その先のコメットさん☆へ…2005年前半

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。第183話から第233話は2005年になります。このページは2005年前半分のストーリー原案で、第183話から第207話を収録しています。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第183話から全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。

話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第182話

彗星を見よう!

2005年1月上旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・(メテオさん・スピカさん・修造さん・みどりちゃん・プラネット王子・ミラ・カロン・ブリザーノさん・ケースケ)

第183話

新年とキラキラ晴れ着

2005年1月上旬

コメットさん☆・メテオさん・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー・イマシュン・黒岩さん・留子さん・縫いビトたち

第184話

夢のケアンズ

2005年1月中旬

コメットさん☆・ケースケ・ミラ・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・ラバピョン・景太朗パパさん・沙也加ママさん

第186話

花屋さんの早咲きサクラ

2005年1月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・花屋さん

第188話

アルメタルくんの恋<前編>

2005年2月中旬

コメットさん☆・アルメタルくん・ネネちゃん・ツヨシくん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

第189話

アルメタルくんの恋<後編>

2005年2月下旬

コメットさん☆・アルメタルくん・ネネちゃん・ツヨシくん・景太朗パパさん・ラバボー・ケースケ・メテオさん

第190話

ひな祭りのお楽しみ会

2005年2月下旬

ネネちゃん・沙也加ママさん・コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・縫いビトたち・万里香ちゃん・賢司くん・パニッくん・源ちゃん・麻衣ちゃん・亜衣ちゃん

第191話

ツヨシくん事件

2005年3月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・学校の先生・景太朗パパさん・沙也加ママさん・クラスメイトたち

第193話

ぼたもちがつむぐ春

2005年3月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・スピカさん・修造さん・みどりちゃん・ケースケ・メテオさん・留子さん・幸治郎さん・プラネット王子・ミラ・カロン・ブリザーノさん・ラバピョン・ラバボー・ムーク

第194話

花の季節

2005年3月下旬

ケースケ・コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ラバボー・王様(・王妃さま)

第195話

王妃さまのお花見

2005年4月上旬

コメットさん☆・王妃さま・王様・ラバボー・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバピョン・ラバボー・ヒゲノシタ

第196話

バードテーブルと鳥たち

2005年4月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・メテオさん・ラバボー

第197話

八重桜でお花見

2005年4月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん

第199話

高原の春

2005年5月上旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・スピカさん・ラバピョン・修造さん・みどりちゃん

第200話

語りあう人とカメラ

2005年5月上旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・メテオさん・幸治郎さん・景太朗パパさんのお客さん・電車の乗客・ラバボー・プラネット王子・ねこのメト・(カロン)

第202話

コメットと女の子の心

2005年5月下旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・デパートの店員さん

第205話

アジサイと梅雨の花たち

2005年6月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・ケースケ・メテオさん・ムーク

第206話

雨のいたずら

2005年6月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ケースケ

第207話

海をきれいに

2005年6月下旬

コメットさん☆・ケースケ・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・青木さん・鹿島さん・前島さん・メテオさん・ラバボー・ラバピョン

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★第182話:彗星を見よう!−−(2005年1月上旬放送・スペシャル)

テレビのニュース:新年あけましておめでとうございます。…昨年の暮れから、マックホルツ彗星という彗星が、地球に接近しています。東京や横浜などの都市部でも、空が暗いところなら、肉眼でも見える明るさになっています。…現在の放送センター屋上からの画像です…。

 新しい年が明け、いつもの年と同じように、まあまあな天気で、特に変わったことのないお正月。それでもコメットさん☆は、今年も晴れ着を着せてもらい、ツヨシくんやネネちゃんとはねつきをして遊んだ。ケースケがやって来て、景太朗パパさんにあいさつして行った。そのあとには、プラネット王子もやって来て、「初将棋」を景太朗パパさんと打ち、コメットさん☆ともチェスをして行った。

 そんな元日の夕方、ニュースでは彗星の接近を伝えていた。

景太朗パパさん:…うん。マックホルツ彗星だね。去年の夏に発見されたばかりの彗星なんだ。コメットさん☆は、知っていたかな?。

コメットさん☆:あ、いいえ…。私、地球では彗星って、見たことないんです…。

景太朗パパさん:ああ、そういえば…、そうかぁ。

ツヨシくん:ぼくも見たことないよ。

ネネちゃん:私も。

ツヨシくん:ネネ、ツヨシくんが見たことなければ、ネネも見たことないでしょ?。

ネネちゃん:いいのー!。

景太朗パパさん:そうだよなぁ…。ツヨシとネネが生まれて、翌年の春だったかなぁ?。ヘールボップ彗星っていうのが、地球にやって来てさ、あれはよく見えたよ。

沙也加ママさん:あら、もうそんなになるかしらね。つい最近のような気がしていたけど…。

 元日夕方のリビング。そこで燃える暖炉に、みな集まっていた。ゆったりとした時間が流れる。

コメットさん☆:彗星って、そんなに次から次へと来るものなんですか?。

景太朗パパさん:うん。毎年のように、地球に接近しては、また離れていくものらしいんだけど…、肉眼や、双眼鏡くらいのもので見られて、写真にも撮れるとなると、そうしょっちゅうってわけじゃないね。

コメットさん☆:ああ、そうなんですか。

沙也加ママさん:コメットさん☆の故郷の、星国ではどう?。

コメットさん☆:星国では…、確かに彗星は珍しくないです。それに空は暗いし…、星力かかっているので、小さな望遠鏡があれば、よく見えますし、たいていは目でも見えますよ。…でも、小さい頃はじめて見たときは、…うれしかったなぁ…。

 コメットさん☆は、もっと子どもの頃、星国で星遊びをしていて、遠くに彗星が見えたときのことを思い出した。星遊びの時に、手にしていた単眼鏡。それは手にとった星の子を眺めるためのもの。遠くの星の子や星たちは、王様からもらった古い小さめの望遠鏡で眺めていた。その視界に、尾を引いた彗星が、とびこんできたことがあった。それは彗星が突然飛んできたのではなく、もちろん望遠鏡の向きを変えたとき、偶然見つけたのだった。たくさんの星たちの中で、ちょっと違った姿をしていて、ひときわかがやきを放つ彗星。それはまるで、長いドレスをまとっているかのよう…。そんなふうに、彗星を見て素敵な気持ちになったことを。

景太朗パパさん:星国は、空気が澄んでいるんだろうね。やっぱり地球は大気が汚れているからね…。悲しいことだけど…。

コメットさん☆:地球の彗星って、どこから来るんですか?。

景太朗パパさん:うーん、それには少し専門的な説明が必要だけど…。

ツヨシくん:ぼくも知りたい。星国じゃないの?。

ネネちゃん:私も…。星国だと思ってた…。

沙也加ママさん:星国からやって来たのはコメットさん☆でしょ?。面白いこと言うのね。ふふふふ…。

コメットさん☆:星国は、確かに星の子たちがたくさんいるけど…。彗星は生まれないなぁ…。あははっ。

景太朗パパさん:えへん!。まず図を書くか…。こうやって太陽系っていうのがあって、ここが地球だよ。太陽のまわりを、9つの惑星が回っているわけだよ。

 景太朗パパさんは、そばにあった紙を取ると、その上に太陽系の簡単な図を描き始めた。

景太朗パパさん:太陽系っていうのは、この太陽を中心とした星の集まりのことだね…。その一番遠いところにあるのが、今のところ冥王星っていう星なんだ。ただこの冥王星っていう星は、地球をはじめとする、太陽のまわりをぐるぐる回る他の惑星たちと違っていて、まん丸じゃない楕円形で回っているんだよ。だから、1つ手前の海王星と、太陽からの距離が入れ替わることもある…。

コメットさん☆:わあ、市民講座で習ったことだ…。

景太朗パパさん:ああ、そうかい?。そういえばコメットさん☆は、市民講座で「流れ星とほうき星」っていうの、聞いてきていたよね。…それで、その海王星の外側には、小さな星のかけらみたいなものがたくさん漂っているんだ。それらはたくさんあるんだけど、そのうちのどれかが、他の星たちから力を受けて、軌道を変えられ、太陽に向かって来るんだな。(※下参照)

沙也加ママさん:それって、ちょっと前の映画にもあったけど、地球や太陽にぶつかっちゃわないの?、パパ。

景太朗パパさん:まあ、だいたいはぶつからないんだよ。過去にはぶつかったこともあったらしいけど…。…そうやって太陽に向かってくる星のかけらのようなものは、たいてい氷とチリから出来ているんだけど、それが太陽に近づくにつれ、氷が蒸発して、それにつられてチリも放出されて行くんだよ。その様子を地球のほうから見ると、あのおなじみのほうき星、彗星の姿に見えるんだね。

コメットさん☆:わはっ、難しいけど面白い。彗星って、氷とチリなんだ…。

ツヨシくん:コメットさん☆は、星国でいつも見ているんじゃなかったの?。

コメットさん☆:…み、見たけど…、中身がどうなっているか、さわったわけじゃないもの…。…でも、景太朗パパ、そうすると彗星は少しずつ小さくなっているということですか?。

景太朗パパさん:うん。そういうことになるね。彗星にはいろいろな説があって、地球にこういう生命体が存在するのも、彗星が運んできたチリの中に含まれていた成分が元になっているという学者もいるんだよ。それはともかくとして、太陽をぐるりと回って、彗星はまた空のかなたに帰っていく…。彗星は空の旅人なのかもしれないね…。

コメットさん☆:…景太朗パパ…。空の旅人…。

 コメットさん☆は、彗星が太陽に向けてやって来て、そしてまた太陽から遠ざかるように、空のかなたに帰っていく、空の旅人…、ということに、ふと自分の名前を重ね合わせた。もしかすると、いや、たぶん必ず、いつか私も、空のかなたの星国へ、彗星のように帰っていく時が…、やってくるのかも…、と思いながら。

沙也加ママさん:パパったら、いろんなことに、妙に詳しいのね。

景太朗パパさん:妙とはまたひどいなぁ…。「博学」と言って下さいよ、ママ。

沙也加ママさん:あら、ごめんなさい。うふふふふ…。…ところでコメットさん☆、コメットさん☆の星国で見える彗星は、どうやってやってくるの?。

コメットさん☆:だいたい同じですけど…、やっぱり星国の学者ビトの研究では、星国の命の元になったのは、彗星が運んできたのかもしれないって…。…でも、彗星は星国にぶつかったりはしません。星力でよけるようにするそうです。トライアングル星雲の中の、はじっこの方から、ふわふわと飛んできます。そして星国の太陽の影響を受けて、尾を引いて見えますよ。

沙也加ママさん:そうなのー。やっぱり起源は同じなのかしら?、人類って…。…私、コメットさん☆たち星ビトが、私たち地球の人々と、全く違う人間だとは、とても思えないのよね…。

ツヨシくん:うん。ぼくも。コメットさん☆大好き。

ネネちゃん:好きかきらいかじゃないでしょ、ツヨシくんはぁー。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の背中に抱きついた。コメットさん☆は、ちょっと困ったような顔をしながら、ツヨシくんの手を押さえた。

 

 翌日から藤吉家では、夕食がすんでしばらくすると、ツヨシくんとネネちゃんがまず、それにつられてコメットさん☆や、沙也加ママさん、景太朗パパさんが、なんとなく集まりだして、毎晩彗星観察会になっていた。天気の悪い日や、雲がかかっていないときは…。しっかり着込んで、ウッドデッキに出て、みんな星空を見上げる。景太朗パパさんは、持っているカメラを三脚に据えて撮影に挑戦し、沙也加ママさんとコメットさん☆、ツヨシくんとネネちゃんには、ヨットで使う双眼鏡を貸してくれた。彗星は、南西の空高くに毎晩現れるから、ずっと見ていると首が疲れてしまう。それでいつしかみんな、ウッドデッキのテーブルの上に、ブランケットシートや古い毛布を敷いて、その上に横になりながら見ることにした。

沙也加ママさん:こんなところに、寝具を持ち出すことになるとは…、思わなかったわ…。ふふふ…。

景太朗パパさん:まあ、こんな機会はそうそうないからねぇ…。

沙也加ママさん:仕方ないわね…。でも、ちょっとキャンプ気分で面白いわね。みんな寒くない?。大丈夫?。無理しちゃダメよ。

 沙也加ママさんは、困ったような顔をしつつ、それでも楽しそうにツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆に声をかけた。

ネネちゃん:うん、大丈夫。

ツヨシくん:ぼくも。トイレも行ったし。

コメットさん☆:私も、大丈夫です。

 ウッドデッキの床に、直接寝て観察するのは、下に何か敷いたところで、それだけではとても寒い。それで、みんなそれぞれのふとんや毛布を持ち出し、それをかけて横になり、空を見上げることにしたのだ。しっかり厚着はもちろん欠かせない。

 みんなでしばらく夜空を見ていると、目が慣れてきて、徐々にたくさんの星々が見えるようになってくる。

コメットさん☆:わあっ…、星がいつもより、ずっとたくさん見える…。

景太朗パパさん:そうだね。目が慣れてくると、よく見えるだろ。どうだい?、みんなは見えるかい?。

ツヨシくん:うん、昨日は雲がかかって見えなかったけど、今日は大丈夫みたいだよ、パパ。ほんとだ…、すごいたくさん星が見えるよ。

景太朗パパさん:そうか。今晩彗星が、地球に一番近づくんだよ。彗星は見えるかな…。

コメットさん☆:えーと、どの辺かな…。

沙也加ママさん:すばるっていう、星の集まりの右上あたりって、新聞には書いてあったわよ。あっ、あれ…かしら?。

ネネちゃん:えっ、ママどこどこ?。

沙也加ママさん:あのへん…って、わかる?。ママの指さしたところのずっと遠く…。

ツヨシくん:あ、あれ?。あのぼうっとしているやつ?。

コメットさん☆:あっ、ぼんやりした感じに、ぼうっと光っているのがそれ…ですか?。

景太朗パパさん:どれ、双眼鏡で見てみよう…。…えーと、まずはオリオン座を見つけて…、おうし座…。…あれ、ぼくが見てるのは、双子座かな?。

コメットさん☆:どっち側ですか?。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの顔を見た。暗いので、その表情はわからないし、第一景太朗パパさんは、双眼鏡をのぞいている。

景太朗パパさん:…うん。双子座はすばるのもっとずっと…、ぼくたちの位置からすると左のほうだから…。ああ、とりあえずすばるはあった…。すばるはおうし座の端にある星の集まりなんだよね…。それで右上あたり…と、おお、彗星があったよ。やっと見つかった…。…あー、でも…うーん、あまり尾は引いてないねぇ…。

沙也加ママさん:そうなの?。ヘールボップ彗星と比べてどう?。

景太朗パパさん:ぜんぜん違うイメージだね。でもまあ、ぼんやりとしているけど、まあまあ明るい星に見えるよ。ほら…。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんに双眼鏡を渡した。

沙也加ママさん:どれどれ…。えーと…、ああー、ほんとねぇ…。ツヨシとネネも見てごらん。コメットさん☆も。

 沙也加ママさんは、すぐに彗星を見つけると、ネネちゃんに双眼鏡を手渡した。双眼鏡は順にツヨシくん、コメットさん☆にも。

ネネちゃん:どこどこ?。あ、ぼんやりとしか見えないね。

ツヨシくん:彗星って、あんまり迫力ないね…。

 コメットさん☆は、そんなネネちゃんやツヨシくんの言葉を、なぜか苦笑いをしながら聞いた。

コメットさん☆:景太朗パパ、今夜は写真撮らないんですか?。

 コメットさん☆は、空を見上げたまま尋ねた。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。今夜は見るだけにしようかなぁ…。

ネネちゃん:なんで?。この前の失敗だったんじゃないの?。

景太朗パパさん:まだまだ当分は見られるからね。たまには、自分の目でしっかり見た方がいいんじゃないかな?。

コメットさん☆:景太朗パパの貸してくれた双眼鏡、とてもよく見えますね。

景太朗パパさん:そうかい?。…でもね、自分の目でしっかりと見る。これってけっこう大事なことだよ、みんな。

ツヨシくん:ぼくもう見たし、今も見えてるよ?。

ネネちゃん:私も。

コメットさん☆:自分の目でですか?。

景太朗パパさん:そう…。昔の人は、双眼鏡もカメラもなかったわけじゃないか?。確かに今は、何でも生活は便利になったけど、時々は便利な道具に頼らないで、自分の五感だけで感じてみるのも、大切なことなんじゃないかなぁ…。

コメットさん☆:自分の…五感…。そっか…、星を感じるということですね…。目で見て、そして耳を澄ませて、心で感じる…。

景太朗パパさん:あははは…。いやまあ、そこまでしっかりじゃなくてもいいけどね…。コメットさん☆は、星の話になると、やっぱり目の付け所が、違うというか…、独特の見方をするね。勉強になるなぁ…。

コメットさん☆:…そ、そうですか?。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに言った。コメットさん☆が考えたほど、景太朗パパさんはスケールの大きいことを思ったわけではなかった。しかし、器具に頼らないで、自分の目で焼き付けるように見るというのは、彗星だけではなく、いろいろなものを見るときに、大事なことのように思え、景太朗パパさんは、そういうことを言いたかったのでは?、と思ったのだ。

 コメットさん☆は、手に持っていた双眼鏡を外し、ゆっくりと彗星を見た。その彗星は、ちらちらとまたたく無数の星たちの中にあって、一つだけぼうっとした光を放っていた。ほかにそんな星はない。すーっと尾を引いているように、はっきり見えるわけではないけれど、ほかの星たちとは、全く違った表情をしていることは確かだった。コメットさん☆は、彗星をじっと眺め、静かな気持ちでいると、いろいろな感情がわいた。

コメットさん☆:(彗星さんは、なんだかひとりぼっちだね…。でも、一人だけ着飾って素敵にも見える…。あまたの星たちが、イルミネーションのよう…。彗星さんは、寂しくないよね…。)

 コメットさん☆の体を包み込む、夜空に上がる無数の、そして満天の星たち。その中でひときわ目立つマックホルツ彗星。それはコメットさん☆に、特別な思いをいだかせていた。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆の名前って、彗星って意味でしょ。

 ふと、ツヨシくんが発した言葉に、コメットさん☆は、はっとして答えた。

コメットさん☆:…そ、そうだよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:じゃあ、コメットさん☆も彗星さんなんだ。

コメットさん☆:え?、そ、そう…なのかな?。

ツヨシくん:だって、遠い星から、彗星のようにうちにやって来たでしょ?。

景太朗パパさん:おおー、ツヨシ、いいことに気付いたなぁ。

ツヨシくん:え?…、コメットさん☆のこと大好きだから…。いつも…見てるよ。

景太朗パパさん:あははは、それか。…そうだなぁ、コメットさん☆は、うちにとっての、まさに彗星のような存在…かなぁ。

沙也加ママさん:…そうね。ある日突然に、何も知らない私たちの前に、遠い星からやって来て…。それからずっとその姿を見せてくれる…。…でも、本物の彗星のように、削れていっちゃわないようにね。うふふふ…。

コメットさん☆:沙也加ママ…。ツヨシくん…。

 コメットさん☆は、なんだか自分が彗星のようだと言われて、心が急に温かくなってしまった。その心のまま、また星を見上げた。

 星たちのまたたきは、なんだかとてもいとおしい。そして、この地球という星も、またたく無数の星たちの一つなのだと、コメットさん☆は思う。マックホルツ彗星は、今見えている無数の星たちの中で、違った姿形をして、際だっているただ一つの星。この鎌倉へ、星の導きとともにやって来て、「彗星」という名をもつ女の子コメットさん☆。コメットさん☆もまた、ただ一人のハモニカ星国のお姫さま。でも彗星も、星国のお姫さまも、心はちょっとひとりぼっちかもしれない…。ほかの星たちや、「家族」に見守られているようでも…。

 

 ちょうど同じ頃、八ヶ岳のスピカさんのペンションでも、「彗星を見る会」が催されていた。泊まりに来たお客さんと、修造さん、みどりちゃんも星空を見上げる。メテオさんも、幸治郎さんと留子さんと…。幸治郎さんが昔使っていた天体望遠鏡で。プラネット王子とブリザーノさん、ミラ、カロンも…。ケースケもアパートの前庭から…。彗星という「特別な星」を見て、そして想う…。COMETは彗星。彗星はコメット…。

景太朗パパさん:さて、寒くなってきたから、そろそろホームパーティーでもやらないか?。

ツヨシくん:ホームパーティー?。

ネネちゃん:わあー、パーティーなら、もしかしてケーキある?。

沙也加ママさん:うふふふ…。あるわよ。ちゃんと用意してあるわ。

コメットさん☆:ホームパーティーを、今からですか?。

景太朗パパさん:そうさ。空の彗星もきれいで、見るのは面白いけど…。うちにはちゃんと彗星さんがいるからね…。空の彗星さんと、うちの彗星さんに乾杯ってところかな?。

沙也加ママさん:コメットさん☆、あの彗星のように、ささっと帰っちゃわないで、まだまだうちにいてね。…いつもありがとう。

コメットさん☆:景太朗パパ、沙也加ママ、ツヨシくん、ネネちゃん…。そんな…、私…。…ありが…とう…。

 コメットさん☆は、急に景太朗パパさんと沙也加ママさんが、ホームパーティーをやろうと言い出したのを不思議に思ったが、すぐに、きっと今日の昼間から計画されていて、それは自分のために用意されていたのだと気付き、涙をこぼしそうになった。

 コメットさん☆の心は、ひとりぼっち?。いや、そんなことはなくて、コメットさん☆という「彗星」を見守り、そのことを想う人は、実はたくさんいるのであった。今年もまた、コメットさん☆という「彗星の旅」は続く…。

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※太陽系にやってくる彗星が生まれるとされるところは、海王星の軌道の外に、小惑星のような微小天体が帯状に広がっている、カイパーベルトと呼ばれるところであるという説(カイパーベルト説)が一般的ですが、太陽系外の1光年程度離れた雲状の領域からやってくるとする「オールト説」もあり、長い周期でやってくる彗星のいくつかは、この説に基づくものと考えられています。


★第183話:新年とキラキラ晴れ着−−(2005年1月上旬放送)

 新しい年が明けると、テレビは特集番組だらけになる。昨年のうちに収録されたたくさんの番組を、お正月は見て過ごす人も多い。沙也加ママさんもそんなうちの一人。イマシュンの出る音楽番組を、リビングのテレビでうっとりと見ていた。景太朗パパさんは、仕方なく最近撮った彗星の写真を整理していた。

沙也加ママさん:イマシュン、新曲を発表したのよねー。

ツヨシくん:そうなの?、ママ。

沙也加ママさん:「She is my lover.」って言うんですって。「彼女はぼくの恋人」…。いいわねぇー。

景太朗パパさん:…はぁ…、ママったら、何がどういいんですか…。

沙也加ママさん:いやあね、パパったら、やきもち焼いてるの?。

景太朗パパさん:いいえ。やきもちなんて焼いてないですよ。ぼくは。

 景太朗パパさんは、なぜかやたら丁寧な言葉遣いで答えた。

景太朗パパさん:そういえば…、ネネは?。

沙也加ママさん:庭の横でコメットさん☆とはねつきしているわよ。音聞こえない?。

景太朗パパさん:あーそうですか。…そんな大音量でイマシュンの歌、テレビから流されたら聞こえませんよ。

ツヨシくん:ママ、その「シーイズマイラバー」って、どういう意味?。

沙也加ママさん:だから、「彼女はぼくの恋人です」って意味よ。ツヨシ、どうかしたの?。

ツヨシくん:「She is my lover.」?。

 ツヨシくんは、暖炉の上に飾られた、2年前のドレスコンテストの写真を見て言った。その写真には、ウエディングドレス姿のコメットさん☆と、タキシードのツヨシくんが写っている。その写真のコメットさん☆を指さして…。

沙也加ママさん:…ツヨシは、コメットさん☆のこと、恋人だと思ってる?。

ツヨシくん:…うん。大好きだから…。

沙也加ママさん:そうなの…。…それもいいかなぁ…。ふふふっ…。

 

 そんな会話が交わされた日から、また数日が過ぎた。

コメットさん☆:成人の日…ですか?。

景太朗パパさん:そう…。一応20歳になった人は、市役所から案内が来て、「大人」として認められる式に参加するっていうわけなんだけどね。

コメットさん☆:昨日は晴れ着の人がたくさんいて、きれいでしたよ?。

景太朗パパさん:それはね、新年のあいさつ回りの人とか、初詣の人、そういう人たちだろうね。成人の日は、今年は1月10日だから…。

コメットさん☆:そうなんですか。じゃあ、ここ何日かで晴れ着着ている人は、別に成人式っていうわけじゃないんですね。

景太朗パパさん:たぶんそうだね。…しかし最近は晴れ着も、けっこうみんないい加減に着ているけどね。…ああ、そういえばコメットさん☆も、ママにまた着せてもらうといいね。ちょうど成人式の頃なら、女の子が着ていても不思議はないし…。ケースケやプラネットくんに見せて、びっくりさせてやりなよ。…お正月に着たとき、とてもきれいだったよ。ネネも将来、あんな姿で成人式に出るのかなぁ…。あははは…。

コメットさん☆:えーっ、わははっ…。私まだ成人なんてしてないから、少し恥ずかしいです…。

 コメットさん☆は、年が明けた頃から、振り袖を着た若い人や、和服の女性が市内をよく歩いているのを、たまたま見て不思議に思ったのだ。「そう言えば、去年の今頃も、こんな感じだった…」と、思い出したりもしていた。それでお昼ごはんの時、景太朗パパさんにその話をしてみたのだった。沙也加ママさんは、いつものようにお店に出かけている。

景太朗パパさん:お正月だから、しばらくは街のいろいろな所で、晴れ着の人を見られるかもなぁ…。

コメットさん☆:…沙也加ママが帰ってきたら、相談してみます。また着せてくれるかな、沙也加ママ…。

 景太朗パパさんは、まるで実の娘を見るような目で、コメットさん☆の横顔に微笑みを寄せた。

 

ラバボー:…だからぁ、どうするんだボ?、姫さま。

コメットさん☆:縫いビトさんたちにも、見せてあげよ。私の振り袖…。沙也加ママさんが新しいの買ってくれた…。あの青いきれいな柄の…。また着てみたいし…。

ラバボー:確かに振り袖は、とてもきれいなんだボ…。…ボーでも、姫さまの振り袖姿、ちょっとドキドキするボ…。

コメットさん☆:わはっ!。ふふふっ。そんなこと言っていると、ラバピョンに怒られるよ。

ラバボー:うわわ、まずいボ…。姫さまないしょだボ。

コメットさん☆:あははは…。…でも、晴れ着って…、なんだかとてもかがやきを感じるな…。

ラバボー:姫さま?。

 コメットさん☆は、ふとつぶやいて、窓の外に目をやった。

コメットさん☆:…晴れ着って、いつも着るものじゃないでしょ?。その時しか見えないかがやきがあるっていうか…。

ラバボー:…そうかもしれないボ。ドレス姿ともまた違うような…。

コメットさん☆:…そうだね。

ラバボー:ああ…、ラバピョンにも着せたいボ…。

コメットさん☆:あはっ!。ラバボーも、きれいな着物のラバピョン、見たいんだ。

ラバボー:…そ、それは、…見たいボ。

 コメットさん☆は、にっこり微笑んだ。

 

 成人の日の1月10日。コメットさん☆は、沙也加ママさんに振り袖の晴れ着を着せてもらった。沙也加ママさんは、そのためにわざわざお店の開店を少し遅らせてくれた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、この姿でどこかに行くの?。

コメットさん☆:…はい。えーと、とりあえず縫いビトに見せます。

沙也加ママさん:ぬいびと…って、コメットさん☆の専属ファッションデザイナーの星ビトさんだっけ?。

コメットさん☆:はい、あはは…、まあそんな感じです。

沙也加ママさん:いいわねぇ…。私にもそんな人がいたらなぁ…。

コメットさん☆:沙也加ママにも何か作ってもらいましょうか?。

沙也加ママさん:あ、いいのよ。そんなこと気にしないで。星ビトさんは、あなたの専属。ね?。

コメットさん☆:…沙也加ママ。

ツヨシくん:霜柱たくさん立ってたー。

ネネちゃん:でも、溶けはじめていたよ。

 そうしているうちに、玄関の引き戸を勢いよく開けて、裏庭からツヨシくんとネネちゃんがいっしょに戻ってきた。裏庭の花壇に立った霜柱を見てきたのだ。

ネネちゃん:わあー、コメットさん☆振り袖ー!。

ツヨシくん:あっ、…コ、コメットさん☆…きれい…。

 二人はリビングで帯を少し直してもらっているコメットさん☆を見て、びっくりした。

沙也加ママさん:あら、二人とも霜柱まだ立ってた?。日の当たらないところは、暖冬でも冷たいからねえ。どうだった?。

ツヨシくん:たくさん立ってた。少し崩してきちゃった。

ネネちゃん:球根盛り上がってはなかったよ、ママ。

沙也加ママさん:そう。あんまり霜柱が立つようだと、植えた球根が傷んじゃうのよね…。…よし。コメットさん☆はこれでいいわ。…じゃあ、ママはお店に行くから、コメットさん☆といっしょに遊んでいらっしゃい、二人とも。

ツヨシくん:あ、うん。コメットさん☆は、どうして着物着ているの?。

ネネちゃん:コメットさん☆、いいなぁ…。きれい…。

コメットさん☆:…沙也加ママありがとうございます…。これで縫いビトに見せます。…ツヨシくん、ネネちゃん、縫いビトが、振り袖って見たがるかもって思って、見せてあげようかなって…。

ツヨシくん:ふぅん…。

ネネちゃん:それなら、小町通りに行けば、まだ振り袖の人歩いているよ。コメットさん☆のだけじゃなくて、いろいろな柄とか見られるよ。

コメットさん☆:あ、そうか。帯の結び方とか、細かいところが違うかもしれないよね。じゃあ、鎌倉駅のほうに行ってみようか。

 コメットさん☆は、ネネちゃんに言われて、少し街を歩いてみたくもなった。それでバトンを出すと、手に持って振った。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、来て!。

 縫いビトたちはバトンから飛び出すと、リビングの高い天井のほうまで舞い上がり、そして上空から振るかのように舞い降りてきた。

縫いビト赤:姫さまー。お久しぶりですのー。

縫いビト青:あらっ、姫さま不思議な着物ですのねー。

縫いビト緑:お元気でしたか?、姫さま。

コメットさん☆:うん、私は元気だよっ。みんなは?。

縫いビト全員:私たちも元気でしたよー。

コメットさん☆:そっか。今日は、振り袖っていう着物を着てみたよ。どうかな…?。

縫いビト赤:わあ、姫さまかわいいですの。

縫いビト青:私たちも縫ってみたいですね。難しいんでしょうか…。

縫いビト緑:地球の着物は、珍しいものばかりですねー。袖がずいぶん下がってますー。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、じゃあ私、両手を広げてじっとしているから、見て。さあ、どうぞ。

縫いビト赤:それなら姫さま、ちょっと失礼しますのー。

縫いビト青:私もすそまわりを見せていただきますー。

縫いビト緑:胸元から中に入らせていただきますー。

 ツヨシくんとネネちゃんは、そんな縫いビトと、振り袖のコメットさん☆の様子を、びっくりしながら見ていた。もう何年もいっしょに暮らしているコメットさん☆だけれど、時々はそれでもびっくりするようなことがあるものだ。

 

コメットさん☆:縫いビトさんたち、どう?。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、それにコメットさん☆の振り袖の袖と襟に隠れた縫いビトたちは、江ノ電で鎌倉駅まで出て、小町通りを歩いていた。小町通りには、成人式が市内のホールであるせいか、振り袖や羽織袴の若者が、観光客に混じって歩いていた。それに観光客の中にも、晴れ着の人が少なくない。

縫いビト青:姫さまと同じようなスタイルの着物を着ている人、たくさんいますねー。

縫いビト緑:袖が短い人もいます。

縫いビト赤:男の人も、普段は見ない姿の人がいますね。

コメットさん☆:うん。今頃は振り袖や晴れ着を来た女の人が、けっこういるだろうって、景太朗パパさんが言ってた。それに、今日は成人式だから、市のホールのあたりから、この小町通りには、たくさんそんな人がいると思うよ。

縫いビト赤:そうなんですの?。そういう時期なんですの?。

コメットさん☆:うん。どうもそうみたい。去年もこんな感じだった。

ツヨシくん:男の人は、羽織袴って言うんだよ。

ネネちゃん:ツヨシくん、何でそんなこと知っているの?。

ツヨシくん:だって、ぼく男だもの。パパから聞いたもん。

ネネちゃん:ふーん。でもツヨシくん振り袖着られないものね。

ツヨシくん:ぼくも着たいなぁ…。

コメットさん☆:ツヨシくん、振り袖着たいの?。

ツヨシくん:…やっぱやめとく…。だって、ネネとおそろいじゃあ…なんだか変だもん。

コメットさん☆:ふふふっ…。ツヨシくん、面白いね…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆に聞かれた言葉に、困ったような顔になり、心なしか赤くなった。

 小町通りには、着飾った人も確かに歩いていた。みんな楽しそうである。そこには新年を迎えた人々の、そして新しく大人の仲間入りをした人々の、希望のかがやきが見える。そしてコメットさん☆自身も、その希望のかがやきを感じながら、今年がまたいい年であるように…という思いが、あらためてわくのだった。

コメットさん☆:わあ、みんな新しい年の希望のかがやき、たくさん持ってる…。

ラバボー:そうだボ。感じるボ。希望のかがやき…。…でも、姫さまからもたくさんのかがやき、感じるボ。

コメットさん☆:うふっ。だって、なんだかうれしいんだもの。

 そんなうれしくてうきうきしているコメットさん☆の心には、実はいろいろなかがやきがあるようだった。晴れ着を着たうれしさのかがやき、新しい年の希望のかがやき、縫いビトたちにこの星のきらびやかな着物を見せて、その美しさを伝えるかがやき、そして、ツヨシくんが抱く、特別なかがやき…すらも…。と、その時、外国人の初老男性が声をかけてきた。

外人観光客:Oh! Hi girl, may I take your kimono photograph?. (お嬢さん、あなたの着物姿の写真を撮ってもいいですか?)

コメットさん☆:はい?。…わあ、なんて言っているんだろ…。ツヨシくん…って、外国語わからないよね…。

ツヨシくん:えーと、おじさん。写真撮るの?。

 ツヨシくんは、大胆にもカメラを持った外人男性の前に出て、日本語でたずねた。

外人観光客:Ah boy, You can speak English?. (ああ君、英語しゃべれるかい?)

ツヨシくん:日本語で言ってよおじさん。コメットさん☆、写真撮りたいみたいだけど、いい?。

 カメラを差し出す男性を見たツヨシくんは、振り返ってコメットさん☆に言った。

コメットさん☆:い…、いいけど…。別に写真なら…。

ツヨシくん:いいって。おじさん。OK!。She is my lover!. (彼女はぼくの恋人)

外人観光客:Oh! Ok? y…your lover?. …Thank you boy and girl. (おお、君のこ…恋人かい?。…ありがとうよお二人さん)

コメットさん☆:ラ…、loverって…。

ラバボー:ツヨシくん、何であんなに堂々としているんだボ?。

ネネちゃん:…さあ…?。

 コメットさん☆は、ツヨシくんが発した「恋人」という言葉に、少し恥ずかしくて赤くなりながら、古美術店を背景に立った。縫いビトたちはそっとコメットさん☆の袂に隠れた。ツヨシくんは、コメットさん☆の手をさっと握った。コメットさん☆は、びっくりして思わずツヨシくんの顔を見た。ツヨシくんは正面に向き、カメラをじっと見つめていた。そしてコメットさん☆より半歩前に出ると、コメットさん☆の手を持ったまま、左手でピースマークを作った。

外人観光客:Oh boy…, hahaha.

 外人男性は、困ったように苦笑いをしながら、カメラを構え、恥ずかしそうなコメットさん☆と、そのコメットさん☆としっかり手を結ぶ、大まじめなツヨシくんを、写真におさめた。

ラバボー:ツヨシくん、やるボ…。

ネネちゃん:ツヨシくん、自分もしっかり写っているし…。英語もしゃべったよ?。

 ラバボーとネネちゃんは、脇の路地からその様子を見て、ヒソヒソと語り合った。

外人観光客:アリガットーウ。マータネ!。

 喜んだ外人男性が行ってしまうと、コメットさん☆はほっとして言った。

コメットさん☆:ツヨシくんありがとう…。私どうしていいんだか…、わからなかったから…。…で、でも…。

ツヨシくん:ぼくもなんだかわからなかったけど…。て…、適当に歌の題名とかで聞いた英語しゃべってみたんだ。たぶんカメラ持っていたし、着物がどうとか言っていたから、コメットさん☆のこと写真に撮りたいんじゃないかなって思って…。でも…。

 ツヨシくんは、いつになく落ち着かない様子で、取り繕うように答えた。まるでコメットさん☆の、騒ぐ心が移ったかのように…。

コメットさん☆:…でも?。

ツヨシくん:……いっしょ…じゃないと……。な…、何でもない!。

コメットさん☆:…ツヨシくん?。

ラバボー:…ツヨシくんは、ナイトのつもりなのかボ?。

 ラバボーがつぶやいた。縫いビトたちは、顔を見合わせて、そして微笑んだ。

 

 コメットさん☆たちは、ゆっくり歩いて、由比ヶ浜の沙也加ママのお店「HONNO KIMOCHI YA」に行ってみた。そしてしばらくお店を、みんなで手伝ってから、家に帰ろうかと、由比ヶ浜に沿った国道の道に出てみると、遠くにメテオさんを見つけた。海岸沿いの歩道から、ぼうっと海を見ている。

コメットさん☆:あれ?、メテオさんだ。何しているんだろう?。

ツヨシくん:なんか元気なさそうだよ。信じられないけど…。

ネネちゃん:お年玉もらえなかったのかなぁ?。

縫いビト赤:メテオさまですねー。あんな寒いところにどうしてお一人で?。

縫いビト緑:寒いところがお好きなんでしょうか。カスタネット星国は、涼しいところとお聞きしておりますー。

ラバボー:なんだかたそがれているボ…。機嫌悪そうだボ。

コメットさん☆:あはは…。大丈夫だよラバボー。行ってみよ。

 みんなは駆けだして、国道の横断歩道を渡り、メテオさんのそばに行ってみた。

コメットさん☆:メテオさん、どうしたの?。

メテオさん:…えっ、あっ!、コメットじゃないのー。な…、何でそんな格好しているのよー!。

コメットさん☆:なんでって…、縫いビトに見せてあげたかったから…。それに沙也加ママのお店番も少ししたよ。

メテオさん:…そう…。いいわねぇ、コメットたちは。

コメットさん☆:メテオさん…?。

 

 メテオさんといっしょに、コメットさん☆たちは星のトンネルを通って、メテオさんの家に戻ってきた。メテオさんに「風邪を引くよ」と言って、無理やり由比ヶ浜から引き剥がしてきたようなものだった。

コメットさん☆:メテオさん、おうちに着いたよ。

メテオさん:そりゃあ、見ればわかるわよ…。…ありがと、コメット。じゃあ…。

 メテオさんが、コメットさん☆にお礼を言って、家の中に入ろうとすると、コメットさん☆がそれを止めた。

コメットさん☆:メテオさん、待って。メテオさんも振り袖着よっ。

メテオさん:えっ!?。

コメットさん☆:そうすれば、気分も晴れるよ。縫いビトさんたち、お願い!。

メテオさん:ち…、ちょっと、コメット!。

縫いビト青:はいですの、姫さま。メテオさま、少しの間。

縫いビト赤:動かないで。

縫いビト緑:くださいねー。

 縫いビトたちは、コメットさん☆の振り袖の袂から飛び出すと、メテオさんの体のまわりを非常に高速で飛びながら、振り袖を仕立てていった。そして1分30秒ほどたったとき、メテオさんは真新しい振り袖を着て立っていた。

ネネちゃん:うわあ、メテオさんきれーい。

ツヨシくん:……。

ラバボー:メテオさまも、きれいな振り袖になったボ!。

コメットさん☆:わあ、メテオさんもとてもきれいだよ。…でも、足元の…。

 メテオさんは、いつの間にか着せられた振り袖にびっくりして、袖の内外や、帯、帯留めやしごきを見回した。薄ピンクからかば色にも見える振り袖。模様には銀糸や金糸も使われている。花の柄と扇などの伝統的な柄である。しかしふと、足元にそのまま落ちている、今まで着ていたものに気付き、あわててそれを拾い上げた。

メテオさん:あっ、私の着ていたものがぁー。

コメットさん☆:あれれ…。

縫いビト緑:ああ、たたみ忘れましたー。

縫いビト赤:ごめんなさいメテオさまー。

メテオさん:…いいわ。大丈夫よ。…ありがとう。こんなきれいな振り袖…。

 メテオさんは、すっとやさしい目になって、足元の今まで着ていたワンピースとコート、それにマフラーを一つずつ拾い上げ、たたみながら言った。

コメットさん☆:メテオさん…。

メテオさん:…せっかくだから、みんなお茶飲んで行かないこと?。

コメットさん☆:…うん。ありがと、メテオさん。みんな少しおじゃましようよ!。

 メテオさんが、うれしそうな顔になったので、コメットさん☆もいっしょにみんなを誘った。ところが、そんな声を聞いて、メテオさんの家の扉が、内側から開いた。

留子さん:あら、メテオちゃん、帰ってきたの?。おかえり…。おや、どうしたの?。その着物きれいね。あら、お客さんも?。コメットさん☆と、ツヨシくんとネネちゃんね。こんにちは。

ツヨシくん:こんにちは。

ネネちゃん:留子おばちゃん、こんにちは。

コメットさん☆:あっ、こんにちはー。

メテオさん:と、留子お母様…。こ、これは…。そ、そう。コメットから借りたのよったら、借りたのよ。

留子さん:あらそう。それはありがとう、コメットさん☆。コメットさん☆のお振り袖もきれいねぇ。両方ともお母様のお見立て?。

コメットさん☆:あ…、どういたしまして…。はい。あ、そ、そう…です。

 急なことに、コメットさん☆もとまどった答えを返した。

 

 2階のメテオさんの部屋に上がったみんなは、振り袖のメテオさんとコメットさん☆を真ん中にするようにして、それぞれ立ったり座ったりしていた。メテオさんは、少し窓の外を見るような目をしていた。

コメットさん☆:メテオさん、どうして由比ヶ浜に一人でいたの?。よかったら話して。

メテオさん:…しょうがないわね…。…瞬さまと、デートの約束をしていたのよ。…でも瞬さま、お正月でも急に仕事が入っちゃって…。別な日にしてくれって…。

コメットさん☆:…そっか…。メテオさん、また誘ってくれるよ。瞬さんいい人だもん。

メテオさん:…それならいいけど…。

ネネちゃん:イマシュンとデートって、メテオさんいいなぁ…。

メテオさん:ふふっ、結構大変なのよ…。ネネちゃんにはわからないかもしれないけど…。

ネネちゃん:そうなの?。

 その時、部屋の扉がノックされ、留子さんが飲み物とお菓子を持って入ってきた。

留子さん:さあ、みんな召し上がれ。メテオちゃん、おすすめしてね。

メテオさん:はい、お母様。

コメットさん☆:あ、どうぞお構いなく…。

留子さん:ああ、そうだ。メテオちゃん、着付けなら私がやってあげられるわよ。お着物もあるし…。今度、瞬さんとのデートに、着て行くといいわ。

メテオさん:えっ、えっ!…。とっ…、留子お母様?。

 メテオさんは、真っ赤になった。それを見たコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんと縫いビトたちは、そっと微笑みあった。

 

 ところが、日が暮れて間もなく、メテオさんは、まだ振り袖に身を包んでいた。そして車に乗り込むところだった。黒岩さんの運転する車に、イマシュンのエスコートで。

イマシュン:メテオさん、昼間はごめんね。収録が早く終わって、時間がとれたから…。遅くなったけど…。

メテオさん:瞬さま…。いいんです…。私…。

イマシュン:…メテオさん、きれいだ。とてもかわいいよ…。

メテオさん:…瞬さま…。恥ずかしいですわ…。

黒岩さん:今日は悪かったな、瞬。今晩はどこでも運転手になるよ。

イマシュン:黒岩さん、それじゃ悪いから、横浜まででいいよ。

 そんなしっとりした時間が流れている風岡家の上空に、コメットさん☆は雲に乗って、様子を見にやって来た。何となく心配になったから。

コメットさん☆:メテオさん、機嫌なおったかな?。…あっ。

 コメットさん☆は、メテオさんがイマシュンのエスコートで車に乗り込むところを見た。

イマシュン:収録がなかったら、こんな遅くに誘うことにはならなかったんですが…。急に早く終わったんで…、すみません。

 イマシュンは、留子さんにも頭を下げながら、急な予定変更をわびていた。

留子さん:じゃあ行ってらっしゃい。メテオちゃん、十分楽しんでくるのよ。帰りは電話してね。パパが大船まで迎えに行くわ。

コメットさん☆:わあ、メテオさん、イマシュンとやっぱり今からデートに行くんだ…。なんか、予定が変わったんだね…。

ラバボー:イマシュンもやるボ。

 コメットさん☆とラバボーは、風岡家のガレージの斜め上から、その様子を見ていた。やがて黒岩さんの車は、イマシュンとメテオさんを乗せて、横浜のみなとみらいにあるレストランへ向けて走り去った。はにかんで恥ずかしそうな表情を見せるメテオさん。やさしく恋人を見つめるイマシュン。自分と縫いビトたちがプレゼントした振り袖を着て、楽しそうなかがやきを振りまいて出発する二人の様子に、コメットさん☆は、ちょっとうらやましいような気持ちになった。

コメットさん☆:振り袖でデートかぁ…。…いいなぁ…。

ラバボー:姫さま…。

 メテオさんとすれ違いになってしまったコメットさん☆は、仕方なくまた星のトンネルを通って、藤吉家に戻ってきた。

コメットさん☆:晴れ着にも、いろいろなかがやきが、やっぱりあるね、ラバボー。

ラバボー:姫さま、…つらいのかボ?。

コメットさん☆:…そ、そんなことないよ。どうして?、ラバボー。

ラバボー:姫さまも、振り袖でデートしたいのかなって思ってだボ…。

コメットさん☆:…ラバボー、…心配してくれたんだ…。ありがと。…そうだね。いつか私も、そんなこと出来るといいなぁ…。

景太朗パパさん:おや、コメットさん☆、もう帰ってきたのかい?。

 コメットさん☆が玄関先で、ラバボーと話をしていると、気付いた景太朗パパさんが、玄関の引き戸を開けて、コメットさん☆に呼びかけた。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ。メテオさん、なんか予定がまた変わって、デートに出かけちゃいました。

景太朗パパさん:え?、あはは、そうか。まあ、イマシュンはシンガーだから、いろいろ大変なんだろうよ…。でもコメットさん☆、そんなところに立ってないで、うちにお入りよ。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆は、何となく心のうずきを覚えながらも、景太朗パパさんの呼びかけで、駆け寄るように玄関をくぐった。

 そして、景太朗パパさんと、お茶を飲みながら、メテオさんが、振り袖でデートに出かけたことと、それを見てどう思ったのかを、何気なく語ってみた。

景太朗パパさん:…そうか…。じゃあ、ぼくの話をしてみようか。…ママと結婚する前にさ、一度だけお正月のデートの時に、ママが振り袖を着てきたことがあって…。やたら気恥ずかしかったことを覚えているよ。

コメットさん☆:最近は、沙也加ママ振り袖を着ないんですか?。

景太朗パパさん:振り袖はさ、一応未婚の女性が着るものなんだよ。だから、今うちで着られるのは、コメットさん☆、君とネネだけなのさ。

コメットさん☆:あ、そうなんですか。

景太朗パパさん:結婚した人は、袖丈が短い「訪問着」と呼ばれるのを着るのさ。

コメットさん☆:訪問着…。そういえば、小町通りでも、袖がたれてない着物を着ている人がいました。

景太朗パパさん:たぶんその人は、どこかの夫婦の妻ってことさ。

コメットさん☆:…そうなんですか…。

景太朗パパさん:…それでもね、ママの振り袖姿って、今でも目に浮かぶなぁ…。振り袖って、特別な美しさがあるよね。それにその時、ママはぼくにとって、「特別な人」だったからなぁ…。あははは…、今となると恥ずかしいけどね。コメットさん☆、ほかの人には内緒だよ。

コメットさん☆:…は、はい。…私、今振り袖が着られるのは、プラネット王子と、結婚させられないですんだから…、なんですね?…。

 コメットさん☆は、お茶をすすっている景太朗パパさんに、少し低い声で聞いた。

景太朗パパさん:…たしかに、そういうことに…なるね。…まあよかったじゃないか。そのことを、あまり重く考えないで、今しか着られない振り袖のきらびやかさを、楽しんだ方がいいよ。…違うかなぁ?。

コメットさん☆:…景太朗パパ…。そうですね、そうですよね。晴れ着には特別な美しさとかがやきがある…。見てくれる人が、特別な人ならひときわ…。そういうことですよね。

 コメットさん☆は、自分に言い聞かせるように言ってみた。晴れ着に込められた想いはさまざま。それでも晴れ着は、特別なかがやきを放つ。

景太朗パパさん:特別な人が特別な着物を着ている。それって特別な輝きを放っているってことだよね…。

コメットさん☆:…景太朗パパ…。…特別なかがやき…。

 コメットさん☆は、「誰かにとって特別な人が、特別な着物を着る。そこから放たれるかがやきの強さは、その「特別な人」への想いが強ければ強いほどまばゆい」と感じていた。そしていつしかそんな人が、自分にも現れるのだろうか、もう現れているのかも…とも。コメットさん☆は、この数日、振り袖に見たさまざまなかがやきを、一つ一つ思い出してみた。そして自分の想いも。コメットさん☆の特別な人とは?。いつか…。

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★第184話:夢のケアンズ−−(2005年1月中旬放送)

 コメットさん☆は、朝食後、道を下って海岸まで、散歩に行った。今日の天気は快晴。ずいぶん朝は冷え込んだので、富士山がきれいに見えるはずだ。コートをしっかり着込んで、マフラーをし、手袋をはめた手にはデジタルカメラを持っていた。久しぶりに富士山の写真を、撮ってみようかと思ったのだ。予想通り、七里ヶ浜の海岸まで行くと、江ノ島の向こうに、白く雪化粧した富士山が、輝くかのようにそびえているのが見えた。

 今日は平日だから、海に出ている人はほとんどいないかと思ったら、七里ヶ浜の浜をランニングしているケースケを見つけた。コメットさん☆は、急いで富士山を駐車場のところから、数カット撮影した。駐車場は、浜よりもかなり高くなっているので、いいアングルで江ノ島とその後ろの富士山をねらえるスポットであることは、すでに知っていた。撮影がすむと、コメットさん☆は、脇の扇形の階段から浜に降りた。

コメットさん☆:ケースケ、こんにちは。

ケースケ:えっ?、あ、おう…。な、なんだ…コメットか…。

 コメットさん☆は、上が駐車場になっている防波堤のかげから、その前を横切りながら、江ノ島のほうへ向いて走るケースケに、声をそっとかけた。

コメットさん☆:あー、なんだはないと思うな。

ケースケ:いや、わりいわりい。何しているんだ?、こんなところで。

 ケースケは、立ち止まると振り返り、コメットさん☆に聞き返した。ウインドブレーカー姿で吐く息は白い。

コメットさん☆:ケースケこそ。

ケースケ:お、オレはトレーニングだよ。いつものことさ。

コメットさん☆:私はこれ。

 コメットさん☆は、少し息の上がっているケースケに、デジタルカメラを見せた。

ケースケ:…撮影か。富士山?。

コメットさん☆:うん。

ケースケ:今の季節、富士山はよく見えるよな。…こんなところで立ち話も何だから、そこの喫茶店でお茶でも飲もうぜ。

コメットさん☆:…えっ?。ケースケ…、トレーニングいいの?。

ケースケ:オレはいいよ。…あ、そ…その、コメットは、何か…まずいか?。

コメットさん☆:ううん。そんなこと…ないよ。

 コメットさん☆は、ケースケの意外にも何気ない誘いに、少し意識しながら、駐車場よりも由比ヶ浜寄りにある、ファーストフード店へ、いっしょに入った。

コメットさん☆:…こんなところに来るの、はじめてだね、ケースケと。

ケースケ:そ、そうか?。…そうだった…かもな。

コメットさん☆:学校どう?。

ケースケ:どうって、まあぼちぼちってところさ。試験はなかなか大変だけど…。コメットは、最近どうだ?。

コメットさん☆:…わ、私?。

ケースケ:だって、コメットも、留学なんだろ?。何かレポートとかあるんじゃないのか?。

コメットさん☆:う、うん。留学といえば…、そうだけど…。別に、そういうのないから…。

ケースケ:へぇ、そうか。

 コメットさん☆は、ケースケと注文したレモンティーを少しずつ飲んだ。少し冷えた体が暖まる。

コメットさん☆:ケースケ、また外国の大会に行くの?。

ケースケ:オーストラリア大会に出たいところなんだけど…、バイトがなあ…。学校もあるし…。まあ地道に国内の大会に出ているところだ。

コメットさん☆:そっか…。国内大会の成績は?。

ケースケ:…そういえば、コメットには、あまり直接話したこともなかったよな…。千葉で開かれた大会では、いくつかの競技で優勝したけどな。海外大会に出られる選手権を獲得しないと…。旅費が…。まだそれには…、少し足踏みってところかな…。

コメットさん☆:そうなんだ…。

ケースケ:オーストラリアにずっといられたら…って、思った時期もあったけどなあ…。3年は帰らないつもりだったし…。

コメットさん☆:ケースケは、帰ってきてよくなかったって思う?。

ケースケ:いや、そんなことは思わねぇ。…オレ、中学出るまでは、学校ってきらいでさ。

コメットさん☆:そうだったの?。学校、つまらなかった?。

ケースケ:ああ。勉強もあんまりわからなかったし…。

コメットさん☆:そっか…。今は?。

ケースケ:今か…。今は…、つまらねぇ学校に、寝る時間も削って、行くと思うか?。

コメットさん☆:あははっ、そうだね。

ケースケ:けっこういろんなやつがいて、面白い。オーストラリアにいたときの、ランドルってやつも、ちょっと変なやつだったけどな。

コメットさん☆:ランドルさん?。

ケースケ:ああ、コメットには、詳しく教えてなかったっけ?。オーストラリアにオレが行っていたときの話。

コメットさん☆:うん。オーストラリアって…、遠いんだよね?。

ケースケ:おいおい、留学生なのに、オーストラリア知らないのか?。

コメットさん☆:そ、そんなことは、…ないけど。

 コメットさん☆は、ちょっとむっとしたような顔をしてみた。自分がここにいる本当の理由を、ケースケに、今の段階で語れないと思ったから…。

ケースケ:…オレは、オーストラリアで毎年開かれる、ライフセーバーの大会に出たいと思った。オーストラリアって、ライフセーバーの発祥地なんだ。シドニーの“ボンダイビーチ”ってところがな…。

コメットさん☆:ケースケは、景太朗パパのヨットで、最初にグアムに行ったよね?。それからどこかの船に乗せてもらって、シドニーってところに行ったの?。

ケースケ:ああ。シドニーの少し北側にある、“マンリービーチ”ってところで、ライフセーバーの大会が毎年開かれる。だからそのそばで、住み込みで働こうと思ったわけさ。

コメットさん☆:ふぅん。なんか、とても大変だったんだね…。

ケースケ:…ああ、本当に最初は大変だった。中学の時苦手だった英語で、何でもしゃべらないとならないわけだから…。…でも、帰るわけにはいかねぇ…。そんなことは出来ない…。そう思ったら、やるしかなかった…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、心配そうな、それでいてあこがれを見るような顔で、ケースケの横顔を見た。

ケースケ:…ビルの掃除会社が雇ってくれた…。それでそこの寮に住み込みで働きながら、毎日ビーチへ行ってみた。…そうしているうちに、ビーチでライフセーバーをしているランドルと知り合ったんだ。やつは、少し日本語がわかるやつで、助かったよ。

コメットさん☆:そんなに大変なことだったんだ…。

ケースケ:…まあ、過ぎてしまえば、楽しいような思い出だけどな。

コメットさん☆:思い出?。

ケースケ:ああ…。ランドルってやつはさ、不思議なやつで、体格もよくて、セーバーとしての実力もあるやつなんだけど、やたらマンガ好きなやつでさ。なんだか知らねぇけど、日本のアニメで、日本語を勉強したとか言っていたぞ。あれはホントかな?。

コメットさん☆:へぇ…。ランドルさんって、意外な趣味なんだね。

ケースケ:ところが、それが意外ってほどでもないのな。オレびっくりしたんだけど、現地で日本のアニメ雑誌とか、マンガとかたくさん売っている店があったんだぜ。ランドルに連れて行かれたよ。

コメットさん☆:ええっ、そうなの?。

ケースケ:…でも助かった。毎日英語漬けなんだけど、ランドルの持っている雑誌とか、マンガとか読んでいるときは、日本語が読めるんだから…。…もっとも、市内に出かければ、日本人はけっこういるし、日本語出来る人のいる観光案内所とかもあるけどな。ただ、誰彼なく話しかけるわけにも行かないし…。

コメットさん☆:ケースケって、…大人なんだね…。

ケースケ:…えっ?、コメット?。

コメットさん☆:あ、ううん。続けて…。もっとオーストラリアでのケースケの生活教えて。

ケースケ:あ、ああ。…それでそのうちに、ランドルに日本語を教えてやったりしながら、ビーチのライフセーバーたちとも知り合いになった。それでそこに腰を落ち着けてと思ったんだけど…。大会に出たら、どうも調子が出なくてさ…。結果はさんざんだった。

コメットさん☆:それって…。貝殻から声が聞こえなくなったとき…なんだね…。

ケースケ:うん?。貝殻?。

コメットさん☆:あ…、ううん。なんでもないよ。

 コメットさん☆は、寂しかったあのころを思い出し、ふと視線を下げた。ケースケは、そんなコメットさん☆がもらした言葉を、怪訝に思ったが、心の奥を吐き出すように話を続けた。

ケースケ:…ちょっとオレ、その時はがっくりきちまってさ…。しばらく海にも出ないで、仕事ばっかりしていた…。ランドルも大会に出たんだけど、やつは別の競技にエントリーしていたから、ずいぶん心配してくれたよ…。

コメットさん☆:…そうだったんだ…。…でも、ケースケは、そのシドニーから別な場所に行ったんでしょ?。

ケースケ:ああ。言葉や住む場所に苦労しちまったせいか、結局トレーニング不足だと思ってさあ…。それをなんとかしようと思って…。シドニーよりはもっと暑い気候のところのほうが、トレーニングしやすいと思った。そうしたら、ちょうどランドルの出身地が、オーストラリアでも北の方のケアンズだって言うから…。そこにホームステイさせてもらうことになった。オーストラリアは、地球の南半球だから、夏と冬は日本と逆だし、北の方が暑いってわけさ。

コメットさん☆:へぇ…。そういうことだったんだ。ケースケが移動したわけって。私、ケースケと連絡が取れなくなっちゃったから、どうしたのかと心配しちゃった。

ケースケ:え?、オレ、最初っからコメットに連絡なんて、取ってなかったぞ?。

コメットさん☆:あ…、直接私にってわけじゃなくて…、その、景太朗パパに…。

ケースケ:あー、そういうことか。師匠にもしばらく連絡できなかった…。そんな気分じゃなくて…。…でもな、ずいぶん偶然って、重なるなって思った。ランドルがいなかったら、オレくじけていたかも…。ランドルのおかげで、ケアンズにホームステイ出来たし…。だから、またいつか、ランドルに会いに行きたいところだな。やつにはずいぶん世話になった…。なんか日本に帰るとき、やつはシドニーの空港まで、送ってきてくれたけど、なんだかあいつを裏切るみたいで…。…ああ、またランドルといっしょに大会に出ねぇとな…。

コメットさん☆:ケースケは、いつか海外の大会で優勝するんだね…。

ケースケ:もちろん。それがオレの夢だからな。世界一のライフセーバー…。…でも、オーストラリアの海はきれいだぜ。こんな七里ヶ浜なんて、比べ物にならないよ。

コメットさん☆:そうなの?。どんなに?。

ケースケ:ケアンズの北東側には、世界的に有名なグレートバリアリーフっていう珊瑚礁がある。そこはダイビングの観光客が、年中たくさん来るところだ。だけど、そこまで行かなくたって、いくらでも小さなビーチがあって、そこの砂は真っ白だし、水は透明だし…。魚が泳いでいるのなんかは、すぐに誰でも見えるさ。

コメットさん☆:ほんとう?。いいなぁ…。そんなにきれいなんだ…。

ケースケ:…い、いつか写真見せてやるよ。コメットは、写真撮るんだろ?。

コメットさん☆:…うん。いつか、見せて…。

ケースケ:…いつか、い……連れて…。…な、なんでもねぇ…。

 ケースケが急に言いよどみ、少し顔が赤くなった。

コメットさん☆:ケースケ?。

 コメットさん☆は、最後の紅茶を飲んだところだったので、ケースケの言おうとしたことには、あまり気を留めなかった。

 

景太朗パパさん:ケアンズに行くって!?、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい。ケースケの暮らしていたケアンズって、どんなところかなって…。…それに、ここに戻ってくる前に、ほんの少し寄ったところが、ケアンズだったような気がします…。

沙也加ママさん:ケアンズに寄ったの?。

コメットさん☆:…はい。なんだかあの時、ケースケに…、その…、会いたいなって思っていたら…。星のトレインが自然と…。

沙也加ママさん:気が付いたら、ケアンズに寄っていたっていうこと?。

コメットさん☆:…は、はい。

景太朗パパさん:…でも、コメットさん☆一人じゃなあ…。ちょっと心配だね。…それに、どうやって行くつもりだい?。

コメットさん☆:星のトレインを呼んで…。

ツヨシくん:コメットさん☆、どこかへ行っちゃうの!?。

 その時、星のトレインを呼んで、という言葉をたまたま耳にしたツヨシくんが、心配そうな顔で飛んできた。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん、ううん。日帰りで、オーストラリアのケアンズに行って来ようかなって…。

ツヨシくん:ケアンズ?。

景太朗パパさん:ひ、…日帰り!?。

沙也加ママさん:日帰りって…、飛行機で7時間半もかかるのよ?。

コメットさん☆:星のトレインなら…。

沙也加ママさん:…ほんの数十分…というところ?。

コメットさん☆:はい…。

沙也加ママさん:…やれやれ、ふふふっ…。

景太朗パパさん:よし。かわいい子には旅をさせろって言うからね…。…行っておいで。その代わり、誰かといっしょに行くこと。いいね?。それから必ず夜までには帰っておいで。外国の遠い、それも知らないところに行くのは、けっこう危ないかもしれないからね。…ホントはぼくも行きたいなぁ…。

沙也加ママさん:だめよパパは。明日からしばらく図面起こしでしょ?。

景太朗パパさん:そうでした…。

ツヨシくん:やったぁ!。コメットさん☆といっしょだねっ!。ネネも呼んでくる!。

景太朗パパさん:あ、おい、ツヨシっ…。なんだ、ツヨシとネネ、もうついていくつもりか…。

 ツヨシくんは目を輝かせた。景太朗パパさんは、しょうがないなと思いつつ、沙也加ママさんと、それでもいくらかはうらやましそうな目で、顔を見合わせた。

 

 数日後、星のトレインは、藤吉家の庭から舞い上がり、一路オーストラリア北部の町ケアンズを目指していた。

ミラ:いいんですか?、私もご一緒して。

コメットさん☆:うん。だって、あの時、いっしょに来てくれたんだもの。ミラさんにも、確かめてもらおうって。

ネネちゃん:ママが水着持っていきなさいって、それにTシャツとかも。

コメットさん☆:オーストラリアは、今夏なんだよ。だから、きれいなビーチで泳いだらって。沙也加ママが。

ミラ:そうですね。南半球は、北半球が冬の時、夏になりますから…。それにケアンズだと、赤道に近いですから…、年中夏から少なくとも春のような気候のはずです。

ツヨシくん:……。

コメットさん☆:ミラさん詳しいね。…あれ、ツヨシくんどうしたの?。

ツヨシくん:コメットさん☆、今日行くところって、ケースケ兄ちゃんに会ったところなんでしょ?。

コメットさん☆:うん。そうだよ?。

ツヨシくん:……。

ネネちゃん:ツヨシくん、さっきから黙ってるの。なんで?。

ラバボー:ラバピョン、これはツヨシくん、何となくケースケにやきもち焼いているのかボ?。

ラバピョン:…たぶんそうなのピョン。ツヨシくんは、姫さまが大事なのピョン。姫さま取られちゃうって、思うのピョン。

 憮然としているツヨシくんに対して、ラバボーとラバピョンは、コメットさん☆たちに聞こえないように、耳元でヒソヒソとささやきあった。

コメットさん☆:ラバボーとラバピョン、何の話?。

ラバボー:ひ、姫さま、何でもないボ。う…、海はきれいだボって話だボ。

ラバピョン:ラバボーったら、ハマグリの浜焼きはないのかボとか、あり得ないこと言っているのピョン。

コメットさん☆:あははっ。ラバボー面白い。

ラバボー:(ラバピョン、ボーそんなこと、一言も言ってないボ!。)

ラバピョン:(ああでも言っておかないと、あとあと困るのピョン。)

 星のトレインは、光のように尾を引きながら、一直線に太平洋を南に下り、オーストラリア・ケアンズを目指して飛んだ。

 

コメットさん☆:うわぁー、ここ、ここだよ。…あっちのヨットハーバーにケースケの掃除している船があって…。

ラバピョン:姫さま、確かにここなのピョン。私も見覚えがあるのピョン。

ミラ:ここで間違いないですね。あの小さな駅、見覚えがありました。

 コメットさん☆たちは、ケアンズ駅のホームに、星のトレインで降り立つと、そこから強い日の照りつける街へ出て、港に向かった。そして港に近づくと、コメットさん☆は、3年前、ケースケに会いに来た日のことを思い出していた。街を歩く人はまばら。それもそのはず、日本は冬だけれど、ここケアンズは真夏なのだ。容赦なく日が照りつける。紫外線も強い。

ツヨシくん:うわぁ、暑いよ。

ネネちゃん:私も…。なんだか肌がピリピリする…。

コメットさん☆:あ、二人とも、帽子ちゃんとかぶらないと…。ここは夏なんだよ。

ツヨシくん:うん。星のトレインの中で着替えたけど…。まだぜんぜん暑いよ。

ミラ:みんな体が慣れていませんから、気をつけないと暑さに負けそうですね。でも、意外とさらっとした暑さのような気がしませんか?、コメットさま。

コメットさん☆:うん。じめじめしてない感じかも…。あ、ヨットがたくさんいるよ。

 コメットさん☆たちは、ヨットハーバーに着いた。駅から一直線に来てしまったコメットさん☆たちは、江ノ島や七里ヶ浜の海との、様子の違いに驚いた。

ツヨシくん:パパのヨットが置いてある江ノ島と、似ているけど…。

ネネちゃん:海がずっときれいに見える…。

ミラ:なんだか海の色が違いますね。

コメットさん☆:うん。砂浜はここにはないんだね。

ラバピョン:あの辺なのピョ?、姫さまが彼とあった場所。

 ラバピョンは指さした。コメットさん☆は、「彼」と言われて、はっとなって、少し赤くなった。

ラバボー:あ、姫さま、赤くなったボ。

コメットさん☆:ち、違うよ、暑いからだよ、ラバボー!。…もう、いじわる…。

 コメットさん☆は一人、そっと3年前のあの日のように、ヨットの間を歩いてみた。少し揺れる浮き桟橋は、あの日のままだった。もちろん、同じ船がいるわけもなかったが、コメットさん☆は、あの日の場所に確かに立っていることを、少し不思議に思った。あれから3年、まだ3年…。コメットさん☆は、そっと、ケースケからもらった、巻き貝の貝殻を取り出して、耳に当ててみた。もちろん、聞こえてくるのは、巻き貝ならみな同じような、海鳴りの音である。ケースケの声が、あのころのように聞こえてくるはずもない。そんなコメットさん☆の様子を、ラバピョンとラバボー、ミラは見つめていた。ツヨシくんも、ネネちゃんと追いかけっこをしながら、ちらちらとコメットさん☆を見つめていた。

 

 コメットさん☆たちは、街を見ながら、一度星のトレインに戻り、今度はケアンズ駅の側線から、トリニティビーチという、ケースケがライフセーバーをしていたと聞いたところまで飛ばした。駅から車で20分ほどのところなのだが、車がないコメットさん☆たちとしては、星のトレインを動かすしかない。

コメットさん☆:うわー、観光客の人たちがたくさんいるよ。…砂が白くてきれい…。

ミラ:ほんとですね…。こんなに白い砂と、青い空…。水もエメラルド色で…。

ネネちゃん:こんな海で、毎日泳げるなんて、ここに住んでいる人たちはいいなぁ…。

ツヨシくん:毎日泳げるわけないじゃん、ネネ。

ネネちゃん:もう、ツヨシくんロマンがない!。

コメットさん☆:ふふっ…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんの様子を見て、少し微笑んでから、もう一度ビーチを見渡した。ビーチにはライフセーバーが、ちゃんと海を監視していた。

コメットさん☆:やっぱりライフセーバーさんがいるよ…。ケースケもあんなふうだったのかな…。

 コメットさん☆は、ふとライフセーバーの姿に、ケースケを重ね合わせた。ケースケがここで活躍していた姿が、目に浮かぶような気がした。ここでもまた、明るいビーチの様子とはうらはらに、コメットさん☆は、少し切ない思い出を、思い起こしていた。

ラバピョン:きれいな海だピョン。

ラバボー:ああ、ラバピョン、こんな海で一日ラバピョンと泳いでいたいボ…。

ラバピョン:ラバボー…。

ラバボー:ラバピョン…。

ミラ:あ、あの、お取り込み中申し訳ないんですが…、読んできたガイドブックによると、沖合の珊瑚礁がとてもきれいだそうです。浜は紫外線が強いので、私とコメットさま、ラバピョンさんとラバボーさんはいいとしても、ツヨシさんとネネさんが心配です…。

コメットさん☆:そうだね…。なんか私でも、目がまぶしいような気がする…。じゃあ、潜って沖の珊瑚礁を見に行こう。

ラバボー:また姫さまの思いつきが…。どうやって行くんだボ?。

ラバピョン:星力を使えば簡単なのピョ?。

コメットさん☆:うん。星力でカプセルを出して、それに入って行こう。それなら、危なくないよ。

ミラ:なるほど。コメットさま、では私の星力も使ってください。

 そうして、コメットさん☆とミラは、バトンを振って、水に潜れるカプセルのような球体を、星力でそっと出すと、それにみんなで入って、人気のないところから海に潜っていった。

 空の明るい光が、水の中にも届く。色とりどりの魚が泳いでいるのが見える。浅い水深のところに、珊瑚礁が広がっていて、それはそこかしこにたくさんあるのだった。観光客の多くは、グレートバリアリーフのポイントに行ってしまうから、ビーチに近い小さな珊瑚礁を見る人など、ほとんどいない。そんなところを見て回った。

ツヨシくん:わあ、クマノミがいるよ!。オレンジ色のしましま。

ネネちゃん:クマノミが隠れているの、イソギンチャクなの?。

コメットさん☆:…きれい。こんなところが、地球にはあるんだね…。知らなかった…。

ミラ:珊瑚って、ピンク色じゃないんですね。意外と濃い色なんで…。びっくりしてます。

ラバピョン:売っているのは、海から引き上げた、貝で言えば、貝殻のようなものなのピョン。スピカさまから聞いたのピョン。

ラバボー:ラバピョン、詳しいボ。

コメットさん☆:水がエメラルド色だ…。

ミラ:さすがに七里ヶ浜より、西伊豆よりもきれいですね。

コメットさん☆:うん。私たちの住んでいるところの海も、こんなにきれいだといいなぁ…。星国の海も、汚さないようにしないと…。

ツヨシくん:あっ、あの青い魚、西伊豆にいたのと同じ…かな?。

ネネちゃん:どれ?、あれって、もっと小さかったじゃない。ツヨシくんよく見たら?。

ツヨシくん:だって、形は似ているような気がするもん。

ミラ:西伊豆にいた魚と、全く同じかどうかはわかりませんが…、海には海流っていう流れがあって、日本近海には温かい海水の流れが来ていますから、南のほうの魚がいないわけでもないそうですよ、ツヨシさんとネネさん。

ツヨシくん:そうなの?。ほーら、やっぱり同じ魚だよ、ネネ。

ネネちゃん:違うよ。大きさが違うもん。

コメットさん☆:二人とも、言い合いしてないで、もっと他のお魚さんたち見たほうがいいよ。

ツヨシくん:うん。そうだね、コメットさん☆。

ネネちゃん:…もう、ツヨシくんはー!。

ラバボー:ツヨシくん、姫さまの言うことはすぐに聞くボ。

ラバピョン:当たり前じゃないのピョン。ツヨシくんは姫さまのこと、恋人だと思っているのピョ?。ラバボーだって、人のこと言えないのピョン。

ラバボー:…うっ…。

 またラバボーと、ラバピョンはヒソヒソと会話を交わしたが、すぐそばにいたコメットさん☆には、その内容が聞こえてしまった。そしてコメットさん☆の胸は、少しジンとした。

 

 そのあとコメットさん☆たちは、毒クラゲがいるという浜で泳ぐのはあきらめ、遅めのお昼を星のトレインに戻ってとってから、エスプラネード・ラグーンという、市内にある人工海浜プールで泳いだ。そうしているうちに、日が傾くようになってきて、少し肌寒く感じられるようになったから、急いで星のトレインに戻った。

 星のトレインでは、いつものように無言で、いぬ機関士とねこ車掌が出迎えてくれる。コメットさん☆は、そろそろ帰ろうかと思ったが、もう一度ケースケのいたという、トリニティビーチに行ってくれるよう、いぬ機関士とねこ車掌に頼んだ。

コメットさん☆:いぬ機関士さん、ねこ車掌さん、もう一度さっきのビーチに連れていって。夕日が見たいの。

いぬ機関士・ねこ車掌:……。

 機関士と車掌は、無言で挙手の礼をした。

ツヨシくん:コメットさん☆、どうしたの?。

コメットさん☆:ツヨシくん、私、夕日に染まるビーチが見たくなって…。…もう、来ないと思うから…。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。

ミラ:コメットさま?。

ラバピョン:(姫さまは、何かの思いを、断ち切ろうとしてるのピョン?。)

 コメットさん☆の最後の言葉に、いつものコメットさん☆とは違う何かを、ツヨシくん、ミラ、ラバピョンは感じ取った。

 ビーチに再びやって来たコメットさん☆は、傾いた夕日で、オレンジ色に染まる砂浜と海を見て、その瞳に、ケースケの、いや、広大な自然が織りなす美しさのかがやきを映していた。白い砂のビーチからは、一人、また一人と人影が少なくなってゆく。みんなでしばらくその夕日を見つめていた。そしてコメットさん☆は、そっと目を閉じると言った。

コメットさん☆:さあ、帰ろうか。

ミラ:はい、コメットさま。

ツヨシくん:…うん、そうしようよ、コメットさん☆。たぶんパパとママも心配しているよ。

ネネちゃん:あーあ、また来たいなー。

ラバピョン:姫さま…、なんだかかわいそうなのピョン…。心がひとりぼっちなのピョン…。

ラバボー:…それは…、ボーにもわかるような気がするボ、なんとなくだけど…。

 

 星のトレインは、日が暮れつつあるケアンズをあとに、一路鎌倉に向かった。コメットさん☆は、見えなくなるまで、ずっと窓から外を見ていた。…そう、あの地球から星国に帰った日のように…。目に焼き付けるかのように、ケアンズの風景を。

 コメットさん☆は、なぜかもうこの地に来ることはないような気がしていた。こうやって星のトレインに乗ってくれば、半日で行き帰り出来るのに…。はじめはケースケの暮らしていた街が、どんなところか見たいと、単純に思った。でも、実際に来てみると、そこはまるで今自分が暮らしている鎌倉とは、別の世界のような気がしたのだ。そしてむしろ、ケースケがいるべきところ、世界一のライフセーバーを目指すべきところは、ここなのではないか…という思いも、少なからずしていた。そのことが、コメットさん☆の心を、じんじんとさせていた。一方、コメットさん☆は、この地球上でも、こんなに遠いところに、人々が普通に暮らしていることが、不思議に思えた。自分の星力、例えば星のトンネルは、ここまで届かない。星のトレインをいちいち呼ばなければ、ここまで来ることも出来ない。距離はやっぱり距離なのだ。今までケースケが遠くに離れてしまったときでも、ただ「遠いところ」としか思ったことはなかった。しかし実際に来てみると…。そこは外国であり、全く様子が違う…。そのことは心をも遠ざけるような気すらしていた。

 コメットさん☆は、そんな難しいようなことを考えながら、星のトレインのいすに体を預けていた。ケースケが助けられたというランドルさん。その存在も間近にあったからこそ、ケースケの支えになったはず。ランドルさんとケースケが、遠く離れていたなら…。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、どうしたの?。さっきから元気ないよ。

コメットさん☆:え?あ、うん…。ちょっと疲れただけだよ。

ツヨシくん:大丈夫?。

コメットさん☆:うん。大丈夫だよ。ツヨシくんとネネちゃんは、日焼け大丈夫だった?。

ネネちゃん:……。

ツヨシくん:あれ?、ネネ寝ているよ。

コメットさん☆:あ、ほんとだ。じゃあ起こさないようにしようね。…あれ、ミラさんも、ラバピョンもラバボーも寝ているのかな?。

ツヨシくん:ほんとだ、寝てる…。あははは…。ぼくたちだけだよ、起きているの。

コメットさん☆:そっか…。みんな疲れたんだね…。

ツヨシくん:コメットさん☆、元気出してね…。

 ツヨシくんは、そっとコメットさん☆の手をにぎった。星のトレインの狭いいすのとなりに座っているツヨシくんが…。いつも自らの手をにぎってくるツヨシくんの手だけれど、今日はなんだか特別な感じがした。コメットさん☆は、ちょっと心の中でもとまどいながらも、ツヨシくんの手をにぎり返した。コメットさん☆の心に、しみこんでくる温かさ…。

コメットさん☆:うん、ツヨシくん、大丈夫…。おうちに帰ったら、ごはん食べて、それからお菓子食べようね。

ツヨシくん:わあい、コメットさん☆、きっとだよ。

 夕闇の迫る藤吉家に、星のトレインは滑り込んだ。これから楽しい夕食が待っている。ミラやラバピョンもいっしょの、大人数の夕食が…。

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★第186話:花屋さんの早咲きサクラ−−(2005年1月下旬放送)

 1月はまだまだ夕暮れが早い。そんなある日、コメットさん☆は、夕方家を出て、由比ヶ浜の「HONNO KIMOCHI YA」に向かい、沙也加ママさんがお店を閉めるを手伝って、それから沙也加ママさんの車に同乗して、鎌倉駅近くに買い物に出た。

沙也加ママさん:さあ、急いで夕食のおかず買わなきゃ。

コメットさん☆:どんなものを買いますか?。

沙也加ママさん:そうねぇ…。今日は…。コメットさん☆は、何が食べたい?。

コメットさん☆:私は…、沙也加ママの作るものなら何でも…。

沙也加ママさん:またぁ。コメットさん☆、そんなに遠慮しなくていいのよ。食べたい物を言ってごらん。

コメットさん☆:…はい…。じ、じゃあ、かまぼこ…。

沙也加ママさん:かまぼこ?。それだけ?。

コメットさん☆:…かまぼこ好きなんです…。

沙也加ママさん:ふふふっ、面白いわね、コメットさん☆。かまぼこ好きかぁ…。私も好きだけど…。…でも、それだけじゃ、メインディッシュにならないなぁ…。

コメットさん☆:…ええと…。じゃあ、鶏肉のソテー、レモン添えで…。ツヨシくんとネネちゃんも好きだから…。

沙也加ママさん:よしよし。それならいいっか。じゃあ、いつものお店でかまぼこと鶏肉を買いましょ。

 沙也加ママさんは、車を駐車場に入れ、駅近くのスーパーで買い物をすることにした。

沙也加ママさん:さあて、まずはコメットさん☆の食べたいというかまぼこを買いましょうね。少し固めのほうがいい?。

コメットさん☆:はい。…かまぼこって、どうやって作るんでしょうか?。

沙也加ママさん:グチとかいう魚をすり身にして、でんぷんをつなぎのように使って…、型に入れるみたいにするか、板の上に盛りつけて、それから蒸すんじゃなかったな?。あまりよく覚えてないけど…。

コメットさん☆:沙也加ママ、ずいぶん詳しく知っているんですね。

沙也加ママさん:小田原のほうにあるかまぼこ工場を、だいぶん前に見学したのよ。あ、鶏肉はどれにしようかな。

 沙也加ママさんとコメットさん☆は、仲のよい親子のように、かごを載せたカートを押しながら、スーパーの店内で買い物を続けた。銘柄鳥の胸肉、それに国産レモン、ちょうど切れていた乾燥ハーブ…。いろいろな物を、次々にカートに載せていく。沙也加ママさんの手際はとてもよい。そんな沙也加ママさんの、何気ない様子を、コメットさん☆はじっと見ていた。あまり注意して見たことは、いままでなかった。

沙也加ママさん:ん?、コメットさん☆どうかした?。

コメットさん☆:いえ、ママって大変なんだなって…。

沙也加ママさん:お母さんであること?。それとも仕事も家事も両方すること?。

コメットさん☆:…どっちも…。

沙也加ママさん:ふふふ…。家事は私だけがやっているわけじゃないわ…。コメットさん☆もよく手伝ってくれてるじゃない。パパだって、ツヨシもネネも…。…お母さんであることは…、それは確かにうちでは私ってことだけど、子どもがいれば自然と…。順番みたいなものかなぁ…。私の母だって、おんなじだったと思うし…。いずれコメットさん☆も、ネネだって…たぶん。

コメットさん☆:…私、沙也加ママみたいに、てきぱきといろいろなこと出来るようになるのかな…。

沙也加ママさん:なんだ、コメットさん☆、そんなこと心配しているの?。確かにたいていのことを、うまくこなせるようになるには、時間がかかると思うわ。オリンピックの選手だって、みんな最初は初心者…。私だって、最初からお店がうまくいっていたわけじゃないし…、パパだって仕事が順調になるまでには、けっこう時間がかかったわ。コメットさん☆、あなただってそうじゃない?。

コメットさん☆:私…。

沙也加ママさん:うちに来たばっかりの頃は、いろいろわからないこととか、出来ないこととかなかったかな?。星力だって、生まれつき使えるものじゃないんでしょ?。

コメットさん☆:…はい。そうですね…。いまでも…、わからない気持ちとか…。

沙也加ママさん:でもね、なかなか出来ないことや、わからないことでも、前向きな気持ちを持っていれば、たいていのことは出来るように、わかるようになる…。そんなものじゃない?。…つまり、「必ず出来るようになる」と、そう思っていることが大事…。そのことがかがやきを持ち続けること…。ちがうかなぁ?。

コメットさん☆:…はっ、あっ、そ…、そうですよね…。

 コメットさん☆は、意外な言葉が沙也加ママさんの口から発せられたので、はっとして、少しうろたえた。沙也加ママさんは、このところほんの少し、元気のないようなことも言うコメットさん☆を、気にはしていた。

沙也加ママさん:…そうだ。今日はお花買って帰りましょ。もう春向きの花が出回ってきているはず…。まだ冬だけど、おうちの中はあったかいから、うちの中だけでも春を演出しないとね。

コメットさん☆:わあっ、沙也加ママ、やっぱり思いつきが違うなぁ…。

沙也加ママさん:花はね、切り花になっても、人の心をいやす力があるのよ。

コメットさん☆:人の心をいやす…?。

沙也加ママさん:そう。きれいな花を見て、不愉快に思う人はあまりいないわ。コメットさん☆も、お花を見て、世話をしたりするのって、やさしい気持ちにならない?。

コメットさん☆:なります。ツヨシくんと、ドレスのコンテストに出たとき、花束たくさんいただいて、とてもうれしかった…。毎日お水取り替えて…。

沙也加ママさん:ね?。だから、お花にはかがやきがあるのかもよ。

コメットさん☆:…かがやき…。…そうですね。花があると、その花を用意した人も、花を見た人にもかがやきが宿る…。そんな感じかな…?。

沙也加ママさん:うふふ…。

 沙也加ママさんは、レジでお金を支払い、買った食品を袋に入れてもらうと、コメットさん☆を連れて店の外にある花屋に歩いていった。

沙也加ママさん:さあ、コメットさん☆、何にする?。うちに飾るお花。チューリップかな、アネモネもあるわね。スイートピーもいいなあ…。あ、スイセンも…。あれ…?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの少し後ろで、枝ものと呼ばれる、木を切ったものが並んだあたりを見ていた。

コメットさん☆:…これって…、サクラかな?。…違うのかな?。

沙也加ママさん:コメットさん☆、いやだわ。後ろにいないんで、私独り言言っちゃったわ。うふふ…。

 沙也加ママさんは、数メートルほど離れたコメットさん☆のところに、ささっと戻ってきて言った。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ、ごめんなさい。…これって、サクラですか?。

沙也加ママさん:ふふっ、いいのよ。ああこれね。サクラはサクラなのよね。えーと…、何て言ったかなぁ…。なんとかザクラって言ったのよ…。あの春まっただ中に咲く、ソメイヨシノとは違う種類で…。思い出せないから聞いちゃえ…。あ、すみません、このサクラのような木は、なんていう名前でしたっけ?。

 沙也加ママさんは、薄いピンク色の、小振りな花をつけたサクラの一種を指さして、そばの店員さんに尋ねた。直立した枝の先には、薄緑色の葉が顔をのぞかせ、幹にはちょぼちょぼと、小さく固まって花が咲きかかっている。

花屋の店員さん:はい。それは、ケイオウザクラっていう、今頃出回るサクラですよ。とてもきれいですよ。いかがですか?。

沙也加ママさん:あー、思い出した、ケイオウザクラね。今頃一時しか出回らないのよね?。

花屋の店員さん:はい。そうですね。このあとになると、梅とかボケとかになってきてしまいますね。どうですか?、あまり温かくないところに置けば、何日も持ちますよ。

沙也加ママさん:…そうねー。コメットさん☆、これ買わない?。

コメットさん☆:は、…はい。あの…。

沙也加ママさん:一足早いサクラ、うちで見ましょ。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、遠慮がちな様子で、少し微笑みつつ頷いた。

 ケイオウザクラの枝数本と、それに下の方で合わせるつもりの菜の花、ピンク色のチューリップを買って、沙也加ママさんとコメットさん☆は、また車に乗った。

 

 ケイオウザクラと菜の花は、リビングのテーブルに。チューリップはキッチンの食卓に飾られた。コメットさん☆が沙也加ママさんと、いけたケイオウザクラの出来映えを見ていると、景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:おっ、ケイオウザクラかぁ…。いいね。春を先取りってところだね、ママ。

沙也加ママさん:あら、パパ、ずいぶんさらっと名前出てくるのね。

景太朗パパさん:やだなー、ママ。そりゃあぼくは知っていますよ。最近よく出回っているじゃない。

沙也加ママさん:そうね…。私、ど忘れしちゃって、花屋さんに聞いたわ。

景太朗パパさん:まあ、ほんとに今時しか出回らないよね。

沙也加ママさん:ええ。ちょっときれいよね。

景太朗パパさん:おー、そうだ。そういえば昨日だったかな?。テレビで河津ザクラが来月の中旬頃から、咲き始めるって言っていたなぁ。あともう2週間ちょっとってところだね。

コメットさん☆:かわづざくら?。

景太朗パパさん:ああ、コメットさん☆は見たことないよね。伊豆へ行ったとき、河津って駅を通ったの覚えてないかな?。東伊豆に河津温泉ってところがあって、そのあたりに咲くサクラの一種だよ。

コメットさん☆:来月下旬って…、まだ2月ですよね?。

景太朗パパさん:そう。2月頃から咲くサクラは、地面に植えてあるものでは、かなり早いほうだね。…もっとも、フユザクラっていう、冬に咲くのもあるんだけどね。

沙也加ママさん:あら、パパったら、造園の知識をお披露目?。

景太朗パパさん:おや、ばれたか。…なんてね。あははは…。

コメットさん☆:2月に咲くサクラかぁ…。もう春はすぐそこって感じですね。

沙也加ママさん:そうねぇ…。もう春は目の前ねぇ…。

 コメットさん☆は、目の前のケイオウザクラを見て、河津ザクラの話を聞き、そっと目を閉じて、春のサクラを思い浮かべた。もうすぐ春がやってくる。そうすれば…、サクラがまた咲く…。

景太朗パパさん:見に行けたら、河津ザクラ見に行こうか?。ママ、コメットさん☆。

沙也加ママさん:あら、いいわねぇ。春目前のお花見。…そんなことしたことないわねぇ…。

コメットさん☆:わはっ、見てみたいですね。きれいなんだろうなぁ…。

ツヨシくん:あっ、サクラっ!。

ネネちゃん:ほんとだ、サクラの木。どうしたの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、ツヨシくんとネネちゃん、お花屋さんで、買ってきたんだよ。

ツヨシくん:ふぅん。コメットさん☆の好きなサクラ?。

ネネちゃん:星国のサクラはまた咲くのかなぁ?。

コメットさん☆:うん。私の好きなサクラ。冬のサクラだよ。…そうだね、ネネちゃん。星国のサクラも、また咲くかなぁ…。

 ツヨシくんとネネちゃんが、ちょうど部屋からやって来た。そしてコメットさん☆は、今度は星国のサクラを思い浮かべた。

 

 数日たって、ケイオウザクラの花は、はらはらと散るようになった。やはり切り花のサクラだから、そんなにはもたない。コメットさん☆は、だんだん少なくなっていく、ケイオウザクラの花びらを毎日見ていた。そっとその花びらを手に取ってみたりしたが、枝の先に少し見えていた葉っぱが、どんどん伸び始め、開いてきたのに、コメットさん☆はびっくりした。木の生命力は、花だけで終わるわけではない。コメットさん☆は、段葛や裏山のサクラが花を散らすと、葉っぱを出して、青々とした新緑になる変化を思い出した。

景太朗パパさん:…もう、ケイオウザクラの枝も終わりだね。コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ…、はい。花は終わりなんですけど…、葉っぱが開いてきてます。それに…、枝の水の中のところ…、なんだかでこぼこに…。

 毎日枝を「観察」しているかのようなコメットさん☆を見て、景太朗パパさんは声をかけた。

景太朗パパさん:あー、ほんとだ。葉っぱはなんとか生き延びようとしているんだね…。

コメットさん☆:もうだめなんでしょうか?。毎日水取り替えていたんですけど。

景太朗パパさん:ええ?、コメットさん☆、毎日水替えていたの?。それは大変だったね。どれ…、ああ、この枝の切り口に近いところのでこぼこは、根が出ようとしているのかもしれないね。

コメットさん☆:根が出るということは…。

景太朗パパさん:…うん、まあ、うまくすれば木になるかもってことだね…。ふふふふ…。コメットさん☆は、またこれ来年も咲かせようなんて、思っているのかな?。

コメットさん☆:あ、いいえ、まだそこまでは…。あはっ、あははは…。

 景太朗パパさんは、枝の水に差してある部分の下の方で、木の皮の部分が点状に膨らんできているのを見て言った。コメットさん☆は、恥ずかしそうに笑いながらも、このまま捨ててしまうのは、ケイオウザクラの木の枝がかわいそう…と思っていた。そんなコメットさん☆の心を、見通すかのように景太朗パパさんは応えた。

景太朗パパさん:…根っこが出てきたら、裏山にでも、穴を掘って植えておいてごらん。そうすれば、きっと根付くよ。根っこを元気にするのは、コメットさん☆、君の力でなんとでもなるだろう?。

コメットさん☆:…け、景太朗パパ…。…面白そう。やってみようかな…。

景太朗パパさん:来年うまく花が咲くかどうかは、わからないけど…。まあ、どんな大きな木も、最初は小さなものなんだから。いろいろ前向きにやってみることは、大事だからね…。

コメットさん☆:あっ…、…はいっ。

 コメットさん☆は、にっこりして答えた。そして、景太朗パパさんが言っていることの、もう一つ深いところの意味も理解した。

 前に向かうこと。それは誰にとっても大事な一歩。人は小さなものだけど、望みをもって、何かに向かって努力すれば、確実に目的に近くなるはず。ちょっとしたことの中にも、かがやきはいつも隠れている…。コメットさん☆はまた、それを見つけだす。今日も、そして明日も、あさっても…。

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★第188話:アルメタルくんの恋<前編>−−(2005年2月中旬放送)

 星国と地球を結び、地球のいろいろなことを調査しているカゲビトたち。彼らは、もう諜報部員ではなくて、地球の風物を調べる、単なる調査員たちになった。それはハモニカ星国の王様と王妃さま、その他の星国全体の意向でもあったのだ。星のトレインは、ハモニカ星国のカゲビトたちに必要なものを星国から届け、彼らのレポートを、星国に伝える役目も担っている。もちろん、時にはコメットさん☆へも、王様からのプレゼントなどを乗せて。その星のトレインに、珍しく同乗者があった。

同乗者の少年:あっ、この辺!、この辺で降ろして!。

 星のトレインは、鎌倉の上空で止まり、そのまま旋回するように降りながら、稲村ヶ崎のそばで、一人の少年を降ろした。少年は、星のトレインのドアを開けると、ポンと小高い丘の上に降り立った。そして、星のトレインが行ってしまうのを、手を挙げて見送ると、そっと歩き出した。

 

 今日は土曜日なので、ツヨシくんとネネちゃんは家にいる。まだまだ寒い2月ではあるけれど、今日は南風が少し入って、春を思わせる気温である。コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんを連れて、裏山のほうへ行ってみた。

ツヨシくん:裏山の畑、パパ何を植えるのかなぁ…。また耕さないとならないよ。

ネネちゃん:私、シャベルしか持てないよ…。

ツヨシくん:いいよ。ぼくが持って、パパといっしょに耕すから。

コメットさん☆:ツヨシくんは、妹思いの力持ちだね。ケースケから、クワの持ち方教わったから?。

ツヨシくん:ううん。パパから教わったの。ケースケ兄ちゃんは、関係ないよ。

コメットさん☆:…そ、そうなの?。…そっかぁ…。ケースケは関係ないの…。

 ふと、コメットさん☆は、ツヨシくんがケースケのことを、意識しているのかと思った。最近少しずつ、ケースケに対して、見る目が違ってきているツヨシくん。そんなムードの違いを、コメットさん☆も肌で感じていた。

コメットさん☆:わあ、あっちこっちに、緑色の草が生えているよ。だんだん春が近いね。

ネネちゃん:そのすみっこに生えている草?。知らない間に、冬でも少しずつ草は伸びるね、コメットさん☆。

ツヨシくん:スイセンが出てる…。毎年同じところ…。

 コメットさん☆たちは、裏山の木々の間を抜けて、ちょっとした植物たちの様子を見ながら歩いた。その時、太いケヤキの木の陰に、じっとコメットさん☆を見つめる目があることに、誰も気付いていなかった。ラバボーをのぞいては…。

ラバボー:姫さま、姫さま、なんだか、イヤーな気配を感じるボ…。

コメットさん☆:えっ?、ラバボー?。

 その時、木の陰から一人の少年が飛び出し、コメットさん☆に突進してきた。

少年:姫さまぁぁぁぁー、会いたかったぁー!。

コメットさん☆:…だ、だれ!?。きゃああああー!。

ツヨシくん:コメットさん☆!。

ネネちゃん:コメットさーん☆!。

 とっさにツヨシくんは、コメットさん☆の前に出て、コメットさん☆とともに、横に倒れ込んだ。…少年は、コメットさん☆のちょうど後ろにあった、いつもの桐の木に思い切りぶつかった。

“ドシン!”

 桐の木にとまっていた小鳥が、驚いて飛び立った。土の上に、ツヨシくんを抱えるようにして倒れ込んだコメットさん☆は、手のひらや洋服に付いた土も気にせず、呆然と立っているネネちゃんとともに、桐の木の方をそっと見た。

少年:ああ…、あああ…。い、痛い…。姫さま…、なんでよけるの?…。

 コメットさん☆は、ようやく起きあがり、少し離れたところから、ツヨシくんとネネちゃんを両手に抱くようにしながら、桐の木にぶつかったまま、仰向けに倒れた少年の様子をうかがった。

コメットさん☆:あ、…あなた、誰?。私に何か用?。

少年:姫さま、ぼくをお忘れなんですか!?。あああ…、おもいっきり痛い…。

 少年はがばっと起きあがると、コメットさん☆の方を見て、大きな声で聞いた。

コメットさん☆:あ…、あなたは…。…アルメタルくん…。

ツヨシくん:アル…メタル?。誰それ?。

ネネちゃん:あー!!。星国の…。

コメットさん☆:ネネちゃん、知っているの?。

ネネちゃん:うん。星国の運動会の時に…。

 

 コメットさん☆は、アルメタルくんを、仕方がないので、家のリビングに連れていった。

コメットさん☆:なんでアルメタルくん、私に突進してくるの?。びっくりするじゃない…。

アルメタルくん:ごめんなさい、姫さま。だって、ぼく姫さまのことが恋しくて…。なんか地球ってところには、姫さまの…す、好きな人がいるとか…。

ネネちゃん:そういえば…、アルメタルさん、私に結婚してって言っていたじゃない。誰かと結婚したんじゃなかったの?。

ツヨシくん:ネネ、プロポーズされたの?。すげー!。

ネネちゃん:ちっともすごくないの!。アルメタルさん、なんかコメットさん☆に好きな人がいる?って、私に聞くから、「いる」って答えたら、よくわからないけど、人生終わりだとか、私に結婚してとかって…。

コメットさん☆:なにそれ?。アルメタルくん…。

ネネちゃん:アルメタルさん、説明して。

アルメタルくん:ううう…。

 コメットさん☆とネネちゃん、そしてツヨシくんは、疑念の目をアルメタルくんに向けた。アルメタルくんは、答えに窮した。それにしてもコメットさん☆は、アルメタルくんの変わりように驚いていた。「小さいころは、引っ込み思案の男の子だったのに」と思いながら。

アルメタルくん:コメットさまが、地球に好きな人がいても、ぼく、どうしてもコメットさまのことが忘れられない…。子どものころ、いっしょにあそんだじゃない!。

コメットさん☆:そ、それはそうだけど…。それでなんでここまで?。

アルメタルくん:もちろん、姫さまに星国へ帰ってきてもらって、ぼくと前のようにラブラブに…。

ツヨシくん:だめだよ!。コメットさん☆は、ぼくが大好きなの!。だから、星国にはまだ帰らないよ。

ネネちゃん:…それに、コメットさん☆が好きな人は、ほかにいるってば…。

アルメタルくん:ええーっ、やっぱり姫さま本当ですか!?。ぼくはもうきらいなの!?。うわーーん。

コメットさん☆:…ち、ちょっと…、ラブラブって…。

 アルメタルくんは、コメットさん☆の手を取ると、その手を抱くようにして嘆いた。全ての動作が大げさなのだ。感情移入が激しいタイプなのかもしれない。コメットさん☆は、取られた手を引き抜こうとしながら、かつてのアルメタルくんからの変わりように、とまどいを隠せなかった。それでも責任上、ある程度のことは、アルメタルくんに知らせておかなければならないと思った。そんなところに、騒ぎを聞きつけた景太朗パパさんが、仕事部屋からやって来た。

景太朗パパさん:おや、誰かお友だちかい?。コメットさん☆。

コメットさん☆:友だちって言うか…。その…。

景太朗パパさん:んん?。

 

 景太朗パパさんは、みんなを応接間に招き入れ、話をじっくりと聞いてから、語り始めた。

景太朗パパさん:…なるほどね。みんな思っていることはわかった。つまりえーと、アルメタルくんだっけ?。アルメタルくんは、コメットさん☆の幼なじみなんだね。それで、前の星国運動会の時に、コメットさん☆をしばらくぶりで見たら、忘れられなくなっちゃったと。そういうわけか…。

アルメタルくん:はい…。

景太朗パパさん:それはまあ、なんというか、仕方がないかもなぁ…。

ネネちゃん:パパ、弱っ!。

 景太朗パパさんの答えは、歯切れが悪かった。それにネネちゃんが噛みつき、景太朗パパさんは、ほんの一瞬、「ネネもママに似てきたかも…」と思った。

景太朗パパさん:えへん!。だって、人間はさ、一度好きって思ったら、今日からきらいって思えるものでもないし…。

コメットさん☆:で、でも…。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃん、そういうわけだから、コメットさん☆のことは忘れて、星国に帰ってよ。

アルメタルくん:ツヨシくん、そういうわけだからって、どういうわけ!?。

景太朗パパさん:まあまあ、二人とも…。ツヨシも、そんなに人を邪険にするものではないよ。アルメタルくんも、コメットさん☆に向かって、いきなり突進するのは良くないなぁ。コメットさん☆がびっくりするでしょ?。女の子を怖がらせるようなことをしたら、好きにはなってもらえないよ。

アルメタルくん:ううっ…。…姫さま、ごめんなさい。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、少し怒ったような目で、アルメタルくんを見つめた。コメットさん☆は、そのツヨシくんとアルメタルくんの間に板挟みになって、困ったような気持ちになっていた。

コメットさん☆:でも、私イヤだな…。私のことを取り合いしているみたいなの…。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。

アルメタルくん:姫さま…。

景太朗パパさん:うーん、コメットさん☆が言うのももっともだね。じゃあ、ちょっとコメットさん☆来て。ほかのみんなは、ケンカしないで待っているんだよ。

 景太朗パパさんは、そう言うと、コメットさん☆だけをおもてのウッドデッキのところへ連れて出た。アルメタルくんやツヨシくん、ネネちゃんは応接間にいるから、ウッドデッキは見えない。景太朗パパさんは、それを確認すると、コメットさん☆に語りだした。

景太朗パパさん:コメットさん☆、寒くないかい?。

コメットさん☆:大丈夫です。

景太朗パパさん:アルメタルくんは、どうも君に夢中なんだね…。おそらく、ケースケもツヨシも、実はおんなじなんだろうな…。

コメットさん☆:…えっ!?。

景太朗パパさん:…男の子ってさ、気になる女の子のことになると、夢中になっちゃう時があるんだな…。…ぼくだって、ママに夢中だったから、こうしてここにいるわけさ…。…恥ずかしいような話だけどさ…。あははは…。

コメットさん☆:…は、はい。

 コメットさん☆は、少しドキドキしながら、景太朗パパさんの言葉を聞いていた。

景太朗パパさん:でも、コメットさん☆は、ケースケやツヨシはともかく、アルメタルくんのことは、考えていなかった…。そういうことでしょ?。

コメットさん☆:…はい。そうです。アルメタルくんは、確かに幼なじみで…。小さいころはずいぶんいっしょになって遊びました。いっしょに星を見たり…。でも…。

 コメットさん☆は、星国でいっしょに遊んだ子どものころを思い出し、言いよどんだ。そして、少し目を上げて、遠くの海を見つめた。海は少し曇りがちの空と、あまり変わらない色で、わずかに波立っていた。景太朗パパさんは、コメットさん☆のとなりで、ウッドデッキの手すりに肘をつきながら、いっしょに海を見つめつつ続けた。

景太朗パパさん:しょうがないよなぁ…。好きっていう人に、きらいになれとは言えないものなぁ…。でもやっぱり、好きというわけではないという気持ちは、はっきり伝えた方が、いいんじゃないのかなぁ…。変に期待を持たせるのも良くないし…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、うつむいて少し考えた。

景太朗パパさん:それとも、少しは好きなのかな、アルメタルくんが…。あ、ぼくがこんなこと、聞くべきじゃないのかもしれないけど…。

コメットさん☆:いいえ、いいんです。景太朗パパ…。私、今アルメタルくんのこと、恋人だとか、好きだとか、思っているわけじゃないし…。なんとかはっきり伝えるようにします…。

景太朗パパさん:うん。アルメタルくんには、少しかわいそうかもしれないけど、結局はその方がいいと思うな。

コメットさん☆:…はい。

 

 コメットさん☆は、午後になって、アルメタルくんを連れ、鎌倉の街へ出ることにした。ツヨシくん、ネネちゃん、ネネちゃんにぬいぐるみのように抱かれたラバボーも。

ツヨシくん:…ネネ、なんでコメットさん☆は、アルメタルくんといっしょに出かけるの?。

ネネちゃん:そんなこと、私に聞いたってわからないよ。それにじゃあ、なんでツヨシくんはコメットさん☆をこうやってつけているの?。

ラバボー:あやしいボ、姫さま。

ツヨシくん:ラバボー、コメットさん☆はあやしくないよ。ネネ、ぼくだってわからない。わからないけど…、なんか、コメットさん☆が心配だから…。

ラバボー:ツヨシくんは、姫さまのボディガードのつもりなのかボ?。

ツヨシくん:ラバボー、そんなこと言っていていいの?。コメットさん☆に何かあったら、あのヒゲのおじさんに怒られるんじゃないの?。ラバピョンともお別れかもね…。

 ツヨシくんは、わざとぼそっとつぶやいた。しかしそれは、ラバボーにとっては、恐ろしい脅しのようにすら聞こえた。

ラバボー:うわわ…。ひ、ヒゲじいさんにばれたら…。まずいボ…。それに、ラバピョンとお別れはイヤだボ!。姫さまを、みんなで守るボ。

ネネちゃん:はあ…。ラバボーも、弱っ!。

 ツヨシくんとネネちゃん、それにラバボーは、コメットさん☆とアルメタルくんのあとをつけるように、数歩あとからついていった。みんなはまず江ノ電の稲村ヶ崎駅に向かった。

コメットさん☆:ほら、アルメタルくん、駅だよ。

アルメタルくん:わあ、なんだかよくわからないところ…。両側にある人が何人もいるところは何?。姫さま。

コメットさん☆:そこはスーパーマーケットだよ。お店やさん。たまに私も買い物に来るよ。

アルメタルくん:へぇー。面白そう。

コメットさん☆:それより、電車に乗ろ。アルメタルくん。

アルメタルくん:でんしゃ?。何それ?。姫さま。

ツヨシくん:あっ、アルメタル兄ちゃんは…。

ネネちゃん:コマッタさんだ!!。

ラバボー:アルメタルくん、電車知らないのかボ…。何に乗ってやってきたんだボ…。

 コメットさん☆は、そんなアルメタルくんに、回数券を渡すと、駅員さんにその回数券を見せて、アルメタルくんを手招きしながら、ホームに上がった。ツヨシくんとネネちゃんも、景太朗パパさんからもらってきた、子ども用の回数券を出すと、同じように駅員さんに見せ、改札を通った。 

 程なく鎌倉行きの電車がやって来て止まった。ドアが開き、この稲村ヶ崎駅で降りるお客さんが、ホームを改札の方へ歩いていく。

コメットさん☆:ほら、アルメタルくん、これが電車。プラスビトさんとマイナスビトさんの出す力のように、電気で走るんだよ。降りる人がみんな降りたら、乗って。足元に気をつけてね。

アルメタルくん:へぇー。星のトレインに少し似てる…。

ラバボー:…いや、そっくりだボ。

ツヨシくん:ラバボー、星のトレインは、電気で走るわけじゃないじゃん。

ラバボー:そ、…それはそう…だけど…。

ネネちゃん:でも、コメットさん☆は、すっかり電車に乗るの慣れたね。前はコマッタさんだったけど…。

コメットさん☆:ネネちゃん…。恥ずかしいから言わないで…。

 コメットさん☆は、少し困ったような表情で、赤い顔になりながら言った。藤沢行きの電車が、鎌倉の方からやってくるのを待って、コメットさん☆、アルメタルくん、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボーを乗せた電車は、鎌倉を目指して走り出した。

 電車は、稲村ヶ崎駅を出ると、大きく左にカーブして、もうすぐ花が終わり加減の梅林の脇を抜け、極楽寺駅に向かう。

アルメタルくん:あ、姫さま、姫さま。あの白い花の木なに?。

コメットさん☆:あれは、梅の木だよ。1月の終わりから2月頃咲くんだよ。

アルメタルくん:あ、反対側にいっぱい電車っていうのが置いてある。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃん、そこは車庫。

アルメタルくん:あれっ、なんだか暗いところに入ったぞ?。

ネネちゃん:トンネルだよ。アルメタルさん知らないの?。

 アルメタルくんは、電車の窓から見えるいろいろなものに、いちいち興味を示す。まるでそれは、小さな子どものようであった。コメットさん☆は、まわりの乗客に少し恥ずかしく思いながらも、地球の風物全部が面白く思えた、かつての自分を思いだして、「地球の、私の住んでいる街を見せるために、わざわざ電車に乗ったんだし…」と、思い直した。

 やがて電車は、沙也加ママさんのお店がある由比ヶ浜駅に着き、コメットさん☆とアルメタルくん、ツヨシくん、ネネちゃんは電車から降りて、海に向かって歩き出した。もちろんラバボーは、さっきからずっと、コメットさん☆が腰につけたティンクルスターの中だ。

ツヨシくん:ママー、来たよー。

ネネちゃん:ネネちゃんもー。

 沙也加ママさんの店、「HONNO KIMOCHI YA」に着くと、ツヨシくんとネネちゃんは、勢いよくドアを開けた。カウンターには、暇そうにしている沙也加ママさんが、いつものようにいた。

コメットさん☆:えーと、私も来ました。沙也加ママ、売れていますか?。

沙也加ママさん:あらっ、みんなどうしたの?。コメットさん☆、いつものように、あまり売れてないわよ…。あれっ、そちらの男の子は誰?。

コメットさん☆:あ、あの、星国の、えーと、なんていうか、その…。

ツヨシくん:星国で、コメットさん☆が好きになっちゃった、アルメタル兄ちゃん…。

アルメタルくん:あ、あの、アルメタルと言います。よろしくお願いします。ぼく、姫さまのことが忘れられなくて…。

沙也加ママさん:は、はぁ?。…はあ。つ、つまり、コメットさん☆のことが好きな男の子と…。そういうこと?。

アルメタルくん:はいっ!。その通りです!。

沙也加ママさん:…そ、そう…。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆とアルメタルくんの顔を、順番に見比べるように見た。突然また星ビトがやって来て、それもコメットさん☆が好きと「宣言」するのに、なんだかキツネにでもつままれたような気になりながら。

 

 沙也加ママさんは、4人を2階のソファに座らせて、お店にはお客さんが来る気配もなかったから、話を聞いた。ラバボーも、コメットさん☆のティンクルスターから出てきて、話に加わる。

沙也加ママさん:…それで、つまりアルメタルくんは、コメットさん☆と幼なじみなのね?。

アルメタルくん:はいっ。そういうことですっ。

沙也加ママさん:それで、コメットさん☆としては?。

コメットさん☆:私は…、その…。とりあえず、アルメタルくんにいろいろなところを見せてあげようかなって…。地球はもちろんはじめてですから。

沙也加ママさん:そう…。うふふふ…。コメットさん☆も大変ね。

コメットさん☆:えっ?。

沙也加ママさん:ううん、なんでもないわ。それなら、コメットさん☆がよく行くところを見せてあげれば?。アルメタルくんも、何か得るものがあるかもしれない…。

コメットさん☆:…はい…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの言うのが、どういう意味だか、今ひとつわからないと思った。しかしアルメタルくんは、楽しそうににこにこしているばかりであった。

ラバボー:ずっとアルメタルくんは、にやにや気持ち悪いボ…。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃんって、何がこんなに楽しそうなんだろう?。

ネネちゃん:さあ?。鎌倉が珍しいんじゃないの?。

ツヨシくん:観光客の人たちみたいに?。

ネネちゃん:そうそう。そんな感じで。

ラバボー:えー?、それはちょっと、違うと思うボ…。

 ツヨシくんとネネちゃんの会話は、ピントが合っているのか、合っていないのかわからないようなものだが、アルメタルくんの人柄が、ツヨシくんとネネちゃんには、まだよくわからなかったのだ。それは、一見まっとうなことを言っているように見えるラバボーも、実は同じこと。

 コメットさん☆とアルメタルくん、ツヨシくんとネネちゃんは、沙也加ママさんの店を出て、目の前の由比ヶ浜に降りてみた。少しずつ季節は春めく気配を見せているとは言え、まだまだ2月の由比ヶ浜には、冷たい風が吹いていた…。

次回に続く)

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★第189話:アルメタルくんの恋<後編>−−(2005年2月下旬放送)

前回からの続き)

コメットさん☆:風が冷たいね…。ツヨシくん、ネネちゃん、大丈夫かな?。

ツヨシくん:ぼくは大丈夫だよ。

ネネちゃん:私も。それより、アルメタルさんのほうが…。

アルメタルくん:…ううう…、ハックション!。地球は寒いや…。姫さまは、ずっとこんな寒いところに暮らしているの?。

コメットさん☆:寒い時ばかりじゃないよ。暑いときも、涼しいときも、温かいときもあるんだよ。

 コメットさん☆は、バトンを出すと、すっとアルメタルくんに向けて振った。

アルメタルくん:あれっ、姫さま、寒くなくなった…。姫さま、星力ありがとう!。

コメットさん☆:どうしたしまして。

 コメットさん☆は、星力で、アルメタルくんのまわりだけシールドを出して、風が当たらないようにしてあげたのだ。

ツヨシくん:コメットさん☆は、アルメタル兄ちゃんに優しくしすぎ!。

ネネちゃん:ツヨシくん、コメットさん☆取られちゃうかもって思うんでしょ?。

ツヨシくん:…うっ…。ネネ、よけいなこと言うなよ!。

ネネちゃん:ラバボー、ツヨシくん図星だねっ。

ラバボー:そんなことはもう、すでに当たり前だボ?。

ツヨシくん:ううううー…。

 ツヨシくんが、言い返しそうになったとき、コメットさん☆は、そっとツヨシくんの肩に手を、後ろから添えるようにして制した。ツヨシくんはコメットさん☆を斜めに見上げるように見た。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。

 コメットさん☆は、耳元でささやくように諭す。

コメットさん☆:ツヨシくん、ケンカしないで。

ツヨシくん:…うん。

 ツヨシくんは、とたんに機嫌よさそうに笑顔で答えた。そんな様子を、アルメタルくんはじっと見ていた。ツヨシくんに嫉妬する心のもやもやと、そうでない何かと、ないまぜに感じながら…。

コメットさん☆:アルメタルくん、ここの浜はね、夏になるとたーくさんの人たちが泳ぎに来るの。このあたりには、「海の家」がいっぱい建つんだよ。

アルメタルくん:それって姫さま、星国の海に、姫さまが造ったような感じ?。

コメットさん☆:あそこは、全部私が造ったんじゃないよ。海の妖精さんに協力してもらっただけだよ。それに星国の海より、ここはずっと広いでしょ?…。

アルメタルくん:そうなの?姫さま。…こんなに寒いのに、地球人は強いんだなぁ…。

コメットさん☆:ふふふ…。違うよ。夏になると、とても暑いんだよ。だからみんな泳ぎに来るの。たくさんいろいろな人が来るから、当然おぼれそうになったり、ケガをしたり、気分が悪くなる人もいるんだよ。だから、いつもそういう人がいないかなって、ライフセーバーっていう人が、海を見張っているの。

アルメタルくん:ライフセーバー?。あの牛ビトがやっているやつ?。

コメットさん☆:星国の海で、私が牛ビトさんに頼んだのは、このあたりのライフセーバーの人たちを見て、星国の海にも、そんな人がいたら安心だなって思ったからだよ。

ネネちゃん:アルメタルさん、そのライフセーバーの、ケースケ兄ちゃんっていう人が、コメットさん☆の好きな人だよ。

コメットさん☆:ち…、ちょっと、ネネちゃん…。

アルメタルくん:な…、何ぃーーーーー!?。ケースケっていう人って…。誰?。

ラバボー:あああ、衝撃の暴露だボ…。

 コメットさん☆は、ちょっと予想外のことになったと思ったが、うそを言っても、アルメタルくんのためにはならないと思っていたから、ネネちゃんの言葉を継ぐように、静かに語りだした。

コメットさん☆:ケースケは、私のあこがれの人…かな?。…最初は、とてもイヤな感じだった。…私のこと「バカバカ」って。でも、ケースケは、お父様を、小さいころ船の事故で亡くしてから、海で悲しい思いをする人がないようにって願って、中学校を出てすぐ、世界一のライフセーバーになる決心をしたの。

アルメタルくん:…姫さま…。

コメットさん☆:…そのころのケースケのかがやきは、とても大きかった…。…最初は、タンバリン星国の王子さまかもって、思った。あ、今でもかがやきは大きいよ。…でもね、私がここに来て、しばらくしたとき、突然オーストラリアっていう国に、行っちゃったんだけど、2年に1回ある世界選手権っていう、ライフセービングの競技大会で、いい成績を残せなかったから、そのかがやきがしばらく失われていたの。

アルメタルくん:た、タンバリン星国の王子って…、姫さまが結婚させられそうになったあの!?。

コメットさん☆:うん。…あの時はイヤだったけど…。タンバリン星国の王子はケースケじゃなかった…。知っているでしょ?。

 コメットさん☆は、そう言うと、また海の遠くを見つめた。

アルメタルくん:知っているけど…。姫さまは、そのケースケっていうのが、…好きなの?。

コメットさん☆:…うん。…好きだよ。…でも、ケースケの夢を、私は…、私はいっしょに追うことは出来ない…。だって私、ライフセーバーになるわけには行かないもの…。ふふふっ…。

 コメットさん☆は、そう言いながら少し笑った。しかし、その声は寂しさを帯びていた。ラバボーは、コメットさん☆が語る声の調子の違いに気付いた。

ツヨシくん:コメットさん☆は、デートしたことないんだよ…。

 その時ツヨシくんが、ぼそりと語った。いつもコメットさん☆を、まっすぐに見ているツヨシくん。だから…。

アルメタルくん:ええっ!?。そんなんで…、恋人だなんて…。

コメットさん☆:ケースケは、恋人っていうのとは、ちょっと違うのかもしれない…。

 コメットさん☆は、寂しそうな声で語ったが、そのあと誰も口を開かないわずかな間があった。が、それを破るように、コメットさん☆がふいに明るい声で言い出した。

コメットさん☆:…そうだ!。普段ケースケが、トレーニングしている海を見に行こうか!?。

ネネちゃん:七里ヶ浜?。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃん大丈夫かな?。

アルメタルくん:…うん。姫さま、行こう…。

 アルメタルくんは、さっきまでの明るい受け答えとは、明らかに違う、トーンの落ち着いた声で、コメットさん☆に返事を返した。アルメタルくんの心の中には、一度ケースケという人間と、会ってみたいという思いが渦巻いていた。姫さまであるコメットさん☆の心を、翻弄し、かつ自分の夢を追っていることで、コメットさん☆の心をとらえて離さない「ケースケ」とは、いったいどんな人間なのか。そのことに疑問を持ったのだ。

コメットさん☆:うん。じゃあ行こう。…でも、アルメタルくん少し約束して。

アルメタルくん:うん。姫さま、どんなこと?。

コメットさん☆:あのね、ケースケには、私が星ビトであることは、言っていないの。ただの留学生ってことになってる。だから、ケースケの前では、アルメタルくんのこと、故郷の友だちってことにしておくね。星国のことは黙っていて。

アルメタルくん:わかった…。でも、どうして?、姫さま。

コメットさん☆:ケースケは、本当に実際に目にしたことすらも、星力のことは信じられないと思う。それに、ケースケの心を、星ビトの私が、星力でいろいろなことが出来るっていうことで、まどわせたくないから…。それに、ケースケの前では、私のこと「姫さま」って呼ばないで…。お願いだよっ。

アルメタルくん:……。ふーん。何となくわかった。姫さま…。

 アルメタルくんは、コメットさん☆の心の、「ケースケに自分が星ビトである」ことを明かさない理由は、ケースケの生きる世界を乱さないためではないかと感じた。しかし、「それだけだろうか?」という思いも、なぜか同時に感じていた。

  

 コメットさん☆たちは、みんなで星のトンネルを通り、「HONNO KIMOCHI YA」の前から、七里ヶ浜の駐車場下まで飛んだ。

 七里ヶ浜は、由比ヶ浜から西に向かって稲村ヶ崎を越えたところにあるから、天気も風も、寒さすらも変わらないのだった。そんな七里ヶ浜の砂浜に降り立ったコメットさん☆、アルメタルくん、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボーは、由比ヶ浜の時と同じように、海の彼方を見た。春から秋にかけては、たくさん見られるヨットも、今日はその姿を見ない。しかし、サーフィンをしている人は、ぽつりぽつりと見かける。

アルメタルくん:わっ、こんな寒いのに、海に入っている人がいる!。

コメットさん☆:冬でも、サーフィンって言って、波乗りをする人たちがいるんだよ。みんなウエットスーツっていうの着ているから、寒くないんだって…。

ツヨシくん:…ケースケ兄ちゃんは、たぶん毎日海に入っているよ。

ネネちゃん:あ、あれケースケ兄ちゃんじゃないかな?。

 ネネちゃんは、江の島の方を見て言った。由比ヶ浜のほうを背にすると、割と近くに見える江の島。江の島から視線をずっと手前に移してくると、ケースケがサーフィンの練習をしているのが見えた。

コメットさん☆:あ、ケースケ…。本当だ。

アルメタルくん:どの人がケースケ?。

コメットさん☆:あの紺色にグリーンのスーツ着ている人だよ。行ってみようか。

アルメタルくん:…うん。

 アルメタルくんは、ごくりとつばを飲み込むと、歩き出した。砂浜は時々足が沈み込むから、やや歩きにくい。いくつかある駐車場から浜に降りる階段を横切るたび、そこにはサーファーの人たちや、何となく海を見つめている人、犬を散歩させている人などがいる。それらの人々を縫うようにして、やや狭い砂浜を、コメットさん☆たちは歩いた。

コメットさん☆:(ケースケ、ケースケ…)

 コメットさん☆は、いつだったかのように、星力で声を飛ばして、ケースケを呼んだ。

ケースケ:んん?、誰だ?。…海の上で誰かが呼ぶわけはない…。お、コメット…。…コメットのとなりにいる男、誰だ?。

 ケースケは、波に乗ろうとしたその時、コメットさん☆の呼ぶ声を聞いたような気になって、波に乗るのをやめて、あたりを見回し、そしてコメットさん☆を見つけ、さらにはコメットさん☆といっしょにいるアルメタルくんを見つけて、不審に思った。

 コメットさん☆は、ケースケに向けて、微笑んで手を振り、そして手招きした。ラバボーは、急いでコメットさん☆の腰の、ティンクルスターに隠れた。

ケースケ:よう、コメット。どうしたんだ?。久しぶりに会うような気がするな…。

 海から上がってきたケースケは、サーフボードを抱え、濡れた髪を手でぬぐいながら、自然にコメットさん☆へ声をかけた。

コメットさん☆:うん。ケースケ元気?。

ケースケ:ああ。今年は風邪もひかないし。コメットは、どうしてる?。

コメットさん☆:私も元気。最近練習はどう?。

ケースケ:まあまあってとこかな?。

コメットさん☆:学校は?。

ケースケ:来年卒業だからな…。今のところ順調だな。

コメットさん☆:そっか。よかった。

ケースケ:ははっ、なんだよ、コメットがいいわけじゃないぞ?。

コメットさん☆:いいじゃない。ケースケが順調だと、私もうれしい…。

ケースケ:なんだ?。今日はいつもと違うな、コメットは…。あ、その…、となりの人は誰だ?。コメットの知り合いか?。

コメットさん☆:あ、いけない…。私の…、故郷での幼なじみで、アルメタルくんっていうの。アルメタルくん、こちらケースケ。私の…、と、友だちだよ。

ケースケ:……。アルメタル…か。…よろしく。

 ケースケは、じろっとアルメタルくんを見ると、手の砂を軽くはらって、その手を差し出した。

アルメタルくん:姫…、いや、コメットさん☆から名前は聞いた。君がケースケか。よろしく。

 アルメタルくんもまた、じっとケースケを見ながら、ケースケが差し出した手をにぎった。そしてつないだ手を振って…、振って…、いつまでも振って、だんだん力を込めた。

ケースケ:うぐぐぐぐ…。

アルメタルくん:くくくくくく…。

 二人の顔が赤くなっていく。

コメットさん☆:ち、ちょっと二人とも、手を離して!。

ケースケ:…くはぁー!。な、なかなか、力強いな、お前。あっはっはー。

アルメタルくん:…ああー、いてー、き、君こそ…。ふははは…。

 コメットさん☆のびっくりした声を合図にして、どちらともなく手を離したが、互いに息が少し荒くなっていた。顔は笑っていても、目は笑っていなかった。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、そんな様子をじっと見ていた。いつになくきびしい表情で…。

ネネちゃん:なんかもう、疲れる二人…。

コメットさん☆:ケースケ、最近試合があるの?。

ケースケ:ええ?。ああ、4月にちょっとした選考会がある。それに向けて調整しているところだけど…。バイトと勉強もしなくちゃならないから、今ひとつ十分な時間が取れないな…。

コメットさん☆:そう…。優勝しないとね!。

ケースケ:ああ。いい成績を積み上げていかないと、世界選手権にまた出られないからな。きっと勝ってみせるさ。

コメットさん☆:ケースケの未来は、世界一のライフセーバー。いつなれそうかな?。

ケースケ:そうだなぁ…。二十歳(はたち)までにはって思っていたけど、来年もう、オレ二十歳なんだよな…。

コメットさん☆:そっかぁ…。もう大人の仲間入りなんだね、ケースケは。

ケースケ:なんか実感わかないけどな。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、何か思い詰めたような目で、じっと黙ってケースケとアルメタルくんを見ていた。さっきからずっと…。

アルメタルくん:……。

 ところがアルメタルくんも、極めて自然に将来の夢の話を語るケースケと、それに応えるコメットさん☆の様子、そして意外にもツヨシくんの表情を見て、ある種の「まぶしさ」と、とまどいを感じていた。アルメタルくんの心には、嫉妬心と明らかに違う感情がわいてきた。

ネネちゃん:アルメタルさん、何かケースケ兄ちゃんに聞かないの?。

アルメタルくん:…えっ?、あ、ああ…。そ、そうだね、ネネちゃん。…あのさ、ケースケ、君はコメットさん☆のことを、どう思っている?。

ケースケ:…はあ?。どうって…。そ、それは…。あ…、あのなぁ、なんで今日初対面のお前に、そんなこと聞かれなきゃいけないんだよ!。

 ケースケは、突然のアルメタルくんの言葉に、言いよどみ、とっさに強い口調で言い返すことで、そのどきまぎをごまかそうとした。

アルメタルくん:聞かれてまずいようなことを思っているの?。

ケースケ:うっ、そ…、そんなことないけどよ…。

アルメタルくん:じゃあ、聞かせてくれてもいいじゃん。

ケースケ:なんだよ、なれなれしいやつだなぁ…。コメット、こいつこんな調子のやつなのか?。

コメットさん☆:うん、そ、そう…かな?。あははっ。

ケースケ:しょうがねぇな…。…どうって、別に友だちだよ。友だちだけど…、特別な友だちってところかな?。その友だちがいなかったら、ぜんぜん力出ないって感じさ。

アルメタルくん:…いなかったら、ぜんぜん力出ない友だち…、…か…。

ケースケ:ああ。コメットの笑顔には、何度もオレ、助けられたっていうか…。コメットの存在が、オレの心の支え…。…なんだ、ちょっと待てよ。えらい恥ずかしいようなこと、本人の前で、いつの間にか言わされてるな、オレ…。

 アルメタルくんは、ケースケの言ったことに、ずしんとした重みを感じていた。一方コメットさん☆は、やはりケースケが「友だち」と、自分のことを表現するのに、わずかな心のうずきを感じた。たとえそれが、アルメタルくんと、その場の空気からの発言であっても…。しかしそのあとの、心の支えという言葉には、胸にわくじんわりとした温かさも感じた。

アルメタルくん:コメットさん☆、そろそろ帰ろうよ。

コメットさん☆:えっ?、アルメタルくん…。

ケースケ:え?、あ、おい…。

 アルメタルくんは、コメットさん☆に笑いかけると、みんなの前に立って歩き始めた。ところが…。

アルメタルくん:…帰り道どっちー!?。

ネネちゃん:あーあ…。あれじゃあね…。

コメットさん☆:…ア、アルメタルくん…。帰り道は、そこの階段の方だよ。私といっしょに帰らないと、家まで帰れないでしょ?。

アルメタルくん:そうだったぁー。

 アルメタルくんは、さっきまでのお調子者に戻っていた。

コメットさん☆:じゃあ、ケースケまたね。トレーニングがんばって。

ケースケ:あ、ああ。サンキュ…。そ、それはそれだけど…、そのアルメタルっていうのは、なんなんだよ…。

コメットさん☆:さっきも言ったでしょ。私の幼なじみ。

ケースケ:…ふふっ。そうか。しょうがねぇ幼なじみだな…。でも、なんかちょっと気に入った。アルメタル、また会おうぜ。

 ケースケは苦笑いを浮かべつつ言った。それにアルメタルくんは、手を挙げて応えた。コメットさん☆は、みんなを連れて、ケースケに手を振ると、駐車場に沿った国道に上がる階段をのぼった。

 

 国道から家に帰る道は、長く続く坂である。コメットさん☆が星のトンネルで帰ろうと言うと、アルメタルくんは、それを断った。

アルメタルくん:姫さまの、いつもあの海岸から帰る道を、ぼくも歩いてみたいから…。

コメットさん☆:そっか…。このあたりは、普通の住宅街なんだよ。でもね、お母様が昔住んでいた、世田谷っていうところは、もっと狭い感じだったなぁ…。

アルメタルくん:王妃さま?。王妃さまも、地球で恋人見つけたのかなぁ…。

コメットさん☆:さ、さあ?…。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

 ツヨシくんが、ふいにコメットさん☆へ、手を伸ばした。コメットさん☆は、それが、手をつないで欲しいのだとすぐにわかって、そっといつものように、ツヨシくんの手を取った。ツヨシくんは、ようやくにこっと微笑んだ。つられてコメットさん☆も微笑む。

ネネちゃん:ラバボー、今日のツヨシくん、なんか変。

ラバボー:やっぱり姫さまのこと、大事なんだボ、ツヨシくんは。

ネネちゃん:うん。恋人だもんね、コメットさん☆はツヨシくんにとって。はあ、いいなぁ。私恋人いないもん。

ラバボー:もっと大きくなれば、そのうち出来るボ。ボーにだって、出来たボ。

ネネちゃん:そうかなぁ。そうだといいけど…。

 ネネちゃんとラバボーは、コメットさん☆とアルメタルくん、ツヨシくんから少し距離を置いて歩いた。ネネちゃんは、ラバボーを抱きかかえるようにして。そしてヒソヒソと話をした。

アルメタルくん:姫さま、姫さまは、地球でかがやき探しをしているって聞いたけど…。見つかった?。

コメットさん☆:たくさん見つかったよ。まだまだ探している…。そんな感じだけど…。

アルメタルくん:恋人も、かがやきの一つ?。

コメットさん☆:えっ!?。こ、恋人?。

 コメットさん☆は、ドキッとした。

アルメタルくん:恋人探しも、かがやき探しの一つかなぁって思って…。

コメットさん☆:そ、そんなつもりじゃないけど…。

 コメットさん☆は、「でも、どうなんだろう…」と、自分でもすぐに答えを出せない気持ちになった。自分のことを好きだと言うアルメタルくんに、どう答えたらいいのか、心は乱れ、迷った。一方そう言ったアルメタルくんは、なんだか落ち着いた気分になっていた。そしてコメットさん☆がケースケに、自分が星ビトであることを明かさない別の理由に、何となく気付いた気がしていた。アルメタルくんは、心の中でつぶやいた。

アルメタルくん:(姫さまのこと、ぼくは今でも好き…。だけど、なんだかぼくは、姫さまの王子さまにはなれないや…。そこにいるツヨシくんや、ケースケというあの男のほうが、姫さまのことをずっとよく知っている…。くやしいけど、それは事実だよな…。姫さまの続けているかがやき探し。いつ終わらせるつもりなのか、ぼくにはわからないけど、姫さまのことがぼく好きだから。好きだからこそ、姫さまたちみんなのじゃまは、ぼくには出来ない…。それに…、ケースケの未来の夢に向かう道を、姫さまは変えられないって、思っているんだね…。)

 アルメタルくんは、にこっとしながら、コメットさん☆のことをじっと見た。コメットさん☆は、不思議に思ってアルメタルくんに尋ねた。

コメットさん☆:アルメタルくん、どうしたの?。何か面白い?。

アルメタルくん:いいえ、姫さま。姫さまはかわいいなって思って。

コメットさん☆:ええっ?。そ、そんな恥ずかしいよ…。

ツヨシくん:コメットさん☆は、ずっとかわいいの。アルメタル兄ちゃん知らないでしょ?。

アルメタルくん:ツヨシくんは、姫さまのかわいさをよく知っているんだね…。

ツヨシくん:え?。う、うん。だって毎日いっしょに生活してるもん。

 ツヨシくんは、アルメタルくんの思わぬ反応に、少しあわてたような答えを返した。

ネネちゃん:ラバボー、あれはまるで…。

ラバボー:ヒゲじいさんが聞いたら、知ってるくせに卒倒するボ…。

ネネちゃん:卒倒どころじゃないんじゃない?。ラバボーだって、何言われるかわからないよ?。

ラバボー:そ、そうだボ。ボーは…。うわぁ、想像するだけで怖いボ…。ネネちゃん、ボーとネネちゃんの秘密だボ。

ネネちゃん:しょうがないなぁ、ラバボー。

 相変わらずネネちゃんとラバボーは、後ろからヒソヒソと、秘密の会話を続けていた。

 

 15分ほど歩いて、コメットさん☆とアルメタルくん、ツヨシくんとネネちゃんにラバボーは、ようやく家に帰ってきた。ちょうど3時のおやつの時間だったので、みんなでお菓子を食べてから、コメットさん☆とアルメタルくんは、ウッドデッキのところに出た。コメットさん☆は、アルメタルくんに、はっきり告げるべきことがあると思っていた。

 ウッドデッキでは、弱い南風が吹いていた。もう春が目の前なのは、その風が教えてくれていた。春一番が吹くのも、もうすぐだろう。コメットさん☆は、その南風を顔に受けながら、遠くの海を見ていた。いや、目は海の光をとらえていたが、コメットさん☆の視野には、海は入っていなかったと言うべきか。それほどコメットさん☆は、じっと考えていた。

 ツヨシくんは、そっと玄関から出ると、前庭に回る角のところから、コメットさん☆とアルメタルくんの様子をうかがった。なんだかこそこそしているみたいで、子ども心にも気が引けたが、そうしないではいられなかった。

ツヨシくん:ぼく、コメットさん☆が心配…。

 ツヨシくんは、ひとりごとをつぶやいてみた。

コメットさん☆:…あのね、アルメタルくん。私…。

 コメットさん☆は、真剣な顔で、遠くの海の方から、後ろにいるアルメタルくんの方に向き直った。

アルメタルくん:なあに?、姫さま。

コメットさん☆:アルメタルくんには、はっきり言っておかないといけないよね…。私ね、今は…。

アルメタルくん:いいんだよ、姫さま。わかってる…。

コメットさん☆:えっ…。アルメタルくん…。

アルメタルくん:わかっているよ。姫さまが、今はぼくのことよりも、好きな人がいる…。そういうことだよね…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、少しうつむいた。コメットさん☆がどんなつもりで、アルメタルくんを、このウッドデッキのところに呼んだのか、もう既に彼は知っていたのだ。

アルメタルくん:…姫さまがお世話になっているこの家の、景太朗パパさんはいい人だね。沙也加ママさんも…。姫さまは、もっといろんな我慢を、させられているんじゃないか…、いやな目にあっているんじゃないか…。それなら、ぼくが星国に呼び戻そう…。そう心配していたときも、あったんだ…。星ビトみんな心配していたし…。

コメットさん☆:…アルメタルくん…。そんなに心配を…。でも、そんないやな目になんて、一度もあったことはないよ。大丈夫。みんないい人だよ。あのプラネット王子だって…。

アルメタルくん:…今日の様子だと、そうみたいだね…。安心した。姫さまが、この星に住んでいることが、楽しい、うれしいって思っているなら。

コメットさん☆:…楽しいよ。毎日。悲しいこともたまにはあるよ。でも、それだって、きっといつかは思い出…。

アルメタルくん:うん。そうだね、姫さま。…ぼく、帰るよ、星国に。突然押し掛けて来て、ごめんね…。今日は楽しかった…。

コメットさん☆:アルメタルくん…。そ…、その…。いいんだよ…。

アルメタルくん:景太朗パパさんと沙也加ママさんには失礼するけど、よろしく言っておいて。じゃあ姫さま、またね。星国で何かあるときには、帰ってきてよ。絶対だよ。じゃ…。

 アルメタルくんは、そう言い残すと、ウッドデッキを降り、そのままツヨシくんの脇を抜けるようにして、足早に門のところに向かおうとした。そして、ツヨシくんに気付いて振り返ると、ツヨシくんにそっと手を挙げ、それから、ウッドデッキの上で、アルメタルくんを追うように、2〜3歩歩き出したコメットさん☆にも手を振ると、門を開けて走って行ってしまった。

コメットさん☆:アルメタルくん!。ま、待って…。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃーん、どうしたの!?。

 コメットさん☆とツヨシくんの声を背に、アルメタルくんは、とうとう見えないところまで走り去ってしまったのである。

 コメットさん☆は、アルメタルくんを傷つけたと思い、とても悪いことをした気持ちになった。しかし同時に、コメットさん☆は、沙也加ママさんが言った、言葉を思い出していた。

(沙也加ママさん:コメットさん☆がよく行くところを見せてあげれば?。アルメタルくんも、何か得るものがあるかもしれない…。)

 その言葉の意味を、今理解できた気がした。

コメットさん☆:(沙也加ママの言っていたことは、こういうことだったんだ…。アルメタルくんがわかってくれるだろうって…。)

 しかしふと、アルメタルくんが帰ると言っても、帰るための星のトレインを、ここに呼んでないことに気付いた。いったいどうやって帰るというのだろう?。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん、アルメタルくんは星のトレインで来たんだから、帰りの星のトレインを呼んであげないと…。

ツヨシくん:そうだ!。じゃコメットさん☆、急いで探そうよ。まだその辺にいるはずだよ。

コメットさん☆:うん。

 コメットさん☆は頷くと、ツヨシくんといっしょにあたりを探した。

コメットさん☆:アルメタルくーん!。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃーん!。

 何度も大声で呼んだが、返事はなかった。コメットさん☆とツヨシくんは、近くのバスロータリーのところまで行ってみた。時刻表を見ると、ちょうど鎌倉駅行きのバスが出たところのようであった。バス停に人影もない。

コメットさん☆:バスに乗ったのかなぁ…。でも、そんなはずは…。あ、海岸に星のトレイン呼ぶのかな?。

ツヨシくん:江ノ電の線路に?。

コメットさん☆:うん。それくらいしか考えられないもの…。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃん、星力使えるの?。

コメットさん☆:星国でためてきていれば、使えると思うけど…。…ここにこうしていても仕方ないから、一度おうちに戻ろ。それで景太朗パパに相談しよ。

ツヨシくん:うん、わかった。そうしよう、コメットさん☆。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、仕方なくあたりを見回しながら、家への道を戻った。その道すがら、ツヨシくんが口を開いた。

ツヨシくん:アルメタル兄ちゃんって、意外といい人だったね。

 コメットさん☆は、意外なツヨシくんの言葉に、少しびっくりした。

コメットさん☆:……。…そうだね…。ツヨシくん、やさしいんだね…。

ツヨシくん:そんなことないよ。ぼくコメットさん☆が大事。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの言葉に、今度は少しドキドキした。ツヨシくんは、またそっとコメットさん☆の手をにぎった。コメットさん☆も、手をツヨシくんにまかせた。

 ややあって、コメットさん☆とツヨシくんは、家の門を開け、中のスロープを上がって、玄関のところまで来た。そして「ただいまー」と声をかけるかかけないかのところで、突然ティンクルホンが鳴った。もしやアルメタルくんかも、と思って、すぐにコメットさん☆は電話に出た。とっさにスピーカーホンにする。

メテオさん:コメットォー!。ち、ちょっと誰なのよったら、誰なのよー。アーーー、こ、このアルメタ…。ちょっ…、きゃーーー、いやーーー。来ないでぇーー。…ぐえ…、…ち、ちょっとぉ!、おなかに抱きつくなったら、抱きつくなぁーーーー!。

コメットさん☆:メ、メテオさん、大丈夫!?。

 どうやら、アルメタルくんは、メテオさんの家に姿をあらわしたらしい。スピーカーホンで筒抜けのさわぎを聞いて、コメットさん☆は、ツヨシくんと顔を見合わせた。

アルメタルくん:メテオさま、ちょっと電話貸してください。…あ、姫さま?。ぼく、メテオさまにちょっとお目通り願ったんですが、そうしたら…、その…、メテオさまが好きになってしまいましたー!。

コメットさん☆:…ア…、アル…メタル…くん…。

 コメットさん☆は、うっかりティンクルホンを取り落としそうになった…。

 

 長い一日だったようなその日の夜、コメットさん☆は、リビングの暖炉の前で、景太朗パパさんと静かなひとときを過ごしていた。沙也加ママさんとネネちゃん、ツヨシくんはお風呂に入っている。

コメットさん☆:アルメタルくんが、景太朗パパと沙也加ママのこと、いい人だって言っていました。

景太朗パパさん:そう?。何かぼくいいことしたのかなぁ?。あっはっはっは…。それほどのことを言ったわけじゃないと思うんだけど…。…まあ、今日一日の騒動を聞いていると、なんだか彼にも、寂しいと思うことがあったんじゃないのかな。人は、そんなに強くも、また弱くもないからね…。

コメットさん☆:そうですよね…。

景太朗パパさん:でもね、『愛とは、自分よりも他の存在を、優先する心である』っていう言葉があるんだな。誰が言ったのか、ちょっと忘れちゃったけど…。アルメタルくんは、身をもってそれを示したのかもしれないね。

コメットさん☆:えっ!?。愛とは、自分より他の存在を優先する心…。

景太朗パパさん:愛は、恋よりも大きいものさ。愛してなかったら、恋なんてできない。つまり、アルメタルくんは、君の想いの方を、自分の想いよりも優先した。そういうことなんじゃないかなぁ…。好きだからこそね。

コメットさん☆:そ、それは…。

 コメットさん☆は、雷に打たれたような気分になった。いや、雷に打たれたことはないのだが。それほどのショックとでも言おうか…。

 眠るためにベッドに入ったコメットさん☆は、眠れないでいた。ラバボーはもう、さっさと夢の中である。「愛とは、自分よりも他の存在を優先する心」。その言葉が、頭の中を巡っていた。「愛してなかったら、恋なんてできない」。それも…。だとすれば、コメットさん☆を「愛」しているのは…?。コメットさん☆のぱっちり見開いた目には、青い月明かりと、遠くの星がまたたいているのが映っていた…。

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★第190話:ひなまつりのお楽しみ会−−(2005年2月下旬放送)

 テレビでは、正月からひな人形のコマーシャルが多く流れる。今冬も間もなく終わり。ネネちゃんは毎年この時期になると、何となくそわそわしていた。小学校に上がってから、お友だちのひな人形飾りを前にした、「お楽しみ会」というお呼ばれに行くことが何度かあったのだ。しかし、藤吉家では、ここ数年ひな人形を飾っていなかった。

 ネネちゃんが、そんなある日の夕方、寂しそうに言った。リビングでは、まだ暖炉が燃えている。そういえばもう1週間くらいで、3月3日、桃の節句。ひなまつりの日だ。

ネネちゃん:コメットさん☆、おひなさま飾りたいね…。

コメットさん☆:おひなさま?。おひなさまって…、ああ、あのよくテレビでやっている、段々になったところに、男の人と女の人、それにいろいろなものを飾るんだよね?。前にうちでも…、私が星国に帰って、しばらくしてまたここのおうちにお世話になりに来たころ、飾ってあったよね。

ネネちゃん:うん、そう。コメットさん☆が、星国に帰っちゃって、ツヨシくんと私、寂しくて泣いてたら、ママが飾ってくれたの。…でも、最近ママ出してくれないよ…。

コメットさん☆:そうなんだ…。ごめんね、あの時は…。

 コメットさん☆は、やっぱりツヨシくんとネネちゃんを泣かせていたのかと思い、心が痛んだ。

コメットさん☆:じゃあ、沙也加ママに聞いてみようか。どうしておひなさま飾ってくれないのか…、ね?。

ネネちゃん:うん…。

 沙也加ママさんは、仕入れに行っていて、留守にしていた。あまり売れない「HONNO KIMOCHI YA」だが、たまには仕入れや、持ち込まれる商品の整理もしなくてはならない。

コメットさん☆:ネネちゃん、今日は沙也加ママ夕方になれば帰ってくるよ。帰ってきたら、一番に聞こうね。

ネネちゃん:うん。そうして、コメットさん☆。

ツヨシくん:なになに?、なんの話?。

 ツヨシくんが、向こうの部屋からやって来て聞いた。

コメットさん☆:おひなさまの話だよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:あっ、おひなさま大好き。だってお菓子食べられるんだもん。

コメットさん☆:あはっ、ツヨシくん、お菓子が目当てかな。

ツヨシくん:まあね。だって、お人形きれいでしょって言われても、ぼくよくわかんないもん。

コメットさん☆:そんなこと、いつ言われたの?。

ツヨシくん:お楽しみ会だよ。クラスの女子が、来てって。

コメットさん☆:ふぅん。そんなことあるんだ、ツヨシくん。

ネネちゃん:ツヨシくん、いけないんだよ。ほかの人好きになっちゃ。

ツヨシくん:えっ、べ…、別に好きになってないよ。ぼく…、ずっとコメットさん☆のことが好きだもん。

コメットさん☆:うふっ。ツヨシくん、学校じゃもてるのかなぁ?。

ネネちゃん:麻衣ちゃんにはね…。

ツヨシくん:ネネ!、関係ないの!。麻衣ちゃんは!。

ネネちゃん:でも、去年も麻衣ちゃんちへ、ツヨシくん行って、お菓子食べてきたんだよ?。

コメットさん☆:麻衣ちゃんやさしいの?、ツヨシくん。チューショットされない?。

 コメットさん☆は、にこにこしながら聞く。

ツヨシくん:さ…、されないよ…。させないもん…。

コメットさん☆:ふふっ…。ツヨシくん、かわいい…。

 少し赤くなって、恥ずかしそうにするツヨシくんを見て、コメットさん☆は、ツヨシくんのことをかわいいなと思った。ツヨシくんは、時に大人びたことを言う。それはたいてい、自分に対して「好き」というとき…。それでもコメットさん☆は、ツヨシくんのことを、どこかではかわいい弟のように、またどこかでは、小さな恋人のように思っている。ツヨシくんには、特別なかがやきがあるものだから…。

 

 しばらくたつと、沙也加ママさんが帰ってきた。両手に荷物を抱えながら。

沙也加ママさん:ただいまー。ああ重い…。やっとうちに着いたわ。ちょっと車から荷物降ろすの手伝ってくれないかな…?。

ツヨシくん:ママおかえりー。いいよー。

景太朗パパさん:おっ、ママおかえり。いろいろ仕入れてきたね。食事の支度、簡単にはやっておいたよ。どれ、ぼくも手伝うか。

沙也加ママさん:あらパパありがとう。ただいま。ちょっとお願いね、荷物降ろすの。

コメットさん☆:沙也加ママおかえりなさい。私も手伝います。仕入れ大変でした?。

沙也加ママさん:あ、悪いけどお願いね。仕入れはまあそうでもなかったわ。いつものことだし。…あれ、ネネは?。

コメットさん☆:あ…、それが…。

 ネネちゃんは一人リビングで、テレビを見ていた。独特の「雛のつるし飾り」を飾った、伊豆稲取のひな祭りの様子を、テレビで放送していたのだ。それは一足早いひな祭り。コメットさん☆は、玄関からリビングまでの廊下で、ネネちゃんの様子を簡単に沙也加ママさんに説明した。

コメットさん☆:…それで、沙也加ママ、どうしておひなさま飾らないんですか?。

沙也加ママさん:…それがね、お人形の着物が、虫に喰われちゃったりして、傷んじゃったのよ。もともと古いもので、私が母からもらったものだったの。だから全体に古びていたし…。傷んだお人形の衣装、ネネやツヨシが見たら、気にするかもって思ったのもあるわ。それと本当は…。…ううん、なんでもないわ…。

コメットさん☆:…そうなんですか…。…あれ、沙也加ママ、ほかにも理由が?。

沙也加ママさん:ううん、いいの。…そうねぇ…、うちにはコメットさん☆もいるんだし、古びた人形でもよければ、飾ってみる?。あー、やっぱりちょっと無理かなぁ…。ぼんぼりのかたっぽとか、細かい小物も汚れたり、傷んだりしているのよねぇ…。

コメットさん☆:…沙也加ママ、それでも飾るのだめですか?。

ネネちゃん:ネネちゃんも見たい。おひなさま…。

 いつの間にかネネちゃんがそばに来ていた。

沙也加ママさん:だめなんてことないわ。そう。じゃあ、ちょっと傷んでるけど、久しぶりに飾りましょ。あ、それならちょうどいい…。今日ね、仕入れに行った先で、いいもの買ってきたの。お店の分以外に、私が買っちゃったわ。

景太朗パパさん:あれ、ママ、自分のもの買ったの?。あはははは…、それじゃ、仕入れじゃないじゃないか。

 沙也加ママさんの声を聞いた景太朗パパさんも、リビングにやって来た。

沙也加ママさん:そうね。ふふっ。そうなんだけど…、雛のつるし飾りっていう、珍しい下げるおひなさま飾りの一種よ。つるしびなとも言うんだって。

 沙也加ママさんは、そう言うと、持ってきた大きな紙袋から、雛のつるし飾りを取り出して、手で持って下げてみた。

沙也加ママさん:ほら、きれいでしょ。どう?。

ネネちゃん:わーあ、テレビでやってたのと同じだぁー。

コメットさん☆:わはっ、きれいですね。いろいろな色と形が楽しい…。

沙也加ママさん:あら、これテレビで映してたの?。そうね…、伊豆に旅行したとき、伊豆稲取って駅を通ったの、覚えてないかな?。そこで江戸時代から続く伝統的なひなまつりの飾りなんですって。ちょっとこれ下げてみましょうよ。どこに飾ろうかな…。

景太朗パパさん:伊豆稲取かぁ…。そういえば聞いたことあるね。

コメットさん☆:伊豆稲取って…、伊豆の旅行の時通ったんでしたっけ…。

沙也加ママさん:そう。下田の少し手前よ。本当はひな人形の左右に、1対、つまり2つ下げるんですって。稲取から、鎌倉に引っ越して来たおばあちゃんの手作りよ、これ。

景太朗パパさん:へえ、そうなんだ。お店に置くの?、ママ。

沙也加ママさん:そうね。3つあったから、2つはお店に置いてみようかしら…。もし売れなかったら、うちのにしよう。

ネネちゃん:ママ、早く飾ってみようよ。

景太朗パパさん:やれやれ。この調子だから、あんまりお店は繁盛しないよね。

コメットさん☆:ふふふ…。

沙也加ママさん:もう、パパったら。

 沙也加ママさんが、ちょっと苦笑いをしながら答えた。

 

 景太朗パパさんと、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん、それに沙也加ママさんは、みんないっしょになって、ひな人形を飾ることにした。場所はリビングだと、人形たちが日に焼けてよけいに傷むかもと考えて、リビングのとなりの和室ということになった。廊下と平行に、段をしつらえる。

景太朗パパさん:段はこんな感じでいいかなぁ?。

沙也加ママさん:いいわ。つるしびな、1つしか、今のところうちのはないから、向かって左側に下げましょ。本当は左右一対なんだけど…。

景太朗パパさん:じゃあ、鴨居のところに棒を渡して、それに下げよう。ツヨシ、適当な棒はないか、ガレージ見てきて。

ツヨシくん:了解パパ。長さどのくらい?。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。斜めに渡すから…、2メートル位のがあれば、そんなので。もし玄関から入れにくければ、パパを呼んで。

ツヨシくん:はーい。わかったぁ。

コメットさん☆:じゃあ、私も行きます。2メートルじゃずいぶん長いですよね。

景太朗パパさん:ああ、コメットさん☆、頼むよ。

沙也加ママさん:あー、ほら、お人形の衣装、こんな具合なのよ…。

ネネちゃん:わあ、ひな人形さんかわいそう…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんと部屋を出て、ガレージに細い角材を取りに行こうとしたとき、ちょうど沙也加ママさんとネネちゃんが、お人形を取り出したところだった。コメットさん☆は、立ち止まって、傷んだ衣装のひな人形を見た。

ツヨシくん:コメットさん☆、早く行こうよ。ちょっと寒いよ。

コメットさん☆:あ、…う、うん。

 

 コメットさん☆が、ツヨシくんと角材を取って、戻ってきてみると、ひな人形は、赤い布をかけられた段の上に、少しずつ並べられていた。二人の親王はいずれもそろっている。しかし、衣装の汚れと、部分的なほつれや、何かにかじられたような傷は、隠しようもない状態だった。

景太朗パパさん:よっと。鴨居に角材をつけたよ。軽く釘で留めたから、これで落ちないはずだよ、ママ。

沙也加ママさん:ありがと、パパ。じゃあ、このつるしびなを下げるわね。ああ、やっぱり…、つるしびなに比べると、ひな人形の傷みが目立つわね…。

ネネちゃん:麻衣ちゃんちのは、こんなに傷んでなかった…。うちのかわいそう…。

ツヨシくん:ネネ、他のと比べないの!。

景太朗パパさん:おっ、ツヨシ、なかなか大人っぽいこと言うなあ。ははははは…。まあでも、ネネの「かわいそう」っていうのも、わかるなぁ…。

 そんなやりとりと、人形の衣装の傷みを見て、コメットさん☆は、何とかならないかと黙って考えていた。沙也加ママさんも、おし黙って人形の箱を手にしていた。

 やがて、全ての飾り付けが終わって、段飾りを見てみたが…。

景太朗パパさん:うーん、やっぱりところどころ、見た目がきびしい状態のものがあるね…、三人官女の衣装とか…。ぼんぼりも片方壊れているんだった…。箪笥やお膳、高杯なんかも、ちょこちょこと壊れているところがあるな…。

沙也加ママさん:仕方ないわよ。何しろ古いものだから…。

ネネちゃん:きれい…。きれいだけど…。

沙也加ママさん:…何しろ物置にしまいっぱなしだったから…。

景太朗パパさん:まあ、過ぎたことはしょうがない。ネネ、ほら、その下がっている飾りはどうだい?。ママが買ってきたやつ。

ネネちゃん:うん。きれい。いろいろなのが下がっているね。これは何?。

景太朗パパさん:その魚かい?。それは…、たぶんキンメダイだろう。

ネネちゃん:これは?。

景太朗パパさん:それは、柿…かな?。

ネネちゃん:この赤ちゃんみたいなのは?。

景太朗パパさん:それか。それは…。えーと、ママ、なんだろう。そろそろわからないんだけど…。

沙也加ママさん:えーとね、それはハイハイする赤ちゃんですって。

ツヨシくん:コメットさん☆、星力で、直せないの?、ひな人形とか。

コメットさん☆:うん。私も考えてた…。よっぽど壊れているものは、別な星ビトを呼ばないとだめかもしれないけど、お人形の衣装なら、縫いビトに直してもらお。

沙也加ママさん:えっ、コメットさん☆、直せるの?。

 沙也加ママさんが、ツヨシくんとしゃべっているコメットさん☆の言葉を聞いて、尋ねた。

コメットさん☆:はい。お人形の衣装、小さくて難しいかもしれませんが、私の衣装を縫ってくれたりする、縫いビトという星ビトに頼んでみます。

沙也加ママさん:縫いビトさん…。ああ、前に教えてくれた縫い物の得意な星ビトさんね。星ビトさんはコメットさん☆のためだけにって…、思っていたけど…。…でも、もし出来るのなら…、…悪いけど、お願いしちゃってもいいかな…。コメットさん☆…。

ネネちゃん:私からもお願い。

ツヨシくん:じゃあ、ぼくからもお願い。

景太朗パパさん:それならぼくも。頼むよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:はいっ。じゃ…。

 コメットさん☆はバトンを取り出すと、高く掲げ、声をあげた。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、来て!。

 するとバトンから、勢いよく3人の縫いビトたちが飛びだした。

縫いビト赤:姫さまー。

縫いビト青:お呼びですのー?。

縫いビト緑:何でもヌイヌイしますのー。

景太朗パパさん:あっ!!。

沙也加ママさん:な…、何?。

コメットさん☆:縫いビトさん、ちょっとごあいさつ。私の手のひらに載って。

縫いビト赤:はいですのー。

縫いビト緑:なんですのー。あらっ。

縫いビト青:姫さまのお世話になっているおうちの方ですね。

コメットさん☆:沙也加ママ、景太朗パパ、お見せするのははじめてですけど…、この3人が、縫いビトと言って、私たちにいろいろ縫ってくれる星ビトです。こんな小さい星ビトなんですけど、私にドレスや、メテオさんに和服を縫ってくれたりしもしました。

沙也加ママさん:ええっ…。わ、和服を縫うの?。

 コメットさん☆は、びっくりしている沙也加ママさんの手のひらに、そっと3人の縫いビトを載せた。沙也加ママさんは、そうっと縫いビトを載せた自分の手のひらをのぞき込んだ…。羽が生えていて、身長は8センチくらい。ワンピースにエプロン、よく見ればフレアパンツがすそからのぞく独特の衣装をつけた縫いビトたち。それぞれの手には、縫い物を象徴するものを、3人とも持っている。その姿は、まるで妖精のようでもある。

縫いビト赤:沙也加さんですね。いつも姫さまからお名前はお聞きしています。

縫いビト青:何でも縫いますよ。

沙也加ママさん:よ、よろしくね、縫いビトさんたち…。本当に何でも縫えるのね…。

 沙也加ママさんは、自分の手のひらに、実際縫いビトを載せているにもかかわらず、身長が10センチもないような縫いビトたちが、縫いものをやすやすとこなすとは思えなかった。

縫いビト緑:信じられませんか?。

沙也加ママさん:あ、…いいえ、そ、そんなことないけど…。とてもびっくり…。妖精さんのようね…。あなたたち…。

コメットさん☆:縫いビトが縫うものには、特別な星力が込められているんです。だから、たぶん長い間傷まない衣装も縫ってくれますよ、沙也加ママ。それに、ネネちゃん。

ネネちゃん:縫いビトさん、お願いだよ。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、あのお人形さんたちの衣装、直してあげて。傷んだ衣装を着たお人形さんが、悲しがっているよ。

 コメットさん☆は、段飾りのほうを振り返ると、指をさして言った。

縫いビト赤:お人形の衣装ですかー?。ちょっと小さいですけどー。

縫いビト緑:おやすいごようですー。

縫いビト青:姫さま、沙也加さん、ネネちゃん、それに景太朗パパさんとツヨシくん、少し待っていてくださいねー。

沙也加ママさん:あっ…。

 縫いビトたちは、いっせいに沙也加ママさんの手のひらを飛び立つと、非常に高速で、7段に飾られた親王、三人官女、五人囃子、左大臣、右大臣、仕丁(じちょう)たちのまわりを、ぐるぐると回りだした。

景太朗パパさん:ぬ…、縫いビトさんたちの動き、相当速いな。目では追えない…。

ツヨシくん:うわー、すげー…。

ネネちゃん:縫いビトさん、すごいすごーい。がんばってー。

 

 数分が過ぎたとき、みんなの目前の7段飾りは、昔作られたときに戻ったかのようなかがやきを放つ、美しさを取り戻していた。

沙也加ママさん:はぁーーー。ま、まるで、新品の衣装みたい…。

景太朗パパさん:まるで、びっくりだな…。

 沙也加ママさんは、思わずため息をつくように言った。景太朗パパさんも、驚きを隠せない。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、いつも上手。

ネネちゃん:お人形、きれいになったぁ!。

ツヨシくん:すげー、縫いビトさん、どうやったの?。

沙也加ママさん:縫いビトさん…。うっうっ…。あ、ありがとう…。コメットさん☆も…。…ぐすっ…。

景太朗パパさん:ママ、どうしたんだい?。感激しちゃったかな?。

 景太朗パパさんは、感極まって泣く沙也加ママさんを、そっと胸に抱いた。

ツヨくん:わあ、パパとママ、ラブラブ…。

コメットさん☆:…ツ、ツヨシくんったら…。沙也加ママ、大丈夫ですか?。

ネネちゃん:ママ、泣いちゃだめだよ。どうしたの?。

縫いビト赤:姫さま、何か私たち、いけなかったんでしょうか?。

沙也加ママさん:…ち、ちがうのよ、縫いビトさんたち…。…ごめんね、昔のことちょっと思い出しちゃって…。ちょっと泣けちゃった。

縫いビト青:そうですかー?。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

沙也加ママさん:ごめんね…。私、とてもこのお人形さんたち、大事にしていたの。私のお母さんからもらったのに…。もう古いものだったから、だんだん傷んでいくのを見るのが悲しくて、いつからかもう出さないようにしちゃってた…。そのうちに結婚して…。もう物置に…。

景太朗パパさん:…そんなこと思っていたの?、ママ…。そうだったのか…。

沙也加ママさん:お人形が傷ついたままなのが、かわいそうで…。毎年そういうことを思い出したくない…。だからほとんど飾ってこなかった…。ごめんね、ネネ、それにコメットさん☆…。

ネネちゃん:……ママもかわいそうだよぅ…。

コメットさん☆:あ…、いいえ…。…あの…、沙也加ママ…。そんなことが…。

沙也加ママさん:でも…、コメットさん☆、それに縫いビトさんたちありがとう!。これで、毎年出せるわ。ひな人形。

 沙也加ママさんは、涙をそっと指でぬぐうと、明るい顔になって言った。

沙也加ママさん:私もばかよね。どんどん修理に出すなり、コメットさん☆に相談すればよかったのに…。そのせいで、ネネやコメットさん☆に飾ってあげなかったなんて…。大事なおまつりなのに…。

コメットさん☆:…それでも、沙也加ママは、私が星国に帰ってしまった3年前、ネネちゃんとツヨシくんのために、このお人形さんたち、飾ってくれたんですね…。

沙也加ママさん:えっ、ネネやツヨシから聞いたの?。まあ!…。

コメットさん☆:私もごめんなさい…。沙也加ママに…。

沙也加ママさん:そ、そんなコメットさん☆、謝らないで。自分の想いより、いつも子どものことを考えるようじゃなきゃ、親失格よね…。…本当にありがとう、縫いビトさんたち。

縫いビト青:そんなー。

縫いビト赤:私たち、いつでもヌイヌイ。

縫いビト緑:しちゃいますのー。どんなものでも、言ってみてくださいねー。

コメットさん☆:縫いビトさん、いつもありがとう…。

縫いビト赤:姫さま、おやすいご用ですのよー。

ネネちゃん:きれーい。ネネちゃんうれしいっ。縫いビトさん、ありがとうー。

景太朗パパさん:あっ…。

沙也加ママさん:どうしたの?パパ…。

景太朗パパさん:壊れていたぼんぼり…、糸を巻いて補修された上に、ちゃんと漆が塗られている…。縫いビトさんたちは、衣装を縫うだけじゃないんだ…。すごいな…。

沙也加ママさん:ほんとう?…。あら、本当だわ!。

縫いビト緑:出来るだけは直しておきましたよー。

コメットさん☆:わあっ、縫いビトさん、上手だね。本当にありがとう…。

縫いビト赤:この人形飾りは、姫さまやネネちゃんのような女の子の、健やかな成長を願うものだと、王妃さまからお聞きしました。そうですよね?、姫さま。

コメットさん☆:うん。そうだって…。

縫いビト赤:それなら、この飾りを見る全ての人たちのためにー。

縫いビト青:それでは、姫さま。

縫いビト緑:また何かありましたら、なんでもどうぞー。

 縫いビトたちは、思わぬ言葉を語ると、コメットさん☆が、その言葉にびっくりしているうちに、みな光の帯になって、バトンの中に帰っていった。

コメットさん☆:あ、ぬ、縫いビトさんたち…。……いっちゃった…か…。ありがとね、縫いビトさんたち…。いつもお世話になります…。

 コメットさん☆は、少し目を潤ませながら、縫いビトにお礼の言葉を返した。

 あらためて、沙也加ママさんが買ってきたつるしびなも、7段飾りの左側に飾られた。ちょうどいい位置に下げられたそれは、廊下側の障子を開け閉めするような、少しの空気の動きでも、ゆらゆらと揺れる。景太朗パパさんは、みんなを入れて、そんな風景を写真におさめた。

ツヨシくん:今年は、ひな祭りのお楽しみ会、行かないことにしよっと。

ネネちゃん:なんで?。ツヨシくん。

ツヨシくん:だって、コメットさん☆と、それから…ネネと、ママのお祭りだもん!。うちのほうがいいじゃん!。

コメットさん☆:ツヨシくんは、とてもやさしいんだね…。妹思いなんだね。

ツヨシくん:えー?…。そ、そんなことないよ…。コメットさん☆…。

 ツヨシくんは、少し照れながら目線を下に落とした。しかし、すぐにネネちゃんの方に向き直ると…。

ツヨシくん:ネネ、ひなあられある?。

ネネちゃん:もー、ツヨシくんったらぁ!。

景太朗パパさん:あははははは…。わっはっは…。

沙也加ママさん:ふふふふふ…、あははははは…。

コメットさん☆:あははっ…。

 ツヨシくんのがらりと変わった言葉に、みんな大笑いし、その笑い声は、重厚なつくりの和室に響いた。

 

 ネネちゃんは、電話をかけていた。麻衣ちゃん、亜衣ちゃん、万里香ちゃんと賢司くん、パニッくん、源ちゃん…。実はネネちゃんも、本当はうちにお友だちを招いて、お楽しみ会をやりたかったのだ。そんな様子を見ていた沙也加ママさんは、じっと我慢をネネちゃんにさせてしまっていたことに、少なからず責任を感じていた。しかし景太朗パパさんは、沙也加ママさんの肩をそっと抱いた。沙也加ママさんと景太朗パパさん。じっと見つめ合って、目で頷き合った。

沙也加ママさん:さあて、じゃあ、みんなのために、ひなまつりの日はちらし寿司を作ろうかな。コメットさん☆、またまた悪いけど…、手伝ってね。一人じゃ作れないのよ…、ちらし寿司…。

コメットさん☆:ふふふ…。はいっ。よろこんで。

 

 3月3日のひな祭りの日、集まった学校の友だちや、万里香ちゃん、賢司くんたちに、沙也加ママさんは、作ったちらし寿司を振る舞って、ひな祭りのお楽しみ会が始まった。いつにも増して、にぎやかな藤吉家。掘りごたつにみんな足をおろして、ちらし寿司を食べる。

沙也加ママさん:さあみんな、どんどんおかわりしてね。たくさんあるから。

万里香ちゃん:じゃあ、私おかわり…。これおいしいっ。

賢司くん:あ、ぼくもお願いします。

沙也加ママさん:賢司くんは、ずいぶんよそよそしいわね…。ふふふっ…。いいわよ。ほかのみんなはー?。

ネネちゃん:ママ、私もおかわり。おいしいよっ、ちらし寿司。

景太朗パパさん:みんな喜んでくれてるな。ママ、ぼくも…、おかわり。ママの作るちらし寿司、食べるの久しぶりだなぁ…。

沙也加ママさん:はまぐりのお吸い物もあるわよ。みんな遠慮しないでね。

源ちゃん:うまいわ、これ。ぼくもおかわりっ。

パニッくん:フォルテシモおいしいでありますね。ぼくはお吸い物もいただきますです。

麻衣ちゃん:うわー、うちのよりいろいろ入ってるー。おいしー。

亜衣ちゃん:ツヨシくんちのお部屋広くていいなー。ちらし寿司おいしいよー。

 ツヨシくんは、なんとか麻衣ちゃんと亜衣ちゃんの関心が、自分に向きませんように…と、願いながら、なるべくそっちを見ないようにしていた。うっかりチューショットなんかされようものなら、ほかのみんなになんて言われるかわからない。そこで、ツヨシくんはコメットさん☆の座っている戸口に近い方に、自分のお皿と箸、ジュースの瓶とコップを持って、そっと移動した。

ツヨシくん:コメットさん☆、ひなまつりおめでとう。

コメットさん☆:おめでとうって…。ふふふ…、ありがとう、ツヨシくん。

 ツヨシくんは、コメットさん☆にジュースをつぎながら、コメットさん☆のとなりに座った。コメットさん☆は、どうしたのかな?と思いながらも、ほほえみを返した。

ツヨシくん:ネネ、おめでとう。

ネネちゃん:…ツヨシくん、ありがとう…。

ツヨシくん:ママ、おめでとう…。

 ツヨシくんは、戸口の近くに並んで座っていたネネちゃんと、沙也加ママさんにも、ジュースをついだ。

沙也加ママさん:あら、ママにまで?。ふふふふ…。ありがと。じゃいただくわね。ツヨシも元気で大きく成長してね。

ツヨシくん:うん!。

 藤吉家のにぎやかな「ひなまつりのお楽しみ会」は、ゆったりとした時間が流れる。沙也加ママの思いやネネちゃんの思い。それにコメットさん☆やツヨシくん、景太朗パパさんの思い。それぞれの思いは、昔のかがやきを取り戻したひな人形の前で一つになる。ひな人形や雛飾りのかがやきは、古い新しいに関係なく、今みんなの心を照らす。ひな祭りは、女の子の健やかな成長を願う。しかし、ここ藤吉家では、男女も年齢も関係なく、このみんなの元気でうれしそうな、楽しそうな笑顔が、ずっと見られますようにと…。

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※ひな祭りは、本来女の子の健やかな成長と、良縁を願うまつりと言われています。しかし21世紀の現代においては、あらゆる子どもの健やかな成長を願い、あらゆる年齢層の人々が、絆を結ぶようにと願うまつりであっていいのではないか。そのようにも思えます。
※雛のつるし飾りは、国内3ヶ所(稲取、山形、九州)に残る、伝統的文化の一形態です。他の土地でも、類似のものを制作していることがありますが、それらは伝統的なものではないと言われています。現在伊豆稲取地区では、伝統的「雛のつるし飾り」を見ることが出来ます。こちらの画像は、西伊豆松崎プリンスホテル(当時)に飾られたひな人形と、雛のつるし飾りの例です。


★第191話:ツヨシくん事件−−(2005年3月上旬放送)

 冬は行ってしまい、新たな春がやって来た。コメットさん☆にとって、いや、みんなにとって、うきうきするような季節、春。まだまだ寒い日はあるけれど、日が経つにつれて、暖かい日も多くなってくるだろう。ツヨシくんとネネちゃんも、もうすぐ新学年というわけだ。この4月からは、小学3年生ということになる。

 そんな3月上旬の日曜日、沙也加ママさんは、キッチンでちょうどよい容器を探していた。

沙也加ママさん:いまさらあんまり考えてなかったから…。いい容器ないかしら…。

コメットさん☆:あれ?、沙也加ママ、探し物ですか?。

 そこにコメットさん☆が、夕食づくりのの手伝いをしようかとやって来た。

沙也加ママさん:ああ…、コメットさん☆。実はね、そこにあるプリントのように、明日ツヨシとネネの行っている小学校、工事の関係で、給食出せないんですって。

コメットさん☆:…これですか?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんが、キッチンの戸棚を開けて、適当な密閉容器を探しつつ指さした、テーブルの上のプリントを手に取った。

プリント:…給食室の整備工事のため、3月7日は給食がありません。児童には、1日だけお弁当を持たせるようにしてください…。

コメットさん☆:お弁当を持たせるようにしてください…ですか…。

沙也加ママさん:そうなのよ。明日でしょ?。3月7日って言ったら。だから、適当なお弁当箱2つないかしらって思って、探しているんだけど…。あ、あったあった。これならいいかな?。

 沙也加ママさんは、戸棚の奥から、イチゴのイラストがついた密閉容器と、魚のイラストがついた密閉容器を取り出した。

沙也加ママさん:どうかなぁ…。何かにおうかな?。コメットさん☆、におってみて。何かのにおいする?。

 沙也加ママさんは、その容器のフタを開けると、自分で中をにおってみて、それからコメットさん☆にも渡した。

コメットさん☆:ふん…ふん。いいえ、大丈夫だと思いますけど…。

沙也加ママさん:そうね。それじゃあこれにしよう…。だけど…、前の日に作っておくわけにも行かないわね…。どうしようかな…。明日はお店があるし…。唐揚げとかは、今夜のうちにやっておこうかな…。

 沙也加ママさんは、お弁当を作ることはともかく、相当朝忙しくなることを心配した。月曜日はお店を開けなければならないから、早くから起きて、準備が必要だ。

コメットさん☆:…それなら、私がお弁当作りましょうか?。

沙也加ママさん:え?、コメットさん☆が?。あ、そうか…。私が朝食作っている間に、ちょこちょこっと作ってくれれば…。…じゃあお願いしていいかしら?。いつもいろいろ頼んで悪いけど…。

コメットさん☆:いいえ。私お弁当って、あまり何度も作ったことないんで、やってみたいです。あ、星国でお花見の時、作りましたけど…。ツヨシくんもネネちゃんも、喜んでくれたみたい…。今度も喜んでくれるかな?…。

沙也加ママさん:ふふふっ…。ありがと。じゃあお願いね。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆は、さっそくお弁当のおかずを考えた。沙也加ママさんから、「とっさのお弁当」という、妙な表題の本も貸してもらった。今日買ってある食材のメモとともに…。その本のページをめくりながら、そっとリビングのソファーとテーブルで、沙也加ママさんが書いてくれた食材のメモに、作れそうな献立を書き足していった。そこにちょうどネネちゃんがやって来た。ネネちゃんは、コメットさん☆を見ながら、キッチンで夕食の準備を進める沙也加ママさんのところに行った。

ネネちゃん:ママー、明日お弁当なんだけど、覚えている?。大丈夫?。

沙也加ママさん:大丈夫よ。ちゃんと覚えているわよ。忘れていると思ったの?。信用ないんだなぁ…。あ、でも、お弁当は、コメットさん☆が作ってくれるって。

ネネちゃん:えっ!?、コメットさん☆が作ってくれるのー?。わーい。

 ネネちゃんは、それを聞くと、リビングのコメットさん☆のところに行ってしまった。沙也加ママさんは、そんなネネちゃんの言葉で、苦笑いの表情を浮かべた。

沙也加ママさん:やれやれ…。なんだか複雑な気持ちね…。ママよりコメットさん☆のお弁当のほうが、うれしそう…。ま、しょうがないか…。うふふ…。コメットさん☆も、お弁当くらい、やすやすと作れなければ、困るものね…。

 ネネちゃんは、本を見ているコメットさん☆に、後ろから抱きつき、甘えていた。

ネネちゃん:コメットさん☆、お弁当どんなのー?。

コメットさん☆:ネネちゃん、私が作るって、沙也加ママにさっそく聞いたの?。

ネネちゃん:うん。私楽しみー。

コメットさん☆:うふふ…。なーいしょ。まだないしょだよ。でも、一生懸命作るね。一応期待していて。

ネネちゃん:いちおう…?。

コメットさん☆:う、うん…。すこーし心配もあるから…。

ネネちゃん:ふふふふ…。わかったぁ。ツヨシくん、ツヨシくーん!…。

 ネネちゃんは、コメットさん☆の言葉ににっこり笑うと、ツヨシくんを呼びに行ってしまった。

 

 翌日、コメットさん☆は、朝食を作る沙也加ママさんの脇で、お弁当を作っていた。昨日の晩に下ごしらえをした鶏肉を冷蔵庫から出し、天ぷら鍋に油を入れて唐揚げを作る。これは景太朗パパさんの、お昼のおかずにもなるに違いない。そして、今度は沙也加ママが使い終えるのを待ってから、フライパンでウインナーを焼く。ブロッコリーをゆでて、小さい容器にマヨネーズを入れる。パセリを洗う。前の日に作っておいた野菜の煮物を、冷蔵庫から出す…。

沙也加ママさん:わあ、コメットさん☆、ずいぶん豪華なお弁当ね。

コメットさん☆:えっ?、そ、そうですか?。

沙也加ママさん:ずいぶんたくさん唐揚げ出来たわねぇ。ちょっと鶏肉買い過ぎだったかしら…。

コメットさん☆:景太朗パパと私の、お昼にしようかと…。景太朗パパのお口にあえばいいんですけど…。

沙也加ママさん:ああ、そうねぇ。…そういえば、最近パパとお昼食べに出たりしない?。

コメットさん☆:ええ。あまり出ませんね。

 沙也加ママさんとコメットさん☆は、忙しく手を動かしながら話をした。そこに景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:おっ、コメットさん☆、忙しそうだね。ツヨシとネネのお弁当、うまく出来そうかな?。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ、なんとかうまく出来そうです。

景太朗パパさん:そうかー。それはいいね。あ、ママ、この食器とか、テーブルに運んどくね。

沙也加ママさん:あ、パパお願いー。

 景太朗パパさんは、お皿とコップを、キッチンの洗いあげから、ダイニングのテーブルに運ぶと、キッチンにある小さめなテレビをつけ、朝のニュースを見ることにした。そしてコーヒーメーカーと、トースターをセットする。簡単なドリップコーヒーを準備して、カップも出した。

コメットさん☆:…えーと、唐揚げが出来たから、あら熱をさまさないと…。

沙也加ママさん:そこにある、大きめのお皿に紙を敷いて、平らに並べると、お弁当に詰める分は、早くさませるわよ。

コメットさん☆:えっと…、あ、このお皿ですか?。

沙也加ママさん:そうそう。それ。

 コメットさん☆は、唐揚げをさましつつ、いよいよお弁当の容器に詰める。まずごはんをおおまかに入れ、寄せて仕切を入れたあと、おかずを入れていく。面白い形に切ったウインナーを入れ、あら熱を飛ばした唐揚げをいくつか。彩りにパセリを添え、ブロッコリーのゆでたの。野菜の煮物は、アルミ箔で小さなお皿を作って、それに。ごはんには、食紅でピンク色になった鯛田麩(たいでんぶ)で、模様をつけることにした。デザートには、小さめに切ったリンゴ。

コメットさん☆:よーし、だいたいできた…。ごはんの模様、どんなのにしようかな…。

 コメットさん☆は、ピンク色のエプロンをひらひらさせながら、キッチンのあっちこっちを動き回った。そして、ごはんにかける鯛田麩の形を、少し考えてから決めた。

コメットさん☆:うーん、ハートと星形にしようかな。ありきたりだけど…。あ…、そうだ…。

 コメットさん☆は、ふと思いついて、ツヨシくんの分をハート形、ネネちゃんの分を星形にしてみた。

コメットさん☆:…こうすると、ツヨシくん、喜んでくれるかな…。ネネちゃんも…。

 そうつぶやくと、コメットさん☆は、そっと微笑む沙也加ママさんには気付かず、お弁当にフタをした。

コメットさん☆:出来た。出来ました。

沙也加ママさん:まあ、早いわね。きっとツヨシとネネは大喜びよ。

コメットさん☆:そ、そうでしょうか…。そうだといいな…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうにした。

 

ツヨシくん:いってきまーす!。

ネネちゃん:いっきます。コメットさん☆ありがとう。お弁当楽しみ。

ツヨシくん:あ、ぼくもありがとう!。

コメットさん☆:いってらっしゃい。気をつけてね。そんなに楽しみにしてくれるの?。ありがと。感想聞かせてね。

ネネちゃん:うん。コメットさん☆、ママ、行って来るね。

沙也加ママさん:車に気をつけるのよ。

 朝食がすむと、ツヨシくんとネネちゃんは、勢いよく学校へ飛び出していった。もちろん、ランドセルとは別に下げた袋の中に、コメットさん☆の作ったお弁当を入れて。お箸とフォークの入ったケースの、カタカタという音を響かせながら、二人は走って行ってしまった。

沙也加ママさん:さあて、私も支度したら、お店に行こうかな。

景太朗パパさん:あれ、二人とももう行っちゃったのか。ママはお店にもう行くの?。

沙也加ママさん:そうね。もう少ししたら、車で出かけるわ。

景太朗パパさん:そうかー。じゃあぼくも仕事するかな。今日は書類仕上げないと。お昼はどうするかなぁ…。

コメットさん☆:あ、あの、ツヨシくんとネネちゃんのお弁当のおかずにもした唐揚げが…。それだけじゃなくて…。その…、よかったら、景太朗パパも味見してくれませんか?。

景太朗パパさん:あっ、そうか。そうだね。じゃあ遠慮なく、それでごはんをいただこう。

 コメットさん☆は、少しまた恥ずかしそうにして、遠慮がちに景太朗パパさんに言った。味付けはしっかりしたつもりだが、自分の味覚をたよりにしただけだから、ちょっと自信がなかったのだ。

 

 稲村ヶ崎でも、太陽が真上に来て、気温が上がってくると、お昼である。小学校では、「キンコン」とチャイムが鳴り、4時間目の授業も終わりだ。給食係が牛乳だけを運んでくると、みんな待ちかねたお弁当の時間。

先生:みんな、お弁当を持ってきましたか?。

児童全員:はーい!。

先生:じゃあ、お弁当にしましょう。今日はね、知っていると思いますけど、給食室が工事なんですね。だから、今日だけお弁当にしてもらいました。みんな、学校でお弁当ははじめてかな?。では、いただきましょう。

給食係:いただきます。

児童全員:いただきます!。

 小学校では、よく見られる光景だ。ただし、机の上にみんな広げているのは、いつもの給食のトレーではないということが、異なっていた。それぞれ思い思いの布の袋や、大きめのナプキンで包まれたお弁当。パンという子もいる。先生は、あまりに偏った内容のお弁当を持ってきた児童がいないか、それとなく見て回ったが、幸いそんな子は一人もいなかった。

ツヨシくん:わーい。お弁当だっ。お弁当だよー。

 ツヨシくんは、ネネちゃんと違うクラスだ。二つしかないクラスのあっちとこっちに兄妹で別れている。そのためお弁当の中身を比べることは出来ないわけだが、その代わり、同じ班のみんなとは、必然的に比べることになる。ツヨシくんは、うきうきしながら、お弁当のフタを開けた。

ツヨシくん:わっ、…は、ハート形…。

後藤さん:あっ、藤吉くんのお弁当、ごはんハートの模様っ!。

岩見くん:うわ、すっげー。藤吉、気合いの入った弁当だなぁ。

源ちゃん:なんや?、豪勢なおかずやん。

御津田さん:わあ、ツヨシくんのお弁当、豪華ぁ。

松園さん:ママに作ってもらったの?。

 同じ班で、ツヨシくんの前に座っている後藤さん、左前の岩見くん、左側奥の源ちゃん、左手前の御津田さん、左となりの松園さんの5人が、一様にツヨシくんのお弁当を見て驚いた。

ツヨシくん:えへへー。ぼくが大好きなコメットさん☆が作ってくれたんだよ。

岩見くん:コメットさん☆ってだれ?。

源ちゃん:あ、ぼく知っとるよ。藤吉くんちに、下宿っちゅーか、ホームステイしてるきれいなお姉ちゃん。

 源ちゃんは、部分的に大阪弁の残る言葉遣いで、少し自慢げに答えた。

岩見くん:何?、きれいなお姉さんなの?。どのくらいの?。

ツヨシくん:源ちゃん、よけいなこと言うなよぅ。

 ツヨシくんは、お弁当に箸をつけながら、源ちゃんを制するように言った。しかしそれほど気にするふうでもない。

松園さん:…ということは、藤吉くん、それは愛妻弁当?。

岩見くん:あ…、愛妻弁当!?。おーい、藤吉の弁当、愛妻弁当だぞー!。

 岩見くんが大きな声を出したので、クラスじゅうが一瞬静まり返った。

先生:こらっ、岩見くん、大きな声出さないの!。

岩見くん:はーい。

 岩見くんは、立ち上がったいすに、仕方なさそうにもとのように座った。

ツヨシくん:あいさいべんとう?。

 ツヨシくんは、口に箸をくわえたまま、きょとんとして聞き返した。

加藤くん:何々?、どれどれ?。愛妻弁当ってどれ!?。

 別の班の加藤くんが、わざわざツヨシくんの、ピンクのハート形にごはんが飾られたお弁当を見に来た。加藤くんは、それを見るなり叫んだ。

加藤くん:愛妻弁当イェーーーーイ!。ツヨシの弁当、ハート形ぁ!。

男子数人:ヒューヒュー!!。

先生:こらっ!。

御津田さん:ばっかじゃないの?。人のお弁当見て…。

ツヨシくん:ねえ、あいさいべんとうって何?、後藤さん。

後藤さん:藤吉くん知らないの?。はあ…。…あのね、奥さんが、愛してる旦那さんのためによりをかけて作ってくれるお弁当よ。好き好きって。藤吉くんのお弁当は、まるでそんな感じ。

ツヨシくん:ふぅん。

 みんなに冷やかされているツヨシくんだが、正直言って、本人は内心それならなおさらうれしかった。ただでさえ、コメットさん☆の手作りのお弁当がおいしく食べられるというのに。ただツヨシくんにしてみれば、コメットさん☆は「最愛の人」には違いないけれど、ごはんにハート模様がついていることが、そんな大騒ぎになることに、なんだか変な感じを覚えていた。それでもツヨシくんは、普通に応えた。

ツヨシくん:岩見くん、加藤くん、ぼくコメットさん☆のこと、一番好きだよ?。

岩見くん:え……。

加藤くん:そ、そっか……。

男子数人:……。

 冷やかしていた男子たちは、一様に押し黙ってしまった。まるで意に介さないかのような、堂々としたツヨシくんの態度に、小学2年生の知識では、それ以上なんと言っていいのか、わかりもしないのだった。それに比べて女子は、ヒソヒソと言葉を交わす女の子同士もいた。

松園さん:じゃあ、藤吉くんは、もうそのコメットさん☆っていう人が、奥さんなの?。

ツヨシくん:ち、ちがうよ。奥さんじゃないけど…。

 一方ネネちゃんは、そんな騒ぎがとなりのクラスで起こっていることも知らずに、同じようにコメットさん☆の作ったお弁当を開け、うれしそうに食べていた。

ネネちゃん:わあ、コメットさん☆の作ったお弁当、おいしい。それに星のマークだ。

麻衣ちゃん:あー、いーなー。ネネちゃんのお弁当、すごいおかずが豪華ぁー。誰が作ったの?。

ネネちゃん:コメットさん☆だよっ。今日はコメットさん☆が作ってくれたんだ。

麻衣ちゃん:ふーん。コメットさん☆のお弁当おいしそう。

ネネちゃん:じゃあ、唐揚げ1個何かととりかえっこしよう。

麻衣ちゃん:わあい。じゃあとりかえて。

 あくまでネネちゃんは、うれしくてしょうがないのだった。実は数年前、コメットさん☆がケースケに作った、激辛マーボナス弁当のようだったら、どうしようと思った瞬間もあったのだが…。

 

 午後になって、1時間だけ授業があった。その授業では、先生がたまたま「将来、何になりたいか?」を児童たちに問うことになっていた。小学校2年生に聞くカリキュラムになっているらしい。

先生:今日はね、みんなに少し聞いてみたいことがあります。前回の授業でもいいましたけど、みんな大人になったら何になりたいですか?。考えてきましたかぁー。

児童たち:はーい。

ツヨシくん:あ、しまった…。そんなこと先生言っていたっけ…。忘れてた…。

岩見くん:あ、まずいなぁ…。あんまりまじめに考えてないや…。おい、藤吉ぃ、お前はどうする?。

ツヨシくん:どうするって…。…どうしよう…。

岩見くん:どうしようって…。このままじゃまずいぞ。

ツヨシくん:そんなこと言ったって…。

 ツヨシくんは、さっきまで冷やかしていた岩見くんと、こそこそ話し合った。しかし、大人ではないツヨシくんとしては、今さらいい加減な答えをしてやり過ごすことなど、出来るわけもなかった。

先生:では、何人か聞いてみましょう。澤田さん、何になりたいかな?。

澤田さん:…私は、ファッションデザイナー…。

先生:ファッションデザイナー。いいですね。いろいろな洋服のデザインですか?。では、並木くん、君は?。

並木くん:はい。ぼくは宇宙飛行士。

先生:宇宙飛行士ね。いいわねぇ。地球を宇宙からみるんですね?。では、藤吉くん、あなたは何になりたいかな?。

 ツヨシくんは、「来た」と思った。あまり確たることは考えていられなかったが…。

ツヨシくん:……えーと、えーと…。

先生:藤吉くんは、あまり考えてないかな?。

ツヨシくん:ううん、考えていますっ!。コメットさん☆のおムコさん!。

先生:……。

クラス全員:……。

 一瞬またクラスが静まり返った。

岩見くん:やっぱりあれは…。

加藤くん:愛妻弁当だー!!。ヒューーーーーっ!。藤吉けっこんせんげん!。

御津田さん:加藤のバカ。騒ぎすぎ…。藤吉も、何考えてるの?。

女子たち:わあーーー、おムコさんだってぇー。おムコさんー。

先生:あ…、こ、こらー。人の希望を冷やかさないの!。

 またもツヨシくんの「大胆な」発言で、教室じゅうが騒ぎになってしまった。これには先生も困惑気味だ。それでも先生は、あくまで冷静に、ツヨシくんに理由を尋ねた。

先生:藤吉くん、おムコさんということは、その人の夫になるということですね?。そのコメットさん☆っていうのは、だれ?。

ツヨシくん:コメットさん☆は、うちに来た…、その、お姫さま…。

加藤くん:お姫さまーーーー!。うわー、すげー。

松園さん:お姫さまだってぇー。すごーい。どんな人なのかな?。

 女子たちも加わって、よけいに騒ぎになってしまった。さすがのツヨシくんも、まずいことを言ったかもしれないと思って、恥ずかしくなった。

先生:ほらほら静かにー!。藤吉くん、お姫さまってどういうことなのかな?。

 ツヨシくんは、繰り返される追求のような言葉に、次第に元気を失っていった。しかし、コメットさん☆が星ビトだと、ここで宣言することは出来ない。「なんとか自分のしゃべってしまったコメットさん☆を守らないと」。そんな思いが、ツヨシくんの心に強くあった。

ツヨシくん:…コメットさん☆は、うちにいるりゅうがくせいのお姉ちゃん。…ぼく、コメットさん☆のことが大好きだから、おムコさんになりたい。コメットさん☆は、ぼくのお姫さま…。…うう…う、うわーーーん。なんで悪いんだよーーー!。わぁーーーー…。

 ツヨシくんは、ついに泣いてしまった。何か自分の想いが、コメットさん☆を傷つけたような気がして、とても悲しくなってしまったのだ。本当に好きな女の子であるコメットさん☆。星国にだって何度も行ったことがあるし、コメットさん☆のあらゆる生活の様子だって、一番知っている。それを意識することはないけれど、家族の一員として大事な人…。

先生:…悪くなんてないのよ。藤吉くん、落ち着いて、泣かないで。みんなも人の希望を冷やかしたりしてはいけません。やめなさい。

ツヨシくん:うう…、ひっく、うっ…。

 ツヨシくんは、なかなか泣きやまなかった。しかし、先生も、こういう答えは想定していなかったので、内心突っ込んだことを聞きすぎ、しまったと思っていた。どうやってツヨシくんをなだめるか、かなり狼狽した。

源ちゃん:ツヨシ、泣くのやめ。ぼく知っとるよ。

御津田さん:藤吉、泣くなってば。

ツヨシくん:…うん…。

先生:じゃあ、他の人は…。

 ツヨシくんのことを、保育園時代から知っていて、コメットさん☆のことも知っている源ちゃんと、少し乱暴な言葉遣いだが、大人っぽい御津田さんは、ツヨシくんのことを慰めてくれた。先生は、少し意図的に話題を変えようと、ほかの児童を指名して、将来の希望を語らせた…。

 

 ツヨシくんは、ネネちゃんといっしょに、学校から家に帰った。

ネネちゃん:…もう、ツヨシくんったら、なんでそんなこと言っちゃうの?。

ツヨシくん:なんでって…、それしかわからなかったんだもん…。

ネネちゃん:そんなの新幹線の運転士とか、学者とか、弁護士とか、写真家とか、思いつくこと言えばいいじゃない。

ツヨシくん:だって…。

 妹にまで責められ気味のツヨシくんは、すっかりしょげていた。やがて家の玄関に着いて、引き戸を開けた二人。ネネちゃんがまず中に入り、ツヨシくんはうつむいたまま、続いて玄関をくぐった。

ネネちゃん:ただいまぁー。

ツヨシくん:ただいま…。

コメットさん☆:あ、おかえりー。どうだった?、お弁当。私心配で…。

景太朗パパさん:おかえり。二人とも。

ネネちゃん:コメットさん☆、おいしかったよー。ありがとー。麻衣ちゃんと、おかずとっかえっこしたよ。麻衣ちゃんもおいしいって言ってたよ。

コメットさん☆:わはっ。ありがとう。おかずのとりかえっこしたの?。よかったうまくいったみたいで…。

景太朗パパさん:あれっ、ツヨシ、どうしたんだ?。

コメットさん☆:ツヨシくん…?。

ネネちゃん:それがね…。

 

 ツヨシくんは、しょげたような顔つきのまま、リビングで景太朗パパさんと向かい合っていた。ネネちゃんとコメットさん☆ももちろんいっしょに。景太朗パパさんは、ツヨシくん本人とネネちゃんから、いきさつを聞いた。

景太朗パパさん:…そうか。まあ、ツヨシらしいな。

ツヨシくん:パパ…。

景太朗パパさん:ちょっとそれより前に、コメットさん☆に、おいしかったかどうか、それくらいは言いなよ、ツヨシ。そういうあいさつって大事だぞ。

ツヨシくん:…はい。…ありがとうコメットさん☆、とてもおいしかったよ…。…でも、コメットさん☆のこと傷つけちゃった…。

コメットさん☆:ツヨシくん、ありがとう…。ツヨシくん、私、別に傷ついてないよ…。ツヨシくんが好きって言ってくれるの、いつだってとてもうれしい…。ごめんね、ごはんハート模様に…、しないほうがよかったかな…。

ツヨシくん:ううん。コメットさん☆のせいじゃないよ!。

ネネちゃん:私のは星形だったよ…。

 ネネちゃんが、ぼそっと言った。

景太朗パパさん:まあ、過ぎたことはしょうがないさ。ツヨシ、あまり人の前では言わないんだよ。そういうのは、じっと自分の胸で思っておくものさ。

ツヨシくん:そうなの?、パパ…。パパもそう?。

景太朗パパさん:ははははっ。参ったな…。…そうさ。パパだって、ママのこと好きだよ。でも、設計の仕事で会う人に、いちいち「ママのこと好きなんです」って、言ってもしょうがないだろう?。

 景太朗パパさんは、少しばかり汗をかきながら言った。ツヨシくんだけではなく、ネネちゃんも、コメットさん☆もその場にいたからだ。

 夕方になって帰ってきた沙也加ママさんに、景太朗パパさんは、ツヨシくんの話をした。そして二人で、景太朗パパさんの仕事部屋に行って、話し込んだ。

景太朗パパさん:どうも、ツヨシは「コメットさん☆の、おムコさんになりたい」と、クラスのみんなの前で、宣言してしまったんだそうだ。なんでも、コメットさん☆は、「ぼくのお姫さま」なんだと。さっき心配した担任の先生からも、電話があったよ。それに先生からの連絡帳にも、いきさつが説明されている…。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんの話を聞きつつ、先生からの連絡帳に目を落とした。

沙也加ママさん:…思ったより、ツヨシの気持ちは本気なのかもしれないわね…。

景太朗パパさん:…そうかもなぁ。

沙也加ママさん:パパとしては、どう思う?。コメットさん☆とツヨシのこと。

景太朗パパさん:…正直に言えば、最初コメットさん☆がやって来たとき、ケースケと仲良くなるのがいいかなぁとは思ってた…。だけど、ケースケの夢がかなう時、じゃあコメットさん☆の夢はかなうのかなっていうのが、だんだんわからなくなったのは事実だなぁ…。だから代わりにっていうわけじゃないけど、ツヨシがコメットさん☆のこと、好きだっていうなら、応援してやりたいとは思うよ。コメットさん☆が、ツヨシのことを気に入ってくれるならね。

沙也加ママさん:…やっぱりパパもか…。私もだいたい同じ気持ちだわ…。もっともコメットさん☆に対しては、同じ女性の目から見ると、もっといろいろな恋をしてもいいように思うけど、コメットさん☆は、芯が強くて、あんまりそういう奔放なイメージはないし…。第一、星国のお父様、つまり…、王様ががっかりなさるようなことは、とてもさせられない…。だから最近は、ツヨシがコメットさん☆のこと、とても気に入っていて、コメットさん☆もいずれそう思ってくれるなら、それもいいかなぁ…って…。

景太朗パパさん:うん。…そうだねぇ…。ツヨシは、正直に言っちゃったんだろうな…。普段正直にしていなさいって、ぼくたちよく言うからね…。

沙也加ママさん:こういうときは、正直に言っちゃだめよって言っても、まだそんな使い分けがわかる歳じゃないし…。今のうちから、あまりそういう表裏みたいなのがある子どもに、育って欲しいとも思わないわ。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。難しい問題になったなぁ…。

沙也加ママさん:やっぱり私がお弁当作っていれば、こんなことにならなかったのかしら…。コメットさん☆にも、挑戦してみるいい機会だと思ったんだけど…。

景太朗パパさん:いや、ママのその選択が間違っていたとは思わないな。今回のことで、別に悪い人はいないんじゃないかと思うよ。ツヨシの言っていることも、場所はともかく、自分の思っていたことを、正直に言ったわけだし…。子どもの純粋な希望とか、気持ちは大事にしたいと思う。

沙也加ママさん:私もツヨシはそれでいいと思うわ。問題は…。

景太朗パパさん:…コメットさん☆、そういうことだよね…。

沙也加ママさん:…ええ。一度はっきりコメットさん☆に、聞かないといけないかな…。

景太朗パパさん:どうなんだろうね、それは。コメットさん☆だって、心はあっちこっちしているんじゃないかな?。

沙也加ママさん:…うーん、そうねー。プラネットくんが、時々パパと将棋打ちに来るでしょ?。ああいう時のコメットさん☆の目って、やっぱりいつもと違うのよね。

景太朗パパさん:そうか…。難しいなぁ…、この問題は…。

沙也加ママさん:いずれ…、ネネにも起こってくる問題よ?。

景太朗パパさん:ああ…、確かに…。

 沙也加ママさんと景太朗パパさんは、なかなか結論の出ない問題で、いつになく悩み気味だった。沙也加ママさんは、それでも、先生への連絡帳には、返事を書いた。

沙也加ママさんが連絡帳に書いたこと:…コメットさんというのは、うちにホームステイしている、外国のミドルティーンの女の子です。剛はこの子が大のお気に入りで、いつか結婚したいと思いこんでいるようです。しかし、結婚の具体的な意味を知っているわけではなく、コメットさんという女の子は、いつまでここに住んでいるかわからないものの、いつかは母国に帰る時が来ます。そうなれば、剛の思いは遂げられないで終わるでしょう。ですが、親としては、剛がそういう形の「将来に関する希望」を持っているなら、たとえ結末がどうであれ、出来る限り応援してやりたいと思っています。先生も当惑気味かと思いますが、そのようなうちの事情をご理解いただきたく…。

 沙也加ママさんが、連絡帳にペンを走らせているころ、ツヨシくんは、コメットさん☆の部屋にいた。ツヨシくんは、コメットさん☆に嫌われてしまったのかもと、ドキドキして泣きそうな気持ちになりながら…。

ツヨシくん:コメットさん☆…、ごめんね…。

コメットさん☆:…何が?。

ツヨシくん:ぼくが…、コメットさん☆の、…その、おムコさんになるって…、言っちゃったから…。

コメットさん☆:……。おムコさん…か…。

 コメットさん☆は、じっと考えていた。ツヨシくんが特別なかがやきを持って、自分と星国の間を結ぶ、強い絆であることは理解している。今も、ツヨシくんがそばにいるだけで、心がじわっと温かいような、不思議な気持ちになっていることもまた事実。一番近しい男の子、それはもちろんツヨシくんにほかならない…。

コメットさん☆:…あんまり人に言わないほうがいいよ、ツヨシくん…。そういうことは…、胸にしまっておくんだよ…。

 コメットさん☆は、ベッドに腰掛けているツヨシくんのとなりで、窓のほうを向いて立ちながら言った。

ツヨシくん:えっ…、コメットさん☆?。

 ツヨシくんは、ちょっとびっくりしてコメットさん☆の顔を見上げた。心なしかコメットさん☆の横顔は、赤みが差しているようにも見える。

コメットさん☆:ツヨシくんは、私のこといつも、とっても大事に思ってくれてるんだね…。…ケースケよりも?…。

ツヨシくん:……うん。

 ツヨシくんは、一瞬最後の言葉にはっとして、それからこっくりと頷いて答えた。

ツヨシくん:コメットさん☆のお弁当、とってもおいしかった…。また作ってくれる?。

コメットさん☆:…いいよ。私の味付けでよければ…。もう、普通のマーボナスも作れるよ…。

ツヨシくん:…ぼく食べたいな、コメットさん☆のマーボナス…。

 コメットさん☆は、それを聞くと、すっとツヨシくんのとなりに座った。そしてそっとツヨシくんを抱き寄せると、小さい声でつぶやくように言った。

コメットさん☆:…ツヨシくんごめんね。私がハート形にしなければよかったね…。

ツヨシくん:…ううん、コメットさん☆…、ぼくとってもうれしかった…。ごめんね…。ぼくもう学校で言わないから…。…ぐすっ…、うっ…うっ…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の胸でべそをかいてしまった。

コメットさん☆:ツヨシくん、泣かないで…。ツヨシくんが泣いていると、私も悲しい…。そんなに泣いちゃ、笑われるよ。今度は泣き虫って。

ツヨシくん:…うん…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの顔を見ると、その涙を手の甲と指で、そっとぬぐってあげた。そして…、おでこに…。

コメットさん☆:もう泣かないおまじないだよ…。……ちゅっ……。

 ツヨシくんは、びっくりして、コメットさん☆の顔を見て、そしてはにかみながら、にこっと笑った。コメットさん☆も、ほおを赤らめた顔で、そっと微笑む。

 

 夜になって、ツヨシくんは景太朗パパさんといっしょにお風呂に入っていた。ツヨシくんは、やたら元気のいい、いつものツヨシくん、いや、それ以上に機嫌のいいツヨシくんになっていた。

景太朗パパさん:…あー、いいお湯だ。なんだツヨシ、今度はやたら機嫌がいいな。コメットさん☆になぐさめてもらったのかい?。

ツヨシくん:えへへー、ないしょ。

景太朗パパさん:ないしょ?。なんなんだ、それは?。ふふふ…。まあいいや。あのなぁツヨシ。

ツヨシくん:何?、パパ。

景太朗パパさん:…あー、自分の好きなものとか、好きな人のことなんて、ほかの人には、たいていわかってもらえないものさ。

ツヨシくん:…うん。

景太朗パパさん:…それに、わかってもらう必要もないんだよ…。ツヨシ、今日みんなに「コメットさん☆が好き」って、言ってしまったわけだけど、それを聞いたクラスメートみんなが、「じゃあ、ぼくもコメットさん☆のことが好き」って言い出したらどうする?。

ツヨシくん:やだ。それはだめ。ぼくがコメットさん☆のこと、好きなんだもん。

景太朗パパさん:そうだよな。だったら、自分が好きって思っている人は、あんまり人には言わないほうがいいんだよ。…それに、コメットさん☆の秘密がみんなにわかっちゃったら、困るだろ?。コメットさん☆、泣いて星国に帰っちゃうかもしれないぞ。

ツヨシくん:えー、それはいやだ!。絶対にやだ。

景太朗パパさん:自分の好きな子は、ずっと「好き」って思っていればいい。相手にうち明けるのはいいんだよ。でも、ほかの人にうち明ける必要はないし、ほかの人が何か言っても、そんなことは気にしないで、ほうっておけばいい…。わかるか?、ツヨシ。

ツヨシくん:うん。わかる。もうぼく学校では言わないようにする。

景太朗パパさん:そうだな。そのほうがいいよ。でも…。

ツヨシくん:でも?。

景太朗パパさん:パパにだけは、ちょっと教えてくれよ。

 景太朗パパさんは、こそりと言った。

ツヨシくん:うん、いいよ、パパ。

景太朗パパさん:あっはっは…。頼むぞ。

 藤吉家のお風呂場には、二人の明るい笑い声がこだました。泣いたり笑ったり、ツヨシくんは忙しい。まだまだツヨシくんは、小さい子ども。だがそのコメットさん☆を想う心が巻き起こす波は、思いの外強く、コメットさん☆にうねり来る。コメットさん☆は、時々その波にのまれそうになる。コメットさん☆だって、まだまだ未熟な心を、胸にしまった少女なのだ。うねる波を、西伊豆の岩のように砕いてしまうのか、それともその波をしみこませる砂浜になるのか。それはまだ、誰にもわからないのだ…。

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★第193話:ぼたもちがつむぐ春−−(2005年3月下旬放送)

 すっかり暖かくなってきた鎌倉の街。コメットさん☆が大好きな桜も、もう間もなく花開く。今年はどこにお花見に行けるかな…、なんて、ついつい考えてしまうコメットさん☆。桜を見ていると、いつもいつかの出来事が、少し思い出されて、胸がきゅんとなる。

コメットさん☆:(…もし、あの時、王子と結婚していたら…。私…、どうなっちゃってたんだろう…。)

 そんな言葉が、胸の中にわく。藤沢市に住んでいて、時々やってくるプラネット王子。今の王子の様子からしたら、きっと自分のことを大事にしてくれたに違いないが…、そんな勝手に決められることはイヤだ。プラネット王子は、いい人だ。だけれど、ケースケが「いないと力出ない」と言ってくれたり、ツヨシくんが「ぼくのお姫さま。大好き」と言ってくれるほうが、よっぽど心があったかい。…コメットさん☆は、そんなことをふと考えながら、リビングで遠くの海を見ていた。

 春らしい不安定な空模様。雲が厚くなったり、薄くなったりを繰り返し、時々薄日も射したりしている。少し風があるのか、海は波立っているようにも思えた。つけっぱなしのリビングのテレビが、一人でしゃべっている。今の時間コメットさん☆と、仕事をしている景太朗パパさんしか、家にいないから、コメットさん☆が海を見ていると、テレビは音を出す箱に過ぎなくなってしまう。

 コメットさん☆は、テレビの音を聞くともなしに聞きながら、じっと海を見つめていた。

テレビ:もうすぐ春分です。みなさんのおうちでも、ぼたもちを食べるというご家庭、あるのではないでしょうか。今日はそんな名物ぼたもちをご紹介しましょう…。

 コメットさん☆は、ふいにテレビの方を見た。春分の日が近いことにあわせて、ぼたもちを紹介するコーナーを放送していた。

テレビ:ぼたもちの由来は、「ぼたんもち」から来ています。春はぼたもち、秋はおはぎと言いますね。あんこやきなこを、餅米の入ったごはんにまぶしていただくお菓子です。この見た感じが、牡丹(ぼたん)の花のように見えるから、ぼたもちと呼びます。今は、春でもおはぎと呼ぶことも多いです…。それでは都内の名物お菓子屋さんのぼたもち、見てみましょう…。

 コメットさん☆は、赤紫色のあんこがたくさんついたぼたもちを見て、ちょっとおいしそうだなと思った。小さいころから、お菓子は大好きである。ツヨシくんやネネちゃんといっしょに、よくケーキを食べたりする。元々がやせ形だから、あまり太る心配をする必要はない。おいしそうなお菓子は食べてみたい。だいたい、コメットさん☆くらいの年頃なら、元気いっぱいのはずだから、しっかり何でも食べるべきなのだ。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの仕事部屋に、多少躊躇しながら行ってみた。ツヨシくんとネネちゃんは、学校の終業式に行っている。もうこれで、4月からは3年生に進級だ。

コメットさん☆:景太朗パパ、仕事のじゃまかな?。

ラバボー:いつでもおいでって言ってくれているボ?。

コメットさん☆:そうだけど…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの仕事部屋を、そっとノックした。

景太朗パパさん:はーい。コメットさん☆かい?。

コメットさん☆:あ、はい…。

景太朗パパさん:どうぞ。お入りよ。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆は、ラバボーを肩にのせたまま、景太朗パパさんの部屋に入った。景太朗パパさんは、ドラフター(製図台)に向かって、鎌倉市から委嘱された、保存木造建築物の図面を描いているところだった。

景太朗パパさん:どうしたんだい?。

コメットさん☆:えーと…、あの、景太朗パパは、ぼたもちって好きですか?。

景太朗パパさん:ぼたもち?…。ああ、秋のおはぎか…。あまり甘くないのなら、好きだなぁ。季節感があっていいよね。…そうか、もうすぐ春分だねぇ…。

コメットさん☆:はい。…じゃあ、沙也加ママといっしょに作ろうかな…。

景太朗パパさん:ぼたもちづくりに挑戦かな?。さてはテレビででも見たのかな?。

コメットさん☆:あ、はい。テレビで見て、その…、おいしそうだなって…。あはっ…。でも…、まだ自信ないから…。ちょっと沙也加ママと相談して来ます…。いいですか?、沙也加ママのところに出かけても。

景太朗パパさん:いいよ。行っておいで。お昼は適当にすますから。

コメットさん☆:はいっ。じゃあ行ってきます。ささっと買い物してきます。

景太朗パパさん:ゆっくり行っておいで。ママに何か春物の着るものでも、買ってもらうといい…。

コメットさん☆:…あ、あの…。

景太朗パパさん:いいから。行っておいで。ツヨシとネネが帰ってきたら、ぼくが迎えておくから、心配しないで。

コメットさん☆:はい…。景太朗パパ、ありがとう…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの部屋を出て、ラバボーといっしょに沙也加ママさんのお店に向かうことにした。景太朗パパさんは、部屋を出ていくコメットさん☆を、実の娘を見るかのように、目を細めて見送った。

コメットさん☆:ラバボー、ぼたもちって、どうやって作るんだろうね?。

ラバボー:えーっ、姫さま知らないのかボ?。

コメットさん☆:うん、知らないよ?。

ラバボー:そ…、そう自慢げに言われても…。

コメットさん☆:自慢げって…。ラバボーは知っているの?。なら、教えて?。

ラバボー:うっ…、…じ、実はボーも知らないボ…。やっぱり…、沙也加ママさんにでも聞くボ。

コメットさん☆:なあんだ。ふふふっ…。じゃあ、そうしよっか。

 コメットさん☆は、星のトンネルを通りながら、ラバボーと話をした。晴れているわけでもない七里ヶ浜には、それでもサーファーの人々が、何人も波に乗っているのが見えた。「ケースケいないかな…」。ちらりとコメットさん☆は、海の上を見た。しかしそこには、見慣れたスーツのケースケはいなかった。「ぼたもちが出来たら、ケースケにも持っていってあげようかな…。でも、お菓子なんて嫌いかな…」。そんなこともぼうっと思っていた。

 コメットさん☆と、ラバボーは、「HONNO KIMOCHI YA」に着くと、ドアを開けた。

沙也加ママさん:いらっしゃ…、あら、コメットさん☆。どうかした?。

コメットさん☆:あ、いいえ。沙也加ママ、ぼたもちってどうやって作るんですか?。

沙也加ママさん:うふふふ…、どうしたの?、藪から棒に…。

コメットさん☆:あの…、もう春だから、ぼたもちって、作ってみようかなって…。テレビでやっていたから…。

沙也加ママさん:あらそう。ぼたもちかぁ…。おいしいのよねぇ、あれ。私も大好き。でも…、作り方は…、どうだったかしら?。いつも買ってきていたから…。

コメットさん☆:そうですか…。どうしようかな…。

沙也加ママさん:ちょっと待ってて。市場でよく小豆とか売っているおばあちゃんがいるから、その人に電話して聞いてみるわ。

コメットさん☆:…沙也加ママ、すみません…。

沙也加ママさん:いいのよ。…実は、私も知りたいもの。ふふふ…。

 沙也加ママさんは、お店の電話の受話器を取ると、鎌倉駅近くの市場に、よく豆類を売りに来る農家のおばあさんのところに電話してくれた。

沙也加ママさん:あ、もしもし、山本さんですか?。藤吉です。いつもお世話になっています。こんにちは。…実はですね、ぼたもちを作りたいと思うんですけど…。

 

 コメットさん☆がお手洗いに行っているうちに、農家のおばあさんは、FAXで作り方と材料を書いて送ってくれた。沙也加ママさんは、そのFAXを手に取ると、さっと見てからコメットさん☆に手渡した。

沙也加ママさん:コメットさん☆、わかったわよ、ぼたもちの作り方…。ほら。

コメットさん☆:わあ、ありがとう…、沙也加ママ…。えーと…、まず小豆を煮るんですね。

 コメットさん☆は、手に取った紙をじっと読んでみた。

沙也加ママさん:うーん、けっこう大変なのね。少なくとも2日はかかるわよ。

コメットさん☆:…そうですね…。でも…、やってみていいですか?。

沙也加ママさん:いいわよ。ちょっと楽しみね。お店閉めたら、材料を買いに行きましょ。

コメットさん☆:はいっ。

沙也加ママさん:…それにしても、どうして突然ぼたもちなんて作ってみようと思ったの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:え…、あ、あの…。

 コメットさん☆がまごついていると、ラバボーがひょいと顔をのぞかせて言った。

ラバボー:姫さまは、いろんなお菓子が大好きなんだボ。

コメットさん☆:ラ、ラバボー!。

沙也加ママさん:うふふふふ…。やっぱりコメットさん☆もお菓子好きよね…。…でも、それを自分で作ってみようっていうのは、なかなか出来ることじゃない…。コメットさん☆も成長するのね…。

コメットさん☆:え…、そ、そんな…。あははっ…。

 コメットさん☆は、照れ隠しのように笑った。

 

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、夕方になってお店を閉めると、鎌倉駅近くの市場とスーパーで、小豆と餅米を、夕食のおかずといっしょに買った。

沙也加ママさん:餅米なんて、買うのはじめてかも…。

コメットさん☆:そうなんですか?。

沙也加ママさん:今はお餅って売っているでしょ?。お餅は餅米を蒸して、突いて作るんだけど、そんなことするおうちも少なくなったから…。

コメットさん☆:そうですか。

沙也加ママさん:あら、餅米って、1キロより少ないのないのね…。

コメットさん☆:この袋ですか?。

 コメットさん☆は、餅米が1キロ入った袋を、棚から手に取り見た。

沙也加ママさん:しょうがないわね。これ買いましょ。

コメットさん☆:多すぎ…ってことですよね、沙也加ママ。

沙也加ママさん:そうかもしれないわね…。

 コメットさん☆は、餅米の量が意外に多いことも気になったが、それよりも、自分がまた難しいことをやろうとしているのではと、少し緊張した。

 沙也加ママさんの運転する車は、すーっと鎌倉山への道を走り、バスロータリーのところを右折すると、もうガレージの手前に着いた。コメットさん☆は、後ろの座席から荷物を降ろし、沙也加ママさんは、車をガレージに入れた。

 

 この日の藤吉家の夕食は、お刺身になった。沙也加ママさんが、あまりキッチンで細々した料理をして、コメットさん☆のぼたもちづくりの場所をふさいでしまわないように、配慮してくれたのだ。コメットさん☆は、エプロンをつけ、なんとなく、買ってきた餅米と、米びつから取り出した普通のお米をカップで量ろうとした。沙也加ママさんは大きな菜箸を使って、お刺身をお皿に盛りつけながら、コメットさん☆に聞いた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、どのくらいつくるの?。餅米1キロっていうと、けっこうたくさんあるわよ。

コメットさん☆:あ…、どのくらいだろ…。あまり考えてなかった…。

沙也加ママさん:ふふ…。はじめにどのくらい作るか決めなきゃ。

コメットさん☆:えへっ。そうですね…。じゃあ、えーと…。

沙也加ママさん:餅米は残しても、あとで使えるかしら…。

コメットさん☆:それなら、全部使って…。…多すぎますか?。

沙也加ママさん:…そうねぇ…。普通のお米を餅米の3分の1混ぜるんだから…。1.3キロくらいのお米を炊くことになるわけよね…。おおよそ180グラムで1合だから…、7合半くらいか…。…えー!?、かなりあるわよそれは…。とてもじゃないけど、うちだけじゃ食べきれないし、作るのに何時間かかるかわからないわよ。

コメットさん☆:じゃあ…、半分とか…。

沙也加ママさん:そうねぇ…。餅米は半分余しておいて、あとで別なお菓子にでもするとして…、ぼたもちだとそれでもかなり出来るから、せっかく作るんだし、コメットさん☆のお友だちたちに配ったら?。あなたが前に作った、チョコクッキーのように…。

コメットさん☆:…はい。あまり自信はないですけど…。それなら…、そうしましょうか…。

沙也加ママさん:きっと、コメットさん☆の作ったぼたもちって聞けば、喜んで食べる男の子が、何人かはいるんじゃないかなぁ?。

コメットさん☆:え…、そ…、そうかなぁ…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの見せる、意味のありそうなほほえみを見て、少し赤くなった。そして電卓を片手に計算すると、買ってきた餅米を半分使えば、おおよそ40個はぼたもちが作れることがわかった。

コメットさん☆:えーと、おうちに12個はいるよね…。ラバボーも入れると6人だし…。あとは…、メテオさんにあげようかな…。幸治郎さんと留子さんにも…。それにスピカ…さんにも、そっと持っていこう…。あと…、プラネット王子とブリザーノさんとミラさんとカロンくん…、それにケースケにも…。ちょうど40個になるかな…。

 コメットさん☆は、キッチンで夕食の手伝いをしながら、誰にあげるか考えつつ、つぶやくようにひとりごとを言いいながら、いくつ作る必要があるか計算した。

 そしてコメットさん☆は、餅米500グラムと、普通のお米180グラムをカップで量ると、水につけておいた。これを一晩おくのだ。

コメットさん☆:…これでよしっと…。あとは明日。小豆をあらかじめ選んで、虫食いはよけておこうかな。

ツヨシくん:あっ、コメットさん☆、お菓子つくるの?。

ネネちゃん:なになに?、コメットさん☆何つくるの?。

コメットさん☆:わはっ。もうわかっちゃったかな?。ぼたもち、ぼたもち作るんだよ。

ツヨシくん:ぼたもち?。

ネネちゃん:あんこのおもち?。

コメットさん☆:うん。秋はおはぎって言うんだって。

ツヨシくん:わあい。ぼたもちっ。ぼく大好き。

ネネちゃん:ツヨシくんは…、コメットさん☆の作るものなら、何でも好きでしょ?。

ツヨシくん:うん。

コメットさん☆:ふふふふ…。ちょっと…恥ずかしいかも…。

 コメットさん☆は、キッチンにやって来たツヨシくんとネネちゃんに、楽しそうな表情で話をした。そしてダイニングのテーブルに、小豆の袋と、平らなおぼんを持っていくと、ツヨシくんとネネちゃんに声をかけた。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、小豆を選ぶから、こっちで手伝ってくれるかな?。

ツヨシくん:うん!。わあい、コメットさん☆のお手伝いー。

ネネちゃん:小豆の何を選ぶの?。

コメットさん☆:ほら、こうやって、虫が食っているのとか、傷が入っているのを取り除くの。

 コメットさん☆は、ダイニングのテーブルにおぼんを載せると、その上に買ってきた小豆をざらざらと出した。そして三人でおぼんに出した小豆を見つめ、傷や虫食いを除いていく。そんな様子を、沙也加ママさんは、夕食のおかずづくりのかたわら、ちゃんと見ていて、そっと微笑んだ。

ツヨシくん:これは割れちゃってるよ?。

ネネちゃん:あ、こんなの虫食い?。

沙也加ママさん:あ、ネネ当たり。それは虫食いね。なるべく自然のままに育てているから、どうしても虫さんたちにも食べられちゃうのよ。ある程度は仕方がないわ。

ツヨシくん:そうなの?、ママ。じゃあ、虫さんが食べにくる方が、おいしいんだ。

ネネちゃん:ここに虫がいたらイヤだなぁ…。

コメットさん☆:もう乾いているからいないよ、虫さん。

 おぼんはざらざらと音を立てる。そして艶やかな、きれいな小豆だけが残っていく。

コメットさん☆:この虫食いと、傷が入ってるのは、どうしよう…。

沙也加ママさん:別な袋に取り分けておけばいいわよ。こしあんにするなら、まあ選ばなくてもいいんだけどね。この山本さんの教えてくれたのは、少し田舎風のつぶあんのぼたもちだから、粒がそろって見た目もきれいなほうが、一応いいわね。残りはあとで何かに使えるわよ。

 4人の楽しそうな話し声が、ダイニングに響く。残念ながら景太朗パパさんは、打ち合わせで遅くなると言って、出かけていたのだが…。沙也加ママさんは、夕食づくりの手を休めず、それでも、キッチンのカウンターの向こうから、楽しそうなコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんを、ちらちらと眺めたり、ダイニングのテーブルのところまで見に来たりしてくれた。

 

 翌日ツヨシくんとネネちゃんは、もう学校が春休みなので、朝からコメットさん☆にべったりだ。コメットさん☆は、朝食がすむと、いよいよぼたもちづくりを本格的に始めた。まだ昨日は準備の段階なのだ。沙也加ママさんはお店に出かけてしまい、景太朗パパさんは裏山の畑に行ってしまった。

ツヨシくん:イェーイ、お菓子、お菓子ぃー。

ネネちゃん:ツヨシくんはしゃぎすぎ。ちゃんと手伝ってよ。

ツヨシくん:うん。ぼく手伝ってるよ。

コメットさん☆:二人ともありがと。私、がんばるから。

ツヨシくん:コメットさん☆、がんばって。

ネネちゃん:私も。

コメットさん☆:…うん。

 コメットさん☆は、にこっと微笑んで、二人を見た。ツヨシくん、ネネちゃんもにこにこ。

 まずは小豆を煮る。あらかじめ虫食いをよけておいた小豆を、たっぷりの水に浸して。最初はある程度強火、そして中火にしてゆっくりと。火の加減が落ち着くと、その一方で、今度はごはんを炊く。一晩水につけておいた餅米と普通のお米の混ぜたものを、普通に研いでから、炊飯器に入れて炊く。炊き加減は沙也加ママさんが教えてくれていた。

コメットさん☆:沙也加ママが言ってた。あんまり硬く炊かないようにって。でも柔らか過ぎると、失敗だよって教えてくれた。

ネネちゃん:ふぅん。お餅つきするの?。

コメットさん☆:それは、こっちのこね鉢に入れてから、少しつくんだって。

ツヨシくん:それでお餅つき?。

コメットさん☆:お餅つきってほどじゃないけど…。こね鉢の中に入れて、ごはんのつぶつぶが残るくらいに、すりこぎでつくの。

ツヨシくん:ふぅん…。すりこぎ?。

 ツヨシくんは、よくわからないような顔をした。コメットさん☆の前には、木で出来た浅くて分厚い大皿のような「こね鉢」があった。すりこぎを手にしたコメットさん☆は、まだ何も入っていないこね鉢の中を、そのすりこぎでごつごつとついてみた。

 

 やがて炊飯器から湯気が出るころ、コメットさん☆は、すっかりやわらかくなった小豆に、味を付けることにした。

コメットさん☆:よーし。いよいよ味付け。あんまり甘くしすぎないようにって、沙也加ママが。

ツヨシくん:えー、甘くしようよ〜。

ネネちゃん:あんまり甘くすると、ツヨシくん太るよ。

コメットさん☆:あははは…。ツヨシくんは、まだ太るような体つきじゃないと思うけど…。でもね、あんまり甘いと、さっぱり食べられないよ。

ツヨシくん:さっぱり?。

コメットさん☆:うん。さっぱりすっきり。

ネネちゃん:ツヨシくん、虫歯になるよ。

ツヨシくん:そっか。うん。ぼくさっぱりすっきり好き。

ネネちゃん:もうー!。ツヨシくん何でもコメットさん☆の言うとおり…。しょうがないんだからぁ!。

コメットさん☆:わはっ。…ツヨシくん、ちゃんと普通には甘いようにするよ。だから心配しないで…。それより、うまく出来るか…、ちょっとドキドキ…。

ツヨシくん:えっ!?。コメットさん☆、うまくできないかもしれないの?。

コメットさん☆:あ、ううん。今のところはうまくいっていると思うよ。

 コメットさん☆は、小豆を少し口に含んでみた。ほんのりと甘い味が、口に広がる。甘すぎず、それでいて、物足りないほどではない。小豆を少しスプーンですくい、口でふーふーと、吹いてさますと、ツヨシくんとネネちゃんにも食べさせてみた。

コメットさん☆:ほら、ツヨシくん、それにネネちゃん、一口食べてみて。…どうかなぁ?。

ツヨシくん:うん。…おいしいー。

ネネちゃん:うん。おいしいよ、コメットさん☆。コメットさん☆上手ぅ。

コメットさん☆:そう?。ありがとう…。

 コメットさん☆は、うれしそうに微笑んだ。ピンク色のエプロンを翻しながら、コメットさん☆は、小豆に少しの塩を入れてよくかき混ぜ、もう一度味見をして、さらにしばらくしてから火を止めた。この少量の塩が、また甘みを引き立たせ、味を締めるのだった。

 出来上がった小豆は、つまりあんこ。つぶあんということである。ところが大きなステンレスの鍋に、相当な量あることに気付いた。

コメットさん☆:…これは、かなり多いかも。でも、もうしょうがないよね…。

ラバボー:姫さま、姫さま、多ければ、お餅につけて食べられるボ?。

コメットさん☆:あ、そっか。別に、ぼたもちにだけ使わなくてもいいんだよね。

ツヨシくん:わあい。お餅にもなるの?。

コメットさん☆:あ、余ればだよ。まだ余るかどうかわからないけど…。

ネネちゃん:じゃあ早く作ろう?。コメットさん☆。

コメットさん☆:うん。そうしようね。

ラバボー:姫さまも、けっこう場当たり的だボ…。

 ラバボーが、ぼそっとつぶやいた。

 

 コメットさん☆は、料理用のポリ手袋をはめると、炊きあがったご飯を小さな固まりに丸め、それをややつぶしかげんに小判形にして、へらで外側に薄くあんこを塗りつけるようにつけてから、かるくにぎるようにして形を整え、ぼたもちを次々と作っていった。手慣れない作業なので、形はどうしても不揃いだ。

コメットさん☆:…なかなか…、うまく形にならない…けど…。

 その時ちょうど、作業を終えた景太朗パパさんが、裏山から戻ってきた。

景太朗パパさん:おっ、うちじゅうに漂ういいにおい…。小豆を炊くときのにおいだなぁ。…どうだい、コメットさん☆、ツヨシ、ネネ。

 景太朗パパさんは、リビングに歩いてやって来て、少し汗ばんだ顔を、タオルでぬぐいながらキッチンをのぞいた。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ、なんとか出来そうですけど…。あまりうまく形が…。

景太朗パパさん:おお、上出来上出来。うまく作ったねぇ。おいしそうだ。

コメットさん☆:あ、あの、景太朗パパ、よかったら一ついかがですか?。…あまり自信はないですけど…。

景太朗パパさん:ああ、ありがとう。ちょっと泥で汚れているんで、シャワー浴びてきたらいただくよ。それにしても、コメットさん☆は、いろいろ作るのうまいねぇ。

コメットさん☆:え、そ、そんな、うまくないです…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんが、ほめてくれるので、少し恥ずかしく思いながらも、うれしくなった。そしてまた、小さめのぼたもちをどんどん作っていった。

ツヨシくん:コメットさん☆、ぼくにも味見させてー。

ネネちゃん:私も私もー。

コメットさん☆:ふふふ…。もちろん。出来上がったら、最初に味見してね。ラバボーもだよっ。

ラバボー:えっ!?、ボーもいいのかボ?。姫さまはやさしいボ…。

コメットさん☆:やさしいって…。別に…。大げさだよ、ラバボー。ラバボーだって、手伝ってくれたじゃない。

ラバボー:あまり手伝ってないけど、おいしそうだボ…。

 ラバボー、実はよだれが出そうなのであった。

 

 夜になって、コメットさん☆の知っている人たちの家では、一様にお茶菓子として、ぼたもちがその食卓や、リビングのテーブルに並んでいた。メテオさんの住んでいる風岡家。スピカさんと修造さん、みどりちゃんのペンション。橋田写真館。ケースケのアパート。それに、もちろん藤吉家のリビング…。コメットさん☆は、星力を使って自ら飛んでいき、手渡して回った。ただし、スピカさんとラバピョンにだけは、もし自分の姿を、修造さんに見られると困るかもと思って、メッセージを添え、星力で星のトンネルを通して贈った。

メテオさん:…コメットが、ぼたもちですって。

 メテオさんは、玄関先で帰ったコメットさん☆を見送ると、容器に入ったそれを、まじまじと見つめながら、留子さんと幸治郎さんがいるリビングに戻ってきた。

留子さん:あら、メテオちゃんのお友だちのコメットさん☆?。

メテオさん:ええ。自分で作ったんですって…。ヒマねぇ…。

 メテオさんは、容器をテーブルに置いて開けると、思わずついかつてのライバル心が出てしまった。最近そんなことを思ったことはなかったのに…。

留子さん:そんなこと言うものじゃありませんよ、メテオちゃん。メテオちゃんはお菓子作れるの?。

メテオさん:そ、そんなもの当たり前じゃないのー。

幸治郎さん:うむ。これはおいしいね。あんまり甘くないのがいいねぇ。

 さっそく手を伸ばした幸治郎さんが言った。

留子さん:そうですねぇ…。ほんと上品な甘さね。

メテオさん:う…。わ、私だって、作るったら作るわよ!。私だったら…、そう!。アップルパイに挑戦しちゃうんだから!。

幸治郎さん:おやおや、メテオちゃんは、アップルパイかい?。それは楽しみだねぇ。ねえ、留子さん。

留子さん:そうですねぇ。それもいただいてみたいわ。メテオちゃん、がんばってね。

メテオさん:もちろんよったら、もちろんよ!。…あ…あれ?。

ムーク:姫さま、アップルパイ、焼きすぎて焦がさないように…。

メテオさん:わ、わかってるわよ、ムーク!。…それより、いつの間にか、私アップルパイ焼くことになってるわー。

ムーク:そりゃあ、自分で言ってましたからねぇ。

 テーブルの下でささやくムークに、メテオさんは、ヒソヒソと強がって答えたが、何となくその場の雰囲気で、アップルパイを焼くことになっている流れに、しまったという気持ちと、一抹の不安も抱いていた。果たしてそんなに簡単にうまくいくのかしら…と。

メテオさん:ああ、変なライバル心を燃やすと…、ろくなことにならないかも…。

 メテオさんは、今さらながら少しうつむいてつぶやいた。

 

修造さん:うん!。これはそんなに甘くなくておいしいね。…もう春なんだなぁ…。

スピカさん:そうねぇ、あなた…。

みどりちゃん:おかしおいしいね、ママ。

スピカさん:そうね、みどり。おいしい?。好き?、このお菓子。

みどりちゃん:うん。大好きー。

スピカさん:これはね、ぼたもちって言うのよ。

みどりちゃん:ぼたもち…。みどり、ぼたもち大好きっ!。

修造さん:ふふふ…はっはっは…。

スピカさん:うふふふ…。

 スピカさんも修造さんも、小さな子ども用のいすに座った、かわいらしいみどりちゃんが、たどたどしく澄んだ声で、さえずるようにしゃべりながら、またうれしそうにぼたもちを食べるのを、目を細めて眺めた。

修造さん:それはそうと…、このぼたもち、どこの?。小海にはこんな味のお店なかったような?…。

スピカさん:あ、ああ、そ、それは…、そう。ちょうど東京から届いたのよ。私の友だちから。

修造さん:へえ、そうなのか。なんてお店だい?、美穂。

スピカさん:え!?、お店?。お店は…、そう、えーと「ほうき星堂」とか言ったかなぁ?。

修造さん:ほほう。珍しい名前のお店なんだね。ほうき星堂かぁ。和菓子屋さんでは、聞いたことないなぁ。

スピカさん:さ、最近出来たみたいよ。

修造さん:ふーん。でも面白いなぁ。大きさが微妙に大小あって…。大きいのが好きな人は大きいやつを食べろっていうことだね。

スピカさん:そ、そうね…。うふふふふ…。

 スピカさんは、まさかコメットさん☆の手作りだから、とは言えず、取り繕ったような答えを返しつつ、背中に汗をかいていた。

 

(コメットさん☆:…ケースケは、甘いお菓子なんて…、食べないかな…。)

(ケースケ:菓子?。そりゃあ…、あ、いや…、なんだよお菓子って?。)

(コメットさん☆:もう春でしょ?。…だから私、ぼたもち作ったんだけど…。)

(ケースケ:…そ、そうか。いやー、オレ、あんこだけは好きでさあ、あんこには目がないっていうか…。このところ、あんこの餅食ってねぇなー、なんて思っていたところさ。)

(コメットさん☆:…わあ、ちょうどよかった。じゃ、これ食べて。…私が作ったんだから、ケースケの口に合うかどうかはわからないけど…。)

(ケースケ:…わ、わりぃな。あとでいただくよ…。)

(コメットさん☆:ケースケがあんこ好きだったなんて、知らなかった。)

(ケースケ:そ、そうかぁ?。あ、あははははは…。さ、最近…、好きになったんだよ。ほんと、ごく最近…。)

 ケースケは、アパートの自室で、そんなコメットさん☆とのやりとりを思い出していた。特にあんこに目がないわけではないのに、つい口をついて出た自分の言葉を、かなり恥ずかしく思いながら…。

ケースケ:ほたもちかぁ…。…昔、かあさんととうさんと、いっしょに食べたなぁ…。…これは、コメットの手作りなんだよな…。どれ…。いっただきまーす!。……うまいっ。くーーっ、疲れ気味の体には、この甘みが効くぜ。

 ケースケは、アパートの部屋で小皿に出したコメットさん☆のぼたもちを、割り箸で口に運んだ。

ケースケ:…もう、春だよな、コメット。…そうすれば、また夏が来る…。

 ケースケは、窓の外を見ながら、そうつぶやいた。南風がゆったりと吹いているのが見えた気がした。

 

ブリザーノさん:ハモニカ星国の姫さまがお作りになった「ぼたもち」を、私までご相伴(しょうばん)にあずかれるとは…。いやぁ、まったくもう春だなぁ。

プラネット王子:…伯父さん、なんでそんなにかしこまっているんですか?。あははは…。

カロン:これおいしいです。コメットさまは、こんなおいしいお菓子、お作りになるんですね…。ぼくも作ってみたいなぁ。

ミラ:…お、おいしいですー。涙がでそうなくらい!。

プラネット王子:ミラは相変わらず、お菓子も好きなんだな。ははは…。オレのももう1個やるよ。ほら。あーん…。

ミラ:えっ、そんな…、殿下恥ずかしいです…。でも、あーん…。んぐ…。…おいしいっ。

ブリザーノさん:おやおや、わが王子も、だんだんすみにおけないなぁ、これは…。

プラネット王子:えっ、伯父さん、何か言いました?。

ブリザーノさん:あー、いやいや、何も言わないよー。せっかくだ。じゃあみんな、1枚撮るからこっち向いて。

 ブリザーノさんは、得意のカメラを取り出した。あらかじめ、手元に用意していたのだ。ふと、みんなでお菓子を食べる風景なんて、なかなか撮れないし、これからも撮れないかもしれないと思ったから…。ブリザーノさんには、何かしら予感があるのかもしれなかった。

ミラ:えっ!?。ち…、ちょっと待ってください…。私…。

カロン:姉さまは、食べ物を前にすると、いつもあわててるね。しょうがないか…。ふふふ…。ああ、みちるちゃんと、こんなお菓子、作ってみたいな…。

プラネット王子:すっかりカロンも、みちるちゃんとかいう女の子に首ったけか…。

 プラネット王子の住む、橋田写真館でも、なんだかテーブルまで春がやって来たかのような雰囲気。それは、ぼたもちの季節感だけではなくて…。

 一方、当のコメットさん☆たちは…。

ツヨシくん:コメットさん☆のぼたもち、とってもおいしいんだよ!。

ネネちゃん:ほんと。一瞬あんまり甘くないんだけど、あとでふわーって甘いの。

沙也加ママさん:あら、二人はもう試食したの?。いいわねぇ…。ママなんて、一日ひたすら仕事よ。卒業式の人たちかしら、スーツなんか着たりした人が、何人か来たなぁ。私もいただくわね、ぼたもち。

景太朗パパさん:…うん。これはおいしいね。そのへんのお菓子屋さんより、やわらかくて、なんかこう、ほわっとした甘みがいいね。コメットさん☆上手だねぇ…。

コメットさん☆:そ、そうですか?。みんなありがとう…。でも私、大きさはいろいろだし…。そとのあんこの厚みが…。

沙也加ママさん:あらこれおいしいー。やっぱり手作りはいいわねぇ。コメットさん☆、料理のセンスあるわよ。…見た目は、うふふふ…。はじめて作ったんだから、しょうがないわよ。でも、コメットさん☆の一生懸命さが伝わってくるわ。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。つぶあんのつぶの感じとか、甘さの具合とか、いいセンスしていると思うよ。

コメットさん☆:…ありがとう。景太朗パパ、沙也加ママ…。

ツヨシくん:コメットさん☆、もう1個ある?。

ネネちゃん:私も。

コメットさん☆:あるよ。まだ何個か残っているよ。

沙也加ママさん:ツヨシもネネも、おいしいからって、食べ過ぎないようにね。コメットさん☆もよ。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:はーい。

コメットさん☆:あ、はいっ。

ラバボー:おいしいボー。はあ、ラバピョンも今頃、食べているのかボ?。

コメットさん☆:うん。きっと食べてくれてると思うよ。あ、ラバボー、いっしょに食べてきたら?。

 そのころラバピョンは…。

ラバピョン:まだ雪がつもるのピョン。でも、もう春なのピョ?。姫さまの作ったぼたもち、ラバボーといっしょに食べたかったピョン…。おいしいのピョン…。だからこそ、ラバボーといっしょに食べたいのピョン…。

ラバボー:えっ、姫さま、いいのかボ?。

コメットさん☆:ラバピョンもひとりぼっちじゃ…、かわいそうだよ?。ラバボー、行ってあげたら?。星のトンネルを通れば、すぐそこじゃない…。

ラバボー:じゃあ、ちょっと行って来るかボ…。

ツヨシくん:ラバボー、アツアツ!。ラバピョンと、ぼたもちデート?。

ネネちゃん:わあ、いいなぁ、恋人とぼたもちでデートなんだー。

沙也加ママさん:ぼたもちでデート?。それはそれでまたいいわねぇ…。まだまだ寒い信州の雪を、アツアツのデートで溶かしちゃうのかな?。

景太朗パパさん:そんな話もいいねぇ…。もう春だよねぇ…。今年の春も、いろいろ思い出づくりが出来るかなぁ…。

コメットさん☆:あっ…、そ、そうですね。思い出づくりかぁ…。

 コメットさん☆は、何気なく景太朗パパさんが口にした言葉を気にした。こんな楽しいことも、いつか私が大人になれば、思い出になっちゃうんだろうな…と、ふと胸が痛むような気持ちになりながら…。

 ともあれ、友だちたちに「春」を届けた、コメットさん☆のぼたもち。春の気まぐれな風は、ただ外の街に吹いているだけではない。みんなの心の中にも、暖かい気持ちを呼び込むような風。春の風は、時に冷たい時もあるけれど、たいていは暖かく、みんなの心を満たす。それはコメットさん☆の心だって、同じこと。コメットさん☆は、大変だったけど、ところどころうまく行かなかったけど、出来上がったぼたもちを、みんなが喜んでくれて、とってもうれしい。ぼたもちを「今年のお花見にも、持っていけたらいいな…」と思う、コメットさん☆の春は、いろいろとまだ始まったばかりである…。

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★第194話:花の季節−−(2005年3月下旬放送)

 都内の、東京湾に面した屋内水泳場。そこではライフセーバーの選考会が行われていた。そう。少し前に、ケースケが、「ある」と言っていた大会だ。まだまだ3月の終わり。海の水は冷たい。そのために、こうして今頃のシーズンには、屋内競技の大会がセットされる。

コメットさん☆:ケースケ、がんばれっ!。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃんっ!。ラストだよーー!。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん…。がんばれーぇ!。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、珍しくケースケの応援に来ていた。コメットさん☆は、ケースケにはケースケの世界があり、その中に自分が入っていくのは難しいと思っていたので、最近あまり彼を直接応援したことはなかったのだ。祈りを捧げるように、ただ星力をこめないバトンを、指先で回したことはあったけれども…。

 ケースケは、マネキンレースに参加していた。マネキンレースは、水難者に見立てた人形を引いて泳ぐ競技。スパートをかけるかのように、ケースケは3位から徐々に間を詰めていった。やはり普段のスタミナが、こういうときにはものを言うものらしい。ケースケは一見、体力がずば抜けているようには見えない。しかし、粘りの強さでは、彼のクラブでも定評があった。

コメットさん☆:ケースケ、勝って!。そうすれば、国際大会に、また一歩…。

 ケースケは、マネキンを引いたまま、背泳ぎでゴールを目指す。最後のスパートで、その表情はさすがにつらそうになる。コメットさん☆は、思わず立ち上がった。

コメットさん☆:ケースケ、ケースケ…、ケースケーー!。

 

ケースケ:ああ…、さすがに疲れたぜ…。

コメットさん☆:ケースケ、これでまたタイトルを取ったんだね。おめでとう…。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、また外国の大会に出るの?。よかったね!。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、かっこよかったなぁ…。

ケースケ:おいおい…。照れるだろ、ネネ。ああ、来年の国際大会では、優勝して世界一になりたいよ…。…あー、その、ありがとよ、コメット。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、ケースケの4人は、東京から鎌倉に帰る横須賀線の電車で、向かい合わせに座っていた。夕日が射し込む夕方の電車内。ケースケの小脇には、賞状が入った筒が、抱えられていた。見事ケースケは、優勝を果たしたのだった。

コメットさん☆:最後のところで、ケースケ逆転して勝ったんだね…。見ていて、すごいなぁって…、思っちゃった…。

 コメットさん☆は、ケースケをまぶしそうに見た。まぶしそうなのは、夕日が電車の窓から射し込むからではなかった。

ケースケ:ああ、なんかさ…、コメットの声が聞こえたような気がしてさ…。

コメットさん☆:えっ!?。

ケースケ:なんか…、その…、コメットの声が聞こえると…、力出てきたっていうか…。そんな感じが…。いや、あははは…、いくら何でも、それは思いこみ…だよな?…。

コメットさん☆:ケースケ…、…最近やさしいんだね…。

ケースケ:…あー、いや…、そのっ…。お、おう、ツヨシ、しし、新川崎の駅だぞ。

 電車は、ちょうど新川崎の駅に停車していた。ケースケは、照れ隠しのように、窓から見える、駅脇の機関車庫を指さして、ツヨシくんに言った。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、なんでこの駅はこんなに広いの?。

 ツヨシくんは、突然話が自分に向けられたことを疑問に思いながらも、機関車庫の後ろに広がる、広い空き地を指さして尋ねた。

ケースケ:ええ?、ああ…。なんでも、昔は貨物列車の基地があったとか言うぞ。…ここ、再開発とか、しねぇのかな?。

ネネちゃん:もう、コメットさん☆とケースケ兄ちゃんいい雰囲気だったのにー。

コメットさん☆:…ネネちゃん…。

ツヨシくん:ここって、ずっと前からこうなんでしょ?。パパが言ってた。

ケースケ:…ああ…。コメットが鎌倉にやってくるより、もっとずっと前からこうだったよな…。…もっとも、オレが生まれて…、物心ついたときにはもう…。

ツヨシくん:そうなの?。そうなんだー…。

 ツヨシくんは、おびただしい量の秋に枯れたススキが、そのままに残っている荒れ地を見た。駅の後ろ側に、だだっぴろく広がる荒れ地。車窓を見つめるツヨシくんにつられるように、コメットさん☆も、じっと窓の外を見た。ついケースケとネネちゃんも…。いつしか発車し、ぐんぐんと加速して走る横須賀線の窓から、みんな延々と続く、荒涼とした空き地を見つめていた。

コメットさん☆:もう、春なのに、ススキがそのまま残っているんだね…。だれも刈り取ったりしてあげないのかな…。

ケースケ:どうだろうな…。

 春なのに、そこだけ冬のまま取り残されたような、寒々とした風景。そこに差す夕日…。ケースケは優勝したのに、なんだか二人とも、しんみりとした気持ちになってしまった。

コメットさん☆:(ケースケは、こうやってどんどん優勝していけば、いつか世界一のライフセーバーになれる夢を、達成できるんだよね…。…でも…、そうすると、私は…、なんだか寂しくなっちゃうんだろうな。ケースケといっしょに、同じ夢は追えないもの…。)

 コメットさん☆は、なぜだかぼうっと、そんなことを考えながら、電車が進行して、枯れたススキの「林」が見えなくなるまで、じっと外を見ていた。

 

 その夜、ライフセーバークラブの青木さんをはじめとするメンバーも集まって、ケースケの祝勝会が、遅くまで藤吉家の応接間で開かれた。コメットさん☆も、途中までは参加していたのだが、さすがに夜11時近くなると眠くなってきたし、ツヨシくんとネネちゃんも半分寝たような目をしていたから、二人を2階に新しくできた部屋に連れていき、同じベッドに寝かせた。本来の二人の部屋は、応接間のとなりだから、とてもうるさくて眠れないだろうと、コメットさん☆も思ったからだ。沙也加ママさんがそっとやって来て、コメットさん☆に言った。

沙也加ママさん:ごめんね、コメットさん☆。明日ね…。

コメットさん☆:あ、いいえ。…はい。明日ですね。おやすみなさい…。

沙也加ママさん:おやすみ。

 コメットさん☆は、お手洗いに行ってから、メモリーボールへ簡単に記録すると、毛布をきちんと掛けて横になった。階下では、まだ声高に話す声が聞こえていた。

 

 翌日、藤吉家のみんなは、そろってお花見にでかけた。おおむね7部咲きと、テレビのニュースは伝えていた。そう言えば、昨日の横須賀線の電車の窓からは、そこかしこに咲くサクラが、見えては後ろに飛んで行っていた。コメットさん☆は、なんだか、本来は心がうれしくなるような景色を、よく見ていなかったことに気付いた。

景太朗パパさん:ああ、なんか昨日の疲れが残っている…。

沙也加ママさん:そりゃそうでしょ。あんだけ騒いでいたんだから。みんな今日はぐったりよ。私だって…もう…。

 景太朗パパさんは、家の門の外に出ると。普段よりずっとトーンの落ちた、疲れた声でつぶやいた。沙也加ママさんのほうが、それでもいくらか元気な様子だった。

景太朗パパさん:ああ、ママごめんよ…。でもまあ、ケースケが室内大会とはいえ、優勝したんだから…。

沙也加ママさん:そうね…。まあ、今回は大目に見ましょ。でも…、お花見はしっかりするわよ。

景太朗パパさん:はい…。異議は申し立てません…。

沙也加ママさん:よーし。

コメットさん☆:沙也加ママ、昨日のこと、怒っているのかなぁ…。

ツヨシくん:コメットさん☆、大丈夫だった?。

コメットさん☆:え?。何が?。

ネネちゃん:よく眠れた?。

コメットさん☆:…うん、まあ、何とか…。

 コメットさん☆は、それでもますます、ケースケと自分の住む世界は、離れていくような気がしていた。ケースケや青木さん、それにセーバー仲間の人たちの輪に、自分が入っては行けなさそうだったし、事実話が合うわけでもなかった。もちろん、ライフセーバーがどんなもので、競技としてどんなことをするのか、海岸で人を助けるとはどういうことか。それはわかっているつもりでも、コメットさん☆自身がなっているわけではないから、ケースケの夢にかける気持ちの、本当のところはわからない。そんな歯がゆいような気持ちが、よけいにケースケとの距離感を、コメットさん☆に自覚させていたのかもしれない。

 ともあれ、今日は藤吉家で毎年恒例になっているお花見である。コメットさん☆は、やっぱり自然と微笑んでくるような気持ちになっていた。街のあちこちに桜が咲いている。藤吉家の裏山にも、ヤマザクラと、ソメイヨシノの古木が、ちゃんと今年も花をつけている。それでも、バスに乗って、鎌倉山の桜を見ながら、鎌倉駅まで移動すると、横須賀線に乗り換え、みんな横浜を目指して出発した。

 横浜の野毛山公園。桜はやっぱり7部咲き。園内は霞のような薄ピンク色に、そこかしこが染まっていた。コメットさん☆は、丘の緑の中に、その色を見ると、ほっとしたような気持ちになった。

コメットさん☆:わあ、桜、きれい…。

景太朗パパさん:桜って、いつもきれいだよね。どんな心の時でも、桜のきれいさは失われない…。

コメットさん☆:…えっ!?。

景太朗パパさん:そう思わないか?。心が痛むときも、晴れやかなときも、いつも桜はさ、美しい姿で迎えてくれる…。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんと、そばの大きな桜の木を見上げて答えた。

沙也加ママさん:パパ、寒いこと言っていないで、もっと園内を歩きましょ。ツヨシもネネも走って行っちゃたわよ。

景太朗パパさん:あれ、ママに聞かれていたのか…。わははは…。じ、…じゃあ、コメットさん☆、行こうか。

コメットさん☆:はいっ。

 景太朗パパさんは、ちょっと恥ずかしそうにしながらコメットさん☆をうながし、沙也加ママさんと3人で、ゆっくりと園内を歩き始めた。ツヨシくんとネネちゃんが、遠くで手を振っているのが見える。コメットさん☆も、そっと手を挙げて振った。

 今日は休日ではないが、まわりには春休みを楽しむ児童たちと、その親たち、家族連れが、何組もお弁当を広げたり、駆け回ったりしている。その間を春の風が、かすかな、萌え出す木や草のにおいを連れて、通り過ぎていく。広場になっているところには、桜に囲まれたような空間がある。コメットさん☆は、そこに立ち止まり、真ん中から桜の花をゆっくりと見上げた。

コメットさん☆:わあー、ここ、きれーい。青い空に、薄いピンクの桜…。

 コメットさん☆は、デジタルカメラを取り出すと、1枚写真に撮った。するとすぐ後ろから沙也加ママさんが尋ねた。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、お花見好き?。

コメットさん☆:あ、はい、もちろん。大好きです。

 コメットさん☆は、振り返って答えた。

沙也加ママさん:そうよね。…そう言えば、コメットさん☆は、一度星国に帰って、またうちに来たとき、「また桜が見られますか?」って、聞いていたわねぇ…。

コメットさん☆:…はい。あの時は…、もう戻れないから、二度と桜の花は見られないって思った…。

沙也加ママさん:…そうよねぇ…。急に帰るって言いだしたのが…、ちょうど1月だったわねぇ…。

コメットさん☆:鎌倉に戻ってきたら…、まだ2月でした…。あははっ…。

沙也加ママさん:そうそう…。思い出すなぁ…。それでみんなでお花見して…。それからよ、こうして毎年ちゃんとお花見するようになったのは。…コメットさん☆のおかげかなぁ…。

コメットさん☆:…えっ、そう…だったんですか?。わ、私…。

沙也加ママさん:コメットさん☆が、桜好きじゃなかったら、こんなに桜の美しさって、わからなかったかもしれない…。桜って、本当にきれいよね…。誰の心もいやしてくれたり、励ましてくれたり…。はかなさすらも教えてくれる…。こんな花はなかなかないかもね…。

コメットさん☆:沙也加ママ…。私…、私も、桜に励まされていると思います。

沙也加ママさん:どんなことで?。

コメットさん☆:いつも春になると、必ず桜って咲くから…。寒い冬があっても、いつかはそれが終わって、そうするとすぐ必ず桜が咲いて…。桜が散ってしばらくすると、夏が来て…。…寒さに耐えて桜の木は、花を咲かせるんだから、なんか私もがんばろうっていうような…、そんな気になるから…。

沙也加ママさん:そっかー。コメットさん☆は、ただきれいだからって言うんじゃないのね…。うふふふ…。私も…、そんな気持ちわかるなぁ…。

 コメットさん☆と、沙也加ママさんは、にっこりと微笑みあった。景太朗パパさんも、聞くとはなしにそれを聞いて、そっと微笑んだ。

 

 お昼を食べてから、本牧臨海公園にみんなで移動した。ここは桜が咲く公園であるにもかかわらず、意外と人は少ないのだ。少々疲れ気味の景太朗パパさんは、座って一休みしているが、コメットさん☆とツヨシくん、沙也加ママさんとネネちゃんは、あたりを見て歩く。ツヨシくんに手を引かれて、コメットさん☆は、時に小走りになりながら歩く。上を見上げれば、桜が目に入る。ツヨシくんは、大好きなコメットさん☆と手をつないで、うれしくて仕方がない。

ツヨシくん:コメットさん☆の手、…あったかいね…。

コメットさん☆:…ツヨシくんだって。あ、ほら、桜の木に鳥さんがいるよ。

ツヨシくん:ほんとだ…。なんの鳥?。

コメットさん☆:さあ…。おうちの近くにも来る鳥…、じゃないかなぁ?。

ツヨシくん:鳥さん、何しているのかな?。花、落としちゃうよ?。

コメットさん☆:花の蜜を吸っているんだって。そのひょうしに、桜の花落としちゃうみたい。

ツヨシくん:鳥さん、だめじゃん。花落としちゃうんじゃ。

コメットさん☆:…そうだけど…。鳥さんも、蜜おいしいんだよ、きっと。

 コメットさん☆は、そう言って、ヒヨドリらしき鳥が落とした、桜の花を拾った。桜の花は、がくの下のところからすっぱりと取れて、落ちてしまっていた。数輪の花を拾うと、コメットさん☆は、そっとツヨシくんに見せた。

コメットさん☆:ツヨシくん、ほら…。

ツヨシくん:桜の花…。真ん中のところに、星印が見えるね。

コメットさん☆:え?、あ、ほんとだ。わあ、気が付かなかったなぁ…。ツヨシくん知ってたの?。

ツヨシくん:ううん。今気付いたよ。

コメットさん☆:本当に星に見えるね…。

ツヨシくん:コメットさん☆、髪につけたら?、桜の花。

 ツヨシくんは、思いがけず、コメットさん☆が拾い集めた桜の花を、コメットさん☆の髪留めにのせた。コメットさん☆は、手にまだ数輪の桜の花を持ったまま、首をすくめるようにした。

コメットさん☆:わはっ…。ツヨシくん…、くすぐったいような…。

ツヨシくん:コメットさん☆、…かわいい。桜の花つけて…。

コメットさん☆:…ツヨシくん…。

 ツヨシくんはしゃがむと、コメットさん☆につける桜の花を拾って、どんどんコメットさん☆の、左へはねている髪の毛のところにのせた。コメットさん☆の赤い髪は、そこだけ薄いピンク色に染まったかのようになっていく。ぽとりと落ちてしまっても、またツヨシくんはのせた。

コメットさん☆:ツヨシくん…、せっかくのせてくれたのが…、落っこちちゃうよ…。

ツヨシくん:…じゃあ、もう1個だけ…。

 沙也加ママさんは、そんな二人を、少し離れたところから見ていた。ネネちゃんが、足の親指の上側のところに、靴擦れが出来そうというので、ベンチに座って、ネネちゃんの足を見ようと、靴下を脱がせていたのだ。

ネネちゃん:わあ、コメットさん☆とツヨシくん、なんだかアツアツだよ、ママ。

沙也加ママさん:ふふふ…、そうねぇ…。ツヨシったら、すっかりコメットさん☆の恋人みたいね…。ネネはどう?。誰か好きな子いるの?。

ネネちゃん:えー、…いないよ…。

沙也加ママさん:そう。いまに見つかるわよ、ネネにも。

ネネちゃん:そうかなぁ…?。

沙也加ママさん:意外な人が恋人になるのかもよ?。

ネネちゃん:ママはどうだった?。

沙也加ママさん:…すこーし、意外と言えば、意外だったかもしれないわね…。

 沙也加ママさんは、にやっと笑うと、ずっと手前のベンチに、疲れて座り、ぼんやり景色を眺めている景太朗パパさんを振り返った。

 黄色いタンポポが咲き、草は緑を取り戻し、ケヤキは薄緑色の新芽を出しつつある。コブシはもう花を散らし気味。梅はもう終わり…。春は緩やかに、しかし確実にやって来ていた。

 

 お花見を終えて帰宅したコメットさん☆と、景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんは、夕食前のひととき、それぞれの時間を過ごしていた。景太朗パパさんは、留守にしていた間に来たFAXに目を通し、沙也加ママさんは、買ってきたお総菜を盛りつける準備をして、ツヨシくんとネネちゃんは、テレビを見ていた。そしてコメットさん☆は、ツヨシくんが髪にのせてくれた桜の花を、そっとティッシュに包んで持って帰ってきていたので、それを小振りなガラスのボウルに水を張り、浮かべてみた。ツヨシくんが拾い集めてくれた、鳥がついばんで落としてしまった桜の花。なんだか捨てて帰ることは出来ずに、持ってきたのだ。水に浮かべてしばらくすると、しおれていたそれらは、もとの桜の花の形に戻った。それを見たコメットさん☆は、少し安心した。ただ、髪の毛の櫛通りが、すっかり悪くなってしまったのには閉口したが…。

 と、その時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。コメットさん☆は、すぐにティンクルホンを取ると、ボウルはリビングのテーブルに置いて、2階に上がりながら出た。

コメットさん☆:はい、もしもし…。

王様:おお、コメットか?。どうじゃ、元気か?。

コメットさん☆:あ、お父様。うん、元気だよ。今日ね、お花見に行ったよ。横浜っていうところ…。

王様:そうか。それはよかったな。桜はきれいだったかな?。

コメットさん☆:うん。とってもきれいだった。まだ満開にはならないよ。

王様:そうか…。その…、あー、ツヨシくんは元気か?。

コメットさん☆:うん。元気だよ。私の頭に桜の花を、いっぱいのせてくれたよ。

王様:ううむ…。おっほん。…そうか。ツヨシくんももうだんだん…。あ、いや、そんなことは今でなくともよいな…。実はな、コメットや、お前の持ってきた桜の木、地球の暦では1年、星国の暦では半年がたつんじゃが、いっこうに咲く気配がなくてな。学者ビトたちも、これでいいのか少々心配しておる。

コメットさん☆:…えっ、…桜、咲かないの?。

王様:うむ。お前の「さくらの丘」は、まだ青々としていてな。やはり気候の違いが原因かもしれん。

コメットさん☆:…そう…。それは残念だなぁ…。きっと今頃桜が咲いて、みんな喜んでくれてると思ったのに…。

王様:学者ビトが言うには、地球の1年は、こちらの半年だから、桜が混乱してしまってるんだろうと言う。確かにまだ今は、星国の秋くらいじゃな。さすがにわしも、秋には桜は咲かないと思うしなぁ。

コメットさん☆:…そうだよね…。一年がぜんぜん違うんだものね…。

 コメットさん☆は、少し元気なく答えた。コメットさん☆も、桜の花が咲く仕組みまでは、考えていなかった。季節そのものの長さの違いが、桜に影響しても、星力でなんとでもなると、つい思っていたのだ。

王様:まあ、星力を使うより、少し自然のままにしておいた方がいいだろうと思ってな。わしも様子を見とるところじゃ…。

コメットさん☆:…そう。お父様、学者ビトさんたちに、任せっぱなしでごめんなさいって、言っておいてくれないかなぁ…。なんだか、忙しくしちゃってるみたいで…。

王様:ああ、気にせんでよい。学者ビトたちは、かえって研究心をあおられて、意外と面白がっておるようだから。まあ、わしからも頼んでおくよ。

コメットさん☆:…お父様、お願いね…。

王様:あ、そうじゃ。コメットにとっては、うれしい知らせもあるぞ。来週な、王妃がそっちに行きたいと言っておる。

コメットさん☆:え?、お母様が?。わあ、うれしいな!。来週のいつ頃?。

王様:今本人に代わるから、いろいろ聞いておくれ。あ、最後にまたわしに電話戻してくれよ…。

 コメットさん☆は、うってかわってわくわくしながら、王妃さまの話を聞いた。そしてもう一度王様に代わって、電話を終えたあと、沙也加ママさんと景太朗パパさんに、来週母がやってくることを伝えた。沙也加ママさんと景太朗パパさんが、大歓迎と答えたのは言うまでもなかった。「どこへ行こうかな?、お母様と…」。コメットさん☆は、久しぶりにそんなことも考えた。

 しかしコメットさん☆は、電話を終えて、沙也加ママさんと景太朗パパさんに、王妃さまが来ることを伝えても、星国の桜のことが、心に引っかかった。王妃さまが来てくれるのはとてもうれしい。まだコメットさん☆だって、お母さんのぬくもりが恋しいときもあるにはある。それはいいけれど、星国の桜が咲かないというのは、どうしてだろうと思う。2階の部屋で、コメットさん☆はラバボーに疑問をぶつけた。

コメットさん☆:ラバボー、どうしてだと思う?。

ラバボー:…ボーもわからないボ。地球と星国では、やっぱり気候が全然違うから、桜はびっくりして咲かないのかもしれないボ。

コメットさん☆:…そうだよね…。よく調べないで持って行っちゃったから、いけなかったのかな…。

 コメットさん☆は、少ししょんぼり気味だ。星国のみんなが楽しみにしてくれているはずの「さくらの丘」が、緑色の木が茂っているだけでは…と思うと…。

 コメットさん☆は、それでも何か桜の花がどうやって咲くのか、調べる方法はないかと思って、下に降りていった。するとツヨシくんが、コメットさん☆の足音に気付いて、階段の下で振り返り、言った。その様子は、少しあわてているかのようだった。少し離れたテレビの前には、ネネちゃんもいる。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、どうして桜の花は咲くか知ってる?。

コメットさん☆:ええっ?。…どうしてって…。冬が終わるからじゃないのかな?。

ツヨシくん:あのね、冬の寒さが一定の長さ続くと、春になったよーっていう時、スイッチが入るんだって。

ネネちゃん:ツヨシくん、テレビそんな言い方してたっけ…。

ツヨシくん:いいの、わかれば!。

コメットさん☆:冬の寒さが一定の長さ続く…?。

ツヨシくん:冬が寒いでしょ、木はそれを感じないと、春が来たことがわからないの。寒さが続いたあと、あったかくなると、春が来たって桜の木は思って、花を咲かせるんだって。…今、テレビの「週刊子どもタイム」で言ってたんだけど…。

コメットさん☆:そうなんだ…。あ!、…ということは…、もしかして…。

ツヨシくん:あれ?、コメットさん☆、どうかしたの?。

コメットさん☆:あのね、ツヨシくん。星国の桜、咲かないんだって。いっしょに見に行ったでしょ、去年。あれから地球の暦で1年たつよね?。それなのに星国の桜は、葉っぱも散らないんだって。それって、もしかすると、星国はあのままずっとあったかいからかな?。

ツヨシくん:星国の桜って…、「さくらの丘」?。あの木咲かないの?。なんでだろう…。春になると桜は咲くよね?。星国は春じゃないの?。あと、冬ないの?。

コメットさん☆:冬は…、ないことはないけど、こっちより1年が長いから、まだ冬にならないで秋なんだって…。やっぱり、星国の桜は、ほとんど寒さに当たってないから…かも…。

 コメットさん☆は、ティンクルホンを素早く再び取り出すと、王様に電話をかけた。

 

 折り返し、夕食後になって、王様から、「さっそく学者ビトたちが、一度桜の木を星力で、寒い風が通るところに移したようじゃ」と電話があった。コメットさん☆は、それを聞いて「桜がまた咲いてくれるといいな…」と思った。コメットさん☆から、全体の話を聞いたツヨシくんは、いろいろ疑問がわいた。そして、新たな一つの希望の「かがやき」も…。

ツヨシくん:(どうして花って咲くのかな?。どうなって?。寒さに当たらないと、桜が咲かないのはどうして?。あったかくならないと桜は咲かないのに、その前に寒いときがないとだめって?。学者ビトさんは、地球の花に手こずってるのかな?。星国は秋だってコメットさん☆は言うけど…、それで桜を寒い目にあわせても、いつ咲くのかな?。…ぼくも、いろいろな植物のことけんきゅうして、コメットさん☆を喜ばせてあげたいな…。だって、うれしそうなコメットさん☆好きだもん…。)

 学者ビトたちの努力で、一時的に寒い場所に移された桜の木は、いったいどうなるだろう?。しばらく寒さに当てれば、春が来たと思って花を咲かせるかもしれないが、やっぱり星国の暦で春にならないと、ふたたび花を咲かせないかもしれない。全く気候の違うところ、それも暦すら違う場所への桜の移植というのは、おそらく例がない。当分学者ビトたちの試行錯誤は続くだろう。コメットさん☆は、また少し、大変なことをしちゃったかも…と、思っていた。でも、星国の桜をもう一度咲かせられるとしたら、それはツヨシくんの、ちょっとした機転がなす技なのかもしれない。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の大好きな桜が、どうやって咲くのか、もっとよく知りたいと思った。そんなツヨシくんの思いは、コメットさん☆の心に、ケースケの言う、「応援されると力が出る」というのとは、また違った響き方をする。それはツヨシくんが、直接そう言わなくても…。もっともツヨシくんにも、「コメットさん☆のおムコさんになる」というのとは別の希望が、幼いながらに芽生えたのかもしれなかった。

 鎌倉の春。そこにはタンポポが花を咲かせ、スイセンは終わっていき、梅も終わる代わりに、アンズやモモの花が咲き、桜も咲いて、夏みかんが黄色く実り、草や葉を落としていた木々が、いっせいに息吹を取り戻す。そんな春の景色とともに、人の心もまた、暖かい…。

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※この話の最初の方で開かれている、ライフセーバーの大会は架空のものです。
※JR横須賀線、新川崎駅に隣接している広大な土地は、実在のものですが、ここにはかつて「新鶴見操車場」がありました。各地から集められた貨物を積んだ貨車を、行先別に仕分けて、列車に仕立て、各地に運ぶための設備です。しかしこのように、貨車を1輌1輌集めて列車にし、目的地でまた列車からばらして、より小規模な列車に仕立て直すという方式は、非常に非効率的とみなされ、トラック便の発達とともに廃止されていきました。そのため各地で同様な広大な土地が余剰となり、再開発なども行われましたが、新鶴見操車場跡地は、今のところ一部を除いて、大規模に再開発されていません。
※桜の開花には、前段階として、ある期間の低温が必要で、その低温の時期が過ぎ、気候が温暖となると、開花のための花芽分化や、花柄の伸張などが起こります。桜の木が、「春と認識」してから、開花までは、ある積算温度が必要で、毎日の気温を積算して、それが品種などによる特定の温度を超えると、開花します。

★第195話:王妃さまのお花見−−(2005年4月上旬放送)

王様:…ああ、わしも行きたい…。

王妃さま:あなたまで、私といっしょに地球に行かれたら、星国はどうします?。

王様:…そうじゃな。ヒゲノシタにまかせて、わしも行きたいところじゃが…。

ヒゲノシタ:王様、それでは議会が開けません。

王様:ああ、議会、そうじゃな。議会があるんだった。

王妃さま:あらあら、あなたしっかりしてください。…では、私は行って参ります。

王様:…姫、姫によろしくな。ああ、コメットに会いたい…。

王妃さま:まあ、娘が気味悪がりますよ。では…。

王様:き、気味悪がるって…。そ、そんな…。

 ハモニカ星国、星のトレインのプラットホーム。王様は、いつになくうなだれ気味だった。それもそのはず。王妃さまが、コメットさん☆の住む地球に行ってくると言うのだ。お花見がしたいと言いながら…。

 王様とヒゲノシタが見送る中、星のトレインは地球に向けて静かに出発した。

王妃さま:(コメット、しばらくぶりに会うことになるわね。みんなと仲良くしているようだけど、あんまり急いでものを決めなくてもいいのよ。物事には時間が必要なもの…。それはそうと、地球でのお花見、何年ぶりになるかしら?。今から楽しみね…。)

 王妃さまは、星のトレインの窓から、星の子たちを見つめ、そして星の子たちが見えなくなると、今度は宇宙の漆黒の闇を見つめながら、もの思いにふけっていた。そう。それはいつかのコメットさん☆のように…。

 王妃さまを乗せた星のトレインは、一路地球に向かう。一方藤吉家では、沙也加ママさんがツヨシくんとネネちゃんを学校に送り出すので、忙しくしていた。

沙也加ママさん:ツヨシもネネも、忘れ物ないわね?。

ツヨシくん:うん。大丈夫。一応チェックした。

ネネちゃん:私も大丈夫。昨日のうちに用意してあるもん。

沙也加ママさん:そう。じゃあ、行ってらっしゃい。

ツヨシくん:行ってきまーす!。

ネネちゃん:ああ、ネネちゃん、コメットさん☆のお母さんに会いたかったな。

コメットさん☆:大丈夫。ネネちゃん、学校から帰ってきて、夕方になったらきっと来ていると思うよ。

ネネちゃん:うん。楽しみにしてる…。行ってきまーす!。

 ツヨシくんとネネちゃんは、友だちの待つ学校に駆けだして行った。

沙也加ママさん:気をつけてねー。

 いつもの朝の光景である。

景太朗パパさん:あれ、二人は出かけた?。

沙也加ママさん:出かけたわよ?。

景太朗パパさん:ん…。まあいいか。

沙也加ママさん:何か言いたかったの?。

景太朗パパさん:あ、いや。コメットさん☆とお母様の時間が十分取れるようにと思ってさ…。今日は王妃さまが主役だよって…。

沙也加ママさん:ああ、大丈夫よ。あの子たちも、もうわかっているでしょ?。私も昨日少し言って聞かせたし…。

景太朗パパさん:そうか。そうだよね…。

 コメットさん☆は、そんな景太朗パパさんと沙也加ママさんの会話も、今日は耳に入らず、リビングの窓からじっと空を見ていた。そして、待ちきれなくなると、そっとリビングの大きなガラス窓を開け、ラバボーを肩にのせて、ウッドデッキのところに出た。もうすぐここに星のトレインがやって来て、お母様が…。そんなことを思いながら。と、その時、星のトンネルが開いて、ラバピョンがやって来た。

コメットさん☆:あ、ラバピョン…。おはよ。

ラバピョン:姫さま、おはようなのピョン。

ラバボー:ラバピョーン!。

ラバピョン:今日は、王妃さまをお迎えするのピョン。ラバボー、しっかりしてなのピョン。

ラバボー:はいだボ…。

コメットさん☆:ラバピョンは、すっかりお姉さんだねっ。

ラバピョン:…そ、そうでもないのピョン…。

 ラバピョンは、「お姉さん」と言われると、ちょっと困ったような顔になった。本当は、ラバボーの「恋人」と、呼んで欲しかったのだ。でも、なんだかラバボーをいさめるような口調で、話をしてしまったことに、少し反省するような気持ちになった。それはコメットさん☆が恋人でなく、「お姉さんだね」と言ったからに、ほかならなかった。

ラバボー:来たボ!。星のトレイン。

 微笑んでラバピョンの様子を見たコメットさん☆の肩で、ラバボーが小さく叫んだ。はっと空を見上げると、光の帯のように、星のトレインが飛んでくるのが見えた。コメットさん☆は、ラバボーをラバピョンのとなりにおろすと、急いで玄関まで景太朗パパさんと沙也加ママさんを呼びに行った。しかし、その間に星のトレインは、シューッという音を響かせながら、ウッドデッキの前に滑り込んだ。

 景太朗パパさんと、沙也加ママさん、コメットさん☆の3人は、星のトレインの後から、ウッドデッキの上に上がった。ちょうど扉が開いて、王妃さまがウッドデッキに姿をあらわした。ややグレーがかったベージュ色のスプリングコートを、上品に着こなした王妃さま。その姿を認めると、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、少し居住まいを正した。コメットさん☆は、ちょっと遠慮がちに、景太朗パパさんと沙也加ママさんの、半歩ほど後に、ラバボーとラバピョンを抱いて立った。

 王妃さまは、そっとウッドデッキから、春の鎌倉の空気を深呼吸すると、景太朗パパさんと沙也加ママさん、コメットさん☆にラバボー、ラバピョンの姿を見て言った。

王妃さま:こんにちは。景太朗さんと沙也加さん。いつも娘がお世話になりっぱなしで、申し訳ありません。また、私も今日は、おじゃまいたします。

 王妃さまは頭を下げた。

景太朗パパさん:こんにちは。遠いところ、よくいらっしゃいました。ぼくらも毎日楽しく過ごさせていただいてます。

沙也加ママさん:こんにちは、コメットさん☆のお母様。コメットさん☆には、私たちこそ、お世話になっているようなものです。お店なんか手伝わせてしまって、いつもすみません…。

王妃さま:いえ、それも娘にとっては、勉強の一つ…。いろいろ教えてやってくださいね。

コメットさん☆:…お母様…。

ラバボー:王妃さま、こんにちはですボ。

ラバピョン:王妃さま、こんにちはなのピョン。お久しぶりなのピョン。

王妃さま:こんにちは。元気にしていたかしら?。二人とも。

沙也加ママさん:ほら、コメットさん☆、そんなところで何しているの?。うふふ…。お母様にしっかり甘えたら?。誰も見てないわよ。

コメットさん☆:ええっ…。ラバボーもラバピョンも見てるし…。それに…、景太朗パパも…。でも…。お母様ぁ…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんにうながされて、ラバボーとラバピョンをちらりと見つつ、いつものように、しっかりと王妃さまに抱きついた。

王妃さま:あらあら。いつまでたっても、コメットは、甘えん坊ね。うふふふふ…。

 顔を押しつけるように王妃さまの胸に抱きつくコメットさん☆を見て、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、顔を見合わせ、にっこり微笑んだ。ラバボーとラバピョンも…。

 

 王妃さまは、それから30分ほど経つと、コメットさん☆とともに、また江ノ電の車中の人になっていた。

コメットさん☆:お母様、どうして電車で行くの?。成城なら星のトンネル使えるのに…。

王妃さま:…恋力で、…かしら?。

コメットさん☆:…え、あ…、う、うん…。

王妃さま:あんまり星力や、恋力に頼ってはいけませんよ、コメット。本当に大事なときに使うもの…。それに…、こうやってゆっくり行くことも、街の景色がよく見えて楽しいものですよ?。

コメットさん☆:…はい、お母様。…春だから、いろんな花が咲いてるね…。桜もいろなんところに…。

王妃さま:そうね…。海も輝いているわ…。ほら。

 王妃さまは、江ノ電の電車の窓から、七里ヶ浜の海を指さした。朝日に照らされた海は、青々として、気の早いサーファーたちをのせている。コメットさん☆は、じっとそんな海を見た。少しの思いを心に秘めながら…。

 江ノ電の電車は、藤沢のターミナルに着き、小田急線に乗り換えた。新宿行きの快速急行電車で、成城を目指す。

コメットさん☆:お母様、成城へは、新百合ヶ丘で乗り換えだよ。

王妃さま:あらそう。この電車は成城に止まらないのね?。

コメットさん☆:うん。

 普段電車に乗らない王妃さまだが、かつて地球にすんでいた時代、何度も乗ったのが、この小田急線なのだ。だから今でも、電車の自動改札や、複雑な停車駅などでは、それほどとまどうことはない。コメットさん☆は、そんなお母さんである王妃さまに、走り出した快速急行電車の中で少し疑問をぶつけた。

コメットさん☆:お母様、聞いていい?。お花見…だけじゃないんだよね?。お母様が来たの…。

王妃さま:うふふふ…。コメットは気になる?。…そんなに気にすることじゃないわ。コメットの将来について、少し沙也加さんとお話が出来るかしらと思って…。

コメットさん☆:やっぱり…、お花見だけじゃないんだ…。

王妃さま:もちろん、私だって桜は見たいですよ。かつて地球に住んでいたんですもの…。星国の桜はまだ咲かないし…。出来ればスピカとも会いたい…。それに…、やっぱり娘のことは、親として心配ですよ。

 コメットさん☆は、それを聞くと、ちょっとうれしいような、くすぐったいような気持ちになった。

 

 やがて、コメットさん☆と王妃さまは、電車を乗り換え、成城学園前駅に着いた。

ホームアナウンス:成城学園前、成城学園前です。急行の新宿行き。次は経堂に止まります。4番ホームは各駅停車の新宿行きです。急行新宿行き、間もなく発車いたします…。

王妃さま:ずいぶん変わったわね、この駅も。前に来たときもびっくりしたけど…。

コメットさん☆:このあたりの工事が完成したんだって。踏切がなくなったよ。

王妃さま:そう…。駅前はどうかしら…。昔のままだといいのだけれど。

 王妃さまは、成城学園前駅の変化に驚きながら、上りのエスカレーターに乗った。成城学園前駅は、地平にあった駅が、地下駅に改築されたのだ。

コメットさん☆:お母様、どっちかな?。

 コメットさん☆は、改札を抜けたコンコースで、王妃さまにどちら側かを聞いた。

王妃さま:新宿に向いて、左側よ。桜並木があるのは。

コメットさん☆:じゃあ、こっちだ。

 コメットさん☆は、指をさすと、王妃さまと二人で北口に出た。

コメットさん☆:わあ、ぜんぜん知らない街だ。

王妃さま:そうね。コメットは、こんなことでもないと、降りてみないでしょうね。…そこの前にある木は、私が知っているころからそのままの八重桜ですよ。白いのはオオシマザクラ。

 王妃さまは、駅前のバス停の並びにある街路樹を指さして言った。

コメットさん☆:そのバスの上にかぶさっている木?。まだ咲いてないね。白いのは咲いているけど…。白い桜きれい…。

王妃さま:八重桜は、もう少し後に咲くのよ。

コメットさん☆:うん。知って…いるような気がする。鎌倉にも時々あるもの。

王妃さま:そうね。桜は種類がたくさんあるのよ。

コメットさん☆:なんだか、お母様のほうが詳しいみたい…。…私、恥ずかしいな…。

王妃さま:うふふふ…。たまたま覚えているだけですよ。

 コメットさん☆と王妃さまは、狭い駅前の歩道を抜けながら、楽しげに話をした。やさしい春の日の光が、二人を照らす。駅前で直角に曲がっている道路には、車がゆっくり走っている。バスやタクシー、それに配送の車も多い。駅の周辺は、工事をしているところがあるものの、ほぼ昔の姿を留めていた。王妃さまとコメットさん☆の、二人だけのお花見は、成城学園前駅の北口から、さらに北に進んだあたりから始まった。

王妃さま:ほら、もうここから桜並木よ。ずっと向こうまで…。ね?。

コメットさん☆:わあ、ほんとうだ…。とってもきれい…。…薄いピンク色の花が、いっぱい咲いててトンネルみたい…。

 コメットさん☆は、王妃さまにうながされ、立ち止まって遠くまで見通した。細くなった道の両側に、ずっと先まで桜並木が続いている。街ゆく人たちも、時々立ち止まったり、ワゴンを出して売っているお菓子を買ったり、写真を撮ったりしていた。そんな様子を、目を細めるようにして眺める王妃さま。それを見てコメットさん☆もまた、とてもうれしくなった。大好きなお母様と、大好きな桜を見て歩く。星国では、一度もしたことがなかった経験が、たやすく出来てしまうことに、不思議な感覚も覚えた。

王妃さま:コメット、そこでお菓子が食べられるみたいだから、ゆっくり座って、お団子でも食べましょうか。

 コメットさん☆が、王妃さまの指さしたところを見ると、和菓子屋さんが露店を出して、団子やぼたもち、桜餅などを売っていた。その場で食べられるように、簡単な長いすと、テーブルも出してある。

コメットさん☆:はい。お母様。

 コメットさん☆は、元気よく答えた。

コメットさん☆:いただきまーす。

王妃さま:うふふふ…。コメットはお菓子好きね。

コメットさん☆:え…、だって、…甘くておいしいから…。

 コメットさん☆は、勢いよくお団子を口にしてから、王妃さまの言葉に、少し恥ずかしそうにした。二人が座っている木の長いすには、赤い布がかけられている。ふとそばの電柱を見ると、「桜祭り」のポスターが貼られていた。今日はどうやら、成城の桜祭りの日らしい。

コメットさん☆:お母様、今日は桜祭りだって。

王妃さま:あらそう。ちょうどよかったわね。だからこうしてお菓子屋さんが、出店を出していたりするのね。…お店と言えば、沙也加ママさんのお店のお手伝い楽しい?。

コメットさん☆:楽しいよ。時々、私の作ったものが売れるんだよ。

王妃さま:そう。ふふふ…。コメットの作ったものね…。どんなものを作るの?。

コメットさん☆:え?、えーと…、押し花のしおりとか…、貝殻のブローチとか…。紅葉のカードとか…。

王妃さま:そうなの。楽しそうねぇ…。きっと、買っていった人も、楽しく使っているわね。

コメットさん☆:…う、うん…。そうだといいけど…。あははっ…。

 コメットさん☆は、楽しそうに話した。春の風は、少し肌寒いかのようだったが、コメットさん☆には気にならなかった。久しぶりに、母である王妃さまとの会話が、楽しくてしょうがなかったからだ。

 王妃さまとコメットさん☆は、また成城の桜並木を歩き出した。

王妃さま:…ここは、本当に変わらないわ…。両側のおうちは、ずいぶん変わっているようだけど…。桜の木は本当に、あのころと変わらない…。

コメットさん☆:そうなんだ。お母様…。

王妃さま:もう、ここのお花見をしてから、何年が経つかしら…。地球から星国に帰って…、…私は結婚して…、あなたが生まれた…。スピカが地球に行って、そして帰ってきたと思ったら、地球の男の人と結婚するって…。うふふふ…。あの時はびっくりしたわ…。それから、ずいぶん時間がたったのだけれど、こうして桜の花たちは、待っていてくれたのねぇ…。

コメットさん☆:お母様…。

王妃さま:いろんなことがあったけど…。それに…、あなたにもいろいろなことが、きっと待っていると思うけど、いつか懐かしく思い出すものよ…。

コメットさん☆:お母様…、それって、私に何かが起こるの?。…知っているなら、教えて…。私なんだか心配な気がして…。

王妃さま:そんな、難しい意味なんてないのよ、コメット。…私の言っていること、何か心配?。

コメットさん☆:…ううん…。そんなことないけど…。

王妃さま:うふふふ…。コメットは敏感ね。いいことだけど、あんまり敏感すぎると、疲れてしまいますよ。…ところで、ツヨシくん好きなの?、コメットは。

コメットさん☆:えっ…。そ、そんな…。ツヨシくんは…、最初はかわいい男の子って思っていたけど…。このごろは…、私のこと好きって、…男の子として言っているみたいで…。私も…、どう言っていいかわからないけど…、特別なかがやきを持っているような気持ちになるよ…。

王妃さま:そう。

コメットさん☆:…どうして、お母様はそんなことを、突然聞くの?。

王妃さま:そうねえ…。

 王妃さまは、遠くの桜を見つめた。

コメットさん☆:私、なんか秘密にされて、私のことが勝手に決まるのは…、イヤだな…。

王妃さま:コメット、誰もあなたに、何か強制しようなんて、もう思っていないですよ。何も決まってなんていない…。あなたがいつか星国に帰るのかすら、決まっていないでしょう?。帰ってくるとしたら、いつ帰ろうなんて、コメットは決めているの?。

 コメットさん☆は、やさしい目で振り返った王妃さまの言葉に、はっとして立ち止まった。それにあわせて、王妃さまも立ち止まる。春のそよかぜに、桜の花が揺れる。コメットさん☆の背後で、枝ごとゆったりとした動きで、桜の花が揺れた。その時、突如として花をついばんでいたヒヨドリが、ピーッ、ピーッと鳴きながら、桜の枝から飛び立った。コメットさん☆は、びっくりして、その枝を見上げた。王妃さまは、そっとコメットさん☆の肩を、やさしく両手で持った。コメットさん☆は、そうされると、視線を高い枝から、王妃さまのやさしい顔、次いで歩いている道に落として答えた。

コメットさん☆:…決めてない…。決めてないよ、お母様…。

王妃さま:ゆっくり決めればいいのよ、コメット。たとえスピカがしたように、地球にあなたがとどまると言っても、あなたが自分で決めたことなら、みんないつかは納得してくれるでしょう…。

コメットさん☆:はい…。お母様…。

テントの人:いかがですかー、苗木の配布でーす。あ、そこのお母さんと娘さん、おうちに桜を植えませんか?。苗木の無料配布していますよー。

 コメットさん☆と、王妃さまがふと目を上げると、まっすぐな道路の右脇にテントが張られており、中で作業服のおじさんたちが、ちょうど桜の苗木配布が始めたところだった。並んでいたのかもしれない人々が、次々に苗木を手にしていく。細いソメイヨシノの苗木だ。集まっていた人の数に対して、苗木は余っているようだった。そこで、おじさんの一人が、5メートルほど離れた位置にいた、コメットさん☆と王妃さまにも、声をかけたのだ。

コメットさん☆:え…、あ、あの…。

テントの人:どうぞー。遠慮しないで。おうちに植えてね。きっときれいな桜が咲きますよー。

コメットさん☆:あ、は、はあ。…ど、どうも、ありがとう…ございます…です…。

 コメットさん☆は、思わず差し出された苗木を手に取ってしまった。王妃さまは少しびっくりしたような顔をして、それからまた微笑んだ。

王妃さま:あらあら、いただいちゃって…。どうするの?、コメット。

コメットさん☆:だ…だって…。…急に思っちゃった。…いつか私が、星国に帰っちゃったら、この木があれば、みんな私のこと思い出してくれるかなって…。

 その言葉を聞いた王妃さまは、はっとした。そこまで踏み込んだことを、コメットさん☆が考えているとは、少なくとも今は思わなかったからだ。

王妃さま:…コメットは、そんなことを考えているの?。そうねえ…、花の季節になるたびに、みんな思い出すでしょうね…。でも…、植えていいですか?って、沙也加ママさんに、電話して聞いてごらんなさい。

 王妃さまは、一瞬硬い表情になったが、またやさしく微笑んで、コメットさん☆にうながした。コメットさん☆は、ティンクルホンをポケットから取りだした。

 

 夕方になって、コメットさん☆と王妃さまは、藤吉家に戻ってきた。もう沙也加ママさんが、電話で聞いて知っていたから、景太朗パパさんは、コメットさん☆がもらってしまった桜の苗木を植えるための穴を、大きく掘って待っていてくれた。

景太朗パパさん:ほら、コメットさん☆、お母様といっしょに、そこに植えなよ、その苗木。…でも、思ったより細いなぁ…。ちょっと大きく掘りすぎたかな?。

沙也加ママさん:もう、パパったら、だから大きすぎって言ったじゃない。コメットさん☆が持てないほど大きい木のわけないでしょ?。

景太朗パパさん:あはははは…。つい…、ね。

ツヨシくん:コメットさん☆が植えるなら、ぼくも手伝う。

ネネちゃん:私も。今シャベル持ってくるね。

沙也加ママさん:王妃さまも、よろしければどうぞ。

王妃さま:もう何から何まですみません…。桜祭りをやっていて、偶然通りかかったら、コメットがいただいてしまって…。

コメットさん☆:沙也加ママ、景太朗パパ、ごめんなさい…。

景太朗パパさん:いやいや、いいんだよ。うちで花見ができるじゃないか。

沙也加ママさん:そうよ、コメットさん☆。……花見が出来るまでには、かなりかかるんじゃない?、パパ。

景太朗パパさん:あー、いや、そ、そうかもね…。あっはっはっは…。

王妃さま:うふふふ…。

コメットさん☆:あはははっ…。

ツヨシくん:あはははは。パパ計算違い?。

ネネちゃん:パパ面白ーい。あははははは…。

沙也加ママさん:ふふふふ…。もう仕方のないパパ。

 景太朗パパさんの笑い声につられて、みんなが笑った。しかし、コメットさん☆が、この木をとっさにもらってきた本当の意味を、理解しているのは、王妃さま以外にいなかった。

 コメットさん☆のもらってきた、細い桜の苗木は、それでも無事、コメットさん☆自身と王妃さまの手で、景太朗パパさんの掘った穴に、ツヨシくん、ネネちゃんの泥かけもあって植えられた。沙也加ママさんがホースで水をやって、根っこを助けるようにする。景太朗パパさんが、「支えをつけて倒れないようにしておくよ」と言ってくれた。

 

 夜のとばりが降りて、コメットさん☆は王妃さまといっしょにお風呂に入った。王妃さまの背中を、久しぶりに流してあげた。コメットさん☆は、少し気恥ずかしいような、うれしいような気持ちになっていた。王妃さまは、コメットさん☆の体を見て、ゆっくりと成長している娘に安心した。そして二人はお風呂から出ると、景太朗パパさんと沙也加ママさんに、あいさつした。ツヨシくんとネネちゃんは、もう眠っている。

王妃さま:それじゃあ、おやすみなさいませ、景太朗さんと沙也加さん。

景太朗パパさん:おやすみなさい。

沙也加ママさん:また明日ですね。おやすみなさい。あ、コメットさん☆、お母様といっしょに寝たら?。

コメットさん☆:…えっ…。そ、それはちょっと…。一人で寝ます…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの思いがけない言葉に、恥ずかしくなって、あわてて手を振って答えた。そして王妃さまを見ると、王妃さまはにっこりと微笑んでいた。

 コメットさん☆と王妃さまは、二人で2階への階段を上がった。そしてコメットさん☆はいつもの自分の部屋へ、王妃さまはコメットさん☆の部屋の北側にある、新しい部屋へ。

王妃さま:それじゃコメット、また明日ね。

コメットさん☆:はい、お母様。明日もどこかに出かけようよ…。

王妃さま:いいですよ。

コメットさん☆:わはっ、うれしいな…。おやすみ、お母様。

王妃さま:おやすみなさい。

 王妃さまのやさしい顔を見て、なんだか心がいつになく落ち着いたコメットさん☆は、パジャマ姿で自分の部屋に入っていった。王妃さまも、コメットさん☆のとなりの部屋に入り、星力でパジャマに着替えた。そしてベッドに横になると、つぶやいた。

王妃さま:コメットも、だんだんは大人になるのね…。今夜はよく眠れそうだわ…。

 王妃さまが、横を向いて目を閉じた時、小さく部屋のドアが音をたてるのを聞いた。王妃さまは最初、ドアが叩かれたのだとは思わなかったが、再度ドアが叩かれるので、そっと返事をしてみた。確かに「コン、コン」と。

王妃さま:…どなた?。

コメットさん☆:…あ、あの、お母様…。

王妃さま:コメット?。どうしたの?。お入りなさい。

 するとコメットさん☆は、ドアを開けて中に入ってきた。手には枕を持っている。

コメットさん☆:…お母様、沙也加ママにはああ言ったけど…、やっぱりいっしょに…、寝てもいい?。

 コメットさん☆は、顔を真っ赤にしながら、か細い声で聞いた。枕をしっかりと右手に抱え、ピンク色の小花柄パジャマで、裸足のコメットさん☆は、今はただ小さな女の子そのもので…。

王妃さま:ふふふふ…。コメットも、だいぶ大人になったかと思ったら、まだまだ子どもね…。いいですよ。いっしょに寝ましょ。

コメットさん☆:…お母様…。

 コメットさん☆は、王妃さまにそう言われると、王妃さまが少しずれてくれたベッドの隙間に、滑り込むように入り、枕を置くと、王妃さまの方に向いて、横になった。コメットさん☆は、少し赤い恥ずかしそうな表情で、潤んだような目をしながら、王妃さまを見た。王妃さまも、自らの娘であるコメットさん☆をじっと見つめ、そっと胸に抱き、毛布を掛けた。

王妃さま:もう…、何年ぶりかしらね…。星国でも一人で寝ていたあなたを、こうして抱っこして寝るのは…。

コメットさん☆:…お母様ぁ…。

 コメットさん☆は、いつになく甘えた気持ちになるとともに、安心感に浸っていた。小さな子どものころに戻ったような気持ち。ずっと遠い子どものころの記憶にある母のぬくもり。そんな幸せな、あったかい気持ちは、王妃さまとじっと見つめ合うコメットさん☆を、心地よい眠りに誘う…。

王妃さま:…コメット?、コメット?。…あら、もう寝てしまったのね。…コメットは、意外と甘えん坊ねぇ…。うふふふ…。どんな大人になるのかしら?。

 王妃さまの胸に抱かれて、すやすやと眠るコメットさん☆。遠い過去のいつかのように、娘の髪の毛をなでながら、王妃さまもいつしか眠りについた。

 

 翌日、藤吉家はいつものようなあわただしい朝を迎え、ツヨシくんとネネちゃんは、学校に飛び出して行った。景太朗パパさんも、今日は横浜の神奈川県庁まで、仕事の書類を出しにお出かけだ。

景太朗パパさん:いやあ、せっかくコメットさん☆のお母様がいらしている時に、どうもバタバタしているんですが、横浜まで、仕事で出かけてきます。どうぞゆっくりしていらしてください。午後には私も帰ってきます。

王妃さま:横浜ですね。昔地球に住んでいたとき、行きましたねえ…。お仕事でお出かけですか?。お疲れさまです。どうか気をつけて行ってらしてください。

景太朗パパさん:あ、どうも、なんだか恐縮ですね…。ありがとうございます。…じゃあママ、行って来るからね。

沙也加ママさん:パパ、送って行かなくていいの?。

景太朗パパさん:ああ、いいよ。鎌倉山駅からモノレールに乗って、大船から行って来る。よく王妃さまとお話でもしておいて。何か買ってくるからさ。

沙也加ママさん:うふふ…。わかったわ。お願いね。

コメットさん☆:景太朗パパ、いってらっしゃい。

 景太朗パパさんが出かけると、広い藤吉家には、コメットさん☆と王妃さま、それに沙也加ママさんが残った。沙也加ママさんも、お店に行かなければならない。

コメットさん☆:沙也加ママ、私お掃除と洗濯しちゃいます。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆いいのよ。今日はお母様とゆっくり…。

王妃さま:いえいえ。コメットには、どうぞおうちのお手伝いを言いつけてやってください。

沙也加ママさん:…なんだか、すみません…。じゃあ悪いけど、コメットさん☆、洗濯だけお願い。掃除は私があとでやるわ。

コメットさん☆:…はい。じゃ、洗濯機回しますね。洗面所とお手洗いのタオル、洗っておきます。あと…、お風呂のマットも…。

沙也加ママさん:そうね。お願い。ごめんね…。

コメットさん☆:いいえ。

 コメットさん☆は、素足にスリッパで、洗濯機のあるほうに駆けていった。一方王妃さまは、沙也加ママさんに言った。

王妃さま:沙也加さん、少しお話してもいいでしょうか?。

沙也加ママさん:…はい。コメットさん☆のこと…、ですか?。

王妃さま:ええ…。

沙也加ママさん:私も少し、お母様のご意見をうかがいたいことがあります。

王妃さま:そうですか…。コメットの将来のこと…、ですね?。

沙也加ママさん:王妃さまにはお見通しなんですね…。ふふふ…。少し外に出てお話ししませんか?。

王妃さま:お仕事の前に、申し訳ありません。

沙也加ママさん:いいえ。どうか、気になさらないでください。うちの藤吉も、お母様とお話しするように申しておりました。

 二人は、ウッドデッキの端までゆっくり歩いて、その上に上がると話し始めた。

王妃さま:沙也加さん、たぶんわたくしの話も、沙也加さんが思ってらっしゃることに関係があること…。よろしければ、聞かせていただけませんか?。

沙也加ママさん:あ…、お母様のお話を先にとも思いましたが…。それでは…。…実は先日、うちのツヨシが、「コメットさん☆のおムコさんになりたい」と、学校のクラスで言ってしまいまして…。

王妃さま:うふふふ…。そのようでしたねえ…。ツヨシくんは、とてもいい子ですね。コメットのこと、大好きになってくれてるようですね。

沙也加ママさん:あ、お母様は…、ご存じでしたか…。うちのツヨシは、それはもうコメットさん☆、コメットさん☆と、コメットさん☆が大好きなのです。それはまあ、私としては微笑ましく思っているのですが…。でも、よりにもよって、「おムコさんになりたい」と、クラスじゅうに言ってしまうことも、深く考えてみると、私や藤吉が思っていたよりは、ずっとツヨシなりに真剣なんではないかと…。…ええと、その、そのことで、ツヨシが、本当にコメットさん☆のおムコさんになるかどうかはともかくとして…。お母様である王妃さまは、コメットさん☆の将来について、どのようにお考えかというのを、一度うかがっておきたいと思いまして…。

王妃さま:…それは、わたくしが、コメットの将来の結婚相手について、どう考えているか、ということですね?。

沙也加ママさん:え、ええ…。

 沙也加ママさんは、いつもより、少し落ち着きなく答えた。それに対して王妃さまは、少し目線をあげて、立ち木の梢を見つめた。そして静かに語った。

王妃さま:…わたくしには、妹がいまして、その妹は、地球の男の方と結婚しました。今、地球に住んでおります。

沙也加ママさん:…えっ!?。そ…、そうなんですか?。

王妃さま:はい…。ですので、もし、コメットが、地球の男の子と、いつか結婚したいと言いだしても、コメットがよく考えて、選んだ人ならば、出来る限り支えてあげたい…。そうは思っております。…ですから、本人の意思が一番…。親のわたくしは、それを支えることしかできませんから…。…もし、ツヨシくんが、いつか大人になって、コメットと結婚したいと思い、そしてコメットも、ツヨシくんと結婚したいと思うなら、わたくしはあの子の父や、星国の人々を説得するつもりです。

沙也加ママさん:…そ、そうですか…。で、でも、ツヨシはまだ子どもです。コメットさん☆と、結婚するなんてことが…、あるとすれば、いったい何年先になるのか…。

王妃さま:…そうですね。コメットが、そんなに長くお世話になるわけにも行きませんね…。

沙也加ママさん:あ、いいえ。それはいいんです。うちの藤吉も、私も、コメットさん☆がうちにいてくれることを、とてもうれしく思っています。…その、なんていうか…、ネネの少し先を見せてくれる大事な…。こんなことを言うと、お母様に失礼かもしれませんが…、…その、大事な「もう一人の娘」のような気がして…。…ですから、いつまででも、コメットさん☆がもういいと思えるまで、いて欲しいと思います。

王妃さま:いつも一方的にお世話になりっぱなしのコメットですが、本当に景太朗さんと沙也加さんには、いろいろ教えていただいて、申し訳なく思っていますし、ありがたいと思っています。わたくしも、こんなに長い間、お世話になるとは、思っていませんでした。これからもお世話になりっぱなしでしょうけれども…。

沙也加ママさん:私は…、最初三島佳祐君と、コメットさん☆が仲良くしているのを見て、互いに意識しあうような関係が、ずっと続くといいなぁ、いつかそれが、実を結ぶとなおいいなぁなどと思っておりました。ですが……。

王妃さま:ケースケくんですね…。コメットは、ケースケくんにはあこがれのような、それでいて特別な恋心を感じているのでしょう…。コメットは、タンバリン星国の王子と、結婚させられそうになったことが、今になってどういう意味を持っていたのか、結婚とは何か、ということに気付き、そしてだいぶ傷ついたようですね。それは親として至らなかったと、わたくしも反省しております…。今、コメットにとって、本当に幸せなこととは何か?、ということを、大事に考えていきたいと思っているところです。

沙也加ママさん:そうですね…。私はコメットさん☆が、わが家の、いえ、みんなの希望の星だと思っています。…ありきたりな言い方になってしまいますけど…。…ネネの未来を前もって見せてくれる、それでいて、ネネとはまた違った感性を持っている、時期的にも多感な女の子という感じです。その子の将来パートナーになる人には、どんな人がいいのかしら?、というのは、大変申し訳ないのですが…、星国が、ということより、コメットさん☆自身の幸せのために、考えてあげたい…と、思っているのです。

王妃さま:…実はわたくしもそう思いますわ、沙也加さん。コメットは、星国の、星の子と呼ばれるものたちや、星ビトたちの信頼はとても厚いです。ですが、そのことが、あの子の重荷になるようなことがあっては、かわいそうだと思ってます。ですから、例えばツヨシくん、ケースケくんという男の子が、あの子を想ってくれて、いつかそれが互いを愛する気持ちになって、結婚し、星国に帰る、または帰らないということになっても、それはそれでいい。また別な男の子が現れても、プラネット王子が相手になっても、それならそれでもいい…。全てはきっと、一番よい星の導きがあるだろうと、信じています。相手がだれであっても、あの子が「この人」と決める人なら、きっといい人を選ぶ…。そのように思っています。

沙也加ママさん:…そうですか。よかった…。なんだか…。あはははは…。

王妃さま:うふふ…。どうされましたか?。

沙也加ママさん:いえ、その…。実は…、コメットさん☆は、私の妹のような気持ちもあるんです…。こんなこと言うのは恥ずかしいんですけど…。…私、小さいころから妹が欲しくて…。ずいぶん母にお願いしました。…でも、そんなの無理ですよね。そうしたら…、ある時突然コメットさん☆が…。うれしかったです…。本当は…。だから…、その欲しくて仕方なかった妹が、誰よりも幸せをつかんで欲しいなって…。いつもそう思うんです…。

 沙也加ママさんは、少し潤んだ目をしながら、遠くの海のほうを見た。

王妃さま:そうですか。それは親としてもうれしいですね…。コメットが、そんな思いを沙也加さんに抱かせていたとは、気付きませんでした。ありがとうございます…。…では、一つ私の方からもうかがっていいでしょうか?。沙也加さんは、コメットが「たくさんのかがやき」、「自分自身のかがやき」を見つけるために、今ここにいることを、ご存じだと思います。…沙也加さんから見て、コメットが、それらを見つけきったと思うのは、いつだとお思いですか?。

沙也加ママさん:…それは…、難しいけど…。私、思うんです。人って、いつもかがやきを追い求めているんじゃないかって…。かがやきは、希望や夢が放つ光、また、それに向かう勇気の光…。そんなふうに私なりに考えたんですけど…。そうだとすると…、それは誰もが、いつも求め続けるているもので、日々見つかっているけれど、それには終わりがないんじゃないか…、そう思うんです。…コメットさん☆も、星の国の王女さまである前に、一人の思春期の女の子…。すると…、自分のかがやきを、見つけきることなんて…、ないんじゃないかって…。

 沙也加ママさんは、背筋を伸ばすようにしながら、遠くに向けていた目線を、言い終わりに王妃さまに向けた。

王妃さま:まあ!。そうですか。…星国は、星力があらゆるところに働き、それがなければ、何もできないような世界です。本当は…、地球から見れば、地球よりかがやきが少ないところ、…なのかもしれませんね…。でも…、それはそれでいいのかもしれません。そうでなければ、わたくしもコメットも、地球に留学した意味なんて、なかったかもしれませんから…。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、うちに「かがやき」を探しにやって来たと言いました。それなら、うちには、この地球には、きっとかがやきがあると思ったから、コメットさん☆は来てくれた。そう思えます…。それはなんだか、とてもうれしいです。

 沙也加ママさんは、また遠くの海を見て言った。王妃さまもまた、沙也加ママさんに並ぶようにして、ゆっくりと頷いた。

 

 コメットさん☆は、洗濯を終えると、また王妃さまといっしょに出かけていった。今度は鎌倉駅の周辺から、沙也加ママのお店「HONNO KIMOCHI YA」へ。そしてケースケのアパートと、プラネット王子の住む橋田写真館も、外から見た。江ノ島に渡って、展望灯台から遠くを見たり…。

 そしてうちに帰ってきてみると、横浜から仕事を終えてきた景太朗パパさんが、お菓子とともに「御殿場ザクラ」という桜の、手のひらほどの小さな鉢植えを、そっと買ってきてくれていた。「ちょっとしたお花見に」と、鉢植えをコメットさん☆に手渡す景太朗パパさん。コメットさん☆は、思わぬおみやげに大喜びをして、王妃さまにそれを見せた。王妃さまも、はしゃいだように喜ぶコメットさん☆を見て、目を細めた。

 コメットさん☆の未来は、ツヨシくん、ネネちゃんとともに、ずっとずっと遠くに続いている。コメットさん☆のかがやき探しの旅。それは、まだずっと終わらない。なぜなら、希望や夢が放つ光、それに向かう勇気の光である「かがやき」は、永遠に失われることはないから…。王妃さまは、星国は逆にかがやきの少ない世界かもしれないと言う。それなら、コメットさん☆が求めるかがやきは、地球にあふれているはず…。いつかコメットさん☆は、星国に帰るのかどうか。その答えは、コメットさん☆自身にも、実はまだわからない。コメットさん☆が成城の桜祭りでもらって、藤吉家の庭に植えられた桜の木。その木が立派に花を付け、お花見すら出来るようになるころ、コメットさん☆はそこにいるだろうか、それとも…。景太朗パパさんの買ってきてくれた、御殿場ザクラの花が、春のまだわずかに冷たい風に揺れる…。

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★第196話:バードテーブルと鳥たち−−(2005年4月中旬放送)

 桜の季節は終わり、新緑の季節になる鎌倉。サツキの花も咲き始め、ようやく暖かい日が続くようになった。そんなある天気のいい土曜日のこと、コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは、景太朗パパさんといっしょにウッドデッキの修理をすることになった。沙也加ママさんは、午前中仕入れで留守である。

景太朗パパさん:ここの床板は部分的に張り替えるしかないなぁ。板買ってきたから、ここはぼくがやるから…。

コメットさん☆:だいぶ傷んでいるんですか?。星力で直しましょうか?…。

景太朗パパさん:この前強い風が吹いた日に、大きな植木鉢動かそうとしたら、手が滑って床の板を割っちゃったんだよ。だからぼくが直すからいいよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:…はい。

景太朗パパさん:いっぺん知り合いの業者さんに頼んで、全体的に見てもらおうとは思っていたんだよね。でもまあ、せっかくだから、自分たちでやれるところはやろうかって思ってさ。…だから、おーい、ツヨシとネネ、コメットさん☆といっしょにテーブルといすだけペンキ塗りしてくれよ。

ツヨシくん:えっ?、ペンキ塗りっ!。おい、ネネやろう!。

ネネちゃん:ペンキ塗りー。

 芝生で遊んでいたツヨシくんとネネちゃんは、喜んでウッドデッキのところまで駆けてきた。

コメットさん☆:ペンキ塗り…。何色にするんですか?、景太朗パパ。

景太朗パパさん:そうだねぇ、…もっとも茶色しかペンキ買ってきてないんだけどさ。あはははは。今までと同じような色でどうかな?。あんまり赤とかピンク、ライトブルーとかじゃあ、まわりにあわないでしょ?。

コメットさん☆:あっ、そっか…。そうですね。

 コメットさん☆は、家とそのまわりに見える林、花咲く木々、隣近所の家を見渡した。

 

 景太朗パパさんは、巻き尺を板にあて、割れた板と同じ寸法になるよう、新しい板をノコギリで切り出す。コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、汚れてもいいように、古いトレーナーや、サイズが小さめになったスパッツやズボンをはいて、手には手袋をしてペンキ塗りの準備。腕にはアームカバーをしてみた。これは沙也加ママさんが用意しておいてくれた。

 まずテーブルといすに、サンドペーパーをざっとかけて、古い塗装ではがれる部分は、あらかじめはがして取り除いておく。ほこりが出るので、この作業は、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょに、コメットさん☆もマスクをかける。

コメットさん☆:わあっ、ずいぶん汚れがついてる…。

ツヨシくん:煙があがるよ、コメットさん☆。

ネネちゃん:古いペンキが落ちていくよ。

コメットさん☆:あんまり強くこすらなくてもいいって。景太朗パパが。

ツヨシくん:ペンキがぽろぽろはがれるところは?。

コメットさん☆:それははがしたほうがいいんだと思うよ。

ネネちゃん:いろんなところがあって大変。

 テーブルといす。四角い形だから、簡単かと思うと、実はそうではない。いすの裏側や足の補強、テーブルなら天板の補強など、思いもかけない複雑な木組みになっている。そうでなければ、強さが足りなくて、みんなが座ったり、ものを置いたりは出来ない。それでサンドペーパーでこするところも多いし、したがって塗装するところも多いのだ。

 ようやくなんとかサンドペーパーがけを終わらせると、今度はいよいよペンキ塗り。景太朗パパさんのほうも、とんとんと金槌の音が聞こえる。真新しい板が、取り替えたところだけはめ込まれているのが見える。

コメットさん☆:わはっ。景太朗パパが取り替えたところだけ、木が白くなってる。

ツヨシくん:ほんとだ。

ネネちゃん:あそこもペンキ塗るんだよね?、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうだね。そうしないと変だよね。ふふふ…。

 張り替えてそこだけ白木の色になっているウッドデッキの床を見て、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは少し手を休め、その白さに見入った。

 やがてコメットさん☆たちは、ペンキ塗りを始めた。

景太朗パパさん:いいかい?。刷毛は一定の方向に向けるんだよ。途中で反対にしないのがうまく塗るコツだよ。

コメットさん☆:はい。細かいところはどうやれば?…。

景太朗パパさん:少し小さい刷毛もあるから、それで塗って。塗料は水性のにしてあるから、絵の具を絵に塗るよりは、少し厚手に塗る感じで。

ツヨシくん:裏側とか難しそう…。

ネネちゃん:たくさん塗るところあるね!。

 ツヨシくんとネネちゃんは、その口ぶりよりは楽しそうだ。コメットさん☆も、刷毛を手に持ち、紙コップに塗料を取ると、まずいすを裏返しにして、座るところの裏から塗り始めた。ツヨシくんも背あての後側から塗っていく。ネネちゃんはもう一つのいすに。茶色い塗料は、刷毛でどんどん塗り広げられていく。裏側の複雑なところも、小さい刷毛を使えば、それほど大変ではなかった。

 お昼前になるころ、ペンキ塗りはかなり進み、あとはテーブルの天板と、景太朗パパさんが張り替えた床の一部を残すだけとなっていた。コメットさん☆もツヨシくんもネネちゃんも、手袋や着ているもの、それに顔には、少しずつペンキをつけてしまったが…。景太朗パパさんは、片づけようと板の切れ端を集めていて、ふと思いついて、ガレージにある少し幅の広い板を持ってきた。

景太朗パパさん:けっこう幅の広い板があった。

 コメットさん☆は、顔を上げて、景太朗パパさんを見た。

コメットさん☆:景太朗パパ、何か作るんですか?。

景太朗パパさん:うん…。

沙也加ママさん:ただいま。どう?、うまくいってる?。

 その時ちょうど沙也加ママさんが、仕入れをすませて帰ってきた。午前中は雑貨の仕入れに行って、午後からお店を開けるのだ。

景太朗パパさん:ああ、ママおかえり。まあ特に問題なく行っているよ。

ツヨシくん:あ、ママおかえり。ぼくとコメットさん☆とネネで、テーブルといす塗ったんだよ。

ネネちゃん:ママ、何か売れるもの買えた?。

沙也加ママさん:よかった…。…あら、きれいになったわね、テーブルといす。こうなるとほかのところも塗り替えしたいわねぇ…。ネネ、いつも売れると思って仕入れているんだけどなぁ。

景太朗パパさん:さすがに全体は塗り替えられないからねぇ…。

沙也加ママさん:パパ、ところで何作ってるの?。

景太朗パパさん:え?、ああ、たまたまガレージに、幅の広い板があったからさあ、バードテーブルでもどうかなって思って…。

沙也加ママさん:はあ?、バードテーブルぅ?。どうしてまた。

景太朗パパさん:…どうしてって…、深い意味はないけどさ…。まあみんなでどんな鳥がやってくるか、見られればいいかなあって思ったから…。

沙也加ママさん:そんなことすると、鳥が来てフンばかりして行くわよ?。

景太朗パパさん:そりゃあまあそうだけどさ…。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんの思いつきに、やや難色を示しているようだった。ツヨシくんとネネちゃんは、顔を見合わせた。それを見たコメットさん☆も、少し心配になった。

コメットさん☆:…あ、あの…。沙也加ママ、桜の花をついばんで落としてしまう鳥って何ですか?。…調べても、わからなくて…。

沙也加ママさん:えっ、あ、それはたぶんヒヨドリよ、コメットさん☆。けっこう大きくて、たくさんいて、春先花を食べちゃうんで、きらいって人もいるわね。

コメットさん☆:…ヒヨドリさん…。

沙也加ママさん:そう。でもね、ヒヨドリは果物が大好きなのよね。だから果物をあげておけば、花は食べられないですむかも…。

景太朗パパさん:そうだよね。だから、バードテーブル作って、みんなで鳥を見ようよ。

沙也加ママさん:…あ、あれ?。ち、ちょっといつの間にか、作ることになっているじゃない。

ツヨシくん:作ろうよー、ママぁー。

ネネちゃん:ネネちゃんも鳥さん見たい。

沙也加ママさん:…しょうがないわね。みんなで見るのよ。それに汚れたら、みんなできれいにしてね。

ツヨシくん:やったぁ!。

ネネちゃん:わあい、鳥さん鳥さん。

景太朗パパさん:はーい。

コメットさん☆:…はい…。

沙也加ママさん:もうっ。パパったら、こういう時だけ返事がいいんだから…。しょうがないなぁ…。ふふふ…。

 沙也加ママさんは、ちょっと困ったような顔をしながらも、最後は微笑んでいた。コメットさん☆のほうが、つい話題を少し変えようと意識したことが、逆に景太朗パパさんのアイディアを後押しする形になってしまい、ちょっとそれでよかったのか、とまどった。

 ともあれ、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんがテーブルの天板と、景太朗パパさんが張り替えた床を塗り終えるころ、景太朗パパさんはバードテーブルを組みあげた。

 と、その時、珍しくメテオさんがやって来た。

メテオさん:こんにちは…。コメット、何やっているの?。

コメットさん☆:あ、メテオさん。ペンキ塗りだよ?。メテオさんは?。

沙也加ママさん:あら、メテオさん。こんにちは。

メテオさん:私は…、あ、こんにちは。

 メテオさんは、コメットさん☆に答える前に、沙也加ママさんにあいさつした。門のほうに背を向けて作業していた景太朗パパさんと、刷毛目がなるべくつかないように床を塗っていたツヨシくん、ネネちゃんは少し顔を上げた。

景太朗パパさん:おや、メテオさんいらっしゃい。

ツヨシくん:あー、メテオさんだぁ。

ネネちゃん:メテオさん、いらっしゃーい。

メテオさん:こんにちは。

沙也加ママさん:それでそれで、メテオさんどうだった?。

 沙也加ママさんは、メテオさんに少しあわて気味に聞いた。何事か頼んでいるかのように。景太朗パパさんが、何だろうと思いつつ、手を止めてメテオさんと沙也加ママさんをじっと見ていた。コメットさん☆も、刷毛を持ったまま、顔だけそちらに向けている。

メテオさん:はい。取れましたから。どうぞこれ。

 メテオさんは、何かしらチケットを取り出し、沙也加ママさんに渡した。

沙也加ママさん:わあーありがとう。本当にいいの?。ありがとね、メテオさん。せっかくだからお茶でも飲んでいかない?。

メテオさん:いいえ。どういたしまして。こんなことなら、おやすいご用ですわったら、ご用ですわ。

沙也加ママさん:イマシュンのコンサートチケット、なかなか手に入らないのよねー。うれしいっ!。

 それを聞いて、景太朗パパさんの顔が、一気にげんなりしたものになった。そっちを向くだけ無駄だったというように、前に向き直ると、眉をひそめ気味に作業を続けた。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

景太朗パパさん:ママったら、いまだにイマシュンにぞっこんなんだ…。

コメットさん☆:け、景太朗パパ…。

 景太朗パパさんは、誰に言うともなくつぶやいた。コメットさん☆は、何と答えていいのか、困ったような気持ちになった。

ツヨシくん:わーい、ぼくたちも行けるの?。

ネネちゃん:えーと、ママと、私と、コメットさん☆と、ツヨシくん。パパは?。

沙也加ママさん:そうねー。パパはどうする?。

景太朗パパさん:…はぁ…。ぼくの分までチケットあるんなら…、えへん!。行きますよ、ぼくも。

沙也加ママさん:あら?、パパがイマシュンの歌に興味を持つなんて…。珍しいわね。

 景太朗パパさんは、ため息をつきながら答えた。

メテオさん:な…、なんかいいの…かしら?…。

 メテオさんも、いつになくとまどったような顔になった。ところがその時ツヨシくんが…。

ツヨシくん:コンサート、コンサートだと、イマシュン、「She is my lover」って歌うのかな?。…あっ…。うわーー!。

コメットさん☆:あっ、ツヨシくん…。

ツヨシくん:…やっちゃった…。

ネネちゃん:あーあ…。

メテオさん:どうしたの?。あっ!。

 なんとツヨシくんは、今の今までペンキを塗っていたいすに、ついいつものように座ってしまったのだ。当然スボンのお尻は、真っ茶色にペンキが…。しかし、それを見たコメットさん☆は、すかさずバトンを出した。そして…。

コメットさん☆:ツヨシくん、大丈夫だよ。そのままそっとこっちに来て。それっ!。

 コメットさん☆は、バトンを振ると、ツヨシくんのズボンも、ツヨシくんのお尻のあとがついてしまったいすも、ちゃんと星力で元通りにした。

ツヨシくん:あ、…あれ?。わあ、元通りっ!。ありがとうコメットさん☆。

景太朗パパさん:おおっ、コメットさん☆、やるなあ。助かったな、ツヨシ。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆ありがと。洗濯が大助かりよ。

コメットさん☆:あ、い、いえ…。

 そんな当たり前に星力を、みんなに使うコメットさん☆を目の当たりにしたメテオさんは、少し驚いて、目を見開いた。そして思った。

メテオさん:(景太朗さんも、沙也加さんも、コメットが星ビトだということが、まるで当たり前だわ…。コメットが星力を使うのも、なんだか特別なことじゃない…。なんでもいっしょだし…。いろいろなことが相談できて、いいわね…。)

 それはメテオさんが、いつでもせいぜいムークと相談する程度で、いろいろなことを考えて、決めなければならないことに、少し疲れた気持ちを感じることがあったから…。恋人のこと、女の子のこと、男の子のこと、星国のこと、未来の自分のこと…。幸治郎さんと留子さんは、今やとてもうち解けた本当の父母のようにも思えるけれど、さすがに星国のことなど、話しても信じてもらえると、メテオさんには思えない。もし自分が、この星の人間でなく、星力を操る王女であると知ったら、いったいどんな反応が返ってくるのだろう?。…しかもそれは、瞬さまとて同じかも…。…そう思うと、メテオさんは、たまらないような気持ちになるのだった。

メテオさん:(こんなこと、誰に吐き出せばいいの?…。)

 メテオさんが、ふうっとそんなことを考えていると、何となく視線が下向き加減になってしまっていた。そんなメテオさんの様子を見た景太朗パパさんは、声をかけた。

景太朗パパさん:どうしたんだい?、メテオさん。

メテオさん:…えっ!?、あ、いいえ…。何でもありませんわったら、何でもありませんわ。

 メテオさんは、びっくりして顔を上げた。

景太朗パパさん:そうか…。…そう…。今年の夏は、またいっしょに旅行に行けるといいね、メテオさん。

メテオさん:えっ?。…は、はい…。

 メテオさんは、見透かされたような景太朗パパさんの言葉にはっとして、恥ずかしそうに答えた。

沙也加ママさん:さあ、メテオさん、お茶どうぞ。せっかくだから、少しお話ししましょ。ね?。

 沙也加ママさんが、玄関から出てきて、メテオさんを呼んだ。そのやさしそうな表情を見ると、メテオさんもとまどったような顔から、すっとほっとしたような表情になった。

メテオさん:はい。お言葉に甘えて、おじゃましますわ。

 

 3時のおやつになるころ、バードテーブルは完成し、リビングから少し見える、それでいて星のトレインが来るのにじゃまにならず、物干しから離れたところに立てられた。ウッドデッキからガレージに降りる階段の脇、というようなところである。

 メテオさんは、それより前に、潤んだような目をしながらも、なぜか少し晴れやかな顔になって帰っていった。コメットさん☆は、そのメテオさんの表情を見て、メテオさんは、沙也加ママさんにコンサートのチケットを取って、届けに来ただけではないと直感した。話したい、それでいて、ほかの誰にも話せない何かがあったのかも…と。

コメットさん☆:ラバボー、メテオさん、何か寂しいことがあるのかなぁ…。

ラバボー:えー?、メテオさまにそんなこと、何一つないボ?。

コメットさん☆:ラバボー…、それは…、ひどい言い方だと思うな…。

ラバボー:姫さま?…。

 

 2段になったバードテーブル。コメットさん☆の身長くらいの高さのそれは、上の段に果物、下の段には穀物を置いてみて、どんな鳥がやってくるか、観察してみられるもの…。夕方になって、冷蔵庫から見つけだしたリンゴと、この前コメットさん☆がぼたもちを作ったときに、より分けた虫食いや傷のついた小豆を、それぞれの段に置くと、ツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆の3人は、リビングからじっと鳥が来るかどうか見つめた。

景太朗パパさん:おいおい、みんな、そんな今食べ物を置いて、すぐには鳥は来ないよ。もう夕方だし…。あははは…。気が早いなぁ。

コメットさん☆:…やっぱり警戒するんでしょうか?。

ツヨシくん:鳥さんこない。

ネネちゃん:やっぱり来ないのかなぁ?。

景太朗パパさん:まあ鳥も、とりあえず見つけないとね。ここにはごはんがあって、しかも安心だってわかるまでは、なかなか来ないと思うよ。でも一度来るようになれば、きっとずっと来るさ。

コメットさん☆:…そうですよね。

 コメットさん☆は、にこっと微笑んで、景太朗パパさんのほうを振り返った。

ツヨシくん:まだ来ないよ…。

ネネちゃん:来ないのかな?。

コメットさん☆:きっと今日は来ないよ。また明日見てみよ?。

 コメットさん☆は、そっと二人の肩に手を置いた。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:明日は来るかなぁ…。

 

 数日すると、鳥たちはひっきりなしにやってくるようになった。しかし…、穀物にはスズメ、果物にはヒヨドリしか来ない。まれには、タイワンリスが来ることもあるけれど…。景太朗パパさんは、思ったより決まった種類の生き物しか来ないので、少しばかりがっかり気味だが、それでもうれしそうに餌を補給したり、まわりを掃除したりするようになったツヨシくんやネネちゃん、それにコメットさん☆の様子に、「まあこれでもいいか」と思っていた。

コメットさん☆:あ、来た来た。またヒヨドリだよ?。

ツヨシくん:さっきまでは、下の段にお米置いておいたら、スズメが来てたよ。

ネネちゃん:スズメかわいいね。ヒヨドリ大きい。あ、またフンしたぁ。あとで掃除しないと。

 三人は、リビングの窓にかかるカーテンに、身を隠すかのようにしながら、そっとバードテーブルをうかがった。そして声を潜めて会話する。

景太朗パパさん:ほらママ、三人とも楽しそうだよ。

沙也加ママさん:そうね。ふふふっ。パパも好きねぇ…。

景太朗パパさん:庭に生き物がやってくるなんて、それもまたいいじゃないか。

沙也加ママさん:みんな楽しそうにしているんだから、それもいいわね。…あー、でも、来週のコンサート楽しみー。イマシュンの生ライブ…。

景太朗パパさん:コンサートって、普通は生じゃないんですか、ママ。生ライブって…。

沙也加ママさん:えっ、あはははは…。そうね。あんまりうれしいんで、変なこと言っちゃったわ。

景太朗パパさん:…やれやれ…。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは、バードテーブルに来る鳥たちとタイワンリスを眺め、楽しげにおしゃべりするコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんを、リビングのいすから見て、微笑みあった。生き物の営みが感じられる藤吉家の庭。これから植物もぐんぐん伸びて、夏に向かう。そんな生命(いのち)のかがやきは、この春のどこにもあふれている…。

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★第197話:八重桜でお花見−−(2005年4月中旬放送)

 4月も下旬に近づく鎌倉。街のあちこちで、ぽつぽつと八重桜が咲いているのが見える。コメットさん☆は、桜が大好きだけれど、八重桜のことは、今ひとつよくわからないでいた。いつも段葛の桜より、あとになって咲く桜。それでいて、モモやアンズとは違う。花びらがたくさん…。考えてみれば、不思議な桜、八重桜。

コメットさん☆:ラバボー、ラバボー?。あ、今日はラバピョンのところに行っているんだった…。

 コメットさん☆は、ラバボーを、なるべくラバピョンといっしょに過ごさせてあげようと思っていた。ラバボーとラバピョンが楽しそうに話をしていたり、手をにぎりあったり、ほっぺをすりつけたり、ちょこっとキスをしたりしているのを見ると、コメットさん☆も楽しく思うからだった。…でも、その反面、少しだけれど、「私にも…」とも思うのであるが。

 コメットさん☆は、八重桜がどうして普通の桜よりも遅く咲くのか、知りたくなって、リビングに降りてきた。今日は土曜日なので、ツヨシくんとネネちゃんも家にいる。

ツヨシくん:コメットさん☆、遊ぼうよ、何かして。

ネネちゃん:私もー、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、うん。そうだね。でも、ちょっと待ってね。知りたいことがあるから。

ツヨシくん:知りたいこと?。何?、コメットさん☆。ぼくも知りたい。

ネネちゃん:あのねツヨシくん、知りたいのはコメットさん☆でしょ?。ツヨシくんじゃないじゃない。

ツヨシくん:いいの!。コメットさん☆が知りたいことは、ぼくも知りたいの。

コメットさん☆:えーっ?、ツヨシくん…。八重桜のことだよ?。

ツヨシくん:…や、八重桜…?。…それって桜?。

ネネちゃん:ほーら、ツヨシくん知らないじゃない?。

ツヨシくん:だ、だから、知りたいの!。

コメットさん☆:じゃあ、いっしょに調べよ。ツヨシくん、それにネネちゃんも。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:それなら、ネネちゃんもそうしよう。ツヨシくん、いっつもコメットさん☆のいいなりー。

ツヨシくん:いいんだもん。ツヨシくん、それでいいもんね。

 コメットさん☆は、ふふっと微笑んだ。そして図鑑を見たり、沙也加ママさんが買ってくれた「日本の桜」という本を見たりした。

コメットさん☆:八重桜は、どうして少し遅く咲くのかな?。えーと…。

ツヨシくん:やえざくらって、その大きいの?。

ネネちゃん:お花が大きい。

 ツヨシくんとネネちゃんは、図鑑の写真を指さして言った。

コメットさん☆:うんそうだね。花が大きくって、ボールみたいだね。

 コメットさん☆は、二人といっしょに図鑑や本を見ながら調べた。

コメットさん☆:…うーん、結局、桜の種類によって、花の咲く時期に差があるだけか…。いろんな桜があるんだね。こんな緑色みたいなのもあるよ。

ネネちゃん:ほんとだ。

コメットさん☆:シダレザクラは、ソメイヨシノより早く咲いて、オオシマザクラはこのあたりだとソメイヨシノと同じころ、ヤエザクラはもう少しあと…。春の真ん中は、桜だらけだ…。

 コメットさん☆は、街で見るイメージより、ずっと桜の種類が多いことに、今さらながら驚いた。そこへ、景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:おっ、桜のこと調べてるの?。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ、八重桜のことを…。

景太朗パパさん:八重桜か…。そうだね、ちょうど今頃見頃だね。ママ、ママぁ!。

沙也加ママさん:なあに?。パパ、私これからお店で忙しいのよ…。

景太朗パパさん:まあ、そう言わずにさ。明日八重桜をさ、見に行かないかい?。

沙也加ママさん:えっ!?。

 

 翌日の日曜日、天気は晴れ。青空に雲がゆっくりと流れていく。景太朗パパさんの提案で、藤吉家の5人は、都内まで八重桜のお花見をしに行くことにした。

 鎌倉を発車した湘南新宿ラインの電車は、軽快に飛ばしていく。都内で花見とは、意外にも思えるが、景太朗パパさんが提案した場所は、新宿にある大きな公園。ここにはいろいろな種類の八重桜が植えられていて、ソメイヨシノや、ヒガンザクラ、オオシマザクラや、ヤマザクラの花見に比べると、意外と知られていない名所なのだ。また、国が直接管理する庭園形公園なので、誰もが安い入場料で、散策をすることが出来る。

 電車は50分ほど走って、新宿駅に着いた。新宿駅からは、東に向かって15分ほど歩くと、もう公園に着く。いくつかある入口のうち、新宿門と呼ばれる門から中に入った。

コメットさん☆:わあっ、人がたくさん…。それに、八重桜が咲いてるよ。ツヨシくん、ネネちゃん、ほら、こっち。

ツヨシくん:あ、ほんとだぁ。

ネネちゃん:わっ、きれい。コメットさん☆まってー。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、入口のゲートを通ると、入口近くに植えられ、ピンク色の花をつけている八重桜のほうに向かって走り出した。

沙也加ママさん:あらまあ、転ばないようにねー。

景太朗パパさん:あっはっは。三人とも気が早いな。

沙也加ママさん:ああ、ここから見てもきれいねー。

景太朗パパさん:うん。意外とソメイヨシノの時期に比べると、人少ないね。その分余裕を持ってみられるんじゃないかな?。

沙也加ママさん:そうね。都心の真ん中に、こんな場所があるって、いいわね…。

景太朗パパさん:ああ。外国にはけっこうあるようだけど、この国は、そういうこと考えずに開発しちゃったからね…。残念だなって思うところも多いよ。

コメットさん☆:ツヨシくん、ほら、八重桜の花、ボールみたいだよっ。

ツヨシくん:ほんとだ。

ネネちゃん:コメットさん☆、写真撮ろうよ。

コメットさん☆:うん…。じゃあ、ツヨシくんとネネちゃんそこに立って。低い枝をバックに撮ろ。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:はーい。

コメットさん☆:いい?。じゃ撮るよ。

 コメットさん☆は、少しはしゃぎ気味。ツヨシくんとネネちゃんも同じく。園内の芝生の向こうにある木に、どんどん駆けて行って見る。もっともツヨシくんとネネちゃんにとっては、桜よりも走りまわっているほうが、楽しいのかもしれないのだが…。

 細く舗装された小径を歩いていくと、白っぽいもの、ピンク色のもの、薄緑色のものまで、何種類もの八重桜が花を競っている。コメットさん☆は、その花を手のひらにのせてみたり、写真を撮ったり、じっと見上げてみたりする。ソメイヨシノの時期に比べて、ケヤキも新緑になって、カエデや早咲きの桜ももう薄緑の葉っぱを茂らせる準備をしている。そんな植物たちの息吹は、とても美しい。

コメットさん☆:はあ…。新緑もきれい…。八重桜のピンクと、新緑の緑…。それにまっ青な空…。

 コメットさん☆は、いつものように、ツヨシくん、ネネちゃんと両手をつないでいた。もうすっかり大きくなった二人の手。二人の手は、いつもあったかい。

ツヨシくん:緑色がきれいだね、コメットさん☆。草もたくさん生えてるよ。

ネネちゃん:タンポポがたくさんあるよ。まだ綿毛はないね。

コメットさん☆:うん。そうだね…。草も春になって、一生懸命伸びるんだね。

 コメットさん☆は、木や草のにおいのする空気を深呼吸してみた。

コメットさん☆:…はあ、いいなぁ…、春って。

ツヨシくん:ツヨシくん、夏も好き。

ネネちゃん:私も。

コメットさん☆:私も、夏も好きだよ。でも、春もいいと思わない?。私だけかなぁ。

ツヨシくん:ううん。ぼくも春好き。コメットさん☆が好きな季節はみんな好き…。

ネネちゃん:私も春好きだよっ。ツヨシくんはぁ、コメットさん☆が好きだからあ、何でも好きなんでしょ?。

ツヨシくん:そ…、それは…、そうだよっ!。何か悪いのかよぅ、ネネぇ!。

コメットさん☆:ち、ちょっと二人とも…。やめて、ね?、みんな春も夏も好き…。そういうことだよね?。

ツヨシくん:うん。…ごめん。

ネネちゃん:そう…。ごめんねコメットさん☆。

コメットさん☆:ううん、いいんだよ。ほら、またきれいな八重桜咲いてるよ。

 コメットさん☆は、そっと二人をなだめるように言うと、またツヨシくんとネネちゃんの手を、しっかりにぎりながら歩き出した。そうしていると、後で景太朗パパさんの声がした。

景太朗パパさん:おおい、ちょっと一休みしないかー?。そこの食堂でさ。

 コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんが振り返ると、景太朗パパさんが、近くの木陰にある食堂を指さしていた。

コメットさん☆:はーい。ほら、景太朗パパと沙也加ママのところに行こ。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:うん、行こう。

 コメットさん☆たちは、また三人手をつないだまま駆けだした。

 

 名物になっている汁物を食べて、みんな広い園内を歩く力をつけた。この名物料理は、薄いみそ汁のような、けんちん汁のようなもので、人気が高いのだ。景太朗パパさんは、昔からあるんだよと、教えてくれた。そうして、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、それに沙也加ママさんと景太朗パパさんは、また歩き出した。

 園内は禁酒なので、お酒を飲んで酔っぱらっている人や、大きな声で歌っているような人はいない。それに園内が広いこともあるけれど、そもそもソメイヨシノに比べて、八重桜を見る人は少ないから、ゆっくり歩いて見られる。時に立ち止まり、芝生に一休みも…。コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、木が生い茂るやぶのようなところも見た。芽吹いた草がぐんぐんと伸びつつある。そんな中に、タンポポの黄色い花も咲いている。ハナダイコンの紫色の花も…。上を見上げれば、新緑の若葉。コメットさん☆は、すがすがしい気分になっていた。

 そうやってゆっくり歩いていくと、休憩所と池のあるところに出た。ツヨシくんとネネちゃんは、池の柵のところに駆け寄る。

コメットさん☆:あっ、ツヨシくんもネネちゃんも気をつけて。

ツヨシくん:うん。あっ、亀さんがいるよ!。

ネネちゃん:あ、ほんとだ。亀さんー。

景太朗パパさん:ああ、ここの池もいいねぇ…、ママ。

沙也加ママさん:そうね…。ベンチに座りましょ、パパ。

ネネちゃん:あ…、パパとママ、なんかラブラブだよ?。

コメットさん☆:えっ…。そ、そうなのかな?…。じゃあ、私たちはもっとあっちに行こう…。

ツヨシくん:あ、まってコメットさん☆。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんと沙也加ママさんが、池の柵にもたれて話をしていたかと思うと、ベンチに座ったのを見て、じゃましちゃいけないかな…と思い、池よりずっと手前にある休憩所のほうへ、ツヨシくんとネネちゃんを引っ張っていった。もっとも、景太朗パパさんと、沙也加ママさんは、二人でいっしょにベンチへ座っただけなのだが…。コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんが休憩所に来てみると、そこにはねこがいるのを見つけた。休憩所は、屋根があり、ベンチがぐるりと丸く作ってあった。床はコンクリートで平らになっている。

ツヨシくん:あ、ねこがいるよ。にゃーーー。にゃーーー。…答えてくれない…。

 ツヨシくんは、丸いベンチの脇に、数匹のねこを見つけると、すかさずねこのまねをしてみた。しかしねこは、じっと不思議そうに、ツヨシくんを見るだけだった。

コメットさん☆:あ、本当だ。ねこちゃんかわいいね…。

ネネちゃん:メテオさんのところの、メトちゃんより少し大きいね。

ツヨシくん:いろんな柄のねこだー。

コメットさん☆:ねこちゃん、ねこちゃん、…こないかな?。あ、寄ってきた…。

 ねこたちは、散策している人たちから、お弁当のおかずをもらって食べたりしていたが、コメットさん☆が姿勢を低くして、指先を出すと、そっと黒いねこが寄ってきて、コメットさん☆の指先のにおいをかいだ。

コメットさん☆:あはっ。かわいい…。なでても大丈夫だ…。

 コメットさん☆は、ねこの背中をそっとなでた。ねこはその場に座り、じっと背中をコメットさん☆に預けた。ツヨシくんとネネちゃんも、そのねこの背中をなでてみる。

ツヨシくん:ねこー、ねこー、…逃げないね。おとなしいねこだね。

ネネちゃん:ねこ、あったかい…。かわいい。ねこ欲しいなぁ…。

コメットさん☆:ねこかわいいね…。

 コメットさん☆は、今度はねこの喉元をなでた。そうするとねこはうれしがると、メテオさんから聞いたのだ。新緑に囲まれ、暖かな春の日ざしを受け、ねこたちも、コメットさん☆たちも、なんだかふんわりした気持ちになる。それは景太朗パパさんも、沙也加ママさんも同じ…。

 

コメットさん☆:これが薄緑色の桜だ…。図鑑で見たとおりだね…。珍しい色…。お花って、緑色のものは少ないよね…。

ツヨシくん:葉っぱは緑なのに、どうして花は緑のものは少ないの?。

ネネちゃん:ネネちゃんも不思議ー。

コメットさん☆:そうだね…。どうしてだろ?。

 コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは、また歩き出していた。そして薄緑の花が珍しい、ウコンという品種の八重桜の前に来ていた。景太朗パパさんと沙也加ママさんも、今度はいっしょだ。

景太朗パパさん:緑色の花があまりないのは…、虫たちに見つけてもらいにくいからかな?。

沙也加ママさん:それにしてもきれいね。空の青に映えて…。

コメットさん☆:緑色の桜なんて…、図鑑で見るまでは、考えもしなかったです…。

沙也加ママさん:そうね…。これは珍しい色よね…。うちの近くにはないわねぇ…。

 ウコンという品種の桜は、やはりみな珍しいと思うのか、写真を撮っている人も多い。そんな様子に気付いたコメットさん☆は、すかさずデジタルカメラを取り出して、珍しい桜を写真に撮った。もちろん、ツヨシくんやネネちゃん、景太朗パパさんや、沙也加ママさんにもカメラを向ける。ピンク色のカンザンという品種にも…。カメラは思い出を形にする道具。確かにそれはその通りなのだが、コメットさん☆にとっては、今すぐカメラが、そのように機能するわけでもない。それよりは、楽しい遊びの一つとして。やがてそれが、思い出の形になるとしても…。

 ニオイザクラという、香りのする桜も見たコメットさん☆たちは、大木戸門という出口から園外に出た。そしてデパートに向かった。門の外は、もうすぐに新宿の喧噪が、待ちかまえていた。

 

 夜になって、帰宅したコメットさん☆は、沙也加ママさんといっしょに、夕方の庭に出て、桜の木のそばにいた。

コメットさん☆:八重桜って、あんなに一生懸命咲いているのに、あまり見る人がいないんですね…。なんだか、私も今まで、段葛の桜が散っちゃうと、気付かなくなってた…。

沙也加ママさん:そうねぇ…。確かに、みんなソメイヨシノに夢中よね…。

コメットさん☆:どうしてなんだろう…。

沙也加ママさん:そうね…。きびしかった冬が終わって、ばっと咲くソメイヨシノみたいな桜と違って、八重桜は春になってから遅めに咲くからっていうのもあるかもしれないわね。…コメットさん☆は、八重桜って、どう思っていた?。

コメットさん☆:え、えーと…。咲いているのは知っていたけど…。時期があとだから…かな?。少し印象が薄かったっていうか…。

沙也加ママさん:そうね…。やっぱり咲く時期にかなりずれがあるのと、葉っぱがいっしょに出て、それもソメイヨシノのあとに咲くから、その分損しているような感じね。それは私もそう思うわ。あと…、花が大きすぎて、派手すぎるからきらいっていう人もいるわ。

コメットさん☆:え?、そうなんですか?。

沙也加ママさん:うん、そうよ。感じ方は人それぞれだから…。花に責任はないのにね…。うふふ…。

コメットさん☆:でも、私八重桜も好き…。やっぱり桜だもの…。

沙也加ママさん:…ふふふ…。そうね。私も好きだな…。

コメットさん☆:…あと、ねこちゃんも…。かわいい…。

沙也加ママさん:あははは…。ねこかぁ。ねこかわいいわよね。毛が柔らかくて…。

コメットさん☆:あ…、沙也加ママ、うちの桜の木に…、さくらんぼ?…。

 コメットさん☆は、ふと、庭に植わっている桜の木に、さくらんぼのような、小さな実が、たくさんついているのを見つけた。そして指さして沙也加ママに尋ねた。

沙也加ママさん:あら、そうね。これは売っているさくらんぼのように、大きくならないけど、そうそう、確かにさくらんぼよ。さくらんぼだって、桜の実なんだから。

ツヨシくん:桜って、たくさん種類があるんでしょ?。

 そこにツヨシくんがやって来て言った。びっくりして、沙也加ママさんとコメットさん☆は、振り返った。

沙也加ママさん:わあびっくりした。ツヨシったら、突然来て…。

コメットさん☆:私も…。ちょっとびっくりしちゃったよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:ご、ごめん…。さくらんぼの話が聞こえたから…。

沙也加ママさん:ふふふふ…。さくらんぼね。まだ食べられないわよ、ツヨシ。もう少ししないと、市場にもスーパーにも出回らないでしょ。

コメットさん☆:さくらんぼって、やっぱりさくらんぼの木っていうのが、あるんですか?。

沙也加ママさん:もちろん、桜は桜なんだけど、花は小さいのが咲いて、実が大きくなる種類の桜なのよね、確か。

コメットさん☆:そうなんだ…。いろいろあるんですね。

沙也加ママさん:そうね。人間と同じだ…。

ツヨシくん:人間と?。

コメットさん☆:桜もいろいろな種類があるように、人間にもいろいろな人がいるってこと…かな?。

ツヨシくん:コメットさん☆、星ビトも?。

コメットさん☆:あ…、そう…。星ビトもいろいろな人がいるよ。

沙也加ママさん:星ビトさん…か。それは考えなかったなぁ、今。うふふふふ…。ツヨシ、パパは?。

ツヨシくん:パパテレビ見てるよ。あとメールの返事書いてた。

沙也加ママさん:そう。じゃあ、みんな順番にお風呂に入ってきたら?。上がったら、今日の夕食はタケノコごはんよ。

ツヨシくん:わあい、やったあ。混ぜごはん大好き!。

コメットさん☆:タケノコごはん…。私も好き…。

沙也加ママさん:みんな喜ぶかなって思って、準備しておいたのよ。春は眺めるばかりじゃなくて、食べ物もおいしいからね。

 沙也加ママさんは、にっこり笑った。コメットさん☆とツヨシくんもにっこり。

 コメットさん☆は、夕闇の迫る庭から、近くの山や、庭の木を見た。夕日に照らされて、青紫色のような色にも見えるけれど、確かに新緑に包まれている。もちろん庭の木も、草も、新宿の大公園で見てきたのと同じように、新たな息吹を感じさせてくれる。これこそが、春のかがやきなのかもしれなかった。足元を見れば、スミレが咲いていたりする。春は一度やってきて、足早に通り過ぎようとするけれど、毎年繰り返されているはずの、木や草たちの営みは、静かに、しかし確実に、人間が忘れているうちにも進んでゆく。

 コメットさん☆と沙也加ママさん、ツヨシくんの三人は、庭から家の中に入るわずかな間、江ノ島のほうに沈んでゆく夕日を見つめていた。春のかがやきは、ここ鎌倉の、藤吉家の人々を、それだけではなく、みんなを包み込む…。

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★第199話:高原の春−−(2005年5月上旬放送)

景太朗パパさん:おおい、みんないいかーい?。

ツヨシくん:いいよー。

ネネちゃん:私もー。

コメットさん☆:私も…。持ち物大丈夫です。

沙也加ママさん:戸締まりもいいわね。

景太朗パパさん:よし。じゃあ出かけよう。

 5月の陽光が射す、ゴールデンウイークのある日、藤吉家の人々は、歩いて近くのモノレール鎌倉山駅に向かった。

コメットさん☆:楽しみだね。ラバボー。

ラバボー:そうだボ。ラバピョン、今行くボー。

ネネちゃん:ラバボー…、ほとんど毎週会っているじゃない。ラバピョンにはぁ。

コメットさん☆:うふふふ…。

 コメットさん☆の腰につけたティンクルスターから飛び出したラバボーは、ネネちゃんに抱えられ、ぬいぐるみのふりをしながら、鎌倉山駅までいっしょに歩いた。

 今日は休日を利用して、藤吉家全員、八ヶ岳山麓・小海の、柊修造さんと美穂さんの経営するペンションに、旅行することになったのだ。もちろん、コメットさん☆もいっしょに。美穂さんはコメットさん☆の叔母さんスピカさん。だからコメットさん☆は、スピカおばさまに会えるのが、とても楽しみだった。また大きくなったみどりちゃんも、きっと待っていてくれているはず。沙也加ママさんは、車で…と思ったのだが、藤吉家の車では、だいぶ大きくなったツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆を乗せると、かなり窮屈だし、道路の混雑は相当なものだと聞いていたので、景太朗パパさんに、特急の切符を手配するように頼んであった。無事切符は手配できた。そのために、今回は特急「あずさ」号で、小淵沢へ。そして小海線に乗り換えて小海まで行き、修造さんに迎えに来てもらって、二晩ペンションに泊まる…ということになったのだ。

ツヨシくん:みどりちゃんはどうしてるかな?。

コメットさん☆:みどりちゃん、元気だよ。

ネネちゃん:あれ?、コメットさん☆最近みどりちゃんに会ったの?。

コメットさん☆:ううん。みどりちゃんには直接会ってないけど、スピカおばさまには、少し…。

ツヨシくん:ああっ、いいなー。ぼくも遊びに行きたかったなぁ…。

ネネちゃん:私も…。でも、昼間学校だったからなぁ。

コメットさん☆:ごめんね。私だけ…。

ネネちゃん:コメットさん☆は、スピカさんに何か聞きに行ったの?。

コメットさん☆:う、うん。ちょっとね…。

ツヨシくん:どんなこと?、どんなこと?。

コメットさん☆:え、えーと…。女の子のこと。

ネネちゃん:ツヨシくんにはわからない話。

ツヨシくん:おんなのこ…?の…こと?。

ラバボー:まあ、ツヨシくん、ボーたちにも、男にしかわからないことってあるボ?。きっと女の子にもそういうことってあるんだボ。

ツヨシくん:ふーん…。なんだろ?。

ネネちゃん:ツヨシくんは知らなくていいの!。…でも、コメットさん☆、私にはあとでそそっと教えてね。

コメットさん☆:ネ…、ネネちゃん…。いいけど…。

沙也加ママさん:ラバボーくん、そろそろ駅前よ。隠れないと…。

ラバボー:うわわ、そうだボ。ママさんありがとうございますボ。

 駅前の喧噪が近くなってきて、ラバボーは、ネネちゃんの手から、ティンクルスターの中に、駆け込むかのように隠れた。

 みんなはモノレールで大船へ、湘南新宿ラインで新宿へと出て、そこから特急「あずさ」号に乗り換えた。

 特急「あずさ」号は、新宿のビル街をあとにすると、快調に飛ばしはじめた。新緑の淡緑色が、どんどん後へ飛んでいく。桜は終わったけれど、車窓の家々の庭に植えられた花木が、街路樹の新緑が、目に鮮やかに映る。道に伸びるケヤキ、咲き出したツツジ、終わりかけのハナミズキ、ハナダイコンの紫色の花…。向かい合わせにした座席に座ったツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆は、窓にぴったりくっついて、外を見た。オレンジ色の快速電車とすれ違いながら、「あずさ」号は、高尾を過ぎると、山の中に分け入っていく。すると見えていた植物たちも、やや様子が変わってきて、雑木林の中に、垂れ下がる紫色の花が見えるようになってきた。

コメットさん☆:あの、紫色の花、なんだろうね?。

ツヨシくん:あの下がっているやつ?。…あ、またあった。

ネネちゃん:どれ?。

コメットさん☆:あ、ほら、それ。

 コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは窓から進行方向を見ていて、一瞬で後に飛び去る花を目で追った。

ネネちゃん:パパ、あの花なあに?。

景太朗パパさん:う、うん?。どれ?。

 通路をはさんで反対側に座っていた景太朗パパさんが、少々眠そうな顔でこちらを向いた。そして立ち上がると、ツヨシくんとネネちゃんの頭越しに、電車の窓から外を見た。

コメットさん☆:あっ!、今見えた、垂れ下がっている紫色の…。

景太朗パパさん:ああ、あれかあ。たぶんヤマフジだろうね。

ツヨシくん:ヤマフジ?。なんか友だちの名前みたい…。

ネネちゃん:ツヨシくんのクラスの山藤くん?。

ツヨシくん:うん。あはははは。

コメットさん☆:ヤマフジって、フジの一種ですか?。

景太朗パパさん:そうだね。山に自生しているフジだろうと思うよ。

コメットさん☆:…きれい。

景太朗パパさん:面白いかい?、みんな。列車の旅もいいよね。普段気付かないものに気付く…。車だと、あまり余裕持って景色を見ていられないことも多いから。

コメットさん☆:そうですね…。

ツヨシくん:ぼくも電車の旅行好き。

ネネちゃん:私も。

景太朗パパさん:ところで、みんなおなかすかないか?。

ツヨシくん:すいたー。

ネネちゃん:私もすいたー!。

コメットさん☆:わ…、私も…。

 元気いっぱいの二人に対して、コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに答えた。

景太朗パパさん:よし。じゃあ車内販売でお弁当を買って食べようか。ママ…。…あ、寝てるのか…。

 景太朗パパさんが、沙也加ママさんのほうに向き直ると、沙也加ママさんは座席を倒して眠っているようだった。

ツヨシくん:あ、ほんとだ。

ネネちゃん:ママ、くたびれてるのかなぁ…。

コメットさん☆:沙也加ママ、このところ忙しかったから…。あ、もうすぐ母の日だよ。

景太朗パパさん:ああ、そうだね。母の日か。何かプレゼントするかなあ…。まあ…、とりあえず何か食べよう。ママ、ママ。お弁当でも買って食べようよ。

沙也加ママさん:え?、うーん、もうすぐ着くの?。

景太朗パパさん:まだ山梨に入ったところだよ。何か食べよう。

沙也加ママさん:あそう…。あーあ。あはは、ちょっと眠っちゃったわ。…そうね。おなかすいたわね。何か食べましょう。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんを起こすと、ちょうど通りかかった車内販売のワゴンを、呼び止めた。

 

 やがて電車は小淵沢に着き、小海線に乗り換えると、およそ1時間ほどで、小海駅に着いた。小海駅は、景太朗パパさんが設計した、柊修造さんと美穂さん、つまりはスピカさんの経営するペンションの最寄り駅だ。駅には既に修造さんが、車を止めて待っていてくれた。

修造さん:やあ、藤吉さん、お待ちしていました。お久しぶり。

景太朗パパさん:ああ、柊さん。どうも、こんにちは。

沙也加ママさん:またお世話になります。みなさんお元気で?。

修造さん:はい。なんとか元気でやっておりますよ。はっはっは…。えーと、ツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆、みんな元気だったかな?。

ツヨシくん:うん。元気っ。

ネネちゃん:私も元気でーす。

コメットさん☆:私も元気です。えーと、み、美穂さんとみどりちゃんは?。

修造さん:ああ、二人とも元気だよ。美穂は、今夕飯の支度さ。みどりはママに甘えているかな。はっはっは…。…じゃ、藤吉さん、行きましょうか。

景太朗パパさん:はい。よろしくお願いします。

沙也加ママさん:あら、すみません…。

 修造さんは、駅の出口で出迎えたみんなを、手を伸ばして車まで案内してくれた。チェックの毛のシャツに、大きめサイズのズボン。まだ信州は相当冷え込むのだ。遠くの山は、いまだ雪におおわれているのが見える。コメットさん☆は、そっと日の光を、手で遮りながら、遠くの山を見つめた。修造さんは、みんなの荷物を、手際よく荷台に積んでくれた。

 

 翌日、ツヨシくんとネネちゃんは、朝食がすむとさっそく、コメットさん☆と、みどりちゃんを誘って、遊びに出かけることにした。ラバボーは、一足先にラバピョンのところに行ってしまった。

ツヨシくん:コメットさん☆、早く行こうよー。ラバボー行っちゃったよ?。

ネネちゃん:コメットさん☆、どうしたの?。

みどりちゃん:コメットのおねいちゃん、今お着替えしてるよ。

 外にいるツヨシくんとネネちゃんのところに、みどりちゃんがやって来て言った。

ツヨシくん:着替え?。

ネネちゃん:なんだろね?。朝着てたのじゃだめなのかなぁ?。

 そう言われているコメットさん☆も、少し焦っていた。

コメットさん☆:わはっ。これ…。沙也加ママ…。

沙也加ママさん:…うん。ぴったりね。かわいいわよ、コメットさん☆。背中のファスナーを上げて…。

コメットさん☆:はいっ。に、似合いますか?。

沙也加ママさん:とっても似合うわ。はい。同じように真っ白の帽子。紫外線は平気なコメットさん☆だけど、かぶったほうがいっそうかわいいわよ。

コメットさん☆:そ、そうですか?。…かわいい…かな?。

 コメットさん☆は、着替えていた部屋で、そっと帽子をかぶり、鏡をのぞき込んだ。普段の自分とは、かなり違ったイメージのコメットが、そこにはいた。

コメットさん☆:…いつもの私じゃないみたい…。沙也加ママ、ありがとう…。

沙也加ママさん:うふっ。どういたしまして。コメットさん☆に似合うと思って、買ったんだから。…かわいいわね。思った通り。ふふふふ…。それでお散歩に行ってらっしゃい。

美穂さん:あら、コメット…さん☆。かわいいわねぇー。ツヨシくんはメロメロかもよー。うふふふふ…。

沙也加ママさん:あ、美穂さん。…コメットさん☆に、たまには少し違った感じのおしゃれをさせたいと思って…。

美穂さん:いいですね。とても似合うと思うわ。

コメットさん☆:…おば…、み、美穂さん、そんなに言われると恥ずかしいです…。…お散歩、行ってきます…。

美穂さん:コメット…さん☆、水路や川には近づいちゃだめよ。雪解けの冷たい水が、ものすごい勢いで流れてるからね。

コメットさん☆:…は、はいっ。

 ちょうど通りかかった美穂さん、つまりスピカさんから、着替えたワンピースをほめられ、コメットさん☆は、少し紅潮した顔で答えたが、最後の注意だけはしっかり聞いて、部屋をあとに、玄関から外に出た。

コメットさん☆:おまたせ。ごめんね。

ツヨシくん:あっ、コメットさん☆…。…あっ…。

ネネちゃん:わあ、コメットさん☆っ…。かわいい、それ…。

みどりちゃん:コメットおねいちゃん、真っ白きれい…。

コメットさん☆:あ、に、似合うかなぁ…。

 コメットさん☆は、恥ずかしそうに、ツヨシくん、ネネちゃん、みどりちゃんに、新しいワンピースを披露した。

ネネちゃん:あっ、コメットさん☆、これって柄いりなんだね…。わあー、かわいー。

ツヨシくん:真っ白いのが…、かわいいよ…。

みどりちゃん:おねいちゃん、ひらひらたくさんっ!。

 コメットさん☆は、真っ白の地に、白い小花柄の模様が入った、木綿のワンピースを着ていた。すそとその上、胸元には細く黒い縁取りや、ライニングがしてある。胸元は生地をクロスカットしたようなデザインで、その下は透けないように、薄手の別な生地が当ててある凝った作りだ。縁にはレースもあしらわれている。ウエストで切り替えになったスカートの下には、ペチコートをつけ、ふんわりとスカートを広げる。そっと小さなつばのある白い帽子をかぶり、袖は肘までの5部袖。モノトーンな色が、コメットさん☆の清潔なイメージを、さらに強調している。ツヨシくんは、そんなコメットさん☆の姿を見て、すっかり真っ赤になって、ぼーっとしてしまった。ネネちゃんはあこがれの目を向ける。みどりちゃんには、まだよくわからないようだが…。

コメットさん☆:さ、行こ…。

ツヨシくん:うん…。…か、…かわいいコメットさん☆…。それ…。

コメットさん☆:そう?。ありがと…。沙也加ママが買ってくれたよ。

ネネちゃん:いいなぁー、私もきれいな洋服欲しいなぁー。ママに頼もうっと。

コメットさん☆:ネネちゃんも…、ありがとう…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆にまぶしいような目を向け、そっと自分の方から手をつないだ。コメットさん☆は、それに応えて、ネネちゃんとみどりちゃんを従えるようにして歩き出した。

 ペンションの前から続く一本道を行き、駅と反対のほうに向かってしばらく歩くと、草原が広がっているところに出た。牧場があるのか、牛の鳴き声が遠くで聞こえる。新緑の草原に、コメットさん☆の白い木綿のワンピースは、よく映える。初夏のリゾート少女というところだ。高原のひんやりしたそよ風は、木綿の生地越しに、コメットさん☆の肌に吹くけれど、かなり強くなった日ざしは、温かさを通り越して、やや暑いほどである。それでもコメットさん☆は、ふんわりしたワンピースのおかげで、暑さも寒さも感じなかった。

コメットさん☆:うわあ、草原が気持ちいいね。水路は、今雪解けの冷たい水が流れているから、行っちゃだめって、美穂さんが。

ツヨシくん:ふうん…。雪解けって…、雪が溶けることでしょ?。

コメットさん☆:そうだね。山に降った雪が、春になって溶けて水に戻って、流れて来るんだよ。

みどりちゃん:いつもママはぁ、お水のところには行っちゃだめって言う。パパもぉー。

コメットさん☆:そうなんだ。お水のところに落ちると危ないからだね。

みどりちゃん:うん。そう!。

コメットさん☆:そっか。みどりちゃんは、気をつけているの、えらいねー。

みどりちゃん:うん!。気をつけるっ。

 いつの間にか、みどりちゃんはコメットさん☆のあいている手を、しっかりとにぎっていた。どうやらコメットさん☆のことが、お気に入りになったらしい。

ツヨシくん:あまり風はないけど…。

コメットさん☆:ツヨシくん、どうしたの?。

 ツヨシくんは、持ってきた肩にしょえる巾着袋を、ごそごそしだした。巾着袋は、ツヨシくんの背中ほどの幅。ところどころが不自然に膨らんでいる。コメットさん☆は、不思議に思って、尋ねた。

ツヨシくん:せっかくだから、昨日パパと組み立てたんだ。

コメットさん☆:組立て?…。わあ、すごーい。

 ツヨシくんは、背負っていた巾着袋を草の上におろすと、中から木と紙で作った、小さな飛行機を取り出した。

ネネちゃん:それでツヨシくん、昨日パパとこそこそやってたんだねっ。

ツヨシくん:せっかく広いところに来たんだから、飛ばして遊びたいじゃん。

ネネちゃん:…じゃあ、早く飛ばして見せてよー。

ツヨシくん:うん。今飛ばすよ。コメットさん☆も、みどりちゃんも見てて。

コメットさん☆:ふふふっ。今ね、おにいちゃんが飛行機飛ばすって、みどりちゃん。

みどりちゃん:ひこうき?。

コメットさん☆:そうだよー。ツヨシくん、それってどうやって飛ばすの?。

ツヨシくん:木と紙で出来てるから…、ただの輪ゴム。あっはははは。ゴム巻くから、ちょっと待ってて。

 ツヨシくんは、薄手の紙を、木の骨組みに貼っただけの飛行機の、前についているプロペラを回して、ゴムを巻いた。景太朗パパさんが見つけてきた、「なつかしおもちゃ」の一つらしい。

ツヨシくん:よーし。ここなら、なくなったり、どこかの家の屋根に引っかかったりする心配はないでしょ?。だからパパがさ、飛ばしたらって、作るの手伝ってくれた。

みどりちゃん:ここはぁ、冬はそり遊びするっ。スキーもぉ、できるよっ。

コメットさん☆:えっ?、そうなんだ。だからこんなに広いんだね…。

 地元の人が、ちょっとしたスキーやそり遊びをする広場のような場所。こうして春は、広い野原になるのだ。ふと見ると、そんなかたわらにも、小さな名も知らないような草が、新緑になっている。花をつけているものも…。

ツヨシくん:じゃあ飛ばすよっ。みんないい?。それっ!!。

 ツヨシくんは、ゴムを巻ききって、押さえていたプロペラを離すと同時に、機体を前に押し出すように、空へと放った。

コメットさん☆:わあっ、高く飛んでいくよっ!。

ネネちゃん:それー、追いかけよう。いくよ、みどりちゃんも。

みどりちゃん:…まってぇ…。

 大空に舞う飛行機。それは草原に吹く風にのって、高く舞い上がった。それを追いかけるように駆け出すみんな。みどりちゃんも、その小さな足でとことことついてこようとするが、コメットさん☆は、小さい子には少しつらいかも…と思い、そっとみどりちゃんをおんぶしてあげることにした。

コメットさん☆:ほら、みどりちゃん。

みどりちゃん:ん…。おんぶー。

 みどりちゃんはコメットさん☆の背中にしがみつく。コメットさん☆は、みどりちゃんのお尻を支え、肩にみどりちゃんの手が回ったことを確かめ、それから走り出した。

 

 木と紙の小さな飛行機でも、風に乗って飛ぶものだから、追いかけるのも、こう広い場所だと大変だ。何度か飛ばしているうち、やがてみんな息が上がってきて、誰ともなく座り込んだ。

コメットさん☆:はあ…はあ…。みどりちゃん…、おんぶしてるから……、大変。

ツヨシくん:ぼくも…。はああー、どこに飛んでくかわからないから…。

ネネちゃん:私も…。一人で追っかけてるみたい…。ツヨシくん…、まっすぐ飛ばしてよ…。ふう…。

ツヨシくん:そ…、はあっ…、そんなこと言ったって無理だよ、ネネ。

コメットさん☆:少し休もう…。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:あ、クローバーが生えてるっ。四つ葉のクローバー探そう。

コメットさん☆:みどりちゃん、いっぺん降りてね。ネネちゃん、四つ葉のクローバーなんてあるかな?。

ネネちゃん:じーっと見ていると、時々あるかもよ。

ツヨシくん:四つ葉のクローバー?。あれって、接着剤でつけたんじゃないの?。

ネネちゃん:あのねー、ツヨシくんたら、何にも知らないの?。あれは、じーっと探してると、たまーにあるの。

ツヨシくん:知っているよ。わざと言ったんだよ。ちぇっ、面白くないの。…でも、ぼくも探そ。

コメットさん☆:あははは…。ツヨシくん、面白いね。ふふふっ…。

 コメットさん☆は、ひとしきり笑うと、クローバーの花がたくさん咲いているところを見た。四つ葉、四つ葉と頭にイメージしながら白い小さな花の下にある、濃い緑色の葉っぱを探った。

コメットさん☆:…うーん、なかなかないね…。

ツヨシくん:ぼく、はえてるのは見たことないから…。どんなのだろ?。

ネネちゃん:どんなのって、ただ葉っぱが4枚っ!。

ツヨシくん:3枚のはたくさんあるよ?。

ネネちゃん:当たり前でしょ!。だから4枚のがなかなか見つからないの。ツヨシくん言ってることが変!。

コメットさん☆:あははは…。なかなかない4枚の葉っぱのが、もし見つかると幸運に恵まれるとか言うよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:そうなの?。じゃあ、もっと広く探そう…。ん…?。あれ?。これのこと?。

ネネちゃん:あー、ツヨシくん、それ!。あーん、私が最初に見つけようと思ったのにー!。

 ツヨシくんは、大きな葉っぱの中から、四つ葉のクローバーをあっさり見つけた。3枚の大きな葉っぱに、少し小さめの4枚目がついたもの。

コメットさん☆:わあ、よく見つかったね、ツヨシくん、それだよ。

 コメットさん☆は、にこっとツヨシくんに微笑みかけた。ツヨシくんは、真っ白できれいなワンピースを着て、にっこりと自分に向かって微笑むコメットさん☆に、ドキッとして、あわてて視線を下げた。コメットさん☆は、ふと思い出し、みどりちゃんに声をかけた。

コメットさん☆:みどりちゃん、何しているの?。

みどりちゃん:みどりはぁ、お花つんでるの。

ネネちゃん:あ、みどりちゃんはクローバーのお花つんでる…。

コメットさん☆:わはっ。おててにいっぱいだね…。みどりちゃんかわいい。

 みどりちゃんは、一心不乱にクローバーの小さな花をつんでいた。ところが、コメットさん☆がじっと見ていると、なんだかみどりちゃんはもじもじしている。何だろうと思ったコメットさん☆は、はっと思いついて、みどりちゃんに聞いた。

コメットさん☆:みどりちゃん、もしかして…、おトイレ?。

みどりちゃん:…ん。みどり、おしっこ…。

ネネちゃん:おしっこって言っても…、トイレないよ、コメットさん☆。おうちに戻らないと…。

コメットさん☆:わあー、どうしよう…。みどりちゃん少し我慢できる?。

 みどりちゃんは、黙って少しうつむいた。

ツヨシくん:走って帰るしかないよ、コメットさん☆!。

ネネちゃん:そんなことしたら…。無理だよ、ツヨシくんったら!。

コメットさん☆:えーと、どうしよう…。そうだ。みどりちゃ…。

ネネちゃん:あちゃー。

ツヨシくん:ああー…。

コメットさん☆:いっけない…。

 

スピカさん:みどり、ママとシャワー浴びようねー。きれいにしようね。

みどりちゃん:うん…。

 スピカさんは、みどりちゃんにとっては初めての星のトンネルを通って、急いで帰ってきたコメットさん☆からわけを聞いたが、特にあわてる様子もなく、手際よくみどりちゃんの失敗を処理した。みどりちゃんは、コメットさん☆に手を引かれても、べそをかいていたのだが、ママであるスピカさんの顔を見ると、すっと泣きやんだ。

コメットさん☆:おばさま、ごめんなさい…。私、うっかり気付かなかった。

スピカさん:ううん。いいのよ。ありがとう、コメット。まだ3歳になるところだから、よく失敗するのよ。…うふふ…、でも、みんな順番だから…。しょうがないわねぇ。

コメットさん☆:…おばさま…。そ…、そう…かな。

 コメットさん☆は、ちょっと恥ずかしそうにした。

スピカさん:しばらくかかるから、みんな近くでもう少し遊んでくれば?。帰ってきたら、お昼にしましょ。

コメットさん☆:は、はい…。

 スピカさんは、そう言い残すと、みどりちゃんにシャワーを浴びせるため、お風呂場に行ってしまった。ツヨシくんとネネちゃんは、そんなスピカさんとコメットさん☆のやりとりの様子をじっと見ていた。ツヨシくんは、みどりちゃんが持っていたクローバーの花束を持ったままだ。

コメットさん☆:ツヨシくん、そのお花、コップに差しておいてあげよう。みどりちゃん、シャワー浴びたら、喜ぶよきっと。

ツヨシくん:…えっ?、あ、うん。

ネネちゃん:コメットさん☆…、みどりちゃんのもう一人のママみたい…。

コメットさん☆:えっ?そうかなぁ…。私とてもそんな…。ママなんてつとまらないよ…。ママは大変なんだね…。

 コメットさん☆は、お風呂場の方を見ながら、お母さんは、次々に起こる予想外のことを、すすっと涼しい顔で処理できないと、とてもつとまらないと、ぼんやり考えていた。そこへちょうど沙也加ママさんがやって来た。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆とツヨシとネネ、早いのね?。どうしたの?。

ツヨシくん:みどりちゃんが…。

コメットさん☆:その、みどりちゃんが…。あの…。

ネネちゃん:ママ、あのね…。

 ツヨシくんとコメットさん☆が、どう言っていいか、少し口ごもっていると、ネネちゃんが沙也加ママさんにそっと耳打ちした。

沙也加ママさん:あらそう。まあ…、間に合わなかったのね、みどりちゃん。あんまり楽しくて、忘れちゃってたかな?。

コメットさん☆:はい…。なんか、楽しそうにクローバーのお花つみしてて…。私がもっと気をつけていれば…。

沙也加ママさん:コメットさん☆のせいじゃないわよ。それにそんなのよくあること。ツヨシとネネだって、コメットさん☆に助けてもらったでしょ。

ツヨシくん:ママ…、それは…むかーしの話っ!。

ネネちゃん:わ、私もっ!。

沙也加ママさん:そんなこと言ったってだめよ。ふふふふ…。二人とも大泣きして帰ってきたこともあったなー。

ツヨシくん:き、聞こえなーい。

ネネちゃん:私もー。何にも聞こえないよー。

コメットさん☆:うふふふ…。…でも、私も…、人のこと笑えないや…。

沙也加ママさん:そんなのみんな、順番なのよ。だから気にすることじゃないわ。わ…、私だって、小さいころは…。こほん!。

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、少し気恥ずかしそうに目を合わせて微笑んだ。

 

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの3人は、お昼までの間、ラバピョンの小屋に、様子を見に行ってみた。するとラバピョンの小屋の煙突からは、うっすらと湯気が上がっていて、何か料理をしているらしかった。

ラバピョン:もうすぐごはんができるのピョン。ラバボー、食べてなのピョン。今日は一人で食べなくてすむピョン…。

ラバボー:ああ、ボーは幸せだボー。ラバピョンの手作りのごはん…。

 もうラバボーは、夢見心地な顔で、だらしなく笑いを浮かべていた。ラバピョンが、普段の寂しさを、そっと口にしたというのに…。やや遠目から、窓をのぞき込んだツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆は、ラバボーの様子に、あきれた顔になってしまった。

ツヨシくん:もうラバボーは、ラバピョンの完全にいいなり…。はぁ…。

ネネちゃん:あそこまでラブラブだと…。なんか世界は二人のためみたい…。

コメットさん☆:ず、ずいぶん二人とも、大人っぽいこと言うんだね…。でも…、なんだか私たち、おじゃまだね、たぶん。

ツヨシくん:そうだよコメットさん☆。帰ろ。

ネネちゃん:はあー、なんだかいいにおい。おなかすいちゃったなぁ…。ラバピョンのごはんのいいにおいがするから…。

 そう言われると、コメットさん☆もツヨシくんも、なんだか急におなかがすいたように気持ちになった。小屋の煙突から上がる湯気は、出来つつあるスープのようないいにおい。

ラバボー:いただきますボー。ラバピョン。

ラバピョン:どうぞなのピョン。私もいただきますピョン。

ラバボー:おいしいボー。ああ、ボーは幸せだボー…。

コメットさん☆:…はぁ…。おなかすいちゃった…。

 コメットさん☆は、小屋の中で向かい合わせにテーブルにつき、いっしょにごはんを食べる二人を見て、うらやましいとか、楽しそうだというより、なぜか脱力感と、空腹感を感じた。それでもふと思っていた。

コメットさん☆:(ラバピョンは、特別なことがない限り、一日中ひとりぼっちなんだよね…。みどりちゃんとスピカおばさまのところに、いつも行っているわけにもいかないものね…。なるべくラバボーをいっしょにいさせてあげたいな…。)

 

 お昼ごはんを食べて、午後になると、修造さんが、車でまだ雪化粧をしたままの、八ヶ岳連峰を見に連れていってくれた。美穂さんは、お昼寝するみどりちゃんにつきあってお留守番だ。

景太朗パパさん:いやあ、柊さん。あの露天風呂いいですねぇ。

 修造さんの車は、高原の道を走る。ハンドルを握る修造さんに、景太朗パパさんが話しかけた。

修造さん:いいでしょう?。まあ冬は雪、春は新緑、夏は星、秋は紅葉なんて見ながら、風呂に入れるといいかなぁと思いましてね。作ってみたんですよ。昨日はまだちょっと不具合があって、入っていただけなかったんですが…。

沙也加ママさん:とても景色もいいし、広いのがいいですね。

修造さん:露天風呂があったほうが、お客さんには喜ばれると思いますしねぇ。

コメットさん☆:ろてんぶろ?。

景太朗パパさん:コメットさん☆たちが遊んでいる間、ママといっしょに新しく柊さんが作った、露天風呂を見せてもらっていたんだよ。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、入ったことなかったかしらね、露天風呂って。屋根がなくて、広くて、外にあるから気持ちいいわよ。

コメットさん☆:ええっ?。外じゃあ…、見えちゃうんじゃ…。

修造さん:あははは。コメットさん☆は、留学生だから、経験ないかもね。大丈夫。しっかりと塀で仕切ってあるから、見えないよ。

 修造さんは、ワゴン車を運転しながら、面白そうに笑った。

沙也加ママさん:温泉だから、いつでも入れるのよ。山を見て帰ったら、入ってみたら?、コメットさん☆。

コメットさん☆:は、はい。…どんな感じかな?。

ツヨシくん:ぼくも入りたいっ。

ネネちゃん:私もっ。

修造さん:おー、ぜひぜひ入ってみてね。もう今日はちゃんと入れるから。感想を聞かせてください。あはははは…。

 修造さんが、太めのおなかをふるわせて、豪快に笑うと、車はもう残雪の八ヶ岳連峰に分け入っていた。残雪はまだまだたくさん。それはまるでコメットさん☆の着ている、白いワンピースのように、目にキラキラと白く見える。

 やがて車は、展望台のあるところで止まった。車外にみんなで出てみる。

コメットさん☆:うわぁ、風が冷たい…。まるで冬みたい…。

ツヨシくん:ほんと…。ううう…。寒いね、コメットさん☆。

ネネちゃん:うわわわ…、歯ががちがち言うよ…。

景太朗パパさん:おおっ、これが山の寒さですね…。やっぱりかなり気温が低いなあ。ママは大丈夫かい?。

沙也加ママさん:なんとか大丈夫…。長袖でよかったわ。

修造さん:今年はそこそこというところですかね、寒さも雪も。

沙也加ママさん:そうなんですか?。ああ、でも山がきれい。間近でこんなに雪山が見られるなんて…。

コメットさん☆:わあ、雪があるよ…。わっ、冷たーい。

 コメットさん☆は、道の脇に残る雪を、ひとつかみ手に取ってみた。たちまちじんじんとするような冷たさが、手のひらから伝わってくる。

ツヨシくん:ほんとだ…。本当に…、雪だ…。ほーら、ネネ。

ネネちゃん:あっ、もう、ツヨシくん投げないでよ。

コメットさん☆:ツヨシくん、投げちゃだめ。冷たいよ。

ツヨシくん:…う、うん。ネネ…、ごめん。

ネネちゃん:…い、いいよ。コメットさん☆、寒くないの?。

コメットさん☆:…うん。寒いけど…、なんとか大丈夫。

 ツヨシくんは、雪の水気のついた手を、ぱんぱんとはらうと、手をもむようにして温めた。そして、そっとコメットさん☆を見つめて、ゆっくりとつぶやいた。

ツヨシくん:雪真っ白…。とても冷たい…。コメットさん☆も真っ白、でもあったかい…。

 ツヨシくんは、じっと雪の山と、まわりの残雪を見ているコメットさん☆の、少し冷たい手を取り、自分の手のひらでさするようにした。

コメットさん☆:…つ、ツヨシくん…。手、温めてくれるの?。

ツヨシくん:…うん。コメットさん☆、寒そう…。

コメットさん☆:ありがとう…。ツヨシくんだって…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうにした。しかし、そんな二人の様子に、ほかのみんなは、気付いていなかった。

 ペンションに帰ってくると、夕食の準備に忙しい修造さんと美穂さんをおいて、コメットさん☆とネネちゃんは、みどりちゃんを連れてお風呂に入った。もちろんあの修造さんが、頼んで作ってもらったという新しい露天風呂へ。

コメットさん☆:わあ、お風呂への通路が、新しくなってるよ。

ネネちゃん:みどりちゃんは、毎日入ってるの?。

みどりちゃん:ううん。ママと小さいお風呂はいる。ママといっしょ。

コメットさん☆:今日は、私とネネちゃんで洗ってあげるね。

みどりちゃん:ん…。

 みどりちゃんは、にっこりと笑って、こっくりと頷いた。そうしてコメットさん☆とネネちゃんは、他に誰もいない脱衣所で着ているものを脱いだ。みどりちゃんの着ているものは、まだ一人で脱げないから、脱がせてあげた。しかし旅館の温泉ではないから、脱衣所は狭い。ネネちゃんは、学校のプールのロッカーを思い出した。

 コメットさん☆は、タオルを持って、そっと浴室の扉を開けた。前にも来たことが何度かある、スピカさんのペンションの浴室。奥に扉が出来て、外に出られるようになっていた。確かこの前に見たとき、外はただの植え込みだった。

ネネちゃん:わあーい。早く外のお風呂はいろう!。

コメットさん☆:うん…。…あ、外にもせっけんとかあるね。

 コメットさん☆は、露天風呂の浴槽のまわりにも、おけやいすが置いてあるのを確かめた。そして、ティーンの女の子らしく、タオルを体に当てたまま、そっとまわりを見回した。お風呂は全体に平らで、透明に見えるお湯から、ゆっくりと湯気が立ち上っている。岩を並べて作られた浴槽。まわりには普通に立ち木や、植え込みがある。そして板塀で三方は囲われているので、まるで家族風呂のよう。しかし浴槽は大きくて、ペンションには不釣り合いなほどだが、それは修造さんと美穂さんが、余裕を持たせた結果なのだろう。3人で入ったとしても、泳げるほどである。板塀のほうには、木のベンチのようになったところや、床にすのこ状に板を張ったところがある。この部分は屋根がけがしてあるので、たとえ雪や雨が降っていても、大丈夫なのだった。

ネネちゃん:コメットさん☆、はやく入ろう?。寒くなっちゃうよ。

コメットさん☆:え、あ、ごめんごめん。そうだね。入ろう。みどりちゃんおいで。

みどりちゃん:ん。おねえちゃーん。

コメットさん☆:わはっ。みどりちゃん、かわいい…。お湯かけようね。

 コメットさん☆は、背中に抱きついたみどりちゃんの手を引いて、浴槽の脇まで行き、上がり湯がくめるようになっているところから、お湯を手桶にくんで、みどりちゃんにかけ湯してあげた。足元に少しかけて、みどりちゃんが熱いと言わないか確かめながら、体にかけていく。

コメットさん☆:みどりちゃん、熱くない?。

みどりちゃん:うん!。大丈夫ー。あったかーい。

ネネちゃん:コメットさん☆、私にもー。

コメットさん☆:あははっ。ネネちゃんもか。じゃあ、こっちに来て。

 ざあっという水音とともに、あったかい温泉の湯が流れる。みどりちゃん、ネネちゃん、そしてコメットさん☆の体を温めるお湯。コメットさん☆は、自分にもかけ湯をすると、まずそっと浴槽に入ってみた。

コメットさん☆:あ、思ったより浅いよ。大丈夫だ。ネネちゃんもそっと入ってみて。みどりちゃんは、こっちへおいで。滑らないようにね。

ネネちゃん:よいしょ…。わっ、あったかーい。

みどりちゃん:んんー、おねいちゃん…。

コメットさん☆:みどりちゃん、ほら、私にだっこして。よっと…。わあ、みどりちゃんも、だいぶ重くなった…。ほーら、入るよ。

みどりちゃん:きゃはははは…。お風呂気持ちいいっ。

コメットさん☆:ふふっ…。みどりちゃん、泳げるよ、ここなら。…まだ泳げないか。

 コメットさん☆は、みどりちゃんをだっこして、お湯に入れてあげた。みどりちゃんと向き合った形で、自分も肩のすぐ下までお湯につかる。ネネちゃんも、しゃがんで肩までお湯につかって、そんなコメットさん☆の様子を眺めていた。

ネネちゃん:コメットさん☆、…ママみたい。

コメットさん☆:えっ!?、ネネちゃん…、ママみたい…かな?。

 コメットさん☆は、お湯の温かさで上気した顔を、いっそう赤らめて、ネネちゃんを見た。

コメットさん☆:…どんなところ?。

ネネちゃん:えへへー。いろいろなところっ!。

 ネネちゃんは、にこっと笑うと、ざばっと水音をたてて泳ぎはじめた。

ネネちゃん:わー、広いから泳げるよー。…ツヨシくんが、いっしょに入りたがってたよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:…え?、そ、そう…。でも…。

 コメットさん☆は、少し前まで、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょにお風呂に入っていたことを思い出した。今から思えば、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいような気持ち。そんなこと、ついこの間まで意識したことはなかったのに…。ツヨシくんは、やっぱり男の子だから…。もうああやって楽しくみんなで大はしゃぎしながら、お湯をかけあったりは出来ない。男の子と女の子って、そういうこと?…。そんなことをぼうっと、コメットさん☆は思った。

コメットさん☆:はあー。気持ちいいね…。あ、お空に星が見えるよ、みどりちゃん、ネネちゃん。

 いつしかコメットさん☆は、みどりちゃんと並んで、頭を浴槽の縁の石にのせ、横になるようにして、空を見上げていた。暗くなった空には、いくつもの星がまたたいているのが見える。

みどりちゃん:ほんとだぁー。お星さまたくさんっ!。

 潜って泳いでいたネネちゃんが顔を出した。

ネネちゃん:ばあー!…。

 ざばっと水音をたてて、水から顔を出したネネちゃんは、上向きに横たわるコメットさん☆とみどりちゃんをじっと見て言った。

ネネちゃん:…コメットさん☆、やっぱりママみたい…。

コメットさん☆:……。そ、そうかな?。

 

 翌日再び列車に乗って、帰途につくコメットさん☆と景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃん。コメットさん☆は、過ぎていく車窓を眺めながら、なんとなく思い出していた。別れ際にスピカさんから言われたことを。

(コメットさん☆:私、思いました。ママってすごいなぁ…って。)

(スピカさん:コメットも、そんなこと意識する歳かな?。でも、コメットも、いつかちゃんといいママになれるわよ。)

(コメットさん☆:え?、どうして?。)

(スピカさん:みどりといっしょに遊んでくれたじゃない?。あの子、本当はとっても人見知りするのよー。それに…、お風呂に入れて、ちゃんと全身洗って、髪まで洗ってくれたでしょ?。みどり、髪の毛洗われるの、実はきらいなのよ。それをあんなにささっと洗ってくれるなんて…。よほどコメットのこと、気に入っているのよ。ありがとう、コメット。)

 そしてコメットさん☆は、また思った。

コメットさん☆:(…私、ママじゃないのに、ママみたいって言われる…。別にいやじゃないけど…。私もママになる準備を、しているのかなぁ…。とても沙也加ママや、スピカおばさまのように、本物のママになんてかなわないよ…。でも…、もし私がいつか本当のママになったら…。その時は、いろいろなことをあわてないでこなせるように…、なれるのかな?。)

 コメットさん☆も、みどりちゃんも、ネネちゃんも、もちろんツヨシくんも、みんな明日は昨日の自分ではない。コメットさん☆が「ママ」になるのは、きっとずっと先だけれど、子どもはやがて大人。大人も少し前までは子ども。みんな順番。子どもの心や感じ方は、やがて少しずつ失われていくものかもしれないけど、それを全く失ってしまったら、「子どものかがやき」は、取り戻せなくなってしまう。

 心身共に大人の入口に立っているコメットさん☆。それに伴って、コメットさん☆の心は敏感にいろいろなことを感じ取る。高原の遅い春は、少し奥手なコメットさん☆の心にも似て…。

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★第200話:語りあう人とカメラ−−(2005年5月中旬放送)

景太朗パパさん:…さて、どれにしようかな…。

 景太朗パパさんは、新宿のカメラ店で、新機種のデジタルカメラを、一つ一つ手にとって、品定めしていた。

 ちょうど仕事で人に会うため、景太朗パパさんは、鎌倉から新宿まで出てきて、打ち合わせを終え、食事をしてから、駅西口にあるお店を回って、いろいろなデジタルカメラを探すことにしたのだ。やがて、景太朗パパさんは、レジでお金を払い、渡された大きな紙袋を持つと、小田急線の乗り場に向かった。

景太朗パパさん:(…去年の年末セールで買った、水中撮影もできるやつがあるから、今年の夏の旅行は、みんな喜ぶだろうなあ…。なるべく3人とも軽いのにしたし…。メーカーも同じにすれば、バッテリーやメモリーカードも共用出来るから…。)

 景太朗パパさんは、そんなことを考えながら、特急ロマンスカー「えのしま」号の窓から、過ぎていく町並みを見つめていた。

 すると最初の停車駅、新百合ヶ丘から、景太朗パパさんのとなりの席に、初老の男性が乗ってきた。

男性客:…この席ですな…。となり失礼します。

景太朗パパさん:あ、いえ。どうも。

男性客:おや、新宿でパソコンでもお買い求めですか?。

 初老の男性は、きちんとした身なりで、軽めのブレザーにスボン、オープンシャツという出で立ち。いずれも軽快な、春らしい色でまとめられている。その人が、景太朗パパさんの持っていた紙袋を見て尋ねた。

景太朗パパさん:あ、いやまあ…。あはは…。デジタルカメラを買いましてね。

男性客:おお、そうですかー。私もこの前買いました。最近のは写りがいいですよねぇ。一眼レフタイプですか?。

景太朗パパさん:いえ、コンパクトデジタルカメラをいくつか…。

男性客:ええっ!?、いくつかとは?。

景太朗パパさん:うちには、3人の子どもがいまして…。その子たちにです。

男性客:ほう。なるほど。そうですか。それはそれは大変だ。わはははは…。

 男性は、景太朗パパさんの、「意外な」答えにびっくりし、少し紙袋をのぞき込むようにすると、ゆっくりと目を細めるようにして言った。もしかすると、孫のことでも思い出したのかもしれない。

 

沙也加ママさん:…で、3台も買って来ちゃったわけ?。

景太朗パパさん:うん…。だって、ツヨシとネネ、それにコメットさん☆…。

沙也加ママさん:…まだツヨシとネネは、1つでいいんじゃないの?。

景太朗パパさん:いやまあ…、それはぼくもそうは思ったんだよ。でもさ、たぶんそれじゃあツヨシとネネはケンカになるなって思ってさ。…それに、兄妹でも、撮りたいものは、まるで違うんじゃないかなぁ?。

沙也加ママさん:…ふぅ。しょうがないわねぇ…。パパったら、本当に甘いんだから…。でもまあ、確かにパパの予想通りにはなりそうだし…。ツヨシもネネも、男の子、女の子っていうのを、意識し出すころだから…。撮りたいものは、確かにぜんぜん違うかも…。あー、もうカメラだらけ…。

景太朗パパさん:なかなかカメラって、捨てられるものじゃないし…。

沙也加ママさん:もうっ!。…ところで、私には何かないの?、パパ。

景太朗パパさん:…んふふふー。そう来るだろうと思って、ちゃんと買ってきたよ。こんなものはどうかな?、ママ…。

沙也加ママさん:…まぁっ。

 コメットさん☆は、リビングで、カメラ店の紙袋から、3つもデジタルカメラの包みを出した景太朗パパさんと、沙也加ママさんを、2階の部屋からリビングへ降りる階段の上から、じっと見ていた。そして、肩にのせたラバボーにささやいた。

コメットさん☆:景太朗パパと沙也加ママ、楽しそうだね。何しているんだろ?。

ラバボー:ラブラブなんだボ?。ボーとラバピョンのように。

コメットさん☆:あはっ。ラバボーは、いっつもそれだね…。なんだか、私……。

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。

コメットさん☆:…ううん。何でもないよ。

 コメットさん☆は、少し寂しそうな目をした。

景太朗パパさん:おーい、コメットさん☆、おいでー…って、あれ、もうそこにいたのか。

 すると景太朗パパさんは、コメットさん☆をリビングから呼んだ。呼んで目を上げ、階段の上にコメットさん☆とラバボーがいるのを見つけたのだ。

コメットさん☆:あ、はい。景太朗パパ。

景太朗パパさん:見てたの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:沙也加ママと景太朗パパって、やっぱりいつも仲がいいなぁって…。

沙也加ママさん:そう見える?。うふふ…。そうねえ…。どう?、パパ。

景太朗パパさん:どうって…。そりゃあまあその…。えへん!。…それよりさ、コメットさん☆、はいこれ。プレゼント。

 景太朗パパさんは、ちょっと気恥ずかしいような空気をはらうように、コメットさん☆にカメラの箱を手渡した。

コメットさん☆:ええっ!?。私に?。…これって、カメラ…?。

景太朗パパさん:そうだよ。新しいの。開けてごらん。

コメットさん☆:私、カメラ前に買ってもらって…。

景太朗パパさん:そろそろ新しい機種にするのもいいかなって思ってさ。それに、そろそろツヨシとネネにも、自分のカメラを持たせようと思って…。3人分買ったきたのさ。

 コメットさん☆は、カメラの箱を開け、中をのぞき込んだ。

コメットさん☆:わあ…。かわいいカメラ…。今度のカメラは赤いのだ…。いいんですか、いただいて…。

沙也加ママさん:そんな他人行儀にしなくていいってば、コメットさん☆。

コメットさん☆:は、はい…。

沙也加ママさん:パパったら、一気に3つよ。ポイントカードに、ポイントがたまるんだよとか言っているけど…。

コメットさん☆:もしかして、ツヨシくんとネネちゃんにも?。

景太朗パパさん:そろそろツヨシとネネも、手軽にスナップ写真くらい、撮ったらいいかと思ってさ。それなら、コメットさん☆のカメラも、新しくしないとね。

コメットさん☆:わあ、いっそう楽しくなりそう。でも…私は…、もう持っていたのに…。

景太朗パパさん:うちには、3人子どもがいるからね。

コメットさん☆:…3人…。ありがとう、景太朗パパ、沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの言葉の意味をすぐに理解し、いすに座って、見ていた箱をテーブルに置き、カメラを取り出した。

コメットさん☆:あ、これがストラップ、説明書に、ケーブル、バッテリーと…、これは何かな?。

景太朗パパさん:カメラごと充電する台だよ。バッテリーは今までと同じだよ。全体のデザインも、前のと似ているでしょ?。

コメットさん☆:あ、本当だ…。いままでと同じだから、前のバッテリーとかも使えますね。

景太朗パパさん:うん。そうだね。実を言うと、ツヨシとネネのも同じメーカーのにしちゃった。去年の年末に、みんなで使えるようにって、水中や雨でも撮れるやつを買ったろ?。あれも同じ。

コメットさん☆:じゃあ、ツヨシくんやネネちゃんとも、バッテリーもメモリーカードをいっしょに使える…。

景太朗パパさん:そういうことさ。あ、それで相談なんだけど、コメットさん☆の前のカメラ、あれさ、ぼくに譲ってくれないかな?。

コメットさん☆:え?、はい。いいですけど…。ピンク色ですよ?。

沙也加ママさん:パパ、コメットさん☆からもらってどうするの?。

景太朗パパさん:いいよ、何色でも。実は出張の時とかに、持っていこうかなって思ってさ。現場で写真撮りたいときがあるんだよね。ぼくも自分の持っているけど、ちょっとかさばって重いからさ。それに…。

沙也加ママさん:それに?。

景太朗パパさん:…目立つ色だと、ちょっとした話のタネになりそうでさ…。

 沙也加ママさんとコメットさん☆、それにじっと聞いていたラバボーも、景太朗パパさんの意図が、今ひとつ分からず、顔を見合わせた。

 

ツヨシくん:やったぁー、カメラ、カメラー!。

ネネちゃん:私もコメットさん☆とおそろいー。

ツヨシくん:すげー。パパありがとっ。

ネネちゃん:パパありがとう。私お花やねこ撮りたいっ。

景太朗パパさん:ツヨシもネネも、カメラ振り回すなよー。さっそく壊したら知らないぞー。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:パパ、私が見張ってるからー。

コメットさん☆:じゃあ、いっしょに行ってきます。

景太朗パパさん:ああ、行っておいで。気をつけてね。勝手に人には向けないように、気をつけてやってよ、コメットさん☆。やれやれ…なんだか、すごいはしゃぎようだなぁ。あはははは…。

 翌日、朝からツヨシくんとネネちゃん、コメットさん☆の3人は、もらったばかりのカメラを手に、家から飛び出していった。

コメットさん☆:どこへ行こうか?。

ツヨシくん:海に行こうよ、コメットさん☆。

ネネちゃん:カメラ、水大丈夫なの?。

ツヨシくん:別に泳がないよ、ネネ。

コメットさん☆:あはは。まだ少し早いね。もうすぐだけど、夏…。

ネネちゃん:そうだね。もうすぐ夏だー。

 コメットさん☆は、強めの日ざしが差す空を見上げると、ツヨシくん、ネネちゃん、それにラバボーといっしょに、七里ヶ浜に向け歩き出した。日曜日の陽光は、遠くに見える海を光らせている。その海に向けて、みんなずんずんと歩いていく。

コメットさん☆:あ、サツキの花が咲いているよ。撮ろ。

 コメットさん☆は、垣根の前にサツキを植えている家の、咲き出したサツキのピンク色の花にカメラを向けた。コメットさん☆のカメラは、紅色のボディの、コンパクトなタイプ。重さは前のと同じ115グラム。コメットさん☆の小さめな手にもぴったりだ。ネネちゃんのもお揃い。ツヨシくんのカメラは、一回り大きめで、少々動き回っても、どこかへなくしてしまわないようにとの、景太朗パパさんの配慮。色はシルバー。性能はみんな同じだ。みなストラップを、手首に通してカメラを手に持つ。こうしておけば、間違って落としてしまう心配は、かなり少なくなる。景太朗パパさんに教わった持ち方だ。コメットさん☆は既に知っていたが…。

 コメットさん☆たちは、ずっと歩いて、江ノ電の踏切のところに来た。すると踏切が「カンカン…」と鳴り始めた。間もなく電車がやってくる。

ツヨシくん:あ、電車が来る…。撮ろう!。

ネネちゃん:ええ?、江ノ電を?。どうして?。

ツヨシくん:だって、スピード出してるよ、ここなら。

ネネちゃん:スピード?。

コメットさん☆:ネネちゃん、少し後に下がって、海をバックにして、踏切を横切る江ノ電を撮ってみようか。うまく撮れれば、景色の写真になるよ。

ネネちゃん:…うん。じゃあやってみる。

 3人は、こうして海岸までの道すがら、見慣れた街のカットをいくつも撮影しては、お互いのモニタをのぞき込み、ああだこうだとおしゃべりしながら歩いた。最初からいい写真なんて、撮れるはずもなかったが、それでも、ツヨシくんとネネちゃんにとって、あるいは身近な「写真友だち」が出来たようなコメットさん☆も、十分楽しかった。やがて3人は、国道をくぐる地下道を通って、海岸の駐車場のところに出た。

 トンビが空を舞っている。夏を予感させるような、いっそう強い日ざしに、コメットさん☆は目を細めた。そして何となく、海に目を凝らし、ケースケを探してしまった。しかし、ケースケはいない。あたりを見回すと、サーフボードを持って、車を止めている若者が数人いるけれど、それほどたくさんの人がいるわけでもない。それでコメットさん☆は、人を気にせず写真を撮るのにいいものはないかな?、と思って、あたりをもっと見回した。江ノ島、と考えたが、今日はややかすんで見えている。どうしようかと思っていると、海岸沿いの国道から、メテオさんが近づいてくるのが見えた。すかさずコメットさん☆は声をかけつつ駆け寄った。ツヨシくんとネネちゃんもあとに続く。

コメットさん☆:メテオさん!。

メテオさん:…わっ、コメット?、こんなところで何してるの?。

ネネちゃん:メテオさんだー。

ツヨシくん:メテオさん、コメットさん☆と、みんなで写真撮っているんだよ。

コメットさん☆:景太朗パパが、みんなにカメラ買ってくれたの。

メテオさん:写真?。ふーん。こんな見慣れた風景なのに?。

コメットさん☆:うん。見慣れてるけど、江ノ島とか写真に撮ろうかなって…。

メテオさん:私にも見せてよ。

コメットさん☆:いいよ。ほら。

 メテオさんは、普段見慣れた風景を、何でわざわざ撮影しようとしているのか、わかりかねる様子で、不思議そうな顔をしながら、コメットさん☆のカメラを、手にとって見た。

メテオさん:ふーん。軽いのね。わたくしも持っているけど…。最近使わないわったら、使わないわ。…ほら、みんな並んで。

ツヨシくん:あ、はーい。

ネネちゃん:はーい。

 メテオさんは、コメットさん☆のカメラを、コメットさん☆自身と、ツヨシくん、ネネちゃんに向けると、シャッターを押した。そしてコメットさん☆に、カメラを返した。

コメットさん☆:あ、撮ってくれてありがとうメテオさん。最近どうしてカメラ使わないの?。

メテオさん:え?、だって…。あんまり瞬さまのこと、撮れないもの…。

コメットさん☆:そうなの?。

ネネちゃん:ネネちゃん知ってるよ。コンサート会場とかって、撮影しちゃいけないの。

コメットさん☆:あ、そうなんだ…。デートの時とかは?。

メテオさん:…ふふっ…。デートなんて、そんなしょっちゅう出来ると思う?。

 メテオさんは、ふっと寂しそうに笑うと、視線を落として答えた。

ツヨシくん:メテオさんも、デート出来ないの…?。

 ツヨシくんが、珍しくメテオさんを心配するかのように聞いた。メテオさんは、ちらりとツヨシくんを見た。

コメットさん☆:瞬さん、忙しいもんね…。

メテオさん:…だから、通販で買ったデジタルカメラも、最近うちの幸治郎お父様と、留子お母様、それにねこのメトを撮るくらいしか、使ってないわ…。

ネネちゃん:あ、ねこのメトちゃん撮りたいっ!。メテオさん、メトちゃん見に行っちゃだめ?、これから。

コメットさん☆:ネネちゃん…。

ツヨシくん:あ、ぼくも撮りたいな、メト。かわいいもん。

メテオさん:こ、これからメトを!?。…そうね、あなたたちならいいわよ、今から私の家に行きましょ。

コメットさん☆:いいの?、メテオさん。

メテオさん:いいわよ。幸治郎お父様しか、今いないわ。留子お母様は、クラス会とかいうのに出かけてるわ。

ネネちゃん:わあい。メトちゃんに会えるー。

コメットさん☆:メテオさん、どこかに行くところじゃなかったの?。いいの?、私たちおじゃましても…。

メテオさん:いいわ。何となく歩いていただけだから…。

コメットさん☆:…そう…。

 コメットさん☆は、どことなくメテオさんが寂しそうなのが気になった。

 メテオさんの家に着くと、メテオさんはさっそくみんなを2階に上げた。

幸治郎さん:おや、メテオちゃん。お客さんかね…、ああ、コメットさん☆に、えーと…。

メテオさん:藤吉さんのおうちの、ツヨシくんとネネちゃんよ。幸治郎お父様。

幸治郎さん:ああそうだ。ツヨシくんとネネちゃん、いらっしゃい。どうも歳のせいか、ど忘れしてしまってね、すまんねぇ。

コメットさん☆:こんにちは。

ツヨシくん:こんにちはー。

ネネちゃん:こんにちは、メテオさんのお父さん。

幸治郎さん:ああ、こんにちは。

メテオさん:海岸沿いの国道を散歩してたら、たまたまコメットたちに会ったの。

幸治郎さん:そうかい、メテオちゃん。

メテオさん:メトと遊びたいって…。

幸治郎さん:メトかい?。メトなら、さっき1階にいたよ。

メテオさん:じゃあ、私飲み物を用意するわったら、するわ。それでメト呼んでくる。

幸治郎さん:そうだね。じゃあわしは、書斎にいるからね。もし用事があったら呼んでおくれ。

メテオさん:はい。幸治郎お父様…。

 メテオさんは、相変わらずややいつもよりトーンの落ちた声で答えた。そして、一度1階に降りると、飲み物とお菓子を持って、メトを肩にのせ、戻ってきた。

ネネちゃん:わーい、メトちゃんだー。かわいいー。

 ネネちゃんは、メテオさんが床に降ろしたメトを、かわりに抱き上げてほおずりした。

メト:にゃあー。

 メトは迷惑そうに手足を動かしたが、すかさずツヨシくんは、そんな様子を撮影する。コメットさん☆が、言った。

コメットさん☆:ネネちゃん、メトちゃんがびっくりしているよ。

ネネちゃん:あ、ごめんね、メトちゃん。

 ネネちゃんがメトをあわてて手から降ろすと、メトはさっとメテオさんの部屋の、テレビが載っている台の上に逃げた。そしてテレビの後から、様子をうかがっている。

メテオさん:みんな、お菓子と飲み物よ。どうぞ。

コメットさん☆:メテオさん、ありがとう。

ツヨシくん:いただきまーす。

ネネちゃん:私もいただきまーす。…ん、おいしい。

メテオさん:そう?。まあゆっくりして行ってよ…。メト、最近ずいぶん大きくなったでしょ?。

コメットさん☆:そうだね。メテオさんが飼い始めたころから比べると、もう大人のねこ。

メテオさん:…ふふっ、でもね、けっこういたずらして遊ぶのよ。ムークは相変わらず追いかけられっぱなし。

コメットさん☆:そうなんだ…。あ、ムークさんは?。

メテオさん:今は、ちょっと星国に帰らせてるわ…。ムークにも、子どもがいるって言うから…。

コメットさん☆:あ、そうなんだよね…。そっか…。

 コメットさん☆は、メテオさんの元気がないのは、イマシュンとなかなか会えないだけではないのだと気付いた。ここ何日かは、ずっとひとりぼっち。メトはいっしょだけれど、話ができるわけではないし、沙也加ママさんに聞いたところでは、メテオさんもいろいろ悩みがあるらしい。

(沙也加ママさん:メテオさんね、女の子のことで、いろいろ大変みたい。あんまり相談できる相手もいないでしょう?。コメットさん☆も、お友だちとして聞いてあげてね。)

 コメットさん☆は、沙也加ママさんに言われた言葉を、ふと思い出していた。

ツヨシくん:ねえ、メト、出てこないよ、メテオさん。

メテオさん:…え?、あ、ああ、じゃあ、そこにあるねこのおもちゃで誘ってみなさいよ。興味を示せば出てくるわよ。

ツヨシくん:そうなの?。…メテオさん、どうしたの?。なんだか元気ないよ。どこか痛いの?。

コメットさん☆:…つ、ツヨシくん…。

メテオさん:痛いわけじゃないわよ。大丈夫。何でもないわったら、何でもないわ。

コメットさん☆:そだ。メテオさんも、カメラ持って来て。みんなで撮影会やろ。

メテオさん:ええっ?。…さ、撮影会?。

コメットさん☆:メトちゃん来ないかな?。ほらメトちゃん…。

 コメットさん☆は、棒の先に毛玉のついた「ねこのおもちゃ」を手に取ると、メトの鼻先で振り回し、メトをテレビの裏から誘い出した。

コメットさん☆:あ、来た来た。メトちゃんきれいなねこちゃん。ツヨシくんもネネちゃんも撮って撮って。メテオさんも。カメラ持って来ようよ。

メテオさん:コメットったら…。わかったわったら、わかったわ。

 メテオさんは、そんなコメットさん☆の言葉につられるように、そばのチェストからデジタルカメラを取り出して、電源を入れ、持ってきた。ツヨシくんとネネちゃんは、メトと遊ぶコメットさん☆を、撮影してみる。ここは部屋の中だから、あまり明るくない。コメットさん☆は、少ししかあいていなかったカーテンを、いっぱいに広げて、光を入れた。

コメットさん☆:メテオさん、明るくしようよ。

メテオさん:…ええ、そうね。

 コメットさん☆は、メテオさんのことを心配しながら言ってみた。

メテオさん:あ、ち、ちょっとぉ…。だめ!。わたくしのベッドなんて撮らないでよー。

 メテオさんがふと振り向くと、ネネちゃんと、それに続いてツヨシくんが、メテオさんの天蓋のあるベッドを撮影していた。豪華なイメージのベッドが珍しいのだ。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん、だめだよ。ネネちゃんも、ちゃんとメテオさんに聞いてから。自分のベッドなんて、撮られたくないものだよ?。

ツヨシくん:ぼく、だめなの?。

ネネちゃん:全体撮っただけだけど…だめ?。

メテオさん:片づけてあるから、今度だけはいいけど…。レディのベッドを勝手に撮るなんて、恥ずかしいからだめよったら、だめよ。

ツヨシくん:メテオさん、ごめんね。

ネネちゃん:メテオさん、私もごめん…。

コメットさん☆:写真は、人がいやだなーって思うときでも、撮れちゃうから、撮ってもいいかどうか、よく考えないとだめなんだよ。

ネネちゃん:うん。

ツヨシくん:わかった。

 メテオさんとコメットさん☆は、顔を見合わせたが、メテオさんは、ほっとしたような顔で、コメットさん☆を見直した。

ネネちゃん:あ、窓の外にバラの花。メテオさん、撮っていい?。

メテオさん:それならいいわよ。メトも外見る?。

 メテオさんは、メトを抱えると、そっと扉から外のバルコニーに出た。メテオさんの窓の外は、歩いて出られるバルコニーになっていて、ミニバラの鉢植えや、アサガオが置いてあったりする。

ネネちゃん:わあ、ちいさいバラだ。お庭にあるのとは、ぜんぜん大きさがちがうね、メテオさん。

メテオさん:そうね。庭のは大きくて、秋まで咲くのもあるのよ。

ツヨシくん:あ、メテオさん、そのままメトだっこしてて。撮るよー。

メテオさん:え、ああ…、頭とかしてないし…。…いいわ。しょうがない…。

ツヨシくん:少し笑って、メテオさん。

メテオさん:こ、こんな感じかしら?。

ツヨシくん:うん。

 メテオさんは、ツヨシくんに言われて、メトをだっこしたまま、そっと微笑んでみた。まだ表情は硬いけれど、こんなふうに写真を撮られるのは、幸治郎さんが撮ってくれるとき以外、あまりない。コメットさん☆は、それを見て、ツヨシくんなりにメテオさんを、心配してあげているのだとわかった。

メテオさん:じゃあ、わたくしもあなたたちを撮るわ。メトをお願いね。外に出て行っちゃうと困るから。

コメットさん☆:メテオさん、私がだっこしているね。…あれ、メトちゃん、なんか怖そうにしてるよ。

メテオさん:メトは、外の空気に触れるの、慣れてないから、そんなに好きじゃないみたいよ、バルコニーに出るのは。

コメットさん☆:そうなんだ…。メトちゃんのこと、何でも知っているんだね、メテオさん。

メテオさん:そ、それほどでも…あるわったらあるわ!。

ツヨシくん:あ、いつものメテオさんらしくなってきたよ、ネネ。

ネネちゃん:そうだね。調子出てきたかもね。

メテオさん:おこちゃまたち、何か言ってる?。

ツヨシくん:ううん。何も言ってない。

ネネちゃん:言ってない、言ってない。

 メテオさんは、少しずついつもの強気な勢いを取り戻しつつあった。ふとメテオさん自身、口元が少しゆるんでいることに気付いた。ここ数日、こんな気持ちになったことはなかったような気がした。

 やがてみんなで、メトが歩きまわるのを、そっとついていって撮影したり、庭に出て、晴れ間ののぞく空の下、庭のバラを入れて写真を撮ったり、幸治郎さんを呼んで、メテオさんといっしょにならんでいるところを撮ったり、大はしゃぎで撮影を続けた。メテオさんは、感じていた寂しさを、だんだん忘れていった。

 

 翌日、学校から帰ってきた、ツヨシくんとネネちゃんといっしょに、コメットさん☆は、メテオさんの家をたずね、そこから星のトンネルを通って、プラネット王子の写真館に向かった。もちろん、写真を見せるために。

 ちょうどそのころ、景太朗パパさんは、地方の民家を移築する仕事の現場にいた。古い民家を、移築して住みたいという相談があって、それで移築先の土地を見に行ったのだ。

依頼者の人:なるべくいい向きに建てたいんですが…。

景太朗パパさん:そうですねー。やや傾斜がありますから…。まず…、土地の感じをつかむため、数枚撮影させてください。

依頼者の人:どうぞどうぞ。よろしくお願いします。

 完全に南向きではない少し傾斜した土地に対して、移築する建物がうまくおさまるか心配する依頼者の人に、景太朗パパさんは、コメットさん☆からもらい受けたピンクのカメラを取り出して、その土地を撮影し、それを参考に検討することにした。

依頼者の人:…おや、珍しい色のカメラですね。

景太朗パパさん:あ、これですか?。あははは…。「娘」のお下がりでして…。写りが良く、軽いんで、もらって使ってますよ。

依頼者の人:そうですか。はっはっは。娘さんのをね…。今のうちですよ、そんなことを許してくれるのも…。

景太朗パパさん:そうかもしれませんね…。…では、とりあえずおおまかな図面と、パース画を作ってお見せします。それでご希望を聞いて、細かい詰めをして、建築の申請をする…という流れで。

依頼者の人:はい。わかりました。一つよろしくお願いいたします。…それにしても、いい娘さんをお持ちでうらやましい…。

景太朗パパさん:あははは…。いやまあ…。…そ、それでは。

 景太朗パパさんが、コメットさん☆からもらい受けたパールピンクのカメラ。コメットさん☆を、あえて「娘」と言いつつ、景太朗パパさんは、何となく面白い気分になった。それは、景太朗パパさんの思った通り、その色が、「建築家」という硬いイメージをやわらげ、話をスムーズに進めるための道具になってくれたから…。

 

プラネット王子:二人の王女のお出ましかぁ。これは責任が重いな。…どれ、まだプリントしてない分は、オレがプリントしよう。

メテオさん:そんな堅苦しい言い方、いい加減にやめて欲しいわったら、やめて欲しいわ。

プラネット王子:はいはい、手厳しいな。メテオは。よし、今機械にかけたから、しばらくするとプリントされて出て来るぞ。

コメットさん☆:わはっ、楽しみ。

ネネちゃん:うまく写っているかなー。

ツヨシくん:ばっちりだね。そうに違いないもん。

プラネット王子:お、ツヨシくんはなかなかの自信だな。

メテオさん:わ、私だって。メトのことは、さんざん撮っているから。なんてことないわ。ホホホホホホ…。

プラネット王子:メトっていうのは、メテオが飼っているねこだっけ?。

コメットさん☆:そうだよ。かわいいの。ベージュ色で、青い目。しっぽと耳の先がチョコレート色。

プラネット王子:それってこのねこか?。

 プラネット王子は、プリント機から出てきた写真プリントを見て聞いた。

メテオさん:そうよったら、そうよ。

プラネット王子:確かに、きれいなねこだな。あまり見ない柄だし…。

ネネちゃん:はぁ…、ネネちゃんもねこちゃん欲しい…。いっしょに寝たい。あったかそうだもん。

メテオさん:…一応いっしょに寝てるけど…、夏は暑いわよ…。ふとんにもぐり込むのが好きなのよね。せめて頭の脇くらいにして欲しいけど…。

コメットさん☆:そうなの?。へえー。ぜんぜん知らなかった…。

ツヨシくん:ねこって面白いね。

 そんな感想を漏らすメテオさんは、その口振りとはうらはらに、少しうれしそうだった。1枚のプリントからも、話がはずむ。ツヨシくんとネネちゃんの目も、輝いている。

 やがてプリントは終わり、プラネット王子は、カロンに店をまかせ、2階に上がった。

プラネット王子:さて、今日もハーブティを入れたから、みんなゆっくりしていってくれよ。景太朗パパさんは、フィルムで撮るのが好きなんだよな。いいカメラもっているぜ。さすがにな。

 プラネット王子は、ハーブティをみんなに入れて出すと、唐突に語った。

コメットさん☆:ありがとう。そうなんだ…。

メテオさん:私もいただくわ。

ツヨシくん:いっただきまーす。

ネネちゃん:いただきますっ。

 いつもひっそりとしている、橋田写真館の2階には、にぎやかな声がこだましている。コメットさん☆は、この場にプラネット王子と、メテオさんの3人、そしてツヨシくんとネネちゃんがいっしょにいることに、不思議な感じを覚えていた。

プラネット王子:コメットが家でプリントしてきた分も含めて見ると…。コメットはやっぱり安定した撮り方しているな。ブレが少ない。小さいカメラは、えてしてブレやすいんだけどね。

ツヨシくん:ぼくはぼくは?。

プラネット王子:ツヨシくんは、…ふふふ…、被写体が異様にコメットに偏っている気もするが…。いいんじゃないか?。初めて自分のカメラを持ったにしては、なかなかいいと思うよ。…この写真なんかは、少し急ぎすぎかな?。もう少し落ち着いて、脇を締めるといいかもしれない。

 ツヨシくんが撮った写真は、ブレが多かったりするのだが、コメットさん☆を画面の中心に、常に入れようとする「意気込み」が感じられた。ねこや花の写真でも、撮りたいものを常に真ん中、という感じ。

ネネちゃん:私、お花とメトちゃんが撮りたい。

プラネット王子:ネネちゃんか…。テーマを決めて撮ろうとしている感じはよく出ているんじゃないかな?。少し斜めになっている写真が多いだろ?。カメラを水平に構えてみるといい。そうすると、見た感じも安定した感じになるだろう?。ツヨシくんの写真より、静かな写真が多いんだから、当分はそういうことに気をつけるといい。

メテオさん:…私のはどうかしらったら、どうかしら?。何しろメトとは、いっしょに住んでいるんだから…。

プラネット王子:住んでいるのはいいけど…、メトに寄りすぎじゃないか?。これなんか、しっぽが切れているぞ。

メテオさん:えっ!?、そ、そんなはずは…、あるわ…。な、なんでよー。

 メテオさんは、メトが面白そうな表情で振り返った写真を見て、あわててカメラの画像を確かめた。もちろんプリントのせいではなく、もとの画像から、既にしっぽまで入っていないのだった。

メテオさん:わー、一番いいカットだと思ったのにぃー!。気がつかなかったったら、気がつかなかったわー。なんでったら、なんでったら、なんでー。

プラネット王子:ねらいは面白かったのにな。残念でした、ということで。もう少し手前で撮ればいいのに。相手がメテオなら、メトは寄って来るんだろ?。だったら、余裕をもってシャッター切らないと。

メテオさん:きいーーーー、くやしいったら、くやしいわ!。見てらっしゃい!。今度こそ、メトを完璧な写真におさめるんだから!。コメット、これから帰ったら、もう一度撮影よ!。

コメットさん☆:メテオさん、本気なの?。

ツヨシくん:これからまた?。

ネネちゃん:もうバッテリー切れそうだよ…。

プラネット王子:またまたいつものメテオらしいな。あはははは…。

 

 メテオさんは、いつものメテオさんらしくなった。もちろん、今夜また、ひとりぼっちのメテオさんでなくなったわけでもなく、イマシュンと、なかなかデートできないメテオさんでなくなったわけでもない。しかし、カメラで写真を撮り、それをあれこれみんなで語るうちに、ひとときそういう寂しいような気持ちを忘れられた。景太朗パパさんも、コメットさん☆が使っていたピンク色のカメラをたずさえて、現場の写真を撮る。仕事仲間からは、話題にされながら…。カメラは確かに、思い出と、ある時間、そして記憶を切り取る装置。しかし、それだけでもない。小さなカメラが、人と人をつなぐ。それはカメラだから、ということでもないけれど、人と人の語り合いを助ける道具として働いているのだ。そんな語らう人々に、語らう場所に、語らうために、みんなは明日も、持っているカメラを向ける…。

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★第202話:コメットと女の子の心−−(2005年5月下旬放送)

 5月も下旬になると、だんだん「はしり梅雨」と言って、雨の日が多くなったりする。しかし、日差しはぐんぐんと夏に近づいていくので、夏のように暑い日もある。暑い日があれば、コメットさん☆だって、遠くの海が呼んでいるような気になることも。ツヨシくんやネネちゃんにとっては、夏のプールの授業や、コメットさん☆といっしょに行く水遊びが楽しみになってくる。

 そんなある日のこと、沙也加ママさんはお店が定休日で、朝から家にいた。10時を過ぎるか過ぎないかのころ、出かける用意をはじめた。

沙也加ママさん:…さてと…、パパ、パパ。

 リビングで新聞を読んでいた、景太朗パパさんに声をかけた。

景太朗パパさん:うん?、なんだいママ?。

沙也加ママさん:おでかけよ。

景太朗パパさん:あ、もうそんな時間だね。よし、今用意するよ。ごめんごめん。

沙也加ママさん:コメットさん☆、いっしょに出かけましょ。

 沙也加ママさんは、2階のコメットさん☆の部屋に向かっても、声をかけた。コメットさん☆は、部屋から出て、階段から下をのぞいた。

コメットさん☆:はーい。沙也加ママ、出かけるんですか?。…ツヨシくんとネネちゃんは?。

沙也加ママさん:今日はちょっとね、お買い物に行こうかなって…。ツヨシとネネには鍵も持たせたし、少しの間留守番していてくれるように言ってあるから、コメットさん☆も行きましょ。

コメットさん☆:はい。じゃあ、用意しますー。

 コメットさん☆は、一度部屋に戻って、着替えをして準備することにした。

コメットさん☆:なんだろね?、ラバボー。

ラバボー:買い物というからには、何か買うんだボ?。

コメットさん☆:それはそうだと思うけど…。何を買うんだろう?。

ラバボー:ボーはどうしよう?。

コメットさん☆:うーん。ラバボーは…、ラバピョンのところに行きたい?。

ラバボー:え?、いいのかボ?、姫さま。…でも、あんまりラバピョンのところにばかり行っていると、またヒゲじいさんから、「姫さまほったらかし」とか言われるボ…。

コメットさん☆:大丈夫だよ。私ほったらかされたりしてないよ?。…それより、ラバピョン、ひとりぼっちだよ?。

ラバボー:それはそうだボ…。じゃ、ちょっと姫さまが帰ってくるまで、行って来ようかボ。

コメットさん☆:いいよ。私も、たぶん3時くらいまでには帰るから…。…それでラバボー、私、今から着替えるから…。

ラバボー:うわわ、姫さま、ごめんだボ。行って来ますボー。

 コメットさん☆は、にこっとしながら、あわてて出ていくラバボーを、部屋のドアのところで見送った。そして着替えをしながら…。

コメットさん☆:あ、そうだ…。ツヨシくんとネネちゃんがお留守番なら…。

 

 コメットさん☆は、景太朗パパさん、沙也加ママさんといっしょに、大船から横須賀線の電車に乗った。

沙也加ママさん:えっ!?。星力を使ってくれたの?。

コメットさん☆:はい。ツヨシくんとネネちゃん以外の人は、入れないように星力かけてきました。

景太朗パパさん:それはどうもありがとう、コメットさん☆。それなら安心だね。ほんとに助かるよ。

コメットさん☆:い、いえ。…でも、ツヨシくんとネネちゃんは、お買い物いっしょに行かなくてよかったんですか?。

沙也加ママさん:ほんとは連れていきたかったけど…。学校が終わってからじゃ、夜になっちゃうなぁって。それにまあ…。

コメットさん☆:沙也加ママ?。

 沙也加ママさんは、なぜかコメットさん☆に、はっきりとした理由は話そうとしなかった。

景太朗パパさん:横浜は、どこで買い物しようか?、ママ。

沙也加ママさん:そうねぇ…。元町かしらね。あとはデパートとか。

景太朗パパさん:そうだね。なるべくデパートがいいなぁ。

コメットさん☆:元町?。デパート、ですか?。

沙也加ママさん:とりあえず、パパに夏のシャツを…と思っているけど…。コメットさん☆、夏も近いでしょ?。

コメットさん☆:え?、あ、はい…。

沙也加ママさん:夏になれば、必要なもの。コメットさん☆にね?。

コメットさん☆:私に?。

沙也加ママさん:そう。…もちろん私も自分のを見るし、パパのも考えてるけど…。今日はね?。

コメットさん☆:は、はあ…。

 コメットさん☆は、今ひとつ沙也加ママさんが言っていることがわからず、きょとんとしてしまった。電車は高速で一路横浜を目指す。

 

沙也加ママさん:さ、水着売場に行きましょ。コメットさん☆、今年の夏は、少し違った雰囲気のやつを着たら?。

コメットさん☆:えっ!?、み、水着?。…き、去年のでいいです…。あれ、かわいいし。

沙也加ママさん:そんなこと言わないで。あれはあれでいいけど、その前のやつは、もう少しきついでしょ?。

コメットさん☆:…は、はい…。景太朗パパは?…。いいんですか?。

沙也加ママさん:パパは、別の階見て来るって。お中元にはまだ早いけど、早めに考えておきたいらしいわ。だから、気にしないであなたの水着を選びましょ。

コメットさん☆:はい…。

 コメットさん☆は、なんだか恥ずかしいような気持ちになって、消え入るような声で答えた。コメットさん☆は、けっこう今は衣装持ちだ。夏の水着も、たいてい毎年沙也加ママさんが買ってくれる。5月上旬に、信州に行ったときだって、木綿の素敵なワンピースを買ってくれた。お正月の振り袖だって、冬のコートもセーターも。最近は、コメットさん☆の部屋の、チェストに入りきらないほど。そんな沙也加ママさんの配慮を、コメットさん☆はとてもうれしく思うけれど、どこか申し訳ない気持ちが、いつも心にあるのだった。

沙也加ママさん:あんまり同じ服を着ないとか、着回しをよくするとかは、まあ、レディのたしなみよ。ふふふふ…。

コメットさん☆:そ、それは…、そうですけど…。

 コメットさん☆は、「ティーンズ」の水着コーナーへ、沙也加ママさんのあとから、まるで見えないひもで引っ張られるように、ついていった。

沙也加ママさん:さあ、どんなのがいいかなぁ?。少し思い切ってみる?。

コメットさん☆:…い、いえ、あの…。スカートがあるやつがいい…。

沙也加ママさん:うふふ…。コメットさん☆は、相変わらず恥ずかしがり屋さんだ。…こういうように、スカートがくっついているのと、別になっているのがあるわ。それに、上下も別々なのもあるわよ。

コメットさん☆:はい…。

 コメットさん☆は、いっそう恥ずかしそうにした。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、もうローティーンでもないんだから、少し大人っぽいほうがいいわね。小さめなセパレーツもいいわよ。うちに来て初めての夏、若草色のセパレーツ着ていたじゃない。

コメットさん☆:そ、それは…、そうですけど…。え、えーと、そ、その沙也加ママの手に持っているのは大胆すぎて…。

 沙也加ママさんが手にとって、見せたのは、やはりセパレーツ形のもの。シャーリングがかかった上に、パンツとスカートのセットとか、細かい花柄のセパレーツで、短いスカートがくっついているもの、大きな花柄ワンピースに、長いパレオがついているものなど。コメットさん☆は、なんだかどんどん恥ずかしくなった。

沙也加ママさん:アンダーもいるわね。水着のタイプが決まったら、別に選びましょ。

店員さん:いらっしゃいませ。お嬢様の水着をお探しですか?。

沙也加ママさん:あ、はい。この子なんですけど。

店員さん:そうですか。どんなのがお好みですか?。

 近くにいた店員さんが、そばにやって来て尋ねた。コメットさん☆は、好みを聞かれ、いっそう困った。

コメットさん☆:(あああ…、私、コマッタさんだ…。)…あの、えーと、なるべくおとなしいの…。

店員さん:あら珍しいですね。おとなしいタイプですか?。そうですね、そうなると…、まあ定番的なものとしては、ボーダーやチェック柄ですね。

沙也加ママさん:流行としてはどうなんですか?。大人とはまた違いますよね?。

店員さん:確かに大人のものそのままではないですけど、小柄な大人の女性の方でも、お買い求めになりますから…。あまり大きな違いはないですね。

沙也加ママさん:そうですか。お揃いなんてのもありますか?。

店員さん:ありますよ。お母様とお嬢様お揃いというのも、最近はブランドが同じになって、サイズ違いや型の違いで合わせるなどというのは、なさる方いらっしゃいますね。

沙也加ママさん:そうですか。お揃いも楽しそうだけど…。あははは…。

コメットさん☆:…こんなのとか…。

 コメットさん☆は、ブルーの無地に、ロゴが入り、同色のスカートを組み合わせるタイプを手に取った。

沙也加ママさん:あら、ずいぶんほんとにおとなしいのね。もう少し冒険してみたら?。いくら何でもシンプル過ぎじゃない?。

店員さん:それですと、かなりシンプルなタイプになりますね。お嬢様は中学生ですよね?。でしたらまあ、流行としてはタンキニ、オーバーパンツやオーバースカートのあるもの、ワンピースでも比較的大人っぽい色づかいのものが好まれますよね。こちらなどいかがですか?。

 店員さんは、モスグリーンのワンピースで、白地に同じモスグリーンの水玉模様スカートがくっつき、腰まわりが出ているタイプをすすめた。しかしコメットさん☆は、腰から下が見えるのは、恥ずかしいと思った。

コメットさん☆:…もう少し、すそが長い方が…。

 コメットさん☆は、早くこの時間が終わらないか…とすら思っていたが…。

沙也加ママさん:そっか、スカート長め、ということは…。スカートだけ別にありますか?。

店員さん:あ、はい。最近はパンツだけ、トップスだけ、スカートだけというのもありまして、別々にコラボレーションを楽しんでいただけるものがあります。こちらがそんなコーナーですね。

 店員さんは、後側のコーナーを手で示した。

沙也加ママさん:ワンピースと、スカートの組み合わせなんていうのはどうでしょう?。

店員さん:製品としてそうしたものもありますし、組み合わせでそのように買って行かれる方も、けっこういらっしゃいますよ。

沙也加ママさん:そうですか…。コメットさん☆、ワンピースや、セパレーツにスカートつければ?。今持っているのと、あまり形は変わらないけど…。

コメットさん☆:はい…。じゃあ…、これとか…。

沙也加ママさん:あら、それいいわね。なかなか上品だし、柄が面白いわ。うふふふ…、コメットさん☆らしいわ。

 コメットさん☆は、藍色地に、打ち上げ花火をイメージした柄が、色とりどりで描かれたタンク形トップス、藍色無地のパンツ、サイドに白でライニングが施された無地スカート・すそフリル付き、というタイプのセパレーツを選んだ。

沙也加ママさん:それにする?。ちょっと試着してみたら?。

店員さん:どうぞ。今試着室あいていますよ。下着の上から着てみてくださいね。サイズはそれは150になりますから、もし合わなければ、別のサイズお出しします。

コメットさん☆:は、はい…。

沙也加ママさん:試着するなら、いくつかしてみたほうがいいわよ。ワンピースとスカートの組み合わせはどう?。

コメットさん☆:あ、あの、去年のオレンジ色のがあるから…。

沙也加ママさん:あー、あれは、少し全体に砂とかで汚れているわよね。やっぱり薄い色は汚れが目立つし…。それにあれはセパレーツだし…。

コメットさん☆:そ、そうですか?。

 コメットさん☆は、ドキドキするような気持ちになりながら、藍色セパレーツを左手に持って、ワンピースのタイプがかかっているコーナーを1着ずつ見た。そしてワンピースの水着の中から、思い切って、オフホワイト地に、ややトーンの落ち着いたマゼンタ色の濃淡で、少し大きめな花柄が描かれたのを手に取ってみた。

コメットさん☆:わあ…、これかわいい…。これと…、オフホワイトのスカート…。なんか目立ちすぎるかな…。

沙也加ママさん:あら、それもきれいね。コメットさん☆に似合いそうね。あんまり原色っぽくないのがいいわ。オフホワイトなら、砂で汚れるのもいくらかましだろうし…。

店員さん:そうですね。もう大人っぽいのをお好みのお嬢様は、割と原色系より、こういうものを好まれる傾向にあるようですね。逆に大人の方のほうが、原色好きって方、意外といらっしゃいますよ。

沙也加ママさん:じゃあ試着してみましょ、コメットさん☆。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、やっぱり恥ずかしそうに答えた。そして2点の水着を持って試着室に入ると、そっと着ているものを下着以外脱ぎ、なんとなくあたりをキョロキョロ見回してから、藍色のセパレーツをまず着てみた。次いでオフホワイトに花柄のも。そしてそれを着けた姿を、それぞれ沙也加ママさんに見せた。

沙也加ママさん:うん。コメットさん☆似合うわ。コメットさん☆は、スリムだから、いろいろな水着似合うわね。うらやましいな。うふふふ…。

コメットさん☆:…すそ、出ないかなぁ…。

沙也加ママさん:まあ、コメットさん☆は、本当に恥ずかしがり屋さんだ。ふふふ…。大丈夫、普通にしてれば出ないわよ。でも、泳いでいるときはしょうがないわよ?。水遊びしているときも…。

コメットさん☆:そ、…そうですけど…。

沙也加ママさん:でも、それ気に入ったみたいだから買う?。

コメットさん☆:…は、はい…。いいんですか?。

沙也加ママさん:じゃあ、言ってごらん。「買って」って。

コメットさん☆:…え?、あ、あの…、ママ、これ買って…。

 コメットさん☆は、消え入りそうな声で、水着を着たまま、そっと口に出して言った。

沙也加ママさん:うふふふ…。いいわ。今年はそれと藍色セパレーツね。なかなかかわいくて、コメットさん☆らしくていいわよ。

コメットさん☆:ママ、ありがとう…。

 コメットさん☆は、赤くなって恥ずかしそうにした。でも、照れたような、それでいていつの間にかうれしそうな、コメットさん☆の表情があった。

 沙也加ママさんは、店員さんに、アンダーやポーチといった、他に必要なものといっしょに、レジを頼むと、少しネネちゃんの水着も見た。

沙也加ママさん:ネネもどんどん大きくなるから、また新しいの買わないとだめね。学校でプールも始まるしね。

コメットさん☆:そうですね。ネネちゃんも水遊び大好きだから、あ、あとツヨシくんも…。

沙也加ママさん:そうね。男の子は、形が決まっているから、それはあんまり選べないのよね。パパのもだけど。

コメットさん☆:あははっ。かわいいのっていうわけには、行かないですよね。

沙也加ママさん:パパがかわいい水着って…、想像したくないわ。あはははは。

コメットさん☆:ふふふふっ…。

沙也加ママさん:それはそうと…、コメットさん☆はやっぱりスカートがないといや?。

コメットさん☆:…だって、なんだか恥ずかしいから…。

沙也加ママさん:ふふふ…。そっか…。私もそんなころあったなー。

コメットさん☆:そうなんですか?。

 沙也加ママさんは、少し天井のほうを眺めるようにして、自分がコメットさん☆くらいだったころに、思いをはせた。

沙也加ママさん:高校や大学にも水泳の授業ってあったのよ。水着になるのが恥ずかしくてね…。今から思えば、なんてことないはずなんだけど…。…でも、やっぱりコメットさん☆くらいの女の子って、水着になるのは、どこか抵抗があるわよね…。

コメットさん☆:…なんか、最初は何ともなかったのに。海で遊んだりするのは楽しいけど…。

沙也加ママさん:ふふふ…。わかるなぁ、その気持ち…。

 と、その時店員さんがお釣りと、包まれたコメットさん☆の水着をもって戻ってきた。

店員さん:お買いあげありがとうございました。お釣りになります。そして、こちらお品ものです。

沙也加ママさん:どうもいろいろありがとうございました。ほらコメットさん☆。

コメットさん☆:沙也加ママ、ありがとう…。店員さん、いろいろありがとうございます。

店員さん:どういたしまして。またご来店ください。ありがとうございます。

 コメットさん☆は、店員さんから手渡された袋を、しっかりと手に持った。これで今年の夏は、みんなといっしょに、さらに楽しく泳げる。沙也加ママさんは、携帯電話を取り出すと、景太朗パパさんに電話をかけた。ほどなく景太朗パパさんは、同じフロアに降りてきた。

沙也加ママさん:パパ、こっち。

景太朗パパさん:おお、いいのあったかい?、ママ。

沙也加ママさん:私のはまだよ。パパのも見ましょう。

景太朗パパさん:ええ?、ぼ、ぼくのはいいよ。

沙也加ママさん:そんなこと言わないで。ほら、パパ。

景太朗パパさん:いや、あー、ママが先で…。

 コメットさん☆は、そんな景太朗パパさんと沙也加ママさんの様子を、にこにこしながら見ていた。

 

ネネちゃん:あー、いーなー。コメットさん☆、新しい水着買ってもらったのー?。

コメットさん☆:う、うん。ご、ごめんね。私だけ…。

ツヨシくん:コメットさん☆、水着見せて、見せてー。

コメットさん☆:…み、見せてって…。こ、今度泳ぎに行くとき着るよ?。

ネネちゃん:私も見たいー!。

ツヨシくん:見せてよー、コメットさん☆ー。

沙也加ママさん:こーらー。二人とも。コメットさん☆を困らせるんじゃないの。今週末にはツヨシとネネのも買いに行くわよ?。

ネネちゃん:えっ、私のもー?。サイズ小さくなったの、ママ覚えていてくれたんだー。

ツヨシくん:やったぁ。コメットさん☆といっしょに、新しい水着!。

コメットさん☆:沙也加ママは、ネネちゃんのも、ツヨシくんのも見てたんだよ。

ネネちゃん:そうなんだー。わーい。かわいいやつ着たいっ。

ツヨシくん:ぼくも…じゃなかった、ぼくはかっこいいやつ!。

コメットさん☆:あはははは。ツヨシくん、おかしいよ。

沙也加ママさん:学校がお休みの日に、二人とも新しいの買いましょ。

 コメットさん☆が感じる、「海は大好きだけど、水着にはスカートがないと…」という感覚。ちょっとした「乙女心」のようなものかなぁ?と、沙也加ママさんは思う。ツヨシくんとネネちゃんが、「見せて」と言うと、1月もしないうちに、着て見せることになるわけなのに、恥ずかしそうに少し赤くなって、見せようとしないコメットさん☆。そんな様子をそっと見て、沙也加ママさん自らが通ってきた時間を思い出しながら。大人と子どもの間で揺れる、コメットさん☆の心。その妹のような心は、娘であるネネちゃんとは別な思いで、沙也加ママさんにとっては、いとおしく思える。そんな思いをかき立てる南風は、確実にここ稲村ヶ崎の気温を上げてゆく。コメットさん☆は、壁のカレンダーをふと見上げた。夏はもうすぐそこに…。

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★第205話:アジサイと梅雨の花たち−−(2005年6月中旬放送)

 6月の中旬になると、梅雨本番。この時期は、天気の悪い日が続くので、いろいろなことが、計画通りに進まない。ツヨシくんとネネちゃんは、外に遊びに行かれないし、景太朗パパさんは、設計が出来ても、施工は予定通り進まなくなるので、仕事の手順が狂うのだ。沙也加ママさんも、天気によって観光客の人々の出足が、大きく変わるから、「HONNO KIMOCHI YA」が、突然繁盛したり、いつものように閑古鳥が鳴いていたりと、忙しさが極端に変わり、困るときがある。コメットさん☆もまた、昼間メテオさんの家や、プラネット王子とミラ、カロンのところに行ったり、ケースケのトレーニングの様子を見に行こうと思っても、あまりの大粒な雨に、行かれなかったりする。

 一方、鎌倉市内には、そこかしこにアジサイが咲いている。もちろん、藤吉家の庭にも、少し植えられている。アジサイはやっぱり梅雨の花というイメージが強い。

ツヨシくん:ポッタンビト、大活躍だね。

ネネちゃん:…だねっ。

コメットさん☆:あはっ。ポッタンビト、知っているの?、ツヨシくんとネネちゃん。

ツヨシくん:コメットさん☆が教えてくれたんだよ?。

ネネちゃん:私たちが、保育園のころ。

コメットさん☆:そうだっけ?。…そっか…。そうだね。ポッタンビトさん、たくさん…。もうツヨシくんもネネちゃんも、小学校3年生かぁ…。

 雨が続くある日、学校から帰ったツヨシくんとネネちゃんは、コメットさん☆といっしょに、廊下の窓から、外を見ていた。外、というより、軒から落ちる水滴を見ていた、と言ったほうが正しいかもしれない。ハモニカ星国にいる星ビトの「ポッタンビト」。雨だれによく似た姿形をしている。それを思い出すコメットさん☆は、南風に吹かれ、窓ガラスにたれていく雨だれを見つめていた。ツヨシくんとネネちゃんは、いつかコメットさん☆に言われた、ポッタンビトのイメージを、思い浮かべていた。

ツヨシくん:いいかげん、晴れないのかなぁ。

ネネちゃん:ツヨシくん、ぜんぜん無理なこと言ってる。だって、梅雨に入ったばかりだよ?。

ツヨシくん:そうだけどさぁ…。雨ばっかりの梅雨きらいだから。

コメットさん☆:そうだよね…。私も梅雨はじめじめして、あまり好きじゃないけど…。梅雨がないとお米も育たないよって、景太朗パパが言ってた。

ネネちゃん:そうなの?。お米育たないの?。

コメットさん☆:雨が降って、そのあと梅雨があけて、ぱぁっと日が照るから、田んぼは元気よくなるんだって。

ツヨシくん:ごはんが食べられないの困るな。おなかへるもん。…それは困るけど…。

 ツヨシくんが、今度は暗い空を見上げて言った。

ツヨシくん:もうプール開きじゃん。これじゃあ寒いよ。

コメットさん☆:もうすぐプール開き?、ツヨシくんもネネちゃんも?。

ネネちゃん:来週だよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうなんだ…。また水遊びしに行こうね。暑くなったら。

ツヨシくん:うん!。新しい水着で。

コメットさん☆:そ、そうだね。新しい水着…。沙也加ママに買ってもらった…。

 コメットさん☆は、強い日ざしの空と、熱い砂の浜を思い浮かべながら、暗い空を見上げた。

 

 やがて雨がだいぶ弱くなってきたので、3人はレインコートを着て、庭に出てみた。

コメットさん☆:アジサイが咲いているね。ブルーからピンク、きれいだね。

ツヨシくん:ほんとだ。なんで同じ木なのに、色が違うのかな?。

ネネちゃん:売っているときは、青のが多いよねぇ?、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうだね。どうしてかな?。ピンクや白のもあるけど、青が多いね。それにうちにあるのは、だんだん青からピンクに色が変わるんだね。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、みんなお気に入りの傘をさし、レインコートを着て、庭の奥のほうにあるアジサイを見た。足元はツヨシくんとネネちゃんに長靴。コメットさん☆は、濡れてもいい細いサンダルだ。

ツヨシくん:葉っぱに穴があいてるよ。

ネネちゃん:なーに?、毛虫?。ネネちゃん毛虫きらい。

コメットさん☆:毛虫は…、コメットさん☆もきらい…だな。

ツヨシくん:ぼくも毛虫はいやだな。だって、すごいかゆいんだもん。

コメットさん☆:毛虫って、噛むのかな?。

ツヨシくん:噛まないけど、毛を飛ばすんだって。その毛がかゆいの。真っ赤になって、手がものすごくかゆくなるよ。

ネネちゃん:ツヨシくん、平気で手でつまもうとするからだよー。

コメットさん☆:気をつけないといけないのかな。

ツヨシくん:うん。コメットさん☆も気をつけないとだめだよ。

 ツヨシくんは、ツバキの枝にいた毛虫をいじっているうちに、うっかり腕が触れてしまい、みるみるうちにかぶれてきたことを思い出した。そして、穴の開いているアジサイの葉っぱを、おそるおそる裏返した。もちろん、アジサイの葉っぱの裏に、毛虫がいたりはしないのだった。

コメットさん☆:もっといろんなアジサイを見に行こうか?。

ネネちゃん:うん。行こう。

ツヨシくん:行こう行こう!。

 コメットさん☆が、空の様子を見ると、雨も小やみになってきていたので、アジサイと他の花も見に行こうと思った。

 仕事をしていた景太朗パパさんに断り、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、山を下りる道を歩きだした。とりあえず稲村ヶ崎の駅のほうに向かう。雨は少し降っているかどうか程度になっていた。空はだいぶ明るくなってきている。遠くの海が、鉛色に見えたが、空との境は、はっきりわかるようになってきた。コメットさん☆は、あてがあるわけではなかったが、道々でほかの家の庭に咲く花を見ながら、稲村ヶ崎の駅を過ぎ、七里ヶ浜に行ってみた。

 七里ヶ浜の駐車場の上からは、江ノ島がかすんで見える。すると、浜を走っている青年が見えた。ナイロンの雨よけパーカーを着て、黙々と走っている。コメットさん☆は、ふと立ち止まり、その姿に目を凝らした。青年もまた、防波堤の上から浜をのぞき込むコメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんに気付いた。

ケースケ:はっ…はっ…、おっ、コメットとツヨシとネネ。

ツヨシくん:あっ、ケースケ兄ちゃん。

ネネちゃん:雨降ってるのにがんばってる。

 その青年、ケースケが手を振ると、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんは、急いでそばの階段を下って、浜に降りた。

コメットさん☆:ケースケ、こんにちは。雨でもトレーニング?。大変だね…。

ケースケ:ああ、海開きも近いからな。…はぁー、そろそろ帰ろうと思ってたところだけどよ。夜学が今日もあるからな。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんって、いつ寝てるの?。

ネネちゃん:あ、それ私もわかんなーい。

コメットさん☆:ケースケ、ちゃんと寝てる?。

ケースケ:な、なんだよ。夜は寝てるよ。当たり前だろ?。

ツヨシくん:毎晩、夜高校に行くんでしょ?。

ケースケ:ああ…。夜の高校だって、夜遅くには終わるさ。それからアパートに帰って寝る。

ネネちゃん:お風呂はどうするの?、ケースケお兄ちゃん。

ケースケ:風呂は入ってから、学校に行くのさ。学校終わってからだと、風呂入れないからな。

コメットさん☆:大変なんだね…。

ケースケ:なあに、慣れちまえば、なんてことないさ。オーストラリアに行ってた時は…、大きな風呂にゆったり入るなんて、出来なかったからな…。

 ケースケは、少し視線を落とし気味にした。そんな様子を見て、コメットさん☆は、ケースケが知らない街で、相当な苦労をしたんだろうなと、あらためて思った。

ケースケ:それはそうと、コメットたちは何してるんだ?。こんな天気悪いのに。まさか雨の江ノ島でも撮るのか?。

コメットさん☆:そ、…そんなんじゃないよ。ただ…、たまたま通っただけ…。

ケースケ:…そ、そうか。わりい…。冗談だよ。

 コメットさん☆は、「せっかく見に来たのに」と思いながら、少しむっとしたような顔をして、ケースケを見た。ケースケは、それを理解したかのように、前と違って、大人っぽく静かに答えた。そのギャップに、コメットさん☆ははっとした。普段意識することはなかったのに…。

コメットさん☆:(…そっか…。ケースケはもう、大人なんだね…。)

 コメットさん☆は、なぜかふと少し寂しいような気分になった。

ネネちゃん:ケースケお兄ちゃん、コメットさん☆と私とツヨシくんで、お花見て歩いてるの。

ケースケ:はぁ?、花を?。なんでこんな時期に?。

コメットさん☆:アジサイが咲いているでしょ?。ほかにも夏の花が咲いているかなって…。

ケースケ:…ふーん。花か…。花って言えば、そこのところにサボテンがあるの知ってるか?。

コメットさん☆:えっ?、サボテン…って、あのトゲトゲした、イガイガビトさんみたいなの?。

ケースケ:あははっ…。なんだよ、そのイガイガってのは。なんだか、コメットは時々不思議なことを言うな。…そこの斜面になっているところに、誰が植えたんだかわからねぇけど、サボテンがあるんだよ。えーと、つぼみだと思うけど…、花咲きそうなんじゃないか?。

 ケースケは、少し笑うと、しゃらっというナイロンパーカーが出す音をたてて、手を伸ばし、自分の斜め左後ろを指さした。その方向には、草の生えた斜面があって、その中に埋もれるようにして、サボテンが黄色いつぼみを付けているのが見えた。

コメットさん☆:あ、あれ…かな?。

 コメットさん☆は目を凝らし、砂浜にしては珍しく、草が生い茂っているところを見て、その中にサボテンが1株あるのを見つけた。

ツヨシくん:サボテン?。サボテンがあるの?。

ネネちゃん:サボテン、ちくちくで危ないよ。

コメットさん☆:見に行ってみようか、ツヨシくん、ネネちゃん。

ケースケ:じゃあ、オレはもう帰るからよ。またな、コメット。

コメットさん☆:あ、ケースケ…。ご…、ごめんね、じゃま…しちゃったかな?。

ケースケ:いや、そんなことねえよ。ランニングしていただけだしな。じゃ。

 ケースケは、少し心配そうにしたコメットさん☆を見て、さっと手を挙げて、また走り出した。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんまたねー。

ネネちゃん:がんばってー。

ケースケ:オーウ…。

 ケースケは、国道に上がる階段を走って昇りながら返事をして、行ってしまった。コメットさん☆は、そんなケースケを、そっと見送った。そしてケースケの背中が見えなくなると、コメットさん☆は浜の草の中に咲こうとしている、黄色い花のサボテンを、傘を上げて見た。遠くに煙った江ノ島と小動崎(こゆるぎざき)も見えた。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの3人は、七里ヶ浜をあとにすると、国道沿いの歩道をてくてくと歩いた。

ツヨシくん:ねえ、コメットさん☆、もっと山のほうに行ってみようよ。

コメットさん☆:えっ?、いいけど。どうして?、ツヨシくん。

ツヨシくん:たぶんアジサイいっぱい咲いてるよ。いろんな花を見るんでしょ?。

コメットさん☆:うん。そうだね。じゃあ、江ノ電の、極楽寺駅のほうへ行ってみようか。

ネネちゃん:ツヨシくん、最近なんでそんなに花のことに詳しいの?。

ツヨシくん:えー?、だって、栽培係だもん。クラスでさ。

ネネちゃん:ふーん。

コメットさん☆:ツヨシくん、お花好き?。

ツヨシくん:うん。

コメットさん☆:よかった。

ネネちゃん:コメットさん☆、どうして?。

コメットさん☆:ツヨシくん、つまらないかなぁって思ったから。

ネネちゃん:ツヨシくんはぁ、コメットさん☆が好きなものはたいてい好きでしょ。

ツヨシくん:ネネ、よけいなこと言わないの!。

ネネちゃん:きゃはははは、ツヨシくん図星ー。

コメットさん☆:わはっ…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに笑った。ツヨシくんも、妹に言われて恥ずかしそう。でも、ちょっとうれしそう…。

 国道からはずれて、3人は極楽寺坂切り通しを歩いた。観光客の人が、雨だというのに、何人か歩いている。そばの山の上に上がると、両側にアジサイが咲いているところがあるのだ。しかし、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの3人は、そこへは行かず、駅のほうに向かった。駅は切り通しを抜けた先にある。

ツヨシくん:ふう…。もうちょっとのところで雨やまないね。

コメットさん☆:そうだね…。あ、駅に着いたよ。

ツヨシくん:電車来ないかな…。駅にたくさん人がいるから、もうすぐ来るな。

 切り通しを抜けると、江ノ電極楽寺駅に着いた。ここは昼間でもひっそりしていて、山に囲まれた駅の風情があるのだ。駅には電車を待つ人々が、数十人もいた。そんな様子を、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの3人は、駅手前の坂の上から見た。

ネネちゃん:あ、コメットさん☆、アジサイが咲いてるよ。トンネルの上。

コメットさん☆:あ、ネネちゃん、ほんとだ。あんなところにも咲いてるね。

ツヨシくん:あのさ、駅の入口にもあるけど、あのつぼみみたいなのばっかりで、少ししか花が咲かないアジサイと、いっせいに全部花が咲く普通のアジサイって、どう違うの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:えーと、私もわからなくて、この前調べたよ。そしたら…、少しずつしか咲かないアジサイは、「ガクアジサイ」っていうんだって。いっせいに花が咲くのは、セイヨウアジサイっていうのもあるんだけど、普通に「アジサイ」って呼ばれているみたい。

ツヨシくん:ふーん。種類が違うんだね。ぼく、うまく咲かないのと、咲くのとあるのかって思ってたよ。

ネネちゃん:コメットさん☆、詳しいね。

コメットさん☆:私も最初、ガクアジサイのほうは、うまく咲かないのかなって思った。でも、景太朗パパが教えてくれたよ。ガクアジサイのほうが、昔からある種類なんだろうって。

ネネちゃん:パパも、植物のこと、よく知ってるのかなぁ?。

ツヨシくん:パパが詳しいのは、仕事で「ぞうえん」の人に会うからだよ。たぶん…。

コメットさん☆:そうだね。景太朗パパ、仕事でいろいろな人に会うから、いろいろなこと知ってないと…って、言ってた。

 駅にやって来た江ノ電の電車を見送ると、コメットさん☆たちは、もう少し先へ歩いた。道ばたはがけのようになっていて、上の方は林になっている。昼間でも少し暗いような道だが、人通りがない、というほどでもない。そんな林の下でも、アジサイが咲いている。ツヨシくんは、アジサイの木に駆け寄ると、葉っぱを裏返して見た。

ネネちゃん:ツヨシくん、何してるの?。

ツヨシくん:でんでん虫がいるんだよ。アジサイにはよく。

ネネちゃん:でんでん虫って、カタツムリでしょ。ネネちゃんカタツムリきらい。

 コメットさん☆は、そんな二人に近づいて言った。

コメットさん☆:ネネちゃん、でんでん虫きらいなの?。

ネネちゃん:うん…。だって、びろーんって伸びるのが気持ち悪いから。

コメットさん☆:そっか…。ツヨシくんは平気?。

ツヨシくん:うん。ぼく平気。あ、いた!。つーかまえた。

ネネちゃん:やめてよー。つかまえないでよー。

ツヨシくん:へへへ…、ほーら。

 ネネちゃんは、ツヨシくんの言葉に、びくっとして、コメットさん☆に抱きついた。ツヨシくんは、指でつまんだ小さなカタツムリを、かざすようにしてネネちゃんの目の前に持っていこうとする。大きさは3センチほどの小さなカタツムリ。

コメットさん☆:ツヨシくん。だめだよ。人がいやがるものをわざと見せたりしちゃ…。

ツヨシくん:…う、うん。

コメットさん☆:でんでん虫さんも、きっと困ってるよ。もとの場所に帰してあげよ。

ツヨシくん:うん…。じゃあそうする…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の言うことを素直に聞いた。いたずら盛りのツヨシくんも、コメットさん☆には弱い。大好きなコメットさん☆の言うことは、いつもよく聞くのだ。とその時うしろから、電車を降りて、線路をまたぐ橋を渡ってきたと思える、メテオさんが声をかけた。

メテオさん:あー、コメットじゃないの!。何してるの、こんなところで。

コメットさん☆:あ、メテオさん。アジサイを見てるの。

メテオさん:アジサイ?。

ツヨシくん:でんでん虫もだよ。

メテオさん:で…?。きゃあああああああああーーー!。やめてったら、やめてー。見せないでー!。近寄らないで!。

 ツヨシくんは、コメットさん☆に言われて、アジサイの葉っぱに、カタツムリを戻そうとしていたのだが、メテオさんがたまたま「何してるの?」と聞いたので、そのまま振り返って何気なくメテオさんに、そのカタツムリを見せてしまったのだ。

コメットさん☆:メテオさん、落ち着いて。大丈夫だよ。ツヨシくん、早くでんでん虫、元いたところに戻して。メテオさんにも見せちゃだめ。

ツヨシくん:う、うん…。わかった。

 ツヨシくんは、あわてて手近なアジサイの葉っぱの裏に、カタツムリを戻した。

メテオさん:い、今の時期は、カタツムリとか、ナメクジとかいっぱいいるんだからったら、いるんだからー!。

ムーク:それは姫さま、梅雨ですからー。

メテオさん:そ、そんな当たり前の答えを、き、…聞きたいわけじゃないわ!。

コメットさん☆:メテオさん、ごめんね。アジサイの花を見てたら、たまたまでんでん虫がいたの。

メテオさん:はあ…。わ、私、あのぐにょぐにょしたのきらいなのよ…。ぐにょぐにょしたものきらいっていうのは、女の子のたしなみじゃないのー!。

ムーク:それはー、姫さまの偏見と、思いこみだと思いますがー。だいたい、「たしなみ」ってのは、そういうんじゃないんじゃ…。

メテオさん:だ…、だまらっしゃい!。とにかく!、わたくしは、きらいったら、きらいなのよー!。

 メテオさんの叫び声は、あたりにこだました。

 

メテオさん:…で、なんでわたくしが、いつの間にかコメットと、おこちゃまたちにつきあって、アジサイ見てるのよ…。またカタツムリ見つけちゃうかもしれないじゃない…。

 メテオさんは、そのまま家までの帰り道、コメットさん☆たちといっしょに歩くことになっていた。ぼそぼそとムークにぼやく。

ムーク:そりゃま、こちらが帰り道ですからねぇ。

コメットさん☆:メテオさんは、どこに行ってきたの?。

メテオさん:わたくし?、わたくしは…、メトのごはんを買ってきたところよ。缶詰切らしたから…。

コメットさん☆:そうなんだ。

メテオさん:コメットたちは、こんな雨模様なのに、散歩なの?。

コメットさん☆:うん。ポッタンビトの話をしているうちに…。梅雨のお花見ってところかな?。

メテオさん:梅雨のお花見?。コメットも変なことするのねぇ。

コメットさん☆:へ…、変なことかな?。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに聞いた。

メテオさん:雨が降ってない日だっていいじゃない。

コメットさん☆:でも、アジサイを見るなら、雨の日のほうがいいって言うよ?。

メテオさん:誰がよ?。

コメットさん☆:観光客の人とか…。

メテオさん:お店の?。

コメットさん☆:うん…。

メテオさん:それは…、幸治郎お父様も言うけど…。あ、空が晴れてきたわ。

コメットさん☆:ほんとだ…。あ、虹!。

ツヨシくん:コメットさん☆、メテオさん、虹だよ!。

ネネちゃん:きれいな虹ー!。

 ふとメテオさんとコメットさん☆が空を見上げると、そこにはまだ青黒い空を背景に、長い虹が架かっているのを見つけた。少し前を歩いていた、ツヨシくんとネネちゃんもすかさず大きい声で呼ぶ。

コメットさん☆:ほんとだね。虹が出た。雨やんだんだね。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんに返事をして、傘をつぼめた。もうツヨシくんとネネちゃんは、傘をつぼめてぐるぐると回している。メテオさんも、そっと傘をたたんだ。

コメットさん☆:そうだ!。メテオさん、うちに来ない?。いっしょにお菓子食べよっ。

メテオさん:ええっ?。これから?。

ネネちゃん:え?、メテオさん来るの?。来て来てー。

ツヨシくん:メテオさん、水ようかんがあるよ。

メテオさん:…わ、わかったわよ。行くわ。行くわよったら、行くわよ。…水ようかんに釣られてるわけじゃないわよ!。

コメットさん☆:あははっ。メテオさん面白い。

 じろっと見るメテオさんに、コメットさん☆は、くすくすと笑った。長い虹は、いっそう濃くなっていく。

 

メテオさん:これがその木?。

コメットさん☆:うん。なんだか、私のこと、なんでも知ってるみたい…。

メテオさん:気味が悪いじゃないの、そんなの。

コメットさん☆:ううん。そんなことないよ。私のこと、心配してくれるよ。なんか星国の妖精が宿っているみたい…。

メテオさん:ふぅん…。そんなこと…あるのかしら…。

 コメットさん☆は、みんなでお菓子を食べたあと、メテオさんを裏山の桐の木に案内した。そう、あのコメットさん☆の未来すら、知っているかのような桐の木。赤紫の光で、コメットさん☆を呼んだり、送ったりもしてくれる、謎の力を持った木。思春期少女のコメットさん☆に、「恋とは…」とまで語る木…。そんな桐の木は、特に変わった様子もなく、大きな葉っぱに雨をたくさんためて、みずみずしく立っていた。晩春に咲いた花は、もう実になっている。その実はどこかに運ばれて、そこにまた新たな桐の木を誕生させるだろう。

ツヨシくん:わーい!。葉っぱの傘ー。

ネネちゃん:あー、大きい葉っぱー。私も私もー。

 ツヨシくんとネネちゃんは、雨と風で落ちた、大きな桐の木の葉っぱを持って、傘のようにさし、走りまわって遊んでいる。そんな様子を見るコメットさん☆と、メテオさんの目はやさしい。

 もう少し時期が進んで、アジサイの花が終わると、もうそこは真夏。暑い日が続くようになるだろう。鎌倉にはいろいろな花が、いつも咲いている。アジサイだって、江ノ電の線路脇に、駅前に、極楽寺の切り通しに、家の庭に、道ばたにすら…。アジサイが終われば、山にはユリが。街にはナデシコやキキョウ、アサガオにヒルガオ、インパチェンスにペチュニア。ハイキングコースのかたわらには、キチイゴも実る。あのケースケが教えたくれた、七里ヶ浜のサボテンも、人知れず花を咲かせるだろう。時期の花はまだまだいろいろだ。植物たちは人が気付かなくても、かがやきを放つかのように花を咲かせる。そしてその営みを淡々と続けている。それは普段あまり気付かない、命のかがやき。そんな花たちのかがやきを、コメットさん☆やツヨシくん、ネネちゃん、そしてメテオさん、幸治郎さん、留子さん、景太朗パパさん、沙也加ママさん…。みんなそれぞれの心で、それぞれの感じ方で見つめる。そのまなざしは、花たちのかがやきを反射するかのように、みないっそうかがやきを増していく…。

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★第206話:雨のいたずら−−(2005年6月中旬放送)

 梅雨まっただ中の関東地方、そして鎌倉。雨は山や川を潤し、植物に命を与えるが、いいことばかりとも言えない。何日もぐずついた天気や大雨は、人を困らせる。

コメットさん☆:お洗濯しても、なかなか乾かないね…。

ネネちゃん:そうだね…。コメットさん☆、洗濯できないと困る?。

コメットさん☆:…今はまだ大丈夫だけど…。

ツヨシくん:なかなか水遊びできないね。プール開きはすんだのにさあ。

コメットさん☆:そっか。そう言えばそうだよね。

 …と、そんな会話も交わされていた、6月中旬の藤吉家だった。しかし、その日は朝、薄日が射していた。久しぶりの梅雨の晴れ間になるかとも思えたが…。

天気キャスター:今日の神奈川県東部の天気は曇り。午後から、ところにより曇り時々雨でしょう。

 藤吉家の朝は、どこの家でも同じように、けっこうあわただしい。今日は景太朗パパさんが、10時から大船の設計事務所に出かけることになっており、ツヨシくんとネネちゃんは学校に出かける。沙也加ママさんとコメットさん☆は、お店をもっと真夏っぽく模様替えすることになっていた。

景太朗パパさん:えーと、資料は大丈夫だから…。まあ余裕を持って出かければいいかな?。

沙也加ママさん:パパ、忘れものない?。

景太朗パパさん:大丈夫だと思うよ。傘持っていくか…。それとも持って行かなくてもいいかな?。あんまり遅くはならないつもりだし。…まあ折り畳みくらいは持っていくかな。

沙也加ママさん:ツヨシ、ネネは学校遅れるわよ。支度した?。

ツヨシくん:うん。大丈夫。コメットさん☆、行ってくるね、学校。

コメットさん☆:気をつけてね、ツヨシくんもネネちゃんも。

ネネちゃん:うん。大丈夫だよ。あ、私傘持っていこっと。

コメットさん☆:ツヨシくんは、傘持たなくてもいいの?。

ツヨシくん:大丈夫な方に…かける!。

ネネちゃん:けっこう天気予報って、変わるもん。それに「ところにより」って、この辺かもしれないし。

コメットさん☆:あはっ。ネネちゃんはしっかりさんだね。ツヨシくん、本当に大丈夫?。

ツヨシくん:大丈夫。今日は降らないと思う!。

 コメットさん☆は、にこっと笑った。そして二人を学校に送りだした。ツヨシくんもネネちゃんも、背負ったランドセルをカタカタと言わせながら、家の前の坂道を駆けだして行った。

ツヨシくん:いってきまーす。

ネネちゃん:いってきまーす。

コメットさん☆:いってらっしゃい。

 そこへ沙也加ママさんがやって来たが、既にツヨシくんもネネちゃんも、門の外の角を曲がって行ってしまった。

沙也加ママさん:いって…、あれ、間に合わなかったかしら?。

コメットさん☆:はい。元気よく二人とも出かけていっちゃいました。

沙也加ママさん:そう。元気だったらいいか。今ね、ちょっとパパに頼まれていて、ズボンのベルトの替えを出してあげていたのよ。

コメットさん☆:そうですか。今日は景太朗パパもお出かけですね。

沙也加ママさん:そうね。大船ですって。モノレールですぐだから。遅くても夕方までには帰ってくるでしょ。私たちは車でお店に行きましょ。

コメットさん☆:はい。沙也加ママ。今日はお店、模様替えですよね。

沙也加ママさん:そんな大げさにはやらないけど…。7月1日は海開きだから、今よりはもっと真夏っていう感じにしてもいいでしょ?。

コメットさん☆:はい。そうですね。もうすぐ暑い夏…。

 コメットさん☆は、焼けた砂の上で、楽しく海水浴する真夏をイメージした。

 歩いて出かける景太朗パパさんを送り出した沙也加ママさんは、ガレージから車を出すと、コメットさん☆を乗せ、七里ヶ浜沿いの国道に向かって、車を発進させた。車は、山を下り、江ノ電の稲村ヶ崎駅を抜け、海沿いの国道に出た。景勝地で公園になっている「稲村ヶ崎」は目の前だ。しかしその車窓から見える空は、どんよりと曇っていた。天気予報よりは、やや悪い天気と言えそうだ。沖に出ているサーファーたちも、心なしか少な目に見える。ケースケがいつもトレーニングに励む浜は、ずっと後のほうになるので、車からは見えない。朝はまだすいている国道を、沙也加ママさんの運転する車は、由比ヶ浜のお店を目指して走る。

沙也加ママさん:朝はすいているけど、夕方になると、稲村ヶ崎の駅下まで混むのよね。帰りは、極楽寺の切り通し抜けないとだめかなぁ。

コメットさん☆:毎年夏になると、いつも道路混みますよね。

沙也加ママさん:そうねぇ。幹線道路がこれしかないからね。真夏は江ノ電に乗っちゃうのが、意外といいんだけど、それだといろいろ買い物がある時は大変だし…。それはそうと…、なんだかやっぱり降りそうな感じね、雨。コメットさん☆、傘は持ってきた?。

コメットさん☆:ええ。一応…。なんか雲が低くて、空がどんよりしてる…。

沙也加ママさん:そうね…。これはまた一雨ありそう。念のため洗濯しないでおいてよかったかもしれないな。明日その分大変だけど…。

コメットさん☆:前の、逗子のほうはまだ明るいのに…。

沙也加ママさん:天気は西から変わるから…。うしろの空はどう?。

 コメットさん☆は、シートベルトをしたまま、少し体ごと後ろ向きになって、後ろの窓から空を見た。

コメットさん☆:…暗いです、空…。ツヨシくん、傘持たないで出かけたのに…。

沙也加ママさん:あらそう…。持っていけばよかったのにね…。ネネは?。私朝ご飯の片づけと、パパのベルト探していたから、見てられなかったんだけど…。

コメットさん☆:ネネちゃんは持って出ました。ツヨシくんは、「降らないほうにかける!」とか言って…。私が持っていけば?って、言えばよかったかなぁ…。

沙也加ママさん:…まあ、本人が「かける」と言うからには、しょうがないわね。下校まで、持てばいいけど…。

コメットさん☆:でも…。

沙也加ママさん:いいのよ。そうやって経験も積まないとね。それに、ここで言ってもしょうがないわ、コメットさん☆。

コメットさん☆:はあ…。そうだけど…。

 コメットさん☆は、急に心配になった。ツヨシくんに傘を持たせなかったのは、いけなかったんじゃないか…。そんな思いが心をよぎる。

沙也加ママさん:…ツヨシのこと、心配?。コメットさん☆。

コメットさん☆:…は、はい。

沙也加ママさん:うふふふ…。そっか。ありがと。

 沙也加ママさんが、多少意味ありげに笑うと、ちょうど車は「HONNO KIMOCHI YA」に着いた。

 

 午前中コメットさん☆と沙也加ママさんは、お店を開けたまま、模様替えをした。棚に涼しげなガラスの風鈴を飾ったり、青い瓶に入った星砂をディスプレイしてみたり、貝のブレスレットやネックレスを、一番前の台に出したり…。お店の大きなガラス窓にも、貝と波模様のステッカーを貼る。蒸し暑くて汗みずくになっても、今年からは大丈夫。春に沙也加ママさんが、温水シャワーを、階段下のトイレ脇につけてくれた。もとの物置と裏口だったところを改造して、シャワー室と更衣室に。シャワー室は外と中両方から入れるようにして、裏口を生かした。ついでにレジの後ろに小さなドアと、2階の階段を上がったところにも、ついたてをつけて仕切った。もちろん、コメットさん☆やツヨシくん、ネネちゃんが友だちといっしょに、目の前の海に、暑い日には飛び出して行けるように、という沙也加ママさんの配慮だったのだ。

 お昼になって、あらかた模様替えが終わったころ、コメットさん☆は、2階の厨房を使って、家から持ってきた材料で、沙也加ママさんと自分の食べるお昼ごはんを作った。今日のメニューはシーフードピラフ。「HONNO KIMOCHI YA」は、元々喫茶室のあるお店だったところを、沙也加ママさんが買い取って使っているので、元の設備が残っているところも多い。厨房もそうだし、ギャラリーも、屋上も。こまごまと改装はしているけれど、沙也加ママさんは、こぢんまりしたこのお店が、とても気に入っている。そんな沙也加ママさん、コメットさん☆の作ったお昼ごはんを食べながらおしゃべりだ。

沙也加ママさん:ああ、おいしい。コメットさん☆上手ね。

コメットさん☆:そんなぁ…。沙也加ママが教えてくれた通りにやっただけですよ。

沙也加ママさん:それに、あったかいものが食べられるのは、夏とはいってもうれしいな。

コメットさん☆:あ、そっか…。沙也加ママは、いつもお弁当とかですよね…。

沙也加ママさん:そう。けっこう一人でぼそぼそ食べるのは、つまらないわよ…。もっとも、時々コメットさん☆たちが来てくれるから、助かっているけど…。ありがと、コメットさん☆。

コメットさん☆:い、いえ、そんな。私も…ありがとう、沙也加ママ…。いろいろ料理とか教えてもらっています。

沙也加ママさん:あはは。そんなの、私のやり方をそのまま…。…あら、もう今にも降り出しそうな空…。

コメットさん☆:あ、ほんとだ…。

 コメットさん☆が、沙也加ママさんの声で、窓の外を見ると、暗い雲がたちこめた空が見えた。沙也加ママさんは、思いついたように立ち上がると、コメットさん☆に頼んだ。

沙也加ママさん:コメットさん☆、悪いけれど、ごはん食べたら鎌倉の駅前まで、雨が降らないうちに行って、夕食のおかずになるもの買ってきてくれないかな?。メモするから…。

コメットさん☆:あ、はい。

沙也加ママさん:…それから、ツヨシ傘持ってないのよね?。

コメットさん☆:はい。

沙也加ママさん:それなら…。

コメットさん☆:沙也加ママ、もし雨が降り出したら、ツヨシくんを迎えに行ってきます。ちょうど午後の授業が終わる時間に合わせて。

沙也加ママさん:ごめんね。おねがいね、コメットさん☆。いつもいろいろ頼むばかりで…。

コメットさん☆:いいえ。いつでもお使いしてきますから。

 コメットさん☆は、傘を二本持って出た。沙也加ママさんからは、お金とメモ、それに学校に入るための「保護者証」を預かった。もし買い物の途中で、雨が降ってきたら、ツヨシくんを迎えに行き、ネネちゃんも連れて、「HONNO KIMOCHI YA」に戻って来るつもり。幸い予備の傘は、いつもお店に置いてあった。

 コメットさん☆は、由比ヶ浜駅から江ノ電に乗り、鎌倉駅まで行った。昼下がりの江ノ電は、割とすいている。座席に座ったコメットさん☆は、買い物のメモに目を落とし、それから電車の窓から空を見た。相変わらず曇った空。それもさっきより雲が厚くなっている。

 電車は程なく鎌倉駅に着いた。コメットさん☆は、急いで電車を降りると、横須賀線との連絡改札口を出て、東口に出た。そこから若宮大路に出て、市場と魚屋さんに寄った。そして小町通りに抜けようというころ、とうとう雨は降り出した。それも大粒な雨が、けっこう強い勢いで。お店の軒先や、喫茶店は、雨宿りする人たちですぐいっぱいになった。アジサイを見に来た観光客の人たちも困り顔だ。コメットさん☆は、そんな街の様子を見ながら、少し早いけれど、ツヨシくんとネネちゃんの通う学校に行こうと思った。小町通りの肉屋さんで、最後の買い物をしたコメットさん☆は、靴とすねのあたりを濡らしながら、早足で歩いた。持っている傘を、少し斜めにして、やや強い雨をよける。そんなコメットさん☆は、とあるお店の前で、見覚えのある顔を見つけた。雨は既に本降りになっている。

コメットさん☆:あ、ケースケ…。

ケースケ:…お、コ、コメット…。

コメットさん☆:どうしたの?、ケースケ。傘…ないの?。

ケースケ:あ、ああ…。

コメットさん☆:じゃ、送っていくよ。…近くだもの…。私の傘に…、入る?。

ケースケ:…い、いや、…オ、オレ、こんくらいの雨、どうってことねぇよ…。

コメットさん☆:…じゃあ、どうして雨宿りしてるの?。

 コメットさん☆は、心配そうな顔でたずねた。ケースケは、少しどぎまぎして答える。

ケースケ:…そ、それは…。

コメットさん☆:いいじゃない。傘入れてあげるよ?。

ケースケ:…そ、そんな恥ずかしいまね…、で、出来るかよ!。いいよっ。

コメットさん☆:あっ…。…じ、じゃあ、この傘貸してあげるよ。ちょっと小さいけど…。

ケースケ:えっ…?。そ、それって、…誰かのだろ?。

コメットさん☆:ツヨシくんを迎えに行くところだったけど、ツヨシくんなら、沙也加ママのお店まで送り届ければ、まだ傘あるもの…。

ケースケ:…ツ、ツヨシか…。

コメットさん☆:…ね?。大丈夫だから、この傘貸してあげるから…。

 ケースケは、ちらっと傘に視線を落とした。しかし、コメットさん☆の顔を見ると、また答えた。

ケースケ:…いや、やっぱいいよ。大丈夫だって。

コメットさん☆:だめだよ。もう雨本降りだよ。風邪引いちゃうよ?。それに、今夜も学校でしょ?。

ケースケ:……。

コメットさん☆:ほら!。

 コメットさん☆は、ケースケの手に傘を押しつけた。鮮やかなブルー無地で、少し小さい傘。ケースケは、しばらく考えている様子だったが、ふとやさしい目になると、そっとその傘を手に取った。

ケースケ:…わりい。じゃ、ちょっと借りるよ。あとで届ける…。

コメットさん☆:…いいよ。私から沙也加ママに言っとく。

ケースケ:…でも、ツヨシはどうするんだ?。大丈夫なのか?。

コメットさん☆:…大丈夫だよ。ツヨシくん、…かえって喜ぶかも…。

ケースケ:はぁ?。なんだそりゃ?。

コメットさん☆:ふふふっ…。ケースケみたいに、恥ずかしがり屋さんじゃないもの。

ケースケ:…な、何だよ。オ、オ…オレが…。

 ケースケは、心の中でつぶやいた。「コメットと相合い傘なんて…。恥ずかし過ぎる…」と。

コメットさん☆:なあに?、ケースケ。

ケースケ:…あ、いや、何でもねえよ…。ありがとな、助かる。

コメットさん☆:うん。

 ケースケは、ばつの悪そうな顔をして、やたら汗をかいた。蒸し暑い天気のせいばかりではなく…。そしてケースケは、小さめな青い傘をさすと、コメットさん☆を振り返り、手を挙げて合図して、小町通りから西の方向へ歩いていった。コメットさん☆は、その後ろ姿をじっと見送ると、駅に向かって、また足早に歩き出した。

 

 極楽寺駅で江ノ電を降りたコメットさん☆は、急ぎ足でツヨシくんとネネちゃんが通う小学校に向かった。やや強い雨は、一度星力で乾かしたコメットさん☆の足元を、たちまちまた濡らす。しかし、コメットさん☆は、そんな少しの足の気持ち悪さなど気にせず、小学校へと急いだ。

 ちょうど小学校の正門まで来たとき、コメットさん☆は、ポケットから保護者証を出すと、胸に下げた。そして正門から見える校舎の入口をのぞいて見た。するとちょうど校舎入口の差しかけの下で、ツヨシくんが空を見上げ、しょんぼりと立っているのが見えた。その様子は、やっぱりまだ小さな子どもで、コメットさん☆は、胸がきゅんと締めつけられるような気がした。

コメットさん☆:ツヨシくん、ツヨシくん。

ツヨシくん:あっ!、コメットさん☆!。

コメットさん☆:…迎えに来たよ。

ツヨシくん:わあ、助かったぁー。どうしようって思ってたんだ。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の姿を見ると、急に明るい顔になって、校舎の入口から、正門のそばにいるコメットさん☆に駆け寄り、思わず抱きついた。

コメットさん☆:わはっ!。ち…、ちょっとツヨシくん…。あはは…。くすぐったい。

 全身喜びいっぱいのツヨシくんに、コメットさん☆はとまどい気味だ。

コメットさん☆:さ、帰ろ。ネネちゃんはどうしたの?。

ツヨシくん:クラス違うから、先に帰っちゃった。ぼく置いてきぼり。でも…、コメットさん☆といっしょだから、こっちのほうがずっといいや!。

コメットさん☆:…そう言ってくれるのは、うれしいんだけど…。…実はもう1本、傘持ってきたの。…でも、ケースケが、同じように困ってたから…。

ツヨシくん:…コメットさん☆?。

コメットさん☆:ごめんね。傘貸してあげちゃった…。

 少し視線を落として考え込んだツヨシくんだったが…。

ツヨシくん:……。いいよ。ぼく、コメットさん☆といっしょのほうがいいもん!。コメットさん☆ありがとう…。

コメットさん☆:…ツヨシくん…。…じゃあ帰ろうか。私になるべくくっついてね。傘からはみ出していると、雨強いから濡れちゃうよ。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんのお店ではなく、一度直接帰ろうと思った。そうしないと、ネネちゃんがもう学校から帰ってしまったとすれば、家に入れないでいるかもしれないからだ。ところが、コメットさん☆の何気ない言葉に、ツヨシくんは…。

ツヨシくん:うん!。それなら、コメットさん☆のおなかだっこ!。

 いきなりコメットさん☆のおなかのあたりに、横から抱きついた。くっつく、というのを、そうすることだと思ったのだ。

コメットさん☆:ち、ちょっと…、ツヨシくん、そこまで…。もう…、しょうがないな…。

 コメットさん☆は、困り顔になりながらも、ツヨシくんの手が、脇腹と背中に回されていることを確かめると、傘をしっかり持ってそっと歩き出した。

 アジサイの見守る坂道を、薄暗いやぶの前を、湿ったアスファルトの上を水が流れる道を、時折通る車をよけながら進む。ツヨシくんは、最初コメットさん☆に抱きついたままだったが、やがてそっと手を離し、コメットさん☆の腕にしがみついた。はしゃいでいたはずのツヨシくんは、つないだ手に伝わるコメットさん☆のあたたかさに、少しドキドキしていた。誰もいない雨の坂道には、二人の足音だけが聞こえる。コメットさん☆もまた、ツヨシくんが小学3年生であるにもかかわらず、意識してしまっていることに、不思議な気持ちを抱いていた。

コメットさん☆:(ケースケとなら、絶対こんなことにならないんだろうな…。)

 そんな想いも、ちらっと頭をかすめる。ツヨシくんは、素直に正直な気持ちを表現する。もちろん、それは、自分に向けられた、小さな恋心。その心にどう応えたらいいのか、わかりかねてとまどいを感じている自分がそこにいた。梅雨のやや冷たい雨が、肩を冷やすが、ツヨシくんから伝わるぬくもり…。それは心にまで広がって…。不思議な安心感がある。これはツヨシくんの恋力なのか?…。

 やがて、コメットさん☆とツヨシくんは家の前に着いた。傘を少し上げて、二人は家を見上げる。

ツヨシくん:…ついちゃった…。

コメットさん☆:…うん。…ついたね。

 コメットさん☆は門を開け、二人で通ると、玄関に続く坂をのぼって、玄関の前まで来た。コメットさん☆は傘をつぼめて、左手で振り、水気を切りながら、ふとつぶやいた。

コメットさん☆:なんだかまるで、ラバボーと、ラバピョンみたいだったね…。

 するとツヨシくんは、その意味をさっと理解し、無言でそっとコメットさん☆にしがみついた。コメットさん☆は、手に濡れた傘を持ったまま、びっくりしてツヨシくんの顔をのぞき込んだ。

コメットさん☆:ツヨシくん…。

ツヨシくん:コメットさん☆、…好き。

 ツヨシくんは、少し上気したような顔で、コメットさん☆を見上げるように、そして恥ずかしそうにつぶやいた。コメットさん☆は、何気なく、つい冗談半分に言った言葉のつもりだったのだが、ツヨシくんのまっすぐな瞳を見ると、もう何と答えたらいいか、わからなくなった。急に胸がドキドキするコメットさん☆。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、小さく頷くことしか出来なかった。そして、すっと姿勢を低くし、ツヨシくんの髪をそっとなでた。

 数秒が経過して、玄関の中から、何気ない声がした。

景太朗パパさん:そこにいるのは、ツヨシとコメットさん☆かい?。

コメットさん☆:あ、は、はい。ツヨシくんといっしょに帰ってきました。

 コメットさん☆が答えると同時に、ツヨシくんは、さっとコメットさん☆から離れた。パパに見られるのは、恥ずかしいのだろうか…。玄関の扉が開いて、景太朗パパさんが顔を出した。

景太朗パパさん:やあ、おかえり二人とも。…全く気まぐれな天気だよねー。

コメットさん☆:ただいまです。

ツヨシくん:ただいまパパ。コメットさん☆が傘に入れてくれた。ネネ、先に帰っちゃうんだもん。

景太朗パパさん:おっ、そうか。ツヨシは今日、傘持っていかなかったのか?。

ツヨシくん:うん。降らないと思ったんだけど…。

コメットさん☆:景太朗パパ、予定より早く終わったんですか?。…よかった。ネネちゃんおうちに入れないでいるかと思って…。

景太朗パパさん:ああ。実は海のほうを見てね。これは雨が来るなって思ったから、なるべく早く切り上げて帰ってきたんだよ。そしたら、ネネが玄関で待っててさ。ちょうどよかったよ。

コメットさん☆:そうですか。私、沙也加ママに買い物頼まれて、ツヨシくんとネネちゃんを迎えに行ってから、一度お店に戻る予定だったんです。…けど…、ケースケが傘持ってなかったんで、貸しちゃいました。

景太朗パパさん:へえ、ケースケに会ったのかい?。

コメットさん☆:はい…。鎌倉駅のそばで、雨宿りしてて…。

景太朗パパさん:ははは…。やつも傘持ってなかったか…。

 コメットさん☆とツヨシくんが、玄関から入って靴を脱ぎながら、そんな話をしていると、ネネちゃんが奥のほうから出てきた。

ネネちゃん:コメットさん☆、おかえりー。雨降ってきたから、早く帰ってきたら…。誰も帰ってなかった…。

ツヨシくん:ぼくのこと、置いてきぼりするからだよ。

ネネちゃん:ツヨシくんだって、鍵持ってないでしょ?。

ツヨシくん:今日はママから鍵預かってたよ?。

ネネちゃん:え?。あ、そうか…。

コメットさん☆:ネネちゃんただいま。ネネちゃんはおうちに入れなかったよね。ごめんね。私、ツヨシくんとネネちゃん二人を迎えに行ったつもりだったんだけど…。行き違いで間に合わなかったね。

ネネちゃん:ううん。コメットさん☆、私急いで帰っちゃったから…。でも、すぐパパ帰ってきたから大丈夫だったよ。

コメットさん☆:そっか。よかった…。

景太朗パパさん:まったく、今日の雨には、みんな振り回されたね…。でもネネ、ツヨシが傘持ってなくても、一人で帰って来ちゃだめだよ。今度からはちゃんと二人で帰ってくるように。それに鍵は誰が持っているか、確認しておかなきゃ。

ネネちゃん:はぁーい。

コメットさん☆:あ、沙也加ママに何も言ってない…。ちょっと電話しておかないと沙也加ママ心配してるかも…。

 コメットさん☆は、玄関から急いでリビングの電話のほうに向かった。

景太朗パパさん:ああ、しておいで。ついでにぼくも帰ってるって言ってね。…やれやれ。天気予報も、こんなにぴったり当たるとは…。いやまあ、本来当たっていいんだけど…。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆の後ろ姿に声をかけつつ、独り言のようにつぶやいた。

ネネちゃん:ツヨシくん、ほーら傘必要だったじゃない?。

ツヨシくん:いいもんね。コメットさん☆が迎えに来てくれたもん。それで…。

ネネちゃん:それで…?。

ツヨシくん:…な、ないしょ!。ネネには教えない。

ネネちゃん:何で?。教えてよー。

ツヨシくん:何でも!。

景太朗パパさん:おっ、じゃパパにはそうっと教えてくれよ、ツヨシ。

ツヨシくん:パ…、パパもだめ!。ないしょ!。

景太朗パパさん:あれ?、なんだ、パパにもだめかぁ?。こりゃ何かあやしいなぁ…。

 景太朗パパさんは、にこにこしながら、楽しそうに答えた。

ネネちゃん:あやしいあやしい。

ツヨシくん:…あ、あやしくなんてないよ!。

 ツヨシくんは、真っ赤になって反論したが、顔に書いてあるようなものだった。

 

 夜になって、コメットさん☆は一人窓の外を見つめていた。雨はずっと降り続き、今も屋根を叩く音が小さく聞こえる。コメットさん☆は、その雨の音を聞きながらじっと考えていた。

コメットさん☆:(ケースケは、なんかいちいち言葉に出さないでも、伝わるものがある気がするけど…。ツヨシくんは、とてもはっきり好きとかきらいとか言うよね…。それってドキドキしちゃう…。ラバボーとラバピョンも、いつもこんな感じかな…。メテオさんは、瞬さんと、よくデートしているけど…、デートって、こんなドキドキするのかな?…。)

 梅雨の雨がした、ちょっとしたいたずら。それはコメットさん☆の、敏感な心を震わせる。コメットさん☆、ケースケ、ツヨシくん…。それぞれの気持ちが、この先どうなっていくのか。それを知っているのは、裏山で今夜も雨に濡れる、あの桐の木だけなのだろうか。コメットさん☆が、すっと寝付けない理由は、屋根を叩く雨の音ばかりではないようだ…。

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★第207話:海をきれいに−−(2005年6月下旬放送)

ツヨシくん:えー、だって、掃除面倒なんだもん。

ネネちゃん:学校の掃除じゃないんだよー?。

ツヨシくん:そうだけどさ…。

景太朗パパさん:ツヨシは、いつも海で遊んでいるじゃないか、夏になると、コメットさん☆と。

ツヨシくん:そ、そうだけど…。

景太朗パパさん:その砂浜が汚かったら、いやじゃないか?。

ツヨシくん:…う、うん。

景太朗パパさん:コメットさん☆だっていやがるかもしれないなぁ…。砂浜が汚かったら…。

ツヨシくん:あ、じゃあぼく掃除に行く。コメットさん☆がいやがるのはいやだもん。

ネネちゃん:…ズル…。あ、あのねー、ツヨシくんたらぁ!。

景太朗パパさん:フフフフ…。よしよし。

 景太朗パパさんは、ニヤリと笑った。ネネちゃんはずっこけそうになっている。

 6月も下旬になると、もう由比ヶ浜はすっかり真夏の装い。海の家も建ちはじめ、海水浴客を受け入れるための、本格的な準備が進む。そんな中、地元の人たちが、砂浜の掃除をすることになった。日頃からみんなちょくちょく掃除はしているし、市も市の仕事として管理はしているが、本格的な夏を前に、みんなで大掃除をするのが、ここ数年の行事になっていた(※下)。週末の土曜日がその日である。

 ちょうど藤吉家では、その日の朝、景太朗パパさんが、みんなを掃除に誘っていた。天気は梅雨としてはまあまあで、風もなく蒸し暑い。掃除がすんだら、そのまま泳げそうな日だった。しかしコメットさん☆は、沙也加ママさんに頼まれた、ちょっとした荷物を、山の上にある家に届けに行くため、いつもより早めに沙也加ママさんと、「HONNO KIMOCHI YA」に行ってしまっていた。

景太朗パパさん:ツヨシ、ネネ、もうコメットさん☆はママのお店に行ってるよね?。車で?、あのトンネルで?。

ツヨシくん:うん。行っちゃったよ?。車でだよ。

ネネちゃん:いつもより早く出たよ、パパ。10時過ぎにはママのお店に戻るって。

景太朗パパさん:そうかあ。10時過ぎね…。

 そのころ、コメットさん☆は、横須賀線の線路沿いの、山の上のほうにある老夫婦の家まで、荷物を届けるために歩いていた。まだ9時台とはいえ、夏の日ざしは暑い。老夫婦は昨日、散歩の途中「HONNO KIMOCHI YA」に立ち寄って、流木に時計を組み込んだ置物を、自宅に届けてくれるように頼んでいったのだ。コメットさん☆は、そう言えばとても大きな荷物を、化粧坂(けわいざか)の上まで運んだことがあるな…と、そんなことも思い出していた。今日の荷物は、それほど大きくないし、たいした重さもないので、手がひどく疲れるというようなことはないが、それでも蒸し暑さのせいで、コメットさん☆の顔には汗が光る。

コメットさん☆:ふう…。暑いなぁ、今日は。早くすませて、沙也加ママのお店に帰ろう。

ラバボー:小町通りでアイス食べていくボ?、姫さま。

コメットさん☆:だーめ。そんな時間ないよ?。

ラバボー:急いでも、何もいいことないボ?。

コメットさん☆:たぶん今日は、ツヨシくんとネネちゃんが、水遊びしたがるよ。ラバボーもしたくない?。

ラバボー:それは…、ちょっとしたいボ。

コメットさん☆:ラバピョンも、呼んでくれば?。

ラバボー:えー、ラバピョンもかボ?。わ、わかったボ。それなら、急いで沙也加ママさんのお店に帰るボー。

コメットさん☆:ち、ちょっとラバボー…。

 ラバボーは、ラバピョンといっしょに水遊びができるかもしれないと聞くや、コメットさん☆を引っ張っていこうとした。コメットさん☆は、困ったような顔をしながらも、少し笑った。

コメットさん☆:こんにちはー。お荷物お届けに来ましたー。

 やがてコメットさん☆は、老夫婦の家に着いた。

 

 由比ヶ浜では、思い思いに手にポリ袋や、大きなピンセットのようなゴミばさみを持った人々が集まっていた。手にはみな手袋をして。

鹿島さん:今日はすみませんね、藤吉さん。車止めさせていただいて。

沙也加ママさん:いいえ。いいのよ。優衣さん元気?。

鹿島さん:はい。もう少しすると彼女、来ますよ。

沙也加ママさん:わー、彼女だって。いまだに新婚アツアツね。

鹿島さん:えー、あはははは。そ、そうですか?。恥ずかしいなぁ。…さて、ぼくも浜辺の掃除をいっしょにして、ついでに流木もらってきます。

沙也加ママさん:行ってらっしゃい。優衣さんが来たら、言っておくわね。

鹿島さん:はい。よろしくお願いします。

 鹿島さんは、自分のピックアップトラックを、「HONNO KIMOCHI YA」の駐車スペースに止めさせてもらい、由比ヶ浜の掃除を手伝うことにしたのだ。いつもは七里ヶ浜で流木を拾い、それをアートに加工しているのだが、今日はみんなで大掃除と聞いて、それを手伝いながら、ついでに材料探しをしようと思ったらしい。

ケースケ:それじゃあ、はじめましょうか。

青木さん:えー、みなさんお疲れさまです。どうかケガをしないように気をつけて下さい。ガラスなど危険なものを見つけたら、ぼくらに教えて下さいね。また大きな流木なども、見つけたら教えて下さい。ぼくらが安全なところに運びます。

ネネちゃん:はーい。

ツヨシくん:ほーい。

 青木さんとケースケが、浜に集まった人々を前に、かんたんなあいさつをした。

ケースケ:おっ、ツヨシもネネも来ていたのか。…あ、えーと。

 ケースケは、ツヨシくんとネネちゃんを見つけ、それからあたりを見回した。

ネネちゃん:コメットさん☆はいないよ、ケースケ兄ちゃん。今ママの代わりに配達に行ってるよ。

ケースケ:え?、あ、いや、ししし…師匠はいないかなって、思っただけだよ!。

ツヨシくん:パパはもうすぐ来るよ。出てくるとき、ちょうど電話がかかってきちゃって、少し遅れるって。

ケースケ:そそ、そうか…。は、早く師匠といっしょに、ゴミ拾いしたいなぁ。

ネネちゃん:…ケースケ兄ちゃん、本気でそんなこと思ってるの?。

ケースケ:…あ、あったりまえだろ!。オレが、コメットがいないくらいで、がっかりしたとでも思って…。う…。

ツヨシくん:ああー、やっぱりね。

ネネちゃん:自分から白状したね。ケースケ兄ちゃん、バレバレ。うふふふ…。

ケースケ:…くっそー、だんだんツヨシもネネも、口が達者になってきやがる…。ほらほら、ツヨシもネネも、ペットボトル拾うぞ!。いっしょに探せ!。

 ケースケは、照れ隠しのために、大きめな声で言った。

 そのころコメットさん☆は、ようやく老夫婦の家から、由比ヶ浜の沙也加ママのお店まで歩いて戻ってきた。ラバボーに引っ張られ気味で、帰りも汗かいてしまったが…。

コメットさん☆:ただいま…です。ふう…。暑かった…。

沙也加ママさん:あらおかえりコメットさん☆。暑かったでしょ?。冷たいものでも飲んで、一休みしたら。

コメットさん☆:はい。おじいさんもおばあさんも、喜んでくれましたよ。

沙也加ママさん:そう。よかった。ありがとね、コメットさん☆。

コメットさん☆:いいえ。…ところで、前の浜で、みんな集まって何しているんですか?。

沙也加ママさん:ああ、コメットさん☆には教えるの忘れちゃってたかしら、ごめんね。今日はね、海水浴場の大掃除なのよ。

コメットさん☆:大掃除?。

沙也加ママさん:もうすぐ海開きでしょ?。その前に、みんなで浜をきれいにしましょうって。

コメットさん☆:あれ?、そうだったんですか。じゃあ、私も手伝ってこようかな…。

沙也加ママさん:パパもツヨシも、それにネネも参加しているはずよ。ライフセーバーの人たちや、サーフショップの人たち、海の家の人たちもね。

コメットさん☆:ということは…。ケースケも?。

沙也加ママさん:ええ。きっといるわよ。

コメットさん☆:あ、あの…。

沙也加ママさん:私も参加しないといけないんだけど、お店番しないとならないから…。一休みして、コメットさん☆行ってくれる?、手袋持って。暑いからあまり無理しないようにね。

コメットさん☆:はいっ。

 沙也加ママさんは、にっこり笑って、わざとコメットさん☆が行きやすいように言った。コメットさん☆は、顔を輝かして、扉から前の浜に出ていった。

コメットさん☆:えーと、みんなどこなんだろう?。

 外に出て、国道から海を見るコメットさん☆。しかし工事中の海の家に遮られて、すぐみんなを見つけることは出来ない。

ラバボー:姫さま、姫さま、どうするんだボ?。

コメットさん☆:うん。みんなを探して、お掃除手伝お。それからだね、水遊び。まずツヨシくんとネネちゃん、それに景太朗パパと…、ケースケ見つけないと…。

ラバボー:…やっぱり、今すぐは無理かボ…。

コメットさん☆:ラバピョンも呼んでおいでよ。そうしたら、ラバボーもラバピョンも、星力で人の姿になって、いっしょにお掃除しよ。

ラバボー:わかったボ。星のトンネルで。ラバピョーン…。

 ラバボーは、すぐに星のトンネルを通って、ラバピョンを呼びに行ってしまった。一方コメットさん☆は、国道沿いを少し歩いて、やや高くなった防波堤の上から、海を見下ろすように、みんなを探した。すると意外と「HONNO KIMOCHI YA」の近くで、景太朗パパさんと、ツヨシくん、ネネちゃんが、空き缶や海草の流れ着いたのを拾っているのが見えた。

コメットさん☆:あ、あそこだ。

 コメットさん☆は、急いでそばの階段から、浜に降りた。すると聞き覚えのある声がした。

ケースケ:あ、…コ、コメット。どうしたんだ?。

コメットさん☆:あ、ケースケ。お掃除手伝おうと思って…。

ケースケ:あれ、今から飛び入りか?。

コメットさん☆:うん。沙也加ママに頼まれた荷物、届けに行ってたから。

ケースケ:そ、そうか。一人でも多ければ、それだけきれいになるからな。じゃゴミ袋あるから、その辺にあるゴミを集めてくれ。もし危ないものがあったら、オレか青木さんとか、い、いや、やっぱりオレに言ってくれ。

コメットさん☆:うん。わかった…。

 コメットさん☆は、ケースケが手渡すポリ袋を受け取りながら、少し恥ずかしそうに答えた。そして水平線のほうを見た。

コメットさん☆:潮の香りがする…。…ケースケはどうして今日大掃除だって知っていたの?。

ケースケ:オレたちライフセーバーや、サーフショップ、海の家のみんなで、毎年やっているからさ。知らなかったか?。

コメットさん☆:お掃除している人は知っていたけど…。こうやってみんな集まってやってるのは知らなかった…。

ケースケ:そうか。もう少しみんなにわかるようにしないとな…。でも…、オレを育ててくれたのは、この海だから…。そこが汚れてるってのは、なんかくやしいじゃないか…。

コメットさん☆:…うん。ケースケは、いつもここ、鎌倉の海でトレーニングしているんだもんね…。

ケースケ:海が汚れてるのって、なんかオレ、辛くてさ…。オレ一人がどうにか出来ることじゃないけど…。みんなが集まれば、少しはなんとかできるんじゃないかって…。そんなこと、柄にもなく思って…。青木さんたちが、毎年浜の掃除をやろうぜって言うから、オレも…。

コメットさん☆:ケースケ…。

ケースケ:オーストラリアの海は、砂が真っ白なんだよな。

コメットさん☆:あ、知ってるよ。さらさらの白い砂なんだよね。

ケースケ:あれ?、コメットはオーストラリア、行ったことあるのか?。

コメットさん☆:あ、…う、ううん。テレビ、テレビで見たんだよ。

ケースケ:テレビか…。テレビで見た程度じゃ、本当のオーストラリアの海は、わからないだろうな…。もっとでっかくてさあ。この浜よりずっと大きな海岸もあるし…。それに水も砂もずっときれいなんだ。

コメットさん☆:この海って、そんなに汚いのかなあ?。

ケースケ:残念ながらゴミ捨てるやつがいるだろ?。ポリ袋とかペットボトルとかは、分解されないから、ずっと海にゴミとして漂い続けて、ウミガメが食っちまったりする…。そんなのが問題になってるんだ。…ほんとはそんなことがなければ、それほど汚くないはずなんだけどな。あと、どうしてもこの国の海は、火山と川から流れ込む土砂のせいで、白い砂ってのはほとんど期待できない。

コメットさん☆:そうなんだ…。ゴミ捨てるのは悲しいね…。

ケースケ:そうだよな…。ま、だから少しでもきれいにしておけば、ゴミ捨てるやつも気が引けるだろうってことさ。

コメットさん☆:そっか…。ケースケは、やっぱり海のこといろいろ知ってるね。

ケースケ:ま、まあ、そりゃあ…。

 ケースケは、コメットさん☆ににっこり微笑まれながら、海のことをいろいろ知っていると言われ、少し照れるように目線を落とした。

コメットさん☆:あ、いけない。ケースケとお話したいけど、それじゃいつまでたってもお掃除できないよね。景太朗パパや、ツヨシくん、ネネちゃんのところへ行くね。

ケースケ:あ、ああ。じゃあとでな。オレたちもこのあたりで、空き缶集めるからよ。暑さに気をつけろよ。

コメットさん☆:うん。ありがと。じゃあね。

 コメットさん☆は、目で追うケースケの視線を背中に受けながら、建てる途中の海の家の間を縫うように、ツヨシくんたちのところへ、小走りで向かった。

コメットさん☆:ごめんなさーい。遅くなりましたー。

景太朗パパさん:おお、コメットさん☆。配達ご苦労さん。暑かったろ?。

コメットさん☆:あ、いいえ。大丈夫です、景太朗パパ。

ツヨシくん:コメットさん☆、もうこんなに拾ったよー。船のブイまで。

ネネちゃん:私も海草拾ったー。

コメットさん☆:わあ、私もがんばろう。あ、あそこにいるのは鹿島さん?。

景太朗パパさん:ああ、鹿島さんも駆けつけてきたよ。

 その声に鹿島さんも気付いて、やって来た。

鹿島さん:やあ、コメットさん☆こんにちは。

コメットさん☆:こんにちは。鹿島さんも流木拾うんですか?。

鹿島さん:うん。そうだねー。流木は処理が大変だから、なるべくぼくがもらって行こうと思ってて、青木さんたちにも頼んであるんだ。

コメットさん☆:わあっ、新しいアート作品になるんですね。

鹿島さん:そうだねぇ…。いい流木があるといいんだけど。貝殻なんかも拾えるんじゃないかな?。

ツヨシくん:貝がら?。貝がらかぁ…。

 ツヨシくんは、それを聞いて、ちょっと考えた。そして、すぐそばに落ちている、きれいそうな貝殻を見つけると、指先で砂をぬぐい、そっとポケットに入れた。そんなツヨシくんの様子には、誰も気付かなかった。

コメットさん☆:優衣さんは?。

鹿島さん:うちの前島さん元気だよ。仕事の残り片づけたら来るって。

ネネちゃん:コメットさん☆、暑いから水分取りながらやりなさいって、パパが言ってた。

コメットさん☆:あ、そうだね。今日はずいぶん暑い…。あとでお掃除終わったら、水遊びしようか。

ネネちゃん:えっ!?、水遊びするの?。わあ、やったあ。

ツヨシくん:コメットさん☆、水遊び?。

コメットさん☆:うん。私、配達で汗かいちゃったもん。

鹿島さん:水遊びかぁ、いいなぁ。ぼくたちもしようかなぁ。まだみんな初泳ぎしてないよね?。

コメットさん☆:私たちは少ししましたけど…。梅雨の晴れ間に…。

鹿島さん:そうかー。すっかりそんなの忘れているなぁ。ちょっとうちの前島さんにも電話してみよう。

 鹿島さんが携帯電話を取り出して、前島さんに電話するのを見たコメットさん☆は、足元の海草を拾い上げはじめた。けっこう流れ着いた海草が、まだそこかしこに残っていて、半分腐りかけている。そんなのを片づけるのも、大事な掃除だ。それとペットボトルのキャップや、砂に隠れたポリ袋や、なんだかわからないロープ…。コメットさん☆は、さっきケースケが言っていた言葉を思い出し、ちょっと心が重くなった。

 

メテオさん:だからぁ、なんでわたくしがぁ!。

ムーク:いつも遊んでいる海じゃないですか。それに、タンバリン星国の王子が、見ているかもしれませんよ。

メテオさん:えっ、どこどこ…って、そんなのに引っかかるわたくしじゃなくってよ。だいたいプラネット王子は、となりの市に住んでいるじゃない!。

ムーク:そうですね。…もうこの手はさすがに通用しませんな…。

メテオさん:ムーク、何か言ったかしら?。

ムーク:あー、いえいえ。何も言いませんよ。

メテオさん:仕方がないわね…。

 メテオさんは、幸治郎さんと留子さんが出かけてしまったので、一人家に残され、ヒマを持て余し、ふらりと七里ヶ浜から由比ヶ浜まで歩いて来たのだった。

メテオさん:あ、あそこにいるのは…、コメットだわ。

ムーク:どこですか?。

メテオさん:このまっすぐ先。ゴミ拾いしているわよ。

ムーク:そりゃ大掃除ですからね。

メテオさん:あれに参加しろっての?。

ムーク:ですから、タンバリン星国の…。

メテオさん:誰も見てないわよ!。…わかったわよ。どうせヒマなんだし、手伝えばいいんでしょ?、手伝えば。

ムーク:…今年の夏も、泳ぐんじゃないですか?。きれいな海のほうが、姫さまも好きなのでは?。

メテオさん:…それは…、そうよ!。

ムーク:おお、わが姫さまも成長したものだ。数年前だったらあり得ない…。

 ムークのそんなつぶやきを無視して、メテオさんはずんずんと歩き出し、みんな同じポリ袋を持っていると見るや、国道から階段を降りて、空き缶やペットボトルを大きな袋に詰め、回収車が来る場所まで運んでいたケースケに歩み寄った。

メテオさん:ねえ、カリカリ坊や、ポリ袋下さらない?。

ケースケ:な…、あのなぁ、オレはカリカリなんとかって名前じゃないっての!。いい加減にしろよ…。まったく!。

メテオさん:あら、それは失礼〜。みんな大掃除しているんでしょ?。

ケースケ:ああ。お前も手伝ってくれるのか?。

メテオさん:そうじゃなかったら、この暑いのにここまで来ないわよ。ポリ袋は?。

ケースケ:ちょっと待ってくれ。…ほら。これにゴミを集めてくれ。なるべく海はきれいにしておきたいものな。

メテオさん:…そうね。わかったわ。満杯にしてやるわよ!。

ケースケ:おう頼む。オレはこの辺で空き缶の片づけしてるから、もし危ないものとかあったら、教えてくれ。

 メテオさんは、ケースケがそういうころには、髪をゴムでしばって上げると、さっさと歩いて水辺のほうに向かっていた。ケースケは、それを見送ると、ぼやくようにつぶやいた。

ケースケ:…はあ、女ってわからねえ…。

 メテオさんは、きょろきょろしながら歩いた。一人でもそもそゴミ拾いをするよりは、コメットさん☆たちといっしょのほうがいいと思ったのだ。そして、ツヨシくんとネネちゃんが、しゃがみ込んでゴミを拾っているのを見つけると、そっと駆け寄り声をかけた。

メテオさん:そんなちまちま拾っているようじゃ、なかなか進まないし、熱射病になるわよ。

 ツヨシくんとネネちゃんは、びっくりして顔を上げた。

ツヨシくん:あ、メテオさんだ!。

ネネちゃん:メテオさんー。コメットさん☆ー、メテオさんが来たよー。

 その声に振り向いたコメットさん☆が、急いでやって来た。

コメットさん☆:メテオさん、メテオさんも手伝ってくれるの?。

メテオさん:…まあしょうがないじゃない。私もこの海で泳げるようになったようなものだし…。

コメットさん☆:ふふっ。ケースケと同じようなこと言ってる…。

メテオさん:はあ?、カリカリ坊やと?。何それ。…それより、もっとバリバリやるわよ!。

景太朗パパさん:おっ、メテオさんじゃないか。頼もしいこと言うねぇ。

鹿島さん:流木とか、大きいものはぼくたち大人に任せてね。

メテオさん:あ、こんにちは、景太朗パパさん。わたくしも参加しますわったら、参加しますわ。さあ、おこちゃまたち、がんがん拾うわよ。

コメットさん☆:あはっ。いつものメテオさんだ。

 と、その時コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。すかさず手袋を外し、ポケットから出して電話に出る。

コメットさん☆:はい。もしもし。あ、沙也加ママ…、え?…、はい。今行きますね。

ツヨシくん:コメットさん☆どうしたの?。

ネネちゃん:ママ?。

 コメットさん☆は、ティンクルホンをしまいながら答えた。

コメットさん☆:今日はもう二人、手伝ってくれる人がいるよ。あとでいっしょに水遊びしよっ。

 コメットさん☆は、そう言うと、「HONNO KIMOCHI YA」のほうへ駆けだした。あとに残されたツヨシくんとネネちゃん、景太朗パパさんとメテオさんは、きょとんとしてコメットさん☆を見送った。

ツヨシくん:手伝ってくれる人だって…。

ネネちゃん:誰だろう?。万里香ちゃんと賢司くん?。

メテオさん:誰それ?。

景太朗パパさん:ママからの電話?。誰なんだろうな?、手伝ってくれる人って…。

 コメットさん☆は、走って「HONNO KIMOCHI YA」の前まで来た。もう二人は待っていた。

ラバボー:姫さま、お待たせだボ。

ラバピョン:もうこっちは暑いのねピョン。

コメットさん☆:あはっ。ラバピョンいらっしゃい。海のお掃除してから、みんなで泳いで遊ぼ。だから、二人を人の姿にするよ!。それっ!。

 コメットさん☆は、バトンを出すと、星力で二人を人の姿にした。それももう、直接水着で。

ラバボー:うわ、もう水着なのかボ?、姫さま。

ラバピョン:わっ、この水着大好きなのピョン。

コメットさん☆:そのほうが、いちいち着替えなくてもすむから…。どうかな?。見渡すと、けっこう水着の人いるし。

ラバボー:いいボ。波が来ても平気だボ。

ラバピョン:でも、しっかりやるのピョン。

コメットさん☆:しっかりさんのラバピョン、おねがいね。

ラバピョン:わかったのピョン。

沙也加ママさん:あっ、コメットさん☆?。…うわっと…。

 沙也加ママさんは、ラバボーとラバピョンが、星のトンネルを通って来たと、お店から電話でコメットさん☆に教え、コメットさん☆が迎えに来たと思ったら、今度はラバボーとラバピョンが人の姿になっていたので、とてもびっくりした。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ。二人ともこの格好じゃないと…。

沙也加ママさん:そうね。鹿島さんやケースケたちがいるものね。ぬいぐるみのようにもこもこした二人が、一生懸命ゴミ拾いしていたら、腰抜かすかも…。

ラバボー:沙也加ママさん、腰抜かすだけじゃすまないボ?。

沙也加ママさん:…んー、そうね。うふふふふ…。

 

 コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボーとラバピョン、景太朗パパさん、メテオさん、それに鹿島さんと前島さんも加わって、一生懸命ゴミを拾って歩いた。それほどたいしたものは落ちていないが、時々流木や貝殻の割れたのなんかはある。潮の満ち引きが置いていったものや海草のくずは、けっこうたくさん落ちている。それらは、みんなが手に持った袋にどんどん入れられていく。

鹿島さん:コメットさん☆のお友だち、もう水着とは用意がいいなあ。

前島さん:ほんとね。あの女の子のほうは、とてもかわいい水着着ているね。

コメットさん☆:そうですか?。信州のほうに住んでいる友だちなんです。

鹿島さん:へぇ、信州かぁ…。…えっ!?、信州!?。信州って、あの信州?。

前島さん:長野県のほうからわざわざお掃除に来たの!?。

コメットさん☆:え、ええ。そ、…そうなんです。あははは…。

鹿島さん:…なるほど。掃除が終わったら、思う存分泳ごうってわけだね。それでかぁ、もう水着着てるの。

前島さん:泳ぐ前にお掃除までするなんて、とてもマナーいいわね。見習わないといけないなぁ。

コメットさん☆:は、はい。

 コメットさん☆は、うっかり口を滑らせたかなと思った。鹿島さんや前島さんの視線の先には、一生懸命ゴミを集める、中学生くらいに見えるカップルの二人、ラバボーとラバピョンがいた。

メテオさん:あの二人、相変わらずの体形ね。もう少しなんとかならないのかしら、コメット。いい加減不自然だわったら、不自然だわ。

コメットさん☆:え?、そ、そうかな。

 感心している鹿島さんと前島さんを尻目に、メテオさんが、コメットさん☆の袖のあたりを引っ張って、そっとささやいた。

メテオさん:2年前から、ほとんど成長してないじゃないのよ。

コメットさん☆:そうだけど…。いつもあんなだよ?。

メテオさん:いつもって…。星ビトは成長が遅いんだから。

コメットさん☆:うん…。そっか…。

 コメットさん☆も、考えてみれば、ラバピョンは自分よりずっと前から地球に住んでいるのだから、不自然と言えばそうかもしれないと思った。でもラバピョンが人の姿になると、いつも妹のようにかわいいと思っていたコメットさん☆としては、急におばさんにするわけにも行かないのだった。

 

青木さん:みなさん、お疲れさまでした。みなさんのおかげで、今年もきれいな浜で海開きできます。本当にありがとうございました。それでは、これにて解散といたします。

ケースケ:みなさん、手足が汚れてましたら、国道の上のサーフショップにシャワーがあります。また海の家の中には、水道が使えるところがありますので、そちらへどうぞ。

 午後になって、ようやく浜の大掃除は終わった。浜の片隅には、山のように積まれたポリ袋が、燃えないものと燃えるものに選別されて置かれた。このあとは市の仕事だ。コメットさん☆とメテオさん、ツヨシくんとネネちゃん、ラバピョンとラバボー、景太朗パパさんは、みんなで「HONNO KIMOCHI YA」に戻った。みんな手と足を洗い、お昼を食べて、それからきれいになった浜に飛び出すつもりなのだ。鹿島さんは、流木をたくさんトラックに積んで、前島さんと一足先に帰って行った。

コメットさん☆:メテオさんも、いっしょに泳ご。

メテオさん:えっ?、わたくしも?。…そうね、いいけど、水着に着替えてこないと…。

コメットさん☆:星のトンネルで送るよ。水着持って、またここに帰ってくればいいよ。

沙也加ママさん:そうね。メテオさん、更衣室あるから。

メテオさん:…じゃあ、そうするわ。なんだかちょっと恥ずかしいけど…。

沙也加ママさん:ふふふ…。メテオさんも、年頃ね。

メテオさん:そ…。

 メテオさんは、何ごとか答えようとして、やはりやめてうつむいた。メテオさんだってコメットさん☆と同い歳。人目を気にする年頃なのだ。

 

 天気はだんだん良くなってきていた。雲がかかっていたのが、すっかり晴れている。梅雨明けはまだだが、梅雨の晴れ間になった。そんな中、みんな水着になって、浜に飛びだした。

ツヨシくん:いぇーい!。

ネネちゃん:ツヨシくん、待ってよー。

コメットさん☆:わはっ。水が冷たいっ!。

景太朗パパさん:おっ、みんな元気いいなぁ。パラソル立てるか。おおい、みんなここに立てるからねー。

コメットさん☆:はーい。

ネネちゃん:はーい。

メテオさん:…はい。コメットも、ツヨシくんも、ネネちゃんも、体操しないとだめだわったら、だめだわ!。

コメットさん☆:あはっ。はーい。ツヨシくん、ネネちゃん、ちゃんと体操しよう。

ツヨシくん:あ、忘れてた。

ネネちゃん:ネネちゃんも。

メテオさん:いち、に、さん、し…。ラバボーとラバピョン!。遊んでないで体操しないと、足吊るわよ!。

ラバボー:うわわ、メテオさまが、もっともなこと言っているボ。

ラバピョン:ラバボー、ちゃんとするのピョン…。でも私もやってなかったのピョン。

ラバボー:ラバピョンはいいんだボ。足吊ったら、ボーが助けてあげるボ。

ラバピョン:そういう問題じゃないのピョン…。

メテオさん:ラバボー、私の言うことが聞けないのか・し・ら?。

ラバボー:…き、聞きますボ、メテオさま。

コメットさん☆:メテオさん、先生みたいだ。

ツヨシくん:ほんとだね。

ネネちゃん:メテオ先生!。

メテオさん:こおらー!。誰が先生よ!。そんなに歳とってないわよ!。

景太朗パパさん:あははは…。メテオさんも楽しそうだなぁ。

 みんな体操を急いですますと、やってくる低い波に、どんどん突っ込むようにしながら水の感触を楽しむ。ラバボーはまだほとんど泳げないから、ずっとラバピョンに手を引いてもらう。ところがとたんに、ラバボーは、ラバピョンと捕まえっこなんかしている。

ラバボー:それー、ラバピョン。ほらー。

ラバピョン:きゃはっ。ラバボー、くすぐったいのピョン。

ラバボー:ほーら、追いかけちゃうぞー。

ラバピョン:逃げるのピョン。ここまでおいでなのピョン。

ツヨシくん:はあ…。二人、なかよしさんだね。

ネネちゃん:ほんとだね。もう世界は二人だけって感じ。とてもついていけない…。

コメットさん☆:あははは…。水遊びっていうより、鬼ごっこみたい。

ツヨシくん:じゃあ、ぼくたちもやろう。それっ!。

 ツヨシくんは、そう言うが早いか、コメットさん☆に水をひっかけた。

コメットさん☆:わぷっ…。やったなー。それー。

 コメットさん☆も負けじと水をかける。

ネネちゃん:じゃあ、私もー。メテオさんにも、それー!。

メテオさん:ぷわっ!。髪の毛濡れちゃうじゃない!。えーい!。

 膝のあたりまで水に入り、水着の肩紐をちょっと直していたメテオさんにも、ネネちゃんが水をかけた。メテオさんは、ムキになってかけ返す。ツヨシくんは、ネネちゃんの足をすくって、水に引き倒した。

ツヨシくん:ネネ倒れろ!。

 バシャッ!。ネネちゃんはそのまま水に倒れ込む。

ネネちゃん:あーん、びしょびしょ。やったなー、ツヨシくん覚悟!。

ツヨシくん:ああっ。

 ツヨシくんは、ネネちゃんに飛びかかられ、水に沈められた。

メテオさん:うーん。じゃあコメット、あなたも水にどうぞ、えいっ。

コメットさん☆:あっ、メテオさ…。ぶくぶく…。

 コメットさん☆は、メテオさんにふいをつかれて、水の中に押し倒された。

コメットさん☆:…ぷはー。メテオさん、ひどーい。じゃあ、私もメテオさんの足に…。

メテオさん:ち、ちょっと、そこに抱きつかれたら…。ああー。

 ばしゃーんという水しぶきとともにメテオさんは、仰向けに倒れた。そんな様子を見ていた景太朗パパさんは、にこにこしながら、そっと寄ってきて、ツヨシくんを捕まえ、手を持ってぐるぐると回してあげたりしている。

コメットさん☆:いくよー。それっ。

メテオさん:レシーブだわ。

ツヨシくん:ああっ、風にながされる…。

景太朗パパさん:よしまかせろ。

ネネちゃん:あーん、取れないかも…。ラバピョンおねがい。

ラバピョン:なんとか取れたのピョン…。えいっ。

ラバボー:それっ。姫さまに戻すボ。

 みんなはビーチボールで遊ぶ。照りつける太陽は、もうすっかり真夏の装い。うまい連携で、その空にビーチボールが舞う。そうやって遊んでいたかと思うと、ビーチボールにつかまって、ばた足で泳いでみたり、ビーチボール遊びに疲れると、今度はフロートにみんなでのってみたり、肩ぐらいまで水につかりながら、少し泳いでみたり…。

 ケースケは、市のトラックを浜の防波堤の低いところに誘導し、最後の“仕事”を終えた。額の汗を手でぬぐうと、ふと沖のほうを見た。その視線の先には、たまたま藍色のきれいな水着を着たコメットさん☆が、ゆうゆうと泳いでいた。頭を出したまま、ゆっくりと平泳ぎで泳ぐコメットさん☆。後ろにはツヨシくんとネネちゃん、メテオさんもついている。

ケースケ:コ、コメット…。

 ケースケは、そんな魚のように自由に泳ぐコメットさん☆を見て、急にドキドキした。そして、ツヨシくんが足に抱きつき、泳ぐのをやめて立つコメットさん☆の姿を見て、よけいにドキドキした。

ケースケ:…さすがにあれは、オレは出来ねぇな…。

 そんなことを口に出して言ってみる。沙也加ママさんといっしょに選んだ、新しい水着を着て、楽しそうに水とたわむれるコメットさん☆は、本当にかがやいて見える。そんなまぶしさに、ケースケはドキドキし、それとともに、コメットさん☆とのスキンシップを、水着ですら平気ではかれるツヨシくんを見て、説明しがたい心のもやもやも感じていた。

 

 夜になって、夕食を食べ、お風呂に入って、ぱさぱさになった髪の毛を洗い、自分の部屋に帰っていたコメットさん☆の部屋を、ノックする人がいた。「コツコツ」と。

コメットさん☆:だれだろ?。もうラバピョンは帰ったし…。はーい。どうぞ。

ラバボー:パパさんかママさんかもしれないボ。

ツヨシくん:コメットさん☆、入っていい?。

コメットさん☆:あ、ツヨシくんだ。いいよ。開いてるよ。

ツヨシくん:コメットさん☆、あのね…。

 パジャマに着替えたツヨシくんが扉を開け、手に何かを持って入って来た。コメットさん☆は、いつもの髪飾りは外したまま、やはりパジャマ姿で、髪の毛をブラシでとかしていた。

コメットさん☆:なあに?。

ツヨシくん:これ、あげる。

 かちゃかちゃという音とともに、コメットさん☆の手のひらに、ツヨシくんは小さな貝殻を落とした。コメットさん☆は、きれいな模様がついた二枚貝の貝殻や、巻き貝の貝殻に見入った。

コメットさん☆:わあっ。ツヨシくん、どうしたの?、これ。私にくれるの?。

ツヨシくん:うん。海岸の掃除しながら拾ったの。きれいに洗って、乾かした。

コメットさん☆:そっか…。ありがとう…。ツヨシくん、いつもやさしいね。

ツヨシくん:だってぼく、コメットさん☆のこと……。…お、おやすみっ。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん…。…ありがと。また明日ね。

 恥ずかしそうに口ごもりながら、コメットさん☆の部屋を走って出ていくツヨシくんに、コメットさん☆は手のひらに貝殻を受けたまま、答えた。そして、にこっと微笑んだ。

ラバボー:…ツヨシくんは、本当に姫さまのことが好きなんだボ。いっつもいっつも大事な恋人のつもりなんだボ。

コメットさん☆:そっかな。そう…だよね。…ちょっと恥ずかしいけど…。うれしいな…。ツヨシくん、かわいい…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんがくれた貝殻を、そっとベッドの頭のほうにあるチェストの上に並べた。そして、昼間浜で泳いでいたとき、おやつを食べながら景太朗パパさんが、何気なく語った言葉を思い出していた。

(景太朗パパさん:海には、なんか人の心があふれてるよね。)

(コメットさん☆:人の心?。)

(景太朗パパさん:海は、人がその水のきれいさだけじゃなくて、どれだけ他人や自然に心をかけているか…。それがわかる場所なんだよね。)

(コメットさん☆:は、はあ…。)

(景太朗パパさん:人と人の想いや、人が自然とどうつきあうか、人が誰かにどんなことを思っているのか…。そんなことがいろいろわかる場所って言うのかなぁ…。だからこそ、海はきれいにしておきたいし、みんな海にあこがれるというか、海全体が輝いていると思って、なんとなく海に誘われるんだな。)

 コメットさん☆は、その時景太朗パパさんの言う言葉の意味が、よくわからなかったのだが、今なんとなくそれは、感覚としてわかった気がした。海のかがやきは、楽しさの中にある。その楽しさにコメットさん☆もまた誘(いざな)われ、その中に身をおくことで、メテオさんも、ツヨシくんも、ネネちゃんも、ケースケも、青木さんも、鹿島さんも、前島さんも、ラバボーも、ラバピョンも、景太朗パパさんも、沙也加ママさんも…。みんな、かがやき出す。心にそれぞれの想いを秘めながら…。

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※由比ヶ浜の大掃除は、フィクションです。地元サーファーの方々が、自主的にやっていらっしゃるとは聞いたことがありますが、このようなイベントとしては、行われていないようです。

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