その先のコメットさん☆へ…2006年前期

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。このページは2006年前期分のストーリー原案で、第234話〜第250話を収録しています。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第234話から全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。

話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第234話

福袋で運だめし

2006年1月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・縫いビトたち

第235話

キンカンの甘さ

2006年1月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

第236話

雪像になったパパ

2006年1月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・メテオさん・ラバボー

第237話

雪だるまの秘密

2006年1月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・万里香ちゃん・万里香ちゃんの母・ラバボー・猫のブブ

第240話

ピンクの桜の花咲く街

2006年2月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・メテオさん・ムーク・ラバボー

第242話

春の大風

2006年3月上旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ケースケ・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・裏山の桐の木

第243話

見上げた空の下

2006年3月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・ケースケ・夜間高校の先生・スピカさん

第244話

星国定期便

2006年3月中旬

コメットさん☆ラバボー・ムーク・沙也加ママさん・ヒゲノシタ・メテオさん・ツヨシくん・ネネちゃん(・王様・王妃さま)

第245話

思い出のあの日

2006年3月下旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ラバボー・ツヨシくん・ネネちゃん

第246話

野菜を作ろう

2006年4月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

第248話

ハナミズキの色に

2006年4月中旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ラバボー・ツヨシくん・ネネちゃん

第250話

北国の桜

2006年4月下旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・沢松さん・ラバボー(・ツヨシくん・ネネちゃん)

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★第234話:福袋で運だめし−−(2006年1月上旬放送)

 冬の寒さが続く中、新しい年がやって来た。特にいつもと変わらない新年。コメットさん☆は、今年も晴れ着を着て、プラネット王子のところにあいさつに行ったり、ケースケとはねつきをしたり、メテオさんと近くに出かけたりした。メテオさんが遊びに来たりもした。そんな風景も、このところ毎年のことだ。コメットさん☆もメテオさんも、プラネット王子すらも、すっかりこの地に、まるでずうっと前から住んでいたような、そんな様子である。

 新年の鎌倉は、駅周辺が大変に混雑する。観光客がどっとやって来るからだが、その人々は、由比ヶ浜の海岸まで、海を見にやってきたりするので、沙也加ママさんのお店、「HONNO KIMOCHI YA」も、新年早々からお店を開ける。ちょっとした福袋も用意して…。

 お餅も少し食べ飽きたある日、景太朗パパさんは、年末に買い忘れた雑誌を買うために、鎌倉駅近くまで出かけ、ついでに新年初売りセールをしているスーパーに寄り、昼前に帰ってきた。景太朗パパさんは、手に「福袋」と赤地に白で書かれた紙袋を手にしている。そしてみんなのいるリビングへと、ちょっと得意そうに戻ってきた。ただいま・おかえりのあいさつもそこそこに…。

景太朗パパさん:えへへー、いいもの買ってきたぞー。

沙也加ママさん:…あ、パパ、まーたそんなの買ってきて。

景太朗パパさん:え?、いいじゃないか。新年と言ったらこれでしょ?。文房具の福袋があってさ、良さそうだから買って来ちゃった。

沙也加ママさん:良さそうって?。

ツヨシくん:ママのお店にもあるじゃん、ふくぶくろ。

 リビングで、沙也加ママさんのそばにいたツヨシくんが言う。

景太朗パパさん:あ、そう言えば、そうだよなぁ、ツヨシ。

ネネちゃん:コメットさん☆、ママのお店にもあるの?。

コメットさん☆:うふふっ…。あるね、福袋。

 コメットさん☆もいすに腰掛けながら、景太朗パパさんと沙也加ママさんのやりとりを見ていて、少し笑いながら答えた。

景太朗パパさん:ほーら。ママだって、自分で売ってて、人のこと言えないと思うな、ぼくは。

沙也加ママさん:…うっ…。そ、それは…。確かにうちのお店でも売っているけど…。コメットさん☆、黙っててくれればいいのにー。しょうがないなぁ…。

コメットさん☆:あははっ。沙也加ママ、ごめんなさい。

沙也加ママさん:一本取られたかな?。うふふふ…。

 沙也加ママさんも、「しまった」というような顔で微笑んだ。

景太朗パパさん:さて、じゃあ開けてみますか。何かいいもの入っているといいけどな。書類入れが欲しかったから、それっぽいのを選んできたんだけど。

沙也加ママさん:福袋なのに選べるの?。

景太朗パパさん:見本があってさ。それでまあ外からさわってみて…。えっ!?。

コメットさん☆:景太朗パパ、どうしたんですか?。

 景太朗パパさんは、うれしそうに袋の口を開けて、手を入れた瞬間、大きな声をあげたのだ。

景太朗パパさん:こ、これは!?…。

沙也加ママさん:なあに?。パパ。

ツヨシくん:んん?。

ネネちゃん:なんだろ?。

 景太朗パパさんの顔から笑いが消えた。

景太朗パパさん:…や…、焼き肉ロースター…。

 景太朗パパさんが、がさがさと袋から取り出したのは、焼き肉焼き器。

景太朗パパさん:ち、ちょっと…。これ、文房具じゃないじゃないかぁ…。

 景太朗パパさんは、情けない声をあげながら、沙也加ママさんと顔を見合わせた。手には焼き肉のロースターが…。

コメットさん☆:景太朗パパ…。

景太朗パパさん:これって、どう考えても、文房具じゃない…よね?、ママ。

沙也加ママさん:そんなの、当たり前でしょ、パパ。

景太朗パパさん:…卵焼き用のフライパンも入ってる…。あー、そう言えば、福袋のワゴン、となりにキッチン用品って書いてあるのが並んでいた…。もしかして、ぼくはそっちと間違えて買ったのか?。

沙也加ママさん:それならそうよ。あーあ。

ツヨシくん:パパー、やっちゃった?。

ネネちゃん:間違えたの!?。

景太朗パパさん:間違えたらしい…。こ、これって交換してもらえない…よね?。

沙也加ママさん:福袋なんだから、「思っていたのと違ってました」って交換は出来ないでしょ?。

景太朗パパさん:となりあわせだもんなぁ、間違えちゃったよー。

 景太朗パパさんは、少ししょげたような顔で、テーブルの上に出した焼き肉ロースターを見つめた。

沙也加ママさん:確かめて買う…ってわけにはいかないのか…福袋だものね。しょうがないわねぇ…。まあ焼き肉ロースターは、うちにもさすがに無いから、使ってもいいけど…。

景太朗パパさん:使えるかなぁ?。

沙也加ママさん:そうねぇ…。あ、でも電熱式だから、なんとかなるでしょ。

 沙也加ママさんは、テーブルに置かれた、真新しい焼き肉ロースターを、あっちこっち見て言った。

景太朗パパさん:そっか…。ついてないなぁ…。どおりで重いはずだ…。

沙也加ママさん:まあ、そんなに落ち込まないでパパ。とりあえず今晩は焼き肉にしてみましょ。コメットさん☆、あとでお使いに行きましょ。パパも手伝って。

コメットさん☆:はい。

景太朗パパさん:はーい…。

 景太朗パパさんは、上目遣い気味に沙也加ママさんを見て、小さい声で返事をしたが、ツヨシくんとネネちゃんは、焼き肉と聞いてうれしそうだ。

ツヨシくん:いぇーい、焼き肉ぅ!。

ネネちゃん:私、野菜巻きにして食べたい。

 沙也加ママさんは、にこっと笑って、景太朗パパさんの方を見て言った。

沙也加ママさん:ほーらね。喜ぶ人も、うちにはちゃんといるようよ?。

景太朗パパさん:そうだね…。みんなありがとう。助かるよ。

 景太朗パパさんが、文房具だと思って買った福袋の中身は、なんとキッチン用品だった。隣にきっちり並べて置いてあったので、間違えたらしい。それでも沙也加ママさんの機転と、ツヨシくんやネネちゃんの喜びように、景太朗パパさんは、気を取り直した。

 

 夕方になって、沙也加ママさんとコメットさん☆は、別のスーパーに行き、肉や野菜、たれを買ってきた。これで焼き肉をしてみようというのだ。

沙也加ママさん:これって、横から煙を吸い込んだりはしてくれないわね。

コメットさん☆:横から煙を吸い込む?。

沙也加ママさん:焼き肉やさんだと、お肉焼くときに出る煙を、すぐに吸い込んで、部屋に出さないようにしているのよ。

コメットさん☆:へえー。そうなんだ…。でも、これはそうなってない…。

沙也加ママさん:そうね。だから窓を開けるか、換気扇回さないと煙いかも。

 沙也加ママさんは、ロースターをダイニングのテーブルの真ん中に置き、コンセントにつないでみた。藤吉家のキッチンは、ガスを使わないので、電熱式ロースターであったのは、幸いだったかもしれない。

沙也加ママさん:この真ん中のところが熱くなるのね。ツヨシとネネには気をつけるように言わなきゃ。それで…、この網をのせるのか…。消費電力は…1000W。まあまあね。

 沙也加ママさんは、説明書を見て、ロースター本体と見比べる。

コメットさん☆:沙也加ママ、使いやすそう?。

沙也加ママさん:うちだと、ちょっと小さいかもしれないけど、どんどん焼いて食べるにはいいかも。さて、コメットさん☆、たれはしみたかな?。

コメットさん☆:はい。大丈夫だと思いますよ。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんに頼まれ、肉に焼き肉のたれをしませていたのだ。野菜も準備した。もっとも野菜を洗って切ったのは、景太朗パパさんの仕事だったが…。

沙也加ママさん:タマネギは縦に切って、楊枝を刺しておいてね。そうすればバラバラにならないわ。

コメットさん☆:はい。こうかな?。

沙也加ママさん:そうそう。

ツヨシくん:ママ、コメットさん☆、何か手伝うことない?。

ネネちゃん:わあー、なんだか面白そう!。

 そんなところへ、ツヨシくんとネネちゃんが、様子を見にやってきた。

沙也加ママさん:そうねー、今のところないかな?。二人とも、あとが大変よ。洗い物手伝ってね。

ネネちゃん:はあい。

ツヨシくん:はーい。うわ、ピーマンとタマネギ…。

コメットさん☆:ツヨシくん、もう大丈夫でしょ?。

ツヨシくん:うーん、なんとか。たくさんはちょっと…だけど。

コメットさん☆:おいしいよ、きっと。みんなで食べれば。

沙也加ママさん:さて、そろそろはじめる?。ツヨシもネネもおなかすいた?。

ツヨシくん:すいたー。

ネネちゃん:私もー。

沙也加ママさん:じゃあ、コメットさん☆もいっしょに手を洗って、パパ呼んできて。

コメットさん☆:はーい。

ネネちゃん:はーい。

ツヨシくん:ほーい。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、手を洗いに洗面所に行き、その帰りに、仕事部屋で買ってきた雑誌を読んでいた、景太朗パパさんを呼んだ。

 みんな席に着いて、夕食の時間。ツヨシくんとネネちゃんはとてもうれしそうだ。もちろんコメットさん☆も。

景太朗パパさん:どうかな?。これは…。

沙也加ママさん:細く窓開けないと、煙いかしら?。

コメットさん☆:今の時期だと寒いかも…。

沙也加ママさん:そうね。じゃあ、換気扇を少し強めにして、風を流しましょ。

 沙也加ママさんは、席を立って、キッチンの奥、レンジの上にある換気扇を回しに行った。景太朗パパさんは、うまく焼けるといいがと思いながら、お皿に並べられた肉を、ロースターにのせる。ジュー、という音とともに、少し煙が出て、肉が焼けていく。

景太朗パパさん:うん。まあまあかな?。

沙也加ママさん:野菜ものせてね、コメットさん☆。

 肉を立て続けにのせている景太朗パパさんを見て、換気扇のところから戻ってきた沙也加ママさんが、コメットさん☆に言った。

コメットさん☆:はい。ツヨシくん、ネネちゃん、お野菜も食べようね。

ツヨシくん:う…、うん。

ネネちゃん:うん。お野菜も食べないと、体によくないよね?。

景太朗パパさん:そうだね。確かに肉ばかりだと、体によくない。でも、野菜は肉より焼けるのに時間がかかるから、はじに寄せてのせておこうか。それで焼けたらまたのせるようにしよう。ニンジンは早く焼けると思うけど。

コメットさん☆:はい。タマネギなんかは、時間かかりそう…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、もうお箸をもって身を乗り出し、肉が焼けるのを待っている。一応ごはんとワカメのスープ、それに生野菜もあるのだが、誰もまだ手をつけない。ロースターの上からは、もうもうと煙が上がり、肉が焼けていく。

景太朗パパさん:よしよし。いい感じに焼けてきたぞ。さあみんな食べて食べて。焦げちゃうよ。見てるばかりだと。

沙也加ママさん:そうね。ホットプレートとは違うから、じっと見ちゃってたわ。

ツヨシくん:やった、焼けてる焼けてる。

ネネちゃん:いただきまーす。

コメットさん☆:私もいただきます。…わあ、おいしい。

沙也加ママさん:あっと、わあ、いけない。たれと脂がはねちゃった。

景太朗パパさん:おっ、それは染みになるといけないね。ちょっと今ふきんをもってくる。

 沙也加ママさんが、焼ける肉に気を取られて、箸を持った手を前に出したとたん、ロースターの上から少し脂が飛んで、服に小さな染みを作ってしまった。景太朗パパさんは、すかさずふきんを取って沙也加ママさんに渡す。

沙也加ママさん:あ、ありがと…。

コメットさん☆:あ、私も…。沙也加ママ、次貸してください…。

 続いてコメットさん☆も、クリーム色のセーターの、袖のところに薄く染みが出来てしまった。結構脂が飛ぶのだ。

沙也加ママさん:はい、コメットさん☆。…ということは、ツヨシとネネは…。ああー。もうかなり脂飛ばしてるわ。

ツヨシくん:え?、あ、これだいぶたれとか飛ぶね。

ネネちゃん:ツヨシくん、自分がへただからじゃないの?。

ツヨシくん:そういうネネだって。胸のところに飛んでるよ。

ネネちゃん:…あ!、ほ、ほんとだー。

沙也加ママさん:腕は少しまくるとしても、前掛けが必要だったわね、考えてみれば…。このところ焼き肉って、うちではしばらくやってなかったし。

 沙也加ママさんは、焼き肉店で、使い捨ての前掛けをくれることを思い出した。コメットさん☆は、そんなみんなの様子を見て、ふと思いつき、席を立った。

コメットさん☆:みんな、ちょっと待ってて。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆どうしたの?。

コメットさん☆:今、みんなに前掛けを。

景太朗パパさん:えっ?。

ネネちゃん:みんなに?。

ツヨシくん:あ、もしかして…。

 コメットさん☆は、急いでリビングの天井が高いところまで来ると、バトンを出して、それに向かって呼びかけた。

コメットさん☆:縫いビトさんたち、来て!!。

 掲げたバトンから光が放たれ、その中から縫いビトたちが現れる。

縫いビト赤:姫さま、お呼びですのー!?。

縫いビト青:また「新年」っていうののお祝いですかー?。

縫いビト緑:姫さまの着物、ヌイヌイしますのー。

コメットさん☆:縫いビトさん、こんばんは。いつもありがとう。あのね、今焼き肉っていう料理を食べてるんだけど、脂がはねるの。だから、みんなに前掛けを作ってくれないかな?。

縫いビト赤:前掛けですか?。

縫いビト緑:いいですよー。姫さまの必要なものなら、私たち、何でもお作りしますぅ。

縫いビト青:でも、お洗濯大変ですよー。姫さま。

コメットさん☆:ううん。いいよ。私一生懸命洗うから。

縫いビト青:姫さま、それなら洗いやすい布で作りますのー。

縫いビト赤:脂がしみこまないようにすればいいんですのね。

縫いビト緑:それなら簡単ですのよー。姫さま、安心して下さいの。

コメットさん☆:ありがと。じゃあ、さっそくみんなにお願い。…その、私にもね。

縫いビト青:わかりましたー。

縫いビト赤:みなさん、お久しぶり。一度立って下さいのー。

 縫いビトは、コメットさん☆の話を聞いて、ダイニングの入口までやって来た。

景太朗パパさん:ああ、縫いビトさんだ。ど、どうも久しぶり…。前掛け作ってくれるの?。

 景太朗パパさんは、いつもながら何となく未だ信じられないような様子で、いすから立ち上がった。それに連れて、みんな立ち上がる。

コメットさん☆:はい。みんなの分全部…。

沙也加ママさん:なんだかいつも悪いわ…。

景太朗パパさん:縫いビトさんたちは、食事はしないの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:え?、あ、すると思いますよ。…あれ?、もしかして…。

景太朗パパさん:うん。もし普通に食事するんだったら、いっしょにどうかなって思ってさ。ママ、いいだろう?。

沙也加ママさん:ええ、もちろん。ほんの少しは恩返しができるかなぁ?。そうだ…、小さいお皿が必要かしら。うふふふふ…。わあ面白い。

縫いビト赤:そんな、私たちのことは、ご心配いりませんよー。

 縫いビトたちは、みんなの回りをぐるぐると回りながら、寸法を採っていく。全員お箸を置いて、そのまま立っている。ロースターの上では、どんどんいろいろなものが焼けていくが…。

コメットさん☆:でも、縫いビトさんたち、せっかくだから、いっしょに食べよっ?。

縫いビト緑:それではなんだか…。

縫いビト青:…おいしそうなにおいですのねー。

コメットさん☆:ね?、そうでしょ?。だから、いっしょに食べよ?。

ツヨシくん:縫いビトさん、いっしょに食べようよ。

ネネちゃん:私もいっしょに食べたい。縫いビトさんといっしょに食べたことなんてないもんね。

コメットさん☆:そうだね。

景太朗パパさん:今、小さいお皿用意するからさ。

 縫いビトたちは、一度空中で止まると、顔を見合わせて答えた。

縫いビト赤:それなら、せっかくですからー。

縫いビト青:おじゃまさせて…。

縫いビト緑:いただきますー。

 縫いビトたちは、そう言うと、高速でみんなの回りを回って、急いで前掛けを作りあげた。

沙也加ママさん:あ、あらっ?、は、速いー。ありがとう…。

 あっと言う間に出来上がり、体を覆う前掛けにびっくりして、沙也加ママさんが声をあげた。薄いピンクの無地。

ネネちゃん:も、もう出来た…。わぁーい。ママとお揃いだー。

 続いてネネちゃんも。沙也加ママさんとお揃いの無地。ツヨシくんと景太朗パパさんは、揃いのブルーのチェック柄。コメットさん☆は、クリーム色に濃いベージュの大きな星柄。

ツヨシくん:いつの間にか、前掛けしてるよ。やったあ。パパとお揃いー。

景太朗パパさん:す…、すごいな。いつものことだけど、信じられないというか…。いや、目の前で起こっているんだけど…。ありがとう…。助かるよ…。

コメットさん☆:わはっ、縫いビトさん速い速い。ありがとね、いつも…。シックでいい色。

景太朗パパさん:あ、でも早くしないと…、焦げるよ。みんな座って。思ったよりこのロースター、パワーあるなぁ。

沙也加ママさん:えーと、縫いビトさんたちは、どこに座る?…といっても、普通の大きさのいすには座れないわね…。あ、ちょっと待っててね。お店で扱ってる、ドールハウス用のいすや食器が使えるはず…。

 沙也加ママさんは、急いでリビングの片隅に置かれた荷物のところに行った。明日お店に持っていくつもりだった荷物。その中に、ちょうどドールハウスに使うためのいすやテーブル、お皿やグラスといったミニチュアがあるのを思い出したのだ。急いで沙也加ママさんは、それらを取り出すと、いすとテーブルは、食卓のはじに置き、お皿とグラスを洗いに行った。

沙也加ママさん:縫いビトさんたち、高さが合わないから、食卓の上になっちゃうけど…、そこに座ってね。あんまりロースターに近づかないようにね。熱くて危ないから。

 沙也加ママさんは、まるでツヨシくんやネネちゃんに言うように、縫いビトたちにも遠くから声をかける。縫いビトは、もうちゃんとした女性なのだけれど。コメットさん☆は、そんな沙也加ママさんの、娘を思う母のようなちょっとした思いやりに、にこっと微笑む。縫いビトたちもまた同じように。

縫いビト青:わかりましたの、沙也加さん。…姫さまのお世話になっているおうちの人は、ほんとにみんな、やさしい気持ちを持っていらっしゃるのですねー。

コメットさん☆:うん…。とってもかがやきを持ってて、やさしいんだよ。

縫いビト赤:…特別なかがやきもありますのよー。

縫いビト緑:あ、それはまだ…。

コメットさん☆:え?、縫いビトさん、何?。

縫いビト赤:あ、いいえ。何でもありませんのー。

ツヨシくん:縫いビトさんは、最初から前掛けしているね。

縫いビト青:そうですのよー。どうですか?、ツヨシさん。

ツヨシくん:さ、さんって…。え、えーと、…どうって…。

 ツヨシくんは、縫いビトに「さん」と呼ばれ、しかも自分たちの着ているものが似合うかどうか、と聞かれて、答えに困った。小さな妖精さんのように思っていた縫いビトも、ツヨシくんから見れば、コメットさん☆以上に歳が上の女性なのだ。

ネネちゃん:縫いビトさんたちって、かわいい。

縫いビト緑:そうですかー。うれしいですー。

 ネネちゃんは、ツヨシくんと違って、特に意識することなくかわいいと言う。ツヨシくんは、少しうつむいて赤くなった。

沙也加ママさん:おまたせ。ほらお皿とお箸。フォークもあるわよ。コメットさん☆、これも使って、気をつけてよそってあげてね。

 沙也加ママさんは、キッチン用のはさみをコメットさん☆に手渡した。

コメットさん☆:あ、はい。縫いビトさん、ほら、どうぞ。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんから受け取ったはさみを下に向けながら、取り箸でつまんだ肉を小さく切る。そして縫いビトたちの小さなお皿に、取り分けていく。

縫いビト赤:みなさま、それではいただきますー。

縫いビト青:地球の食事って、とても珍しいですのねー。

縫いビト緑:あら、でも星国の食事と、そんなに変わらないじゃないですかー。…いただきますですー。

沙也加ママさん:どうぞ。お口に合うかな?。

縫いビト赤:おいしいですー。

縫いビト緑:お肉の焼いたのですね。

縫いビト青:たれがきいていておいしいですー。ごはんは…、大きいですねー。

コメットさん☆:よかった。ごはんはつぶつぶが大きい…かな?。

 コメットさん☆は、焼けた肉や野菜を1つずつ取り箸で取っては、キッチンばさみで小さく切り分けてから、縫いビトたちのお皿に盛った。でも、ごはんの一粒一粒は、縫いビトにとっては、ちょっと大きめ。コメットさん☆たちにしてみれば、まるで五平餅や大福を食べる感じかもしれない。

 前掛けをして、いっそうピッチが上がるツヨシくんとネネちゃん。時々「野菜も食べなさいよ」と、沙也加ママさんから注意されながら、ごはんもおかわり。そんな様子を景太朗パパさんは、楽しそうに見ている。そして内心思っていた。

景太朗パパさん:(間違えて買って来ちゃったけど、こんなにみんな楽しそうに食べる食事になるなら、まあいいか…。それにしても、なんだか今日も、コメットさん☆に助けられたなぁ…。ありがとう、コメットさん☆。それに、縫いビトさんたち…。ぼくは今年も、家族運がいいな…。)

 

 食卓には、縫いビトまで交えた、8人の楽しそうな声が響く。新年の福袋は、ちょっとした運だめし。もっともそれで、その年の運命が決まるわけでもないけれど。今年も楽しいことが、きっとたくさん待っている。冬の間、ずっと夜は点いていて、藤吉家の庭とリビングを照らす、ウッドデッキのイルミネーション。その奥のダイニングでは、みんなの楽しそうな声が、いつまでも聞こえていた…。

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★第235話:キンカンの甘さ−−(2006年1月中旬放送)

景太朗パパさん:…うーん、この前の流星群の話かぁ。

コメットさん☆:はい。

ツヨシくん:あれって、夜中だったよね?。

ネネちゃん:眠くて起きてないー、けど聞きたいー。

 コメットさん☆は、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょに、景太朗パパさんと、1月4日に見えたはずの「しぶんぎ座流星群」の話をしていた。

景太朗パパさん:実はぼくも寝ちゃっててさ。あははは…。だから見てないんだよ。

ツヨシくん:ええー、パパー。起きてようかなって言っていたじゃん…。

ネネちゃん:みんな寝ている時間だけど、あの日だけは、パパ起きてるって思ってた。

コメットさん☆:景太朗パパも朝からお仕事だから。夜は寝ないと…。…でも、コンビニの人とか、お仕事によっては、起きてないといけない人がいるね。

景太朗パパさん:そうだなぁ。確かに夜中でも起きてないとならない仕事ってあるよね。病院のお医者さん、看護師さん、警察官、タクシーの運転手さん…。ちょっと考えても色々あるよね。

コメットさん☆:景太朗パパは、ヨットでグアムに行った帰り、夜はどうしていたんですか?。

景太朗パパさん:いくらいい風が吹いていても、ヨットに自動操縦っていうのはないから、夜はいかりを下ろして寝たよ。そうしないと持たないし、視界もきかないから危険だからね。もちろん、行きも同じさ。

コメットさん☆:やっぱりそうなんだ…。

ネネちゃん:それよりー、パパ、流星群は?。

ツヨシくん:ぼくも、流星群どうなったのか知りたいな。

コメットさん☆:あ、ごめんごめん。つい…。景太朗パパ…。

景太朗パパさん:そうそう。あはは…。流星群の話だったよね。ぼくは直接見られなかったから、翌日インターネットで国立天文台のホームページで調べたら、神奈川県では、午前2時台に、せいぜい3から5個ってところだそうだ。

ツヨシくん:それって多いの?、少ないの?。

ネネちゃん:あんまり多くないのかなあ?。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。まずまずの数らしいんだけど。しし座流星群の時のほうが、ずっとたくさん見えたと思うなぁ。あれはいつのことだったかなぁ?。

コメットさん☆:そうなんだ…。そんなのきれいだろうなぁ…。でも、星のかけらがだんだん燃え尽きているんですよね…。

景太朗パパさん:そうなんだよ。流れ星は、見ればはっとして、ロマンチックな気分にもなるけれど、実際は星々の破片が散らばっていて、それが地球に引き寄せられて、地球の空気との摩擦で燃え尽きるのが見えるんだからね…。

ツヨシくん:なんで地球に近づくと燃えるの?、パパ。

ネネちゃん:あ、それ私も知りたい。

景太朗パパさん:地球には大気があるだろう?。みんなが吸っている空気さ。それが地球のまわりに引力という力で張り付いているわけだよ。そこにものすごい速度で、岩とか氷が入ってこようとすると、その物が、空気とこすれ合って、高温になるんだな。そうしてとうとう燃えだして、やがて燃え尽きちゃう。もしも、燃え尽きないでそのまま地上にまで届くと、隕石になるってわけさ。

ツヨシくん:ふぅん…。ネネ、わかった?。

ネネちゃん:うーん、よくわからない…。何で空気とこすれあうんだろう?。ボール投げても、燃えないよ?。

コメットさん☆:そうだね、ネネちゃん。私も詳しいことは、よくわからないけど…。

景太朗パパさん:速度がまるっきり違うということくらいしか、ぼくにも説明できないなぁ…。もっと調べてみないとね…。

 景太朗パパさんは、頭をかきながら笑った。

 藤吉家の午後、沙也加ママさんは夕方までお店に出かけている。みんな暖炉の近くに集まって、温まりながら、ちょっと前に見えたかもしれない流星群の話を続けていた。

庭のヒヨドリ:ピィーッ、ピィーーーッ!。

 そんなとき、ウッドデッキに面したガラス戸を、灰色の鳥が横切っていくのが見えた。みんなその甲高い声にびっくりして、外を見る。

景太朗パパさん:おっ?、なんだろう?。

コメットさん☆:鳥さん?。

景太朗パパさん:ツヨシ、ネネ、コメットさん☆、今年に入ってから、バードテーブルに何かあげた?。

ツヨシくん:ううん。最近あんまりあげてない…。

ネネちゃん:私、ママからもらった鳥のえさあげたよ。

コメットさん☆:あれ、もしかして、下の段にあった黄色い小さい実?。

ネネちゃん:うん。スズメさんが来てた。

コメットさん☆:わあいけない、私、ここしばらく上の段に何もあげてないや…。

景太朗パパさん:そうか…。じゃあ庭の奥の方にある、キンカンをねらっているのかな?。ちょっと見てこようか。

 景太朗パパさんは、そう言うといすから立ち上がった。ウッドデッキのはじには、去年の4月に立てたバードテーブルが、そのままになっている。立ててから秋までは、いろいろな穀物や果物を置いて見たりしていたのだが、冬に入ると、みんな忙しさと寒さから、ついつい忘れがちになっていたのだ。コメットさん☆すらも…。

コメットさん☆:キンカン?。わっ、外は少し寒い…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの言っている言葉の意味が、一瞬わからなかった。景太朗パパさんは、玄関の扉を開ける。みんなは靴やサンダルを履き、外に出た。

景太朗パパさん:ああ、キンカンの木があるんだよ。奥のほうだから、あんまりよく見えないんだけど…。ツヨシとネネが、面白がるかなって思って、生まれたころに植えたんだけどね。

ツヨシくん:ぼくたち?。

ネネちゃん:キンカンの木って、知っているけど、すっぱいんだもん。

コメットさん☆:すっぱいの?。

ネネちゃん:うん。食べたけど、タネばっかり。スーパーで売っているのは、甘いんだって。

景太朗パパさん:どうもねぇ、うちのはあんまり好評じゃないんだよね。あははは。仕方がないけれど…。ぼくたち子どものころは、丸ごとはすっぱくても、皮が甘いんで、楽しみだったんだけどなぁ…。

 景太朗パパさんは、みんなを引き連れ、庭へ出て、ウッドデッキを横切るところで、少し残念そうに言った。

 キンカンの木は、裏山に続く庭の裏口に近い、いろいろな木の間にひっそりとあった。しかし、たくさんの実をつけて、みんなを待っていた。その実の数は、100や200ではない。木の高さも、コメットさん☆の身長を遙かに越えている。

コメットさん☆:わっ、キンカンたくさんなってる…。洗濯物干すときも、なんとなくオレンジ色の実がついているなーって思っていたけど。

景太朗パパさん:けっこう最近前の木が大きくなって、本数も増えたからね。隠れ気味になっちゃって、印象薄くなっても仕方がないよなぁ…。

 景太朗パパさんは、裏口を左に見る位置にあるキンカンの木を見上げて、呼びかけるように語りかけた。

ツヨシくん:でも、こんなにたくさんあるなら、食べられないのかな?。

ネネちゃん:そのまま食べるとすっぱいから…。あ、鳥さんが食べてる!。

ヒヨドリ:ピィッ!。

ネネちゃん:あ、飛んでっちゃった…。

 ネネちゃんが少し大きな声を出すと、キンカンの木に止まって、実をついばんでいた灰色の鳥、ヒヨドリは、迷惑そうに飛び立った。そして木は、少し全体に揺れた。

ネネちゃん:鳥さんたち、バードテーブルにあんまり何もないから、ここでおなかいっぱいにしているんだね。かわいそう…。

コメットさん☆:果物出してあげればよかった…。

ラバボー:姫さま、ちゃんと覚えていないとダメだボ…。

 ラバボーまでが、ティンクルスターから顔を出して、コメットさん☆に言う。

ツヨシくん:忘れちゃってたなぁ…。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。せっかくだから、みんなキンカン食べてみないか?。

ネネちゃん:えー?、鳥さんが食べたのを?。

ツヨシくん:でもぅ、鳥さんが食べるくらいだから、おいしいかもよ?。あんなオレンジ色だし。

ネネちゃん:そういうことじゃないー。ツヨシくん。

景太朗パパさん:大丈夫。ちゃんと洗って食べればいいのさ。それに、生で食べるんじゃないし。

コメットさん☆:生じゃないと…。どうやって?。果物なのに?。

景太朗パパさん:あれ、コメットさん☆は知らないか…。まあ、そうかもなぁ。

ツヨシくん:キンカンって、ミカンの一種じゃないの?、パパ。

景太朗パパさん:その通りミカンの一種だよ。ミカンは生で食べるのに、キンカンは生じゃ食べないっていうのは変かい?。

ツヨシくん:うん。

コメットさん☆:私も不思議に思う…。

景太朗パパさん:キンカンも、最近は生で中身まで食べられるの、売っているけれど、この木は昔からあるタイプのキンカンなんだよ。最近のは甘くて大粒なのばっかりがなるように、改良されて畑に植えられているのさ。だからうちのは、すっぱくて、タネばっかりなんだな。そのまま生で食べたら、皮はおいしくても、中身はかなり食べにくい。でもね、これ、煮るとおいしくなるんだよ。

コメットさん☆:に、煮るんですか?。

ツヨシくん:うえー、キンカンの煮物?。

景太朗パパさん:煮物ってわけじゃないよ、ツヨシ。ハチミツや砂糖で甘く煮るんだよ。そうすればすっぱくないし、風邪にいいんだぞ。

ツヨシくん:ああ、なんだ…。それならいいや。

ネネちゃん:ツヨシくん、何を想像したの?。

コメットさん☆:うふふふふ…。

景太朗パパさん:ツヨシ、変なもの想像したろ?。キンカンのしょうゆ煮とか。

ツヨシくん:うん…。

景太朗パパさん:やれやれ…。

 景太朗パパさんは、苦笑いをしながら両手を広げた。

 

景太朗パパさん:じゃあみんなはさみは持ったかい?。ラバボーくんは、かごを頼むよ。

ネネちゃん:もったー。

ツヨシくん:ぼくもー。

コメットさん☆:私も、持ちましたー。

ラバボー:まかせて下さいボ。

景太朗パパさん:よーし。じゃあ、はしごを組み立てて、ぼくはその上に乗るから、みんなは低い位置の枝を頼むよ。こうやって、手で実を持ったら、実のところぎりぎりで枝を切って。手の届かないところは残しておいてくれれば、ぼくがとるから。とったらラバボーくんが持ってくれてるかごに入れるんだ。いいかーい?。

ツヨシくん:はーい。

ネネちゃん:私もはーい。

コメットさん☆:はい。ラバボー、よろしくね。

ラバボー:わかりましたボ。

景太朗パパさん:…あ、その前に、鳥さんに果物をあげようか。かわりがないと、かわいそうだもんなぁ。

コメットさん☆:はい。台所でリンゴ半分に切ってきました。少し当たって傷んでるのがあったから…。そんなのでいいのかな?。

景太朗パパさん:ああ、それで十分。鳥さんたちは、多少キズになっていても、そこからくちばし入れて食べるから。

コメットさん☆:じゃあ、バードテーブルに置いてきます。

景太朗パパさん:よろしく頼むよ。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆は、小走りに駆けて行って、手に持ってきたリンゴの半分に切ったのを2つ、ウッドデッキのはじにあるバードテーブルに置いた。キンカンはこれから収穫してしまうので、ヒヨドリなどの果物が好きな鳥たちには、こっちを食べてもらおうという考えだ。またタイワンリスもやって来るかもしれない。

 コメットさん☆がバードテーブルに果物をおいたのを合図に、みんなはさみを手に持って、キンカンの収穫をはじめた。ツヨシくんとネネちゃんとコメットさん☆は、危ないので、文房具のはさみ。これなら先が丸いので、ケガしにくい。下の方から1つ1つとっていく。傷んだのはどうしようか?。

コメットさん☆:傷んでいるのとか、鳥さんが少し食べちゃってるのはどうしよう?。

景太朗パパさん:それなら、それはヒヨドリたちにでも残してやろうよ。すぐに彼らは食べてしまうだろう。全部なくなるまでに、そんなに時間はかからないから、木も疲れないだろう。

ツヨシくん:木が疲れるって?。

ネネちゃん:鳥さんが来るとくたびれちゃうの?。

景太朗パパさん:あははは。この場合は鳥は関係ないんだけど…。木は、いっぱい実を付けるために、一生懸命蓄えた栄養を使うのさ。そうすると、葉っぱや枝、根っこは栄養を集めるのにちょっと疲れちゃう。栄養補給が必要になるってわけさ。だから、収穫したら、肥料をやる。本当はもっと頻繁に肥料をやらないと、いけないんだけどね。

コメットさん☆:そうなんだ…。じゃあ、実はなるべく早くとったほうがいいってこと…かなぁ?。

景太朗パパさん:コメットさん☆、いいカンだね。そういうことなんだ。もちろん、オレンジ色に実ってからだけどね。実が色づいたら、なるべく早く収穫をってことだね。ずっとほったらかしだったから、大きなことは言えないけど。…よっと。高いところにもたくさん実が付いて…。まったく今までちゃんと手入れせずに、収穫すら鳥にまかせていたのは、申し訳ないくらいだね。

ツヨシくん:木は一生懸命だったのに…。

ネネちゃん:ほんとだね。

 みんなそんな会話をしながら、手は黙々と動かして、1つ1つキンカンの実を収穫していく。

ツヨシくん:まだ小さくて緑色の実があるよ。

ネネちゃん:こっちにもー。

景太朗パパさん:そういうのは、あとから咲いた花の実だよ。よけいに木が疲れるから、とっちゃって。

ツヨシくん:ふぅん…。キンカンの花って、いっせいに咲くんじゃないの?。

コメットさん☆:何回も咲くのかな?。

景太朗パパさん:キンカンの花が咲くのは、初夏のころだけど、そのあとも少しずつずれて咲くみたいだね。そういうのを二番花、三番花とか言うんだけどさ。実になっても、あんまりよく育たないみたいだね。

 景太朗パパさんは、とった実を1つずつ釣り用ベストのポケットにためていた。しかし、さすがにたくさんになってくると重いので、ラバボーを呼んだ。

景太朗パパさん:おおい、ラバボーくん、そろそろこっちへ頼むよ。

ラバボー:はいですボ。景太朗パパさん、たまりましたかボ?。

 ラバボーは、自分の身長と同じくらいあるかごを、かかげ持つようにして、呼ばれたほうへ駆け寄る。景太朗パパさんは、はしごを下まで降りて、ポケットからとった実を取り出して、ラバボーの持つかごに入れていく。

景太朗パパさん:はいよ。ちょっと重いけど、大丈夫かな?。重ければ下に置いていいから。ほら…、かなりたまった。ああ、いいにおいがするなぁ…。みんな手のにおいをかいでごらん。

コメットさん☆:あっ、ほんとだ…。とってもいい香り。

ツヨシくん:ほんとだー。

ネネちゃん:私もだー。

ラバボー:ボーにも感じますボ。

景太朗パパさん:これがキンカンの香りだな。ミカンの類は、みんないい香りがするね。

 コメットさん☆は、すぅっと鼻に抜けるような、柑橘系の香りをかいだ。みんなひととき、香りを楽しむ。そして少しずつ場所を変えながら、ずっと収穫を続けた。冬の寒さの中なのに、空からは晴れ上がった日の光が射して、だんだん汗ばむような、ちょっとした運動というところかもしれない。

 

 やがて1時間以上かけて、収穫は終わった。思いの外たくさんとれたキンカンの実。傷んでいるのは、鳥たちのために残したが、オレンジ色の実は、それらがぽつぽつと残る程度。緑色の小さな、二番花、三番花の実も、全て収穫された。すっかり重くなったかごは、とうていラバボーだけでは持てないから、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんも手伝って、よいしょよいしょと運び、リビングのガラス戸からキッチンへ入れる。景太朗パパさんも、はしごを片づける。北風が寒いはずなのに、なんだかみんな身も心もあたたまってしまった。

景太朗パパさん:緑色の実と、キズがあるのはよけておいてね。

コメットさん☆:はい。どうしますか?。

景太朗パパさん:あとでママか帰ってきたら、何かに利用できないか聞いてみるよ。せっかく花から実になったんだもの。捨てちゃもったいないし。

コメットさん☆:そうですね。じゃあツヨシくん、ネネちゃん、そういうの探そ。

ツヨシくん:もうぼく見つけたよ。

コメットさん☆:あ、じゃあ、こっちのざるに入れて。

ネネちゃん:私も。はい、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい、ネネちゃん。

 大量のキンカンの実を、ダイニングのテーブルに広げながらより分ける三人を見て、景太朗パパさんは微笑んだ。

 夕方、お店を閉めた沙也加ママさんが帰ってきた。そしてキッチンを見て、びっくり仰天した。

沙也加ママさん:な、何これ?。

 すかさずコメットさん☆が、キッチンまで駆け寄ってきた。

コメットさん☆:昼間収穫したキンカンの実です。

沙也加ママさん:こ、こんなにあったの!?。

コメットさん☆:はい。…と、とりすぎでしょうか?。

沙也加ママさん:そ、そんなことはない…いや、ある…、いえいえ、…ないけど…。

 沙也加ママさんは、水を張ったボウルに7杯もある、キンカンの実だらけになっているキッチンに驚いて、混乱したような答えをする。

コメットさん☆:鳥さんが、食べに来ていたんですけど…、鳥さんには果物をバードテーブルにあげて、その代わりに収穫したんです。景太朗パパと…。

沙也加ママさん:そう。キンカンの煮たのは、風邪に効くっていうし…。まあせっかくだから、伊豆で買ってきた特製のハチミツで煮て食べましょ。煮方わかる?、コメットさん☆。

コメットさん☆:ええと…。

沙也加ママさん:うふふ…。簡単よ、教えるわね。

コメットさん☆:はいっ。わあ、楽しみ。

沙也加ママさん:コメットさん☆は素直ねぇ。うふふふふ…。それにしても…、ボウルにはけっこう汚れが浮くわね。自然のものは、洗って売っているのとは違うものね。

コメットさん☆:えっ、そうなんですか?。

沙也加ママさん:ほら…。何となく水が薄汚れているでしょ?。

コメットさん☆:ほんとだ…。景太朗パパさんが、「とりあえず水につけておこう」って。私、てっきり乾いちゃうからかな?って思ったんですけど。

沙也加ママさん:たぶんパパも、汚れを洗い落とさないと、料理できないなって思ったんでしょ。

 沙也加ママさんとコメットさん☆は、水につけたキンカンから、うっすらと汚れが浮いてきているのを見て、語り合った。

沙也加ママさん:こうやって、水を一度捨てて、流水で洗えばいいのよ。

 沙也加ママさんは、ボウルの一つの水を捨て、水道の蛇口下にボウルごと持っていき、水栓レバーを上げて水を出しながら、かき回すようにしてキンカンの実を洗って見せた。

コメットさん☆:そうやるんだ…。

沙也加ママさん:じゃあ、せっかくだから、ツヨシとネネ呼んできてくれる?、コメットさん☆。二人にはタネとりしてもらうから。ちょっと大変かな。そうしないと、これじゃ夕食の支度も出来ないし。

コメットさん☆:はい。呼んできます。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんを呼びに、キッチンから出ていった。タネとりは大変で、実を半分に切って、やたらたくさん入っているタネを、小さなフォークで取り出すのだ。

 景太朗パパさんはその間、より分けてあったよく実っていない実や、キズのある実をお風呂に入れようと、もらい物の手ぬぐいをささっと手縫いして、簡単な袋を作った。そして、食べられない実を、よく洗ってその中に入れ、湯船に入れてから、お湯を張るスイッチを入れる。

 

 キッチンから、夕食の準備とともに、いい香りがただよい出すころ、景太朗パパさんは、お風呂のたきあがりを確認した。

景太朗パパさん:よーし。お風呂がたけたぞ。どんな感じかわからないけど…。見た感じは薄緑色かな?。…えーと、ママは入れないかな?。ママー、お風呂わいたよ。

沙也加ママさん:まだ入れないわよー。パパお先にどうぞー。

 リビングから呼びかける景太朗パパさんに、キッチンから声だけが帰ってきた。

景太朗パパさん:やっぱりママはまだだめか…。しかし…、ぼくが一人で入るんじゃ、なんだかもったいないな…。じゃあ、コメットさん☆とネネはどうかな?。おーい、ネネ、コメットさん☆。

ネネちゃん:なあに?、パパ。

コメットさん☆:はーい。

 自分の部屋でツヨシくんと遊んでいたネネちゃんと、2階の部屋にいたコメットさん☆から、同時に返事がある。

景太朗パパさん:二人いっしょにお風呂に入りなよ。ちょっと面白い…と思うキンカン風呂だよ。

ネネちゃん:キンカンのお風呂?。

コメットさん☆:わはっ…。それって、昼間より分けた分ですか?。

景太朗パパさん:そうだよ。…ミカン風呂っていうのは、入ったことあるけど、正直ぼくもキンカン風呂は初めてさ。たぶんミカンとそんなに違わないと思うけど…。

ツヨシくん:なになに?、キンカン風呂?。いっしょに入るの?。

 ツヨシくんもネネちゃんにつられて、部屋から出てきた。

景太朗パパさん:ツヨシ、みんないっしょに入れるわけないだろ?。ふふふ…。あとでパパといっしょに入ろうな。

ツヨシくん:…うん。

 ツヨシくんは、なんとなくつまらなそうに答える。最初に入れないのがつまらないのか、それとも…?。

ネネちゃん:わあい。コメットさん☆といっしょに入ってくるね!。

コメットさん☆:じ、じゃあ、私も…。

 コメットさん☆は、少し気恥ずかしそうに答える。

沙也加ママさん:どんなだったか教えてね。コメットさん☆。たぶん肌がさらさらして、あったまると思うけど…。

 ちょうど沙也加ママさんが手を休めて、リビングまで出てきた。沙也加ママさんも、キンカン風呂の感想には興味があるらしい。

コメットさん☆:はあい。ネネちゃん、行こ。着替え持ってね。

ツヨシくん:パパ、キッチンからいいにおいがしてるね。

景太朗パパさん:そうだなぁ。食べる方も楽しみだろ?。

 そんなツヨシくんと景太朗パパさんの声を背に、コメットさん☆とネネちゃんはお風呂場に向かった。

 

 そうして、しばらくして…。

ネネちゃん:お風呂上がったよー!。

 ネネちゃんがトレーナーに長パンツ姿でリビングまで走ってきた。コメットさん☆も部屋着であとに続く。

コメットさん☆:お先に。失礼しましたー。

沙也加ママさん:まあコメットさん☆は、礼儀正しいわね。うふふふ…。どうだった、二人とも。

ネネちゃん:すっごくいい香りだったー。お風呂のふた開けたらね、もういい香りがお風呂じゅう!。

コメットさん☆:なんか、とってもあったまりました。汗が止まらない感じ…。それなのに肌がさらさらするような…。

 コメットさん☆と、ネネちゃんは、ほおに赤みが差して、髪の毛が濡れたまま、汗ばんで帰ってきた。コメットさん☆が頭に巻いたタオルからは、かすかにキンカンの香りがただよう。

沙也加ママさん:やっぱりミカンの類のお風呂はあったまるみたいね。コメットさん☆もネネも、汗よく拭いてね。

コメットさん☆:はい。沙也加ママ。

ネネちゃん:大丈夫ー。全然寒くないよー。また入りたい。温泉よりいいっ!。

沙也加ママさん:そんなに!?。楽しみだなぁ。じゃあ、続いてパパとツヨシも入ったら?。

景太朗パパさん:あー、負けちゃった…。ツヨシ、このゲームは強いなぁ…。ママは、まだ入れないのかい?。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんとやっていたテニスのテレビゲームをやめると、振り返って答えた。

沙也加ママさん:だって、キンカンたくさんあり過ぎなんだもの。とりあえず半分は冷蔵庫にしまったわよ。タネとってくれた分だけ、煮てみたけど。コメットさん☆といっしょに煮て、今だいぶ冷まして、その間に夕食の準備しているところ。

景太朗パパさん:そうか。じゃツヨシ、お風呂入ろう。あったまるらしいぞ。

ツヨシくん:うん。入ろう!。パパ、背中流してあげるね。

景太朗パパさん:おう。頼むぞ。

沙也加ママさん:コメットさん☆とネネは、出来立て少し食べる?。もうだいぶ冷めたと思うから。

ネネちゃん:わー、二重の楽しみー。極楽ぅ〜。

ツヨシくん:ネネ、言うことがなんか、おばさんみたい…。

ネネちゃん:いいの!。ツヨシくんは早くお風呂!。

ツヨシくん:わかったよう…。でも、ぼくも一口食べたい。

景太朗パパさん:あ、ツヨシも食べるなら、ぼくもちょっと一口食べてからお風呂にしようかな。

沙也加ママさん:もう、みんなしょうがないわね。今お皿に出すから。

コメットさん☆:わあ、キンカンの煮たの楽しみ。

 沙也加ママさんは、だいぶ冷めたとは言うものの、まだ少し温かいキンカンの煮たのを、小さなお皿に出した。みんな小さなフォークでつついて、さっそく口に運ぶ。

ネネちゃん:甘くておいしー!。

コメットさん☆:ほんとだね。すっぱくないね。とてもいい香りでおいしい。口の中にいい香りが広がる。

景太朗パパさん:うん。これはおいしいね。新鮮な材料をうまく煮ているね。さすがはママとコメットさん☆だね。

沙也加ママさん:まあ、パパったら…。でも、これは思ったよりずっとおいしいわ。もっとすっぱいのかと思ってたけど…。ハチミツの加減がよかったかな。

ツヨシくん:おいしい…。ああ…、とろけそう…。

ネネちゃん:ツヨシくんだって、おじさんくさーい。

ツヨシくん:なんでだよー。

コメットさん☆:あ、あのラバボーも呼んでいいですか?。

沙也加ママさん:ラバボーくんも手伝ってくれたんだから、呼んで呼んで。

コメットさん☆:はい。ラバボー、ラバボー。

ラバボー:何だボ?、姫さま。

 ラバボーは、コメットさん☆の部屋から、急いで降りて来ながら答えた。

コメットさん☆:キンカン煮たの出来たよ。食べてみて。

ラバボー:これなのかボ?、姫さま。いただきますボ!。…んぐんぐ…、おいしいボー。甘くて口いっぱいいい香りだボー。

コメットさん☆:でしょ?。ラバボーも一生懸命手伝ってくれたから、みんなでおいしく食べられるんだよ。

ラバボー:そんな…、ボーは、かごを持っていただけだボ。

景太朗パパさん:いやー、これは甘酸っぱさがバランスとれていて、本当においしいね。こんなにおいしいなら、もっと早くから、ちゃんと木の世話してあげないといけなかったなぁ。明日日が昇ったら、さっそく「お礼肥」をやらないといけないな。

コメットさん☆:おれいごえ?。

沙也加ママさん:それって冬にやる肥料?。

景太朗パパさん:果物や木に、実の収穫が終わってから、疲れを養うためにあげる肥料のことだよ。それに、鳥さんたちにも、もう少しせっせと果物あげないとね。

コメットさん☆:そうですね…。また毎日見るようにします。

ツヨシくん:ぼくも見よう。パパ、肥料まくとき、ぼくにも教えて。学校の栽培係でも、肥料まいてみる。

景太朗パパさん:よーし。じゃあ、お風呂に入りながら、肥料のやり方を少し教えるよ。今から急いで入ろう。キンカンばっかり食べていると、夕食が食べられなくなっちゃうかもしれないからね。あははは…。また食後にいただこう。

ツヨシくん:うん。…いいなあ、お風呂も楽しみだね。

 景太朗パパさんとツヨシくんは、楽しそうにお風呂場のほうへ行ってしまった。それを微笑んで見送るコメットさん☆。高い天井のリビングには、キンカンのいい香りがただよっていた。

 庭にひっそりと植えられていたキンカン。それは人知れず成長し、やがて実を付けることで、鳥たちや藤吉家の人々を喜ばせた。すぐに結果は出ないけれど、小さな木は成長し、いつしか実を結ぶ。たとえその歩みはゆっくりでも。それは人が希望のかがやきとともに、目標へと進むときと、似ているかもしれない。

沙也加ママさん:コメットさん☆、残りはジャムや砂糖漬けにでもしてみましょ。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆は、元気に答える。口に残る甘酸っぱさは、いい香りとともに。キンカンが実を実らせるように、コメットさん☆も、ツヨシくんも、ネネちゃんも、確実に少しずつ成長していく。そしてそれは、コメットさん☆のまわりの人々も…。

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★第236話:雪像になったパパ−−(2006年1月下旬放送)

 1月も中旬を過ぎたある日、外には雪が降っていた。今年はいつもの年よりも、雪が多い。スピカさんのペンションも、スキーヤーたちでにぎわっているかもしれない。そんなことを考えながら、コメットさん☆は、リビングの窓から、ウッドデッキに降り積もる雪を眺めていた。窓は曇りがちだが、時々手でぬぐうと、そこだけ曇りがとれて、外がよく見えるようになる。

ツヨシくん:雪だ。

ネネちゃん:雪だね。

コメットさん☆:うん。雪。

 学校から傘に雪をのせて帰ってきたツヨシくんとネネちゃんは、リビングで冷たくなった手と体を温めていた。景太朗パパさんは、仕事で横浜まで出かける予定があったのだが、雪の中車を運転するのは、自信がなかったのと、坂の多い鎌倉では、こういうとき事故も少なくないので、明日以降にのばすことにした。電車も遅れがちだし、場合によっては止まる可能性もある。それでずっと製図の仕事をしていたが、いい加減疲れたので、リビングにやって来て、コーヒーを飲んでいた。最近よく活躍する暖炉には、火が入り、赤々と燃える火が、リビング全体を暖める。加湿器の白い湯気が、暖炉の上から立ち上っている。空気が乾燥しすぎると、のどによくない。

景太朗パパさん:なかなか雪はやまないねぇ。

 景太朗パパさんは、コーヒーを飲みながら読んでいた新聞を置くと、外を見てつぶやいた。窓に張り付いてるコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんの背中に向かって。

コメットさん☆:そうですね。今夜いっぱいは降り続くでしょうって。天気予報が。

 コメットさん☆は、後ろを振り返りながら答えた。

景太朗パパさん:そうかぁ。ママはどうしているかな。

 ちょっと心配そうな景太朗パパさんに対して、ツヨシくんとネネちゃんは無邪気なことを言う。

ツヨシくん:いくら雪でも、今は雪遊びできないね。

ネネちゃん:体中雪だるまになっちゃうよ?。

ツヨシくん:うん。

 それでもツヨシくんは、強く降り続く雪に、ちょっとびっくりしていた。

コメットさん☆:沙也加ママ、どうやってお店から帰るんだろ?。

ラバボー:沙也加ママさんは、今日も車ででかけたのかボ?。

 コメットさん☆のつぶやきに、ラバボーがティンクルホンから顔を出して答える。

コメットさん☆:ううん。電車で行くって。

景太朗パパさん:そうだったなぁ。でもまあ、江ノ電はなんとか動くでしょ。もし止まっても、3駅だから、歩けないこともないだろうし…。でも、迎えに行ったほうがいいかな…。

コメットさん☆:ええ…。ちょっと心配。あ、星のトンネルを使えば…。

ツヨシくん:そうだよ、コメットさん☆。

ネネちゃん:夕方になったら、ママ迎えに行こうよ。

コメットさん☆:そうだね。その方法があった。

景太朗パパさん:ふふふ…、なんだかコメットさん☆も、すっかりうちの子だなぁ…。それに、星力も普通のことだし…。

 景太朗パパさんは、面白そうに、またいくらかは不思議そうにつぶやいた。

ネネちゃん:でも、今年の冬は、去年より寒いよねぇ。

ツヨシくん:うん。寒い。なんか雪多いって、テレビで言っていた。

コメットさん☆:そうだね。なかなか春こないのかなぁ?。

ネネちゃん:だって、春までまだ1ヶ月以上あるよ。

 ネネちゃんは、リビングの壁に掛けられているカレンダーを見に行って、めくりながら答えた。

コメットさん☆:春まで、まだひと月以上かぁ…。

 コメットさん☆は、ふと、春にあると聞いた、ケースケの大会のことを思い出した。

ツヨシくん:でも、もう冬は半分過ぎたんだよね。

景太朗パパさん:そうだなぁ。言われてみれば。もう半分過ぎたから、あと少しってところだね。

ネネちゃん:わあ、カレンダーに、「おおさむ」って書いてある。とっても寒いってことだね。

ツヨシくん:「おおさむ」かぁ。本当に「おおさむ」だよね。

景太朗パパさん:「おおさむ」?。そんなことがカレンダーに?。どれどれ…。

 景太朗パパさんは、聞き慣れない言葉を不思議に思って、リビングのいすから立ち上がり、壁のカレンダーを、ネネちゃん、ツヨシくんとともに見た。

景太朗パパさん:どこ?。

ネネちゃん:ほら、これ、1月20日のところに「おおさむ」。5日に「こさむ」もあるよ。

コメットさん☆:「おおさむ」と、「こさむ」?。

景太朗パパさん:あはははは…。それ違うよ。読み方が違うって。「だいかん」と、「しょうかん」が正しいんだよ。「おおさむ」と「こさむ」かぁ。まあ、確かにそういう実感だけどね。はははは…。面白いな。

ネネちゃん:えー、違うのー?。

ツヨシくん:だいかん?、しょうかん?。

コメットさん☆:どういう意味なんですか?。

景太朗パパさん:大寒は、一年で一番寒いころとされているね。小寒から立春までを「寒の内」と言って、一番冬らしい時期っていうような意味だね。一番気温が低くて、厳しい寒さの時期ってことさ。

コメットさん☆:じゃあ、ちょうど今が一番寒いってことですね。

ラバボー:どおりで雪が強く降るわけだボ。

ツヨシくん:ふーん。じゃあ今が一番雪が降るのかな?。

景太朗パパさん:一応そのはずなんだけど、このあたりだと、2月から3月にも雪が降る時があるね。

ネネちゃん:じゃあ、今の時期が過ぎれば、もう春?。

景太朗パパさん:すぐに春というわけじゃあないけれど、春になる準備が始まるよっていうところじゃないかな?。

コメットさん☆:春の準備…かぁ…。

 コメットさん☆は、雪の降り続く鉛色の空を見上げた。

 

 夕方5時を過ぎたころ、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、沙也加ママさんを迎えに行くことにした。もちろん、星のトンネルを抜けて。ちょうどそのころ沙也加ママさんは…。

沙也加ママさん:あーあ、もうお店閉める時間だけど…。どうやって帰ろうかな…。由比ヶ浜の駅まで歩いて…。びしょびしょになっちゃうだろうな…。江ノ電走っているかしら?。

 そんなことをつぶやきながら、ほとんど誰も来なかったお店を閉めようと、窓のブラインドを下ろしはじめる沙也加ママさん。ところがそこへ…。

ツヨシくん:ママー、迎えに来たよー。

ネネちゃん:私もー!。

コメットさん☆:沙也加ママ、帰りましょう。

沙也加ママさん:えっ?、み、みんな…。どうしたの?。

ツヨシくん:コメットさん☆の星のトンネルで、来たんだよ。

ネネちゃん:そうだよー。

コメットさん☆:沙也加ママ、いっしょに帰りましょ。

沙也加ママさん:いっしょにって…。どうやって?。

コメットさん☆:星のトンネルで。沙也加ママも。

沙也加ママさん:え、ええー!?。ほ、星のトンネルって、あのコメットさん☆がいつも使っているやつ?。

コメットさん☆:はい。

ネネちゃん:お空を飛んでけば、速いよ。

沙也加ママさん:そ、そうかもしれないけど…。

 沙也加ママさんは、花火の夜に一度だけ、コメットさん☆といっしょに星のトンネルを使ったことを思い出した。特に怖いとまでは思わなかったが、現実に空を飛んでいる感覚なのが、不思議というか、ぼうっとしてしまったことを思い出す。

コメットさん☆:外は、まだ雪やまないし、駅まで歩いていたら、雪だらけになっちゃうから。

沙也加ママさん:うーん…。…じゃ、じゃあ、お願いしようかな…?。ま、前に夜なら、コメットさん☆といっしょに通ったことがあったような…。

コメットさん☆:そうかな?。じゃあ大丈夫…ですよね。

沙也加ママさん:うふふ…。コメットさん☆、ありがとう。お願い。

コメットさん☆:はい。

ツヨシくん:じゃあ、早くお店閉めよう。

ネネちゃん:閉めよう、閉めよう。

沙也加ママさん:な、なんか、どんどん閉めようっていうのも、気が引けるけど…。お客さん、ほとんど来なかったからいいっか…。

 沙也加ママさんは、あまりに突然の話で、少々びっくりしていた。だが、みんなが迎えに来てくれたのだと思い出し、ちょっとほっとするのを感じていた。

 そして、真っ暗になったお店をあとに、コメットさん☆、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんは、星のトンネルを通り、家に向かった。足元には真っ白な雪に包まれた、鎌倉の街が見える。車は渋滞したり、そろそろと走ったりしている。思わぬ雪に足を取られ、転びそうな人も。

沙也加ママさん:わあ…、あらためて見ると、けっこう怖いわね…。でも…、街の灯に照らされて、真っ白な雪がきれいだわ。

コメットさん☆:そうですね。雪真っ白…。高いところでも大丈夫ですよ、沙也加ママ。

沙也加ママさん:この前も今日も、すっかり日が暮れてるわね…。この前は何がなんだかわからなかったから、気にもならなかったけど…。私たち、本当に外から見えないの?、コメットさん☆。こうして外を見て、トンネルの中に雪が降らないとすると、気になるわ…。

 沙也加ママさんは、おっかなびっくりコメットさん☆に、独り言のようにたずねる。

コメットさん☆:うーん…。見えないはずです。ね?、ツヨシくんとネネちゃん。

ツヨシくん:うん。もっと小さいころ、ぼくたちパニッくんを追い抜いて保育園に着いたら、「謎です〜」とか言っていたもん。見えてたら、謎じゃないよね。

ネネちゃん:そうだよねー。

沙也加ママさん:そっか…。でも、中から外はよく見えるわ…。ツヨシとネネは、いつもこんな景色を見ていたのね。

 沙也加ママさんは、既に暗くなったが、街の灯を照り返す真っ白な雪ではっきり見える外に、目を奪われている。トンネルは海岸沿いを抜けると、江ノ電の線路をまたぎ、山のほうへ向かう。もう家は間近だ。

沙也加ママさん:あ、もううちまですぐだわ。もう到着?。はっやーい。助かったわ、コメットさん☆。

コメットさん☆:いいえ、沙也加ママ。玄関の前で、トンネルから出ますね。

沙也加ママさん:あ、ありがとう…。

ツヨシくん:わあい、とうちゃーく。

ネネちゃん:とうちゃーく。

コメットさん☆:沙也加ママ、…はい。着きました。

 コメットさん☆たちは、みんな藤吉家の玄関前に、そっと降り立った。

沙也加ママさん:…ほ、ほんとだ…。た、確かにうちの玄関だわ。

ツヨシくん:ママ変だよ?。当たり前じゃん。

沙也加ママさん:そ、そうだけど…。うーん、やっぱりコメットさん☆の星力って、すごいなぁ…。私やパパの理解を越えてるっていうか…。

コメットさん☆:いつでも、星力があるときには、沙也加ママを送ったり、迎えに行ったり出来ますよ。

沙也加ママさん:そう…ね。今日はありがとう。本当に助かった。…でもね、コメットさん☆の力は、コメットさん☆のためのものだから…。…どうしてもって時だけ、お願いね。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆はにこっと笑って答えた。

 

 翌日は日曜日。天気は回復し、からりと晴れ上がった。コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、家のガレージ前から坂を下ったところまで、雪かきをする。景太朗パパさんが端材で作ってくれた、握り手の先に、Tの字形の板を取り付けた雪かき棒で、雪を左右に押しのけておく。

ツヨシくん:そうだ。せつぞうを作ろうよ!。

 ふとツヨシくんが言いだした。

ネネちゃん:せつぞう?。

ツヨシくん:昨日テレビでみたじゃん。

コメットさん☆:ああ、札幌っていうところの、雪祭り?。

ツヨシくん:うん、それそれ。

 コメットさん☆とネネちゃんは、昨日のテレビでやっていた、「さっぽろ雪祭り」を思い出した。

ネネちゃん:あー、あれかぁ。じゃあ、ささっと雪かき終わらせよう。

コメットさん☆:そうだね。

ツヨシくん:あれ、ここで作らないの?。

ネネちゃん:だってぇ、雪が庭のほうがきれいだよ?。それに、部屋から見えなくなっちゃうもん、ここに作ったら。

ツヨシくん:あ、そうか…。じゃあ、早くすませて、雪像作ろう。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、どんどん雪をかいて、道路を露出させた。こうしておかないと、前の坂は夜凍ってつるつるになってしまい、危険なのだ。

 そして雪かきがすむと、コメットさん☆たちは、みんなでウッドデッキの上に積もった雪と、その前に積もった雪を使って、雪像づくりをはじめた。

ツヨシくん:とりあえず雪だるま作ろう。

ネネちゃん:それって雪像じゃないじゃない…。

ツヨシくん:雪像だよ。

コメットさん☆:うふふふ…。

 コメットさん☆は、楽しそうに笑った。

コメットさん☆:じゃあ、私は星のトレイン作ろうかな?。

ツヨシくん:ええー、そんなの作れるの?。

コメットさん☆:やってみる。まず…、丸い玉を作って…、それを削っていけば…。えーと…、こんなだっけ?。…あれ?。

ネネちゃん:なんかそれ、最初から違うような気がするよ、コメットさん☆…。

コメットさん☆:あー、機関車がどうなっていたか、わからないや…。…あっ、それに、ダメ。なんかすぐに崩れちゃう…。

ツヨシくん:ぎゅっと手で固めないと。ぼくは、ロボット作ろ。

ネネちゃん:またマンガの?。

ツヨシくん:ううん。人間形ロボットの「モシモ」。ロボットに乗って闘うって、もう古いじゃん。ロボットは自分で判断して、自分から動く時代だよ。

ネネちゃん:…うう…、た、確かに…。珍しくツヨシくんがまともなこと言っている…。

ツヨシくん:やっぱロボットは「モシモ」。決まりだね。あれなら簡単…。…えーと、頭はどんなだったっけ?。

ネネちゃん:じゃあ私もかわいい「ミケモン」を…。あー、でも…、細かいところがどんなだったか…わからない…。

 ツヨシくんは、人の形をして、動作もそっくりなロボットを作ろうとし、ネネちゃんはアニメで人気のキャラクターを作ろうとしたのだが、みんな見慣れているはずのものなのに、いざそれを形にしようとすると、まるで細かいところの記憶が鮮明でなく、三人ともショックを受けた。

ツヨシくん:わー、まるでみんな覚えてないじゃん!。フォルテシモ謎です〜!。

ネネちゃん:…ツヨシくん、なにパニッくんのまねしているのよ…。

ツヨシくん:あ、そうか。

コメットさん☆:うふっ…あはははは…。

 コメットさん☆は、ケラケラと笑った。

コメットさん☆:…私も、記憶があいまい…。

ツヨシくん:えっ!?、あいまいみいちゃん!?。助けてー。

ネネちゃん:……。ひゅーーーー。…やっぱりまともじゃないや…。

コメットさん☆:……。

 三人の間に、寒い風が吹いた。

 ツヨシくんが、おやじギャグでコメットさん☆とネネちゃんを「凍らせ」ていると、門が開く音がした。

メテオさん:こんにちはー。あー、もう、やってられないわったら、やってられないわー。

 メテオさんが、機嫌が悪そうに、かつやや乱暴に門を閉めると、玄関脇まで来た。

コメットさん☆:あ、メテオさん。どうしたの?。

メテオさん:コメット?。聞いてよ聞いてよ聞いてよったら、聞いてよ!。こんなに雪が降るから、テラスから玄関、それに前の道、ガレージの前まで、ぜーんぶ私が雪かきよ?。やっていられないわったら、やっていられないわ。

ツヨシくん:星力ですいっと。

ネネちゃん:そうそう。すいすいっと。ダメなの?。

メテオさん:そりゃそうしたいわよ。でも、幸治郎お父様も、留子お母様も、ついでにメトまで、じーっと私がやっているの見ているし、後ろで声援送られるのよ?。どこで使うのよ星力。

コメットさん☆:そっか。それでメテオさん、終わったの?。

メテオさん:…終わったわよ。終わらせて逃げてきたのよ。

ツヨシくん:逃げてきたの?。

ネネちゃん:別に逃げなくても。

メテオさん:逃げてこないと、次に何を言われるか、わかったもんじゃないわ。…それはそうと、あなたたち何やっているのよ?。

コメットさん☆:雪像作っているの。

メテオさん:雪像?。この寒いのに?。

ツヨシくん:寒くないよ?。

ネネちゃん:あったまるよ?。

メテオさん:で?、これが作ったもの?。

コメットさん☆:うん。

 メテオさんは、三人が作った雪像を見た。子どもの背丈くらいはある、崩れかけの雪のかたまり…。

メテオさん:…一応大作ね。

コメットさん☆:そうなんだけど、どうしても考えているものと違っちゃって…。あははっ。

ツヨシくん:正確に覚えてないんだもん。

ネネちゃん:私も。いっつも見ているはずのものなのに、作ろうとしたら、全然違うの。

メテオさん:ふーん…。そんなのいいじゃないの、細かいところなんて。

コメットさん☆:そうなの?。

メテオさん:だって、対象を同じように見るのなら、それはカメラと同じ。でも、その人の心の状態や、見方によって、受けるイメージは違う。だからその自分の心のイメージを表現すればいいんじゃないの?。

ツヨシくん:おおー。メテオさんかっこいい。

ネネちゃん:ほんと。よくわからないけど、なんかかっこいいね、メテオさん。

コメットさん☆:そっか。心のイメージを表現すればいいんだ…。メテオさん、すごい。

メテオさん:ま、ざっとそんなものよ。…って言いたいところだけど、本に書いてあったわ。

ツヨシくん:なんだー。本に書いてあるのか…。

ネネちゃん:やっぱりね…。

メテオさん:こら、そこー。なんでやっぱりよ!。

ツヨシくん:やばいやばい。

ネネちゃん:しーっ。

コメットさん☆:あはははっ。

 ツヨシくんはネネちゃんとヒソヒソ言いながら、そっと後ろを向いた。そしてあるものを見つけた。

ツヨシくん:そうだ。パパを作ろう。

ネネちゃん:パパ!?。

ツヨシくん:うん。ちょうどいいもの落ちてるじゃん。それに…、雪だるま作るなら、炭使っていいよって、パパがこの前から言っているから…。

 ツヨシくんは、裏庭の物置のほうへ駆け出した。

ネネちゃん:ツヨシくん、どこに行くのー?。

ツヨシくん:ちょっと待ってて。すぐ戻るー。

 ツヨシくんは、物置から炭を少し小さなバケツに持つと、急いで戻ってきた。そしてネネちゃんと、コメットさん☆、メテオさんの近くに落ちている、昨日の雪で、近くの木から少し折れたらしい松の枝を拾い集めた。ツヨシくんが見つけた「いいもの」とは、松の枝のことだったのだ。

ツヨシくん:さ、パパ作ろ。

ネネちゃん:うん…。いいけど、どうやろう?。

コメットさん☆:景太朗パパ作るの?。じゃあ、まず雪だるま作るのかな?。

メテオさん:みんな元気ねぇ…。

 メテオさんは、そんな三人を見て、ため息をついた。それでも、どんなものが出来るのか、その場に立って見ていた。

ツヨシくん:よいしょ、よいしょ。まず…、普通に雪玉作って…、よしっと。ネネとコメットさん☆は、上に小さめののっけて。

コメットさん☆:うん。このくらいでいいかな?。ネネちゃん、そっち持ってね。雪ってけっこう重いね。

ネネちゃん:いいよ、コメットさん☆。せーの。

コメットさん☆:よいしょ。

ツヨシくん:うん。いい感じ。あとはこれをぺたぺたして、固めて。それから削って…。

 ツヨシくんは、出来上がった、上下が同じくらいの大きさの雪だるまを、少しずつ手で押して固めていく。それから手にした小さいシャベルで削っていった。

ツヨシくん:コメットさん☆とネネも、少しずつ押して固めて。それから削るの。

コメットさん☆:あ、うん。…えーと、こんな感じかな。

ネネちゃん:足りないところは雪足すの?。

ツヨシくん:うん。腰のあたりとか、もう少し太くして…。足はこんなかな?。

メテオさん:なんか、ただの雪だるまにしか見えないけど?。

 ツヨシくんは、メテオさんにそう言われながらも、小さいシャベルで、ぺたぺたと形にしていく。

ネネちゃん:頭と顔は?。

コメットさん☆:顔はこの炭を使うのかな?。

ツヨシくん:うん。目と鼻は炭。口も。髪の毛は、その松の枝をかぶせよう。

ネネちゃん:でも松の枝なんて切れないよ。

メテオさん:私が切ってあげるわよ。ほら。

 メテオさんは、バトンを出すと、小さくなるように枝を切った。バトンでちょんちょんと触れるだけで、枝は小枝ばかりになった。

ネネちゃん:わあ、すごーい。メテオさん。ありがとー。

メテオさん:こんなこと、お手のものよったら、お手のものよ。

 そうしているうちに、おおよそ形になってきた。パパの雪像。…のはずだが。

ツヨシくん:よーし。ネネ、髪の毛かけて。松の葉っぱで。

ネネちゃん:こんな感じ?。

コメットさん☆:あ、景太朗パパの短く切った髪の毛に似てる似てる。

ツヨシくん:よーし。手はシャベルをそのままさして完成ー!。

ネネちゃん:完成ー。

コメットさん☆:やったあ。

ツヨシくん:普通の雪だるまと、そんなに変わらないけど、こんな感じでしょ。イメージ、イメージ。

ネネちゃん:うーん…。似ているの髪の毛だけ?。

コメットさん☆:あはっ…。

メテオさん:ま、芸術は、イメージが表現されていればいいんだけど…。

 メテオさんは、微妙な評価を下したが、元が雪だるまだし、顔は炭と松の葉っぱなので、もちろん細かい細工をする雪像とは、比べものにならない。だが、みんな大好きな景太朗パパさんが、とにかくそこには出来上がっていた。顔もでこぼこだし、手はだらんと下げた先にシャベル。足も太めで短めだが、メテオさんの芸術論のおかげで、みんな勢いづく。すると、沙也加ママさんがリビングのガラス戸から、みんなを呼んだ。

沙也加ママさん:みんないい加減にして、あったまったら?。あら、メテオさん。

メテオさん:あ、こんにちは。すっかりわたくしったら、遊んじゃってましたわ。

沙也加ママさん:こんにちは。メテオさんもいるなら、もう一人分用意するから、あったかいココア、飲んでいってね。

メテオさん:あ、あ、どうぞ…、その、お構いなく…。

 メテオさんは、あわてて答えたが、沙也加ママさんはダイニングのほうに行ってしまった。

ネネちゃん:メテオさんもいっしょにココア飲もう。

ツヨシくん:やった。さすがに手が冷たくなってたから、助かりぃー。

コメットさん☆:ね?、メテオさんもいっしょに。

メテオさん:じゃあ、おじゃましますわったらしますわ。

 

 夜になって、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんと、さんざん4人で遊んだメテオさんは、沙也加ママさんから家に電話してもらって、帰っていった。そんな「お友だち」がやって来るわが家の光景を、景太朗パパさんは、少しばかり感慨深げに見ていた。そしてリビングに戻り、夕刊を読もうかと思って、ふと窓の外を見た景太朗パパさんは、たくさんの雪像が、ウッドデッキの前や上に並んでいるのに気付いた。

景太朗パパさん:ほう。またたくさん作ったなぁ。ははは。子どもは元気のかたまりって言うけど…。

 景太朗パパさんは、寒さも気にせず、リビングのガラス戸を開けて、外に出た。

沙也加ママさん:パパ、どうしたの?。

 キッチンから、沙也加ママさんが声をかける。

景太朗パパさん:あ、いや、ちょっとみんなが作った雪像をね。

沙也加ママさん:なんか、パパも作ったとか、ツヨシが言っていたわよ。

景太朗パパさん:へえ。そうかい。どれどれ…。

 景太朗パパさんは、それならと、リビングの光に照らされて、夜の闇に浮かぶ雪像を、一つ一つ見て回った。

景太朗パパさん:なかなか大作揃いだなぁ…。あれ?…。ははっ。これかぁ…。

 星のトレイン風の雪像、ロボットのような雪像、有名キャラクターのような雪像に混じって、ネネちゃんの字で、「パパ」と書かれた段ボールの板を、首に下げている像を見つけた。景太朗パパさんは、ほかのものを見回した。「ママ」というのもなかったし、これ以外に人らしいものもなかった。

景太朗パパさん:わざわざぼくだけ作ってくれたのか…。なんか、照れくさいな…。

 景太朗パパさんは、胸に迫る感激の気持ちと照れくささから、空を見上げた。キラキラと輝く、星々が見えた。そして、もう一度「パパ」と書かれた像を見た。それは寸詰まりで、似ているのか似ていないのか、わからなかったが、そんなことは、景太朗パパさんにとって、どうでもよかったのだ。しかし、松の枝の残りが放り出されているのを見つけると、おもむろにそれを手に取った。そして、そっと「パパの像」の頭の上にのせた。

景太朗パパさん:…もう少し、頭の毛はふやして欲しいな…。ハハハハ…。

沙也加ママさん:なあに、パパ、独り言言って。

 沙也加ママさんが、いつの間にか、リビングの窓のところにいた。

景太朗パパさん:あ、いや別にね。あははは…。…ぼくには、三人の子どもと、ママに囲まれて、幸せだなぁってさ。

沙也加ママさん:三人?。

景太朗パパさん:そう。三人さ。

沙也加ママさん:…そうね。もう三人ね。

 景太朗パパさんは、またも家族の絆を確かめられた気持ちになって、とてもうれしく思った。その「家族」の中には、もちろん、コメットさん☆も入っているのだった。春まであと一月ちょっと。いや、まだ一月以上。それも感じる人の心によって、印象は違う。雪像のイメージもまた、見る人にいろいろな印象を与える…。

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★第237話:雪だるまの秘密−−(2006年1月下旬放送)

 今年は本当に雪が多い。鎌倉にも、東京にも何度も雪が降る。1月も下旬になるある日、また低気圧の影響で、鎌倉は雪になった。夕方から降り出した雪。それはしんしんと降り積もり、明日はまた真っ白な世界になりそうだ。夜、お風呂から上がって、リビングを通り抜けようとするコメットさん☆に、沙也加ママさんが声をかけた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、今夜は床のホットカーペット、つけて寝なさいね。冷えるわよ。

コメットさん☆:はいっ。

沙也加ママさん:今夜はいっそうあったかくしてないと、風邪引きそうね。

コメットさん☆:そうですね。なんだか今年は寒い…。

 コメットさん☆と、沙也加ママさんは、そう言いながら、雪が降り続く外を眺めた。カーテンの隙間から、ウッドデッキに積もっていく雪が見えた。

 コメットさん☆は、2階に上がると、ホットカーペットの温度ダイヤルを調整し、それからベッドに上がった。

ラバボー:姫さま、沙也加ママさんと何を話していたんだボ?。

コメットさん☆:ううん。別に何でもないよ。床のカーペット、つけて寝ないと冷えるよって。

ラバボー:確かに今夜は、特別冷えるボ…。早く寝るボ。

コメットさん☆:うん、そうしようね。おやすみラバボー、私はメモリーボールに日記を記録して寝るから。

ラバボー:そうかボ。それならもうボーはティンクルスターに帰るボ。おやすみだボ、姫さま。

 ラバボーは、そう言い残すと、ティンクルスターの中に帰っていった。コメットさん☆は、それを見ると、腰からティンクルスターを、そっとはずして、窓辺に置いた。かわりにメモリーボールを記録状態にし、毛布にくるまると、今日の出来事を、日記のように記録する。それは、いつものように、ずっと遠くの星国まで届くのだ。

 

 翌日は土曜日。天気は回復して晴れ。ツヨシくんとネネちゃんは、先週に引き続き雪遊びだ。ジャケットを着て、帽子をかぶり、雪玉を投げ合ったりしている。コメットさん☆は星力を使って、家の前の坂道に積もった雪を、少しずつよけていた。しばらくすると、ツヨシくんとネネちゃんが、ウッドデッキの上から呼んだ。

ツヨシくん:コメットさーん☆。

ネネちゃん:コメットさん☆、コメットさん☆。

コメットさん☆:はーい。なあに?。

 コメットさん☆が振り向くと、ウッドデッキの手すりに、小さな雪だるまをたくさん並べた二人が笑っていた。

コメットさん☆:わあー、あはっ。面白いね、それ。

ツヨシくん:えへへ…。コメットさん☆、どこかに遊びに行こうよー。

ネネちゃん:広いところで雪合戦しようー。

コメットさん☆:うふっ…。いいよー。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんの言葉に、手を振って応えた。そして坂をのぼり、家の門のところまで来ると、降りてきた二人に言った。

コメットさん☆:どこへ行こうか?。

ツヨシくん:どこにしようかなぁ。海岸は寒いよね。

ネネちゃん:あんな風がびゅーびゅー吹いてるところ、寒いに決まってるじゃないのー。ツヨシくんはー。

ツヨシくん:…うう…なんかネネ、メテオさんみたい…。

ラバボー:あ、ツヨシくん、それはまずい発言だボ。

ツヨシくん:そ、そうかなぁ。

コメットさん☆:あはは…。わあ、メテオさんに悪いんだ。

ネネちゃん:あ、じゃあ、久しぶりに万里香おねえちゃんのところに行こう。

コメットさん☆:ああ、万里香ちゃんかぁ。…んー、そう言えば…、おととい万里香ちゃん、お母さんと歩いているの見かけたよ。

ネネちゃん:え?、どこで?。

コメットさん☆:遠くだったから、声かけなかったけど…。えーとね、あの、前島さんと鹿島さんが結婚式挙げた教会の近く…。お医者さんから出てきたっけ。

ツヨシくん:お医者さん?。どこだろ?。

ラバボー:おとといは…、姫さま、沙也加ママさんに頼まれて、お茶菓子買いに行ったボ?。

コメットさん☆:うん。段葛の道沿いのところ。

ネネちゃん:どこかケガでもしたのかなぁ?。

コメットさん☆:よくわからなかったけど…。

ツヨシくん:とにかく行ってみようよ、それなら。

ネネちゃん:うん。そうだね。コメットさん☆、行こう。なんか心配…。

コメットさん☆:急に行ってもいいかなぁ。

ネネちゃん:万里香お姉ちゃんのママ、いつでも来てねって言っていたよ。

コメットさん☆:そうだけど…。

ラバボー:行っていなかったら、沙也加ママさんのお店手伝いに行けばいいボ。お店の前なら、雪遊びできるボ。

ツヨシくん:そうか。そうだね。

ネネちゃん:そうしようよ。

コメットさん☆:…うん。しょうがないか…。

 コメットさん☆は、電話をかけて確かめようかとも思ったが、何となく雪道を行くのもいいかもしれないと思って、みんなでいっしょに出かけて行くことにした。いつしかネネちゃんもツヨシくんも、万里香ちゃんとは、まるで違う学校に通っているのに、「万里香おねえちゃん」と呼ぶようになっていた。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、それにティンクルスターに入ったラバボーは、星のトンネルで、稲村ヶ崎駅まで飛ぶと、駅のはずれに降り立った。

コメットさん☆:よーし、ここならいいよね。ここから江ノ電に乗ろう。

ツヨシくん:わあ、すごい雪だよ。

ネネちゃん:電車、遅れてないかなぁ。

コメットさん☆:土曜日だけど…、大丈夫じゃないかな?。

 しっかり積もった雪に、みんなびっくりしつつホームに上がると、すぐに下り電車がやってきた。屋根に雪を載せている。しかし、時間は特に遅れていなかった。乗ったみんなは、鎌倉駅に向かった。

 鎌倉駅の改札口を抜けて、駅の東口から、若宮大路に出た。街を走る車は、タイヤにチェーンをつけたりしつつも、慣れない雪にそろそろと走っている。観光客の人々も、地元の人々も、歩道に積もって脇へ寄せられた雪にとまどい気味だ。コメットさん☆たちは、駅入口の交差点を渡り、段葛の右側をずっとまっすぐ進む。歩くところの雪かきはされているので、雪をざくざく踏みしめて、ということはない。

コメットさん☆:あ、ここだよ。ここのお医者さん…。

 コメットさん☆は、若宮大路の脇にある医院の前で足を止めた。

ツヨシくん:小児科、内科って書いてある…。

ネネちゃん:万里香おねえちゃん、病気になっちゃったのかな?。

コメットさん☆:もしかすると…、そうかも…。そう言えばあの日…、万里香ちゃんマスクしてた…。

 コメットさん☆は、ふとおとといの万里香ちゃんの様子を思い出した。

ツヨシくん:とにかく行ってみよう。

ネネちゃん:万里香おねえちゃんが心配だね。

コメットさん☆:うん…。

ラバボー:ボーにのるボ。みんな。

コメットさん☆:えっ?。

 三人がそのまま雪道を、早足で歩こうとしたとき、ラバボーが言った。

ラバボー:万里香ちゃんの家までは遠いボ。それに今日は雪で危ないから、飛んで行くボ。

コメットさん☆:そっか。そうしよう。

ツヨシくん:ラバボー、ナイス。

ネネちゃん:わあ、長靴の中がぐちゃぐちゃにならないですむかも。

 万里香ちゃんの家は、駅から歩いて20分以上かかる。今日は足元が滑るかもしれないし、車もスリップしたりしているので、歩いていくのは時間もかかり、少々危険かもしれない。それでみんなは、若宮大路の脇道から膨らんだラバボーの背にのった。

ラバボー:うう…、みんな重くなったボ…。前のように、簡単にのせられないボ。

コメットさん☆:そ、そうかな…。

 少し恥ずかしそうにつぶやくコメットさん☆に、返事することもなく、ラバボーは、言葉とはうらはらに軽くジャンプして、鎌倉の北東方向にある浄明寺町を目指した。ラバボーにのってしまえば、ほんの数分だ。

 

 コメットさん☆たちが、万里香ちゃんの家に着いてみると…。

万里香ちゃんの母:…万里香ね、おとといから熱が出て、寝ているのよ。せっかくだけど、お医者さんがインフルエンザだって言うから、みなさんにはちょっと会えないわ。

ネネちゃん:えーっ、大丈夫なの?。

万里香ちゃんの母:大丈夫よ。今日はいくらか熱が下がって来ているから…。…でも、みなさんにうつすと悪いから…。今日はせっかく来てくれたのに、ごめんなさいね。

コメットさん☆:いいえ。いいんです。すみません、おじゃましました。

万里香ちゃんの母:また来てやってね。

コメットさん☆:はい。万里香ちゃん、お大事に…。

 なんと、万里香ちゃんはインフルエンザにかかり、高い熱を出して寝ていたのだ。おとといは万里香ちゃんのお母さんが運転する車で、お医者さんの診察を受けたとのこと。

コメットさん☆:今年学校では、インフルエンザ流行っている?、ツヨシくん、ネネちゃん。

ツヨシくん:うん。なんとか学級閉鎖とかにはならないけど、前の年より流行っているって。気をつけなさいって、学校の保健の先生が言ってた。

ネネちゃん:私のクラスでも。毎日うがいするんだよ、ガラガラって。手も洗いなさいって。

コメットさん☆:そうなんだ。…万里香ちゃん。

 コメットさん☆は、2年ほど前、自分がインフルエンザにかかって、ツヨシくんが星国まで治療についてきてくれたことを、ふと思い出した。ちょっと胸がきゅんとするような、小さな思い出。5年はかからないと、医者ビトに言われたから、たぶん自分とツヨシくんはかからないだろうけど、ネネちゃんは少し心配。それに万里香ちゃんや、その家族、景太朗パパさんや沙也加ママさん、ケースケやメテオさん、プラネット王子、ミラさん、カロンくん…。みんな心配…。コメットさん☆は、万里香ちゃんの名前を、小さく呼びながら、2階にある万里香ちゃんの部屋を見上げた。

ツヨシくん:万里香おねえちゃんのかわりに、雪だるま作ろう。

ネネちゃん:ええ?、ここで?。

ツヨシくん:うん。だって、万里香おねえちゃんは、とても作れないでしょ?。きっと雪だるまが溶けるころには、インフルエンザ治るよ。

コメットさん☆:そっか…。そうだね。いいかも…。

 コメットさん☆は、万里香ちゃんも、窓からそっと見るくらいは出来るかもしれないと思い直した。あたりを見回すコメットさん☆。雪が積もる日曜日の昼間。人通りはほとんどない。

ツヨシくん:よいしょ、よいしょ…。

 ツヨシくんは、さっそく万里香ちゃんの家の前に、雪だるまを作り始めている。

コメットさん☆:ツヨシくん、待って。ささっと作ろう。

ツヨシくん:えっ?。

 ツヨシくんがびっくりして振り向くと、コメットさん☆は、バトンを出して変身した。まばゆい光が一瞬コメットさん☆を包みこむ。そして、バトンを振った。

コメットさん☆:それっ。雪だるまさん、たくさん並んで!。万里香ちゃんの窓から見えるところに。

 そのころ万里香ちゃんは、窓の外が、昼間なのにピンク色に光ったのに気付き、ベッドからそっと起きあがった。熱の引ききらない体は重く、そして節々が痛い。それでも、ベッドのそばにある窓のところに取り付くと、カーテンを少し開け、窓の下の道を見た。

万里香ちゃん:あっ!。…コメット…さん☆?。

 万里香ちゃんが目にしたものは…、変身してバトンを振り、その光の中から小さめな雪だるまを出しては、万里香ちゃんの家の前にたくさん並べている、コメットさん☆の姿だった。

万里香ちゃん:コ、コメットさん☆って…、…まさかぁ…。光の中から雪だるまが?。それに、こんな寒いのに…、薄いコスチュームみたいなの着てる…。あ、ツヨシくんとネネちゃんもいっしょ?。

 万里香ちゃんは、頭がふらふらして、窓のふちで支えていた両腕をはなし、ベッドに座り込んだ。

万里香ちゃん:コメットさん☆は…。

 万里香ちゃんの熱に浮かされた頭では、今見たものがよく整理できない。ちょうどそこに万里香ちゃんのお母さんが、熱の様子を見にやってきた。

万里香ちゃんの母:あら、万里香、ちゃんと寝てないとダメよ。どうしたの?。

万里香ちゃん:あ、ママ…。ま、窓の外…、コメットさん☆が。

万里香ちゃんの母:コメットさん☆?。ああ、さっき来てくれたんだけど、万里香のインフルエンザがうつっちゃうかもしれないし、万里香もとても起きあがれないだろうと思って、仕方なく帰っていただいたわ。

万里香ちゃん:でも…、そこにいたよ?。

万里香ちゃんの母:どこ?。

 万里香ちゃんのお母さんは、不思議に思って万里香ちゃんのベッド脇から、窓の外を見た。コメットさん☆は、窓から見えない場所に移動し、バトンを振って、さらに雪だるまを作っていたので、そこに姿を見ることは出来なかった。

万里香ちゃんの母:誰もいないわよ…。あら、でも雪だるまがたくさん!。うふふふ…、コメットさん☆たち、作って行ってくれたんだわ。

万里香ちゃん:ええ?。雪だるま?。

万里香ちゃんの母:ちょっと見てみる?。ゆっくり起きるのよ。ほら…。

 万里香ちゃんのお母さんは、熱のある万里香ちゃんを起こし、窓から外を見せた。万里香ちゃんの家の前には、ずらりと小さな雪だるまが並んでいた。万里香ちゃんがさっき見たとおりに…。

万里香ちゃんの母:ほら、あんなにたくさん。きっと、万里香が早く元気になりますようにって、励ましてくれてるのよ。

万里香ちゃん:うん…。ねえ、ママ。

万里香ちゃんの母:なあに?、万里香。

万里香ちゃん:コメットさん☆は、もしかして…、魔法使いなのかな?。

万里香ちゃんの母:どうしたの?、万里香。うふふふ…。熱で夢でも見た?。

万里香ちゃん:私、コメットさん☆がバトンみたいなのを振って、あの雪だるま作るのを見た。

万里香ちゃんの母:ええ?、そんなはずないでしょ?。ママの昔の話じゃないんだから。きっと熱とお薬のせいで、短い夢を見ていたのよ。さ、もう一度寝なさいね。熱はかって。

万里香ちゃん:ママ…。

 万里香ちゃんは、お母さんから手渡された体温計を、口にくわえながら、「確かに見たのに」と思った。しかし、お母さんから、「短い夢を見ていたのよ」と言われれば、なんだかそうかもしれない気持ちもした。

万里香ちゃんの母:…明日は熱が下がるといいわね。そうしないと、せっかくコメットさん☆たちが作ってくれた雪だるまが、解けちゃうわよ。

万里香ちゃん:うん…。そうだね…。

 万里香ちゃんは、熱の床でそう答えた。そのころコメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボーは…。

コメットさん☆:よーし、これでいいよね。

ツヨシくん:わあ、コメットさん☆すげー。

ネネちゃん:たくさん出来たね。

ラバボー:いくらなんでも作りすぎだボ?。

コメットさん☆:あはっ、そ、そうかなぁ。

 コメットさん☆は、万里香ちゃんの家のガレージの前といい、門扉の上といい、前の小径といい、塀の上にまでずらりと雪だるまを並べてしまったのだ。

ネネちゃん:万里香おねえちゃん、解けないうちに見られるかなぁ?。

コメットさん☆:あ、…そっか…。そうだね。じゃあ…。

 コメットさん☆は、万里香ちゃんの窓の下にもう一度来ると、すいっとバトンを振った。ピンク色にきらめく光が、万里香ちゃんの部屋にふりかかっていく。

体温計:ピピピッ。

万里香ちゃん:鳴った…。…あれ?。

 万里香ちゃんは、口に差し込んだ体温計を手に取ろうとしたとき、一瞬部屋の中に、ピンク色の光がキラキラと降り注いでいることに気付いた。それとともに体がすっと軽くなる。

万里香ちゃん:な、なんだか、体が軽くなった…よ?。それに、熱下がってる…。

 万里香ちゃんは、そう言いながら、口から手に取った体温計を見て、それからお母さんに渡した。

万里香ちゃんの母:どれどれ?。そんな、いくらなんでもまだ平熱にはならないでしょ?。…あら、36度8分だわ…。もうだいぶ熱下がったわね。

万里香ちゃん:(…これって…、もしかしてコメットさん☆の魔法?。まさか…。そんな…。)

万里香ちゃん:…ママ、明日は元気になれそうだよ。

万里香ちゃんの母:そうね。もう少しあったかくしていれば、大丈夫かしら?。今日はパパも、早く帰ってくるって言っていたわよ。

万里香ちゃん:そう。よかった。

 万里香ちゃんは、再び窓のほうを見た。しかし、もうコメットさん☆の気配はしなかった。変身を解いたコメットさん☆は、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょに、ちょうど来たバスに乗って、既に鎌倉駅のほうに向かっていたのだ。万里香ちゃんのお母さんも、万里香ちゃんのおでこをひとなですると、飲み物を取りに部屋から出ていった。万里香ちゃんは、急に下がった熱に、不思議な感じを覚えつつも、ベッドの中で考えていた。

万里香ちゃん:(ママがずっと前に体験したっていう、バトンを振って、不思議な魔法みたいな術を使う女の子のお話…。まるで今見たコメットさん☆みたい…。…でも、今のは夢かなぁ?。じゃあ、なんで急に熱が下がったんだろう?。コメットさん☆は…、魔法使い?。そんなはずは…。でも、もしかして…。…夢だったのかな?、本当のことかな?。なんだかよくわからない…。あーあ…、なんだか眠くなって来ちゃった…。…もしコメットさん☆が、魔法使いでも、私秘密にしておくね。明日はコメットさん☆たちが作ってくれた雪だるま、見られるといいなぁ。)

 万里香ちゃんは、そこまで考えると、すうっと眠くなり、また眠ってしまった。そして夢を見た。今度は本当に寝て見る夢を。

(コメットさん☆:万里香ちゃん、万里香ちゃん。)

(万里香ちゃん:あ、コメットさん☆。)

(コメットさん☆:もうインフルエンザ治したよ。雪玉投げして遊ぼう。)

(万里香ちゃん:え?、治したって…。コメットさん☆が?。)

(コメットさん☆:うん。)

(万里香ちゃん:どうやって?。)

(コメットさん☆:星の力で。私は、星使いだから。)

(万里香ちゃん:星…使い?。それって魔法?。)

(コメットさん☆:ううん。魔法じゃないよ。星の力を借りるの。)

(万里香ちゃん:ふうん…。不思議…。…うん。じゃあ、遊ぼうコメットさん☆。雪玉投げね。あれ…?。この雪冷たくないや…。)

 万里香ちゃんは、足元に積もっている雪を手にとって、丸めて投げようとしたとき、ふと目が覚めた。

猫のブブ:にゃあ…。

万里香ちゃん:…あれ?。

 万里香ちゃんが夢の中で雪のかたまりだと思ったのは、いつの間にか万里香ちゃんのベッドに上がってきていた、万里香ちゃんが飼っている猫、ブブの背中だった。ブブの背中を、一生懸命つかもうとしていたのだ。ブブは、迷惑そうな顔で、万里香ちゃんを見ていた。

万里香ちゃん:あ、ブブごめんね。

 ブブは、ぴょんと万里香ちゃんのベッドから降りた。それを見た万里香ちゃんは、まるで実際にあったことのような夢に、何とも言えない妙な気持ちになりながらも、窓の外に見たと思ったコメットさん☆の変身した姿もまた、やっぱり夢だったのかもと思った。

 鎌倉駅入口で、バスを降りたコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、雪道を沙也加ママさんのお店に向かって歩き出した。

ネネちゃん:万里香おねえちゃんに、星力使ったの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:…うーん、ささっとね。

ツヨシくん:どんな星力?。

コメットさん☆:インフルエンザが早く治りますようにって。インフルエンザ辛いもの。

ラバボー:もう、姫さまは誰彼なく星力使っちゃダメだボ。

コメットさん☆:えへへ…。だって、お友だちだよ?。行こ、ツヨシくん、ネネちゃん。沙也加ママのお店に!。

ラバボー:そうだけど…。あ、姫さま待ってだボ!。

 困ったような顔をしているラバボーを背に、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは雪の残る道を駆け出した。みんなの吐く息は白いが、沙也加ママさんが待っているお店で、お昼を食べてあったまったら、きっと今度は雪合戦だ…。

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★第240話:ピンクの桜の花咲く街−−(2006年2月中旬放送)

景太朗パパさん:みんな、週末の予定は?。

 ある日の朝食どき、景太朗パパさんが、食卓についたみんなにたずねた。

沙也加ママさん:何かあるの?、パパ。

景太朗パパさん:ちょっとね。ツヨシとネネはどうだい?。学校の予定とかあるかな?。

ツヨシくん:んー、何もないよ?。

ネネちゃん:わたしも。

景太朗パパさん:そうか。コメットさん☆は?。

コメットさん☆:わ、私も週末何もないですけど…。

景太朗パパさん:よーし。じゃあみんな、桜を見に行こう!。

沙也加ママさん:桜?。パパったら何言っているの?。まだ咲かないわよ?。梅は咲いてるけど…。

ツヨシくん:桜は3月の終わりくらいにならないと、咲かないよ?、パパ。

ネネちゃん:4月でもまだ間に合うかな。

コメットさん☆:桜ですか?。

景太朗パパさん:そう。桜。みんな知らないか…。そうだろうな。実はね、早咲きの桜が咲くところがあるんだよ。

沙也加ママさん:ええっ?。まさか、沖縄とか?。

景太朗パパさん:沖縄だって、今はまだ冬だから…。ソメイヨシノは無理だよ。

コメットさん☆:…ということは…。

ツヨシくん:違う桜?。

ネネちゃん:違う桜って?。

景太朗パパさん:おっ、いい読み。2月に咲く桜っていうのも、あるんだなこれが。

沙也加ママさん:あ、えーと…。なんかそれテレビの旅番組で見たことあるような気が…。

景太朗パパさん:みんな夏に伊豆へ行ったよね。その途中でね…。

 景太朗パパさんの話に、みんな食事の手を止め、身を乗り出し気味にして聞き入った。

 

 ツヨシくんとネネちゃんは学校に出かけ、コメットさん☆と沙也加ママさんは、車で「HONNO KIMOCHI YA」に向かっていた。景太朗パパさんは、資料の本をコメットさん☆に託していた。

コメットさん☆:「河津ザクラ」って言うんですって。

 資料の本を、ちらちら見ながら言うコメットさん☆に、ハンドルを握る沙也加ママさんは、前を見たまま答えた。

沙也加ママさん:そう。うん…、たしかテレビでも、そんなこと言っていたなぁ…。

コメットさん☆:「例年2月から3月に咲く早咲きの桜です」って。写真が出ていて…、ピンク色できれい…。

沙也加ママさん:ピンク色なの?。

コメットさん☆:ええ。普通の桜より、もっとピンクですね。

沙也加ママさん:へえ。見たことないわねぇ。それでメテオさんは、なんて?。

コメットさん☆:メテオさんも、ちゃんと用意して来るそうです。

(メテオさん:お花見ぃ?。こんな季節に?。)

(コメットさん☆:うん。景太朗パパが行かないか?って。)

(メテオさん:…そうね。寒いんだったらイヤだけど。この冬は寒過ぎよったら、寒過ぎよ!。)

(コメットさん☆:そこまでは…、どうしようもない…かも。でも、伊豆だから、そんなに寒くはないはずだって、景太朗パパが言ってた。)

(メテオさん:…うーん、わかったわよ。行くったら、行くわ。最近あまり遠出してないし…。)

(コメットさん☆:瞬さんのコンサート行ってないの?。)

(メテオさん:行ってるけど…。真冬はいくらか少ないし、そうしょっちゅうないわよ。)

(コメットさん☆:そっか…。)

 コメットさん☆は、メテオさんを誘ったときのことを思い出していた。

沙也加ママさん:…そう。メテオさんも、あまりお友だちとあっちこっち行って遊べないかな?。

コメットさん☆:イマシュンのコンサートとかは、行っている見たいですけど。

沙也加ママさん:…いいなぁ。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、沙也加ママの言葉に、思わず苦笑いした。それでも、冬のうちから咲き始める桜というのには、今ひとつイメージがわかない沙也加ママさんとコメットさん☆だった。車は程なく、「HONNO KIMOCHI YA」に着いた。

 

 週末の朝早く、景太朗パパさんと沙也加ママさん、ツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆の5人は、メテオさんとモノレールの「鎌倉山」駅で待ち合わせをして、大船駅に出ることにした。鎌倉山駅の駅前広場には、おおあくびをしながら、メテオさんが待っていた。ワインレッドのマフラーにベージュのコート。手袋に上品なバッグ。メテオさんは、イメージよりずっと大人っぽいスタイルでそこにいた。

コメットさん☆:メテオさん、おはよ。

メテオさん:あ〜あ、おはよう。眠いわったら眠いわぁ。

ムーク:普段、朝寝坊、夜更かししまくりですからね…。

メテオさん:何よムーク、日々夜の通販番組を研究している、と言いなさいよ。

ムーク:コメットさま、研究だそうです。

コメットさん☆:あはっ。何か面白いもの買えた?、メテオさん。

メテオさん:そうね…。最近は…、あーあ、メトのための「自動ブラッシング器」くらいかしら。

 メテオさんは、眠そうにあくびをしながら答える。

ツヨシくん:メテオさんらしいよね。

ネネちゃん:ほんとだね。

 ツヨシくんとネネちゃんは、ラバボーとともに、コメットさん☆とメテオさんの会話をそっと聞き、ヒソヒソとウワサ話のように話をした。メテオさんは、じろっと見たが、またあくびをしていた。

景太朗パパさん:メテオさんおはよう。どうだい、気分は。

メテオさん:あ、おはようございます。眠いですけど、いいですわ。

沙也加ママさん:夜更かしすると、美容の敵よ、ふふふふ。

メテオさん:そうですけどったら、そうですけど。

沙也加ママさん:まあ、メテオさんも、そろそろ夜更かししたい年頃かな?。

 メテオさんは、珍しく甘えたような目で、沙也加ママさんのを見た。まるで見透かされている気がした。留子さんには、ちょっと出来ない秘密の相談を、もっぱら沙也加ママさんにしているメテオさんとしては。

 コメットさん☆は、ふと駅前の桜の木を見た。かつてコメットさん☆自身が植えた、いつかシンボルツリーになるであろうソメイヨシノ。当然、まだ咲く気配もない。冬の間耐えている小さな芽が、小さい木ながら、たくさん付いているだけである。それでも、きっと今年も、もうすぐこの木の花が見られると、コメットさん☆は思っていた。そして、モノレール鎌倉山駅のエスカレーターを上がりながら、楽しそうにあれこれ話をしているメテオさん、ツヨシくん、ネネちゃんを尻目に、遠く由比ヶ浜のほうを見た。

コメットさん☆:(ケースケ、どうしてるだろうな…。大会に出る準備で忙しいかな…。…たまには、前のように、いっしょに…行きたいかも…。べ、別にそれでどうってわけじゃないけど…。)

 コメットさん☆は、そんなことをぼぅっと思っていた。ひとりそんなことを思っていると、ラバボーがティンクルスターから顔を出した。

ラバボー:姫さま、ぼーっとしてどうしたんだボ?。

コメットさん☆:あ、ううん。何でもないよ。

ラバボー:姫さま、ケースケのかがやき、このところ少し弱いボ。

コメットさん☆:…うん。準備で大変なのかな。

ラバボー:たぶん、そうだボ…。

 コメットさん☆とラバボーは、そう言ってささやきあった。ケースケは、2月末にある世界大会「サーフレスキュー」オーストラリア大会の準備で、最高に忙しい。旅費の工面、体調の管理、渡航の準備、学校にトレーニング…。そんな忙しさに、かがやきも少しかげりがちなケースケだが、それでもケースケには、あらゆる困難を通り抜け、世界一の座をつかんで欲しい…。そう思わないではいられないコメットさん☆だった。それとともに、もしそうなると、距離はだんだん遠くなり、手の届かないところに、ケースケが行ってしまうかもしれない…。一方でそんな気持ちが、コメットさん☆の心の中へ、影を落としていた。

 

 モノレールで大船に出たみんなは、特急「リゾート踊り子」号で、河津へ向かう。「リゾート踊り子」号は、特製の展望電車。

コメットさん☆:わあ、いすが窓に向いているよ。

ツヨシくん:海がよく見えるためだって。

コメットさん☆:そうなんだ。ツヨシくん、よく知っているね。

ネネちゃん:こんなの乗ったことないー。面白ーい。

メテオさん:ふーん。窓向きね…。外が丸見えってことは、外からも丸見えだわ…。気をつけないと…。

 メテオさんは、窓向き座席のはじに座ると、いつもより居住まいを正した。リゾート踊り子の車内は、普通の座席もあるが、特色はなんと言っても「へ」の字形に窓へ向けられた、展望座席なのだ。目の前には大きな窓。網棚はないので、荷物は背後に置く。荷物台の後ろは通路になっており、通路をはさんで反対側は、1人がけの座席が並ぶ。

景太朗パパさん:ちょっと面白いだろ?、ママ。

沙也加ママさん:そうね。小田原から先は、景色いいでしょうね。

景太朗パパさん:それより前だって、いつもの視点とは違うから、いろいろ楽しめると思うよ。

沙也加ママさん:そう言えばそうよね。ふふふっ。

 普通の電車にない座席配置の「リゾート踊り子」は、座席に座って外を見始めたみんなを乗せ、ぐんぐんと加速する。次は小田原だ。

ツヨシくん:わっ、すげー。どんどん車追い抜いていく!。

ネネちゃん:ほんとだー。車って遅いね。

メテオさん:当たり前でしょ?。車より遅かったら、電車の意味ないじゃない。

ツヨシくん:言えてる…。

ネネちゃん:メテオさん、強烈な突っ込みー。あははは…。

コメットさん☆:ふふふふ…。

景太朗パパさん:ほらね。もう楽しんでいるよ。

沙也加ママさん:うふふふ…。ほんと。

 そんなみんなの楽しげな声を乗せて、「リゾート踊り子」は、伊豆を目指す。河津へは、10時過ぎに着くのだ。

 河津は、伊豆半島の東側、下田の手前にある中伊豆と東伊豆にまたがる街。温泉と河津ザクラが有名な街だ。藤吉家の夏の旅行では、西伊豆に向かったので、素通りしていたのだ。今回の景太朗パパさんの計画では、河津ザクラを見て、おいしいものを食べ、日帰り入浴の温泉に入って、夕方には帰ってこようというものだ。だから、朝は早く出る必要があったのだ。

 車内でうつらうつらばかりしているメテオさんを乗せた「リゾート踊り子」号は、定刻に河津駅に着いた。

 

景太朗パパさん:さあー着いたぞー。みんな寒くないかぁ?。

コメットさん☆:少し寒いですけど…。大丈夫。

ツヨシくん:ぼくは大丈夫。

沙也加ママさん:私も着込んできたもの。

ネネちゃん:私はちょっと寒い…。

メテオさん:思ったよりは大丈夫ったら、大丈夫だわ。…でも、ネネちゃん、ほらカイロあげるわよ。予備の持ってきたから。

ラバボー:メテオさまが、あり得ないことを言っているボ…。

メテオさん:ラバボー、何か言ったかしら?。

ラバボー:い、いえ、何も言いませんボ…。

ネネちゃん:いいの?、メテオさんは?。

メテオさん:わ、わたくしは大丈夫よ。…あ…。

ムーク:おんや、姫さまそれは…。

 メテオさんは、コートのポケットから、新しい使い切りカイロを取り出して、ネネちゃんに手渡した。ネネちゃんはにっこりして、両手でそれを受け取る。するとその時、メテオさんのコートのすそから、腰に入れていた自分のカイロが滑り落ちた。

メテオさん:こ、これは…。その…、あの。

ネネちゃん:わあ、メテオさん、もうカイロ入れてきたの?。

メテオさん:しーっ!。い、いいじゃないのよったら、いいじゃないのー。あ、朝は冷えるのよう!。

 メテオさんは、ムキになって答える。

ネネちゃん:…メテオさん、ありがとね。メテオさんやさしいね。

メテオさん:わ、わたくしが…。

 メテオさんは、「やさしいって…」という言葉を飲み込んだ。特別やさしくしているつもりはないのに、つい年下のネネちゃんが寒そうなのを見ると、何かしないではいられない自分。数年前なら、そんなこと思いもしなかったはずなのに、いつの間にか自然に手が出ている…。メテオさんは、とまどいを隠せなかった。沙也加ママさんは、そんなメテオさんの様子を見て、にこっと笑った。

沙也加ママさん:…メテオさん、ありがとうね。

メテオさん:い、いえ、私は…そんな…。たいしたことじゃ…。

 メテオさんは、少し赤くなった。

景太朗パパさん:みんな少し歩こう。歩けば体がぽかぽかしてくるさ。

 景太朗パパさんの一声で、駅を出たみんなは、線路沿いに歩き始めた。もう線路脇には、ピンク色の濃いめな桜並木が始まっている。

コメットさん☆:わあっ、本当に桜だ!。…きれい。

沙也加ママさん:ほんとね…。ピンク色が濃い…。コメットさん☆が見せてくれた資料の本は、印刷だから、濃いめに強調してあるのかと思ったけど…。本当にピンクが濃いのね。

ツヨシくん:電車の窓から見えた咲いていた桜は、みんなこの河津ザクラかなぁ?。

景太朗パパさん:さすがにほかの桜は、まだ咲かないだろうなぁ。遅咲きの梅とか。…でも、早咲きのオオシマザクラっていうのも、あるって聞くけど。まだそれなら咲き始めってところじゃないかな?。

ネネちゃん:いくつか前の駅のホームにあった、赤いのは?。

コメットさん☆:赤い桜?。

ネネちゃん:うん。

景太朗パパさん:どこの駅?。

ネネちゃん:えーっ、駅の名前まではわかんない。

ツヨシくん:伊豆大川じゃない?。ぼく写真撮ったよ、窓から。咲いているんだか、つぼみなのか、よくわからなかった。

沙也加ママさん:どれ、見せて。あら、ほんと真っ赤ね。一応咲いているんじゃないかなぁ?。

メテオさん:…それは、カンヒザクラっていうのかもしれませんわ。留子お母様が、「河津に行くなら、途中の駅にカンヒザクラがあるはずよ。咲いていたら写真に撮ってきて」って言われましたわ。それでわたくしも…撮ろうと思っていたんですけど…、その…。

 ツヨシくんは、デジタルカメラの画像を、みんなに見せた。メテオさんは、うとうとしていて、すっかり撮るのを忘れていたのを、途中で思い出し、言いよどんで赤面した。

ツヨシくん:メテオさん、詳しい…。

メテオさん:だって、うちにだって、いろいろな花があるわったら、あるわよ。

沙也加ママさん:そうね。メテオさんのおうちも、お花がたくさんできれいよね。

コメットさん☆:そうだね。バラもたくさん。

メテオさん:……。

 メテオさんは、どう答えていいか迷った。でも、顔は自然と微笑んでいるのだった。そして、「こんな小旅行も時々はいいかも」とも思った。

 デジタルカメラで撮影した画像を見せあいながら、みんないっしょに駅脇の河津ザクラ並木を歩く。河津ザクラの下には、菜の花が植えられ、黄色い花が、桜とのコントラストをはっきりさせる。ピンクに黄色。春らしく美しい。やがて道を進むと、河津川にかかる橋のところまで来た。両岸に植えられた河津ザクラが、遠目にまたいっそう美しい。ここにも桜の木の下には、菜の花が植えられている。

コメットさん☆:あっ、川の両岸がみんな桜…。きれい…。

 コメットさん☆は、河津川の両岸に咲く河津ザクラと菜の花を見て、感嘆の声をあげた。

沙也加ママさん:ああ、ほんと。きれいねぇ。まだ季節は春とまでは行かないのに、こんな桜並木が…。下に咲いている菜の花も、一段ときれい。

景太朗パパさん:あの向こう側は、もう海なんだよ。

 景太朗パパさんが、橋の上から川の下流を指さして言う。向こうのほうには、もう一本橋があって、そのさらに向こうは、もう海の波が白く立っていた。

ツヨシくん:うん…。海のにおいがかすかにするね。

ネネちゃん:そうなかぁ。

メテオさん:そう言われれば…、そうかしら?。

 海から流れてくる風は、かすかな潮の香りを運んでくる。

コメットさん☆:いいなぁ。なんか…、いいなぁ…。

 コメットさん☆がふいに言う。

メテオさん:いいって、何が?。

 メテオさんが、不思議そうな顔でたずねる。

コメットさん☆:春がもうそこにあるみたいで…。海も、桜も、菜の花もかがやいてる…。

メテオさん:そういうこと?。…まあ、そうね。

 メテオさんは、素っ気なく答えながらも、ちゃんと春のかがやきは感じていた。

 

 河津町は一足早い「桜祭り」。そこかしこにおみやげやさんが出ていたり、ちょっとしたイベントを開いていたりする。観光客の人々は、休日の鎌倉同様多いようだ。みんなは、河津川沿いの桜並木を、ずっと見ながら町の中心部へ向かう。昼食を食べに。川沿いの道は少し狭いので、みんな縦になって歩いているとき、ちょうどメテオさん、ツヨシくん、ネネちゃんと、少し距離があいた。沙也加ママさんが振り返って三人を見ているとき、ふと景太朗パパさんが、コメットさん☆のほうを向き、たずねた。

景太朗パパさん:どうだい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:え?、あ、はい…。春のかがやきが、見えるみたいで…。なんかうれしい…。

景太朗パパさん:そうか。それはよかった…。来たかいがあったかな。

コメットさん☆:はい。

景太朗パパさん:…ケースケいよいよ大会だね。…勝てるといいんだけど。そうすればあいつも、長かった夢に到達だ…。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、唐突にケースケの話が出て、すこしどきまぎした。でも…。

景太朗パパさん:あいつも、今輝いているわけさ。これからもきっとね。

 コメットさん☆は、その言葉を聞いて、深くうなずいた。と、その時ツヨシくんが後ろから追いついてきて言った。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、花たちのかがやき、見える?。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆は、やや意表を突かれた。ツヨシくんが、なんだか急に大人びたような言葉を語るので…。

ツヨシくん:桜とかさ、菜の花とか…、それから…、ママが買って帰るって言ってるタケノコとか。

コメットさん☆:わはっ…。タケノコのかがやき?。…うん。春のかがやきいっぱいだよ。

 タケノコが出てくるあたりが、ツヨシくんらしいと思うコメットさん☆は、にこっとツヨシくんにほほえみを返して答えた。

景太朗パパさん:よーし。食事がすんだら、温泉の日帰り入浴に行ってみようか、みんな。

メテオさん:はい…って、ええ!?。わたくし、タオルも着替えも持ってきていませんわったら、いませんわ。

景太朗パパさん:大丈夫。タオルは貸してくれるよ。

沙也加ママさん:着替えはさすがにいらないでしょ?。メテオさんは清潔好きね。いいことだけど…。まだ朝から半日もたってないわよ?。うふふ…。

メテオさん:そ、それはそう…だけど…。

 メテオさんは、お風呂と言えば着替えという、いつもの夕方の習慣をつい口にする。清潔に気を使う、メテオさんの、少女らしい心なのかもしれない。

 春はもうそこまでやって来ている。あと半月もすれば3月。ピンクの桜の花咲く街で、コメットさん☆が見た春のかがやきは、まだまだ本格的な春のものとは言えないけれど、あたたかな春を予感させる、新しい命の芽生え。春とともに動き出すあらゆるかがやきは、植物たちだけにとどまるわけでもなく、さらにはコメットさん☆や、メテオさん、藤吉家の人々だけでもない。コメットさん☆は、そんなことを感じながら、もう一度、ピンク色が濃い桜の花を見上げるのだった。晴れた空が投げかける日の光は、日に日に強くなっていき、みんなの背中を、コメットさん☆の心を、温かく照らす…。

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★第242話:春の大風−−(2006年3月上旬放送)

 数日前、ケースケは、景太朗パパさんにあいさつしに来ていた。

(ケースケ:師匠、今回も旅費…、助けていただいてすみません。ありがとうございます。)

(景太朗パパさん:なあに、世界一のライフガードになって、プロになったら、働いて返してくれればいいさ。なーんてな、あははは…。)

(ケースケ:はいっ。きっとそうします。)

(景太朗パパさん:前のように、ヨットでってわけにもいかないものな。移動しているうちは、トレーニングも出来ないだろうし…。飛行機で行くしかないさ…。…それに、ママにさんざん叱られたからね。ははは…。「もしものことがあったら、どうするつもりだったの!?」ってさ…。)

(ケースケ:師匠、すみません。)

(景太朗パパさん:いいんだよ。それより、今は自分の夢を、実現することにだけ気持ちをそそげよ。精一杯やるんだ。いつもまっすぐなお前なら、きっとやれるさ。)

(ケースケ:はいっ。)

 

 ようやく寒かった冬は過ぎ、少しずつ温かくなってきた3月上旬、コメットさん☆は、お昼前の天気予報を見ていた。沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」は、特に忙しいわけではなかったが、今日はあまり天気が良くないと聞いていたので、手伝いに行こうと思った。景太朗パパさんは、仕事で横浜まで出かけている。広い家に、今はたった一人なのだ。

天気予報:…日本海にある低気圧に向かって、湿った南風が吹きますので、今後東日本から四国・九州の広い範囲で、強い南風が吹き、局地的な大雨が降ることも予想されます。河川の増水や、土砂災害などには十分ご注意下さい…。

ラバボー:姫さま、大雨降るのかボ?。

コメットさん☆:うん…。春になったばかりなのに…。

 コメットさん☆は、ラバボーの、少しばかり心配そうな声に答えながら、リビングから暗い空を見た。

コメットさん☆:ツヨシくんとネネちゃん、学校から帰るとき大変かな…。

 コメットさん☆は、腰のティンクルスターをそっと手でなぞるようになでた。もしとんでもなくひどい雨風だったら、星のトンネルで迎えに行こう、そうも思っていた。

 しかし、鉛色の空を見て、遠くの波立つ海を見たとき、コメットさん☆は、ケースケを送って、成田まで行ったほんの数日前を思い出していた。

コメットさん☆:(ケースケ、がんばって…。)

ケースケ:(ああ。きっと優勝してみせるさ。)

コメットさん☆:(優勝したら、ついに世界一…だね。)

ケースケ:(ああ。そうだな。いよいよだ…。…もっとも、優勝したら、そのタイトルを、ずっと持ち続けないと。)

コメットさん☆:(そっか…。優勝したら終わりってわけじゃ、ないんだよね…。)

ケースケ:(…そういうことだな。)

 コメットさん☆とケースケは、空港のロビーで、しばらく立ち話をしたのだった。大きめなスーツケースに、荷物をいっぱい詰めたケースケ。大会が終わったら、すぐに帰ってくるとは言え、1週間ほどの旅になる。

ケースケ:(久しぶりのオーストラリアになるな…。)

コメットさん☆:(…ケースケ、いつ帰ってくるの。)

ケースケ:(そうだなー…、試合が終わればすぐだけど…。現地のセーバー仲間、ランドルのところには寄ると思うけどな。…まあ、大会の日の新聞かニュースでも見ててくれよ。)

コメットさん☆:(うん…。わかった。がんばってね。ケースケの夢、かなうといい。いい知らせ、待ってる。)

ケースケ:(ああ。たのむ。)

 コメットさん☆は、そう言いながらも、内心なんだか不安な気持ちになっていた。ケースケが優勝するのはうれしい。うれしいけれど…、もしそうなれば、タイトルを保持し続けるために、海外に行ってしまうのではないか?。そうしたらまたずっと会えない…。そんなことを漠然と思う。

ラバボー:姫さま…、姫さまぁ!。

コメットさん☆:…え?、あ、な、何?、ラバボー。

 コメットさん☆は、そんなことをずっと考えているうちに、ぼうっとしてしまったようだ。ラバボーが呼んでいることにも気付かなかった。

ラバボー:姫さま、雨が降ってきたんじゃないかボ?。

コメットさん☆:雨?…。あ、ほんとだ!。

 コメットさん☆が「回想の世界」に入っていたとき、ぽつりぽつりと雨が降り出していた。天気予報が言っていた大雨の前触れかもしれなかった。

 

沙也加ママさん:あら、雨?。洗濯物は…、コメットさん☆がなんとかしてくれるわね。…でも、帰りゆううつだなぁ…。

 沙也加ママさんは、降り出した雨をお店の窓に見てつぶやいた。そのころコメットさん☆は、洗濯物を急いで取り入れていた。

ラバボー:姫さま、か…、風が強いボ!。

コメットさん☆:うん。急いで取り込むよ、洗濯物。

 コメットさん☆の髪を、着ているものを、はためかせるように、風が吹きはじめていた。リビングのガラス戸を開けて、洗濯物をとにかく中に入れると、コメットさん☆はラバボーを抱え、急いでガラス戸を閉めた。ぱらぱらと大粒の雨が、たたきのところにシミを作り始めていた。コメットさん☆は少し濡れてしまった洗濯物を、乾燥機に入れるとスイッチを押した。そして時計を見ると、お昼になるところだった。

コメットさん☆:ふう…。すごい風だったね。さっきまでこんなことなかったのに…、急に…。

ラバボー:天気予報が当たったのかボ?。

コメットさん☆:うん、きっと…。沙也加ママは車だから大丈夫だと思うけど…、ツヨシくんやネネちゃんは、迎えに行かないとダメかも。

ラバボー:雨と風が強くなるようなら、迎えに行くボ。

コメットさん☆:うん。

 コメットさん☆は、そう答えるとリビングに戻り、風に合わせてガタガタと音をたてるガラス戸を見た。早くもガラス戸に、雨だれがすじになって垂れていく。

コメットさん☆:ポッタンビトさんのように、のんびりしてないね…。

ラバボー:今日はそんな気楽なものじゃないボ。

コメットさん☆:そうだね。

 コメットさん☆は、少し微笑んだ。

 乾燥機で乾かした洗濯物を、大急ぎでたたんだコメットさん☆は、ティンクルホンで沙也加ママさんに電話をかけ、いっしょにお昼を食べるため、由比ヶ浜のお店まで星のトンネルを通って出かけた。

 

コメットさん☆:沙也加ママ、来ました。

沙也加ママさん:あらコメットさん☆、よかった。お昼どうしようかと思っていたのよ。

 コメットさん☆は、「HONNO KIMOCHI YA」の軒先に駆け寄ると、ドアを開けて急いで中に入った。ざあっという雨の音が、お店の中に入ってもまだ、ずっと聞こえている。

コメットさん☆:お昼は…、どう…しよう?。

沙也加ママさん:そうね。食べに行く?。

コメットさん☆:私は…、どっちでもいいけど…。この雨だから…。

沙也加ママさん:そうね。じゃあ作って食べようか。

コメットさん☆:はい。じゃあ私が…。

沙也加ママさん:いいのよ。今日は私が作るわ。コメットさん☆は、しばらくお店番していて。簡単におうどんでいい?。

コメットさん☆:あ、はい…。

沙也加ママさん:ラバボーくんもいるの?。いっしょに食べる?。

ラバボー:いいんですかボ?。

 ラバボーは、ティンクルホンから顔を出して、にやけたような顔で答えた。

沙也加ママさん:おなかすいたでしょ?。

ラバボー:…すきましたボ。

沙也加ママさん:じゃあいっしょに食べましょ。コメットさん☆、いつものようにラバボーくんをね。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆は、元気良く返事すると、ラバボーを星力で人の姿に変えた。このごろいっしょに食事したりするときは、ラバボーや、時によってはラバピョンを、人の姿にしていた。沙也加ママさんが、「そのほうが食べやすくないかな?」と心配してくれるからだった。ラバボーにしてみれば、あまり関係ないのであったが…。コメットさん☆は、沙也加ママさんのそんな心遣いが、うれしかった。

 お店の2階には、小さなキッチンがある。そこでは簡単な料理が出来るが、沙也加ママさんがここでお店を開いたときから、こういう設備になっているのだ。お店の中じゅうに、いいにおいがただよう頃、コメットさん☆は、ラバボーといっしょに2階に上がった。いつもより少し遅めの昼食だ。強い風で、目の前の由比ヶ浜は、けっこう波立っている。お店はそのまま閉めないでおいたが、こんな天気の中、お客さんは来ない。

沙也加ママさん:さあ、出来たわよ。食べましょう。ラバボーくんには、お餅を入れて力うどんにしておいたわ。コメットさん☆には、好きなかまぼこを入れてあるわよ。ほかは「しっぽくうどん風」。

コメットさん☆:わあ、おいしそう。沙也加ママ、いただきます。

ラバボー:いただきますボ。

沙也加ママさん:どうぞ、召し上がれ。おいしいかな?。

コメットさん☆:おいしい!。沙也加ママ。

ラバボー:おいしいですボ。姫さま、この力うどんって、王様の好物だボ?。

コメットさん☆:そうだね。お父様は、いつもお餅がたくさん入っていると喜ぶね。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆のお父様は、力うどんお好きなの?。

コメットさん☆:ええ。…ちょっと太り気味なんで、心配なんですけど。

沙也加ママさん:ああ、そう言えば…、うちにいらっしゃったとき、力うどん食べていらっしゃたわね。うふふふ…。思い出した。

コメットさん☆:はい、そうでした。ふふふ…。

 沙也加ママさんとコメットさん☆、ラバボーは、みんなでテーブルを囲む。つるつるといううどんをすする音をたてながら。雨はお店のガラス窓をひっきりなしに濡らしている。

沙也加ママさん:…ケースケ、今頃どうしているかしらね。

 沙也加ママさんが、唐突につぶやいた。

コメットさん☆:…ケースケかぁ…。

 コメットさん☆も、箸を止めて答えた。そしてちらっと窓の外を見た。2階から見下ろす窓の先には、荒れ模様の由比ヶ浜が見える。ケースケが、ずっとライフセーバーをしてきた浜だ。もちろん、今日の様子から、夏のにぎわいを想像することは難しいが、コメットさん☆は、かつて見たケースケの姿、エメラルドグリーン色に輝くオーストラリアの海、夏の暑い浜辺でみんなで遊んだ思い出…。そんなことを思い出していた。

ラバボー:ケースケが、今度の大会で優勝すれば、世界一のライフセーバーと呼べるんだボ?。

コメットさん☆:うん…。そういうことだねっ。

沙也加ママさん:それにしても、うまく勝ち進めてよかったわね。一時はどうなるかしらと思ったけど…。ここ何回かの大会は、あらあら?って思うくらい、すんなり勝ち進んで…。

コメットさん☆:そう…ですね。なんかかがやきが薄くなってた時もあったけど…。ケースケ勝ち進んでいたんだ…。

沙也加ママさん:まるで、それまでの苦労がさっと報われるみたいに、チームも勝ち進んで。あっというまに世界大会。なかなか出来ないことよね。

コメットさん☆:はい。…で、でも…。

沙也加ママさん:でも?。

コメットさん☆:ケースケ、世界一になるのはうれしいけど…。世界一になったら、ど…、どうするのかな?…。

沙也加ママさん:そのあとの進路のこと?、コメットさん☆。

コメットさん☆:ええ…。なんか、またオーストラリアにずっと住むのかなぁって。

沙也加ママさん:オーストラリアかぁ…。そうねぇ…。それは今回の成績と、ケースケの考え方次第でしょうけど…。今のところは何も言っていないわね。

コメットさん☆:ケースケの夢を見届けるのが、なんだか私の夢のようにも思えて、ケースケのかがやきが、私のかがやき探しを手伝ってくれてるような、そんな気がしていたときもあったけど…。その夢がかないそうになっている今は、かえって何か心配な気持ちで…。

 コメットさん☆は、今日の天気のように、沈んだ声を出した。ケースケが、また海外に行ってしまい、当分戻ってこないかもしれないという、不安な気持ちが、その心を支配してしまう。

ラバボー:姫さま、ケースケの夢は、姫さまの夢じゃないボ?。

コメットさん☆:えっ!?。

ラバボー:もしケースケが世界一のライフセーバーになっても、姫さまがいっしょに世界一のライフセーバーになるわけじゃないし…、それに、そもそも姫さまの夢って何だボ?。

コメットさん☆:わ…、私の夢か…。私の夢は…、やっぱり星の子や星ビトのために、いつか星国に帰って、星国のみんなを楽しく暮らせるようにすること…かな?。

ラバボー:ほら、やっぱり全然違うボ?。ケースケの夢と、姫様の夢は。

コメットさん☆:そ、それはそう…だけど…。

沙也加ママさん:コメットさん☆は、やさしいし、責任感が強いから、そうやって自分のことよりも、星国のことを大事に思うのね。なかなかそんな気持ちを持つことは出来ないわ。それは大事な心持ちだけれど…、そればっかりがあなたの夢かしら?。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

 コメットさん☆は困った。ラバボーの言うのは当たり前の理屈だし、沙也加ママさんの言うこともよくわかる。自分の心の向きだって、完全に決まっているわけじゃない。どうすればいいんだろう…。コメットさん☆は、気持ちをまとめることが出来ないと思いながら、少し視線を上げて、2階の吹き抜け越しに、窓の外を見つめた。

 

 下校の時間になったので、コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんを迎えに学校まで行った。そして二人を家まで、星のトンネルで送り届けながら、自分もいっしょに家に帰った。星のトンネルの中からも、激しい風と雨で荒れ模様の街が見える。

ツヨシくん:ああ、傘が壊れている人がいる。

ネネちゃん:ほんとだ。

コメットさん☆:こんな日は大変だね…。景太朗パパ、大丈夫かな?。

ツヨシくん:パパどこまで行ったんだろう?。

ネネちゃん:横浜までって言っていたよ。

コメットさん☆:横浜の事務所に、書類を出すんだって。早めに帰ってくるって、景太朗パパ言っていたよ。

ネネちゃん:それなら、ママ迎えに行くのかなぁ?、車で。

コメットさん☆:たぶん…。

 玄関先で、コメットさん☆たちは星のトンネルから出た。コメットさん☆が持っている鍵で玄関を開ける。

ツヨシくん:ただいまー…って、誰もいないよねー。あはははは…。

ネネちゃん:私たちだけだよ。

コメットさん☆:うふふっ、そうだね。沙也加ママが、冷蔵庫におやつのプリンが入っているって言ってたよ。みんなでいっしょに食べよ。

ツヨシくん:ほんと?。やったぁ。じゃあカバン置いて、手洗ってくる!。

ネネちゃん:プリン、プリンー!。私も手洗ってこよう!。

コメットさん☆:私も続いて洗お。あ、その前に…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんが、手を洗いに行くのを見届けると、リビングの端のガラス戸を開け、そこから雨戸を出して閉めはじめた。

ラバボー:姫さま、もう雨戸閉めるのかボ?。

コメットさん☆:うん。沙也加ママが、早めに閉めておいてねって。…わっ、…すごい風。

ラバボー:今日の天気だと、確かにそのほうがいいボ。

コメットさん☆:雨と風が強いよ…。

 コメットさん☆がリビングのガラス戸を開けたので、強い風が家の中に入って来る。コメットさん☆は、急いで雨戸を次々に出して、敷居を滑らせ、閉めていく。それでもコメットさん☆の手や足は、風に乗じて入ってくる大粒な雨で、少し濡れてしまうほどだった。

 

 雨と風は夜になってもやまなかった。夜7時頃に、稲村ヶ崎駅まで帰ってきた景太朗パパさんを、沙也加ママさんは車で迎えに行き、みんなそろったところで、少し遅い夕食になった。風でガタガタと音をたてる雨戸が閉まっているので、なんだか台風の夜のようである。

 夕食がすんで、宿題を片づけるツヨシくんとネネちゃんの声が聞こえているリビングから、2階の部屋に上がったコメットさん☆は、何となく本を読んでいた。しかし、なんだかいつもと違い、読んでいる本の活字が、よく頭に入らない。コメットさん☆は、天井見上げを見た。コメットさん☆の部屋の天井は、文字通り屋根の裏だ。今日のような日は、屋根を叩く雨音が、ざあざあと聞こえる。

コメットさん☆:すごい雨…。

 コメットさん☆は、小さな声でつぶやいた。時々ひゅうと鳴る風の音も聞こえる。どこかの隙間から吹き込んでいるのかもしれない。しかしその風は、どこかコメットさん☆の心の中にも吹いている…。そんな感じであった。

 コメットさん☆がお風呂に入って、上がってきても、春の嵐は、まだまだおかまいなしだった。

ツヨシくん:ネネ、勝負ぅ。

ネネちゃん:あ、あはははははは…。くすぐったいぃーー。

 ツヨシくんとネネちゃんがくすぐりあって遊んでいる声が聞こえる。

沙也加ママさん:こらー。もう寝なさい、二人とも。明日も学校でしょ?。

 いつもより、少し夜更かし気味の二人を、注意する沙也加ママさんの声も響く。コメットさん☆は、いつになく落ち着かない気分で、それでも今日の出来事を、メモリーボールに記録すると、そっとベッドに入った。相変わらず、コメットさん☆の部屋の窓は、風でコトコトと音をたて、ガラスに雨が叩きつけられていた。そんな様子を、ベッドの枕に頭をのせて、コメットさん☆はじっと見ていた。鎌倉はまだ自然が残っているところだと言える。それが、こういう天気の時には、ちょっぴりコメットさん☆を怖い気持ちにさせる。しかし、やがてコメットさん☆は、眠りに落ちていった。

 

 どのくらい時間がたったのだろう。コメットさん☆は、怖いような夢を見ていた。何かが襲いかかってくる夢。追いかけられ、逃げても逃げても追ってくる何か。

コメットさん☆:やめて…、いやだ…。あっ!…。

 コメットさん☆は、思わずベッドの上にはね起きた。

コメットさん☆:……はあっ…はあっ、…はぁー。ゆ、夢か…。

 起きるとそこは、もちろん自分の部屋のベッドだった。

コメットさん☆:…びしょびしょだ…。

 コメットさん☆は、小さい声でつぶやくと、襟足を手でぬぐった。そしてベッドから一度降り、暗い部屋の中で、ベッドに腰掛け、ほっと息をついた。冷たい汗が額と背中に広がっていた。雨と風はまだ勢いを弱めず、雨は窓に、屋根に叩きつけていた。風にのった雨の、ざあっざあっという音が、ひっきりなしに聞こえる。

コメットさん☆:(…なんか、怖い夢だったな…。よくわからないものが、私をさらいに来た…。)

 コメットさん☆は、少し前まで見ていた怖い夢の内容を、思い返してみた。そして、暑い季節でもないのに、汗をかき、濡れて冷たい肌着を替えようと、ベッドから立ち上がり、振り向いて窓の外を見た。窓の端からは、大きく揺れる庭の木が見えた。黒々とした木が、ざわざわと揺れている。その様子も、少し不気味だった。それでもコメットさん☆は、さっと着替え、もう一度ベッドの中に入った。しかし目が冴えてしまって、なかなか眠くならない。無理に目を閉じても、気がかりなことを考えてしまう。

コメットさん☆:(ケースケは、どうしたかな?…。)

 コメットさん☆は、それが結局のところ気がかりだった。ただ今回の大会での成績が心配なのではない。

コメットさん☆:(…ケースケが、世界一のライフセーバーになったら、私、どうしたらいいんだろ…。ケースケの夢は、私の夢かもって思ったときもあった…。でも、それは違うよね…。私の夢は私の夢。ケースケの夢はケースケの夢…。みんなそうなんだよね…。)

 コメットさん☆は、一つ寝返りをうつと、なおも考え続けた。

コメットさん☆:(…ケースケの夢を、私、いっしょには追えないよ…。私、きっといつかは星国に帰らなきゃ…。景太朗パパや沙也加ママにも、お世話になりっぱなしだし…。だいたい、私は星ビトだもの…。それに…、もし星国にケースケが…、その…、ついて…来てくれても…、ケースケが世界一のライフセーバーであり続けるという夢は、星国じゃかなえられない…。…でも、私がケースケのために、おばさまみたいに、地球にずっと住み続けたら…。星の子たちや星ビトたちは…、誰が…?。…地球でのかがやき探しは、ケースケのかがやきを見届けるためだけで終わりなのかな…。喜んで私を地球に送り出してくれた星の子や星ビトは、なんて思うだろう…。)

 コメットさん☆の脳裏には、ますます眠れなくなってしまうようなことが、次々に浮かぶ。しかたなく、また窓のほうに寝返りをうつ。そうして、ひっきりなしの雨と風を見るうちに、ふと思い出した。

コメットさん☆:(…そうだ。桐の木さんはどうしているかな?。…心配なことがあったら、私を呼びなさいって、言ってくれた…。…桜も心配だし、こんな時間だけど…、裏山に行ってみようかな…。)

 コメットさん☆は、裏山にある大きな桐の木が、去年の夏、王妃さまが花火大会を見に来たとき、「不安なこと、心配なこと、もどかしい気持ち…。そんなことを感じたら、私を呼んで下さい」と言っていたことを思い出した。そして、そっとベッドから降りると、部屋のドアを開け、1階のリビングに降りた。リビングは、当然のことながら真っ暗で、誰もいない。コメットさん☆はリビングの窓のところまでさっと歩き、ガラス戸と雨戸を開けて外に出ようかと思った矢先、淡い赤紫色の光を見た。

コメットさん☆:…こ、この光は…。桐の木さん?。

 コメットさん☆がそうつぶやくが早いか、コメットさん☆の体は、パジャマ姿のまま、その光にやわらかく包まれていた。

コメットさん☆:…こ、これは…?。桐の木さん、あなたなの?。

桐の木:ええ。眠れないのですか?、星の国の王女。

コメットさん☆:…うん。

 どこからともなく、コメットさん☆の心に響くかのように、桐の木の声が聞こえる。しかし桐の木の前にいるわけではなかった。

桐の木:あなたの心配事を聞かせて下さい。

コメットさん☆:…あ、は、はい。

 コメットさん☆は、こちらから言ったわけでもないのに、「心配事を」、と言われ、びっくりして思わずかしこまった。しかし、そのあとはおずおずと続けた。

コメットさん☆:…あ、あのね…、私、その…、ケースケが…好き…なんだけど…。…その、ケースケの夢を見届けたいって思う。…でも、その夢は、私の夢と重ならない…かも。

桐の木:重ならないとはどういうことですか?。

コメットさん☆:ケースケの夢は、世界一のライフセーバーになること。…でも、私の夢は…、それをいっしょにかなえることじゃないし…、星国をいつかまとめないと…。

桐の木:あなたが自分の夢を追おうとすれば、ケースケくんの夢は、遠くなってしまうかもしれない。でもケースケくんの夢を、いっしょに追うことは出来そうにない、そういうことですね?。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は、自分が多くを語らないのに、桐の木が自分の心の中を読んでいるのだと思った。でも今は、それが不快なわけではない。

桐の木:人はあれこれと思い煩うものです。それはひととき大事に思えるかもしれませんが、それを通り過ぎてしまえば、意外と大事なことではなかったりもしますよ。全ては時が解決してくれるでしょう。今決めなければならないことは、何もないのではないですか?。

コメットさん☆:え!?…。あ、…うん。そ…そっか…。

桐の木:だから、夢が重なるか重ならないか、今そのことばかり考えるより、今夜はぐっすり寝て、時の流れに身を任せることも大事ですよ…。

 コメットさん☆は、その声を聞くと、すうっと眠くなるのを感じた。

コメットさん☆:…あ、桐の…木さ…ん…。

 

 コメットさん☆は、ふと目を覚まし、ベッドの上に起きあがった。すっかり天気は回復した朝になっていた。

コメットさん☆:…また、眠っちゃった…。

 コメットさん☆は、朝の光が射す窓辺を見つめて、ふう、とため息をついた。

コメットさん☆:(いったい、桐の木さんは何を知っているんだろう?。…「全ては時が解決してくれる」って…。どういう意味かな…。)

 それでもコメットさん☆は、着替えをはじめた。するとちょうどラバボーが目を覚まし、窓辺に置いたティンクルスターから顔を出した。

ラバボー:姫さま、おはようだボ。

コメットさん☆:あ、ラバボー、おはよ。

 

 コメットさん☆の一日は、また始まる。昨日の春の嵐は行ってしまった。春になったばかりの街が、みんなを呼ぶ。

コメットさん☆:(ケースケ、世界大会がんばってね…。)

 コメットさん☆は、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょに、家の前の坂を駆け下りていく。小さな思いを胸に秘めながら。楽しそうなコメットさん☆だけれど、その小さな思いが、胸の奥をじんじんとさせる。ケースケは世界大会で勝てるのか?。ケースケの夢を、見届けたいコメットさん☆なのに、ちょっぴりその心には影が落ちていた…。

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★第243話:見上げた空の下−−(2006年3月中旬放送)

 ここ数日、コメットさん☆は、ウッドデッキから空を見上げていた。そして決まって遠くの海を見て…。

(景太朗パパさん:ケースケが行ったオーストラリアは、時差が少ないんだよね。)

(コメットさん☆:時差…。ここが昼なら、ケースケがいるところも、昼間っていうことですよね?。)

(沙也加ママさん:そういうことね。ケースケにも、それは追い風だわ。)

(コメットさん☆:追い風?。)

(沙也加ママさん:時差が少なければ、生活のリズムを変えないで試合に臨めるでしょ?。)

(コメットさん☆:あ、そっか…。)

 コメットさん☆は、そんな数日前の会話を思い出し、さらに自分も見たオーストラリア・ケアンズの風景を思い出していた。ケースケが世界大会に臨むのは、ケアンズではないけれど、きっと同じような海なのだろうと思った。コメットさん☆は、空を見上げると心の中でつぶやいた。

コメットさん☆:(…ケースケは、この同じ空のずっと先に…。)

 同じ青空の下のどこかで、ケースケががんばっているのだと思うと、かがやきを分けてもらっているような、そんな気分になる。

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、毎日は普通に過ぎていく。ツヨシくんとネネちゃんは学校に行き、景太朗パパさんは設計の仕事を進め、沙也加ママさんはお店に出て、コメットさん☆はそれを手伝う。プラネット王子が時々やって来て、チェスをしたり、ラバボーはラバピョンのところに出かけていき、遅く帰ってきたりする。メテオさんと、学校の春休みが近いカロンやミラとも、おしゃべりをしたりした。そんな毎日を過ごしていても、コメットさん☆は、毎日新聞を見て、テレビのニュースを気にかけていた。今までこんなに新聞のスポーツ欄や、テレビのスポーツコーナーを意識したことはなかった。

 ところが、ケースケに関するニュースは、新聞、テレビのいずれからも伝わってこない。そもそもオーストラリアで、ライフセービングの世界大会が開かれていること自体、伝えるメディアなど、ありはしなかったのだ。

 そんなある日、学校から帰ったツヨシくん、ネネちゃんといっしょに、またウッドデッキに立っていたコメットさん☆は、ふとつぶやいた。

コメットさん☆:…ケースケ、どうしたんだろ。

ラバボー:姫さま…。

ツヨシくん:……コメットさん☆…。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、負けちゃったのかなぁ…。

 コメットさん☆は、ネネちゃんの言葉にはっとした。だが、ツヨシくんは、遠いケースケのことを心配するコメットさん☆の姿を見て、それがなぜかはわからないのに、どこか胸がじんじんとするような、表現しにくい感覚にとらわれていた。

ツヨシくん:(コメットさん☆…、なんで?。)

 言葉にするなら、そんな気持ち…。景太朗パパさんは、リビングの窓から、そうしたコメットさん☆たちの様子を、そっと見ていた。景太朗パパさんは、ここ1日2日、迷っていたのだが、すっと仕事部屋へ行くと、コンピュータの前に座った。

景太朗パパさん:…調べてみるしか、ないんだろうな…。

 景太朗パパさんは、そうつぶやくと、コンピュータで検索をはじめた。…程なく、結果は出た。コンピュータを操作する前から、景太朗パパさんには、なんとなく予想のついていた結果だった。それでも結果をプリンターで印刷すると、仕事部屋を出て、ウッドデッキに向かった。

景太朗パパさん:おおい、コメットさん☆。それにツヨシとネネ、ちょっと来てごらん。

 景太朗パパさんは、リビングのガラス戸から、みんなを呼んだ。

 

 ケースケが旅立ってから、もう5日が過ぎようとしていた。既に大会は終わっていた。

コメットさん☆:ケースケ、勝てなかったんだね…。

ネネちゃん:惜しかったよね…。

ツヨシくん:…ケースケ兄ちゃん、張り切っていたのにな…。

 景太朗パパさんが印刷して持ってきてくれた紙を見ながら、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんはリビングのいすに座って、ため息をついていた。景太朗パパさんも、顔にこそ出さないが、内心がっかりしていた。

景太朗パパさん:…まあ、やっぱり世界の壁はなかなか厚いということなんだろうね。個人で13位、団体では予選落ちか…。

コメットさん☆:…ケースケ、あんなにがんばっていたのに…。

景太朗パパさん:でも、世界で13番目ってことだから。それはそれで大変なことだよ。

コメットさん☆:そっか…。そうですよね…。

 コメットさん☆は、そう言いながらも、雨の中でもランニングをしていたケースケの姿を思い出していた。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん、これからどうするんだろう?。

ネネちゃん:え?…、ツヨシくん、なんでそんなこと心配なの?。

ツヨシくん:なんでって…。だってもうすぐ高校卒業じゃん。ケースケ兄ちゃん自分でそう言っていたもん。

景太朗パパさん:そうだなぁ。…まあ、この夏はまた一生懸命由比ヶ浜のライフセーバーをするだろう。あいつ自身がどういう道を歩むか、まだはっきり決めていないだろうけど、とりあえずは明日か明後日あたりには、この街に帰ってくるだろうさ。

コメットさん☆:帰ってくる…、ケースケが…。

 コメットさん☆は、それを聞いて、ほっとした自分に気付いた。それは「またいっしょに話をしたり、夢を語って、かがやきを見せてくれるいつもの時間が戻ってくる」という思いであった。コメットさん☆には、ケースケが世界一のライフセーバーになったら、なんだか手の届かないところに行ってしまうのではないか、という思いがあったから…。ところがコメットさん☆は、次の瞬間、なんだかイヤな気持ちになっていた。

コメットさん☆:(ケースケは、世界一のライフセーバーになりたいんだよね…。私に出来るのは、それを応援すること…。ケースケのかがやきを見届けること…。それなのに…、私は今、ケースケが帰ってきて、またいつものようにそばにいるのが、うれしいって思った…。それって…、ケースケの夢を、心の中でだけど、じゃましてるみたい…。)

 コメットさん☆は、ケースケが夢を達成することよりも、一瞬ではあるけれど、自分の思いの方を優先したような気持ちになったことで、複雑な気持ちになった。

 

 その日の夕方、コメットさん☆は、あの裏山にある桐の木の下にいた。昼間たずねた、スピカさんのことを思い出しながら。

(コメットさん☆:…おばさま聞いて。ケースケがライフセーバーの世界大会に出場したの。…でも、勝てなくて、世界一にはなれなかったんだけど…。その結果を聞いたとき、私、なんだかほっとして…。そんな自分が…、イヤだなって…。)

(スピカさん:ほっとしたって、どんなふうに?。)

(コメットさん☆:ケースケが、世界一のライフセーバーになったら、また海外に行っちゃうのかなって…。そうしたら寂しいなって。ケースケが世界大会に出るってわかってから、ずっと心のどこかで思ってた…。ケースケには、夢をかなえて欲しいし、それがケースケのかがやきのもとで、それを見届けるのが私の希望だったのに…。それなのに…、ケースケが世界一になれなかったのに…。)

(スピカさん:…そう。…私だって、星国に残るか、修造さんについて行くか、とても悩んだなぁ。…ふふふ、順番かしらね。)

(コメットさん☆:…えっ?。…おばさま、そ、そんなまだ、ケースケのこと、そんなふうに思って…、ないけど…。)

(スピカさん:…この先、ケースケくんが、たとえ遠くに行ってしまっても、自分の道は、自分で決めるしかないのよ、コメット。)

(コメットさん☆:…は、はい、おばさま…。…それは…、そう…なんだよね…。)

(スピカさん:あんまり今悩んでも、仕方ないかもしれないわね。いつものあなたらしくしていれば、自然と道はひらけるものだと思うわ。それでいいんじゃない?。ある程度の時間が必要かもね…。)

 コメットさん☆は、スピカさんに言われた言葉を思い出し、そして桐の木を見上げた。スピカさんに投げたつもりが、投げ返されたようなボール…。自分で考えるべきボール…。そのボールをたずさえて、桐の木の前に立っているつもりが、この前と同じく、芽吹く様子もない桐の木は、ずっと空を目指して立っているだけだった。

コメットさん☆:(桐の木さんは、ケースケが世界一になれないって、知っていたのかな?…。…でも、そんな未来のことがわかるなんて…、あるのかな?。)

 コメットさん☆は、桐の木が語った「全ては時が解決してくれる。今決めなければならないことは、何もない」という言葉が、果たしてケースケの結果を示す言葉だったのだろうかと思った。しかし、そう考えれば、スピカさんの言葉だって、未来を暗示する言葉にも聞こえる。もしスピカさんが、コメットさん☆自身の未来を知っているなら、それを教えてくれないはずもない。そう考えると、ますますコメットさん☆の思いは、こんがらかってきてしまう。

(スピカさん:人の一生の間には、大きな分かれ道がいくつか必ずあるわね。それは星ビトだって同じ…。そこでは、自分でどっちの道を選ぶか、じっと考えて決めるしかないわねぇ。それで失敗のほうを選んじゃっても、あとでやり直すことにして、後悔しないこと。それは大事かなぁ。)

 コメットさん☆は、別れ際にスピカさんが言った言葉を噛みしめ、もう一度桐の木を見上げると、気を取り直して、裏山をあとにした。

 

 2日ほどたって、ケースケは無事帰国し、さっそくあいさつしに、景太朗パパさんのところへやって来た。

ケースケ:…師匠、すみません。…旅費まで助けていただいたのに…。…オレが、ふがいないばっかりに…。

景太朗パパさん:そんなこと気にするな、ケースケ。やるだけのことはやった。そうだろ?。

ケースケ:それは…、そうですが…。なんかくやしいっす…。

景太朗パパさん:また挑戦するんだ。まだチャンスはいくらでもある。すんだ大会のことより、次をどうするか。そのほうがケースケには大事なはずだろ?。また一生懸命トレーニングして、優勝を目指すんだ。

ケースケ:…はいっ。がんばりますっ!。

景太朗パパさん:よーし。その意気だ。ケースケには応援してくれる人がいるだろ?。

 唐突にそんなことを言われ、ケースケの頭には、コメットさん☆の姿がよぎった。あわててケースケは答える。

ケースケ:…そそそ、そんなのいないですよ!、し、師匠。…や、やめて下さいよ。

 ケースケの顔は、みるみる真っ赤になった。

景太朗パパさん:ええ?、みんなそうじゃないか…。あ、もしかしてコメットさん☆のことを思ったか?。あはははは…、…がんばれよ、ケースケ。

 景太朗パパさんは、少々気を回しすぎなケースケの肩をぽんと叩くと、やさしく笑った。

 景太朗パパさんに報告を終えたケースケは、珍しく藤吉家のウッドデッキのところに来て、遠くの海を眺めていた。コメットさん☆は、ケースケが景太朗パパさんの報告している間、2階の部屋にいたのだが、ケースケが一人ウッドデッキにたたずんでいるのを見て、部屋から降りて、ウッドデッキに上がった。そして、そっと声をかける。

コメットさん☆:…ケースケ、残念だったね…。

ケースケ:…あ、ああ…。

 ケースケは、景太朗パパさんに言われた言葉を思い出し、内心ドキドキした。コメットさん☆もまた、少しドキドキしていた。

コメットさん☆:…ずいぶんトレーニングしていたのにね…。

ケースケ:…まだ、足りてねぇんだよ。

コメットさん☆:えっ?。

ツヨシくん:むー、コメットさん☆とケースケ兄ちゃん、何話しているんだろ…。

ネネちゃん:ツヨシくん、なんでこっそりこんなところにいるの?。

 ツヨシくんとネネちゃんは、玄関に近い建物のかげから、コメットさん☆とケースケをうかがっていた。

ツヨシくん:だって、気になるじゃん。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃんと、コメットさん☆がいい雰囲気だから?。

ツヨシくん:…ち、違うよ!。

ネネちゃん:あ、ツヨシくん赤くなったー。図星でしょ?。

ツヨシくん:…だ、だって、コメットさん☆は…。

 と、その時、ケースケのやや大きい声が聞こえた。

ケースケ:やっぱ、足りてねぇんだよ!。もっともっとトレーニング出来ないと!。そうしないとオレは…。

コメットさん☆:ケ、ケースケ…。

 コメットさん☆は、びっくりしてケースケをじっと見た。ケースケは、怒ったような顔をして、ウッドデッキの手すりを、こぶしで叩いた。ツヨシくんとネネちゃんも、びっくりしてその様子を見た。

ケースケ:あ、いや、すまん…。つい…。コメットに言っても、しょうがないよな…。

コメットさん☆:…しょうがないって…。私…。

 コメットさん☆は、「しょうがない」という言葉に、少し傷ついた。ケースケはそんなつもりではなかったのだが…。

ケースケ:…あ、そ、その…、いや、そういう意味じゃなくてよ…。オレの問題で、コメットのせいじゃなくて、その、コメットに言っても、自分の問題だから…。ああああーーーー!、オレ何言っているんだぁ。

コメットさん☆:ケースケ…。ふふっ…。

 コメットさん☆の顔色が変わったことに気付いて、うろたえたケースケは、あわてるあまりしどろもどろになって、わけのわからないことを口にしてしまっていた。そんなケースケの様子に、コメットさん☆は気を取り直して、少しにこっと笑った。

コメットさん☆:あのねケースケ。

 コメットさん☆は、遠くの海を見つめると語りだした。

ケースケ:えっ?。な、なんだよ?。

コメットさん☆:時が解決してくれることもあるって。あわてて今決めないとならないことなんてないって。

 ケースケは、それが焦り気味の自分を、押しとどめてくれようとする言葉なのだと気付いた。

ケースケ:…そ、そうかな?。

コメットさん☆:友だちが言ってた。

ケースケ:友だち?。メテオか?。

コメットさん☆:ううん。もっと違う友だち…。

ケースケ:へえ…、そうか…。そいつ…、いいやつだな。

コメットさん☆:あはっ。今度伝えておくね。

 ケースケは、落ち着いた様子で、コメットさん☆の隣にたたずみ、同じように遠くの海を見た。海は少し波立って、白い波がちらりちらりと見えた。

ツヨシくん:むーー、なんか気になるなぁ、ケースケ兄ちゃんはぁ。大きい声を出したかと思うと、またコメットさん☆と二人でヒソヒソ話してる。もう!。

ネネちゃん:ツヨシくん、コメットさん☆はケースケ兄ちゃんのことが好きなんだよ?。

ツヨシくん:…し、知っているよ!。で…、でもぉ…。ぼくだってコメットさん☆のこと好きだもん。

ネネちゃん:…知っているよ?。今さらだよ?、ツヨシくん。

 そんなツヨシくんの思いなど、つゆも知らないケースケは、遠くの海を眺めながら思っていた。

ケースケ:(コメットには、どこかかなわないよな…。コメットの言葉も、笑顔も、不思議な力を持っているような…。そんな気がするぜ…。)

 ところがコメットさん☆は、少しまた心配に思っていた。

コメットさん☆:(…ケースケの夢は、やっぱり遠いよ…。私とは、全然違う世界…。同じように夢を追うなんて…。桐の木さんは、時が解決してくれるって言うけれど…。)

 翌日ケースケは、夜間高校の先生の元へ、報告に行った。

ケースケ:やっぱり先生、例の件、よろしくお願いします。お袋には、オレから言いますから…。

夜間高校の先生:…そうか。でもな三島、お前の意気込みは買うが…、今すぐ決めようとするな。夏が過ぎてからで十分だから。

ケースケ:…は、はあ。やっぱり先生もそう言われるんですか。

夜間高校の先生:秋口の国内大会の成績も考えに入れろよ。それに…、学業のほうも、卒業に必要な単位を落とさないようにしないとな。焦りは禁物だぞ。

ケースケ:…焦りは禁物…。そうですね。わかりました。先生、すみません。

夜間高校の先生:なあに、別に謝ることはない。精一杯がんばれ。後ろは見るな。

ケースケ:はいっ。

 ケースケは、校舎の外に出て、ふと暗い空を見た。まだ冷え込む空には、たくさんの星が広がっていた。同じ頃、コメットさん☆は、部屋の窓から空を見ていた。同じように、空にはたくさんの星が広がっている。ツヨシくんもまた、リビングのガラス戸から、パジャマ姿で空を見ていた。同じ空の下、星は今夜も、誰の上にもまたたいて、それぞれの思いを受け止める…。

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★第244話:星国定期便−−(2006年3月中旬放送)

 コメットさん☆は、また今までと同じような生活を送っていた。すなわち、朝学校に行くツヨシくんとネネちゃんを送り出し、景太朗パパさんの電話番をしたり、沙也加ママさんのお店を手伝って、夕方近くになると、学校から帰ってくるツヨシくんとネネちゃんを迎え、いっしょに遊ぶ、というような生活。もう5年にもなる、地球での生活の中で、仕事の大変さや、継続することの厳しさも、少しずつはわかってきていた。

 そんなある日、コメットさん☆は、いつものように沙也加ママさんのお店の手伝いに、午前中から行っていた。春になったばかりの季節、花々はまだあまり咲かないので、それほど観光客の人々は多くないが、それでも真冬よりは、お店のお客さんになってくれる。市内を観光して、冷たい風の吹く由比ヶ浜を見て、そのついでに寄ってくれるお客さんも、少しはいる、というわけだ。そういうお客さんの合間を縫って、コメットさん☆は、掃除をしたり、少しずつ品物の置き方を変えてみたりする。そんな作業は意外と楽しい。お店の前側の窓からは、由比ヶ浜の海が見え、春の日の光が、温かく射し込む。そういうさわやかな景色を見ていると、コメットさん☆は、もうすぐ桜が咲いて、本格的な春がやってくることを実感する。

コメットさん☆:沙也加ママ、今日はもうサーフィンしている人がいる…。

沙也加ママさん:そうね。冬でもやっている人はいるけど、今日はあたたかいからかしら?。

コメットさん☆:でも…、冷たくないのかな?。

沙也加ママさん:ウエアをきちんと着込んでいるから、直接身にしみるということはないらしいけど、やっぱり冷たいって聞いたわね。

コメットさん☆:そうなんだ…。誰から?、沙也加ママ…。

沙也加ママさん:誰だったかしら?。お店に品物を置いてる工房の人だったかな?。もう40歳こえる人なんだけど、趣味でサーフィンしているって言っていたわ。自転車の片側にサーフボードをつけて、浜まで走って行くんですって。

コメットさん☆:あ、そんな人見たことあります。あれ面白い。転ばないのかな?。

 コメットさん☆は、そう答えながら、ちらりとケースケのことを思い出していた。ケースケはどうだったか…。手に抱えるようにして、サーフボードを持っていたっけ…。窓の外の由比ヶ浜を見ながら、そんなことを思う。

沙也加ママさん:…そうね。片側にどんどん寄って行っちゃいそうに思うけどね。

 何気ない会話が、コメットさん☆と沙也加ママさんの間に続く。まるで仲のよい親子のように…。

沙也加ママさん:…そろそろお店一度閉めて、お昼を食べましょ、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい、沙也加ママ。

 時計は12時を回り、お客さんが途切れたところで、沙也加ママさんとコメットさん☆は、お店をお昼休みにした。

 お昼を2階のキッチンで、簡単にすませたコメットさん☆と沙也加ママさんは、時計が1時を回ると再びお店を開けた。「HONNO KIMOCHI YA」には、行列が出来たりは、普通しないので、外でお客さんが待っているということはない。開けてしばらくすると、ぽつりぽつりとお客さんが立ち寄っていくという感じだ。だからコメットさん☆と沙也加ママさんは、お店の中にお客さんがいないときは、とりとめのない話をしていたり、時には大まじめな話をしたり、という具合である。

コメットさん☆:もうすぐ桜が咲きますね、沙也加ママ。

沙也加ママさん:そうねー。早いわねぇ。ついこの間紅葉の季節かしらと思っていて、あっと言う間に年末、そして年始だったのにね。

コメットさん☆:そうですね…。景太朗パパからもらった、鉢植えの御殿場ザクラ、今年も咲くかなぁ…。

沙也加ママさん:咲くでしょ?。調子悪そうなの?。

コメットさん☆:いえ…。冬に少し枝を刈り込んでおいた方がいいって、景太朗パパに言われて、伸びすぎた枝を切ったんだけど…。

沙也加ママさん:きっと大丈夫よ、コメットさん☆。

コメットさん☆:…あはっ、そうですよね。

沙也加ママさん:今どこにあるの?。

コメットさん☆:ウッドデッキのはじ…。

沙也加ママさん:この先花が咲いて、葉っぱが出ると、日当たりがいいところに置いた方がいいと思うから…。リビングの窓のすぐ前に出したら?。

コメットさん☆:じゃあ、そうします。

沙也加ママさん:ブロックかレンガの上に載せるといいわ。

コメットさん☆:ブロックかレンガ?。

沙也加ママさん:そのほうが、朝夕の地面から来る寒さや霜を少し防げるし、強い雨が降っても、日照りが強くても、ある程度防げるからね。

コメットさん☆:へぇー、沙也加ママ詳しい!。

沙也加ママさん:いやぁね、詳しいってほどじゃないわよ。ふふふ…。

 そんなおしゃべりを続けていた二人だが、2時過ぎになって、沙也加ママさんは、急に依頼された配達に、車で行くことになった。鹿島さんが作った流木アートを、逗子のほうまで届けるのだ。

沙也加ママさん:それじゃ行って来るから、悪いけど少しの間お店番頼むわね、コメットさん☆。

コメットさん☆:はい。大丈夫です。

沙也加ママさん:何か急な用事があったら、携帯電話に電話くれればいいわ。

コメットさん☆:はい。

沙也加ママさん:じゃあね。

コメットさん☆:気をつけて、沙也加ママ。

 沙也加ママさんは、車の運転席から手を振ると、国道に出て、逗子のほうに向け走り去っていった。コメットさん☆は手を挙げてそれを見送った。沙也加ママさんの車が見えなくなると、コメットさん☆はひとりである。もっともラバボーがいるときは、そうではないのだが、今日はラバピョンのところに遊びに行っている。コメットさん☆は、とりあえずレジの後ろにある高いすに座った。

コメットさん☆:しばらくひとりだなぁ…。お手洗いも行かれないね…。

 コメットさん☆は、そんなことを言いながら、時計を壁の見上げた。まだ沙也加ママさんが出かけてから、10分も経っていない。

コメットさん☆:お客さんもいないから、棚のほこりとりしようかな…。

 コメットさん☆は、所在なげに立ち上がり、物置からほこり取りのハンディモップを取り出した。手に持って棚をするするとひとなですれば、ほこりを取ることができるというものだ。ところが物置から取り出して、レジ横の棚にかけ始めると、ドアを開けて入ってくる人がいた。

宅配便の人:こんにちはー。集荷にお伺いしました。

コメットさん☆:あ、はーい。

 コメットさん☆は、ハンディモップをレジ台の上に置き、ドア脇の発送荷物に駆け寄った。お店で買ったものを、家まで宅配便で送りたいという人や、遠くの友人への贈り物にしたいという人が、昨日3人いたので、荷物を集荷に来てもらうことにしていたのだった。最近こういうことも、時々ある。

宅配便の人:えーと、今日は3個ですね。

コメットさん☆:はい。全部ワレモノで。

宅配便の人:わかりました。はい、これ伝票。精算は月末締めになります。

コメットさん☆:はーい。よろしくお願いします。

 沙也加ママさんから教えてもらったように、荷物ごとに伝票をもらい、それをレジ台の引き出しに入れた。「ワレモノ」のシールが貼られた荷物は、軽々と集荷の人の手で、外に止めたバンに積まれ、お店を出ていった。コメットさん☆は、それを見送ると、レジ台の上に置かれたままになっていたハンディモップを再び手に取り、棚にかけようとした。しかし、今度はお客さんが3人ほどやって来た。それに応対するために、またほこり掃除は中断して、今度はハンディモップを、そっとレジ台の後ろに隠すように置いた。

 レジ打ち、品物の包装、かかってきた電話に出て、「お店のまるごとクリーニング」の勧誘を断り、別なお客さんに説明をし、買うことにしたお客さんのために箱を出し…と、コメットさん☆は忙しく働く。いつものことと言えばそうだし、暇な時は何もないような「HONNO KIMOCHI YA」だが、いざ一人で店番をしてとなると、実はかなり忙しいときもある。大変さを実感する時である。

コメットさん☆:(私がここに来る前は、沙也加ママ一人でやっていたこと…。もう大変…。)

 コメットさん☆は、やることの手順はともかく、一人で何もかもこなすのは、意外と大変なことなのだと思う。ふと、コメットさん☆は振り返って、何人かの人々を思う。

コメットさん☆:(一人で何でもするって、とっても大変。カスタネット星国の女王さまも、プラネット王子も、一人暮らしのケースケも…。景太朗パパだって、メテオさんも…きっと…。)

 ちょっと思い浮かべただけでも、さしたる相談もせずに、一人で考え、一人で決めて、一人で何かをこなさなければならない人は、何人もいる。コメットさん☆は、「自分も、いつか一人で何でも考えて実行できるようになるだろうか」と、少し不安な気持ちにもなった。

 だが誰でも、出来ないと思ったら、出来ることでも出来なくなる。たいていのことは、出来るようになるもの。40分ほどで帰ってきた沙也加ママさんは、コメットさん☆の不安を吹き飛ばすように言った。

沙也加ママさん:最初はね、みんな誰でもうまくできなくても、だんだん上手になるものよ。それに一人でいろいろやっているように見えても、人って結構友だちにちょこっと相談したり、本読んだり、ほかの情報を入れたりしているものよ。まったく一人でやっているわけじゃないわ。

コメットさん☆:そうでしょうか…。

沙也加ママさん:人は、誰かがいなければ、何もできないものよ…。コメットさん☆だって、今日も短い時間にいろいろしてくれたじゃない。品物も売れたし、宅配便も出してくれたし、勧誘まで断ってくれて…。とても助かっているわよ。私だってコメットさん☆がいなかったら、もうとても一人じゃできないかも…。ありがとね。

コメットさん☆:…そ、そんな…。私は…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに答える。

沙也加ママさん:人はだんだん成長するもの。いつか人に聞かなくても、自分でこうしようって思えるようになるわ。まだ時間はかかるかもしれないけど…。私なんて、今でも自信はないわよ…、コメットさん☆。…そうだ、今日はお店閉めたら、買い物に行きましょ。化粧品がなくなって、困っているから。ね?。

コメットさん☆:はいっ。

 沙也加ママさんの言葉を聞いていると、コメットさん☆も励まされた気持ちになる。それにお店番をしていただけなのに、「ありがとう」と言われると、とてもうれしい。

 

 夕方、お店を閉めたコメットさん☆と沙也加ママさんは、車に乗って鎌倉駅近くへ買い物に行った。まだ春の日は短く、5時は夕暮れである。ヘッドライトを輝かせて、車は若宮大路を上る。程なく駅前のスーパーに着き、駐車場へ。

沙也加ママさん:ちょっとまず化粧品売場に…。

コメットさん☆:はい。化粧品ですか?。

沙也加ママさん:ファウンデーションがね…。あ、そうだ…。コメットさん☆も。

コメットさん☆:え?。

 沙也加ママさんは、化粧品売場に着くと、いつも買っている銘柄のファウンデーションを選んだ。季節を考え、少し白めの色のものもいっしょに買う。それと同時に…。

沙也加ママさん:コメットさん☆も、化粧水つけてごらん。保湿のためにあったほうがいいわ。

コメットさん☆:わ、私は…、その…、まだ…。

沙也加ママさん:星国では、ドレスを着てパーティとか、舞踏会あるでしょ?。

コメットさん☆:…あ、ありますけど…。

沙也加ママさん:そういうとき、お化粧は?。

コメットさん☆:す…、少しはしますけど…。

 コメットさん☆は、少し下を向いて恥ずかしそうにした。

沙也加ママさん:メテオさんだって、パックしたり、化粧水つけているでしょ?。

コメットさん☆:は、はい。そう聞きました。

沙也加ママさん:じゃあ、コメットさん☆も、ね?。あなたは日焼けしないっていう、うらやましいようなみずみずしい肌だけど、やっぱり海辺の強い紫外線が、いいわけないし。美しく装うというよりは、肌のケアが大事だから…。そろそろ上手にお化粧する練習も少しずつはね。

コメットさん☆:えへへ…、キュウリパックくらいならしたことありますけど…。

沙也加ママさん:あははは…。ネネといっしょにやっていたわね。化粧水、ちょっと買ってみない?。あまり香りが強くないのを。ね?。

コメットさん☆:は、はい…。

 コメットさん☆は、ちょっととまどったが、その一方で、少し晴れがましいような気分にもなった。たかだか化粧水だが、自分専用のものを、選んで買ってもらうのは初めてなのだ。ほんの少しは大人の仲間入り。そんな気持ちもないではない。

 結局、コメットさん☆は沙也加ママさんに、ごくベーシックな化粧水や洗顔フォームを買ってもらい、夕食のおかずも買って、スーパーをあとにした。夜の街を行く沙也加ママさんの車の助手席で、何となくドキドキするような、うれしいような気持ちになったコメットさん☆は、自然と顔がほころんでいた。

 

 夜、お風呂にも入り、すっかり寝る準備をしたコメットさん☆は、髪の毛をネットでまとめてから、夕方沙也加ママさんに買ってもらった化粧水を取り出した。すりガラスの瓶に入った、透明な化粧水。丸い球のようなふたが付いている。それを手でひねって開けると、ほんのりと甘い香りがひろがる。コメットさん☆は、ドキドキしながら中身を手のひらに取った。

コメットさん☆:…べ、別に化粧水つけるの、初めてじゃないのに…。

 ティンクルスターに入っているはずのラバボーが、そんなコメットさん☆に声をかけた。

ラバボー:姫さま?、何しているんだボ?。

 コメットさん☆は、ドキッとして、うしろを振り返り答えた。

コメットさん☆:な、なんでもないよ。け、化粧水つけようかと思っただけ…。

ラバボー:化粧水?。…姫さまも、お化粧するようになったのかボ?。

コメットさん☆:お、お化粧ってわけでもないけど…。

ラバボー:姫さまも、ばっちりお化粧で決めるボ!。

コメットさん☆:そんなんじゃないよ、ラバボー…。沙也加ママが、海辺の紫外線は、星ビトでも肌に悪いはずって、買ってくれた。

ラバボー:そうかボ…。姫さまのこと、思ってくれているんだボ。

コメットさん☆:うん…。そうだね。なんだか、うれしい…。

ラバボー:化粧水が?、それとも沙也加ママさんの思いが?、どっちだボ?。

コメットさん☆:…両方…かな。

 そう答えるとコメットさん☆は、そっとほおに塗った。鏡に見入る目は、いつもより少しばかり大人っぽく見えたかもしれない。…と、その時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。

コメットさん☆:あれ?、誰だろう、こんなに遅く…。…もしもし?。

 コメットさん☆は、ティンクルホンを手に取ると、耳に当てて出た。

王妃さま:あ、コメット?、こんばんは。元気?。

コメットさん☆:あ、お母様!、元気だよ?。毎日メモリーボールに記録している通り。

王妃さま:うふふふ…。そうね。でも、このところ少し考え込んでいるようだから、心配だったわ。

コメットさん☆:…大丈夫だよ、お母様。

王妃さま:それならいいけれど、あんまり心配なら、星国にいっぺん帰ってきてもいいのよ。みんな相談に乗ってくれるわ、きっと。

コメットさん☆:うん。ありがとう、お母様…。でも、今のところは大丈夫。

王妃さま:そう。…それでね、明日そちらに星のトレインが行くわ。何かパパがプレゼントを乗せておくって。

コメットさん☆:えっ?、そうなの?。わはっ、うれしいな。

王妃さま:それに、カスタネット星国の女王から預かったものもあるの。メテオさんに渡してね。

コメットさん☆:はい、お母様。

王妃さま:今パパに代わるわね。

コメットさん☆:あ、お父様に?。

王様:コメット、わしじゃ。どうじゃ?、このところあれこれ悩んでおったようじゃが…。わしはもう心配で、心配で…。

コメットさん☆:大丈夫。心配かけてごめんね…。

王様:わしらはいいんじゃが…。コメットのなぐさめに少しはなればと思って、王妃とこちらの縫いビトに相談して作った服を送ったんじゃ。好みにあうといいんじゃが…。

コメットさん☆:…お父様、ありがとう…。

 コメットさん☆は、少しばかり潤んだ目を伏せた。

王様:それに…、ヒゲノシタがそっちへ行くと言っておる。

コメットさん☆:えっ、ええー!?。

 

 翌日の昼下がり、星のトレインは、藤吉家のウッドデッキ前にやって来た。学校を早めに終えたツヨシくんとネネちゃんも待っている。

ラバボー:ど、どうするボ、姫さま。

コメットさん☆:どうするって言っても…。私たちいけないことしているわけじゃないもの。

ラバボー:それはそうだけど…。

ツヨシくん:きょうこそヒゲの秘密をあばこう!。

ネネちゃん:秘密って、そんなのあるの?。

コメットさん☆:たぶん、ないよ。ふふふふ…。

 コメットさん☆が笑ったところに、星のトレインからヒゲノシタが姿をあらわした。手にはトランクを持っている。それを持ってコメットさん☆の前に歩み寄る。

ヒゲノシタ:姫さま、お久しぶりです。これは王様から預かって参りました。

 ヒゲノシタは、あいさつもそこそこに、トランクをコメットさん☆に差し出した。

 2階のコメットさん☆の部屋へ通されたヒゲノシタは、いすに座った。ツヨシくんやネネちゃん、ラバボーも、小さなテーブルを挟んで反対側の、コメットさん☆のベッドにまとまって座る。

ヒゲノシタ:姫さま、このお部屋は化粧品の香りがいたしますな。

コメットさん☆:そう?。あ、昨日沙也加ママに買ってもらった、化粧水のせいかな?。

ヒゲノシタ:なんと!、化粧水などと!。

コメットさん☆:どうかした?。

ヒゲノシタ:姫さまには少しばかり早すぎかと存じます。

コメットさん☆:なんで?。メテオさんもつけているよ?。それに日焼けしなくても、紫外線は肌によくないからって、沙也加ママが。

ヒゲノシタ:私たち星ビトは、紫外線に影響を受けるなどということはありませんぞ、姫さま。よけいなものは…。

ネネちゃん:おじさん、よけいなものっていうこともないんじゃない?。

ヒゲノシタ:…お、おじさんとは…。

ツヨシくん:おじいさんだよ、ネネ。

ネネちゃん:あ、そうか。じゃあ、おじいさん、コメットさん☆が化粧水つけちゃ、なんでいけないの?。「かがくてき」に説明して。

ヒゲノシタ:…お、おじ…、おじい…さんって、そりゃそうかもしれないけど…。あー、おっほーん。か、科学的に?。そ…、それは…。

ツヨシくん:うん。かがくてきじゃないと、説得力ないね。「ごうりてき説明は大事だ」って、パパが言ってた。

ヒゲノシタ:うううーむ、やりにくくなったもんじゃわい…。そりゃまあ、科学的には姫さまが、化粧水をつけることに、何も問題はありませんな。しかし…。

ネネちゃん:じゃあいいよね?。私もパックっていうの、ママがやっているからしてみたいなぁ。

ツヨシくん:だいたい、コメットさん☆には早すぎるって言うけど、いつからならいいと思っているの?、ヒゲのおじいさん。

ヒゲノシタ:…お、おじ…。そ、それはもう少したってからでも…。ラバボー!、ラバボーは姫さまのおそばにいながら、何をしておるのじゃ!。こういうことは、あらかじめ説明しておくのじゃ!。

ラバボー:何って、いつもティンクルスターでお供してますボ…。それに姫さまのプライベートなことまでは、ボーにもわからないですボ…。

ツヨシくん:話をそらさないで答えてよ、ヒゲのおじいさん。もう少しって、コメットさん☆が何歳になったらいいの?。

ヒゲノシタ:…そ、それは…そのー…。

コメットさん☆:私だって…、女の子だもの…。

 コメットさん☆がぽつりと言った。それを聞いたみんなは、一瞬押し黙った。そのまま数十秒の時間が流れる。その沈黙を破るように、ヒゲノシタが静かに答えた。

ヒゲノシタ:うーむ、…わかりました。わしの負けですな、姫さま。もう姫さまも小さい子どもではないのですな…。ご自分でよく考えられて、姫さまらしい振る舞いをして下され。

 コメットさん☆は、そう言われてはっとした。そして言う。

コメットさん☆:うん。ありがと、ヒゲノシタ。いつも私らしくできるようにがんばる。

 

 口が達者になってきたツヨシくんとネネちゃんに、いろいろと詰問されたヒゲノシタが帰ってしまうと、そこには王様からのプレゼントが入っているというトランクが残された。

ラバボー:ヒゲじいさんは、何をしに来たんだボ?。

コメットさん☆:さあ?。…でも、私のことを心配してくれたんだと思う。

ラバボー:姫さまのこと?。

コメットさん☆:きっと、お父様も…。

ラバボー:……、そういうことかボ…。

 ラバボーは、その意味を察した。王様にしてみれば、娘がだんだん手の届かないような大人になっていってしまうのに、地球という遠い星にいて、毎日その姿を見届けることすら出来ない歯がゆさを常に感じ、それでついヒゲノシタに様子を見てくれるように頼んだ…。そんなことなのかもしれないと思ったのだ。もちろん、コメットさん☆も、化粧水程度のことまで心配するヒゲノシタの後ろには、父である王様の気持ちもあるのだろうと、敏感に感じ取っていた。

 コメットさん☆は、トランクを開けた。そこにはまず、大人っぽいドレスと、新しい髪飾りが入っていた。それだけではない。普段着に使うようにというつもりなのか、今のコメットさん☆の生活からすれば、あまり着る機会がなさそうな、フォーマルなデザインのスーツやスカート、ブラウスまで。

コメットさん☆:わあ、きれい…。…でも、着る機会がないよ、お父様…。

 コメットさん☆は、添えられた手紙を見る。

王様の手紙:コメットよ、コメットはついこの前まで、小さな子どものように思っておったが、いつの間にかどんどんと大人になっておるようだな。親としてとてもうれしい。毎日その姿を、身近に見られないのは少々悲しくもあるが。それにこのところ、人の将来への道を巡って、いろいろ考えるところもあったのだろう。そんな様子に、直接適当なアドバイスが出来ないわしは、なんとも歯がゆい思いだ。しかし、星ビトも同じだが、人は常に今後起こることを予想しては思い悩むものだ。それでも、いいことばかりは起きないかもしれないが、悪いことばかりもまた、起きないもの。星ビトでも、未来のことはその時にならないとよくわからないものだよ。未来を言い当てることなど、出来はしないのだよ。時々は、成長したコメットの姿が見たいと思っている。荷物はわしからと、王妃からの贈り物だ。コメットの趣味に合うかどうかはよくわからないが、使えたら使っておくれ。 パパより。

 そこには、王様の、短いが愛情に満ちあふれた言葉が書かれていた。そして、コメットさん☆の迷いに応えてくれる言葉も。コメットさん☆は、なんだかとても胸が熱くなるのを感じた。父の言葉は、あくまでもコメットさん☆に優しい。

コメットさん☆:…お父様…。

 コメットさん☆は、潤んだ目をして、そっとドレスを手に取ると、鏡の前で肩に当てた。このところ、着る機会も全くないような、ベージュ色のシックで美しいドレスだった。もちろんそのほかの洋服もあててみる。しかし、やはり今の生活で、普段着るには、ちょっとそぐわないものが多かった。流行がとか、色やデザインがというのではなく、全体にフォーマル風過ぎる。その感覚のわずかなずれに、コメットさん☆は困ったような笑いを浮かべた。それでも、クリーム色のブラウスとディープブルーのスカートは、身につけてみて、鏡の前で姿を確かめると、王妃さまからのプレゼントだという、新しい髪飾りをつけてみた。プラチナ色の枠で星を作り、中に薄い赤・ブルー・グリーンの小さめな星を3つ踊らせた髪飾り。コメットさん☆の流れる前髪を止めるには、今までのものよりは大人っぽいかもしれない。せっかくなので、景太朗パパさんと沙也加ママさん、ツヨシくんとネネちゃんにお披露目をしようと、気恥ずかしいとは思いながらも、コメットさん☆はリビングに降りていった。

 

 コメットさん☆は、翌日メテオさんを訪ねた。メテオさんは、コメットさん☆が星国からの荷物を持ってきたと聞くと、すぐさま自分の部屋に招き入れた。コメットさん☆は、カスタネット星国女王からの、お弁当箱くらいの小箱を、メテオさんに手渡した。

コメットさん☆:メテオさん、これだよ。カスタネット星国の女王さまから。ヒゲノシタが預かってきたの。

メテオさん:な、なんですってぇーーー!。

ラバボー:そ、そんなに大げさに驚くものなのかボ?…。

 メテオさんの大きな声に、びっくりしたラバボーがたずねる。

メテオさん:だ、だって、何が入っているかわからないわったら、わからないわ。…ば、爆弾かも…。

コメットさん☆:そんなことはないと思うけど…。

ラバボー:ありうるかもしれないボ…。

メテオさん:なんですってぇー!?。ラバボー、どういう意味よ!。

ムーク:姫さまー、そりゃ開けてみないことには、何が入っているかわからないのでは?。

ラバボー:自分で爆弾かもって言って、ありうるかもって答えたら、なんですってぇもないものだと思うボ…。

メテオさん:と・に・か・く!。…開けてみないとわからないわ。開けてみましょ。

ラバボー:…ズル…。ずっこけだボ…。

コメットさん☆:あららら…。メテオさん…。

 みんな、困ったように笑って答えた。

メテオさん:開けるのはいいけど、ムーク、開けて!。

ムーク:そ、そんなー、私が開けるんですか?。姫さまのいただきものじゃ…。

メテオさん:そうよ。そうだから、あなたが開けるの。

ムーク:もう!、わかりましたよ。爆弾だったら、責任取って下さいよー!。

 ムークは指名を受けて、仕方なく箱の包装を解いた。さりげなくいすの後ろに隠れるメテオさん。コメットさん☆の前に立っているつもりが、いつの間にかしがみついているラバボー。多少いやなドキドキを感じているコメットさん☆。…解いた包装の中から出てきたものは…。

メテオさん:な、何これぇ?。

ラバボー:なんだボ?、これは。

コメットさん☆:わはっ、かわいくて、きれい…。

ムーク:…ああ、生きてる…。よかった…。もう家族に会えないかと…。

 みんなが注目したものとは…。小箱に入ったいろいろな化粧品のセット。

メテオさん:…クリームに、アイシャドウ!?、乳液に、口紅って…。なんなのよったら、なんなのよー!。

コメットさん☆:あははは…、メテオさんも化粧品だ。

メテオさん:「も」って何よ…。うわ、この口紅見てよ、趣味悪ーい。なんで紫色なのよー!。…だいたい、なんか通販の化粧品お試しセットみたい…。

 コメットさん☆は、それを聞いて、「口紅の色の不似合いさ具合」も、「通販化粧品お試しセットに似てる」も、両方とも「確かにそうかも」と思ったが、さすがに口に出しては言えなかった。

メテオさん:はああ…。でも、保湿ローションとクリームくらいは使えるかしら…。

 メテオさんはため息をつきながらも、使えそうなものを取り出すと、チェストの上に並べ、残りは引き出しに入れた。それでも、星国の母である女王さまの姿が目に浮かぶ。「そう言えば、最近会っていないわ…」と思いながら。メテオさんにとって、女王さまは物静かで厳しいイメージだけれど、そればかりではない。メテオさんが小さいころ、ふと夜中に目が覚めると、たいてい隣に添い寝をしてくれていた。寝るときには一人なのに、今から思えば、どんなに忙しくとも、あとになって隣に寝てくれていたのだ。そんな記憶をたぐりながら、少しの間チェストの上を、ぼうっと見つめていると、コメットさん☆が聞いてきた。

コメットさん☆:メテオさん、どうしたの?。

メテオさん:え?、あ、いいえ、なんでもないわったら、なんでもないわ。…お茶でも飲みましょ。

 メテオさんは、さっとコメットさん☆にテーブルのいすを指さすようにすすめると、お茶を入れに行ってしまった。

 たとえ少しばかり感覚のずれがあっても、星国の親たちは、遠い星で暮らす娘のことを、それぞれ心配していたのだ。それは遠くに住んでいて、普段会えなくても、せめてもの…という、親の心。女王であるかとか、王様であるか、王妃さまであるかというような、地位は関係なく。

 メテオさんのところから帰り、コメットさん☆からメテオさんの様子を聞いた沙也加ママさんは、うなずいて聞いてから答える。

沙也加ママさん:きっと、コメットさん☆のご両親も、メテオさんのお母様も、とてもご心配なのよ…。わかるわ…、その気持ち…。

 コメットさん☆は、子どもがいくつになっても、親は心配するものなのだろうと思っていた。ヒゲノシタが帰り際残した言葉を思い出しながら…。

(ヒゲノシタ:王様も王妃さまも、星国からのお届け物を、定期便にされたいそうですぞ。姫さまが喜んで下さるなら。)

 コメットさん☆は、リビングの窓から、その向こうに星国があるであろう空を、遠く眺めた。もう、次の「定期便」が、待ち遠しく思えた…。

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★第245話:思い出のあの日−−(2006年3月下旬放送)

 コメットさん☆は、3月も中旬を過ぎると、なんとなくそわそわした気持ちになる。それというのも、だんだん桜が咲く時期になるからだ。天気予報では、「桜の開花予想」が出されるようになる。それを毎日、テレビのニュースで確かめることになる。

 桜前線と呼ばれる、桜の開花は、たいてい東京近辺か、四国・九州あたりから始まり、徐々に北上したり、山の高いところに進んでいく。それがあたかも、気象の言葉で言う「前線」の移動に見えるので、「桜前線」と呼ぶのだ。鎌倉は、都内に近いが、都内の桜よりは少しだけ開花が遅い。

沙也加ママさん:鎌倉は、海から少し冷たい風が入るんじゃないかしら?。特に段葛は、由比ヶ浜から一直線に北へ上がったところだから、よけいにそうかも。

 沙也加ママさんは、そんなことを言っていた。毎年桜が咲くのを、楽しみにしているコメットさん☆にしてみれば、地球にやって来てから5年。もう5回も桜が咲くのを見届けて来たことになる。その間には、いろいろなことがあったし、星国に桜を送ったこともあった。それらは思い出の一つだが、今年もまた桜を巡って、新たな思い出が生まれるのかも…、いや、もう生まれつつあるのかもしれない…。そんなふうにも思う。

 コメットさん☆は、ここ数日、毎日裏庭の桜の木を見に行っていた。かつてモノレールの駅前に植わっていて、季節はずれの台風で折れ、捨てられてしまうところを景太朗パパさんが譲り受けて、藤吉家の裏庭に植えられた桜の木。枝を大幅に落としたので、あまり格好はよくないが、ちゃんと毎年花を咲かせるのだ。コメットさん☆がかけた星力も手伝って、新しい枝の伸び方も、もうしっかりしたものになっている。コメットさん☆は、そんな桜の木が、気温が高くなるにつれ、どうなっていくのか、今年は毎日観察していた。桜の木は、前の年の夏、つぼみのもとをもう準備している。つぼみは冬を越し、春のあたたかさとともに、徐々に大きくなっていく。やがて3月も中旬から下旬になるころ、つぼみはひときわ大きくなり、徐々に黄色っぽくなり、次いでいくつにも別れて、花の房を形作る元になる。そして先っぽがピンク色に変わると、もう間もなく開花である。

 コメットさん☆は、そんな桜の木の変化を、デジタルカメラにおさめたり、直接見たりしていた。桜の木は大きいから、直接見るには木と同じ高さのところに上がらなければならないが、さすがにコメットさん☆は、木に登る気にはなれなかったし、ツヨシくんやネネちゃんがまねしていいとも思わなかったから、星力を使って、木の上まで飛び上がり、間近につぼみの様子を眺めた。

 それからまた数日が過ぎ、コメットさん☆は、リビングでお昼前の天気予報を見ていた。景太朗パパさん、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょに。ツヨシくん、ネネちゃんはもう春休み。来月からは小学校4年生だ。

天気キャスター:今日、東京と横浜で、桜が開花しました。桜の開花は平年よりやや早く、去年より…。

コメットさん☆:わあっ、桜開花宣言だ。

景太朗パパさん:おっ、開花宣言出たかぁ。

ツヨシくん:でたでた。お花見だよー。いぇーい。

ネネちゃん:お花見はまだ先でしょ?、ツヨシくん。

ツヨシくん:だって、うちの庭にも、裏山にもあるじゃん。

景太朗パパさん:確かにうちにもあるけど、数はたくさんないからねぇ。もっともそれだって、お花見には違いないな。

ラバボー:姫さまにとって、特別な季節だボ。

 ラバボーがつぶやくと、景太朗パパさんも目を細めて、窓の外を見た。春の陽光が、惜しみなくふりそそいでいる。

景太朗パパさん:みんなにとっても、特別な季節さ…。それはそうと、開花宣言っていうのは、5、6輪咲いた時を言うんだから、もしかすると早い木だと、もっとたくさん咲いていたりするかもしれないなぁ。

コメットさん☆:ということは…、裏庭の木も?。

景太朗パパさん:昨日はどうだった?、コメットさん☆。

コメットさん☆:昨日は…、つぼみは大きなピンク色になっていたけど、まだ咲いてなかったと思います。

景太朗パパさん:桜は下から咲いて行くから、下の方を探してごらんよ。うちの木は、意外と早咲きかもよ。

コメットさん☆:はい。じゃあ、見に行ってきます。

ツヨシくん:ぼくも行こう。

ネネちゃん:私も!。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんはいすから立ち上がり、リビングのガラス戸を開けて、サンダルを履くのももどかしく庭に飛びだした。窓のすぐ下では、コメットさん☆が景太朗パパさんからもらって大事にしている、「御殿場ザクラ」の小さな鉢植えが、つぼみを少し膨らませた程度で、みんなを見送った。この鉢植えが咲くのは、来月になる。一口に「桜」と言っても、いろいろあるのだ。

 裏庭に駆けてきたコメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、順番に桜の木に取り付いた。

ツヨシくん:いちばーん。

ネネちゃん:にばーん。

コメットさん☆:…さ、さんばーん。はぁっ…。桜の木さんは咲いたかな?。

ツヨシくん:どうかなぁ?。

ネネちゃん:まだじゃないかなぁ。学校の桜もまだだよ?。

 三人は、桜の木を見上げて、口々に言った。

コメットさん☆:そっか…。じゃあ、みんなで見よっ!。

 コメットさん☆は、バトンを取り出すと、変身しようとした。ところが星力が足りない。昨日の夜は、ラバボーがラバピョンの小屋に、雪かきに行っていて、帰りが遅かったから、星力をためていなかったのだ。まだまだラバピョンの住む信州は、春とは言えない。雪がたくさん積もる冬そのもの…。

コメットさん☆:星力が足りないか…。

ラバボー:姫さま、ボーといっしょにジャンプだボ。

コメットさん☆:うん。

ラバボー:ジャンプー!!。

 コメットさん☆とラバボーは、はるか高くの空まで飛んで、星力をためると、すぐに戻ってきた。

ツヨシくん:あ、戻ってきた…。コメットさん☆って、どのくらい高くまでジャンプするのかなぁ?。

ネネちゃん:昼間なのに、星力ためられるくらいだから…。

コメットさん☆:さ、みんなで見ようね。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんの疑問もいざ知らず、バトンを持ったまま変身した。そしてバトンをツヨシくんとネネちゃんに振った。

ツヨシくん:あっ、体が…。

ネネちゃん:浮くよ!。

 ツヨシくんとネネちゃんも、コメットさん☆といっしょに桜の木の枝の先を見る。

コメットさん☆:どうかな?。咲いてる?。

ツヨシくん:うーん、咲いてない。

ネネちゃん:あっ、これっ!。この花ひとつ咲いているよ!。

 空中を歩くかのように、桜の木の、低い枝のところに飛び上がったコメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは、ピンク色のつぼみがたくさん見える桜の枝から、咲いている花がないかどうか探した。そんなときにネネちゃんが声をあげた。

ツヨシくん:どれ?。あ、ほんとだ。

コメットさん☆:わはっ、もう咲いてる。やっぱり咲いていたね。

 コメットさん☆は、うれしそうに、咲いている一輪の花に顔を寄せた。

ネネちゃん:あ、こっちも。

ツヨシくん:少しずつ咲いてるね。ほかの木はどうなんだろう?。

 植物好きのツヨシくんは、もっともな疑問を語る。

コメットさん☆:このまま近くの木を見に行ってみようか。

ツヨシくん:いいかなぁ?。

ネネちゃん:大丈夫だよ、きっと。

コメットさん☆:じゃあ、このまま飛んでいこう。それっ!。

ラバボー:姫さまぁ…。ほんとうに大丈夫かボ?。

 心配そうなラバボーを尻目に、コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんをバトンで飛ばせて、まずは裏山のヤマザクラを見に行った。

コメットさん☆:この木はどうかな?。

ツヨシくん:うーん、全然だめじゃない?。これはヤマザクラだから、咲くのが遅いって調べたよ。

ネネちゃん:ツヨシくん、そんなこと調べたの?。

ツヨシくん:だってさあ、うちにある木だもん。それに…、コメットさん☆が好きな桜だし…。

 ツヨシくんは、少し小さな声で答えた。

コメットさん☆:…ありがと。ツヨシくん。

 コメットさん☆もそれには、小さい声で答える。

ツヨシくん:も、もっとほかの木も見ようよ。

 ツヨシくんは、いつになく恥ずかしそうにしながら言った。

ネネちゃん:ほかの木って言っても…、うちにはないから…。

コメットさん☆:少し離れたところのも見てみようか。

ツヨシくん:うん。鎌倉山のは?。

ネネちゃん:道の桜並木!。

ラバボー:…こっそりにするボ。

 みんなは、鎌倉山の桜並木へと飛んだ。

コメットさん☆:誰もいないかな?。

ツヨシくん:あ、観光客の人たちが、もう歩いてる。

ネネちゃん:上を見てるから、私たち下から見られちゃうよ。

コメットさん☆:…それは恥ずかしいかも…。

ツヨシくん:恥ずかしい?。

コメットさん☆:だって、下から見られたら…。

ラバボー:姫さま、問題はそれとは意味が違うんじゃ…。…いや、それもかもしれないけど…。

 コメットさん☆は自分とネネちゃんのスカートを見た。それに気付いたラバボーは、あきれた顔で答える。

コメットさん☆:あはっ、そうだね。ふふふふ…。

ツヨシくん:あー、わかった…。

ネネちゃん:ツヨシくん鈍い…。

ツヨシくん:だ、だって、そんなこと、ぼくにはすぐにわからないよ…。

 ツヨシくんは少ししょんぼりしたような顔で答えた。コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに微笑む。

ラバボー:もう少し離れたところに行くボ。それで星のトンネルから見ればいいボ。

コメットさん☆:あ、そっか。そうすれば外から見えないよね。

ラバボー:姫さま、気付くの遅いボ…。

ツヨシくん:ラバボーもじゃん…。

ラバボー:うっ…、そう言われれば…だボ。

 コメットさん☆がバトンを振って出した星のトンネルに、みんなそのまま入って、鎌倉山の桜並木を見て回った。

コメットさん☆:あ、だいぶ咲いてる木があるね。

ネネちゃん:ほんとだー。ずいぶん木によって違うね。となりの木は、全然咲いてないよ。

ツヨシくん:下の方が白いのは、いくつも咲いてる木だね。

コメットさん☆:うん。きれい…。もっと近くで見ようか。

 コメットさん☆は、そう言うと、何輪も咲いている木に近寄った。

コメットさん☆:わはっ、この木はずいぶん咲いてるよ。…わあ、きれい…。まだつぼみもたくさん…。ピンク色だ…。あっ!、わっ!。

ヒヨドリ:ピィーーーー!。ピィッ。

ツヨシくん:コメットさん☆、どうしたの?。

ネネちゃん:あ、鳥…。

 コメットさん☆が思わず身を乗り出して、たくさん花の咲いているところを見ようとしたその時、開いたばかりの花をつつこうとしていたヒヨドリと、鉢合わせをしてしまった。ヒヨドリは、じゃまされたと思ったのか、怒ったように飛び去っていった。コメットさん☆は、その高い声にびっくりして、首を引っ込めた。

コメットさん☆:はぁー、びっくりしたよ。鳥さんのじゃましちゃったみたい。

ツヨシくん:うーん、あれはヒヨドリでしょ?。それなら、花をとっちゃうんだよね。

ネネちゃん:そうなの?。なんでとっちゃうんだろ?。

ツヨシくん:密を吸う時に落としちゃうんだよね?、コメットさん☆。

コメットさん☆:うん。そうみたい。でも、スズメさんも落としちゃうんだって。本で調べたよ。

ネネちゃん:へえー、コメットさん☆勉強してるね。

コメットさん☆:えっ?、そ、そんなことないよ…。たまたまだよ。

 コメットさん☆は、少し視線を下げるようにして答えた。本を読んだり、景太朗パパさんや、沙也加ママさん、それにスピカさんに聞いたりして、いろいろな知識を吸収するコメットさん☆だが、取り立てて「勉強」というつもりもない。だから、「勉強してるね」などと言われると、ちょっと気恥ずかしいのだ。

 コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃん、それにラバボーは、このあと鎌倉駅のほうまで飛び、段葛やその周辺に咲く桜の様子を見てから、家に帰った。まだまだ段葛の桜は、1分咲きにも満たないが、ぱらぱらと少しは咲いていて、ほかの場所との違いは、あまりなかった。

 

 翌日、景太朗パパさんは、たまたま急ぎの仕事が入り、大船駅近くの事務所に、あわただしく出かけていった。春休みに入っているツヨシくんとネネちゃんは、珍しくコメットさん☆といっしょに、午前中沙也加ママさんのお店に手伝いをしに行った。天気は「花曇り」というように、やや曇っていたが、雨が降るということはなさそうだった。

 午後になって、沙也加ママさんは、お店にずっといてそろそろ退屈しているツヨシくんとネネちゃんに、コメットさん☆といっしょに買い物を頼んだ。

コメットさん☆:帰りにおやつ買ってきていいって。沙也加ママが。

ネネちゃん:ほんと?。何にするの?、コメットさん☆。

ツヨシくん:やっぱりケーキでしょ?。

コメットさん☆:うふふ…。ケーキかな?。ネネちゃんはどう?。

ネネちゃん:いいよー。私もケーキ大好き。

ラバボー:ボーも、ケーキは好きだボ。

コメットさん☆:あー、ラバボーまで。あはははは…。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃん、それにティンクルスターに入ったラバボーは、由比ヶ浜の駅から江ノ電に乗って、鎌倉駅まで行った。

 鎌倉駅の自動改札を抜けて、駅前の時計台のところまで来ると、コメットさん☆は、時計台の脇にある桜の木を、時計台の前から見上げた。この木は、時計台の後ろにある、駅の東西を結ぶ通路脇に植えられているもので、通路側からのほうがよく見えるのだが、あえてコメットさん☆は今日、時計台の前に立った。

コメットさん☆:あの木もまだほとんど咲いていないね。

ツヨシくん:桜の木は、開花から満開まで1週間かかるって、テレビで言っていたよ。

ネネちゃん:うん。私も聞いた、それ。

コメットさん☆:1週間か…。まだまだだね。当分きれいな桜が楽しめるね…。…5年前、思い出すなぁ…。

ツヨシくん:コメットさん☆が、うちに来たときのこと?。

コメットさん☆:うん…。

ラバボー:姫さまは、この時計台の中で、しばらく寝ていたんだボ。

ネネちゃん:そんなの…、あぶないよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうだね。もうしないよ。当たり前だけど…。あの日は…、その桜の木、満開で、少し散り始めだったよ…。

ツヨシくん:そうだったんだ。ぼくあんまりよく覚えてないんだけど、コメットさん☆がそこのベンチにしょんぼり座っていたのは覚えてる。

ネネちゃん:ツヨシくんが、ママに「コマッタさんがいる」とか言ったんだよね。

コメットさん☆:…うん。そうだった。あの時は、本当に私コマッタさん…。

ラバボー:姫さま、買い物に行かないと、今日もコマッタさんになるボ…。

コメットさん☆:あははっ、そうだね。今日はコマッタさんにならないように、行こ。まずはそこのスーパー。

 コメットさん☆は、後ろを振り返り、時計台の後ろの桜をもう一度見ると、駅の西口近くのスーパーに向けて歩き出した。

 スーパーでカートを押し、少し買い物をすませたコメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんは、今小路通りを少し北に向けて歩き、横須賀線の線路を渡って、小町通りに出た。

コメットさん☆:小町通りだ。今日もたくさんの人たちが歩いてる。

ツヨシくん:ケーキどこで買う?。

コメットさん☆:そうだね…。もう少し先のお店にしようか。

 コメットさん☆たちは、ゆっくりと小町通りを歩き始めた。

コメットさん☆:…思い出すなぁ…。あの日もここから歩き始めたっけ…。たくさんお店があって、楽しそうだなって思った…。

ラバボー:姫さま、さっきの時計台のところで、おばさんに「人生捨てちゃダメ」とか言われていたボ。

ネネちゃん:そんなこと言われたの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:えへへっ…。寝てたから言われちゃった…。そんなつもりはなかったんだけど…。…歩いているうちにお昼になって、だんだんおなかがすいて、ハンバーガーショップで、何か食べようと思ったら…、私お金持ってなかった…。

ツヨシくん:星国は、お金いらないんでしょ?。

コメットさん☆:うん…。だから知らなくて…。

ネネちゃん:ハンバーガーショップって…、どこ?。

コメットさん☆:あのね、私がここに来て2年くらいしたら、なくなっちゃってたよ。普通のおみやげやさんになってた…。あ、ほら、ここのところだよ。

 コメットさん☆は、すっと指さした。

ツヨシくん:あー、ここかぁ。覚えてるような気がする…。

ネネちゃん:全然違うもの売っているね、今は。

コメットさん☆:そうだね。5年もたつと、いろいろなお店が変わっちゃうね…。

ツヨシくん:鎌倉は変わらない方だって、パパは言っていたけど…。東京はもっとひどいぞって。

ネネちゃん:ふぅん。そうなのかなぁ。学校で「商店街しらべ」をしたときと、どのくらい変わっているのかなぁ?。

ツヨシくん:あれはまだ、ついこの間の社会の時間じゃん。

ネネちゃん:あ、そうか。

 コメットさん☆は、そんなおしゃべりを楽しみながら歩く。あの日はだんだん不安な気持ちになっていったけれど、今から思えば、こんなに長く鎌倉に住み続けることになるとは思わなかったし、みんなとの絆を結ぶ最初のきっかけになったと思えば、今はいい思い出だと思えた。

 三人は、小町通りから少し脇道に入ったお店で、おやつのケーキを買うと、路地を抜けて若宮大路に出た。段葛の桜が見える。

コメットさん☆:さっき抜けてきた路地に入るあたりのお店のところで、ラバボーとはぐれちゃったんだよね。

ツヨシくん:コメットさん☆、よく覚えてるね。

コメットさん☆:うん。いつのまにかラバボーが、ティンクルスターから出ちゃって…。

ラバボー:誰かにぶつかったひょうしに、通りの奥のほうに飛んで出たんだボ。丸いから止まらなくて…。仕方がないから、あっちこっち姫さまを探し回ったんだけど、何しろ地球の道はよくわからなくて困ったボ。

コメットさん☆:そう…。私もラバボーを探して、保育園の前に行ったんだよね。

ツヨシくん:ああ、そうだ。それでぼくたちとサッカーしたよね。

ネネちゃん:そうそう。サッカーしたした!。そうしたら、有希先生が「出ていって下さい」って言って、コメットさん☆園庭から出ていったの。

ラバボー:二人ともよく覚えてるボ?。

ツヨシくん:だって、コメットさん☆がうちに来た日のことだもん。

ネネちゃん:ツヨシくんは、コメットさん☆のことが大好きだもんね…。

 ネネちゃんがぼそっとつぶやいた。

コメットさん☆:ふふふ…。あ、ほらここ。ここで私、初めてじっと桜の花を見たの。きれいだったなぁ…。今日はあんまり咲いてないね…。

 コメットさん☆は、そっとツヨシくんに助け船を出すかのように、微笑みながら段葛の桜を見上げた。

ネネちゃん:ほんとだ。昨日見た桜より、咲いてない木もあるけど…。

ツヨシくん:けっこう咲いてる木もあるよ。バラバラ…。

コメットさん☆:昨日見た桜よりは、少しつぼみ開いたかな?。

ラバボー:微妙なところだボ。

 まだちらほらとしか咲いていない桜並木。これからがお花見の本番なのだが、もう段葛の上を歩いて、写真を撮っている人がいたりする。絵を描こうとしている人も。そんな変わらない春の風景を見て、コメットさん☆は5年前と、今とを比べていた。5年前のあの日の自分と、今の自分。「成長」というのかどうかは、自分でもわからないけれど、コメットさん☆自身としてはずいぶん変わったような気もする。あの日は一人だったが、今は違う。ツヨシくんとネネちゃんも、ずいぶんしっかりしてきたし、何より友だちとの絆もある。心強い叔母であるスピカさんもいる。景太朗パパさんと沙也加ママさんとのつながりも、もはやただ同居させてもらっているとは言えない。すっかり家族の一員だ。何しろ星国と星力のことを、ほとんど全て話してしまっているのだから。そんな変化は大きかったように思うが、街はそんなこととは無関係に、そこにある。いつでも素知らぬ顔で、コメットさん☆を包み込んでいるのだ。いや、それはコメットさん☆だけではないけれど…。

 

 夕暮れに空が染まり、コメットさん☆と沙也加ママさんはお店を閉めた。おやつを食べてからも、お店の2階で遊んでいたツヨシくん、ネネちゃんとともに、家に帰る。

沙也加ママさん:さて、これでよしっと。あとはおうちに帰って、ごはんの支度でもして、パパが帰ってくるのを待ちましょ。

 沙也加ママさんは、みんなを車に乗せ、ツヨシくんとネネちゃんのチャイルドシートを確認しようとしたその時、ちょうど携帯電話が鳴った。

沙也加ママさん:あら?、あ、パパだわ。はい、もしもし?。パパ、今どこ?。え?、大船からモノレールに乗るところ?。…そう。

 沙也加ママさんは、電話を取りながら、コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんに目で合図した。

ツヨシくん:パパ?。

ネネちゃん:パパいっしょに帰れるかな?。

コメットさん☆:あ、そうだね。景太朗パパ、大船?。

沙也加ママさん:…じゃあパパ、そのまま横須賀線で鎌倉まで帰ってらっしゃいよ。私駅まで車で迎えに行くから。…うん。ちょうどいいじゃない?。そう。西口の前ね。あの、時計台のあたりに止めて待っているから。…うん。…うん。じゃあね。

 沙也加ママさんは電話を切った。

沙也加ママさん:パパがね、今から電車に乗るって。モノレールで鎌倉山まで乗って、歩いて帰るつもりらしかったけど、荷物が結構あるらしいから、鎌倉の駅まで迎えに行きましょ。

ツヨシくん:駅まで?。

ネネちゃん:大船からなら、2駅だよツヨシくん。

ツヨシくん:知ってるけどさあ。大船から鎌倉までだと、10分かからないから、間に合うかなぁ?。

沙也加ママさん:道がすいていれば大丈夫よ。和田塚の駅抜けて行きましょ。

 沙也加ママさんは、そう言うと、みんなのシートベルトやチャイルドシートをさっと確かめ、車を発進させた。もうほとんど日も暮れた街は、ところによっては混雑する。沙也加ママさんは、注意深く車を走らせた。

コメットさん☆:青っぽく暗いところに、白い花の木が…。

沙也加ママさん:…ああ、コブシかな?。桜が咲く頃にはもう終わりよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうなんだ…。

 街角には、ちょっとした庭木を植えている家がたくさんある。その中には、時季が終わりかけながら、コブシの白い花が咲いているところも。コメットさん☆は、夕闇の中にも白く浮かび上がる花々に、目を奪われる。

 車は和田塚の駅を抜け、今小路通りという通りを北に向かって走る。左側に市役所が見えたら、その前を右折すれば、鎌倉駅の西口だ。道路はそれほど混んではいなかったが、由比ヶ浜大通りを横切るところでは、信号待ちをした。コメットさん☆はふと、ケースケのアパートの近くであることに気付いた。

コメットさん☆:(ケースケのアパートの近くだ…。…どうしてるかな?。)

 そんな思いもわく。しかし車は、コメットさん☆があれこれ思いを巡らすいとまもなく、鎌倉駅西口に滑り込んだ。いつも見る時計台の前である。沙也加ママさんは、シートベルトを外すと、車から降りた。コメットさん☆も景太朗パパさんを出迎えようかと思い、車から出ようとしたが、振り返って、ツヨシくんとネネちゃんに声をかけようとすると…。

コメットさん☆:あれっ、ツヨシくんもネネちゃんも…寝てる。ふふっ…、なんかかわいい…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、遊び疲れたのか、車の後部座席のチャイルドシートで、いつしか眠っていた。コメットさん☆は、ドアを開け、その前に立った。沙也加ママさんが、改札口の前で、景太朗パパを待っているのが見える。コメットさん☆は、それを見届けると、時計台のほうを見た。5年前のあの日の日暮れ、どうしていいかわからず、べそをかいていると、沙也加ママさんとツヨシくん、ネネちゃんが、そっと救いの手をさしのべてくれたベンチが、あの日と変わらずにそこにあった。今日は雨は降っていないが、あの日と同じように、家路を急ぐ人たちが、コメットさん☆の前を横切っていく。

景太朗パパさん:おーい、お待ちどう。あ、コメットさん☆もいっしょか。待っていてくれたのかい?。荷物が多いから助かったよ。ありがとう。

 コメットさん☆が振り向くと、そこには荷物をたくさん持った景太朗パパさんが、ようやく改札を抜けてきたところだった。

コメットさん☆:景太朗パパ…。お帰りなさい。

 コメットさん☆もあいさつを返す。

 図面を入れた大きな筒や、建築模型の入った箱など、いくつもの荷物を後部座席に積み込むと、景太朗パパさんを乗せて、車は再び走り出した。駅前のロータリーを一回転すると、車は市役所の脇を抜けて、一路藤吉家に向かう。

沙也加ママさん:今日の夕食は、パパの好きな山菜があるわよ。

景太朗パパさん:お、いいねぇ。それは楽しみだな。もう山菜の季節かぁ。…それにしても、ツヨシとネネはおねむか…。はははは…。

コメットさん☆:駅についたら、もう寝ちゃってました。

景太朗パパさん:ま、寝る子は育つって言うからね。あははは…。

コメットさん☆:うふふふ…。

 コメットさん☆が、藤吉家に住まうことになったのは、今から5年前のとある夜の、時計台の時計が午後6時3分を指したときであった。みんなを乗せて走る車が、市役所の先にあるトンネルを抜けるころ、鎌倉駅西口の時計台は、静かに6時3分を指した。…もちろん、藤吉家の誰も、それに気付くことはない。沙也加ママさんが運転する車は、ちらほらと咲く桜の木をくぐりながら、あの日と同じように、ただ藤吉家に向かってひた走るだけである…。

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★第246話:野菜を作ろう−−(2006年4月上旬放送)

 桜が散り始めた鎌倉。段葛の桜も、鎌倉山の桜も、徐々に色を失っていく。だが名残惜しそうな観光客は、まだまだたくさん。江ノ電も満員の乗客を乗せて走っている。コメットさん☆も、同じように散る、裏庭の桜を見て、「また来年だね…」などと思う。

コメットさん☆:(…でも、いつまでここで桜を…?。)

 そんなこともふっと思うときがある。コメットさん☆は、地球のこの家に住んで、もう5年…。後ろを振り返れば、小さかったツヨシくんとネネちゃんが、すっかり大きくなっている。

ツヨシくん:もうすぐ始業式だなー。

ネネちゃん:そうだね…。春休み短すぎー。

コメットさん☆:あはは。やっぱりツヨシくんもネネちゃんも、おうちのほうがいいのかな?。

ツヨシくん:そりゃそうだよー。

ネネちゃん:私もー。授業中は、やっぱりつまらないもん…。

コメットさん☆:そっか…。

 コメットさん☆も、ツヨシくんもネネちゃんも、散りゆく桜の木を見上げるのだった。

 ちょうどそんな頃、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、二人で相談していた。

沙也加ママさん:…そうね。そろそろかしらね。

景太朗パパさん:もうツヨシもネネも、4年生だからね。いつまでもいっしょってわけにもいかないだろ?。

沙也加ママさん:特にネネは…。これからしばらくは成長も早いし。

景太朗パパさん:うん。どういうふうに考えようか?。

沙也加ママさん:私たちのとなりの部屋は、もう完全に物置部屋だし…。洋服ダンスとかもあるから、あそこは開けられないと思うわ…。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。ぼくはリビングのとなりの部屋に、ツヨシかネネのどちらかを移してとも思ったけど…。

沙也加ママさん:そうすると、自分の部屋に掘りごたつがあることになっちゃうわ。

景太朗パパさん:そうだよね。子ども部屋としては、それはなんだか使いづらいよなぁ。

沙也加ママさん:ちょっとね…。それと、お客さまが来たとき、困るかもっていうのもあるわね。

景太朗パパさん:あそこは時々、ホームパーティーもやるからなぁ…。ふぅ…。

 景太朗パパさんはため息をついて、窓の外を見た。景太朗パパさんと沙也加ママさんの寝室にある椅子。窓の外は裏庭だ。

沙也加ママさん:…すると結局、コメットさん☆の部屋の後ろに作った、新しい部屋を使うしかないんじゃないかしら?。

景太朗パパさん:まあそういうことかな。一応こういうことも予想はしていたしね。

沙也加ママさん:…でも、コメットさん☆とツヨシが隣り合わせの部屋っていうわけには、いかないわね。ふふふ…。

景太朗パパさん:笑い事じゃないよママ、それは。

 景太朗パパさんが、困ったような顔をしながら、落ち着いた声で言った。

沙也加ママさん:…そうよね。ごめん…。

 沙也加ママさんも、小さな声で答える。

景太朗パパさん:ママが言うように、増築しておいてよかったな。

沙也加ママさん:…コメットさん☆も大きくなったんだから、屋根裏部屋じゃ…って思うけど、みんなに1階の部屋は割り振れないもの。

景太朗パパさん:ぼくも、仕事部屋をなしにしてって言われると、かなり困るな。

沙也加ママさん:あの部屋は、事務所も兼ねているものね…。

景太朗パパさん:ふふふ…。…でもまあ、ネネの部屋をコメットさん☆の隣にして、今までの二人の部屋は、ツヨシ専用の部屋ってことにしようか。

沙也加ママさん:そうね。それしかないでしょ。北側の部屋は寒いかしら?。

景太朗パパさん:コメットさん☆の部屋よりは、断熱をしっかりやってあるから、大丈夫だと思うよ。コメットさん☆の部屋も、ああやって使うなら、同じくらい断熱材入れたりしたいところだけど、今さらそういうわけにもいかないよなぁ…。家って、意外と条件が変わるものだ…。

沙也加ママさん:ほんとにそうね…。ところでラバボーくんはどうなのかしら?。前々から気になっていたんだけど…。コメットさん☆といっしょでいいの?。

景太朗パパさん:うーん、ぼくに聞かれても…。…確かに、考えてみれば、ラバボーくんも男の子だよね。コメットさん☆のお供とは言っても、同じ部屋に住んでいるわけだよなぁ。コメットさん☆から何か聞いてない?。

沙也加ママさん:うーん、コメットさん☆が持っているあのなんとかいうの、腰によくつけてるやつの中に住んでるって言っていたけど…。時々ツヨシを大きくしたような男の子にも変身しているし…。

景太朗パパさん:ラバボーくんが人の姿になったり、あのコメットさん☆が腰につけているティンクルスターだっけ?、あれの中に住んでいるとか、その辺がぼくらには、いまだによくわからない。あははは…。だから、ラバボーくんとコメットさん☆が、いっしょの部屋にいるというのが、いいのかどうなのか、わからないんだよね。

沙也加ママさん:でも…、もし悪いことだったら、とっくにあのヒゲをはやした侍従長さんや、お父様である王様が止めてるんじゃないかしら?。

景太朗パパさん:そうか。それもそうだねぇ。じゃあまあ、一応コメットさん☆本人に聞いてみたらどうかな?。

沙也加ママさん:そうね。そうしましょ。私聞いてみるわ。

景太朗パパさん:いつかネネも、ボーイフレンドなんか連れてきたりするのかな?…。

沙也加ママさん:パパったら、もうそんなこと言っているの?。うふふふ…。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんが話し合っていたのは、ツヨシくんとネネちゃんの部屋を、別にしようという話。結論が出たので、景太朗パパさんは、ツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆を呼んだ。

景太朗パパさん:おおい、ツヨシ、ネネ、それにコメットさん☆、ちょっと戻っておいでー。

ツヨシくん:なーに?パパー。

ネネちゃん:はーい。

コメットさん☆:はーい、景太朗パパ。

 ちょうど裏庭から、ウッドデッキのところに来て遊んでいた三人は、景太朗パパさんに返事を返した。

 

ツヨシくん:うんしょ、うんしょ…。

ネネちゃん:ツヨシくん、ありがと…。

ツヨシくん:別に。ふつうじゃん。

ネネちゃん:…だって、荷物重いから。

ツヨシくん:大丈夫だって。

 午後になって、ネネちゃんは、ツヨシくんとコメットさん☆に手伝ってもらいながら、部屋の引っ越しを始めた。部屋の中では、景太朗パパさんが、新しい本棚を組み立てている。ツヨシくんは、ネネちゃんと半分ずつ分け合うことになった物入れボックス、2つのうち1つを、かついで2階の部屋に持ち上げる。

コメットさん☆:ネネちゃん、新しいお部屋はどうかな?。

ネネちゃん:一人で一つのお部屋って、なんだかうれしいっ。

コメットさん☆:そっか。ツヨシくんは?。

ツヨシくん:えっ、そりゃあさ、一人で広く使えるのはいいけど…。

コメットさん☆:いいけど?。どうしたの?。妹のネネちゃんがお部屋にいないと寂しい?。

ツヨシくん:そ、そんなことないよ!。そんなことないけどさ…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の「寂しい」という言葉を、強く否定したが、心の中では、今晩から一人かと思うと、せいせいするような気持ち、ちょっととまどうような気持ちとが、入り混ざったような気になる。ふたごの兄妹で、いつもいっしょだったから、時々はうっとうしいと思っていた妹だが、いざ別々の部屋に移るとなると…。

ツヨシくん:ネネが2階に移ると、部屋が広くなっていいだろうなー。

ネネちゃん:べーっ。私だって。

 二人とも、わざとそんなことを言ってみる。それでもツヨシくんの口をついて出る言葉は…。

ツヨシくん:コメットさん☆は…、夜一人で部屋にいると寂しくない?。

ラバボー:へへへー、ツヨシくんは寂しいのかボ?。男らしくないボ。

ツヨシくん:ラバボー、そんなこと言うけど、男らしいってどういうこと?。

ラバボー:えっ?、お、男らしいっていうのは、…それは、そういうとき寂しくないこと…かな?。

ツヨシくん:じゃあ、ラバピョンの家から帰るとき、寂しくないの?、ラバボーは。

ラバボー:そ…、それは悲しくて寂しいボ。

ツヨシくん:それなら、ラバボーも「男らしく」ないね。

ラバボー:…うっ、……ヒゲじいさんじゃないけど、こういうやりとりは苦しくなったボ…。

コメットさん☆:うふふふ…。ツヨシくん、いいんだよ、寂しいって思ったって。私だって、今でも時々は…寂しいよ。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。…そっかぁ…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の、優しいが、どこかに思いを込めたような目を見ると、それがどういう時か、なんとなくわかるような気がして、うなずいた。

景太朗パパさん:どれ、ツヨシ、ネネの机を運ぶよ。こういうときが来るかと思って、真ん中から半分に出来るようにしてあるからね。

 景太朗パパさんとネネちゃんが、2階の部屋から戻ってきて、ツヨシくんに声をかけた。ツヨシくんとネネちゃんの机やベッドは、もともと景太朗パパさんの手作りなのだ。

ツヨシくん:えっ?、半分こできるの?。全然気付かなかった…。

景太朗パパさん:おいおい…、かなり前に言ったはずだけどなぁ?。もっとも…、机の上の棚は取り替えになるけどね。

ネネちゃん:上に乗っかっているものはどうすればいいの?、パパ。

景太朗パパさん:ツヨシのものとネネのと分けて、とりあえず段ボール箱に入れておいて。今棚を短く直すからさ。

 景太朗パパさんは、そう言うと、ツヨシくんとネネちゃんの机を手前に引き出し、半分に切り離すため、止めてあるボルトを手際よく外しはじめた。その間にツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆は、二人の机にまたがってつながった棚の上に乗っているものを、一つずつ下ろし、あいた段ボール箱に入れだした。コメットさん☆は、すいすいと作業を進める景太朗パパを見て、「さすがは…」と感心した。

 景太朗パパさんが、ガレージまで棚材を切りに行ってしまうと、沙也加ママさんは、掃除機を出してきた。ツヨシくんに言う。

沙也加ママさん:ツヨシ、掃除機かけておきなさいね。

ツヨシくん:はぁい…。

 ツヨシくんは、少しつまらなそうに答えを返した。ネネちゃんは、ベッドや机の回りにたくさんあったぬいぐるみを、少しずつ手に持つと、2階に運んだ。ネネちゃんにとって、ぬいぐるみは大事な友だちのようなものなのだ。コメットさん☆は、そんなネネちゃんの様子を見て、ふとラバボーのことを思い出した。今も2階にいるはずのラバボーを。沙也加ママさんから、ラバボーといっしょの部屋でいいのか聞かれ、ティンクルスターは別の部屋、とさっき説明したばかり。それでもかつてはラバボーを、ぬいぐるみのように抱いて寝たことがある。最近はもう、そういうことはないけれど、思い出してみれば、少し恥ずかしいような気持ち。ラバボーはぬいぐるみではないし、さりとてペットでもない。お供ということになってはいるけれど、コメットさん☆にとっては、時に自分の気持ちを受け止めてくれる大事な友だち。しかし最近、コメットさん☆の部屋で、ラバボーはコメットさん☆が呼ばない限り、いきなりティンクルスターから出てきたりはしない。互いにそれなりの遠慮はあると言えばある。

 荷物の運び込みが終わると、ネネちゃんとツヨシくんの部屋は、いよいよ完全に別れた。ネネちゃんの部屋は、まだ新しい木のにおいがする、コメットさん☆の隣の部屋。「ねね」と書かれた木札を下げた扉の向こうは、かわいらしい女の子の部屋になった。ネネちゃんは、部屋のドアを開けたり閉めたりしてみて、コメットさん☆に聞いた。

ネネちゃん:コメットさん☆、どう?。

コメットさん☆:わはっ。ネネちゃんのお部屋、きれいでかわいいね。

 コメットさん☆も、ネネちゃんの部屋を、ドアのところからのぞいて、楽しそうに答える。

コメットさん☆:ぬいぐるみたくさんだね。

ネネちゃん:ぬいぐるみ、好きなんだもん。

コメットさん☆:うふふ…。今晩はぬいぐるみといっしょに寝るのかな?。

ネネちゃん:…うん。

 ネネちゃんは、少しばかり恥ずかしそうにも見える顔をして、もじもじしながら答える。白いしっくいの壁には、まだ何も貼られていないが、やがてアイドルの写真くらいは貼られるのかもしれない。今まで使っていた机は、景太朗パパさんの手で改造が加えられ、一人用になっている。真新しい棚が追加され、本棚も別になった。本棚には学校で使う教科の副教材や、絵本、読み物の本、図鑑も並ぶ。物入れボックスにはおもちゃやお人形も。そして窓側には、今までの二段ベッドとはまったく違う、コメットさん☆と同じような、普通の平らなベッドが置かれている。これは今までも、この部屋が出来てから、メテオさんが泊まりに来たときなどには使われていたものだが、今日からネネちゃんの専用になったのだ。

ネネちゃん:ベッドの上の段がなくなってすっきりー。

コメットさん☆:あははっ。ツヨシくんが今までは上に寝ていたものね。

ネネちゃん:うん。いつもベッドの裏側の板を見て寝てた…。

コメットさん☆:そっか…。

ネネちゃん:天井がお部屋のはじに行くと低いね。

コメットさん☆:そうだね。頭ぶつけないようにしないとね。

 コメットさん☆の部屋もそうだが、ネネちゃんの新しい部屋も、屋根裏にあたるので、屋根を支える梁が見える。そして天井が屋根の裏の形そのままなので、断熱と防音はしてあっても、特に部屋のはじでは、どうしても天井が低い。立って歩けないところは、ぎりぎり無いようにしてあるが、手をちょっと挙げれば、梁にぶつかってしまう。コメットさん☆の部屋の、窓のところでは、もう頭がつかえそうな低さだが、窓の下をそのまま壁にして、ネネちゃんの部屋では、壁ではなく収納スペースにすることで、頭をぶつけないように工夫してある。

ネネちゃん:ベッドに寝ると、空が見えるよ。

コメットさん☆:わあほんとだ。いいね。夜は星が見えるね。

 ネネちゃんは、ベッドに横になってみて、天窓から空を見た。屋根の北側になるため、景太朗パパさんは、建物全体の雰囲気を壊さないように気をつけながら、天窓をつけておいたのだ。

 一方、ツヨシくんの部屋をコメットさん☆が見に行くと、ツヨシくんは、いすに座り、なんとなく落ち着かない様子で部屋中を見渡していた。ネネちゃんと同じように、机は半分になり、棚板は新しくなったが、ベッドはそのままだし、ネネちゃんと二人で使っていた跡は、いろいろなところに残っている。

コメットさん☆:ツヨシくんは、どうかな?。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆…。どうって…。広くなったよ。

コメットさん☆:そうだね。ベッドの下の段、どうするの?。

ツヨシくん:ぼくが下の段に移ろうかな?。パパはいずれ上の段取っちゃうって言っていたけど…。

 ツヨシくんはいすから立ち上がり、ベッドのそばまで来た。寝具を全て2階に移した、ネネちゃんの寝ていたベッドの下の段は、マットがむき出しになっていた。自分だけの部屋になって、うれしくてたまらないはずなのに、ツヨシくんはなんとなく手持ちぶさたな感じだった。コメットさん☆は、そんなツヨシくんの様子を見て、自分とラバボーの間にある絆と、兄妹の絆は、同じではないけれど、どこか似ているのかもしれないと思った。

 

 夜になって、普段はみんなでよく食事の準備をするのだが、さすがに今日は少しお疲れ気味。そこで今夜は沙也加ママさんと相談して、コメットさん☆が食事の準備をした。メニューは野菜炒めと、鳥の唐揚げ。ワカメスープに山菜のおひたし、佃煮といったところ。コメットさん☆は、まあまあ慣れた手つきで、フライパンをかき回し、野菜を炒めていく。ざく切りの野菜は、キャベツやピーマン、ニンジンにもやし。それをごま油とお醤油、隠し味を入れて、ぱりっと炒める。野菜をしんなりさせすぎないのがコツだ。そうして出来上がった野菜炒めは、大きめなお皿に盛られて、テーブルに出された。各自好きなだけ食べられるように。

 やがて、みんなパラパラといすに座り、「いただきます」のあいさつとともに、夕食になった。

景太朗パパさん:いやー、今日はくたびれたな。あははは…。おっ、この唐揚げと野菜炒め、おいしいね。コメットさん☆、上手だ。

コメットさん☆:あ、ありがとう景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに笑った。

沙也加ママさん:パパももう歳かしら?。ふふふ…。ちょっと大工仕事と片づけしたくらいで、くたびれたですって。

景太朗パパさん:まだ歳とは思いたくないけどね…。でもママ、そうは言うけど、けっこう手間のかかるものだよ。

沙也加ママさん:はいはい。…あー、おいしい。

 沙也加ママさんも、景太朗パパさんを冷やかしながら、箸を運ぶ。

ツヨシくん:唐揚げおいしい。

ネネちゃん:なんか、力が出そう。今日疲れたから。

沙也加ママさん:やあね、子どもが疲れていちゃ、しょうがないわよ。…とは言うものの、正直言うと、私も大片づけしているみたいで、確かに大変だったわ。

景太朗パパさん:ほーらママだって。まあしかし、今までいっしょの部屋だった二人の荷物って、けっこうあるんだなって思ったよ。でも、これから先、進学すると、さらにいろいろ増えるんだろうね。

沙也加ママさん:教科書も厚くなるし、辞書や教材も増えるわよね…。

ツヨシくん:教科書厚くなるの?。

ネネちゃん:あれ以上厚くなったら、覚えきれないよ…。

沙也加ママさん:中学校、高校ってなると、厚くて重くなるわよ。大学になると、教授っていう先生が書いた、分厚い本が教科書だったりするもの。でもね、丸々覚えるものじゃないわ、教科書って。本当は読んで理解するものだから。

コメットさん☆:読んで理解するもの…かぁ。

 コメットさん☆は、黙々と箸を運ぶみんなを見ながら、沙也加ママさんの話を、興味深く聞いていた。沙也加ママさんと景太朗パパさんの学生時代って、どんなだったのだろうと思ったりもしていた。学生の頃出会って、恋をはぐくみ、やがて結婚した二人。それは、コメットさん☆とまったく違った生活。コメットさん☆にとって、想像してみることしか出来ない。

沙也加ママさん:あらー、ツヨシとネネ、あんまり野菜食べないわね。だめよちゃんと食べないと。バランスが悪いから。

ツヨシくん:…うん。唐揚げがおいしいんだもん。

ネネちゃん:私も…。唐揚げのほうが好き。

沙也加ママさん:野菜もお肉も、バランスよく食べないと、強い体になれないのよ。ピーマンも食べて。ほら。

ツヨシくん:…うわああ…。

 沙也加ママさんは、二人のお皿に、野菜炒めを勝手によそう。特に緑色に目立つピーマンも。作ったコメットさん☆が、あまり気にしていなかったことも、お母さんである沙也加ママさんは、ちゃんと見ていたのだ。コメットさん☆がそれに感心していると、景太朗パパさんも言う。

景太朗パパさん:東洋医学では、「医食同源」と言って、食べることは、とても大事なことなんだよ。

コメットさん☆:いしょくどうげん?。

景太朗パパさん:健康でいるためには、病気の治療も、食事も、同じくらい大事っていうような意味だよ。つまり偏った食事ばかりしていると、不健康になることもあるよっていう、現代人には重要な警告かもね。

コメットさん☆:へぇー。バランスのいい食事が大事って言われるのは、そんな意味もあるんですね。

沙也加ママさん:そうよー。お肉、野菜、お魚、繊維、牛乳…。少しずつでもいいからバランスよくっていうことね。

景太朗パパさん:ツヨシとネネは、いまだにピーマンはいくらか苦手かい?。部屋も別々になったくらい、もう大きくなったんだから、ピーマン嫌いくらい克服できないとなぁ。

ツヨシくん:そんなにすぐには変われないよ…。

ネネちゃん:サラダなら食べるけど…。

景太朗パパさん:そうか。よし。それなら、一度野菜を作ってみよう!。

ツヨシくん:え?、毎年作っているじゃない。

ネネちゃん:去年も作ったよねぇ?。

景太朗パパさん:ぼくが作る畑の手伝いじゃなくて、自分たちで植えて、自分たちで世話してごらん。そうすれば、きっとおいしく食べてみたくなるぞー。

 景太朗パパさんの誘いに、ツヨシくんとネネちゃんは顔を見合わせた。コメットさん☆も、ちょっとびっくり。

 

 翌日の朝、景太朗パパさんが用意した畑に、みんなで野菜の苗を植えることになった。もちろん、コメットさん☆の分もある。自分で植えて、初めて自分で全部管理するのだ。

景太朗パパさん:あんまり広くしすぎると、世話がしきれなくなるから。苗はいろいろあるから、みんな好きなの選んで。

ツヨシくん:ほーい。よーし、たくさんなるようにたくさん植えよう。

ネネちゃん:何にしようかなぁ?。

コメットさん☆:はーい!。私は…、やっぱりナス…かな?。

景太朗パパさん:ツヨシ、あんまりたくさん植えすぎると、栄養が行き渡らなくてよくないぞ。それに日の光がよく射すように、間をあけたほうがいい。

ツヨシくん:あ、そうか…。学校でも少し教わった。

景太朗パパさん:コメットさん☆も、ナスを選ぶと、なりすぎて大変だよ。はははは…。毎日マーボナス作らないとならないかもよ。

コメットさん☆:えっ!?、それは、ちょっと大変かな…。あははっ…。

景太朗パパさん:まずは広さを決めよう。一人2メートル四方くらいでいいかな?。プチトマトやりたい人ー。

ネネちゃん:あ、はーい。私ー。トマト取りー。

景太朗パパさん:よし。ネネがトマトだね。それなら1本ずつの間を少し広めにしないと。背が高くなるからね。それに後ろ側の日当たりがやや悪くなるから、植え方を考えて。コメットさん☆とツヨシはどうする?。

ツヨシくん:じゃあぼくは、ピーマン作ってみる。

景太朗パパさん:お、ピーマンに挑戦か!?。えらいえらい。

ツヨシくん:だってぼく…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆のほうをちらっと見ると、景太朗パパさんの耳元へヒソヒソと。

景太朗パパさん:なになに?、…ほう、ふふ…はははは…。大変だなツヨシは。もうそんなことを本気で考えてるのか。そうかそうか。わかった。パパも応援しておくよ。

 景太朗パパさんは、ささやくツヨシくんの言葉を聞いて、大笑いしながら答える。

ネネちゃん:なに?、ツヨシくん。

ツヨシくん:な、なんでもないよ。パパとの男同士の秘密っ!。

コメットさん☆:…ということは、私も聞いちゃダメなのかな?、ツヨシくん。

ツヨシくん:…コ、コメットさん☆もダメ…。これだけは。

景太朗パパさん:コメットさん☆には、よけいに言えないかもな、ツヨシ。

ツヨシくん:あっ、パパ、それもダメー!。

景太朗パパさん:わかったわかった。コメットさん☆は、何植えるかい?。

コメットさん☆:あ、わ、私は、その…トウモロコシ…。

 コメットさん☆は、はっとしながら答えた。ツヨシくんの様子を、にこにこしながら見ていたから。

景太朗パパさん:よし、コメットさん☆はトウモロコシか。夏のトウモロコシはおいしいよね。それはトマトよりさらに背が高くなるから…。

 景太朗パパさんは、みんなのおおよその希望を聞いてから、ひもを張って、みんなのスペースを割り当てた。常に野菜の苗が、育った状態をイメージしておかないと、夏頃には収拾がつかなくなってしまうことがある。景太朗パパさんは、毎年のように何か作っているので、それらはちゃんと頭に入っているのだ。

景太朗パパさん:いいかい。こうやって、ポットから苗を出して、そのままシャベルで穴を掘って。苗を穴に入れたら、まわりと同じ高さになるように、土を根本にかけて、かるく手で押さえるんだ。いいね。

 景太朗パパさんは、ビニールのポットに植わった野菜の苗を持ち、下にある穴から少し苗を押し出し、植え方を教える。ツヨシくんもネネちゃんも、コメットさん☆も、手伝う程度のことはしたことがあるが、苗を植えるところから、きちんと教わってやるのは初めて。

コメットさん☆:うーんと…、こんな感じかな?。

 コメットさん☆が植えているのは、シシトウとトウモロコシ。株数は少ない。

景太朗パパさん:うん、いいよ。そんな感じだね。シシトウは少し辛いやつが混じるかもしれないけど、たくさん取れるだろうから、トウモロコシメインでいいだろうね。

ツヨシくん:ぼくはどうかな?、パパ。

 ツヨシくんが植えてるのは、普通のピーマンに、パセリ、ナス一株。

景太朗パパさん:よしよし。ツヨシもいいな。ナスはたくさんとれるぞー。

ツヨシくん:そうなの?。どうやって食べよう?。

景太朗パパさん:もう食べる時の献立が気になるか?。あははは…。

ネネちゃん:パパ、こんなに広くていいのー?。

 ネネちゃんが呼ぶ。ネネちゃんはプチトマトと、バジル、ジャンボピーマンにした。

景太朗パパさん:トマトの類は、あとで支柱を立ててやらないとならないんだよ。倒れちゃうからね。だから、その分少しスペースを取って…。うん、そのくらい。いいよ。よーし、みんないいね。じゃあ水をやろう。

 景太朗パパさんは、こぢんまりしたみんなの畑それぞれに、ホースで水をかけた。こうしておかないと、根付きが悪くなるのだ。

 裏山にある畑は、やたら広いわけではない。回りは木々に囲まれているような、ちょっとした台地なだけである。それでも毎年、家族では食べきれないほどの恵みがある。景太朗パパさんは、残りの部分に、万能ネギやサツマイモやジャガイモも少しずつ作るつもり。あまり上手に作れないのだが、スイカやキュウリもすみっこのほうに植えてみた。沙也加ママさんは、お店に行っていて留守だが、頼まれていた花の苗も少し植える。ちょっとした花畑にもなるというわけである。

 夜になって、コメットさん☆は、ラバボーに聞いてみた。

コメットさん☆:ねえラバボー、ツヨシくんが景太朗パパに言ったことってなんだと思う?。

ラバボー:姫さま、その場の様子はさっき聞いたけど、ボーはいなかったんだから、まるでわからないボ。

コメットさん☆:やっぱり…そうかぁ…。

 ツヨシくんが景太朗パパさんに、そっと耳打ちしたこと、それはなんだったのか?。コメットさん☆はちょっと気になったが、景太朗パパさんに聞いてみるわけにも行かない。ツヨシくんが「これだけはダメ」と言うのだから、真剣なことなのだろうと思う。

コメットさん☆:でもね、ラバボー、やっぱり沙也加ママと景太朗パパって、お母さんとお父さんだなぁって思う。

ラバボー:え?、だって、ツヨシくんもネネちゃんも、ママさんとパパさんの子だからだボ?。

コメットさん☆:そういうことじゃなくて…。野菜炒めあんまり食べてないのをちゃんと見てるんだよ、沙也加ママ。それに景太朗パパも、ツヨシくんとネネちゃんに、野菜を作ってみないかって言って、「自分たちで植えて、世話したものなら、食べる気になるんじゃないかな?」だって。私そんなこと、思いつきもしなかったよ…。

ラバボー:やっぱり経験がものを言うんだボ。

コメットさん☆:そう…なんだね…。

 コメットさん☆は、窓の外を見上げながら、パパやママって大変…と、心に刻むように思っていた。

ラバボー:それは姫さま、順番なんだボ…。大人になる順番…。

コメットさん☆:…ラバボー…。…そうだよね。そっか…。

 コメットさん☆は、ラバボーがそっと言う言葉の意味を考え、そして理解した。人はみんな順番に大人になり、わからないこと、見えないものも見えるようになる。そういうことなのだと。

 ところで、ツヨシくんが景太朗パパさんにささやいたこと、それは何だったのだろう?。

(ツヨシくん:コメットさん☆のおムコさんになりたいから、元気でいないとね。だから我慢してピーマン食べる。)

 夏になると、畑では、みんなが植えた野菜が、きっとたくさん収穫できるだろう。いろいろな希望も、いつか実を結ぶ…かも…。

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★第248話:ハナミズキの色に−−(2006年4月中旬放送)

 藤吉家の庭には、裏山も含めていろいろな「花木」がある。花の咲く木ということである。本来、花の咲かない木は、少ないようなものだが、一般には美しい花や、見た目にはっきりした花、実になる花が咲く木が、よくそう呼ばれる。そんな藤吉家の花木の中には、いくつかもらわれてきたものがある。近所の人からのいただきものもあるが、大きめの木は、景太朗パパさんの仕事に関係した、いっしょに仕事をする業者さんから、譲り受けたものが多い。藤吉家の玄関奥に植えられた木も、そんな木の一つである。

 その木の名はハナミズキ。春の桜が終わると、間もなく花をつけ、大きながくが開く。一見そのがくが花びらのように見え、美しいものなのだ。

コメットさん☆:ラバボー、ハナミズキの花が咲いたね、ほら。

ラバボー:この木かボ?。ハナミズキっていうのかボ?。

コメットさん☆:そうだよ…。ピンク色できれいだよ…。

 コメットさん☆は、その木の下に立って、この木がやって来た日のことを思い出していた。

 話は昨年の秋にさかのぼる。

 コメットさん☆がその日、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」の手伝いをしていると、お店の電話が鳴った。

コメットさん☆:はい、もしもし。「HONNO KIMOCHI YA」です。

景太朗パパさん:ああ、コメットさん☆?。景太朗だけど、あのさ、ママいるよね?。…ちょっと代わってくれないかな?。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ、…はい。沙也加ママですか?。今代わりますね。

 コメットさん☆は、受話器をテーブルに置くと、品物の展示してある台の上を、特殊なほこり取りで掃除していた沙也加ママさんに伝えた。

コメットさん☆:沙也加ママ、景太朗パパです。

 沙也加ママさんは、既に手を止めて、電話の方に振り向き、コメットさん☆の様子を見ていたが、景太朗パパさんからの電話と聞き、「何だろう、珍しい…」と思いながら、レジのところまで来て、受話器を取った。

沙也加ママさん:はい、もしもし?。パパ?。どうかしたの?。

景太朗パパさん:あ、ママ、あのさ、今中山造園の中山さんが来ているんだけどさ、庭木一本もらわないかって。

沙也加ママさん:ええっ?、に、庭木ぃ?。

景太朗パパさん:ああ、なんでも、団地の建て替え工事で、切られちゃう予定の木なんだけど、かわいそうだからって…。…だめかな?。

沙也加ママさん:ど…、どこに植えるのよ…。そもそも何の木なの?。大きなアメリカ杉とか言うんじゃないでしょうね?。

景太朗パパさん:玄関のそばとかどうかな?…。

沙也加ママさん:だからぁ、何の木なのよ?。

景太朗パパさん:アメリカ…ハナミズキ…。

沙也加ママさん:アメリカ…、…杉じゃなくて、ハナミズキ…か…。それってどんな木だったかしら?。

景太朗パパさん:それがね…。

 景太朗パパさんからの電話が終わったとき、藤吉家にはハナミズキの木がやってくることになっていた。横浜市内の団地の建て替えで、花木の移植と伐採を請け負ったが、調べてみると立派に育った木が多くて、なるべく切らないですませたい…と、中山さんは言っていたのだそうだ。それで「藤吉家で、何本かもらいませんか?」、という誘いであったのだが、木の種類から判断して、ハナミズキがいいのではないかという話に、景太朗パパさんとなったということだった。

 そうして、直径が20センチもあるハナミズキが、藤吉家の玄関奥に植えられた。景太朗パパさんの事務室に使っている部屋の、さらに西側になる。ちょうど門を入って、玄関に近づくように歩くと、その木を見上げることになるのだ。

 

 春になって、桜が終わると、いよいよそのハナミズキの、つぼみが大きくなってきた。最初は赤く、徐々にピンク色になって、開いて大きくなるがく。その色づいたがくの中に、小さな花が入っているのだ。しかし、外から見れば、がくのところが花びらのように見える。コメットさん☆は、ラバボーと、しばしそのピンク色に咲き誇るハナミズキをじっと見つめていた。移植されたばかりなので、あまり木に勢いは無いが、春のそよかぜに、木全体がゆらぐように舞う。ピンク色の大きながくは、そのたびごとにひらひらと舞い、とても美しい。コメットさん☆の口元も、自然とほころぶ。

コメットさん☆:ほんとうにきれいだね…。ラバボー。

ラバボー:そうだボ…。桜が終わっても、いろいろな花がどんどん咲くボ…。地球は面白いボ。

コメットさん☆:ラバボー、今さらなんか変…。あはっ、あははははは…。

ラバボー:そ、そうかボ?、姫さま…。

 ラバボーは、少し恥ずかしそうにした。

コメットさん☆:…だって、私たち、地球に来てから、地球の暦で5年もたつんだよ…。長いようで…、短いような気もするけど…。

ラバボー:そ、それはそうだけど…。

 コメットさん☆とラバボーが、なんとなく感慨に浸っていると、ちょうどツヨシくんが学校から帰ってきた。門を開ける音がする。コメットさん☆が振り返ると、一気に坂を駆け登ってきたツヨシくんが、玄関を通過して、コメットさん☆のところにやって来た。新学期が来て、ツヨシくんもネネちゃんも、4年生になったのだ。

ツヨシくん:コメットさん☆、ただいま。

コメットさん☆:ツヨシくん、おかえり。ネネちゃんは?。

ツヨシくん:ネネは、今日委員会活動で、もう少し遅くなるって。

コメットさん☆:そうなんだ。ネネちゃんは今年、何委員?。

ツヨシくん:飼育委員だって。鳥とウサギの世話するの。なかなか大変そう。ぼくは栽培委員だけどね。

コメットさん☆:ふぅん。飼育委員と栽培委員…。ツヨシくん、お花好きなの?。

ツヨシくん:うん…。だってコメットさん☆が好きだから…。

ラバボー:ツヨシくん、それ関係ないボ…。

ツヨシくん:え?、だってコメットさん☆桜好きでしょ?。ぼくも好きだもん。

ラバボー:…はぁ…、そういう意味かボ…。

コメットさん☆:ふふふふ…。ラバボー早とちりだねっ。

 コメットさん☆は、少しはにかんで笑った。

ツヨシくん:コメットさん☆は、何してたの?。

コメットさん☆:ハナミズキの花を見てたんだよ。ピンク色できれい…。

ツヨシくん:へぇ。ハナミズキっていうんだ、この花。

 ツヨシくんも、コメットさん☆といっしょに木を見上げた。

コメットさん☆:知らなかったの?。去年の冬、景太朗パパから教わったじゃない?。

ツヨシくん:えへへへ…、忘れてた。

コメットさん☆:そっか…。ピンク色の大きな花びらみたいなのは、「がく」なんだって。図鑑に書いてあったよ。

ツヨシくん:ふぅん…。コメットさん☆図鑑見たの?。

コメットさん☆:うん。どんなかなーって。

ツヨシくん:ぼくも見よう。

コメットさん☆:じゃあ、おうちに入って、いっしょに見ようか。

ツヨシくん:うん!。

 ツヨシくんは、また駆け出すと、玄関の引き戸を勢いよく開け、元気よく「ただいまー」と、声をあげた。コメットさん☆も、あとに続いて入る。

 

 ツヨシくんとコメットさん☆は、リビングのテーブルの上に、重たい図鑑を出すと、隣り合って座って見た。

コメットさん☆:ほら。これがハナミズキ。ヤマボウシとも言うんだって。うちにあるのは、「アメリカヤマボウシ」だね、本当の名前は。

ツヨシくん:ほんとだ。おんなじだ。…でも、なんで名前が違うの?。

コメットさん☆:花屋さんで呼んでいる名前と、普通に呼ぶ名前が違うから…らしいよ。

ツヨシくん:ふーん。間違えそうだね。

コメットさん☆:そうだね。

景太朗パパさん:おっ、二人とも植物の勉強かい?。何を調べているのかな?。

 景太朗パパさんが、ぶらりとリビングにやって来た。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ。ハナミズキを…。…そうだ、ネネちゃんは飼育委員で少し遅くなるそうです。

景太朗パパさん:そうか。ネネも動物の世話で大変だろうな。がんばっているかな?。

ツヨシくん:鳥小屋の掃除と、ウサギ抱いてた。なんか大変そう。

景太朗パパさん:そうかー。そう言えば、畑の様子昨日は時間が無くて見ていないな。二人、畑は見てるかい?。

コメットさん☆:毎日水やりしています。雨の日はやらないけど…。

ツヨシくん:ぼくも今朝、学校に行く前に見たよ。水やりは、昨日が雨だったからしてないけど。

景太朗パパさん:おー、そうかそうか。ネネはどうかな?。誰か気が付いたら水やりしよう。水をやったら、カレンダーに印を付けておいてね。やりすぎもよくないからさ。

コメットさん☆:はい。たいてい毎日三人で見に行きます。ツヨシくんやネネちゃんも、帰っていれば、いっしょに…。

景太朗パパさん:いいね。ぼくも見るけど、仕事の時は悪いけどコメットさん☆、ちょっと頼むね。

コメットさん☆:はい。

景太朗パパさん:ところでツヨシ、植物に興味あるのかい?。

ツヨシくん:…うん。特に最近面白いなぁって…。コメットさん☆が、お花好きだから…。

景太朗パパさん:ははあ、それでか、そんな図鑑を持ち出して見ているのは。うん。動物や植物、自然に興味を持つことはいいことだね。動物だけじゃなくて、植物だって命なんだから。

コメットさん☆:命…。

景太朗パパさん:その辺に生えている草だって、木だって、毎日食べている野菜だって、みんな命。命に興味を持つことは、まわりまわって、自分も大事にすることなのかもしれないよ。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、ふと、時々思う「命って何だろう?、どこから来るんだろう?」という、答えの出ない疑問を、また感じていた。コメットさん☆は、スピカさんの様子や話から、またそれに沙也加ママさんや、王妃さまからも教わったから、命の誕生の不思議そのものは、知識として理解していた。しかし、その体に宿る「生命」そのものは、いったい何で、どこから来るのかについては、いつも解けない疑問なのだった。もっとも、それは、誰にもわからない、永遠の命題ないのかもしれないのだが…。

 

 翌日天気は不安定で、10時過ぎから春雷が鳴っていた。景太朗パパさんは、うちにいたが、ツヨシくんとネネちゃんは学校、コメットさん☆と沙也加ママさんは、「HONNO KIMOCHI YA」のちょっとした模様替えをしていた。一階の奥に、おととしから温水シャワー室を設けたので、秋から春まではそこを物入れに使っている。そこから備品の移動をしなければならない。また商品を早くも初夏向きのものに変える必要もあったのだ。

沙也加ママさん:いやぁね、雷が鳴っているわ…。雨が降りそうね…。

コメットさん☆:そうですね…。なんか空が真っ暗…。

 コメットさん☆は、お皿の位置を変えながら、窓から外を見た。時々遠くの空で、稲妻がぴかっと光るのが見える。静電気を利用して、ほこりを取るダスターを、お皿や置物、棚や台にもささっとかけていく。湿気があるのか、いつもより少しほこりの吸い付けが、悪いような気がする。

沙也加ママさん:雨がひどく降ってきたら、お昼に困るわね…。

コメットさん☆:…そうかも。

沙也加ママさん:お店の前のワゴン、中に入れましょ。きっと雨が来るわ。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、お店が開いていて、雨が降っていない時は、いつも出してあるワゴンを急いでお店の中に入れた。そしてレジに向かって左側の、主に大物の売り物が置かれているところに、平行に置いた。コメットさん☆は、時計を見た。もう11時過ぎ。だんだん口寂しい感じになってくることに気付いた。しかしまもなく雨が、西の海の方からやって来た。ざあっと音をたてて、激しい雨が降り始めた。雷も近くなり、ごろごろと間近で音をたてる。

沙也加ママさん:わあ、ひどい雨…。よかったわ、ちょうどワゴン入れておいて…。これじゃお客さんも来られないわね…。

コメットさん☆:ほんとだ…。みんな困ってる…。

 窓の外では、傘を急いで広げる人、カバンを頭の上にかざして、雨をよけつつ小走りに走る人が見えた。目の前の国道と、その先の由比ヶ浜も、みるみるその色を変えていく。沙也加ママの車にも、たたきつけるような雨が降り注ぐ。コメットさん☆は、そのパラパラというような音を、じっと聞いていた。

沙也加ママさん:…仕方ないわね…。少し小やみになったら、お昼食べに出かけましょ、コメットさん☆。

コメットさん☆:は、はい…。

沙也加ママさん:ツヨシとネネは、今日傘持って出ているわよね?。

コメットさん☆:はい。それは大丈夫です。

沙也加ママさん:たぶん、しばらくするとやむと思うけど…。

 

 しばらくすると、強い雨は行ってしまった。30分ほどで、雷ももう聞こえなくなった。稲光ももうしない。コメットさん☆は少しほっとして、いすに座っていた。沙也加ママさんが声をかけた。

沙也加ママさん:コメットさん☆、雨がやんだから、お昼食べに行きましょ。…あ、それとも何か買ってくる?。

コメットさん☆:あ、はい。…私はどっちでもいいです…。沙也加ママは?。

沙也加ママさん:お弁当もいいけど…。雨で気温が下がり気味だから、何か暖かいものでも食べてこようかな?。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆と沙也加ママさんは、お店に鍵をかけ、「準備中−CLOSED」の表示を出すと、車に乗って出かけた。国道をほんのわずか東に走り、そこから若宮大路に沿った道に抜ける。そのほうが混雑しないのだ。車はすいすいと進む。助手席に乗ったコメットさん☆は、その道路の両側に、ハナミズキが植えられていて、白とピンクに咲き誇っているのを見つけた。

コメットさん☆:わはっ!、ハナミズキだ…。きれい…。

沙也加ママさん:え?、ああ、街路樹ね。鎌倉には少ないんだけど…。ここにはあるわね、そう言えば。うちの玄関のところと同じね。コメットさん☆、ハナミズキも好き?。

コメットさん☆:はい。桜が終わっちゃっても、まだしばらくピンク色で…。白いのはなんかはじめて見るような気分…。毎年見ているはずなのに…。

沙也加ママさん:ふふふふ…。そうね、あらためて注目してみないと、気付かないものよね…。

コメットさん☆:あの正面のおうち、ピンク色の桜みたいな木、あれなんでしょうか?。

沙也加ママさん:ああ、花モモよ。モモの木。花モモっていうのは、八重咲きだから、実がならないのよ。

コメットさん☆:そうなんですか?。今頃は桜みたいな花の咲く木がたくさん…。

沙也加ママさん:桜もモモも、アンズも梅も、みんな同じような木の仲間だから。そう言えばずっと前に、小諸に行ったことがあるでしょ?。あの時電車の窓から、ピンク色の絨毯みたいな畑見えなかった?。あれがモモの畑

コメットさん☆:あっ、そう言えば…。あの時見た畑はモモ畑…。モモの実がなるんですね。

沙也加ママさん:そうね。早いものは5月頃から出回るけど、そういうのは温室栽培かなぁ?。

コメットさん☆:あ、ヤマブキ…。ハナダイコンの花も…。

沙也加ママさん:あら、コメットさん☆くわしいわね。うふふふ…。お花好き?。

コメットさん☆:はい。

沙也加ママさん:女の子はやっぱりお花好きよね…。

コメットさん☆:…で、でも、ツヨシくんもお花好きって…。

沙也加ママさん:あらそう。そんなこと言っていた?。コメットさん☆の影響かなぁ?。もちろん、男の子がお花好きでもいいわね。お花の好きな人って、普通はやさしい心の人だもの…。

コメットさん☆:…そ、そうなのかな…。

 沙也加ママさんは、にっこりと微笑みながらハンドルを握って、駅の近くの駐車場を目指した。春の雨上がり、まだ空は青空にはなっていないが、雨でしっとりとした空気の中、菜の花や、咲きかかりの八重桜も、コメットさん☆を迎えてくれる。春はいろいろな花が、咲き誇る季節。それに生命の息吹も、こめられている。そんな生き生きとした、植物たちの「かがやき」も、コメットさん☆にはくすぐったいような気持ちだ。

 

 夜になると、天気はすっかり晴れてしまった。コメットさん☆がリビングから、ウッドデッキのところに出ると、空にはたくさんの星がまたたいていた。春の天気は、とても気まぐれだ。

コメットさん☆:ラバボー、すっかり晴れたよ。

ラバボー:星力ためるのかボ?、姫さま。

コメットさん☆:うん。ためておこうかな。

ラバボー:じゃあ、ボーの背中にのってだボ。

コメットさん☆:うん。ありがとう。

ラバボー:ジャンプーーーー!。

 コメットさん☆は、バトンに星力をためて、再びウッドデッキのところに戻ってくると、玄関の脇に歩いていき、ハナミズキの真下に来た。

コメットさん☆:ハナミズキさん、お花たくさん見せてね。

 コメットさん☆は、ハナミズキの根本に向けてバトンを、さっさっと振った。星力を少し振りかけるかのように。

 寝る前、パジャマ姿になったコメットさん☆は、窓から星空をじっと見ていた。少し眠くなってきた。目を閉じると、昼間見た美しい花たちの色が、まぶたによみがえる。春の花はとても早く移ろう。桜から始まるようにも思えるけれど、実際にはスイセンが咲いたり、梅が咲いたり、もっと前から春の花は、咲いては散っているのだ。そんなことを、コメットさん☆は、今さらのように考えてみる。花たちのかがやきは、コメットさん☆を、いや、みんなを、楽しい気分にしてくれたり、季節を感じさせてくれる。しかしそれは、紛れもなく命の息吹そのものなのであった。

 花は季節を連れてくる。そして季節とともに移り変わっていく。季節を連れてくるように思えても、季節に流されているのは、人も花も同じ…。全ての命は同じ…。

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★第250話:北国の桜−−(2006年4月下旬放送)

 4月の末になると、桜前線はとっくに関東地方を抜けて、東北地方を北上していく。もう間もなく本州すら抜けようかというところである。そんなニュースを、このところのテレビで目にしていたコメットさん☆は、裏庭の桜も、鎌倉山の桜も、段葛の桜もみんな葉桜になって、さらには新緑色から、少しずつ力強い緑色に変わろうとしているのを見ていた。

コメットさん☆:(…また来年…。もう…来年まで見られないね…。)

 コメットさん☆は、もう5年もこの藤吉家にお世話になっていることで、時々は「いつまでここにいるのだろう?」と、思うことがある。明日星国に帰ろう、と思えば、それも可能ではあるだろうし、あと何年と決めることも出来る。しかし、明日帰る理由もないし、あと何年と決める理由もない。星国とは違ったかがやきを求めるため、かがやきを自らのものにするため、地球のかがやきを星国に伝えるために、コメットさん☆はずっと地球に住み続けているのだけれど、そのようなかがやきは、常にコメットさん☆の行く先々にある。そして、もう家族そのものになった景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃん、それにスピカさんやみどりちゃん、そのほかたくさんの友だちや知っている人達は、何にも代えがたい「心の絆」のような気持ちがしていた。景太朗パパさんも、沙也加ママさんも、「いつまでもいていい。むしろいて欲しい」と言うのだが、いつまで地球に留まるのかというのは、コメットさん☆自身決められないでいた。

 そんなある日、コメットさん☆は、リビングでテレビを見ていたのだが、お昼にお店から帰ってきていた沙也加ママさんと、家で何事か準備していた景太朗パパさんの会話が耳に入ってきた。

沙也加ママさん:ずいぶん急な話ね。

景太朗パパさん:そうなんだよ…。大きな古い家を、移築する話でさ。

沙也加ママさん:どこの話?。

景太朗パパさん:東北の角館(かくのだて)というところから、横浜市郊外へということなんだ。

沙也加ママさん:なんでまた?。

景太朗パパさん:…それが、その…、依頼主の人さ、うちを見て気に入っちゃったみたいなんだ…。

沙也加ママさん:えっ?、うち?。

景太朗パパさん:うん。ここは曲屋という、東北地方に多い農家を移築したものだろ?。それで内装は使いやすいように直してあるわけだけど…。こんな感じの家に住みたいってことで…。とりあえず探していたら、学会の知り合いで沢松くんっていう、東北の古い農家や古民家の保全、保存を手がけている建築家からさ、ちょうどいい建物があるって連絡が…。

沙也加ママさん:ふぅん…。それで急に見に行くことに?。

景太朗パパさん:そうなんだよ。遠いけど、他の仕事もあるから、日帰りで見てくる。

沙也加ママさん:わかったわ。気をつけてね。

 コメットさん☆は、いすにじっと座って、そんな二人の会話を、聞くとはなしに聞いていた。

景太朗パパさん:本当は、沢松くんに資料を送ってもらおうかと思ったんだけど、それなりに大きな話だからさ、やっぱりちゃんと見ておこうと思ってさ。

沙也加ママさん:いいわねぇ…。今頃の東北のずっと北のほうって、花盛りじゃないかしら?。

景太朗パパさん:…そうかもしけないけど、遊びに行くわけじゃないからなぁ…。

沙也加ママさん:遊びに行くみたい…。

景太朗パパさん:えー、遊びじゃ…ないんだけどな…。

 景太朗パパさんは、苦笑いを浮かべて、口をとがらせた。

沙也加ママさん:あ、そう言えば…。角館って、今頃桜が見頃じゃないかしら?。昨日のニュースで言っていたわ。

景太朗パパさん:え?、桜…かぁ。ここと一月もずれているのか…。

 景太朗パパさんは、腕組みをしてふと考えた。コメットさん☆もまた、桜と聞いて、ちらりと景太朗パパさん、沙也加ママさんのほうを見た。

沙也加ママさん:ちょっとちょっとパパ…。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんをキッチンのほうに手招きすると、小さい声で自分の思いつきを耳打ちをした。

景太朗パパさん:なるほどね…。それはぼくも今ちょっと考えた。

沙也加ママさん:でしょ?。日帰りなら…。お店は一人でも何とかなるから。

景太朗パパさん:正直ぼくも気楽だな、そのほうが。一人で行くのもいいけれど、行き帰りはけっこう退屈なんだよね。よしっ…。

 景太朗パパさんは、リビングまで戻ってきて、不思議そうな顔をしているコメットさん☆のところまで来た。

景太朗パパさん:コメットさん☆、あのさ、明日用事はないかい?。

コメットさん☆:え?、私?…ですか?。…別に何もないですけど…。ゴールデンウイークだから、沙也加ママのお店を、いつものようにお手伝いに行こうかとは思ってましたけど…。

景太朗パパさん:よし、それなら…。

 

 翌日朝、東北新幹線「こまち号」は、景太朗パパさんとコメットさん☆を乗せて、東京を発車した。一路角館に向かう。

コメットさん☆:いいんですか?、景太朗パパ…。

景太朗パパさん:あははは…、いいんですかって、もう列車に乗ってるじゃないか、コメットさん☆は。

コメットさん☆:そ、…そうですね。あはははっ…。

ラバボー:姫さまは、昨日のうちに言うべきだボ。

コメットさん☆:そうだけど…。でも…、なんか楽しみ。遠くの桜ってどんなだろ?。

景太朗パパさん:いやまあ、桜そのものにはそれほど違いはないよ、たぶん…。実はぼくもよく見たことはないんだ。ちょっと遅いお花見も、たまにはいいかなって思ってさ。

コメットさん☆:前に小諸に行きました。あの時の桜もきれいだった…。

景太朗パパさん:ああ、そうだったねぇ…。あの時は……そうか。

 景太朗パパさんは、「ケースケがいっしょだったね」という言葉を飲み込んだ。そうとは知らないコメットさん☆は、朝のツヨシくんとネネちゃんの様子を思い出していた。

(沙也加ママさん:おみやげ頼むわね、パパ。)

(景太朗パパさん:もう、子どもみたいなこと言って。ママは。)

(ツヨシくん:おみやげ、おみやげー!。)

(ネネちゃん:お菓子がいいな…。)

(景太朗パパさん:わかったわかった…。もうお菓子って決まったみたいに…。しょうがないな…。)

(沙也加ママさん:ゴールデンウイークなんだから、後半はどこかに行きましょうね、パパ。)

(景太朗パパさん:はいはい。もう仕事なのにぃ…。)

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんのことを、「子どもみたい」と言ってはみたものの、本当の子どもであるツヨシくんや、ネネちゃんの要求は断れない。日帰りの出張仕事のはずなのに、ほとんど日帰り旅行だと思われている景太朗パパさん。困ったような顔をしていたのが、コメットさん☆にとって印象的だった。見た目はまったく似ていない景太朗パパさんと、父である王様。それなのに、なぜか似たような苦労をしているようにも思えたからだ。

景太朗パパさん:やっぱりゴールデンウイークにかかるから、けっこう混んでいるね。

 窓の外を見ながら、ぼうっと考えていたコメットさん☆に、通路側の隣の座席から、景太朗パパさんが声をかける。

コメットさん☆:あ、はい。そうですね。みんなどこへ出かけるのかな?。

景太朗パパさん:みんながみんな終点までとは思えないから…。仙台あたりまでの人が多いんじゃないかな。

コメットさん☆:仙台?。

景太朗パパさん:仙台は東北地方最大の都市だからね。毎年8月には七夕祭りがあったりするよ。

コメットさん☆:8月に七夕?。

景太朗パパさん:そう。一月遅れにしているんだな。昔の暦でお盆に近い頃。本来は七夕って、今で言えば真夏から秋口の頃のお話なんだよね。それが旧暦を新暦に日付だけ当てはめたから、関東地方では、七夕は7月7日。でもそのあたりは梅雨まっただ中だから、雨ばっかりというわけさ。

コメットさん☆:そうなんですね…。8月ならそのころは晴れていることが多いのに…。

景太朗パパさん:もっとも、8月は暑いから、何か行事をするには、ちょっと辛いところもあるけどね…。

ラバボー:星の回りかたはいつも同じなのに、地球の暦はいろいろあるボ。

コメットさん☆:そうだね。太陽暦と太陰暦。

景太朗パパさん:何千年も昔の人も、太陽暦を知っていて、夏至や冬至、春分や秋分を計る日時計を作ったりして、農作物を作る時期を計ったりしていたらしい…。遺跡からそういう施設が見つかっているよ。これから行く東北にも、ストーンサークルと言って、古代人が使っていた日時計ではないかと言われているものがあったりするよ。

コメットさん☆:へえっ。それって面白そう…。どんなものなんだろ?。

景太朗パパさん:東北にあるストーンサークルは、石造りの大きな日時計のような形で、石に陽が当たると、その影が決まった場所を指し示して、時間や季節を読むという形のように見えるけど、お墓という説もある…。南米の遺跡では、建物の中に日の光がビームのように射して、その位置から正確に季節を知ることができるというものもあるね。

ラバボー:昔の人は、どうやってそんなことを計算したんですボ?。

景太朗パパさん:他の星から宇宙船に乗って来た、高度な文明をもった人々が、当時住んでいたわれわれの祖先に教えたという説もあることはあるけれど…、まあ毎年季節の観察を続けて、経験的に知ったっていうところなんだろうね。

ラバボー:コンピュータも無い時代に、大変だったのではないですかボ?。

景太朗パパさん:そうだねぇ。見て観察するだけとすれば、法則がわかるまでには相当な時間もかかったろうし…。計算するとしても、電卓も無かったわけだからね。紙も無いから、手書きで計算するのも大変だっただろうね。

コメットさん☆:昔の人たちは、とても大変…。それに比べれば、私たちは楽しているのかな…。

景太朗パパさん:そうだねぇ。一日にして、何百キロも、こうして旅するわけだし。昔は歩くしかなかったわけで。

 コメットさん☆と景太朗パパさん、それに時々ラバボーは、少しばかり星の運行にも関係するような話を、楽しそうにする。その間も、新幹線は最高275キロもの速度で、一路北に向かう。窓の外の景色は、今のところそれほど変わった景色ではない。緑は新緑で、田植えが終わった田んぼがあったり、これからのところがあったり。鎌倉の近くに広い田んぼは無いけれど、見える街の緑の様子はさして変わらない。しかし新幹線の速度は、車窓の景色を飛ぶように後ろへと追いやる。

景太朗パパさん:そう言えばコメットさん☆、最近王様は何かおっしゃってる?。

コメットさん☆:え?、父…ですか?。

景太朗パパさん:いや、別に何もおっしゃっていなければいいんだけどさ。王様もコメットさん☆のこと、ご心配だろうなって思ってさ。

 景太朗パパさんが、急に星国の王様であるコメットさん☆の父のことを言い出したので、コメットさん☆はちょっと心配な気持ちになった。

コメットさん☆:父は…。私が地球に居続けることについて、どう思っているのか…。

ラバボー:姫さま?…。

 ラバボーも、ティンクルスターから顔を出して、ちょっと心配そうにコメットさん☆を見つめる。

景太朗パパさん:王様がご心配なさるようなら、また来ていただいたほうがいいかなぁって思ってさ。今度また王様と、出来れば王妃さまもいっしょに来ていただいてよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:え?、あ、あははは…。は、はい…。

景太朗パパさん:星国から定期便で、いろいろなものが送られてくるのを見てると、王様も王妃さまも、コメットさん☆のことが心配なんだろうなって思えるよ。

コメットさん☆:は、はあ…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんが「もう星国に帰った方がいいかもよ」、などと言い出すのではないかと、心配になったのだが、そうではない様子なので、ほっと一安心した。が、ふと、「それならどうして景太朗パパが、そんなふうに言うかも」と思ったのだろうと、自問するのであった。

景太朗パパさん:ふふふふ…。それにしても、コメットさん☆はお父さんっ子だなぁ。

コメットさん☆:お父さんっ子?。

ラバボー:あー、そうかもしれないボ。

コメットさん☆:そ、そうなの?、ラバボー…。

景太朗パパさん:お父さんっ子っていうのは、そうだなぁ、簡単に言えば、お父さんにぴったりくっついて、離れない子っていうようなものかな?。

コメットさん☆:…私、そうでしょうか…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしくなって答えた。

景太朗パパさん:いや、別に悪いことじゃないよ。娘っていうのはさ、ある年齢になると、父親のこと、嫌うものなんだよね。汚いとか思ってさ。

コメットさん☆:汚い?。嫌うんですか?。

景太朗パパさん:そういうものらしい…。まだネネは小さいから、そういう感じはないけれど、ぼくの友だちが言うには、けっこうあからさまに嫌われているのもいるよ。

ラバボー:姫さまは、そんなことありえないボ?。

コメットさん☆:うーん、ちょっとよくわからない…。

 コメットさん☆は、星国の父である王様のことを思い浮かべてみた。地球にやって来る前も、今も、王様のことを汚いと思ったり、嫌だなと思ったりしたことはない。思春期を迎えた今、離れて生活しているからかもしれないが、今日はとなりに座っている景太朗パパさんにも、特にそんな感情を抱いたことはない。だから、娘が父親を嫌うという気持ちは、あまりよくわからないと思えた。しかしコメットさん☆は、景太朗パパさんの話を聞いて、少しの間、自分が知っているほかの人々はどうなのだろう?、と考えてみた。例えばメテオさんは…?。メテオさんは、風岡さんという老夫婦と暮らしているわけだが、すっかり娘になりきっている様子ではあっても、幸治郎さんをあからさまに嫌っていたりはしない。かつての一時期、メテオさんにそういう感情があったのかもしれないが、再び地球へやって来てからは、なんだかそういう感じは見られなくなった。すると、果たしてミラはどうなのだろうとも思ったが、ミラは父親と生活しているわけではないし、プラネット王子やケースケは、男だから、また父や母に対する思い方は、違うのではないかと思える。

景太朗パパさん:…コメットさん☆には、ぼくもありがたいと思っているよ。

コメットさん☆:えっ、えっ?、どうしてですか?。

景太朗パパさん:そりゃあ家のこと手伝ってくれるからっていうのもあるけれど…、まあ、ぼくはコメットさん☆のこと、ネネの未来を見せてくれる少し大きな娘のように思っているんだよ…。ちょっとこんなこと言うのは恥ずかしいな…、あははは…。

コメットさん☆:景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんが、どうしてそんなことを言うのだろうと、不思議に思った。

景太朗パパさん:コメットさん☆は、素直だから、人のことを邪推したりしない…。つまりまっすぐな思いを持ち続けているところが、いいところなんだと思うよ。だからかなぁ?、あまり父親や、ぼくのような立場の人を、遠ざけようとしないのは…。もっとも、男性に対して、免疫がなさ過ぎるというか、それはなんだか見ていて心配なところもあるけどね…。

ラバボー:…それは言えると思いますボ。

コメットさん☆:景太朗パパ…、ラバボー…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんとラバボーの言っていることの真意が理解できない気がした。一方それでいて、何となく感覚としてはわかるような、妙な気分。景太朗パパさんとしては、コメットさん☆が、異性に対して、年頃の割には「うぶ」な気がしていたのかもしれない。

 そんなような、コメットさん☆にとって「不思議な会話」を、延々と続けていると、やがて新幹線は盛岡に近づいてきた。ちらっと窓の外を見たコメットさん☆は、桜の並木を見つけた。一目で桜だとわかるということは、それは花の咲いた桜だということである。いつの間にか、新幹線が北に向かって行くにつれ、季節が逆戻りしたのと同じような景色が見えていたのだ。

コメットさん☆:あっ!、景太朗パパ、桜が!。

景太朗パパさん:おおっ!。やっと桜前線に追いついたね。さすがは新幹線の速度だね。あはは…。どうだい?、コメットさん☆。行っちゃったはずの桜前線に、ちょっと話し込んでいるうち追いついたよ。

コメットさん☆:わあー、なんかとってもステキです…。きれい…。ずいぶん長い桜並木…。

景太朗パパさん:あそこはね、「北上展勝地」っていう桜並木だよ。でも、よく見ておきなよ。もうどんどん通過してしまうからね。

コメットさん☆:はい…。ああ、本当にどんどん通り過ぎちゃう…。でも長い…。

 コメットさん☆は、窓に張り付くようにして、右側の窓の先、数百メートルに平行する桜並木を見つめた。新幹線の速度をもってしても、ちょっとの間、長く続く桜並木を見ていられる。鎌倉ではとっくに葉っぱだらけになってしまっている桜が、新幹線で2時間ちょっと走っただけで、ちゃんと花が咲いている。それはとても不思議に思える、時間が戻ったような気分。理屈の上ではわかっていても。そんなコメットさん☆を、景太朗パパさんは、目を細めるようにして見ていた。

 盛岡についた新幹線は、在来線を改修した「秋田新幹線」に乗り入れる。これから速度は半分くらいになりながら、角館に向かう。

景太朗パパさん:盛岡市内も、桜きれいだろうけどね。ちょっと見られないな。

コメットさん☆:電車の窓から見る桜、とてもきれいですね。

ラバボー:姫さまは、桜を見ると、一段とかがやきが増すボ。

景太朗パパさん:そうなのかい?、ラバボーくん。それならよかった。

 景太朗パパさんは、にっこり笑った。コメットさん☆も、少し気恥ずかしそうに笑みを返す。

 岩手山を見ながら、あちこちに咲いている桜を見て、山のほうに電車は分け入っていく。そしてしばらく走り、お昼を回る頃、角館に到着した。景太朗パパさんとコメットさん☆は、駅の近くで昼食をとると、迎えに来た沢松さんのワゴン車に乗って、あいさつもそこそこに、移築する建物が建っている小高い丘の麓に向かった。景太朗パパさんの友人の沢松さんという人は、少しばかりおなかの出た、景太朗パパさんと同じくらいの年齢の人だった。髪の毛は短く切って、オープンシャツに綿ズボンといういでたちだ。コメットさん☆は車の後部座席に座った。景太朗パパさんは、建物を解体して運搬する時の、道路の様子をよく見るため、前の席に座っている。

コメットさん☆:わはっ、桜がきれい…。あっちこっちに咲いてる…。

沢松さん:そうでしょう?、今ちょうど見頃ですよー。ところで藤吉さん、こちらの娘さんはおいくつですか?。もしかして秘書の方?。

景太朗パパさん:あ、いえいえ。うちにホームステイしている留学生なんですよ。桜が好きなので、ちょうどいいから見せようかと思いましてね。年齢は…、本人に聞いて下さい。あははは…。

沢松さん:あ、そうですか。留学生の方でしたか。日本語上手ですね。…そう言えば年齢を女性に聞くのは失礼ですよね。やめておきましょう。あっはっはっは。

コメットさん☆:え、えーと、その…、そうして下さい。うふふふ…。

 コメットさん☆は、あまり細かく年齢を聞かれたりするのは困るかもと思ったので、話の流れにほっとした。それでも後部座席の窓から外を見ると、少し距離のある山にも、ヤマザクラが霞のように咲いているのが見えた。思ったよりずっと、桜の木は多い気がした。そのうちに車は太い道をそれ、細い道を少し走って、目的の建物があるところに着いた。時間にして10分ほど。

沢松さん:さあ、ここですよ。どうぞ。意外と駅から近いでしょ?。

景太朗パパさん:そうですね。あ、これですかぁ…。

 景太朗パパさんは、車を降りて、目の前の建物を見た。古いが立派な建物で、ところどころ傷んではいるが、藤吉家の建物より、少し幅が広い感じだった。屋根の勾配は少しきつい。もとは茅葺きだったのだろうが、今はやや不格好にトタンで補強してある。

沢松さん:広さは…、このあたりでは当たり前なんですけどね。横浜あたりだと、土地との関係が難しいでしょうね。

景太朗パパさん:そうですねぇ。間口何メートルかな?。

沢松さん:土地の図面はここに…。

景太朗パパさん:ほう、なるほど。

 景太朗パパさんは、沢松さんといっしょに建物を外から見て、さらには中に入っていった。中は今無人らしく、鍵を開けながらである。コメットさん☆は、景太朗パパさんについて行くべきか、もしかするとじゃまをしてもいけないな、などと思ってまごまごしていると、景太朗パパさんがそれを察したのか、「外にいてもいいよ」と言ってくれた。それでコメットさん☆は、時々建物のほうを見ながら、前の道から景色を眺めてみた。

コメットさん☆:ラバボー、ほら、桜が咲いているのが見える。

ラバボー:姫さま、大丈夫かボ?。ボーが出ても。

コメットさん☆:うん。今なら大丈夫。沢松さんっていう人、今は景太朗パパさんを案内しているよ。

ラバボー:そうかボ。ああ、桜咲いているボ!。

 ラバボーは、コメットさん☆が腰につけているティンクルスターから出てきて、回りを見回した。建物の脇には、大きな木が立っていて、裏側は小山になっている。ちょうど鎌倉山のように、山と住宅が一体になっているような感じだ。前側はまあまあ開けていて、畑や道路、小さな用水路、やや遠目にはヤマザクラが咲いた山が見える。近くの家の庭にも、桜が咲いているところがあった。

コメットさん☆:ほら、ラバボー、タンポポが咲いているよ。黄色くてまぶしいみたい。

ラバボー:ほんとだボ。今頃信州も、おんなじような感じだボ。

コメットさん☆:そうなの?。ラバピョンの小屋のあたり?。

ラバボー:そうだボ。春真っ盛りだボ。

コメットさん☆:そうなんだ…。

 コメットさん☆は、ラバピョンの小屋に出かけるラバボーを、いつも送り出していた。二人はいつも楽しそうに過ごしているんだろうな、などと思いながら…である。そういえば、あまりこのところスピカさんのところに行っていない。スピカさんにも、みどりちゃんと修造さんという家族がいることを考えると、あまりしょっちゅう出かけるわけにも行かない。

コメットさん☆:また、叔母様とお話ししたいな…。

 コメットさん☆は、そっと思いを口に出して言った。ほんのり温かい風が、日の光のもと、コメットさん☆とラバボーを通り過ぎていく。

ラバボー:…姫さま、それなら、スピカさまに来ていただけばいいボ?。

コメットさん☆:え?、そ、それはそうだけど…。叔母様きっと忙しいよ?。

ラバボー:そうだけど…。たまにはいいボ?。

コメットさん☆:…うん。…そうだね。あ、そうだ、写真撮ろ。

ラバボー:…姫さまは転換が早いボ。

 コメットさん☆は、ぽつりぽつりとつぶやくように話をしていたが、ふと思い出すと、自分のカメラを取り出し、回りの風景を写真におさめた。遠くの桜も、足元のタンポポも。それに移築される建物も。

景太朗パパさん:…解体したら、トラック何台分ってところでしょうね?。

沢松さん:そうですなぁ、藤吉さんの家はどうでしたか?。

景太朗パパさん:うちはですねぇ…。

 景太朗パパさんと沢松さんが、移築する家から出てきた。景太朗パパさんは、手にカメラを持ち、いろいろなところを細かく写真に撮っている。コメットさん☆は、その会話から、この建物を一度解体してから、遠く横浜市内まで運ぶのだということを理解した。それは大変な作業のように思えた。だいたい、一度解体したものを、元のように復元できるものなのだろうかと思う。

コメットさん☆:ラバボー、これって一度解体して運んで、元通りになるのかな?。

ラバボー:景太朗パパさんと、いっしょに仕事する人たちなら大丈夫だボ?。…だいたい姫さまの住んでる建物だって、同じように解体して運んだんだボ?。

コメットさん☆:それはわかっているけど、完全に元通りになるのかなって…。

ラバボー:さすがにそこまではわからないボ…。修理したりするところもあるかもしれないし…。あとで景太朗パパさんに聞くボ。

 コメットさん☆は、解体する手順はどうなのだろうとも思った。元通りに組み立てる前提で解体するのだから、普通の建て替えのように、壊すことは出来ない。ツヨシくんが時々作っているプラモデルのように、番号順にはめ込んで組み立てていけばいい、というものでもないのだろうと思う。そんなことを思っていたコメットさん☆は、真剣に写真を撮り、図面との照らし合わせ、基礎や土台のチェックといった細かい作業を、淡々とこなしているように見える景太朗パパさんを見て、ふと思った。

コメットさん☆:(景太朗パパが、本当のパパだったら…。)

 そう思って考えてみても、特にイヤという感情はわかない。娘が父親をひと時嫌うというのは、やっぱりよくわからない。直接の親子だと、また違うのだろうか?、とも思ってみる。

 

 景太朗パパさんの仕事が終わって、この先の細かい打ち合わせは、今日撮影した写真や、図面、それに見取り図を作って、横浜市内の依頼主のところへ持っていき、それからすすめるということになった。景太朗パパさんとコメットさん☆は、また車で角館の駅まで沢松さんに送ってもらい、駅で別れた。

景太朗パパさん:さて、コメットさん☆、まだ帰りの列車には時間があるから、ぎりぎりまでお花見をして帰ろうか?。

コメットさん☆:えっ!?、お花見って…。

景太朗パパさん:せっかくここまで来たんだから、少しくらいお花見したって、ばちは当たらないさ。仕事ばかりじゃね、肩凝っちゃうだろ?。

コメットさん☆:あはっ、景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、にこっと笑った。同時に景太朗パパさんは、駅前から武家屋敷があるほうを指さす。そしてコメットさん☆といっしょに歩き出した。駅前からまっすぐ進み、郵便局を右に曲がってその先。駅から約20分だ。

景太朗パパさん:武家屋敷通りというところが、桜がきれいなんだそうだ。あ、見えてきたね。あそこじゃないかな?。

 景太朗パパさんは、一組の親子のように歩きながら、コメットさん☆に声をかける。遠くにシダレザクラのピンク色の花が見えて来た。もちろん、その間には、ソメイヨシノもあるのだが、シダレザクラが多い。

コメットさん☆:シダレザクラかな?。

景太朗パパさん:うん。そうだね。シダレザクラが多いんだね。えーと…、駅前の観光案内所でもらったパンフレットによると、350年くらい昔、京都から嫁いできたお姫さまが、シダレザクラの苗を3本持ってきたっていう伝説があるんだってさ。…当時はまったく会ったこともない人と、結婚することになったんだろうね。写真も無いから、どんな人か、イメージすることすら出来なかった…。心細い気持ちを、お姫さまは桜を見ることでなぐさめたのかなぁ…。

コメットさん☆:そんなことも…。……。

 コメットさん☆は、その話を聞いて、遠くに見えるシダレザクラの垂れた感じが、急にもの悲しいようにも思えた。それは、まるで人ごととは思えない、コメットさん☆自身の体験があったから…。

景太朗パパさん:まあしかしコメットさん☆、それは伝説のお話さ。今日は純粋にお花見だよ。

 景太朗パパさんが、コメットさん☆の気持ちを察するかのように声をかけてくれた。

コメットさん☆:はいっ!。

 コメットさん☆も、すっとそれに気持ちを切り替える。コメットさん☆は、景太朗パパさんのそんな心遣いがうれしい。景太朗パパさんもまた、多感で、その気持ちが変わりやすいことには違いない、微妙な時期であるコメットさん☆の、気分をさっと切り替えられる性質は、見習いたいとすら思う。

コメットさん☆:わあ、きれい。たくさんの人が見てる…。

 そんな会話をしているうちに、コメットさん☆と景太朗パパさんは、たくさん桜が見られるところに来た。観光客もたくさん。車も行き交っているが、両側に黒い塀が続く古い町並みに、ピンク色のシダレザクラがよく映える。

景太朗パパさん:いいねぇ、やっぱり…。桜はきれいだ…。なんだか心が洗われるようだね。

コメットさん☆:そうですね…。

 コメットさん☆は、手が届くほどにしだれた桜の花房を手に取って見た。コメットさん☆の手のひらの中で、小さめな花びらたちが揺れる。コメットさん☆は、車が切れるところを見計らって、何枚か写真を撮った。せっかくなので、景太朗パパさんも、さっきまで建物を撮影していたカメラで、写真を撮る。

景太朗パパさん:コメットさん☆、そこに立ってごらんよ。写真撮ってあげよう。

コメットさん☆:え?、あ、ありがとう景太朗パパ…。こ、こんな感じ?。

景太朗パパさん:そうそう。いいね。桜の枝をバックにして…。撮るよー。

 シャッターの音とともに、コメットさん☆の姿はカメラにおさめられた。

 

 武家屋敷通りを抜け、突き当たりを左に曲がると、そこは桧木内川堤というところ。ここは延々と続く、ソメイヨシノの桜並木が有名だ。

コメットさん☆:うわあ、桜がずっと…。とてもきれい…。

景太朗パパさん:おお、これは圧巻だなぁ。

 なだらかな川の土手に、ずっと桜が植わっている。それは延々と遠くまで続いていて、まさに「見渡す限り」という感じだ。

コメットさん☆:こんなに長い桜並木って、珍しいですよね…。いいなあ、こんなきれいなの…。

 コメットさん☆は、歓声を上げた。

景太朗パパさん:そうだねぇ。ぼくもこんなに続く桜並木は、あまり見た記憶がないなぁ。ぼくらが行ったことのある桜の名所は、こういうように長い距離続いているところは少なくて、園内にたくさん桜があって、いろいろな桜の木が楽しめますよっていうところばかりだからね。

コメットさん☆:そうですね…。まだ咲ききってない花がたくさんある。

ラバボー:姫さまは、桜を見るたびにかがやきが増すんだボ。

景太朗パパさん:ふふふ…。コメットさん☆が桜を見て楽しそうにしていると、なんだかぼくもうれしい気持ちになってくるな…。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆のティンクルスターから、ひょいと出てきたラバボーに向かって、つぶやくように言った。

コメットさん☆:わはっ、桜の木が太い。地面近くまで、花が咲いてる!。

 コメットさん☆は、ラバボーすら置いて駆け出すと、なだらかな斜面を降りていく。地面近くまで垂れ下がるようにして咲く桜の枝を、そっと手に取ってみる。ソメイヨシノの枝は、のばしたままにしておくと、ずっと広がろうとするものなのだ。

コメットさん☆:こんなになってる…。桜の木の枝…。この木も…。ここも…。

 コメットさん☆は、何本もの木に駆け寄ってみる。

ラバボー:姫さま、待ってだボー。…おっとっと、まずいボ。回りに人がいるかもしれないボ…。

景太朗パパさん:ラバボーくん大丈夫だ。ぼくと待っていれば。

ラバボー:姫さまはもうボーたちのこと、目に入っていないですボ。

景太朗パパさん:そんなことはないと思うけど…。

 景太朗パパさんは、だいぶ離れたところまで駆けて行ってしまったコメットさん☆を遠目に見ながら、ふっと思った。

景太朗パパさん:(ネネもいつか、ああやって離れて行くのかな?…。)

 しかし、景太朗パパさんの、少し寂しげな気持ちをうち消すかのように、コメットさん☆は振り返って、また景太朗パパさんめがけて走ってきた。そして言う。

コメットさん☆:景太朗パパ、ラバボー、空から見よっ!。

景太朗パパさん:ええっ!?。

ラバボー:姫さま!。空からって…。ほかの人に見られちゃうボ?。

コメットさん☆:大丈夫。今なら回りにあまり人いなかったよ。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんからずっと離れていってしまったのではなくて、回りを確かめてもいたのだ。

景太朗パパさん:…そうか。よーし。

 景太朗パパさんも、コメットさん☆に言われてその気になった。コメットさん☆は、バトンを出すと、星力を使って、「星のカプセル」を出した。丸い透明なボールのような形。人の背丈より、少し大きいくらいの直径をしている。

コメットさん☆:さあ、景太朗パパ、ラバボー、どうぞ。

景太朗パパさん:へえ…。これは…?。

コメットさん☆:えーと、星のカプセルとでも呼んで下さい。これの中からなら、ずっと上から見えますよ。

ラバボー:姫さま、大丈夫かボ?。

コメットさん☆:たぶん大丈夫。景太朗パパも、これならほかの人に中はもう見えません。

景太朗パパさん:え?、み、見えないの?。はあ…。

 景太朗パパさんは、めり込むようにしてカプセルの中に入ってから、回りを見回した。扉があるわけではないのに、中に入れたし、どう見ても、回りの景色は普通に見える。

景太朗パパさん:え、えーと、ぼくたちが入っている中はいいとして、外は見えちゃうんじゃないのかな?。

コメットさん☆:カプセルの外側ですか?。んー、それは…、見えるかも…。

ラバボー:姫さまぁー。けっこう適当だボ…。

コメットさん☆:いいじゃない。それより、それーーーー!。

 コメットさん☆は、カプセルの中でバトンを振った。目を白黒させている景太朗パパさんと、あきれたような顔をしているラバボーを乗せて、狭いカプセルはふわりと空に浮かび上がった。

景太朗パパさん:うおっ、長いなぁー、この桜並木。地上から見るのとは全然違うアングルだね!。鳥たちはこんなふうに見えているのかな?。

コメットさん☆:わあー、本当に長く続いてる。薄いピンク色、とてもきれい…。

ラバボー:…きれいだボ。こんなにきれいな景色だったのかボ?。

コメットさん☆:あそこに赤い橋が見える…。

景太朗パパさん:本当だ。赤い橋だねぇ。桜のピンクによく映える色だ。

コメットさん☆:ほんと…。きれい…。ずっと向こうまで、桜、桜、桜だ…。

景太朗パパさん:2キロほどだって言うけど、こうやって見ると、どこまでも続いているようにも見えるなぁ…。いいねぇ…。

 景太朗パパさんは、にこっと笑って、コメットさん☆を見た。コメットさん☆もまた、ほほえみを返す。

コメットさん☆:あ、そうだ…。沙也加ママと、ツヨシくん、ネネちゃんにおみやげの写真撮ろう。それから…。星力足りるかな…。

ラバボー:姫さま、何するんだボ?。

コメットさん☆:あのね、メモリーボールに景色を送るの。そうすれば、夜でもみんなで見られるよ。それから、星国のお父様やお母様にも。

景太朗パパさん:えー?、そんなこと出来るの?、コメットさん☆。

コメットさん☆:星力が足りれば…。たぶん…。

ラバボー:大丈夫だボ。ボーのラバピョンへの恋力も使うボ。

景太朗パパさん:はあ…、コメットさん☆の星力というのは面白いなぁ。全然予想できないけど…。あはははは…。

コメットさん☆:えへっ…。じゃあ…、この景色よ、私の部屋のメモリーボールまで、飛んで行けー!!。

 コメットさん☆は、星力とラバボーの恋力、そして自らの恋力も少し使って、バトンを力一杯振り、景色を見た限りの画像にしてメモリーボールめがけ「転送」した。ここ角館から鎌倉までは、距離にして約650キロ。そんな遠くまでこの景色を飛ばせる力が、今のコメットさん☆にはある。

ラバボー:うまく行ったかボ?、姫さま。

コメットさん☆:うん、たぶん…ね。でも、ちょっと心配だから、念のためにちゃんと写真も撮っておこう。

景太朗パパさん:きっと届いているさ。…あとで再生して、みんなで見よう、コメットさん☆。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆は、にっこりと笑った。

 

 2時間ほどのお花見を終えた景太朗パパさんと、コメットさん☆は、駅に戻ってきた。そろそろ帰りの列車の時刻。わずかな時間待ちの間に、景太朗パパさんは、沙也加ママさんとツヨシくん、ネネちゃんへのおみやげを買うことにした。

景太朗パパさん:景色が最高のおみやげだと思うけど…、みんなきっと名物が食べたいだろうからね。あっはっは…。

コメットさん☆:ふふふふ…。

 景太朗パパさんの言葉に、コメットさん☆も笑う。しかし、ふと思い出したように、コメットさん☆は、そっとバトンを取り出した。

景太朗パパさん:あれ?、コメットさん☆、何かするのかい?。

コメットさん☆:あ、あの、また来られるように、星力でマークしておこうかと思って…。そうすると、簡単に来られますから…。…あ、あれ?。

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。

コメットさん☆:…星力が足りないや。さっき使い切っちゃったかな?。

ラバボー:やっぱりかボ…。

景太朗パパさん:いいじゃないか…。この距離がいいんだよ。すぐに来られたら、なんだかそれはもったいないと思わないかい?、コメットさん☆。桜前線を追いかけるっていう実感は、何時間かかからないと、わかないんじゃないかな?。

コメットさん☆:あっ、そうか…。いっけない…。そうですね…。私せっかくの時間と景色を…。あの「北上展勝地」の桜も…、見ないで来られるようにしちゃうところでした…。

景太朗パパさん:ああ、あそこの桜もきれいだったね。盛岡市内だって、今頃桜が見頃だと思うから…。コメットさん☆がうちまで送った景色を見れば、きっとみんな来たくなるだろうな。…また今度みんなで来ようか。

コメットさん☆:はい。

 

 やって来た上りの「こまち号」は、景太朗パパさんとコメットさん☆を乗せて、一路東京に向かう。東京からは乗り換えで鎌倉へ。景太朗パパさんは、リンゴのお菓子と、山ぶどうのようかんをおみやげに買った。家に帰るのは、すっかり夜になってしまうが、おいしい夕食と、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんが、帰りを待っているに違いない。コメットさん☆がメモリーボールに送った景色と、お菓子をおみやげにして、列車は走る…。

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