシくんも大人っぽくなったと思う。御津田さんという、クラスを引っ張る人がいても、それに流されるだけじゃないツヨシくんの、どこか落ち着いた態度は、小さい頃のそれではない。日々大人になりつつある、そう、例えて言えば、ケースケのようになりつつあるツヨシくんの姿なのだった。

 

ラバピョン:わあー、山菜とエビの天丼なのピョン!。いただきますピョン!。

 夕食前に、呼ばれてやって来たラバピョンが、うれしそうに言う。食卓には、山菜とエビの天ぷら、それにノブキの煮たもの、山ウドの酢味噌あえが並ぶ。

ラバボー:きっとおいしいボ!。ラバピョンいっしょにいただくボー。

 ラバボーは、にやけた声で答える。

ネネちゃん:ラバボーほとんど手伝ってないのに、もう。

景太朗パパさん:まあまあ。あははは…。

 景太朗パパさんは、そんなネネちゃんを少しなだめるかのように言う。

ツヨシくん:はあ、相変わらず、ラバボーとラバピョンはなかよしさんだねっ。

コメットさん☆:そうだね。ふふふ…。

沙也加ママさん:デザートには、ヨモギ団子もあるわよ。もっとも…、そこまで入らないか…。

ネネちゃん:そんなことないよ、きっと。甘いものは別でしょ、普通。ね、コメットさん☆?。

コメットさん☆:えっ?、そ、そうなのかな?。あはは…。

 ネネちゃんから言われ、困ったように笑うコメットさん☆。

 夕食時の藤吉家。楽しそうなラバピョンの声も、食卓にこだまするかのよう。しかし、裏山の恵みは、ただ食卓の上だけではなかったようである…。

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★第300話:心の星力−−(2007年4月下旬放送)

 桜はすっかり新緑になり、よく見れば、実っていない小さな実をつけている。葉の鮮やかな緑色は、春のほんわかした気候とともに、気分を明るくしてくれる。コメットさん☆は、珍しく鎌倉山から深沢へ向かう道を歩いていた。時々車が通るが、歩道があるので、そこを行く。鎌倉山から深沢までは、モノレールで一駅(*1)。しかし今日はあえて歩いていく。遠くの海の方からは、静かに南風が吹く。それで新緑の木々は揺れ、日が遮られているところでは、木漏れ日も揺れる。

コメットさん☆:いい季節だね、ラバボー。

 コメットさん☆は、腰に着けたティンクルスターの中にいるラバボーに語りかける。

ラバボー:春は暖かくていいボ。

コメットさん☆:うん。

ラバボー:姫さま、どこまで行くんだボ?。

コメットさん☆:深沢の、自然食品屋さんまでだよ。

 ツヨシくんとネネちゃんは、いつものように学校へ行っている。沙也加ママさんは「HONNO KIMOCHI YA」へ。景太朗パパさんは、頼まれたリフォームの設計のために、隣の逗子市まで建物を見に行っている。コメットさん☆は、沙也加ママさんのお使いなのだ。

ラバボー:何でそんな遠くまで、歩いて行くんだボ?。

コメットさん☆:うーん、それは…、星のトンネルは通じてないし…。それに季節がいいから、歩いていこうかなって。

ラバボー:そうなのかボ。

コメットさん☆:沙也加ママさんが、そろそろ自然食屋さんに、タケノコの水煮が出てないか見てきてって。

ラバボー:…ということは、今夜はタケノコ?。

コメットさん☆:うふっ。そうかもね。

ラバボー:それはおいしそうだボ。

コメットさん☆:ラバボーったら、すっかり地球の食事が好きになったんだね。

ラバボー:そっ…、それはー…。

コメットさん☆:ふふふ…。

 コメットさん☆は微笑むと、少し目線を上げた。そばの桁を、モノレールが低い音を立てながら、速度を上げて走り過ぎる。銀色の車体がぎらりと輝く。

 しばらく行くと、コメットさん☆は、道ばたで二人のおばさんが、話し込んでいるのを見つけた。声高に話すその声は、別に聞き耳を立てているわけではないコメットさん☆の耳にも入る。

おばさんA:…それがね、最近鎌倉山の桜、調子悪いんですって。

おばさんB:あらほんと!?。名物なのにねぇ。

おばさんA:なんでも、宅地開発がいけないらしいわよ。

おばさんB:そんなこと言っても、昔から開発はしていたじゃない?。

おばさんA:それが、最近たくさん家建てているじゃないの。そのために山を切り開くでしょ。ほら、あのなんて言うの?。大きなシャベルみたいなのでガーって。あれがいけないんですって。

おばさんB:ああ、ショベルカー?。

おばさんA:あ、それそれ。ああいう機械で一気にやるでしょ。それがいけないんですって。

おばさんB:へえー、そうなの。困ったわねぇ。

 どうやら桜の話らしい。コメットさん☆は、家を出て、桜並木の下をずっと歩いてきたのだが、その並木のことだろうか?と、思って立ち止まった。そして振り返ると、おばさんたちに尋ねてみた。

コメットさん☆:あの…、すみません、それって、この道の桜並木のことですか?。

おばさんA:そう、そう。そうなのよ。あなた、この近くに住んでる方?。

コメットさん☆:あ、はい…。

おばさんA:その上のところで、宅地作って、業者が売っているでしょ?。ああやって、どんどん開発しちゃうから、桜が弱っちゃうんですって。

 おばさんは、藤吉家のある方の、さらに後ろ側を指さしながら言う。

コメットさん☆:そうなんですか?。どうして弱るんだろ…。

おばさんB:もとは誰から聞いた話?。

おばさんA:知らないけど…、テレビでどこかの大学の先生が言っていたわ。鎌倉山の桜の木は、最近の大規模な開発で弱ってます、って。

コメットさん☆:大規模な開発…、ですか。

おばさんB:いやよねー、最近は自然がどんどん無くなって。

おばさんA:そうよねー。

コメットさん☆:あ、すみませんでした。どうもありがとうございます。

おばさんA:いーえ。あなたも近くの方で、もし庭に木があるなら、気を付けた方がいいわよ。

コメットさん☆:は、はい…。

 コメットさん☆は、そう言われると、急に心配になった。裏庭のヤマザクラや、桐の木は大丈夫だろうかと。

 やがてモノレール湘南深沢駅の北東側にある、自然食品屋さんに着いたコメットさん☆は、店頭に出されていたタケノコの水煮を買った。ここのは、その日の朝収穫されたものを、すぐにゆでてあるので、とてもおいしいと沙也加ママさんから聞いてきた。そういえば、今がタケノコの旬。鎌倉駅近くの市場にも、毎朝のようにタケノコが売られている。何度かそれを買って、少し付いている泥を落とし、皮をむいてからおおざっぱに切ってゆで、料理を作ったこともあるけれど、朝収穫されたものをすぐにゆでてあるというのは、新鮮さを閉じこめてあるようだし、簡単でよさそうに思える。

 水煮のタケノコを、ポリ袋と布の袋に入れてもらい、それを片手に持って、コメットさん☆はもと来た道を戻るように歩く。4月も下旬になると、いろいろな花が咲き出す。若葉がしげってくるのは、桜ばかりではない。薄いグリーンの若葉がすがすがしい柿の木の脇を、ハゴロモジャスミンの香りが漂う家の脇を、サクラソウや芝桜のプランターを玄関脇に出した家の前を抜けて、家に向かう。そして家に帰ると、景太朗パパさんが、仕事から戻ってきていた。

景太朗パパさん:あ、コメットさん☆おかえり。あったかい?、タケノコは。

 玄関からリビングに入ると、いすに座って書類を見直していた景太朗パパさんが、振り返って尋ねる。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ…。ただいまです。ありましたよ、タケノコ。少し多めに…、買っちゃいました。

景太朗パパさん:あははは…。そうかぁ。いいね、タケノコ。うちもさすがに竹林はないからなぁ。

コメットさん☆:竹って、植木みたいに売っているものなんですか?。

景太朗パパさん:うーん、そうだねぇ…、売ってはいるよ。最近は玄関脇なんかに、何本か竹がはえてるなんていう家も、結構あるからね。…でも、竹林が出来るほどに植えたっていうのは、聞かないなぁ…。むしろ、元からある竹林が、どんどん広がって、となりの家の庭に侵入しちゃって困っている、なんて話も聞くね。

コメットさん☆:え?、そうですか。

景太朗パパさん:ひたすら出てくるタケノコを、食べてるわけにも行かないからね。

コメットさん☆:うふふ…。そうですね。毎日毎食タケノコだと、ちょっと飽きるかな…。

景太朗パパさん:もっとも、そんな竹をお箸にしようとか、花生けにしてみるとか、材木の代わりに使えないかとか、いろいろ研究したり、実際に使われたりはしているようだけどね。

コメットさん☆:へえー。あ…、沙也加ママのお店に…、竹細工ありますね。少しだけど…。

景太朗パパさん:そうかぁ。

コメットさん☆:あ、そうだ…。景太朗パパは、鎌倉山の桜並木が、開発のためで弱っているって話、知っていますか?。

 コメットさん☆は、ふと思い出して尋ねた。

景太朗パパさん:あー、知っているよ。テレビでやっていたね。実はあれ、僕らも困っているのさ。

コメットさん☆:景太朗パパも?。

景太朗パパさん:ほかに誰か困っている人いた?。

コメットさん☆:あ、いえ…。さっき通りかかった道で、そんな話しているおばさんが…。

景太朗パパさん:そうか。モノレール鎌倉山駅近くの、「桜を守る会」会員のぼくとしては、聞き逃すわけにもいかないね。

コメットさん☆:あ、そっか…。景太朗パパは、桜を守る会の会員でしたよね。それでモノレール鎌倉山駅の、駅前の桜が倒れたとき、うちに引き取った…。

景太朗パパさん:そうそう。あったよねぇ、そんなこと。あの時から、うちでお花見出来るようになったんだけどね。

 景太朗パパさんは、そう言うとにこっと笑った。コメットさん☆も、微笑みを返す。しかし、景太朗パパさんは、真面目な表情になって続けた。

景太朗パパさん:詳しい調査をしたわけじゃないんだけど、開発で山を切り崩したりするだろ?。そうすると「水脈が絶たれるから、桜を始めとする立木が弱る」って言う人がいるんだ。

コメットさん☆:すいみゃく?。

景太朗パパさん:なんて言うかな…、そうだね…。地下を通る水の流れ。地下水がごうごう流れているってわけじゃないんだけど、地面の下に水を通しやすい層があって、そこを水が移動していくというような感じかな。

コメットさん☆:へえー、そんなことが?。

景太朗パパさん:うん。例えば…、夏の暑いとき、かんかん照りで地面が乾いていても、木は簡単に枯れないでしょ?。あれは、地面の下の方にある水を、長い根っこで吸い上げているわけだよ。つまり地面のずっと下には、上から見えない水の層があって、そこのところを、ゆるい坂の水路みたいに、じわじわ水が流れている。それが無秩序に山を切り崩したりすることで、断ち切られてしまう。そうするとその水に頼っていた木が枯れてしまうかもしれない、と、そう言うことなんだろうね。

コメットさん☆:そうなんだ…。じゃあ、山を切り崩して整地すると、その下の方にある並木が枯れたりするって考えられるんでしょうか?。

景太朗パパさん:まあ、関係ないとは言い切れないだろうね。ぼくは建築設計をするほうだから、宅地にしないで下さいとは、仕事としては言えないけれど、自然と共存するっていうのは、なかなか難しいということだね…。

 景太朗パパさんは、少し困ったような顔をして言う。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆も黙って聞く。

景太朗パパさん:タケノコや山菜が食べられるっていうのは、自然の恵み。玄関先に竹をちょこっと植えたいっていう人は、やっぱり自然の雰囲気を感じていたいという希望の現れ。人は自然を残したいとは思っている。でも、一方で例えば鎌倉山に住もうとすれば、木を切り、山を切り崩して、宅地を造成しないと人は住めない…。両方を立てるのはなかなか難しい…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの厳しい表情に、静かに頷いた。

 

メテオさん:なんか調子良くないのよ!、うちのバラ。今年は!。

コメットさん☆:そうなの?。

 コメットさん☆は、午後になったので、「HONNO KIMOCHI YA」に出かけた。行ってみると、どういうわけかメテオさんが来て、レジに立つ沙也加ママさんと話をしていた。いつもはコメットさん☆が座る高いすを、メテオさんに譲って、コメットさん☆は立ったままメテオさんの会話を引き取る。

沙也加ママさん:どんなふうに良くないの?。

メテオさん:なんかこう、元気ないっていうか…。病気になりやすかったりするんですわ。

沙也加ママさん:気候のせいかしら?。つぼみ出ているでしょ?。

メテオさん:出てますわ。出てはいるけど、花の数少なそうだし。

コメットさん☆:また水脈かな?、ラバボー。

ラバボー:メテオさまの家は高台の上だボ?。水は低いところに流れるから…。

 コメットさん☆は、レジ脇に立ったまま、腰のティンクルスターにいるラバボーに声をかけた。

メテオさん:何よ、その「すいみゃく」って。

 メテオさんは、身を乗り出して聞く。

コメットさん☆:か、関係ないかもしれないけど、地下を通る水の層だって、景太朗パパが…。

メテオさん:地下を通る水の層?。そんなのがあるの?。

沙也加ママさん:あるんだって、うちの藤吉は言っていたわね。桜並木にも影響するって。

コメットさん☆:あ、その話、さっきまで景太朗パパとしていました。

沙也加ママさん:あらそう?、やっぱりね。回覧板が回って来ていたわよ。

メテオさん:コメット、それって地下を通る水の層があって、桜並木はそれをあてにして花咲かせているってこと?。だとすれば…、うちのバラにも関係があるのかしら?。井戸なら、裏庭にポンプでがしゃがしゃ汲み上げるのがあるけど。

沙也加ママさん:うーん、井戸はもっと深いところの水を汲み上げるもので…。バラは、そんなに深く根を張らないでしょ?。なんだか宅地開発やそれに関係する工事で、地下水の流れが変わってしまって、根を張っている桜が枯れそうになっているとか、そんな話らしいわよ。

コメットさん☆:景太朗パパが、自然と開発を両立させるのは難しいって…。

メテオさん:ふーん…。はぁ…、留子お母様も、幸治郎お父様も楽しみにしているのに…。私も…。

 メテオさんは、うなだれたように、ぼそっとそんなことを言う。もうすっかり娘になったような気分なのだ。そしていつしかバラは、自分が管理することになっている。もっとも、イマシュンに「バラ、きれいだね」なんて言われたものだから、その気になったというのも本音だけれども。

沙也加ママさん:メテオさんのおうちのバラが調子悪いのは、地下の水の層とあんまり関係ないんじゃない?。それよりもこのところ、雨が続いたりしたせいよ、きっと。

 沙也加ママさんが言うように、春の天気は不安定で、あまり晴れの日が続いたりはしないのだった。肌寒い日があるかと思えば、暑いような日もあり、強い日差しで洗濯物がすぐ乾く日があるかと思えば、雨ばかりがしとしとと降る日が何日か続いたりもする。

 コメットさん☆とメテオさん、それに沙也加ママさんがそんな話をしている頃、藤吉家には、ツヨシくんが学校から帰ってきていた。ネネちゃんは当番があって、少し遅くなると言う。景太朗パパさんは、そんなツヨシくんの言葉を聞きながら、おやつを食べるツヨシくんと、いっしょにコーヒーを飲んでいた。

景太朗パパさん:ツヨシ、今日はタケノコごはんだぞ、たぶん。

ツヨシくん:え?、ホント!?。やったぁ。

景太朗パパさん:コメットさん☆が、タケノコ買ってきてた。だから、裏山に行って、サンショの芽を摘んでこよう。

ツヨシくん:サンショ…、あの舌がしびれるやつだね。

景太朗パパさん:そうそう。あれはいい香りだぞ。それに、たくさんあれば、タケノコの木の芽あえも出来るぞ。

ツヨシくん:いいね。おいしそう…。

 ツヨシくんはそう言って、にやっと笑った。よだれが垂れそうな、しまらない顔で。

景太朗パパさん:ところで…、ツヨシ。

ツヨシくん:なに?。

 すぐにでも裏山に向かおうと、立ち上がりかけたツヨシくんに、景太朗パパさんはまじめな顔で言った。

景太朗パパさん:このところコメットさん☆の様子は、ツヨシから見てどうだ?。

ツヨシくん:コメットさん☆の様子って、元気があるかっていうこと?。

景太朗パパさん:ああ。まあ、そういうことかな?。

ツヨシくん:うーん、だいたいは元気になったと思うけど…。海を見ていることが多いかなぁ…。でも、ぼく昼間は学校に行っているから、その間はわからないよ。

 ツヨシくんは、困ったような顔になって答えた。

景太朗パパさん:うむ…、まあそうだよなぁ…。それで…、ツヨシはこの先どうしようと思ってる?。

ツヨシくん:この先って?。

 ツヨシくんは、なんで突然そんなことを聞くのだろうと思った。

景太朗パパさん:この先…、つまり未来のことさ。将来こうなりたいとか…、そういう希望は、ツヨシにとってどんなものかなと思ってさ。

ツヨシくん:あー、そういうことかぁ、パパ。

 ツヨシくんはそう答えてみたが、まだはっきりどういうことを答えるべきなのか、わからないでいた。

景太朗パパさん:ツヨシは再来年中学生になるだろ?。何かやりたい希望があるのなら、中学校を選ばないとならないかも。やりたいことを目指してしっかり勉強しないとな。だから、そろそろやりたいことがどんなことか、大まかには考えておかないと…。今すぐってわけじゃないけど、ツヨシの未来の夢、つまりそれは、何になりたいか、ということなんだけど…、それは何かなって思ってさ。その目標によって、それなりの準備が必要ってことさ。

ツヨシくん:そ、そういうことかぁ…。それなら…。ぼく…。

 ツヨシくんは、急に恥ずかしそうな顔になる。

ツヨシくん:あのさ…、コメットさん☆の星国では、コメットさん☆が持って行った桜がうまく咲かないんだって。

景太朗パパさん:ほう。

 景太朗パパさんは、それがツヨシくんの将来なりたいものと、どういう関係があるのだろう?と、唐突な言い方なので疑問に思った。

ツヨシくん:コメットさん☆がいいって、言ってくれるなら、その桜、毎年咲かせてみたい。だから…、なんて言うの?、あの、植物学者になりたいかなって…。花とか咲くのって、どうして咲くのかとか興味あるから…。

景太朗パパさん:なるほど。ふふふ…。そういうことか…。

ツヨシくん:だ…、ダメかな?。

 ツヨシくんは、珍しく少しばかり景太朗パパさんの顔を、うかがうように見た。

景太朗パパさん:いや、ぜんぜんダメなことなんてないさ。立派な夢じゃないか。いいと思うよ。

ツヨシくん:コメットさん☆と見た、星国の自然って、とてもきれいで、そこらじゅうに花が咲いていたりする。でも、地球から持って行った桜は、なかなかうまく咲かないって、星国の学者ビトさんに、少し話聞けたよ。でもさ、本当は、地球の花を星国に持って行くのって、よくないことかもしれないよね。最近テレビや新聞なんかにも書いてあるじゃない。ペットで買った動物が、逃げ出しちゃったりして、元からいた動物がいなくなっちゃうみたいなの。

景太朗パパさん:ツヨシ…。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんの言葉に少々びっくりしていた。

ツヨシくん:でも、人間が一生懸命研究すれば、きっとそういう難しい問題も、解決できるんじゃないかな?。

景太朗パパさん:ああ、確かにそのはずだね。そうしなければいけないよ。自然の力を、人間はずいぶんコントロールしたつもりになってきたけど、本当は自然の中に人間が共存できるようでないと…。

ツヨシくん:うん。なんかさ、ケースケ兄ちゃんは、海のことを研究するところに行ったんでしょ。だったら、ぼくは陸地の植物のこと研究する学者なんて、いいかなって思う。

景太朗パパさん:いいね。それはいい。

 景太朗パパさんは、満足げに言う。

ツヨシくん:星国の学者ビトさんたちは、かっこよかった。

景太朗パパさん:へえ、ふふふ…。そうか。

 景太朗パパさんは、予想よりずっと真剣に、未来のことを考えていたツヨシくんを頼もしく思いながら、さっと心の中で考えていた。

景太朗パパさん:(藤沢市の湘南学院大学に、植物生態学の研究室があったな…。湘南学院なら、中学部の推薦入試があるだろう…。知っている先生もいるし…。ママと相談してみるか…。)

 早くもそんなことまで考える。しかし、景太朗パパさんはなおも問うのであった。

景太朗パパさん:それでツヨシは、コメットさん☆のこと、おヨメさんにしたいのか?。

 景太朗パパさんは、立ち上がりながらさりげなく聞く。

ツヨシくん:えっ?、…うん。絶対におヨメさんにしたい…。

景太朗パパさん:ふふふ…。ツヨシは望みがはっきりしていていいな。よし。コメットさん☆がいいって言ってくれるかどうかわからないけど、とりあえずは嫌がることをしないようにな。それと…、辛そうだったら助けてあげな。あんまりしつこいと嫌われるぞ。あははは…。だから、ほどほど。な?。わかるだろ?。

ツヨシくん:うん…。えへへっ。

 ツヨシくんは、照れたように笑う。

景太朗パパさん:ツヨシには、まるで星力があるような感じだな。

ツヨシくん:えっ?。

景太朗パパさん:心の星力さ。心のね。

ツヨシくん:心の…星力…かぁ。

 ツヨシくんは、ふと立ち止まったように考える。それはなんだろうかと。恋力とは違うのだろうかとも。

景太朗パパさん:さて、じゃあサンショ摘みに行こうか、ツヨシ。

 景太朗パパさんは、そんなツヨシくんの思考を断ち切るように言う。あまり今から深く考えるのも…、と思ってのこと。

ツヨシくん:あ、はーい。行こう行こう、パパ。道具は?。

景太朗パパさん:小さい鋏があればいいから、いいよ、ガレージのところから持って行く。それにだいたいは手で摘めるさ。まずはスニーカーでも履いて行こう。

ツヨシくん:りょーかいっ!。

 ツヨシくんも明るく答える。いすから跳ねるように立ち上がると、景太朗パパさんについて、玄関に向かった。

 星力とは、星々が持つ力を、星ビトが借りて働く力のこと。地球人にそれは無いように見える。しかし、心の中で「思い」、「想う」力は、もう「心の星力」として、今も働いているのかもしれない…。

*1:モノレールには、「鎌倉山」という駅は実在しません。
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★第302話:桐の木と春の雨−−(2007年5月上旬放送)

 春の日差しは、日に日に強くなっていき、4月も下旬になると、つぼみをつけていた裏山の桐の木は、美しい紫色の花を咲かせる。その姿は、コメットさん☆の心をまた和ませる。桐の木は、コメットさん☆の未来に関することを、何か知っている様子で、今まで時にコメットさん☆と言葉を交わしてきた。しかし、ここ久しく、桐の木が語りかけることも、コメットさん☆が語りかけることもなかったのだ。

 ツヨシくんは、このゴールデンウイークに、初めて本格的な植物図鑑を自分専用に買ってもらい、ちょっとご自慢なのだった。庭にはえるありふれた草を、いちいち調べて、ひとり感心したりするのだが、そんな時に、ふと考えることがある。スピカさんとコメットさん☆は、この先どう関わっていくだろうかということを。もちろん、スピカさんがコメットさん☆の叔母さんであることは、よく知っている。それに、地球人と結婚して、みどりちゃんという子どもがいることも。しかし、どうしてそういうことになったのか、ということを、ツヨシくんは最近意識するようになった。

 

 春の天気は不安定で、「五月晴れ」などというのは、実のところそれほど何日も続くわけではない。今日は雨が降っている。春の雨だ。コメットさん☆は、朝食がすむと、ピンク色の傘を差して、裏山の桐の木を見に行った。雨に煙るような天気の中、高い空を見上げながら裏山へ歩く。それほど激しい雨ではなく、ぱらぱらと降る程度である。藤吉家の裏口を出ると、もうすぐ裏山だが、いつもみんなで野菜を育てる畑を見下ろすように、桐の木はそびえ立つ。花が咲く木は、何も桜ばかりではない。細いラッパのような薄紫色の花が、房をなすように少し下を向いて咲く桐の花の変化を、コメットさん☆はこのところ毎日眺めていた。

 泥をはねかせないように気を付けながら、その桐の木の下まで来たコメットさん☆は、傘を上げててっぺんを見た。美しく咲いていた桐の花は、雨に当たって、一つ、また一つと落ちていく。そんな様子をじっと見ているコメットさん☆の心は、微妙にうごめく。

コメットさん☆:(もうずいぶん落ちちゃったね…。)

 コメットさん☆は、心の中でつぶやいた。そして、あたりにたくさん落ちている、桐の花を手のひらに拾ってみる。少し古いものは、もう薄茶色く変色してしまっているが、さっき落ちたばかりのものは、まだ木の上にあるものとまったく変わらない。コメットさん☆は、木の上で咲いている花と、こうして落ちてくる花と、どう違うのだろうかと考える。いつしか花を拾い集めるうちに、手のひらはいっぱいになってしまった。傘は肩にかけ、傘の握り手を腕に通し、両手のひらで花を持つ。そのまままた、コメットさん☆は桐の木を見上げた。その顔は、少し寂しそうだ。何となく目が潤んできてしまう。

コメットさん☆:(もう…、ケースケのことは、区切りをつけたつもりなのに…。)

 コメットさん☆はそう思うのだが、やっぱり涙もろくはなっている。時に思い出し、どこか吹っ切れないのは、人の心がいつも一定ではないから…。ところが、つい涙がこぼれそうになったと、コメットさん☆が思ったとき、突然手のひらいっぱいに持った桐の花たちが、赤紫色に光り始めた。

コメットさん☆:あっ!。

 コメットさん☆は、自分の手のひらを、思わず見つめた。すると頭の上から声がする。

桐の木:…また来年、来年も私はここで花を咲かせます。だから、あなたもそれを見に来て下さい。星の国の王女…。

 それは目の前にそびえ立つ桐の木の、久しぶりに聞く声。コメットさん☆はびっくりして、傘ごと上を見上げた。そしてそっと答える。

コメットさん☆:はい…。そう…するね…。

 その答えは、「きっと来年の今頃も、ちゃんとここにいるんだろうな」という、コメットさん☆の思いでもあった。

桐の木:季節は巡って、一年が経っても、また必ず同じ季節は巡ってきます。そしてあなたも…。少し大人に近づいた以外、変わらないでいるでしょう?。

 桐の木は意外なことを聞く。コメットさん☆は、少しうろたえながら静かに答える。

コメットさん☆:…うん。…きっと。…そっか、私…、私…。

 コメットさん☆は、来年もここにいて、メテオさんやプラネット王子、ツヨシくんを始めとして、藤吉家のみんなとともに、大人への道を歩いているんだろうと思った。そしてそれは、今とほとんど変わらない時が待っているという、未来の予言。そこにはつまり、ケースケの影は無いということ…。

 コメットさん☆は、潤んだ目のまま、拾い集めた花を、黙っていすの片隅に寄せて置いた。畑で一休みできるようにと、景太朗パパさんが作った二人がけのベンチのようないす。雨はそのいすをも濡らすが、花たちを再び地面へ放り出す気には、どうしてもなれなかったから…。そして傘を少し前に倒すと、桐の木に背を向け、家に向かって歩き出した。桐の木はもう、何も語らない。コメットさん☆もひとり、少しぬかるんだ道を降り、裏口から庭に入り、玄関へと向かうのだった。

 

 夜になって雨は上がった。藤吉家のリビングはなんだか騒ぎになっていた。

プラネット王子:なんでその…、桐の花の造花を、紙で作るなんてことになっているんだ?。

コメットさん☆:えへへ…。きれいかなって思って。

ミラさん:なかなか…こう…、和紙って、普通の折り紙のようには折れないんですね…。

プラネット王子:カロンはどうだ?。

カロン:案外難しいですね…。紙にしわをつけようとしているんですけど…。

 プラネット王子が、景太朗パパさんと将棋を指そうと、ミラとカロンを連れてきたのだが、沙也加ママさんとコメットさん☆が、桐の花をペーパークラフトで作れないか、ちょうど挑戦していたものだから、みんなで作ることになってしまったのだ。

ツヨシくん:パパ、どこから持ってきたの?、この紙。

ネネちゃん:製図に使うんじゃないの?。

景太朗パパさん:いや、パパが持ってきたんじゃないよ。製図にこういう和紙は使わないよ。それに…、この紙は、もっとしっかりしているね。

沙也加ママさん:これは、普通のペーパークラフト用の和紙なんだけど、普通の折り紙よりは固いかもね。出来上がったら、ずっとその形を保ってないと困るからね。

ツヨシくん:そうか…。なかなかくせがつけられないのは、それでかなぁ?。

景太朗パパさん:みんな紙の目に直角に曲げようとしてないかな?。

ネネちゃん:紙の目?。それって何?、パパ。

景太朗パパさん:紙は木の繊維をうんと細かくして、平らにのばしたもの。「目」と呼ばれる、繊維の方向があるものなのさ。

コメットさん☆:繊維の方向…。ざらざらしているけど…。

 コメットさん☆は、手に持った紙をじっと見た。しかし見ただけではよくわからない。

景太朗パパさん:どれ、紙の切れ端はないかな?。

コメットさん☆:あ、じゃあこれなんかどう…かな?。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの言葉に、手近な紙の切れ端を手渡した。1辺が5センチほどの切れ端だ。

景太朗パパさん:ああ。これでいいね。いいかいみんな、ちょっと見て。これをこうやって縦に折ってみる。

 景太朗パパさんは、手に持った紙の切れ端を半分に折って見せた。

景太朗パパさん:もしすっと折れたら、今度は横に折ってみて。

 その場のみんなが、景太朗パパさんの手を見ながら、リビングの机に広がった和紙の切れ端を探して手に取り、同じように折り曲げてみる。

景太朗パパさん:どうだい?。折れやすい方向と、少し力を入れないと折りにくい方向があるはずなんだけど。

ツヨシくん:あ…、なんとなく…そうかも?。こっちかな?。

ネネちゃん:そう?。よくわからない…。

コメットさん☆:えーと、こっち向きかな?。

プラネット王子:確かに、この短冊みたいな切れ端だと…、うん、縦のほうが曲げやすいような…。

ミラ:そうですね…。あ、それに…。

カロン:姉さん、紙に薄い模様が…。

 カロンが紙を斜めから透かして見て言う。

景太朗パパさん:うん。ミラさんと、カロンくんは気付いたかな?。これはクラフト用の和紙だから、よく見ると全体に細かいシワのような模様があるよね。その向きが一つの方向に向いているだろう?。

ミラ:本当ですね。

 ミラが答える。次いでプラネット王子も。

プラネット王子:あ、本当だ。

ツヨシくん:どっち?。ああー、縦向きかな?。

 ツヨシくんは、短冊形の紙を、回すように持ってみて言う。

ネネちゃん:ツヨシくん、持つ向きで変わるよ?。この紙だと、こう持って…、よく見ると、縦に細かいすじがたくさんあるよ。

 ネネちゃんの答えに、コメットさん☆も紙を少し傾けて見てみる。

コメットさん☆:うん。見えるね。

カロン:その向きと平行には曲げやすいですけど、直角や斜めには曲げにくい感じですよね。

景太朗パパさん:そうだね。カロンくん正解さ。

ネネちゃん:そうすると…、桐の花はぁ、花瓶みたいな長細い形だから、長い方向に紙の目を向けないと、うまく行かないってことかなぁ?。

景太朗パパさん:そういうことだね、ネネ。つまり、桐の花もそうだけど、茎のところなんかも、紙の目と平行に折ったり、巻いたりするほうが加工しやすいということだね。

プラネット王子:おおー、なるほど。知らなかったなぁ…。

コメットさん☆:わ、私も…。

ツヨシくん:みんな知らなかったよね。

ネネちゃん:…みんな、紙の向きあっちこっちに変えないと。

ミラ:そうですね、ふふふふ…。

コメットさん☆:あはははっ…。まだ始めたばかりでよかった。

カロン:紙1枚でも、いろいろなことが勉強できますね…。

 カロンがつぶやくように言った。その言葉に、景太朗パパさんが、にこっと笑った。

プラネット王子:それで…、桐ってどんな花だったっけ?。細かいところがわからないな。

 プラネット王子が、少し恥ずかしそうに言う。

ミラ:写真ありますか?、コメットさま。

コメットさん☆:はい、これ。わかるかな…、これで。

 コメットさん☆は、自分で写した写真を差し出した。

ツヨシくん:もう少し、花のもとのところが見たいな…。あ、…そうだ。ちょっと待ってて。

ネネちゃん:ツヨシくん?。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の写真を見たが、思い出したようにリビングの2つ隣にある自分の部屋に行ってしまった。その背中を目で追って声をかけたネネちゃんは、もう一度前に向き直り、テーブルに散らばる和紙を手にして、コメットさん☆の写真をのぞき込んだ。

コメットさん☆:うーん、えーと、花のついているところが、写真じゃよくわからない…。

 コメットさん☆が自分でそんなことを言っていると、ツヨシくんが自慢の図鑑を持って来た。まだ小学生には、ちょっと重そうな本格的な図鑑。

ツヨシくん:持ってきたよー、図鑑。これに載っていると思う。

プラネット王子:おっ、大きい図鑑だなぁ。それどうしたの?。

ツヨシくん:パパとママに買ってもらったんだよ。

ミラ:わあ、とても大きい本ですね!。

ツヨシくん:重いよ、えへへ…。えーと、キリ…だよね。キリはと…。うしろの索引で調べよう。えーと…、669ページ。

カロン:ずいぶん分厚い本だ…。

 カロンが驚いたように言う。その手は、茎になる部分を、よって作りながら。

ツヨシくん:キリは、ノウゼンカズラ科キリ属だね。

ネネちゃん:それって、ペーパークラフトに関係ないじゃん。

ツヨシくん:そ、そうだけどさぁ…。

 ツヨシくんは、ちょっと不満そうな顔をした。景太朗パパさんと沙也加ママさんは、そんなツヨシくんとネネちゃんの様子を、少し離れたところから見て、にやにやしている。

コメットさん☆:へえ…、花は少し下に向くんだね。

 ツヨシくんとネネちゃんの会話を継ぐように、コメットさん☆が図鑑をのぞき込んで言う。

プラネット王子:なんか…、この図鑑を見ると、いきなり無理な気がするなぁ、キリの花をペーパークラフトで作るなんて。

カロン:そうですね…。このつぼみから花の枝が出て、その先下向きに花が咲いてますよ。これは難しそうだなぁ。

 カロンは、図鑑とコメットさん☆の写真、両方を指でなぞるように指して言う。

ミラ:でも…、一輪ずつ作って根本をまとめてはどうでしょう?。

 ミラの言葉に、沙也加ママさんが助け船を出す。

沙也加ママさん:別に本物そっくりに作らなくてもいいんじゃない?。模型を作るわけじゃないんだし…。キリの特徴をとらえていれば。

コメットさん☆:じゃあ…、花のところだけ作るのでも…。

沙也加ママさん:そうそう。アートって、対象物の形をまるごと写すばかりじゃないもの。

プラネット王子:そうか…。そうですよねぇ。なんかオレたちは、芸術の道を外れるようなことをしようとしてたようだぞ。

景太朗パパさん:あはははは…。うまいこと言うなぁ、プラネットくんは。

ミラ:そうですね…。うふふふ…。

 ミラは、微笑んで言う。

ツヨシくん:むむむ…、話が意外な方向に…。

 ツヨシくんがそんなことを言う一方で…。

ネネちゃん:まあしょうがないじゃない。

 ネネちゃんが引き取って言う。

 

 しばらくして、ツヨシくんとプラネット王子は、何本か作ったところで、リビングの外、ウッドデッキに置かれたいすに座っていた。二人とも、花房をまるごと作ろうとして、時間がかかりすぎるとわかったからだ。

プラネット王子:いやあ、オレたち、あえなくやられたってところだな…。あははは…。あんなに手間がかかるとは…。

ツヨシくん:うん。ぼくも4つ作ったら、手が痛くなっちゃった…。

プラネット王子:面白いけど、休み休みやらないと、ちょっときついな。

ツヨシくん:うん。

 プラネット王子はいすから立ち上がり、かつてケースケがそうしていたのと同じように、ウッドデッキの手すりに肘をかけて言う。ツヨシくんはいすに座ったまま答える。そしてツヨシくんは、ふと例によって、コメットさん☆とスピカさんのことを考えていた。

ツヨシくん:(コメットさん☆は、スピカさんのように地球に住み続けるんだろうか…。)

 まだそんなことを考えるには、かなり早いはずなのに。

ツヨシくん:プラネットのお兄ちゃん、あのさ…。

プラネット王子:うん?。なんだい?。

 ツヨシくんは、ついプラネット王子に語りかけた。プラネット王子も、振り返って答える。

ツヨシくん:あのね、コメットさん☆には叔母さんがいて、その人は地球に住んでいるんだよ。知っているでしょ?。

プラネット王子:ああ…。知っているよ、一応。なんだか、地球の人と結婚したんだろ?。

 プラネット王子は、突然どうしたのかと思いながら答える。

ツヨシくん:そうだよ。星国に一度帰ったんだけど、地球の恋人が忘れられなくて、星国からもう一度地球に来て、もう地球人になっちゃったの。

プラネット王子:うん。その話は当時、いろいろ星国でも議論になったとか聞いたな。タンバリン星国では、無責任だとか言うやつもいたらしい…。

ツヨシくん:そ、そうなの?…。

 ツヨシくんは、プラネット王子の話に、少し緊張した。しかし、話を続ける。

ツヨシくん:あのさ、プラネット兄ちゃんはどう思う?。コメットさん☆は、どうするのかな?。星国に帰るのかな?。

プラネット王子:ふーむ、そういうことか…。

 プラネット王子は、ツヨシくんをじっと見て、それからまた両手をウッドデッキの手すりに突いて、静かに答えた。

ツヨシくん:そういうことって?。

 ツヨシくんはびっくりしたように答える。

プラネット王子:いや…。コメットが星国に帰るかどうか、…そうだな、それは本人次第としか言いようがないだろう?。

ツヨシくん:えっ?、う…、うん。

プラネット王子:それに…、コメットの叔母さんが、地球に住み続けるという選択をしたのも、責任感が無いとは言えないな。

ツヨシくん:責任感…。

 ツヨシくんは、「責任感」とはどういうことだろうかと考えた。大雨の日に、学校で育てている植物が心配になり、見に行くことにした。結局途中でびしょぬれになったのだったが。しかし、次の当番に引き継ぐとき、花壇の花たちがぐちゃぐちゃに傷んでいたら…、と思うと、どうしても様子を見に行きたかったのだ。行ってどうなるというわけではなかったのだけれど。その時景太朗パパさんから、「ツヨシは責任感があるな」とほめられた。その言葉を思い出し、そういうのが責任感だろうか、などと思ってみる。

ツヨシくん:プラネット兄ちゃんは、コメットさん☆の叔母さんの責任感って、どういうことだと思う?。

プラネット王子:星国の星ビトや、星の子をひとときがっかりさせたと言うけれど、自分の夫と子ども、つまり家族には十分責任を果たしているんじゃないのかな?。オレはそう思うけどな。責任持つっていうのはさ、誰かに言われて持つってものじゃないし、持ってしまうと、ある程度不自由なものさ。

ツヨシくん:そ、そっかぁ…。

 ツヨシくんは、プラネット王子が、コメットさん☆と「結婚させられ」そうになった過去を思い出して、はっとした。それは、ツヨシくん自身が一番好きと思っている、コメットさん☆の危機でもあったし、プラネット王子はプラネット王子で、考えることがあったのだろうと思えたから。

プラネット王子:結局、その時のその人の価値観によって決まる。そういうものだとオレは思うな…。ツヨシくんよ、コメットが、「君と暮らすために、星国には帰らない」と言ったら?。

ツヨシくん:…そ、それは…。

 ツヨシくんは言葉に詰まった。ツヨシくんとしては、星国に住むことに、コメットさん☆と暮らせるならば、何の躊躇も無いはずだけれど、逆にコメットさん☆が地球に住み続けるというのは、今まであまり考えていなかったので、そう言われると、責任は不自由なもの、というプラネット王子の言葉も、なんとなくわかる気もする。

 ツヨシくんが少しうつむきかげんで考えていると、プラネット王子は、気分を変えるかのように言った。

プラネット王子:ま、あんまり難しく、今から考えなくてもいいじゃないか?。…さて、戻ろうぜ。そろそろコメットたちも待っているだろう。それにしてもオレ…、将棋指しに来たつもりなんだけどなぁ…。

ツヨシくん:あ…、うん。ありがと、プラネット兄ちゃん。

プラネット王子:えっ?。何かオレ、お礼されるようなこと言ったかな?。

ツヨシくん:やっぱり、プラネット兄ちゃんは、かがやいているよ。

 ツヨシくんは、唐突にそう言った。プラネット王子は、びっくりした顔で答える。

プラネット王子:ええっ?、そ、そうかぁ?。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんとは、だいぶ違ってる。

 しかしプラネット王子は、ツヨシくんのその言葉に、雰囲気が異なることを言う。

プラネット王子:あいつには、あいつのかがやきがあるさ。それに…、オレはまだ、あいつには追いつけてない…。

ツヨシくん:なんで?。

プラネット王子:あいつの、目標に向かってがむしゃらな努力は、人並み外れたかがやきを生んでいる。だがオレは、まだ星国に戻って、星の子たちをまとめるほどには、至ってないよ。

 ツヨシくんは黙って、少し視線を下げて語るプラネット王子を見た。そして、やはり王子も、コメットさん☆と同じようなことを言うと思った。星ビトは、星の子たちをまとめないと、絶対いけないのだろうか、とも…。

 春の宵。さわやかな風が渡る。その静かな風にそよぎながら、桐の木は少しずつ花を落とす。しかし、実はそのこずえから、みんなの成長をそっと見守っている…。

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★第303話:海を行く貝殻の旅−−(2007年5月中旬放送)

 5月の朝日を浴びて、コメットさん☆は「HONNO KIMOCHI YA」前の、由比ヶ浜に立っていた。まだ夏のように、人がたくさんいるということはなく、静かで波も穏やかだ。そのためか、サーフィンをしている人も無い。ラバボーが、ティンクルスターの中から尋ねる。

ラバボー:姫さま、何をしているんだボ?。

コメットさん☆:うん…。海は遠いなって…。

ラバボー:海が遠い?。

 ラバボーは、そんなコメットさん☆の答えが不思議に思えた。目の前は海だから。ただ、ティンクルスターの中からは、コメットさん☆の表情や、気持ちをはっきり知ることは案外難しい。ラバボーは、長い間になんとなくわかることが多いけれど。そこで、ティンクルスターからそっと顔を出して言う。

ラバボー:姫さま?。

コメットさん☆:水平線が見える…。

 コメットさん☆は、そんな当たり前のことを言う。もっとも、水平線は、空との境がはっきりしないことも多く、はっきり見えることは、それほど多いわけではない。

コメットさん☆:さ、お店に戻って、開店の準備しなきゃ。

 コメットさん☆は、海を見渡すように見ると、まだ開けていないお店に戻っていくのだった。時刻は開店時間の10時に近づいていた。

 

 ケースケは、オーストラリアに旅立ってしまった。それからもう早いもので、2ヶ月が経とうとしている。もう2ヶ月、まだ2ヶ月…。コメットさん☆は、やはり時々ケースケのことを思い出す。それでも、毎日たびたびは思い出さなくなった。ふとした瞬間に、ずしんと心の奥に思い出す。そんなような気分なのであった。それでというだけではないが、コメットさん☆は何度もオーストラリアのケースケに、手紙を書こうと思った。今は電子メールなんて方法もあり、景太朗パパさんのパソコンから、すぐに送れて、多分返事も、それほど時間をかけることなく返ってくるはずなのだが、なんだかもっといろいろなことを、自分の手で書きたいと思った。ところがいつも便せんに向かっても、途中で書くのをやめてしまうのだった。書くことが無いわけではない。毎日のこと、景太朗パパさんや沙也加ママさんのこと、鎌倉の季節が変わっていくこと、それに自分の今の気持ち…。たくさん書きたいことはあるはずなのに、どうしてもそれを書き終えて、封筒に入れてエアメールで出す、というところまでは行かないのであった。

コメットさん☆:(ケースケは、届かない場所にいるほうが、いいから…。)

 コメットさん☆は、そんなことを思ってしまう。ケースケがキライになったわけではない。だが、書いた手紙を投函すれば、ケースケに届き、彼の地でがんばっているケースケの心を、少なくともいくらかは揺さぶってしまうだろう。だとすれば、それはケースケのじゃまになるかも…。そう思うと、コメットさん☆は手紙を投函することは、未だ出来ないでいた。ケースケは、この鎌倉に思いを残すことなく、オーストラリアで世界一になって欲しい。そうも思う。

 午後、沙也加ママさんは、とても古い民家を移築するための、数日間現地へ行くという景太朗パパさんを見送りに、東京駅まで行くことになっていた。景太朗パパさんは、新幹線に乗って、中部地方へ向かうという。コメットさん☆は、沙也加ママさんがいない間、お店の店番をしなくてはならない。

沙也加ママさん:…それじゃあ、そろそろ…。一度うちへ帰って、それからパパを送って行くわね。

コメットさん☆:はい、沙也加ママ。行ってらっしゃい。

 お昼の食事をいっしょにとった沙也加ママさんは、2階の壁に掛けられた時計を見ながらコメットさん☆に言った。コメットさん☆は、少しばかり心細そうに答える。が、しかし次の瞬間、ティンクルバトンを出すと、沙也加ママさんに、一転明るい声で言った。

コメットさん☆:あ…、そうだ!。沙也加ママ、おうちまで送ります。

沙也加ママさん:え?。

 沙也加ママさんがびっくりして、コメットさん☆のほうを向くと、コメットさん☆は2階から1階に降りる階段を駆け下り、入口のドアのところで沙也加ママさんのほうへ振り返った。沙也加ママさんは、コメットさん☆は何を言い出すのだろう?、と思いながらも、階段を同じように降り、入口のところまで来た。するともうコメットさん☆は、ドアを開けて外へ出て、あたりを見回していた。ラバボーが尋ねる。

ラバボー:姫さま、どうするんだボ?。

コメットさん☆:沙也加ママを、星のトンネルで送るの。

ラバボー:それはいいボ。それなら一っ飛びだボ。

沙也加ママさん:なあに?、コメットさん☆。

コメットさん☆:えいっ!。さあ、沙也加ママ、ここへ入って。

 コメットさん☆は、バトンを振って出した、星のトンネルの入口を指で差した。

沙也加ママさん:ええっ?、こ、ここに入っていくの?。

コメットさん☆:はいっ。すぐに家に着きます。

沙也加ママさん:わ、わかったわ。ありがと、コメットさん☆。じゃあ、ここにこうして入って…。わ、わあーーーーーー!。じゃあ、コメットさーん☆、お店お願いねーーーー…。

 沙也加ママさんは、星のトンネルに入ると、飛ぶように消えた。まるで叫び声のような言葉を残して。

ラバボー:ママさん、そのまま庭に放り出されそうだボ。

コメットさん☆:うーん、それはちょっと…。一応、そのまま走り出られるようにしたつもりなんだけど…。

 と、その時、沙也加ママさんを送り出した星のトンネルを、閉じようとしたコメットさん☆のもとに、今度は向こうからやって来る何かがいた。

ラバボー:あれ?、誰か来るボ!。

コメットさん☆:えっ?、まさか、知らない人?。

ラバボー:そんなことはないはずだボ…。

ラバピョン:姫さまー、姫さまぁ。

 入れ違いにやって来たのはラバピョンだった。

コメットさん☆:わはっ、ラバピョン。

 星のトンネルを抜けたラバピョンが、コメットさん☆の胸に飛び込んでくる。

ラバピョン:よかったのピョン。もう少しで星のトンネル閉じそうだったのピョン。

コメットさん☆:ごめんね。今、沙也加ママを、おうちまで送り届けたの。

ラバピョン:そうなのピョ?。ママさん、どうかしたのピョ?。

コメットさん☆:あのね、景太朗パパを送って、お出かけするんだって。

ラバピョン:そうなのピョン。

コメットさん☆:ラバピョンは、どうしたの?。

ラバピョン:どうしたってわけじゃないけど…。姫さまどうしてるかなって…。

コメットさん☆:そっか…。ありがと。

 コメットさん☆は、ラバピョンがきっと心配してくれているのだと思った。このところ、あまり落ち込んだ顔は見せないコメットさん☆とは言え、ラバピョンは心配なのだった。それで、なにかとコメットさん☆に、楽しい話を聞かせてくれる。あまりラバボーと、ぴったりくっついていたりはせずに…。

コメットさん☆:さあて…、お店は午後のお仕事。

ラバボー:姫さま、一人で大丈夫かボ?。

コメットさん☆:うん。沙也加ママが、景太朗パパを送ったら、なるべく早く帰って来るって。それに…、多分ツヨシくんとネネちゃんも、手伝いに来てくれるよ。

ラバピョン:じゃあ、それまで三人でがんばるのピョン。

コメットさん☆:お願いね。

 ラバピョンの明るい声に、コメットさん☆もうなずいた。しかし…、お店は午後の営業時間になったが、いっこうにお客さんはやってこない。仕方がないので、ずっとおしゃべりしているしかないのであった。

ラバピョン:お客さんがこないお店なのピョン…。

コメットさん☆:あははっ…。そうだね。いつもはもう少し来る…、はずなんだけど…。

ラバボー:確かに今日は、いつもよりお客さん少ないボ。

コメットさん☆:どうしてだろ?。

ラバボー:まあそういう時もあるボ。

ラバピョン:それはそうと姫さま、ケースケさんはどうしているのピョ?。

コメットさん☆:えっ?、あ、ケースケかぁ…。

 唐突にラバピョンが聞く。コメットさん☆は、一瞬答えに詰まった。なにしろ、手紙を出したわけでもなく、考えてみれば、とりあえず無事に着いて、宿舎に落ち着いたということしか知らないのだ。

ラバボー:ラバピョン…。

 ラバボーは、ラバピョンに目配せをした。そういう話題は避けるように、と。

ラバピョン:姫さま、秘密なのピョ?。

コメットさん☆:ううん。秘密なんてことないよ。

 ラバピョンは、いけないことを聞いたかと思って、心配そうな顔になった。しかしコメットさん☆は、普通に答える。

コメットさん☆:…ケースケ、どうしているかな。もう、新しいお友達たくさん出来たかな?。

 コメットさん☆は、少し遠い目をしながら窓の外を見て言う。

ラバボー:たぶん、ライフセーバーの仲間が出来たボ。

 ラバボーは、仕方ないような顔で答える。

コメットさん☆:恋人も…、出来たかな?。

 コメットさん☆のそんな言葉に、ラバボーとラバピョンは、あわて気味に顔を見合わせた。

ラバピョン:姫さま…。

ラバボー:き…、きっと出来てないボ。あのぶっきらぼうなケースケだと…。

ラバピョン:ラバボー!。

 ラバボーの言葉に、ラバピョンは厳しい表情でそれをいさめた。ところがコメットさん☆は…。

コメットさん☆:そうかもね。ふふふ…。

 少し笑って言うのだった。しかしやっぱりその目は、どこか寂しそうな光を帯びているように見えた。埋めがたい距離が、そうさせるのかもしれなかった。ラバピョンは言う。

ラバピョン:姫さま…、思い出すときは、思いっきり思い出してもいいはずピョ?。だってそれは、姫さまの思い出なのピョン。

コメットさん☆:ラバピョン…。そう…だね。もうケースケは、思い出…なのかな…。

 なんだか暗い雰囲気に、お店の中がなってきてしまったその時、ドアが開いた。

ツヨシくん:ただいまー!。

ネネちゃん:ただいまぁ!。

 ツヨシくんとネネちゃんが、いつの間にか経った時間の中、学校から帰ってきたのだった。学校からまっすぐ南へ下り、江ノ電の線路づたいを由比ヶ浜方向へ歩けば、お店はそれほど遠くない。

コメットさん☆:わあ、二人が来てくれたよ!。

 コメットさん☆は、少し元気づけられたように声をあげた。

ツヨシくん:お客さん来たぁ?。

ネネちゃん:今日なんかはどう?。

 ツヨシくんとネネちゃんは、お店番をしていたコメットさん☆に聞く。

コメットさん☆:うん。まだ誰も来ないね。

ツヨシくん:あ、ラバボーとラバピョン。

 ツヨシくんが、レジ台の下にいたラバボーとラバピョンを見つけた。

ラバボー:ボーも手伝っているつもりなんだけど…。

ラバピョン:誰も来ないのピョン。

ネネちゃん:しょうがないよ。今の時期は、夏の前だし、一通り花は咲いたから、アジサイまでは人が少し少ないって、ママが言ってた。

コメットさん☆:そっか。

ネネちゃん:割と一年でも、お客さんの多い少ないって変わるよね。

コメットさん☆:うん、そうだね。ここにいると、とてもそういう感じするよ。

 ネネちゃんとツヨシくんは、普段学校に通っているから、あまりお店を見ているわけではないのだが、それでも季節によるお客さんの変動を知っていた。コメットさん☆は、「HONNO KIMOCHI YA」が、家族全員で支えられているのだという気持ちを強くした。もちろん、その中にコメットさん☆自身も入っている。

 

 夜になった。コメットさん☆はラバボーとラバピョンが、ベッドの上に座っている自分の部屋にいた。隣の部屋からは、ネネちゃんのかけているCDの音が、かすかに聞こえる。隣り合わせとは言え、景太朗パパさんが防音に気を配ってくれたおかげで、コメットさん☆もネネちゃんも、声が筒抜けということはない。しかし、そんなことは今どうでもよかった。コメットさん☆は、チェストの引き出しから、ケースケにもらった大きめな貝殻を取り出していた。

ラバボー:姫さま…、それは…。

コメットさん☆:うん…。

ラバピョン:ケースケさんにもらったものピョ?。

コメットさん☆:そう…。

 コメットさん☆は、チェストの前で、貝殻を手にじっとそれを見つめていた。

ラバボー:それ、どうするんだボ?、姫さま。

コメットさん☆:あのね…、これはケースケからもらって、私が星力でケースケの声が聞こえるようにしてたの。毎日ヨットでオーストラリアに向かうケースケの声、夕方になると七里ヶ浜の浜辺で聞くのが楽しみだった。いつも励みになったよ。でも、ケースケは、現地の大会で負けて、声は聞こえなくなっちゃった。しばらく、かがやきを無くしちゃったから…。

 コメットさん☆の、独り言のような話が長く続く。

コメットさん☆:私が地球に戻ったとき、少しの間ケースケに会った。そうしたら、またケースケの声が聞こえるようになった。ケースケが、私に会って、かがやきを取り戻してくれたのはうれしかったな。そんなことも、今は思い出かな?。ケースケは、一度鎌倉に帰ってきたし、それでまた、今オーストラリアで仕事と世界一のライフセーバーにチャレンジしてる。そういうケースケに、私手紙を書こうと思ったんだけど、どうしても書けなくて…。一言だけ、声を届けたいと思う。この貝殻のように、星力をもう一度使って。

 コメットさん☆のその言葉に、ラバピョンとラバボーは顔を見合わせた。

ラバピョン:その貝殻、星力をかけて、ケースケさんに届けるのピョ?。

 ラバピョンが言った。コメットさん☆は、頭を振って答える。

コメットさん☆:ううん。これは私、思い出として持っていたいな。だから…、別な貝を探して…。

 そう言うとコメットさん☆は、貝殻をチェストの上に置き、さっと部屋のドアをあけた。ラバボーとラバピョンは、あわててあとに続く。

ラバボー:ひ、姫さま、どこに行くんだボ?。

ラバピョン:今から外出するのピョ?。

コメットさん☆:うん…。ネネちゃん、ネネちゃん。

 コメットさん☆は、ラバボーとラバピョンに振り返って答えると、隣のネネちゃんの部屋をそっとノックした。

ネネちゃん:コメットさん☆?。

 ネネちゃんは、CDの音量を絞ると、部屋のドアまで出てきた。

コメットさん☆:ネネちゃんお願い。今からちょっと海岸まで行って来るから、もし景太朗パパや沙也加ママが心配したら、言っておいてね。

ネネちゃん:え?、コメットさん☆、これから行くの?。何しに?。

 ネネちゃんは、コメットさん☆の突然の言葉に、びっくりして尋ねた。

コメットさん☆:ケースケに届けたいものがあるの。

ネネちゃん:ケ、ケースケ兄ちゃんに?…。

 ネネちゃんは、「いったいどうやって?、いや、星力かな?。そんなこと言っても、届けるって配達じゃないんだし。だいたい何を!?」。そんな言葉を全て飲み込んで、コメットさん☆の顔をじっと見た。コメットさん☆の顔には、ある決意が込められているようにも思えた。そして黙ってうなずいた。

ネネちゃん:コメットさん☆、気を付けてね。ツヨシくんには黙ってる。

コメットさん☆:うん…。あ、いいよ、ツヨシくんに言っても。ありがと。

 コメットさん☆とラバボー、そしてラバピョンは、星のトンネルを抜けて、すっかり夜で暗い七里ヶ浜の海岸まで飛んだ。ネネちゃんは、ウッドデッキのところから、星のトンネルに入るコメットさん☆たちを見送りながら、いったい何を届けるのだろうと思った。それにツヨシくんに言ってもいいというのは、どういうことなのかわからないと思った。

 

 七里ヶ浜の駐車場には、数台の車が止まっていた。数人の人が、そばにあるファストフード店で買ったものを飲みながら談笑しているのが、星のトンネルの中から見えた。コメットさん☆たちは、直接海岸に降りた。昼間なら小動岬と江の島が遠くに見え、天気が良ければその後ろに富士山も見える、やや幅の広くなっている海岸。よくネネちゃんやツヨシくんと水遊びするところだ。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、降りてしばらく、黙って立っていた。海を渡ってきた風が、コメットさん☆の服をはためかせる。ラバボーとラバピョンも、コメットさん☆の足下で、コメットさん☆を黙って見上げていた。

ラバボー:姫さま、どうするつもりだボ?。

 ラバボーが、たまりかねたように尋ねた。

コメットさん☆:あの貝殻と同じような貝殻は、この海岸ではめったに拾えないんだって。それに夜だし…。

 コメットさん☆は、真っ暗な海を前にして言う。

ラバピョン:暗くて危ないのピョン。

 ラバピョンが小さい声で言う。

コメットさん☆:これから星力で、海の底の貝殻を、ケースケに届けよう!。

ラバピョン:ええ!?、そのためにわざわざここまで来たのピョ?。

コメットさん☆:うん。えーと、貝殻が落ちていそうなのは…。

 コメットさん☆は、暗い海を見渡した。左手の方の遠くには、逗子の街の灯が、右手の方には江の島の家々の灯が見える。ラバボーは、口に出さなかったが、海底じゅう探すなら、大きめな巻き貝の貝殻くらい、いくらでも転がっているのではないかと思った。コメットさん☆はバトンを出すと…。

コメットさん☆:えいっ!。そーれっ!。

 江の島の方へ向けて振った。島に向かって伸びていくピンク色の光。それは島全体を包み込む。

ラバピョン:ああっ!。

ラバボー:うわわ…。姫さま!。

コメットさん☆:どこかに沈んでいる貝殻さん!、ケースケのもとへ!。

 ピンク色の光に包まれた、1つのホラ貝の貝殻が、江の島の磯からふわりと海中に浮かび上がり、汚れを一気に落とすと、静かに沖へ向かって、海の中を進み始めた。コメットさん☆も含めて、誰もそれを見ることは出来いが、貝殻は海の中を突き進んでいく。どんどんと加速して、その速度はまるで新幹線のように速いスピードになっていった。コメットさん☆は、もうそんなことには気付いていない。だが、江の島を包み込むピンク色の光が、少しずつ弱くなり、やがて消えたのを見届けると、バトンをしまった。コメットさん☆、ラバボー、ラバピョンは、しばらくその場に立ちつくしていた。

 

 夜が明けて、またコメットさん☆と沙也加ママさんが、お店「HONNO KIMOCHI YA」を開ける頃、貝殻はずっと高速で海の中を突き進んでいた。太平洋を南へ向かって、まるで飛ぶかのように進む。そのころ、ちょうど深海調査船が、早朝から日本海溝の近くを調査していた。

調査員A:えー、こちら「しんかいぎょ5030」。現在深度2100メートル。

地上の母船調査員B:こちら母船。了解。何か見えますか。

調査員A:今のところ、特に何も見えません。時折深海魚がいる程度。

母船調査員B:カメラ良好でしょうか?。気を付けて行って下さい。

 深海調査船は、海上の母船から海に下ろされ、深い海に潜っていくのだ。数人の調査する人が乗り込み、あとの人々は海上の母船に乗り組む。そしてケーブルを使って、海上と海の中で交信をしながら、調査を進めていく。

調査員A:了解しました。…あっ!。

 ところが、調査員の人が、思わず声をあげた。調査船のすぐ脇を、コメットさん☆が星力をかけた貝殻が、ものすごい高速で突っ切って行ったからだ。それを調査船の監視窓から見た調査員の人は、目を疑った。

調査員C:な、なんだ今のは!?。

 すかさずいっしょに監視していたもう一人の調査員が、驚いた様子で言う。

母船調査員B:どうした?、しんかいぎょ5030。何か起きましたか?。

調査員A:い、今この調査船のすぐ脇を、何かがものすごい速度で…。

母船調査員B:すぐ脇を何がですか?。

調査員A:い、いや…。

 調査員の人は、今見えた一瞬の光景が半信半疑なあまり、すぐには答えられなかった。

調査員C:魚だろ?。

調査員A:そ、そうだよな。魚…だよな。…えー、母船どうぞ。今えらい速い速度で、魚と思われるものが船の横をすり抜けたので、ちょっと驚いた次第。観測を進めます。

母船調査員B:了解。カメラで撮影できていないでしょうか?。

調査員A:そちら向きにカメラを回してなかったと思うので、無理かと思います。

母船調査員B:そうですか。では観測を進めて下さい。

調査員A:了解ですー。現在深度は……。

 調査員の人は、内心「あれは魚ではないのでは」、と思いながらも、一方で「いやいやそんなはずは…」、と否定しつつ母船の調査員に答えていた。そんな時でも、コメットさん☆が星力をかけた貝殻は、ぐんぐん速度を上げ、オーストラリア・ケアンズを目指していた。

調査員C:そう言えば…、昔そんな映画があったな。

調査員A:どんな?。

調査員C:地中にトンネルを掘るのさ。地球は丸いだろ?。だからその丸みを、地中のトンネルでショートカットすれば、早く目的地に着けるっていう…。地底特急列車を走らせるとかいうの。

調査員A:あー、なんか記憶あるな。技術的にまず無理なんだけどな。それが通用するのがSFの世界ってわけで。

調査員C:オレたちがこうして、深海に潜っているのも、そんなところに原点があるのかもしれないぞ。

調査員A:まあな。

 調査員たちは、たわいのない会話を一時交わすのだった。

 

 日本の夕方は、オーストラリア・ケアンズでも夕方である。時差はわずかしかないからだ。ケアンズで、海洋研究所に勤めながら、「世界一のライフセーバー」に挑むケースケは、この日も仕事を終え、そのまま海岸で軽くトレーニングをして、サーフボードを抱えて海から上がるところであった。ケースケが、波打ち際で“ふう”と息をついた時、ふと足先にさわるものを感じた。何気なく足もとを見る。

ケースケ:うん?。

 それはまさしく、コメットさん☆が星力をかけた貝殻そのものだった。数千キロの旅を終え、今ケースケのもとへ。

ケースケ:へえ、ホラ貝かな?。こんなところでも拾えるのか。ふーん。

 ケースケは、貝殻を手に取り、口のところをのぞき込んだ。

ケースケ:あれ?。ずいぶん黒い砂が入っているな…。だいぶ流されてきたのかな?。

 ケアンズのあたりは、ほとんどが珊瑚礁なので、砂は白い。一方鎌倉の海の砂は、箱根あたりの火山の影響か、もともと黒っぽいのだ。ケースケは、貝の中に残る黒い砂に少々疑問を抱いたが、貝殻を海水につけて、ざぶざぶとすすいだ。そして日の光にかざした。

ケースケ:まあ、ちょっと面白いから、誰かにやるか…。ここらへんにも巻き貝の殻はたくさん落ちてるが、割と大きいしな。

 ケースケはそう言うと、貝殻をよく振って水気を切りながら浜を歩いた。ケアンズは今晩秋を迎えている。もうそのまま帰るだけだから、ウエットスーツ姿のケースケは、右手にサーフボード、左手に貝殻を持って、宿舎に向けて歩いて行く。

ケースケ:(そう言えば…、コメットにもこんな貝殻をやったよな…。)

 すっとそんなことを思い出した。コメットはどうしているか。そんな気持ちが大きめな巻き貝の貝殻を、手に持っているとわくのであった。江の島から数千キロの旅をした貝殻は、今しっかりとケースケの手に。ふとケースケは、その貝殻を耳に当てた。何気ない気持ちで。

コメットさん☆の声:(…ケースケ、がんばってね。)

 ケースケはびっくりした。コメットさん☆の声が、聞こえたような気がしたからだ。

ケースケ:コ、…コメット!?。

 ケースケは、一瞬声をあげた。しかし、あたりを見回して…。

ケースケ:まさかな。ただ海の音が聞こえるだけじゃないか…。

 もう一度しっかり耳に当てて、貝殻から聞こえる音を確かめるようにそう言うのだった。

 一方、ちょうどそのころコメットさん☆は、チェストの上に出されていた貝殻を、またもとのように引き出しへしまった。ケースケからプレゼントされた、思い出の貝殻。またそうして封印されていく思い出は、時にかつての自分を思い起こさせてくれる、時間の鏡。その鏡を再び、あるいは何度ものぞくことになるのかどうか。それは星だけが知っている…、のかもしれない…。

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★第306話:アジサイの花咲く小径−−(2007年6月上旬放送)

 5月も終わりになると、アジサイの花が咲き始める。季節は巡って、もうすぐ梅雨がやって来るのだ。鎌倉には、いくつものアジサイの名所があり、観光客の人々が、それを見にやってくる。「HONNO KIMOCHI YA」も、そんなアジサイを見て、それから海を見て帰ろうとする人々が、ちょこちょこと立ち寄るので、少し忙しい。

 ある日の午前中、空はどんよりと曇っていた。もう梅雨の前触れかもしれない。コメットさん☆はいつものように「HONNO KIMOCHI YA」を手伝っていた。目の前の由比ヶ浜も、水平線が淡くかすんでいる。そんなぼんやりとした時間を切り裂くように、沙也加ママさんが突然大きな声を出した。

沙也加ママさん:ああー、この支払い、忘れていたっ!!。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆は、売れた商品の補充をする手を止めて、沙也加ママさんの方を振り返った。沙也加ママさんの手には、振替用紙があった。

沙也加ママさん:うわぁ…。買ったものはもう使っちゃっているから、お金急いで払わないといけないわ。用紙をバッグに入れたままだった…。

コメットさん☆:お金の支払いですか?。

沙也加ママさん:そうなの。通販で買ったものなんだけど…、郵便局から支払いすることになっていたのよ。

コメットさん☆:郵便局…。コンビニじゃだめなんですよね?。

沙也加ママさん:うーん、だめね。郵便振替専用の用紙だわ。しょうがないから、今から急いで行ってこようかな…。

コメットさん☆:あ、じゃあ、私が郵便局まで行って来ます。ATMで支払いすればいいんですよね?。

沙也加ママさん:そ、そうなんだけど…。私のミスなのに悪いなぁ…。でも、お願いしちゃおうかな…。今日もお客さんが意外と来るようだし…。

コメットさん☆:はい。それなら沙也加ママ、私行ってきます。

沙也加ママさん:ここから一番近い郵便局だと…。

コメットさん☆:大丈夫。知ってます。鎌倉由比ヶ浜郵便局ですよね?。

沙也加ママさん:そうね。遠くて悪いけど…。和田塚駅のそばになるわね。

コメットさん☆:由比ヶ浜大通りより少し手前の。

沙也加ママさん:そうそう。ほんとに悪いけどお願いね。はい、お金。

コメットさん☆:はい、じゃあ、行ってきます。

沙也加ママさん:あ、雨が降るかもしれないから、傘を持ってね。それで、お昼までに帰って来てくれればいいから、どこか見たいところ行ってきてもいいわよ。

コメットさん☆:え?、あ、はい。

 コメットさん☆は、お店のカウンター下から、ピンク色無地の傘を出すと手に持った。「お昼までに帰ってくればいい」とは、寄り道してもいいということ。コメットさん☆は、沙也加ママさんを見て、かえって申し訳なさそうな顔をした。

 

 コメットさん☆は、星のトンネルを使わずに歩き始めた。沙也加ママさんが遠いと言うほど、遠くだとは思っていなかった。ケースケがかつて住んでいたアパートの近くでもあった。郵便局は、ケースケのいなくなったアパートを、何となく見てこようかとも思った。沙也加ママさんも、たぶんそんなことを考えて、「どこか見たいところ行ってきてもいい」と言ってくれたのだろうと思える。歩き続けていくと、細い道から別の道に突き当たる。それを右に曲がると、ちょっと有名なホテルがある。さらにそこを過ぎて突き当たった、少しは広い道を左に行けば、江ノ電由比ヶ浜駅である。しかし、今は駅には向かわない。駅とは反対に、もっと北東に向かう道を行く。細い道だが、車は通るので注意しながら歩く。すると江ノ電の踏切が見えてくる。ちょうど警報機が鳴り出し、コメットさん☆は歩みを一時止めた。

コメットさん☆:(ふう…。)

 コメットさん☆は、一息ついて空を見上げた。その空はいっそう鉛色になってきていて、今にも降り出しそうな気配だ。それでコメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんが傘を持って出ただろうかと、朝の様子を思い出してみた。程なく江ノ電の上り電車がやって来て、コメットさん☆の目の前を、右から左へと通過していった。江ノ電は単線だから、すぐに踏切は上がる。反対方向の電車を待ち続けるということはない。遮断機が上がるとともに、再びコメットさん☆は歩き出した。斜めに江ノ電を横切った道は、江ノ電の線路の北側を平行に走る「由比ヶ浜大通り」を目指す。大通りに出る手前の左側に、郵便局はある。もうその看板が見えてきた。最近は大きな赤い看板である。

 入口のドアを入ると、コメットさん☆はATM機の前に立った。そして持ってきた郵便振替の用紙を、直接上の方にある投入口に差し込むように入れた。「払込人の住所氏名が書かれていることを確認し…」と、ATMはしゃべる。コメットさん☆は、この仕組みがちょっと面白いと、前から思っていた。何度か郵便振替の支払いを、こうやってしたことがあるが、銀行のATMは、どれもたいていしゃべらない。コメットさん☆自身、銀行口座を持っているわけではない。だいたい身分証明書が取れないから、口座を持つことは出来ないが、沙也加ママさんや、時には景太朗パパさんの手伝いで、ATMを操作することはあるのだ。そんな中で、銀行と郵便局のATMの違い。それには興味を引かれた。

 

 送料込み8830円の送金をすませると、コメットさん☆は、入ってくる人と入れ替わるように郵便局の外に出た。するとぽつぽつと雨が降り出していた。コメットさん☆は、持ってきた傘を広げ、道を引き返すように歩き出した。が、少し歩いたところで立ち止まり、後ろを振り返った。そういえば、ケースケのアパートはどうなっているのだろう。

コメットさん☆:ここからなら、そんなに遠くないよね…。

 コメットさん☆は、小さい声でつぶやいた。そして、また郵便局を越えて歩き出した。ケースケの住んでいたアパートは、江ノ電和田塚駅のそばにある。駅の近くというと、イメージとしてはにぎやかな場所を考えるものだが、江ノ電の小さな駅である和田塚のあたりは、入り組んだ路地で、思いのほかひっそりしている。コメットさん☆は、曲がりくねった道を10分近く歩いて、古い木造アパートの前まで来た。そして傘を上げて、そのアパートの2階隅を見上げた。

コメットさん☆:(あの角の部屋が、ケースケの部屋だった…。)

 コメットさん☆は、心の中でつぶやいた。その視線の先にある部屋は、まだ次の入居者が決まっていないのか、ひっそりと静まり返っていた。かつて窓から見えていたカーテンすらも今はなく、ただ暗い部屋がそこにあるだけだった。どこかやはり寂しげなたたずまいである。かつて、ちょっとした洗濯物がぶら下がっていたり、ウエットスーツが干されていたり、ケースケ自身が窓辺に立っていたりした部屋の様子が、コメットさん☆の脳裏によみがえる。

コメットさん☆:…でも、いつまでもそんなことを思っていてもダメだよね…。前を見ないとって、みんな言ってくれる。

 傘を上げて見上げていたコメットさん☆は、そう自分に言い聞かせると、傘を元に戻し、アパートを通りすぎるようにまた歩き出した。

コメットさん☆:(どこへ行こう…。もう沙也加ママのお店に帰ろうか…。でも…。)

 コメットさん☆は、そんなことを少しの間考えた。いつもなら、ラバボーに相談するところなのかもしれないが、今日ラバボーはラバピョンのところに遊びに行っている。コメットさん☆の足は、和田塚駅へと向かっていた。

 

 コメットさん☆は、和田塚駅から江ノ電に乗った。景太朗パパさんに買ってもらった、ICカードを改札にかざして。今年の3月から、江ノ電でも使えるようになった、私鉄・JR共通の乗車カード。使った分だけお金が自動的に指定の口座から引き落とされるので、便利だし、コンビニやバスなどでも使えるということだ。「自分で管理するようにね」と、景太朗パパさんに言われて渡された。コメットさん☆は、それだけ信用されているのだと、気持ちが引き締まったのを思い出す。

 電車はすぐに次の駅由比ヶ浜に着いた。ここはホームにアジサイが咲くことで、何度か新聞や雑誌に紹介されたことがあるのだが、こぢんまりしているせいか、それとも意外と知る人は少ないのか、じっと見入る人を多く見かけることはない。コメットさん☆は下車して電車を見送ると、ホームの上屋の下に入り、線路に沿ってホームの上に咲くアジサイを見ることにした。江ノ電は、どこの駅でも12分間隔。それだけあれば、じっくり見られるはずだ。

コメットさん☆:まだ薄い青だ…。

 ホームの西洋アジサイは、まだまだ咲き始めという感じ。降りた電車は結構混雑していたので、この先各所にあるアジサイの名所を、見て回る人が多いのだろうと、コメットさん☆は考えた。

 さて、ここで改札を出、そのまま道を戻れば、「HONNO KIMOCHI YA」に帰れる。しかしコメットさん☆は、次の電車を待って、もう少し別な場所のアジサイも見てこようと思った。すっかり鎌倉は、コメットさん☆にとって「第2の故郷」のようになってしまったが、だからこそ、まだちゃんと見ていないところも多いと思う。コメットさん☆は、そんなことをも思索する年齢になったということなのか。それとも、ケースケが、遠くオーストラリアに行ってしまったという事実が、そう考えさせるのか…。

 コメットさん☆は、電車を入れて写真を1枚撮ると、次の上り電車に乗って、隣の長谷へと向かった。

 

 長谷駅では、またカードを改札機にかざして、外に出た。たくさんの観光客の人々が、あいにくの雨ではあるが、傘を差して名所に向かうところであった。コメットさん☆は、その人波をよけるようにして道を渡り、線路と平行に続く路地に入った。この先にある、江ノ電のトンネル手前に咲くアジサイを見ようかと思ったからだ。

 しばらく行くと、江ノ電はわずかなカーブを描いて、右へとそれていく。道はまっすぐに続くので、コメットさん☆は傘を差してそこを歩いた。雨はそれほど降っていないが、傘をつぼめることは出来ない。アジサイに雨は似合うと言うが…。

コメットさん☆:(雨は…、やっぱり濡れるからいやだな…。)

 コメットさん☆は、そう思うのだった。そして、一度江ノ電の線路から遠ざかるように、南に下ったあと、北へ向かう道を歩き、江ノ電の踏切に出た。するともうそこには、何本ものアジサイが咲いている。線路に平行した、それほど広くはない場所だが、数人のカメラを持った人々が、思い思いに撮影している。コメットさん☆は踏切の手前に立ち止まり、少しの間そんな景色を見ていた。そして踏切の向こうに渡ってから、江ノ電の線路に沿って、視線を西のほうに向けた。そこには、ぽっかりと江ノ電のトンネルが、口を開けているのが見える。線路脇の色とりどりのアジサイは、雨に打たれながらも、ピンクとブルーがとても美しい。コメットさん☆は、他の観光客に混じるようにして、花たちをじっと見た。こんなに近くで、花を見るということは、桜の花見以外でしたことはないような気がしていた。アジサイは、雨の水滴を花びらにつけながら、淡くともくっきりとも見える色で、コメットさん☆を迎えているのだった。緑色の葉っぱが、雨でいっそう濃く見え、花とのコントラストが強くなるから、アジサイには雨が似合うと言われるのだろうと思った。

 

 コメットさん☆は、何カットか写真を撮ると、また歩き出した。時計を見ると、まだお昼までには時間があったからだ。先ほどの踏切のところまで戻り、それからその道を南に下った。すると「星の井通り」に出る。交差点の信号機には、「星の井通り」と銘が書かれている。コメットさん☆は、信号機を見上げてつぶやいた。

コメットさん☆:わはっ…、ほしのいどおり…。星の井って、どういう意味かな?。

 そして、右に曲がって、その星の井通りを歩き始めた。確かこの先にアジサイがたくさん咲いていて、由比ヶ浜が遠くに見える場所があると、景太朗パパさんに教わった覚えがあったのだ。

 交差点のところから少し歩いて、ふと右側を見ると、「星の井」と書かれた立て札が立っているのに気付いた。コメットさん☆は傘を上げ、立ち止まってそこを見た。

コメットさん☆:あ、ここが星の井…。

 そこには、四角錐のふたがつけられた、低くて四角い箱のようなものが、地面に刺さるようになっているのを見つけた。どうやら「星の井」という井戸は、これらしい。

コメットさん☆:これが星の井なんだ…。えーと、…昼なお暗く、昼間であっても空の星が水面に映ったと言われているから、星の井なんだ…。これって…、なぁんだ…。のぞいて見られないんだ…。

 コメットさん☆は、立て札の説明を読み、そして今の井戸の様子を見比べ、がっかりしたように言うのであった。誰でもいつでものぞいて見られるようにしてあったら、中には落っこちてしまう人もいるかもしれない。そういうことを考えてのことなのだろうが、四角錐のふたで密閉された井戸は、まるで遺跡のようであった。もっとも、「星の妖精」と言われるコメットさん☆でなければ、ここまでがっかりしなかったかもしれない。事実、アジサイを見るためなのか、そばを歩いている人は何人もいるが、コメットさん☆のように、ここへ立ち止まっている人など、いるわけではない。しかしまあ、コメットさん☆は気を取り直して、また道を歩き出した。この先は「極楽寺切り通し」と呼ばれる、鎌倉にいくつかある「切り通し」の一つだ。

(景太朗パパさん:鎌倉にはね、切り通しっていう狭くて険しい道があったんだよ。今でも車が通れないところも多いくらい。人が歩くのにもちょっと苦労するところもあるね。)

(コメットさん☆:そうですよね。化粧坂切り通しと、釈迦堂切り通し(※下)は行ったことがあります。)

 コメットさん☆は、景太朗パパさんとかわした、そんな会話を思い出していた。

(景太朗パパさん:極楽寺切り通しは、道路にするために、ずっと切り開いて、道の高さを低くしてしまったんだ。)

 コメットさん☆が歩くこの道を、ずっと通すために、この先の極楽寺切り通しは、険しい道ではなくなったということなのだ。コメットさん☆は、小高い山になっている切り通しの両側上にある森を見上げた。森は雨という天気とともに、薄暗い影を道に落としていたが、その森の中を抜ける左側の石段の道には、アジサイの華やかな色が見えるのであった。そっと道を渡って、反対側に来たコメットさん☆は、その山へ上る石段を、ゆっくりと上り始めた。

コメットさん☆:わあ、きれいなアジサイだ。

 コメットさん☆が思わず声をあげると、ちょうどすれ違うところだったおばさんが、応えてくれた。

おばさん:上の方、もっときれいよ。由比ヶ浜はかすんでいるけどね。

コメットさん☆:えっ?、あ、そうですか。ありがとうございます。

 コメットさん☆はそう答えて、笑顔でぺこっとおじぎをした。石段を少し上ったところから、もう両側ともアジサイの花が咲いている。ここは鎌倉でも有数のアジサイの名所。けっこうしっかり雨が降っているのと、今日は平日だから、それほど見に来ている人は多くないが、それでも時々立ち止まって、花を観賞したり、写真を撮ったりしている人は、そこここにいる。コメットさん☆もまた、傘を背中に背負うようにしながら、微妙に異なる色の花をのぞき込んだりした。

コメットさん☆:(梅雨はうっとうしい季節だけど…、きれいな花も咲くよね…。そして、もうすぐまた、暑い夏が来る…。)

 コメットさん☆は、ちょうどそこで後ろを振り返った。石段の一番高いところ。遠くに由比ヶ浜の海岸が見える。かすんではいるが、波が白いしぶきとなって、寄せているのを見ることが出来た。梅雨が過ぎて、このアジサイの花が終わりになり、きれいに剪定される頃、あの由比ヶ浜には、海と戯れる人々がたくさん来ていることだろう。強い日射しの下、思いっきり泳いだり、水遊びをして。きっとその中に混じって、コメットさん☆も、ツヨシくんもネネちゃんも、ことによったらメテオさんもいるかもしれない。そして沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」も、いくらか繁昌しているだろう。そんなことをコメットさん☆は、しばらく想像していた。目では「HONNO KIMOCHI YA」を探しているのだったが、景色はかすんでいて、どこがお店だか見つけることは出来なかったが。

 

コメットさん☆:ただいまー。沙也加ママ、遅くなってごめんなさい。

沙也加ママさん:あらおかえり、コメットさん☆。いいのよ。どこか行ってきた?。

コメットさん☆:はい。少しアジサイを見てきました。

沙也加ママさん:へえー、それはいいわねぇ。もう結構咲いていたでしょ?。

 コメットさん☆は、極楽寺駅から江ノ電に2駅乗って、由比ヶ浜まで帰ってきた。江ノ電を降りると雨はとりあえず上がっていた。そしてお店で待っていた沙也加ママさんに報告をする。

コメットさん☆:はい、きれいでしたよ。極楽寺切り通しのところとか…。あ、沙也加ママ、これ領収書です。無事送金しました。

沙也加ママさん:ありがとう。助かったわー。コメットさん☆がいてくれるから、私も安心。

コメットさん☆:そ、そうですか?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの言葉に、ちょっと恥ずかしそうにした。

 

 夜の藤吉家リビング。景太朗パパさんがいすに座り、ツヨシくんとコメットさん☆とで、アジサイが見られる電車の話になっていた。ネネちゃんは珍しく沙也加ママさんの手伝いで、夏向き小物商品の袋詰めをしている。

景太朗パパさん:「アジサイ電車」っていうのは、何ヶ所かあるようだね。

ツヨシくん:うーんと…、箱根の電車は新聞に載っていた。あの、山登るやつ。

景太朗パパさん:箱根登山鉄道だろう。あそこは夜のライトアップもしているそうだよ。

コメットさん☆:夜ですか?。わあー、きれいだろうなぁ。

景太朗パパさん:なんでも、貸し切り電車でゆっくり見せてくれるんだとか。

ツヨシくん:他にはどんなのがあるの?、パパ。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。あとは…、渋谷と吉祥寺を結ぶ、井の頭線の線路際には、たくさんアジサイが植わっていて、今頃はとてもきれいらしいけど、何しろ通勤電車が数分の間隔でどんどん走るから、咲いたあとの手入れがしにくくて、枯れた花を剪定するのに時間がかかってしまうらしい。それが悩みのタネだと聞いたよ。

コメットさん☆:枯れた花かぁ…。そう言えば…、アジサイってタネ出来るんですか?。

ツヨシくん:どうだろ?。アジサイのタネかぁ…。

景太朗パパさん:アジサイのタネね。一応出来るみたいだよ。ただね…。

ツヨシくん:ただ?。

景太朗パパさん:うーん、それがね、普通アジサイは花が終わると、切って取ってしまうだろ?。そうするとタネは実らないで終わっちゃうんだよ。

コメットさん☆:え?、それって誰もタネを取らないってことですか?。

景太朗パパさん:花が茶色く枯れたあと、タネが花の下のところに出来て、それが撒けるように熟すのは、9月頃までかかるっていうんだ。だから普通はタネを見ることは出来ないね。

コメットさん☆:そうなんだ…。あの花が終わったあとに…。

ツヨシくん:じゃあ、花が終わっても、ずーっとほったらかしにしておけばいいってこと?。

景太朗パパさん:出来ればそうするといいわけだけど、見た目枯れた花をそのままにしていると、間違って「あそこの家手入れ悪い」なんて思われるかもしれないし、実際のところアジサイは、挿し木で増やせるから、タネを取って増やそうとする人は、あまりいないだろうね。タネからだと、花が咲くようになるまでに時間もかかるし…。

コメットさん☆:挿し木ですか。枝を短く切って、地面に差しておくと、そこから根っこが出て、新しい株になるっていうのですよね?。

景太朗パパさん:そうそう。そうすると元の株と、同じ花が咲くね。

ツヨシくん:ふぅん…。アジサイは、梅雨が近くなるとどんどん咲くし、花屋さんにも売っているから、毎年それを植えている人がいるのかって思っていたけど、少しずつ増やしている人もいるってこと?。

景太朗パパさん:そういうことだね。手早くきれいなアジサイを楽しみたいっていう人もいるけど、じっくり小さいのから育てたいっていう人もいる。人それぞれさ。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんのそんな言葉に、ちょっと微笑んでうなずいた。

 

 コメットさん☆の、わずかな時間を使った、アジサイ探しのショートショートトリップ。ほんの短い時間でも、その気になれば、見慣れたはずの場所でも、今まで通り過ぎてきた何かを発見できる。特に鎌倉のような、古くからの歴史がある街は…。コメットさん☆は、すっかりこの街にとけ込んで、今日も生活している。もちろん明日もあさっても…。アジサイの花咲く小径(こみち)は、この街に暮らしながら成長するコメットさん☆を、この季節、いつも誘うだろう…。

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※釈迦堂切り通しは、「鎌倉七口」と言われる、7つの代表的な切り通しには入っていません。

★第308話:美沙子さんと風岡家の秘密−−(2007年6月中旬放送)

(神也くん:メテオさん、ほら、ここ見て下さい。これこれ。)

(メテオさん:何よ。何だって言うのよ。)

(神也くん:これって、駅の階段に、エスカレーターを付けるときに、元からあった階段の手すりを切ったあとなんですよ。それでつまずかないように、平らに仕上げてあるんです。)

(メテオさん:どれがよ?。この、地面に埋まっている丸いの?。)

(神也くん:ええ。階段の途中に、等間隔で埋まったままになっているでしょう?。パイプの手すりを切ったから、丸い輪のようになって。いい感じだと思いませんか?。)

(メテオさん:いいか悪いかなんて…。…ふーん。神也は、こういうのに興味があるわけ?。)

(神也くん:もちろん!。大船からは、昔モノレールがもう1本出ていて、その駅には、最初からエスカレーターがあったんですって。駅のエスカレーターとしては、ものすごい初期のものらしいですよ。)

(メテオさん:はあ…。そんなオタク的知識、どうでもいいわ。)

 陽光の差し込むメテオさんの部屋。朝食が終わって、いい加減にテレビを見ているメテオさんは、ぼーっといろいろなことを考える。今はたまたま、数日前に、神也くんと大船駅で会ったときのことを思い出していた。イマシュンのコンサートチケットを、電話で予約して、発券してもらうついでに立ち寄った大船駅。そうしたら、神也くんが駅にいたのだ。聞くと駅で列車の写真を撮り、さらに駅の施設を見ているのだと言う。駅の階段の踏み段に残る、パイプ手すりのあとについて、細かい知識を語る神也くんだったが、メテオさんには全然わからない趣味なのだった。そんな時、ムークから声をかけられた。

ムーク:姫さま、そろそろお手伝いしなくていいのですか?。

メテオさん:うるさいわねぇ。わかっているわよ。

 ムークに言われたメテオさんは、テレビから視線をそらし、ベッドに寝っ転がって天井を見ながら、面倒くさそうに答える。

ムーク:留子さんに、手伝うように言われていたではないですか。

メテオさん:やるったら…。

 メテオさんは、寝返りを打つかのように向こうへ向きながら言う。

ムーク:うーむ、我が姫さまも、こういう時は相変わらずだ…。もはや姫さまの恋人であるイマシュンにも見せたいものだ。

メテオさん:…ムーク?。

 ムークの言葉に、メテオさんは振り返った。

ムーク:はい、何でしょう姫さま?。

メテオさん:うふふふふ…。

 メテオさんは不気味に笑った。

メテオさん:メト、カモーン。

 メテオさんは、窓から外を眺めていた猫のメトを、指を鳴らして呼んだ。

ムーク:あひゃーー!。やめ、やめてぇー!。

 メテオさんが無言でムークを指さすと、メトは獲物を追うかのように、ムークを追いかけ回し始めた。ムークは必死で逃げる。…とその時、ドアの外から幸治郎さんがメテオさんを呼んだ。

幸治郎さん:メテオちゃん、メテオちゃんや。

 ムークは急いでメテオさんのティンクルスターに隠れる。急に“獲物”が消えたメトは、すぐその場で止まり、回りをきょろきょろと探す。

メテオさん:はーい、なあに?、幸治郎お父様。

 メテオさんは、ムークが隠れたティンクルスターを放り投げると、そっとベッドから降り、ドアの方へ向かった。

幸治郎さん:庭の花菖蒲がね、きれいだよ。見てごらん。もうすぐ花は終わりになってしまうよ。

メテオさん:ハナショウブ?。

 メテオさんは、猫のメトと顔を見合わせた。

 

メテオさん:これが、ハナショウブ。

 メテオさんが住んでいる風岡家の家は、玄関が東向きについている。北側はやや高い木もあるが、その下には少しハナショウブが植わっているところがあるのだった。メテオさんは、その薄紫や濃い紫の花を見て、確認するように声をあげた。ふと思ってみれば、もう何年もこの家に住んでいるのに、ハナショウブが毎年咲いていることになど、気付いたことは無かった。

メテオさん:幸治郎お父様、この花ずっと前からあったかしら?。

 メテオさんは、ハナショウブの元にしゃがみ込み、そして後ろを振り返って、にこにこしながら立っている幸治郎さんに尋ねた。

幸治郎さん:ふふふ…、メテオちゃんは、気付かなかったのかい?。もっとも、それほどたくさんあるわけでかったからね。バラのほうが目立つし…。

メテオさん:幸治郎…お父様?…。

 幸治郎さんの、含みがあるような言葉に、メテオさんは立ち上がりながら、怪訝そうな表情を浮かべた。そこへ留子さんがやって来た。長袖に手袋、移植ゴテを持って、頭には小さめな麦わら帽子、脇には花のポットがたくさん入った四角く黒いケースを抱えている。

留子さん:メテオちゃん、お花を植えましょう。

メテオさん:えっ?。留子お母様?。

 メテオさんは、なんだかいつもと「雲行き」が違うような気がして、不思議に思った。しかし、留子さんの抱えているケースには、小さなポットに入った、サフィニアと呼ばれる花がたくさん入っていた。色とりどりのサフィニア。

留子さん:もう7月も近いから、サフィニアを植えましょう。ハナショウブのすぐ手前に、一列に植えればきれいよ。もうすぐハナショウブは終わってしまうの。

メテオさん:終わるって?。

留子さん:また来年ってことよ、メテオちゃん。だから、その手前に新しく一年草を植えておけば、きれいでしょ。

メテオさん:ふーん。わかったわ。

 メテオさんは、最近留子さんがガーデニングに凝っていることを思い出した。そう言えば、自分宛ではない通販の箱が届いたことも。あれはきっと、今にして思えば、ガーデニンググッズであったに違いない。

 メテオさんは、簡単に着替え、珍しくデニム素材のパンツを履いた。いつものようにスカートでは、土いじりというわけに行かないと思ったからだ。そして移植ゴテを手に持つと、ポットから抜いたサフィニアの苗を植えるための穴を、ハナショウブから少し離れたところに掘り始めた。

メテオさん:あー、面倒だわったら、面倒だわー。星力でちょこっと…。

ムーク:ダメに決まっているじゃないですか。

メテオさん:わかっているわよ。えい、えい!。

 メテオさんは、あらためて腰に付け直したティンクルスターの中にいるムークと、小声でぼやくように話ながら、移植ゴテを土に差し、そしてその土を掘り返した。

“カチリ”

メテオさん:あら?。

 メテオさんが、移植ゴテを、やや深めに土の中に差し込んだとき、何か固いものに当たる感触とともに、金属的な音がした。

メテオさん:何かしら?。…うーん、鎌倉はそれこそ本当に「掘り出し物」が埋まっていることがあるって聞いたわ。そんなお宝だといいんだけど。

ムーク:ダメですよ姫さま。それも勝手に自分のものには出来ないのでは?。

メテオさん:わかっているわよ、もう!。…でも、これって…。

 メテオさんは、何となく土に埋まっているものが、細長いもののような気がしたので、少しずつ前へと掘り進んでみた。と、その時家の中で、電話が鳴る音がした。

留子さん:あら電話?。

幸治郎さん:おや?。早く出ないと。わしが行こうか?。

留子さん:いいわ、私の方が近いから。はいはい…、今出ますよー。

 留子さんはそう言いながら、家の中に戻ってしまった。メテオさんは、そんな様子を見ていたが、目の前の移植ゴテに、意識を戻した。

メテオさん:なんだか…、長細いものが埋まっているわ…。

 メテオさんは、ハナショウブの脇をまっすぐに掘り進んでいった。

ムーク:うーむ、お宝ではないような…。コンクリートですなぁ。

 ムークがそっと土の中を、のぞき込むように見ながら言う。確かに、コンクリートの固まりが、直線的に続いているのが見える。幸治郎さんは、メテオさんが移植ゴテをふるうのを、なぜかにこにこしながら見ているのだった。

メテオさん:これは…。なんだか…、コンクリートの固まりが、一直線につながっているみたい…。

 メテオさんは、立ち上がり、おでこの汗を手の甲でぬぐうと、泥の付いた移植ゴテを右手に下げたまま、掘り出したところを見渡して言う。幅20センチもない、細長いコンクリートの固まりが、線をなして続いていた。

メテオさん:これは何かしら?。この丸いの。

 メテオさんは、掘り出したコンクリートの平らな面に、金属の輪が2カ所に露出しているのを見つけた。

ムーク:なんですかねぇ…。

メテオさん:どこかで見たような…。こういう地面に輪っかが埋まっているの…。…そう、…あの時の大船駅だわ。

ムーク:大船駅?。それはまた不可思議な場所で。

メテオさん:大船駅の階段に…、そういえばこんな感じのが点々と。神也が言っていた…。手すりを切ったあとだって…。でも、これは?。

ムーク:はあ…。

 メテオさんとムークは、小声で会話を続けた。コンクリに埋まった金属の輪は、まさしく大船駅の階段にもあったものと同じに見える。ムークは何だかわからない。メテオさんは、それが一体何を意味しているのかまでは、わからないでいた。その時幸治郎さんが歩み寄り、メテオさんに声をかけた。

幸治郎さん:どうしたんだい?、メテオちゃん。

 メテオさんは、振り返って言う。

メテオさん:幸治郎お父様…。これは何かしら?。

 今掘ってきた、ごく浅いところに埋まっていたコンクリの直線を指さして、まず尋ねる。

幸治郎さん:ふむ。メテオちゃんは、とうとう掘り当ててしまったか…。

メテオさん:何を?。別に宝物には見えないけど?。

 幸治郎さんは、またにこっと笑うと静かに答えた。

幸治郎さん:うむ。これは確かに宝物には見えない。しかし、わしらには宝物かもしれないものだねぇ。

メテオさん:わしらって…、留子お母様と、っていうこと?。

幸治郎さん:ああ。

 メテオさんはふとそれは、自分がこの家にやって来るずっと前に亡くなったという、風岡幸治郎さんと留子さんの娘、美沙子さんに関係があるのではないか、と思った。

幸治郎さん:どれ、移植ゴテを貸してごらん。

メテオさん:え?、…ええ。

 幸治郎さんの言葉に、メテオさんは右手に持っていた移植ゴテを、そのまま手渡した。

幸治郎さん:どっこいしょ…。これはね…。こうして掘ると…。

 幸治郎さんは、移植ゴテで上の土をよけるように、コンクリートの平らな面を、メテオさんが掘り出したところの先を続けて掘り進んだ。長く続くコンクリートの帯。やがて1メートル位先で、それは90度左へと曲がっているのがわかった。

幸治郎さん:どれ、これくらでいいだろう。メテオちゃん、見えるかい?。

メテオさん:ええ、見えるけど…。これって…。

幸治郎さん:これは、子ども用の小さなプールなんだよ。

 幸治郎さんは、今メテオさんが掘り出し、その先は自ら掘り起こした、地下15センチほどに埋まっているコンクリートの正体を、かがんでいた姿勢から立ち上がって語った。

メテオさん:プールぅ?。

 メテオさんが、「何でそんなものがここに?」と言いたげな顔つきで答える。

幸治郎さん:そこに手すりがあってね。…もう切ってしまったが。

 幸治郎さんは、先ほどメテオさんが掘り当てた、コンクリートの枠に埋まった金属の輪を指さした。

メテオさん:あ、じゃあこれって、プールに出入りするための、あの…、Uの字がひっくり返ったような両手で持つ手すりのあと!?。

幸治郎さん:そうそう。それだよ。

 幸治郎さんはうなずいた。メテオさんは、もう一度コンクリートの表面に見える金属の輪を見た。それは鈍く光を放っていた。輪のように見えるのは、コンクリートの面ぎりぎりで切ってしまったから。やはり大船駅で、神也くんが教えてくれたものと、手すりということでは同じだったのだ。

メテオさん:大船駅で見たのは…、階段の手すりのあと…。あれも手すり、これも手すり、なのだわ…。

 メテオさんは、つぶやくように言ってみた。

 

 メテオさんと留子さんは、元プールだったコンクリの枠を少しよけて、サフィニアを植え終わると、それらが見える北に向いた応接間で、幸治郎さんとともにお茶を飲むことにした。

留子さん:一休みしましょ。紅茶とお菓子で。

メテオさん:は、はぁい…。

 メテオさんは、あの埋められたプールには、何か重大な秘密があるのかも、と思って、なぜかドキドキした。

幸治郎さん:どれ、私もお茶をいただこう。

 硬い顔をしているメテオさんをよそに、幸治郎さんはカップを手に取った。そして言う。

幸治郎さん:メテオちゃんは、どうしてプールがあったのに、埋めてしまったのか。それが知りたいのだろう?。

メテオさん:えっ?…。…そ、それは…、そうだけど…。

 メテオさんは、びっくりしたように答えた。

幸治郎さん:そうだねぇ…。もうメテオちゃんに話してもいいかもしれないな。

 幸治郎さんは、紅茶を一口そっと飲むと、庭のサフィニアを見て静かに言った。そう言う幸治郎さんの顔と、留子さんの顔を比べるように見ながら、メテオさんは尋ねた。

メテオさん:じ…、事故が…あったとか?。

幸治郎さん:いや、そういうわけじゃない。…あれはね、美沙子が小さい頃、水遊びをしていたプールのあとなんじゃ。

メテオさん:み、美沙子さん?。

 メテオさんは、やっぱりか、と、心のどこかで声を発していた。

幸治郎さん:まだねぇ…、小さかったからね。浅いんだよ。いずれ大きくなったら、もっと広く、深いところも作ってやろうと思っていた…。

メテオさん:そ、そう…。

幸治郎さん:美沙子は、手すりのところから、おそるおそる水に入って、やがて一人ではしゃいでおったよ…。

留子さん:…それで、だんだん美沙子が大きくなって、そろそろもう少し大きくしてあげましょうって言っていた頃…。

幸治郎さん:うん…。

 留子さんが、少し潤んだ目をしながら、会話に加わった。

メテオさん:……こ、交通…事故が、起きたのね?。

幸治郎さん:はぁ…。…そういうことさ。

 幸治郎さんは、深い息をすると、静かに答えた。その目は、いつしか天井を見つめていた。

メテオさん:そうだったの…。

 メテオさんまで、しゅんとした気分になっていた。まるで、封印されていた風岡家の記憶を、掘り出してしまったのかと考えたからだ。

幸治郎さん:美沙子が亡くなってしまって、わしらはとても悲しいと思った。だから埋めてしまったんだよ、あのプールは。そうしてたくさん土を入れて、そこにハナショウブを植えたんだよ。花が咲くたびに、思い出すだろうって思ってね。

メテオさん:……。

 メテオさんは、黙って聞いているしかなかったが、幸治郎さんがプールを埋めてしまったということと、花が咲くたびに美沙子さんを思い出すというのには、メテオさんらしく、矛盾があると思った。一方で埋めて封印しながら、花が咲くたび思い出そうという矛盾が。しかし、「それは矛盾だわったら、矛盾だわ」とは言えない。そう簡単に言いきれない、もっと複雑な思いがあるのだろうとも思えた。メテオさんは、そういうカンが鋭い。それを察したかのように、幸治郎さんは続けた。

幸治郎さん:プールを埋めながら、そこに花を植えて、花が咲くたびに美沙子を思い出すなんて、どこかおかしいとわしも思うがね…。美沙子が喜んで水遊びをしていたのに、あるじがいなくなったプールを、ずっと眺めている気にはなれなかったんだよ…。

メテオさん:……。

 メテオさんは、どう答えていいかわからず、ちょっと困った顔になった。

幸治郎さん:あ、ごめんよ、メテオちゃん。つまらない話をしてしまったなぁ。

メテオさん:い、いいえ…。

留子さん:もう少し大きくしようと、前の土地を整地した矢先だったのよ…。

 それでも留子さんは、一人語りのように言う。

メテオさん:前の土地?。

留子さん:あら、メテオちゃん、ごめんなさいね…。つい…。ぐすっ…。

 留子さんは涙ぐむ。

メテオさん:いいわ、聞かせて、留子お母様。

留子さん:いいの?、メテオちゃん。

メテオさん:ここまで聞いたら、ちゃんと聞きたいじゃない。ね?。

留子さん:そうね…。…今ハナショウブが植わっているところの前よ。そっちのほうへ、もっと広げようかって、パパと言っていたのよ。

メテオさん:…そ、それって、私があの怪獣置いているところじゃない。

 メテオさんが、勢いで買って庭に置いた怪獣のオブジェ。しかし留子さんは、少し笑って続ける。

留子さん:うふふふ…。そうね。あの前のところ位までかしら。

メテオさん:そ、そんなこと…。私ったら…。

幸治郎さん:いいんだよ。メテオちゃんが楽しめれば。

 幸治郎さんが、少しあわてたように言う。

留子さん:そうよ。気にしないで。ご近所では不思議がられているみたいだけど、それも面白いわ。

メテオさん:で、でも…。

 メテオさんは、なんだかいけないことをしたかのような気になった。数年前の自分だったら、幸治郎さんや留子さんの気持ちも考えずに、もしかしたら笑い飛ばしていたかもしれない。そんなかつての自分が、今はちょっと恥ずかしいと思うようになった。

 メテオさんがただの平らな庭だと思っていて、草刈りが面倒などと思っていた場所は、美沙子さんが遊ぶためのプールを、広げるつもりの場所だったのだ。しかし実際、その美沙子さんは事故で亡くなってしまった。それから何年もの年月がたったある日、星力を使ったメテオさんが、突然やって来ることになるのだが、美沙子さんの運命と、幸治郎さんと留子さんの嘆き、悲しみは、少なくともメテオさんがやって来るまでは、どこの家にも少しはありそうな、過去の悲しみの一つなのだろう。美沙子さんは歩みを止めたまま、幸治郎さんと留子さんだけが、歩み続けるという現実。ところが、メテオさんの存在は、風岡家の歴史を、はっきり変えたと言ってよいだろう。メテオさんは、美沙子さんの歩むはずだった時間を、たどるかのように現れ、それを引き継ぐかのように生活を続けている。風岡家の新たな思い出は、日々作られ続けているのだ。そのことを、単純に幸治郎さんと留子さんはうれしく思う。再び娘が帰ってきたかのような日常。日々かがやきを振りまくメテオさん。美沙子さんが生きていれば、こんな風岡家になっていたかどうか。それはわからないけれど、今メテオさんは、風岡家の主役であることに違いはなかった。

 窓の外では、植えられたばかりのサフィニアが、だいぶ強くなった夏の陽光を浴びている。今日は梅雨だというのに、天気が良い。それを眺めながら紅茶を飲んでいた幸治郎さんが、静かに言った。

幸治郎さん:…それにしてもメテオちゃんがうちに来てからというもの、うちは明るくなったねぇ。ふふふ…。

留子さん:そうですわねぇ。本当にメテオちゃんは、うちの光のようよ。

メテオさん:そんなぁ…、私はただ…。す、好き勝手やっているだけだもの…。

 メテオさんは、珍しくそんなことを言う。ところが…。

幸治郎さん:メテオちゃんが…、そう、5年くらい前になるかね。恋人といっしょに行ってしまうって言ったときは、わしら実はだいぶ悩んだよ。

留子さん:そうね。あの時は…。もうどうしようかと思ったけど。

幸治郎さん:またメテオちゃんは、戻ってきてくれた。

メテオさん:あ、あの時は…、その…。

 留子さんが引き取った会話に、メテオさんは口ごもった。

幸治郎さん:メテオちゃんの、本当のふるさとは、一体どこなのかねぇ…。

 メテオさんが思いもよらないことを、幸治郎さんは口にした。メテオさんは、はっとして幸治郎さんの顔を見た。

留子さん:あなた、それは聞かないことにしましょうって…。

幸治郎さん:あ、いや…、そうだったね。すまんすまん。

 幸治郎さんは、あわてて紅茶をもう一口すすった。

 メテオさんは、二人の言葉を聞いて、薄々感じていた、「星力はとっくに切れているのではないか」という疑問の答えが、あっさりと明らかになってしまった気がした。

メテオさん:…わたくしの国は…、…カスタネット星国…。

 メテオさんは、視線を下げながら答えた。

留子さん:……。

幸治郎さん:……ほ、ほう…。

 留子さんと幸治郎さんは、メテオさんの答えに、顔を見合わせた。かつて貿易の仕事をしていた二人。そんな国が、少なくともこの地球上に存在しないことくらい、わかっていた。しかし二人は、またにっこりとした顔に戻ると、メテオさんに対して、静かに言うのであった。

幸治郎さん:うむ。メテオちゃんの故郷は、そういう国かい。きっといいところなんだろうね。

留子さん:そうね。きっとそうでしょう。こんな素直な子が、育つところですもの。

メテオさん:…そ…。

 メテオさんは、「そんなことは無いわ」と言おうかと思ったが、つい口をつぐんだ。そう言って否定する材料もない。それより、自分を「素直」と言ってくれる留子さん。「わたくしって、素直なのかしら」。そんな思いが胸にわく。

幸治郎さん:最近、通販でいいものはないのかい?、メテオちゃん。

メテオさん:えっ?。

 幸治郎さんは突然そんなことを言う。メテオさんはびっくりして答えた。そしてそれは、幸治郎さんと留子さんの、思いやりなのだろうと思った。あまり細かく問いつめようとはしない二人の。

メテオさん:…そ、そうねぇ。最近はあんまり面白いものは無くてよ、幸治郎お父様。またいいものがあれば、がんがん買うわ!。

 メテオさんは、あえて強そうに言ってみた。

幸治郎さん:おお、いいねぇ。メテオちゃんのいつもの調子だね。

 幸治郎さんの言葉に、メテオさんは少し微笑むのだった。

 

 夜になって、メテオさんは窓辺で空を見上げていた。手にはメトを抱いて。

メト:にゃーん。

 メトは小さな声で鳴く。

メテオさん:メト…。

ムーク:どうするんです?、姫さま。

 ムークは、昼間の話、つまりメテオさんがここにいられるのは、もうとっくに星力の作用ではない、ということについて、どうするのか聞いているのだ。

メテオさん:どうするって言っても…。こうしているしかないじゃないったら、ないじゃないの…。ずっとこうして来たんだし…。

 メテオさんは振り返らずに答える。

ムーク:まあ、とっくに星力は切れていましたからね。最初の1週間くらいじゃないですか?。

メテオさん:そんなこと、いまさら言われてもどうしようもないわよぅ!。そんなに早く切れるなんて、思いもしないじゃない…。

 メテオさんは、そう言ってはみたものの、無理もない話だとは思っていた。だいたい、ここ数年は、幸治郎さんと留子さんを呼ぶとき、単に「お父様、お母様」とは呼ばない。必ず名前を入れて、「幸治郎お父様、留子お母様」なんて呼ぶ。それからしても、幸治郎さんと留子さんは、自分が実の娘の再来ではなく、どこからかやって来た人間だということに、すぐに気付いていたに違いない。しかし、あえてそれには、互いに深く触れないでいたのだ。それは、幸治郎さんと留子さんからすれば、メテオさんへのちょっとした遠慮と、二人のメテオさんを娘の再来だと思いたい気持ちの、両方があったはずなのだ。メテオさんからすれば、地球に住み続けるために、星力を使ったつもりでいたが、そんなことをしなくても、ここには居させてくれたのではないか。今にしても、もうとっくにここにいるのが、当たり前になっているではないか。そう考えさせられる話がちょっと出た…、と言ってしまうことも出来る。

 コメットさん☆は、ふとしたことから、藤吉家の人々に、星国人であることを明かすことになったのだと言う。そのことをコメットさん☆自身から知らされたとき、メテオさんは、「自分だったらどうしよう?」と考えたことはある。それで心が揺れたことも事実だ。だが幸治郎さんと留子さんに、あえて知らせる必要もないと思ったから黙っていた。それは今でもそうだが、ふと、いつか本当のことを言った方がいいのだろうか、とも、メテオさんは思うのだった。しかし、いまさら「本当のこと」として、自分が星国人だと言ってみる意味が、あるのだろうか、とも思う。

 メテオさんが、そっくりの娘を事故で失った夫妻のところに、住み続けることになったのは、「星の導き」だという。そうかもしれない。いや、そうなのだろう。だがメテオさんは、最初はともかく、今ここにこうしてここに住み続け、イマシュンとの恋もしながら、ごはんも食べて、お小遣いをもらい、通販でいろいろ買い物をしたり、庭にすら勝手にオブジェを置いて、かがやき探しをしつつも好きに過ごせるのは、もう星の導きだけではない、別の何かであると思うのだ。それはたぶん、美沙子さんを思う幸治郎さんと留子さんの気持ちが、後押ししているのだろうが、自分を「たった一人の娘」として、迎え入れ、包み込もうとしてくれる気持ちそのものではないか…。それこそ「愛情」と呼ぶのではないか…。メテオさんは、そんなふうにも思う。

 人が人を思いやる心が持つ力は、家族でなくとも、人と人をつなぎ止め、ともに歩ませる。サフィニアが根付いて、どんどん花を咲かせる頃には、梅雨が明けるといいのにと、思うメテオさんなのだった…。

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★第310話:ケースケのいない夏−−(2007年7月上旬放送)

 6月は行ってしまい、7月がやってきた。「HONNO KIMOCHI YA」の前に広がる由比ヶ浜は、もう海開きになって、いつものようにたくさんの海の家が浜に建ち並び、まだ梅雨明けはしていないから、曇りの日は多いものの、人々は海の水の感触を求めてやって来るようになった。これからしばらくすると、また本格的な暑い夏になる。

 やって来る人々は、それほど日焼けしていない人が多いが、やがて多くの人々が、日焼けした肌になっていく。子どもたちが走り回り、若者がサングラスでデッキチェアに寝そべり、孫を連れた初老の夫婦から、遠くでサーフィンに興じる人がいて、それらを見守るライフセーバーがいる。そして繁昌する海の家。そういう光景を、じっと見続けてきたし、時にはいっしょにその中に身を置いたこともあるコメットさん☆。いつしか由比ヶ浜の海は、いつも「HONNO KIMOCHI YA」の窓から見る、見慣れた海となっていた。

 だが、今年は一つだけ、コメットさん☆にとって、違っていることがある。

コメットさん☆:やっぱり、いないね…。

 コメットさん☆は、「HONNO KIMOCHI YA」の大きな窓から、浜に視線を滑らせて思う。

 そう。今年の夏は、この由比ヶ浜で、ケースケがライフセーバーとして活躍することはない。

沙也加ママさん:コメットさん☆、もう少ししたらお昼にしましょ。

コメットさん☆:えっ?、あ、はい。

 コメットさん☆は、エプロン姿で「HONNO KIMOCHI YA」の棚を掃除していたのだが、いつの間にかほこり取りを手に、じっと外を見ていたのだ。夏だから、お客さんの数はそこそこあるが、まだ夏休み期間に入っていないので、大忙しというほどのことはない。コメットさん☆は、気を取り直すと沙也加ママさんに尋ねた。

コメットさん☆:お昼ごはん、どうしますか?、沙也加ママ。

沙也加ママさん:そうねぇ…。今日は暑そうかしら?。

コメットさん☆:それほどでも…、ないかな?。

 コメットさん☆は、窓の外を見ながら言う。天気は梅雨明けしていない割に良いし、風も弱い。このところとしては暑いほうかもしれないが、それほどには見えなかった。

沙也加ママさん:それでも…、なんだか急に暑そうね。…扇屋さんにお願いしちゃう?、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい。私はそれでいいです。

 扇屋とは、毎年由比ヶ浜に夏のシーズンだけ開く「海の家」なのだ。「HONNO KIMOCHI YA」も忙しい夏の季節、道路を挟んだ反対側だからと、特別に出前してもらうことが多い。お店の主人と、沙也加ママさんや景太朗パパさんは、もう十何年もの顔見知り。

沙也加ママさん:今日はね、2階のキッチンで作る用意はしてなかったのよ。

 沙也加ママさんは、そんなことを言う。コメットさん☆はうなずいた。

コメットさん☆:じゃあ、私注文してきます。沙也加ママは何がいいですか?。

沙也加ママさん:そうね。私は…カレーにしようかな。コメットさん☆は?。

コメットさん☆:私は…、焼きうどんかなぁ。

沙也加ママさん:いいわね。飲み物は、私が2階でアイスコーヒー作っておくわね。

コメットさん☆:はい。じゃ、ちょっと行ってきます、沙也加ママ。

沙也加ママさん:お願いー。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの言葉を背中で聞きながら、「HONNO KIMOCHI YA」の扉を開けて、外に出た。扇屋は、目の前の国道の信号を渡って、浜に降りたら数件先の海の家だ。

コメットさん☆:うわっ…、結構暑い…。

 コメットさん☆は、冷房のきいた「HONNO KIMOCHI YA」から外に出た瞬間、足下からむっとする熱気に少し驚いた。思ったよりは暑い気温なのだ。意外にもこの夏一番の暑さかもしれない。そしてふと、ラバピョンのところに行ったラバボーを思い出した。きっとラバピョンの住む信州は、ずっとここより涼しいのだろうと思う。それに、お店でじっとしていると、案外外の気温はわからないものだとも思った。

 風が弱く、よけいに暑さを感じる中、コメットさん☆はてくてくと歩き、国道を渡る信号のところまで来た。そして信号を待つと、国道を渡り、低い階段を降りて、砂浜を歩き始めた。砂が少しずつサンダルに入ってくるが、あまり気にせず海の家が建ち並ぶところまで歩く。軽快な音楽を流し、ずらりと並んだ海の家は、まだ初夏の平日とあって、客待ち顔だ。

海の家の人:いらっしゃーい。どうですかぁ?。

 海の家のアルバイトの人は、毎年変わるので、コメットさん☆を泳ぎに来た人と間違え、声を掛けてくる。

コメットさん☆:あ、あの、私そこの店の者です。

海の家の人:あっ、失礼しましたー。

 コメットさん☆はそのたびに、「HONNO KIMOCHI YA」のほうを指さして答える。学校が夏休みになる頃までには、覚えてもらえるだろう。

 そんなことを1〜2度繰り返し、コメットさん☆は扇屋の前までやって来た。いつもの主人が料理を作っているのが見える。

コメットさん☆:こんにちはー。また今年もお願いします。

扇屋の主人:おお、こんにちは。また季節だねぇ。出前かな?。

 主人は、炒め物の手を休めず答える。

コメットさん☆:はい。いいですか?。

扇屋の主人:いいよ、いいよ。何にしますか?。

コメットさん☆:カレーと焼きうどんお願いします。

扇屋の主人:はいよっ!。石田さん、そこの「HONNO KIMOCHI YA」っていう、雑貨屋さんの人だ。出前だからね。覚えておいて。

 主人は、海の家の中にいた若い女性店員に、威勢よく声をかけた。

石田さん:は、はい。え、えーと、どこですか?。

 石田さんと言われた女性店員は、びっくりしたように振り返った。派手な格好をしているわけでもなく、近くの学生さんのように見える。今年初めてアルバイトをしているらしく、「HONNO KIMOCHI YA」の場所がわからない様子。コメットさん☆は扇屋の屋根越しに指を差しながら言った。

コメットさん☆:あの…、国道の信号を越えて4軒目くらいです。

石田さん:あー、あちらのお店ですね。わかりました。屋根のところが丸い看板の。

コメットさん☆:そうです。お願いします。

石田さん:はいっ。カレーと焼きうどん…と。…出前、と。

 石田さんは、伝票に書き留めた。コメットさん☆は代金を支払うと、またもと来たとおりに砂浜を歩き、国道の方へと戻っていこうとした。しかし、そこでふと海のほうを眺めた。

 遠浅の海岸である由比ヶ浜。浜には海の家が建ち並び、その先にはまだまばらな人々が、海の水と戯れている。この時期としては強めの日が射し、ゆるい南風が吹く。遠くには逗子のマリーナが見え、さらに遠くには三浦半島の影が見える。反対側には稲村ヶ崎が突き出し、江の島は見えない。海面はどこまでも遠く、水平線と空がつながっている。「HONNO KIMOCHI YA」の窓からとはまた異なるが、やはりいつもよく見る景色だ。もう何年もここでこうして見てきた景色とも言える。波は穏やかで、静かに寄せては返す。だがこういう日でも、事故が起こらないように、ライフセーバーは海を見守っている。コメットさん☆は、何気なく監視台を見た。はしご段を上がった上にある監視台。高い位置から海全体を見渡し、おぼれている人がいないか、危険な遊び方をしている人が無いか、困っている人はいないか、見守る台である。ライフセーバーはそこに上がって、自らの暑さも顧みず、じっと人々の安全を見守る。もちろん、ケースケの姿は、彼がオーストラリアに行ってしまった今、そこにあるはずも無い。かわりに見えるのは、屈強な若者のライフセーバー。名前も知らない青年だった。コメットさん☆自身、わかっているはずなのだが、つい監視台にケースケの姿を探してしまう。去年までは当たり前の風景であるケースケの姿を…。そして再確認してしまうのだ。

コメットさん☆:…あっ、そうだ。この夏は、ケースケのいない、はじめての夏なんだ…。

 コメットさん☆が地球に、この鎌倉にやって来て以来、初めてのケースケがいない夏。ケースケがいない由比ヶ浜。当たり前のことなのだけれど、コメットさん☆は、軽いショックを感じた。

石田さん:どうしました?。

 その時、出来上がった料理を、古びたおかもちに入れて持った石田さんが、コメットさん☆の後ろから声をかけた。コメットさん☆が、ケースケのいない夏に思いをはせているうちに、カレーと焼きうどんは出来上がってしまったのだった。そういえば、コメットさん☆からの注文を聞くと同時に、うどん玉を手に取ったのが、ちらりと見えた気がする。

コメットさん☆:あっ…、い、いえその…。こ、こっちです。

石田さん:はいっ。行きましょう。

 石田さんは、そんなコメットさん☆の思いなど、知るはずもなく、にこっとほほえむのだった。

 

沙也加ママさん:今年もおいしいわね、扇屋さん。

 石田さんが持ってきてくれたカレーと焼きうどん。2階のテーブルに持って行き、沙也加ママさんとコメットさん☆は食べ始めた。少しの間、お店はクローズにする。

コメットさん☆:そうですね。いつもおいしい。

沙也加ママさん:海の家の中でも、特においしい気がするわ。

コメットさん☆:そうですか?。

沙也加ママさん:ああ…、そうね。コメットさん☆は、他と食べ比べたことはあまり無いわよね。

コメットさん☆:ええ。ここでは扇屋さんしか…。

沙也加ママさん:普通の海の家は、出前してくれないと思うし…。うちはまあ特別なんだろうけど。

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、カレーと焼きうどんを食べながら、もはや当たり前の話をする。

 

 夕方近くなり、ネネちゃんとツヨシくんが学校からお店へと、直接帰ってきた。特に夏の間は、珍しいことでもない。景太朗パパさんは、家で仕事をしながら一人留守番になってしまうので、つまらないとぼやくのであるが。

ネネちゃん:ただいまー。あーあ。

ツヨシくん:ただいまぁ!。

 二人はお店の入口ドアを勢いよく開け、駆け込むように中に入って来る。しかし、ネネちゃんの機嫌は今一つだ。

コメットさん☆:あ、二人ともおかえり。どうしたのネネちゃん?。

 コメットさん☆の言葉に、ネネちゃんは2階への階段一段目にカバンを投げ出し、レジのそばにあったいすに座りながら言う。

ネネちゃん:掃除当番が大変で。もう男子全然手伝わないし。自分たちのところ掃除しないし。

ツヨシくん:え?、うちのクラスはさっさとやって、ゴミ箱当番がゴミ捨てに行って終わりだったけどな。

 ツヨシくんは意外なことを聞いた、というように答える。

ネネちゃん:最後のゴミ捨てまで、私たちだけでやったんだよ、もう。

 ネネちゃんはその場の誰に言うでもなくつぶやく。

沙也加ママさん:そうだったの?。大変だったわね、ネネ。

 沙也加ママさんが困ったように笑い、ねぎらうように言った。

沙也加ママさん:じゃあ、何かおやつ食べてきてもいいわよ。コメットさん☆もいっしょに行って。

ツヨシくん:ほんと!?、やったぁ。

 ツヨシくんは自分に言われたかのように喜ぶ。

コメットさん☆:はいっ。

ネネちゃん:はぁー、やったねっ。なんだかおなかがすいたよ…。

 ネネちゃんはそう言って少し笑うと、いすから立ち上がった。少し悪くなっていたネネちゃんの機嫌が、すっと切り替わったのを見て、コメットさん☆と沙也加ママさんもにこっと笑った。

 

 ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆の3人は、「HONNO KIMOCHI YA」を出て、まずは前の国道を左に歩き出した。

コメットさん☆:どこへ行く?。

ツヨシくん:もう夏だね。

ネネちゃん:7月だもの。

ツヨシくん:それなら、海だね。

 ツヨシくんは妙な答え方をする。

ネネちゃん:目の前海じゃん。

 ネネちゃんは、「何を言うのか」というような顔で答える。

ツヨシくん:そう。海だね。そういうわけだから…、つまり海の家。そしてそこでたこ焼きだね。

コメットさん☆:あははっ…。ツヨシくんは、たこ焼きが食べたいんだね。

ツヨシくん:コメットさん☆はどう?。

 ツヨシくんは、キラキラしたような目でコメットさん☆を見る。ここでの目当てはたこ焼きだ。

コメットさん☆:いいよ。私は。ネネちゃんは?。

ネネちゃん:うーん、いいね。甘いものも食べたいな。

コメットさん☆:じゃあ…、かき氷とか?。

ネネちゃん:白玉クリーム大盛りね。

 ネネちゃんは、扇屋の名物かき氷の話をする。かき氷なのに、上にかかっているものがあんみつみたいなメニューがあるのだ。

ツヨシくん:うわっ…、それおなかに悪くない?。いくら今日天気がいいって言ってもさぁ。

 ツヨシくんはそれにびっくりしたかのように答える。

ネネちゃん:んー、おなか壊すのは、ちょっといやだなぁ。

コメットさん☆:アイスクリームくらいならどうかな?。

ネネちゃん:あ、それいいかも。

 楽しげに話をしながら、国道を渡り、三人は浜へ降りた。夕方が近いせいか、もう強い熱気が上がってくるというわけでもなく、案外涼しい風が、海面をつたって流れてくる。コメットさん☆とネネちゃんは、そっと髪を押さえた。そしてコメットさん☆は、またライフセーバーの監視台に目をやる。そこには、お昼ごはんを注文したときと、同じ人がまだ座っていた。もう日焼けした肌に赤い帽子、小さなメガホンを持っている。

コメットさん☆:…あ、さっきと同じ人…。大変なんだ…。

 思わずコメットさん☆は、そう口にした。

ネネちゃん:誰が?。

コメットさん☆:…あの、ライフセーバーの人だよ。

 コメットさん☆は、ずっと監視台に上がっている、見知らぬライフセーバーを指さした。

ツヨシくん:同じ人?。

コメットさん☆:…私と沙也加ママが、お昼食べている頃から、おんなじ人が座っているの。大変だなって…。

ツヨシくん:そうかぁ…。今日なんか、けっこう暑かったかもね。代わりの人が少ないのかな?…。

 ツヨシくんも、監視台の方を見て言う。コメットさん☆は、そっと少しの間目を閉じ、そしてまた見開いて静かに言った。

コメットさん☆:ライフセーバーさん、今日も海を守ってる…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の横顔を見ると、その言葉に込められた思いをすぐに理解し、小さい声で答えた。

ツヨシくん:…うん。きっと…、オーストラリアの海も、…ケースケ兄ちゃんが…。

 それを継ぐように、ネネちゃんもつぶやく。

ネネちゃん:時差は一時間…。今頃ケースケ兄ちゃんも、忙しいかもね…。あ…、忙しくない方がいいのかな?。

コメットさん☆:…そうだね。忙しくない方が…いい…。

 コメットさん☆もまた、ライフセーバーの赤い帽子を目で追いながら静かに答えた。いつしかみんな、傾きかけた日が照らす由比ヶ浜の、ライフセーバーの姿をまぶしそうに見つめ、なんとなく感傷的な気持ちになっていた。春から夏になったとはいえ、親しくしていた友だちが、遠くへ移住してしまったという事実は、みんなにとって、やはり忘れられないショックな出来事だったのだ。

 と、その時コメットさん☆たちを呼ぶ声が、後ろの国道につく歩道から聞こえた。

「おーい、おーい、コメットぉ!」

 コメットさん☆たちが、いっせいに振り返り、その声のもとをたどると、その先にいたのは、プラネット王子とミラだった。

コメットさん☆:プラネット王子と、ミラさん…。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは浜から再び階段を少し上って、プラネット王子とミラのもとに走った。

プラネット王子:よお。何していたんだ?。

コメットさん☆:わ、私はその…、ツヨシくんとネネちゃんといっしょに、おやつを食べようかなーって…。あはは…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに笑った。

プラネット王子:そうか。オレはさ、写真のコンテストで入選してさ、少しだけど賞金をもらったから、ミラといっしょに何かお菓子でも食べようかってことになったのさ。材木座に、おいしいお菓子の店があるとかで…。

ツヨシくん:入選したの?。すげー。

コメットさん☆:入選ですか?。金賞!?。

プラネット王子:いやいや…。金賞じゃなくて、まあその…、銅賞なんだけど…。なあミラ。

ミラ:プラネットさまは、春にあったコンテストに応募していたんです。

プラネット王子:その「さま」っていうのは、やめてくれよ…。本当に調子狂うからさ。もうそんな「さま」なんて話じゃないだろ?。ふふふ…。

 プラネット王子は、困ったような顔で笑った。

ミラ:そ、そうですけど…。つい…。

 ミラもまた、困ったような顔で微笑んだ。それを見ていたネネちゃんは、ふと思った。

ネネちゃん:(プラネットさんとミラさんは、なんだかいい感じなのかなぁ…。ツヨシくんの、コメットさん☆べったりというのとは違うけど…。)

 もう高学年のネネちゃんは、いつまでも子どもではない。

プラネット王子:まあその賞金が入ったから、前から聞いていたお菓子をさ、ミラといっしょに食べようかかなって思ってさ。ま、オレ一人で行くのもちょっとな。ははは…。みんなもどうだ?。

 プラネット王子は、少々言い訳っぽく語る。そんな言葉に、コメットさん☆とネネちゃん、ツヨシくんはちょっと顔を見合わせた。

ツヨシくん:いいの?。

 最初に口を開いたのはツヨシくん。ネネちゃんは、一瞬「よしなよ」と止めようかと思ったのだが、言われてみればおやつを食べるつもりだったのを思い出した。

ミラ:いかがですか?、みなさんも。私…、ちょっと恥ずかしいですけど…。

プラネット王子:いいじゃないか。せっかく賞金もらったんだからさ。

コメットさん☆:…じゃあ、せっかくだから、みんなで食べに行こうか、ネネちゃん、ツヨシくん。

ネネちゃん:コメットさん☆がよければ。

ツヨシくん:いいね。

プラネット王子:よし。じゃあみんなで行こうぜ。オレがおごるよ。

コメットさん☆:そんな…。私たちは私たちで…。

プラネット王子:いいってことさ。誘ったのはオレなんだし。

 そう言うと、プラネット王子はミラの肩に手を回すようにして、先に立って歩き出した。コメットさん☆とツヨシくんもそれに着いて歩き出す。ネネちゃんは、なんとなく一番あとから、一人着いて歩いた。あらためて見ると、プラネット王子とミラはまるでカップルのようだが、コメットさん☆とツヨシくんは、まだ姉弟のように見える。ネネちゃんは、それがちょっと不思議に思えた。

ネネちゃん:(プラネットさんと、ミラさんはもしかすると恋人同士なのかな?…。だとすると…、ツヨシくんとコメットさん☆も、まあ、いつかはそんな感じに見えるようになるのかな?。)

 ネネちゃんは、そうも考える。

 今年ここ鎌倉の夏は、ケースケがいない夏。ケースケは、遠いオーストラリア・ケアンズで、世界大会に向けたトレーニングと、研究所での仕事に余念がないに違いない。鎌倉は夏だけれど、オーストラリアは冬。しかしケアンズは、年中気温が高いので、冬であっても日中トレーニングするには困らないはずだ。

 コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん。それぞれの立場で、少しの間オーストラリアにいるケースケに、思いをはせていた。しかしこのあたりでは、プラネット王子やミラ、カロン、メテオさん、そのほかみんないつものように生活を続けている。その友情は、これからもずっと途切れることはないだろう。ここで暮らし続けるみんなの暑い夏は、始まったばかりである…。

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★第311話:結びつく家族−−2007年7月上旬放送

 まだ梅雨明けしない関東地方、今日も空には、どんよりとした雲がたれ込めている。「HONNO KIMOCHI YA」の窓からは、鉛のように沈んだ色の空と海が見える。波は特別荒いということはないが、気温は低めで、泳いでいる人はほとんどいない。きっと海の家も、人が少なくて困っているだろう。コメットさん☆は、お店の窓の内側に立って、空の色と海の色は、いつも似た色に見える、などと思って見ていた。普段のように、楽しく沙也加ママさんの手伝いだが、お客さんはまばらである。

 一方、景太朗パパさんは、横浜駅近くの事務所まで、今度神奈川県内に建築される住宅の図面と資料を届けに行った。昨夜遅くまで仕上げにかかっていた仕事だ。ツヨシくんやネネちゃん、コメットさん☆が寝てからも、コーヒーを飲みながら仕上げた。沙也加ママさんが作ってくれた夜食を食べながら。いろいろ趣味に走る人に見える景太朗パパさんも、時にはこんな忙しいこともある。

景太朗パパさん:やれやれ…。ようやくこれで一息か…。

 景太朗パパさんは、事務所で打ち合わせを終えるとそうつぶやいて、まっすぐ駅に向かった。もうお昼の時間を、ずっと回っていた。時計の針は、3時過ぎをさしている。

景太朗パパさん:(さて、お昼どうしようか…。おなかが減ったけれど…、開いている店は少ないかな…。)

 景太朗パパさんは、駅まで歩く道すがら、何軒かの食堂を目にしたが、どこも昼休みで閉まっている。最近は14時半とか、15時でいったん昼休みを取り、夕方再び開けるという店が多い。それで、開いている店を探し回るのもおっくうになった。

景太朗パパさん:こういう時は…。あれだな…。

 駅に着いた景太朗パパさんは、駅の中にある大きめな売店でお弁当とお茶を買い、その場から携帯電話で、「HONNO KIMOCHI YA」にいる沙也加ママさんに、「今から帰るよ」と電話した。そして数分後、横須賀線グリーン車の乗客となっていた。ちょうど15時23分の電車が来るところだったのだ。これを逃すと、次は39分まで無い。

景太朗パパさん:(最近、横須賀線はお弁当が食べにくくなったからなぁ…。いすが通勤電車みたいだと、ちょっとなぁ。こういう時は、グリーン車があると助かるな…。今日ぐらいは奮発しちゃおう。)

 横須賀線の電車は、2階建てのグリーン車が2輌付いていて、前に向いて座れ、少しだが座席がリクライニングする。普通車は長いいすが連なる通勤電車のような車輌が多く、お弁当を食べるという雰囲気では無いのだった。景太朗パパさんは、買ったお弁当を広げ、食べ始めた。

景太朗パパさん:(うーん、名物のお弁当は、やっぱりうまいね。でも、降りるまで30分無いから…、あんまりゆっくりは食べていられないな。)

 そんなことを思いながら、通路をはさんで左前のいすを何気なく見た。ふと、「どこかで見たことがある人のようだ」と思った。しかし、顔が右横顔しか見えないので、誰だかまではわからない。景太朗パパさんは、ごはんを口に運び、お茶を一口飲みながら、なおも左前に座っている人の顔を、ちらちらとうかがった。その「どこかで見たことがある」かもしれない人は、どうやら缶コーヒーを飲んでいる。

景太朗パパさん:(あ、缶コーヒーか。あれもいいなぁ。…でも、緑茶は体にいいと言うしね。まてよ…、コーヒーも体にいいんだよね。ポリフェノールが入っているから。)

 景太朗パパさんは、最近健康を気にしている。メタボな体形なわけではないが、テレビや新聞で「内臓脂肪が」などと記事になっていると、気にしないわけにも行かない。何しろツヨシくんとネネちゃんという子どももいる。健康なパパでないといけないと思っている。

 しかし、人が飲んでいるものを見て、あれこれ考えるのは、あまり上品なことでもないと思い、視線を窓の外に移そうとした。が、その時後ろのほうから、グリーンアテンダントと呼ばれる、女性の「車掌さん」が歩いてきた。グリーン券をカードに記録する形で買った人は素通りだが、紙の切符で持っている人には声をかけて検札をする。景太朗パパさんが見ていた男性は、そのグリーンアテンダントに声をかけられ、コーヒーを座席の前にあるテーブルに置いた。

グリーンアテンダント:おくつろぎのところ大変失礼いたします。グリーン券を拝見いたします。

男性:どうぞ。茅ヶ崎に行きたいのですが、どこで乗り換えですか?。

 その時景太朗パパさんから、男性の顔が見えた。

グリーンアテンダント:東海道線にお乗り継ぎですね。戸塚駅で、反対側のホームに到着する電車にお乗り換え下さい。グリーン券はそのまま有効です。

男性:わかりました。ありがとう。

 グリーンアテンダントは、男性の持っている切符に、スタンプを押すと、乗り換えの案内をした。男性は安心したようににこっと笑い、グリーンアテンダントから受け取った切符を、ポケットにしまった。アテンダントはまた前に歩き始めた。それを見計らって、景太朗パパさんもお弁当を置いて、そっと男性に近づき、声をかけた。

景太朗パパさん:小竹、小竹じゃないか!?。

小竹さん:えっ?、…ああ、藤吉、藤吉か!?。

景太朗パパさん:久しぶりだなぁ、小竹。どうしてる?。

小竹さん:いやー、久しぶりだな。何年ぶりかな。今都内の会社に勤めているよ。

景太朗パパさん:大学卒業以来になるな。クラス会でも会えなかったし。

小竹さん:そうだなぁ。あの頃ちょっとおやじが具合悪くてさ。

景太朗パパさん:あ、そうだったのか。おやじさんどうだ?。

小竹さん:ああ、今はもう大丈夫だよ。そっちはどうなんだ?。

 景太朗パパさんが、どこかで見たことのある人と思ったのは、大学時代の友人、小竹さんだったのだ。小竹さんは、缶コーヒーと仕事のカバンを持って、席を景太朗パパさんのとなりに移ってきた。

景太朗パパさん:ああ、まあ建築士になって、そこそこやっているよ。

小竹さん:そうかあ。じゃあ、夢がかなったってところだな。

景太朗パパさん:そうだなぁ。夢ってほど、きらびやかな感じでもないけどな。…ところで、席移ると、また検札が来るぞ。ぼくがそっちへ行こうか?。

小竹さん:ああ、いいよ。それより…、今千葉に住んでいるんだ。藤吉はどこに住んでいるんだっけ?。

景太朗パパさん:鎌倉だよ。

小竹さん:そうか。いいところに住んでいるな。海が近いんだろ?。うちも近いけどさ。あははは…。

景太朗パパさん:まあ、近いと言えば近いけど…。子どもたちは歩いて泳ぎに行ったりしているな。ぼくなんかは、そろそろ自転車が欲しい感じかな?。

小竹さん:もう、お互い中年だなぁ。あはははは…。

 小竹さんは、多少寂しそうな声で笑った。

小竹さん:そうだ。子どもと言えば、藤吉の家は双子だって聞いたが、もう何年生になる?。

景太朗パパさん:もう小学5年生と…、もう一人は…、高校生くらいかな?。

小竹さん:もう一人?。あれ?、藤吉にそんな大きな子がいたっけって…。まてよ…、高校生!?。そんな早かったか?、藤吉の結婚。

 小竹さんは、景太朗パパさんが、コメットさん☆のことも、そっと口にしたのを聞いて、びっくりしたように尋ねた。

景太朗パパさん:あははは…。

 景太朗パパさんは、ちょっと笑い、そして声をわざとひそめて答えた。

景太朗パパさん:実はな、うちには宇宙人の留学生を預かっていてさ。その子がそのくらいになるんだよ。

小竹さん:あっはっは…。何言っているんだよ、藤吉は。なんだいその「宇宙人の留学生」って。そんなに変わった人なのか?。

 景太朗パパさんの、実は半分真面目な答えを、小竹さんは笑い飛ばした。景太朗パパさんとしては、「当然の反応か」と思ったが。

景太朗パパさん:まあ、なんと言うか…、変わっていると言えば変わっているけど…、ようするに外国からの留学生がさ、うちにホームステイしていてさ。その子ももう家族と。そういうことさ。

小竹さん:ああ、なるほどね。そういうことか。ホームステイって、どこからか紹介があったのか?。

景太朗パパさん:普通はそうかもしれないが、うちの場合は、その…、そうだな、知人の紹介というか。なかなか面白い発想と、物言いの子でさ、その子は。

 景太朗パパさんは、少々説明に困りながら答えた。さすがに「直接本人を、駅前でツヨシが見つけて来てさ」、とは言えない。

小竹さん:へぇ、そうかぁ。ホームステイかぁ…。

 小竹さんは、コーヒーを飲みながら、前のほうをじっと見る目になった。そして言う。

小竹さん:いいよなぁ、そういうのも。うちはそれほど広くないからなぁ。

景太朗パパさん:小竹の家は、何人家族?。

 景太朗パパさんも、お弁当をあらかた食べ終わり、お茶を一口飲みながら尋ねた。

小竹さん:うち?、うちは5人。子ども3人でさ。今高校生から中学生だから、大変だよ、いろいろと。

景太朗パパさん:そうか。受験とか?。

小竹さん:ああ。長女は女子大に行きたいって言うし、長男と次男はまだこれから高校選びだけどね。

景太朗パパさん:そういえば、小竹は結婚比較的早かったものな。

小竹さん:ああ。結婚してすぐに長女産まれたし。ふと気が付いたら、かわいい盛りなんて、あっと言う間さ。

 小竹さんは、そう言ってまた少し寂しそうな表情を浮かべた。

景太朗パパさん:なるほどねぇ。うちはまだまだ子どもだから、かわいいようなものだけど、そのうちネネなんかが…。

小竹さん:その留学生さんは、家族同様というのなら、手厳しいことは言わないのかい?。ふふふ…。

景太朗パパさん:今のところ大丈夫。あははは…。

 景太朗パパさんが笑っていると、電車は保土ヶ谷駅を発車するところだった。この先は東戸塚、戸塚の順に電車は止まる。すると小竹さんとはお別れだ。

小竹さん:そのうち…、パパは臭いだの、おやじっぽいだの、いろいろ言われるぞ。

景太朗パパさん:そ、そうかぁ?。それはいやだなぁ。ははは…。

 小竹さんの、経験に即した鋭い言葉に、景太朗パパさんは少したじろいで、力無く笑った。そして、なんとなくしょんぼりしたような気持ちで、食べ終わったお弁当の容器を、ポリ袋に入れて口をしばり、かばんにしまった。家に帰ってから捨てようと思う。

小竹さん:でもまあしかし…。

景太朗パパさん:うん?。

 小竹さんは、まっすぐ前を見て、今度は自信をもったように言う。

小竹さん:いざというときは、家族は家族。どこかやっぱりつながっているよな。

景太朗パパさん:ああ。もちろんさ。

 景太朗パパさんは、そう答えながら、なぜ突然そんなことを小竹さんが言うのか、と思った。

小竹さん:去年、ちょっとケガして入院したら、娘も息子もずいぶんしっかり世話してくれたよ。うちのこともね。

景太朗パパさん:えっ?、ケガしたのか?。

小竹さん:ああ。たいしたことはなかったんだけど、会社帰りに歩いていたら、持っていたバッグに後ろから来た車が当たって、その拍子に転びそうになったから、そばの電柱に手をつこうとして、手首の上のところをぶつけて骨折さ。

景太朗パパさん:それは危なかったな…。

小竹さん:うん。もし体にぶつけられていたら、もっとケガはひどかったかもな。

景太朗パパさん:そんなことがあったのか。

小竹さん:あーあ、それではからずも、うちの家族はちゃんと結束が固いって、わかったよ。

 小竹さんは座席でのびをするようにしながら答えた。

景太朗パパさん:そうだったのかぁ。

 景太朗パパさんは、自分の家族はどうだろうか、と、ふと考えた。

 

 小竹さんと景太朗パパさんは、携帯電話の番号やメールアドレスを教えあったりした。そして小竹さんは東海道線に乗り換えるために、戸塚で電車を降りていった。ホームで手を振る小竹さんを残し、景太朗パパさんを乗せた電車は発車して、鎌倉・逗子へと向かう。大船を過ぎると、横須賀線は急に山が迫ってきて、長いホームの端に改札のある北鎌倉、そして扇ヶ谷(おうぎがやつ)のトンネルを抜けると、もう鎌倉駅である。その間、景太朗パパさんは、ずっと小竹さんと過ごした学生時代を思い返していた。懐かしい思い出。学生の頃ハメを外したこともあったし、いっしょに旅行に行ったこともあった。授業をサボって、その代わり喫茶店で延々と議論したことも。そんなことが次々に思い出される。

 鎌倉駅に電車は到着し、景太朗パパさんはかばんを持ってホームに降りた。いつの間にか、少し雨が降っていた。小竹さんとの会話に夢中になっていたのか、グリーン車の窓を雨だれが、筋のように流れていたのに気付かなかったようだった。

景太朗パパさん:雨か…。参ったな…。

 景太朗パパさんは、天気予報では「日中持ちそうです」と言っていたし、荷物もかさばっていたので、傘を持って来ていなかった。ホームから降りて、東口へ出ると、タクシー乗り場には、少し列が出来ていて、なかなか車がやって来そうにはなかった。どうしよう…と思っていると、見慣れた黄色い車が、スーっと東口のロータリーに入ってくるのが見えた。もしやと思って、じっと目を凝らすと、やはり沙也加ママさんの運転する、藤吉家の車だ。

景太朗パパさん:いやー、助かったかな…。

 そうつぶやく景太朗パパさんの前に、沙也加ママさんの運転する車は、ピッと短いクラクションを鳴らして止まった。景太朗パパさんは、ドアを自分で開けて乗り込んだ。雨はたいした降りではないが、やはり傘は必要なくらいだ。

景太朗パパさん:やれやれ。助かったなぁ。ママサンキュー。電話しておくと、こんな「お助け」もあるのかぁ。

沙也加ママさん:パパお帰りなさい。ツヨシがね、「パパは必ずこの電車で帰ってくるはず」って。ネネも、「それならパパ迎えに行かないと」って。

 沙也加ママさんは車を発進させ、ロータリーを回り切りながら答えた。

景太朗パパさん:えっ?、ツヨシとネネが?。学校か家じゃないの?。

 景太朗パパさんは、びっくりしたような顔で尋ねる。

沙也加ママさん:もう帰って来る時間よ。それで、お店の方に、二人で帰って来たら、ちょうど雨が降ってきたの。

景太朗パパさん:そうかぁ。ツヨシとネネはやさしいな。ははは…。

 景太朗パパさんは、ちょっとうれしそうに答えた。

沙也加ママさん:ふふふ…。お店はコメットさん☆にまかせてきたわ。ツヨシとネネは車運転できないものね。

景太朗パパさん:そりゃそうだねぇ。あははは…。コメットさん☆には、なんだか悪かったなぁ。

沙也加ママさん:大丈夫よ。コメットさん☆は、ツヨシとネネもうまく見ててくれるわよ。

景太朗パパさん:そうか。それならよかった。

 景太朗パパさんは、それにしてもツヨシくんとネネちゃんが、自分の帰ってくる時間を、どうやってここまで正確に知ったのだろうと、不思議に思った。沙也加ママさんに電話したとはいえ、コメットさん☆の星力だろうか、とも考えたが…。

沙也加ママさん:時刻表を調べていたわ、ツヨシとネネ。

景太朗パパさん:時刻表!?。

 景太朗パパさんは、口に出したわけではないのに、その疑問に答えるかのように沙也加ママさんが語るのでびっくりした。

沙也加ママさん:そう。パパお店に電話してきたでしょ?。

景太朗パパさん:ああ、そうだね。

沙也加ママさん:そうしたら、ツヨシが時刻表を持ち出して…。

景太朗パパさん:時刻表なんて、お店にあるの?。

沙也加ママさん:あるわよ。やあねパパ。言ってなかった?。観光客の人で、帰りの電車の時間を尋ねる人がたまにいるのよ。

景太朗パパさん:なるほど。

 沙也加ママさんは、ハンドルを握り、ツヨシくんがお店のカウンターにある時刻表を、素早く見ていたのを思い出していた。

(ツヨシくん:雨だ!。パパは傘持って行ったのかなぁ?。)

(ネネちゃん:今日は…、天気予報では、夕方まではもつって言っていたのにね。)

(沙也加ママさん:あー、たぶん今日は、傘持って行っていないと思うわ。書類と資材のサンプルもあったから。)

(ツヨシくん:…ということは…。待ってよ。ママ、時刻表あったよね?。)

(沙也加ママさん:あるけど…。コメットさん☆、そこのレジの台の下に、厚い時刻表あるでしょ?。)

(コメットさん☆:あ、はい。ありますね。これですよね?。はい、ツヨシくん。)

(ツヨシくん:ありがと、コメットさん☆。えーと、横須賀線、横須賀線。)

(ネネちゃん:時刻表なんか調べてどうするの?、ツヨシくん。)

(ツヨシくん:パパが、どの電車で帰ってくるか、予測するんだよ。)

(ネネちゃん:予測って言っても、何本も電車走っているじゃん。)

(ツヨシくん:そうだけど、さっきパパは横浜から電話してきたでしょ?。あの時間からだと、だいたい8分から長くても15、6分の間隔で電車は走っているね。)

(ネネちゃん:そ、そうなの?。)

(コメットさん☆:ツヨシくん、調べられるの?。)

(ツヨシくん:うん。絶対とは言えないけど、この電車かなぁ。横浜発23分、39分のうちのどっちか…。鎌倉まで30分はかからないから、23分に間に合っていれば、今すぐに迎えに行かないと。)

 沙也加ママさんは、信号で車が止まると、唐突に言った。

沙也加ママさん:なかなかの推理だったわよ、ツヨシは。

景太朗パパさん:ほう。

 景太朗パパさんも、感心したように答えた。

沙也加ママさん:それで、「ぼく、駅までパパを走って迎えに行く」って。そうしたらネネも、「私も行く」って。

景太朗パパさん:そうかぁ…。

沙也加ママさん:でもね、走って迎えに行っても間に合わないから、結局こうして私が車をね。コメットさん☆と、ツヨシとネネがお店見ていてくれるから。

景太朗パパさん:いやー、みんなを心配させちゃったわけか…。

沙也加ママさん:いいじゃない。もうみんな、いろいろわかっているわよ。

景太朗パパさん:…ふふふ。そうだね。

 景太朗パパさんは、そう言って微笑んだ。

沙也加ママさん:一度お店に寄るから、2階でお茶でも飲んでいて。そうしたらもうすぐ閉店時間だわ。5人だから、みんな車で帰れるでしょ。

景太朗パパさん:そうか。じゃ、そうするかなぁ。ツヨシとネネは給食があるだろうけど、ママとコメットさん☆のお昼は?。

沙也加ママさん:今日は扇屋さんの出前。

景太朗パパさん:扇屋さんっていうと、海の家か…。もうそんな季節なんだよねぇ。

沙也加ママさん:そうよ。もうとっくに夏だもの。

景太朗パパさん:そりゃそうだね。

 

 思いもかけないところで、人は出会う。電車は、そんな人々を、思いを、一分の狂いもなく運んでいる。景太朗パパさんは、電車の中でたまたま出会った、古い友人小竹さんとの会話で、小竹さんとその家族の結びつきは、たとえ普段素っ気ない様子でも、強いことを理解した。ひるがえって「うちはどうだろうか?」と、心配したわけではないが、「どんな感じだろうか」位の気持ちになったことは事実だ。しかしそれは、まったく考えるにも値しないようなことだったようだ。コメットさん☆が家にやって来たとき、まだ保育園児だったツヨシくんとネネちゃんは、今や驚くほどの「推理力」で、自分の乗ってくる電車を調べて“予告”するほどになった。コメットさん☆もまた、家族の一員としてお店をまかせておける。沙也加ママさんも、そして自分も、家族の結びつきの中で生き、仕事をしていて、互いに強い絆で結ばれているのだと、ただ再確認したに過ぎなかったのだ。そして、案外その結びつきを強くしているのが、コメットさん☆だとも思うのだ。

 今月も下旬になると、梅雨明けだろう。そうするといっそう強い日射しが照りつける。今年もまた夏休みになったら、みんなでどこかへ行こうか。景太朗パパさんは、車の前ガラスを拭くワイパーの向こうに見えてきた由比ヶ浜の海を見て、そう思うのだった…。

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★第314話:空飛ぶ電車の夢−−(2007年7月下旬放送)

メテオさん:むーん、…暑いわぁ。

ムーク:…そりゃまあ、夏ですからね。梅雨明けしましたし。

メテオさん:そんなこと…、知っているわよ…。

 メテオさんは、昼間だというのに、ベッドに上向きで寝っころがりながら、通販雑誌をパラパラめくって、ムークにぼやいた。

メト:にゃーん。

 飼い猫のメトが、ベッドに上がってきて、メテオさんの耳に顔を寄せる。

メト:…ふんふんふんふん、ふっ…ふぐふぐ…。

メテオさん:メト、なあに、くすぐったいじゃない。

 メテオさんは、メトの息がかかるので、少しずれるように10センチほど離れた。メトはきょとんとした顔で、メテオさんをじっと見つめている。やがて前足をなめると、そのまま顔を拭きだした。

 庭ではセミが鳴いているのが聞こえる。エアコンをかけてあるはずだが、それでもメテオさんは、暑さを感じていた。もう夏の旅行の計画を、今年は決めてしまったし、カタログ通販誌に早くも載っている秋物を、さすがに今から買う気にはなれなかった。

 そのころ、藤吉家のリビングでは、夏休みに入ったばかりのツヨシくんとネネちゃんが、夏休みをどう「遊ぶか」考えていた。

ツヨシくん:まあ、夏休みですね、ネネさん。

 ツヨシくんは、リビングのいすに向かい合ってネネちゃんと座り、両手をぶらぶらさせて言う。

ネネちゃん:な、何よそれ。気味の悪い言い方しないでよ、ツヨシくん。

 ネネちゃんは、テーブルの上に両手を組んで答える。

ツヨシくん:だって、夏休みじゃん。

ネネちゃん:知っているわよ。同じ学校でしょ?。

ツヨシくん:今年はどうやって、夏休みを過ごすか…。

ネネちゃん:どうやってって…。いつものようにじゃないの?。何か計画でもあるの?。

ツヨシくん:宿題を3秒で終わらせて…とか。

 ツヨシくんは、ニヤリと笑う。

ネネちゃん:…3秒で終わるわけないでしょ?。あー、宿題かぁ。今からいやになるなぁ…。

 ネネちゃんはもはや嘆くのであった。

ツヨシくん:今度の社会科の宿題さ、どんなの?、ネネのクラス。

ネネちゃん:同じじゃないの?。「地域の歴史について調べる」とかいうの。

ツヨシくん:やっぱ同じかぁ。地域の歴史って、鎌倉の歴史について?。

ネネちゃん:別に鎌倉じゃなくてもいいって、先生は言っていたけど、鎌倉だったら、鎌倉時代に、首都があって…。いまさら調べることもないよねぇ…。

ツヨシくん:うん。先生は、この近くでも遠くでも、どこでもいいから歴史を調べてみなさい、最近のことでもいいから、って言っていたよ。

ネネちゃん:何でもいいって…。由比ヶ浜の歴史とか?。最近のこと、どこでもいいって言ったら、「HONNO KIMOCHI YA」の歴史っていうのだって、いいってことになっちゃうよね。あははは…。

景太朗パパさん:ママのお店の歴史がどうしたって?。あーあ。

 景太朗パパさんが、ちょうどリビングへ、のびをしながらやって来た。

ツヨシくん:あ、パパ。休憩?。

景太朗パパさん:うん。ずっとドラフターに向かっていたら、目が疲れちゃってさ。

ネネちゃん:パパも若くないってこと?。

景太朗パパさん:はっはっは…。ネネ、さらりときついこと言うな…。大人になると、疲れることは多いのさ。

 景太朗パパさんは、ネネちゃんの厳しい言葉に、苦笑いしながら答えた。そしてリビングのいすに座ると、背ずりに寄りかかり、庭に目をやった。

ツヨシくん:あのさ、パパ。

景太朗パパさん:なんだい?。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんの言葉に振り返った。

ツヨシくん:夏休みの宿題さ、「地域の歴史について調べる」ってことなんだけど、地域の歴史って、どんなことだろう?。

景太朗パパさん:地域の歴史かぁ…。まあ、この街の歴史とか、建物の歴史とか。そういうことかな。先生がそう言ったの?。

ネネちゃん:私のクラスもおんなじ。

景太朗パパさん:そうか。なんかきっと、学年で決まっているんだろうね。5年生にもなると、結構難しい課題が出るんだなぁ。

ツヨシくん:建物の歴史って言ったら…。うちの建物だって、ずいぶん古いよね。

景太朗パパさん:そうだね。でも…、うちの建物について、レポートを書いても、東北地方で作られ、それを改築して鎌倉に移築したって書くだけだと、1ページで終わっちゃうよ。そういうことじゃなくて…、そうだね、例えば江ノ島ヨットハーバーの歴史とか、横須賀線の歴史とか、もっと大きいものについて、本とかインターネットで調べなさいってことなんじゃないかな?。

ネネちゃん:インターネットって言っても、パパの仕事部屋にしか、パソコン無いよ…。

 ネネちゃんは、少し寂しそうに言った。

ツヨシくん:パソコンの授業があるじゃん。学校のパソコン室は?。

ネネちゃん:パソコン室かぁ…。あんまりあいてないよね…、席が。

景太朗パパさん:パソコンの授業があるんだっけか。ダメだな、ぼくも。もっと学校のこと知っていないと…。

 景太朗パパさんは、案外ツヨシくんとネネちゃんが、普段学校でどんな勉強をしているのか、思いのほか知らないでいることに、ちょっとした危機感を覚えた。しかし、ここは一つなんらかのアイディアを出さないわけにも行かない。景太朗パパさんは、少し考えてから語りだした。

景太朗パパさん:…うん、そうだな。ちょっと夢に終わった計画の話をしよう。

ツヨシくん:夢?。

ネネちゃん:…に終わった計画ぅ?。何それ。

景太朗パパさん:まずは江の島の地図を見ようか。

ツヨシくん:江の島?。

ネネちゃん:江の島が何か関係あるの?。

 ツヨシくんとネネちゃんは、きょとんとした顔をした。景太朗パパさんはにこっとして立ち上がると、江の島が大きく描かれている地図を、仕事部屋から持ってきた。

景太朗パパさん:さて、江の島の地図。ここが江の島のヨットハーバー。パパのヨットが置いてあるところさ。

 景太朗パパさんは、持ってきた地図をリビングのテーブルに広げ、ヨットハーバーの場所を指さした。

ツヨシくん:うん。あ、そこは前にオリンピックがあったところでしょ。

景太朗パパさん:そう。聖火台があっただろう?。そして、ここが江ノ電の江ノ島駅。小田急線の片瀬江ノ島駅。

 景太朗パパさんは、地図上の駅二つを指さした。

景太朗パパさん:江の島に行く人は、たいていこのどっちかの駅から行くよね。

ネネちゃん:そうだよね。バスで行く人以外は。

ツヨシくん:バスかぁ。そう言えば、バスも走っているよね。

景太朗パパさん:うん。バスもあるね。でも、そのバスも、ここの江の島と対岸を結ぶ橋を渡って行くわけさ。

 景太朗パパさんは、江の島から対岸の片瀬海岸にかかる、二つの橋を指さした。

ツヨシくん:うん。泳いで行く人はいないよね。

ネネちゃん:当たり前でしょ?、ツヨシくん。冬とかどうするのよ。

景太朗パパさん:あははは…。ま、大昔はいたかもしれないけれど、泳いでいく人はいないよね。だけど、江の島へ車で渡る今の橋が完成したのは、東京オリンピックの少し前、1962年なんだよ。

ネネちゃん:えー?、じゃあそれまではどうしていたの?。

景太朗パパさん:あんまり車がいなかったっていうのもあるけど、引き潮の時は歩いて渡れたんだよ。でも波が荒いと危ないよね。そこで歩行者専用の橋は、最初1891年に造られてる。その後1953年にしっかりした橋に改良された。そんな、時代とともに橋が変化したことも、まあ「地域の歴史」と言えるけれど、ここからだよ、夢に終わった計画の話は。

ツヨシくん:計画?。

ネネちゃん:計画…。

景太朗パパさん:昔、今の片瀬東浜のあたりから、江の島の西側を通って南側まで、電車を通す計画があったんだ。

ツヨシくん:電車?。

ネネちゃん:へえー。知らなかった。

景太朗パパさん:しかも…、ただの電車じゃないんだ、それが。

ツヨシくん:ただの電車じゃないって?。どういうこと?。

ネネちゃん:地下鉄とか?。

景太朗パパさん:なるほど。地下鉄もただの電車じゃないかもね。でも地下鉄じゃない。空中を走る電車さ。

ツヨシくん:空中を走る電車?。…それって、高架線と違うの?。

ネネちゃん:モノレールじゃないの?。うちのそばを走っている、「湘南モノレール」と同じような。

景太朗パパさん:空中を走る電車っていうと、モノレールや高架線を思い浮かべるよね。でも、その中間くらいの感じらしいんだ。パパも見たことはないから、説明が難しいんだけど…。鉄の桁があって、それに車輪がついていて、車体がぶら下がるという…。

 景太朗パパさんは、「桁」という言葉は難しいと思って、少し手振りを交えながら説明しようとするが、紙と鉛筆を持ってくればよかったかなと思う。

ネネちゃん:パパ、全然わからない…。

ツヨシくん:湘南モノレールと、どう違うのかなぁ…。わからないや…。

景太朗パパさん:うーん。あはは…。ぼくの説明がわからないよね…。とにかく、空中電鉄(※1)っていう、びっくりするような名前の電車計画だったんだそうだよ。今の江の島を見るとわかる通り、もちろんそれは計画倒れに終わったんだけどさ。その計画からの流れを調べてみるなんていうのは、どうかな?。歴史っていうのは、時間の流れだから、地域の歴史を調べることになるだろう。

ネネちゃん:それはいいけど…。ツヨシくんと私でおんなじことを調べて、宿題として提出できないよ?。

景太朗パパさん:そのことは…、たぶん大丈夫。大学でも「共同研究」って言って、みんなで同じ研究を手分けしてやって、結果をまとめることも多い。ツヨシとネネで、それぞれが調べた部分がわかるように、名前を書いておけばいいんじゃないかな?。

ネネちゃん:「きょうどうけんきゅう」かぁ…。なんか、かっこいいね、それ。

景太朗パパさん:まあ、当時の技術からすると、かなり思い切った計画だったようだし、一人で調べるには、テーマが大きすぎるかもしれない。それでも、古都鎌倉の歴史とかじゃ、おおまか過ぎてアピール度低いだろ?。ほかの誰もやらないようなレポートじゃないと、面白く無いじゃないか。

ネネちゃん:まあ、それはそうだね。

景太朗パパさん:身の回りの、そういうことに詳しい人を見つけて、話を聞いてみるなんていうのもいいかもしれない。あとはまあ、現地に行って、写真を撮って、それ全部をレポートにまとめるというところかな?。

ツヨシくん:なるほどぉ。面白そう。

 ツヨシくんは頷いた。

ネネちゃん:詳しい人かぁ…。

 ネネちゃんも、視線を遠くに移しながら少し考えた。

 

 ツヨシくんとネネちゃんは、コメットさん☆の星力で、星のトンネルを通り、湘南台にあるプラネット王子の写真館に向かっていた。

ネネちゃん:プラネットのおにいちゃんに聞いて、なんとかなるかなぁ。

ツヨシくん:どうだろ。でも、プラネット兄ちゃんは、江の島がある藤沢市に住んでいるんだよ?。

コメットさん☆:隣の市だね。何かわかるかもしれないよ。

ネネちゃん:だといいけど…。でも、もう宿題やっちゃうの?、ツヨシくん。えらい早さだね。

コメットさん☆:夏休みになったばかりだね、まだ。

 コメットさん☆は、にこっと笑いながら振り向く。

ツヨシくん:全部やっちゃわなくてもいいけどさ。ちょこっと見通しがついていた方が…、ママなんかにもそう言えるじゃん…。

 ツヨシくんは、少し小さめの声で言う。

ネネちゃん:そっか。それはそうかもね。

 ネネちゃんが、まあ納得して前を向くと、もう湘南台にある「橋田写真館」に着いた。プラネット王子が住んでいるところだ。

 三人が、そっとドアガラスから中をのぞくと、プラネット王子はネガを見ているところだった。店内にお客さんはいない。そこで三人は顔を見合わせ、ドアを開けて中に入った。

ツヨシくん:こんにちはー。

ネネちゃん:こんにちは。プラネットさーん。

プラネット王子:は、はい?。いらっしゃ…。あ、なんだ、コメットたちか…。びっくりしたぞ。

 プラネット王子は、お客さんが来たのかと思ったらしく、びっくりしたように振り返った。手にはネガシートを持ったまま。

プラネット王子:どうしたんだ?、今日は。

 手にしていたネガを、ライトボックスに置くと、プラネット王子は前に向き直った。

コメットさん☆:あのね、ツヨシくんとネネちゃんが、夏休みの宿題で、調べたいことがあるから、王子が知っていることがあったら教えてって。

プラネット王子:オレが知っていること?。宿題っていうのに、役立つのか?。

 プラネット王子は、よくわからずに聞き返した。

ツヨシくん:プラネット兄ちゃん、あのさ、突然だけど、江の島に作られる予定だった、空中電鉄って知っている?。

ネネちゃん:なんか、モノレールのおばけみたいなの。

プラネット王子:はぁ?。な、なんだいそれ?。全然知らないよ?。モノレールのおばけって…?。だいたい…、何でオレに?。あ、…まてよ、江の島になんだったか…、ロープウエイみたいなのは、作る予定があったって、そう言えば…、お客さんだったかな?、少し聞いたことがあるな…。

 プラネット王子は、あまりにも唐突な話に、意味もわからず答えた。

コメットさん☆:え、えーと、江の島には、鎌倉よりも、こっちのほうが近いから、プラネット王子が何か知っているかなって…。あはは…。

 コメットさん☆も、困ったような顔で言う。正直コメットさん☆も、よくわからない話なのだ。

プラネット王子:ま、2階にでも行こうか。おーい、ミラ、ちょっと店番頼むよ。

ミラ:はーい。

 ミラの返事が、カウンターの向こう側、お店の裏口のほうから聞こえ、まもなく出てきた。

ミラ:あ、コメットさまたち、いらっしゃい。

コメットさん☆:あ、ミラさん、こんにちは。

 コメットさん☆は、ちょこっとおじぎをする。

ツヨシくん:こんにちは。おじゃましてます。

ネネちゃん:こんにちは、ミラさん。

 ツヨシくんとネネちゃんも。

ミラ:こんにちは。

 ミラはびっくりしたように、頭を下げた。

プラネット王子:なんか、よくわからない話なんだけど、ツヨシくんとネネちゃんが聞きたいことがあるそうで。ちょっとオレ2階に行って、話を聞いてくるから、お店頼むよ。

ミラ:はい。わかりました。

 プラネット王子は、そう言うと2階にみんなを連れて上がり、いつものようにお茶を入れてくれた。

プラネット王子:で、詳しい話をしてみてくれよ。

 プラネット王子はいすに座り、両手を前で組むと尋ねた。

ツヨシくん:あのね、夏休みの宿題でさ、「地域の歴史を調べる」っていう課題が出たの。それで、パパに聞いたら、江の島の空中を走る「空中電鉄」って言う電車の計画について調べるのはどうかって。

ネネちゃん:二人の「きょうどうけんきゅう」がいいぞって…。「鎌倉の歴史を調べる」みたいなのは、いまさらアピール度が低いだろうって、パパが。それもそうかなって思って…。プラネットさんなら、何か知っているかなぁって思ったから。

プラネット王子:なるほどね。そういうことか。ツヨシくんやネネちゃんも、難しいような話を調べるんだな。

ツヨシくん:難しいの?。

ネネちゃん:よくわからないから、困った…。

プラネット王子:いや、まあ、歴史を本気で調べれば、どんなことでも難しいさ。オレたちの、星国の歴史だって、細かく調べていたら、それだけで1冊の本になるよきっと。なあ、コメット。そうだよな。

コメットさん☆:う、うん…。たぶん、そうかな…。

 コメットさん☆も、自信はなさそうだが、プラネット王子をさがしに、地球にやって来て…という、自らの体験だって、それをレポートにまとめるとしたら、相当大変だろうな…などと、ふと思った。

プラネット王子:だけどなぁ…。オレさっきも言ったけど、さすがにあんまりそんな話は知らないんだよなぁ…。確かにさ、ここに住むときに、実はどんなところなのか、少しは調べたりもした。何しろ、地球へ最初に来たときはともかく、かがやき探しをするとしたら、どこに住むか…。どこでもいいってわけにも行かないし、写真館にはお客さんも来るからな。その地域のこと、少しは知ってないと、って思ってさ。

ツヨシくん:へえー、プラネット兄ちゃん、そんなこと調べたんだ。

ネネちゃん:すごいね。地域の歴史を調べてから、ここに住むって決めたんだね。

プラネット王子:いや、それほど隅から隅まで調べたわけじゃ無いよ…。

 プラネット王子は、少し恥ずかしそうにした。

プラネット王子:あ!、思い出したぞ。そのとき、ちょっと本屋で売っている…、そうだな、鎌倉から茅ヶ崎くらいまでの、いわゆる湘南と呼ばれる地域の本を買って読んだんだ。それにも少し書かれていた。江の島の、今ある橋の手前あたりから、ロープウエイを江の島島内の、今のヨットハーバーのあたりまで、通す計画があった話。

コメットさん☆:…プラネット王子は、よく勉強したんだね。

プラネット王子:えっ?。いや…、勉強ってほどじゃ…。

 コメットさん☆が、少しまぶしそうな目で見るものだから、プラネット王子は照れたように少し笑った。

ツヨシくん:それからそれから?。

ネネちゃん:その先は?、プラネットおにいちゃん。

プラネット王子:すまん。オレが知っているのはそこまでだな…。その本は、まだここにあったと思うから、貸すのはかまわないが、それだけってわけにも行かないだろう。誰かもう少し詳しい人に聞く方がいいのだろうが…。あ…。

 プラネット王子は、コメットさん☆のほうを向きつつ目を上げた。心当たりがあるようだ。

 

メテオさん:で?、何の用よったら、何の用よ!。

神也くん:新しいカメラ買ったんですよ。だからメテオさんを。

 メテオさんは、部屋の外にあるテラスで、どういうわけか神也くんと向かい合っていた。

メテオさん:わ、わたくしを撮るとか、言うんじゃないでしょうね?。

神也くん:もちろん、そのつもりですよ?。モデルになって下さいー。

メテオさん:モ…、モデルって…。

 一瞬心が揺らいだメテオさん。しかし、ふと今日の暑さを思い出した。このテラスは、パラソルで日陰を作ってあるし、メテオさんの住む家は高台だから、風がすり抜けていく。しかし地上に降りれば確実に暑い。猫のメトだって、涼しいメテオさんのベッドの上で、大の字になるように寝ている。

メテオさん:だ、ダメ。暑いじゃないのったら、暑いじゃないの!。

神也くん:あ、怒った顔もいいなぁ…。メテオさん、こっちです視線。

メテオさん:ち…、ちょっとぉ!。やめなさいよったら、やめなさいよ。もう!。

 メテオさんが、テラスのテーブルを挟んで片側から怒ったような顔で言っていると、すかさず神也くんはファインダーをのぞき、写真を撮るのであった。メテオさんは、よけいに険しい顔つきになる。

神也くん:すみませんね、メテオさん。でも、ぼくメテオさんのことが…、好きなんですぅ!。

 神也くんは、臆面もなくそういうことを言う。メテオさんは、どっと疲れが出て、冷や汗のような汗が出た。

メテオさん:あ…、あのね…。

 メテオさんが、めまいのような感覚を感じて、顔を手で覆っていると、神也くんは立ち上がって外を見、不思議なことを言い出した。

神也くん:江の島が見えますね、ここは。あそこに空中を走る電車の計画があったの知ってます?。

 神也くんは、遠くに見える江の島を指さして、唐突に言う。

メテオさん:はぁ!?。何を言っているの?、神也は。

 メテオさんは、顔をあげ、江の島の方を見た。ふと、それはコメットさん☆が乗ってくる、「星のトレイン」のことだろうかと思った。そうだとすると、「神也は星のトレインを見たのかしら?」とも。

神也くん:江の島へは、メテオさん、どうやって行きますか?。

メテオさん:どうやってって…。…星のト…じゃなくて、橋があるからそこを渡るわよ。決まっているでしょ?。

 メテオさんは、危うく「星のトンネルで」と言いそうになって、その言葉を飲み込んでから答えた。橋とは、景太朗パパさんも言っていた、車と人が渡れる「江ノ島大橋」と、「江ノ島弁天橋」のことだ。

神也くん:そうですよね。でも、かつてあそこにロープウエイの計画があり、ついで空中を走る電車の計画になってから、地元の反対もあって計画は廃止されたんです。

 神也くんは、遠くの江の島をまた見つめながら言う。

メテオさん:な、なんでそれを私に言うのよ…。

 メテオさんは、まるで興味の無い話を突然されて、不快に思うというよりも、純粋につきあいきれない話だと思って聞いた。

神也くん:いえ、ふっと思いだしたもので。ここはいいアングルですね。

 神也くんはそういうと、江の島にカメラを向けてシャッターを切った。

メテオさん:…神也は、普段どんなものを写真に撮っているのよ。

神也くん:メテオさんと、そうですね…、風景、それに電車ですね。

メテオさん:わたくしと風景、それに電車…。うう…。

 メテオさんは、いすごと後ろに下がりたいような気持ちになりながらも、もう少し聞いてみた。

メテオさん:電車なんて撮って、何が面白いの?。

神也くん:まあ、社会を乗せて走っているから…ってところでしょうか。それに、朝になると遠くから走ってくる寝台列車とか、ロマンがあると思いませんか?。

 神也くんは、思いのほかキザな言い方で答えるのであった。

メテオさん:社会って…。ロマンって…。

 メテオさんは、神也くんの言葉の意味をはかりかねた。

神也くん:さて、現像しなければならないフィルムがあるので、藤沢の方まで出しに行ってきます。メテオさんもごいっしょにいかがですか?。

 神也くんはいすから立ち上がり、にこっと笑ってそう言った。

メテオさん:け、結構よ。…神也は、デジタルカメラじゃないの?。

神也くん:デジタルカメラも使いますけど、フィルムでも撮りますよ。リバーサルフィルムで撮るのが、難しいけど面白いんです。

メテオさん:…あ、あーそー…。

 メテオさんには、結局なんだかよくわからない話なのであった。

 

 コメットさん☆たちが、橋田写真館の2階で、まだ話し込んでいると、1階からプラネット王子を呼ぶ声がした。

ミラ:プラネット…さん、羽仁神也さんいらっしゃいましたよー。

プラネット王子:え?、あ、今行く。…うわさをすれば影かもしれないぞ?。

コメットさん☆:えっ?。

ツヨシくん:うわさをすれば?。

ネネちゃん:影?。

プラネット王子:すまんな、ちょっとよく来るお客さんでさ。すぐ戻る。待っていてくれよ。聞いてみるよ。

 プラネット王子は、ミラの声に答えると、席を立ってコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんに一声掛け、下に降りて行った。

コメットさん☆:聞いてみるって…?。

 コメットさん☆は、プラネット王子の言葉の意味がわからなかった。

プラネット王子:あ、いらっしゃい。今日もリバーサルですか。

 カウンターに戻ったプラネット王子は、神也くんに声をかけた。

神也くん:こんにちは、プラネットさん。この前寝台急行「銀河」撮りまして。

プラネット王子:ああ、「銀河」ですか。いずれ無くなりそうだとかいう…。

神也くん:ええ。ダイヤ改正のたびに、そういう話が出てますね。

プラネット王子:えーと、いつものようにスリーブでいいですか?。

神也くん:はい。お願いします。

 プラネット王子は、フィルムを入れる袋に、神也くんの名前を書きながら、フィルムの銘柄を確かめ、さも今気付いたかのように尋ねた。

プラネット王子:あっ、そうだ…。羽仁さんは、江の島へ空中を走る鉄道の計画があった話って知っていますか?。

神也くん:知ってます!。メテオさんのところでも、その話をしてきたところなんです。

プラネット王子:え?、そうなんですか。そりゃあちょうどいいや。頼みます!。

神也くん:えっ!?。

 神也くんは、いきなり「頼みます」と言われ、びっくりしてプラネット王子の顔をまじまじと見た。

 

神也くん:まずは現地に行ってみましょう。少し暑いですけど。

コメットさん☆:は、はい…。

ツヨシくん:大丈夫。帽子かぶってきたし。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、神也くんが「空中電鉄」の話をよく知っていると言うので、すぐに江の島へ行ってみることになった。湘南台から小田急線で片瀬江ノ島駅まで行く。

ネネちゃん:江の島かぁ…。パパのヨット掃除したときから、最近行ってないなぁ。

神也くん:ネネさんのお父さんは、ヨットを持っているんですか?。

 電車は少し立ち客がいる程度で、冷房のきいた車輌は、4人を乗せてまずは藤沢へ向かう。

ネネちゃん:うん。江の島のヨットハーバーに泊めているよ。

神也くん:それはちょうどいいです。計画では、あのあたりに駅ができる予定だったんです。

コメットさん☆:神也さんは、ずいぶん詳しいんですね。

神也くん:いや、それほどでもないですよ、コメットさん☆。たまたま本で読んで、実際に見てみて、面白かったから…。

 神也くんは、少し赤くなりながら答えた。

神也くん:もう藤沢に着きますね。左に急カーブして、東海道線をまたぎます。そして東海道線に沿って、隣のホームに着くんです。

ツヨシくん:知ってる。ここでスイッチバックするんだよね。

神也くん:ツヨシくんもよく知っていますね。元々小田急の前身、小田原急行鉄道は、まっすぐ線路を敷きたかったようなんですが、藤沢の街を通り過ぎてしまうわけにもいかず、こういう形になったらしいです。どうしても時間がかかってしまうのがネックですね。

ネネちゃん:そうなんだ…。いつも、どうして江の島のほうへ行くのと、新宿行きが同じ方向へ行くんだろって思ってた。

神也くん:まあ、これも歴史と言えばそうかもしれません。

コメットさん☆:神也さんは、今大学生?。

神也くん:ええ。メテオさんに振られているうちに、大学生になっちゃいました。ははは…。

 神也くんは、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

コメットさん☆:大学生かぁ…。どんなだろうなぁ…。

 コメットさん☆は、ふとケースケの姿を思い出していた。ケースケがもし大学に進学していたら…。そんな話も少しは聞いたから、その姿を想像してみたのだ。

神也くん:コメットさん☆は、いつまで留学なんですか?。

コメットさん☆:あ、あのっ…、いつまでって…。まだこっちにいます。

 神也くんに聞かれ、コメットさん☆ははっと現実に立ち返った。

神也くん:そうですか。英語ペラペラだったりするんだろうな…、コメットさん☆は。いいなぁ…。

コメットさん☆:い、いやその…。

 コメットさん☆は、困った表情を浮かべた。まさか「宇宙の彼方、ハモニカ星国から来たので、英語はわかりません」ともいまさら言えない。

神也くん:さて、発車です。これで片瀬江ノ島に着いたら、まずは駅前を見ましょうか。

ツヨシくん:ほーい。

ネネちゃん:橋を渡るのは暑いなぁ…、きっと。

神也くん:何か方法を考えましょう。さすがに海岸の近くは海水浴の人で混んでいるでしょうし。

 電車は藤沢を発車して、終点の片瀬江ノ島を目指す。わずか3駅で到着だ。

 

神也くん:片瀬江ノ島駅です。

 電車が片瀬江ノ島駅に着くと、神也くんはぽつりと言った。片瀬とは、片瀬海岸のことを言うので、まだこの駅は江の島の中ではない。

ネネちゃん:藤沢から少しなのに、やっぱり時間かかるね。

神也くん:そうですね。どうしてもスイッチバックに時間がかかるようです。駅前に出てみましょう。ここは駅舎が面白い形ですよね。

ツヨシくん:うん。竜宮城なんでしょ?。

ネネちゃん:小さいころ読んだ絵本に描いてあったから、びっくりした。

神也くん:はい。ここは昔話の「浦島太郎」に出てくる、竜宮城をイメージして造られたそうです。でも…、見ればわかりますが、この駅木造なんですよ。

 神也くんは改札のあたりで、上を指さして言った。

コメットさん☆:あ、ほんとだ…。木で出来てる…。外から見ると、そうは見えないのに…。

 コメットさん☆も、真上を見上げる。

神也くん:ええ。それは、この駅が元々「仮の」駅として造られたからです。

ツヨシくん:仮の駅?。

ネネちゃん:仮って…。どういうこと?。いつか壊しちゃうってこと?。

神也くん:いえ、江ノ電が大船から、茅ヶ崎の方へ別な路線を建設する計画(※2)があって、もしその線が開通すると、この駅を移動させなければならなかったため、と言われていますね。

ツヨシくん:江ノ電の別な路線!?。

ネネちゃん:そんなのがあったんだ…。

 二人は驚きの声をあげる。

コメットさん☆:それだと…。

 コメットさん☆は、駅前の広場へ出てから、駅舎を振り返るように見て言った。

コメットさん☆:その江ノ電の別な電車は、どこを通るつもりだったのかな?。

神也くん:それはですねぇ…。

ネネちゃん:暑いね、電車降りると。

 地図を広げようかと思った神也くんは、ネネちゃんがそう言うのを聞いて、あわててあたりを見回して言った。

神也くん:そうですね。地図を見た方がいいと思いますから、江ノ電江ノ島駅の方へ行って、お店に入りましょう。

 駅前から片瀬海岸に通じる道、それに駅の近くを横切る国道は、人で混雑している。そこで、江ノ電江ノ島駅のほうへ、いくらか人混みを避けようという考えだ。

ツヨシくん:りょーかい。

ネネちゃん:はーい。やったね。

コメットさん☆:はい。

 残る三人は答えた。

 

 甘いもの屋さんに入った4人は、まず冷たいものを飲んだ後、神也くんの広げた地図に見入った。

神也くん:さっきのコメットさん☆が言った、小田急線の駅と、出来るはずだった江ノ電大船−茅ヶ崎線の関係なんですが…。

 がさがさという音とともに、広げられた地図の一点を、神也くんは指さした。

神也くん:ここがさっき電車を降りた片瀬江ノ島駅です。その、江ノ電大船−茅ヶ崎線の電車は、大船から、今の腰越漁港のあたりへ来て、国道沿いを進むつもりだったようです。

 神也くんは、地図上の国道に指を置いた。

コメットさん☆:そうなんだ…。

神也くん:…それで、おそらく片瀬江ノ島駅で小田急線と並んで、それから海に沿って茅ヶ崎に向かうつもりだったんでしょう。

ネネちゃん:ふぅん…。

ツヨシくん:なるほど。メモしておこう。

 ツヨシくんはメモを取る。

神也くん:江の島へと、空中を走る電車は、元々これも江ノ電の計画した路線だったのですが、別の会社として独立させ、空中電鉄という会社になり、今海水浴場になっている片瀬東浜のあたりと、江ノ島ヨットバーバーのあたりを、結ぶ計画だったんだそうです。その計画は1928年にはあったらしいですが、小田急江ノ島線の開通は1929年です。ということは…。

ツヨシくん:と、いうことは?。

神也くん:小田急線の片瀬江ノ島駅は、とりあえずの駅で、空中電鉄と、江ノ電大船−茅ヶ崎線の駅が出来たら、位置を変えて、そこにつなげる予定だったんじゃないかと。あくまで予想ですけど。

コメットさん☆:…で、でも、あとから駅が出来るのなら、その時にある方の駅にくっつけて作れないのかな?。えーと、ほら、さっきの小田急線の藤沢駅みたいに。

 黙って聞いていたコメットさん☆は、至極もっともな疑問をぶつける。

神也くん:つまりそれは、小田急線の駅のほうが先に完成していたのだから、空中電鉄や、茅ヶ崎へ行く電車の駅のほうを、小田急線の駅に、くっつけて造るべきなんじゃないか、という疑問ですよね。

コメットさん☆:う、うん…。そういうことかな?。

神也くん:…それなんですよねー。ぼくも今一つよくわからないのは…。

 神也くんは、てっきり答えを用意していると皆思ったのだったが…。

ツヨシくん:えー?、パニッくんのお兄さんでもわからないの?。

ネネちゃん:いろいろ難しいんだね…。

神也くん:計画の細かいところが、わからないんですね…。…まあ、江の島の中に行ってみましょうか。

 神也くんのその言葉に、みんな席を立って、江の島に渡ることにした。

 神也くんについて、みんな江ノ島弁天橋を歩いて渡り、江の島の入口から左の方へと歩いた。そっちには女性センターや、江の島ヨットハーバーがあり、島の上に向かう道より、どちらかと言えばひっそりしている。

神也くん:うーん…と、このあたりでしょうか。空中電鉄が駅を設置する計画だったのは。

 江の島ヨットハーバーの入口近く、対岸に見える海水浴場の方を振り返り、神也くんは言う。

ネネちゃん:反対側の、国道が見える。混んでるね。海水浴場の人たちが、小さく見えるね。

ツヨシくん:ほんとだ…。今日は暑いから、たくさんみんな泳いでいるね。ぼくたちも泳ぎに行きたいよ。

 蒸し暑さの中、歩いてきたので、ネネちゃんとツヨシくんは、泳いでいる人たちがうらやましく思えた。

ネネちゃん:あ…、空中電鉄って、モノレールなの?。空中を走るって…。私、そこからもうよくわからないでいた…。

 ふと、ネネちゃんが疑問に思っていたことを口にする。

神也くん:空中って言うと、普通はモノレールか、ロープウエイと考えますよね。でも、最初の計画によると、鉄橋の上に普通の線路を敷いて、鉄の車輪をのせ、そこから車体を吊り下げる計画だったみたいです。

ツヨシくん:ふーん。湘南モノレールみたいだけど、それはモノレールじゃないんだ…。これもメモしておこう。

神也くん:完成したら、見た目はモノレールに見えたでしょうけどね。ただ、レールはあくまで2本で、鉄橋の上を、鉄の車輪で走るから、おそらくうるさかったんじゃないかなぁ…。ガタンガタンってね。

 神也くんは、遠くを見ながら語る。

コメットさん☆:騒音問題?。

神也くん:ええ。たぶんそれも予想されたから、反対の意見もあったんでしょう。ツヨシくんとネネちゃん、写真を撮っておくと、あとで楽ですよ。

ツヨシくん:あ、そうだ。そうしよう。

ネネちゃん:私も。ありがとう神也さん。

 ツヨシくんとネネちゃんは、神也くんに促されて、持ってきた小形デジタルカメラで写真を撮る。さっき片瀬江ノ島駅もそうやって撮ったのだ。

 

 夜になって、リビングのテーブルを使って、今日見てきたことを整理するツヨシくんとネネちゃん、そしてコメットさん☆。ツヨシくんとネネちゃんは、思い出しながら、プリンタで印刷した写真に印を付けていく。

ツヨシくん:えーと、小田急線の片瀬江ノ島駅が木造なのは、元は仮の駅だから、と。

ネネちゃん:写真は…、5番だね。

ツヨシくん:うん、印付けてね。

ネネちゃん:つけたっ。

ツヨシくん:竜宮城みたいな駅にしたのはどうしてだっけ?。

コメットさん☆:それは、まだわからないんだよね。

ネネちゃん:仮の駅だったら、もっと簡単なのでもいいよね。なんでわざわざ竜宮城にしたんだろう?。

ツヨシくん:えーと、じゃあ、それはもう少し調べないとだめか。

ネネちゃん:うん。

 キッチンのテーブルで、明日の仕入れ予定を調べていた沙也加ママさんは、話を聞きながら、助け船を出す。

沙也加ママさん:今日わからないところは、まだあとで調べればいいんじゃないの?。

ネネちゃん:そうだけど…。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、もう今から夏休みの宿題やっちゃうの、えらいね。

ツヨシくん:えらいって言うか…。あはは…。夏はコメットさん☆といっしょに泳ぎに行きたいっ!。

ネネちゃん:私も。早いところ片づけたいものね。

 そこへ仕事から帰ってきて、シャワーを浴びていた景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:あー、さっぱりした。…おや、もう夏休みの宿題かい?、ツヨシとネネは。これは明日は大雪かな?。あははは…。

ネネちゃん:ちょっとパパはぁ、今大事なところなんだから!。

景太朗パパさん:えー、パパ嫌われちゃったよ、ママ…。

 景太朗パパさんは、髪をタオルで拭きながら、悲しげな声で沙也加ママさんの方を見る。

沙也加ママさん:今回のテーマ、提案したのはパパでしょ?。

景太朗パパさん:そ、そうだけどさ…。

ツヨシくん:パパ、江ノ電や小田急線の本、なんか無いかな?。

景太朗パパさん:本か…。探してみよう。あるかもしれない。無かったら、よさそうな本を買ってもいいな。

ネネちゃん:やっぱり、人の話を聞いただけじゃ、まとまらないよね…。

ツヨシくん:それはそうかも。…でも、パニッくんのお兄さんは、かなり詳しいよね。

ネネちゃん:うん…。…えーと、結局空飛ぶ電車みたいなわけ?。

ツヨシくん:そういうことだけど…、コメットさん☆の乗る汽車とは違うよ。

ネネちゃん:わかってるよ?。そうじゃなくて…。

ツヨシくん:長い鉄橋を渡っているような感じかな。でも、車輪は上にあるんだよね。

ネネちゃん:湘南モノレールと、どう違うのかな?。

ツヨシくん:それはさあ…、結局車輪のところなんじゃない?。モノレールはゴムタイヤなんじゃない?(※3)

 ツヨシくんとネネちゃんの、熱心な「議論」は続く。

 その時、書類を見ていた沙也加ママさんが、ふと顔をあげて、コメットさん☆に言った。

沙也加ママさん:そう言えば…、コメットさん☆、明日ね、山川さんっていう人が来るわよ。世田谷に住んでいる人。

コメットさん☆:え?、そうなんですか?。お店に?。

 コメットさん☆は、見るともなくツヨシくんとネネちゃんの様子を見ていたのだが、振り返って沙也加ママさんのところまで来た。

沙也加ママさん:えーと…、私の、そうね、学生時代の友だちだった人なんだけど、偶然絵のギャラリーで見かけてね。うちのお店に、小さい絵を置くことになったの。

コメットさん☆:へえー、沙也加ママのお友だちですか。どんな絵かな?。楽しみ。

沙也加ママさん:パステルのような色使いなんだけど、それでいて線画みたいなきれいな木の絵なんか描く人。

コメットさん☆:木の絵?。木の絵かぁ…。新緑や紅葉、花…。いろいろかなぁ。

 コメットさん☆は、そっと思い浮かべるように聞く。

景太朗パパさん:うーん、みんななんかいい顔しているなぁ。

 景太朗パパさんは、話の輪には加われなかったが、ツヨシくんとネネちゃんの真剣な目、それに沙也加ママさんとコメットさん☆がうれしそうに明日のお店の話をしているのを見て、独り言のように言うのであった。

ラバボー:そうですボ。みんなかがやいていますボ。

 たまたまコメットさん☆のティンクルスターから出ていたラバボーが、それを引き取って答える。

景太朗パパさん:おや、ラバボーくん、そこにいたのか。…そうだね、みんな輝いているな。

 景太朗パパさんは、タオルを手に、静かにつぶやいた。

ツヨシくん:やったね。もう8割は終わったね。

ネネちゃん:そうだね。夏休み当分遊べるよ。

沙也加ママさん:こらっ、もう終わったつもりじゃだめよ。国語や算数だってあるでしょ?。気を抜くと、あとで困るわよ。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:むー。…はぁい。

 ツヨシくんとネネちゃんは、もう終わったかのようなつもり。しかし沙也加ママさんはそれを聞き逃さない。

景太朗パパさん:おやおや。ははは…。ママは手厳しいな。それにしても…。

 景太朗パパさんは、ふと、空中電鉄と呼ばれる、今の片瀬東浜あたりから、江の島に渡る高架鉄道が出来てしまっていたら、江の島にヨットハーバーは作られただろうか、と考えてみた。鎌倉へ住むにあたって、いくつもの鉄道計画が、鎌倉や湘南に向かって存在したことは、景太朗パパさんもよく知っている。かつて鉄道は、人や貨物を輸送する主要な交通路であった。今のように、車が普及していたわけでもない時代、どれもそれなりの使命を持って作られる予定だったのだろう。東京と鎌倉をダイレクトに結ぶ計画のものや、茅ヶ崎・平塚の方を目指していたもの、大船から江の島に至る、今のモノレールと同様の計画。いろいろあったのだが、それらはほとんどが、江ノ電の新線計画すらも、夢に終わった。もちろん、どれもが実現していたら、競合がひどくなって、いくつかの鉄道は、廃線になっていたに違いない。そのことは、この夏休みが終わる頃、ツヨシくんとネネちゃん、それにおそらくはコメットさん☆も理解するだろう。夢は夢で終わってよかったのかもしれないが、かつて存在した夢を知ることは、たとえテーマは違っていても、この先の夢を語るのに、きっと必要なこととも言える。

 それに、空中を走り、車体が下にある電車で、海を見下ろしながら行く江の島。大船から海岸へ抜けて、そのまま海沿いを行く電車。今のイメージでは、どちらも想像しにくいけれど、もし実現していたら、それはどんな感じだっただろうか。ちょっと乗ってみたくもなる。そんな夢を、あれこれ想像しながら、迎える夜もいいね…と、あらためて景太朗パパさんは思うのだった…。

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※1:元々は江ノ島電気鉄道(現在の江ノ島電鉄)から独立した、「空中電気鉄道」が正式な名称です。
※2:当初「東海土地電気」という仮名の会社が計画した路線で、正式な会社設立とともに「江ノ島電気鉄道」となりました。現在の江ノ電を開通させたのは、旧「江之島電氣鐵道」という会社ですが、のちにこの会社は「東京電灯」に吸収され、さらに東京電灯の経営悪化によって、江ノ電線は、「江ノ島電気鉄道」(現在の「江ノ島電鉄」)に譲渡されています。そのため、結局この「東海土地電気」が計画した路線は、江ノ電の計画路線と言えるわけです。
※3:ゴムタイヤでないモノレールとして、「ロッキード式モノレール」がかつてはありました。小田急向ヶ丘遊園モノレール線と、姫路市手柄山モノレールに採用されましたが、いずれも路線としては現存していません。コンクリートの桁上に固定した鉄製レールの上を、鉄の車輪で走るモノレールでしたが、高速が出せる構造の反面、騒音問題などの欠点もあり、普及しませんでした。
●「江の島」と「江ノ島」の表記について:島としては「江の島」となっています。一般的な地名としては「江ノ島」とされています。駅名は、小田急電鉄と江ノ島電鉄は「江ノ島」、湘南モノレールは「江の島」という表記です。そのためここでは、固有名詞として駅名などを表記する場合は、実際の表記に従い、島自体を表現するときには「江の島」を用いました。
●第314話の参考文献:「江ノ電の100年」、江ノ島電鉄株式会社、2002、神奈川。

★第316話:白砂の夏−−(2007年8月中旬放送)

 梅雨明けしてからというもの、暑い日が続いていた。「近ごろはなんだか全体に暑くなったよ」、とは、景太朗パパさんの言葉。「地球温暖化のせいかもしれないわね」、と、沙也加ママさんも言う。暑い夏となれば、海である。鎌倉はほとんど目の前が海と言えるし、夏休みの間ツヨシくんとネネちゃんは、コメットさん☆といっしょによく水遊びをする。しかし、旅行で違う海にも行きたい。ここ何年かは、メテオさんが夏の旅行の計画を立てて、藤吉家に「提案」してくるようになった。もっとも、メテオが住んでいる家の風岡夫妻は、夏に海へ行ってサーフィンに興じたりするわけではないから、という理由のほうが大きいのであったが。

 そんなわけで、今年も藤吉家の人々と、メテオさんの6人は、特急「踊り子」号の乗客となって、伊豆に向かうのだった。

コメットさん☆:…それで、プラネット王子とミラさん、カロンくんは?。

 コメットさん☆は、電車のいすを向かい合わせにして、斜め反対側に座っているメテオさんに尋ねた。メテオさんの隣、通路側にはネネちゃん、コメットさん☆の隣にはツヨシくんが座っている。

メテオさん:ちょっとタンバリン星国に帰ってくるですって。

コメットさん☆:何かあるのかな?。

メテオさん:そうでもないでしょ。たまには王族会に顔を出さないと、とか言っていたわよ。

コメットさん☆:そうなんだ。大変なんだね、王子は。

メテオさん:よかったんじゃないの…、一応は。私たちだって、こうやって…。

 メテオさんは、そう言うと、遠くの景色を窓から見た。

車内のアナウンス:電車は、しばらく東伊豆海岸線を走ります。本日はあいにくはっきりとは見えませんが、正面にうっすら見えます島影は、伊豆大島でございます。右側ややとがった形の島は利島です。海上晴れていますと、伊豆七島の島々が見えるところでございます…。 [●実際の動画はこちら→wmv形式 mov形式(約11〜12MB、1分少々。このページに戻る場合は、ブラウザの「戻る」ボタンを使用して下さい)。さらに別な動画はこちら→通常画質(約35MB) やや高画質(約94MB) 高画質(約113MB)。全てwmv形式です。大島・利島など見られます。このページに戻る場合は、ブラウザの「戻る」ボタンをご利用下さい。]

 電車は、伊豆半島の東側、海に接したところをぐんぐんと進む。ざわついていた車内の人々も、いっせいに進行方向左側の窓を見るのだった。

ツヨシくん:コメットさん☆、天気快晴じゃないね。

 ツヨシくんが、窓の外を見て言う。窓の外に見える景色は、うす曇りで、「とてもいい」とは言えなかった。少し沈んだ色の青みがかった海が、空に溶け込みそうな気配。

ネネちゃん:着いたら泳げるかな…。

 ネネちゃんも心配そうに言う。

景太朗パパさん:伊豆半島の先端は、もっといい天気かもしれないよ。

 景太朗パパさんが、通路をはさんだ反対側から声を掛けた。

ネネちゃん:そっか…。

 ネネちゃんは少し安心したように微笑んだ。

沙也加ママさん:そう言えば…、メテオさん、ムークさんはどうしたの?。

 沙也加ママさんが、ふと思い出したように斜め向こうの座席から声をかける。

メテオさん:…いっつもわたくしのお供じゃ疲れるから、星国にしばらく帰った方がいいかと思って…。

 メテオさんは、少しばかり心細そうな顔で答える。いつもティンクルスターの中にいるムークがいないとなると、それはそれでどこか心もとない。コメットさん☆には、ラバボーとラバピョンが今年もついてきている。終点の伊豆急下田に着いたら、レンタカーを借り、その中で変身、という手はずになっている。

ネネちゃん:はぁ…。今年もメテオさん、いっしょに泳ごうね、私たち。

 ネネちゃんは、コメットさん☆とツヨシくん、ラバボーとラバピョン、景太朗パパさんと沙也加ママさんというように、自然にペアが出来るのだろうな、と思って言った。メテオさんは、その心を察して短く答える。

メテオさん:ふふっ…。そうね。そうしましょ。

 電車はトンネルを抜けて、一路下田に向かう。

 

 海沿いを走っていた電車は、前に早咲きの桜を見に来た河津を過ぎると、やや山を抜けるように走り、最後のトンネルを抜けたところで、車内にはチャイムが鳴り響いた。そして入るアナウンス。左手には、寝姿山という山が見えてくる。

車内アナウンス:みなさま、本日は伊豆急線、特急「踊り子」号をご利用いただきまして、ありがとうございました。まもなく終点の伊豆急下田です。どなた様もお忘れ物、落とし物のございませんようお支度願います。まもなく、終点の伊豆急下田に到着です。長らくのご乗車お疲れさまでした。

 終点の伊豆急下田に到着だ。天気はそこそこ日が射している。

ネネちゃん:よかった。だいたい晴れているよ。

コメットさん☆:そうだね。

 ネネちゃんが窓から空を見、荷物を持って、電車から降りる準備をしながら言う。コメットさん☆がそれに答えた。そしてみんな、それぞれの荷物を持って、ぐっと減速した電車の通路を、デッキに向かう。電車はゆっくりと伊豆急下田駅1番線に到着した。

ホームのアナウンス:終点伊豆急下田、伊豆急下田です。どなた様も、お忘れ物のございませんようお降り下さい。本日は伊豆急をご利用いただきまして、ありがとうございました。

 ドアが開くと同時に、みんなはホームに降り立った。むっとした熱気が、ホームには渦巻いている。冷房のきいた車内から外に出れば、やっぱり暑い。

メテオさん:わあ、暑いわぁ。

 メテオさんがさっそく嘆く。

沙也加ママさん:そうね。差が大きくて疲れるわね。パパ、また車借りるんでしょ?。

 沙也加ママさんが、正面にある改札に向かいながら言う。景太朗パパさんは、ポケットから切符を取り出しながら答える。

景太朗パパさん:ああ。予約してあるから、車は急がなくても大丈夫。それより…、みんなおなかがすいたろ?。どこかでごはんを食べよう。それからホテルに向かって…。みんな天気が良かったら、泳ぐんだろう?。

ツヨシくん:もちろん!。

ネネちゃん:私も。

コメットさん☆:私も…かな。

メテオさん:わ、私だって。暑いんだものったら、暑いんだもの。

 ツヨシくんから順に、ネネちゃん、コメットさん☆とメテオさんみんなが答える。

景太朗パパさん:それでも伊豆は、東京よりはまだ涼しいはずなんだ。鎌倉もだけどね。

ネネちゃん:それって、海に近いから?。

 景太朗パパさんが切符を改札で出しながら言うと、すかさずネネちゃんが答える。

景太朗パパさん:うん。そういうことだね。海から風が入るから、一般的には海の近くは夏涼しい。…とは言っても、夏は夏だからね。高原のような涼しさはないさ。

ネネちゃん:そうだよね…。うわー、今年もまた伊豆だぁ!。

 ネネちゃんは、駅前に降り注ぐ太陽の光を見て言うのだった。

 

 市内の和食料理店で食事をしたみんなは、一度伊豆急下田駅に戻って、レンタカーを借り、景太朗パパさんの運転でホテルに向かう。あらかじめ予約してあったワゴン車に乗り込むと、まずはホテルを目指す。ホテルに荷物を預けてから、海で軽く泳ごうかという計画である。

 伊豆急下田駅前の、ちょっとした渋滞を抜けると、日射しが照りつける道を一路白浜海岸方向へ向かう。今年も宿は、去年と同じ。白い砂が待っているだろう。天気はもうすっかり晴れになっていた。

ツヨシくん:白浜海岸ってさ、なんで電車の駅から遠いのかな?。

 ツヨシくんが、車の窓から海を見ていて、ふとつぶやく。

ネネちゃん:なんでそんなことを?。

 ネネちゃんが不思議そうに答える。

ツヨシくん:だってさ、ナビの画面、電車の線路が細い線で見えるじゃん。あれって、もっと海沿いを通っていれば、海に行くのに便利なんじゃないかなぁ。

 ツヨシくんは運転席にあるナビの画面を指さした。思わず後ろのシートに座っていたコメットさん☆とメテオさんも、シートベルトを伸ばしながら、ナビの画面に見入る。

景太朗パパさん:んー…、どれ?。

 景太朗パパさんは、ちょうど信号で止まったのを見計らって、ナビの画面をつんつんとつつき、河津のあたりを見て、それから画面を元に戻して答えた。

景太朗パパさん:電車の窓からも、駅のそばに寝姿山っていう山が見えたろ?。白浜海岸沿いに電車を通すと、あの山にトンネルを掘るか、大きく迂回してからじゃないと、下田の市内に入れないからだろうね。

 景太朗パパさんは、車を再び発進させながら、多少専門的な話をする。

ツヨシくん:あ、そうか…。

景太朗パパさん:迂回で距離が遠くなるのを嫌ったんじゃないかなぁ?。当時の事情は、よくわからないけど。ただ、確かに白浜海岸のま後ろを、電車が走った方が、お客さんはたくさん来たかもねぇ。

 景太朗パパさんは、前を見続けながらそんな話をする。

コメットさん☆:わあ、でもいいなぁ、旅行するの。

 コメットさん☆は、ふいにそんなことを言う。

ツヨシくん:そうだね。楽しいね。

 ツヨシくんが、微笑んで言う。景太朗パパさんや沙也加ママさんも微笑む。メテオさんもまんざらではない表情。

 やがて車は、にぎやかなお店が建ち並び、どこか雰囲気が由比ヶ浜に似ている白浜海岸の前を抜け、ホテルに着いた。

 

景太朗パパさん:あー、やれやれ。無事に着いた。ママ、まずはお茶でもラウンジで飲もうか。

 景太朗パパさんは、ホテルに荷物を預け、車を駐車場に回してもらうと、まずは一休みとばかりに沙也加ママさんを誘った。

沙也加ママさん:そうね。みんな大丈夫かしら?。

 沙也加ママさんも答える。

景太朗パパさん:大丈夫だろう。コメットさん☆とメテオさんがいるからね。

沙也加ママさん:そうね。今年も8人ね。

景太朗パパさん:そうだね。

 ラバボーとラバピョンは、既に車の中で人の姿に変身している。これで景太朗パパさんと沙也加ママさんを入れれば、全員で8人ということになる。

メテオさん:着替えはどうするのよったら、どうするのよ?。

 メテオさんが、コメットさん☆に聞いている。西伊豆に行っていた頃は、到着とともにチェックインだったので、そのまま部屋に入って着替えればよかったが、まだ時間は2時ちょうど。チェックインの時間までにはしばらくあるし、同じように到着した他の人たちが、何組かロビーにいる。

コメットさん☆:確か…。

係の人:お着替えでしたら、大浴場の更衣室をご利用下さい。ロッカーもありますので、ロッカーご利用の際は、キーを手にはめてお使い下さい。ここは2階ですが、1階の海側から直接海に出る通路がありますので、そちらからどうぞ。

 コメットさん☆が、去年の記憶をたどろうとしていたら、通りすがった係の人が、親切に教えてくれた。

コメットさん☆:あ、ありがとうございます。

係の人:いいえ。お気を付けて楽しんできて下さいね。

 係の人は、コメットさん☆がびっくりしたようにお礼を言うのを聞いて、にこっと笑った。メテオさんも軽く会釈する。

 

コメットさん☆:わはー、きれいな海。砂が白いね。

 水着に着替え、ビーチガウンをはおり、ホテルから前の海へと、ビーチサンダルをペタペタ鳴らして階段を降りるコメットさん☆は、振り返りながら大きめの声で言う。

ネネちゃん:そうだねー。ここは砂が白いよねー。

 ネネちゃんも、砂の白さに目を見張りながら、まぶしそうな目をして答える。ホテルからは、ところどころ急な階段になっていて、みんな足もとに気を付けながら歩く。大きなビーチボールを持ったメテオさん、グラウンドシートを持つツヨシくんも、前を行くコメットさん☆とネネちゃんに続く。一番後ろからは、人間に変身したラバピョンとラバボーも。

ラバボー:久しぶりに人間の姿になったボ。

ラバピョン:私もなのピョン。夏になると、いつもなのピョン。

 すっかり晴れた空からは、太陽が照りつける。午後3時に近いので、真上というわけではないけれど、一番気温は高い時間だ。水着を着ていても、コメットさん☆は、少し汗ばむ。

コメットさん☆:やっぱり暑いね、今日も。

ツヨシくん:そうだね。パラソルが立っているよ。

 ツヨシくんがそう言って応じる。パラソルは、既にホテルの人々が立ててくれているようだ。幸いいくつか空いているので、手近なパラソルの下に向かう。

メテオさん:ここにしましょったら、しましょ。

 メテオさんが、階段から少し離れたパラソルの前で、振り返った。

ツヨシくん:りょーかい。じゃあ、シート敷くよ。何かで押さえないと。

 ツヨシくんは、持ってきたシートを広げようとするが、風で飛ばされないように、何か重りになるものを探した。

ネネちゃん:石なんて無いよ?。

 ネネちゃんが言う。確かに石は無い。海の中や海岸には、所々岩が突き出ているが、石がごろごろしている浜ではないのだ。

ラバボー:砂にはじっこを埋めるしかないボ?。

ラバピョン:風は強くないのピョン。

ラバボー:ラバピョンの水着…、かわいいボー!。

ラバピョン:縫いビトさんが作ってくれたのピョン。

 ラバボーは、問題外のことを言っていたりする。

ネネちゃん:あーそー…。放っておこう…。ツヨシくん、私のっかっているから、シートの端砂に埋めて。

 ネネちゃんがあきれたように言う。

コメットさん☆:ふふふ…。

 コメットさん☆は、少し笑った。

メテオさん:縫いビトって、水着なんかも作れるのかしら?。

 メテオさんが、ふと思いついて言う。

コメットさん☆:大丈夫みたいだけど…、どうして?。

 コメットさん☆が聞き返す。

メテオさん:だって、普通の布じゃないじゃない、水着は。

コメットさん☆:うーん、それはそうだけど…。

メテオさん:伸びたり縮んだり。

 メテオさんは、水着の肩紐をぱちっと指ではじいて言う。

コメットさん☆:どうしているのかな?、私もわからないや。あははは…。

 コメットさん☆は、照れたように笑う。

メテオさん:あ、縫いビトって、今日はどうしているのよ、コメット。

コメットさん☆:今日は星国に帰っているよ。いつもずっといっしょじゃ、大変だろうし。

メテオさん:そう。ムークと同じね。ムークも家族がいるんだもの…。メトに追い回されるばかりじゃね…。

 メテオさんも、配慮の心をのぞかせる。

ネネちゃん:ねえ、早く泳ご、メテオさんとコメットさん☆。

 コメットさん☆とメテオさんの会話に、ツヨシくんといっしょにシートを敷き終わったネネちゃんが割り込む。

コメットさん☆:あっ、そ、そうだね。あはははっ。

 コメットさん☆は、思い出したように答え、笑った。

メテオさん:そうね。じゃ、体操よ、体操っ!。

 メテオさんは、パラソルの外に出ると、みんなを促して体操を始めた。

 

ツヨシくん:いぇーい!。

ネネちゃん:わーーーい!。

コメットさん☆:きゃはっ…。水が冷たいね。

メテオさん:もうみんなはしゃいじゃって…。わたくしは日焼け止めを塗るわったら、塗るわ。

 割といいかげんな体操を終え、勢いよく水に飛び出していくツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆に対して、メテオさんはパラソルの下で、肩や手足に薄い日焼け止めを塗る。コメットさん☆と違い、メテオさんは少し日焼けするのだ。

メテオさん:ラバボーとラバピョンは、泳がないの?。

 メテオさんは、駆け出しては行かず、残っていた二人に、何気なく声をかけた。

ラバボー:お、泳ぐボ。

メテオさん:なあに?、まだ浮き輪やフロート?。

 ラバボーが、一生懸命浮き輪やフロートに空気を入れているのを見つけて言う。

ラバピョン:まだラバボーはあまり泳げないのピョン、メテオさま。

メテオさん:しょうがないわねぇ…。特訓してあげなさいよ。

 メテオさんは、かつて自分も全く泳げなかったことなど棚に上げて、さもえらそうに言う。しかし、ラバピョンは、かえって楽しそうに答える。

ラバピョン:はいなのピョン!。私が泳げるようにするのピョン。

メテオさん:あっそ…。まあ…、やってよ。

 メテオさんは、ラバボーとラバピョンのアツアツぶりに、ちょっとあてられた気がして、目をそらし、そしてふとイマシュンのことを思った。このところ忙しくて会ってもいないなぁ…と。本当はいっしょに旅行なんてしてみたい気持ちが、心の底にはあるのだった。

コメットさん☆:メテオさーん。早くー。

 そんな時、遠くの水の中から、自分を呼ぶ声がした。メテオさんは立ち上がると、心の思いを吹っ切るように答えた。

メテオさん:今行くわよったら、今行くわよー!。

 コメットさん☆に叫び返し、後ろのラバボーとラバピョンに一声掛ける。

メテオさん:わたくし行きますわよ。あなたたちも気を付けるのよ。

 そして前に向かって走りだした。メテオさんの足元から、水しぶきが上がる。

ラバボー:ボーたちも、行くボ…。メテオさま、いつもの調子だボ。

ラバピョン:そうねピョン。…私たちも、あの岩のところまで行くのピョ。

 メテオさんを見送ったラバボーとラバピョンは、波打ち際からほんの5メートル位先に見える岩を目指した。ラバボーは、シャチの形をしたフロートにつかまり、前のほうについたヒモを持って、ラバピョンが引っ張りながら歩く。

ラバボー:うう…、悲しいボ。

ラバピョン:何が悲しいのピョ?。

 フロートにしっかりつかまったラバボーは、まだ足がつくところなのにそう言う。ラバピョンは、クリーム色に黄緑色のボーダーが入った水着を、腰のあたりまで濡らしながら振り返って答える。

ラバボー:なんとなく…、だボ。

ラバピョン:そのうちに泳げるようになるピョン。気にしないで遊ぶのピョン。

 泳ぎの苦手なラバボーの気持ちを、すっと察するラバピョンは、やはり呼吸が合っているということなのだろうか。

ラバピョン:岩のところでも、足立つのピョン。ラバボー大丈夫ピョン。

ラバボー:ほんとうかボ?。

ラバピョン:だって私がこうやって立っているのピョン。

ラバボー:そ、そう言えばそうだボ。

 ラバピョンは、岩のところまでラバボーの乗ったフロートを引っ張ってきて、そのヒモを岩に引っかけながら、少々あきれた顔をして言う。岩のところでも、ラバピョンの胸位の水深だ。波は穏やかだし、所々に岩が出ている足元さえ気を付ければ、特に危険は無い。

ラバピョン:ちょっと潜ってみるのピョン。

 ラバピョンは、そう言うと、くるりと頭を水につけ、岩の向こう側に潜った。岩のそばでフロートから降り、海の底に立ったラバボーのすぐ目の前で、水着に包まれた腰と、すらりとした足が一瞬踊るように見え、水面のすぐ下に入った。ラバボーはどきっとした。それからちょっと、胸がざわめいた。そんなラバボーに気付くこともなく、ラバピョンはすいすいと水の中を泳ぎ、岩を巡って、小さな巻き貝を見つけると、ざばっと音を立てて水面から立ち上がった。

ラバピョン:ほらラバボー、貝がいたのピョン。

 ラバピョンは、左手の水気を振ってから、右手に持った貝を左手に移して、なんとなく水に立つラバボーに、持っている小さな巻き貝を見せた。

ラバボー:なんていう貝だボ?。

ラバピョン:さあ?。ラバボーも探すのピョン。

 ラバボーは、なんとなくうずうずして、ラバピョンに飛びつくように水の中へとジャンプした。

ラバボー:ラバピョーン!。

ラバピョン:きゃあ!。アハハハ…。

 ラバピョンは飛び跳ねて逃げる。

 遠くからちらりとそんな様子を見ていたメテオさんは、ネネちゃんにささやく。

メテオさん:楽しそうね、あの二人。

ネネちゃん:そうだね…。あそこだけ別世界…。

 ネネちゃんも見ていたのか、ため息をつくかのように答える。そして続けて…。

ネネちゃん:こっちもかもよ…。

ツヨシくん:コメットさん☆、ほらー!。

コメットさん☆:わはー、やったなぁ!。えいっ!。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、小さなバケツで水をかけ合ったりしている。いつの間にか、ネネちゃんとメテオさんは、取り残されたような感じ…。

メテオさん:どうもねぇ…、こういうシーンになると、私たち微妙よね。

 メテオさんがぼそっと言う。所々に岩が顔を出している磯浜。いつしかその岩に足をかけて、波が足を洗うにまかせている。ネネちゃんは水に腰の下まで入って、メテオさんのそばにいる。手は岩の上だ。

ネネちゃん:あーあ。メテオさんは、イマシュンと海行ったりしないの?。

 ネネちゃんは、そんなことをメテオさんに尋ねる。

メテオさん:そんなの、行けるわけないでしょ。もしいっしょに行ったりしたら、大騒ぎになるに決まっているわ。

ネネちゃん:…んー、まあそうだよねぇ…。「イマシュンよ、きゃー」とか言うお姉ちゃん達に囲まれちゃうか…。じゃあ、メテオさんは、イマシュンと水着でデートなんてしないの?。

メテオさん:しないしない…、…ってわけでもなくて、昼間ホテルのプールとか、沖縄ロケについていった時とか位かしら?。

ネネちゃん:ホテルのプール?。いいなぁ。なんかセレブって感じ。

メテオさん:別にそんなんじゃないわよったら、ないわよ。狭いし…。それほど気楽なところじゃないわ。なんだか私の方がじろじろ見られている感じで。

ネネちゃん:ふーん、そういうものなんだ…。じゃあ、その沖縄っていうのは?。

メテオさん:そっちは…その…。撮影が無いときに、二人で泳いだりとか…。

ネネちゃん:わあー、いいなー。

 ちょっとおませなネネちゃんは、メテオさんにいろいろと聞きたがる。メテオさんとしては、少々プライベートな話にもなるから、面倒だとは思うのだが、多少の自慢も含めて、ついついいろいろな話をしてしまうのだった。ずっと、コメットさん☆とツヨシくんの嬌声を聞きながら…。

−−◆−−

 翌日はさわやかな晴れ。すっきり朝起きたみんなは、朝食のバイキングを食べた。さすがに8人で同じテーブルには座れず、景太朗パパさんと沙也加ママさんだけは、近くの別なテーブルになった。朝食がすんだら、準備をして出かけることにしていた。コメットさん☆は、また去年のように、近くの白浜海岸へ行くのかな?と思っていたのだが、食後になっても景太朗パパさんと沙也加ママさんが、テーブルから立たずに、地図を見つつあれこれ話をしているのを見た。レストランは、ゆったりとテーブルが配置されているので、話の内容までは聞こえない。

コメットさん☆:どうしたのかな?、景太朗パパさんと沙也加ママさん。

ラバボー:さあ…。どこかへ行く準備かボ?。

 斜め向かいに座っていたラバボーが答える。メテオさんは、ちょっと大人っぽく、コーヒーをゆっくり飲み、ツヨシくんはパイナップルをまだ食べている。

ツヨシくん:うん。パイナップルおいしいね。甘い甘い。

 独り言のようにそんなことを言う。

ネネちゃん:やーね。まだ食べてる…。

 ネネちゃんはもう食べ終わって、ナフキンで口も拭いたのだ。

コメットさん☆:ふふふ…。

 コメットさん☆は、少し笑った。そして窓の外に見える海の景色に目をやった。光るように、海の水が青く透き通っている。今日も楽しい一日が待っているに違いない。

 

 10時になると、みんな水着に着替えてから、景太朗パパさんの運転する車に乗って、ホテルから出かけた。座席は帰りに濡らさないよう、ビニールシートを掛けておく。

景太朗パパさん:今日はさ、ちょっとした穴場へ行こう。

 景太朗パパさんは、ハンドルを握りながら、少し自信があるように言う。

コメットさん☆:穴場ですか?。

ネネちゃん:あれ?、白浜海岸じゃないの?、去年も行ったよね?。

 コメットさん☆とネネちゃんは、少しびっくりしたかのように答える。

ツヨシくん:穴場っていうと…。ホテルの下のほうが穴場に思えるけどなぁ。

 ツヨシくんも考えたような表情で言う。

メテオさん:まあわたくしは、どこでも楽しくってよ。

 メテオさんは、普段意外に単調な生活なのだと言いたげだ。

ラバボー:浅いところがいいボ。

ラバピョン:このあたりの海岸は、だいたい遠浅って聞いたのピョン。

 ラバボーはちょっと不安そうに言う。ラバピョンはそんなラバボーの心配を取り去るような答え方だ。

景太朗パパさん:大丈夫。きっとみんな満足出来ると思うよ。早く行っていいところに車を止めよう。

沙也加ママさん:張り切っているわね。

 景太朗パパさんはそう自信を持って言い、沙也加ママさんは小さめな地図をちらりと見て言った。

景太朗パパさん:目的地は、板見漁港だ。

ツヨシくん:ぎょ…?。

ネネちゃん:漁港ー!?。

メテオさん:魚を買いに行くの?。

コメットさん☆:そんなはずは…。

景太朗パパさん:魚市場には行かないよ。はははは…。

 車は少し混雑する白浜海岸を通り過ぎて走るのだった。

 白浜海岸を過ぎると、車はわずかながら山がちの地形を走る。海に接した小高い丘を、ちょっとした登り勾配で越える感じだ。伊豆には割と多い地形。しかし、その丘の頂上あたりで、景太朗パパさんは左にウインカーを出し、速度を落とした。

ツヨシくん:おっ?。

 ツヨシくんが、意外そうな顔で窓の外を見る。

メテオさん:ここは?、どこかしら?。

 メテオさんも不思議そうだ。

沙也加ママさん:どうかなぁ…。場所としてはよさそうなんだけど…。

 車は国道を外れ、細くて曲がりくねった道を下り始めた。高い位置から一気に低い場所に降りる感覚。と、その時だいぶ下のほうにちらりと海の青い水が見えた。

コメットさん☆:下の方に海?。

ネネちゃん:え?、ここがその…。

 コメットさん☆とネネちゃんがびっくりしていると…。

景太朗パパさん:板見漁港だよ。

 景太朗パパさんが、細い道で注意深く車をハンドルを操りながら答える。

ラバボー:漁港?。

ラバピョン:港なのピョ?。

 ラバボーとラバピョンも、細い道をどんどん下っていき、その先に岩場の見える海と、普段聞く港のイメージが合致しないので、不思議そうな表情を浮かべている。

 やがて車は、その板見漁港に着いた。着いたと言っても、岩場に囲まれたような小さな港。短めの防波堤が海に突き出しているのと、小さな漁船が少し停泊するだけ。車もきちんとした駐車スペースがあるわけではなく、じゃまになりそうに無い場所に、適宜駐めるようになっている。

景太朗パパさん:さて、着いたよ。みんな荷物を下ろしてー。

 景太朗パパさんは、そんな空いている場所に車を駐めると、サイドブレーキをしっかりかけ、声を掛けた。

沙也加ママさん:うんうん。思ったよりいい場所ね。

コメットさん☆:わあー、小さな海だよ。

ネネちゃん:小さい砂浜がある。

ツヨシくん:うん。砂はここも白いね。

メテオさん:こんな場所があるなんて…。知っているはずも無いわね…。

ラバボー:岩場に遊歩道があるボ。

ラバピョン:きれいな水なのピョン。

 みんな口々に、その風景を見て言う。小さな石積みの防波堤が手前にあり、その先にもっと大きなコンクリートの防波堤がある。その間はちゃんと白い砂があるほんの小さな砂浜。そして防波堤の外側から岩場が始まっていて、そこには遊歩道がある。防波堤の上からは、遠くの海が見渡せるが、沖を行く船が小さく見えるほかは、水平線が続くだけだ。防波堤の先端からまっすぐ前には、東伊豆の海岸線を形成する岬がいくつも見える。

メテオさん:ちょっとしたプライベートビーチね。

 メテオさんが、左手を腰に添え、右手で白い麦わら帽子をあげながら言う。

ネネちゃん:そうだねぇ。なんか誰もいなくていいよね。

メテオさん:ほんとね。

 メテオさんは、車で下ってきた坂を見上げるようにしながら答えた。だいぶ上の方の国道を車が走っていくのが、わずかに見える。夏の日射しは、もうみんなに強く照りつける。

 

 全員水着の上にはおっていたガウンや、Tシャツを脱ぐと、ちゃんと体操をして、さっそく小さな砂浜から海に入ってみた。景太朗パパさんは、釣り竿を出して、防波堤の先の方へ行き、外側へ向けて釣りをする。沙也加ママさんは、しばらくそれを見ていることにした。

コメットさん☆:わあ、だいぶ先まで見える…。

 コメットさん☆は、水に顔をつけ、出来るだけ遠くを見てみた。

ツヨシくん:鎌倉より濁ってないね。

 となりにぴったりくっついているツヨシくんも、それに応える。

ラバピョン:鎌倉の海とは、砂が違うんじゃないのピョ?。前に景太朗パパさんから聞いたのピョン。

 ラバピョンは、コメットさん☆の隣から言う。

ツヨシくん:あ、そう言えばそうだったかも。ここは岩ばかりだもんね。

 そんな話を聞きながら、心配そうなラバボーがすり足で歩いている。メテオさんとネネちゃんは平泳ぎで、なんとなく歩いたり泳いだりの4人を追い越していった。

メテオさん:お先に〜。

 メテオさんは、髪を後ろにまとめて、水につけず、上手に顔を出したまま泳ぐ。その様子を見ていたコメットさん☆は、メテオさんの泳ぎの上達に、少しびっくりした。

コメットさん☆:わあ、メテオさん、顔つけずに泳いでる…。

ツヨシくん:ほんとだ…。

 ツヨシくんも目を見張る。

コメットさん☆:どこまでも浅いね。

 コメットさん☆は、意外にも浅い砂地が続くので、そう口にする。確かに沖に向かって左側には、漁船が浮かんでいたりするのに、だいぶ前に進んでも背が立たなくなるということはない。海の底はどうなっているのだろう?、と思った。すかさずツヨシくんは、水に潜ってみる。

ツヨシくん:どれどれ。

 ツヨシくんは、青い水の中をすいすいと泳ぎ、そして十メートルほど先で立った。

ツヨシくん:青い魚がここにもいるよ。小さいの。あと…、海草がたくさん。

 ツヨシくんはコメットさん☆に言ったつもりだったが、防波堤の上から景太朗パパさんが答えた。

景太朗パパさん:えっ?、その海底で黒っぽく見えるのは、岩じゃないのか。海草だったら、足を取られないように、一応気を付けろよ。ほかのみんなもね。あと…、毒のあるウニとか、ウニのトゲなんかにも注意してね。

コメットさん☆:あ、はーい。

ツヨシくん:海草は危ないの?、パパ。

 ツヨシくんにあとについて、水の中を歩いてきたコメットさん☆も、思わず返事をする。ツヨシくんは、真面目な顔つきで景太朗パパさんを見上げた。景太朗パパさんは、釣り竿を持ったまま、体をコメットさん☆やツヨシくんのほうに向けて言う。

景太朗パパさん:海草がたくさんはえているところでは、その回りの状態がわかりにくいのと…、岩なんかが隠れているとそれでケガしたり…。足を取られておぼれかけたっていう話もあるくらいだからさ。まあ、ここはそんなに深くないようだから、大丈夫だとは思うけど、念のためにね。

沙也加ママさん:そうね。ここはライフセーバーもいないわ。

 景太朗パパさんの釣りを見ていた沙也加ママさんが、言葉を継ぐ。もう少し沖目で、景太朗パパさんの言葉に気付いたネネちゃんとメテオさんも、海の中に立ちつくしたまま聞いていた。

ネネちゃん:危ないのかな?。

メテオさん:どんな海でも、回りの様子をよく確かめなさいってことよ。

 メテオさんは、そう大人っぽく言ってみるのだった。

 

景太朗パパさん:今一つ、たいしたものは釣れないなぁ…。

 景太朗パパさんは、しばらく粘ってみたものの、釣れるものは小さなメジナくらい。時間が悪いようだ。釣りにいいのは、早朝と夕方。今はまだお昼前だから、魚の動きもよくない。

沙也加ママさん:さすがに防波堤にずっといると暑いわね…。もう干潮かしら?。どれ…。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんが釣りを続けていると、一人だけ泳ぐ気にもならないから、砂浜に立てたパラソルのところに、いすを出して座って、景太朗パパさんの様子をながめたり、ネネちゃんやツヨシくん、コメットさん☆やメテオさん、それにラバボーとラバピョンの様子を見ていた。すると、ふとネネちゃんとメテオさんが、最初に遊んでいたあたりは、来たときより浅くなっているように感じた。それでいすから立ち上がり、景太朗パパさんに潮の満ち引きを尋ねに行った。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。まだ潮引ききってはいないよ。たしか2時過ぎ頃。

 景太朗パパさんは、潮の満ち引きまでわかる腕時計をしてきていた。沙也加ママさんの尋ねに、それを見ながら答える。

沙也加ママさん:そう。

景太朗パパさん:うーん、いっぺんやめるかなぁ。ぼくたちも泳いだ方がいいような気がしてきた…。

沙也加ママさん:そうね。そうしましょ。

景太朗パパさん:釣りはまた夕方にでもしよう。

 景太朗パパさんは、そう言うと、持っていた竿の糸を、手前にたぐり寄せた。そして右側のほうに見える岩場に目をやった。

景太朗パパさん:なんだ、ツヨシとネネ、コメットさん☆とメテオさん、ラバボーくんにラバピョンちゃんは、みんな岩場で遊んでいるのか。

 ちょうどみんな、砂浜から防波堤をはさんで外海側にある、岩場で磯遊びをしているところだった。

沙也加ママさん:ツヨシとコメットさん☆が、はじめに行ってみたようよ。深くないのかしら…。

 沙也加ママさんは、少々心配しているように言う。

景太朗パパさん:まあ…、岩場だからね。深いところもあるかもしれないが、結構砂がたまっているかもね。…どれ、ぼくらもパラソルのところに戻るとするか。

沙也加ママさん:結局何か釣れたの?。

景太朗パパさん:いや、大きさからして、持って帰るようなものは釣れなかったよ。シマアジが回遊してくるって話だったんだけど、さすがに時間からしてまだでしょ。

 景太朗パパさんは、クーラーボックスを片手で持ち、反対の手には釣り竿を持って、防波堤の上をまっすぐ根本に向かって歩きだした。

 

 防波堤の外側には、岩がごつごつと水面から顔を出した磯がある。ゆるやかな波に洗われながら、みんな水の中に潜ったり、岩に上がったり、少し泳いだりして遊んでいた。

メテオさん:あー、なんかいい天気ねぇ…。い…いたた…。背中痛い…。

 メテオさんは、ちょっと水から上がり、岩の上に腰掛けて空を見上げ、そのまま背中を岩につけようとしたが、岩は見た目よりとんがっていて、背中に刺さるかのようだ。

ネネちゃん:そのまま寝っ転がったら痛いよ、メテオさん。何か敷かないと…。

 ネネちゃんがすかさず言う。

メテオさん:そうね…。背中赤くなっちゃったかしら…。

 メテオさんは、そんなことを心配する。

ツヨシくん:コメットさん☆、ほーらー!!。

コメットさん☆:うわっ!。ツヨシくんやったなぁ。じゃあ私だってぇ!。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、持ってきた小さなバケツで、水をかけ合っている。

ラバボー:まだやっているボ…。姫さまとツヨシくん…。

 ラバボーがあきれたような顔で、ぼそりと言う。

ラバピョン:いいじゃないのピョン。いっしょに潜って、海の中見るピョン。私が手を持ってあげるのピョン。

 ラバピョンは、お姉さんのように言う。やはり二人は似合いのカップルなのかもしれない。

ラバボー:…お、お願いするボ。じゃあ…。

ラバピョン:せーの。

 二人は手を取って、波の静かな岩の間に潜った。潜ったところには、不思議な海草が浮いていたが、その向こうには、沖に向かって砂地が広がり、魚が速い速度で泳いでいるのが見えた。何匹も続いている。

ラバボー:あ、あれは何だボ?。

 ざばっと音を立てて水から出たラバボーが、ラバピョンに聞く。同じように顔をあげたラバピョンは答える。

ラバピョン:さあ?。普段山に住んでいる私に聞かれても、わからないのピョン。

ラバボー:それもそうだボ。…なんだか銀色の魚だったボ。

ラバピョン:だいたいのお魚さんは銀色なのピョ?。

ラバボー:あははは…。でも、姫さまと魚屋さんに行くと、赤い魚とかいるボ。

ラバピョン:お魚やさんで売っているものは、もっと遠くの海で捕れたものなんじゃないのピョ?。

ラバボー:あー、そうかボ…。確かにそうかもしれないボ。

 二人のあまり噛み合っていないような会話は続く。

 そんな時、岩の回りに潜って遊んでいたネネちゃんが、小さな巻き貝を見つけた。

ネネちゃん:あ、ほら、メテオさん巻き貝、巻き貝。

メテオさん:なぁに?、それ。

 メテオさんは、岩の上にのって、足を別の岩にあずけ、斜めになって陽の光を浴びていたが、岩の真下からネネちゃんが言うのを聞いて、顔をあげた。

ネネちゃん:わからないけど…、ホラ貝の小さいのみたいなの。

メテオさん:ホラ貝?。江の島で売っているやつぅ?。

 ネネちゃんは、いきなり江の島が出てきて笑いながら答えた。

ネネちゃん:ふふふ…、江の島で売ってたっけ?。あんなきれいなんじゃないけどさぁ。ほら。

 ネネちゃんはメテオさんに貝を手渡すと、また潜った。メテオさんは、貝を見て、それから自分がのっている岩の、海水が洗うあたりをじっと見つめた。そして同じような貝を見つけ、ちょうど顔をあげたネネちゃんに言った。

メテオさん:これは何かしら?。

ネネちゃん:どれ?。

 ネネちゃんは、ざばっと水音を立てて、おなかのあたりまで水から出て見入る。その視線の先には、2センチちょっと位の、三角形の巻き貝が。どうもこのあたりは、貝がたくさんいるらしい。

メテオさん:ねえ!、コメット!。そのバケツ、ちょっと貸してったら、貸してぇ!。

 メテオさんは、数メートル離れた浅く砂のたまったところで、バケツを持ってツヨシくんと水のかけあいをしていたコメットさん☆に、大きな声をかけた。コメットさん☆は、振り返った。

コメットさん☆:メテオさーん?。バケツがいるの?。

メテオさん:いいから貸して。貝が。

コメットさん☆:貝?。

 コメットさん☆は、不思議そうな顔をしてツヨシくんと顔を見合わせた。そしてすぐに二人とも、水の中をざぶざぶと歩いて、メテオさんのもとにやって来た。

メテオさん:ほら…。この貝何かしら?。

 ネネちゃんから手渡された貝2つと、自分で岩からはがした小さな三角形の貝を、ツヨシくんとコメットさん☆に見せる。

ツヨシくん:あ…、えーと、巻き貝のほうは確かイボニシ。三角形のは…、シッタカかな?。

 ツヨシくんの意外な物知りに、メテオさんはびっくりした。

メテオさん:わかるの?。

ツヨシくん:前に、材木座海岸の和賀江島ってところに、貝探しに行ったから。その時にパパに聞いたと思った。

メテオさん:へえ…。詳しいのね…。

 メテオさんは、ツヨシくんは植物に詳しいことを少し知っていたが、海の生き物について、思ったより知識があると思えるのは、そこに「ケースケの影」が見えるような気もするのだった。

ネネちゃん:もっと探そうか。それに、その貝は藻が付いていてあまりきれいじゃないね。売っているのなんかピカピカなのに。

ツヨシくん:売っているのは磨いてあるんだもの。だからだよ。ぼくも探そっと。コメットさん☆も探そう。

コメットさん☆:うん。そうしようか。

メテオさん:アワビとサザエはダメよ。私たち素人が採るのは禁止よ。

 メテオさんは、ちゃんとそんなことも調べてある。

ツヨシくん:わかってる。大丈夫だよ。サザエやアワビなんて、ぼくたちじゃ見つけられないし、こんな浅いところにいないでしょ。

 ツヨシくんはもっともなことを言う。コメットさん☆は感心して聞いていた。

コメットさん☆:そうなんだ…。

ツヨシくん:あ、クボガイみっけ!。

 さっそくツヨシくんは水の中をのぞいて、岩にくっついている渦巻き模様の貝を見つけた。

コメットさん☆:じゃあ、私も見つけよう。

メテオさん:しょうがないわねぇ…。

 メテオさんは、自分で岩から動こうとまで思っていたわけではなかったのだが、みんなが貝探しを始めるので、ひょいと岩から降りて、水に潜って岩の回りを探し始めた。

メテオさん:(これかしら?、んー、取れないじゃないったら、取れないじゃない!。…ってことは、これはただの出っ張りね。もう!。)

 メテオさんは息を止めて、岩の出っ張りに手を伸ばした。

ツヨシくん:岩は、けっこうとんがっているから、みんな手を切らないようにね。

 ツヨシくんは、少し大きい声で、みんなに呼びかける。まるで景太朗パパさんのように…。

ネネちゃん:三角形の貝がいるよ。小さいのばっかり。

 ネネちゃんは、それほど深くない場所で、岩につかまったまま頭を水につけ、ゴーグル越しにのぞいて見た。

コメットさん☆:三角形の貝?。どんなの?。

 コメットさん☆が応じる。

ネネちゃん:あのさ、なんか岩をじーっと見てると、不自然な三角が。それを手で取ろうとすると、ぽろっとはがれる。それがこの貝。

 ネネちゃんは、片手に3つほど、さっきツヨシくんが「シッタカかな?」と言った貝を、コメットさん☆に見せた。

コメットさん☆:ほんとだ。私もほら。

 コメットさん☆も一つ見つけた。背中にフジツボが付いている、比較的大きい貝だ。

ネネちゃん:うわー、なんかいっぱい付いてる…。ちょっと気持ち悪いね。

コメットさん☆:でも…、海草みたいだよ?。海草って、貝にもはえるのかな?。

 コメットさん☆はふと、ケースケならよく知っているだろうなと思った。

ネネちゃん:現にはえているからには…、はえるんじゃないの?。

コメットさん☆:あははっ…。そうだね。えーと、バケツはどこに?。

 コメットさん☆は、手に持った貝を、バケツに入れようかと思ったが、さっきメテオさんに渡してしまったのを思い出して、あたりを見回した。胸のあたりを、小さな波が洗っていく。それで体は、少しゆらゆらとしてしまう。

ネネちゃん:バケツどこー?。

 ネネちゃんが、誰に言うでもなく呼んでみた。

ツヨシくん:ここにあるよー。

 数メートル先のツヨシくんが、波間に浮かべているのを指さした。誰かが持っているというのではなくて、海に浮かべているのだ。

ラバピョン:そんなふうにしていると、流れて行っちゃうのピョン!。

 コメットさん☆とネネちゃんより、もう少し陸地寄りにいたラバピョンが、心配して言う。

ツヨシくん:大丈夫だよ。流れて行きそうになったら、また手前に戻すもの。

メテオさん:でも、今は引き潮よ、たぶん。

 メテオさんが、やや深いところから頭だけ水の上に出して言う。

ツヨシくん:えっ?、あ、そうか…。そうすると…。岩の上に載せた方がいいかな。

ネネちゃん:なんでもいいから、早くバケツ貸してよー。

ツヨシくん:なんかいたの?。

 ツヨシくんがバケツを両手で捧げ持つようにしながら、バタ足で少し泳いでネネちゃんとコメットさん☆のところまで来た。

コメットさん☆:さっきの貝かな?。

 戻ってきたツヨシくんから手渡されたバケツに、貝を入れながらコメットさん☆は言う。

ツヨシくん:あ、シッタカだよ、これは。だいぶたまったよね。

 ツヨシくんは、あっちこっちの岩から小さな貝をはがしているうちに、もうバケツの底に一並べくらいになっているのを見た。

ネネちゃん:わー、なんかバケツにひっついてる…。逃げようとしているんじゃない?。

ツヨシくん:そうかも。少し海水を入れた方がいいのかな?。もう一つのバケツは、どこに行ったんだろう?。

 ツヨシくんがふとそう思いついたとき、メテオさんが大きな声をあげた。

メテオさん:いったい、いつまで捕ったらいいのよったら、いいのよー!。もう、バケツ半分になるわよ!!。

ツヨシくん:ええー!?。

ネネちゃん:メテオさん…。

コメットさん☆:メテオさん、すごーい。

 

 お昼になって、太陽が真上に来るころ、みんな昼食の時間。ここはバーベキューが禁止なので、近くの白浜海岸にあるレストランから、配達サービスを受けることにした。昨日のうちに、景太朗パパさんが偶然、ホテルで見つけたパンフレットにあったお店だ。

(景太朗パパさん:テイクアウト可能…か。港でも大丈夫だよね。聞いてみようか…。あ、「場所をご指定くだされば、浜辺へも配達いたします。」って書いてある。いいね。)

(沙也加ママさん:そんな便利なサービスがあるの?。)

(景太朗パパさん:ああ、そうらしい。明日はこれでいくかぁ。)

 そんな会話をしたことを、沙也加ママさんは思い出す。白いデリバリーの車が、国道からの坂道を降りてやって来た。パスタもピザも、焼きそばにたこ焼きまである。あらかじめ用意しておいたテーブルを2組、砂浜より少し上がったところ、ずっと日なたは辛いから、少し日陰になるところを探してセットした。そしてみんな思い思いに注文した料理を食べる。

景太朗パパさん:まあ、ここで豪快に釣れた魚を料理、ってわけじゃないから、ちょっと盛り上がりには欠けるかもしれないけど…。

 景太朗パパさんは、ミートソースを食べながら言う。

沙也加ママさん:煮炊きはしないほうがいいでしょ。浜が汚れるかもしれないし。

 沙也加ママさんはサラダを口に運びながら答える。

景太朗パパさん:そうだね。マナーがいい人ばかりじゃないものなぁ。

 景太朗パパさんは、海のほうを眺めながらつぶやいた。そしてアイスコーヒーをひとくち口にした。

 

 コメットさん☆とツヨシくんは、早々に食べ終わり、そばの小高い岩の上に上がって、防水のデジタルカメラで景色を撮っていた。岩の陰には、赤い小さな花をつけて、トゲトゲの葉っぱをもった草花が咲いている。

コメットさん☆:なんだろ、この花。きれいだね。

ツヨシくん:あっ、それは、えーと、アザミ

 コメットさん☆は、あまりにも素早く答えが出てくるツヨシくんにびっくりした。

コメットさん☆:ツヨシくんは、いろいろなこと知っているね。

 ツヨシくんは、そっと草地に腰を下ろしたコメットさん☆のすぐそばで、遠くを行く船を撮影していた。コメットさん☆の言葉にも、特に顔を向けることなく答える。

ツヨシくん:そ…、そうでもないけどさ…。

 それでも内心は、ちょっと照れているのだった。

コメットさん☆:あーあ…。陽の光が暑いけど…、風が少し吹いてる。

 コメットさん☆はそう言うと、そっと背中を倒して横になった。ツヨシくんは、ふと振り返り、そんなコメットさん☆の姿を見た。いつもあまり意識することはないし、まだまだそんな年齢でもないツヨシくんだが、水着で目を閉じたまま仰向けに寝ころび、手をおなかの上にのせたコメットさん☆の姿には、何と言っていいかわからない感覚を覚えた。少しドキドキするような、気恥ずかしいような、コメットさん☆を独り占めしているような…。シャッター音がしないデジタルカメラなのをいいことに、そっとそんなコメットさん☆にカメラを向けて、思わず写真を撮った。そばに咲いているアザミの花も入れて…。

コメットさん☆:まぶしい…。

 コメットさん☆は、そっとつぶやいた。

ツヨシくん:まっ…、まぶしい?。

 ツヨシくんは、焦ったように答える。フラッシュでも光ったのかと思ったのだ。

コメットさん☆:太陽の光が、目を閉じててもまぶしいよ。ふふふ…。

 コメットさん☆は、そんなツヨシくんの気持ちなど知るはずもなく微笑んだ。ツヨシくんは、なんだかほんわかしたような気持ちになって、コメットさん☆のとなりに、腰をおろし、次いで並んで横になった。なるほど太陽の光がとてもまぶしい。目など開けてはいられない。ぎゅっと目をつぶり、言った。

ツヨシくん:…まぶしいね。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆もつぶやく。ツヨシくんは、少しドキドキしながら、そっとコメットさん☆のほうへ左手を伸ばした。すぐにコメットさん☆の右手に当たった。コメットさん☆は、ちょっとびっくりしたが、そっとその手を握った。ツヨシくんも手を握り返す。二人は、ふわりと手を結んだ。ツヨシくんは、コメットさん☆の手の感触が、とても柔らかいと思った。しばらく握っていたいな…。そんなふうに思う。コメットさん☆にしてみれば、ツヨシくんの手は、ずいぶん大きくなったと思えた。地球にやって来たとき、手をつないでいた保育園児のツヨシくんとは、もうまるで違う手…。二人は、じっと手を握り合ったまま、黙って陽の光に耐えて、目を閉じていた。目を開いたら、このほんのり甘い時間が終わってしまうから…。

 

 3時を過ぎると、景太朗パパさんはまた防波堤の先端から、釣り糸を垂れた。近くの人なのか、旅行で来ているのかわからないが、少し離れたところに二人ほど、同じように釣りをする人がいる。景太朗パパさんは、声を掛けてみようかとも思ったが、少し距離があるので、大きい声は迷惑かと思い黙っていた。魚によっては、人の声を嫌って逃げるものがいるという。

 ところが、まだ夕方というには早いと思っていた景太朗パパさんの仕掛けについた浮きが、すっ、すっと沈む。これは何かの魚がかかったのかもしれない。

景太朗パパさん:おっ?。これは…。

 景太朗パパさんは、すっと竿を上げ加減にする。すると竿の先に重みが。

景太朗パパさん:よしっ!。

 竿をすっと上げて、一気に魚を釣り上げる。水の中からぱしゃっと躍り出たのは、小さめなシマアジだ。

景太朗パパさん:おっ、シマアジかな?。これはいいものが回ってきたな。

 シマアジは回遊魚。しばらく釣れるかもしれない。景太朗パパさんは、すぐにそばのクーラーボックスに、釣れたばかりのシマアジを入れ、また仕掛けに餌をつけて、水の中に振り込んだ。素早く右の方にいる人を見ると、そっちでは釣れていない。が、そのずっと先、防波堤の根本にある岩場では、まだずっとコメットさん☆とツヨシくんとネネちゃん、ラバボーとラバピョンが遊んでいるのが見えた。

景太朗パパさん:まだ岩場にいるのか。よっぽど面白いのかなぁ?。…おっと、また来たか?。

 景太朗パパさんは、続けて小さめシマアジを釣り上げた。その時、パラソルの下に入れたテーブルでは、沙也加ママさんとメテオさんが一休みしながら、おしゃべりをしていた。遠目に景太朗パパさんの釣り竿が、何か釣り上げているように見える。そこで沙也加ママさんは、テーブルのベンチから立ち上がり、防波堤の上を先端のほうへ見に行った。

沙也加ママさん:パパ、何か釣れてるの?。

 景太朗パパさんは、また1匹シマアジを釣ったところ。

景太朗パパさん:あ、ママか。よかったらそこに釣り竿があるから、防波堤の先っぽから、前に向かって釣ってごらんよ。シマアジが回遊してきたみたいで、続けて4匹ほど釣れたんだよ。小さいけどね。きっと食べればおいしいぞ。

沙也加ママさん:へえ。シマアジって…、あの市場で売っているやつじゃない。

景太朗パパさん:そうだよ。そうだけど、あれほどは大きくないよ。そのクーラーボックスに入っているから見てみなよ。

 沙也加ママさんは、クーラーボックスに、氷とともに入っている小さめなシマアジを見た。

沙也加ママさん:これって、どうやって料理するのかしら?。料理以前に、どうやって持って帰るの?。

景太朗パパさん:…そ、それは…、うーん。と、とりあえず釣ってから考えることにして…。

 景太朗パパさんは、実はこういう「事態」を想定していなかったことに気付いて、苦笑いを浮かべた。

沙也加ママさん:まあ、パパらしいわね…。仕方がないか…。ホテルで冷凍くらいはしてくれるかな?。

 沙也加ママさんは、そう言うと、用意したままになっていた景太朗パパさんの釣り竿を手に取った。そして一言。

沙也加ママさん:どれどれ。私もやってみよう。

景太朗パパさん:なんだか、二人でこういうのは久しぶりだね、ママ。

沙也加ママさん:そうね。いつのまにか、少し忘れていたかも…。

 沙也加ママさんがそっとそう言うと、景太朗パパさんは少し微笑んだ。

 一人取り残されたようなメテオさんは、テーブルに座ったまま、ぼうっとイマシュンのことを考えていた。さっきも、沙也加ママさん相手に少し嘆いたのだが、このところあまり「恋人らしい」デートなんて、出来ていないな、と思う。もちろん「二人で甘ーいデート」なんていうのばかりが、恋人同士のおつきあいだとは思わないけれど、この夏は、イマシュンも忙しくて、まだオフを取れていない。イマシュンもデビューから、もう7年がたとうとしている。最近はドラマにゲスト出演なんていう仕事もあるのだ。ロケについていくこともあるし、春には鎌倉でロケもあった。メテオさんの家の前でも、ロケは行われた。そういうときに、かつてのように、べったりくっついているわけにも行かない。メテオさんも次第に大人になりつつあるのだから、そういうわきまえもある。でも、時々の迷いを、誰かにぶつけてみたくはなる。ケンカ腰でというわけではないけれど…。

 

 それぞれの思いを詰めた時間は過ぎていき、もう夕方になりつつあった。みんな一日海を堪能したが、さすがに疲れが出てくる頃だ。陽の光が赤みを帯びてくる頃、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、ほかのみんなに声をかけた。

景太朗パパさん:そろそろみんな、あがろうか。

沙也加ママさん:ホテルに帰って、お風呂に入って、休憩しましょ。

メテオさん:はーい。

ツヨシくん:りょーかい。

ネネちゃん:そうだね。そうしよう。だいぶ疲れた…かな?。

ラバボー:ラバピョン、楽しかったボ。

ラバピョン:そうなのピョン。いつも夏の旅行は楽しいピョン。

コメットさん☆:はい。そうだ、温泉なんだ、お風呂。楽しみー。

 みんな口々に返事をする。少しの思いもこめられた返事を。

ツヨシくん:じゃパパ、これ貝捕ったんだけど、持って帰れるかな?。

 ツヨシくんは、みんなでつかまえた貝の入ったバケツを、手で持ち上げて景太朗パパさんに見せた。景太朗パパさんは、軽く視線を移したが…。

景太朗パパさん:ええー!?、い、いったいどれだけ捕ったんだ?、ツヨシ…。捕っちゃいけない貝は無いだろうな…。って、それより前につかまえすぎだよー。

 景太朗パパさんは、その量を見てびっくりして言った。

沙也加ママさん:どれどれ?。えー!?。何これー!。

メテオさん:ち、ちょっとお!。なんでバケツ半分越えてるのよー。みんなもぞもぞ逃げだそうとしてるじゃないったら、してるじゃないの!。

 なんと貝は、小さなものからやや大きめで、ツヨシくんの手のひらくらいのものまで、子ども用のバケツとは言え、半分ちょっとが埋まるほどあったのだ。そのうちのいくつもが、バケツの縁まではい上がり、逃げ出そうとしている。

ツヨシくん:だ…、だってさあ…、メテオさんたくさん捕るんだもの…。ぼくもさあ…。

 ツヨシくんは、ちょっと口をとがらせるように言う。

メテオさん:わ、わたくしのせいじゃなくってよ?。6人で探すと…、こ、こうもなる…のかしら?。はぁ…。

 メテオさんも、最初「飛ばして」捕まえていた手前、あまり強く反論できなかった。

景太朗パパさん:あっはっは…。面白いじゃないか。…でも、ちょっと全部は持ち帰れないよなぁ…。

 景太朗パパさんは、にこにこ笑いながら沙也加ママさんの顔をうかがった。

景太朗パパさん:選んで持って帰ろうよ…。

 沙也加ママさんの白い目に、景太朗パパさんの声も小さくなった。

景太朗パパさん:えーと、まずは…、肉食の貝は、他の貝を食べてしまう。だからそれらは除こう。それからあまり小さいのは逃がしてやろうよ。

ツヨシくん:うん。肉食の貝ってどれかな?。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんの前にしゃがみ込み、景太朗パパさんの声にうなずいた。

ネネちゃん:ち、ちょっと、真面目にそれ持って帰るの?。で、どうするの?。

 ネネちゃんは、びっくりしたように言う。

ツヨシくん:え?、じゃあネネは、何でいっしょに捕まえていたの?。

ネネちゃん:うっ…、そ、そりゃあさ、メテオさんやコメットさん☆といっしょに捕まえていたけどさぁ…。

 ネネちゃんは、ちょっと困ったように答える。

ラバピョン:もしかして、それ食べるのピョ?。

 ラバピョンは、誰も口にしなかった言葉を口にした。

コメットさん☆:食べちゃうのかな…。

 コメットさん☆も、気にはしていた。

ツヨシくん:た、食べないよ。飼ってみたいじゃん。

ネネちゃん:ええー?、貝を飼うのぉ?。世話はツヨシくんしてよ。

 ネネちゃんは意外なツヨシくんの言葉に、また驚いたように言う。

ツヨシくん:いいよ。ちゃんと責任持つもの。

 ツヨシくんは、しっかりと答えた。

景太朗パパさん:よし。それならば…、水槽と海水、海水を濾すポンプとフィルターが必要だな…。ママ、うちに昔使っていた水槽あったっけ?。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんの力強い言葉に、どうするか考えた。

沙也加ママさん:水槽なんて…、パパが熱帯魚飼っていた時のやつ?。あれは…、ヒビが入って捨てちゃったでしょ?。

景太朗パパさん:そうか。じゃあ、ツヨシはみんなといっしょに、この巻き貝の小さいやつを別にして。これはイボニシって言う貝で、ほかの貝を食べてしまうから、いっしょに飼えないからね。その間にパパは、水槽とポンプ、それにフィルターだけとりあえず注文しよう。

 景太朗パパさんは、たくさん集まった貝の中から、小さめででこぼこした巻き貝を指さして言った。

ラバボー:注文って?。どうするんだボ?。

 その場でじっと見ていたラバボーは、景太朗パパさんの「とりあえず注文」という言葉に、びっくりして尋ねた。

メテオさん:通販かしら?。

 メテオさんは、さすがに慣れたように言う。

景太朗パパさん:その通り。

 景太朗パパさんは、にこっとしてそう答えると、携帯電話を取り出し、インターネットの検索機能で「水槽」と検索した。そして、いくつかのページを見る。

沙也加ママさん:もう…、パパもツヨシも好きねぇ…。まったく趣味人なんだから。

 沙也加ママさんはあきれたように言う。

コメットさん☆:でも、貝ってどうやって食事するのかな、とか、ちょっと面白そう。

 コメットさん☆は、案外興味深そうに言う。

ラバピョン:姫さまは、お気楽なことを言っているのピョン。

ラバボー:そうだボ。ラバピョンの言うとおりだボ。生き物の世話は大変だボ…。

 ラバピョンとラバボーは、少し離れたところでヒソヒソと言う。しかしそう言ううちにも、貝はだいぶ整理され、大きめの丸まった貝と、三角形のとんがりが特徴的な貝がほとんどになった。ツヨシくんが、「クボガイ、シッタカ」と呼んだやつだ。それ以外にもつるっとしたような巻き貝がいくつか。やや大きめのホラ貝形の貝もいる。ツヨシくんは次々と、イボニシという貝を、別なバケツに取り分けたのだ。携帯電話の画面と、ツヨシくんのそんな様子を見比べながら、景太朗パパさんはキーを操作していた。

景太朗パパさん:よしっと…。うちは海のそばだから、海水は取れるだろうが、海水をきれいにするフィルターと、かきまぜるためのポンプ、それにどうしても必要な水槽だけは注文したぞ。帰った翌日には届く。

コメットさん☆:帰るのはあさってですよね?。それまではどうやってこの貝たちを?。

 景太朗パパさんが、携帯電話のふたを閉めながら言うのを聞いて、コメットさん☆は、もっともな疑問をぶつけた。

景太朗パパさん:そうだね…。量が少なければ、冷蔵庫に入れておけば、貝の類は数日なら生きていられるものが多いと…、思うけどな…。まあ、ホテルも目の前が海だから、海水を補給してバケツに入れておくといいかもしれないね。

 景太朗パパさんは、そう答えた。

景太朗パパさん:それで、どうなった?。ツヨシ。

ツヨシくん:こんな感じで分けたけど…。まだたくさんいるよ?。

 景太朗パパさんは、続いてツヨシくんに尋ねる。ツヨシくんもバケツを傾けて、中身を景太朗パパさんに見せながら答えた。

景太朗パパさん:そのホラ貝みたいなのと、つるつるの巻き貝は、腐ったものしか食べない海の掃除屋さんなんだ。だからそれも帰そうか。この三角形の貝はシッタカ、うずまき模様が見える丸い貝はクボガイ。その2種類は確か藻を食べるから、それだけにしたほうがいいと思うよ。

 景太朗パパさんは、ちゃんと貝の名前を知っている。コメットさん☆とネネちゃんは、目を丸くして顔を見合わせた。

ツヨシくん:じゃあ、もっと取り分けだね。よっしゃあ!。

 ツヨシくんは、また貝をつまんでは、別のバケツに取り分ける。

景太朗パパさん:あ、そうだ…。小さめでいいから、そこの石をいくつかと、砂が取れれば少しいっしょに入れてやろう。そうしないと、たぶん真四角な水槽じゃ、貝も落ち着かないんじゃないかな?。よくわからないけどね。なるべく住んでいたのと、同じ環境に近くしたほうが、いいんじゃないかな。

 景太朗パパさんが付け加える。

コメットさん☆:じゃあ、私が石拾います。ネネちゃんも来て。

ネネちゃん:うん。さっきのあたりかな?。砂取れるかな?。

 コメットさん☆の誘いに、ネネちゃんも立ち上がった。正直、「貝なんて飼えるのかなぁ」と思いつつ。

 

 ホテルに帰ると、空は夕焼けだった。東に向いた建物から見ると、オレンジ色の空に、水平線へ向かって、夜の青い色が広がり始めている。そろそろ夕食の時間。旅館とは違うから、何時に夕食と決まっているわけではないが、おなかはすく頃だ。しかしツヨシくんは、ラバボーといっしょの部屋で、バケツに見入っていた。捕ってきた貝と、こぶしよりは小さな石ころがいくつかと、砂と海水の入ったバケツ。

ツヨシくん:もぞもぞ動いている。

 ツヨシくんはつぶやくように言った。

ラバボー:元気なのかボ?。

 ラバボーは、ちょうどシャワーを浴びた髪を乾かしながら聞く。

ツヨシくん:…たぶん。

ラバボー:ツヨシくんも、いろいろ考えるボ。貝なら鎌倉の海にもいるボ?。

ツヨシくん:まあね。それはそうだけど…。浅くて潜れて、貝が捕れる海なんて、あんまりないじゃん。

ラバボー:そうなのかボ?。ボーにはわからないけど…。

 ラバボーは、あまり泳げないから、ちょっと寂しそうな声で言う。

 そのころ景太朗パパさんは、釣ってきたシマアジを開きにしていた。開いてから軽く干し、持って帰ろうというのだ。

沙也加ママさん:干物にするわけ?。

 狭い洗面台のところで、魚をさばく景太朗パパさんに、沙也加ママさんが尋ねた。

景太朗パパさん:そういうことだね。冷凍してもいいんだけど、鮮度のことを考えると、干物が一番だろうからね。それに明日一日干して持って帰れば、きっとうまいぞー。

沙也加ママさん:パパったら、マメねぇ…。

 沙也加ママさんも、そうは言いながらも、干し器の用意をしてくれる。

景太朗パパさん:もうすぐこっちはすむよ。

沙也加ママさん:それなら、この中に並べればいいわね。全部並ぶかしら?。

景太朗パパさん:大丈夫だと思うよ。全員1匹ずつ位しかないよ。あはは…。…でも、メジナの干物ってうまいかなぁー?。

 景太朗パパさんでも、シマアジはともかく、メジナの干物を作るのは初めてだ。

景太朗パパさん:まあ、干物で食べられない魚は、無いと思うけど…。

 そんな自信なさそうなことも言う。

沙也加ママさん:それにしても…。

 干し器のファスナーを開けながら、沙也加ママさんが夕焼けをながめながら言う。

景太朗パパさん:うん?。

沙也加ママさん:海水浴も、私が子どもの頃の海水浴とは、ずいぶんちがうなぁって。

 沙也加ママさんは、だいぶ前の自分を思い出し、そっと言ってみた。

景太朗パパさん:…そうだね。ずいぶん変わったというか…。

 景太朗パパさんも、沙也加ママさんの感じていることを察し、答える。

沙也加ママさん:食べ物を配達してもらったり、砂浜から水槽を注文したり…。だいたい浜辺まで車でなんて。どれもあの頃じゃ、考えられもしなかったわ。混んでる電車で一日がかりだったし…。

 沙也加ママさんは、思い出をたどるようにそう言った。

景太朗パパさん:あはは…。そうだったねぇ。様変わりしたというか…。今はぜいたくになったのかもしれないな。…でも、海はきれいだったよ。エイが泳いでいた。真っ白に見えるエイが。

沙也加ママさん:ええ?、エイって、あの水族館で見るあれ?。

景太朗パパさん:そうそう。真っ白に見えたなぁ。座布団みたいなのが、防波堤の先のほうで、ふわふわ沈んでいるから、何だろうって思ったら。

沙也加ママさん:真っ白?。

景太朗パパさん:そう。水の加減で白く見えるのかなぁ?。とにかく、ぼくたちが子どもの頃よりは、水はきれいになった…のだといいねぇ。

沙也加ママさん:そうね。大事なことだわ。

景太朗パパさん:よっしゃ。出来たよ。これであとは塩を振って、干物になるのを待つだけさ。

沙也加ママさん:塩がいるの?。

景太朗パパさん:海水の塩分だけだと、足りないよ。それに一度水道水できれいに洗って、それからあらためて塩を振るほうが、うまく出来るのさ。

 景太朗パパさんは、そう言うと、ちゃんと用意してきた塩の小瓶を、ナイフが入っていた袋から取り出した。

 ホテルのバルコニー。コメットさん☆は、洗った水着とタオルを干す。沙也加ママさんから借りた、洗濯ばさみを使って。洗濯物ロープも借りたのだが、既にホテルには張ってあった。空の色が、グラデーションを描くように、青からオレンジ色へ、水平線から建物の真上に向けて変化していっているのが見える。コメットさん☆は、少しの間空を見上げた。

コメットさん☆:星が見える…。

メテオさん:そう?。たくさん?。

 コメットさん☆のつぶやきに、短くメテオさんが答える。

コメットさん☆:ううん。まだ少し。

メテオさん:そう。

コメットさん☆:西伊豆の空は、夕方夕日が沈むよね。あれはきれいだったけど、ここの空もきれい。

メテオさん:西伊豆の宿は、真西に向かっているから、正面に日が沈むわ。でも…、西日が暑いのよね。その点ここは、夕方暑くない…。

コメットさん☆:あ、そうか…。だから夕方になっても、夕日が見られないんだっけ。

 コメットさん☆は、ふとわかりきったことなのに…と、自分でも思った。

コメットさん☆:…べ、別に何か思ってるわけじゃないけど…、オーストラリアの夕焼けは、どんな感じかな?…。

 コメットさん☆は、ふと思い出したように言う。やっぱり時には少し気になるのだ。

メテオさん:どうって…、普通に夕焼けがして、西に向いたところなら、夕日が地平線か水平線に落ちるところが見えるでしょ。

 メテオさんは、持ってきたブラシで、髪をかるくとかしながら、素っ気なく答える。難しいようなことを言わなくても、星国の二人は、心で通じ合うものもあるのだ。

 隣の部屋では、ラバピョンのシャワーが長いのを、ネネちゃんが気にしていた。何しているのだろうと思いながら。

ネネちゃん:ラバピョーン、まだー!?。

 ラバピョンも必死に答える。

ラバピョン:そ、そんなこと言ってもピョン、人間の姿だと、いつもと勝手が違うのピョン。頭洗うのも一苦労なのピョン…。

 ラバピョンにしてみれば、無理もない話だ。

ネネちゃん:もう…、しょうがないなぁ…。もうすぐ夕食だよ?、きっと…。

 ネネちゃんは、独り言のように言う。そして、昼間残っていたスナック菓子を、ちょいとつまみながらテレビのリモコンを取って、スイッチを入れた。ちょうど天気予報だ。

お天気キャスター:明日は静岡県西部、東部、伊豆地方いずれも晴れ、ところにより一時曇りでしょう。最高気温は、西部・東部で32度、伊豆地方は30度の予想です…。

ネネちゃん:わあ、神奈川の天気じゃない…って、当たり前か…。ふーん…。伊豆のほうが涼しいのかぁ…。明日の天気はいいみたいだね。

 ちょうどその時、ラバピョンがタオルで頭を拭きながら、シャワーから出てきた。

ラバピョン:お待たせなのピョン。

ネネちゃん:あー、ラバピョン頭洗えた?。あとで温泉も行こ。

ラバピョン:それいいのねピョン。じゃあ食事が終わったら行くのピョン。

ネネちゃん:そうだね。そうしよう。明日も晴れだって。天気予報が言ってた。

 ネネちゃんは、そう言うとテレビのスイッチを切り、ベッドに身を投げ出すように横になった。

ラバピョン:そうなのピョン?。それならまた潜って遊ぶのピョン。写真撮れたのピョ?。

 防水デジタルカメラで、撮ったはずの写真。それがどうなったかラバピョンは楽しみ。

ネネちゃん:ツヨシくんが持っていると思うよ。帰ったらプリントするでしょ。

ラバピョン:海の中、きれいに写っているのピョ?。

ネネちゃん:さあ。熱帯魚みたいなのいたよね?。

 ラバピョンとネネちゃんの、他愛のない話は続く。

 

 それぞれの夏が、今年も思い出を刻んでいく。明日も晴れだと、天気予報は言う。夕焼け空の色からしても、それは間違いなさそうだ。明日も、照りつける太陽の下で海を楽しむかがやきは、コメットさん☆、メテオさんだけでなく、きっとみんなのもとに…。

※板見漁港への配達サービスは、架空のものです。
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★第317話:夢の国のまぼろし−−(2007年8月中旬放送)

コメットさん☆:どうなってる?。

ツヨシくん:もにょもにょ動いてる。

 藤吉家の玄関。横長の水槽が置かれ、エアポンプがコポコポと小さな音を立てて、水をかきまぜながらきれいにしている。中に入っているのは、この前の旅行で、ツヨシくんやメテオさん、コメットさん☆にネネちゃんがたくさん捕まえた貝のうち、しぼりにしぼって持って帰ってきた10個余りのクボガイとシッタカ。コメットさん☆とツヨシくんは、毎日どんな様子か、観察しているのだが、何しろ貝だから、大きな変化があったり、素早く泳ぎ回ったりするわけではない。

ネネちゃん:なんだか、気持ち悪いじゃん…。見ていると…。

 ネネちゃんは、貝が水槽のガラスに張り付いて、触角なんかを動かしながら移動しているのを見ると、ちょっと後悔するのだった。

コメットさん☆:石は、こんなふうにでこぼこ置いてあっていいのかな?。

 コメットさん☆は、貝といっしょに拾ってきた石が、水槽の底に並んでいるのを、のぞき込んで言う。

ツヨシくん:さあ…。ぼくもわからないけど…。石の上にのっかってる貝もいるから、いいんじゃないのかなぁ?。

 ツヨシくんが指さす先には、石に付いている何かを食べているかのような貝がいるのだった。

 水槽の中には、いっしょに取ってきた砂も入れられている。砂はあまり厚くなく、ほんの数センチ。そこに差し込むように石を並べて、貝がその表面を渡り歩けるようにしてある。クボガイというのは、らせん階段のような、うずまき模様が付いているあまりとんがっていない貝、シッタカはとんがった三角貝で、背中というのか、殻の上に海草や小さなフジツボをつけているのまでいる。景太朗パパさんは、なにしろ水槽を買ってくれたくらいだから、「何にでも興味をもつことは悪くない」などと気楽なことを言っているが、沙也加ママさんはネネちゃん同様、水槽にぴったり張り付く貝の様子を見るのが苦手で、あまり水槽に寄りつかない。そういうことなので、ツヨシくんは責任がより重いのだった。

コメットさん☆:この貝さんは、何を食べるのかな?。

 コメットさん☆は、もっともな疑問をツヨシくんにぶつけた。ツヨシくんは、水槽から顔を起こし、コメットさん☆のほうに振り返って答える。

ツヨシくん:うーん、それって調べたんだけど…。なんか熱帯魚の水槽を掃除してくれる貝ってことになってる。だから…、多分石や水槽に付く藻を食べるんじゃないかなぁ。

コメットさん☆:で…、でも、水槽は新しくてピカピカ。

ツヨシくん:そうなんだよね。そうすると石のぬるぬるした藻を食べるんじゃないかって思ったんだけど、10匹もいると、すぐに無くなっちゃうんじゃないかなぁ?。

景太朗パパさん:おっ?、さっそく観察してるな。どうだい?、貝たちの調子は。

 景太朗パパさんが、仕事場から歩いてやって来た。コメットさん☆とツヨシくんは、いっせいにそっちに向き返る。

ツヨシくん:…まあ、その、調子はいいんじゃないかと思うけど…。

 ツヨシくんも、見た限り、元気の無い様子の貝がいるわけではないので、大丈夫だとは思ったが、やや自信なさそうに答える。そもそも動きはゆっくりだから、元気がいいのか悪いのかすら、実はよくわからないのだった。

景太朗パパさん:餌はやっぱり藻の類になっているようだね。インターネットで調べたけど…。さすがに飼っているっていう人は少なくて、情報探しに苦労したよ。あははは…。

 景太朗パパさんは、そう言って少し笑った。

ツヨシくん:やっぱり藻かぁ…。藻なんて売っていないよねぇ…。

 ツヨシくんはそうつぶやく。

景太朗パパさん:そのためもあって、貝といっしょに、住んでいるところの石を取って来たんだから、さしあたりはそれを食べさせておけばいいだろう。問題はその先かな…。

 景太朗パパさんも、少し考えるような様子で言った。コメットさん☆とツヨシくんも、顔を見合わせた。「藻」と言われても、「金魚の藻」くらいしか思い浮かばないし、そんなものを食べるとも思えなかった。

 

 午後になると、ラバピョンが星のトンネルを通ってやって来た。

ラバピョン:こんにちはなのピョン。姫さま、旅行の写真見せてなのピョン。

 コメットさん☆は、既に印刷してアルバムに入れてあるデジタルカメラの写真を、リビングのテーブルに出した。

コメットさん☆:ほらラバピョン。出来てるよ。

ラバピョン:わあー、きれいな海の中の写真なのピョン。遠くは緑色にかすんでいるのねピョン。

 ラバピョンは、アルバムを素早くめくり、水中の写真を見て、意外ときれいに撮れるものだと思った。だが、スピカさんの読んでいた雑誌に載っていた、外国の海は、もっと透明で、遠くまで透き通っていた記憶がある。

コメットさん☆:サンゴの海じゃないからね。遠くはどうしても、砂やプランクトン、それに細かいゴミなんかでかすんじゃうらしいよ。

 コメットさん☆はそう答えた。

ラバピョン:あ、みんなで捕った貝は、どうなったのピョ?。

 ラバピョンが、水中の写真を見て、思い出したように尋ねた。

コメットさん☆:ああ、あれはね…。

 コメットさん☆は、ラバピョンを玄関に連れていった。ラバピョンは、水槽をじっと見つめた。

ラバピョン:この…、水槽のガラスに張り付いているのは…、もしかしてあの貝なのピョ?。

 ラバピョンは、不思議なものを見るような目で言う。

コメットさん☆:…もしかしなくても、あの貝さんたち。

ラバピョン:きれいな貝殻とかからは、想像もつかないし、変な感じなのピョン。アハハ…。

 ラバピョンは、水槽に張り付いた貝を、ガラスのこちら側から、ちょんちょんとつついてみて少し笑った。

ラバピョン:姫さまは、こういうの気持ち悪くないのピョ?。

コメットさん☆:一応平気だけど…。ちょっと水槽に張り付くのは、予想しなかったかな…。ふふふ…。でも、ラバピョンはどうなの?。

ラバピョン:…山っていうところには、かわいい動物さんたちばかりじゃないのピョン…。気持ちの悪い生き物だって、いるのピョン。

 ラバピョンは、いきなり低い声で言った。コメットさん☆は、その言い方の変化にたじろぐ。

コメットさん☆:えっ?…。ラバピョン…?。

ラバピョン:姫さま、あんまり詳しく聞かない方がいいのピョ〜ン…。

 まるで幽霊話でもするかのように、ラバピョンは妙な抑揚をつけて言う。

コメットさん☆:…そ、そう。あはは…。じゃ、聞かないことにするね…。

 コメットさん☆は、少し冷たい汗を背中にかくような気分になった。しかしそれは、どちらかというと、ラバピョンの言う「気持ちの悪い生き物」を想像して、というよりは、ラバピョンの声に反応して…。

ラバピョン:でもね、姫さま、そういう生き物も、いないと森は壊れてしまうのピョン。

 ラバピョンは、今度は明るくそう語る。

コメットさん☆:森の掃除やさんってこと?。

ラバピョン:そうなのピョン。

 ラバピョンは、さらりと自然の仕組みをコメットさん☆に語るのだ。

ラバピョン:でも…、この貝は、何を食べるのピョ?。

 ラバピョンは、水槽に向き直り、コメットさん☆を後ろにして言う。

コメットさん☆:うん…。それなんだよね。まだツヨシくんも、景太朗パパさんも、「藻の類」としかわからないみたい。

ラバピョン:藻?。

コメットさん☆:そう。藻。

ラバピョン:藻って…、どんなのがあるのピョ?。

コメットさん☆:岩に付いているのとか…らしいけど、私はよくわからないや。

ラバピョン:だからこうやって、石が入っているのねピョン。

 勘のいいラバピョンは、石にくっついている貝を見てすぐ気付いた。

ラバピョン:じゃあ、姫さまの星力で、海の中から岩を持ってくればいいのピョン!。

コメットさん☆:ええー!?。

 ラバピョンの思いつきに、コメットさん☆はびっくりした声をあげたが、考えてみると、なるほど説得力があるようにも思えた。

コメットさん☆:…そ、それはいいけど…、どこにそんな岩があるのかな?。岩ごと水槽には入らないよ?。

ラバピョン:ち…、小さいのにするとか…。

 ラバピョンも、さすがに唐突過ぎたかと思いながら答えた。

コメットさん☆:…この辺だと、藻がはえている岩なんてどこにあるかな…。

 コメットさん☆は考えながら、ふと、「ケースケなら知っていただろうな」と思った。そう言えばケースケから、お店の目の前に広がる由比ヶ浜や、その右手に突き出した稲村ヶ崎のことすら、よく聞いていなかったことに気付く。きっといろいろなことを知っていただろうと思う。しかし、ケースケはもう、コメットさん☆のそばにはいない。コメットさん☆の星力を使えば、なんとでもなるかもしれない。いきなりケースケのところへ行って、「あのね…」と聞くことも出来るかも。電話だって、電子メールだって、連絡を取ろうと思えば取れなくはない。それでもあえて、そうしようとは思わなかった。

ラバピョン:姫さま、姫さま…。どうしたのピョ?。

 ふっといろいろなことを考えてしまっていたコメットさん☆に、ラバピョンが呼びかける。

コメットさん☆:えっ?、あっ、そ、そうだね。なんでもないよ…。ちょっと調べてみようか。

 コメットさん☆は、現実に戻って、そう答えた。

ラバピョン:どうやって調べるのピョ?。

コメットさん☆:そうだね…。とりあえずは…、地図、かな?…。

 コメットさん☆はそう答えると、神奈川県の地図帳を、リビングから部屋へ上がる階段下にある小さめの本棚から持ってきた。

コメットさん☆:えーと、鎌倉市鎌倉市…と。あ、ここは横浜市戸塚区かぁ…。あれ…?。

 コメットさん☆は、地図帳のページをめくりながら、鎌倉市を探した。しかし前のほうのページには、横浜市の各区が載っている。ふとその中に大船駅を見つけ、そこから出ている細い線に目を留めた。

ラバピョン:姫さま、どうしたのピョ?。

コメットさん☆:うん…。なんだろ、これ…。えーと、「ドリームランドモノレール、休止中」だって。

ラバピョン:モノレール?。大船からここのそばを通って、江の島に行くモノレールのことピョン?。

 ラバピョンは、不思議そうに尋ねる。

コメットさん☆:ううん。ここのそばの、鎌倉山を走っているモノレールは、休止なんてしてないよ。これなんなんだろう…。線をたどると…。

 コメットさん☆は、地図上で、「ドリームランドモノレール」の先がどこにつながっているのか見た。

コメットさん☆:「ドリームランド」…。

 休止中とされているモノレール線の先には、「ドリームランド」という遊園地があることになっていた。

コメットさん☆:…でも、確かドリームランドは…、何年か前に閉園になったって、沙也加ママさんに聞いたっけ…。今は大学になっているって。

ラバピョン:遊園地がこの近くにあったのピョ?。いいのねピョン。

コメットさん☆:そんなこと言ったって、もう無くなっちゃったんだよ?。

 コメットさん☆が答えると、すかさずラバピョンは言う。

ラバピョン:じゃあ、その地図は相当古いってことなのピョン!。

 ラバピョンの言葉に、コメットさん☆はあわてて後ろのページに書かれている、「発行日」を確かめた。

コメットさん☆:…ほんとだ。1997年だって…。古いや…。10年も前…。

 今から10年前ということは、コメットさん☆は地球にやって来てすらいない。そのころ発行された地図帳が、今こうして手の上にあることが、なぜか不思議に思えた。

ラバピョン:そんなことより姫さま、貝さんのために石探すんじゃないのピョン?。

コメットさん☆:あ、そうか。

 コメットさん☆は、またあわてて鎌倉市のページを探すのだった。

 

 夕方近くになって、景太朗パパさんとコメットさん☆、ツヨシくんとネネちゃん、ラバピョンとラバボーは、みんな近くの鎌倉山駅から、湘南モノレールに乗って、大船に向かっていた。

景太朗パパさん:で、貝の餌になる藻が取れる場所を探していたら、地図が古くて、「横浜ドリームランド」を見つけてしまったと、そういうことなのかい?。

 景太朗パパさんは、モノレールに揺られながら、コメットさん☆に言う。

コメットさん☆:はい…。

景太朗パパさん:なるほどね。横浜ドリームランドか…。コメットさん☆がうちに来る前、ツヨシとネネを連れていったなぁ…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、景太朗パパさんの言葉に顔を見合わせた。

ネネちゃん:あったっけ?。

ツヨシくん:なんとなく、プールがあったりしたのは覚えてる。なんかね、潜水艦とかあって…、あ、観覧車があったと思う。

 ツヨシくんはそんなことを言う。

ネネちゃん:あー、少し思い出した。こう…ぐるぐる回って走るジェットコースターがあったよね。

 ネネちゃんも少し思い出した。景太朗パパさんが引き取って言う。

景太朗パパさん:二人はまだ4歳になったばかりの頃じゃないかな?。

ツヨシくん:もう、そんな前かぁ…。

 ツヨシくんには、意外な気がした。自分が4歳だった時の記憶が、というより、コメットさん☆が自分の家にやって来てから、もうそんな時間が経過したことに。

ネネちゃん:それにしても、これからどこへ?。

 ネネちゃんが不思議そうに尋ねる。「夢の国のなごりを見に行こう」とか、景太朗パパさんに誘われたのだ。

ツヨシくん:横浜ドリームランドのあとでしょ?。

 ツヨシくんがさらりと答える。

ラバピョン:あ、それ言っちゃったら面白くないのピョン。

 コメットさん☆のティンクルスターの中から、ラバピョンが止める。

ツヨシくん:あ、そうだっけ。しまった…。ははは…。

 ツヨシくんは、ごまかすように笑った。

ラバボー:そうだボ、ラバピョンの言うとおりだボ。

 ラバボーは、よく言うせりふを返す。

ネネちゃん:はあ、ラバボーそればっかり…。

 ネネちゃんはあきれたような顔で応えた。

景太朗パパさん:鎌倉市大船から、藤沢市に入ったところに「横浜ドリームランド」という遊園地が、2002年まではあったんだよ。もう閉園してしまったんだけどね。昔は大船駅から、ドリームランドまで、今乗っているこのモノレールとはまるで違うモノレールがあってさ。ところがそのモノレールは、車体の重さが、予定をはるかに越える重量になってしまって、走らせているうちに、線路であるコンクリートの「桁」にヒビが入っちゃって、運休になっちゃったんだな。

 景太朗パパさんが、あらためて説明する。少し専門的な話もまじえて。

ツヨシくん:へえ…。

ネネちゃん:そうなんだ。

 ツヨシくんとネネちゃんは、それに聞き入った。

景太朗パパさん:モノレールの線路だって、建築物だから、当然設計という仕事をして、強さに問題がないかチェックして、それから建設するものなんだよね。山や谷に橋を架けるように、コンクリートの柱で支えた線路を造っていく。ある程度は余裕を持った強さにして、満員のモノレールが高速で走っても、問題ないように造るはずなんだけど、何か間違いがあったとしか思えないんだけどね…。ぼくは学生の頃、この話は聞いたことがあって、当時調べられる資料で、少し調べたんだけど、結局車輌の重さが重くなっているのに気付かず、元の設計のままで線路を建設したらしいということまでしか、わからなかったなぁ…。

 景太朗パパさんは、かつて調べた話も交えて語るが、聞いているツヨシくんやネネちゃん、コメットさん☆にはあまりよくわからない。

ツヨシくん:重さが重いと、そんなに簡単にコンクリートの橋が壊れてしまうものなの?、パパ。いろいろなところ心配じゃん…。

 ツヨシくんは、高層ビルや新幹線の高架線なんかを思い浮かべて言う。

景太朗パパさん:普通の鉄筋コンクリートは、相当な重量や力に耐えられる。そうじゃなかったら、台風の時、防波堤なんて、すぐに壊れて高潮がやって来てしまうし、橋の上が車で渋滞しただけで、橋は落ちてしまうかもしれない。

ツヨシくん:そうか…。確かにそうだね。パパのヨットなんて、まずいことになりそう…。

 ツヨシくんは、あごに手をやりながら、つぶやくように言う。

景太朗パパさん:おいおい…、縁起でもないこと言わないでくれよツヨシ…。ま、モノレールの橋脚にしても、線路にしても、鉄筋コンクリートでしっかり造るはずだから、繰り返し重い車輌が走っても普通は壊れない。だけど、当然それには限界があって、「この重さまでは大丈夫」っていう設計がされているんで、それを越えたら、もちろん壊れる危険は出てくるね。

ネネちゃん:もし…、電車の高架線の脚とかに、ヒビが入ったらどうするの?。

 ネネちゃんが、少し怖そうな声で聞く。

景太朗パパさん:そんなことになった話は、あまり聞かないけど、地震でそうなったりすると困るから、鉄板を巻いて補強する工事は、各地で行われているね。…あ、大雨が降って、古い鉄橋の脚が流されそうになり、傾いた話とかはあるよ。

ネネちゃん:ええー?、大丈夫だったの?。

景太朗パパさん:たまたま列車が通る時間ではなかったから、大丈夫だったそうだけど…。相当危険だったことには違いないね。

 景太朗パパさんの、技術者らしい落ち着いたものの言い方に、かえってツヨシくんとネネちゃんは、顔を見合わせるのだった。

 大船に着くと、みんなは横須賀線と東海道線の線路を渡って、着いたのと反対、西側に来た。ドリームランドに向かうモノレールは、西口から少し歩いた場所から発車していたのだ。

景太朗パパさん:ちょうど、この位置からモノレールは発車していたらしい。

 コメットさん☆をはじめとして、大船駅の裏のような場所に立ちつくす。そこにはただ空き地があるのみだった。

景太朗パパさん:…そして、あの山を越えるように、向こうへ向かっていたんだってさ。

 景太朗パパさんは、誰に言うでもなく、指さしながら語る。コメットさん☆は、バトンを出した。それに気付いたラバボーが尋ねる。

ラバボー:あれ?、姫さま、どうするんだボ?。

コメットさん☆:そうだね…。どうしようか…。

 コメットさん☆がそう答えたとき、景太朗パパさんが言った。

景太朗パパさん:どうするか…。バスでドリームランドの跡地まで、行ってみるかい?、みんな。

ツヨシくん:いいね。

ネネちゃん:遅くなるかな…。

コメットさん☆:じゃあ、モノレールで行きましょう。

 コメットさん☆の言葉にみんなびっくりする。

景太朗パパさん:えっ?、モノレールは…、もう…無いよ?。

ツヨシくん:コメットさん☆?。

ネネちゃん:モノレールでって…?。何言っているの?。

 みんなは、コメットさん☆の言葉の意味をはかりかねた。しかし、コメットさん☆は黙ってバトンを振った。すると…。

ツヨシくん:ああっ!?。

ネネちゃん:これって!?。

景太朗パパさん:うわあ…。

 ツヨシくん、ネネちゃん、景太朗パパさんの順で、驚きの声をあげる中、そこに現れたのは、無くなったはずのモノレールの軌道。カーブを描いて、向こうの山へと、どんどん続いて行く。そして…。

景太朗パパさん:あ…、足が…。

ネネちゃん:浮くよ…、コメットさん☆…これって…。

ツヨシくん:パパ、あれは…、え、駅?。

 今度は景太朗パパさんから声をあげた。景太朗パパさん、ツヨシくん、ネネちゃんの体は、光に包まれたコメットさん☆の体といっしょに、宙に舞い上がり、目の前に現れたモノレールの大船駅に吸い込まれていくのだ。そのまま吸い込まれた先には、簡単なプラットホームがあって、赤と白、そして紺色に塗り分けられたモノレールが待っていた。

コメットさん☆:さあ、ドリームランドに出発!!。

 コメットさん☆は、いつのまにかミニドレス姿に変身し、バトンを振っている。

ラバボー:姫さま、これはなんだボ?。

ラバピョン:一夜限りの、ドリーム…。つまり夢の実現なのピョン!。

 ラバピョンが言う。驚いて振り返るラバボー。

ラバボー:ええっ!?。姫さま…。

 するとモノレールのドアがすっと開き、発車のベルがジリリリン…と鳴った。

ツヨシくん:ドリームの実現かぁ…。じゃあ、乗ろうよみんな。

 ツヨシくんは急いでドアとホームの間をまたぎ、乗りこんでからみんなを呼ぶ。

ネネちゃん:大丈夫なのかな…。

景太朗パパさん:コメットさん☆の星力だ。大丈夫だよ、きっと。

 景太朗パパさんは、そう言ってみたものの、目の前に現れたものが、まだ半分信じられない。しかしラバボーとラバピョンが、コメットさん☆の肩に乗ると、モノレールのドアは、すっと閉まった。

コメットさん☆:えいっ!。

 コメットさん☆は、運転席の方向へ向けて、バトンを振る。モノレールは静かに動き出した。夢のようだが、確かに足もとのほうには、さっき歩いてきたJR大船駅からの道が見える。そしてそれが徐々に遠ざかっていく。モノレールは、左に大きくカーブし、川を渡り、山に分け入っていく。そしてそのまままっすぐに進み、また山に入る。

ツヨシくん:モノレールが…。

 ツヨシくんは、驚いた様子でコメットさん☆を見上げた。コメットさん☆は、にこっと笑う。ツヨシくんは、「いや、そうじゃなくて…」と珍しく思った。普段だったら、ほほえみを返すところなのに。

ネネちゃん:本当に走っている…。私たち…、過去のモノレールに乗っているってこと?。

 ネネちゃんは、小さいうちから、あれほどコメットさん☆の星力を見てきたはずなのに、どうしても今起こっていることが信じられない。

コメットさん☆:過去のモノレールじゃないよ。今夜だけ、よみがえったモノレール…。

 コメットさん☆は、特に表情を変えることなく語る。景太朗パパさんは、なんだか車内にぼうっとつっ立っている自分に気付き、近くのいすに座った。なにしろ、自分たちの他には、誰も乗っていないから、どのいすも空いている。

景太朗パパさん:乗客は…、ぼくたちだけか…。

 当たり前のことを言ってみる。しかし、景太朗パパさんは、ふと窓の外を見て、さらに信じられない光景を目にした。建て込んだ家の軒を、確かにモノレールがすり抜けて通ったのだ。

景太朗パパさん:あっ!。

 それを見た景太朗パパさんは、コメットさん☆のほうを見た。景太朗パパさんには、コメットさん☆の後ろ姿しか見えないのであったが。

ツヨシくん:せっかくだから、楽しんじゃおうよ。ぼくは運転室を見たいな。

 ツヨシくんは、そう言うと前のほうに歩いていった。ところが…。

ツヨシくん:あっ…、そんな…。

 ツヨシくんが見たものは、誰もいない運転室。モノレールは、運転士が運転しているのではないのだった。スピードメーターの針は動き、ハンドルが勝手に動いているのに、それを操作している人はいない。

コメットさん☆:うふっ…。誰もいないよ、ツヨシくん。このモノレールは、かつて走っていたモノレールを見てみたいという、ツヨシくんやネネちゃん、それに景太朗パパさんの思いが、走らせているんだよ。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの背中から、静かにそう語る。

ツヨシくん:そうなのかぁ…。

 ツヨシくんは、わかったようなわからないような気持ちになった。しかし、せっかくだからと、一番前の窓から、前を見てみた。確かにコンクリートの軌道が、山を縫うように続いていて、下に見える道路には、普通に車が走っている。車からは、このモノレールが見えているのだろうか、と思った。

ツヨシくん:このモノレールは、星のトンネルと同じなんだね?、コメットさん☆。

 ツヨシくんは、きっとそういうことなのだろうと考えた。コメットさん☆は、黙ってうなずいた。

 やがてモノレールは、アップダウンの大きい区間を走り、信号所を通過し、さらに夕闇の迫る線路を突き進む。遠くに大学の施設に転用されたという、背の高いかつてのホテルが、その窓から漏れる光で、キラキラと光って見えた。

ネネちゃん:ずいぶん、上り下りがすごいモノレールだね…。まるでジェットコースターみたい…。

 ネネちゃんがもっともなことを言う。

景太朗パパさん:それが…、車輌の重くなる原因でもあったんだってさ。

 半ば呆然としていた景太朗パパさんが答える。いつしかネネちゃんは、車輪の上に設けられた、一段高くなっている座席に、ラバピョン、ラバボーといっしょに座っていた。

 モノレールは、非常に高いところを抜けて、その後緩やかに坂を下ると、川を渡った。思わずネネちゃんとラバピョン、ラバボーは窓から下をのぞき込んだ。そしてバスの姿が見える道路の上を通過すると、きつい坂を登り始め、徐々にモノレールは速度を落とし始めた。そうして坂を登りきると、部屋の明かりがたくさん灯る団地の脇を抜けて、ホームへと滑り込んで停車した。

コメットさん☆:到着…。

 コメットさん☆は、静かに言った。

ツヨシくん:着いたの?。

 前をじっと見つめていたツヨシくんが聞く。

ネネちゃん:ここがドリームランドがあった場所?。…とても遊園地だったなんて、思えないね…。

 あまり特徴の無い、ありふれた住宅街に見える回りを見回して、ネネちゃんは言った。

景太朗パパさん:遊園地からは、ずいぶん変わっちゃったなぁ…。

 景太朗パパさんもつぶやく。そしてコメットさん☆が、バトンを振ると、すーっとモノレールのドアが開いた。なんとなくみんな、ホームに降り立つ。ところが…。全員ホームだと思って降りたはずなのに、気が付くとそこは道路だった。

ネネちゃん:モノレールが!。

 振り返ったネネちゃんが叫ぶ。

ツヨシくん:消えていく…。

 みんなを下ろしたモノレールは、ぼんやりとした光の中へ、ふうっと消えていった。

景太朗パパさん:まさに…、これはドリーム…。夢のようなものだったんだ…。

 景太朗パパさんは、じっとりと汗ばみながらつぶやく。ふと気付くと、コメットさん☆は、普段着に戻っていて、にこっとまた微笑むのだった。

コメットさん☆:その高い建物は?。

 「いつものコメットさん☆」に戻ったコメットさん☆は、景太朗パパさんに尋ねる。道の向こうに、かつてホテルだった、非常に高い建物が見える。21階建て。てっぺんに四角い屋根が載っていて、不思議な感じがする。景太朗パパさんは、現実に引き戻されたように、はっとして答える。

景太朗パパさん:あ、ああ…。ドリームランドは、夜10時まで営業していた遊園地だったのさ。だから、遠くから泊まりがけで遊びに来る人もいて、そういう人のためにあのホテルがあった。珍しい内装で、当時は高級ホテルとして営業したらしい。日本ではごく初期の高層建築とも言われてるよ。

 景太朗パパさんが、高い建物を見上げるように語る。

ツヨシくん:ごく初期の高層建築って、どういうこと?。

 ツヨシくんも、木々の間にそびえる元ホテルを見上げて言う。

景太朗パパさん:日本で最初の高層ビルは、霞ヶ関ビルと言われているけれど、実はあの建物のほうが先なんだよ。1965年に完成したんだ。…まあ、もっとも、どこまでを「高層建築」と言うか、それと建て方によるけどね。

ネネちゃん:そんなすごい建物だったの?、あれ。

 ネネちゃんもいつしかホテルだった建物を見上げている。

景太朗パパさん:まあ、そういうことになるね。

 景太朗パパさんは静かに答える。

コメットさん☆:今は大学になっているって、沙也加ママさんから聞きましたけど…。

 コメットさん☆は、キラキラと窓から漏れる灯の光を見ながら尋ねた。

景太朗パパさん:今はドリームランドの跡地が、大学になったから、そこの図書館になっているってさ。まあ、隠れた名建築が残ってよかった、っていうところかなぁ。夢の跡地にそびえる元ホテル。なんかいい感じじゃないか。

 景太朗パパさんは、腕組みをしながら、建築家らしく語る。

コメットさん☆:そうですね。

 コメットさん☆は、そう言いながら、そばの太い木に手を触れた。すると、木の表面を通じて、何かが流れ込んでくるような気がする。

コメットさん☆:これは…。かがやきの…、思い出…?。

 コメットさん☆の手のひらから頭の中へと、何か映像のようなものが。

ツヨシくん:コメットさん☆、どうしたの?。

 ツヨシくんは、不思議そうにコメットさん☆の手を何気なく取った。するとツヨシくんにも、同じ映像が。

ツヨシくん:これは?。みんなたくさんの人が…見える?。え?、そんなはずは…。ラバボー、感じる?。

ラバボー:なんだボ?。感じるって…。…あっ、感じるボ。かがやきを感じるボ!。ラバピョン!。

ラバピョン:感じるのピョン!。遊園地で遊ぶ人たちのかがやき!。

ネネちゃん:ええー?、どうやって…。あっ…!。パパ、手をつないで!、ほら!。

 ネネちゃんは、いつの間にかコメットさん☆とツヨシくん、ラバボー、ラバピョンがみんな手をつないで、妙なことを言っていると思いつつ、自分もラバピョンと手をつないでみた。そこに見えたのは、かつてにぎわっていたドリームランドに集う人々。みんな笑顔で、楽しそうに遊具で遊んでいる姿。いや、それも目の前に見えるというのとは、ちょっと違う。目の先に浮かぶように見えるというか、頭に浮かぶというか…。観覧車ワンダーホイール、ジェットコースター、ミニ列車に潜水艦。アドベンチャーやゲーム。鼓笛隊の行進。それに見入るたくさんの人々と、楽しげに遊ぶ人々…。子どもたちとその家族。学生のグループに、カップル…。

景太朗パパさん:な、なんだい?、ネネ。

 ネネちゃんに呼ばれた景太朗パパさんは、ネネちゃんの手を取った。

景太朗パパさん:おー、これは…。

 景太朗パパさんは、びっくりして思わず声をあげた。それでもそっと目を閉じると、かつてにぎわっていたドリームランドの姿が、そこにあるかのように見えた。一列に手をつないだコメットさん☆、ツヨシくん、ラバボー、ラバピョン、ネネちゃん、景太朗パパさんは、そこに閉じこめられていた、かつてこの場所に集い、遊び疲れるまで楽しく遊んだたくさんの人々の夢のかがやき、思い出の中に残るかがやきを、太い木の根っこから伝わるように見た。

  確かにこれは、「夢の国のまぼろし」だった。「まぼろしのモノレール」に乗り、「まぼろしのような遊園地の風景」を見た。実際に目にしたのは、今もほとんどそのままに残る、かつてのホテルだった建物だけかもしれない。みんなが見たもののほとんどが、「夢」だったのかも…。かつての「ドリームランド」の姿を、もう一度見たいという、「希望のかがやき」が見せた、一夜の「夢」。だが、「ドリーム」と名付けられた遊園地にあふれていた、過去のかがやきは、実はツヨシくんやネネちゃん、それに景太朗パパさんと沙也加ママさんの、心の中にある思い出でもあるのだった。そしてそれは、今も同じようなかがやきを放っていると、コメットさん☆をはじめ、みんなの心には印象づけられたのだ。過ぎていく時の中で、失われていくもの、無くなっていくものにも目を向けたい。そしてそれでも、思い出のかがやきは、いつまでも色あせることもなく、無くなることもないとも思える。

 

景太朗パパさん:さて…、帰ろうか。

 景太朗パパさんが言う。いつしかみんなは手を離し、ただその場に立ちつくしていた。そして誰ともなくうなずく。コメットさん☆はまた、バトンをそっと出すと、それを大きく振った。コメットさん☆の星力で、その場に星のトンネルが現れた。

コメットさん☆:さあ、みんな入って下さい。これですぐに帰れますよ。

 コメットさん☆は、どこかしみじみとした顔で、そう言う。

ネネちゃん:やったね。じゃあ、お先ぃー!。

 ネネちゃんが真っ先に飛び込む。

ラバボー:ラバピョン、いっしょに帰るボ。

ラバピョン:そうするのピョン。

 ラバボーと手をつないだラバピョンも。そして景太朗パパさんも。

景太朗パパさん:どれどれ…。よっと。

 最後にツヨシくんとコメットさん☆も星のトンネルに滑り込む。すると星のトンネルの入口はすっと閉じ、そこは元の夏の夕暮れに戻った。

ツヨシくん:それで結局、貝の餌はどうする?。

 ツヨシくんは、星のトンネルの中でぼそっと言う。

コメットさん☆:あ…。あははは…。

 コメットさん☆は、すっかり忘れていて、ばつが悪そうに笑う。

景太朗パパさん:まあ、貝の餌はさ、とりあえず海苔を水槽の内側に張り付けてみるのはどうかな。それでどうなるか…。コメットさん☆の星力で、海の底に行くのもいいかもしれないけど、水槽の中身の石をいちいち取り替えるのは大変だろうし。あと、サンゴ用の液体の餌があるから、注文しておくよ。

 景太朗パパさんは、にこっと笑いながら言うのだった。

 一夜だけ、コメットさん☆たちの前に現れたドリームランドの風景。それはもうよみがえることはないかもしれない。なぜなら、また新たな、「学生たちのかがやき」が、生まれる場所に変わったから…。

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