その先のコメットさん☆へ…2005年後半

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。このページは2005年後半分のストーリー原案で、第208話〜第233話を収録しています。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第208話から全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。


話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第208話

ひこぼしツヨシの輝き

2005年7月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ラバボー・メテオさん・ネネちゃん(・ケースケ)

第211話

王妃と思い出の花火

2005年7月下旬

コメットさん☆・王妃さま・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー・ラバピョン・ツヨシくん・ネネちゃん・裏山の桐の木

第212話

ケースケとプラネット

2005年7月下旬

コメットさん☆・ケースケ・ネネちゃん・プラネット王子・ミラ・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー・乗組員たち・捜索隊の人たち・ツキビト・カロン・青木さん

第213話

海は招く

2005年8月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・メテオさん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・人間ラバボー・人間ラバピョン

第214話

沙也加ママの背中

2005年8月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・メテオさん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・人間ラバボー・人間ラバピョン

第215話

縫いビトのプレゼント

2005年8月下旬

コメットさん☆・倉田さん・高井くん・縫いビトたち・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー・ツヨシくん・ネネちゃん

第218話

さよなら古い電車

2005年9月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・山崎くん・ラバボー・景太朗パパさん・沙也加ママさん

第219話

お月見コメットさん☆

2005年9月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

第220話

キンモクセイの香り

2005年9月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん

第221話

秋風とモデルデビュー

2005年10月上旬

コメットさん☆・前島優衣さん・沙也加ママさん・ネネちゃん・ツヨシくん・ラバボー・ラバピョン・メテオさん・景太朗パパさん・カメラマン・アシスタントの人・ケースケ・プラネット王子・王様・王妃さま・ヒゲノシタ(・花村先生)

第223話

港での想い

2005年10月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・ケースケ・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ラバボー・夜間高校の先生・夜間高校の生徒たち

第226話

学校の嵐

2005年11月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・山本先生・鈴木先生・下級生・ラバボー

第228話

木枯らしの風

2005年11月下旬

コメットさん☆・ケースケ・ツヨシくん・ネネちゃん・松尾くん・小竹くん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・メテオさん・ムーク・ラバボー

第231話

風邪は失敗のもと

2005年12月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・ラバボー・プラネット王子・沙也加ママさん・王妃さま

第232話

大雪でたいへん!

2005年12月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・修造さん・美穂(スピカ)さん・みどりちゃん

第233話

年末コンサート

2005年12月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・ケースケ・ラバボー・(メテオさん)

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★第208話:ひこぼしツヨシの輝き−−(2005年7月上旬放送)

 7月に入ると、鎌倉市内あちこちに、七夕飾りが見られるようになる。商店街でも、いろいろなお店に、ちょこっと飾られていたりする。コメットさん☆は、そんな光景を目にする度に、星国の七夕である「星祭りの日」を思い出すのだった。

コメットさん☆:ラバボー、みんな七夕のお願いを書いているのかな?。

ラバボー:ええ?。姫さま、どこにだボ?。

コメットさん☆:あそこ。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんに頼まれた買い物をしに、鎌倉駅前にあるスーパーに来ていた。入口のそばにあるスペースには、やはり笹竹が立てられている。尋ねるラバボーに、コメットさん☆は指をさした。指さした先には、子どもや若い人たちが、用意された短冊にちょっとした願い事を書いているのが見えた。

コメットさん☆:私たちも何か書こうか?。ラバボー。

ラバボー:ええ?、姫さま、ボーたちもかボ?。お店やうちにも笹竹立っているボ?。

コメットさん☆:うん。でも、いいじゃない。

ラバボー:いいけど…、ボーはあそこでは書けないボ…。

コメットさん☆:私が代わりに書いてあげるよ。

ラバボー:姫さまにも知られたくない秘密だったら?。

コメットさん☆:…そ、それは…。ラバボー、そんなことあるんだ…。

ラバボー:なな、ないボ。…一応そう言ってみただけだボ…。

 コメットさん☆は、わざと秘密があるかのように言ってみたラバボーの言葉を、本気に思い、びっくりしながら反問した。ラバボーは、あわてた様子で否定した。だが、秘密が全くないとも言えない様子であったが。

ラバボー:…姫さまの短冊、全部見られてもいいのかボ?。

コメットさん☆:ここでは、秘密じゃないこと書けばいいんじゃないかなぁ?。

ラバボー:…それもそうだボ。

 コメットさん☆は、笹竹のところから人がいなくなるのを見計らって、そっと駆け寄った。そしてほんのわずか考えて、コメットさん☆は短冊にペンを走らせた。ラバボーの願い事も、腰のティンクルホンから聞いて、代わりに書いてあげ、2枚の短冊を笹竹に下げた。

コメットさん☆:他の人たちは、どんなこと書いているのかな?。

短冊1:お習字が上手になりますように 恵子。

短冊2:かわいくて、健康な子どもが生まれますように 公平。

コメットさん☆:あ、これは習い事をしている子どもかな?。…もう一枚は、もうすぐパパになる人かな?。

短冊3:お菓子がたくさん食べたい。

短冊4:宝くじでせめて3000円当たりますように。

短冊5:恋人とデート出来ますように。

 コメットさん☆は、そんな短冊も見た。そして人々が星に願いをかけることは、意外と身の回りのことであると感じた。

コメットさん☆:なんか、意外と身の回りのことを、みんな願うんだね…。

ラバボー:ここはお店だボ。あまり難しいことは書かないボ、みんな。

コメットさん☆:…あ、そっか。そうだよね。

ラバボー:ところで、姫さまはなんて書いたんだボ?。

コメットさん☆:えっ?。そ、それはないしょ…だよ。

ラバボー:えーっ、ボーのは聞き取ったのに、ずるいボ…。

コメットさん☆:だ、だって、そんなこと言ったって…。

 コメットさん☆は、笹竹を見上げ、少し意地悪く笑うラバボーから、視線をそらした。みんなが見るところなので、差し障りのないことを書いたに過ぎないのだったが…。

コメットさん☆:(沙也加ママのお店が繁盛しますように、って書いたなんて言えないよ…。ラバボーのアツアツなのと比べたら…。)

 コメットさん☆は、ぼぅっとそんなことを思い、そして笹竹の先から、視線を落とした。

 

 コメットさん☆は、沙也加ママの店に戻ってきてから、見てきた短冊の話をしていた。沙也加ママさんは、レジの脇にある高いすに座り、コメットさん☆の話を聞く。

沙也加ママさん:「かわいくて、健康な子どもが生まれますように」なんて、とてもかがやきに満ちていないかな?。だって、未来が無限に広がっている子どもが、無事に生まれて、健康で育って欲しいって、親なら一番願うことだわ。

コメットさん☆:それは…、そうかもしれないですけど…。お菓子が食べたいとか、宝くじで3000円当たりたいとかは、ずいぶん身近だなって思って。

沙也加ママさん:確かに、願い事が身近すぎるところもあるけど、子どもにしてみれば、お菓子を食べたいっていうのも、大事な願い事かもしれないし…。宝くじで…っていうのも、いつもはずれてばっかりの人が、せめて3000円くらいは当たって欲しい、そうすればいくらか得した気持ちになれるっていう、ささやかな希望かもよ。だとすれば、どうかなぁ?。

コメットさん☆:そっか…。

沙也加ママさん:それぞれの人の立場や、思い方でずいぶん違うということなんじゃない?。…そういうコメットさん☆とラバボーくんは、なんて書いたの?。

コメットさん☆:…えっ、そ、それは…。あはははは…。

ラバボー:ラバピョンと…、あ、いや何でもないボ。

 沙也加ママさんからふいに尋ねられ、二人は汗をかきながら、あいまいな答えをした。

沙也加ママさん:ふふふふ…。ほら。ケースケが何か書いていったわよ。

コメットさん☆:えっ!?、あのケースケが?。

 沙也加ママさんの指さしたところには、店内に飾られた笹竹があった。お店にも笹竹を昨日から立ててあるのだが、たくさんお客さんは来なかったし、みんなが書いていくわけではないから、短冊の枚数はせいぜい5〜6枚だったのだ。コメットさん☆が買い物に出かける前までは。それが、今見ると、ケースケが下げていったという、水色の短冊が3枚ほど増えている。

沙也加ママさん:(あら、ケースケ。どうしたの?。)

ケースケ:(ちわーす!。あー、べ、別に用事じゃないんですけど…。)

沙也加ママさん:(コメットさん☆?。)

ケースケ:(ちちち、違いますよ!。き、今日はオレ、11時から監視の当番だから…、そ、その、ツヨシとネネが泳ぐんなら、オレ、監視台にいるからって、その…、あああの…。)

沙也加ママさん:(あらそう。わざわざありがとね。コメットさん☆はね、今買い物に行ってもらっているのよ。ケースケが来るなら、もっとあとにしてもらえばよかったかなぁ?。)

ケースケ:(だだだ…だから、違いますって!。…別にコメットに会いに来たわけじゃなくて…。)

沙也加ママさん:(そう。コメットさん☆に会いに来たんじゃないの。…じゃあ短冊でも書く?。誰もあんまり書かないのよ、それ。)

ケースケ:(あ、ああ、これ。そ、そうそう。オレ、これ書きにも来たんだった。えーと、なに書こうと思ったんだっけかなぁー。)

沙也加ママさん:(うふふふふ…。)

 沙也加ママさんは、店に来た時の、ケースケの様子を、コメットさん☆に語った。

沙也加ママさん:コメットさん☆がお目当てだったみたいよ。夏服のコメットさん☆がまぶしいって、思っているのかもよー。

コメットさん☆:そうですか?。そ、そうなのかな…。

沙也加ママさん:ケースケも、コメットさん☆のこと、忘れられないのね。うふふふ…。

コメットさん☆:…そ、そんな。恥ずかしいな…。

 コメットさん☆は、少し赤くなりながら、2階に上がる階段の手すりにくくりつけてある笹竹のところに、そっと近づいて、ちょっとドキドキしながら、ケースケの書いた短冊を手に取った。

ケースケの短冊:世界一のライフガードになれますように。 佳祐

コメットさん☆:うふっ。ケースケの夢は、いつもの夢だ。

 コメットさん☆は、なぜかちょっとほっとして、にこっとしながらつぶやいた。しかしもう一枚には…。

ケースケの短冊:コメットの

コメットさん☆:あれっ?。

ケースケの短冊:師匠や青木さんを追い越すほどの体力がつきますように。 佳祐

 その短冊には、「コメットの」という文字が書かれ、そしてそれを何本もの線で消して、「師匠や…」と書かれていたのだ。

コメットさん☆:コメットの…?。私の…なんだろう…。

 コメットさん☆は、何本もの線で消された自分の名前を見て、いったいケースケは、何を書こうとしたのだろうと思った。そして、自分の名前が消されて、景太朗パパさんや青木さんのことが書かれていることに、なんだか妙な気持ちを感じた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、どうしたの?。何かいいこと書いてあった?。

 沙也加ママさんが、じっとケースケの短冊に見入っているコメットさん☆を見て、声をかけた。

コメットさん☆:さ、沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、少し寂しそうな目で振り向いた。

沙也加ママさん:コメットさん☆?。

 

 夕方になると、藤吉家でも景太朗パパさんが、太めの笹竹をウッドデッキのはじに立ててくれた。

景太朗パパさん:今晩は晴れそうにはないけれど、みんな好きなことを書いて、短冊を下げよう。メテオさんもね。

メテオさん:えっ?。わたくし?。わたくしは…。

コメットさん☆:いいじゃないメテオさん。いっしょに書こ。

 ちょうどメテオさんが、コメットさん☆とチェスをしにやって来ていた。半袖の麻入りワンピースの夏服を着たメテオさん。チェスの上手な幸治郎さんに負け続けると、押し掛けるように藤吉家にやってくる。まるでコメットさん☆で勝ち癖をつけるかのように…。

メテオさん:じゃあ…。それ書いたら私帰るわ。

沙也加ママさん:パパも好きねぇ。えーと、今年の願い事は何にしようかなぁ?。…あら、メテオさん、夕食食べていかない?。

メテオさん:あ、どうぞお構いなく…。わたくし、家に帰ると用意されていると思いますので…。

 メテオさんが、遠慮がちに答えると、ネネちゃんがその腕を引っ張った。

ネネちゃん:メテオさん、私といっしょにお願いしよう。

メテオさん:え…、ええ…。いいわったらいいわよ。

ツヨシくん:ぼくもう願い事決まっているもんね。

コメットさん☆:ツヨシくん、決まってるの?。どんなこと?。

ツヨシくん:んー、えーとね…。やっぱりないしょ。

コメットさん☆:え?、ツヨシくんないしょかぁ…。

 天気は曇り。梅雨にあたる関東地方では、めったに七夕が晴れることはない。しかしそれほど雲も厚くないので、笹竹を庭に立てても大丈夫だろうと、みんな思っていた。

景太朗パパさん:雨の心配はないと思うけど、風は吹くかもしれないから、みんなしっかり短冊付けないと、飛んで行っちゃうぞー。

コメットさん☆:はーい。ツヨシくん、ネネちゃんしっかりね。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:はぁい。

メテオさん:願い事ったら願い事よね…。

コメットさん☆:メテオさん、何か決まった?。

メテオさん:決まったような、決まらないような…。

コメットさん☆:メテオさんは、瞬さんのこと?。

メテオさん:そ、それは…、き、決まっているじゃない…。

沙也加ママさん:いいわねぇ…、メテオさん。私もそんなふうに書いてみたいわ。

景太朗パパさん:ママったら、いまだにそんなことを…。ううう…。

コメットさん☆:景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、困ったように笑った。

 

 短冊がたくさん下げられた、七夕の笹竹は、南風から変わった東風に吹かれていた。ところが、みんなが夕食をすませ、思い思いの時間を過ごすころ、急に雨が降り出した。それもかなり激しい雨。風も強く吹く。ちょうど東風と南風がぶつかるようにして、天気を悪くしたのだろう。

沙也加ママさん:あら、雨だわ。わあ、けっこう強い雨ね…。お風呂の時間になるけど、ツヨシはお風呂わかしておいてくれたかな?。

 沙也加ママさんが、リビングの片づけをしつつ、窓の外を見ると、窓に雨粒がたたきつけていた。一方コメットさん☆は、2階の自分の部屋で、書いた願い事のことを思い出していた。

コメットさん☆の短冊:(いつまでも、みんなと家族や友だちでいられますように) (もう少し体が成長しますように Comet☆)

 メテオさんが書いた、「瞬さまと、今までの10倍はデートしたいわ」というのに比べると、おとなし過ぎるかなとも思ったが、だいぶ考えてみても、これ、という思いがあるわけでもなかった。もちろんメテオさんが書く「デート」のこととか、考えないわけはなかった。しかし、誰のことを想って書くのか、しぼりきれない気持ちと、ケースケに対する今の想いからすれば、あまり踏み込んだことも書けなかった。ケースケがきらいになったわけじゃないけれど、いつもいっしょにいたい恋人、というのともちょっと違う…。もっといつも何か緊張しちゃう感じ…。そんな想いが、コメットさん☆の心にはあったから…。

 しかしふと窓のところで、「パシャパシャ」という音がしているのに気付いた。そう言えば、屋根全体にサーッという音がしている。「これは雨の音だ」と、コメットさん☆はすぐに気付いた。コメットさん☆は、気になって窓を開けた。たちまち大粒な雨が、風に乗って部屋に降り込もうとする。

コメットさん☆:あっ、すごい雨…。いけない…。七夕飾りが!…。ラバボー。

ラバボー:何だボ?。

コメットさん☆:七夕の飾りが、雨でめちゃくちゃになっちゃうよ…。とにかく下に行こ。

ラバボー:わかったボ。

 コメットさん☆とラバボーは、急いで階段を降り、下のリビングに出た。リビングの大きなガラス戸から見ると、七夕の笹竹が、びしょ濡れになりながら、風に揺れているのが見えた。

コメットさん☆:どうしよう…。いつかのように、雲を吸い取って晴れにしちゃおうか?。

 ラバボーがうなづきかけたとき、ちょうど景太朗パパさんが、リビングにやって来た。

景太朗パパさん:あれっ!、雨かあ…。降らないと思ったんだけどなぁ…。

コメットさん☆:景太朗パパ、七夕飾りが…。

景太朗パパさん:うん…。でも、この降りじゃ、今どうしようもないよ。

コメットさん☆:せめてここだけ雲を吸い取って…。

景太朗パパさん:ええ?、ここだけって?。そんなこと出来、…るのか…。コメットさん☆は星ビトだからかい?。

コメットさん☆:何年か前もやりました。あの…、景太朗パパと沙也加ママが、その…、口げんかしちゃったときに…。

景太朗パパさん:ん?、口げんか…。あー、あの時か…。て、えええ!?、あの時急に晴れたのは、コメットさん☆が!?…。

コメットさん☆:はい。メテオさんといっしょに…。

景太朗パパさん:…そ、そうだったのか…。知らなかった…。でも…、どうやって?。コメットさん☆。

コメットさん☆:空に舞い上がって、雲を吸い取ります、星力で。

景太朗パパさん:…そ、それは危ないよ。空に舞い上がるって…。これは南風と東風がぶつかって、大気が不安定になるいわば「小さな嵐」だ。そんな時に出ていくのは危ない。やめておきなよ。…雲はいつか行ってしまうさ。

コメットさん☆:でも…。じゃあせめて…。

景太朗パパさん:あ、コメットさん☆!。

 コメットさん☆は、そう言うと、リビングのガラス戸を開けて、そのままウッドデッキまで走った。あわてて景太朗パパさんは呼び止めたが、コメットさん☆は、一時的な激しい雨で、ずぶ濡れになりながら、ウッドデッキの脇に立てられた笹竹のそばに駆け寄った。そしてバトンを出すと、星力を使って、笹竹をまるごと移動させ、そのまま玄関の前まで運んだ。

景太朗パパさん:コメットさん☆…。君は…。

ツヨシくん:わあ、コメットさん☆、すげー。

ネネちゃん:すごいすごーい。でも、コメットさん☆びしょ濡れだよ…。

景太朗パパさん:あ、ママ、ママー!。

 騒ぎを聞いてツヨシくんとネネちゃんも、部屋から出てきた。景太朗パパさんは、コメットさん☆を心配して、沙也加ママさんを呼んだ。

沙也加ママさん:なあに?、パパ。急に大きな声で。

景太朗パパさん:コメットさん☆が…。七夕飾りを心配して…。ほら…。

 景太朗パパさんは、バトンを持ったまま、玄関に回ろうとしているコメットさん☆を指さした。

沙也加ママさん:まあ!、コメットさん☆一人にやらせたの?。パパだめじゃない!。

景太朗パパさん:あ…、うん。ぼくがやればよかったな…。でも、言い訳するつもりはないけど…、コメットさん☆が星力を使って、このあたりの雲をはらって、七夕飾りを守るって言うから、それは危ないからやめるように言ったら、あっという間に今度は、自分で笹竹を玄関に取り込みに…。

沙也加ママさん:そうだったの…。しょうがないわね…。ああ…、今はコメットさん☆に風邪を引かせないようにしないと…。コメットさん☆、コメットさん☆!。

 沙也加ママさんは、急いで玄関に向かった。景太朗パパさんと、ツヨシくん、ネネちゃんもあとに続く。

 コメットさん☆は、玄関の中に七夕飾りの笹竹を何とか入れた。天井につかえそうだが、傾けるようにして、入れることが出来た。星力を使っても、激しい雨はよけられなかったから、コメットさん☆の体は、頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れになってしまった。雨の滴が、コメットさん☆の着ているものや、手、髪の毛からしたたりおちる。

沙也加ママさん:コメットさん☆、まあ!。ありがとね。でも、早く髪を拭いて。ほらタオル。

コメットさん☆:はぁー。沙也加ママ、ありがとう…。

沙也加ママさん:風邪引いちゃうから、早く着ているものを脱いで、お風呂に入って、コメットさん☆。

コメットさん☆:は、はい…。

ラバボー:大丈夫かボ?。姫さま…。

コメットさん☆:ちょっと冷たい…。

ツヨシくん:コメットさん☆大丈夫?。お風呂わいているよ。

ネネちゃん:私もコメットさん☆といっしょに入ろうかなー。

景太朗パパさん:よし、ちょうどいい。じゃあコメットさん☆とネネは早くお入り。…あとはなんとかしておくから。

コメットさん☆:すみません…。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆が謝ることじゃないわ。コメットさん☆は、ほんとうに心がやさしいのね…。

 

 コメットさん☆は、ネネちゃんといっしょにお風呂に入った。その間に、水で濡れた玄関の棚と、軒先や玄関扉など、笹竹がこすったあとを、景太朗パパさんはぞうきんで拭いた。いくつかはずれた短冊や、風に吹かれて乱れた飾りも、景太朗パパさんが付け直した。

景太朗パパさん:玄関の中にまで入れちゃうところが、コメットさん☆らしいな…。ふふふ…。

 景太朗パパさんはつぶやいた。

 お風呂の中で、ネネちゃんは、コメットさん☆のことをまじまじと見た。

コメットさん☆:…ネネちゃんどうしたの?。恥ずかしいよ…。

ネネちゃん:コメットさん☆、だんだんお姉ちゃん…。

コメットさん☆:えっ?。

ネネちゃん:コメットさん☆は、だんだんお姉ちゃんになって行くね…。ネネ、うらやましい…。

コメットさん☆:そっか…。ありがと。ネネちゃんも、いつかちゃんとお姉ちゃんになるよ。

 このところ、あまりネネちゃんとも、いっしょにお風呂に入るということはなくなっていたコメットさん☆。ネネちゃんの言葉に、短冊に書いた言葉を、再び思い出した。今家の中に取り込んだばかりの、笹竹につけた短冊の言葉を。

コメットさん☆の短冊:(もう少し体が成長しますように Comet☆)

 シャワーの前で、ネネちゃんの体を洗ってあげながら、ふと前にある鏡を見、そしてコメットさん☆は、ほっとしたような気分になり、少しうれしくなった。

 

 お風呂から上がったネネちゃんは、新しい下着を着ると走って沙也加ママのところに行ってしまった。コメットさん☆は、急いでお風呂に入ったので、Tシャツや部屋着の長パンツなどは、部屋から持ってきていなかった。そのため下着の上にバスローブをまとい、髪の毛には短めのタオルを巻いて、そっとお風呂から2階に戻ろうとした。2階へは、廊下をぐるりと歩いて、玄関を横切り、南側の窓際を通り、リビングを抜けて、2階への階段を上がらなければならない。コメットさん☆は、ちょっとどきまぎしたが、ラバボーに頼んで、服を持ってきてもらうわけにも行かない。それで、そそっと脱衣所を出ると、廊下をピタピタと歩いて、玄関のところを抜けようとした。すると一生懸命取り込んだ、七夕飾りの付いた笹竹が、周囲の鉢植えをどけて、きちんと立て直されていた。景太朗パパさんが、立て直してくれたのだ。

 ところが、ふとコメットさん☆が通り過ぎようとすると、はらりと1枚の短冊が落ちたのが見えた。雨に濡れて、紙が弱くなっていたのかもしれない。コメットさん☆は、まわりに誰もいないのを確かめると、そっと玄関に降り、庭に出るときによく使うサンダルを素足にはいて、その紙を拾い上げた。それはツヨシくんが書いたものだった。

コメットさん☆:わはっ。ツヨシくんのだ…。どんなこと書いてあるのかな?。字があまりきれいじゃないけど…。

ツヨシくんの短冊:(いつかコメットさん☆のおムコさんになれますように 剛)

コメットさん☆:…つ、ツヨシくん…。

 コメットさん☆の胸は、急にドキドキし出した。ちょっとした、小さい子どもの「お願い」のはずなのに…。ツヨシくんは、こうやっていつもストレートだ。コメットさん☆だけを、じっと見つめている。その存在は特別だと、コメットさん☆にも思える。ツヨシくんと、自分の関係は、意外にもケースケより強いことに、コメットさん☆はいつしか気付いていた。特別なかがやきを持っていて、いつも自分の恋力を、ケースケとともに発動させることも…。そんな想いが、ぐるぐると頭を駆けめぐって、コメットさん☆は、その短冊を手に持ったまま、バスローブ姿で玄関に立ちつくした。玄関の引き戸の外では、ざぁっという雨と風の音が、相変わらずしている。汗がおでこから、ほおに伝う。コメットさん☆は、そっとその短冊を胸に抱くと、また笹竹に付け直した。今度ははずれてしまわないように、しっかりと…。

 コメットさん☆は、リビングに来ると、雑誌を読んでいる沙也加ママさんに声をかけた。

コメットさん☆:沙也加ママ、お風呂上がりました。

沙也加ママさん:そう。あったまった?。

コメットさん☆:はい。

沙也加ママさん:ちゃんと汗もかいてるようね。汗が引いたら、早く何か着なさいね、コメットさん☆。

 沙也加ママさんは、おでこに汗をかき、赤くなっているコメットさん☆を見て、やさしい声で言った。

コメットさん☆:はい。

沙也加ママさん:あ、お店のケースケが書いた短冊、あれきっと、コメットさん☆といっしょにデートしたいとか、書こうとしたのよきっと。

コメットさん☆:えっ…。そ、そうでしょうか…。

沙也加ママさん:「あ、やべ…。こんなこと書いてると、誰にみつかるかわからない」とか、ひとりごとを言っていたわ。ふふふふ…。

コメットさん☆:あははっ…。そんなことを?。

沙也加ママさん:それで消しちゃったのよ。気にしないであげれば?。

コメットさん☆:…ふふっ。はい。

 コメットさん☆は、にこっと笑って、2階に上がっていった。

 夜寝る前になると、たいていコメットさん☆は、メモリーボールに、その日のことを記録する。その記録は、星国の両親も見ることが出来るし、日記がわりにもなる。しかし今日は、なんだかそんな気分にはなれないコメットさん☆だった。

コメットさん☆:ねえ、ラバボー、ラバボーは、ラバピョンと結婚したいの?。

ラバボー:え?ええ?…。ひ、姫さま突然何を聞くんだボ?。

コメットさん☆:ラバピョンのこと、もう会ってから4年…。どう思っているのかなって…。まだ早い?。

ラバボー:そ、そりゃあ、ラバピョンといっしょに、いつか星国に帰って、け…、結婚したいボ…。で…、でも…。

コメットさん☆:…でも、なあに?。

ラバボー:今すぐというわけにも行かないボ。それに…、そんなこと、毎日考えながら、ラバピョンと会っていないボ。

コメットさん☆:…そうなんだ…。

 コメットさん☆は、ベッドに寝ころびながら、ラバボーに尋ねた。スピカさんが、いつか教えてくれた、「恋力は気持ちの力」という言葉を、ふと思い出していた。

コメットさん☆:大事だとか、いっしょにいたいっていうだけで、恋力は働くんだね…。

ラバボー:恋することは、別に結婚することばかりじゃないボ?。姫さまが好きな3人だって、結婚となれば、一人を選ぶんだボ。

コメットさん☆:えっ!?…。…そ、そっか…。そうだよね…。…さ、3人って…。

 コメットさん☆は、ラバボーがびっくりさせるようなことを言ったので、あわててベッドから起きあがって、ラバボーを見た。そしてあらためて考え込んだ。

コメットさん☆:(結婚って、どういうことなのかな?。ツヨシくんと?。ケースケと?。プラネット王子?…。)

 コメットさん☆は、それぞれを思い浮かべて、結婚式のイメージを思い描いてみた。

コメットさん☆:(ツヨシくんなら…、星の子たちもよく知っているから…。でもケースケだと…、星国で世界一のライフガードにはなれないよね…。プラネット王子は…。)

 ふと、コメットさん☆は顔が真っ赤になるのを感じた。

コメットさん☆:(ああ、私、なんでこんな思い切ったこと考えているんだろ…。…でも、鹿島さんと前島さん、修造さんとスピカおばさま、それに景太朗パパと沙也加ママ…。みんなおよめさんとおムコさんだったんだ…。恋してるだけじゃなくて、「愛して」ないと、パートナーとしてやっていけないよって、景太朗パパが言っていた…。)

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。

コメットさん☆:あ、な、なんでもないよ…。ちょっと考え事してただけ…。

 コメットさん☆は、心配そうなラバボーに、つくり笑いの顔で言葉を返すと、そっとベッドから降り、ドアを開けて1階に降りた。1階のリビングでは、景太朗パパさんと沙也加ママさんが、テレビでニュースを見ていた。

沙也加ママさん:あらコメットさん☆、どうしたの?。風邪引きそうじゃない?。大丈夫?。

コメットさん☆:はい。大丈夫です。

沙也加ママさん:それなら…、どうかした?。

コメットさん☆:あ、あの…、もう1枚短冊書こうかなって思って…。

景太朗パパさん:あははは、コメットさん☆もいろいろかなえたい希望がある年頃だね。

沙也加ママさん:そう。その暖炉の上にペンと短冊あるわよ。

コメットさん☆:はい…。あ、あった…。じゃここで書いて付けてこよう…。

沙也加ママさん:そうね。ツヨシとネネはもう寝ているから、そうっとね。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆は、リビングのかたわらにある暖炉の上に片づけられていた短冊とペンを取ると、短冊にペンを走らせた。そしてペンを返すと、短冊だけを持って、そっと玄関までの廊下を歩いた。玄関にさっきから立っている七夕飾りの笹竹は、雨で少しみずみずしさを取り戻したように見えた。

 コメットさん☆は、短冊を付けようと玄関に降りたとき、ケースケがお店で昼間記した3枚目の短冊に書かれていたことを思い出した。ちゃんとコメットさん☆は、3枚目にも目を通していたのだ。

ケースケの3枚目の短冊:今のオレを、おやじに見せたい 佳祐

 コメットさん☆は、思わず涙がこぼれそうになった。悲しいから、というよりは、いつも強気なケースケが、やっぱりときに感じるであろう寂しさを思って。しかし、そんな気分をはらうように、コメットさん☆は、笹竹に新しい短冊をくくりつけた。

コメットさん☆の短冊:みんなの夢が、みんな実りますように Comet☆

 そしてつぶやいた。

コメットさん☆:ツヨシくん…、今は…、ここまでしか言えないよ…。

 …と。コメットさん☆は、そっと玄関の扉を少し開けて、外を見た。もう雨は降っていない。しかし空は曇ったままなのか、星たちは見えなかった…。

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★第211話:王妃と思い出の花火−−(2005年7月中旬放送・夏休みスペシャル)

 7月も中旬になると、ぽつぽつと花火大会が開かれはじめる。三尺玉とかスターマインと呼ばれる花火が、どんどんと連続で打ち上げられ、みんな河原や、建物の屋上なんかで見るあれである。コメットさん☆も、毎年8月になると、鎌倉の花火か、江ノ島の花火は、ウッドデッキのところや、そばまで行って見ている。星国にも花火はあるけれど、こんなに大規模、それに人もたくさん集まって打ち上げるのは、とても珍しいと思っていた。

 去年は、みんなで浴衣を着て、花火を鑑賞したのを思い出す。前島さんが作ってくれた浴衣。とてもきれいな柄で、今年も着る機会があればいいな、と思う。

 そんなある日、コメットさん☆は、珍しく景太朗パパさんといっしょに、新宿に出た。景太朗パパさんが、新宿で打ち合わせの人に会うというので、いっしょについていくことになったのだ。普通景太朗パパさんの仕事に、コメットさん☆がついていくことはない。コメットさん☆としても、仕事のじゃまになるのではないかと思ったり、景太朗パパさんとしても、仕事がすんだあとで、食事や買い物をするにも、それまでコメットさん☆は、退屈するだろうと思うからだった。しかし今日は、たまたま沙也加ママさんが、秋にあるクラス会の打ち合わせで出かけてしまうので、そのままだとコメットさん☆が家に一人になってしまう。ツヨシくんやネネちゃんが小学生になり、コメットさん☆が家に一人というのは、特に珍しくはないのだが、景太朗パパさんは、コメットさん☆をいっしょに連れていくことにしたのだった。

景太朗パパさん:コメットさん☆、今日は予定ある?。

コメットさん☆:いえ。何もないですけど…。

 そんなやりとりで、コメットさん☆は、景太朗パパさんに同行することになった。

 新宿駅の西口近くにある喫茶店。コメットさん☆は、そばのテーブルで、アイスティーを飲みながら、景太朗パパさんの仕事が終わるのを待った。見ていると、景太朗パパさんは、図面を取り出し、時にメモを取りながら、相手の人と打ち合わせを進めている。今度設計した、木造住宅の話らしかった。プロとしての自信に裏付けされた、落ち着いた話し方。物事をまとめる能力。そんな様子の景太朗パパさんに、コメットさん☆は、景太朗パパさんの「かがやき」を、あらためて感じた。普段コメットさん☆は、景太朗パパさんの仕事を、こんな形でじっと眺めたことはなかったので、今まで気付かなかった、いつもとは違うかがやきが、やはりそこにあると思えた。そしてそのかがやきは、どこかケースケや鹿島さんにも重なると思った。

 コメットさん☆は、打ち合わせを終えた景太朗パパさんに、Tシャツとシルバーのキーリングを買ってもらうと、うれしそうに、そして少し恥ずかしそうに小田急線新宿駅に向かった。まるで実の親子であるかのように、はた目には見えたかもしれない。楽しげに買い物をして、帰りの電車に乗ろうとする良きパパと、仲のいい娘のように…。

景太朗パパさん:ええと…、ロマンスカーはないなぁ…。藤沢・江ノ島行きは最近本数が減っちゃったからね…。快速急行で帰ろうか。

コメットさん☆:はい…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんに続いて、改札を通った。そして、ふとホームの柱に貼られた掲示を見た。

景太朗パパさん:お、よしよし。快速急行の藤沢行きがいる。前のほうなら座れそうだね。

コメットさん☆:はい。そうですね、景太朗パパ…。…あ、花火大会のお知らせ…。

景太朗パパさん:花火?。ああ…、狛江の花火かぁ。それはね、多摩川という川の河原で打ち上げる花火大会(※下)だよ。えーと、今年は7月22日の金曜日…。勤め帰りにも見られますよ、ってところかな?。

 景太朗パパさんは、掲示のところで立ち止まると、指し示しながら、コメットさん☆に教えてくれた。

コメットさん☆:景太朗パパは、この花火大会見たことありますか?。

景太朗パパさん:なんか、ずっと前に見たことあると思うけど…。最近はないなぁ。花火もいろいろなところでやるようになったからね。ぼくが学生のころは、こんなにいろいろなところで大会はなかったんだけどさ。

コメットさん☆:そうなんですか。

 

 夜になって、コメットさん☆は、お風呂から上がると、寝るまでのひととき、たいていラバボーと話をしたりする。そして、メモリーボールにその日の出来事を記録するのだ。日記がわりと、星国の両親への手紙のようなもの…。もちろん今日も、昼間の出来事をメモリーボールに記録した。音と映像の「定期便」は、星国の王様、王妃さまに伝えられた。

コメットさん☆:…景太朗パパが、仕事の打ち合わせをしているの、ずっと見ていたんだよ。とても生き生きとしていて、かっこよかったよ。かがやきに満ちてた…。あ、それでね、帰りの電車に乗るために、新宿駅へ行ったら、狛江って言うところで、花火大会があるんだって…。

 一方星国では、そんなコメットさん☆の記録する言葉と映像を、王様と王妃さまが見つめていた。いつも娘であるコメットさん☆の成長を、映し出すメモリーボールモニター。王様と王妃さまは、もう何年も毎日のように、それを通じてコメットさん☆を見てきた。ところが今日は、王妃さまが娘の記録を見て、目を輝かせた。

王妃さま:まあ!、狛江の花火…。懐かしいわ。ずっとやっているんですねぇ。

王様:おや、妃は知っているのかね?。その…、なんとか言う花火の催し物を。

王妃さま:わたくしがかつて地球に行っていたとき、夏に見に行ったんですよ、「狛江の花火」。わたくしがお世話になっていたおうちから、そうですね、電車で4駅位先かしら。もう駅を降りると、そこは花火大会の会場みたいになっていて、見に来た人たちがたくさん歩いていて…。見上げれば、目の前で花火がたくさん…。ああ、思い出すわ…。

王様:それは有名な大会なのかね?。

王妃さま:花火大会は、河原や海のような、広い場所ですることが多いのです。でも有名かどうかで言えば、隅田川というところの花火大会のほうが有名でしょうね。

王様:ほほう。地球の地名は、あまりよくわからんが…。わしもちょっと見てみたいところじゃな…。妃は見に行ってきたらどうかね?、コメットといっしょに。

王妃さま:ええ?。地球にわたくしだけ?。それは…。

王様:…むろんわしも、コメットといっしょに見たいところじゃが、ここしばらく忙しいからな。

王妃さま:…でも、それではあなたに悪いわ…。

王様:うむ、それよりも、コメットももう微妙な年頃じゃ。わしがいては、話しづらいこともあるじゃろ…。わしは寂しいがな…。それも娘の成長かと思えば、致し方ない…。

王妃さま:まあ、あなたったら…。…では、お言葉に甘えて、わたくし、行って来ようかしら…。都合が合えばいいけど…。

王様:いつも娘がお世話になっていますと、藤吉さんたちにも伝えておくれ。それからな、どんな催しか、帰ったら詳しく教えてくれぬか?。

王妃さま:はい、あなた。わかりましたわ。

 王妃さまは、さっそくコメットさん☆のティンクルホンに電話をかけた。

 

 翌日、ツヨシくんとネネちゃんを学校に送りだしたコメットさん☆は、昨日の夜かかってきた、王妃さまからの電話の話を、沙也加ママさんに伝えた。

コメットさん☆:…あ、あの、沙也加ママ…。

沙也加ママさん:なあに?、コメットさん☆。

コメットさん☆:母が、花火を見たいって言うんですけど…。

沙也加ママさん:ああ、星国のお母様が鎌倉の花火を?。いいわねー。どうぞ。うちのお店の屋上なら、ちょうどいいと思うけど…。

コメットさん☆:あ、あの、鎌倉のじゃなくて…、狛江の花火大会を…。

沙也加ママさん:えっ?、狛江?。狛江というと…?。

 そこにちょうど景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:二人とも、これからお店かい?。

沙也加ママさん:あ、パパ、そうだけど…。それより、狛江の花火大会って知ってる?。

景太朗パパさん:ああ、昨日新宿から帰るとき、駅に掲示が出ていたあれだろ?、コメットさん☆。

コメットさん☆:は、はい。

景太朗パパさん:狛江市で花火大会があるんだよ、ママ。多摩川の河原でやるんだそうだ。コメットさん☆が、駅のホームの柱に掲示が出ているの見つけてさ…。それが、どうかしたの?。

コメットさん☆:あの…、私の母が、見たいからここにうかがってもいいかしらって…。

景太朗パパさん:え?、コメットさん☆のお母さん…というとこは、星国の王妃さま、ということだよね。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんの顔を見た。

沙也加ママさん:別にうちはいいけど、というか、大歓迎だけど、何で狛江花火大会をご覧になりたいのかな?、お母様は。

コメットさん☆:それが…、私のように地球にやって来ていたとき、お世話になっていたおうちの方みんなで、見に行った思い出の花火大会だと言うんです。

景太朗パパさん:ははあ、なるほどね。

沙也加ママさん:そうなのー。それならぜひ見せてさしあげたいわねぇ。…でも、パパ知ってる?、狛江の花火ってどんな感じなのか。

景太朗パパさん:うーん、思い出してみると、ぼくは学生時代に、友だちとみんなで見に行ったことが、たまたまあるんだけど…。今はだいぶ変わっているかもしれないなぁ。あのころはさ、電車降りると、目の前が会場、みたいな感じでさ。

沙也加ママさん:へえ、そうなの?。

コメットさん☆:母も言っていました。だいたいそんなこと…。

景太朗パパさん:まあ、花火大会そのものは、それほど変わっていないだろうから、何年ぶりになるのかわからないけど、コメットさん☆、お母様をお連れしたら。

沙也加ママさん:そうね。またうちに泊まっていただけばいいわ。久しぶりに王妃さまにもお目にかかれるのは、なんだか楽しみだわ。ね?、コメットさん☆、お母様に「どうぞいらして下さい」って、お伝えして。

コメットさん☆:はいっ。景太朗パパ、沙也加ママ、いつも…ありがとうございまーす。

 コメットさん☆は、割と唐突な話だったので、景太朗パパさんと沙也加ママさんへ、遠慮がちに聞いたのだが、二人とも楽しみにしてくれる様子に、ほっとして笑みがこぼれた。

 

 そして7月22日、王妃さまは、星のトレインに乗って、お昼頃やって来た。ツヨシくんとネネちゃんも、夏休みに入ったばかり。いっしょにお出迎えだ。

ラバボー:星のトレインが来たボ。

ラバピョン:スピカさまも、王妃さまに会いたがっていたのピョン。

ツヨシくん:スピカさん来られないの?、コメットさん☆。

ネネちゃん:スピカさん…。コメットさん☆は、スピカさんの「めい」で、王妃さまの妹だよね?。

コメットさん☆:そうだよ、ネネちゃんよく知っているね。スピカおばさま…。おばさま、学校が夏休みに入って、お客さんが来て、ペンション忙しいから、今回はだめなんだよ…。

ツヨシくん:そうなんだー。

ネネちゃん:スピカさん、かわいそう…。それにここに来るわけには行かないよね?。

コメットさん☆:…うん。

 そんな話を続ける間もなく、星のトレインは、シューーっという音とともに、藤吉家のウッドデッキのところにやって来て、止まった。リビングで待っていた景太朗パパさんと、沙也加ママさんも、玄関にまわり、そこからウッドデッキのところまで来て、ラバボー、ラバピョン、ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆といっしょに王妃さまを出迎えた。

 ねこ車掌と、いぬ機関士が敬礼すると、客車のドアが開き、王妃さまは久しぶりに、ウッドデッキに降り立った。

王妃さま:みなさまこんにちは。いつも娘がお世話になっております。今日はそればかりか、わたくしまで…。いつも申し訳ありません…。コメットの父も、「みなさまによろしく」と申しておりました。

沙也加ママさん:いらっしゃいませ、コメットさん☆のお母様。

景太朗パパさん:どうも、こんにちは。こちらこそ、コメットさん☆にはお世話になっているような…。あははは…。

コメットさん☆:お母様…。

ラバボー:王妃さま、こんにちはですボ。

ラバピョン:王妃さま、こんにちはなのピョン。

ツヨシくん:コメットさん☆のママ、こんにちはー。

ネネちゃん:王妃さまこんにちはぁ。

王妃さま:あら、ツヨシくんとネネさん。こんにちは。ラバボーとラバピョンも、みんな元気でしたか?。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:私もはーい。

沙也加ママさん:コメットさん☆、いつもの、やらないの?。うふふふ…。

コメットさん☆:え?…。えと…。お母様っ!。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんにうながされ、いつも星国から王妃さまや王様がやってくると、決まってやるように、今日もしっかりと抱きついて、王妃さまの胸に、顔をうずめた。

王妃さま:まあ、コメットは、いくつになっても甘えんぼうね…。ふふふふ…。いい子にしていましたか?。

コメットさん☆:お母様ぁ…。

ラバピョン:姫さま、こういうときは、いつも小さな子どもみたいなのピョン。アハハハハ…。

 そんな様子に、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、顔を見合わせ、にこっと微笑んだ。

 

沙也加ママさん:どうぞ、王妃さま、というより、コメットさん☆のお母様。

王妃さま:あら、どうかお構いなく…。

 リビングに移動した王妃さまと、景太朗パパさん、沙也加ママさん、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボー、ラバピョンのみんなは、いすに座ってお茶を飲んだ。曇りだが、雨は降っていない梅雨の空からは、けだるいような日の光が、リビングに射し込む。

王妃さま:沙也加さんは、今日お店にはおいでにならないのですか?。

沙也加ママさん:あら、そんなことご存じなんですか?。コメットさん☆の報告ですね。うふふふ…。…今日はお休みにしちゃいました。

景太朗パパさん:そんなふうにやっているものですから、さっぱり売り上げが上がらないんですよ。

沙也加ママさん:そう言うパパだって。図面仕上げなくてもいいの?。

景太朗パパさん:もう仕上げて、月曜に着くように送りましたよ。ママったら、いつもぼくがさぼっていると思っているなぁ…。

王妃さま:まあ、何かわたくしのために、わざわざお仕事をあけて下さったのですか?。申し訳ありません…。そんなつもりはなかったのですが…。

沙也加ママさん:いえいえ、気になさらないで下さい。

景太朗パパさん:たまにはコメットさん☆と、ご一緒にお出かけになって下さい。なあママ。

沙也加ママさん:そうですよ。それに、私もコメットさん☆のお母様であられる王妃さまと、またおしゃべりしたいわ。

王妃さま:沙也加さん、どうもありがとうございます。景太朗さんも…。いつもコメットをお預かりいただいて、なんとお礼していいやら…。

ツヨシくん:ぼく、コメットさん☆のこと大好きだから。

ネネちゃん:ツヨシくん、今コメットさん☆のこと好きかどうか聞かれてないでしょ。

ツヨシくん:そ、そうだけどさ。

コメットさん☆:ツ…、ツヨシくん…。恥ずかしいな…。あはは…。

王妃さま:ツヨシくんは、いつもコメットのこと、大事に思ってくれてるのねぇ。

ツヨシくん:…うん…。だから、コメットさん☆、ずっといて欲しいな…。

 ツヨシくんは、いつになく小さな声で言った。その、ともすれば微妙な言い方に、王妃さまは、ふっとやさしい目で、赤くなったコメットさん☆と、ツヨシくんを見た。

 

 夕方になると、コメットさん☆と王妃さまは、江ノ電に乗って出かけた。王妃さまは、ややカジュアルな、夏らしいワンピース。コメットさん☆も、今日は浴衣ではなく、普通の夏服である。二人は藤沢で小田急線に乗り換え、狛江市を目指した。

 実はツヨシくんとネネちゃんも、いっしょに行きたがったのだが、景太朗パパさんが、二人を引き留めたのだ。

景太朗パパさん:(二人とも、いつもコメットさん☆を、かわりばんこに独り占めしているようなものなんだから、今夜はコメットさん☆が、お母様を独り占め出来るようにしてあげなよ。)

 …と言って。

王妃さま:あら、浴衣の人が何人か乗っているわ。あの人たちも花火を見に行くのかしら?。

コメットさん☆:…そうだね。きっとそうだよ、お母様。

王妃さま:若いカップルの人もいますねぇ…。

コメットさん☆:う…、うん。

 藤沢を発車した電車の中で、いく人かの浴衣の女性を見て、王妃さまとコメットさん☆は、語り合った。電車は、そんな花火見物の人たちも乗せながらひた走り、1時間ほどで和泉多摩川駅に着いた。

コメットさん☆:お母様、本当にこの駅?。狛江駅は、もう一つ先だよ?。

王妃さま:いいのですよ。多摩川を今渡ったでしょう?。あの川の河原で、花火はやっているのですから。このあたりは、全部狛江市よ。

コメットさん☆:そうなんだ…。お母様のほうが、ずっと詳しい…。

王妃さま:ふふふ…。でも、鎌倉のことは、コメットのほうが、ずっと知っているはずですよ。

コメットさん☆:そ、そうかな?。あははは…。

王妃さま:それより…、駅が変わってしまって…。電車を降りると、すぐ改札を出て、目の前が河原だったのに…。

コメットさん☆:線路を高架にする工事が行われて、ホームは2階になったんだって。景太朗パパが言ってた。

王妃さま:そのようですね…。地球の街の変化は、本当に速いのですね…。

コメットさん☆:あ、お母様、浴衣の人、ずいぶんいるよ、ほら…。

 コメットさん☆は、王妃さまといっしょにエスカレーターで、改札のあるコンコースまで降りると、あたりを見回し、何人もの浴衣の女性が、同じように改札へ向かうのを見つけた。

王妃さま:やはり浴衣の人は、カップルの人が多いわね…。

コメットさん☆:…そ、そうだね…。

王妃さま:わたくしが地球に来ていたころは、こんなに浴衣の人はいなかったわ。それに、男女のペアで見るというより、家族みんなでっていうほうが、多かったと思うわ。

コメットさん☆:そうなの?、お母様。

王妃さま:ええ…。そのあたりも様変わり…。…まあ!。

 コメットさん☆と、王妃さまは、「どんどん」、「パラパラ…」という音を聞きながら、駅を出て、線路の下を、少し戻るように歩いた。線路の下をくぐり、河原のほうに向かって二人が見上げると、そこには、大きな花火が、大輪の花を咲かせていた。

コメットさん☆:うわぁー、大きくてきれいっ。

王妃さま:そうですねー。ほんと、きれい…。

“ボン!、ヒュルヒュルヒュル…、ドーン!”

 大きな花火が上がるたび、河原の土手に向けて歩くコメットさん☆と王妃さまは、足を止めて見入った。そして土手の上から、少し下ったところに、空いた場所を見つけると、二人そこに腰を下ろした。途切れることなく花火は上がる。…まばゆいほどに明るいもの、やや暗くて青いもの、赤いハートが浮かぶもの、一度開いた花火が、もう一度小さくはじけるもの…。

王妃さま:思い出すわ…。私が地球に来ていたころ…。いろいろなことがあった…。

コメットさん☆:お母様…、どんな?。

王妃さま:そうね…。何人もの、素敵な男性にも出会った…。やっぱりそれが印象深いわ…。

コメットさん☆:そう?。お母様でも、そんなふうに思ったんだ…。

王妃さま:それは…。うふふふ…。私だって、コメットより、少し大きいくらいの少女だったんだもの…。

コメットさん☆:あ、そっか…。そうだよね。私、何言ってんだろ…。

王妃さま:お父様にはないしょだけど…。結婚するなら、こんな人が…って、思った人もいたわ。

コメットさん☆:……。お母様も、結婚のこと考えたんだ…。

王妃さま:そうね…。一応、「夢見る乙女」だったのかしら?。…うふふふふ。

 そう言いながら、少し恥ずかしそうに花火から目をそらす王妃さまの横顔を、コメットさん☆は、花火の反射の中に見た。

コメットさん☆:…私、自分の気持ちが、よくわからない…。

王妃さま:誰かが好きっていう気持ち?。

コメットさん☆:…うん。

 コメットさん☆は、いつしか、花火よりも、それに照らされるカップルたちに、視線が移っていた。次いでうつむき、河原の草をなでながら言う。

王妃さま:…そうねえ…。なかなか言葉では、「こういう気持ち」って、表現できないかもしれないわね。

コメットさん☆:お母様…。

王妃さま:好きって思っても、それをそのまま口に出しては言えない…。そんな「好き」だってあるし…、相手が振り向いてくれないままに終わってしまう「好き」だってある…。相手が自分のことを、「好き」って思ってくれているのか、思っていないのか、それすら確かめられないで終わることもあるし…。

コメットさん☆:わ、私、ケースケのこと…。…好きなんだけど、なんか緊張しちゃって…。前はそんなことなかったのに…。…ケースケも、なんか私のこと…。今も好きって思ってくれてるのかな…。

王妃さま:ケースケくんも、ツヨシくんも、プラネット王子だって、あなたのこと、とても好きなんだと思うわ。だからこそ、いつもそばにいてくれるのが、当たり前のように思っているんじゃないかしら?。

コメットさん☆:…そうなのかな?。お母様…。

王妃さま:恋する力は、気持ちの力…。気持ちを数字にすることなんて、出来ないことだから…。お互いの感情が近づくのを待つしかない…。そんなものなんじゃないかしら?。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、顔を上げて、また花火を見た。大きな花火が、空に花開いた。

 

 コメットさん☆と王妃さまは、また電車に乗って、藤沢まで戻り、夕食を食べてから藤吉家に帰ってきた。夕食はすませて帰りますと、コメットさん☆は沙也加ママさんに連絡して。ツヨシくんとネネちゃんは、コメットさん☆や王妃さまと、おしゃべりしたり、遊んで欲しいのだが、今日はなるべくおとなしくしていた。景太朗パパさんから、釘をさされていたこともあって…。

 沙也加ママさんは、夕食後のひととき、みんなにお菓子を出しながら、少し王妃さまとお話をすることにした。

沙也加ママさん:さあどうぞ。出来合いのものですが、ここのお菓子は割とおいしいはずなので…。

王妃さま:まあ、どうかお構いなく…。

ツヨシくん:いただきまーす。ぼくチョコケーキ。

ネネちゃん:あー、じゃあ…私は、イチジクのタルト。

沙也加ママさん:あ、こらー。お客さまにおすすめしてから!。…すみませんね…。

王妃さま:うふふふふ…。わたくしでしたらご心配なく…。元気な二人は、とてもかがやいて見えますね…。

沙也加ママさん:そうですか?。二人とも、やたら活発な時期で、さすがにこちらが疲れてしまう時もありますけど…。

王妃さま:ふふふふ…。そんなものでしょうか…。景太朗さんはどちらへ?。

沙也加ママさん:今ちょっと、車に給油しに行っています。先ほど車で出たとき、燃料切れぎりぎりだったもので…。うふふふ…。

王妃さま:まあ、そうですか。

沙也加ママさん:あ、コメットさん☆のお母様と、コメットさん☆もケーキどうぞ。数はありますから、どれでもお好きなの…。

王妃さま:ありがとうございます。何から何まで…。

コメットさん☆:…い、いただきます。

沙也加ママさん:コメットさん☆、花火どうだった?。

コメットさん☆:…とても、きれいでしたよ。いっぱい大きいのが上がって、小さいのもたくさん。割と短い間隔で上がるので、首が痛くなるくらい…。あははっ…。河原は涼しい風が吹いていて…。カップルの人ばっかりでしたけど…。

沙也加ママさん:そっかあ…。また鎌倉のとは、違う雰囲気かな?。

王妃さま:前は、もっと家族連れが多かったような気がしますね。

沙也加ママさん:そうかもしれませんね。言われてみれば…。私も都内の花火大会に、学生のころ、友だちとわいわい行ったことはありますけど、二人っきりで…となると、うちの藤吉と交際していた時くらいでしょうか…。ああ、恥ずかしい…。

コメットさん☆:わあ、沙也加ママ、景太朗パパといっしょに花火見に行ったりしたんですね。

ツヨシくん:パパとママも相当アツアツだったんだね。

ネネちゃん:そうだね。アツアツだね。ラバボーとラバピョンだけじゃないね。

沙也加ママさん:ち、ちょっと、ツヨシとネネったら!。あは、あははは…。

 沙也加ママさんは、予想外のことに、真っ赤になり、手を振ってごまかそうとした。

王妃さま:うふふふ…。

ツヨシくん:ごちそうさまぁ!。

ネネちゃん:私もー。お風呂、お風呂ー。

 ツヨシくんと、ネネちゃんは、ケーキのお皿をさっと重ねると、自分たちの部屋に駆けだして行った。

沙也加ママさん:あ、二人とも、順番に入ったら、一度お湯張り替えておいてよ!。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:はーい。私一番ね!。

ツヨシくん:あー、ぼく一番!。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん先に入れてあげなよ。

ツヨシくん:…あ、うん。じゃあぼく2番でいいや。レディーファーストだよね。

沙也加ママさん:ふふふふ…。あの通り、コメットさん☆の言うことはよく聞くんですよ。

コメットさん☆:え…、えーと…。あははは…。

 コメットさん☆は、照れ隠しのように笑った。

王妃さま:コメットったら、レディファーストなんて、ツヨシくんに教えたの?。

コメットさん☆:わ、私から教えたわけじゃないけど…。ツヨシくんが、なあにって聞くから…。 

王妃さま:そう。うふふふふ…。

 王妃さまは、少し意味ありげに笑った。

沙也加ママさん:ああ…、王妃さまに少しうかがっておきたいことが…。

王妃さま:コメットのことですね?。

沙也加ママさん:え、あ、はい…。コメットさん☆も聞いていてね。

コメットさん☆:私も?。

沙也加ママさん:本人がいないところで、その人の話をするのは、何かいけないような気がするわ。

コメットさん☆:…はい。

沙也加ママさん:今さらなんですが、コメットさん☆は、小さいころ、どんな子だったんですか?。

 リビングの窓ガラスを、弱い南風が揺らす。ガラス窓がわずかに動く、ガタガタという音が、ひときわ大きくなったかのように聞こえた。王妃さまは、一呼吸おいてから、話し始めた。

王妃さま:そうですね。あまり手のかからない子でしたね。幼稚園や学校の友だちと遊ぶ以外は、まわりが大人ばかりですから、そういう時はおとなしく一人で遊んでいるような子でした…。

沙也加ママさん:そうですか…。

王妃さま:人形遊びなんかは、あまりしない子でしたね。ただ王宮の庭をかけずり回って、教育係のヒゲノシタを困らせたり、ちょっとしたいたずらは、結構していましたよ。

コメットさん☆:…お、お母様…。

王妃さま:うふふふ…。非常に活発ということは、ないと思いますが、まあ他の星ビトや星の子に混じって、ずいぶんいっしょに遊んでいましたね。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、王女さま、ということですけど、特別な教育なんてあるんですか?。

王妃さま:一応、王宮で過ごしているときは、教育係のヒゲノシタが、あれこれ言っていましたが、今から思えば、もう少し自由な環境のほうがよかったかもしれないと思っています。

コメットさん☆:お母様、ヒゲノシタ、いけないの?。

王妃さま:そんなことはありませんよ。でも、年齢が離れていたし、今コメットが、いろいろ心に思ってしまうことを、完全に理解できてるとは言えないでしょ?。

コメットさん☆:…うん…。

 コメットさん☆は、少し心がうずくような気がした。

沙也加ママさん:女の子には、女の子の心ということでしょうか?。

王妃さま:そうですね…。子どもが遊びの中で、社会的な勉強を自然としていくということには、男女の差はないと思えますが、特に思春期の子どもは、互いに補いあったり、同性の友だちともあれこれ比べたりしながら、成長するもの…。そうすると、教育係はおじいさんで、お供もラバボーという男の子でしたから、そういう相手がいなくて、女の子っぽい思い方は、他の子に比べると少し苦手なのかも…と、思うことはありますね。

コメットさん☆:…そうなのかな…。

 コメットさん☆は、少し寂しいような気持ちになって、うつむき加減になった。

王妃さま:でも、コメットは人見知りするような子ではなかったし、好き嫌いの激しい子でもなかったので、いつかこうして地球に行くこともあるのかしら、とは思っていました。

沙也加ママさん:えっ?、そうなのですか?。

王妃さま:…それは、わたくしもそうでしたし、わたくしの妹もそうでしたから…。

沙也加ママさん:妹さんというと…、コメットさん☆の叔母様ですね…。叔母様も地球へ?。

王妃さま:ええ…。

沙也加ママさん:…そうですか…。でも、コメットさん☆にとっては初めての経験だから…。突然、全く違う環境に来て、不自由なことも多かっただろうし、つらかったことも多かったんじゃないかと思いますね。もっと早くに、コメットさん☆が星ビトなのだと、わかってあげられたら…、と今でも思います…。

王妃さま:それは仕方ありません…。わたくしもかつて、お世話になっていたおうちのお子さんしか、わたくしの秘密は知りませんでした。…もっとも、近所の子どもたちには、少し星力を使うところを見せたこともありましたけど…。…コメットの場合は、とても偶然が重なって、今のように…。それでも、わたくしは、コメットがみなさんと星力を共有できるようになって、幸せだったと思っています。…コメットはどう?。

コメットさん☆:私も…。沙也加ママと景太朗パパに、隠しているのは、だんだんつらかったから…。いけないことをしているようで…。星国から地球にもう一度帰ってきたときから、だんだんそんな思いが、心の底に…。

沙也加ママさん:そう…。確かにコメットさん☆が、この星の人じゃないっていうのは、とてもびっくりしたけど…。今でもあの日のことはよく覚えている…。コメットさん☆、とっても緊張して…。私たちが「帰って」って言うんじゃないかって、心配したのよね?。

コメットさん☆:…はい。もしそうなったら、もうここからお別れだって思って…。

沙也加ママさん:でもね、コメットさん☆の、そういう人のことを想うやさしい気持ちが、何か私たちも導いてくれたような気がするのよ…。きっとコメットさん☆のこと、大好きとか、お友だち、って思ってるみんなも…。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

王妃さま:コメット、よかったですねぇ。こんないい人たちに囲まれて…。あなたの心のかがやきを、もっとかがやかせてくれる人たちに…。

コメットさん☆:……はい…。

 コメットさん☆は、静かにうなづいた。リビングには、緩やかな時間が過ぎていく。なんとなく、そこにいた3人とも、星ビトと地球人が普通に話をしていることが、信じられないような、当たり前のような、そんな不思議な感覚にとらわれていた。

 

 気恥ずかしくなりながらも、結局王妃さまといっしょにお風呂に入ったコメットさん☆は、パジャマ姿でリビングのいすに腰掛け、ぼうっとしていた。のぼせたような気分。しかし王妃さまもまた、何をするでもなく、娘のとなりに座っていた。コメットさん☆は、ふと窓の外を見た。カーテンの隙間から、夜の闇が見える。ところが、そのカーテン越しに、赤紫色の光が走ったかと思うと、それはまばゆくコメットさん☆と王妃さまを照らしはじめた。

コメットさん☆:あっ!、この光…。桐の木の光だ…。お母様!。

王妃さま:…これが?。裏山にあるという桐の木…。あらっ!?。

コメットさん☆:ああっ!。

 コメットさん☆と王妃さまは、気が付くと裏山にある桐の木の前に来ていた。

王妃さま:どうやってここまで…。コメット、いつもこうなの?。

コメットさん☆:うん…。

桐の木:星の国の王妃さまと、星の国の王女…。私は歩いて行かれませんから、ここにお呼び申し上げました。びっくりさせて申し訳ありません。

王妃さま:あなたが、コメットを見守っているという、木ですね。

コメットさん☆:桐の木さん…。

桐の木:見守っている、というほどではありませんが、王女がここにやって来るずっと前から、私はここに立っていました。この日が来るのを、待っていたのかもしれません。

王妃さま:この日…。今日のことですか?。

桐の木:はい…。王妃さまにおたずねします。…かつてあなたも、この地球にやって来ていましたね?。

王妃さま:ええ…。確かに。何でもご存じなんですね。今から20回以上、夏と冬が繰り返されるほど前…、確かに私は地球に来ていました。

桐の木:王女と同じように、この世界の、希望を探しにですか?。

王妃さま:そう、かもしれないし…、そうでないかもしれない…。

桐の木:あなたが住んでいた街、それを思い出して下さい。…私と同じ種類の木を、よく見ていませんでしたか?。

王妃さま:えっ?。…それは…、もしかして…。

コメットさん☆:あの世田谷の桐の木?。

桐の木:やっと気付いていただけましたか?。

王妃さま:…た、確かに、毎日のように、駅のそばにあった桐の木を、見ていましたけど…。あなたは、あの木の?。

桐の木:…はい。あの木の分身…。あの木のタネがここまで運ばれ、いつしかここに生えていました。

王妃さま:…それも、星の導きだと言うのですか?。

桐の木:さあ。それは私にもわかりません。でも、なぜか私は知っていました。あなたの娘である王女が、いつか星の国で生まれ、その子がここにやって来ることを。私の母なる木が、私に刻み込んだ、遠い記憶のかけらなのかもしれません…。

王妃さま:…そんなことが、この地球上で?…。

 普段あまり驚かない王妃さまであるが、偶然ではない、長い時間を経た「星の導き」に、半ば愕然とした。そしてうろたえた。王妃さまが、よく見ていた世田谷・祖師谷にある桐の木。その木のタネから生えた子どもの木が、この木だと言うのだ。そしてその木は、コメットさん☆の誕生をあらかじめ知っていて、自分の前にコメットさん☆が現れることすら知っていた…。それは王妃さまとコメットさん☆を驚かせるのに、十分な話だった。

王妃さま:親子の絆って、こういうものなのかしら…。それにしても、信じられないわ…。

コメットさん☆:お母様…。

王妃さま:…かつて、私を見守っていてくれた木が、タネを飛ばして、新しい木を誕生させて、今度はその木が、私の娘であるコメットを見守るなんて…。これも星の導きに違いない…。

コメットさん☆:お母様にも、わからないような星の導き?…。

王妃さま:コメット、私たちは、全ての星の導きを知っているわけではありませんよ。私たちは、いつも星の力を使わせてもらっているだけ…。私たちでも、まだまだわからないことなんて、たくさんあるわ…。

コメットさん☆:…うん…。

王妃さま:桐の木さん。あなたは私とコメットのことを、とてもよくご存じ…。それなら、コメットのこと、これからも見守ってやって下さいね。

桐の木:仰せの通りに…。でも、私は木ですから、王女に語ることしかできません。

王妃さま:それで十分ですよ。コメットもやがて成長します。聞いて考えることは多いでしょう。かつての私がそうであったように…。

桐の木:そうですね。王女には、今後ある…。

王妃さま:桐の木さん、それはまたこの子が迷ったときに、語ってやって下さい。

 桐の木がコメットさん☆のことに触れようとしたとき、王妃さまは、その言葉を遮るように言った。コメットさん☆は、少し気になったが、それよりも、意外な星の導きに対する驚きのほうが大きくて、考えが混乱していた。

桐の木:わかりました。では王女、不安なこと、心配なこと、もどかしい気持ち…。そんなことを感じたら、私を呼んで下さい。もしかすると、力になれるかもしれません。

コメットさん☆:は、…はい…。

 コメットさん☆は、混乱した頭の中で、ふと、桐の木の物言いは、王妃さまに似ていると思った。

 

 翌日、王妃さまは、かつての思い出を、娘であるコメットさん☆と、いっしょにたどることが出来た喜びと、身も心も成長する過程にあるコメットさん☆を、親として喜ぶ気持ちを胸に、また星のトレインで帰っていった。景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんに見送られながら…。桐の木が言いかけたことは、いったい何なのか?。その疑問は残ったままだけれど…。

 コメットさん☆はまた、いつもの日常に帰っていく。ツヨシくんやネネちゃんと過ごす、夏の一日が、今日も…。

※狛江の花火は、多摩川の工事に関連するなどして、2004年以降休止しており、このストーリーに描かれる2005年は、実際には開催されていません。
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★第212話:ケースケとプラネット−−(2005年7月下旬放送)

ニュースキャスター:…オーストラリアでは、接近した低気圧の影響で、北部沿岸に高波が押し寄せ、家屋に被害が出ているほか、漁船が行方不明になっています。この船には、日本人船員の村西静夫さんが乗っており、安否が気づかわれています…。

景太朗パパさん:えっ?、オーストラリア北部というと…、クイーンズランド州のあたりだなぁ…。

コメットさん☆:…あの、ケアンズのあたりですか?。

景太朗パパさん:うん。そういうことみたいだね…。ケースケの友だちは、どうしてるかなぁ?。…ランドルくんだったっけ。確か彼のご両親が住んでいるのは、クイーンズランド州だったはず…。

コメットさん☆:…ランドルさん…。

 7月も下旬。鎌倉は本格的な夏を迎えつつあった。今日は外の気温が30度になり、ツヨシくんとネネちゃんは、学校のプール指導に行っている。そろそろコメットさん☆も、頻繁に水遊びする季節だ。11時近くになったころ、コメットさん☆が景太朗パパさんと、テレビを見ていると、オーストラリアでの高潮被害のニュースを流していた。日本人船員の乗った漁船が、行方不明だと言う。

景太朗パパさん:また海難事故か…。波をよけきれなかったのかな?。ある程度船体が大きいと、方向を変えるにも時間がかかる…。

ケースケ:ちわーす。師匠!、師匠!。

 そんな時、玄関の引き戸を勢いよく開けて、ケースケがやって来た。コメットさん☆と、景太朗パパさんは、びっくりして顔を見合わせ、それから玄関に急いだ。

景太朗パパさん:おお、ケースケ、久しぶりだな。忙しくやってるか?。

コメットさん☆:ケースケ、いらっしゃい…。

ケースケ:師匠、こ、こんちは。コメットも…。あ、でもそれどころじゃなくて…。師匠、オーストラリアで漁船が!…。

景太朗パパさん:あ、ああ。今コメットさん☆とテレビで見ていたところだよ。まあ、こんなところで立ち話もなんだから、あがれよ、ケースケ。

ケースケ:し、師匠!。あの船には、オレのおやじが世話になった人が!…。

景太朗パパさん:な、なんだって!?。

コメットさん☆:ケースケ、それで、そんなに急いで…。

景太朗パパさん:…ま、まあとにかくあがれ、ケースケ。

ケースケ:は、はい…。

 

 景太朗パパさんは、ケースケとコメットさん☆を連れ、仕事部屋に行くと、コンピュータを起動し、インターネットの新聞社サイトを見て回った。しかし、ただ行方不明というだけの情報しかない。オーストラリア現地のサイトを見ても、はかばかしい情報は出てこなかった。

ケースケ:師匠…。どうなんですか?。

景太朗パパさん:…だめだ。テレビとたいして変わらない情報しかない…。どのあたりで行方不明なのかすら…。

ケースケ:師匠…。

景太朗パパさん:…この、村西静夫さんって人が、ケースケのお父さんの知り合いなのか?。

ケースケ:…そうなんです。…あの日、オレのおやじが死んだ日も、近くの船に乗っていた人で、おやじは若いころ世話になった人だって…、よく言っていました。

景太朗パパさん:そうか…。間違いないか?。

ケースケ:間違いないす…。

コメットさん☆:ケースケ…。

 コメットさん☆は、力無く語るケースケに、かける言葉は見つからない。

景太朗パパさん:どうするか…。よし、とにかく思いつくところに電話してみよう。ケースケとコメットさん☆は、リビングのテレビで、何か新しい情報が入らないか、見ていて。

ケースケ:は、はい。

コメットさん☆:はい。景太朗パパ…。

 景太朗パパさんは、電話に取り付き、ケースケとコメットさん☆は、普段と全く異なる空気を感じながら、リビングへ行った。そこにちょうど、ツヨシくんとネネちゃんが帰ってきた。

 

 40分ほどたったとき、リビングのいすには、ケースケと向かい合うように景太朗パパさんと、コメットさん☆が、じっと座っていた。ツヨシくんとネネちゃんも心配顔だ。

ツヨシくん:…どうするんだろ?。

ネネちゃん:ツヨシくん、しーっ。

景太朗パパさん:…ライフセーバーの協会に電話して、現地に問い合わせてもらったが、どうも必要な情報が入ってこない…。テレビのほうが詳しいな…。

ケースケ:…そうですか、師匠…。くそーっ、事態が見えてこねぇな…。

コメットさん☆:ケースケ、イライラしないほうがいいよ…。

ケースケ:そ、…そんなこと言ったってよ!…。…あ、…そ、そうだよな…。

 ケースケは、コメットさん☆のかけた声に、怒ったような表情で、やや大きな声を出したが、コメットさん☆が、びっくりしたような表情をしたのを見て、声のトーンをあわてて落とした。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、とてもイライラしてる。

ネネちゃん:当たり前でしょ。お父さんのお世話になった人が、いなくなっちゃってるんだよ?。

 ツヨシくんとネネちゃんは、ケースケやコメットさん☆に聞こえないように、ヒソヒソと会話した。緊張したような時間が流れていく。そのしじまを破るように、突然ケースケが、思い詰めた様子で切り出した。

ケースケ:オレ、現地に行きます!。師匠、なんとかオレを送り出して下さい。お願いします!。

景太朗パパさん:ケ、ケースケ、そんなこと言ったって…。ヨットで行くわけにはいかないぞ。

ケースケ:オレ、このままじゃ、何も手に着きません。行かせて下さい。

景太朗パパさん:…やめろ、ケースケ。無理だ。

 景太朗パパさんは、ケースケに静かに答えた。その声は、冷徹ですらあった。

ケースケ:…し、師匠、どうしてですか!?。オレらは海でおぼれてるかもしれない人を、放っておけません!。

景太朗パパさん:それとこれとは、話が別だ、ケースケ。

ケースケ:行って、オレが助けます!。

景太朗パパさん:だめだ。やめておけって。ぼくが言う意味がわからないのか?、ケースケ。

ケースケ:ああ、わかりません!。師匠は、そんな人だったんですか?。

景太朗パパさん:ケースケ、少し落ち着けって。

コメットさん☆:ケースケ…。お願い、少し落ち着いて。景太朗パパの話を聞いたほうがいいよ…。

景太朗パパさん:…いいかケースケ。こんな正確な情報もなしに、今お前が行っても、現地レスキューの足手まといになるだけだ。直接の関係者じゃないんだし…。それに、気象も何もかも、どうなっているのかわからない。そんな状況じゃ、結局情報が入るのを待つしかない。

ケースケ:師匠!。そんなこと、本気で言っているんですか?。命がかかっているんですよ!?。

景太朗パパさん:近所の話じゃないんだぞ、ケースケ!。

ケースケ:師匠のわからずや!。オレ、何とかして自分で行きますから!。

 ケースケは、そう言い放つと、リビングを出て、玄関へと小走りで行き、靴を履くのもそこそこに出ていこうとした。

景太朗パパさん:ケースケ、待てよ。待てって!。

コメットさん☆:ケースケ、ケースケったら!。待って。

ネネちゃん:私、ケースケ兄ちゃん追いかける。

 ケースケのあとを追うように、ネネちゃんとコメットさん☆が玄関から走り出した。ケースケは、もうどんどんと門の外へ出て、海のほうへ向かう道路へ走って行くところだった。

景太朗パパさん:…やれやれ。しょうのないやつだな…。そりゃ、ぼくだって、なんとかしたいとは思うさ…。ケースケの世話になった人なら、なおさら…。命がかかっているからこそ、やみくもに動けるわけはないのにな…。ふう…。

 一人リビングに残された景太朗パパさんは、一人ため息をつきながらつぶやいた。

 

 藤吉家から、稲村ヶ崎駅に向かう坂道を下り、コメットさん☆とネネちゃんは、ケースケを追いかけた。ネネちゃんのほうが、意外な足の速さで、コメットさん☆の前を行く。コメットさん☆は、玄関でサンダルを履くときに手間取ってしまい、かなり後ろから追いかけることになってしまった。

コメットさん☆:…はっ…はっ…、ケースケ、…いったい、どこまで走るの?。

 コメットさん☆は、ネネちゃんの背中、遠くにケースケの背中を見ながら、下り坂をずっと走った。

 やがてケースケは、江ノ電の踏切を渡り、七里ヶ浜の駐車場から海が見えるところまで来て、ようやく立ち止まった。景太朗パパさんに強がりを言ったが、もし本気でオーストラリアに行くとしたら、こんなところでもたもたしていることは出来ない。しかし、ケースケもまた、心のどこかでは、「どうしていいかわからない、どうにもならない、もどかしさ」を感じていたのだ。そこへネネちゃんが追いついてきた。

ネネちゃん:…ケースケ兄ちゃん…。帰ろうよ…。ここからオーストラリアは遠いよ?。

ケースケ:…う、うるさいな!。わかってるよ!。だけどよ、オレの気持ちが、子どものお前に何がわかるっていうんだよ!。

ネネちゃん:…ケースケ兄ちゃん…。…う、…うえ、うぇーーーーん…。

 つい怒鳴ってしまったケースケ。そこへコメットさん☆がようやく追いついてきた。ネネちゃんは、いつもは割とやさしいケースケが、突然怒りだしたので、びっくりして泣いてしまった。

ケースケ:…お、おい…。

 ケースケは、それでもネネちゃんが泣き出したのを見て、少しひるんだ。コメットさん☆は、ネネちゃんをそっと抱いてなぐさめた。

コメットさん☆:ネネちゃん、泣かないで。ね、大丈夫。

 ネネちゃんは、しくしくと泣きながら、コメットさん☆の胸に顔をうずめた。コメットさん☆は、ケースケを見るや、怒ったような顔で言った。

コメットさん☆:ケースケ、なんでネネちゃんにあたるの?。自分より小さな子に、大きな声を出して泣かせるなんて、いつものケースケじゃない!。

ケースケ:…う…。…う、うるせえ!。…みんな、オレの気持ちなんて、わからないくせに!。

コメットさん☆:…わからないよ。わからない!。だって、私もネネちゃんも、景太朗パパだって、ケースケ自身じゃないもの。…でも、そんな言い方するケースケって…、…き、きらい!。口も聞きたくない!。

ケースケ:…コ、コメット…。

コメットさん☆:…さ、行こうネネちゃん…。怖かったね…。もうおうちへ帰ろう。

 コメットさん☆は、泣きやまないネネちゃんの手を、そっと引きながら歩き出した。国道を渡り、江ノ電の踏切を越える。そしてそこでケースケのほうを一度振り返った。ネネちゃんは、まだしくしくと泣いている。コメットさん☆は、ケースケのことを認めると、すぐに「ぷい」と向き直り、そのまま家に向かう道を、足早に歩いて行く。ケースケは、それをぼうっと見ているしかなかった。

ケースケ:…くそっ!。

 ケースケは、コメットさん☆とネネちゃんの後ろ姿が遠ざかってしまうと、防波堤に、げんこつを思い切り打ち当てた。そのこぶしの、皮の薄い部分からは、血が流れ出した。ところがケースケがふと見ると、そこにはプラネット王子が、自転車のハンドルを持って立っていた。

プラネット王子:…聞かせてもらったよ。自転車で国道を走ってきたら、ただの散歩のつもりが、とんだものを見せられちまったぜ。

ケースケ:…お、お前…。

プラネット王子:どうしたんだ?。いつものお前らしくないな。女の子を二人も怒らせるなよ…。いい歳をして…。

ケースケ:プ…プラネット、お前…。い、いい歳って…。お前にそんなことを言われたくねぇよ。

 大形のカメラを肩に掛けたプラネット王子に、ケースケはそう言い返すと、気まずそうに視線をそらした。

プラネット王子:…コメットの言っていたことは、その通りだな。お前の気持ちなんて、お前自身しか、本当のところはわからない…。

ケースケ:……。

 プラネット王子は、自転車を手で支えながら、海で遊ぶ人々を遠く望みつつ言った。それに対してケースケは、防波堤の上に乗り、王子から視線をそらしたまま、同じように海の沖合を眺めた。

プラネット王子:それにしてもどうしたんだ?。わけを聞かせろよ。

ケースケ:……。オーストラリアで、高波で被害が出たのは知っているだろ?。…漁船が遭難しているんだ。それにオレの死んだおやじの、世話になった人が乗っている…。その人たちを放っておけない。助けに行きたい。だから師匠にも言ったんだ。助けに行かせて下さい、と。でも、答えは…。無理だし、情報が入らないからやめろって…。みんなオレの気持ちをわかっちゃいねえ…。オレは…、おやじを…。

プラネット王子:海難事故で亡くしたから、特別な思いがある…。そういうことだよな?。

 ぼそぼそと語るケースケの会話を、半ば遮るようにプラネット王子は、答えた。

ケースケ:…何で知っているんだ?。そんなこと、コ、コメットから聞いたのか?。

プラネット王子:まあ、そんなところだ。お前はその事故以来、ライフセーバーになった。海外と国内の大会に出て、いい成績を残し、何より何人もの人々の命を救った。そして今は、ライフガードとして、仕事をしながら夜間高校で勉強し、世界大会での優勝を目指す…。そうだよな?。

 プラネット王子は、ケースケの「経歴」を、すらすらと語った。ケースケは半ばびっくりしながらも、プラネット王子の顔をにらんで、それからまた視線をそらして答えた。

ケースケ:…もはや何でも知っているんだな…、お前はオレのことすら…。どうしてなんだ?。

プラネット王子:言っておくが、お前が今どうしているのか以外、オレはコメットに聞いた訳じゃない。コメットの思い出を通して、知ったに過ぎない…。

ケースケ:な、なんだって?。…し、知ったに過ぎないって…、コメットに、お前コメットに何かしたのか!?。

プラネット王子:何もしないよ。…まあ信じるか信じないかは勝手だが…、オレの国には、思い出を記録して再生できる装置がある。それを見ただけだ。

ケースケ:な…、何?。オレがそんなでたらめを信じると思っているのか?。そんなもの、この世にあるわけないじゃないか。思い出を記録して再生できるって…。ビデオじゃあるまいし…。それともビデオのことか?、それは。

プラネット王子:別に信じなくてもいい。…ライフガードとして、この海を、仲間の人々といっしょに守るのは、大変なことだ。それにはオレも感服した。お前はオレより、ずっとかがやいている。街で聞いたことだが、毎日のように、お前は海で人々を助け、勇気づけている。そのことは尊い。

ケースケ:…な、なんでそんなことを…。

 ケースケは、プラネット王子が意外なことを口にするので、とまどった。そして夏の暑い気温なのに、冷や汗のようないやな汗が、背中をつたうのを感じた。

プラネット王子:オレは、お前のそんな強い意志と、人のためになろうとする気持ちは、尊いことだと言っているんだ。だが、今お前がやるべきことは、遠くの、情報も十分に入らない場所へ、やみくもに突っ込んでいくことよりも、明日海でおぼれるかもしれない人を、助けることじゃないのか?。景太朗さんも、そういうことが言いたいんじゃないのか?。

ケースケ:…う…。

プラネット王子:もちろん、お前の気持ちもある程度わかる。オレだって、出来ることなら、何とかしたいと思うさ。でも、自分が本当に何が出来るか、何をやるべきか、その場で的確に判断するのが、責任ある人間のすることだろ?。違うか?。いつもこの海で人を救っているお前なら、それがどういう意味か、わかるはずだと思うがな。

ケースケ:…う、うぐっ…。

 ケースケは、痛いところを突かれたような気持ちがして、声に詰まった。

プラネット王子:…今日も明日もあさっても、この海で遊ぶ人を救ってやれよ。お前がいなかったら、みんな困るんだからさ…。それから、コメットや、コメットの家族に、あまり心配をさせるなよ…。

ケースケ:…お前、コメットの…。

プラネット王子:…フフフ。…それより見ろ。海水浴の人たちで満員だぞ、電車が。

 プラネット王子の指し示したほうには、江ノ電の踏切があり、いつの間にか鳴っていた踏切のところを、江ノ電の青い電車が通過して行くところだった。プラネット王子は、その電車を指さして、静かに言った。

プラネット王子:みんな楽しそうだ。浮き輪を持ってる子どもがいるな…。どうだ?。明日もあんなふうに、電車が楽しそうに走っていて欲しいだろ?。

ケースケ:…そ、そうだな…。

 ケースケは、電車を目で追うと、少し伏し目がちになって、静かに答えた。

プラネット王子:……コメットと、ネネちゃんに、謝っておくんだな…。さて、オレはコメットの様子を見てから帰るかな…。

 プラネット王子は、自転車のペダルに足をかけると、こぎ出そうとした。ケースケは、少しあわてて、プラネット王子に声をかけた。

ケースケ:…あ、おい。ま、待てよ…。

プラネット王子:なんだい?。

 プラネット王子は、自転車に足をかけたまま振り返るようにして答えた。

ケースケ:…お前、本当にコメットの、「思い出」を見たのか?。

プラネット王子:…ああ、見た。無気力だったオレを、変えてくれたよ…。

ケースケ:……。

 ケースケは、黙って視線を落とした。それを見ると、プラネット王子は、国道を渡って、稲村ヶ崎駅のほうに向け、自転車をこぎ出した。そうしてケースケの視界から消えた。

 

 午後になって、由比ヶ浜の海水浴場には、ケースケの元気のいい声が、波の音とともに響きわたっていた。

ケースケ:青木さん、この人気分が悪いそうです。タンカお願いします!。

青木さん:おうよ!。

初老の男性:すまんが、風でパラソルが倒れそうじゃ。孫がいますんでな。危なくて…。

ケースケ:はい。わかりました。今行きます。どの辺ですか?。

海水浴客:すみません、フロートにつかまって沖に出たんすけど、友だちが沈んでいた岩でケガして…。

ケースケ:…ああ、切り傷ですね。沖にいくつか隠れ岩があるんですよ。今満ち潮なんで、わかりにくいですが…。じゃオレの肩につかまって下さい。救護所で手当します。

 プラネット王子は、そんなケースケの様子を、ツキビトの上から見ていた。大きく膨らんで、由比ヶ浜の上に浮かぶツキビトから。となりには、ミラがいっしょだ。

プラネット王子:行けるか?、オーストラリアまで。

ツキビト:無理ちゃんです、そんな遠く。いくらわが王子の願いでも、飛んでは行かれないです!。

プラネット王子:そうだよなぁ…。仕方ないな…。気球でも呼ぶか…。

ミラ:本当に殿下は、オーストラリアまで行くんですか?。…それなら私もお供していいですか?。

 ミラは、少しほおを染めながら、小さな声になりつつ言った。

プラネット王子:ケースケってやつも、しょうがないやつだと思うけどさ、今度のことはほうってもおけないからな。いっしょに来てくれ、ミラ。

ミラ:…はい。喜んで。…今、気球呼びます。

 ミラはそう言うと、ツキビトの上で立ち上がり、バトンを出してタンバリン星国の乗り物である気球を呼んだ。

ミラ:…殿下って、本当はお人好しなんですね…。そんな殿下が…、私…。

プラネット王子:…ん?。

 そのころ、いつものように、由比ヶ浜にある「HONNO KIMOCHI YA」に、沙也加ママさんといっしょに来ていたコメットさん☆に、ラバボーが話しかけた。

ラバボー:…あれ?。今、一瞬「ほんわかかがやき」を感じたボ?。

コメットさん☆:ラバボー、誰の?。

ラバボー:んー、わからないボ…。姫さまに対してじゃないみたいだボ…。だから、ケースケでもないし…、ツヨシくんでもないボ…。

コメットさん☆:ケースケは、当分口聞いてあげない!。ネネちゃん泣かしたから。

沙也加ママさん:わあ、コメットさん☆怒ってるわね。ふふふふ…。そのうちにケースケも反省するわよ。

コメットさん☆:…そうかなぁ…。

 コメットさん☆は、ケースケという名前を聞いて、むっとしたような顔をしたが、沙也加ママさんに諭されると、ちょっと「そうかなぁ」とも、思ってみた。

 

 気球に乗り込んだプラネット王子と、ミラは、オーストラリア近海に向かった。急がないと、日が暮れてしまう。

ミラ:…カロン、しっかりやっているかしら…。

プラネット王子:ふふふっ。なんだか母親みたいなこと言うんだな、ミラは。

ミラ:…弟ですから…。心配です。

プラネット王子:まあ、無理やりのように、写真館の仕事、押しつけて来ちまったからな…。まったく、なんであの三島佳祐の代わりをしなくちゃいけないんだ、っていう感じだが、…人の命がかかっているしな。それに…、やつの様子を見ていたら、なんだか放っておけなくなってしまったよ…。

ミラ:…殿下ってやさしい…。

プラネット王子:えっ?。…そ、そう言われてもな。

 プラネット王子は、気球の手すりに手をのせて、ずっと下を見ていたが、ミラからの心に流れ込んでくる「あたたかさ」を感じ、顔を上げてミラを見た。

 そうしているうちに、気球は低気圧のずっと上を飛んで、いよいよオーストラリア近海に近づいた。

プラネット王子:やれやれ、上を飛んで正解だったな。海面に近いところを飛んでいたら、オレたちも低気圧に巻き込まれていた。しかし、漁船はいったいどこなんだろう?。星力で探すか。

 プラネット王子は、バトンを出すと、船の位置を指し示すように、星力をかけた。すると、程なく遠くの空を、黄色くまばゆい光が指し示した。

ミラ:あ、殿下、あっちです。

 それを先に見つけたミラが叫んだ。

プラネット王子:よし。あそこへ飛ばそう。

 そこは行ってみると、かなり荒れた海だった。まだ低気圧の勢力は強く、漁船を翻弄していた。そればかりでなく、プラネット王子とミラの乗った気球も、強い風に流されそうになる。

船員A:Rudder isn't effective!. (舵が効かない!)

船員B:I find such a thing. (そんなことはわかっている)

船員C:Do not take a body in the wave!. (波で体を持って行かれないようにしろ!)

 船員たちの叫び声が聞こえる。完全に漂流してしまっているようだ。舵が壊れているらしい。

プラネット王子:うわっ…。風が強いぞ。ミラ、気を付けろよ。…あの船か。操舵が効かないらしいな。よし、捜索隊がそこらにいるはずだ。そこまで星力で飛ばしてしまおう!。

ミラ:殿下、空を飛ばすんですか?…。それは…。

プラネット王子:急いで助けないと!。それに、うっかりしていると、オレたちもやられるぞ。

 プラネット王子は、揺れる気球で足を踏ん張ると、あっさりとバトンを振り、船を海面から浮かせ、そのままかなり離れたところにいた捜索隊の船の脇まで飛ばし、海面にふわりと浮かべ直した。あっと言う間の出来事に、ミラもびっくりしたが、もっとびっくりしたのは、船員たちと、捜索隊の人々だったのは、言うまでもない。

船員C:What!?. (なんだ!?)

船員A:Suddenly, The wave becomes quiet. (…突然、波が静かになったぞ?)

船員B:Look!. It's a rescue party ship. (見ろ!、捜索隊の船だ!)

船員C:Oh!, We were rescued. (オレたちは助かったんだ!)

捜索隊員:Are you OK?. Injured?. (大丈夫か?。ケガしているか?)

船長:There is no injured crew in us. Thank you. (けが人はいない。ありがとう)

 プラネット王子とミラは、船員たちが、なんとなく目を白黒させて、不思議そうにしているのを見た。そして、彼らが捜索隊の船に乗り移るのも見届けた。

プラネット王子:やれやれ。これで一安心だな。ちょっとばかり驚かしたようだけど、まあいいだろう。どうやらけが人もいないようだし。三島佳祐のおやじさんが世話になったっていう人も、これで助かるだろ。

ミラ:よかった…。…殿下、…ステキです…。

プラネット王子:…すすす…、ステキって…。と、とりあえず急いで帰るぞ。日が暮れるし…、そ、それにヘリコプターも飛んでいて、オレたちも見つかってしまいそうだ…。

 ミラの突然の言葉に、プラネット王子は一気に気恥ずかしくなり、あわてて気球を動かして、一路七里ヶ浜に向かって飛ばした。ミラの目は、プラネット王子を見つめて、まぶしそうだった。

 

 その日の夜のテレビニュース。キャスターは、オーストラリア沿岸の被害状況とともに、漁船が救助されたニュースを伝えていた。

ニュースキャスター:…行方不明になっていた漁船は、漂流しているところを奇跡的に発見され、日本人乗組員、村西静夫さんを含む全員が、ケガもなく救出されました。捜索にあたっていた警備隊によりますと、漁船の船長は、「黄色い光が射したと思ったら、捜索隊の船が近くにいた」と話しており、漂流しているところを、偶然捜索隊の船に発見されたと見られる、とのことです…。

景太朗パパさん:おっ、よかったなぁー。全員無事だ。ケースケのおやじさんがお世話になったという、村西さんも無事だよ。

 景太朗パパさんの声に、キッチンで牛乳を飲んでいたコメットさん☆と、ネネちゃんは、急いでテレビのそばにやって来た。

コメットさん☆:わあ、よかった。

ネネちゃん:…ケースケ兄ちゃん怖かった。

コメットさん☆:ネネちゃん。大丈夫だよ。たまたまケースケはイライラしていただけだよ。私から、強く言っておくから。ね?。

ネネちゃん:うん…。

景太朗パパさん:…うーん、ケースケの気持ちもわかるけれど…、自分より年下の子に、大きな声を出すというのは、感心しないねぇ…。まあ、そのうちにまた、顔を出すんだろうが…。

コメットさん☆:そうでしょうか…。

景太朗パパさん:あれで謝りに来られないようなら、ケースケも、大人とは言えないさ。

 コメットさん☆が、景太朗パパさんの答えに、少し微笑んだとき、リビングの電話が鳴った。さっとコメットさん☆が取る。

コメットさん☆:はい、藤吉です。

ケースケ:…コ、コメット?。…あ、あの、昼間はごめん…。オレ、なんか一人であわてててさ…。本当にごめん…。漁船、無事救助された。

コメットさん☆:ケースケ…。…いいよ、私は…。でも…、謝ったほうがいいよ。景太朗パパに…、ネネちゃんにも。ネネちゃんとても怖がっていたよ。

ケースケ:あ、ああ…。もちろん、そのために電話したんだけど…。…し、師匠いるか?。…怒ってるかな?…。

コメットさん☆:大丈夫だと思うよ。今代わるね。…あ、ケースケ、あとで私に電話戻してね。ネネちゃんの代わりに、私から言いたいことがあるから。

ケースケ:…わ、わかったよ…。

 コメットさん☆は、わざときびしい言い方をして、ケースケをやりこめたあと、後ろを振り返り、景太朗パパさんに受話器を渡した。そして、ネネちゃんににこっと微笑んで合図した。ネネちゃんは、やっとコメットさん☆の顔を見て、少し微笑んだ。

 同じニュースを見ていた、プラネット王子とミラとカロン。ミラはニュースを見ながら、そっとつぶやいた。

ミラ:殿下のしたことは、誰にもわかってもらえないんですね…。

プラネット王子:いいんじゃないか?、それで。わかってもらおうとも思わないよ。自分が納得できれば、それでいいってことさ。

ミラ:殿下…。やっぱりステキです…。

プラネット王子:なな、なんだよ、それは。さっきから…。

カロン:姉さま、言っていることがなんか変だよ?。

ミラ:……。

 ミラはうつむいて、恥ずかしそうにした…。

 

 人の心を理解するのは難しい。その人が思っていることの全てが、わかりはしないから。しかし、それを「あなたには私の気持ちは、何もわからない」と、言い切ってしまうとすれば、友だちの関係も、恋人も、家族も、何もかも、およそ人と人とのつながりは、期待できなくなってしまう。人の気持ちの全てなど、わからないからこそ、人はいろいろな手段を使って、その気持ちを伝えようとする。たとえそれが、全て届かなくとも…。

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★第213話:海は招く−−(2005年8月上旬放送)

メテオさん:…あー、まただめだわったら、だめだわ!。

 メテオさんは、さっきから、あっちこっちに電話をかけては、乱暴に受話器を置いていた。

ムーク:姫さまー、そんなに思いっきり受話器を置くと、電話が壊れてしまいますが…。

メテオさん:そんなことは、わかっているわよ!。…でも、どこも満員じゃないのー!。

ムーク:そりゃあみなさんお出かけになる、夏休みのシーズンですからね。

メテオさん:こ、こんなことなら、もっと早くに決めておけばよかったじゃないのったら、よかったじゃないのー!。

ムーク:仕方ありませんな。

 ムークは、素っ気なく答える。一方メテオさんは、旅行雑誌を床一面に広げながら、ずっと電話をかけ続けていた。夏の旅行を、今から予約しようと言うのだ。しかし、7月の終わりに、8月の予約など、なかなか取れないのであった。

 

景太朗パパさん:ええー!?、今年もまたメテオさんが?。

コメットさん☆:はい。また西伊豆だそうですけど…。

景太朗パパさん:そうかぁ…。

ツヨシくん:やったぁ!。また西伊豆ってところに行けるの?。

ネネちゃん:お水がきれいで、お魚さん見えるんだよね。

景太朗パパさん:ツヨシとネネは、前と同じところでいいのか?。もっといろいろなところへ行かなくてもいいのかい?。

ツヨシくん:うん。またコメットさん☆と泳ぎたい。

ネネちゃん:私、メテオさんに、また水泳教えて欲しいもん。

景太朗パパさん:コメットさん☆は?。

コメットさん☆:私ですか?。…私も、また海に潜って、お魚さんが見たいです。

景太朗パパさん:そうか。パパは、涼しい山のほうに行こうかと思っていたけど…。みんながそう言うなら、やっぱり夏は海にして、山は秋にしようか。…それにしても、メテオさんにはお礼しないといけないなぁ。いつもいつも。

ツヨシくん:海、海ー!。

ネネちゃん:海は、鎌倉にもあるけど、西伊豆はすいてるからいいよね。

 コメットさん☆は、そっと微笑んだ。あの思い出深い海は、また今年どうなっているだろうと思いをはせながら…。

 夕方になって、旅行の計画は、お店から帰ってきた沙也加ママにも伝えられた。行先は西伊豆・松崎のホテル。たまたまキャンセルが出て、そこになったと。

沙也加ママさん:今年は、プラネットくんたち行かないの?。

コメットさん☆:メテオさん、誘ってみたそうなんですが、なんかプラネット王子は、ミラさんとカロンくんといっしょに、みちるちゃんも連れて、四国に行くそうです。

沙也加ママさん:そうなの。みちるちゃんって、あのバトンクラブでいっしょだった子?。

コメットさん☆:はい。

沙也加ママさん:カロンくんは、みちるちゃんが好きなんでしょ?。

コメットさん☆:…そうですね。なんか最近デートとかしてるみたい…。

沙也加ママさん:そっか…。それで、うちのほうは、ラバピョンちゃんとラバボーくんどうするの?。

コメットさん☆:…えへっ。また二人とも、人の姿にして…。

沙也加ママさん:そうね。そのほうがいいわね。

コメットさん☆:部屋も、そのつもりで取ってあるみたいです、メテオさん…。

沙也加ママさん:…さすがメテオさんね。ふふふふ…。

 

 8月になって、いよいよ旅行の日、一昨年同様藤吉家のみんなは、歩いてモノレール鎌倉山駅に向かった。

景太朗パパさん:いやあ、暑いねぇ…。まだ朝だっていうのに、もう30度越したかなぁ…。

沙也加ママさん:みんな大丈夫?。熱射病にならないでねー。

コメットさん☆:はーい。

ツヨシくん:ほーい。

ネネちゃん:はーい。

ラバピョン:はいなのピョン。

ラバボー:はい、大丈夫ですボ。

 夏の日ざしは、駅まで10分ほどの道をも強く照らす。まだ午前中なのに、照りつける日は、もうかなり暑い。今日も暑くなりそうだ。道からの照り返しは、みんなの額に、汗を光らせる。

 やがてモノレールの鎌倉山駅についたみんなは、ホームへのエスカレータを上がる。結構汗をかいてしまったが、エスカレータの途中から、コメットさん☆は駅前の桜の木を見た。何しろかつて自分で植えたものだから…。桜は枝を伸ばしつつあり、夏の葉っぱは、青々として元気そうだった。それを見たコメットさん☆は、ちょっと安心した。

 モノレールが大船駅に向かうころ、コメットさん☆は、やっぱりケースケのことを思い出していた。ケースケは由比ヶ浜で、今頃忙しく働いているはずだ。もちろん、今年もいっしょに旅行なんて行かれない。数年前のようには、とっくに行かなくなっていた。それだけケースケの責任も、重くなっているということ。そのことは、コメットさん☆としても、喜ぶべきなのかもしれないが、みちるちゃんはカロンといっしょに四国に行くと言い、ラバボーとラバピョンは今年も楽しそうに二人、海で遊ぶのだろう。そう思うと、少し寂しい気持ちもわく。コメットさん☆は、あらためて、由比ヶ浜のあるはずのほうを、走るモノレールの窓からじっと見た。

 大船駅でメテオさんと合流し、みんなを乗せた特急「踊り子号」は、一路下田を目指して走り出した。下田でレンタカーのワゴン車を借りて、西伊豆へ…というコースを予定しているのだ。

 特急は、どんどんと駅を過ぎていく。こういうことでもなければ、通りもしない駅を。そして、コメットさん☆は、知りもしない街を通過していく。熱海から伊豆半島に入り、いよいよ伊豆の海岸線を走りはじめる。電車の窓から見える青い海が、みんなの気分をもり立てる。今日も天気は晴れていて、海はくっきり見える。

コメットさん☆:青い海だね、ツヨシくん、ネネちゃん。

ツヨシくん:うん。さっきヤシの木が立っていたよ。

ネネちゃん:うちの近所の海岸通りにも、立っているよ、ツヨシくん(※下)

ツヨシくん:そりゃそうだけどさー。

景太朗パパさん:おっ、サーフィンしている人がいるな。ほら…。

 景太朗パパさんは、窓に貼り付くようにして、外を見ているコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんの後ろから、指をさした。その先には、伊東のそばの小さな浜で、サーフィンの練習をしている人が、ちらっと見えた。

コメットさん☆:ほんとだ…。

ツヨシくん:もう、見えなくなっちゃったよ、パパ。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。あははは…。電車は結構速いからね。

ネネちゃん:私見えなかったぁ…。ママとラバボー、ラバピョンとメテオさんは?…。…寝てる。

景太朗パパさん:朝早かったからかな?。いつもとそんなに変わらないんだけど…。みんな寝ているね。そっとしておこう。

コメットさん☆:はい…。

 沙也加ママさんと、メテオさん、ラバボーとラバピョンは、通路の反対側の、4人向かい合わせにした席で、うとうと眠っていた。ラバボーとラバピョンは、寄り添うようにしている。コメットさん☆は、それを見て、少し微笑んだが、ちょっと複雑な気持ちにもなるのであった。うらやましい、というわけでもないけれど、「いつか、誰かと…。誰かって…、誰?」という思いも、それには含まれている。そんなコメットさん☆の気持ちをもいっしょに乗せて、特急は停車と走行を繰り返す。そして東伊豆海岸線を走り、遠くに伊豆大島を見ながら、トンネルをくぐりつつ、走り続ける。

景太朗パパさん:東海岸は、伊豆でも波が荒いね。

コメットさん☆:ほんとだ…。これじゃあ泳げないかも…。

 景太朗パパさんとコメットさん☆は、窓の外に見える磯を見ながら語り合った。

景太朗パパさん:同じ相模湾なのに、ずいぶん違うよね。

ツヨシくん:三角波が立っているよ、遠くのほう。

ネネちゃん:パパ、着いたら泳げないの?。

景太朗パパさん:大丈夫だよ。西伊豆は全く違う波の様子だからね。鎌倉はさ、沖から来る波が、前に突き出ている房総半島で、かなり弱められるんだよね。だから房総半島の波が3メートルとかあっても、由比ヶ浜は1メートルだったりするのさ。それと同じように、東伊豆は沖からの波に直接さらされるから、いつも結構波がある。けれど、西伊豆はその反対側に入って、駿河湾というところになるから、波は穏やかなことが多い。

コメットさん☆:それでなんですか。ずいぶん電車の窓から見るのと、実際の海が違うなぁって思ったんですけど。

景太朗パパさん:そういうことさ。

 沙也加ママさんとメテオさん、ラバボーとラバピョンが目を覚ますころ、電車は海から離れて、やや山よりに走り、やがて終点の下田に到着した。

 

 下田でお昼ごはんを食べたみんなは、景太朗パパさんが運転するレンタカーのワゴン車に乗り、今来た線路に沿って、やや引き返すかのように走ってから、西伊豆に続く峠に向かった。

メテオさん:あーあ、なんだか損しちゃったわったら、損しちゃったわ。

コメットさん☆:メテオさん、何で?。

メテオさん:だって、電車の窓から景色見ようと思っていたのに…。

コメットさん☆:うふふ…。メテオさん、ずっと寝てたもんね。

メテオさん:そうよったら、そうよったら、そうなのよ!。起こしてくれればいいのに…。

沙也加ママさん:まあ、メテオさん。それなら誰かに頼んでおかないと。…そういう私も、ずっと寝ちゃったわ…。首が痛い…。

ツヨシくん:ママもメテオさんも、ずっと起きないんだもんね。

ネネちゃん:でも、ラバボーとラバピョンはラブラブのまま寝てたよね。

ラバピョン:…恥ずかしいのピョン。

ラバボー:ラバピョンといっしょに旅行なんて、もう夢見心地だボー。

メテオさん:ちょっとお!、二人ともくっつき過ぎよ!。まったく。

コメットさん☆:ふふふっ…。

 コメットさん☆は、ちょっと笑った。そして走る車の窓から外を見た。山が迫り、くねくねした道を走り抜けるところだった。この場所を抜けると、峠を越えていよいよ松崎町だ。

景太朗パパさん:よーし。トンネルだ。これを越えれば西伊豆だぞ。

ツヨシくん:わーい、トンネル、トンネル。

ネネちゃん:わあ、中はオレンジ色だ。

 ネネちゃんは、トンネル内を照らすオレンジ色の光に、思わず目を見張った。

メテオさん:何よ、トンネルの中はたいていこんな色じゃない。

ネネちゃん:そうだけどぉ。何か、少し遠くに来たから、近所のトンネルとは違う感じ。

メテオさん:…まあ、そう言われれば…、そう、…かしら。

 メテオさんも、さっさと通り抜けてしまったトンネルを振り返りながら、何となくいつもと違う気持ち、それは何となくワクワクするような感じがしている自分に気付いた。そんな「いつもと違う」気持ちを乗せながら走り、やがて車はホテルに着いた。

 ホテルの駐車場に止めた車から、みんなは降りて、それぞれの荷物を手に持った。コメットさん☆も同じようにしながら、防波堤の向こう、目の前に広がる海に向かって背伸びをした。

コメットさん☆:んんーーーーっ。はぁっ。…潮の香り。

 ざざーっ、ざざーっ。海は穏やかな波で、コメットさん☆を今年も迎えてくれた。ツヨシくんがそっと、コメットさん☆の手を取るとつぶやいた。

ツヨシくん:コメットさん☆、今年もいっぱい泳ごうね。

コメットさん☆:…あはっ。そうだね、ツヨシくん。

メテオさん:ラバボー、ラバピョン、今年もバリバリ泳ぐわよったら、泳ぐわよ!。

ラバボー:うわあ、メテオさま、なんだか盛り上がっているボ。

ラバピョン:メテオさまのかがやき、たっぷりなのピョン。

 

 ホテルのチェックインまでは、少し時間があったので、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、海が見渡せるラウンジで、お茶を飲みながらくつろぐことにした。コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、メテオさん、ラバボー、ラバピョンは、ホテル地下の更衣室で、さっそく水着に着替え、目の前の海に飛びだした。簡単に体操をすると、すぐに水に飛び込む。白っぽい砂は焼けつくようだ。

ラバピョン:きゃはっ。水あったかいのピョン。

ラバボー:ラバピョンの水着姿、いつもかわいいボー。

メテオさん:…ムーク、今頃どうしてるかしら…。

コメットさん☆:ムークさん、星国に帰ってるの?。

メテオさん:ええ…。だって、家族がいるじゃない…。

コメットさん☆:…そうだね。ね、メテオさん、いっしょに泳ご。

ツヨシくん:そうだあー。メテオさんに水かけよう、それー!。

ネネちゃん:私もー。

 膝下まで水につかりながら、水平線を眺め、そっと話をしていたメテオさんとコメットさん☆。ツヨシくんとネネちゃんがさっそく水鉄砲やバケツで、ざばざばと水を、メテオさんにかけた。

メテオさん:わ…ぷ…。や、やったわねー。まてぇー!。

 メテオさんも負けじと、沖側に逃げるツヨシくんとネネちゃんを、泳いで追いかけた。コメットさん☆も、あとを追う。

コメットさん☆:あははっ…。メテオさんも楽しそう。

 松崎海岸は、それほど混雑することもなく、水も澄んでいた。波は穏やかで、コメットさん☆が腰くらいの深さで立ってみると、足元がそこそこ見える。そんなコメットさん☆に、何となくツヨシくんは寄り添っていた。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、何かが海の底を…。

コメットさん☆:えっ!?、な、何だろ?。

 コメットさん☆の足元を、なんとなくいっしょになって見ていたツヨシくんは、海の底に動くものを見た。さっと水に潜ってみると…。

ツヨシくん:…カニ!。カニが走っていったよ!。

メテオさん:なあに?、カニ?。カニって、あの横に歩くカニ?。

ネネちゃん:カニがいるの?。

ツヨシくん:このくらいの大きさのカニが、向こうに向かって走っていったよ。すばしっこいの。やっぱり横向き。

 ツヨシくんが、手で大きさを示し、それから沖目を指さして言った。コメットさん☆も、ハサミではさまれたらどうしよう、などと思いながら、そっと水の中に顔をつけた。海の底は薄緑色にやや濁っていて、足元の近くはよく見えても、遠くはよくわからなかった。

コメットさん☆:…もう、いないね。

ツヨシくん:…うん。逃げちゃった。

 ぱしゃぱしゃぱしゃ…。ところが二人が顔を上げると、今度は近くで小さな魚の群が、水面を跳ねながら横切っていった。

ツヨシくん:あっ。魚!。

ネネちゃん:あ、ほら、メテオさん。

メテオさん:…な、何かしらあれ。

コメットさん☆:何だろうね?。

ツヨシくん:小さい魚だけど…。10センチくらいはあるかな…。あ、どんどん遠くで飛んでるよ。

コメットさん☆:こんな海水浴場でも、魚やカニがいるんだね。びっくり…。

メテオさん:前に七里ヶ浜の砂浜でも、小さい魚が打ち上げられて、大騒ぎになっていたわ。

コメットさん☆:ええっ?。そんなことあるんだ。うふっ…。海って、何がいるかわからないね。

 そこにちょうど、少し離れたところで遊んでいたラバボーとラバピョンが戻ってきた。

ラバボー:姫さま、魚が跳ねて行ったボ。

ラバピョン:青というか、黒いような魚だったのピョン。

コメットさん☆:うん、今見たよ。ツヨシくんの真後ろから、左のほうに跳んでいった。

ラバボー:海はいろいろな生き物がいるボ。生き物のかがやきいっぱいだボ。

ラバピョン:当たり前なのピョ?。山だって同じピョン。

ラバボー:そうだボ。ラバピョンの言うとおりだボ。

メテオさん:またついていけないこと言ってる…。ラバボー、あなたには主体性というものがないの?。……もう、せっかくだから、少し散歩しましょ。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:はーい。

コメットさん☆:私もはーい。

メテオさん:な、何なのよ…。

 メテオさんの一声で、みんなサンダルを履いて、浜のはずれにある弁天島遊歩道を歩いてみることにした。前に来たとき、既に歩いたことはあるのだが、今年もおんなじ様子かどうか、つい何となく歩いてしまうのだ。

メテオさん:ホテルが見えるわ。

コメットさん☆:ほんとだ…。ここからはきれいに見えるんだよね。

ツヨシくん:あ、思い出した。前もここ通って見た。

 遊歩道の始まりのところにある、大きな岩の上からは、ホテルが青空に映えてよく見える。

ネネちゃん:この先は山道だよ。大丈夫かなぁ?。ヘビいない?。

ツヨシくん:ヘビいないよ。ヘビは海水が嫌いみたいだから。トカゲはいるかも。

ネネちゃん:ええー?。ネネちゃんトカゲも嫌い。

ツヨシくん:大丈夫。ぼくがおっぱらう。

コメットさん☆:わあっ、ツヨシくん、頼もしいね。

ツヨシくん:…え、あ、うん…。

 ツヨシくんは、少し気恥ずかしそうに、かぶっていた麦わら帽子のつばを降ろした。弁天島遊歩道は、遊歩道として整備されているが、かなりアップダウンもあり、途中はまるで山道なところもある。みんな水着姿。ノカンゾウの花が、さりげなく咲いている脇を、注意深く歩く。高いところからは、遠く御前崎も見える。

コメットさん☆:…遠くの海が、輝いている…。

ツヨシくん:ほんとだ…。キラキラしてるね。

ラバボー:さ、ラバピョン、ボーの手をしっかり握るボ。

ラバピョン:ありがとうなのピョン。ラバボーは、やっぱりやさしいのねピョン。

メテオさん:はあ…。ここに来てまで、ひたすらアツアツな二人…。熱出そ…。

 メテオさんは、うなだれるようにしてつぶやいた。

 やがて細い道は、沖側の磯のところに出た。ここはきつい下りの階段になっている。

メテオさん:みんなケガしないでよ。私たち、今水着しか着ていないから、滑ったり、ぶつかったりするだけで、すぐケガするわよ。

 メテオさんが、まるでお母さんのようなことを言う。時々メテオさんは、ちょっと前のように、独りよがりなことを言い続けるメテオさんではなくなるのだ。それは、イマシュンという恋人を得て、メトという言葉の通じない「同居者」を得たから?。

コメットさん☆:よいしょ。ツヨシくん、ネネちゃん気をつけてね。

ラバボー:ラバピョン、ボーの手を取るボ。

ネネちゃん:ラバボーって、ぜんぜんコメットさん☆のお供してないよね。

ツヨシくん:いいじゃん。ぼくがコメットさん☆のこと守るもん。

ネネちゃん:ツヨシくんたら、そんな特別な力があるわけじゃないのに…。

ツヨシくん:あるよ!。

 ラバピョンのことを心配したっきりなラバボーを見て、ネネちゃんがツヨシくんの肩をつついてささやいた。もちろんコメットさん☆には聞こえないように…。ツヨシくんも妹のそれに、そっと答える。

コメットさん☆:わあ、磯のところに、深い穴があるよ。どのくらい深いのかな?。

 コメットさん☆は、遊歩道が比較的平らになっているところで、磯によくある「タイドプール」を見つけた。おととしは、遠くを見ていて、つい気付かなかったのだ。

メテオさん:どれよ?。これ?。今は引き潮なのかしら?。

コメットさん☆:えーと、今日は2時過ぎ頃が引き潮だって、景太朗パパが言ってた。

メテオさん:それならたいしたことはないんじゃないの?。この遊歩道までは、満ち潮でも水かぶらないでしょ?。

ラバボー:ボーが入ってみるボ。

 ラバボーは、遊歩道の低い防波堤を乗り越えると、すぐ下にある磯に降りた。そして丸い穴のように深くなっているタイドプールをのぞき込んだ。

ラバピョン:何かいるのピョ?。気をつけるのピョン。

ラバボー:…何もいないボ。完全に水が来ないわけじゃなくて、時々波が来るところだから、魚がいても、すぐに逃げちゃうボ。

コメットさん☆:どう?。ラバボー。

ラバボー:よっと…。わわっ、結構深いボ。ボーの胸まであるボ。

コメットさん☆:水冷たい?。

ラバボー:それはたいしたことはないボ。

 コメットさん☆は、ちらっと空を見上げた。かっと照りつける太陽が、みんなの体を照らしていた。コメットさん☆につられて空を見たメテオさんも…。

メテオさん:あー、そう言えば…。私日焼けするかも…。

コメットさん☆:あ、メテオさんは、少し日焼けするんだよね。

メテオさん:そうなのよったら、そうなのよー。いいわねぇ、コメットは。日焼けしないなんて…。

コメットさん☆:そうだけど…。一人だけ日焼けしないのも、なんだか目立っちゃって…。

ネネちゃん:星力で日焼けしたようになれば?。コメットさん☆。だめなの?。

コメットさん☆:だめじゃないよ。だめじゃないけど…。突然日焼けした感じになるのも、なんだかケースケとか、びっくりするかなぁって…。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。ぼく日焼けしないコメットさん☆のほうが好き…。なんか太陽に負けないっ、て感じで。

ネネちゃん:あのねー、ツヨシくん。ツヨシくんの好みの話じゃないでしょ、今はぁ!。

コメットさん☆:うふふふ…。困っちゃうなぁ…。

 コメットさん☆は、そう言いつつも、にこっと微笑んだ。

メテオさん:(…あら?。…まただわ…。さっきからなんか不思議な感じがするのよね…。なにかしら、このかがやき…。)

 メテオさんは、コメットさん☆とツヨシくんのやりとりを何となく見ていて、今まで感じたことのない、ふんわりとしたかがやきを、さっきから感じていた。メテオさんは、それが何であるか気になったが、よくわからない。

コメットさん☆:わはっ。私も胸くらいまであるよ、この穴。ツヨシくん、ネネちゃんおいで。面白いよ。

 メテオさんが、ぼんやりと考えているうちに、コメットさん☆はツヨシくんの手を引いて、時々波がかかる磯のタイドプールに入ってみているところだった。

ツヨシくん:えへへー。コメットさん☆といっしょ…。わあっ、こ、この穴結構深い…。

ネネちゃん:ツヨシくん、そんなに深いの?。…コメットさん☆の肩にぶら下がってるの?。コメットさん☆守るんじゃなかったの?。

 ツヨシくんは、意外な深さに思わずコメットさん☆にしがみつきそうになった。が、コメットさん☆の肩に両手を乗せたところで、ちょうど足が立った。

ツヨシくん:…はあ、足立った…。

コメットさん☆:ツヨシくん、大丈夫だよ。

ツヨシくん:コメットさん☆の後ろ側、もっと深いのかと思った…。焦った…。

メテオさん:…まるで親子みたい…。

 そんな様子を見ていたメテオさんは、ぼそっとつぶやいた。

 磯で水の中を見たりして、ひとしきり遊んだみんなは、また遊歩道を歩き出した。そして遊歩道の先端にある曲がり角のようなところを曲がると、目の前には狭いトンネルが現れた。人一人がやっと通れるくらいの狭さ。ツヨシくんやネネちゃんでも、頭が天井につかえるほど狭い。そこを通して、風が吹いてくる。トンネル手前の歩道両側は、深そうな岩場の海と、切り立ってそびえる岩山だ。

コメットさん☆:わあっ、すずしい風…。

メテオさん:ほんとだわ。寒いくらい…。

ネネちゃん:ここ、いつもちょっと怖い…。

ツヨシくん:大丈夫だって。

ラバボー:ラバピョン…。

ラバピョン:大丈夫なのピョン。夜の森の中のほうが、よっぽど怖いのピョン。

コメットさん☆:そ、そう言えば、そうかも…。

 みんなは足元も暗いトンネルを抜けるために、そっと一歩ずつ、注意深く歩いた。海水が流れていて、じめじめした空気の濡れた道。海の波に合わせて、ごぼごぼと音をたてる足元。人が通ろうとすると、ささっと逃げるカニとフナムシ…。いつもここは何となく、怖いような感じ。ところがツヨシくんとラバピョンは、まるっきり平気な様子だ。

ツヨシくん:ほーら、何でもないじゃん。

メテオさん:何かあったら、たまらないわよ!。

ネネちゃん:そうだよ、ツヨシくん。歩いているのが小さいカニさんでも、なんか怖いもん。

コメットさん☆:そうだね。このトンネルって、夜は怖そう…。

メテオさん:いやなこと言わないでよ。夜に何でこんなところ歩くのよー!。

ラバボー:姫さま、夜こんなところ歩く人はいないボ。

コメットさん☆:あ、あはっ。そうだよね。そんなことする人いないか。

 みんなはやっと弁天島を一周して、元の海岸に戻ってきた。だいぶ傾いた日が、海岸を照らしている。その光は、コメットさん☆たちみんなを、再びじりじりと照らす。

メテオさん:さあ、もう一度水に入ったら、ホテルに入りましょ。

ネネちゃん:はーい。

ツヨシくん:はーい。

コメットさん☆:コメットさん☆もはーい。

メテオさん:…あのねぇ…。何なのよ…、コメットったら。お子ちゃまたちはともかく…。

ラバボー:今日も夕日がきれいそうだボ。ラバピョン…。

ラバピョン:知っているのピョン。おととしも来たのピョ?。

ラバボー:…そ、そりゃそうだけど…。

 ラバボーは、さらりとラバピョンにさらっと切り返され、言葉に詰まった。

 

 夕方近くまで、松崎海岸で遊んだコメットさん☆たちは、景太朗パパさんと沙也加ママさんとともにホテルにチェックインした。人数が多いから、4つの部屋に別れて泊まる。景太朗パパさんと沙也加ママさん、ツヨシくんとラバボー、ネネちゃんとラバピョン、そしてコメットさん☆とメテオさんである。

 メテオさんとコメットさん☆は、同じ部屋に入ると、荷物を降ろして、サンダルも脱ぎ、部屋履きのスリッパに履き替えた。さっきまで着ていた水着を、バスルームで順番に洗うと、バルコニーに張られたひもに下げて干した。バルコニーには、夕日が射し込んでいる。その日はまだまだ暑い。

コメットさん☆:はぁっ!。いいなー、夕日がきれいだよ。青い海と赤い夕日…。誰かに見せたいような…。

メテオさん:誰かって、誰よ?。

コメットさん☆:誰かって…、誰だろ?。あはははっ…。

 メテオさんは、コメットさん☆といっしょに部屋のバルコニーから、夕日を見て言った。メテオさんは干した水着の形を整えている。シックなブラウンの、ワンピース水着。もっと派手なものも持ってきているが、それは明日披露するつもり。コメットさん☆もまた、今日の水着は、今年よく着ているほうの、花火のような色とりどりの柄のやつ。

 沖合に並べられた消破ブロックをかわすように、小さな漁船が帰ってくるのが見える。海の左の方には、小さな漁港が見える。海はどこまでも穏やかで、下に見える浜からは、波の音が、「ざざーっ、ざざーっ」と聞こえる。

コメットさん☆:…波の音。ずっと聞こえるね。

メテオさん:そうだけど?。どうしたのよ?。なんかコメットは、さっきから言っていることが変だわ。

コメットさん☆:そ、そうかな?。

メテオさん:なんだか、やたら詩的になってくれちゃったりしてるわ。

コメットさん☆:……。だって、こんなに静かにじっくり海を見ることなんて、あんまりないんだもん…。

メテオさん:……そう。じゃごゆっくり…、と、言いたいところだけど…、そうね、私たち海とそんなに離れてないところに普段住んでいて、よくその海で遊ぶけど、地球に来るまで、そんなこと考えもしなかったし…。考えてみれば不思議だわ。これも、星の導きかしら…。

コメットさん☆:…うん。たぶんね。

メテオさん:なんだか全部星の導きっていうのも、納得行かないけど…、こういう星の導きなら、それもいいかもしれないわったら、しれないわ。

コメットさん☆:…うん。…あ、もう日が沈むよ、メテオさん…。

メテオさん:ほんと…。

 コメットさん☆とメテオさんの全身を赤く染めながら、水平線の彼方に、日は沈もうとしていた。オレンジ色の光に包まれていると、コメットさん☆は、不思議と心がじんじんした。なぜだろうか。何かを予感させるから?。だとすれば何を?。コメットさん☆の自問は、夕日が完全に隠れてしまうまで続いた。

 夕食は、近くの和食・地魚料理のお店に、みんなで行った。前に来たとき、景太朗パパさんが、車で道に迷いそうになって、誘導してもらった人のお店である。新鮮な地魚のお刺身を、地元で捕れたサザエの壺焼きを、焼き魚を、8人で囲む。きれいに魚を食べるのも、食事の作法のうち。店内の水槽には、大きなメジナやマダイが泳ぎ、カサゴがじっとしている。そんな様子をみんなで見る…。旅行の楽しみは、こんなところにも。

 そして夕食がすむと、またみんなでホテルに帰り、それぞれルームキーを受け取って、「おやすみ」と別れた。疲れた体に、ふかふかのベッドは、早々とみんなを眠りへと誘う。明日はまた太陽の下で遊ぼう…。

次回に続く)

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※実際の、国道134号線沿いの鎌倉市内に、ヤシの木が街路樹のように植わっているところはありません。

★第214話:沙也加ママの背中−−(2005年8月中旬放送)

前回からの続き)

 メテオさんの企画で、夏の旅行に、西伊豆松崎に今年もやって来た、コメットさん☆とメテオさん、ツヨシくん、ネネちゃん、景太朗パパさんに沙也加ママさん、それにラバボーとラバピョン。二日目は朝から遊べるので、ホテルでとるバイキングの朝食もそこそこに、海に出る準備をする。

景太朗パパさん:…わかった。それじゃあ10時になったら、ホテルのロビーにみんな集合。

コメットさん☆:はい。わかりました。他の部屋はどうしますか?。

景太朗パパさん:ごめん、まだ持っていくものの準備が進まないから、悪いけど伝えておいて、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい。わかりました。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆と、館内電話で連絡を取った。次いでコメットさん☆は、ネネちゃんといっしょの部屋のラバピョンに、ティンクルホンで連絡をした。

コメットさん☆:あ、ラバピョン?。出かける準備どう?。

ラバピョン:大丈夫なのピョン。もうネネちゃんは水着着てるのピョン…。早すぎなのピョン。アハハハ…。

コメットさん☆:うふっ。そうなの?。でもラバピョンも水着下に着てきてね。そのほうが、行ってから楽だよ。

ラバピョン:姫さまたちは?。

コメットさん☆:私とメテオさんも、これから着替えるよ。

ラバピョン:姫さま、今日はどんな水着なのピョ?。

コメットさん☆:…どんなって、オフホワイトで…。…あ、あとで見せるよ…。

ラバピョン:姫さま、白い水着なのピョ?。それは大胆なのピョン。

コメットさん☆:えっ!?、そ、そうかなぁ…。

 そんな話を続けているのに、しびれを切らせたメテオさんは、となりの部屋に泊まっているツヨシくんとラバボーに、直接「集合」を伝えることにした。かといって、廊下から隣の部屋に行くのではない。メテオさんはバルコニーへ出た。バルコニーは薄い壁で仕切られていて、隣の部屋は、直接見えない。しかし、少し身をのり出せば、声は届く。そうしてメテオさんは、バルコニーの壁越しに、ラバボーを呼んだ。

メテオさん:……わかった?。

ラバボー:わかりましたボ。ああー、ラバピョンと一日遊べるボー。

メテオさん:はいはい。もう勝手にやってよ。ツヨシくんもわかったわね?。

ツヨシくん:はーい。コメットさん☆といっしょに、魚見よう。楽しみ。

メテオさん:あーそう…。まあがんばってね。バーイ。

 メテオさんは、「やってられない」と思いながら、バルコニーから戻ろうとして、ふとまた気付いた。

メテオさん:(あ、またなんだかわからないかがやき…。…でも、いいわ。今忙しいの!。)

 メテオさんが、バルコニーへの大きなサッシを閉めて、部屋の中に戻ると、コメットさん☆は、ティンクルホンをたたむところだった。

メテオさん:終わった?、コメット。

コメットさん☆:あ、うん。

メテオさん:もうコメットったら長話なんだから。必要なことだけ伝えればいいじゃない。

コメットさん☆:そうだけど…。つい…。

メテオさん:さ、私たちも水着に着替えておきましょ。そのほうが、早く浜に出られるし…。海の家の更衣室とかって、狭いのがイヤ。

コメットさん☆:う、うん。

メテオさん:今日は新しい水着着るわよ!ったら、着るわよ。

コメットさん☆:わ、私も…。今年買ってもらったのにしよう…。

メテオさん:え?、昨日着ていたのは?。

コメットさん☆:あれもそうだけど…。違うデザインの…。ちょっぴり恥ずかしいかな…。

メテオさん:恥ずかしい?。

 コメットさん☆は、少しほおを赤くした。

 そのころラバボーとツヨシくんは…。

ツヨシくん:ラバボー、競争だよ!。

ラバボー:わかったボ!。

ツヨシくん:よーい、ドン!。

ラバボー:うう…。こ、これは、いつもと違うから、ボーのほうが不利だボ…。人の姿になると、服着ているから脱ぐのに慣れていないボ…。

ツヨシくん:よーし、ラバボー遅すぎ。

ラバボー:そ、そんなこと言ったって…。

 そして同じころラバピョンとネネちゃんも…。さすがに景太朗パパさんと沙也加ママさんは、今は着替えないので、持っていくものの準備を終えてしまうと、お茶を飲みながら、つかの間ゆっくりできる。早朝には薄く曇っていた天気も、時間がたつにしたがって晴れてきて、今は雲一つない快晴だ。今日も「海日和」…。

 午前10時になって、ホテルのロビーに集合したみんなは、景太朗パパさんの運転する車で、近くの岩地海岸に向かった。去年も行ったところだが、波が静かな浜と、ちょっとした磯で、泳ぎはもちろん、魚を見たり、そばの防波堤で釣りをしたり出来る。松崎のホテルからは、車で15分から20分ほど。途中野猿が出没する山の中も走る。西伊豆は、山と海が出会うようなところだから、そういうハプニングも時々あるのだ。

 景太朗パパさんの車は、ややゆっくり目に走って、岩地の浜に到着した。車を駐車場に入れると、さっそく海の家にみんなで入った。

メテオさん:じゃあ、せーので上に着ているものを脱ぐわよ!。いい?。

コメットさん☆:…はーい。

 コメットさん☆は、心なしか、少し小さな声になった。ラバピョンに言われて、少し恥ずかしくなってしまったのだ。海の家のそば、浜に立っているパラソルの下で、みんないっせいに水着だけになる。

ツヨシくん:いいよー。

ネネちゃん:わたしもー。

ラバピョン:いいのピョン。

ラバボー:いいボ。

メテオさん:いいわね…。じゃあ、せーの!。

 メテオさんは、そう言うと、一気にTシャツと、スカートを脱いだ。みんな女の子は同じように。男の子はTシャツとズボンを。

ツヨシくん:あっ!。

ネネちゃん:わあーコメットさん☆、かわいい!。メテオさんかっこいい!。

ラバピョン:姫さまたち、とびきりかわいいのピョン!。

ラバボー:ラバピョンだってかわいいボー。

コメットさん☆:そ、そうかな…。ちょっと恥ずかしいんだけど…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の新しい水着に目を見張った。この夏初めて着るほうの水着。沙也加ママさんに買ってもらった、オフホワイトに鮮やかなピンク濃淡の花柄。それにオフホワイト無地のスカートをつけたワンピース。白い水着だから、コメットさん☆としては、相当思い切ったつもり。ラバピョンに大胆と言われ、少し恥ずかしい気持ちになってしまったが…。

ツヨシくん:すごいきれい…。

 ツヨシくんは、ストレートにほめてくれる。一方メテオさんは、シックな黒地に鮮やかな色とりどりの花模様を散らしたセパレーツ。パレオ風のスカートもつく。

メテオさん:ざっとこんなものよったら、こんなものよ。さあ、そんなことより、体操、体操よっ!。

ラバピョン:姫さまは、二人とも大人っぽい感じなのピョン。昨日のより。

ラバボー:ラバピョンの水着もかわいいボー。ボーはもう、メロメロだボー。

 ラバピョンの水着は、白地にさくらんぼ柄の、いつもよく着ているものだ。

ネネちゃん:…自分でメロメロって言う人も少ないよね…。

ツヨシくん:そうだね。でもぼく、コメットさん☆の全部好き!。

ネネちゃん:はあ…。ツヨシくんもおんなじか…。

 ネネちゃんとツヨシくんは、足の屈伸をしながら、ヒソヒソと話した。一方、そんな様子を、パラソルの下で見ていた沙也加ママさんと、景太朗パパさんは…。

沙也加ママさん:うん。やっぱりコメットさん☆の水着は、なかなかよかったわね。メテオさんもメテオさんらしい感じだけど…。

景太朗パパさん:だんだんコメットさん☆も、大人っぽい趣味になっていくなぁ…。

沙也加ママさん:あら?、パパー、何か心配?。それとも?…。

景太朗パパさん:あ、いやいや、別に心配とか、そういうわけじゃないし、別段どうとも思わないけどさ…。いつもは、ネネの前を行く「娘」みたいに思っていたけど、大人への階段を、コメットさん☆もちゃんと昇っているんだなって…。

沙也加ママさん:男親の気持ちかしら?、パパったら。うふふふ…。…でも、コメットさん☆としては、ずいぶん思い切ったなあと思ったわ。何しろ白い色の水着って、一時期流行ったけど、私たち大人じゃなかなか着られないわよ…。よほど体に自信がないと…。

景太朗パパさん:そういうものなのかい?。

沙也加ママさん:そうよ!。私なんて…。…若いっていいなぁ…、うらやましい…。

景太朗パパさん:何を言いますか、ママは。まだまだそんなことを言うには、100年早いよ。あははは…。

沙也加ママさん:…パパはそう言ってくれるんだ…。うれしい…。

景太朗パパさん:えへへへ…。さて、ぼくたちも少し泳ごうか。

沙也加ママさん:そうね。

景太朗パパさん:ママ、…手、つなごうか…。

沙也加ママさん:…はい。

 いつしか景太朗パパさんと、沙也加ママさんも、新婚時代のような気持ちになっていた。かつてのあの日のような…。

 体操を終えたコメットさん☆たちは、水の中にばしゃばしゃと入って、少し沖まで泳ぎだした。

コメットさん☆:わはっ。水が少し冷たいっ。

ネネちゃん:コメットさん☆、白い水着きれいだね。

コメットさん☆:そう?。ありがとう…。でも目立つかなぁ?。ほかの人に見られると恥ずかしいな…。

ネネちゃん:大丈夫だよ。

コメットさん☆:ネネちゃんの水着もかわいいね。星柄だね。

ネネちゃん:うん。コメットさん☆が星国のお姫さまだから、私も星の柄のやつ、ママに買ってもらったの。

コメットさん☆:そっか…。

 ネネちゃんの水着は、セパレーツ。ライトブルー地に、胸と腰に斜めのライニングが白で通り、その両側に赤、黄、緑などの星を、大小あしらったもの。背中のクロスバックが定番的だ。昨日は去年と同じ、ボーダー柄のを着ていたのだ。

 ラバボーは、いまだにほとんど泳げないから、浮き輪にはまって、ラバピョンに引いてもらったりしている。二人は、まるで仲のよい姉弟のようでもある。それを見て、メテオさんは、ふと思っていた。

メテオさん:(…瞬さまに、あんなことしたり、されてみたいわ…。)

 少し赤くなったメテオさんは、そんな気持ちを吹っ切るかのように、または照れ隠しのように、コメットさん☆に飛びかかって行った。

メテオさん:コメットぉー!。えーい。

コメットさん☆:わわっ、メテオさん、何…。

 コメットさん☆は、頭を出したまま、平泳ぎでゆっくり泳いでいたのが、そのまま水に沈められた。すかさずツヨシくんとネネちゃんもそれに加わる。

ツヨシくん:わーい、コメットさーん☆。

ネネちゃん:メテオさんも、水かぶらせちゃおう!。

メテオさん:あっ、た、倒れるー…。

 ばっしゃーんと水音を立てて、メテオさんも頭から水に突っ込む。コメットさん☆はようやく起きあがり、足に抱きついてきたツヨシくんを引き剥がす。

メテオさん:やったわねー。お子ちゃまたち覚悟ー!。

ツヨシくん:わわっ。メテオさんが来るぞー!。

コメットさん☆:あはははは…。

ネネちゃん:きゃあーー。はははははは…。

 4人の嬌声は、あたりに響きわたる。かっと照らす夏の太陽は、みんなの体を冷えないようにしてくれる。

 それでもひとしきり遊んで、少し疲れたコメットさん☆とツヨシくんは、フロートの上で水に浮かび、まぶしい光の中で、薄目をあけて空を見た。ちぎれ雲が、ゆっくりと動いているようにも思えるが、波で体がひっきりなしに揺れ、少しずつ水をかぶるので、雲がどっちに動いているのかは、あまりよくわからない。かろうじて回りを囲んでいる山で、動いているのだと確認できる程度。

コメットさん☆:…はあ、気持ちいいね、ツヨシくん。

ツヨシくん:うん…。水がきれいでいいね…。

コメットさん☆:空もきれい…。

 メテオさんとネネちゃん、ラバボーとラバピョンは、ちょうどビーチボールを持ち込んで、コメットさん☆たちより浅いところで遊んでいた。

メテオさん:(あ、まただわ…。何なのよったら、何なのよ、この感じ…。)

 メテオさんは、昨日から感じていた「不思議なかがやき」を、また強く感じた。それでふと、コメットさん☆を探して見た。

メテオさん:コメットと、ツヨシくん、あんなところに…。あの二人…。

 メテオさんは、つぶやいた。少し沖合のところで、フロートに乗って、空を見ている二人を見つけた。コメットさん☆とツヨシくんは、波のせいで、離れて行ってしまわないように、お互いの手をそっとつないでいたのだが、それははたから見ると、まるで小さなカップル…。

 

 お昼を食べて、一休みすると、景太朗パパさんと沙也加ママさんもいっしょに、沖にある防波堤の手前、岩がごろごろしている磯のところへ、みんなで行ってみた。ここは、潜ってみると、小さな魚が泳いでいて、あまり逃げもしないから、手軽に見られるところなのだ。

沙也加ママさん:急に深いところがあるから、気をつけるのよ、みんな。こんなところでおぼれても、誰も助けに来てくれないわよ。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:はーい。

コメットさん☆:私もはーい。

沙也加ママさん:よーし。ラバボーもラバピョンも、メテオさんも気をつけてね。

メテオさん:わかりましたわ。

ラバピョン:ラバボーは、浮き輪にはめておくのピョン。

ラバボー:ううう…、情けないボー。

ラバピョン:早く浮き輪なしですむようにするのピョン。

ラバボー:ラバピョン、いっしょに練習するボー。

ラバピョン:つきあってはあげるのピョン。

メテオさん:ラバボーは、いっそ、スイミングスクールへ行きなさいよったら、行きなさいよ。

コメットさん☆:あ、ラバピョンといっしょに行けば?。ラバピョンといっしょなら、行きたくならない?。

ラバボー:ええー?、ううー…。…でも、ラバピョンといっしょなら、…い、行くボ!。ラバピョンつきあってだボー。

ラバピョン:そのたびにいちいち私も鎌倉まで行くのピョ?。……まあ、ラバボーのためなら、しょうがないのピョン…。

コメットさん☆:わはっ。ラバピョンやっぱりやさしいね。

ラバピョン:そのかわり、姫さま、いつも私とラバボーを、人の姿にしてくれないとだめなのピョン。

コメットさん☆:わかった。まかせて。

ツヨシくん:あ、細くて青い魚がたくさんいるよ。…カメラで撮ってみよう。

メテオさん:カメラ水につけて、大丈夫なのったら、大丈夫なの!?。

ネネちゃん:水の中でも大丈夫なデジタルカメラあるんだよ、メテオさん。

メテオさん:そ、そうなの?。

ツヨシくん:メテオさん、知らなかったの?。

メテオさん:…わ、わたくしが知らないわけないじゃないのったら、ないじゃないのー……。…知らなかったわよ…。ビリッとしないの?。

コメットさん☆:うふふ…。メテオさん面白い。

ツヨシくん:大丈夫だって、メテオさん。ぼくたちよく使っているもん。

コメットさん☆:景太朗パパが、水遊びするとき使いなさいって、おうちで買ってくれたよ。

メテオさん:あなたのうちのパパさんって、カメラ好きねぇ…。

景太朗パパさん:メテオさん、ぼくのことかな?。…どうもカメラの新機種が出ると、あれこれチェックしちゃうんだよね。

沙也加ママさん:それで、結構買って来ちゃうのよね…。ほんと困るわ。カメラだらけで…。

メテオさん:うふふふ…。私も幸治郎お父様に言って、買ってもらおうかしら。

コメットさん☆:あははは…。水中が写せるカメラ楽しいよ、メテオさん。

 メテオさんもコメットさん☆も、ちょうど歩いてきた景太朗パパさんの、ばつの悪そうな苦笑いといいわけを聞いて、少し笑った。

ツヨシくん:岩にウニがはまっているよ。

コメットさん☆:手で触っちゃだめだよ。手袋はめてね。

メテオさん:ウニどこ?。

ツヨシくん:ぼくの足元のところ。手届かない…。

ネネちゃん:あっ、銀色の魚がたくさん泳いでいるよ。あれなんだろう?。

 ネネちゃんが水に少し潜って見て、あわててコメットさん☆に言った。コメットさん☆もすかさず少し水中をのぞく。やや遠目を、銀色っぽくて細長めの、薄い縦縞模様のある魚の群が泳いでいた。すっと景太朗パパさんも、顔を水につけて見る。

コメットさん☆:ほんとだ。銀色の魚、たくさん泳いでるね。なんだろうね?。

景太朗パパさん:たぶんフエフキダイの一種だろうな、あれは。ボラかもしれないけど…。ボラなら、もう少し細身のような気もするね。あとはセイゴとか。

コメットさん☆:景太朗パパ、詳しい。

景太朗パパさん:まあ、ちょっと釣りをするとね…。いろいろ調べるというか…。あ、そう言えばみんな、釣りしてみないか?。道具もあるし、そこの防波堤からやれば簡単だから。…もっとも、時間としては、もっと夕方がいいんだけどね。

沙也加ママさん:釣りね。パパと結婚したころは、よく釣りに釣れて行かれたわ。ふふふ…。

コメットさん☆:そうなんですか?。沙也加ママも釣りしたんですか?。

沙也加ママさん:私はよく見ていたけど…。たまには釣ったこともあるわね。

ツヨシくん:へー。ママすごーい。

ネネちゃん:釣りって、餌が気持ち悪いよ。

メテオさん:わ、私は遠慮しようかしら…。

ラバボー:メテオさま、じゃああそこの温泉に入るボ。

メテオさん:温泉?。

ラバピョン:浜に引いてあるのピョン。

メテオさん:ええ?。どうやって入るのよ?。

ラバピョン:水着のまま入るのピョン。メテオさま、心配いらないのピョン。

メテオさん:そう。じゃあ、私たちは温泉に入って、一休みしますわ。

景太朗パパさん:そうか。じゃあ、ツヨシとネネと、コメットさん☆、防波堤に行こうか。ママも一度こっちへね。

沙也加ママさん:ええ。

景太朗パパさん:じゃラバボーくんと、ラバピョンちゃん、それにメテオさんは、ついでに近所を歩いて遊んでおいで。もし何かあったら、ぼくたちを呼んでね。

メテオさん:はい。

ラバボー:はいですボ。

ラバピョン:はいなのピョン。メテオさま、温泉に入りに行くのピョン。

 こうしてメテオさんとラバボー、ラバピョンは、浜に引き湯してある温泉に入りに行き、景太朗パパさんと沙也加ママさん、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、防波堤に釣りに行った。防波堤の先端には、先ほどまで人がいたのだが、午後になって帰ったのか、ちょうど誰もいなくなっていた。景太朗パパさんは、持ってきた道具を出すと、釣り竿を3本ほど組立て、仕掛けをのばして、ツヨシくんとネネちゃんに持たせ、自分も防波堤の外側に向けて糸を垂れた。

景太朗パパさん:いいか。こうやって、仕掛けを足元から2メートルくらいのところに入れてごらん。

ツヨシくん:こんなところかな?。

ネネちゃん:餌、気持ち悪くないね。

景太朗パパさん:あはは…。餌はね、今回はオキアミの大きいのを使うんだよ。ネネが気持ち悪いって言うのは、ゴカイとか青イソメっていうのだろ?。

コメットさん☆:青イソメとか、ゴカイって何ですか?。

沙也加ママさん:見た目が気味の悪い、餌にする生き物よ。コメットさん☆、あんまり細かく聞かない方がいいわよ。

コメットさん☆:え!、そうなんですか?。…じゃあ、やめておきます。

景太朗パパさん:あははは…。ちょっとコメットさん☆やママ、それにネネは苦手かもなぁ…。

ネネちゃん:これならいいや。えいっ。パパ、こんなところでいいの?。

景太朗パパさん:ああ、よしよし。それくらいでいいぞー。ママ、コメットさん☆を。ね?。

沙也加ママさん:ええ、パパ。

コメットさん☆:景太朗パパ…?。

沙也加ママさん:コメットさん☆、きれいなお魚が見えるところ、私ともっと見ない?。どのあたりだったっけ?。

コメットさん☆:あ、はい。こっちです。

 景太朗パパさんが、沙也加ママさんに何か合図したように思えたのが、コメットさん☆には不思議だった。が、沙也加ママさんが、さっきまで遊んでいた、きれいな魚がたくさん見えるところをもっと見ようと言うので、不思議に思いながらも、沙也加ママさんの手を引いて、防波堤の手前にある磯に歩いていった。

コメットさん☆:沙也加ママ、このへんですよ。きれいな青い魚がいるんです。

沙也加ママさん:そう。寒くない?、大丈夫?、コメットさん☆。

コメットさん☆:え?、…ええ。大丈夫です。

沙也加ママさん:少し水に入ろうかな…。コメットさん☆、背中におぶさって。

コメットさん☆:えっ、ええ!?、おんぶ…ですか?。

沙也加ママさん:おんぶされるのきらいかな?。

コメットさん☆:い、いえ、そんなことないけど…。もう私、重いし…。大きいから…。

 コメットさん☆は、どうしていいのか迷った。突然沙也加ママは、何を言い出すのだろうと思いながら。それでも背中を向けて、手を差し出す沙也加ママさんを見ると、そっと沙也加ママさんに近づいた。

コメットさん☆:…じゃあ、沙也加ママ…、こうですか?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの明らかにいつもと違う感じに、違和感を覚えながらも、その背中に抱きついた。沙也加ママさんは、コメットさん☆をおんぶすると、そっと歩き出した。

沙也加ママさん:…コメットさん☆も大きくなったわね…。おやせさんなのは、相変わらずのようだけど…。このあたりかなぁ…。ああ、青くて小さな魚が見えるわね…。

コメットさん☆:はい…。沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの背中越しに、そっと水面を見た。しかし、沙也加ママさんは、水中をじっと見るわけではなく、そろりそろりと少し歩きにくそうに、水中を歩いた。

沙也加ママさん:…おっと、意外と深い…。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、そっと沙也加ママさんの名前を呼んでみた。そしてふと、なんだか沙也加ママを独り占めしている気分になった。遠い日の、王妃さまの背中を思い出しながら…。人に見られたら、恥ずかしいはずなのに…。沙也加ママさんは、腰まで水につかり、ちゃぷちゃぷと水音を立てながら、相変わらず静かに歩みを進めた。コメットさん☆は、顔を横に向けて、沙也加ママさんの背中に、耳をつけるようにしながら、じっとしていた。左の耳からは、浜の波の音と、遠い人々の歓声が、右の耳からは沙也加ママさんの心臓の鼓動が聞こえそう…。

沙也加ママさん:…コメットさん☆も、時には甘えていいのよ…。寂しいときは寂しい、つらいときはつらいって言わなきゃ。いっつも自分を出さないようにしないで。ね?。いつか身動き出来なくなっちゃうわよ。

コメットさん☆:…はい…。

沙也加ママさん:…もっと普通に言っていいの。家族って、そういうものでしょ?。

コメットさん☆:……ん…。

 沙也加ママさんは、水に隠れた平らな岩を見つけると、そっとその上に腰掛けた。コメットさん☆のお尻を支えていた手をはずす。コメットさん☆もそのまま、そこに腰掛けた。足は沙也加ママさんの体の前に投げ出したまま、両手もそのままに。

沙也加ママさん:…いつもあなたには、ツヨシとネネの子守や、家事の手伝いみたいなことさせちゃってばかり…。それはとてもありがたいって思っているわ。でも、そればっかりじゃ、あなたが「こうしたい」とか、「これが欲しい」とか、「これはイヤだ」っていう、あなた自身の気持ちや望みは、隠しておかないとならない…。このままだと、いつかあなたは壊れちゃうかもって、少し心配なの。

コメットさん☆:…ママ…。

沙也加ママさん:…ね?。今すぐってわけには行かないかもしれないけど、お店に二人だけでいるときなんかは、あなたと私しかいないんだから、思い切りわがまま言っていいし、日頃イヤだと思ってることを言ってもいいのよ。

コメットさん☆:…沙也加…ママ、私、今そんなに家のことで、がまんなんてしてない…。

沙也加ママさん:そう?…。

 静かな波が、ゆりかごのように二人を揺らす。コメットさん☆は、黙ってじっと、沙也加ママの温かい背中を、抱きしめていた。

コメットさん☆:……。

沙也加ママさん:もっと遠慮しないで、買い物に行ったり、デートしてみたり、自由に振る舞っていいのよ。…あなたは、あの鎌倉駅の西口でべそをかいていた日から、もう家族の一員…。あなたがいることが、当たり前になっていた。そんな大事なあなたなんだから…。私ね、あなたが星の国から来たって言ってから、星の力を使うときのあなたは、私から見てもりりしいな、って思えた。だけど、使えない時のあなたは、まるで普通の女の子だった…。それがとてもかわいらしかったわ…。

コメットさん☆:…ママぁ…。

 コメットさん☆の濡れた髪の毛が、沙也加ママさんの背中にすりつけられた。沙也加ママさんは、少し微笑んで、空を見上げた。

沙也加ママさん:空は青いなぁ…。この空のずっと向こうに、コメットさん☆の星があるのね…。

 コメットさん☆も、沙也加ママさんのその言葉に、つられて空を見た。青くどこまでも高い空がそこにはあって、まぶしい太陽が、光を投げかけていた。

沙也加ママさん:パパとね、相談して決めたの。コメットさん☆の心の奥の声を、この旅行で、少しは聞こうって…。

コメットさん☆:…そうだったんだ…。

沙也加ママさん:…これから、ツヨシもネネも、少しずつ手を離れて行くから、あなたの未来への希望に、もっと目を向けてあげたい…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、それには答えず。再び沙也加ママさんの背中に、顔を押しつけた。さざ波は、相変わらず二人を揺らしていた。わずかな時間独り占めした、沙也加ママさんの背中の温かさは、コメットさん☆の心に、じんと染み入った。

 

 コメットさん☆と沙也加ママさんが防波堤に戻ってきてみると、ツヨシくんとネネちゃん、それに景太朗パパさんは、どんどん釣れてしょうがないシマダイで、大忙しになっていた。

景太朗パパさん:おお、ママ、それにコメットさん☆おかえり。もう、なんだかやたらとシマダイっていうのが釣れて、しょうがないんだよ。

ネネちゃん:私もシマシマいっぱい釣ったよー。

ツヨシくん:ぼくも。シマシマばっかりー。あと青いの2匹。

コメットさん☆:わあ、すごいね。

景太朗パパさん:あ、ほら、また釣れた。これで20匹越えたな…。ひたすら海に帰らせているんだけど…。コメットさん☆もやってみるかい?。

コメットさん☆:あ、はい。じゃ…、やってみよっ。

 コメットさん☆は、釣れた魚の針を外して、海に帰した景太朗パパさんから竿を受け取ると、水着の上にガウンを羽織り、防波堤の先端に立った。

コメットさん☆:白黒の縦縞模様のお魚ですね。なんて名前?、景太朗パパ。

景太朗パパさん:あれはね、シマダイって言うんだけど、正式な名前はイシダイ。お刺身にしたりする魚なんだけど、小さいうちはこうして防波堤のあたりなんかに居て、大きくなると、もっと沖の岩の回りなんかに住むんだよ。

コメットさん☆:へえー、そんなお魚なんだ…。あ、ウキが…。あっ、あっ…。

 コメットさん☆が答えていると、ウキにアタリが出て、強い引きで仕掛けが水中に引き込まれた。とっさにコメットさん☆は、竿を強く握る。

景太朗パパさん:おっ、いいぞ。何かかかった。あわてないで、そっと竿を立てるんだ。

コメットさん☆:…ひ、引っ張られる…。た、立てるって…、こうかな?。

景太朗パパさん:そうそう…。よし、いい感じだ。おっ、これは結構大きいぞ。ママ、ちょっとそこの網取って。

沙也加ママさん:何かいいもの?。…網って、これ?。

景太朗パパさん:サンキュー。なんだろうな…。コメットさん☆、もっと手前に引いてごらん。

コメットさん☆:そ、それが…、もう後ろに下がれない…。

景太朗パパさん:もっと竿を立てて手前に引いて。糸を自分に寄せるような感じ。

コメットさん☆:…よっと…。

ツヨシくん:なになに?。コメットさん☆釣れたの!?。

ネネちゃん:わっ、コメットさん☆すごい。なんか大きいの?。

景太朗パパさん:あっ、メジナだ!。いいぞ。でかい!。…コメットさん☆、落ち着いてもう少し手前に竿を引くんだ。

コメットさん☆:はいっ…。

景太朗パパさん:よーし。網ですくうよ。それっと。

 息をのんで見守っていたツヨシくんとネネちゃんから歓声が上がった。

ツヨシくん:やったー。すごいね、コメットさん☆。

ネネちゃん:わあ、すごいすごーい。

沙也加ママさん:大きいの?。どのくらい?。

景太朗パパさん:おおっ、25センチくらいはあるぞ。結構でかいよ。防波堤で釣れるものとしては、大きい方だね。コメットさん☆、よくやったなぁ…。恐れ入ったよ。あはははは…。

コメットさん☆:はあっ。なんか重かった…。あははは…。

 コメットさん☆も、びっくりしたように笑った。

景太朗パパさん:ツヨシ、写真班出動。はははは…。ほら、コメットさん☆を入れて撮って。

ツヨシくん:うん。まってて。コメットさん☆、こっち向いて…。

 ツヨシくんは、自分の竿を放り出すと、水中を撮っていたデジタルカメラを、竿を持ったままのコメットさん☆に向けて、シャッターを切った。

景太朗パパさん:いやあ、参ったなぁ…。ぼくもがんばって釣ろう。ビギナースラックって、こういうのを言うのかなぁ。

沙也加ママさん:パパよりも、コメットさん☆のほうが、すじがいいんじゃないの?。

景太朗パパさん:うっ…、……そ、そうかもなぁ…。

 景太朗パパさんは、しょんぼりとうなだれた。

 

 そのあとコメットさん☆たちは、またみんな夕方まで泳いだ。コメットさん☆のオフホワイトの水着は、日焼けしない肌のコメットさん☆に、よく似合う。ツヨシくんは、コメットさん☆のそばにずっとつきっきり。なんとなく、いつもとは、違った雰囲気のコメットさん☆。ツヨシくんには、それが少しドキドキ。水遊びしながら、ついツヨシくんは、ネネちゃんといっしょに、コメットさん☆に抱きついたりしてしまう。そうやって、しがみつくほどのスキンシップは、いつものことと言えばそうだし、コメットさん☆としても、特にイヤということはない。それがいつだって、当たり前だから。ところが、そんな様子を、そばでしげしげと見るメテオさんは、なぜかハラハラしてしまう。特にツヨシくんが、もし自分に同じようにしてきたら、どうするだろう、などと、考える必要もないことすら、考えてしまう。何のことはない、いっしょに遊んでいれば、時々はそんなこともあるのに、見ているとなると、つい意識してしまうのだ。

 ふと、メテオさんは、またあの「かがやき」を感じていた。そしてそれは、ツヨシくんが、コメットさん☆に対して持っている「恋力」なのだと、ようやく気付いた。温泉にいっしょに入ってみて、ラバボーとラバピョンの放つかがやきとは、はっきり違うことがわかったから…。

メテオさん:なあに、あなたたち…。ツヨシくんは…、そういうこと。…ふふっ、面白いわ。

 メテオさんは、腕組みをして、一人つぶやいた。

ネネちゃん:メテオさん、なあに?。

メテオさん:ふふふふ…。恋力ね。

コメットさん☆:メテオさん?。

 それに気付いたコメットさん☆とネネちゃんが、不思議そうな顔で、メテオさんを見た。ツヨシくんも…。

ツヨシくん:メテオさん、何が面白いの?。なになに?。

メテオさん:ツヨシくんは、お子ちゃまだと思っていたけど、やっぱり男の子ね…。ネネちゃん、向こうに行きましょ。私たちおじゃまよ。

ネネちゃん:ええー?、何で?。

メテオさん:もう。鈍いわね。行くのったら、行くの!。

ネネちゃん:ち、ちょっと待ってよー、メテオさん。

コメットさん☆:…なんだろ?、メテオさん、メテオさん?。

ツヨシくん:メテオさん、急にどうしたんだろう?。

 メテオさんは、ネネちゃんの前を、ラバピョンとラバボーが水をかけあって遊んでいる方へ、ずんずんと歩いて行ってしまった。ネネちゃんはあわててそのあとを追う。コメットさん☆と、ツヨシくんは、その場に残された。二人とも、キツネにつままれたような表情で。

ツヨシくん:…トイレかなぁ?。

コメットさん☆:違うと思う…。おじゃまがどうとかって言ってた…。あ…。

 コメットさん☆は、ふと気が付いた。

コメットさん☆:(メテオさん、考えすぎだよ…。)

 コメットさん☆は、内心「困ったなぁ」と思った。背伸びして、気を回し過ぎな、メテオさんの背中を目で追うと、ツヨシくんに言った。

コメットさん☆:ツヨシくん、おいで…。いっしょに泳ご。

ツヨシくん:え?、うん。

コメットさん☆:はあ…、海の中って、気持ちいいね。水がさらさらして…。

ツヨシくん:うん…。ぼくまた日焼けしたかなぁ。

コメットさん☆:きっとしてるよ。でももううちのほうで、かなり日焼けしてからだから、ピリピリはしないと思うよ。

ツヨシくん:そうだね。あんまり急に日焼けするのはよくないって。

コメットさん☆:そっか。じゃあ気をつけないとね。ツヨシくんは。

ツヨシくん:コメットさん☆は、日焼けしないのきれい…。

コメットさん☆:そう?。いつもありがと。

ツヨシくん:手、見せて。

コメットさん☆:いいよ。ほら。

ツヨシくん:わあ、やっぱりコメットさん☆、ぜんぜん日焼けしてないや…。

コメットさん☆:そうだね。

 二人は腰くらいの深さのところに立ち、お互いの腕を、対面して交差するように見た。健康的に日焼けしたツヨシくんの腕と、白い水着から、すっと伸びた日焼けしていないコメットさん☆の腕。軽い気持ちで、「手を見せて」と言ったツヨシくんは、あらためてコメットさん☆のすらりとした手を見て、ドキドキしてしまった。

ツヨシくん:…コメットさん☆、手、さわっていい?。

コメットさん☆:……いいよ。

ツヨシくん:…ちゅっ…。

コメットさん☆:わはっ!。もう、こらー、ツヨシくん、恥ずかしいよ…。

ツヨシくん:えへへー。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の手を取ると、まるで女王にするかのように、ひざまづいて手の甲へ、そっとキスをした。コメットさん☆は、そんなツヨシくんのいたずらに、びっくりして、恥ずかしそうにさっと手を引っ込めた。それでも二人は、にこっと微笑んだ。

 

 景太朗パパさんは、夕方まで粘って、釣りを続け、手のひらくらいのメジナや、伊豆でバリと呼ばれるアイゴを釣ったりした。コメットさん☆の釣ったメジナも含めて、比較的大きめな魚は、クーラーボックスに入れて、昨日も行った活魚料理屋さんに、何か料理してもらうことにした。日がすっかり傾いたころ、みんなは岩地海岸をあとにして、ホテルに帰った。帰りの車の中では、わずかな間、コメットさん☆も、ツヨシくん、ネネちゃんも、疲れて居眠りをした。そんな様子を見て、沙也加ママさんはにっこり笑った。メテオさんも、ラバピョンも、ラバボーも、くすくすと笑った。

 夕食には、コメットさん☆や、景太朗パパさんが釣ったメジナも、テーブルに上がった。お刺身や唐揚げにすると、コメットさん☆が釣ったメジナくらいの大きさのものでも、それなりのボリューム。さすがは職人さんの腕なのであった。コメットさん☆にとって、またツヨシくんやネネちゃんもそうだが、自分で釣った魚を、食べるというのは、初めての経験だった。おいしい反面、少しかわいそうな気もするのだけれど、みんなといっしょに食べる夕食のお膳に、そういう魚がのぼるのは、とても楽しかった。

 

 夕食を終えて、みんなそれぞれの部屋に戻った。ツヨシくんとラバボーは、昨日と同じように、同じ部屋に帰ると、歯を磨いてから、ベッドに入った。ツヨシくんは、眠いはずなのに、昼間のコメットさん☆の姿が、いつもより印象的だったので、思い出すと少しドキドキした。それで、となりのベッドでマンガを読んでいるラバボーに、話しかけた。

ツヨシくん:ラバボー、ラバボーったら。

ラバボー:…何だボ?、ツヨシくん。

ツヨシくん:コメットさん☆って、かわいいね。

ラバボー:ツ、ツヨシくん、いきなり何を言い出すんだボ?。

ツヨシくん:コメットさん☆が、泳いでいるの見て、かわいかったなぁって…。

ラバボー:…ツヨシくんは、姫さまのこと、好きだからだボ。

ツヨシくん:ラバボーはさ、コメットさん☆のこと、好きになったことないの?。

 寝っころがっていたツヨシくんは、急にラバボーのほうに起きあがり、真顔で聞いた。

ラバボー:…な、何を言うんだボ?、ツヨシくん。ね、熱でもあるのかボ?。

ツヨシくん:真面目に答えてよ、ラバボー。

ラバボー:…そ…、そんなことはないボ。ラバピョンのことが、ボーは好きなんだし…。

ツヨシくん:一度もないの?。コメットさん☆のこと、かわいいと思ったとか、好きだって思ったとか。本当に一度もないの?、ラバボー。

ラバボー:そ…、それは、ボーだって、男だから…。…あるボ。姫さまはかわいいって思ったし…、好きじゃなかったら、ずっとお供してないボ…。

ツヨシくん:やっぱりそうか…。

ラバボー:でも、ツヨシくんが、姫さまのこと好きって思うのと、ボーが好きって思うのは、少し違うボ。

ツヨシくん:どうして?。どこが違うの?。

ラバボー:ツヨシくんが、姫さまのこと好きって思うのは、そのー、なんていうか、独り占めして恋人にしたい「好き」だボ?。ボーはそういうんじゃなくて、姫さまのお供してるけど、友だちとして好きっていうか…。あー、なんて言っていいかわからないボ。

ツヨシくん:コメットさん☆のこと思うと、なんか最近胸があったかい感じなんだ。

ラバボー:それは、ツヨシくんの「恋力」が、きっと働いているんだボ。

ツヨシくん:そうなの?。…そうか。

ラバボー:…でも、ボーだって、正直言うと、プラネットさまと姫さまが、3年前、本当に結婚することになるかもしれないって思ったら、…それを勧めるようなことを言っていたのが、急に悪いこと言っていたみたいな気持ちになったボ…。

ツヨシくん:…ラバボー、コメットさん☆に謝ったの?。

ラバボー:…謝ったボ。姫さまは、気にしないでくれたけど…。

ツヨシくん:…ぼく、まだ小学3年生だけど…、コメットさん☆のこと好きなの、変かなぁ?。ぼくが好きになっちゃ、いけないの?。

ラバボー:そんなことないボ。姫さまは、ケースケのことも好きだけど、ツヨシくんのことも好きだボ。プラネットさまのことも、少しは気になるようだけど…。

ツヨシくん:そっかぁー。よかった。

ラバボー:…ツヨシくんが何を言いたいか、ボーにはわかるボ。

ツヨシくん:えっ!?。

ラバボー:ライバルはかなり強いから、ツヨシくんがんばるボ。でも、ツヨシくんのほうが、よっぽどリードしているところもあるボ。

ツヨシくん:そうなの?。ラバボーが応援してくれるから、ぼくがんばろっ!。

 ちょうどそのころ、ネネちゃんとラバピョンも、パジャマに着替えて、ベッドに寝そべり、おしゃべりしていた。

ネネちゃん:ラバピョンは、ラバボーのどんなところが好き?。

ラバピョン:ネネちゃんは、ずいぶんストレートなこと聞くのピョン。

ネネちゃん:だってえ、どんなかなぁって思ったから。

ラバピョン:ラバボーの、いつも私のこと見ていてくれることかな?。意外とドジなところも好きなのピョン。

ネネちゃん:わあ、そうなんだー。ドジなのがなんでいいの?。

ラバピョン:私がついていないと、だめピョンって思うから…。

ネネちゃん:へぇー。ネネにはわからないや…。そういうの。

ラバピョン:もう少し大きくなると、わかるのピョン。

ネネちゃん:そうかなー。私好きな人なんて、いないよ…。

ラバピョン:クラスの男の子でもいないのピョ?。

ネネちゃん:うーん…。

ラバピョン:きっとそのうち見つかるのピョン。まだ9歳なのピョ?。焦らなくても大丈夫なのピョン。

ネネちゃん:そっかー。

ラバピョン:私だって、ラバボーが来てくれるまでは、そんなこと、ずーっと思わなかったのピョン…。スピカさまのお供として、地球にやって来て、そんなこと思う相手もいなかったのピョン…。

ネネちゃん:ええー。…そっか。ラバピョン、ずっと森の妖精さんだったんだもんね…。

ラバピョン:でも、今は幸せピョン。こうやってみんなと遊べるし、ラバボーがいつもそばにいてくれるから…。スピカさまにも、みどりちゃんが生まれたし…。

ネネちゃん:ラバピョンは、ラバボーと、結婚するの?。

ラバピョン:えっ?。……アハハハ…。

 ラバピョンは、ぽーっと赤くなると、はっきり答えず、寝返りをうつかのように、背中を丸めて、ネネちゃんと反対のほうを向いてしまった。

ネネちゃん:…わあ、ラバピョン恥ずかしいんだー。ラバピョンかわいー。

ラバピョン:…も、もう寝るのピョン!。

ネネちゃん:なんか、いいなー、ラバピョン。いいなー。

 真っ赤になって、毛布を頭からかぶろうとするラバピョン。ネネちゃんは、ラバピョンを見ながら、あこがれのような気持ちを抱いていた。

 コメットさん☆とメテオさんも、部屋の電気を消して、バルコニーから星を見た。真っ暗な海が、ずっと遠くまで広がり、その上にわずかな漁船の光、漁り火が見え、港の入口には、赤い灯台が点滅している。そのさらに上空には、たくさんの星が瞬いている。パジャマを着て、暗いバルコニーで、星と「対話」する二人。遠くの名もない星たちも、コメットさん☆とメテオさんにとっては、友だちのようなもの。今夜は二人で、あまり話をすることはなかった。お互い、心に秘めた思いも、だいたいはわかっている。

メテオさん:コメット、人の好きになり方なんて、いろいろだわ。人は人、あなたはあなた。それぞれのやり方、想い方をするしかないのよ、きっと…。

コメットさん☆:…メテオさん…。…そうだね、わかってる…。

 一言メテオさんが語り、一言コメットさん☆が答える。

 

 旅行で流れている時間は、普段生活している日常とは、全く違った時間。それは旅行の終わりとともに、元に戻って行くけれど、その思い出や体験は、かけがえのない明日への力。案外、誰もがみんなしている「かがやき探し」なのかもしれない。コメットさん☆は、そんな時間の流れを、いとおしく思う。明日も楽しい海が、みんなをきっと待っている。またたく星の空は、明日も快晴だと知らせてくれる…。

(このシリーズ終わり)
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★第215話:縫いビトのプレゼント−−(2005年8月下旬放送)

 コメットさん☆は、楽しい旅行から帰ってすぐのある日、昼間の暑い日ざしを避けて家にいた。ツヨシくんとネネちゃんは、学校の、残り少ないプール指導に出かけている。コメットさん☆も、水遊びしたいところだが、まあ、また別の日にしようと思った。それで、旅行でたくさん撮影してきたデジタルカメラの画像を、ケースケやプラネット王子たちにも見せようかと思って、プリントすることにした。プリンターからは何枚も、旅行の写真が吐き出されてくる。それに混じって、ついこの前あった花火大会の時の写真も。コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの3人と、景太朗パパさん、沙也加ママさん、ラバボーとラバピョンとで、「HONNO KIMOCHI YA」の屋上から、浴衣姿で見た花火。

コメットさん☆:…やっぱり、花火をうまく撮るのって難しいな…。

ラバボー:姫さま、どうして難しいのかボ?。

コメットさん☆:…うん。なかなかタイミングがうまくつかめないし、暗いからブレたりするよ。

ラバボー:仕方ないボ。プロじゃないんだから…。

コメットさん☆:うーん、そうだね…。何枚かきれいなのがあったからいいか…。あ、これも印刷してみよう。みんなで浴衣着ている写真がある。

ラバボー:あの日は、姫さまとネネちゃん、ツヨシくん、ボーとラバピョンも、みんな浴衣だったボ。

コメットさん☆:うん。浴衣ってけっこう暑いんだよね。あの日は汗かいちゃった。

 浴衣を着ていたという話を聞いて、今日は家の中を飛び回っていた縫いビトが、コメットさん☆のところにやって来た。ちょうど沙也加ママさんが毎月とっているファッション雑誌があったので、見ていたのだ。沙也加ママさんはいつも、届いた雑誌にざっと目を通すと、リビングに置いておくから、雑誌は、沙也加ママさんだけではなく、縫いビトたちやコメットさん☆、ネネちゃんも毎月楽しみにしている。

縫いビト赤:姫さま、姫さま。「ユカタを着ている」ってなんですの?。

縫いビト青:教えてくださいのー。

縫いビト緑:着物の一種ですか?。

コメットさん☆:あ、縫いビトさんたち…。うん、浴衣は着物の一種だよ。見たい?。

縫いビト赤:見たいですのー。

縫いビト緑:私もー。

縫いビト青:地球の着物、雑誌だけじゃなくて、もっと勉強したいですの。

コメットさん☆:わかった。今プリントするね。もうすぐ見られるよ。

 コメットさん☆は、メモリカードの中の画像で、みんなで撮った浴衣の画像を印刷するように指定した。程なくプリンターは、指定のコマをプリントした。そのプリントを手に取ると、リビングのいすに座って、ラバボーと縫いビトたちに見せた。

コメットさん☆:ほら、これが浴衣だよ。前島さんっていう人が、私のために作ってくれた。…本当は下に、専用の肌着を着るんだって。沙也加ママが言ってた。

縫いビト赤:わあ、姫さま、かわいいですのー。

コメットさん☆:えっ?、あ、ありがと。

 コメットさん☆は、縫いビトに言われて、少しほおを赤らめた。

縫いビト青:どんなふうになっているのですか?。

縫いビト緑:素材は何ですの?。

コメットさん☆:え、えーと、何て言うか…、振り袖を半袖にして、もっと薄くしたみたいなのを、腰のところで、ひもと帯を巻いてとめて着ているだけだよ。振り袖とは、内側に着るものが違うんだけど…。昔は湯上がりに着たんだって。今は、お祭りとか、花火の時とかによく着るね。綿が多いよ。

縫いビト青:これって、今実際に着て、見せていただけますか?。

縫いビト赤:私たち、見たいですの。

縫いビト緑:それで、作ってみたいですー。

コメットさん☆:うーん、困ったなぁ…。もう洗濯して、しまっちゃったし…。今は無理…。夕方になって、沙也加ママが帰ってきたら聞いてみるね。もしかすると、ツヨシくんやネネちゃんのも見られるかもしれないけど…。

 コメットさん☆は、とりあえず夕方になってから、沙也加ママさんに相談することにして、縫いビトたちと遊ぶことにした。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、暑いから、庭でお水遊びしよ。

縫いビト赤:お水遊び?。

縫いビト緑:私たち、少し水は苦手です…。

縫いビト青:羽が濡れると、飛びにくくなります。

コメットさん☆:あ、そっか…。でも、シャワーくらいなら…、どうかな?。

 最初は少し怖がっていた縫いビトたちも、コメットさん☆が庭の水道からホースを引いて、霧状に水をまきながら、弱く吹いている風に乗るように水を散らすと、だんだん面白がって、水に入ってきた。

縫いビト青:きゃあー、水冷たいですー。でも、楽しいー。

縫いビト緑:水遊びって、たのしいですのねー。

縫いビト赤:水着って、とても久しぶりに着ますのよー。

 縫いビトたちは、その体にあった、小さな小さな水着を着て、飛び回るように水を浴びる。コメットさん☆は、ホースのノズルの先を、ふわりふわりと動かしながら、縫いビトたちにそっと水をかけてあげた。縫いビトたちが喜ぶにつれて、コメットさん☆も楽しくなる。虹色に輝く水しぶきは、縫いビトたちとともに、庭を少しはひんやりとさせてくれる。

 

 夕方になって、沙也加ママが帰ってきた。コメットさん☆はわけを話した。

コメットさん☆:沙也加ママ、いい…かな?。

 沙也加ママさんは、この前の旅行以来、いくらかコメットさん☆の「よそよそしさ」がなくなったと感じていた。

沙也加ママさん:縫いビトさんたちね。着て見せてあげたら?。一度着たくらいなら、別に汚れるわけじゃないし…。どうしても心配なら、また洗濯すればいいんだし…。それに週末には「市民まつり」があるじゃない。そこにも着て行ってみれば?。

コメットさん☆:わあ、ありがとう…、沙也加ママ…。あ、そっか…。週末、「市民まつり」があるんだった…。

沙也加ママさん:どういたしまして。そう、お祭りね。由比ヶ浜通りとか、市内のいろいろなところに、露店が出たりするから、夏だし、みんな結構着て来るんじゃない?。逆に暑さに気をつけないといけないかもよ。

コメットさん☆:はい。じゃあ、天気が良かったら、市民まつり、浴衣着て行ってこよう。

沙也加ママさん:用事があったら、お店に戻っていらっしゃい。その日はお店、遅くまで開けるから。

コメットさん☆:はーい。

 そうしてコメットさん☆は、縫いビトたちに浴衣を見せ、そしてさらに週末の「市民まつり」に、浴衣で出かけることになった。ツヨシくんとネネちゃんにも、いっしょに着てもらおうと思っている。

 

縫いビト赤:じゃあ、みなさん少しの間動かないでくださいね。私たち見せていただきますからー。

縫いビト青:おねがいしますのー。

縫いビト緑:動いて欲しいときは、声をおかけしますー。

 夜になって、夕食後のひととき、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、タンスから浴衣を出して着ていた。縫いビトたちに見せるためである。縫いビトたちは、ゆっくりと飛びながら、浴衣を着て立っている3人のまわりを見て回った。

コメットさん☆:私たち立っていればいいかな?。

ツヨシくん:ただ立っているだけ?。

ネネちゃん:袖の中とかはいいの?。

縫いビト青:姫さま、両手を広げてくださいの。

縫いビト緑:ネネちゃん、足のまわり、見させていただきますの。

縫いビト赤:ふんふん、こういうふうに縫ってあるのですねー。

 縫いビトは、それぞれ3人の別々な部分を、じっと見て、そのまま記憶に焼き付けているようだった。

縫いビト緑:姫さま、後ろを向いて、帯の下を見せてくださいの。

コメットさん☆:帯の下って…、前のあわせのところ?。

縫いビト緑:はい。ちらっとでけっこうですから。どこに下側の縫い目が通るのか、見たいのですー。

コメットさん☆:じゃあ、ちょっと後ろ向きね…。…どうぞ。

 コメットさん☆は、帯を両手で引っ張って、前のあわせに隙間を作り、縫いビトに見せてあげた。そっと小さい声で話しながら。洋服とは全く違った構造なので、細かい部分、特に裏側の処理の仕方も、縫いビトは見たがった。

縫いビト赤:ありがとうございましたー。

縫いビト青:よくわかりましたのー。

縫いビト緑:いつか姫さまにも作って差し上げたいですー。

 やがて縫いビトたちは、しっかり理解した様子で、満足してコメットさん☆のバトンの中に戻っていった。

コメットさん☆:もういいの?、縫いビトさんたち…、ってもう戻って行っちゃったね。

ツヨシくん:コメットさん☆、ぼくたち、どうすればいいの?。

ネネちゃん:ツヨシくん、脱ぐしかないんじゃないの?。それともお祭りの日まで、ずっと着てるつもり?。

ツヨシくん:やっぱり?。

コメットさん☆:そうだね…。このまま寝るわけには行かないものね。

 コメットさん☆は、少し苦笑いをしながら答えた。そこへ景太朗パパさんが、やって来た。

景太朗パパさん:あ、あれ?。みんな何してるの?。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ。実は、縫いビトたちが、浴衣の実物を見たがったので…。

景太朗パパさん:あー、なんかママがそんなこと言っていたね。それでか。

ツヨシくん:ぼくも浴衣見せたんだよ。

ネネちゃん:私もー。

景太朗パパさん:そうかー。参考になったのかな?。

コメットさん☆:たぶん。

景太朗パパさん:縫いビトさんたちっていうのは、いつもはどこにいるの?。

コメットさん☆:このバトンの中に。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんに、バトンの先を指さした。

景太朗パパさん:バ、バトンの中?。

コメットさん☆:ええ。

ツヨシくん:縫いビトさんたち、いつもここから出てくるよ。

ネネちゃん:帰るときもそうだよ。

景太朗パパさん:バトンの中に、どうやって人が入っているんだろう…。いくら小さい縫いビトさんたちでも、どうやってこんな小さいところに…。

コメットさん☆:えーと、中は広いらしいです。

景太朗パパさん:中は広い…??。どこかへつながっているのかなぁ?。

コメットさん☆:…実を言うと、私もよくわからないんです。ラバボーも、よくティンクルスターの中にいますけど、あの中も広いそうですから…。

景太朗パパさん:うーん。…ぼくもまだまだ修行が足りないな。コメットさん☆の世界を理解するには、相当頭の切り替えが必要だね。あはははは…。

コメットさん☆:えへっ…。

 星ビトのコメットさん☆には当たり前なことも、藤吉家の人々には不思議なこと。それでもなんとか理解してくれようとする、景太朗パパさんと沙也加ママさんのやさしい気持ちに感謝しつつ…、コメットさん☆は、微笑んだ。

 

 翌日コメットさん☆は、沙也加ママさんから頼まれた買い物をすませて、鎌倉駅東口前を歩いていた。西口に抜けて江ノ電で帰ろうと思っていたのだが、沙也加ママさんから、「お釣りが余るはずだから、それで帰りにケーキ買って来てね」と言われていたので、小町通りに寄り道し、ケーキを買って、みんなのおやつにしようと思っていた。

 そうして駅前を抜けようとしたところ、改札から出てきた人の群の中に、見覚えのある人がいるのを見つけた。コメットさん☆は、はっとして、思わず駆け寄った。

コメットさん☆:明日香さん、倉田明日香さんですよね?。

倉田さん:あら、コメットさん☆…だよね。わー久しぶり。元気にしてた?。

コメットさん☆:やっぱり明日香さんだ!。はいっ、元気です。

倉田さん:まだずっとこっちにいたんだ。よかったまた会えて。

 数分後、倉田さんとコメットさん☆は、二人で近くの喫茶店に向かい合っていた。

倉田さん:あれから大学に進学したんだよ。合格ラインギリギリだったんだけど、気合いで入っちゃった。今日は久しぶりに、親のところに帰ってきたところ。

コメットさん☆:わぁ、そうなんですか、よかった。…明日香さんが大学に行くって聞いて、どこの大学に行くのかなぁ…って思っているうちに、気がついたら、明日香さんもうここにはいなくなっていて…。

倉田さん:なんか、みんなにあいさつなんかしたら、大泣きしちゃいそうな気がしてさ…。それで、黙って行っちゃった…。ごめんね…。

コメットさん☆:い、いいえ。そんな…。みんな元気ですよ。

倉田さん:そっか、それを聞いて安心したよ。カロンくんやみちるちゃん、なおこちゃん、ゆりこちゃん…みんなどうしているかなぁ。

コメットさん☆:てへっ、私も最近バトン教室、ほとんどのぞいてないんですけど…。カロンくんとみちるちゃんは…。

 コメットさん☆は、体を乗り出して、倉田さんにそっと耳打ちした。

倉田さん:ええーっ、そうなんだー。あはははは…。あのみちるちゃんに「ヘタ」とか言って、いじめていたカロンくんが!?。…やるなぁ。あはははは…。

コメットさん☆:明日香さんは、今どうしているんですか?。

倉田さん:うん、今東北の大学に進学して勉強しているよ。あまり成績はよくないけどさ…。フフフフ…。でもね、バトンはやめていないよ。バトン部にいるんだ、一応。メンバーが10人もいないから、寂しい部なんだけどね。

コメットさん☆:へぇーっ、バトンで応援するんですか?。

倉田さん:うん、まあほかの部の試合の応援とか。

コメットさん☆:高井さんは?。

倉田さん:…えっ!?。た…高井くんかぁ…。

 倉田さんは、急にそれまでのやさしい顔から、口をきゅっと結んだような顔になった。

倉田さん:キヨッチ…、大リーグにスカウトされて、アメリカに渡ってから、1年間活躍したんだけど、その後成績が振るわなくてさ、結局日本に戻って来ちゃったんだ。今一歩のところで現地にとどまれなくてさぁ。いろいろあったらしいんだけど、今は日本の球団の、2軍にいるよ。思いもしないことになっちゃったみたい…。

コメットさん☆:ええっ?、高井さんってあんなに野球上手で、何度もテレビで見たのに…。

倉田さん:うん。実力はあるんだけど…、やっぱりアメリカ野球の壁は厚いってことらしいよ…。本人は「気合いが足りなかった」って言うんだけど、前みたいに試合になると、あんまり打てなくて…。

コメットさん☆:そうですか…。…明日香さんには言いにくいんですけど…、…実は、新聞やテレビで、前のように名前聞かないなって思っていたんです。

倉田さん:そんな気を使わなくていいよ、コメットさん☆。でも、ありがとう…。…そうだよね…。一時は「前例のない快挙」とか言って、騒がれたんだけど…。…私もそうだけど、夢って簡単にかなうもんじゃないんだよね…。

 倉田さんは、ふと寂しそうな目を、喫茶店の窓の外に向けた。視線の先には、小町通りを行く楽しげな人々が見える。

コメットさん☆:明日香さんの夢って…、何ですか?。

 コメットさん☆の言葉に、倉田さんは向き直って、少しびっくりしたように答えた。

倉田さん:えっ?、…夢、夢かぁ…。私の夢…。今は、保育師の資格取って、子どもたちのスポーツ教室を開くことかなぁ…。

コメットさん☆:保育師?。

倉田さん:うん。最近子どもの体力落ちてるって、問題になっていて、それは私たちも感じているんだよね…。あ、私今、大学の近くに下宿しているんだけど、地元の体操教室手伝っているんだ。そこは楽しいよ。

コメットさん☆:わあ、体操教室ですか。やっぱりバトン教室とか?。

倉田さん:うん、バトンだけじゃないけどね。…そこでもやっぱり、体力のない子どもが多いって話になっててさ。…そんなのも見ているから、将来自分でスポーツ教室開いて、少しでも子どもたちが、楽しく体を鍛えたり、体力つけたり出来たらいいなぁって…。そんなこと思ってるんだ。…でも、そんな夢、かなうのかなぁって、時々心配になることもあるんだけど…。

コメットさん☆:明日香さん…。…でも、明日香さんが、自分でそう思っちゃったら、夢は…。明日香さんがよく言うように、「気合い」でかなえる気にならないと…。

倉田さん:あはは…。そう…だよね。コメットさん☆の言うとおり。

 倉田さんは、苦笑いをしながら、スプーンでコーヒーをかき混ぜていたが…。

コメットさん☆:夢を見ていた人が、夢に向かうのをやめちゃったら、その夢は消えちゃうじゃないですか…。

倉田さん:…コメットさん☆…。そ…、そうだよね!。…ちょっと私、弱気になっちゃっていたかも。大学の前期の成績が、あまりよくなかったから…。でも、そんなことで一生決まるものじゃないよね。あー、私、気合いだぞ、気合いっ!。

コメットさん☆:あっ、いつもの明日香さんだ。

倉田さん:…コメットさん☆、ありがとう。

 倉田さんは、つぶやいた。

コメットさん☆:いえ、そんな…。…明日香さん、いつまでこっちに?。

倉田さん:うん、しあさって向こうに戻るけど…。夜の新幹線に間に合えばいいから、ゆっくりしていこうかなって…。

コメットさん☆:それなら、あさっての市民まつり、見に行きませんか?。

倉田さん:えっ?、お祭りがあるの?。…って、そうかー。もうしばらくこの時期に帰ってきたことなかったから、忘れていたよー。

コメットさん☆:高井さんとは、会わないんですか?。

倉田さん:…た、高井くんとかぁ…。彼、今球団の寮に住んでいるんだけど…。来てくれるかな…。

 

 翌日コメットさん☆は、久しぶりにバトン教室をのぞいた。倉田さんが立ち寄って、あいさつがてら見に来ていると聞いたからだった。コメットさん☆は、あることを考えていた。縫いビトが興味を持った浴衣。それを倉田さんにプレゼントできないかな…と。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、来て!。

縫いビトたち:姫さま、お呼びですのー!?。

 コメットさん☆の出したバトンからは、縫いビトたちが飛び出し、そしてコメットさん☆の眼前に舞い降りてきた。

コメットさん☆:実は…。

 潮騒学園の体育館を借りて、毎週金曜日の夕方から行われている、バトン教室。夕方の日ざしが差し込む体育館に通じる廊下で、コメットさん☆は、縫いビトたちに、倉田さんのために浴衣を縫って欲しいと頼んだ。

コメットさん☆:明日香さんには、プレゼントした浴衣を着て、高井さんとお祭りに行って欲しいなぁって…。

縫いビト赤:おやすいご用ですー。姫さま、でもどうしてそんなにその人のために、してあげたいのですか?。

コメットさん☆:なんだか、明日香さんと高井さんには、二人とも夢をかなえて欲しい…って思った。明日香さんと、高井さんは、互いに仲がよくて、いつも励まし合って、力をもらいあってた…。それが見ていてまぶしいような感じで…。二人のかがやきが、いつか夢をかなえる力になればいいなって、思ったから…かな?。…うまく言えないけど…。

縫いビト青:その明日香さんっていう方に、浴衣でデートをプレゼント。それでかがやきアップ!。そういうことですねー。

縫いビト緑:それは、とてもいいアイディアかもしれませんのー。

コメットさん☆:…う、うん。そ、そうかな…。

 コメットさん☆は、自分でもよくわからない気持ちになっていた。なぜ倉田さんに浴衣をプレゼントしたい気持ちになったのか?。それはもしかすると、倉田さんに、自分の未来を投影したからかもしれなかった。

 

 そしてお祭りの日、露店のオレンジ色っぽい明かりに照らされて、高井くんと浴衣で歩く倉田さんを、コメットさん☆は、自分も前島さんからもらった浴衣を着て、少し離れたところから見ていた。

(倉田さん:キヨッチ、来てくれるって…。)

(コメットさん☆:よかった…。…やっぱり。そんな気がしてました。)

(倉田さん:えっ?、どうして。)

(コメットさん☆:だって、高井さんは…、明日香さんと…。…とても仲いいから…。)

(倉田さん:……そっかぁ。ありがとう、コメットさん☆。)

(コメットさん☆:いいえ…。…それで、これを明日香さんに…。)

(倉田さん:えっ?、何?。わあー、浴衣だぁ!。どうして!?、コメットさん☆。)

(コメットさん☆:明日香さんのかがやき、とてもまぶしかったから…。)

 …そんなやりとりを思い出しながら。

コメットさん☆:やっぱりよかった…。

ラバボー:何で姫さま、ボーたちは、倉田さんと、別れて歩くんだボ?。

 高井さんと倉田さんが、待ち合わせ場所で再会したとき、コメットさん☆はツヨシくんとネネちゃんを連れて、その場を離れたのだ。

コメットさん☆:…だって、私たち、デートのおじゃまだよ?。

ラバボー:それはそうだけど…。急に言い訳して別れたみたいだったし…、それにこうやって後ろから見てるなら、同じことだボ?。

コメットさん☆:そ、そうかなぁ、あははは…。

ツヨシくん:コメットさん☆、うそつくのヘタだから。

ネネちゃん:あんな急に、「私ツヨシくんとネネちゃんといっしょに、行くところがありますから」なんて、バレバレだよ?。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんも、ゲタをカラコロと鳴らしながら、浴衣で歩く。

コメットさん☆:あははっ。そ、そう…だよね…。…でも、なんだか、二人だけで歩いて欲しかったから…。高井さんも、きっと来てくれると信じてた…。

ラバボー:…姫さま…。

縫いビト赤:喜んでいただけたでしょうか?。

 コメットさん☆の心の想いに、少し気付いたラバボー。縫いビトは心配しながら、バトンからそっと出て、コメットさん☆の顔の両側でそっとささやいた。

縫いビト青:私たちも、少し心配です。

縫いビト緑:お二人のデートのお手伝い…。うまく行くといいのですけどー。

コメットさん☆:うん。二人とも楽しそうだよ。明日香さん、なんだかかがやいてる。それも恋力みたいなかがやき…。高井さんも…。

ラバボー:ボーにも感じるボ。姫さまの贈り物、二人を近づけているボ。

コメットさん☆:ううん。私のプレゼントじゃなくて、縫いビトさんたちのプレゼントだよ。

縫いビト青:そういうふうに姫さまが、

縫いビト赤:言って下さるなら、

縫いビト緑:私たち、うれしいですのー!。

 市民まつりの露店や、パフォーマンスを、高井くんと倉田さんは、ゆっくり歩きながら見ている。時々手をつないだり、倉田さんが高井くんのほっぺたをつついたり…。若いカップルそのものだ。倉田さんは、それでも、いつもの倉田さんよりは、はにかんだ少女のようでもある。高井くんも、普段の生活より、少し前の、高校時代に戻ったかのような照れ方に見える。それは倉田さんの浴衣姿を見てのこと。そんな二人の様子を見て、コメットさん☆は、「よかった」と思っていた。そして、数十メートル離れて、しばらくついて歩いていた道から、そっとみんなで脇道にそれ、静かな路地に入った。コメットさん☆は、そこを抜けて、別な道に出て、違う方向に向かおうと思ったのだ。

縫いビト赤:姫さまは、浴衣でデートするような人は、いないのですか?。

 曲がりくねった路地を歩き始めたとき、ふいに縫いビトが、コメットさん☆に尋ねた。

コメットさん☆:えっ?…。…そ、そんな人、いないよ…。

 コメットさん☆は、突然のことに、少しほおを赤らめて、しかしうつむいて答えた。

ラバボー:…姫さまには、そういう恋人はいないんだボ。

縫いビト青:姫さま…。

縫いビト緑:うかがっては、いけないことだったのでしょうか…。

コメットさん☆:そ、そんなことないよ。やだな、そんなこと気にしないで…。ただ私は、高井さんと明日香さんが…。

ラバボー:姫さま…。

ネネちゃん:コメットさん☆…。

ツヨシくん:…コメットさん☆、はい!。

 じっと聞いていたツヨシくんが、唐突にコメットさん☆の手を握った。

コメットさん☆:ツ、ツヨシくん…。

 コメットさん☆は、びっくりしてツヨシくんのことを見た。ツヨシくんは、にっこりと微笑んで、コメットさん☆の手を取っていた。

 お祭りの喧噪が、路地裏にも聞こえてくる。人のざわめき、呼び声、楽しそうな嬌声…。しかし、コメットさん☆の回りは、一瞬しんと静まり返った時間が流れた。コメットさん☆は、そっとささやいた。

コメットさん☆:…ありがと、ツヨシくん。私のこと、心配してくれてるんだね…。

ツヨシくん:うん…。ぼく、コメットさん☆といっしょにいるの、好きなんだ…。

 ツヨシくんの手から、流れ込んでくるようなかがやき。それはコメットさん☆がよく感じている、特別なかがやき…。恋力のかがやき…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんと手をつなぎながら、すっかり夕方になった中、市民まつりを見て回る。ラバボーをぬいぐるみのように抱いたネネちゃんと、その襟元に隠れた縫いビトたちを、まるで従者のように従えて、前を歩く。ツヨシくんは、握り慣れたコメットさん☆の手を取りながら、そっと心に思っていた。

ツヨシくん:(いつか、コメットさん☆と、二人っきりでデートするのが、ぼくの、今のところ最初の夢なんだ…。)

 

 夢はなかなか叶わない。簡単に叶ってしまうような望みは、夢とは言わないかもしれない。しかし夢は、いだかなければ、叶うはずもない。夢見ない人に、夢は語れない。倉田さんは、明日大学近くの下宿に帰り、高井くんは明日練習に戻り、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんには、ごく普通の明日が待っているだろう。だが、それぞれの胸に、それぞれの希望と夢を、いつも宿している。そしてまた、それぞれの夢に向かって、みんな前へ進む…。

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★第218話:さよなら古い電車−−(2005年9月中旬放送)

山崎くん:よう藤吉ぃ、知ってるかぁ?。

ツヨシくん:何を?。

 ツヨシくんは、学校でいきなりクラスメートの山崎くんに話しかけられた。お昼の時間のことである。

山崎くん:江ノ電のさぁ、チョコ電っていう古い電車が、廃止なんだぜー。

ツヨシくん:え?、あの茶色い電車?。廃止って?。

山崎くん:なんだよー。廃止って言ったら、捨てられちゃうってことに決まってんだろー。

ツヨシくん:そうなの?。ふーん…。

山崎くん:今月の終わりまでだぞ、走るの。乗りにいこうぜー。

ツヨシくん:え、…あ、うん…。

 ツヨシくんは、突然の話で、山崎くんが言っていることが、今ひとつピンと来なかったが、山崎くんが、いったいどこでそんな話を耳にしたのだろうと思った。

 チョコ電とは、江ノ電の中でも、昔の塗色を再現して走っている、古いタイプの電車。それが今月末で廃止になるのだというのだ。

 ツヨシくんが学校から帰ると、景太朗パパさんが、苦労して寝室のタンスを動かしているところだった。

ツヨシくん:パパ、ただいま。何してるの?。

景太朗パパさん:よおツヨシ、おかえり。いやね…、ちょっと力仕事さ。

コメットさん☆:ツヨシくん、おかえり。景太朗パパ、さっきからタンスを動かしてるんだよ?。

景太朗パパさん:このタンスさ、だいぶキズだらけになったし、汚れているから、削り直してきれいにしようってね…。ママと相談してさ…。

コメットさん☆:削り直すって?。

ツヨシくん:削ったらなしになっちゃわないの、パパ?。

景太朗パパさん:よいしょっと…。よし、これで出せるぞ…。二人とも知らないよなぁ。このタンスは古いものだけど、桐で出来ているから、表面を削って新品同様にすることが出来るんだ。薄く削るのと、深いキズは埋めたりするから、なくなっちゃうことはないんだよ。

コメットさん☆:へえ…、そうなんだ…。

ツヨシくん:…でも、薄くならないの?。

景太朗パパさん:そりゃあ、すこーしは薄くなるさ。でもぺらぺらになるまで削ったりしないから。

 コメットさん☆は、寝室の入口近くに出されたタンスに手を触れた。

コメットさん☆:桐の木で出来たタンスって、こんな色なんだ…。普段気付かなかった…。

 そしてそのグレーがかった木の色に、目を見張った。

景太朗パパさん:桐の木、裏山にあるだろう?。桐の木にはね、虫を防ぐはたらきもあるんだよ。

コメットさん☆:虫を防ぐ…。あ、それ知ってます。沙也加ママが言ってました。

景太朗パパさん:そうかい。衣類が虫食いにならないようにってさ。

ツヨシくん:あ、ぼくのズボン、膝に穴が開くのはそれで?。

景太朗パパさん:ツヨシ、それはちがうだろ?。ツヨシがしょっちゅう膝ついて遊んでるからだよ。

ツヨシくん:なーんだ、違うのかぁ…。

コメットさん☆:うふふふふ…。

 コメットさん☆は少し笑ったあと、ふと桐のタンスは削ればよみがえるというのが、面白いと思った。使っているものは、だんだん古びて行くだけかと思っていたから。

ツヨシくん:あ、そうだパパ。江ノ電の古い電車、廃止なんだって。

景太朗パパさん:ええ!?、ほんとかい?、ツヨシ。誰に聞いたんだ?。

ツヨシくん:友だちの山崎くんが言ってた。

景太朗パパさん:そうか…。…まてよ…、そう言えば…、何日か前に、用事で藤沢に行ったとき乗ったら…、駅にそんなポスターが貼られていたなぁ…。…江ノ電の車庫に知っている人がいるから、夜になって仕事が終わるころに、電話して聞いてみるか。江ノ電の古い電車は、なんと言っても人気者だからね。全部なくなっちゃうんだったら、それはもったいない。

コメットさん☆:古い電車?。

景太朗パパさん:ああ。あのレトロな感じの、緑色とクリームの電車、古くさいけど、いいと思わないかい?。

コメットさん☆:ええ。なんかかわいい感じ。

景太朗パパさん:あはは…、かわいい…か。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆の表現にびっくりすると、苦笑いのように笑った。

 そして夜になると、景太朗パパさんは、車庫の知り合いの人に電話をかけた。もとはサーフィン仲間だった人である。

景太朗パパさん:…うん。…うん。そうなのか…。なるほど。いや、うちの子がさあ、学校で聞いてきたとかで。まあ、ぼくも駅にポスターが貼ってあって、気になってさ。…えっ?。…それは…、ほう、確かにまずいな…。んー、…わかった。ありがとう。またそのうち会おう。じゃ。

 景太朗パパさんは、受話器を置いた。そして、お風呂上がりのツヨシくん、ネネちゃん、それにコメットさん☆がいるリビングのいすに座った。

ツヨシくん:パパ、なんて?。

景太朗パパさん:うん。だいたいわかったよ。古い電車は300形って言うんだそうだけど、そのうちの1台が、完全には修理出来ないくらい壊れてしまったんだそうだ。それがチョコレート色に塗られていた電車なんだってさ。

コメットさん☆:えっ?、修理できないんですか?。

景太朗パパさん:うん。今仮の修理をして、なんとか走らせているんだけど、今月末に引退させて、新しい電車に変えるんだって。だから古い電車全部がなくなっちゃうわけじゃないんだけど、1台減っちゃうってことだね。

沙也加ママさん:その電車って、あの茶色とクリーム色のでしょ?。

 沙也加ママさんも、エプロンを外しながら、景太朗パパさんとコメットさん☆たちのところにやって来た。

景太朗パパさん:そうそう。ママ、よく知ってるね。

沙也加ママさん:あの色シックな色で、いいと思ったんだけど…。お客さんがちらりとそんなこと言っていたわ。

景太朗パパさん:9月30日に最後の運転だってさ。古い電車も、だんだん少なくなると、どこか寂しい感じだねぇ…。

ツヨシくん:でも、新車早く見たいな。あの古い電車って、どのくらい古いの?。

コメットさん☆:ネネちゃんは興味ない?。

 コメットさん☆は、黙って聞いているネネちゃんに、話しかけた。

ネネちゃん:私、よくわからないもん…。どれもおんなじに見えるけどなぁ…、電車なんて…。

景太朗パパさん:そうかな、ネネ。聞いて驚くなよ…。あの電車はね、今年で74歳なんだぞ。

ツヨシくん:74…。えええーーー!。それってすげーボロってことじゃん!。

ネネちゃん:74歳!?。

沙也加ママさん:そんなに古いの使っているの?。よく持つわねぇ…。

景太朗パパさん:江ノ電の歴史って、もう100年以上前から続いてるんだよね。だから…、江ノ電が走り初めて、30年くらいして登場した電車なんだよ、今度廃止になるのは。

コメットさん☆:74歳かぁ…。

 コメットさん☆は、その時間の長さが、具体的にどんな長さなのか、さっぱりわからない。74年前というと…と、考えみると、当然生まれてすらないし、星国でどんなことがあったのか、今住んでいるこのあたりが、どんな風景だったのか、まったく想像もつかない。

ツヨシくん:それでパパ、あの電車どこがこわれてるの?。こわれたまま走って大丈夫なの?。

ネネちゃん:あ、それ私も聞きたいー。こわれてて、バラバラになったりしない?。

景太朗パパさん:あははは…。大丈夫。ちょっと難しいかもしれないけど…。うちを考えてみよう。うちはもう100年以上建っていた、曲がり屋っていう昔の家を、ここに持ってきたものなんだよ。それでも台風が来たって大丈夫だろ?、ネネ。

ネネちゃん:うん…。

景太朗パパさん:この家は、実は古いけれども、柱とか、天井近くを横に通っている梁っていう木が、ものすごく太く造ってある。だからちゃんと手入れしていれば、簡単には壊れないんだよ。

コメットさん☆:あ、太い木って、屋根裏とか、リビングの上のほうとかですよね?。

景太朗パパさん:そうそう。コメットさん☆の部屋とか、リビングの上、コメットさん☆のとなりの部屋なんかは、特によく見えるよね。こういうふうにしっかり造ってあれば、傷んだところを修理し続けて、何年も使えるんだよね。ところが、今度の電車の場合、仮の修理はしてあるから、バラバラになっちゃったりはしないんだけど、ちょっとやっかいらしいんだ。

ツヨシくん:どこが?。

沙也加ママさん:ドアが開かなくなっちゃったとか?。

景太朗パパさん:いや…、ドアは開くみたいだけど…。最近家を造るときには、まず「基礎」というものを造って、その上に太めの木を四角く組んで「土台」というものを造る。それからそれに柱を立てて、壁を張り、屋根を付けて、仕上げをすると出来上がるんだ。簡単に言うとね。これを電車に当てはめると、車輪の上のところに、「台枠」という、家で言えば「土台」にあたるところを鉄で造って、そこから柱を立てて窓を付け、屋根を付けて、いすとかの内装も付けて造るのさ。

コメットさん☆:家を造るのと、そんなに変わらないんですね。

景太朗パパさん:そうだね。確かに似ているね。…ところが、今度の電車の故障は、この「土台」にあたる部分に、大きな傷が見つかったらしい。もちろん、修理しようとして出来ないことはないんだけど、それには相当お金がかかるし、何しろ家で言うと、全体を支えているところを、全部取り替えるのと似たようなものだから、大変なんだな。

ツヨシくん:ふぅん…。パパ詳しい!。

景太朗パパさん:あはは…。そりゃあまあ、一応建築が専門だからね。電車の構造くらいは…。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんに詳しいと言われて、面はゆく感じる反面、今ひとつ家族に、その仕事の内容が理解されていない様子が、ちょっとばかり寂しくも思えた。

ツヨシくん:じゃあさ、船はどうなっているの?。ヨットは?。飛行機は?。

景太朗パパさん:う、うえ?…。ヨ、ヨットと飛行機は…。ち、ちょっと詳しく調べないと…。ヨットはともかく…。

沙也加ママさん:まあ、パパったら…。そこであわてちゃ、しょうがないでしょ。ふふふ…。

ツヨシくん:飛行機には、柱があったりするの?、パパ。

景太朗パパさん:え、えーと…。ツヨシ、飛行機に柱はなかった気がするけど…。…今度調べておくよ。今日は勘弁してくれよ。

ネネちゃん:パパも、専門じゃないことだと、わからないことがあるんだね。

景太朗パパさん:そ、そりゃそうさ。

 ツヨシくんの追求に、景太朗パパさんは困ったような顔をして、苦笑いした。

ネネちゃん:でもぅ、そんなに古い電車、何で使っているの?。新しい方がいいんじゃないの?。

沙也加ママさん:新車って高いのかしら。車の何倍くらいかしらね?。

景太朗パパさん:何倍っていうくらいの金額じゃないらしいよ。1億円以上するんじゃないかなぁ?。でもさ、新しいものばかりがいいんじゃないんだよ、ネネ、それにツヨシ。

ツヨシくん:どうして?。

景太朗パパさん:古いものにも、いいものってあるんだな。ツヨシはこの家きらいか?。

ツヨシくん:ううん。クラスの誰の家よりも、広くていいね。ぼく好きだよ。

コメットさん☆:私もなんか、天井が高いから、落ち着くような気がする…。

景太朗パパさん:新しいものには、新しい価値がある。便利さとか、快適な感じとか…。けれども、古いものにだって、人が慣れ親しんだものには、それなりの良さがあるんだね。なじむってこともあるし…。…ただ、それでも、時には過去とさよならして、前に進まなければならないときもあるわけさ。今度の電車のように、みんなが長いこと大事に乗ってきたとしても、修理が難しいところが壊れてしまえば、乗客を乗せて走り続けるのは、やめるしかないかってことだってある…。

沙也加ママさん:そうねぇ…。お客さんを乗せて運ぶのに、「壊れてますけど、我慢して下さい」とも言えないものね。

景太朗パパさん:…きっと、今度廃止になる電車は、とてもたくさんの人を運んで、長生きしたけれど、鉄で出来ているから、たぶん溶かされて、また新しい電車になったり、部品になって、生まれ変わるんだろうな。

ツヨシくん:えーっ、溶かされちゃうの?…。

ネネちゃん:…なんだか、かわいそう…。

沙也加ママさん:鹿島さんが作る流木アートだって、おんなじかもしれないわね。…山に生えていた木が、台風なんかで倒れて、川に流されて海に行き、海岸に流れ着いて流木になる…。それを拾って、きれいにして、作品に生まれ変わらせるんだもの。

景太朗パパさん:ああ…。そうだねぇ。ものの運命としては、似ているね。

コメットさん☆:生まれ変わるんだ…。

 コメットさん☆は、その言葉に、胸がどこかじんとするのを感じていた。

 

 コメットさん☆は部屋に上がると、星空を見ながら、ラバボーに問いかけた。

コメットさん☆:ねえ、ラバボー、74年前って、どんなだったんだろ?。

ラバボー:74年前なんて、見たことないし、聞いたこともないようなものだボ?。わかるわけないボ。姫さま、突然何を言い出すんだボ?。

コメットさん☆:江ノ電の古い電車、74歳なんだけど、今度廃止されちゃうんだって。

ラバボー:地球の時間の流れは速いから、仕方ないのかボ?。

コメットさん☆:うん…。でも、74年前なんて、私生まれてもないよ…。それどころか、景太朗パパも、沙也加ママも、もちろんツヨシくんやネネちゃんだって…。ケースケも、プラネット王子も、メテオさんも…。鹿島さん、前島さん…。お父様やお母様だって…。そんなころから走っている電車だったなんて…。

ラバボー:ずいぶん長持ちなんだボ。大事に使われていたってことだボ。

コメットさん☆:そうだね…。…でも、私の生まれる前って、私はどんなだったんだろ?。

 コメットさん☆は、電車の一生の長さをイメージしてみることは出来なかった。だが、人の生まれる前とは、どんななのだろう?と、そっちのほうが疑問に思えた。

ラバボー:生まれる前は…、ぜんぜんわからないボ?。だって、その人がまだ人になってないっていうのか…。

コメットさん☆:人になる前って、どんなことかな?。

ラバボー:そ、そんなのわからないボ…。

コメットさん☆:…そうだね…。お父様とお母様が…、結婚して私が生まれた…。お母様のおなかの中で、私は育って…。でも、その前は…。

 コメットさん☆は、じっと考えた。命は細胞の集まり…。それはそうだけれど、じゃあその前は…と考えれば、答えの出ない疑問。

ラバボー:…姫さま、それ延々と考えていても、眠れなくなるだけだボ…。

 ラバボーは、そっとつぶやいた。

 

 翌日の夜、コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんを誘って、星のトンネルを通り、江ノ電の車庫まで行ってみることにした。

ツヨシくん:コメットさん☆、こんな夜にどうするの?。

 星のトンネルを通りながら、ツヨシくんが語りかける。

ネネちゃん:あんまり夜出歩いちゃいけないって、ママが言っていたよ。

コメットさん☆:うん。そうだね。ごめんね。沙也加ママには、一応断ってきたけど、本当はいけないね。ささっと行って、ささっと帰ろ。

ツヨシくん:電車、車庫にいるかなぁ?。もしずっと夜も走っていたら、乗れないよ?。

コメットさん☆:景太朗パパが、今夜は車庫にいるよって。…それに、ただ乗るんじゃないし…。

ネネちゃん:コメットさん☆?。

 ネネちゃんは、コメットさん☆が何をするつもりなのかわからずに、ツヨシくんと顔を見合わせた。もっとも、コメットさん☆だって、車庫まで行ってみて、それからどうするか、はっきり決めてあるわけでもなかった。

 極楽寺にある車庫のはずれの線路に、「チョコ電」と言われる、今度廃止になる電車が止めてあった。電灯は灯っていない。回りの闇にとけ込んで、それだけ見ればちょっと怖いような感じだ。コメットさん☆たちは、星のトンネルを抜けて、電車のそばの道に降り立った。

コメットさん☆:この電車だよね?。

ツヨシくん:うん。そうだよ。304って書いてあるから。

ネネちゃん:そんなに汚れてないね。なんか溶かされちゃうのかわいそう…。

コメットさん☆:そうだね…。壊れているようにも見えないけど…。

 と、その時、そばの踏切警報機がなり、乗客を乗せた電車がやって来た。薄暗い線路を、明るい電車が照らしながら走っていく。これから藤沢に向かう上り電車だ。たくさんの乗客を乗せ、短いカーブを曲がりながら走る。道に立つコメットさん☆たちのそばを通り過ぎ、止めてある、真っ暗な古い電車にも光を投げかける。コメットさん☆は、お客さんを乗せて走る電車を、見上げるように目で追った。

コメットさん☆:……たくさんの人が乗ってるね…。

ツヨシくん:これからうちに帰る人たちだよ、たぶん。

ネネちゃん:おうちに帰って、お風呂入って、ごはん食べて、寝るのかなぁ?。

コメットさん☆:きっとそうだね…。

 コメットさん☆は、ネネちゃんに微笑みかけた。しかし、電車が走り去ってしまうと、またもとの静かさが戻った。ひととき、お客さんを乗せた活気ある電車に照らされた古い電車も、また元のように闇に沈んでいる。コオロギの鳴く声が、あたりに響く。しんとした空気。コメットさん☆は、バトンを出すと、あたりを見回し、そして変身した。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆…。どうするの?。

ネネちゃん:コメットさん☆変身してる…。

 変身したコメットさん☆は、ミニドレスを身にまとい、コロネットを頭に載せ、右の腰にティンクルスターをつけ、長めの手袋と指輪をしている。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、この電車どこが壊れてるのか、星力を使って見よう。

 コメットさん☆は、バトンを振ると、古い電車に星力をかけた。すると、電車の傷んでいるところが、ピンク色に光って、闇に浮かび上がる。

ネネちゃん:わあ、いろいろなところが光る…。

ツヨシくん:これって、光っているところが壊れているところ?。

コメットさん☆:うん…。錆びてるだけのところもあると思うけど…。ずいぶんいろいろなところが傷んでるんだね…。

 コメットさん☆も、車体のあちこちが光るので、びっくりした。1ヶ所だけかと思っていたのだ。

コメットさん☆:こんなに傷んでたんだ…。ずいぶん長いこと、がんばったんだね…。

 そしてもう一度バトンを振ると、ドアを星力であけ、中に乗り込んだ。もちろん、星力で3人ともふわりと飛んで。そしてバトンの光で、そっと車内を照らす。

コメットさん☆:真っ暗な電車の中って、けっこう怖い…かも。

ツヨシくん:大丈夫だよ。ぼくがついているから!。

ネネちゃん:私…、暗くて怖い…。

コメットさん☆:ツヨシくんは、頼もしいな…。

 そんなコメットさん☆の言葉に、少しツヨシくんは誇らしい気持ちになった。

コメットさん☆:でも、少し明るくしようね…。

 コメットさん☆は、再びバトンを振って、電車の天井にスクリーンを開けた。ちょうど花火の時に、スピカさんと見た「高原の窓」のように…。

ネネちゃん:…コメットさん☆、どうするの?。

 ネネちゃんが、小さな声で聞く。

コメットさん☆:ネネちゃん、ツヨシくん、みんなでいすに座ろ。

 そう言うとコメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんをうながし、電車の座席に座った。すると、天井のスクリーンに、この電車の過去の風景が映りはじめた。

コメットさん☆:わあ、ほら。

ツヨシくん:あ、これって、この電車の生まれたころ?。…ちんちん電車みたいだ…。

ネネちゃん:焦げ茶色だね。

 電車が走りはじめたころ、車体は焦げ茶色で、路面電車だったから、路面から乗り降りするための階段が、乗り口についている。和服姿の人がたくさん、道路のようなところから乗り降りしているのが見える。そして電車はずっと鎌倉と藤沢の間を往復しているが、駅がやたらと多いのが目に見えた。

ツヨシくん:あ、なんだかわからないところ走ってる…。車が…、ものすごく古い形してるよ!。

ネネちゃん:ほんとだ。男の人帽子かぶってる…。女の人和服だぁ。

 路面を走っているところも多く、馬車と接触事故を起こしたりもしている。海辺を走るところでは、まだ国道は整備されておらず、砂浜がすぐそばに見える。やがてそんなゆったりした景色は、暗い戦争時代へと入っていく。壊れていく窓ガラス。ガラスが足りないので、板で窓をふさいでいる。超満員の人を乗せて、なんとか電車は走る。みんな必死だ。そして戦後の混乱期。ボロをまとった人が、サツマイモをたくさん背負った人が、電車に乗っている。やっぱり超満員で、ドアは開いたまま、そこにしがみつくようにして乗っている人もいる。窓は相変わらず板のまま…。

コメットさん☆:なんだか、大変な時期があったんだね…。たくさんの人が、とても苦労してる…。この電車も窓が壊れているよ。

 しかし、そんな暗い時代を抜けると、コメットさん☆たちの知らないところに電車はトレーラーで運ばれていた。あっちこっちを壊して、また作り直している。2輌の電車を1台にまとめる改造だ。

ツヨシくん:あ、今の形に似てきた…。今まで見えたのと、同じ電車なんだ…。

ネネちゃん:なんかバラバラに近くされているよ…。

 改造された電車は、江ノ電に戻ってきて、また走りはじめた。海水浴の人をたくさん乗せ、江の島に、七里ヶ浜に、由比ヶ浜に…。水着のまんま乗っている人もいる。

コメットさん☆:わあ、水着のまま乗っている人がいる…。なんか、それに水着が…。今みたいに鮮やかな色や柄じゃないね…。

ネネちゃん:ほんとだー。信じられなーい。みんな着ているものが、今と違うみたい…。

ツヨシくん:帽子かぶっている人が、たくさんいる気がするね。

 そして星力で見る映像は、だんだんと最近の様子を映し出しはじめた。ドラマの撮影に使われたり、コマーシャルに出演したり。もちろん洗練された洋服を着た人々を乗せたり。電車も少しずつ外観が変わり、冷房がついたり、機器の交換が行われたり。そうしているうちに…。

コメットさん☆:あ、景太朗パパと沙也加ママ…。二人の赤ちゃん抱いてるよ!。

ツヨシくん:あ、ほんとだ!。

ネネちゃん:あれって…、私たちかな?。

ツヨシくん:二人だもん。ぼくたちに決まってるよ。

コメットさん☆:あはっ。二人ともかわいい…。

 ふいに映った景太朗パパさんと沙也加ママさん。その手に、一人ずつおくるみに包まれて抱かれる赤ちゃん…。それはもちろん、ツヨシくんとネネちゃんの、ほんの生まれたての姿。

コメットさん☆:あんなだったんだね…。二人とも…。

 なぜかコメットさん☆は、涙が出そうになった。映像に映る赤ちゃんのツヨシくんとネネちゃんは、景太朗パパさんと沙也加ママさんに、電車の中で頬ずりされている。かわいくて、小さくて、幸せそう…。

ツヨシくん:…恥ずかしいなぁ。

ネネちゃん:わあ…。赤ちゃんの私…。

コメットさん☆:…二人とも、あんなに…。

 コメットさん☆は、そんな二人の様子を見て、感激して少し涙が出てしまった。しかし、きっと自分もそうだったのだろうと思った。王妃さまも王様も、きっと自分をああして抱いて、頬ずりしたに違いないと…。

 なおも映像は続く。映し出された映像には、コメットさん☆自身が映った。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆!。

ネネちゃん:ああっ、私たち保育園!。

コメットさん☆:…ほんとだ…。ツヨシくんとネネちゃんといっしょに乗ってる。あっ…。

 続いて映像は、メテオさん、ケースケ、イマシュンの姿も。ケースケは、青木さんと。イマシュンはギターを持って、メテオさんの家に行くところ。さらには、プラネット王子も。あらためて、コメットさん☆は、この電車が、単にとてもたくさんの人々だけではなく、たくさんの「思い」を、乗せ続けていたのだと気付いた。知っている人も、知らない人も、数え切れないほどたくさん…。人の数だけ、思いもたくさん…。しかし、電車には、故障が発見された。電車の修理をする人たちが、がっかりした顔で、この電車の回りに立ちつくしているのが見えた。

コメットさん☆:故障が見つかったんだね…。

ツヨシくん:みんながっかりしてるよ。

ネネちゃん:…どうやって、修理するか考えているのかなぁ?。

コメットさん☆:きっとそうだね…。

 コメットさん☆がつぶやいたとき、まるでフィルムが終わるかのように、映像はそこで途切れた。この電車の、74年にもわたる歴史を、駆け足で見たわけである。

 コメットさん☆は、こんなにも思いがたくさん詰まった電車の故障を、星力で直そうかとも思った。しかし景太朗パパさんの言った言葉をはっと思い出した。

(景太朗パパさん:とてもたくさんの人を運んで、長生きしたけれど、鉄で出来ているから、たぶん溶かされて、また新しい電車になったり、部品になって、生まれ変わるんだろうな。)(時には過去とさよならして、前に進まなければならないときもあるわけさ。)

 真っ暗に戻った古い電車の中で、ほんの少しの時間考えたコメットさん☆は、今まで座っていた座席からすっと立ち上がると、静かに言った。

コメットさん☆:…ここはたくさんの思い出が詰まっているタイムカプセル…。つらいこと、悲しいこと、うれしいことも、楽しいことも…。その思い出全部が、かがやきの元なんだ…。

 それは、自分に言い聞かせているようにも聞こえる。ある決意を秘めて、バトンを取り出し、再び星力をかけるコメットさん☆…。

コメットさん☆:今月末でお別れだけど…、それまでずっとかがやき続けてね、電車さん…。私たちが見た、あなたに乗せてもらった今まで全部の人たちの、思い出といっしょに…。

 すると、電車のパンタグラフが上がり、車内に電灯が灯った。床下の機器が動き出す。電車はひとりでにブレーキテストを繰り返すと、ゆっくりと前に動き出した。

ツヨシくん:わあっ、電車がひとりでに動いているよ!。

ネネちゃん:コメットさん☆!。

コメットさん☆:大丈夫だよ。しばらく貸し切り。電車さん、私たちを乗せて走ってね。

 びっくりしたツヨシくんとネネちゃんを、両手で抱き寄せるように、コメットさん☆はもう一度座席に座った。電車は車庫のはずれのところまで走ると、ヘッドライトを輝かせて、夜の空へと舞い上がった。

 電車はまず極楽寺車庫の回りの山を旋回するように飛び、国道に沿って由比ヶ浜のほうへ飛ぶ。ツヨシくんとネネちゃんは、おそるおそる窓の外を見る。

ツヨシくん:コ…、コメットさん☆、空飛ばしているの?。分解しない?。

コメットさん☆:あははは…。しないよ。大丈夫、ツヨシくん。

ネネちゃん:あ!、ママのお店…。

コメットさん☆:ほんとだ。沙也加ママのお店、夜は真っ暗。あんな感じなんだ…。誰もいないや。

ツヨシくん:だ、だって、もうママ帰ってきたじゃん…。

 ツヨシくんは、「HONNO KIMOCHI YA」をかすめるように走る、というか、飛んでいる電車の窓から、沙也加ママさんのお店を見て、こわごわ言った。普段の線路を走る江ノ電からは、想像もできない速度で飛ぶのが、ツヨシくんやネネちゃんにとっては、少し怖い。

 電車は、江ノ電のほかの電車を、足元に見ながら、ケースケのアパートに近づく。和田塚駅の近くにあるレトロなアパート。ケースケの部屋には電灯が灯っていなかった。たぶん夜間高校に行っているのだろう。続いて電車は鎌倉駅の遙か上を飛ぶ。西口駅前、段葛、そして花村ビル。飛んでいる電車の窓から次々に、コメットさん☆たちがよく知っている場所が見える。花村ビルには、まだ電灯が灯っていた。

コメットさん☆:…見つかっちゃうかな…。あ、前島さんのいるビルだ…。まだ電気ついているね。

ネネちゃん:ほんとだ。前島さん、がんばっているのかな?。

コメットさん☆:きっとそうだね…。

ツヨシくん:鹿島さんはどうしているんだろ?。

コメットさん☆:鹿島さんのおうちのほうへ行ってくれるかな、この電車さん…。

 コメットさん☆がそう思うと、電車は万里香ちゃんの住む浄明寺のあたりで反転し、鹿島さんの工房を目指した。どうやら、この電車はコメットさん☆の星力で、コメットさん☆が見たいと思った場所に向かうらしい。鹿島さんの工房には、ほんのわずかな時間で着く。着くと言っても、もちろんその入口まで乗り入れるわけではない。ちらっと外が見えるだけ。

コメットさん☆:鹿島さんのおうちも、電気がついて明るいよ。前島さんの帰りを、待っているのかな?。

ネネちゃん:きっとそうだよ。だっておよめさんだもん。おムコさんは待ってるでしょ?。

コメットさん☆:わはっ。ネネちゃん、おませさんだねっ。

ネネちゃん:そうかなぁ?。ふふふふふっ…。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、少しばかり、話に入って行かれない自分を感じた。そんなツヨシくんの思いをうち消すかのように、電車はコメットさん☆が住んでいる藤吉家の建物に近づく。

コメットさん☆:あ…、私の部屋…。

ツヨシくん:わあー、うちだぁー。

ネネちゃん:おうち、おうちー。

ツヨシくん:…ラバボーの上から、よく見てるよね…。

ネネちゃん:…うーん、そうだね。

コメットさん☆:ほんとだね。あははっ。

 裏山の桐の木や、桜の木をかすめると、今度はメテオさんの家へ。ふと電車の後ろのほうを見ると、キラキラと尾を引くように、ピンク色の光の帯が見える。きっと空を見上げる人からは、流れ星のように見えるかも。

コメットさん☆:メテオさんのおうち…。メテオさん、メトちゃんといっしょに遊んでるかな?。

ネネちゃん:メトちゃん、かわいいー。

ツヨシくん:メテオさんも、もうすぐ寝るのかなぁ?。

ネネちゃん:なんでツヨシくん、そんなこと気にするの?。

ツヨシくん:べ、別に何でもないよ。前に旅行いっしょに行ったとき、早く寝ないと美容によくないわ、とか言っていたからさ。

コメットさん☆:メテオさんは、よくそんなこと言っているね。

ネネちゃん:そう言えば私も聞いた…。けど…、美容によくないってほんとかな?。

 電車は、飛び続けて、ケースケが勉強しているはずの、深沢第三高校に近づく。高校にはいくつもの教室に明かりが灯り、夜なのに活気があるようにも思えた。もちろん昼間に比べれば人は多くないはずだが…。窓から漏れる黄色い光をコメットさん☆は見た。

コメットさん☆:ケースケ、しっかり勉強してるかな…。

ネネちゃん:きっとしてるんじゃない?。ケースケ兄ちゃん真面目だよ…。

コメットさん☆:そうだね…。時々やさしくないけどね。

ネネちゃん:ふふふっ…。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんかぁ…。

 ツヨシくんは、少し複雑な気持ちになった。この前の旅行の時、ラバボーと話したことを思い出しながら…。

 やがて電車は、元の極楽寺に近づいた。

コメットさん☆:…ありがとう電車さん…。もういいよ…。

 コメットさん☆がつぶやくと、電車はぐっと高度を下げ、先ほど舞い上がった引き込み線の線路に、ゆっくりゆっくり近づいた。そしてふわりとレールの上に乗り、元いた車庫のはずれの線路で、歩みを止めた。パンタグラフが下がり、何事もなかったかのように、電車は闇に埋もれた。

コメットさん☆:とうちゃーく。終点でーす。

ツヨシくん:終点、終てーん。面白かったぁ!。

ネネちゃん:早く降りないと、見つかっちゃうよ、コメットさん☆。私も楽しかった。

コメットさん☆:うん。楽しかったね。じゃあ、ささっと帰ろ。

 遊園地のジェットコースターから降りるかのような会話をしながら、そっと開けたドアから、線路のそばの通路に飛び降りたコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん。車庫のはずれの踏切から、道路に出たところで、みんな何となく電車を振り返った。そこには、ついさっきまで、三人を乗せて飛んでくれたなどと、思えないほど暗闇に沈む電車が見えた。しんとした夜の車庫に、真っ暗なままたたずむ古い電車。その姿を見てしまうと、三人とも急に立ち去りがたい気持ちになった。

ネネちゃん:電車、また真っ暗になっちゃったね…。

コメットさん☆:そうだね…。電車さん寂しそう…。

ツヨシくん:うん…。ぼくたち、赤ちゃんのころから乗っていたんだ…。

ネネちゃん:あ、そうかぁ…。私もだよー。

コメットさん☆:私も何度も乗ってた…。ケースケも、プラネット王子も、カロンくんも、ミラさんも…。みーんな…。とても長いこと、電車は走っていたんだね…。なんだか、なくなっちゃうの寂しい…。

 それきり三人とも、押し黙ってしまった。しかしそんなしんとした空気を引き裂くかのように、そばの踏切が鳴り出した。そして、何人もの乗客を乗せた鎌倉行きの電車がやって来た。その電車は、歩みを止めた古い電車と、コメットさん☆たちに、ひととき光を投げかけ、どんどんと走り去っていく。コメットさん☆は走り去る電車の、赤いテールライトを目で追いながら、ツヨシくんとネネちゃんの背中に手を添え、そっと引くようにして言った。

コメットさん☆:きっと電車さんは、「もうお帰り」って言っているよ。ね、そそっと帰ろ。

 そして後ずさりをするように、三人は道を少し歩き、星のトンネルに入った。家に帰るために。黙って、自らは何も語らない古い電車の姿が、次第に遠くなっていく。それでもみんな、電車を振り返り振り返り眺めながら…。

 タンスや電車は、形を変えて生まれ変わる。しかし人は違う。それでも、時に生まれ変わったような、気持ちの変化が起こることもある。時がたつにつれ、持ちきれないほどの思い出の中から。そんな思い出を、やっぱり大事にしたい。コメットさん☆はそうも思う。

 コメットさん☆の星力が見せた一夜の夢。74年の歴史からすれば、ほんの一瞬の出来事かもしれない。多くの人に親しまれ、長く人の手になじんだとも言える古い電車とのお別れは、どこかもの悲しいけれど、この電車たちとともにある鎌倉の街。その街の一員として、コメットさん☆も、ツヨシくんも、ネネちゃんも、ほかのみんなも生きていく。少しずつ動いていく、「街の歴史」の中で…。

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※江ノ島電鉄の300形304号車と354号車は、実際に2005年9月30日に引退しました。チョコレート色とクリーム色の「チョコ電」塗装での走行は、同年8月末までで、実際の9月上旬から30日までは、緑とクリームの標準色に戻されての運転でした。
※この回のストーリー末尾で、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、極楽寺車庫にこっそり出入りしていますが、当然このストーリーは全くのフィクションであり、車庫などの現業機関への無断での立ち入りは、絶対にしないようにして下さい。現実の車庫などは、深夜でも作業や試運転などしていることがあり、大変危険です。

★第219話:お月見コメットさん☆−−(2005年9月中旬放送)

 9月の中旬になると、もうすぐお月見。コメットさん☆にとって、天空に明るく輝く月を見るという伝統的な行事は、とても興味深く思えるもの。今年の名月は、9月の18日である。

 17日の夜のこと、コメットさん☆は、リビングのカーテンを少し開けて、東よりの空に上がった月を、じっと眺めていた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、何を見ているの?。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ…。大きな月を…。

 そんな様子のコメットさん☆を見て、沙也加ママさんが声をかけた。

沙也加ママさん:ああ、そうね。きれいな月ね。

 沙也加ママさんも、リビングの窓際に来て、コメットさん☆といっしょに空を見上げる。今夜は晴れていて、他の星々をかすませながら、月は明るく見える。

コメットさん☆:星国のルナ星も、あんな風に見える…。

沙也加ママさん:…そっか。ちょーっと、星国が恋しくなったかな?。

コメットさん☆:ううん。そんなんじゃないけど…。

沙也加ママさん:あんまり月が明るいと、ほかの星が見えにくくなっちゃうわね。

コメットさん☆:あ、そう…ですね。

 コメットさん☆は、そう答えつつ、なんとなく自分の未来のことを考えていた。「そう言えば、ここしばらく星国の月、ルナ星は見ていないな…」とも思いながら…。

沙也加ママさん:明日はお月見だから、ススキ用意して、お団子を食べないと…。

コメットさん☆:…お月見かぁ…。お団子作りますね。私。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆が作るのなら、売っているのより、ずーっとおいしいわね。期待しちゃおうかな?。ふふふふ…。

コメットさん☆:あはっ…。そんなに自信ないですけど…。あ、沙也加ママ、お月見って、何で毎年少しずつ時期が違うんですか?。

沙也加ママさん:うーん。それは難しいなぁ…。あのね、昔は8月15日って決まっていたんだけど、そのころと今は、暦が違うの。昔の暦は太陰暦って言って、簡単に言うと、ひと月が29日くらいだったの。だから時に13ヶ月目があったりする…。それが今から100年ちょっと前に、太陽暦っていう暦にしましょうって決まって、ひと月はだいたい30日か31日で、12ヶ月ちょうどってなったのよ。そうすると元の暦の8月15日と、今の暦の8月15日は、ぜんぜん違う日になっちゃう。お月見は、昔の暦で日を決めていたから、今の暦に当てはめると、だいぶんずれてしまうし、その年によってもずれ方が違っちゃうの。

コメットさん☆:ええー…。そんなに難しいんだ…。

沙也加ママさん:星国の暦には、旧暦と新暦みたいなのはないの?。

コメットさん☆:あ、星国にもあります。旧暦のことはわからないけど…。ヒゲノシタなら知っているかも。新暦はモール暦って言って、1年は16ヶ月だけど、45日でひと月です。ルナ星っていう、月みたいな星があるけど、それは45日で満ち欠けします。1年に3ヶ月は、46日の月があります。うるう年もありますよ。

沙也加ママさん:ひと月が長いのね。それで1年も長いのか…。だからコメットさん☆も、なかなか歳を取らない…。なんだかうらやましいわ。ふふふふ…。

コメットさん☆:でも、私…、いつまでたっても、みんなより成長しない…。

沙也加ママさん:…うーん、今くらいが一番楽しくて、いい時よ?。そんなに急がないで欲しいなぁ…。

コメットさん☆:そ、そうかなぁ…。

 そんな話を続ける二人に、月ははっきりとしたまばゆい光を投げかけていた。

 

 翌日は日曜日。コメットさん☆は午前中沙也加ママさんのお店を手伝い、それから家に戻ってきた。ススキを手に入れて、お団子を作るためだ。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、裏山に行こう。

ネネちゃん:裏山?。なんで?、コメットさん☆。

ツヨシくん:裏山、ススキあるかなぁ?。

コメットさん☆:ネネちゃん、ススキ探しに行くんだよ。ツヨシくん、ススキないかな?。

ツヨシくん:夏の草刈りしたとき、パパが刈っちゃったかもしれないよ?。

ネネちゃん:夏の草刈り、暑かったぁ。

コメットさん☆:あ、そうか…。でも、とにかく行ってみよ。

ツヨシくん:うん。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんの三人は、靴を履いて、さやに収めた鋏を持つと、庭にある裏口から出て、細い道で続く裏山に向かった。裏山には、コメットさん☆が好きなヤマザクラや、桐の木がある。まだまだ暑い日もある9月だから、葉っぱは茂っていて、元気そうだ。桐の木は、大きな葉っぱをたくさんつけているけれど、弱って落ちている葉っぱもある。台風が通ったときの跡だ。そんな木々に囲まれた、畑にもなっている裏山で、コメットさん☆たちはススキを探す。

ツヨシくん:やっぱ、ないよね。

ネネちゃん:ススキの穂、見えないね…。

コメットさん☆:ほんとだ…。やっぱりはえてないのかな?。沙也加ママが、もしかしたらないかもよって言ってた。

ツヨシくん:もともとなかったかなぁ?。あ、あのへんは?。

 ツヨシくんが探しながら、山のやや上の方を指さした。そこには少しススキが穂を出していた。

コメットさん☆:あ、あった。

ネネちゃん:ほんとだー。あったぁ。気がつかなかったよ。

コメットさん☆:でも…。

ツヨシくん:…うん。本数足りないよ?。

ネネちゃん:3本くらいしかないね。

コメットさん☆:これじゃ、お月見には足りないね…。

 ススキの株は見つかったのだが、穂の本数が少なくて、取ってしまうと丸坊主になってしまうのだ。コメットさん☆は、いつかケースケの応援に行ったとき、横須賀線の窓から見た、たくさんススキがはえている広大な原っぱを思い出した。

コメットさん☆:(…あれは、…そう…、新川崎の駅のところ…。あそこなら、両手に抱えられないほどススキがつめるよね…。)

 コメットさん☆は、ふっとそんなことも思った。しかし、そんなだだっ広く、昼間ですら誰もいないようなところに、ススキをつみに行くことも出来ない。そこでコメットさん☆は、沙也加ママさんのお店に電話をした。

コメットさん☆:沙也加ママ、ススキ、ちゃんと数えても5本くらいしかありません。それ取っちゃうと、裏山にススキ、なくなっちゃうんです。

沙也加ママさん:あらそう。じゃあ、しょうがないから、お花屋さんで買うことにしましょ。

コメットさん☆:はい。鎌倉駅のそばまで行きます。

沙也加ママさん:そうして。お願いね。買ったらお店に寄ればいいわ。

 コメットさん☆は、そんな電話を沙也加ママさんとすると、ツヨシくん、ネネちゃんを連れて、江ノ電で鎌倉に向かった。

 傾きかけたとは言っても、まだ日は高い。コメットさん☆は、ツヨシくん、ネネちゃんとともに、鎌倉駅近くの花屋さんに行った。花屋さんには、「お月見用ススキ」などと書かれて、少し短めに切ったススキが売られている。

コメットさん☆:これ買おうか。

ネネちゃん:短いね。

コメットさん☆:長いと、花瓶にさしたときに、倒れちゃうからだと思うよ。

ネネちゃん:そうなんだー。

ツヨシくん:ねえ、コメットさん☆、あのでっかいの何?。

コメットさん☆:でっかいの?…って、あれ?。

 ツヨシくんは、花屋さんのひときわ高いところにある、パンパスグラスを指さして聞いた。パンパスグラスは、ススキに似ているが、まるで掃除用モップのように背が高く、穂も大きい。

ツヨシくん:あれ欲しいなー。

ネネちゃん:ツヨシくん、あれ大きすぎ!。

コメットさん☆:うーん…。面白そうだけど、あれもススキかなぁ?。聞いてみよっか。

 コメットさん☆は、花屋さんの店員さんに聞いてみることにした。

コメットさん☆:すみません…。あの、あれは何ですか?。

店員さん:ああ、あれですか?。あれは、パンパスグラスですよ。他のものと合わせると、面白いですよー。

コメットさん☆:あ、あの…、お月見のススキの代わりになりますか?。

店員さん:お月見のススキの代わり…。ええ、まあ、そうなさる方もいらっしゃるようですけど…。おうちに飾るんですか?。

コメットさん☆:はい…。どうなのかなぁって思って…。

店員さん:ちょっと変わった感じで、面白いとは思いますけど…。

 コメットさん☆は、ちょっと困ってしまった。1メートルくらいに切ってあるが、それでも普通のススキに比べたら、ずっと大きい。それに、店員さんも、「お月見のススキの代わりにいいですよ!」と、強く勧めないのが気になった。正直なところ、コメットさん☆自身も、合うのかどうかわからないと思っていた。

 しかし、数分後…。

ツヨシくん:やったー。大きいススキみたいなのー。

ネネちゃん:もう…。そうとう変だよ、それぇ…。

 ツヨシくんは、かかげ持つようにして、買ってもらったパンパスグラスを持って、コメットさん☆は普通のススキも持って、若宮大路を歩き、沙也加ママさんのお店に向かっていた。

コメットさん☆:沙也加ママは、電話で買っていいわよって言ってくれたけど…。どうやって飾ろうかな?。ツヨシくんも考えてね。

ツヨシくん:うん。なんか大きくって面白そう。それに、どんな植物なのか興味あるもん。

ネネちゃん:ツヨシくん、これやっぱりススキじゃないよー。…でも、見た目は面白いかもね!、コメットさん☆。

コメットさん☆:あははっ。ネネちゃんも面白がってる。

 結局、沙也加ママさんにコメットさん☆がティンクルホンで電話をかけ、大きなパンパスグラスも買うことになったのだ。沙也加ママさんも、少々困惑気味ではあったが…。

 やがて、由比ヶ浜に向けて歩いた三人は、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に着いた。

ツヨシくん:ママただいまー。

ネネちゃん:ママ、来たよー。

コメットさん☆:沙也加ママ、ススキも買ってきました…。

沙也加ママさん:あら、ご苦労さま。あーら、それね、パンパスグラス。わあ、大きいなぁ…。うちにいけられる花瓶あるかしら?。バケツに入れるわけにも行かないし…。

コメットさん☆:沙也加ママ、やっぱり無理でしょうか…。

沙也加ママさん:ううん。いいわ。まあ見ればちょっと面白いじゃない。

コメットさん☆:…そうですね。なんかこれもいいかなぁ…。穂がふわふわ…。

沙也加ママさん:ただのススキだけより、一風変わったものがあるほうが、見た目も面白いかもよ。お月見って感じかどうかは、わからないけど…。うふふふふ…。ツヨシもいろんなもの好きねぇ…。

ネネちゃん:ツヨシくんったら、大きいススキ!って言って、これにしようってばかり言ってたんだよ?。

ツヨシくん:あ、ママに告げ口するなよう。

沙也加ママさん:まあいいわ。…でも帰りまで、まだ少し時間があるから…。ちゃんと水上げるかしらね。

コメットさん☆:私、帰りまでこれとススキ、バケツの水に入れておきますね。

沙也加ママさん:ああ、そうね。そうすればいいっか。コメットさん☆、ありがと。

コメットさん☆:いえ。

 コメットさん☆は、お店にある一番大きなバケツに水を入れ、包装を解いたススキとパンパスグラスをさしておいた。

 

 夜になって、コメットさん☆はお団子を作った。沙也加ママさんに教えてもらいながら。そして全部大きめに出来てしまったそれを、お皿に盛ると、月が見えるリビングの、開け放たれた窓のそばに置いた。買ってきたススキとパンパスグラスを、お団子の後ろに大きな花瓶でいけてみた。パンパスグラスはかなり短く切ったが、それでも倒れそうなほど。沙也加ママさんもサトイモを煮て、いっしょに置いた。

 そしてみんなでひととき、高く上った月を見る。高いパンパスグラスと、それよりは少し低いススキの向こうに見える、大きな丸い月。それはまばゆいほどに輝いて、金色の光を放つ。ちょうど仕事を終えた景太朗パパさんも、やって来ていっしょに月を見る。

沙也加ママさん:…きれいね、月。普段、あまり意識もしないけど…。

景太朗パパさん:そうだね。…グアムから帰るときの月も、きれいだったなぁ…。

沙也加ママさん:もうだいぶたつけど…、あの時は心配したわ…。

景太朗パパさん:…うん…。みんなに心配と不自由かけたね…。ごめん…。

沙也加ママさん:もういいのよ…。

 コメットさん☆は、そんな沙也加ママさんと景太朗パパさんの様子を見て、少し微笑んだ。ツヨシくんとネネちゃんは、お皿に盛られたのとは別に、もっとたくさん作りすぎなお団子を、もうつまんでいる。それもコメットさん☆にとっては、とてもうれしい。静かなリビングには、ウッドデッキのあたりからの、虫の声が聞こえる。その虫の声を運んでくる秋風は、すっかり涼しい。夏は確実に行ってしまったのだ。それをみな、虫の声とともに、お月見で実感する。季節はひたひたと、しかし確実に回っていく。

景太朗パパさん:ススキとパンパスグラス、結構似合っているじゃないか。いい感じだよ。

コメットさん☆:そ、そうですか。よかった…。うふふ…。

ツヨシくん:ほーらね。パンパスグラスっていうの、でっかくて面白いと思ったんだ。

沙也加ママさん:こんなの初めてだけどね。まあいいわ。

ネネちゃん:ぜーったい変!って思ったけど、お月様の光で金色に見えるよ。

景太朗パパさん:お団子も大きくていいね。

コメットさん☆:…な、なんだか、全部大きくなっちゃって…。

 コメットさん☆は、恥ずかしそうにした。

沙也加ママさん:もう少し小さめにしたかったところかな?。

ツヨシくん:おいしいよ?。

ネネちゃん:うん、おいしい。

沙也加ママさん:おいしいからって、食べ過ぎちゃだめよ。

景太朗パパさん:まあ、パンパスグラスのお月見っていうのも珍しいし、大きいお団子っていうのも、また面白いじゃないか。ちょっと変わっているとか、ありふれてないっていうのは、結構大事なことなんじゃないかな?。みんな同じだったら、つまらないし、個性がないからね。

沙也加ママさん:そうね。今はみんな個性の時代なんだから、人と同じじゃ面白くないわね。

景太朗パパさん:ママのお店だって、一風変わったものを置くためにあるわけだろうし。

沙也加ママさん:変なものばっかり置いているわけじゃ、ないんだけどなぁ…。

コメットさん☆:うふふふふ…。

ツヨシくん:あはははは…。

ネネちゃん:ふふふふ…。

 景太朗パパさんの言葉には、みんな一様に笑ってしまった。ひときわ大きな笑い声が、リビングに響く。ひととき虫の声も、小さくなったような感じ。コメットさん☆は、大き過ぎのお団子も、悪くはないかなぁ、と思い直していた。リビングの窓の下に置いた蚊取り線香からは、ふわりと煙が立ちのぼる。

景太朗パパさん:さて、固くならないうちに、お団子いただこうかな。

 景太朗パパさんは、別のお皿に盛り上がっているお団子に手を伸ばし、楊枝でつついて口に運ぶ。

景太朗パパさん:うん。これおいしいね。あんまり甘くないのがいいな。…うん。つい、2個3個といっちゃうね。

沙也加ママさん:大人気ね。コメットさん☆のお団子。

コメットさん☆:は、はあ…。よかった…。でも…、やっぱり作り過ぎかも…。

景太朗パパさん:いや、たぶん大丈夫さ。

沙也加ママさん:え?、どうして?。

 沙也加ママさんが聞き返したとき、玄関に人が来た。

プラネット王子:こんばんはー!。

 それを聞いて景太朗パパさんが…。

景太朗パパさん:ね?。

沙也加ママさん:あら、今夜は将棋とチェスなの。なーんだ。早く言ってくれればいいのに…。

コメットさん☆:私玄関に出ますね。はーい…。

 藤吉家の「観月会」に、ブリザーノさん、プラネット王子、ミラさんがやって来た。リビングは、さらににぎやかになる。ラバピョンの小屋に出かけていたラバボーも、ラバピョンを連れて、星のトンネルを通り帰ってきた。

 

 夜は更け、楽しい時間も過ぎ、再びリビングの外は、虫の声だけが響いている。ツヨシくんとネネちゃんはもう寝てしまった。景太朗パパさんはお風呂に入り、沙也加ママさんは、明日のお店の準備を少ししている。コメットさん☆は、ラバボーといっしょに、部屋の窓から、もう一度月を見ていた。電灯を全て消した部屋には、青白いような光が射し込んでいる。そのちょっと神秘的な光に照らされ、コメットさん☆の心も、静かな気持ちになる。

コメットさん☆:ねえ、ラバボー。

ラバボー:何だボ?。

 ラバボーは、ベッドにぺたりと座り込んで窓の月を見るコメットさん☆のとなりに、そっと座ってコメットさん☆に返事をする。

コメットさん☆:私、このままここに居続けると、いつかツヨシくんやネネちゃんに追い越されちゃうね…。

ラバボー:え?。何がだボ?。

コメットさん☆:…歳が…。

ラバボー:…そういうことかボ…。最初に地球に来たときは、こんなに長くここにとどまるとは思っていなかったボ。王子さまが見つかれば、呼び戻されると思っていたし…。

コメットさん☆:…うん。

 コメットさん☆の顔は、やや青白いようにも見える。それは月の光でだけではなく…。

ラバボー:地球と星国で、1年の長さが違うことは、王妃さまから聞いていたから、一応知ってはいたボ…。

コメットさん☆:…そう…だよね…。もう…、帰らないといけないのかな…。

 コメットさん☆は、悲しそうな目になってつぶやいた。その様子は、月明かりの中、ラバボーにも見て取れた。

ラバボー:…そ、それは、姫さま自身が決めることなんだボ…。

コメットさん☆:そうだけど…。私、まだ自分はもちろん、誰の夢も見届けてない…。誰かの夢を見届けたら、それで終わりっていうことでもないけど…。夢と希望のかがやきって、一つが消えても、きっとそれは次のかがやきにつながっていくんだって思う。そんなとき、地球の人ってどんなふうに、次のかがやきを求めるのかなって、…私、それをもっと見てみたい…。そう思う…。

ラバボー:…姫さま…。

コメットさん☆:それに、かがやきって毎日の中にたくさん…。いろんな地球のかがやきを、星国に伝えるのも、私がここにいる意味だと思うもの…。沙也加ママも、そんなに急がないでって言ってた…。

ラバボー:…姫さまがそう思っているなら、それでいいボ?。誰もそれをいけないなんて言わないボ。きっと王様や王妃さまも、応援してくれるボ。もちろん、景太朗パパさんや、沙也加ママさん、スピカさまに、メテオさまだって…。ツヨシくんもネネちゃんも…。星ビトや星の子たちも…。信じなければ、先の道は開けないボ?。

コメットさん☆:……ありがとう、ラバボー。今夜はなんかステキだね…。

ラバボー:…な、何を急に言うんだボ?、姫さま…。…ひ、姫さまにそんなふうに言われたの、…初めてだボ…。

 ラバボーは、狼狽したような態度で、下を向きながら答えた。

 みんなといっしょに、楽しくチェスやトランプをして過ごした夜。コメットさん☆の作った大きめのお団子は大人気で、みんなのおなかにおさまった。みんな口々においしいと言いながら…。しかし、今はもう静かな秋の夜。虫の声は窓の外から、網戸を通してずっと聞こえ、涼しい秋風が窓から吹き込む。ラバボーを、そっとぬいぐるみのように抱くと、コメットさん☆はベッドに入った。

 地球に一番近くて、明るく、大きく見える星、それは月。満月がその輝きで、コメットさん☆を照らしつつ、じっと見守っている。かがやきを求め続けるコメットさん☆を…。

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★第220話:キンモクセイの香り−−(2005年9月下旬放送)

 秋の入口はまだ暑い。しかし日が進むにつれ、だんだんと涼しくなってきて、気温も30度を超える日は少なくなっていく。それとともに、虫の声は庭に響き、空は高くなり、雲は鰯雲のようになる。そして街には、一時(いっとき)いい香りが漂う。

 コメットさん☆は、毎年この時期になると、家の回りや、町中にも漂ういい香りのもとは、いったいなんだろう?と思っていた。地球にやって来て、はじめての年から既に4年。もう4回四季を過ごしているようなものだが、まだまだ知らないことは多い。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」で売れた商品を、届けに行った帰り、ツヨシくんとネネちゃんの通う小学校に立ち寄って、二人といっしょにお店まで帰ることにした。夕方まで沙也加ママさんのお店や、由比ヶ浜の海岸で遊んでから、沙也加ママさんの車で帰るのだ。

コメットさん☆:なんだろ?、いいにおいがするね。

ツヨシくん:どんなにおい?。

コメットさん☆:んー、お花かな?。毎年今頃になるといいにおい。

ツヨシくん:ふんふん…、うん、これならキンモクセイか、ギンモクセイっていうのだよ。えーと…。

 小学校から二人を連れ、極楽寺駅に向かう道の途中で、コメットさん☆はふといい香りに気付いた。ツヨシくんがそれに応えて、あたりを見回す。

ツヨシくん:あった。そこの階段の途中。オレンジ色の花。

 ツヨシくんは、そばの石造りの階段脇に植えられているキンモクセイを指さした。その階段を上りきると、由比ヶ浜の海岸を見ることが出来る。

コメットさん☆:金木星?。金星と木星?。あのお花と関係があるの?。

ネネちゃん:ちがうよ、コメットさん☆。星の話じゃないよ?。ふふふ…。

ツヨシくん:コメットさん☆、それスペシャルな勘違い。キンモクセイは、木の名前だよ。そこのオレンジ色の花から、いいにおいがするんだよ。

コメットさん☆:えっ?、そ、そっか…。あはっ、あはははは…。

 コメットさん☆は、ばつが悪そうに笑った。

ネネちゃん:コメットさん☆、ほらっ、こっち。

 ネネちゃんが階段を上がって、コメットさん☆に手招きする。コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに回りを見ると、ネネちゃんのもとに近づいた。そして枝の低いところに、顔を寄せる。

コメットさん☆:わあ、ほんとだ。いいにおいだね、このお花。そうだ…、このお花なんだ。

ツヨシくん:秋になると、花が咲くんだよ。

コメットさん☆:ツヨシくんもネネちゃんも詳しいんだね。勉強したの?。

ネネちゃん:私は栽培係だったから、知ってた。ツヨシくんは?。

ツヨシくん:ぼくも、9月から栽培係になったよ。でも、教わったのはパパから。

コメットさん☆:そっか。私、毎年今頃になると、外でいいにおいがするなぁって、思ってたけど…。木の名前は知らなかった…。

ツヨシくん:花がオレンジ色じゃなくて、確か…、薄い黄色いのは、ギンモクセイって言うんだよ。学校の図鑑でも調べた。

コメットさん☆:ふぅん。そうなんだ。

ネネちゃん:うちにはないよね。

ツヨシくん:うん。うちにはないね。パパも言ってた。

コメットさん☆:そう。うちにないの?。あんまり注意して見てなかったかも…。

ツヨシくん:裏山にもないんだよ。

コメットさん☆:ツヨシくんも、ネネちゃんも理科好き?。

ツヨシくん:うん。植物が好き。

ネネちゃん:私も、お花とか。

コメットさん☆:そう。栽培係って、どんなことするの?。

ネネちゃん:私は花壇のお花の植え替えとかしたよ。

ツヨシくん:ぼくは…、まだあまり何もやってないけど…。今度球根を植えるよ。

コメットさん☆:あはっ。楽しそうだね。

ネネちゃん:えーっ?、夏の草取りとか大変だよ?。

コメットさん☆:そんなこともするの?。

ネネちゃん:だって、たくさん雑草はえてくるもん。

コメットさん☆:そっか…。それでなんだね、ツヨシくん最近少し帰りが遅いの…。

 コメットさん☆はまたキンモクセイの木を見上げた。

 三人は、風がさわやかだったので、楽しくおしゃべりをしながら、海岸沿いの国道へ出るようにして、「HONNO KIMOCHI YA」まで歩いて行った。電車では二駅だが、近道が出来るので、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」までは、案外近い。コメットさん☆は、楽しいおしゃべりの中で、「花が咲くことにも、生き物のかがやきがあるけれど、そのかがやきを本当に「輝かす」ことには、それなりの苦労がある」ということを、あらためて理解した。

 

沙也加ママさん:ええー?、キンモクセイが「金木星」?。うふふ…。コメットさん☆らしいわね。

コメットさん☆:あははっ…。ち、ちょっと間違えちゃって。

ツヨシくん:コメットさん☆は、星ビトだから、星のことには詳しいけどね。

ネネちゃん:星の話になると、コメットさん☆キラキラしてるけどね。

コメットさん☆:そ、そうかなぁ…。でも、…恥ずかしいな…。

沙也加ママさん:いいのよ。「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」って言うくらいだもの。

ネネちゃん:ママ、それどういう意味?。

沙也加ママさん:そうねぇ…。わかりやすく言うと、「人に知らないことを尋ねるのは、その時だけ恥ずかしいかもしれないけれど、知らないままでいるのは、一生恥ずかしいことだから、知らないことは、知っている人に聞いて理解しなさい」っていうような意味かな。

コメットさん☆:沙也加ママ…、そうなんですか。

沙也加ママさん:コメットさん☆も、まだまだ知らないことがあるのね。うふふふ…。遠慮しないで聞いたらいいわ。もちろん、自分で調べるのも大事だけど。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、少しほおを赤らめながら頷いた。窓からは傾いた日が射している。「HONNO KIMOCHI YA」は、国道に面して開かない窓があるので、そちら側はまだ暑い。しかし、さりげなく助け船を出してくれる、沙也加ママの思いやりは、コメットさん☆にとって、とてもあったかい。それはたとえ窓から差す日の光が暑くても…。

ツヨシくん:ねえねえ、もっとキンモクセイ探しに行こうよ!。

ネネちゃん:ええ?、これから?。

ツヨシくん:ネネ行かないの?。じゃあ、コメットさん☆行こう!。ママいいでしょ?。

沙也加ママさん:え?、そ、そりゃあコメットさん☆がいいって言うなら…いいけど。

コメットさん☆:いいよ。

ネネちゃん:あー、じゃあ私も行くー!。

沙也加ママさん:うふふふふ…。

 沙也加ママさんは、そんなツヨシくんとネネちゃんの様子に、意味ありげに笑った。

コメットさん☆:それなら…、お店閉める前までには戻ってきます。

沙也加ママさん:いいわ。気を付けてね。

コメットさん☆:はい、沙也加ママ。…じゃあツヨシくん、ネネちゃん、キンモクセイやギンモクセイを探しに行こう!。

ツヨシくん:行こうー!。

ネネちゃん:しょうがないなぁー。

 コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは、そろって「HONNO KIMOCHI YA」から、国道へと出ていった。山側の住宅街の方へと向かうつもり。

沙也加ママさん:…やれやれ、そろそろ植物図鑑がうちにも必要かしら…。

 沙也加ママさんは、それを見送りながら、少し微笑んでつぶやいた。

 由比ヶ浜から、江ノ電の線路近くには、住宅街が広がる。鎌倉の駅近くと同じように、細い路地が続く。そんな中を、三人は「あそこにも、ここにも」と、キンモクセイやギンモクセイを探して歩く。

コメットさん☆:あ、ほら。あった。

ネネちゃん:オレンジ色だから、キンモクセイだね。

ツヨシくん:この辺ずっといいにおいがするよ。あそこの塀の内側に、ギンモクセイもあるよ。

コメットさん☆:ほんとだ。塀のところぎりぎりだね。

ネネちゃん:風が吹くと、塀にこすれちゃわないのかなぁ?。

コメットさん☆:こすれちゃうかもしれないね。

ツヨシくん:植物は痛くないのかな?。

ネネちゃん:痛いのかな?。

コメットさん☆:どうなんだろ?。

 三人は、小さな川を渡る橋を、車は通れない道を、江ノ電の小さな踏切を歩く。秋のさわやかな風は、そんな三人の背中を押す。そしてある家の、低いフェンスの外にまで張り出した、比較的大きなキンモクセイの木を見つけた。

コメットさん☆:あ、大きなキンモクセイだよ。

ツヨシくん:ほんとだ。少し葉っぱが傷んでるね。

ネネちゃん:ああ、見て!。下にいっぱい花が落ちてるよ!。

コメットさん☆:ほんとだ…。

ツヨシくん:たくさん散ってる…。

 その大きなキンモクセイは、ほかの木よりも早く花が咲いたのか、もう散り始めで、木の下の道一面を、オレンジ色に染めていた。花が終わって木からこぼれ落ち、道に散らばって落ちているのだ。

ネネちゃん:…なんだか、このままじゃもったいないね。

ツヨシくん:天気予報で、天気下り坂って言っていたよ。雨が降ったら流れちゃうね…。さっきの川に行っちゃうのかなぁ。

 ツヨシくんは、さっき渡った小さな川を思い出した。コメットさん☆も、それを聞いて同じように…。

コメットさん☆:せっかくきれいに咲いたのに…。…そうだ!。星力使お。

ネネちゃん:どうやって?。

ツヨシくん:まさか、木に戻すの?。

コメットさん☆:ううん。見てて。

 コメットさん☆は、バトンを出すと振って、落ちて散らばったキンモクセイの花に、星力をかけた。キラキラとした光とともに、落ちて散らばっているキンモクセイの小さな花は、全部ふわっと浮き上がり、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんの手のひらに…。

ネネちゃん:わあっ!。

ツヨシくん:おおっ、すげー。拾わないでもすんだー。

コメットさん☆:いいにおいするかな?。…あっ、するよ、落ちたのでもいいにおい。

ネネちゃん:ほんとだー。散っちゃったのでも、おんなじにおいするねー。

ツヨシくん:お、ほんとっ。…でも、コメットさん☆、これどうするの?。

コメットさん☆:…え?。えーと、どうしよう?。

ネネちゃん:…コメットさん☆、何かしようと思ったんじゃないの?。

 ネネちゃんが困ったような顔で聞く。コメットさん☆は、もしラバボーがいたら、「また姫さまは無計画だボ」とか言われるなと、ふと思った。今日ラバボーは、珍しく景太朗パパさんの手伝いをしているのだ。

ツヨシくん:あ、ぼくポリ袋持っているよ。ちょっと待って…。これに入れよう。

 ツヨシくんは、手のひらに盛り上がったキンモクセイの花を片手に持ちかえると、ポケットから小さめなポリ袋を取り出した。

ネネちゃん:なんでツヨシくんポリ袋持ってるの?。

ツヨシくん:どんぐり拾おうかと思ってさ。

コメットさん☆:わはっ。ツヨシくん、ありがとう。助かっちゃった。

 コメットさん☆が一瞬困ったな、と思っていると、ツヨシくんが助け船を出してくれた。ツヨシくんがポケットに、たまたま持っていたポリ袋へ、みんな手のひらのキンモクセイの花を、注ぐように入れる。

ネネちゃん:持って帰ってどうするの、コメットさん☆。

コメットさん☆:…え、えーと、そうだね…。ポプリにならないかな?。

ネネちゃん:ポプリ?。なるかな?。

ツヨシくん:何それ?。

ネネちゃん:ツヨシくん、知らないの?。信じられない…。

コメットさん☆:沙也加ママのお店でも売っているよ。花びらを乾燥させて、お部屋に置いておくといい香りがするの。そんなふうにならないかな?。

ツヨシくん:へー、コメットさん☆、あったまいいー。

ネネちゃん:それなら、おうちじゅうのお部屋もいい香りに出来るね!。

コメットさん☆:そうだね。そうなったらいいなぁ…。…でも、そろそろ沙也加ママのお店に帰ろうか。もうだんだん夕方だよ。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:そうしようね、コメットさん☆。

 3人は、にっこりと微笑んだ。

 

 コメットさん☆たちの、夕方のお散歩。何気ない住宅街の庭木にも、季節の恵み。季節のうつろいは意外と早くて、振り向いてはくれないけれど、確実にみんなを、分け隔てなく成長させてゆく。だいぶ傾いて、キンモクセイの花のようにオレンジ色になった日の光は、沙也加ママさんのもとに急ぐコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんを照らしていた。長めの影を引く三人の姿は、細い路地から少しずつ遠ざかって行く…。

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★第221話:秋風とモデルデビュー−−(2005年10月上旬放送・秋のスペシャル)

 さすがに10月に入るようになると、秋の気配はずっと濃くなり、気温が高くても、海に入って遊ぶということはなくなる。コメットさん☆は毎年、「また来年」などと思うのだ。もっとも、ケースケにとっては、まだまだシーズンは終わらないのであろうが…。

(ケースケ:10月には、うちのクラブ全員が出る、片瀬東浜での大会がある。)

(コメットさん☆:そうなんだ。優勝できそう?。)

(ケースケ:もちろん、調整はばっちりだな。個人戦でも絶対に勝つぜ。)

(コメットさん☆:がんばってね。)

(ケースケ:それが終われば…、来年の3月には、オーストラリアで世界大会だ。それに代表として出るには、今度の大会に勝たないとならない。)

(コメットさん☆:代表って…。それじゃあ、世界一になれるかも!?。)

(ケースケ:ああ。うまく行けば…。だから、必ず今度の大会は勝たないと。)

(コメットさん☆:…がんばって、ケースケ、ついに夢が叶うんだね!。私、応援してる。)

(ケースケ:…いつも、応援してくれているよな…。…サンキュ…。)

(コメットさん☆:ケースケ…。)

 コメットさん☆は、そんなケースケの言葉を思い出していた。ところが…。

メテオさん:ほら!、コメット、何をぼーっとしているのよ。

コメットさん☆:え?、あ、ご、ごめん…。

ラバボー:…うううー、どうするボ。本当に泳げるようになるのかボ?。

ラバピョン:私がついているのピョン。これからもずっと、いっしょに来てあげるのピョン。

ラバボー:ラバピョン…、うれしいボー。はああー。

メテオさん:あー、いつものように疲れる二人…。

コメットさん☆:ふふっ…。

 コメットさん☆は、メテオさんのぐったりした様子に、ちょっと笑った。

 ここはコメットさん☆の家の近くにある、スイミングスクールの温水プール。まだ時刻はお昼前。今日からラバボーを泳げるようにするために、ラバピョンがついて練習をするのだ。もちろん二人とも人の姿で。メテオさんも、紹介者として今日はついてきた。コメットさん☆も、ラバボーが少し心配だから、見に来たところなのだ。ツヨシくんとネネちゃんは学校に行っている。これから毎週2回ほど、この時間にラバボーとラバピョンを、人の姿にして通わせなければならない。ラバピョンは泳げるから、本来見ているだけでいいのだが、ラバボーのために、毎回自分もいっしょにコーチを受けると言う。デート感覚と言えばそう言えそうだが、コメットさん☆には、ラバピョンのやさしい気持ちのあらわれだと思えた。

メテオさん:じゃあね。お二人さん。プールの中では危ないから、ラブラブにしてふざけちゃだめよったら、だ・め・よ。

ラバピョン:はいなのピョン、メテオさま。

ラバボー:…た、たとえしたくても、とても出来ないボ…。

 ラバボーは、自信なさそうに答える。メテオさんの冗談めかした言葉にも。

 ラバボーとラバピョンがそれぞれ更衣室に行ってしまうと、コメットさん☆はメテオさんといっしょに、ガラスを隔てたロビーのところにある、「見学者席」に移動した。

メテオさん:ここからなら、二人が練習している様子が見えるわったら、見えるわ。

コメットさん☆:ほんとだ。プールが見える…。ラバボー、大丈夫かな…。

 回りには、幼児を練習に連れてきているお母さんの姿もある。コメットさん☆は、同年代がいない居心地の悪さを少し感じた。しかし、心の中では、やっぱりラバボーのことが心配だった。コメットさん☆は、大きな窓のガラスに、顔を押しつけるかのようにして、プールの中を見渡した。と、その時後ろで、聞き覚えのある声が自分を呼ぶのに気付いた。

前島さん:あれ?、コメットさん☆じゃない?。こんなところで会うなんて珍しいね。どうしたの?。

 コメットさん☆が振り返ると、そこには前島優衣さんの姿が。

コメットさん☆:あ、優衣さん…。こんにちは。

前島さん:いけない、あいさつは大事だよね。こんにちは。…あら、メテオさんもいっしょ?。

コメットさん☆:ええ…。ちょっと泳げない…友だちが、メテオさんの紹介で水泳教室に…。

 前島さんは、コメットさん☆が指さしたプールをちらっと見て答えた。

前島さん:ああ、そうか。初心者向けの教室、今の時間だものね。泳げるようになるのは大変だけど、一度泳げるようになれば、結構楽しいからね。

メテオさん:…こほん…。

 メテオさんが、少し赤くなって、小さな咳払いをした。かつての自分を思いだして。

コメットさん☆:優衣さんは、どうしてここに?。

前島さん:ああ、私?。私はさあ、午前中休み取って、少しシェイプアップしようかなって思って…。ストレスたまるしさあ、少しは自分磨きしないとね。

コメットさん☆:自分磨き…。わあ、いいなぁ、その響き。

前島さん:コメットさん☆はしないの?…って、コメットさん☆もメテオさんも、スタイルいいものね。シェイプアップする必要はないか…。

メテオさん:それはまあ…、オホホホホ…。

コメットさん☆:そ、そうですか?。そ、そんなに自信ないけど…。

前島さん:…ほんとはいっしょにお昼でも…って言いたいんだけどさ、午後から仕事だから…。これで失礼するね。お友だちが早く泳げるようになるといいね。

コメットさん☆:はい。ありがとうございます。

前島さん:じゃあね、コメットさん☆とメテオさん。

コメットさん☆:はい。優衣さん、鹿島さんにもよろしく…。

メテオさん:さよなら。失礼しますわ。

前島さん:もう、照れるなぁ、コメットさん☆。ふふっ、…じゃ。

 前島さんは手を振ると、スクールの玄関を出て、駐車場のほうへと行ってしまった。コメットさん☆とメテオさんは、それを目で追うと、また向き直って、プールのほうを見た。プールサイドに、自信なさそうに立つラバボーと、まるでお姉さんのように、いっしょに前を見て立つラバピョンの姿が見えた。

 

 翌日、コメットさん☆は沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」へ行き、いっしょに準備を手伝っていた。店内を簡単に掃き掃除し、窓ガラスを拭く。手を動かしながら、コメットさん☆はラバボーにたずねた。

コメットさん☆:ラバボー、昨日は疲れていたようだけど、今日はどう?。

 ラバボーは、いつものようにティンクルスターから飛び出て、レジカウンターの上に乗ると、ため息をつくように答えた。

ラバボー:うううう…、体のいろいろなところが、筋肉痛だボ…。

沙也加ママさん:ラバボーくんは、お疲れね。ふふふ…。大変だったかな?。

ラバボー:体操がきつくて…。それから水に慣れるとかで…。ぜんぜんボーの体は浮かないボ…。

コメットさん☆:そんなことないはずだよ?。ラバボー、体に力入れてるからだよ。

ラバボー:だってぇ…。沈むんだボ。いつもの体形とは全然違うボ…。

沙也加ママさん:まあ、最初だから。そのうちにコツがつかめるわよ。大丈夫。

ラバボー:そうですかボ?。はぁ〜、いつになったら…。

沙也加ママさん:まだ最初の一回じゃ…。ラバピョンちゃんもいっしょでしょ?。あの子に手を持っていてもらえば、少しは安心できるんじゃない?。

ラバボー:それは…、そうだけど…。

 ラバボーは、うなだれ気味に答えた。しかしそれでも、ラバピョンのことを思い出すと、少し力が出る気がした。

ラバボー:(これも、恋力なのかボ?。)

 そっとそんなことも思った。

 と、その時、カウンターの上の電話が鳴った。

ラバボー:うわっ。ああっ…、いたたた…。

 ラバボーはびっくりした拍子に、カウンターの端までたたらを踏んだ。コメットさん☆は、それを見て、ラバボーを支えようと、とっさに手を伸ばしたのだが、間に合わなかった。ラバボーはカウンターの下まで落ちてしまい、電話のほうは、沙也加ママさんが出た。

沙也加ママさん:はい、もしもし、「HONNO KIMOCHI YA」です。

前島さん:あ、藤吉さんですか?。前島です。こんにちは。今、そちらのお店に向かっていて、…もう着きました…。

沙也加ママさん:あら、前島さん、こんにち…ええっ!?。

 沙也加ママさんがびっくりしてお店の外を見ると、携帯電話を耳に当てたままの前島さんが、あわてた様子で立っていた。ラバボーは急いでティンクルスターの中に隠れる。コメットさん☆は、ドアを背にしていたので、腰のティンクルスターに手を当て、ラバボーが隠れたのを確かめると、そっと立ち上がり、向き直ってドアを開けた。

コメットさん☆:あれっ?。優衣さん…。おはようございます…。今の電話、優衣さんですよね?。

前島さん:あ、コメットさん☆!。ちょうどよかった。おはよう。…あ、あのね…。

 前島さんは、とても急いだ様子で、コメットさん☆と沙也加ママさんに語りだした。

コメットさん☆:ええーっ!?、み、水着のモデルって…。優衣さん…。

前島さん:引き受けてくれないかな?、コメットさん☆。春に出る通販カタログの仕事、モデルが急に足りなくなっちゃって…。沙也加さん、ネネちゃんといっしょに…。だめですか?。

 2階のソファに座った前島さんは、反対側に座るコメットさん☆と沙也加ママさんを前に、身を乗り出すように頼み事を語る。

沙也加ママさん:そ、それは、コメットさん☆とネネが、いいって言うなら…。

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、前島さんの突然の申し出に、びっくりして顔を見合わせた。何しろ、通販カタログに掲載される、ティーンズと子ども向けの水着モデルになって欲しいというのだから…。

前島さん:コメットさん☆、おねがいっ。助けて。去年約束…したよね?。助けてくれるって…。

コメットさん☆:…は、はあ…。た、確かにしましたけど…。…あまりに急で、こ…、心の準備が…、あははっ…。そんなに、自信、ないし…。

 コメットさん☆は、恥ずかしそうに、うつむき加減で答えた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、イヤじゃなければ、やってみたら?。通販カタログなら、ファッションショーじゃないんだし。

前島さん:ネネちゃんもどうでしょうか…?。

沙也加ママさん:ネネには…、そうね。聞いてみるわね。夕方でもいいかしら?、返事。

前島さん:はい。結構です。じゃあ…。

 前島さんは、懇願するような目で、コメットさん☆を見た。それを見ると、コメットさん☆も断りにくくなってしまった。

コメットさん☆:は…、恥ずかしいですけど…、私でよければ…。ネネちゃんもいっしょだといいなぁ…。

 コメットさん☆は、自信がなさそうに答えた。いつになく歯切れは悪い。

沙也加ママさん:お父様やお母様に叱られちゃう?。

コメットさん☆:いえ、そんなことはないと思いますけど…。…わかりました。私はいいですよ、優衣さん。

 コメットさん☆は、恥ずかしそうに、少し上目遣いで答えた。

前島さん:ありがとうー!。助かるっ。ごめんね。

コメットさん☆:いえ…。

 まだ少し躊躇している様子のコメットさん☆に、沙也加ママさんが後押しした。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、海が好きよね?。…なら、その海の「かがやき」を、あなたがモデルになって、ほかの人にも分けてあげたら?。

 コメットさん☆は、その言葉にはっとした。そして、今度は顔を上げて答えた。

コメットさん☆:…はい。あまり自信はないですけど、そうします。

 前島さんは、その様子を見て、ほっとした目になった。沙也加ママさんも微笑む。

 そして夜、ネネちゃんは、コメットさん☆といっしょに「モデル」になれると、有頂天になっていた。もちろん、ネネちゃんは即引き受けである。

ネネちゃん:コメットさん☆!、いっしょにモデルになろうね!。

コメットさん☆:う、うん。ネネちゃんもいっしょなら、私もちょっと安心。

ネネちゃん:コメットさん☆、心配だったの?。

コメットさん☆:だ、だって…。

ツヨシくん:ラバボー、ネネとコメットさん☆だけ盛り上がってるよ?。

ラバボー:姫さまは勝手に決めているけど、ボーがだめ!って言うわけにもいかないボ?。よくわからないけど…。

ツヨシくん:うーん、ぼくもよくわからないや…。何がどうなるのか…。

 喜びいっぱいのネネちゃんと、微妙な心の揺れ動きをするコメットさん☆の様子を、リビングの離れたところから見て、ツヨシくんはラバボーとヒソヒソ話をしていた。

ラバボー:ツヨシくんは、反対かボ?。

ツヨシくん:え?、何で反対するの?。ただ…。

ラバボー:…ただ?。

ツヨシくん:ぼくもやりたかったなぁって…。男の子はダメなのかな?。

 意外なツヨシくんの言葉に、ラバボーは仰向けにひっくり返りながら答えた。

ラバボー:…そ…、そういうことかボ…。姫さまが、水着姿でカタログに載るなんて、ヒゲじいさんに聞かれでもしたら、ボーは…、どうなるか考えただけでも恐ろしいボ…。

ツヨシくん:ええ?、そんなにまずいことなの?。今夜、コメットさん☆はメモリーボールで、報告しちゃうよ、たぶん…。

ラバボー:…そりゃ、いけないことしているわけじゃないけど…。…やっぱり姫さまは、メモリーボールに記録してしまうのかボ?。そ、それだけは勘弁して欲しいボ…。

ツヨシくん:コメットさん☆が雑誌に載るってことでしょ?。何かまずいのかなぁ?…。

 ラバボーは、まるでこの世の終わりのような顔をして、ツヨシくんを見た。実のところ、ラバボーは、ツヨシくんがなぜ気にしないのかわからなかったが、もちろん、ツヨシくんには、通販カタログの水着モデルというものが、どういうものなのか、イメージがわいていないのだった。

 

 翌日さっそく、コメットさん☆とネネちゃんは、前島さんが仕事をしている、鎌倉駅近くの「花村ビル」に、沙也加ママさんといっしょに行った。ちょっとした打ち合わせをするためだ。ネネちゃんは昼間学校だったので、下校するのを待って、急いで沙也加ママさんの車で送ってもらった。「HONNO KIMOCHI YA」は、早じまいにせざるを得なかった。

 花村ビルでは、前の年のカタログや、ほかの資料を広げながら、前島さんが忙しそうに仕事をしていた。ちょっとした応接テーブルのあるコーナーに通された沙也加ママさん、コメットさん☆、ネネちゃんは、あたりを見回しながら、いすに座った。程なく前島さんがやって来た。

前島さん:あーこんにちは。すみません、藤吉さんとコメットさん☆、それにネネちゃん、お待たせしちゃって…。

沙也加ママさん:こんにちは。忙しそうね。大丈夫?。

前島さん:ええ、なんとかこなしてます。

コメットさん☆:こんにちは優衣さん。あ、あの、お仕事って…。

前島さん:ああ、コメットさん☆、こんにちは。えーと…、まずネネちゃんといっしょにこれ見て。こんな感じなんだけど…。

 前島さんは前の年のカタログ誌と、秋冬のカタログ誌を取り出して見せた。

前島さん:ここの仕事、前にも受けたことあるんだけど、うちのブランドが割と力入れているんだよね。水着って、主に春から売るものなんだけど、カタログ通販だから、春先にお客さんのところへ、雑誌として届いている必要があるんだ。だから前の年の秋にはめど付けておかないと、スケジュール的に間に合わないの。

コメットさん☆:そうなんですか。私、何で夏も過ぎたのに水着なのかな?って思ってた…。

ネネちゃん:私もー。

前島さん:そうだよね、普通の感覚からすれば。…最近はスキー場にも温水プールがあったり、海外旅行に行く人いるから、水着は冬でも売っているけどね。でも、今年は予定していたモデルさんが、どうしてもうまく確保できなくて、かなり急にモデルが足りなくなっちゃったんだ。

沙也加ママさん:前島さんのところでは、こういう雑誌への発表なんかもするの?。

前島さん:ええ。まあ、勉強したデザイン発表の場の一つと言いますか…。この仕事は前からだし。なかなか提案したデザインがすんなり通らなくて苦労もしますけど…。先生も「積極的にどんな仕事も受けてみなさい」って言いますから。いろいろ勉強になります。

コメットさん☆:優衣さん、どんな感じに撮影するんですか?。

前島さん:ああ、ごめんごめん。それを相談しないとね。えーとね、コメットさん☆とネネちゃんにお願いした理由は、表情とスタイルが向いていると思うからだよ。

コメットさん☆:そ、そうですか?…。そんなことに自信ないけど…。

ネネちゃん:私もスタイルいいの?。

前島さん:モデルさんって、ただ均整がとれてるってことだけじゃないんだよ。…私、最近のティーンズから子どもの水着って、なんか単調だって思っていたんだよね。やたらタンキニばっかりだったりさ。確かに女の子は、大人の女性の前の段階だって言えると思うけど…、大人の女性を小さくしたのが女の子でもないよね?。だから着るものだって、水着に限らず、大人のものをただ小さくすればいいってものじゃない…。当たり前なんだけど、そんなふうに考えて、デザインしたものがあってさあ…。

コメットさん☆:大人の女性を小さくしたのが女の子じゃない…。

 コメットさん☆は、噛みしめるように自分の口で言い直してみた。

前島さん:そう…。それに、去年藤吉さんとお話ししたとき、コメットさん☆が「恥ずかしがり」だって、ちらっと聞いたから、それなら、「恥ずかしがりの女の子」向けのデザインも、あっていいんじゃないかとか思ったんだ。

沙也加ママさん:え?、そんなこと言ったかしら?。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

前島さん:花火の時に。

沙也加ママさん:あー、なんかそんなこと言ったかも。あははは…。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆を見て笑ったが、コメットさん☆はにこっとしながらも、やっぱり少し恥ずかしそうにした。

前島さん:あと、最近のデザインに少し華やかさをプラスしたのも作ってみたつもり。…まあ、そんなのを何着か着て、ポーズをとってもらって、このビルにあるスタジオと、天気が良ければ、由比ヶ浜の海岸で何枚か撮影してって思っているんだけど…。

コメットさん☆:由比ヶ浜の海岸って…。もう誰もいないような…。

ネネちゃん:それに寒いよ、きっと。

前島さん:誰かがたくさんいたら、撮影しにくいし、見物に集まって来られても困るんじゃないかな?、コメットさん☆。それに、別に泳ぐわけじゃないから、そんなに寒くないと…思うけど…。やっぱり少しは寒いかなー、ネネちゃん。

コメットさん☆:あ…、そうですよね…。

ネネちゃん:泳ぐんじゃないんなら、そんなに寒くないかぁ。

沙也加ママさん:由比ヶ浜で撮影なの?。それなら、もしよかったらうちのお店使ってもいいわよ。何かと着替えとか必要でしょ?。

前島さん:あっ、そうですねー。撮影そのものは、撮影スタッフに任せるつもりでしたから…、あんまり細かい段取り決めていなかったなぁ…。もし使わせていただけるなら…、お願いできますか?。何から何まで申し訳ないんですけど。

沙也加ママさん:いいのよ。着替えも、休憩も。シャワーもあるし…。コメットさん☆もネネも、いつも水遊びするとき、うちのお店の2階を仕切って着替えたりしてるから、いくらかはリラックスした表情が撮れるかも。

前島さん:なるほど!。あー、私もまだまだいろいろなこと、全体見通して考えるのがヘタだなぁ…。反省しなきゃ…。

 そんな前島さんの声を、社長室から出て、たまたま耳にした花村先生も、そっと微笑みながら聞いていた。

 撮影は、ネネちゃんが学校休みとなる、今週末の土曜日午前中に設定された。予想では、天気も良く、最高気温も23度と、かなり暖かめということだ。

 

 そして土曜日、天気は晴れ時々曇りだが、気温は日中22度くらいと、まずまずである。まずコメットさん☆とネネちゃんは、予定通り花村ビルに行き、そこで撮影が始まった。花村ビルには、小さめなスタジオがあって、撮影もできるようになっている。最初はコメットさん☆とネネちゃん、基本的には同じ柄のお揃い水着。コメットさん☆には、プレーンなオーバースカート、ネネちゃんには縫いつけのフリルスカートがつく。色は赤と緑。チェック柄だが、ラインに太細を取り混ぜて、面白みを出している。

 しかし、天井から下がるライト。それにレフ板を持ったスタッフの人。カメラマンは男性だ。スタジオの壁は、コンクリート打ちっ放しになっていて、暗めのグレーに沈んでいる。背景だけは、白っぽい布地を垂れさせてあり、それはコメットさん☆やネネちゃんが立つ床にまで続いている。そんな独特の雰囲気に、コメットさん☆は少し気後れした。ネネちゃんも表情が硬い。

カメラマン:うーん、どうも表情固いねー。もう少し二人ともリラックスできないかな?。

前島さん:コメットさん☆、楽しいこと思い出して。ネネちゃんも。

コメットさん☆:は、はい…。

ネネちゃん:コメットさん☆…。

 コメットさん☆は困ってしまった。集まっている人はほとんど初対面だし、着ている水着はオーバースカートのついたものだが、カタログに載せるために、スカートを取ったカットも撮影される。そんなちょっとしたことも、かなりドキドキしてしまう。カメラマンとレフ板をかざす人が、大人の男の人なのも気になった。海辺でそんなことを意識したことは一度もないのに、スタジオの中だと、わずかな手足の動きまで見られているようで、視線が痛いような気がした。それでもコメットさん☆は、今さらやめるわけには行かない。ネネちゃんも同じ。コメットさん☆は、何か楽しいことを思い出そうと、考えを巡らせた。

カメラマン:えーと、少し休憩入れて、前島さん、この子たちをリラックスさせてくれますかね?。これじゃ、ちょっと苦しい感じなんで…。

前島さん:そうですね。わかりました。すみません。急にモデルに決まったものですから、この子たち。

カメラマン:はい、少し休憩、休憩ー。

 コメットさん☆が考えていると、よけいに表情が硬くなったのか、カメラマンが休憩を告げた。コメットさん☆は、少しほっとするとともに、どうしようかと思った。ネネちゃんは、コメットさん☆の陰に隠れるようにするほどだ。

コメットさん☆:ネネちゃん、大丈夫?。

ネネちゃん:大丈夫だけど…。なんかドキドキしちゃって…。緊張しちゃう…。

コメットさん☆:そうだね。私も…。

 そこへ、後ろのほうで見ていた沙也加ママさんが近寄ってきてくれた。

沙也加ママさん:二人とも緊張しているわね。心配しないで、指示されるとおりにしていれば、すぐ終わるわよ。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ…。

ネネちゃん:ママぁ!。パパはぁ?。

 ネネちゃんは思わず沙也加ママさんに抱きついた。

沙也加ママさん:パパ?。本当はついてくるはずだったんだけど…。お店で待っているって。わざわざ電車で出かけたわ。スタジオは人が多いから、遠慮したのかも。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんも来てくれるはずだったと聞いて、なんとなくツヨシくんを探した。

前島さん:コメットさん☆とネネちゃん、ほらタオル。これ羽織(はお)ってね。緊張しすぎだよ。うふふふ…。カメラマンの人たち怖い?。

ネネちゃん:こ、怖くはないけど…。知らない人だから…。

前島さん:あれー?、ネネちゃんそんなに人見知りしたんだっけ?。

コメットさん☆:あんまりしないよね、ネネちゃん。

前島さん:まあ、大人の知らない人ばっかりだから、しょうがないよね…。

 コメットさん☆とネネちゃんは、話しかけてくれる前島さんが渡してくれたタオルを羽織り、そばのいすに腰掛けた。スタジオは、撮影スタッフと、それを見物しようとしている花村ビルのスタッフでごった返している。そこへ、それらの人をよけるように、ツヨシくんがやって来た。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、…ネネとお揃いの水着だ…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆とネネちゃんが、タオルを羽織って座っているのを見つけると、さっと寄ってきた。

コメットさん☆:あっ、ツヨシくん。見に来てくれたの?。

ツヨシくん:うん。写真撮るのうまくいってる?。ネネは?。

ネネちゃん:…ぜんぜんダメ。なんか緊張しちゃって…。

コメットさん☆:私もなんだか…。ツヨシくんやネネちゃんと、海で遊んでいるときとは全然違う…。

ツヨシくん:やっぱりね。パパが、「二人とも緊張してるかもしれないよ」って。あそこで撮るの?、写真。

 ツヨシくんは、撮影に使われるライトの当たった場所を指さして言った。

コメットさん☆:うん。ライトまぶしいよ。…それに、カメラマンの人がレンズを向けると、何か緊張しちゃう…。

ツヨシくん:ふーん。みんなイモだと思えばいいんじゃない?。

ネネちゃん:イモ?。

コメットさん☆:ふふふっ、何それ?、ツヨシくん。

ツヨシくん:人間が写真撮ってると思うからいけないんだよ。サツマイモやジャガイモが写真撮ってると思えば。

ネネちゃん:あはははは…。ツヨシくん面白い!。

コメットさん☆:ぷっ…、あはっあはははは…。

前島さん:あれー、あらツヨシくん、こんにちは。コメットさん☆とネネちゃん笑わせてくれてるの?。

ツヨシくん:こんにちは。えーと、前島さん。ね?、写真撮る人も、ライトで照らす人も、みんなイモだと思えばいいよね?。

前島さん:えー?、何それ?。

ツヨシくん:人間が写真撮ってるって思うから、ガチガチになるんでしょ?。よく言うじゃん。舞台に立ったら、観客はみんなイモだと思えって。

前島さん:ぷーーー。あははははは…。それ、イモじゃなくてカボチャだよ?。ツヨシくんって笑っちゃうね。

ツヨシくん:あれ?、イモじゃなくて、カボチャ?。まじ?。どこかで間違えちゃったかなぁ?。

コメットさん☆:あはははは…。やめて…ツヨシくん。おなか痛くなるよ…、あははははは…。

ネネちゃん:何それー。うふふふふふ…。

沙也加ママさん:ツヨシったら、また変なこと言って。ごめんなさいね、イモなんて…。前島さん、みなさんに失礼よね…。

前島さん:いいんですよ。それより、コメットさん☆とネネちゃんが楽しそうに笑ってくれる方が、きっといいですから。

ツヨシくん:じゃあ、笑ったところで、ぼくも撮ろ。コメットさん☆とネネ、笑って。

 ツヨシくんは、すかさず自分のデジタルカメラを取り出すと、カチリと二人の笑った顔を撮った。

コメットさん☆:あ…。

ネネちゃん:わっ…。

 一瞬のことに、意表をつかれたコメットさん☆とネネちゃんだったが、互いにだいぶ緊張がほぐれたことに気付いて、にっこりとして、顔を見合わせた。

 そうして…。

カメラマン:よーし。いいよー。すっかり表情がよくなったねー。はい、少しこっち向いて下さい。はい、レリーズ。手後ろに組んで、もう一枚…。

アシスタントの人:…どうしたんですかねぇ?。さっきとまるで違いますね。

前島さん:ちょっとみんなで大笑いしたから…。

アシスタントの人:大笑い?。

 前島さんの言葉に、アシスタントの人は目をぱちくりしたが、撮影はすっかり順調に進むようになった。

 コメットさん☆とネネちゃんは、指示の通りに、4着ほど水着を着替え、順番に撮影された。ツヨシくんもちゃっかり、後ろのほうから撮影したのは、言うまでもない。そんなツヨシくんの様子を見て、沙也加ママさんは苦笑いをした。一方コメットさん☆は、心の中で思っていた。

コメットさん☆:(ケースケもきっと試合の前には緊張するんだろうな…。プラネット王子だって、私かメテオさんを選べなんて言われたときには、ものすごく緊張したんだろうし。瞬さんだって、最初は…。みちるちゃんだって、明日香さんだって、高井さんも…。景太朗パパだって…。もちろん私も…。どんな人でも、とても緊張してても、力を出し切らなきゃならない時がある…。プレッシャーは誰にでもあるけど、それに負けないことが、かがやきの元になるのかも…。…だから、私もがんばろう。私が着てる水着を見て、「おんなじの着て泳ぎたいな」って思ってくれる人がいるなら…。)

 

 昼食後、撮影は「HONNO KIMOCHI YA」の前、由比ヶ浜の海岸に移動した。コメットさん☆とネネちゃんは、沙也加ママさんの車で移動する。ツヨシくんも、もちろんいっしょだ。ツヨシくんは、車に乗っている間中、外を見ていた。となりには、いつものように、妹のネネちゃんが座っているのだが、ネネちゃんは、ずっとツヨシくんの手を持ったまま、離さなかった。ツヨシくんは、最初のうち、どうしてネネちゃんが、じっと手を持つのだろうと思ったが、二、三度振り払おうとはしたものの、心細いのかもしれないと思って、やがてそのまま持たせておくことにした。特にいつも意識していないネネちゃんの手だが、あったかくてやわらかいのは、コメットさん☆と同じだと感じた。しかし、なぜかネネちゃんと目を合わすのは、気恥ずかしいような感じがしたから、ずっとそっぽを向くように、外を見ていたのだ。

 「HONNO KIMOCHI YA」に車が着くと、景太朗パパさんが待っていた。順番に車を降りるネネちゃん、コメットさん☆、ツヨシくん、沙也加ママさん。

景太朗パパさん:よーし、来たな。ネネもコメットさん☆も大変だねぇ。どうだったかい?、スタジオでの撮影は。

ネネちゃん:あ、パパだー。最初は緊張した。

コメットさん☆:景太朗パパ、私も本当に、最初はどうしようかと思いました。

景太朗パパさん:ほう。そんなに緊張したかい?、二人とも。

ネネちゃん:ツヨシくんが笑わせてくれた。

景太朗パパさん:ツヨシが?。何て言ったの?。

コメットさん☆:あ、あの…、ふふふっ…。撮影の人は、みんなおイモだと思えばいいって…。

景太朗パパさん:はあ?、撮影の人はみんなイモ?。何だいそりゃ?。

沙也加ママさん:それがね…。

 沙也加ママさんが、顛末を説明をしていると、ちょうど前島さんが、ネネちゃんとコメットさん☆のところにやって来た。大笑いしている景太朗パパさんをよそに、前島さんは淡々と仕事をこなす。カメラマンとそのアシスタントの人たちは、由比ヶ浜の波打ち際で、撮影によさそうなアングルを見つけ、既に準備を始めている。「HONNO KIMOCHI YA」から、まっすぐ海に向かった先、稲村ヶ崎の張り出したところを背景にするらしい。

前島さん:コメットさん☆とネネちゃん。用意はいい?。おトイレとかすませたら、今度はこれに着替えてね。上から順にあと3着で終わり。お願いね。

コメットさん☆:あ、はい。えーと、私がこれ、ですね?。

前島さん:そう。こっちがネネちゃんのね。

ネネちゃん:はーい。えへへー、きれいな色のがあるー。

 前島さんから渡された水着を、ネネちゃんはさっそく広げて見ている。コメットさん☆は、2着目のが真っ白であることに、びっくりした。

コメットさん☆:(わあ、真っ白な水着だ…。きれいだけど…、ちょっと…びっくり…。)

 それでもコメットさん☆とネネちゃんは、「HONNO KIMOCHI YA」の2階に上がると、ついたてで仕切って着替えはじめた。ツヨシくんは、さすがにそこへ入っていくことは出来ないから、お店のドアの前から、遠目に撮影の準備がされていく様子を見ていた。ちょうどそのころ、ケースケがお昼を食べようかと、七里ヶ浜から稲村ヶ崎を抜けて、由比ヶ浜のサーフショップまで、自転車を走らせていた。

ケースケ:今日は青木さんと飯食いに行くかなっと。おっ、海岸でなんか撮影してるぞ。ドラマかな?。よくここも使われるよな。…まだ準備なのか?。

 ケースケは、撮影準備の様子を、国道を走りながら見ると、それがコメットさん☆とネネちゃんを撮影するものだとは、全く気付かずに通り過ぎた。

ツヨシくん:あれ?、ケースケ兄ちゃん?。

 ツヨシくんが、「HONNO KIMOCHI YA」の前から、気付いて声をかけようとしたときには、ケースケは、もうかなり先に行っていた。ツヨシくんの足では、ちょっと追いつけない。ケースケはそのまま、「HONNO KIMOCHI YA」から数百メートル先の、食堂を兼ねたサーフショップに消えた。

 準備が出来たコメットさん☆とネネちゃんは、ガウンを着たまま、国道の横断歩道を渡って、前島さんが手を振っている波打ち際まで歩いて行った。コメットさん☆が海辺で最初に着るのは、ブルーのチェックワンピースと共柄のオーバースカート。胸に大きな白いリボンとスカートにも白いライニングが施してある。ネネちゃんのはアースグリーン。シンプルな形態ではあるが、すそ回りにフリルが付いている。ツヨシくんはそんな二人を後から、見るとはなしに見送った。コメットさん☆とネネちゃんの足にはサンダル。浜に降りても、真夏のように砂が熱いということはない。風が吹いていて、ガウンを着ていれば、特に寒いということもないが、コメットさん☆は、ガウンを脱いだら、少し寒いかもしれないと思った。天気はおおむね晴れているが、時々薄曇りになる。しかし、カメラマンの人は、そのくらいのほうが、影が出にくいのでいい、と言っていた。コメットさん☆もデジタルカメラで写真を撮るとき、強い光が出ると、露出が狂ったり、影の部分が真っ黒につぶれたりするのは知っていた。浜には、思ったより人はいなかったが、数人見物をするかのような人はいたので、コメットさん☆は、気にならないでもなかった。

前島さん:コメットさん☆、ネネちゃん、もう少しだからね。寒い?。

コメットさん☆:いいえ、今のところは大丈夫ですけど…。ガウンを脱いだら、少し寒いかも…。

ネネちゃん:私も…。今は大丈夫だけど…。風あるね。

前島さん:そうだね。風の条件はよくないなぁ…。髪の毛が跳ねちゃうかもね。もしかすると、あそこのスタイリストの人が、髪の毛ピンで留めるかも。

コメットさん☆:はい。

ネネちゃん:コメットさん☆は、黒いピンだと目立っちゃうね。

前島さん:大丈夫。ネネちゃんも、コメットさん☆も気にしないでいいよ。ちゃんとやってくれるからさぁ。

コメットさん☆:えーと、何か注意することはありますか?。

前島さん:そうだね…。スタジオと違うからね…。まず転ばないでね。砂で体が汚れちゃうと困るから…。それに水には入らないようにね。

ネネちゃん:水着なのに?。

前島さん:うん。カタログには濡れてない写真で載せないと、困るんだよね。水着ってさ、水に濡れると風合いが変わっちゃうんだよ。もっとも、水着じゃなくてもそうだけどね。濡れるとしわが寄ったり、色が変わって見えたりしちゃうからね。

コメットさん☆:はい。

前島さん:あと、少しの間だから、寒くても我慢して、にこっとしててね。結局そのほうが早く終わるからさぁ。

ネネちゃん:はーい。

 そのころ、ツヨシくんは沙也加ママさんと景太朗パパさんが待機している「HONNO KIMOCHI YA」で、電話をかけていた。相手は意外な人物。

ツヨシくん:…それでね、今撮影しているよ。由比ヶ浜。ママのお店の前だよ。

プラネット王子:なんだって?。そうか。ありがとうよ、教えてくれて。ちょっと今から見に行く。

ツヨシくん:プラネットのお兄ちゃん、写真の参考になるでしょ?。

プラネット王子:あ、ああ。も、もちろん。

 ツヨシくんは、プラネット王子の住む湘南台の写真館、橋田写真館に電話をかけていたのだ。相手のプラネット王子は、少し微妙な返事を返しつつ、「あくまで写真の撮り方を見るつもり」と、自分に言い聞かせるような気持ちで、星のトンネルを通り、由比ヶ浜まですぐに飛んできた。

ツヨシくん:わっ、速っ。

プラネット王子:よお、ツヨシくんよ。ありがとな。店はミラとカロンにまかせて、急いで来た。

ツヨシくん:そんなに急がなくても…。

プラネット王子:な、何行っているんだよ、さ、最初から…その、見たいじゃないか。なるほど、あんな風にするのか。参考になるな。

 プラネット王子の語り口は、どこかわざとらしかった。写真館で写真を撮り続けているプラネット王子が、野外でのレフ板での光のあて方や、人物の影の消し方、ポーズの付け方などの基本を知らないはずもなかった。ところがそこに…。

ケースケ:おーい。

ツヨシくん:あ、ケースケ兄ちゃん。どうしたの?。そんなに走って。

ケースケ:はあ…はあ…、どうしたのって、あそこの食堂で飯食っていたんだけどよ、窓から見てたら、あの撮影、モデルがコメットじゃないかよ。それで飯急いで食って来たところだ。

ツヨシくん:なんで?。

ケースケ:な…、なんでって…。

 ツヨシくんは、にこっと笑った。三人は、国道の歩道まで歩いていき、コメットさん☆とネネちゃんの撮影を遠目に見た。

ケースケ:あれ、何の撮影なんだ?、ツヨシ、教えてくれよ。

ツヨシくん:カタログ雑誌の撮影だって。コメットさん☆とネネはモデルだよ。

ケースケ:な、何だって?。

プラネット王子:お前情報遅いぞ。

ケースケ:だ、だいたいプラネット、何でお前がここにいるんだよ。

プラネット王子:まあ、写真撮影の技術的な問題の参考にだな…。

ケースケ:ほんとかよ?。…そ、それより、オレたちなんでこんな遠くで見てなくちゃならないんだよ。もっと近くに行こうぜ。

 ケースケは、そう言うと、浜に降りる階段から、砂浜に下りていこうとした。しかし、それをプラネット王子が止める。

プラネット王子:まて。今行くと、コメットが気にするだろ。ここでそっと見守れ。

ケースケ:き、気にするって…。

ツヨシくん:コメットさん☆もネネも、かなり緊張してたよ。人がたくさんになると、撮影がうまく進まないみたい。

プラネット王子:…ま、そういうことだ。オレたちはここにいるしかないだろうよ。

ケースケ:…わ、わかったよ。

 三人の間には、わずかな間沈黙が流れた。遠くでは、コメットさん☆とネネちゃん、それに二人いっしょの写真も、撮っている様子だった。寒そうにしながらも、シャッターが切られる時だけは、ぐっと我慢して。背中を見せたり、スカートを外したり、スイムキャップをかぶったり…。いろいろなカットが切り取られていく。

ケースケ:…ああやってコメットは、芸能界とかに入っていっちまうのかな…。

 ふと、ケースケがつぶやく。

プラネット王子:えっ!?。…そ、そんなことは、…ないだろ。

 プラネット王子も、一瞬言葉に詰まりながら答えた。ツヨシくんはケースケとプラネット王子の言葉を聞いて、振り返るように二人を見た。そして、じっとケースケの顔を見る。

ケースケ:…ああやっているうちに、スカウトとかされてってのは、結構多いぞ。

 ケースケは静かにつぶやいた。秋の風がふわっと吹きつけ、遠くのコメットさん☆とネネちゃんの髪をゆらす。ツヨシくんは、前に向き直り、意を決したように砂浜への階段を降りはじめた。

ツヨシくん:ぼく行って見てこよう。

ケースケ:あ、ツ、ツヨシ、何でツヨシはいいんだよ?。

ツヨシくん:ぼく、関係者だもん。

 ツヨシくんは、ケースケのほうを振り向くと、少し大きめの声で答えた。風でかき消されないように。

ケースケ:はあ?、何だそりゃ。

 ケースケも少し大きめの声を張り上げて答える。それを背に、ツヨシくんは浜に降りると、撮影をしている場所まで駆けだした。プラネット王子はつぶやいた。

プラネット王子:…ふう。オレたち、かなわないよな。

ケースケ:…ああ。

 プラネット王子とケースケは、置いてきぼりを食ったような気持ちで、その場に立ちつくした。

 ツヨシくんがそばに寄り、自分のデジタルカメラで、コメットさん☆やネネちゃんの写真を、撮影スタッフの後ろからカチカチと撮っていると、すぐに衣装替えになった。いよいよコメットさん☆が少しばかり衝撃を受けた「白い水着」の撮影だ。ネネちゃんも、白を基調に大きめの花柄を大胆に配置したワンピースを着る。一度二人とも「HONNO KIMOCHI YA」に戻って着替えをするのだ。モデルが着替えている間、スタッフはつかの間の休憩ということになる。

 コメットさん☆は、ネネちゃんといっしょに、「HONNO KIMOCHI YA」の2階にあがると、ついたてをきちんと立て、そっと前の水着と着替える。ネネちゃんもいすに座りながら。

ネネちゃん:わあ、コメットさん☆真っ白な水着ー。

コメットさん☆:しーっ…。恥ずかしいから、小さい声で…ね?。

ネネちゃん:あ、うん。…白い水着だね。私のは花柄だけど…。

コメットさん☆:うん…。これは…かわいいけど、ちょっと恥ずかしいかも…。

ネネちゃん:でも、いまさらやめられないよ?。

コメットさん☆:そ、そうだね…。なるべくそそっとすまそう。

 コメットさん☆は、水着をじっと手に持っていたが、意を決したように着て、沙也加ママさんが置いてくれたスタンドミラーを見ながら、肩ひもを整えたり、後ろを見たりした。

コメットさん☆:わあ、これって、背中が開いてるよ…。

ネネちゃん:ほんとだ。

コメットさん☆:前から見ると、意外と普通なのに、背中は大きく開いてるんだ…。個性的…かも。でも…、スカートが短いよ…。

 前から見たところは、意外にレトロ風のデザインとも言える、短いスカートのついているもの。それに肩ひものデザインも、みごろも昔からあるような、曲線的なデザインだ。しかし背中を鏡に映すと、後ろからはセパレーツにも見える腰の上がすっぱり開いたもの。肩ひもも、背中側では細くなって、細いひものように見える。短めのスカートは、フリル状になっているが、ところどころにピンク、アイスグリーン、ライトブルーといったパステルカラーが、アクセントになるようにあしらわれている。個性的と言えば、そう言えるだろう。

 

コメットさん☆:さむーい…。

前島さん:風が出てきたねー。

ネネちゃん:私はなんとか大丈夫。

前島さん:コメットさん☆、スカートそんなに引っ張らないでー。

コメットさん☆:は、はい…。

 コメットさん☆は、スカートが短いので、ついすそを引っ張っていたのだ。

ネネちゃん:コメットさん☆、そそっとすますんじゃないの?。

コメットさん☆:そ、そうなんだけど…。なんか、恥ずかしくて…。

ネネちゃん:そう?。どうして?。

コメットさん☆:ど…、どうしてって言われても…。

カメラマンの人:うーん、もう少しにっこりして。それに、少し腰が引けてるから、もうちょっと足を前に出そうか。寒いかな?。

コメットさん☆:あ、いえ。すみません。

 コメットさん☆とネネちゃんが、ひそひそと話をしていると、カメラマンからさっそく注意が飛ぶ。またそばで見ていたツヨシくんは、ふと思いつき、急いで「HONNO KIMOCHI YA」にとって返した。そして2階にあるキッチンに、残されていた食材の中の残りから、ジャガイモを取り出すと、それを持って出た。沙也加ママさんとコメットさん☆が、お店にいる時、昼食を作って食べることがあるので、腐りにくい野菜などは、置きっぱなしなのだ。

沙也加ママさん:あ、ツヨシ、どうするの?、それ。

ツヨシくん:ちょっと借りるー!。

ラバボー:ツヨシくん、ジャガイモなんかどうするんだボ?。

 何事かと思う沙也加ママさんとラバボーの言葉を背に、ツヨシくんは一生懸命走って、コメットさん☆とネネちゃんの元に戻ってきた。吹く風の寒さと、恥ずかしさから、撮影は少しばかり滞り気味だった。ツヨシくんは、カメラマンやアシスタントの後ろに立つと、コメットさん☆やネネちゃんから見えるように、ジャガイモを両手にちらちらとさせた。ついでに足をあげたりおろしたり、両手に持ったジャガイモをかかげたり下ろしたりと、くねくね変な踊りを踊って見せる。コメットさん☆はすぐにそれに気付いた。

コメットさん☆:あ…、うふふふ…、ツヨシくんったら。

ネネちゃん:ほんとだ。何やってるの?、あははははは…。

カメラマンの人:お、いい感じ。それそれ。…あれ?、…君、なんだいそれは?。

 急に笑い出したコメットさん☆とネネちゃんを不思議に思ったカメラマンは、ジャガイモを持ち体ごと変な構えで、いつの間にか後ろにいたツヨシくんに気付いて、声をかけた。

ツヨシくん:な、何でもないよ?。いいから、いいから。撮って撮って、おじさん。

カメラマンの人:…お、おじさん…か…。まあ仕方ないか…。はい、二人とも撮るよー。そういう感じでね。はい撮りまーす。…レフもうちょい光当てて。もう一枚。よし、いい感じになってきた。いい表情だ。笑ってー。

前島さん:ツヨシくんって、頼りになるね。ふふふっ。

 前島さんは、ニコニコしながらつぶやいた。ツヨシくんは、それににこっと笑って応える。手には相変わらずジャガイモを持ったまま…。

 そんな様子を遠くから、ずっと眺めているケースケとプラネット王子は、手持ちぶさたな様子でつぶやいた。

ケースケ:ツヨシのやつ、まったくよぉ…。

プラネット王子:…ああいうこと、オレたちは出来ないよな…。

ケースケ:ああ…。何しているのか、よくわからねぇけど…。カメラマンの後ろから、カチカチ撮ってるんだからな。

 やがてコメットさん☆の懸案であった、「白い水着」の撮影も、ツヨシくんの思わぬ「協力」で切り抜け、最後の1着を撮影することになった。またコメットさん☆とネネちゃんは、「HONNO KIMOCHI YA」で着替えをする。その間に、ツヨシくんはケースケとプラネット王子のところに、走って戻ってきた。

ツヨシくん:はっ、はっ…、ケースケ兄ちゃんとプラネットのお兄ちゃん、写真撮れたよ。

ケースケ:そ…、そうか。

プラネット王子:ツヨシくん、どうだい?。

ツヨシくん:見る?。

 ツヨシくんは、デジタルカメラを再生状態にして、手のひらにのせた。

ケースケ:そーだなぁ。まあ、じゃちょっと見るか、プラネット。

プラネット王子:うん。まあな。どれどれ。

 ケースケとプラネット王子は、その心とは裏腹に、いかにも「仕方なく」という口振りで、ツヨシくんのカメラを手に取った。そして次々に再生してみる。

ケースケ:ち、ちょっと、お前再生速すぎ。もっとゆっくりにしろよ。

プラネット王子:あ、ああ。そ、そうだな。すまん…。

ツヨシくん:どう?。うまく撮れてるかなあ?。

プラネット王子:んー、まあまあいいんじゃないか。なんと言ってもこう、その、光の当たり方がいいな。

ツヨシくん:…プラネットのお兄ちゃん、光はあそこの銀色の板持っている人があててるんだよ?。

プラネット王子:…あ、いや、そ、そうだよな。そう…、あはは…。

ケースケ:…しかしよ、これ見てると、カタログ雑誌に載るってことは、水着姿のコメットの写真が、日本中のカタログ通販会員の家に配られるってことだろ。いろんな人の注目を集めるよな…。そうすれば…、コメットが歌うまければ、歌手にスカウトされるとか…。例えばの話だけどな。

 ケースケがカメラから目を離し、遠くを見て唐突に言った。

ツヨシくん:えっ?。

プラネット王子:…またかよ…。でも…、そんなこと、いいのか?。三島。

ケースケ:…お、オレが…、あれこれ言う…ことじゃねぇ…。お、お前こそどうなんだよ…。

 ケースケはうろたえたように、また吐き捨てるように答えた。そしてその反問に、プラネット王子は何も答えなかった。しかし、ツヨシくんは、急になんだか心配な気持ちになっていた。もしケースケが言うことが、本当になってしまったら…。そう考えるとツヨシくんは、いても立ってもいられないような気持ちにもなるのだった。

 

 最後の1着の撮影は、特に滞りなく終わり、コメットさん☆とネネちゃんは、ようやく元の普段着に戻ることが出来た。「HONNO KIMOCHI YA」の2階では、沙也加ママさんが入れてくれた温かい紅茶を、コメットさん☆とネネちゃんは飲んでいた。前島さんとツヨシくんもいっしょ。景太朗パパさんは、既に家に帰った。お風呂をわかしておいてくれるという。

ネネちゃん:はあ、紅茶あったかいね、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうだね、ネネちゃん。あったまるね。ネネちゃんかわいかったよ。

ネネちゃん:コメットさん☆もだよ。

前島さん:二人ともありがとう。本当に助かったよ。寒かったよね?、ごめんね。

コメットさん☆:いいえ。慣れてないから、なんだか失敗ばかりで…。

前島さん:そんなことないよ。上手だったよ。ツヨシくんのヘルプもよかったよね。

ネネちゃん:おイモ?。あははははは…。

コメットさん☆:ほんと…。ふふふふっ…。ツヨシくんがいなかったら、コチコチのままだったかも。

前島さん:そうだね。ツヨシくんも大事な裏方さんだ。ありがとうね。

ツヨシくん:そう?。べ、別にぼくは…。ネネもコメットさん☆も、カチコチになってるから、笑わせればいいのかなぁって思っただけ。

前島さん:なかなか人をとっさに笑わせるって、出来ないことだよ。ほんと助かった。ツヨシくん。さすが、いつもいっしょにいるお兄ちゃんなんだね。

ツヨシくん:……べ、別に…。

 ツヨシくんは、少し照れたようにうつむいて、紅茶をまた少し飲んだ。

前島さん:…生意気言うようだけどさぁ、着るものって、本当はその人の心を飾るものなんだよね。

コメットさん☆:心を?。

前島さん:うん。心がきれいじゃない人は、着飾ってもきれいじゃない…。心がきれいな人は、ある意味、どんなものでも似合っちゃうって言うかさあ…。コメットさん☆やネネちゃんは、とてもきれいだったよ。

コメットさん☆:そ、そんな、…優衣さんのデザインした水着がきれいだから…。

前島さん:…華やかっていうか、着るのが楽しそうだった…。二人とも…。そういう感覚って、大事なんじゃないかって、今さらだけど思うんだよね。

 前島さんは、そんな話をすると、紅茶を飲み干した。

前島さん:…さて、私は仕事場に戻らなきゃ。コメットさん☆、ネネちゃん、本当にありがとね。

コメットさん☆:あ、優衣さん、水着洗ってお返ししますね。

前島さん:ああ、それ二人にあげるよ。

コメットさん☆:ええ!?。それじゃ悪いです…。

前島さん:いいのよ。それに返されても、誰かがまた着るわけでもないし…。たくさんあって困るかもしれないけど。もらって。

ネネちゃん:いいの?、優衣さん。

前島さん:いいよ。来年の夏にでも使ってくれると、私もうれしいな。

コメットさん☆:…じゃあ、優衣さんのデザインした水着、いただきますね。ありがとうございます…。

ネネちゃん:わーい。かわいい水着うれしい。学校でも使おうかな。

前島さん:喜んでくれるなら、私もうれしいな。じゃあ、風邪引かないでね。私、下で沙也加ママにごあいさつしてから帰るから。本当に今日はありがとう。

コメットさん☆:はい。じゃあ、優衣さん…、また…。ありがとうございます。

ネネちゃん:ばいばい、前島さん。水着ありがとう。

前島さん:うふっ…。カタログの写真、出来上がったら見せるからね。

 前島さんは、にこっとしてそう言うと、1階に降り、沙也加ママさんにあいさつして帰っていった。

 

メテオさん:なんでそんなこと、私も呼んでくれないのよー!。

 夕方メテオさんに、水着の「おすそわけ」をしようかと、コメットさん☆は出かけていった。急いで洗濯して、星力で乾かしたのだ。何しろ一人でそんなに何着も着回せない。毎日着るものではないのだし…。ところが、メテオさんは、モデルになったという話を聞くなり、開口一番にそう言った。

コメットさん☆:…ご、ごめんね。でも、私とネネちゃんっていう、前島さんからのお願いだったから…。

メテオさん:ああ、私も本格的なモデルデビューのチャンスだったかもしれないのに…。

コメットさん☆:そんな大げさなんじゃないよ…。カタログ雑誌に載るんだよ?。

メテオさん:…そ、そう言えばそうだけど…。その雑誌を見てスカウトが殺到して…。

ムーク:ないない。それはない、姫さま。

コメットさん☆:…それで、撮影に使った水着、たくさんもらっちゃったんだけど…。メテオさんも使わない?。

メテオさん:だってそれ、一度コメットが着たんでしょ?。

コメットさん☆:そうだけど。…やっぱりいやかな?。ちゃんと洗濯してあるよ。

メテオさん:コメットのお下がりなんてー…。…やっぱりちょっと見せてよ。新製品なんでしょ?。

コメットさん☆:正式な発売は、来年の春になってからだって。前島さんが。

メテオさん:見るわよ…。

 メテオさんは、コメットさん☆が持ってきた水着を1着ずつ自分のベッドの上に広げて見た。しかしコメットさん☆は、あの白い水着と、もう1着は、タンスにしまって持ってこなかった。自分でどうしても着てみたかったから。

 一方ネネちゃんは、家で「ファッションショー」を、一人で「開催」していた。昼間着て撮影された水着のうちで、気に入ったのをまた着てみている。

ネネちゃん:じゃーん。どう?。

ツヨシくん:どうって…。なんでぼくが見なくちゃいけないんだよ。さっき見て写真撮ったじゃん。

ネネちゃん:ママ、パパ見てー。

沙也加ママさん:はいはい。ネネもはしゃいでいるわね。あんまりそんな格好ばかりしていると、風邪引くわよ。

景太朗パパさん:ネネはツヨシといっしょに、そのままお風呂にでも入ってきなよ。あっははははは…。

ツヨシくん:…でも、ネネいいなぁ。モデルなんて。

沙也加ママさん:そう?。相当大変よ?。

ツヨシくん:なんか、とっかえひっかえいろんなの着て、かっこよくポーズ取るんでしょ?。

沙也加ママさん:じゃあ、ツヨシもコメットさん☆に女の子にしてもらって、着てみたら?。

ツヨシくん:え!?、…そ、それはイヤだ…。やっぱ…。

景太朗パパさん:あはははははは…。さすがに女の子の格好はイヤか。

 沙也加ママさんが遊び半分に言うと、ツヨシくんは真顔で青ざめて答えるのだった。

 

 長い一日が終わりかけ、コメットさん☆はメテオさんのところから帰ると、ネネちゃんとお風呂に入った。さすがにネネちゃんは、もう水着を着てはいないが。

ネネちゃん:はあ、あったかーい。お風呂。

コメットさん☆:うーん、そうだね。あったかい…。もう10月になると、水着じゃ水に入らなくても寒かったね。

ネネちゃん:うん。震えちゃった。

コメットさん☆:私も。

ネネちゃん:ねえ、コメットさん☆。

コメットさん☆:なあに?、ネネちゃん。

ネネちゃん:コメットさん☆が結婚するとき、私も結婚式に呼んでね。

コメットさん☆:え?、急にどうしたの?、ネネちゃん。

ネネちゃん:なんか、コメットさん☆が、急に本当のお姉ちゃんのように思えたから…。

コメットさん☆:…そっか…。もちろん、私が結婚することになったら、ネネちゃん来て欲しいな…。その代わり…。

ネネちゃん:その代わり?。

コメットさん☆:ネネちゃんが結婚するときも、私のこと必ず呼んでね。

ネネちゃん:きゃはははー。…うん。絶対呼ぶよー。約束だよ。

コメットさん☆:うん。約束ね。

 ネネちゃんは、コメットさん☆に、湯船の中で抱きつきそう。コメットさん☆は、ちょっととまどいながらも、ふと、昼間の前島さんが言っていた言葉を思い出した。

(前島さん:…着るものって、本当はその人の心を飾るものなんだよね。)

 コメットさん☆は、その響きを心に留めた。

コメットさん☆:(かがやきは、その人の心から出るとすれば…。着るものはそれを手助けもするんだね…。きれいだったり、かっこよかったりする衣装を着て、よりいっそうかがやいて見える…。そんな大人になろうね、ネネちゃん…。)

 

 そのころ星国では、昼間の様子をメモリーボールモニターで、王様、王妃さま、ヒゲノシタが見ていた。コメットさん☆が、お風呂に入る前、一足先に記録したのだ。

王様:ああ、姫が心配じゃ…。モデルなどと…。人様に水着姿を見せることになるとは…。ああ、心配じゃ、心配じゃ。

ヒゲノシタ:ラバボーは、何をやっておるんじゃ。けしからん。ラバボーのかわりを探さねばならんのか…。

王妃さま:あら、いつも夏になると、あの子は泳いでいるじゃありませんか。それに、私も地球に行っていたときは、何度も海やプールには行きましたよ。

王様:それはそうじゃが…。今度のことは、何か違うような気がするぞ。

王妃さま:別に変わりはしませんよ。今はまだ元気いっぱいに遊ぶ時期です。いろいろな経験をして、たくさんのかがやきを見つけてくれれば、私たちが心配することはありませんわ。

ヒゲノシタ:…むう…、それはそうかもしれませんが…。

王妃さま:ツヨシくんもネネちゃんも。藤吉さんのところのみんなが、あの子を守って下さいます。だからきっと心配ない…。そう思えませんか?。

王様:うーむ、王妃がそう言うなら…。そう思っておくか…。

 一方そんな王様の心配をよそに、コメットさん☆はパジャマに着替え、少しラバボーと話をしていた。

ラバボー:あ〜あ、今日は疲れたボ。早く寝るボ。

コメットさん☆:あー、ラバボーより私のほうが疲れたよ。

ラバボー:そ、それはそうだろうけど…。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

 その時ツヨシくんが、コメットさん☆の部屋のドアをそっとノックした。

コメットさん☆:ツヨシくん?。どうしたの?。

 コメットさん☆は、ベッドから出ずに、ドアの外へ話しかけた。

ツヨシくん:ちょっといい?。

コメットさん☆:いいよ。どうぞ。

 ツヨシくんは遠慮がちにドアを開けると、ラバボーとコメットさん☆のいる部屋に入ってきた。

ツヨシくん:コメットさん☆、げいのうかいに、入っちゃうの?。

コメットさん☆:え?。

ツヨシくん:コメットさん☆は、もしスカウトとかされたら、げいのうかいに入っちゃって、歌手になったり、テレビに出たりして、スケジュール満杯になっちゃうの?。

 ツヨシくんは、心配そうに、コメットさん☆のベッドの足元のほうで聞く。それは、コメットさん☆とネネちゃんを大笑いさせて、リラックスさせた昼間のツヨシくんとは、まったく違った表情だった。

コメットさん☆:そんなこと、ぜんぜん考えてないよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:ぼく…、そんなのつまらないからいやだな…。コメットさん☆と、いっしょに遊べなくなるのいやだ…。いっしょに旅行したり、水遊びしたり、お花見たり出来なくなっちゃうの…いやだよ…。ぼく…、コメットさん☆とずっといっしょにいたいのに…。

コメットさん☆:ツヨシくん…。

ツヨシくん:……。

 ほんの数秒、時間が流れた。コメットさん☆が静かに答える。

コメットさん☆:…そっか。大丈夫だよツヨシくん。私、本当にそんなこと考えてない。芸能界に入って、歌手なんてならないよ。今回は、たまたま優衣さんを手伝っただけ。

ツヨシくん:ほんと?。

コメットさん☆:ほんとだよ。ツヨシくんなら、信じてくれるでしょ?。

ツヨシくん:うん!。ああよかった…。

 コメットさん☆は、なんだか勝手に話が大きくなって、一人歩きしているようなので困惑した。しかし、純粋なツヨシくんが、自分のことを想ってのことだとは理解していた。

 

 ツヨシくんが安心して自分の部屋に戻っていき、ラバボーも寝てしまうと、コメットさん☆は、薄暗い部屋で、じっと天井のイルミネーションを見ていた。ずっと前に景太朗パパさんが買ってくれた、天井に7色の光が輝くイルミネーション。ゆっくりとしたその動きを、しばらく見ていたが、疲れているはずなのに、今日はなかなか眠くならない。コメットさん☆は、そっとベッドから降りると、さっきチェストにしまった、あの真っ白な水着をまた取り出した。そしてそれを持って鏡の前に行く。薄暗い中で、イルミネーションのいろいろな色の光に照らされる、真っ白な水着を肩のところで持って、自分の体に当て、鏡に映して見る。そんなコメットさん☆のしぐさはかわいらしい。きれいな水着が似合うコメットさん☆自身の美しさのもとは、言うまでもなく、コメットさん☆自身の純粋な心。

コメットさん☆:今度、ラバボーの練習についていって、人が少なかったら、これ着て泳いでみようかな。ステキな水着…。

 コメットさん☆はつぶやいた。コメットさん☆だって、普通の女の子。かわいい衣装は大好きなのだ。

 

 コメットさん☆は、前島さんを助けた。けれど、コメットさん☆をまた、ツヨシくんが助けた。沙也加ママさんも、景太朗パパさんも…。人は誰も、時に誰かを助け、助けられる。みんなそれは同じこと。力を出して、かがやきを自らのものにするには、いつもきっと、誰かの助けがそこにある…。

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★第223話:港での想い−−(2005年10月中旬放送)

生徒A:じゃーなー。

生徒B:また明日の夜に。

生徒A:おう。

生徒C:帰って寝るかぁ。三島ぁ、風呂は?。

ケースケ:ああ、オレか?。オレは入ってから来た。

生徒C:ああ、三島のアパート、風呂なしだっけ?。銭湯高いだろ?。

ケースケ:大丈夫だ。オレは職場にシャワーあるしな。

 ケースケの高校は、夜間高校。つまり定時制なのだが、夜に授業があって、夜遅くに終わる。だからいつも帰りは深夜になるが、下校の風景は、昼間の高校とたいして変わらない。やや遠くから通う18歳を越える生徒が、車やバイクで通学していることと、空に星がまたたいていることを除けば。

担任の先生:おい、三島、三島、ちょっといいか?。

 ケースケが振り返ると、校舎の入口脇で、担任の先生が手招きしながら呼んでいた。

ケースケ:はあ、先生。なんすか?。

担任の先生:ちょっとお前にとって、いい話があってな。時間いいか?。

ケースケ:はい、だいじょぶですけど…。オレにいい話、ですか?。

 担任の先生は、ケースケを職員室に呼ぶと、数枚の書類を見ながら話し出した。…そして。

ケースケ:えー!?。それにオレが?。

担任の先生:どうだ?。いい話じゃないか?。

ケースケ:いいですねぇ。それならオレ、絶対にかなえたい夢が、かなうかも…。

担任の先生:そうか、三島。喜んでくれて、オレもうれしいよ。何しろお前は、いっつも「世界一のライフガードに!」って、言っていたからなぁ。

ケースケ:先生にも、バレていたんですか?。

担任の先生:ばれるも何も、いつもお前が海に出ていることぐらい、知ってなければ教師もやっていられないさ。大会への練習だろ?。オレだってなあ、昔はサーファーだったんだ。いや…、そんな話はいいとして…。まあよく考えて、春の大会もがんばって、それから最終的に決めろよ。まだ時間はあるからな。向こうにも「向いている生徒がいる」とは伝えておく。

ケースケ:先生、ありがとうございますっ。

担任の先生:なあに、あはははは…。

 先生はケースケの肩を、ポンポンと叩いて喜んだ。先生が昔サーファーだったという話には、少なからず驚いたケースケだったが、それより自分のニュースに気が向いてしまった。

 

 ケースケは10月半ばの日曜日、青木さんと釣りの約束をしていた。青木さんは前の日、たまたま腰越の港に釣りに行ったら、形のいいアジが何匹か釣れたので、ケースケに「明日いっしょに釣りをしないか」と、誘ってきたのだった。ケースケと青木さんは、ライフセーバーだったころからの仲間。今は大会を見据えて、クラブに所属しながら、二人とも別々のサーフショップで働いているのだ。

コメットさん☆:え?、ケースケが?。

沙也加ママさん:そうよ。さっき自転車に釣り道具をのせて、そこの国道を走っていったわ。

 コメットさん☆は午前中、沙也加ママさんのお店を手伝っていた。少し品物の模様替えをするのだ。これからだんだん秋も深まり、お客さんの喜ぶものも変わっていく。それに合わせて、季節の節目節目ごとに商品を入れ換えなければならない。

コメットさん☆:釣り道具?。

沙也加ママさん:そう。腰越の港で、釣りをするんですって。珍しいわね。コメットさん☆も、午後になったら行ってみれば?。

コメットさん☆:釣りかぁ…。どうしようかな…。

沙也加ママさん:別にコメットさん☆が釣らなくてもいいじゃない?。お店は午前中でいいから。ね?。

コメットさん☆:はい。じゃあ、行って見てきます。ケースケ何か釣れているかな…。

 沙也加ママさんは、微笑んだ。コメットさん☆の顔が、さっとうれしそうになるのを見て。

 コメットさん☆は、内心ちょっと迷ったのだが、釣りの手ほどきは、夏の旅行の時、景太朗パパさんから受けていて、ちゃんとメジナの形のいいものを釣り上げたりしていたから、釣りの仕方そのものは知っていたし、オキアミをえさにして釣れば、えさが気持ちの悪いものでもないことも知っていた。それでちょっと見に行って見ようかなと、思ったのだった。

 午後になるころ、沙也加ママさんはお弁当を食べ、コメットさん☆は一度家に帰った。家に帰れば、ツヨシくんとネネちゃん、それに景太朗パパさんが待っている。そしてみんなでいっしょに昼食を食べた。昼食を食べて、一休みすると、コメットさん☆は出かける準備をして、景太朗パパさんの仕事部屋に行った。

コメットさん☆:景太朗パパ。

景太朗パパさん:なんだい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:あの、腰越の港まで行ってきていいですか?。

景太朗パパさん:腰越の港?。漁港?。

コメットさん☆:はい。…あの、ケースケが釣りしてるって…。

景太朗パパさん:へえ、そうか。うん、行っておいで。何か釣れていたら、あとで教えてくれないかな。

コメットさん☆:はい。じゃあ、夕方まで行ってきます。

景太朗パパさん:気を付けてね。回数券使って、電車で行くといい。

コメットさん☆:はい。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆、どこかへ行くの?。

ネネちゃん:コメットさん☆?。

コメットさん☆:…あ、あのね、腰越の港まで。

 景太朗パパさんと話をしていたコメットさん☆のもとに、ツヨシくんとネネちゃんもやって来た。コメットさん☆は、港でもあるし、一人で行こうと思っていたのだが、日曜日で家にいるツヨシくんとネネちゃんが、一人で出かけさせてくれるはずもない。

ツヨシくん:なになに?。港に何かあるの、コメットさん☆。

コメットさん☆:べ、別に何もないけど…。ケースケが、青木さんと釣りしているっていうから…。

ネネちゃん:なーんだ、ケースケ兄ちゃんの話かぁ。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんが釣りしてるの見に行くの?。

コメットさん☆:うん。

ツヨシくん:じゃあ、ぼくも行く。

ネネちゃん:えー、じゃあ、私も!。

コメットさん☆:うふっ…。じゃあ、いっしょに行こうか。

 コメットさん☆は、ちょっぴり残念に思いながら、ツヨシくんとネネちゃんを連れていくことにした。

 景太朗パパさんの、「海辺は案外寒いから、少し厚着していきなよ」という言葉に、コメットさん☆はもう一枚重ねて着込み、出かけようとした。ところが、ラバボーがティンクルスターの中から聞いてくる。

ラバボー:姫さま、ケースケのところに行くのかボ?。

コメットさん☆:うん。…ケースケと青木さんが釣りしているところへ、だけど。

ラバボー:それならボーも、このままついて行くボ。

コメットさん☆:いいけど…。ラバピョンのところに行ってもいいよ?。

ラバボー:今日は、なんだか姫さまのことが心配だボ。

コメットさん☆:どうして?。

ラバボー:どうしてって言われても…。何となくだボ。

コメットさん☆:ふーん。いいよ。じゃあ、いっしょについてきて。

 2時を回るころ、コメットさん☆とラバボー、ツヨシくん、ネネちゃんは、稲村ヶ崎駅から3つ先の腰越まで、江ノ電に乗って出かけた。さすがに漁港は星力でマークしていないから、星のトンネルは使えない。恋力で行きたいところへ、というのも、最近うまく行かないときもある。それで電車を利用することにしたのだ。

 江ノ電腰越駅は、道路の脇みたいなところにあり、そこ自体狭い路地のような場所だ。駅の出口から、少し戻るように海へ向かって歩くと、程なく腰越漁港だ。コメットさん☆は、漁港の入口から、夏になると小さな海水浴場になる砂浜へ出て、ざっと港を見渡した。左のほう、海に向かって突き出した防波堤の先端に、ケースケらしい人影が見えた。しかし、そばにいるはずの青木さんの姿はない。不思議に思ったコメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんを伴って、防波堤の先端に向けて歩いた。腰につけたティンクルスターには、もちろんラバボーがいる。

コメットさん☆:ケースケ、こんにちは。

ケースケ:んー?、あ、コ、コメット…。な、なんでここに?。

 ケースケは、じっと海面のウキを見ていて、コメットさん☆がかなりそばまで近寄らないと気付かなかった。突然声をかけられたケースケは、びっくりしたような顔で、コメットさん☆をちらっと見た。しかし、右手には釣り竿を持っているし、そのウキからは、そうそう目を離せない。

コメットさん☆:沙也加ママが見かけたって言うから。

ケースケ:…そうか。

 ケースケは、ウキに目をやったまま答える。

ネネちゃん:コメットさん☆も、釣り出来るんだよ。

ツヨシくん:ぼくも!。

ケースケ:ええ?、ツヨシとコメットが?。まっさかなぁ…。

ツヨシくん:あ、ケースケ兄ちゃん、そんなこと言っていると、小さい魚しか釣れないよ?。コメットさん☆は、夏の旅行で、パパもびっくりするくらいのメジナ釣ったんだから。

ケースケ:な…、そ、そんなわけないだろ?。師匠がびっくりするって、どんなでかいのだよ?。

ツヨシくん:25センチ。

ケースケ:…25センチか…。どこで?。防波堤じゃないよな?。

ネネちゃん:こういうところだよ?。伊豆の。

ケースケ:なんだって?。それは…、けっこうでかいな…。磯ならそんくらいのはたくさんいそうだけど…。…よーし、見てろよ!。今何か釣り上げてやるっ。

コメットさん☆:ケースケ、青木さんは?。

ケースケ:え?、ああ…、なんでもデートだとか。冷やかされてた。急用で来られない、だってさ…。

コメットさん☆:デート?。

ケースケ:さあな?。本当にデートかどうか…。それはオレにもわからねぇ。

 ケースケは、ひたすらウキから目を離さず答える。

コメットさん☆:ふぅん…。

ツヨシくん:デート?。ケースケ兄ちゃんデート?。だれと?。

ケースケ:いや、オレじゃねぇよ!。青木さん、…って。ツヨシ、お前にはまだ早いっての!。まったくよぉ…。

ツヨシくん:なんで?。じゃ、いつからならデートしていいの?。

ケースケ:…い、いつって…。

 ケースケは、ちょっとウキから目を離し、ツヨシくんのほうを見て、しかし言葉に詰まった。

コメットさん☆:あ、ケースケ、ほら、引いているよ?。

ケースケ:え、あ、あっ、し、しまった。えさ取られた…。

 ケースケはツヨシくんの方をよそ見しているうちに、えさを取られてしまった。ネネちゃんが追い打ちをかける。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、実はあわててない?。

ケースケ:なな…、なんでオレがあわてなけりゃならないんだよ!。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、彼女いるの?。ねえ、高校にいるの?。

 コメットさん☆は、少しドキッとした。

コメットさん☆:(…なんでなんだろ?。今ドキッとした…。やっぱりケースケのことだからかな…。)

ケースケ:い、いねぇよ、そんなの…。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、赤くなった。

ケースケ:あ、…暑いからだよ!。

コメットさん☆:ふふふっ…。ケースケ、秋の風が吹いてるよ…。

 ケースケは、竿を振りながら、すっかり調子を狂わされていた。

ケースケ:…と、とにかく、今日はオレ一人なんだよ!。調子が狂うじゃねぇか…。

コメットさん☆:何か釣れた?、ケースケ。

 コメットさん☆は、ケースケのびくを探したが、そもそもびくはそこには無く、氷が入っているらしいクーラーボックスがあるだけだった。

ケースケ:…い、いや、まだ何も釣れねぇ…。もっとも、夕方からだろ、よく釣れるようになるのは。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、時間のせいにしている。

ネネちゃん:結局まだ何も釣れてないのにね。調子が狂うってことは、それまでは調子がよかった。そういうことになりますねぇ。

 ネネちゃんが、得意そうに人差し指を立て、まるでテレビドラマの刑事役かなにかのように言った。

ケースケ:…お、お、お前らなぁ、5メートル以上離れていろよぉ…。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、少し下がっていようよ。あんまりケースケの気を散らせちゃ悪いよ。

ツヨシくん:…うん。わかった。

ネネちゃん:わあ、コメットさん☆やさしい…。

コメットさん☆:えっ?、ネネちゃん…。

ネネちゃん:ううん、こっちのことー。

 ネネちゃんは、特に先週からやたらおませなことを言うようになって、コメットさん☆もちょっとたじたじ。今の言葉にも、どきまぎしてしまった。それでも、少し離れたところに置き去りにされた、港の作業に使う木箱に、みんなで腰掛けようと歩き出したところ、ケースケがその背に声をかけた。

ケースケ:…あ、コメットは、ここにいてくれよ…。

コメットさん☆:え?。

 コメットさん☆は、振り返った。ツヨシくんとネネちゃんは、防波堤の始まりのところまで走っていって、さらにとなりにある小さな砂浜に行って、歓声を上げながら遊びはじめた。空にはトンビが、「ピーヒョローーーーー」と鳴きながら飛んでいる。鰯雲が高く見える。早くも夕方の気配が漂ってくる。

ケースケ:この前のモデルで、どこからかスカウトされなかったか?。

コメットさん☆:…そんなの全然ないよ。

 コメットさん☆は、ケースケのすぐそばに置かれた、おそらくは漁具を入れる箱に腰掛けた。

ケースケ:…そうか。よ、よかったな。

コメットさん☆:…うん。

ケースケ:…お、オレ…。

コメットさん☆:なに?、ケースケ。

ケースケ:高校の先生から…。あ、いや、いいか、それは…。

コメットさん☆:ケースケ?、どうしたの?。

ケースケ:あ、いや、まだ決まったことでもないしな。なんでもねえ…。

コメットさん☆:…そう…。

 ケースケは、先生に紹介された話を、コメットさん☆にも話しておこうかと思った。しかし、まだ決まった話ではないのだしと思い直し、語りかけてやめた。やや冷ためな風が、コメットさん☆のほほをなでる。

ケースケ:あ、あの、その、コメット、寒くないか?。

コメットさん☆:大丈夫だよ。何で?。あはっ…、今日のケースケは、なんかいつもよりやさしいね。

ケースケ:な、なんだよ、いつもはやさしくないみたいじゃないか…。お、女って、冷えに弱いとか言うからさ…。

コメットさん☆:……ありがとう。でも、私は大丈夫だよ。ちゃんと着てきたから…。

ケースケ:そうか…。おっと、釣れ…たけど…、メジナの子かぁ…。これじゃあなぁ…。

 ケースケがコメットさん☆に気遣いを見せたその時、竿に小さなメジナがかかった。ケースケは、その小さなメジナを、ハリから外すと海に帰した。

コメットさん☆:ケースケも、海に帰すんだね。

ケースケ:ああ。まだ小さいからな。いずれ育って、どこかの岩場に住み着くだろうさ…。

 ケースケはそう言うと、新しいえさをつけ、竿を振って仕掛けを海に振り込んだ。

コメットさん☆:…そうなんだ…。生き物は…、いつか、みんな育っていくんだね…、みんな…。

ケースケ:…そう…、だよな…。

 ケースケは、コメットさん☆の言う言葉の意味を、少しの間いろいろに解釈した。自分の成長と世界一への可能性、コメットさん☆の成長、それは女の子から女性への。そして全ての生き物が成長していくこと。もちろんメジナが大きくなることも…。言葉を飲み込んだ顔で、そっとコメットさん☆の表情をうかがった。もっともコメットさん☆は、いつもの楽しそうな表情をしているだけ。少なくとも今は、ケースケが思うほど、難しいことは考えていない様子だったが。

コメットさん☆:ケースケ、ちょっと貸して、釣り竿…。

 その時、唐突にコメットさん☆が立ち上がり、ケースケのほうへ、手を伸ばしながら言った。

ケースケ:え?、さ、竿をか?。…そりゃ、いいけどよ…。ほら。

 ケースケは内心、「そんな簡単に釣れるわけないだろう」と思ったが、持っていた釣り竿を、そのままコメットさん☆に手渡した。

コメットさん☆:えさは…、やっぱりオキアミだね。

ケースケ:ああ。…あんまり遠くはアタリがないからな。今まき餌を入れるから、その辺に仕掛けを入れてみな。

コメットさん☆:うん。

 ケースケはそう言うと、小さなバケツに入れてあったまき餌を、小さなシャベルで、コメットさん☆の足元に投げた。ぱっと水面にまかれたそれは、水の流れとともに広がっていく。と、その時、ケースケとコメットさん☆が見つめるウキが、びょこんと沈み、アタリが出た。コメットさん☆は、そっと竿を上げ気味にした。

コメットさん☆:きた!…かも。

 竿がすうっとしなって、水の中から銀色に輝く魚がおどり出た。

コメットさん☆:釣れたっ!。

ケースケ:おお、やったぜ、コメット。形のいいアジだ!。

ツヨシくん:コメットさーん☆、釣れたのー。

ネネちゃん:何が釣れたー?。

 遠くで見ていたツヨシくんとネネちゃんも、急いでやって来た。

コメットさん☆:アジだよー。アジ。

 コメットさん☆が釣ったのは、小形だが20センチ弱のマアジだった。

ケースケ:…ということは…、アジが回遊してきたってことだ。あいつら、まとまってやって来るから。よし、コメット、そのままその竿で、釣っていてくれ。同じ要領で釣っていれば、しばらく釣れるはずだ。オレは、別の仕掛けで小アジをねらってみる。ずっとまき餌を入れてたかいがあったようだぜ。

コメットさん☆:う、うん。わかった。

ケースケ:それにしても、ずいぶん手慣れているな、コメットは。師匠に教わったのか?。

コメットさん☆:そうだよ。夏の旅行の時に…。

ケースケ:そうか。なんでも、その…、…うまいんだな、コメットは…。

コメットさん☆:…そんなこと、ないよ…。

ネネちゃん:コメットさん☆、すごい、すごーい。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、もっと竿無いの?。ぼくもやりたいんだけど。

ケースケ:そんなに何本も竿はねえよ。一人で3本も4本も使えないからな。

ツヨシくん:ざんねーん…。

ケースケ:まあそんなにがっかりするなよ。オレも釣れ始めたら貸してやるよ。

ツヨシくん:わあ、ケースケ兄ちゃんありがとー。

 

 やがて日暮れが迫る時間になり、ウキも少し見づらくなってきた。あれからコメットさん☆は、少し大きめのアジを、ケースケは小アジをツヨシくんといっしょになってたくさん釣ったが、さすがにだんだん釣れなくなって、アタリも変わり、またメジナの小さいのが釣れるようになった。それは、やっぱり海に帰すしかない。

ケースケ:そろそろ上がるか…。コメットも、ツヨシもネネも、師匠んところで心配するだろ。

コメットさん☆:うん。じゃあ、片づけ手伝うね。

ケースケ:ああ。わりいな。

ツヨシくん:残ったえさとかはどうするの、ケースケ兄ちゃん。

ケースケ:ほとんど残ってないだろ?。気を付けながら足元に少しずつ落としてみな、小魚が寄ってくるのが見えるぞ。落っこちるなよ。

ツヨシくん:うん。…あ、ほんとだ…。

ネネちゃん:あのぱたぱたしてるちっちゃいのなんだろう?。

ケースケ:んー、それはカワハギの子だろうな。

 そんなのんびりした会話をしながら、夕日を浴びつつ、ケースケとコメットさん☆は、釣り道具を片づけた。夕方の風は、もうすっかり冷たくなっている。やっぱり海の上にもっとも近い、防波堤の先っぽは、風がやや強めだ。

 片づけがすむと、ケースケはクーラーボックスと竿袋を持って、コメットさん☆はケースケの仕掛け箱を持って、腰越駅まで歩き出した。

ケースケ:…家まで送っていく。

コメットさん☆:いいよ。大丈夫。

ケースケ:コメットが釣ったアジ、持って帰れよ。塩焼きかひものになるだろ?。

コメットさん☆:いいよ。ケースケの道具借りたんだもん。ケースケのだよ。

ケースケ:いや、コメットが釣ったものは、コメットのものさ。いいよ、オレは…。

コメットさん☆:ううん。うちに帰れば、もう夕食のおかず準備されてるから…。

ケースケ:…そ、そうだろうけど…。それじゃ、なんだか…。

コメットさん☆:あ、じゃあ、ケースケが釣った小アジくれない?。私、南蛮漬け作って届けるから…。

ケースケ:…そ、そりゃあいいし、飯のおかず作ってくれるのはありがたいけど…。まてよ…、めちゃくちゃ辛いんじゃないだろうな?。

コメットさん☆:あ、ひどーい。…うふふふ…。

ネネちゃん:…まだ覚えてるんだケースケ兄ちゃん。「マーボナス事件」。

ツヨシくん:…けっこうしつこいね。

ケースケ:何か言っているかー?、そこの二人ー。

ツヨシくん:あれ、ケースケ兄ちゃん、何か聞こえた?。

ネネちゃん:素直じゃないケースケ兄ちゃん…。

ケースケ:…えーと、じゃあ、大きめのアジはありがたくもらうぜ。小アジの方は、持って帰って好きにしてくれよ。

コメットさん☆:うん。じゃ…。

 ケースケはそう言うと、肩からクーラーボックスを降ろし、氷とともに小さいアジをよりわけた。小アジは20匹以上あって、それをポリ袋に入れてもらったコメットさん☆は、ポリ袋の口をきつくしばった。

コメットさん☆:こうしておかないと、電車の中でお魚さんのにおいがしちゃうよね。

ケースケ:あ、ああ…。そうだな。オレもきちんとフタしてあるかな…。

 ケースケは、コメットさん☆のちょっとした心遣いに、自分のクーラーボックスも確認した。

 乗り込んだ電車は、日曜日の夕方の鎌倉行きとあって、すいていた。ケースケとコメットさん☆は並んで座り、コメットさん☆のとなりにツヨシくん、次いでネネちゃんというように座った。腰越を出た電車は、住宅の軒先をかすめる場所を抜け、海沿いの国道と平行して走る区間に出た。電車の窓には、オレンジ色に染まる海と、きれいな夕焼け空が広がっている。道路を行き交う車の屋根すらも、オレンジ色に見える。コメットさん☆は、さっきまで釣りをしていた海を染める夕焼けに、目を奪われていた。ケースケもまた、じっと見ていた。しかし、ケースケは、ずっと考えていた。

ケースケ:(何も言えなかったな…。ま、もう少し先でもいいか…。コメットによけいなことを、あんまり考えさせたくない…。…でも、今日はなんだか楽しかったぜ…。こんな気分も、久しぶりだな…。)

 そんなことを思っているケースケに、コメットさん☆が語りかけた。

コメットさん☆:ケースケ、夕日が…きれいだね。

ケースケ:ああ…。いつも泳いだり、トレーニングしたり、波に乗ってる海だけど…、こんなふうに見たことは…、ないな…。

コメットさん☆:…私も、…かな…。

 電車はそんな二人――いや、ツヨシくんとネネちゃんもいるのだが――を乗せて、ゆっくりと走る。そして七里ヶ浜の先で左にカーブし、海と別れるまで、二人は車窓の夕日を見つめ続けていた。

 稲村ヶ崎駅のホームで、手を振ってケースケと別れたコメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんを連れて、家への坂道をのぼって行った。

コメットさん☆:もう日が暮れる…。急ごうね。

ツヨシくん:うん。走る?。

ネネちゃん:えー、走ったら坂道大変だよー。

コメットさん☆:じゃあ、せめて早足で…。ふふっ…。

 一方ケースケは、そのまま電車に乗って、和田塚駅まで行き、歩いてアパートに帰った。帰るとさっそく、コメットさん☆が釣り上げた新鮮なアジを、塩焼きにした。

ケースケ:あーあ、やれやれ…。なんかコメットにも、魚の大きさでは負けてた気がするなぁ…。オレの腕もまだまだか…。しょうがねぇ…。いっただきまーす。

 そのアジをおかずにごはんを食べる。しかしふと…。

ケースケ:…それにしても、コメットは、何でも上手にこなすよな…。あいつのどこに、あんな力があるんだろう…。…宇宙人だからか!?…なーんちゃって。そんなことあるわけねぇ…。んー、うまい!。やっぱ新鮮な魚はうまいよなぁ。残りはひものにすっかぁ。

 コメットさん☆は、夕食をすませると、帰ってすぐ冷蔵庫に入れておいた小アジを取り出して、南蛮漬けを作りはじめた。もちろん出来上がったら、明日ケースケにもあげるつもり。タマネギやピーマンを細切りにし、アジは唐揚げにしておく。しょうゆと酢と砂糖、だしに唐辛子を少し入れて、たれを作っておく。キッチンでエプロンをして。

ネネちゃん:コメットさん☆、辛いの入れた?。

コメットさん☆:ふふふっ。入れたよ。ちょうどいいくらいにね。

 そんな楽しげなコメットさん☆に、ツヨシくんが声をかける。

ツヨシくん:コメットさん☆さあ…。

コメットさん☆:なあに、ツヨシくん。

ツヨシくん:…ケースケ兄ちゃんに、星力のこと、言うつもりなの?。

コメットさん☆:…え?、…うーん。

ツヨシくん:言っても…。

コメットさん☆:今のところ、必要がなければ言わないつもりだよ。どうして?。

ツヨシくん:なんとなく言わないほうが…。ケースケ兄ちゃんのことだから、信じないような気がするよ…。

コメットさん☆:…そうかもね。

ネネちゃん:いいんじゃない?。スピカさんだって、しゅうぞうさんに言っていないよ?。

ツヨシくん:…そうか。

コメットさん☆:…そうだね。…よーし、出来てきた。これでもう一度唐揚げにしたお魚を入れれば、出来上がりだよ。すぐに食べられるよ。

ツヨシくん:わーい。食べよう!。

ネネちゃん:私もー。

沙也加ママさん:あらあら、夕食食べたばかりなのに?。

 ちょうど様子を見に、沙也加ママさんがやって来た。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ、もう少しで出来ます。

沙也加ママさん:そう。おいしそうね。コメットさん☆もいろいろ上手になったわね。これも成長のうちかなぁ。ふふふ…。

 沙也加ママさんのそんな言葉に、コメットさん☆は、アジを二度揚げしながら、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 寝る前になって、コメットさん☆は、いつものようにメモリーボールへ、今日の出来事を記録した。そして、ラバボーが、既に寝入ったティンクルスターをはずして、メモリーボールの横に置くと、毛布をかけてベッドに横になった。月明かりの差す窓に向いて、小さくつぶやく。

コメットさん☆:…ケースケ、…少しの間、デートみたいだったね…。

 そう言うと、コメットさん☆はほおをちょっと赤らめ、そして目を閉じた。ケースケが、コメットさん☆に語ろうとしてやめたこと、いったいそれは何だろうか。「絶対にかなえたい夢が、かなうかも」とは?。また、ラバボーが、どうして今日に限って、コメットさん☆のことを「心配だ」と言ったのか?。

 「デート」とは、何もテーマパークへいっしょに行ったり、いっしょに食事をしたり、ラブロマンスの映画を見にいくこととは限らない。いっしょに楽しい時を過ごすこと、それはなんでも「デート」になりうるかもしれない。防波堤の上での、つかの間の想いを胸に、コメットさん☆は今夜も眠りにつく…。

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★第226話:学校の嵐−−(2005年11月上旬放送)

 ツヨシくんとネネちゃんは、毎日学校に通っている。家の近くの小学校。しかし、となりの極楽寺駅に近く、帰りは沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に寄って帰ることもある。また時には、海よりをわざわざ遠回りをすることも。本当は寄り道だから、担任の先生からは、いけないと言われているのだが、通学路は、意外に人通りが少なく、道も狭いので、藤吉家では、江ノ電の線路沿いを通って、遠回りで帰ることを、特に禁じてはいなかった。

 そんなある10月末の、秋晴れの日、ツヨシくんは、栽培係の「仕事」で少し遅くなったので、ネネちゃんとは別に、あとから一人で下校した。そして、何となく、江ノ電の極楽寺駅に出て、そこから線路に沿う道を歩いた。時に寂しい道も無くはないのだが、朝通る道よりは、途中に商店もあるし、少し行くと、江ノ電がすぐ脇を走るようになるので、それを眺めながら歩くのだ。電車がいつも何台か留めてある車庫も見えるし、ツヨシくんは好きな道だった。ところが、道ばたの草を見たり、空のトンビを見ながら歩いていると、緩やかな坂を上がって、商店と道路を挟んだ反対側にちょっとした林があるところから、江ノ電の線路に子どもが遊んでいるのが見えた。およそ200メートルも先だろうか。

ツヨシくん:あっ、あぶないな…。

 ツヨシくんがつぶやきながら見ると、まだ真新しいようなランドセルをしょった女の子二人が、小さな、遮断機も警報機もない踏切のところで、砂利を蹴って遊んでいるようだった。するとその時、今さっき脇を通ってきた、一つ手前の踏切の警報機が鳴り出した。電車が後ろから来るという合図だ。ツヨシくんはとっさに後ろを見た。駅のホームに、電車が見えた。お客さんを乗り降りさせている。間もなくやって来ることは、当たり前のこと。

ツヨシくん:おーい、あぶないよ!。早く、早く線路の外に出て!。そこの二人!。早く出ろったらぁ!!。

女の子A:えー?。だあれ?。

女の子B:あー、よく花壇の手入れしてる3年生の人だ。

ツヨシくん:電車が来るよ!。早く線路から出ろって!。

女の子A:今出るよー。

女の子B:そんなに大きい声ださないでー。

 女の子たちは、不思議そうな顔をしながら、線路から出た。まるで危険を知らないかのように…。ツヨシくんは、また後ろを見た。緩い坂の下の線路を、少しカーブしながら、電車が近づいてくるのが見えた。ツヨシくんは前に向き直り、女の子たちが踏切の外に出たのを見ると、少しほっとして二人に駆け寄った。

ツヨシくん:もう、危ないなぁ…。だめじゃん、線路に入っちゃ。

女の子A:私たち、遊んでたんじゃないよ。髪に付けるゴム落としちゃったのー。

ツヨシくん:…そ、そんなの拾ってちゃダメだって。

女の子B:…う、うえぇ…ぐすっ、ぐすっ…。

 女の子の片方は、髪の毛に1個だけワインカラーの飾りをつけていた。しかし、ツヨシくんが少しばかり怖い顔をしているのを見て、泣きだしてしまった。そんな三人の脇を、電車は軽く警笛を鳴らすと通り過ぎた。

ツヨシくん:ちょっと…、泣くなよぅ…。線路にいたら、電車にはねられちゃうでしょ?。

女の子A:べーーーーっ!。いこ、晶子ちゃん。お兄ちゃん、怖い!。

女の子B:…うん…。ぐすっ、…えーーーん…。

ツヨシくん:べ…、べーって…。

 ツヨシくんは、意外な二人の反応に、呆気にとられた。そして立ちつくすうちに、女の子たちは、さっきの小さな踏切から、路地へ入り、行ってしまった。ツヨシくんは、しばらく二人を目で追っていたが、二人が遠くでじっと見返しているのに気付くと、釈然としない気持ちになりながら、また歩き始めた。

ツヨシくん:なんだよう…。あいつら…。危ないのに…。

 その時ツヨシくんは、これがまだ「嵐」の始まりだとは、気付くはずも無かった。

 

 翌日、ツヨシくんは、放課後になってから、学校の花壇に少し水をやり、様子を見ていた。クラス名が書かれた札が、少し曲がっていたので、それを直すと、手をぱんぱんとはらって、立ち上がった。すると背後から、名前を呼ぶ声がした。

先生:君、君がいつもその花壇を世話している、藤吉くんか?。

ツヨシくん:えっ?、は、はい…。

 ツヨシくんは、後ろを振り返り、紺色のジャージを着た先生に返事を返した。

先生:ちょっと来なさい。

ツヨシくん:はい…。

 ツヨシくんは、自分の名前を確認すると、急にきびしい表情になった先生に疑問をいだきながら、先生の呼ぶ方へついていった。

 連れて行かれたのは、「1−2 山本学級」と書かれた札がかかった教室。その文字から、ツヨシくんは、1年生の2組の教室で、山本先生という先生のクラスだと知った。

山本先生:藤吉、そこに立て。

 山本先生は、命令口調でツヨシくんに、壁を背に立つように命じた。

ツヨシくん:はい…。何か用事ですか?。山本先生。

山本先生:とぼけるな。藤吉、お前、下級生をいじめて面白いのか?。

ツヨシくん:え?、下級生なんて、ぼくいじめてない…。

山本先生:あくまでうそをつくつもりだな。いいか、藤吉!。お前に叩かれたって、うちのクラスの女の子が言ってるんだ。正直に言え!。

 ツヨシくんは、いきなり大きい声で怒鳴られ、びくっとした。しかも、身に覚えがないことで怒鳴られるので、急に怖くなった。山本先生は、ずいっとツヨシくんに近づき、上から見下ろすように怖い顔をする。

ツヨシくん:…ぼく…、誰も叩いたりしないけど…。

山本先生:うちのクラスの、大里晶子と高嶋みなみ、知っているなぁ!。その二人にお前昨日何をした!?。線路のそばで遊んでいただけなのに、いきなり怒鳴られて、叩かれたって言っているぞ。

ツヨシくん:ぼ…、ぼく、そんなことしないよ…。そんなことしてない…。踏切の中で探し物していたから、危ないよって…。

山本先生:いいかげんにしろ!。

“ダンッ”

 山本先生は、ツヨシくんの両方の肩をつかむと、後ろの壁に突き押した。ツヨシくんは壁に叩きつけられた。なおも山本先生は、肩から手を離さない…。

ツヨシくん:…う…うっ…うっ…。

 ツヨシくんは、思わずべそをかきはじめた。もう、どうしていいかわからなくなったからだ。

山本先生:どうだ?、藤吉。正直に言う気になったか?。うそをつくやつは、帰さないからな。

ツヨシくん:ううっ、ぐす…、ぐすっ…、ぼ…、ぼくが叩いた…そう言えばいいんでしょ?。

山本先生:そう言えばいいだと?。ちゃんと、ぼくがやりましたと言え!。

 興奮した山本先生は、ツヨシくんの肩から乱暴に手を離した。

山本先生:担任の鈴木先生に言っておくからな。藤吉はうそつきだってな。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、もう何も答えられなかった。

 

 ツヨシくんは、しょんぼりとしながら、帰り道を急いだ。家が近くなると、もうひとりでに走っていた。そうしないと、涙がまたこぼれてしまいそうだったのだ。やがて見慣れた家の門が見えてくると、もうこらえきれなくなっていた。勝手にのどの奥が、ひっくひっくとなる。そして、門を通り、玄関の引き戸を開けるなり…。

ツヨシくん:ただいま…。う、うわーーーーーーん、うわーーーーーーー。ぼく、やってないのに。やってないのにーーーー。

 そんなツヨシくんの声を聞いた景太朗パパさんは、急いで仕事部屋から出てきた。コメットさん☆とネネちゃんも、ちょうどリビングにいたので、玄関まで駆けてきた。

景太朗パパさん:…ど、どうした。ツヨシ。

ツヨシくん:パパーーーー。

コメットさん☆:どうしたの、ツヨシくん。どうしたの?。何があったの?。

ツヨシくん:ぼく、ぼくやっていないのに、先生がやったって…。

景太朗パパさん:んん?、それじゃわからないよ。ツヨシ、少し落ち着いて…。コメットさん☆、リビングに連れていこう。

コメットさん☆:はい。ツヨシくん、落ち着いて。大丈夫だから。怖いことにあったんだね。もう大丈夫だから。

ネネちゃん:ツヨシくん、どうしたの?。学校でいじめられたの?。

ツヨシくん:うう…う、ぐずっ…。

 ツヨシくんは、リビングのいすに座ると、コメットさん☆から温かいココアをもらい、少し落ち着いた。

景太朗パパさん:どうした?。何があったのか、話してごらん。

ツヨシくん:昨日、1年生の女の子が踏切で探し物していたんだよ…。そしたら、少し手前の方にある警報機が鳴りだして、電車が来るから、あぶないよ、線路から出てって、大きい声で言ったんだ…。それだけなのに、べーーーーっとかされて、今日学校に行ったら、怒鳴って叩いただろうって、山本先生って先生が…。ぼく…、叩いてなんていないのに…、うっ…うっ…うっ…ぐすっ…。

景太朗パパさん:なんだって?。ネネ、山本先生って知っている?。

ネネちゃん:知っているよ、パパ。1年2組の先生で、怒ると怖いの。

景太朗パパさん:それでどうしたんだ?、ツヨシ。泣かないで、最後まで話してごらん。

ツヨシくん:山本先生が、来いって言うから…、ついて…行った。そしたら、肩のところつかまれて、お前が叩いた、正直に言えって…。無理やり…、ぼく…、やってないのに、やったって言わされた…。ぐすっ、う…うわああああーー。

コメットさん☆:ひどい…。そんなのって!。ツヨシくん、泣かないで…。景太朗パパ、学校って…。

景太朗パパさん:うむ。そんなことが本当にあったとすれば、絶対に許されないね…。

ツヨシくん:本当だよ…。ぼく…、うそなんてついてないもん…。…肩のところが痛い…。

コメットさん☆:ツヨシくん、見せて…。あっ!!。

 コメットさん☆は気になって、ツヨシくんの着ていたトレーナーの首のところをずらし、肩をのぞき込んだ。そこは赤くなっていて、少しだが内出血していた。

コメットさん☆:ひどい!。ケガしてる…。こんなのって…。私、今から学校に抗議に行っていいですか?、景太朗パパ。小さい子に大人がこんなことするなんて、許せない!。

景太朗パパさん:ま、まあ、コメットさん☆も落ち着いて…。よし、ツヨシ、ちょっと上に着ているものを脱いで、パパに見せてごらん。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんの肩を見ると、ケガの様子をデジタルカメラに納めた。たいしたケガではないが、先生の手のあとが残り、やはり点々と内出血が見られる。コメットさん☆は、よくツヨシくんやネネちゃんを迎えに行く学校で、こういうことがあるとは思っていなかったから、内心穏やかではいられなかった。

ツヨシくん:…もう、ぼく、学校行きたくない…。

ネネちゃん:行かないと、友だちにも会えないよ…。

ツヨシくん:でも、やってないことを、やったって言えって言われるの、やだ…。

景太朗パパさん:…うむ。ツヨシ、言っていることは全部本当だね?。

ツヨシくん:うん。ぼく、危ないよ、線路から離れろって言ったけど、叩いてなんていない。

景太朗パパさん:よし。とりあえず、明日は学校に行かなくていいよ。コメットさん☆と、遊んでいればいい。

コメットさん☆:えっ!?。

ツヨシくん:パパ…。

ネネちゃん:ええっ?。

 景太朗パパさんの言葉に、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは互いに顔を見合わせた。

景太朗パパさん:だって、誰もしてないことを勝手にやったことにされたり、無理やりうそを認めさせられるところには、行きたくないだろう?。パパだってお断りだよ。…どれ、ちょっと学校に電話するかな。

 景太朗パパさんは、いつになく緊張した表情でそう言うと、受話器を取った。

 

景太朗パパさん:…では、今から参りますので。山本先生とお話しできるように、よろしくお願いします。

 景太朗パパさんは、学校の職員室に電話し、すぐにツヨシくんの担任の鈴木先生と、問題の山本先生に会う約束をすると、さっと出かけていった。コメットさん☆も、ツヨシくんも、ネネちゃんも、黙ってそれを見送るしかなかった。

 翌日、沙也加ママさんは学校に電話して、ツヨシくんが学校を休むと伝えた。そしてお店には、一人で出かけることにした。ネネちゃんはツヨシくんを振り返りつつも、一応いつも通り、学校に出かけて行った。

沙也加ママさん:いいわね、ツヨシ。心配しないで、おうちでコメットさん☆と遊んでなさいね。きっとパパがなんとかしてくれるから。

ツヨシくん:うん…。

 ツヨシくんは、そうは答えるが、心配そうな顔つきだ。

沙也加ママさん:コメットさん☆、悪いけど、ツヨシと遊んでやってね。

コメットさん☆:はい。

 そこへ景太朗パパさんがやって来た。

景太朗パパさん:ママはお店にこれから行くの?。

沙也加ママさん:ええ。パパ、お願いね。

景太朗パパさん:うん。必要があったら、連絡入れるから。…さて、ツヨシとコメットさん☆、ちょっと実際の風景を見に行こうか。コメットさん☆は、カメラを持って。

コメットさん☆:は、はい…。カメラですか?。

ツヨシくん:パパ、うちにいるんじゃないの?。

景太朗パパさん:昨日、山本先生っていう先生から、話は聞いたよ。どうも、先生が女の子から聞いたことと、ツヨシの言っていることが、あまりに食い違っているから、実際の景色がどうなっているのかなって思ってさ。

沙也加ママさん:パパ、本当に大丈夫なの?。

 沙也加ママさんのその言葉には、ツヨシくんに着せられた、ありもしない「容疑」を、本当にはらせるのか?という、疑問の意味が込められていた。

景太朗パパさん:…真実は、一つしかないはずだ。そのヒントは、きっと現場にある…、と思う…。

 景太朗パパさんは、そう言うと、キラリと自信をのぞかせた。

コメットさん☆:じゃあ、景太朗パパ、ツヨシくん、星のトンネルで…。

景太朗パパさん:ほ、星のトンネルって…。

ツヨシくん:コメットさん☆、行こ。

 コメットさん☆は、黙って頷くと、バトンを出した。

 沙也加ママさんは車でお店に、景太朗パパさん、コメットさん☆、ツヨシくんの三人は、コメットさん☆が出した星のトンネルを通って、極楽寺駅のそば、江ノ電の線路脇に向かった。コメットさん☆の、ツヨシくんをぬれぎぬから解放したいという、強い想いが、星のトンネルを、そこへつなげたのだ。

景太朗パパさん:…うわっ、ツヨシとネネから話には、聞いていたけど…、星のトンネルって、外が丸見えなんだね…。結構高いところも通るんだなぁ…。

コメットさん☆:景太朗パパははじめてですよね。外から中は見えません。

景太朗パパさん:へぇ…。これは…、いつも面白いだろうなぁ。普通じゃまったく味わえない視点だねぇ。ツヨシ、どうだ?。

ツヨシくん:…うん、いつもは楽しいよ。

景太朗パパさん:いつもは、か…。

 景太朗パパさんは、星のトンネルを通る、はじめての感覚が面白いと思ったが、ツヨシくんは、今日に限って、あまり話に乗ってこなかった。コメットさん☆は景太朗パパさんに、少し心配そうな顔を向けた。しかし、景太朗パパさんは、にこっと微笑むばかりだった。

 

景太朗パパさん:…よし。ここが現場ってことか…。

 三人は、ツヨシくんが1年生に「危ないよ」と声をかけた、江ノ電の小さな踏切のそばに降り立った。

景太朗パパさん:ツヨシ、ここであっているか?。

 景太朗パパさんは、あの女の子たちがいた小さな踏切を指さすと尋ねた。

ツヨシくん:うん。そこ…。電車はあっちから来たんだ。

 ツヨシくんは、江ノ電と平行して走る道路に立ち、鎌倉駅の方を指さした。線路は極楽寺駅に向けて、坂を下っていく感じだが、ほぼまっすぐ続いている。それに対して平行する道路は、商店の前で線路脇の林を避けるように、大きく迂回している。商店の前から、極楽寺駅に向けては電車の線路と同様、緩く下り坂だ。あの日、ツヨシくんが歩いてきた方向とは、逆に見ているだけである。

景太朗パパさん:先生によると、女の子たちは、踏切に入らず、この踏切の脇で、ツヨシに叩かれたと言っているんだそうだ。それで、踏切の脇からは、遠くに電車が見えたという…。

コメットさん☆:…そ、そんなの信用できるのかな?。

 コメットさん☆は、憤慨した様子で答える。

景太朗パパさん:さあねぇ…。踏切の脇というと…、この位置か…。

 景太朗パパさんは、山本先生から聞いた、女の子たちが立っていたとする場所から、線路を見た。そして遠くを見て、しゃがんだり、踏切に入って見たりもした。

コメットさん☆:景太朗パパ…。

ラバボー:パパさん、何しているんだボ?。

ツヨシくん:…パパ、そこじゃ、女の子たちがいたところじゃないよ…。

 コメットさん☆とツヨシくんは、ちょっと内心心配になった。ラバボーもティンクルスターから顔を出して、景太朗パパさんの様子に見入る。しかしやがて景太朗パパさんは、踏切からコメットさん☆とツヨシくんを呼んだ。

景太朗パパさん:ちょっと二人ともおいで。車に気を付けて。

 コメットさん☆とツヨシくんは、一瞬顔を見合わせながら、道の反対側から景太朗パパさんの立つ踏切に駆け寄った。

景太朗パパさん:面白いことがわかるぞ。見てごらん。二人の女の子は、電車が遠くに見えたと言った。そして、踏切の真上ではなくて、線路の脇でツヨシに叩かれたと言った。その話が本当だとすると、女の子たちは踏切に入ってなくて、そもそもツヨシが「危ないよ」と言う必要もない。

コメットさん☆:はい…。

ツヨシくん:…うん…。

 その時ちょうど上り電車が近づいたのか、遠くにある踏切の警報機が鳴りだした。あの時と同じように。

景太朗パパさん:女の子が立っていたと言っているのは、ここだそうだ。そしてすぐ後ろが踏切…。どうだろう?。電車は見えるかな?。

 景太朗パパさん、コメットさん☆、ツヨシくんの三人は、踏切の脇、そして踏切の中の2ヶ所に立って、極楽寺駅を発車しようとする電車が見えるかどうか確かめた。

コメットさん☆:あっ!。

ツヨシくん:ああっ!。

景太朗パパさん:フフフ…。ちょっと電車が来るからやりすごそう。そうしないと、ぼくたちも危ないからね。コメットさん☆、踏切の脇に立って、向こう向きに写真を撮ってみて。

コメットさん☆:はいっ。

 三人は、近づいてくる電車をやり過ごすため、いったん急いで踏切から出た。コメットさん☆は、言われたとおり、写真を撮る。

景太朗パパさん:ここ、線路はまっすぐ続いているけれど、そこにある林がじゃまになって、踏切脇からは電車は見えない。ところが…。

 近づいてきた電車は、ゆっくりとコメットさん☆たちの脇を通り抜けた。

景太朗パパさん:さて、電車が行っちゃったから、踏切に入って…。コメットさん☆、もう一度写真を撮って。…どうだい?、踏切の中からなら、そこの道路脇に茂って生えている林にじゃまされないで、駅のホームが見えるだろ?。ここからホームが見えるってことは、その上を走る電車も、当然見えるってことさ。

コメットさん☆:ほんとだ…。踏切から降りちゃうと、あそこの木がじゃまになって見えないのに、踏切の上なら遠くの線路が見える…。

 こんもりした常緑樹の林は、わずかな見る角度の違いで、電車と線路を隠したり、隠さなかったりする。

ツヨシくん:ほんとうだ…。

ラバボー:パパさん、すごいボ…。

景太朗パパさん:おや、あれはなんだろう?。そこのレールの間に落ちているもの…。

コメットさん☆:あ、あれって、たぶん髪の毛を留めるゴムです。

 踏切の少し先の、レールの間に、ワインカラーの髪留めゴムが1個落ちているのを、景太朗パパさんは見つけた。

ツヨシくん:あ!、あの時女の子、髪の毛留めるゴムを探してるって言ってた…。…まって、…そう言えば、晶子って呼ばれていたほうの子は、髪の毛の左側に、1個濃い赤の飾りつけてたよ。

景太朗パパさん:そうか…。コメットさん☆、写真撮って。

コメットさん☆:はいっ!。

景太朗パパさん:さて、ツヨシ、ツヨシが女の子を実際に注意した場所は、どこかな?。

ツヨシくん:えーと…、あ、あそこ。林の脇で、お店があるところ。あそこで間違いないよ。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんに、あの日女の子たちに声をかけた場所を聞いた。ツヨシくんは、線路に平行して走る道路が、林を避けるために大きく迂回していて、そこに商店があるところを指し示した。

景太朗パパさん:あそこか…。よし、みんな行こう。

 景太朗パパさんは、みんなをうながし、ツヨシくんが立っていたはずの場所まで歩いた。そして林と商店にはさまれた場所に立ち止まると、駅のほうを見た。

景太朗パパさん:うん。見てごらん、ツヨシが立っていた場所からは、駅とホームが見える。線路は、さっきの小さな踏切の位置から、駅に向かってまっすぐ。道路から見たとき、その林のせいで、一度見えなくなったあと、林の向こうが見通せるここからなら、また見えるようになるわけだ。コメットさん☆、また写真たのむよ。

コメットさん☆:はい。…景太朗パパ、これって…。

景太朗パパさん:うん。つまり女の子たちが、線路の脇にいた、と言うのは、うそということになるね。なにしろ林で見えないはずの電車が見えたって言うんだから。やっぱり女の子たちは、確かに踏切の中にいたってことだな…。そうすると、ツヨシから叩かれたというのも、当然信用できない…。そういうことにならないかな?。

コメットさん☆:景太朗パパ!。すごいです!。

ツヨシくん:ぼく、絶対にやってないもん…。

景太朗パパさん:実際の現場を見れば、うそを見抜くことも出来るってことさ…。よし、学校に電話だ。

 景太朗パパさんは、携帯電話を取り出すと、学校に電話をかけた。取り次いでもらうと、しばらくして休み時間になったらしく、山本先生が電話をかけ直してきた。その間、コメットさん☆は、実際に電車を入れて、写真を撮った。きっとツヨシくんを守るための写真だ。

山本先生:藤吉さん、またですか?。お宅のお子さんが叩いたって、二人とも言っているんですよ?。

景太朗パパさん:今でもですか?。

山本先生:そうですよ。

景太朗パパさん:そうですか。

 山本先生は、面倒そうに答えた。しかし、景太朗パパさんは、動じる様子もない。

景太朗パパさん:それでは、あなたにお見せしたいものがあります。今日の放課後、会っていただけますね。

山本先生:いいですよ、わかりました。

景太朗パパさん:では、放課後に参ります。…ああ、ツヨシの担任の鈴木先生と、教頭先生にもご同席願えるようにお願いします。

山本先生:きょ、教頭もですか?。

景太朗パパさん:何かまずいですか?。

山本先生:い、いえ。はあ。わかりました。

 山本先生は、景太朗パパさんがあまりに冷静にものを言うので、逆に心配になった。

 

 学校の応接室には、重苦しい雰囲気が漂っていた。テーブルを挟んで、向こう側には山本先生、ツヨシくんの担任の鈴木先生、そして教頭先生が座る。こちら側には、コメットさん☆と景太朗パパさんだ。ツヨシくんは沙也加ママさんのお店で待っていることになった。

鈴木先生:あ、あの、藤吉さん、こちらの方は?。もしかしてコメットさん☆という方ですか?。

 まず担任の鈴木先生が、コメットさん☆を見て、景太朗パパさんに尋ねた。

景太朗パパさん:そうですよ。うちに下宿している留学生の。コメットさん☆にも、保護者証を持たせていますので、いつもツヨシやネネを迎えに行ってもらったりしています。

鈴木先生:そうですか…。ツヨシくんからお名前は聞いておりました。

 次いで教頭先生が、あからさまに不快な顔で、山本先生に尋ねた。

教頭先生:山本先生、藤吉くんにあざとはいえ、ケガを負わせたのは事実かね?。

山本先生:は、はあ…。藤吉くんが、正直に言わないものですから…、つい…。

鈴木先生:まずは担任である私に、一度は相談して欲しかったですね、山本先生。

山本先生:…はあ…。

 なんだか先生たちの足並みは、既にしてそろっていなかった。

景太朗パパさん:まあ、そのケガのことについては、少しあとにして…。山本先生は、あくまでうちのツヨシがうそをついているとおっしゃるわけですね?。

コメットさん☆:ひ、ひどいです!。

景太朗パパさん:コメットさん☆、ちょっと待って…。どうなんですか?、山本先生。

山本先生:うちのクラスの児童の言葉を、私は信じます。

景太朗パパさん:そうですか…。自分のクラスの児童を信用するという、熱意は結構。しかし、これを見ていただけますか?。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆に頼んで撮ってきた、さっきの現場写真を広げた。大きくプリントされている。

景太朗パパさん:昨日うかがった、女の子たちが、ツヨシから怒鳴られて叩かれたとされる現場がこれです。昨日先生は、女の子たちが、踏切の脇で、ツヨシから怒鳴られ、叩かれたと言っていると、おっしゃいましたよね?。そして、その子たちは、その位置から電車が見えたと。…しかし、この通り、踏切の脇の、先生がおっしゃった場所からは、電車は見えません。

山本先生:…これは…。

景太朗パパさん:一方、ツヨシが言うように、女の子は踏切の上にいたとすれば、線路はほぼまっすぐ続いているので、電車が遠くに見えます。さらに、ツヨシが女の子に注意したと言う場所はここ。ツヨシは電車が近づこうとしているのを危険に思って注意したそうですが、確かにツヨシのいた場所からは、極楽寺の駅と、電車が見えます。2枚目と3枚目、それに実際に電車がいるときを撮影した4枚目、5枚目の写真をご覧下さい。見えない電車を、危険に思うはずはありませんよ。

 三人の先生は、景太朗パパさんがテーブルに広げた写真に見入る。

鈴木先生:…山本先生、これはどういうことなんですか?。

山本先生:い、…いや、それは…。で、でも確かにそうだって…。大里と高嶋が…。

景太朗パパさん:ツヨシは、女の子が髪の毛を留めるゴムを探していたと言っていました。それは山本先生もご確認なされましたね?。

山本先生:…え、ええ…。

景太朗パパさん:…しかし、そちらの女の子たちは、踏切脇で遊んでいただけなのに、ツヨシが叩いたと言っていると。

山本先生:……。

教頭先生:山本先生、はっきりしたまえ。

山本先生:…は、はい…。

 山本先生の声は、だんだん小さくなってきていた。

景太朗パパさん:…ここにある、女の子の髪留めゴム、もしやその高嶋さんという女の子のものではありませんか?。どうも「あきこ」と小さく名前が書かれているようですが?。学校では、持ち物に名前を書くように指導しているはず…。

 景太朗パパさんは、さっき踏切の中の、線路から拾ってきた髪留めゴムをテーブルの上に置いた。

山本先生:これ、どこにありましたか?。

鈴木先生:確かに学校では、持ち物に記名を指導しています。

景太朗パパさん:…このように、線路の間に…。レールの錆び色と、ワインカラーがとけ込んで、子どもには見つけづらかったようですね。

 線路に髪留めゴムが落ちているところの写真を、景太朗パパさんは指し示した。

教頭先生:…これが、その女子児童のものだったら…。山本先生、君は…。

景太朗パパさん:山本先生、ぜひこれがその高嶋さんという女の子のものであるかどうか、確かめていただきたい。そして、これらの矛盾について、どう説明されるのか。お考えをお聞かせ願いたい。

 三人の先生全員の顔は、既に青ざめていた。冷や汗が、背中や額をつたう。コメットさん☆もまた、相当緊張していた。同席はしているものの、ここまでで口を挟む余裕はなかった。

景太朗パパさん:さて、それらツヨシの証言と、事実の符合。そして女の子たちの証言と、事実の矛盾については、女の子たちにも再度きちんとおたずねになるなりされて、ご報告いただくとして、これはツヨシの肩の様子です。現在、だいぶ消えつつありますが、まだあざは残っています。現在の学校で、大きな大人の先生が、子どもに暴力とも思える方法で、あったこと、あるいはなかったことを語らせる…。それも私どもの考えからすれば、脅して事実ではないことを語らせる…。そういうやり方が、いつも平気で行われているのですか?、教頭先生。

教頭先生:い…、いえ、そ、そのようなことが、決してないように、いつも指導しているつもりですが…。

 教頭先生は、ハンカチで汗をぬぐいながら答える。一方景太朗パパさんは、静かにしかし厳しく追求する。ところがコメットさん☆が…。

コメットさん☆:一言言わせて下さい。大人が子どもから話を聞くとき、突き飛ばしたり、脅したりなんて、そんなのあんまりです。ひどいじゃないですか!。先生たちは、みんな自分がやられたら、どう思うんですか?。山本先生、私、無理やり人に何か強制されて、思ってもないことを言わされるなんて、いやです。先生はどうなんですか?。

山本先生:…そ、それは…。

コメットさん☆:答えて下さい!。

山本先生:……。

 コメットさん☆は、思わずいすから立ち上がった。しかしそれに対して、山本先生は下を向いたまま、何も答えられなかった。景太朗パパさんは、コメットさん☆の肩をそっと叩き、もう一度いすに座らせた。

景太朗パパさん:山本先生、私がもし、あなたと駅で偶然会ったとします。そこで私があなたを理由もなく捕まえ、あざが出来るほど壁に押しつけて、私の家族に暴力を振るっただろう?と、確たる証拠もなく詰め寄ったら、どういうことになると思います?。

教頭先生:藤吉さん…。

景太朗パパさん:…おそらく私は警察に連れて行かれます。街ではそういうことになる…。でも、ほぼ同じことが、学校なら…?。…みなさん、よくお考えになって下さい。そして結果を必ずお伝え願いたい。それまでツヨシは休ませます。鈴木先生、よろしくお願いしますよ。

鈴木先生:…は、はい。わかりました。

 景太朗パパさんはそこまで言うと、特に顔色を変えることもなく、すっと席を立った。コメットさん☆も、それを見て、あわてて席を立った。

 

 翌日、よく晴れた藤吉家の庭では、コメットさん☆とツヨシくん、ラバボーが、ゴムボールとプラスチックのバットで、野球遊びをしていた。バッターにはコメットさん☆。ツヨシくんは軽く球を投げる。ラバボーはキャッチャー専門だ。ツヨシくんは、コメットさん☆と遊べるとあって、うれしくてしょうがなかったのだが、さすがに毎日こうしていると、ちょっと心配になる。少しばかり、クラスメートの顔も目に浮かぶ。

ツヨシくん:…いいのかなぁ?。

 ツヨシくんは、何球目かを投げるときにつぶやいた。

コメットさん☆:あ…。空振り…。景太朗パパがああ言っていたんだし…。

 コメットさん☆も、何のことかすぐに察して、低めの球を空振りして答える。

ラバボー:景太朗パパさんと、沙也加ママさんが何とかしてくれるボ。それを信じてるしかないボ。

ツヨシくん:うーん…。それは信じてるけど…。

 ツヨシくんは、ラバボーからの返球を両手で受けながら、困ったような顔になる。そして何気なく家の中を振り返ると、電話のところに駆け寄っていく景太朗パパさんの姿が見えた。

ツヨシくん:あ、電話みたい…。

 その言葉を聞いて、コメットさん☆とラバボーも急いで駆けてきた。そしてツヨシくんといっしょに、リビングのガラス戸から中をうかがった。景太朗パパさんは、頷きながらリビングで電話を聞いている。そしてガラスの外にいるツヨシくんとコメットさん☆、ラバボーに気付くと、思わず親指を立ててサインを送った。どうやら、話はうまく行きそう…。コメットさん☆とツヨシくん、それにラバボーは、景太朗パパさんの電話が終わるとすぐに、リビングのガラス戸を開けて中に入った。

ツヨシくん:パパ、電話はなに?。

景太朗パパさん:ツヨシ、ツヨシは何も悪くないよ。…向こうの子が、うそをついていたのを認めたってさ。

コメットさん☆:…よかった。よかったね、ツヨシくん。

ツヨシくん:…うん。ぐす…つらかったよ…。

 それを聞いたとたん、ツヨシくんの頬には、涙がつたった。

景太朗パパさん:あ、ほら、泣くなツヨシ。ツヨシは正しかった。もうそれが証明されたんだから。

コメットさん☆:ツヨシくん、泣かないで…。でも…、景太朗パパ、何で女の子たちは、うそなんてついたのかな?…。

景太朗パパさん:…うん。その事情は複雑なようだね。なんでも、いつも仕事で留守がちなお母さんの、気を引きたかったらしい。騒ぎになれば、自分に注目してくれるだろうと…。まあ、その子たちも、寂しかったんだろうけど…。小さい子にはよくあることなんだよね…。

コメットさん☆:…そうですか…。

 コメットさん☆は、そう聞いてしまうと、なんだかそれはそれで、責めることも出来ない気持ちになった。いつしか聞いた、イマシュンが子どものころから引きずっていた思いとも、どこか似ていたから。

景太朗パパさん:しかし、うその話を、自分のクラスの担任の先生にしたら、思いのほか話が大きくなったということなんだろうな…。夜になったら、先生方は謝りに来るってさ。

コメットさん☆:謝りに…ですか?。

ツヨシくん:…そんなの、来られても、ぼく、何て言っていいかわからないよ…。

景太朗パパさん:心配するな、ツヨシ。そのためにぼくやママがいるんだから。

ツヨシくん:…うん。

景太朗パパさん:でも、ぼくは思うんだ。暴力で問題の解決なんてつかない、教育なんて出来はしないってね。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆一人に語るでもなく、語りだした。

景太朗パパさん:力で強制したって、反発するだけだろう?。人間ってそういうものだと思うんだよね。誰だって、人に無理やり指図されて、何かさせられたくない。

コメットさん☆:景太朗パパ…、それは…。

 コメットさん☆は、ふと、もしかしてかつて自分が、プラネット王子と、強制的に結婚させられそうになったことに、話をつないでいるのかと思った。

景太朗パパさん:…ぼく自身、学校時代には先生からずいぶん叩かれたよ。…でも、いまだにそんな先生は嫌いだな、ぼくは。あのころだって、口で言ってくれればわかったはずなのに、なんて思うさ。

ツヨシくん:パパ、そんなことがあったの?。

景太朗パパさん:ああ。まあ、過ぎたことだから、今さらどうとも思わないけれど…。だからこそ、ぼくとママは、子どもを叩くのだけはやめようって決めたんだ。親の責任として、厳しく叱ることはあっても、ツヨシやネネを叩いたことはない。そうやって育ったツヨシが、人を、ましてや下級生を叩くなんてあり得ない、そう思ったんだよ。

コメットさん☆:景太朗パパ、それ、なんか胸が…、熱くなる…。

景太朗パパさん:そ、そうかい?。少し恥ずかしいな。あはは…。まあ、一つの考え方だとは思うけどね。あまり自信があるわけじゃないけれど…。

 コメットさん☆は、「いつか私にも子どもが出来たら、そんなふうに育てていきたい…」という言葉を、つい口にしそうになったが、あわてて飲み込んだ。

 

 夜になって、教頭先生と山本先生、鈴木先生の3人が、玄関のところまで謝罪に来た。

景太朗パパさん:よくいらっしゃいました。どうぞ、と申し上げたいところですが、話が話ですので、とりあえずここでうかがいましょう。

教頭先生:は。藤吉さん、この度は大変申し訳ありませんでした。学校のほうで急ぎ調査しました結果、藤吉さんが考えられた通りでした。私どもの教諭が、話をよく確認しないまま、藤吉さんのところの剛くんに、ありもしない疑いをかけ、さらには壁に押しつけるという行為まで働き、誠に申し訳ありません。謝罪のしようもないですが、どうかお許し下さい。

 教頭先生は、そう言うと深々と頭を下げた。後ろの両側に控えていた山本先生と鈴木先生も、頭を同じように下げる。

沙也加ママさん:私は今回の件、大変心配でした。普段学校に通わせている親としては、このようなことがあるとすれば、子どもを安心して学校に通わせられません。

教頭先生:もう、そのお言葉には、返す言葉もございません。今後は決してこのようなことが起こらないよう、私と校長からも重々各教員に指導をいたしますので、どうかお許し下さい。

 山本先生が、真っ青な顔で少し前に出た。

山本先生:あ、あの、藤吉さん、剛くんに、直接謝らせていただけませんか?。

景太朗パパさん:いいですよ。ツヨシ、こっちへおいで。

ツヨシくん:……。

 ツヨシくんは、緊張した顔で玄関の脇から姿を見せた。後ろにはコメットさん☆が控えている。

山本先生:藤吉くん、すまん!。先生がよく確認しなかったから…。

ツヨシくん:…もう、いい…よ…。

 ツヨシくんは、必死に頭を下げる山本先生を見ると、一筋涙を流した。それは、やっぱり悔し涙だった。それを見たコメットさん☆は、ツヨシくんの肩を抱いて、前に出た。

コメットさん☆:勉強はともかく、人に無理やり何かさせるとか、人からさせられるとか、そういうのイヤだと思いませんか?、先生。私やツヨシくん、それに景太朗パパや沙也加ママ…、みんなイヤなんです。どうか先生は、ずっとそういう気持ちをわかっていて下さい。お願いします…。

山本先生:は…、はいっ。

教頭先生:わかりました。どうかお許し下さい。

鈴木先生:私も、その言葉、常に心に留めるようにします。

 3人の先生は、コメットさん☆の言葉をそれぞれに受け止めたが、コメットさん☆もまた、直接自分のことではないのに、ツヨシくんの心を思うと、涙が出そうになった。そんな様子を見た景太朗パパさんが、やさしい顔でうながした。

景太朗パパさん:コメットさん☆…。

コメットさん☆:…はい。さ、ツヨシくん、あっちへ行こう。

ツヨシくん:…うん。

 コメットさん☆は、ツヨシくんを連れて、2階の部屋に向かった。2階のコメットさん☆の部屋では、ネネちゃんとラバボーが待っているはず。沙也加ママさんは、コメットさん☆とツヨシくんが行ってしまったのを見届けると、前に向き直って言った。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、うちにもう何年もホームステイしている子です。正義感の強い子なんです。これからも時々、ツヨシやネネを迎えに、学校には行くと思いますが、この街へ留学しに来ている子の期待も、どうか裏切らないようにして下さいね、先生。

教頭先生:はい。もちろん、そのようにいたします。

景太朗パパさん:あ、それと、学校で電車の線路はとても危ないということを、今一度子どもたちに教えるようにして下さい。もしツヨシが注意しなかったら、二人の下級生は、とても危険な目にあったかもしれない…。

教頭先生:は、わかりました。ご意見ありがとうございます。必ず通学路を再確認し、子どもたちには気をつけるよう伝えます。校内での安全教育活動でも、取り上げるようにいたします。

景太朗パパさん:よろしくお願いしますよ。

 景太朗パパさんが、そう言って優しい眼差しを向けると、3人の先生たちは、少しほっとした表情を見せた。

 3人の先生は、もう一度頭を下げると、帰っていった。その様子を、2階の窓から、そっと見ていたコメットさん☆は語りかけた。心配そうにコメットさん☆のベッドへ腰掛けていたツヨシくんとネネちゃんに。

コメットさん☆:ツヨシくん、ネネちゃん、先生たち帰っていくよ。

ツヨシくん:はあー、よかった。何かぼく緊張しちゃったよ。

ネネちゃん:先生たちも、間違うんだね。

コメットさん☆:人間って、どうしても間違いをするの。それは誰でも同じだよ。

ラバボー:先生には、かがやきが足りないのかボ?。

コメットさん☆:そんなことないはずだけど…。

ツヨシくん:ああいう間違いは、困るなぁ。

コメットさん☆:そうだよね…。

ネネちゃん:黒板の計算間違えくらいにしたいよね…。

コメットさん☆:ふふっ…。そうだね。

 

 夜も更けて、最後にお風呂に入ったコメットさん☆は、ジャージ風の部屋着を着て、リビングでじっと外を見ていた。真っ暗なウッドデッキが見える。空には少し星がまたたいているのも見える。景太朗パパさんと沙也加ママさんは、いすに座って黙っている。ツヨシくんとネネちゃんは、もう寝入ってしまった。そんなしんとした雰囲気を破るように、景太朗パパさんが口を開いた。

景太朗パパさん:…人をむやみに疑ってはいけないってことだね。

沙也加ママさん:そうね…。ツヨシが学校に行きたがらなくなったら、どうしようかな…。

景太朗パパさん:大丈夫だと思うけどな…。コメットさん☆、ツヨシは何か言っていた?。

コメットさん☆:はい…。「いいのかなぁ」って。

景太朗パパさん:やっぱりなぁ…。ここ何日か、クラスメートにも会ってないし…。担任の鈴木先生が、ちゃんと説明してくれるといいね。

沙也加ママさん:それは大丈夫だと、信じましょ。

景太朗パパさん:そうだね…。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは、そう言うとまた空を見上げた。コメットさん☆もまた。

沙也加ママさん:それにしても、パパ、よく向こうの女の子たちが、うそついてるってわかったわね。さすがパパの推理…。見直したわ。

景太朗パパさん:いやあ、そんなに持ち上げられると、恥ずかしいところなんだけど…。実はさ、去年うちでも買った、江ノ電のカレンダーに、ちょうどたまたまツヨシがいたあたりから撮った写真が、載っているのを思い出してさ。それでカレンダーを取り出して見ているうちに、線路脇に立っていたっていう女の子の話が正しいなら、ツヨシは注意する必要もないはずで、何か変だなぁって。

コメットさん☆:すごいカンです、景太朗パパ。

景太朗パパさん:いやー、たまたまだよ。でも、あのカレンダーがヒントになったことは確かだね。

沙也加ママさん:やっぱり鋭いわよ、そのカンは。パパ頼もしいわね…。コメットさん☆の前だから、恥ずかしいけど…。

景太朗パパさん:あは、あはははは…。なんかママにベタほめされると、照れるなぁ…。

 景太朗パパさんは苦笑したが、事実を調べること、それはとても大事なこと。本当かどうかわからないとき、あまり確かでないときに、強い自信を持ってしまうと、人は過ちをおかす。今度のように、ありもしない罪を、着せてしまったり、やってもいないことを、やったことにしてしまうかもしれない。それはとても恐ろしいこと。その穴に陥らないようにするには、事実を冷静に分析して判断すること、深く考えること…。コメットさん☆は、そんなことを思っていた。

 翌日、心配されたツヨシくんは、元気よく朝食を食べ、登校するために玄関先に出た。景太朗パパさん、沙也加ママさん、コメットさん☆が、出かけるツヨシくんとネネちゃんを見送る。

ツヨシくん:いってきまーす。

ネネちゃん:私も行ってきます。

ツヨシくん:あ!。

 駆け出そうとしたツヨシくんが立ち止まる。

ツヨシくん:え、えーと、パパ、ママ、コメットさん☆、…ありがとう。

景太朗パパさん:なあに、親として出来ることなんて、あんなところさ。気にしないで行っておいで。

沙也加ママさん:心配しないのよ、ツヨシもネネも。いつでもパパもママも、コメットさん☆も、みんな味方なんだから。

コメットさん☆:…そんな、私のしたことなんて…。

ツヨシくん:じゃあ、学校行ってくる!。今日もクラスのみんなと遊ぶぞー。

ネネちゃん:…勉強は?、ツヨシくん。

景太朗パパさん:あはははは…。ツヨシ、しっかり勉強もなー。

 ツヨシくんとネネちゃんは、元気よく門のところから駆け下りて行った。

景太朗パパさん:やれやれ。一安心ってところかな。

コメットさん☆:よかった。ツヨシくん元気を取り戻して…。

沙也加ママさん:そうね…。親の私としては、ひどい嵐に遭ったみたいな気分だったけど…。

景太朗パパさん:ま、過ぎない嵐はないってことさ。

 コメットさん☆は、にこっと笑ってそれに応えた。ここ数日安定した天気は、今日も秋晴れ。朝のさわやかな日の光は、まぶしく道を、街を照らす…。

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※江ノ島電鉄は、元々軌道線(路面電車)であったのを、鉄道線(一般の郊外電車)に変更した経緯から、道路上を走る区間、道路に近接して走る区間、家の門が、線路に接道しているところ、などがあります。特に住人でなくとも、線路を渡らないと行かれないお店なども存在しますので、実際に鎌倉に行かれる方は、特に電車の接近には注意して下さい。電車は車ほど急ブレーキは効きませんので、厳密に安全確認をするようにして下さい。筆者からも、事故のないようにお願いいたします。
※この回に登場する「極楽寺駅」付近の線路や地形は、実際と異なります。


★第228話:木枯らしの風−−(2005年11月下旬放送)

ケースケ:今日は無理だな…。これじゃ。

 ケースケは、自転車に乗りながら、沖合の波を見てつぶやいていた。今日は波がなさ過ぎる。そう思ってのことだった。

 もう季節は11月下旬。気温も下がってきて、冬の気配だが、ケースケは、来年の春にある、ライフセービングの世界大会に向けて、練習を続けている。10月に片瀬東浜であった大会では、非常にいい成績をおさめられた。

(コメットさん☆:大会優勝おめでとう…。)

(ケースケ:あ、ああ…。サンキュ…。え、えーと、お、応援がよかったからな…。)

(コメットさん☆:ううん、ケースケの実力だよ。)

(ケースケ:…ああ。ははっ。そうでないと、困る…よな。)

 団体優勝、個人優勝を飾り、これで来年春の世界大会への切符を手に入れたケースケは、一段と練習に熱が入る。だが、ケースケには、今ちょっとした迷いもあったし、世界大会に参加できたからといって、すぐに世界一になれるほど、世界の壁は薄くない。

 ケースケは、自転車で自分のアパートまで引き返すと、何となく釣り具を手にして、再び自転車またがり、こんどは港に向かった。本当は昼寝をして、夜の高校の授業に備えておきたいところだが、今日はたまたまバイトも非番だし、英語の小テストもない日だったので、少しゆっくりしようかとも思ったのだ。だったら基礎トレーニングでもすべきだが、それは何となく気乗りがしなかった。ここしばらく、考えていることがあったから。

 ケースケは自転車を、港の防波堤手前に止めると、釣り具を持って、防波堤の先まで歩いた。波は穏やかだが、もう海上は冷たい風が吹く。もちろんほかに釣りをしようとしている人など、いはしない。しかし、日の光は温かいので、ケースケは特に寒いとは思わなかった。そしてケースケは、釣り糸を垂れた。

ケースケ:(そういえば、あの日もここだったよな…。)

 ケースケは、コメットさん☆とアジ釣りをした日のことを思い出した。あの日は夕方近く、アジが回遊してきて、たくさん釣れた。久しぶりにコメットさん☆といっしょに楽しめた。そんなことはめったにないこともわかっている。しかしなんとなく、今日も風に吹かれながら、釣り糸を垂れてみていた。本当は、釣りが目的ではない、そんな気持ちも、心のどこかではしていた。

ケースケ:(来年の「サーフレスキュー」で優勝できれば…、世界一のライフセーバーに、という夢は、かなう…。…だけど、オレは、それでいいんだろうか?。…確かに長いトレーニングも、働きながら勉強して、金を工面しながらってのは、正直つらいこともあった…。なかなか成績が出ないことだって…。何年も挑戦し続けた大会…。何年も勝てなくて、出場資格すら得られないことも…。でも…、18を過ぎて、取れた資格も増えて…、今のオレなら、世界一になれるかも…。いや、きっとなってやる…。…だけど…、だけど…、そう簡単に行くのか?…。その先はどうするんだ…。夢がかなったら、それで終わりでいいのか?…。)

コメットさん☆の声:(…ちがうよ…。)

ケースケ:コ、コメット!?。

 ケースケは、びっくりしてあたりを見回し、コメットさん☆の名前を呼んだ。…しかし、それは空耳だった。晴れてはいるが、冷たい風が吹く、ないだ海と港。ひっきりなしに車の通る国道。自分以外誰もいない防波堤があるだけだった。

ケースケ:…いるわけないよな…。オレもどうかしてるんだ…。

 ケースケは、口に出して言ってみた。そして手に持っている竿を、クーラーバッグの下に挟み込むと、防波堤に腰掛けるように座った。

ケースケ:(…でも、もしコメットがここにいれば、やっぱりそう言うだろうな…。夢がかなったら、おしまいじゃないって…。)

 ケースケは、そのまま後ろに手をつくと、空を見上げた。空にはトンビがゆっくりと、弧を描くように飛んでいた。

ケースケ:(オレももう、来年度末には高校卒業だ…。歳も二十歳だし…。当分はライフガードとして生活していけるだろうが、世界一になれたとして、それからどうするか…。師匠も言っていたっけ…。いつまでもずっと、ライフガードではいられないって…。……海洋研究所か…。オーストラリアに暮らすことになるな…。世界一でい続けるには、それは願ってもない環境だ…。…そうでなければ、進学…。大学に行くとなると…。金がかかるな…。第一試験に受からなけりゃ始まらねぇし…。)

 ケースケは、ここしばらく、ずっと逡巡していて、結論の出ない考えを、またし始めていた。

ケースケ:(…オレは、コメットのこと、本当のところは…。…なんて言ったらいいんだろう。自分でもわからない…。わからないんだ…。)

 そして、コメットさん☆のことを、どう思っているのか、また考えた。ケースケは、手元の竿を取ると、釣り餌を付け替えて、糸を1メートルほど先に、再び投げた。

 

 夜になって、ケースケは夜間高校に、授業を受けに行った。いつものことである。日が短くなって、すっかり暗くなった深沢第三高校の駐輪場に自転車を止めると、煌々と電気が点いている校舎に入り、教室の自分の席につく。ケースケは、一息つくと、まだ授業開始までは少し時間があったので、近くのクラスメイトに話しかけた。ケースケより年下だが、同学年にいる気のいい友だちである。

ケースケ:よお松尾、オレの話聞いてくれるか?。

松尾くん:え?、何すか?、三島さん。

 松尾くんというその生徒は、ケースケのことをいつも「三島さん」と呼ぶ。

ケースケ:例えばの話だぜ。例えばの。

松尾くん:はあ…。

ケースケ:えーと…、学校卒業して、仕事に就くとして、それがものすごく遠いところで、自分の…その…、す、好きな子がいるとして、その子になんて言うよ?、お前だったら。

松尾くん:え?、それって三島さんの話でしょ?。へへへ…、わかっちゃいますよ。

ケースケ:ち、ちがうよ!。オレの話じゃねぇって!。

松尾くん:どうですかねー。まあ、いいっすよ。つまり、好きな子と、遠くに就職するのと、どっちを取るかっていうことですか?。

ケースケ:あ、ああ…。ま、まあ、そんなことっていうか…。

 すっかりケースケは、松尾くんのペースにはめられている。

松尾くん:そんなの決まってんじゃないですかー。オレだったら好きな子取りますよ!。仕事なんて、近くでもあるかもしれないでしょ?。

 ケースケは、あまりに簡単な答えに、がっくりした。もう少し深く考えた答えを期待したのに…。

ケースケ:そ、そんな、お前簡単すぎだろが。

松尾くん:何でですか?。

ケースケ:いや、その…、何でって…お前…。

 ケースケは、聞くだけ無駄だったと思ったが、だからと言って、あっけらかんと仕事よりも好きな子のほうが大事と言う松尾くんを、ばかにも出来ない気がした。

ケースケ:(そりゃ、オレだって、この近くで世界一のライフガードでいられるなら、苦労しないさ…。…もっとも、タイトルを取って、毎年それを守っていればいいわけだけど…。)

 ケースケは、ふとそんなことも思いついた。しかし、そうするとよけいに話はややこしくなるばかりなのであった。

ケースケ:あああー!。

 ケースケは頭をかきむしる。

松尾くん:どうしたんです?。三島さん。

ケースケ:何でもねえ、何でもねえよ!。

 先生が教室にやって来て、授業が始まった。

 

 翌日、コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんとともに、庭の落ち葉を掃き集めていた。今日は土曜日。昼間の天気予報では、木枯らし一号が吹いたことを伝えていた。

(天気キャスター:…今日、気象庁は、東京、千葉、埼玉、神奈川に、「木枯らし一号」が吹いたと発表しました。)

 コメットさん☆は、竹ぼうきで、落ち葉を集める。

コメットさん☆:わあー、どんどん落ちてくるよ。それに、風が冷たい…。

ラバボー:もう冬だボ。

ツヨシくん:ラバボー、冬まだだよ。12月になってから。

ネネちゃん:でも、寒ーい。

コメットさん☆:ネネちゃん大丈夫?、風邪引かないでね。

ネネちゃん:大丈夫だよー。タイツはいているもん。

 ネネちゃんは、厚手のセーターと、毛のスカート、それにお尻まですっぽりの、グレーのタイツをはいている。一方コメットさん☆は、膝までのソックス。ツヨシくんも、一応ロングパンツだ。

ツヨシくん:ラバボーは、寒くないの?。

ラバボー:寒くないボ。

ネネちゃん:ラバボーは、ラバピョンのところに、しょっちゅう出かけて、雪かきとかしてるから、寒くないんでしょ?。

ラバボー:そ、そういうわけでもないけど…。

 ラバボーは、少し照れたような笑いを浮かべた。

コメットさん☆:風が吹くたびに、どんどん落ち葉が木から落ちてくる…。

ツヨシくん:もう、木は来年の準備だね、コメットさん☆。

コメットさん☆:うん。そうだね…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんに言われて、ふと手を休め、回りの木を見上げた。落ち葉を落とす木からは、風にのってはらはらと、枯れ葉が舞い落ちる。また来年の春が来るまで、木は寒さにじっと耐えるのだ。

ツヨシくん:この落ち葉、集めてどうするの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:あのね、景太朗パパが、たい肥にするのと、あとは木の回りにまいてあげなさいって。

ツヨシくん:ふぅん。木の回りかぁ。どうしてだろ?。

コメットさん☆:木の栄養になるんだって。

ツヨシくん:自分で自分の葉っぱが?。面白いね。

ネネちゃん:たい肥って、どうなるの?。

コメットさん☆:たい肥っていうのは、葉っぱを腐らせて、それが小さいお花や、植木鉢、それに畑の栄養にするんだって。

ネネちゃん:そうなんだー。

ツヨシくん:カブトムシの幼虫も、よくいるよ。

コメットさん☆:そうなの?。へえー。

ラバボー:カブトムシは、大きくて、ちょっとびっくりするボ。

ネネちゃん:私、少し苦手ー。

ツヨシくん:そう?。ぼくは好きだけどなぁ。

コメットさん☆:ふふふ…。ツヨシくんとネネちゃん、好みがずいぶん違うね。

 コメットさん☆のスカートを、強めの風がはためかせる。コメットさん☆は、そっとスカートのすそを押さえると、遠くの海を見た。その遠くに見える七里ヶ浜の海では、ケースケが、ウエットスーツをしっかり着込んで、練習に余念がない。

ケースケ:よし。今日はいい波が来てる。調子いいぞ!。

 ケースケにとっては、波がなくては話にならない。北風でも、少し三角波が立つくらいがちょうどいい。水はもう冷たいけれど、練習は欠かせない。「サーフレスキュー」が、ケースケを待っている。

 コメットさん☆は、なんとか少しずつ落ち葉を集めていき、木の回りにかけてやり、たい肥置き場にも少し積み上げると、残りを裏庭の片隅に集めた。もちろんツヨシくんとネネちゃん、それにラバボーも手伝う。

ツヨシくん:コメットさん☆、残りはどうするの?。

ネネちゃん:ここは…、風があんまり来ないね。

ラバボー:うう…、なかなか持ちにくいボ。

コメットさん☆:うふっ…。あのね、焼き芋しようかなって。景太朗パパが畑で作って、この前収穫したお芋用意してあるよ。今持ってくるね。

ツヨシくん:えっ?、ほんと!?。わあーい、焼き芋、焼き芋ー。

ネネちゃん:わあっ!。お芋焼くの?。楽しみー。

ラバボー:それで姫さま、風が強くないここに集めたのかボ。

コメットさん☆:うん。ちょっと待っててね。景太朗パパ呼んでくるね。火を使うから、景太朗パパといっしょ。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんを呼びに行った。

 そのころ、ちょうどケースケは、浜に上がって一休みしていた。そして、波立つ海を眺めながら、昨日学校で、小竹くんという友だちに聞いた話を思い出していた。

(ケースケ:小竹ぇ、お前妹いたよな?。妹ってどうだ?。)

(小竹くん:な、なんだよいきなり。不思議なことを聞くんだな、三島は。…どうって…、まあ、自分より年下の女の家族ってだけだが?。)

(ケースケ:いや、それは知ってるよ。兄貴や姉じゃないんだから。そういうことじゃなくて…、その、妹ってかわいいか、とかさ。)

(小竹くん:はあ?。三島、いったいどうしたんだよ。熱でもあるのか?。)

(ケースケ:ね、ねぇよ!。いいじゃねぇか。オレは妹はもちろん、きょうだいいないから、聞いてるだけだよ。)

(小竹くん:ふーん。なんか、裏がありそうだが…。そーだなぁ、妹だろ?。いるだけやかましいだけだぜ?。)

(ケースケ:そ、そういうものか?。)

(小竹くん:やれ小遣いよこせだの、どこかへ連れてけだの、半分よこせだの。うるさいったら、ありゃしない。)

(ケースケ:そんなもんなのか?。もっとこう…、そうだな…、なんていうか…、い、いっしょに手を組んで歩くとか…。)

(小竹くん:いや、それ全然違うから。恋人じゃないんだし。まあ、小さいころは、確かに手ぐらいつないで歩いたりしたけどな…。)

(ケースケ:ぜ、ぜんぜんかわいいってことはないのかよ…。)

(小竹くん:なんだか三島はおかしいぞ。どういう心境の変化だか知らないけどな…。まあいいや。そうだな…、時々は、ちょっとかわいいってところかな?。そんなことも、ないとも言えないさ。)

(ケースケ:やっぱりそういうもんか…。)

(小竹くん:なんだよ、なんとかしてかわいいときもあるって、言わせたかったのか?。あははは…。ま、空気のようにそこにいるのが当たり前。そんなもんだよ妹なんてさ。)

(ケースケ:なるほどな…。)

 ケースケは、そんなやりとりを思い出して、また考えていた。

ケースケ:(空気のように、そこにいるのが当たり前…。…コメットのこと、どこかで妹のように、思っていたのかもしれないな…。…いやしかし…。)

 しかし、ケースケは、次の瞬間、やっぱりそれは違うのかもしれないと思い直した。

ケースケ:(オレは…、コメットを見かけると、ドキドキしたこともある…。コメットの「女の子の気持ち」を傷つけちまったことさえ…。なんかそれは兄妹ってのとは違う…。オレは…、やっぱりコメットのこと…。どこかであいつが、オレのこと見てる…。そう思わないと力出ない、大事な…、大事な…。…忘れられない、好きな…やつなんだ…。…でも、だからこそ、あいつは、オレの背中を押すだろうな…。世界一のライフガードという目標に向かうオレの背中を…。…オレは、あいつが大事で、好きだからこそ、それに応えないとならない…。夢を実現しなければ、いけない…。…ここは、居心地が良すぎる。年中トレーニングするには、ちょっときついぜ…。オレは、こんなぬるま湯の中から、いつかやっぱり…。4年前のように…。)

 ケースケは、ゆっくり立ち上がると、サーフボードを抱え、また海の中へと泳ぎだしていった。

 

 ケースケが海辺で練習しながら、自分のことを延々と考えていることなど、つゆも知らないコメットさん☆は、焼き芋が出来上がるのを、わくわくしながら待っていた。

景太朗パパさん:よーし。もう少しで焼けるぞー。いいにおいだなぁー。

コメットさん☆:わあっ、楽しみ。

ツヨシくん:煙、目にしみるね。

ネネちゃん:ほんと…。目が痛ーい。

ラバボー:もう、うるうるだボ。

景太朗パパさん:ごほごほ…。確かに結構煙いな…。コメットさん☆、ざる持ってきてる?。

コメットさん☆:はい。ここに。

 コメットさん☆は、金属製のざるを、景太朗パパさんに渡した。

景太朗パパさん:よし。もういいだろう。あ、ありがとうコメットさん☆。じゃあイモをざるに取って、みんなで食べるか。

ツヨシくん:わーい。いえーい。

ネネちゃん:わー、おいしそー。

ラバボー:おいしそうだボ。

コメットさん☆:たくさんあるから、食べ過ぎないようにしないと…。うふっ…。

景太朗パパさん:ちょっと多すぎたかな?。今年はサツマイモ、たくさん畑で出来ちゃったからさ。あはははは…。どうかなー、余りそうかな?。

ツヨシくん:うわ、焼けた落ち葉の中から、どんどんイモが出てくる…。

 黒く焼けた落ち葉の中から、皮が真っ黒になったサツマイモが、次々と出てくる。景太朗パパさんが、木の枝で、落ち葉を掘り返すたびに。

景太朗パパさん:…たくさん焼きすぎだな…。台所のやつを一かご持ってきたんだけど…。コメットさん☆、誰か食べる人いないかな?。

コメットさん☆:え?、じゃあ…、メテオさんとか。

景太朗パパさん:お芋食べるって言うかなぁ?。もしおすそ分けできるなら。

コメットさん☆:聞いてみますね。

景太朗パパさん:あー、あとケースケとか。あいつ、このところ練習張り切っているからなぁ。イモじゃどうかとも思うけど…。コメットさん☆、もしよかったら、持っていってやってくれないかな?。

コメットさん☆:は、はい…。

 焼き上がったばかりのお芋をみんなで食べる。ほくほくのサツマイモは、素朴な味だが、それはそれでおいしい。秋の味覚と言えなくもない。ところどころ焦げて香ばしいのも、ふかし芋や干し芋とはまた違ったおいしさがある。しかし、やっぱりみんなでひとしきり食べても、まだまだ余っている。そこでコメットさん☆は、星のトンネルを通って沙也加ママさんに、次いでメテオさんのところに届けに行った。

 沙也加ママさんは、お店に立ちながら、細く小さいのを食べる。

沙也加ママさん:あんまり食べると、太っちゃうかな。うふふふ…。少し冷めてるけどおいしい。やっぱりお芋は、うちで焼くのがいいわね。コメットさん☆は、もう食べた…わよね?。

コメットさん☆:はい。もう食べました。ツヨシくんと、ネネちゃんといっしょに。なるべく温度が冷めないように、ホイルに包んできたんだけど…。冷めてます?、沙也加ママ…。

沙也加ママさん:ううん。まだなんとかあったかいわ。ありがと、コメットさん☆。…私もみんなといっしょに食べたかったけど…。仕方ないわね。

コメットさん☆:いえ…、その…。お客さん、このところ多いような…。

沙也加ママさん:ちょうど紅葉の季節で、それももう終わり近いからかしらね。

コメットさん☆:あ、そっか…。もう今年も紅葉終わり…。

沙也加ママさん:ほんとに、四季の移り変わりは早いわね…。

 コメットさん☆は、早くも夕方の気配になってきた外を眺めた。この時期の夕暮れは早い。

コメットさん☆:あ、沙也加ママ、メテオさんのところにも行ってきます。

沙也加ママさん:あら、メテオさんのところにも行くの?。

コメットさん☆:はい。たくさん焼き過ぎちゃって。

沙也加ママさん:台所のかごに一杯焼いたとか?。

コメットさん☆:はい。景太朗パパといっしょに…。

沙也加ママさん:あーあ、パパには全部は多いわよって言ったのに…。でも、まあいいか。せっかく作ったんだから、早く食べた方がおいしいし。今年はサツマイモ、たくさん出来ちゃったものね。ふふふ…。わが家の収穫祭みたいね。

コメットさん☆:収穫祭…。

沙也加ママさん:最近そういえばやっていないけど…。

コメットさん☆:そうですね…。

 コメットさん☆は、ちらりと鹿島さん、前島さんの出会いを思い出した。

 

 コメットさん☆は、そんな沙也加ママさんとのおしゃべりを楽しんでから、メテオさんの家に、星のトンネルを通って行った。メテオさんは、ちょうどイマシュンのコンサートビデオを見ていたのだが…。

メテオさん:焼き芋ぉ?。また太っちゃうじゃないのったら、太っちゃうじゃないのー。

コメットさん☆:ごめん、そんなつもりじゃ…。いらなかった?。

メテオさん:い、いえ、いただくわったら、いただくわ。サツマイモは、ビ、ビ、ビタミンCが多くて、美容にいいのよ!。

コメットさん☆:ビタミンC?。

メテオさん:なによ、ビタミンCも知らないの?。若さと美貌を保つためには、必須のビタミンよ。

ムーク:ま、つまりいただきたいと。姫さま、ではビタミンBは何に効くので?。

メテオさん:ムーク!…って、え?、ビ、ビタミンB…。Bは…その…。な、なんでもいいわよ!。とにかくいいのったらいいの!。

コメットさん☆:メテオさん、食べてくれる?。

メテオさん:よ、喜んでいただくわよったら、いただくわよ。幸治郎お父様も、留子お母様も、す、好きなんだから…。メトは食べないと思うけど…。

ムーク:うまいこと話そらしましたね。

メテオさん:ムーク!、聞こえてるわよ。コメット、いただくわったら、いただくわ。

コメットさん☆:あはっ、よかった。ありがとうメテオさん。

メテオさん:お、お礼を言うのは、わたくしだわ…。あ、ありがと…。お、お芋はぁ、食物繊維があって、美容にいいのよっ!、…って、留子お母様が、テレビで見て言ってたわ…。

コメットさん☆:そうなの?。そうなんだ。

ムーク:姫さまも最近はまってらっしゃる…。

メテオさん:ムーク、だまらっしゃい!。

ムーク:はいはい。あとが怖いからね…。

 ムークはぼそっとつぶやいた。

ラバボー:メテオさまも、素直なんだか素直じゃないんだか、わからないボ…。

メテオさん:うふふふふ…。…ラバボーも、…わたくしにかわいがられたいの?。

ラバボー:いい…いえ、メテオさま。ボーはボーの姫さまに…。そ、その「も」って言うのも気になるボ…。

 コメットさん☆は、くすくすと笑うと、しがみつくラバボーを腕で抱いた。ムークはそれを聞いて、顔色がさらに悪くなったようだった。

 

 夜になって、焼き芋はすっかり冷えていたが、ケースケの元にも届けることにした。コメットさん☆は、お皿に何本かの、比較的きれいに焼けたのをのせて、ラップをかけて手に持ち、そのまま星のトンネルでケースケのアパートまで飛んだ。あたりはもうすっかり夜の風情。明日は日曜日だから、ケースケも授業はないはずだ。

 コメットさん☆は、星のトンネルを、ケースケのアパート前で出ると、アパートの2階にある、ケースケの部屋へと歩き出した。ところがラバボーが言う。

ラバボー:姫さま、ケースケは、ティンクルホンで、アパートの前まで呼ぶべきだボ。

コメットさん☆:どうして?…、あ、そ、そっか…。

ラバボー:姫さまが、一人でケースケの部屋をたずねるなんて…、スピカさまや沙也加ママさんを心配させるボ。

コメットさん☆:だ、大丈夫だよ。

 コメットさん☆は、ラバボーの心配がどういう意味か理解しつつも、そっと角部屋のケースケの部屋の前まで歩いた。古いアパートの廊下は、みしみしと音をたてる。ケースケの部屋の扉につけられた、小さな窓からは光が漏れる。

コメットさん☆:ここ…。

 コメットさん☆は、一瞬とまどいながらも、ケースケの部屋の扉を軽く叩いた。

“コツコツ”

ケースケ:はーい、どなたですかぁ?。

 中からは、ケースケの少しばかり間の抜けたような声が帰ってきた。

コメットさん☆:あ、あの、ケースケ…。

 コメットさん☆は、お皿を持ったまま、小さい声でケースケの名前を呼んだ。

ケースケ:コ、コメット?。ち、ちょっとまってくれ…。

 ケースケは、そこら辺に散らばったままになっていた洗濯物を、まとめてベッドの下に突っ込むと、あわてて扉を開けた。

ケースケ:どうしたんだ?。

コメットさん☆:あのね、ケースケ、うちの畑で出来たお芋で、焼き芋焼いたの。昼間の明るいときに焼いたから、すっかり冷えちゃったけど…。食べない?…。

ケースケ:え?、あ、ああ。さ、サンキュ。わざわざそれを持ってきてくれたのか?。

コメットさん☆:うん。

 コメットさん☆は、恥ずかしそうな顔で、ケースケを見た。ケースケは、コメットさん☆の手から、そっと芋ののった皿を受け取った。

ケースケ:そうか…。お、お茶でも飲んでいかないか?。今入れるから。

 ケースケは、はじかれたように、部屋の入口脇にある小さなキッチンのカーテンを開けると、湯をわかそうとした。しかしコメットさん☆は、答える。

コメットさん☆:あ、あの…、沙也加ママが、もう心配するから…、せっかくだけど…いいよ。

 ケースケは、それを聞くと、もう一度コメットさん☆のほうに向き直って、静かに答えた。

ケースケ:そ、そうだよな…。じゃあイモ、遠慮なくいただくよ。ああ、皿は…、今別の皿に移すからさ。

コメットさん☆:あ、う、うん。

 コメットさん☆は、少しドキドキしながら顔を上げた。ケースケは、コメットさん☆から受け取った皿を持って、キッチンの別の皿を取ると、上にのっている芋を全部移した。そして、水を出して、元の皿をそっと洗おうとすると、コメットさん☆がドアから少し中に入って、声をかけた。

コメットさん☆:あ、ケースケ、いいよ。私帰って洗うから…。

ケースケ:いや、それじゃ悪いから、今洗うよ。すぐだから…。

コメットさん☆:…うん。

 ケースケは内心、「そんなに…急がないでくれよ…」と思った。コメットさん☆も、なぜかあわてている自分を感じていた。早く帰らないと、沙也加ママさんが心配する…。そんな意識が働いたからかもしれなかった。それでもコメットさん☆は、ケースケが皿を洗うわずかな時間、開け放たれたドアを背に、少し入ったところに立って、ケースケの部屋の中をそっと見た。コメットさん☆には、男の子が一人暮らしをしている部屋を訪れたことなど、ケースケ以外にありはしない。そのケースケにだって、部屋の中まで入ったのは、ずっと前に星力を使って、足の治療をした時くらいのもの。だから、男の子の部屋として、ケースケの部屋が、こぎれいなのかどうかはわからない。しかし、机の上に、教科書や参考書、辞書などがきちんとそろえて置かれているのは、ケースケの性格が出ているような気がした。

 やがて水の音がしなくなると、ケースケは、皿をふきんで拭きながら、キッチンのカーテンを開けて出てきた。

ケースケ:おまたせー。皿洗えたぜ。おわ!。コ、コメット…。お、オレの部屋がどうかしたのか?。

コメットさん☆:あ、ご、ごめんね…。ケースケの部屋って、どんなかなって。

ケースケ:どんなって…。ごらんの通りさ。あ、ほら、皿。な?、すぐだったろ?、洗うの。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は、ケースケの部屋を盗み見ようと思ったわけではないが、まるでそうしているかのようなところを、ケースケに見られて、恥ずかしくなった。

コメットさん☆:…じ、じゃあ、私帰るね。

ケースケ:あ、ああ。ありがとよ。芋。これからさっそくいただくぜ。

コメットさん☆:お、おいしいといいけど…。

ケースケ:きっとうまいさ。

 ケースケのその言葉に、コメットさん☆はにこっとして、小さく手を振ると、ケースケの部屋からささっと階段のところまで来た。するとケースケが背中から声をかけた。

ケースケ:コメット、またな。

 コメットさん☆は、振り返った。

コメットさん☆:うん。またね…。

 二人は、手を振りあった。

 コメットさん☆が帰ってしまうと、ケースケはキッチンのコンロに火をつけた。そしてコメットさん☆が持ってきてくれた芋を、焼き網にのせ、あぶった。こうすると、香ばしいにおいが、ケースケの部屋一杯に広がる。

ケースケ:(コメット、ありがとな。いつも何かと気にかけてくれて…。妹みたいであり、妹じゃない。なんかそんな感じだよな…。ほんとは少し話したかったけど…。やがてはきちんと話さないといけない…。)

ケースケ:…よし。あっちっちー!。出来たぜ…。どれ…、あー、うまいっ!。師匠のところで作った芋は、やっぱ違うなー。

 ケースケは、十分あたたまった芋を素手で皿に移し、部屋のテーブルまで運びながら、少し皮をむいてさっそくひと口、口に入れた。ペットボトルのお茶を、開けて茶碗に注ぐと、それを飲んだ。そしてテーブルの前に座り込み、芋を食べながら考える。

ケースケ:(女の子の気持ちって、よく、わからねぇ…。わからないことが多すぎる…。コメットのことだって…。…でも、もしコメットのほとんどを知ったとして…、オレは…。)

 ケースケはまた、解けない問題を抱えた、数学の苦手な学生のように、逡巡しはじめた。だが、コメットさん☆のことを、知れば知るほど、ケースケはどうだと言うのだろう?。

ケースケ:…とにかく、オレは、今度の「サーフレスキュー」で、優勝を目指すまでだ。それがオレの長い間の目標じゃないか。夢は、かなうと信じなければ、かなうはずもないよな。世界一になったらどうするか。それは、オレがなってから考えることさ。

 ケースケは、口に出して言ってみた。なんだかそうすることで、自分の中の意識が変わる気がした。実際、さっきまでのケースケとは、また違った強さを持ったケースケに、なったのかもしれない。

 星のトンネルを通り、家に帰って、自分の部屋の窓から外を見るコメットさん☆。そしてコメットさん☆の持ってきてくれた焼き芋を、部屋でほおばるケースケ。二人をつなぐ絆は、ただ秋の味覚をやりとりすることではないが、それぞれの窓の外には、なお木枯らしの風が吹いていた…。

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第231話:風邪は失敗のもと−−(2005年12月中旬放送)

 この冬は寒い冬。暖冬が続いていたところに、久々に寒い冬なので、みんな体にはこたえていた。どうしてこんなに寒い冬になっているのか。それは北極からの寒気の吹き出しが、アジアの北側をすっぽりおおっているからだった。そのために珍しく、コメットさん☆は鼻風邪をひいていた。ツヨシくんはそんなちょっとしたことでも心配してくれる。

ツヨシくん:コメットさん☆、星力で治さないの?、風邪。

コメットさん☆:平気だよ。…このくらいの風邪で、星力使って治すんじゃ、星力いくらあっても足りないもん。少しは自分の体で治さないと。いつも星ビトさんにたよってもいられないよ。

ツヨシくん:ふぅん…。ぼくの風邪、うつっちゃたのかな…。

コメットさん☆:うーん、たぶんこのところ寒い日が続くからだよ。ツヨシくんの風邪とは関係ないよ。

ツヨシくん:…そう?。

 ツヨシくんは、先週自分が風邪気味だったことを心配した。もしかすると自分が学校から風邪を持ってきてしまったのではないか…と、コメットさん☆に悪いような気持ちになったのだ。インフルエンザには、何年もかからないと、星国の医者ビトに言われた。だから、それは大丈夫。でも、普通の風邪には、やっぱり油断しているとかかる。それほど、この冬は気温が低い。沙也加ママさんも、野菜が高くなっているとか言っていた。コメットさん☆が小さく鼻をかむ音が聞こえた。

 

景太朗パパさん:…はっ、ハックション!。ううー、なんだか冷え込むなぁ…。少し暖房のききが悪いのかな?。

ネネちゃん:…くしゅん!。…くしゃん!。寒い。

コメットさん☆:ネネちゃん、景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、そのうちに景太朗パパさんや、ネネちゃんまでくしゃみをし出したので、急に心配になった。自分の風邪がうつったのだろうか…。そんなようにも考えた。

コメットさん☆:(なんか、風邪を治すんじゃなくて、風邪引きそうな人を助けるように星力って使えないのかな…。)

 コメットさん☆は、鼻が詰まってぼぅっとしがちな頭で考えていた。そういえば、朝の天気予報では寒気が南下していると言っていた。

天気予報:(…マイナス36度の寒気が、関東の南まで下がってきています。静岡県伊豆地方・神奈川西部東部・伊豆諸島・房総半島まで寒気にすっぽり包まれています。一方…。)

 コメットさん☆は、ふと朝の天気予報を思い出した。そしてそれを少し考えてから、2階に上がった。

ラバボー:姫さま、何かするのかボ?。

コメットさん☆:…うん。

 コメットさん☆は、2階の窓から、鉛色のように広がる空と海を、遠くに見た。空と海の間は、境目がはっきりしないようにも見えた。あまり天気は良くなく、日ざしがないだけ、よけいに寒く感じられる。天気予報の気温予想では、最高気温が4度と言っていた。関東南部では、かなり寒い最高気温の日と言えそうだ。

コメットさん☆:ラバボー、行くよ。手伝って。

ラバボー:ええー?、どこに行くんだボ?。姫さま風邪引いているのに無理しない方がいいボ。

コメットさん☆:少しは温かくならないと、よけいに風邪悪くなっちゃうよ。それに…、景太朗パパやネネちゃんも心配だし…。ツヨシくんも…。沙也加ママも。

ラバボー:姫さまの風邪は治さないのかボ?。

コメットさん☆:もうほとんど治ってきたから…。大丈夫。

ラバボー:この寒いのに、もっと寒いところに行くのかボ…。

コメットさん☆:寒気団っていう、寒い空気を、もっと北の方に押し返そうと思うの。そうすれば少しの間でもあったかくなるよ。ラバボーも手伝って。

ラバボー:…あまり気が進まないけど…。仕方ないボ。じゃあ姫さま、ボーに乗って…。

 コメットさん☆を乗せたラバボーは、寒気が吹き込んでいる空に向かってジャンプした。風邪で働かない頭のコメットさん☆は、ラバボーにしがみついて、寒さを乗り越え、上空で星力を集めた。そして、星力で寒気を北に押し返すように、バトンを振った…。

 

 お昼になって、少し日が射してきたこともあり、天気予報よりは気温が上がってきた。景太朗パパさんも、今日は仕事が入っていないし、ツヨシくんとネネちゃんは学校が土曜日でお休み。コメットさん☆もいっしょにリビングで暖をとった。リビングは、差し込む日の光と、暖炉、それにそれを助けるエアコンで、ぽかぽかと温かくなった。お昼にお店を昼休みにした沙也加ママさんも、ちょうど帰ってきた。

沙也加ママさん:ただいま。なんだか日が射して、予想よりあったかくなってきたわね。昨日よりは過ごしやすいかしら。

景太朗パパさん:おう、ママおかえり。お店は寒いかい?。

沙也加ママさん:そうでもないけど…。やっぱり足元は冷えるわね。コメットさん☆の風邪はどう?。

コメットさん☆:あ、沙也加ママおかえりなさい。大丈夫です。もうほとんどよくなりましたし、熱出ませんでしたから。

沙也加ママさん:そう。それはよかったわ。でも、無理しちゃダメよ。鼻声だわ。

コメットさん☆:はい。

ネネちゃん:ママ、お昼ごはん何?。

ツヨシくん:早くごはん食べよ。ママおなかすいたよ。

沙也加ママさん:そうね。わあ、大変だ。

コメットさん☆:私手伝います。

景太朗パパさん:こういうときは鍋焼きうどんなんかいいんじゃないかと思ってさ、一応用意はしておいたよママ。

沙也加ママさん:えっ?、パパ?。

景太朗パパさん:もうあとは火を入れるだけに…、まあ、一応しておいたつもりなんだけど…。

沙也加ママさん:パパありがとう。じゃ、さっそく作るわね。コメットさん☆、お皿とか出してくれる?。

コメットさん☆:はい。

 うどんの玉は、いつも買ってある「冷凍さぬきうどん」。それに卵やネギ、鶏肉なんかをあしらって。天ぷらは中に入れないのが、藤吉家流なのだ。景太朗パパさんは、煮くずれて、ぐたぐたになってしまった天ぷらがきらいなのだ。だから、天ぷらそばを注文するときは、かならず天ぷらは別に出してもらうほど。そんなクセをよく知っている沙也加ママは、手際よく作る。その様子をコメットさん☆は、じっと眺めていた。

 そうやって出来上がった、アツアツの鍋焼きうどんを、掘りごたつになっている客間に暖房を入れて、みんなで食べた。体が芯から温まる。いつしかリビングの窓は、気温差と調理の湯気で、真っ白に曇った。

 

 3時になって、相変わらずみんなはテレビを見たり、本を読んだり、リビングで思い思いの時間を過ごしていた。沙也加ママさんは、またお店に戻っていった。今日は土曜日でも、あまり売れないのよね…、といいながら。冬の時期、さすがに鎌倉も観光客が少なくなる。やはり春から夏、そして秋の紅葉の時期が、にぎわうのだ。コメットさん☆も、鎌倉に住むようになってから、もう5年目。そういう季節と観光客の変化も、経験的にわかるようになった。

 暖房の入ったリビング。ゆったりした時間が流れている。コメットさん☆は、本を読み、景太朗パパさんは、コーヒーを飲みながら、業界紙を読みつつ、時々つけっぱなしのテレビを見ている。ツヨシくんとネネちゃんは、何事かつぶやきながらカードゲームに夢中だ。快晴とは言えないが、空からは日が射している。と、その時、ニュースと天気予報が、日本海側大雪のニュースを伝え始めた。

ニュースキャスター:日本海側に流れ込んでいる寒気の影響で、信越・北陸・山陰地方の一部で大雪となっており、鉄道、道路、空港などの交通機関に影響が出ています。この大雪は今日昼頃から一段と激しくなり、当面降り続く見込みです。では、大雪に見舞われている地方から中継でお伝えします…。

コメットさん☆:えっ…?。

景太朗パパさん:うん?、どうかしたのかい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、い、いいえ…。

 コメットさん☆は、お手洗いに行くふりをして、その場から離れた。急に心配になったのだ。

コメットさん☆:ラバボー…、もしかして…、私のせいかな?。

ラバボー:わからないボ。でも、もし星力が、思ったより広く働いていたとしたら…。姫さま、もう少し状況を考えないないと、まずかったかもだボ。

コメットさん☆:…そんなこと言っても…。ラバボーだって…。…ごめん、ラバボーのせいじゃないよね…。

ラバボー:姫さま…。

コメットさん☆:私がいけなかったんだ…。寒いからって、寒気を北に押し返しちゃって…。それで、ほかの地方の人たちに迷惑かけちゃったかも…。

 コメットさん☆は、ただでさえ勢いのない気持ちが、さらに落ち込んだ。すると、そばの玄関の戸が、勢いよく開いた。

プラネット王子:こんにちはー。

コメットさん☆:で…、殿下。

プラネット王子:よう、コメット。なんだ鼻声だな。風邪ひいているのか?。大丈夫か?。

コメットさん☆:…うん。

 その時、景太朗パパさんがリビングから玄関に来た。

景太朗パパさん:おお、プラネットくん、いらっしゃい。待っていたよ。

プラネット王子:あ、どうもこんにちは。今日もよろしくお手合わせ願います。

景太朗パパさん:よしっ。じゃあ始めようか。さあ、上がって上がって。あ、コメットさん☆、何かお菓子でも食べようか。何かないかな?。プラネットくんと、将棋打つからさ。

コメットさん☆:は、はい。

 プラネット王子は、今日も景太朗パパさんと、将棋を打ちに来たのだ。

景太朗パパさん:お店は忙しくないのかい?。プラネットくん。

プラネット王子:まあまあですけど、ミラとカロンにまかせて来ました。

景太朗パパさん:あー、まったく、しょうがないなー。あははは。でもまあ、ぼくが仕事の関係で今日にしてって言ったわけだけどね。

プラネット王子:いいんですよ。大丈夫です。気にしないでください。やっぱり今の時期は、全体にお客さん少ないですね。スキーに行ってきた人が、写真現像とプリント依頼して来るくらいです。

景太朗パパさん:そうかぁ。うちのお店も、そんなとこらしいな…。さて、じゃあ準備しますか。

 そこへコメットさん☆が、お菓子を持ってやって来た。景太朗パパさんは、将棋盤の用意をはじめた。ツヨシくんとネネちゃんは、すでにもう、お菓子を別皿でつまんでいた。

プラネット王子:どうしたんだ?、コメット。いつもよりがくんと元気ないな。風邪つらいのか?。それなら寝ていないと…。

コメットさん☆:…実は…、私とんでもないことしちゃったかも…。

プラネット王子:とんでもないこと?。どんな?。

コメットさん☆:今日とっても寒いでしょ?。それで…、私寒気団っていうのを、北に押し返せば、少しは温かくなるかなって思って…。景太朗パパや、ネネちゃんがくしゃみしていたし…。私も鼻風邪だったから…、つい星力で…。

プラネット王子:へえ。コメットにしては、最近としては思い切ったことかもな…。

 コメットさん☆は、ケースケだったら、久しぶりに「バカッ」て言われるかも…、と思いつつ、プラネット王子に顛末を話した。

景太朗パパさん:そんなことできるのかい?、コメットさん☆。寒気団を押し返す…か…。すごいなぁ。

プラネット王子:そんなに強い星力使ったのか?。…うーむ。

コメットさん☆:…うん。

 コメットさん☆は、下を向いて泣き出しそうになった。一方プラネット王子は、この地球上で、それほど強い星力を、コメットさん☆が一人で使えるだろうかとも思った。

景太朗パパさん:さあ、準備が出来たけど…。ちょっとその前に…。…そうだなぁ、まずは天気の様子を、テレビでよく見てからにしようか。

コメットさん☆:景太朗パパ…。

プラネット王子:え?、どうして?…。

 景太朗パパさんは、深刻そうな二人の様子を見て、話を聞いた上で、二人をうながし、リビングのテレビの前に連れていった。

天気キャスター:3時25分になりました。現在の天気と、天気予報をお伝えします。今日は強い寒気に、日本列島全体がおおわれていて、寒い一日です。上空の寒気の様子です。…では、この画面、時間とともに動かしてみましょう。今朝9時から、はい、ずーっと動かしてみますと、お昼頃関東は、少し寒気から外れるように見えますが、またすぐにマイナス30度級の寒気にすっぽりおおわれますね。一方、日本海側には、ずっとマイナス40度の寒気、この部分になりますが、全く朝から一日中居座っています。これが昨日からの大雪の原因です。気圧配置の関係で、明日の夜までは寒気の居座りが続くでしょう…。

 天気キャスターは、画面の背景に衛星画像と天気図を映し出しながら、棒で指し示しつつ解説をしていた。寒気を色違いで示しながら、強い寒気が、今朝からずっと日本海側に居座っている様子を映し出す。

プラネット王子:…なるほど。…コメット、どうやら関係ないようだぞ。だいたいオレたち一人だけの力じゃ、そんなに大きく影響が出るほど天気まで変えられないだろう?。

コメットさん☆:…そ、そうなのかな?。…け、景太朗パパ…。私…。

 コメットさん☆は、不安げな顔を、景太朗パパさんに向けた。

景太朗パパさん:東北から北、上越、山陰の日本海側の人たちは、大変で気の毒だなぁ…。北極から伸びてきた寒い空気が、次々に吹き付けて来ているんだね。低気圧と高気圧の位置の問題だから、…コメットさん☆の星力は、たぶん関係ないと思うよ。…でも、ぼくたちのことを心配してくれたのか。ありがとう。そんなに心配しなくてもいいんだよ、コメットさん☆。

プラネット王子:コメット、君の星力は効かなかった…。いや、星の子たちがあえて協力しなかったってことだよ…。

コメットさん☆:…そうなんですね…。ああ、私間違ってた…。自分のまわりのことしか考えなくて…。他の地方のことを考えるの、つい忘れちゃってた…。

景太朗パパさん:ぼくは星の子というもののことは、よくわからないけど、まあしばらくは、こういう天気なんだろうね。自然のもたらす影響は、ぼくら人間にはどうしようもないよ。

コメットさん☆:景太朗パパ…。そうですよね…。私、いけないことをしようとしました…。

プラネット王子:風邪で頭がぼうっとしていたんじゃないのか?。

コメットさん☆:でも、そんなの理由にならないよ…。

プラネット王子:…まあ、まだまだオレたちも未熟っていうことなんだろうな…。

コメットさん☆:…うん。

景太朗パパさん:まあいいじゃないか。結果として何も起きてなかったんだから。コメットさん☆も、今度から同じ間違いをしなければいい…。人間なんだから、誰でも間違うことはある。でもそれを繰り返さないこと、自分の行動に責任をとるってことが、大事なんだよ。この前の学校の先生と同じさ。それと、星ビトと言えども、あまり自然に手出ししちゃいけないってことかもね。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、それでもまだうつむき加減になりながら、小さい声で答えた。

景太朗パパさん:さあ、プラネットくん、まずは一局やろう。コメットさん☆もお菓子食べて。おなかが減ると、人間は集中力がなくなるんだよ。はははは…。元気出しなよ。

コメットさん☆:…ふふっ…。はい…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんのちょっと面白い話し方に、つい微笑んだ。

 

 夜になって、寝る前にメモリーボールを記録状態にしたコメットさん☆は、今日してしまったことを、正直に記録した。それを見た王妃さまは、コメットさん☆の言葉に応えるかのようにつぶやいた。

王妃さま:あらあら、まだまだとんでもない失敗するのね、コメットは。星力は、時にとても強い力を持つ…。それを間違って使うと、確かに広い範囲の自然に、影響してしまうかも。でもよかったわ、大事に至らないうちに間違いに気付いて。そうやって失敗しながら、人は成長するもの…。星の子たちは、あなたのこと、いつだって信じて、応援してくれていますよ。だからこそ、間違いそうなときは、協力してくれないことだってあるのよ。

 王妃さまは、王宮のバルコニーに出ると、そっと星の子たちにも呼びかけた。

王妃さま:コメットは、まだまだ失敗するけれど、星の子たち、どうかあの子を信じてあげてくださいね。間違えそうになったら、またそれとなくわからせてやってね…。お願いします…。

 コメットさん☆は、部屋の電灯を消すと、窓の外に見える星に向かってつぶやいた。

コメットさん☆:星の子たち、ごめんね…。

 コメットさん☆は、そっと目を閉じると、沙也加ママさんが入れてくれた湯たんぽを足もとに置いて、ふとんをしっかり掛け寝た。星の子たちは、コメットさん☆に応えるかのように、いろいろおしゃべりをしていたようだが、それはコメットさん☆の耳には届かなかった。なぜならコメットさん☆は、すぐに眠ってしまったから。明日は風邪が治りますように…。

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第232話:大雪でたいへん!−−(2005年12月中旬放送)

 ツヨシくんとネネちゃんの通っている小学校でも、もう終業式。短い冬休みに入った。景太朗パパさんは、そんな二人とコメットさん☆に、雪遊びをさせようと、八ヶ岳山麓の柊さんのペンションへ、設計したペンションの様子を見がてら、遊びに行く計画を立てた。柊さんのペンションとは、もちろん、コメットさん☆の叔母であるスピカさんと、夫の修造さん、その娘みどりちゃんが暮らしているところ、である。

コメットさん☆:景太朗パパ、どうやって行きますか?。

 コメットさん☆は、旅行の行程をあれこれ時刻表など見ながら、調べている景太朗パパさんにたずねた。

景太朗パパさん:えーとね、車で行くのは、もうスキーシーズンだから、高速道路が渋滞しているんじゃないかと思うんだよね。今年は雪が多いから、スキーヤーたちが、大勢出かけているんじゃないかと。…だから、今度は列車で行こうかなぁ?。ねえママ、ママはどう思う?。

沙也加ママさん:えー?、なにー?。よく聞こえないのー。

 沙也加ママさんは、キッチンで夕食に使う野菜を洗っていた。景太朗パパさんは、沙也加ママさんに、「わかった」と手で合図すると、コメットさん☆たちのほうに振り返った。

ツヨシくん:パパ、電車で行くの?。今度は「スーパーあずさ」?。

 ちょうどツヨシくんやネネちゃんも、そばに来ている。

景太朗パパさん:えっえっ?、スーパー?…。

ツヨシくん:パパ、「スーパーあずさ」知らないの?。

コメットさん☆:私も知らないよ?、ツヨシくん。それ何?。

ネネちゃん:ツヨシくんだけ知っていることは、なんかあやしい…。

ツヨシくん:ネネ考えすぎ。別にあやしいことなんてないよ。「スーパーあずさ」は、130km/hで走る特急の名前だよ。速くて…カッコは…、まあまあかな?。

コメットさん☆:へえー、ツヨシくん詳しいね。格好はあまり好きじゃないの?。

ツヨシくん:なんかね、一つ目小僧みたいなの。前のところが。

コメットさん☆:ふふっ、なあに?、それ。

景太朗パパさん:要するに、速い特急なんだな?、ツヨシ。それに乗りたいのかい?。

ツヨシくん:うん、乗りたい。だってこの前行ったときは、普通の「あずさ」だったもん。

景太朗パパさん:そうだっけか?。よし。じゃあ、ちょっとママに相談してこよう。時間が合うかどうかも、調べないとな。

 景太朗パパさんは、席を立つと、キッチンの沙也加ママさんのところに行ってしまった。ツヨシくんは、コメットさん☆に「スーパーあずさ」の形を教えようと、紙に絵とも図ともつかないものを描き始めた。ところがラバボーが、ティンクルスターの中から顔を出し、キラキラした目でコメットさん☆に聞く。

ラバボー:姫さま、姫さま、八ヶ岳に行くのかボ?。

コメットさん☆:うん、そうみたい。

ラバボー:うわぁ、またラバピョンに会えるボ。

ネネちゃん:ラバボー、しょっちゅう会っているんじゃないの?。

ラバボー:昨日も会ったボ。

ネネちゃん:じゃあ、別に「うわあ」って、喜ぶほどじゃないんじゃないの?…。

ラバボー:昨日は昨日、今度は今度だボ。ああ、ラバピョーン…。はぁ〜。

コメットさん☆:もう、ラバボーは、ラバピョンのことになると、夢中なんだから…。あははっ。…ちょっとうらやましい。

ネネちゃん:それで、ツヨシくん、その電車新しいの?。

ツヨシくん:ううん。もう新しくないよ、そんなに。新形じゃないね。スーパーじゃない「あずさ」のほうが、新形。

コメットさん☆:ツヨシくん、本当に詳しいね。どこでわかるの?。

ツヨシくん:学校に、もっと詳しい友だちがいるんだよ。その友だちに教えてもらった。

ネネちゃん:ふーん。

コメットさん☆:学校って、いろんなお友だちがいるんだね。保育園からのお友だちもたくさんいたっけ?。

ツヨシくん:うん。パニッくんや、源ちゃんがそうだよ。あと…、あ…、あいまいみいちゃん…。

コメットさん☆:わはっ。あいまいみいちゃん、今でもチューショットしに来る?。

ツヨシくん:こ、こないよ…。

ネネちゃん:ツヨシくん、いまだに追いかけられているんだよ。特に麻衣ちゃんが、ツヨシくんのこと最後まで追いかけるの。

コメットさん☆:へえー、麻衣ちゃんって、ツヨシくんのこと好きなのかな?。

ツヨシくん:ネネ、よけいな話するなってばぁ!。…麻衣ちゃんは、もういいの!。…だって、ぼくコメットさん☆のことが…、好きなんだもん…。

コメットさん☆:ツヨシくん…。

 コメットさん☆は、それまで微笑んでいた顔から、少し困ったような顔つきになった。ツヨシくんが、コメットさん☆のことを「好き」と言うのは、ずっと前からのこと。しかしコメットさん☆は、その気持ちにどう応えたらいいのか、相変わらずとまどう。ツヨシくんのことを「好き」でないかと言われれば、ひかれるものがないとも言えない。コメットさん☆を悩ませるのは、ケースケと「違ったかがやき」が、そこにあるからだ。

ラバボー:ラバピョーン、また行くボー!。

 コメットさん☆は、幸せそうなラバボーを見て、面白いと思う反面、なんだかいたたまれないような気持ちにもなるのだった。

 

 翌々日、コメットさん☆と、景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんの5人は、特急「あずさ」の乗客となっていた。小淵沢まで乗って、小海線に乗り換え、小海まで列車の旅だ。

景太朗パパさん:ツヨシ、残念だったなぁ。「スーパーあずさ」満員だったんだよ。

ツヨシくん:いいよパパ。普通のあずさも新しくてきれいじゃん。

ネネちゃん:この電車、ツヨシくんが言うように、春に乗ったよね?。横の模様がきれいなの思い出した。

コメットさん☆:そうだね。パッチワークみたいに、模様がついていたね。私も、そう言えば春に乗ったなーって。

ツヨシくん:ボディの柄は、乗っちゃうと見えないけどね。

沙也加ママさん:そうねぇ。どんなに外がかっこいい電車も、乗ってしまうとわからないっていうのは、デザイナーの人はどう思っているのかしら?。ふふふ…。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。ぼくの意見として言わせてもらえば、中も外も全体をまるごとデザインするっていう感覚がないと、外はかっこいいのに、乗ったら落ち着かない、なんてことになる気はするね。

コメットさん☆:景太朗パパ、家と同じように考えるんですね。この電車はどうなのかな…?。

景太朗パパさん:うーん、まあ電車の客室も、バスや飛行機、車も同じだと思うけど、乗ることをメインに考えれば、中は落ち着いた感じじゃないと、よけいに疲れちゃうんじゃないかなぁ?。それから思えば、この電車はまあいい線行っているとは思うよ。

コメットさん☆:景太朗パパ、やっぱり専門的ですね。

景太朗パパさん:やっぱり建築関係の仕事をしているとさ、そういうこと多少は気になるよね…。

ツヨシくん:…なんだか、さっきからこの電車遅いような気がする…。

沙也加ママさん:ええっ?。そう?。そんなはずは…。

 窓の外を見ていたツヨシくんが、つぶやくように言って、沙也加ママさんも通路側から窓の外を見た。と、その時、車内にアナウンスがあった。

車内アナウンス:お客さまにご案内いたします。中央本線は大雪のため、線路に木が倒れかかる事故がありました関係で、ダイヤが乱れております。現在このあずさ13号、約10分ほど遅れて運転いたしております。お急ぎのところ、電車遅れまして、申し訳ございません…。大変ご迷惑さまですが、この先さらに電車の遅れが出ることが予想されます。情報が入り次第、またお伝えいたします。

 車掌長のアナウンスに、車内からは少しどよめくような声があがった。

ツヨシくん:やっぱりこの電車、遅れているんだよ。どうする?、乗り換え間に合わないかもしれないよ。

景太朗パパさん:遅れているのか…。困ったな。そうだな…、小淵沢で途中下車して、お昼食べようかと思ったんだけど…。

ツヨシくん:えー、もしかして、お昼抜き?。

ネネちゃん:お昼抜きはやだー…。

沙也加ママさん:そんなにまでは遅れないでしょ?。

コメットさん☆:景太朗パパや沙也加ママは、乗った電車が遅れて困ったなんてことありますか?。

景太朗パパさん:うーん、あんまりないなぁ…。ヨットなんか風まかせだから、速く進めるかと思えば、遅くなることもある。だから電車やバスの遅れなんかは、そんなに気にならないけど…。ああ、一度都内の打ち合わせに行くとき、何かで電車が遅れたことがあったなぁ…。あの時はまだ今のように、携帯電話が普通じゃないころだったから、公衆電話に列つくってさ、先方に「申し訳ないけど遅れます」って、電話したなぁ…。

沙也加ママさん:私は学生時代、試験の時に乗った電車が故障して、もうちょっとで遅刻しそうだったことはあるわ。あの時は本当に焦ったわ。でもね、その時駅員さんが親切で、うまく別な路線に乗り継ぐ方法を教えてくれたんで、ぎりぎり間に合ったのよ。

コメットさん☆:へえー、いろいろなことがあるんですね。電車って動いていて当たり前だから、止まると大変…。

ツヨシくん:そうだよ。電車は、みんなを乗せて走っているんだもん。

景太朗パパさん:そうだな。本当にみんなを乗せて走っている…。まあでも、ぼくらはもう乗っちゃっているんだから、ゆっくり構えているしかないよ。降りて歩くわけには行かないんだし…。

 

 幸い小淵沢には20分ほどの遅れで到着した。だがやはりお昼を小淵沢の駅の近くで食べ、ゆっくり小海線に乗り換えというのは、出来なくなった。景太朗パパさん、沙也加ママさんは、駅弁を買って乗り換えの小海線に乗った。そしてみんなで食べ終えた頃、小海線の列車は小海に着いた。駅には修造さんが迎えに来ていた。雪がちらつく天気になっていた。

修造さん:いやあ、お待ちしてました。春以来ですね、藤吉さん。どうぞ、私の車に。中央線の線路に雪で木が倒れ、遅れが出たとか…。かなり遅れました?。

景太朗パパさん:こんにちは。しばらくです。いや、20分ほどでしたね。小海線はちゃんと走りましたし…。もっともお昼が駅弁になってしまいましたが。あっはっは…。

修造さん:そうですか。今年は雪が多いですなぁ。普段の年ですと、こんなに積雪はないんですが…。ああ、あいさつが遅くなりました。藤吉沙也加さん、こんにちは。

沙也加ママさん:こんにちは。またお世話になります。

修造さん:…それと、えーと…、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんだね。こんにちは。

コメットさん☆:こんにちは。修造さん。

ツヨシくん:こんにちは。

ネネちゃん:こんにちはー。

 

 3時頃、修造さんの運転する車で、ペンションに着いたコメットさん☆たちは、さっそくみどりちゃんといっしょに雪遊びを始めた。みんなでいっしょに雪だるまをつくって遊ぶ。ペンションの前庭には、すでにいくつもの雪だるまが、形は崩れながらも並んでいた。もしかするとスピカさんが、みどりちゃんといっしょに作ったのかもしれなかった。

コメットさん☆:みどりちゃんはいくつだっけ?。

みどりちゃん:…みっつぅ!。

コメットさん☆:もう三歳かぁ…。早いね。うふっ、かわいい…。

ツヨシくん:みどりちゃん、ほら、こうやってころがして。だんだん押せなくなったら、ぼくが押してあげるから。

ネネちゃん:みどりちゃん、ほっぺが真っ赤。

コメットさん☆:ツヨシくんは、お兄ちゃんだねっ。

 ツヨシくんは、普段言わないようなことを言う。やはり年下の子に、ついつい手を貸してあげたくなるらしい。そんな様子を、コメットさん☆は、まるでスピカさんのように、にこやかに見ていた。

 みどりちゃんは、赤い小さなダウン入りの上下を着て、手には赤い手袋。毛糸でできた、白いギザギザの模様入りの青い帽子をかぶって、真っ赤なほっぺをしている。ピンクのスノーブーツも、ちゃんと履いている。そんな姿を見ていると、コメットさん☆は、赤ちゃんだったころのみどりちゃんを思いだしていた。おむつの取り替えまで、スピカさんといっしょにやってみたみどりちゃん。ふわふわにやわらかい、赤ちゃん肌のみどりちゃんをそっと抱くと、かすかにミルクのにおいがして、なぜか胸が切ないような気持ちになったことも思い出す。

コメットさん☆:みどりちゃんは、保育園楽しい?。

みどりちゃん:うん、…でもぉ、ママがいないからいやだ…。

コメットさん☆:そっかぁ…。そうだねー、でもママお仕事だからねー。赤いほっぺだねー。寒くない?。

みどりちゃん:ん…。

 みどりちゃんはこっくりとうなずいた。コメットさん☆は、みどりちゃんがかわいくてたまらない。

ネネちゃん:ツヨシくんがお兄ちゃんなら、コメットさん☆はいっつもママみたい…。

 ネネちゃんが、あきれたようにぼそっと言った。ちょうどコメットさん☆が、みどりちゃんを抱っこして、そのぷっくりしたほっぺにキスしたところだった。

 

 翌日午前中は、みんなでみどりちゃんとそり遊びをしたりして遊んだが、午後になるとコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、ラバボーは、ラバピョンの小屋まで行ってみることにした。もっともラバボーは、昨日も入り浸りだったのだが…。

ツヨシくん:なんか、雪だらけで、道がわからないよ、コメットさん☆。

ネネちゃん:また「そうなん」しそう…。

コメットさん☆:大丈夫だと思うけど…。うーん、どっちだったかなぁ…。ラバピョンの小屋…。

ラバボー:ボーわかるボ。

 雪だらけで真っ白な道。ラバボーは、目をキラキラさせながら言うと、コメットさん☆をラブリン変身させてしまった。

コメットさん☆:あ、ち、ちょっとラバボー…。

ラバボー:さあ行くボ!。ラバピョーン今行くボー。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんとともに、あきれ顔になりながら、ラバボーの恋力で出来上がった星のトンネルを通って、一気にラバピョンの小屋に飛んだ。ところが…。

 現地に着いてみると、ラバピョンが白い体を雪に埋もれさせながら、必死になって雪かきをしていた。

ラバピョン:もうっ、屋根は大丈夫だけど、せっかくのテラスが、雪で壊れそうなのピョン!。

コメットさん☆:ラバピョン、こんにちは。大丈夫?。

ラバピョン:あ、姫さま、こんにちはなのピョン。スピカさまのところに来たのピョ?。

コメットさん☆:そうだよ。雪かき大変そうだね。手伝おうか?。

ラバピョン:…できればお願いしたいのピョン…。今年は雪が早く降るし、たくさん降るから、小屋が壊れそうになっているのピョン…。

 ラバピョンは、コメットさん☆を見上げると、少し悲しそうな顔で言った。

ツヨシくん:あれラバボーは?。

ラバボー:ツヨシくん、呼んだかボ?。

ネネちゃん:あっ…。ラバボー…。

 ラバボーはいつの間にか、スキーゴーグルをつけて、手には厚手の手袋をはめ、角形のスコップを持ち、スノーブーツを履いて、毛糸の帽子で、すっくと立っていたのだ。みんなの後ろに。

コメットさん☆:わはっ、ラバボー、かっこいいね。

ラバボー:さあ、ラバピョン、ボーがテラスの雪はかいてあげるボ。ラバピョンは休んでいるといいボ。

 ラバピョンはあっけにとられた。ラバボーは、まるで自分の世界に入っているかのように、キラリと目を光らせると、ニヒルに言った。スコップを前に突き出すと、まるでブルドーザーか、ラッセル車のように、ゴーッと雪をよけ始めた。

コメットさん☆:ラバピョン、ラバボー一生懸命だ。

ラバピョン:気合い入り過ぎなのピョン…。でも昨日からなのピョン…。ラバボー、ほんとにありがとうなのピョン…。

 コメットさん☆は、ラバピョンがそうつぶやきながら、キラキラした目でラバボーのことを見つめているのに気付いた。

ツヨシくん:はぁー。ラバボー、やるじゃん…。

ネネちゃん:恋人の前だとがんばるラバボー…。

コメットさん☆:恋人、恋人の前かぁ…。

 コメットさん☆は、ラバピョンのかがやきあふれるまなざしと、ラバボーの必死の姿を見て、ふとつぶやいた。

 ラバボーだけでなく、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんも、ラバピョンの小屋のまわりの雪を大きくよけ、林に向かう道をつけてあげた。一人暮らしのラバピョンのために。しかしそうしている間にも、また雪が降ってきていた。

 12月の夕暮れは早い。コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは、休憩しながら雪かきをして、かいた雪で遊んでいる間もなく、傾いた夕日の中、景太朗パパさん、そして沙也加ママさんのもとに帰るしかなかった。ラバピョンの小屋で夕食を食べてから帰ると言いはるラバボーをとりあえず置いて、3人は急いでスピカさんのペンションに戻ることにした。帰るとすぐに夕食の時間だ。

修造さん:今日は貸し切りですから。さあ、どうぞ。

景太朗パパさん:えっ、本当ですか?。なんだかシーズンなのに、申し訳ないですねぇ…。なあ、ママ…。

沙也加ママさん:本当に…。いろいろお世話になりっぱなしで、すみません…。

美穂(スピカ)さん:いいえ、いいんですよ。…でも、実は、今年大雪なものですから、近くのスキー場の、一部のコースがなだれの危険があるということで、閉鎖になってしまって…。

景太朗パパさん:えっ、そんなに今年は降っているんですか。それは大変だ…。ここの建物には、何か異常ありませんか?。

修造さん:もちろん、藤吉さんの設計ですから、なんともありませんよ。施工もしっかりしてますし…。しかし、どうも今シーズンは、寒い冬になりそうですねぇ…。あ、それはそれとしまして、どうぞ、さめないうちに。

ツヨシくん:いただきまーす。

ネネちゃん:いただきます!。

コメットさん☆:私も、いただきます。

美穂さん:あらあら、みんなおなかすいていたのねぇ。

 夕食はみんなで楽しく。みどりちゃんも専用のいすにちょこんと座って、小さなスプーンや箸で、ついばむように食べる。そんな様子も、何か楽しい。

美穂さん:もう、みどりも3つになったのよ、コメット…さん☆。

コメットさん☆:そ、そうですよね。早いなぁ…。5月ですよね?、みどりちゃんの誕生日。

美穂さん:そう…ね。よく覚えていてくれるわね。ありがとう…。

みどりちゃん:よくコメットお姉ちゃんとは、いっしょに遊ぶよー?。

コメットさん☆:あ、え、えーと、みどりちゃん…。それは今日の話かなぁ…。あははは…。

 コメットさん☆は、普段しょっちゅう、星のトンネルを通って、ここにやって来ていることが、修造さんにわかってしまわないかと、少しヒヤヒヤした。しかし、おしゃべりがだんだん上手になるみどりちゃんとのやりとりも、楽しい夕食の一つのシーンなのであった。

 

 夕食が終わって、コメットさん☆は、片づけを終えた美穂さん、いや、スピカさんからお風呂をすすめられた。

スピカさん:ふーう、コメット、ちょうどいいから、お風呂に入ったら?。露天風呂といつものお風呂とどっちでも。でも…、露天風呂は少し寒いかも。

コメットさん☆:えーと、みんなは?…。それに、おばさまたちは?…。

スピカさん:私たちはあとで入るわ。パパさんとママさんは、先に入ってらしたから、あなたの番よ。あ、ツヨシくんと入るかな?。うふふふ…。

コメットさん☆:えっ!?、ち、ちょっとそれは…、おばさま…。

 コメットさん☆は、びっくりして、真っ赤になりながらスピカさんを見た。

スピカさん:うふふふ…。なーんてね。コメット、早くお入りなさいね。

 コメットさん☆は、スピカさんのあまりにさらりと言ってのける、考えもしない言葉から逃げるかのように、室内のほうのお風呂に入った。お風呂からは外の露天風呂に通じる扉があるのだが、そこから外を見ると、回りが雪だらけで、見るからに寒そうだった。

コメットさん☆:…おばさまったら…。ツ…、ツヨシくんはもう、だいぶ大きいし…。…ふう…。

 清潔なお風呂の中には、湯気が立ちこめていて、中を照らす電灯も、少しぼんやりと見える。が、そのオレンジ色の光は、壁の白いタイルに、あたたかみのある光を投げかけていた。部分的にヒノキの木が使われているお風呂は、かすかにいい香りがした。コメットさん☆は、湯船にゆっくりつかると、薄青い水の中にゆらめく自分の体を、そっと見渡した。そして、少し前まで、ツヨシくんといっしょにお風呂に入っていたのを思い出し、急に恥ずかしいような気持ちになった。コメットさん☆は、ちゃぱっと音をたてて、手のひらをほおに当てると、そっと目を閉じた。

コメットさん☆:頭洗おうかな…。…ラバボーは今頃どうしてるだろ?。ラバピョンにごはん作ってもらって、食べたりしてるかな…。遅くなりそうだなぁ…。

 と、その時お風呂場のすっかり結露した窓の外で、「バサバサッ」という、大きな音がした。コメットさん☆は、心臓が飛び出そうになるくらいびっくりして、思わずお湯から立ち上がり、そばのタオルを取った。

コメットさん☆:…だ、誰っ!?。

 コメットさん☆は、思い切って大きな声で、音の主に尋ねた。しかし、答えはない。コメットさん☆は、急に怖くなって、ふいにもっと大きな声を出しそうになった。もしかして、…まさかツヨシくん!?…。そんな考えが、頭の中を駆けめぐる。…だとしたらそんなこと…。いや、もしかして全く違う誰かだったら…。…息をのみながら、数秒が経過した。

コメットさん☆:怖くない…。怖くない…。

 そうコメットさん☆は、わずかな間目を閉じ、口に出してつぶやいてみた。バトンを出して、右手に持ち、そして、左手に持ったタオルで、そっと身を隠すと、結露している窓の、目の高さのところを手でぬぐい、おそるおそる外を見てみた。全身が震えている。しかし、そこにはお風呂の電灯で照らされた、雪の重みで大きくしなってる立ち木が見えるだけだった。それでもコメットさん☆は、じっと目を凝らした。誰かが外の闇から、飛び出してくるのではないか…。そんな怖さに耐えながら…。すると、目の前で「バサッ」と音を立てて、木から積もった雪が落ちるのが見えた。またコメットさん☆はドキッとしたが、その音は、さっき聞いた音に違いなかった。雪が落ちた枝は、少しもとの姿勢に戻ろうとする。すると別な枝からも、同じように雪の固まりが落ちた。どうも人の気配がしているわけでもない。

コメットさん☆:…はあーー。なんだぁー、雪の音かぁ…。びっくりした…。

 コメットさん☆は、タオルを浴槽の縁に置くと、バトンもしまい、またお湯の中に浸かった。緊張で体が冷えてしまっていた。ほっとすると同時に、ふと、木は雪が重くて、苦しいんだろうなと思った。そして、ツヨシくんを一瞬でも疑ったことを、恥ずかしく思った。

コメットさん☆:(立ち木さんたちも、かわいそう…。ツヨシくんが、絶対そんなことするはずないのに…。私、なんでそんなことを…。ツヨシくん…、ごめんね…。)

 コメットさん☆は、なんだか変にドキドキした気分のまま、湯船で温まると、頭と体を洗って、お風呂から上がった。そして美穂さんに一声かけてから、自分に割り当てられた部屋に戻った。すると、まだラバボーが戻ってきていないことが、急に心配になった。

コメットさん☆:…ラバボー、どうしたんだろ?。まさか、雪で帰れなくなっていたりしないよね…。

 コメットさん☆は、ラバピョンといっしょに楽しくおしゃべりでもしているだろうと思って、すっかり長湯していたのだが、気になり出すと、なんだかいても立ってもいられない。しかし、ラバピョンと二人きりの時間を楽しんでいるのだとしたら、それをじゃまするのは悪いような気もする。コメットさん☆は部屋の窓から外を見た。と、その時、ツヨシくんとネネちゃんが、パジャマ姿でコメットさん☆の部屋に来た。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、ぼくたちもう寝るね。おやすみ。また明日遊ぼう!。

コメットさん☆:あ、うん、ツヨシくん…。

ネネちゃん:あれ?、ラバボーは?、コメットさん☆。

コメットさん☆:…うん…。それが、まだ帰ってこないよ…。

ツヨシくん:えー?。ラバボー、どうしたんだろう?。

コメットさん☆:ラバピョンと、ずっとデートしているとも思えないんだけど…。私、心配だから、ちょっと様子を見に行って来ようかな…。

ネネちゃん:コメットさん☆、これから行くの?。

ツヨシくん:コメットさん☆、そうなんしちゃうよ?。

コメットさん☆:大丈夫。

 コメットさん☆は、そう言うと、素早く変身した。そして、バトンを振って星のトンネルを開けようとした矢先…。

ラバボー:姫さまー、ただいまだボーーーーー。

 変身したコメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんの目の前へ、部屋の中に星のトンネルが開き、ラバボーが帰ってきた。しかしラバボーは、帰ってくるなりふらふらで、いきなり部屋の床に倒れ込んだ。

コメットさん☆:あっ、ラバボー、どうしたの?。

ツヨシくん:ラバボー、よれよれだ。

ラバボー:姫さま、疲れたボ…。ね、眠いボ…。

 コメットさん☆は、そのままでは寒さが部屋の中に入り込んできてしまうので、星のトンネルの出口を閉じると、ラバボーを抱き上げた。

コメットさん☆:ラバボー、ラバボー!。

ラバボー:ぐうーーーーーー。ぐうーーーーーー。スコップがラバピョンの、雪かきはボーに…むにゃむにゃ…。

ネネちゃん:…ラバボー、一瞬にして寝た…。わけのわからない寝言言ってるし…。

ツヨシくん:ほんとだ…。いったい何があったんだろ?。

ネネちゃん:雪かきのしすぎで、へとへとかなぁ?。

コメットさん☆:ラバボー…。あっ…。

 コメットさん☆は、自らの腕の中で眠りに落ちてしまったラバボーの手を見た。真っ赤になった手は、ところどころマメが出来ていた。

コメットさん☆:…ラバボー、また雪かきしてあげたんだね…。ラバピョンのために…。

 コメットさん☆は、ラバボーの、そんな気持ちをいとおしく思い、そっと手のマメを星力でいやしてあげようとした。ところが、もうそうするほどの星力は、残っていなかった。

ツヨシくん:コメットさん☆、バトンが…。

コメットさん☆:…うん。星力足りなくなっちゃった…。

 コメットさん☆の変身も解け、バトンも消えた。コメットさん☆は、仕方なく、そっとベッドにラバボーを横たえた。

 

 翌日は天気が回復していた。雪玉を投げると、粉になった雪が、キラキラと日の光を浴びて光る。そんな様子が面白くて、コメットさん☆は、ツヨシくん、ネネちゃん、みどりちゃんといっしょに、「雪玉投げ」をして遊んだ。それから、また新しい雪だるまを作ってみたりした。そんな楽しく過ごすコメットさん☆たちの向こうでは、修造さんが黙々と何か作業をしていた。コメットさん☆たちからは、ちょうど植え込みがじゃまになって、手元が見えない。

コメットさん☆:あれ?。修造さん…。何しているんだろ?。ここからよく見えないけど…。

ツヨシくん:しゅうぞうさん?。体操しているのかな?。なんか、前屈みになったり、背すじ伸ばしたりしてない?。

ネネちゃん:何かしゅうぞうさん、手に持っているんじゃない?。

みどりちゃん:パパ?。パパはぁ、雪かきっ!。

コメットさん☆:みどりちゃん、みどりちゃんのパパは雪かきしてるの?。

みどりちゃん:そうだよー。雪降ったら、いっつもするっ。車ガレージから出せないから。

コメットさん☆:…そうなんだ…。

 コメットさん☆は、もう一度修造さんのほうを見た。がっしりとした体格の修造さんが、息を切らせて、玄関前とガレージの前あたりの雪を、力強くかいているのだった。注意して見ると、その手には大きめの雪かきスコップがあった。手袋をはめた手で、時々額の汗をぬぐう。雪がやんだら、すぐにやっておかないと、あとで困るのだろう。コメットさん☆たちが帰るとき、さっと車を出せるように…。そう考えてのことかもしれなかった。コメットさん☆は、そんな修造さんを見て、雪の降る地方の大変さを、あらためて感じた。

 

 帰りの列車の時間に合わせて、果たして修造さんと美穂さん、みどりちゃんは、藤吉家の5人を駅まで送ってくれた。あいさつをして、駅の車寄せで、修造さんたちと、手を振って別れ、帰りの列車に乗ったコメットさん☆。列車が小海の駅から遠ざかり、すっかり雪化粧の車窓になると、それを見ながら考えていた。…雪で遅れた「あずさ」号、ラバピョンの、たった一人でする普段の雪かきと、いっしょにいられる間はと恋人のために必死になるラバボー、スキー場のコース一部閉鎖、修造さんの雪かき、見るのが痛々しいほど、雪の重みでしなった立ち木の枝…。自分たちが普段、めったに降らないからと、楽しく遊んでいる雪も、地方によっては、意外なやっかいものだということを…。

コメットさん☆:楽しむばかりの雪じゃないんだね…。

 コメットさん☆は、つぶやいた。

景太朗パパさん:…そうだね。雪は適量降るんなら、いいんだろうけどね。天気は気まぐれだから、困るときもある…。そういうことかな…。

ツヨシくん:ラバボーは、結局雪かきぱっかりしていたの?。めちゃくちゃ疲れてるけど…。

ネネちゃん:ラバピョンのところで張り切りすぎなんじゃない?。まるでブルドーザーみたいに、雪かきしてたもん。

ラバボー:…はぁーー、もう全身が痛いボ…。手はマメだらけだし…。昨日はラバピョンと夕食を食べたら、また雪が積もっていたから、屋根の雪も下ろしたボ…。ボ〜。

コメットさん☆:そっか…。うふふ…。ラバボー、ちょっと張り切りすぎちゃったね。

ラバボー:…そうだけど、姫さまぁ…。

コメットさん☆:でも、恋人のためにがんばるラバボー、かがやいてるね…。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。

 コメットさん☆は、ふと窓の外に目を移した。ツヨシくんやネネちゃんとの雪遊び。3年ほど前には、星国に帰るかどうかに、心を奪われていて、なんだか楽しめなかったことを思い出していた。でも今年は、みどりちゃんも交えて、ずいぶん楽しいことをして遊んだし、雪は楽しいばかりじゃないことも、あらためて知った。そんな思い出づくりが出来たコメットさん☆なのに、なぜか、「ケースケは、また遠くに行っちゃうのかなぁ…」と、ぼうっと考えていた…。

コメットさん☆:(早く春が来ないかなぁ…。)

 コメットさん☆は、そう思っていた。まだ冬は始まったばかりなのに…。

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★第233話:年末コンサート−−(2005年12月下旬放送)

 年の瀬も押し詰まってきたある寒い日の夕方、コメットさん☆は、自分の部屋で本を読みながら、時折窓の外を眺めていた。ラバボーは今日も、ラバピョンを助けて、雪かきに行っている。ついでにデートをしてくるのだろう。コメットさん☆は、晴れた空の向こうに、日が落ちていくのを見ていた。ラバボーは、雪が多くて大変なこの冬、ラバピョンのために、連日のように大変な思いをしている。しかし、それでも、イヤそうな素振りは見せない。たとえ手にマメが出来ようとも。コメットさん☆は、内心そんなラバボーを見て、ちょっぴりうらやましいような、不思議な気持ちになる。

メテオさん:(…そんなの、あったり前よ。いちいちそんなことを気にしていると、疲れるだけよったら、疲れるだけよ?。)

 メテオさんは、そんなコメットさん☆の気持ちを、さらりと流すようなことを言っていた。確かにそうかもしれないが、そう言われたからと言って、コメットさん☆の心がすっきりするわけでもない。コメットさん☆は、一つ小さなため息をつくと、また本に目を落とした。ところがふと、階下から、心地よい音色の音楽が流れてくるのに気付いた。どこかで聴いたような曲。弦楽器の重厚さと、管楽器の軽快なリズム。

コメットさん☆:この曲、なんだか冬によく聴くような気がする…。

 コメットさん☆は、本を置いて立ち上がると、扉を開けて階段を降り、1階のリビングに行ってみた。そこには景太朗パパさんがいた。まだ沙也加ママさんは帰ってきていないが、ツヨシくんとネネちゃんは、部屋で遊んでいる声が聞こえる。

景太朗パパさん:お、コメットさん☆、どうした?。

コメットさん☆:あ、いいえ。テレビでコンサートやっているんですね。

 コメットさん☆は、音楽の元を探し、それがテレビの放送だと気付くと、景太朗パパさんに答えた。景太朗パパさんは、リビングのいすに座って、テレビのコンサートを、くつろいで見ている。ちょうど少しボリュームを上げたところだったのだ。

景太朗パパさん:ああ。クラシックコンサートって番組だそうだ。

コメットさん☆:この曲聴いたことがある…。

景太朗パパさん:そうだねぇ。今頃になると、よくやっているかもねぇ。

コメットさん☆:あ、やっぱり…。私、冬の今頃によく聴くなぁって、思ってました。

景太朗パパさん:ベートーベン、交響曲第9番「合唱つき」。よく「第九」と言われるよ。

コメットさん☆:こうきょうきょくだいくばん…。だいく?。

景太朗パパさん:あはは…、正式な名前は、あまり知らないよね。ドイツの作曲家、ベートーベンという人が作った、第9番目の交響曲、という意味だよ。略して第九と言う。

コメットさん☆:へえ…、そうなんですか。

景太朗パパさん:当然第一や、第五っていうのもあるわけなんだけど、ベートーベンの交響曲の中では、これが一番有名なんじゃないかな?。それに…。

コメットさん☆:それに?。

景太朗パパさん:なんでだか、この国の人々は、年末になるとこの曲を聴いたり、歌ったりしたがるんだよね。

コメットさん☆:歌うって…?。

景太朗パパさん:ああ、この曲にはさ、合唱する部分があるんだよ。非常に珍しいんだけどね。交響曲はオーケストラが、指揮者に合わせてずっと演奏するものだからね。

コメットさん☆:合唱…ですか?。

景太朗パパさん:第4楽章っていうところにね。ほら、オーケストラの後ろに、合唱隊がいるでしょ?。

 景太朗パパさんは、テレビの画面を指さして言った。

コメットさん☆:あのスーツの人たちですね。

景太朗パパさん:そう。それと、ここの、4人。この人たちはソロを歌うんだよ。

 コメットさん☆も、テレビを指さし、景太朗パパさんはまた、ソリストたちを指さした。そしてやおら立ち上がると…。

景太朗パパさん:♪ O Freunde, nicht diese Toene! sondern lasst uns angenehmere anstimmen, und freudenvollere.♪

 朗々と歌う景太朗パパさんに、コメットさん☆は、びっくりしてたずねた。

コメットさん☆:景太朗パパ、な、何それ?…。

景太朗パパさん:「おお友よ、こんな調べではなくて、もっと心地よくうれしくなるような歌を歌おうじゃないか」って言う意味さ。

コメットさん☆:へえー。景太朗パパ、歌えるんですか!?。

景太朗パパさん:いやー、まあ大学の時、ちょこっと合唱部に出入りしててさ…。そこでまあ、なんとなく…。

ツヨシくん:パパ、なに?、大きな声で歌ってるけど。

ネネちゃん:パパ、カラオケの練習?。

景太朗パパさん:ガク…。カ、カラオケかぁ…。パパの声、そんな風に聞こえるかなぁ。

コメットさん☆:そんなことないですよ。上手。

ツヨシくん:あれ?、テレビ、古い曲やってるの?。

ネネちゃん:うちでオーケストラのテレビなんて、珍しいね。

景太朗パパさん:ベートーベンの第九交響曲だよ。ツヨシもネネも、このくらいさらっとわかるようじゃないと、文化的じゃないぞー。

ツヨシくん:え?、ぶんかてきじゃない?。それどういう意味なのパパ。

ネネちゃん:私もわからない。コメットさん☆は?。

コメットさん☆:えっえっ…、私も…、わからないかな?。あははっ。

景太朗パパさん:まあ、有名な曲だから、演奏の善し悪しなんかはわからなくても、曲名とちょっとした意味ぐらいは知っていないとなぁ。えっへん。

ツヨシくん:意味かぁ…。あ、なんか前に立ってる人が一人で、さけんで歌ってるよ。

 画面では、ちょうどソリストが歌い始めたところだった。第4楽章のはじめのあたりである。

ネネちゃん:パパとは声がだいぶ違うね…。

景太朗パパさん:うーん…。しょうがないだろ?、パパだって、プロじゃないもん…。

 景太朗パパさんは、結構気にしているように、少し上目遣いに画面を見た。

コメットさん☆:景太朗パパ、続きの意味を教えて下さい。

景太朗パパさん:うん。この合唱のところは、シラーっていう人が作った詩に、ベートーベンが曲をつけた形になっているんだよ。さっきのところの続きはね…、えーとちょっとうろ覚えなんだけど、「楽園からの乙女よ、私たちはよろこんで、あなたの楽園に踏み込むのだ。あなたの力は、世界が厳しく分け隔てていたものを、もう一度結びつけ、全ての人々は、あなたの優しい翼の下で、きょうだいになるのだ」、だよ。

コメットさん☆:「世界が厳しく分け隔てていたものを、もう一度結びつけ…」か…。なんだかステキな意味ですね。

景太朗パパさん:うん。そうだねぇ…。「全ての人はきょうだいになるのだ」だからね。今テレビで歌っているあたりが、そのあたりだね。…でも、この歌は、このあと、「一人だけでも友を得られた者は、喜びの声をあげよ。しかし、一人も友を見つけられなかった者は、涙とともに、この場から去るのだ」とまで言っているんだよね。わかりやすく言うとね。

コメットさん☆:えっ、そうなんですか?。

ツヨシくん:友ってなに?、パパ。

景太朗パパさん:友だちのことだよ、ツヨシ。…つまり、非常に簡単に言ってしまえば、「翼をもった天使のような乙女は、分け隔てられていた人をも結びつけて、きょうだいにするけれども、友だちが見つけられないというような人は、資格がないから、ここに来なくてよい」、とまで言い切っているというのかな?。かなり厳しいことも言っているわけだね。

コメットさん☆:そうなんだ…。私、もっと楽しい歌なのかと…。

景太朗パパさん:うーん、どうだろう?。全体としては難しいことを言っているけれど、やっぱりこの歌は、人はみな立場や国の違いを越えて、ともに手を取り合おうという、人に勇気を与える歌じゃないのかなぁ?。ぼくにはそう思えるな。「友だちの一人も作れないようじゃ、世界で手を取り合うなんて無理だぞ、だからたとえ一人でも、無二の友だちを得ておきなさい」って言っているようにもとれるよねぇ…。

コメットさん☆:ああ、そうですね。そっかぁ…。考えさせられるなぁ…。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。

ツヨシくん:パパ、何でこの歌、テレビでやってるの?。

ネネちゃん:だいたい何でみんなでこれ見てるの?。

景太朗パパさん:ふふふ…。そうだなぁ…。なんでだろうなぁ。テレビでやっているのは、みんなが今の時期見るから、だろうな。ぼくたちが見ているのも、やっぱり年末だからかな?。

コメットさん☆:年末だから…。確かにこの曲って、年が明けるとほとんど聴かない…。

景太朗パパさん:年末になると聴いたり歌ったりするのは、日本だけかもしれないけれど、今年も一年、いろいろなことがあった…。悲しいこともつらいことももちろんあった。でも、楽しいこともうれしいこともまたあった。来年も友だち同士、そしてみんなで手を取り合って、いろいろなことに立ち向かおう、その勇気をこの歌からもらおう、っていうような、そんな願いが込められているんじゃないかなぁ?。あくまで想像だけど…。

コメットさん☆:それ、なんか胸がじんとするな…。人間って、親しい人がいないと、たくさんの人が力を合わせることもできない。だから友だちを作ることって大事だよって、そういうことなのかも…。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。

ネネちゃん:友だちかぁ…。

ツヨシくん:友だち…、親しい人…。コメットさん☆のことだねっ!。

コメットさん☆:えっ!?。

景太朗パパさん:あはは…。うん。そうだね。うちにとっては、まずはコメットさん☆かな?。

コメットさん☆:そ、そんな…。私こそ…。

 コメットさん☆は、突然の話にびっくりして、さっとテレビ画面をもう一度見た。ソリストと合唱団がいっしょに歌っていた。

景太朗パパさん:…来年もいいことがたくさんあるといいね。コメットさん☆も、ほかのみんなも、もちろんうちも…。

コメットさん☆:はい…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんのほうに向き直り、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 夜になると、沙也加ママさんが帰ってきて、夕食の支度が始まった。今夜は買い物に手間取り、沙也加ママさんが少し遅くなったので、遅めの支度だ。コメットさん☆はそれを手伝う。景太朗パパさんは、ちょうど仕事の打ち合わせの電話がかかってきたので、折り返し連絡するために、仕事部屋に行ってしまった。年末はいろいろと忙しい。ツヨシくんとネネちゃんは、二人でお風呂に入って、大声で歌っている。

沙也加ママさん:今日は意外と手間取っちゃったわ。

コメットさん☆:明日お店の片づけ手伝います。

沙也加ママさん:ありがと、コメットさん☆。コメットさん☆がいないと、お店もなんだかばたばたしちゃうな…。なんだか、コメットさん☆にべったり手伝ってもらっているみたいで、お店としては失格かもしれないけど…。

コメットさん☆:私も、沙也加ママからいろいろなことを教えてもらっているから…。女の子のこととか…。

沙也加ママさん:うふふ…。それはまあ、一応先輩だからかな?。…それにしても、ツヨシとネネ、何で第九みたいな歌、延々と歌っているの?。

 お風呂場からは、メロディーだけ第九のような曲で、歌詞はいいかげんな、ツヨシくんとネネちゃんの歌声が響く。それはキッチンのところまで聞こえるほど。

コメットさん☆:昼間、景太朗パパが、第九のテレビつけていたからだと思います。

沙也加ママさん:へえ、今日そんなのテレビでやっていたの?。

コメットさん☆:ええ。「あなたの力は、世界が厳しく分け隔てていたものを、もう一度結びつけ、全ての人々は、あなたの優しい翼の下で、きょうだいになるのだ」って。景太朗パパが教えてくれました。

沙也加ママさん:ああー、そっかー。私も歌ったなあ、大学の時…。

コメットさん☆:え?、景太朗パパも、合唱部に出入りしていてとか言ってましたよ?。

沙也加ママさん:…そうよ。私も合唱部だったんだもの。…いっしょに第九も歌ったわ。

コメットさん☆:沙也加ママと景太朗パパ、いっしょに合唱したんですか?。わあ、ステキー。

沙也加ママさん:うふふふふ…、あははは…。恥ずかしいなぁ。…パパといっしょに、歌詞の意味を調べに、大学の図書館も行ったわ。二人とも、ドイツ語は苦手だったから…。

コメットさん☆:…そうなんだ…。

 コメットさん☆は、またあこがれのような目を、沙也加ママさんに向けた。きっとそれも、景太朗パパさんと沙也加ママさんの、ちょっとしたデートだったのかもしれないと思った。

コメットさん☆:第九って、いい曲で、いい歌ですよね。

沙也加ママさん:そうね。詩を詠んだ人はかなり昔の人なのに、「この星の美しい景色も、人々の笑顔も、みんなで一生懸命にならないと、すぐ壊れてしまうから、考え方の違いがあっても、みんなでいっしょに大事にしないと」って、言いたかったのかも…。後半のほうには、「この世に生まれた人はみんな、自然から喜びの恵みを受け、それは虫にすら与えられる。…この口づけを、全世界に!」なんてところもあったなぁ…。

コメットさん☆:争いをやめて、自然を守って、人々はみんな手をつないで…っていうことなんでしょうか。

沙也加ママさん:そうねぇ。一人一人がみんなっていうのは、なかなか難しいことだけど。一年の締めくくりに「来年はそうありたい」っていう、決意なのかも…。

コメットさん☆:来年も、楽しいことがいっぱいあるといいなぁ…。

沙也加ママさん:ほんとね。

 ツヨシくんとネネちゃんの歌声は、まだ続いていた。

 

 夕食の時間になって、コメットさん☆はいつものように食卓についた。特に変わらない、藤吉家の夕食だ。

沙也加ママさん:パパ、ごはん食べたらお風呂入ってね。

景太朗パパさん:はいよ。…うん、この漬け物おいしいね。どこで買ったの?。

沙也加ママさん:コメットさん☆、いつものスーパーよね?。

コメットさん☆:はい。

ツヨシくん:コメットさん☆、買い物に今日も行ったの?。

コメットさん☆:いったよ。ああ、このフライおいしい…。

沙也加ママさん:そう?。ありがと、コメットさん☆。パパはどうかな?。

景太朗パパさん:もちろんおいしいよ。アジフライはぼくの好物だからね。

沙也加ママさん:それはそうと、パパ仕事の打ち合わせすんだの?。

景太朗パパさん:ああ。大丈夫。電話でうまくすんだよ。

沙也加ママさん:よかったわね。ネネ、ちゃんと野菜も食べないと。

ネネちゃん:はーい。

沙也加ママさん:今年ももう暮れねぇ。何かと忙しいわ。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。ママはいつ仕事納め?。

沙也加ママさん:一応29日よ。パパは?。

景太朗パパさん:うーん…と、あさってあたりに、中山造園の中山さんに資料渡したら、だいたい終わりかな?。

コメットさん☆:二人とも、お仕事大変なんですね…。

景太朗パパさん:まあ大変と言えば大変だけど、毎年のことさ、コメットさん☆。…そう言えば、星国の暮れはいつ頃かな?。

コメットさん☆:えーと…。ラバボー、ラバボー。

ネネちゃん:あ、私も聞きたい、それ。

ラバボー:何だボ?、姫さま。

 ラバピョンのところから帰ってきていたラバボーを、コメットさん☆は呼ぶ。ラバボーは、コメットさん☆の部屋で、疲れて一休みしていたのだ。食事はラバピョンといっしょにすませてきたらしい。

コメットさん☆:ね、ラバボー、星国の「感謝の日」っていつかな?。

ラバボー:ええと…、もうすぐだボ?。地球の新年から15日くらいずれてるボ、今年は。

 ラバボーは、階段を降りてリビングからキッチンに来ると、コメットさん☆の膝の上にのった。

ネネちゃん:ラバボー、すごーい。どうやってわかるの?。

ラバボー:一度計算してから、覚えているだけだボ。

景太朗パパさん:その…、感謝の日って何だい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、星国で年が変わる日は、「星に感謝する日」なんです。

ツヨシくん:えっ?、星たちにありがとうって言うの?。

コメットさん☆:そうだよ。この一年、こっちの暦だと2年と少しだけど…、星ビトに協力してくれたり、守ってくれた星の子たちに、「ありがとう、来年もよろしくね」って。

景太朗パパさん:へえ、そうか。それはいいねぇ。

沙也加ママさん:そうねぇ。ありがとうっていう心は、とっても大事よね。人間って、そこにあるのが当たり前になると、どうしても感謝の心を忘れちゃうものね…。

コメットさん☆:そうなのかな…。

景太朗パパさん:まあねぇ。今そこにあることが当たり前でも、それがいつまでもありますようにって思うことは、実は大事なことなんだよね。「ありがとう」って相手に言えば、「そんなにありがとうって言ってくれるなら、またそうしよう」って、相手も思うだろう。それが大事なことだし、第九の詞が言っている、「人を結びつけて、きょうだいに」っていうのも、感謝の気持ちがないと、はじまらないんじゃないかなぁ?。

沙也加ママさん:そうね…。そんな気がする…。みんな、今年一年どんないいことあったかな?。一つずつ発表してみましょ。

景太朗パパさん:お、いいね。じゃ、まずはママから。

沙也加ママさん:えっ?、私からなの?。しょうがないわね…。…そうね、コメットさん☆が手伝ってくれたから、お店の売り上げが伸びたこと。

ツヨシくん:えー、ママのお店が?。

景太朗パパさん:ほう。それはいいね。ぼくも…まあ、仕事が増えて順調に行っていることかな?。その分忙しいけどね。あははは…。でも、趣味もばっちりやれてるし…。

ネネちゃん:私は、コメットさん☆といっしょにモデルさんやれたこと。

沙也加ママさん:ああ、あれはネネかわいかったわね。コメットさん☆も。大変だったわよね、寒くて。

ネネちゃん:うん。でも、楽しかった。

ツヨシくん:ぼくは…、栽培係になれたことと、コメットさん☆といっしょにたくさん遊んだこと…。

景太朗パパさん:ふふふ…。ツヨシはコメットさん☆べったりだもんなぁ。コメットさん☆は?。

コメットさん☆:え?、私…、私は…、その、みんなといっしょに旅行したり、釣りしたり…。モデルも楽しかったし…。いろいろたくさん…。

沙也加ママさん:いいわねぇ、たくさんあるっていうことは、いいことよ。大人になると…ふう…。

景太朗パパさん:そんな、ママ、ため息ついているようじゃ、しょうがないぞ。ふふふ…。

沙也加ママさん:そうだけど…。ふふふ…。えーと、ラバボーくんは?。

ラバボー:ええっ、沙也加ママさん、ボーにまで聞くのかボ?。ボーは…、ラバピョンと毎日のように会えること…だボ。

沙也加ママさん:そうか。ラバピョンちゃん、またうちに連れてらっしゃいよ。信州は寒いだろうから。

ラバボー:昼間は結構来てますボ…。

沙也加ママさん:あれっ?、そうなの?。なーんだー。

景太朗パパさん:あはははは…。

 藤吉家の食卓に、笑い声が響いているころ、ケースケはアパートの自室で、ラジオを聴いていた。コンポのラジオから流れてくるのは、やっぱりベートーベンの第九。

ラジオの音声:♪ Freude, schoener Goetterfunken, Tochter aus Elysium, Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum!…

 ケースケは、机に肘をついて、いすに座り、ぼうっと第九を聴いていた。普段クラシックなど、めったに聴かないのに。そしてつぶやく。

ケースケ:やっぱ、年末って言えばこれだよな…。全然歌詞わかんねぇんだけど…。

 そこでふと来年のことを思った。

ケースケ:(年が明けたら、いろいろなことがありそうだ…。まずはサーフレスキューがオレを待ってる…。そのあとには…。)

 もう数日で2005年は暮れ、新しい年がやって来る。

コメットさん☆:あ、雪…。

ネネちゃん:ほんとだー。

ツヨシくん:わあ、明日は雪だるま作れるかな!?。

 窓の外には、ちらちらと粉雪が舞い始めた。今年は本当に雪が多い。ウッドデッキを白くしていく雪を見て、コメットさん☆は、来年もたくさんいいことがありますようにと、あらためて願っていた…。

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※第九の歌詞の意味について:わかりやすくするために、かなり意訳したり、平易な表現に改めています。原義はもっと複雑かつ神学的なことをあらわしていますが、元が詩であることもあり、あまり厳密な意味をとらないことに、あえていたしました。
※ドイツ語の表記について:ウムラウトやエスツェットについては、表示が乱れる可能性を考慮して、代替表記に変更しています。

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