その先のコメットさん☆へ…2006年中期

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。このページは2006年中期分のストーリー原案で、第251話〜第267話を収録しています。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第251話から全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。

話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第252話

王子の自転車

2006年5月中旬

コメットさん☆・プラネット王子・景太朗パパさん・ケースケ

第253話

アサガオ咲くかな?

2006年5月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー・王様・王妃さま

第254話

神也の衝撃

2006年5月下旬

パニッくんのママ・神也くん・パニッくん・コメットさん☆・沙也加ママさん・前島さん・メテオさん

第257話

季節の支度

2006年6月上旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・猫たち

第258話

流れた先は海

2006年6月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ラバボー・ネネちゃん(・ツヨシくん)

第260話

港町の恋力

2006年7月上旬

コメットさん☆・スピカさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバピョン・ラバボー・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ケースケ

第261話

手作りのぬくもり

2006年7月中旬

プラネット王子・ミラ・ツヨシくん・ネネちゃん・コメットさん☆・沙也加ママさん・カロン・ケースケ・夜間高校の先生

第263話

真夏の三日月

2006年7月下旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・ケースケ・ラバボー・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん

第264話

白砂の海

2006年8月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ラバボー・ラバピョン・白浜海岸のライフガード・メテオさん・ムーク(・猫のメト)

第266話

花火の宵

2006年8月下旬

コメットさん☆・ケースケ・ツヨシくん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ネネちゃん・スピカさん

第267話

桜の駅巡り

2006年8月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・ネネちゃん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・警視庁の警察官・駅員さん

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★第252話:王子の自転車−−(2006年5月中旬放送)

 新緑の5月は、「五月晴れ」の季節と言われるが、思いのほかそうした日は少ない。今日も薄曇りの天気である。すっかり気温は温かくなり、鎌倉でも寒さを感じる日はもうなくなった。これからは、だんだん暑い日も覚悟しなければならない。

景太朗パパさん:…そろそろ、ヨットも整備しておかないといけないかな。

コメットさん☆:だんだん夏も近いですね。景太朗パパ。

景太朗パパさん:そうだねぇ。最近はあんまり家族でヨットにっていうことも、なくなったなぁ…。

コメットさん☆:沙也加ママは、ヨットにほとんど乗りませんよね。

景太朗パパさん:ママは割と船に弱いからね…。…あ、いけない!。

コメットさん☆:景太朗パパ、どうしたんですか!?。

景太朗パパさん:しまった…。今何時?。

コメットさん☆:11時10分…かな?。

景太朗パパさん:今日はさ、プラネットくんに「お昼いっしょにどうだい?」って言っていたんだよ。コメットさん☆と3人でお昼食べに行こうかなって思って…。…でも、その前に銀行へ行く用事があったんだ。午前中に手続きが必要な…。

コメットさん☆:どこの銀行に?。

景太朗パパさん:鎌倉の駅前の。…間に合うかな…。ちょっと出てくる。なるべく早く帰ってくるけど…。ちょっとコメットさん☆留守番頼むね。…あー、プラネットくんにはうちに来るように言ってあるから、もし来たら待っててもらって。ごめん、行って来る。

コメットさん☆:あ、は、はい。いってらっしゃい…。気をつけて…。

 景太朗パパさんは、あわただしく出かけていった。ゴールデンウイークあけの藤吉家は、やっぱり少しは忙しい。沙也加ママさんはいつものようにお店に行き、景太朗パパさんは、午前中は設計の仕事。ツヨシくんとネネちゃんは学校だ。それでも、今日お昼からは、プラネット王子が家にやって来ることになっていた。景太朗パパさんと、将棋を指す…というのは表向きの理由で、実際にはいろいろな話をするためらしい。時にはちょっとした相談事も。しかし今日の予定は、コメットさん☆にはっきり伝わっていなかったので、もしかすると、景太朗パパさんとしては、少しびっくりさせようという気持ちがあったのかもしれない。

 ともあれ、景太朗パパさんが出かけてしまった藤吉家は、コメットさん☆が一人で留守番をすることになった。コメットさん☆一人での留守番は、時々あることで、特に心細いということはないが、普段の藤吉家にはない静かさの中にいると、コメットさん☆はいろいろなことを一人考える。メテオさんとイマシュンのこと、星国の未来のこと。ケースケとプラネット王子、それにツヨシくんのこと。少しずつ思春期に近づくネネちゃんのこと。スピカさんのこと。遠い大学に通う明日香さんのこと。前島さんと鹿島さんのこと。星の子たちのこと。ヒゲノシタのこと。ラバピョンとラバボーのことなどなど…。コメットさん☆ももちろん、もの思う時期なのだ。

 静かな藤吉家のリビングに、コメットさん☆は一人たたずむ。ラバボーも今日は、ラバピョンのもとに出かけていて留守なのだ。ガラス戸から遠くの海を見る。いつもの海が、曇りがちの空と、境界をはっきりさせずにある。庭の植物たちを見ると、青々とした葉を茂らせている。頼りなげな新緑では、もうない。コメットさん☆は、ふと時計を見上げた。11時半を回るところ。と、その時、玄関のほうで自転車の音がした。コメットさん☆は、立ち上がり、玄関に急ぐ。

 そして玄関の引き戸を開けると…。

プラネット王子:おぅっと、先にあけられちゃったか。あはは…。よう、コメット。こんちは。

コメットさん☆:あっ、プラネット王子、ご、ごめんね…。自転車の音がしたから…。こんにちは…。

プラネット王子:今日は自転車で来てみたんだよ。ちょっと距離あるけど。

コメットさん☆:えっ?、写真館からずっと?。

プラネット王子:まあ、そりゃあ…。途中から電車に乗るわけには行かないからな。

コメットさん☆:そ、そうだけど…。

 プラネット王子は、玄関の前に自転車を置くと、脇に立って話を続けた。プラネット王子の自転車は、変速段の多いマウンテンバイク。その気になれば、鎌倉の坂も苦にならないかもしれない。

コメットさん☆:…いつもピカピカだね、その自転車。

プラネット王子:ああ。ははは…。あんまり汚れているんじゃ、みっともないからな…。それに潮風があると、錆びやすいし…。

コメットさん☆:そっか…。

プラネット王子:…その、コメットを後ろに乗せてみたいけどさ…。そういうわけにもいかないよな…。

コメットさん☆:い、いいよ…。お…、王子さまは、白馬に乗ってくるって、前にネネちゃんが読んでいた本に書いてあった…。自転車に乗っている王子さまって、あんまり聞いたことない…かも…。ふふふ…。

プラネット王子:あはははは…。なんだよ、それは。白馬ねぇ…。そういうのは、オレの趣味じゃないなぁ…。それ、どこの国の話なんだろうな?。

コメットさん☆:さあ?。わからない…。

プラネット王子:ところで、景太朗さんは?。

コメットさん☆:あ、景太朗パパは、急に銀行に用事があるって出かけちゃった。なるべく早く帰るから、待っていてって。

プラネット王子:…そうか。わかった。じゃあちょっと待っていようかな。えーと、おじゃましていいかな?。

コメットさん☆:どうぞ。プラネット王子。

プラネット王子:おじゃましまーす。

 数歩歩いて、玄関をくぐるコメットさん☆に続いて、プラネット王子も、自転車を玄関前の壁に立てかけ直し、中に入った。

 コメットさん☆とプラネット王子は、リビングのいすに、向かい合って座った。今この広い藤吉家の中に、コメットさん☆とプラネット王子は二人きり。コメットさん☆は、そのことに少しドキドキした。プラネット王子もまた、多少意識しないわけではなかったが、リビングの窓から見えるウッドデッキを眺めていた。

コメットさん☆:今お茶入れますね。

プラネット王子:いいよ。どうかお構いなく。

コメットさん☆:そ、そんなこと言ったって…。

プラネット王子:あそうだ…。今日はオレが入れるよ。道具だけ貸して。コメットの好きな、ミントティー持ってきたから。

コメットさん☆:え?、あ、ありがとう…。でも、それじゃ、どっちがお客さまだか…。

プラネット王子:いいじゃないか。紅茶用の道具ある?。

コメットさん☆:こっち…。

 コメットさん☆は、いすから立ち上がり、お湯を沸かす電気ポットと、紅茶を入れる耐熱ガラス製のティーポット、それにカップを2つ持ってきた。そして近くのコンセントに電気ポットをつなぐと、スイッチを入れお湯を沸かしはじめた。プラネット王子は、それを見ると、手に持ってきた布製の袋から、ミントの葉が入った、小さな缶を取り出した。

プラネット王子:そこにある植木鉢はなんだい?。

 プラネット王子は、リビングのいすから、窓の下にいくつか並ぶ植木鉢のうち、一番小さいのを指さして言う。

コメットさん☆:それは…。私の桜の木。

プラネット王子:桜?。こんな小さいのが?。

コメットさん☆:うん…。御殿場ザクラ…。

プラネット王子:へえ。そういうのか…。小さいな。きれいな花が咲くんだろうな。

コメットさん☆:咲くよ…。

 コメットさん☆は、にこっとして答えた。そして、ケースケだったら気付かないようなことを、さらりと言ってのけるプラネット王子に、ケースケとはまったく違った人柄を感じる。その感情は、コメットさん☆自身言葉で的確に言い表せないが、言ってみれば「ちょっと好き」というような気持ちではある。

プラネット王子:どんな花?。

コメットさん☆:ピンク色の…。大きめな花びらの桜…。写真があるよ、見る?。…たぶん、あまり上手じゃないけど…。

プラネット王子:そんなことないよ。見せてくれよ、写真。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆は、いすから立つと、2階の自分の部屋に上がり、写真を取りに行った。プラネット王子は、目でその後ろ姿を追う。コメットさん☆が部屋に消えると、プラネット王子は、ちょうどお湯が沸いてコトコトと音をたてる電気ポットのスイッチを切り、既に葉っぱを入れたガラスのポットにお湯を注いだ。たちまちミントの香りが、あたりに広がる。そこへちょうどコメットさん☆が戻ってきた。

コメットさん☆:あ、いい香り…。

プラネット王子:おう。今葉っぱを入れたところだ。どれ?、写真。

コメットさん☆:これ…。どうかな?、きれいでしょ?。

プラネット王子:ああ。いいな。こんな小さな鉢植えでも、花は咲くんだな。ピンク色がいくらか濃い…。

コメットさん☆:うん。そうだね…。でも、前の年の秋に、枝を切って、切り口にお薬を塗って、肥料をあげてって世話しないとダメなんだよ。ツヨシくんといっしょに勉強した…。

プラネット王子:…そうか。ツヨシくんか…。

 プラネット王子は、静かに答え、ポットのミントティーをカップに注いだ。ミントの香りとともに、湯気が立ちのぼる。

プラネット王子:はいよ。どうぞ。

コメットさん☆:ありがとう…。ツヨシくんは…、植物に興味があるんだって。

プラネット王子:へえ。そうなのか?。なるほどね…。

コメットさん☆:なるほどって?。

プラネット王子:いやあ、別に。

 プラネット王子は、コメットさん☆がミントティーの水面をじっと見ながら、顔を上げないで聞くので、あわてて言葉を飲み込んだ。「なるほど、コメットが桜好きだから、ツヨシくんも植物好きなんだな」という言葉を。

コメットさん☆:おいしいね、ミントティー…。

プラネット王子:そうか?。それはよかった。うちでもミラが好きだな。

コメットさん☆:そうなの?。…そうなんだ。

 プラネット王子は、コメットさん☆の言葉に、わずかなひっかかりを感じた。しかし…。

コメットさん☆:一つ聞いてもいい?。

プラネット王子:いいよ?。なんだい?。

コメットさん☆:ヘンゲリーノさんは、どうしているのかな?。

 唐突にコメットさん☆が聞く。

プラネット王子:はあ?、ヘンゲリーノのことなんて、コメットが心配してやる必要はないだろう?。

コメットさん☆:そ、そうだけど…。今はどうしているのかなって思うから…。

プラネット王子:タンバリン星国の監獄星で、ずっと禁固になっているよ…。

コメットさん☆:そうなんだ…。

プラネット王子:カメレオン人みんなが悪いわけじゃないんだが、一部はいまだにあれこれ言うやつがいるよ。そんなのみんな相手にしないけどな。

コメットさん☆:誰にも相手にされないの?。

プラネット王子:まあ、今になっても、3つの星国は1つに戻るべきだって言っても、多くの星ビトが、そんなことを望んではいない。それぞれにそれぞれの良さがあると思ってるじゃないか。

コメットさん☆:そうだね…。で、禁固って何をするの?。

プラネット王子:特に何をしなければならない、ということはないな。なんでも「自伝を書いてやる」とか言っているそうだ。そう言えば…、ヘンゲリーノの計画では、ケースケを遠くに行かせてしまい、記憶を消すというのまであったらしいぞ。

コメットさん☆:えっ?。…そ、そんなの…。

プラネット王子:不愉快な計画だよな…。

 プラネット王子は、天井近くの太い梁を、見上げるようにしながら言った。

コメットさん☆:…ケースケが、「3年は戻らない」って言って、オーストラリアに出かけたのは、そういうことだったのかな?。…あ、もしかすると…。

プラネット王子:もしかすると?。

コメットさん☆:ケースケが…、夜間高校に入って勉強するために、結局こっちに帰ってきたのは、プラネット王子が、ヘンゲリーノさんを監獄星に入れたからかな?。

プラネット王子:…うーん、いや。それはやっぱり関係ないと思うな。ヘンゲリーノは、新王族会の手で、審問を受けた。その時にはそんな具体的な計画を語ったわけじゃないし…。それに、星力でそんなことをしようとしたのなら、コメット、君やメテオの星力で、それを正すことも出来たはずだ。

コメットさん☆:そっか…。考えてみれば…、そうかな。

プラネット王子:あんまり疑いすぎるのもな…。ついオレたちは、いろいろ考えちゃうけどな…。あれからずいぶんたつけれど、ついこの前のような気もするし…。

コメットさん☆:うん…。私、いつか…。

プラネット王子:うん?、いつか?。

コメットさん☆:ヘンゲリーノさんに、直接会って話がしたい…かも。

プラネット王子:ええー!?、監獄星にいるんだぞ!?。

コメットさん☆:行かれないことはないでしょ?。

プラネット王子:それはそうだけどさ…。そ、それに会ってどうするんだよ?。

コメットさん☆:…私、本当にヘンゲリーノさんが、どう思っていたのか、もっと知りたい…。…私もだけど…、メテオさんや、もちろんプラネット王子のことも、大事に思ってくれていたとは思えない…。でも、どうしてそこまでして…。

プラネット王子:それは、ヘンゲリーノとカメレオン人の一部が、権力を握りたかったからだろう。

コメットさん☆:本当にそれだけなのかな?。

プラネット王子:それだけって…。それ以外に何がある?。

コメットさん☆:そうだけど…。それだけじゃない何かがありそうな…。

プラネット王子:うーん…。…ヘンゲリーノは、実はあんまり体調が良くない。だからもう少し先になると思うが、どうしてもとコメットが言うなら、いずれ機会は設けるよ…。

コメットさん☆:え?、ヘンゲリーノさん具合が悪いの?。それなら…、すぐってわけにはいかないよね…。

プラネット王子:ああ。いつまでも気だけは若いつもりらしいが、さすがに体は弱っているらしい。あのおっさんは。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、プラネット王子が突き放すように言うその言葉を聞くと、黙ってミントティーをまた一口、口にした。プラネット王子にとっても、嫌な体験だったのだろうと思えた。しかしコメットさん☆は、何かどうしてもヘンゲリーノに会わなければならない気がしていた。そうしないと、彼の意図が、最後のところでわからない気がしたからだ。もちろん、そのことは、考えただけでもコメットさん☆にとって、怖いことでもあり、ゆううつなことではある。それでも、星国と自分の未来が、左右されてしまったかもしれないことを、わからないままにしておいていいとも思えなかった。鋭い感性をもつコメットさん☆としては。

 ちょうどその時、玄関の引き戸が開く音がした。

景太朗パパさん:おーい、コメットさん☆ただいまー。あっ、もうプラネットくんは来ているね。お菓子買ってきたよー。

コメットさん☆:あ、はーい。おかえりなさい、景太朗パパ。

 コメットさん☆は、立ち上がると、玄関の景太朗パパさんのところへ駆けて行った。景太朗パパさんは、急いで帰ってきたのだが、玄関の靴で、プラネット王子の来訪を知った。

プラネット王子:もう少し、ましな話がしたかったのにな…。今度はもう少し考えておこう…。

 玄関に駆けて行ったコメットさん☆を見たプラネット王子は、ぼやくようにつぶやくと、席を立って廊下のほうに歩き出した。

 

 数日後、コメットさん☆は、ケースケといっしょに海を見ていた。ケースケは、いつものように浜でトレーニング。それをたまたま見つけたコメットさん☆が、防波堤の上から呼んだのだ。傍らには、やや古びたケースケの自転車。

コメットさん☆:ケースケは、誰かに言われて、オーストラリアに行くことにしたんじゃないよね?。

ケースケ:はあ?、5年くらい前の話か?、それ。

コメットさん☆:うん。

ケースケ:やたら前の話だな、それは。…誰かに言われてのはずがないだろ?。自分で決めたんだよ。世界一になるには、あのころまだ体力も足りなかったし、もう少し気候がいいところはねぇかな、なんて思ってさ。

コメットさん☆:そうなんだ、やっぱり。よかった…。

ケースケ:なんだよ、今さらよかったって。だいたい何でコメットは、そんなことを聞くんだ?。

コメットさん☆:ううん。別に。ただ、なんとなく。

ケースケ:ははっ、今日のコメットは、なんか変だぞ?。

コメットさん☆:そ、そんなことないよ。

 コメットさん☆は少し恥ずかしそうな表情をした。コメットさん☆とケースケが見つめる先には、春の海がある。今日は天気も良く、潮風は肌に心地よい。これからはまた、ケースケが忙しくなる季節が待っている。まるで夏を予感させる日ざしの強さ。そんな中で、コメットさん☆は、王様に、「今度自転車を送ってもらおうかな?」などと考えていた。それで遠くに行ってみようなどと思っているわけではないのに…。ただなんとなく…。

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★第253話:アサガオ咲くかな?−−(2006年5月下旬放送)

 学校から帰ってきたツヨシくんとネネちゃんを誘って、コメットさん☆は、ラバボーもいっしょに裏山に行った。この前植えた野菜たちは、どうなっているだろうか。もっともみんな、だいたい毎日様子は見ている。ただ草も生えてきたし、少し肥料もやったほうがいい、などと、景太朗パパさんから言われていたので、みんなで今日は、草取りと水撒きをするつもり。

 コメットさん☆は、蚊取り線香を小さく切って火をつけ、腰に下げる容器に入れて、ツヨシくんとネネちゃんに1つずつ渡し、自分もティンクルスターとは反対側の腰につけて、裏庭から一度道へ出て、裏山への坂をのぼった。

ツヨシくん:蚊取り線香、少し煙いね。

ネネちゃん:もう、蚊がいるのかなぁ?。

コメットさん☆:草取りするなら、つけて行きなさいって、景太朗パパが。

ツヨシくん:やぶっ蚊がいるのいやだなぁ。

ネネちゃん:私も…。刺されるととてもかゆいの。

コメットさん☆:そうだね。私もきらい…。

 みんなは、少し歩いて、裏山に着いた。ほんの数十秒といったところなのだが…。

コメットさん☆:はあー。まだそんなに草は伸びてないね。

ツヨシくん:よかった。

ネネちゃん:毎日誰かが見てるじゃない?。

ツヨシくん:そうだけどさー。

コメットさん☆:とりあえず、少し草取りしよ。それから肥料。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:ラバボーも手伝ってね。

ラバボー:ボーも!?。…はあ。わかったボ。

コメットさん☆:あー、ラバボー、ティンクルスターの中に隠れているつもりだったの?。

ラバボー:い、いや、そ、そんなことはないボ。あははは…。

 ラバボーは、必死に手を振って否定するが、実は…。日が傾いた畑には、さわやかな風がすり抜けて行く。野菜たちは、その風でそよぐように、小さく揺れる。

コメットさん☆:トウモロコシは、どんどん大きくなるね。

ツヨシくん:ほんとだ。パセリはもう茂りすぎかも…。

ネネちゃん:草は、野菜の苗の回りだけ取ればいいかなぁ?。

コメットさん☆:またはえてくるから、苗の近くだけしっかり取ればいいって、景太朗パパが言っていたよ。

ツヨシくん:そうか。それなら楽だね。ずっとしゃがんでいるから、けっこう大変。

ネネちゃん:ズボンが汚れるから、ひざはつけないよ。

コメットさん☆:うん。

 ネネちゃんもコメットさん☆も、スウェットふうの長パンツ姿。ツヨシくんは、そんな二人の姿を、なぜか「ちょっとかっこいい」などと思う。どこが?と言われると、明快に答えられないのだが…。4月の上旬に植えた野菜は、もうたくましく成長して、根もしっかり張り、花が咲いたりし始めている。ネネちゃんが植えたバジルや、ツヨシくんの植えたパセリは、もう少しずつ収穫できるほどだ。

コメットさん☆:ツヨシくんもネネちゃんも、日焼けに気をつけて。5月は意外と紫外線が強いって。

 コメットさん☆は、その白い手の甲で、うっすら汗ばんだおでこをなでると、傾いた日を背にそっと言った。

 やがて、ツヨシくんは手にパセリを一握り、ネネちゃんもバジルの葉を一握り収穫して、コメットさん☆といっしょに戻ってきた。そして玄関先に着いたとき、三人の目は、そこに置かれたアサガオの苗に向く。アサガオは、ゴールデンウイークあけに、みんなで植えたものなのだ。

 

 景太朗パパさんが、夏も近づいているので、ヨットで使うものを、ガレージから出して、整備しておこうと思ったとき、傍らにうち捨てられるように置かれていた、アサガオの専用鉢を見つけたのだ。それは、ツヨシくんとネネちゃんが1年生の時、学校で育てるのに使ったもの。ちょうど手伝っていたコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんも、面白がってそれを出してみた。ひらがなで、「1ねん ふじよしつよし」と「ふじよしねね」と名前が書かれた黄土色のプラスチック鉢。土を入れる部分の後ろに、アサガオのつるをはわすことが出来るよう、高さ60センチほどの、大きな葉っぱ形の枠が付いている。土を入れ、鉢にタネをまくと、やがて発芽して、つるが伸び、後ろの枠に取り付きながら成長し、葉っぱを開き、花芽をつけさせ、うまく咲かせる便利なもの。

(コメットさん☆:これって、どうやって使うの?。)

(ツヨシくん:んーとね、ここにタネをまいたよ。)

(ネネちゃん:しばらくするとね、ここから葉っぱが伸びてきて、後ろにひっつくの。それで観察してると、花が咲くの。)

(コメットさん☆:ふぅん。面白そうだねっ。)

(景太朗パパさん:コメットさん☆、面白そうかい?。)

(コメットさん☆:アサガオって、きれいな花が咲きますよね。)

(景太朗パパさん:そうだなあ。あれはきれいだよね。ちょうど今頃タネをまけば、夏の頃にはしっかり成長して、花が咲くね。…せっかくだから、やってみようか?。)

(ツヨシくん:うん。パパ、ぼくもやってみる。1年生の時は、そんなに興味無かったけど…。せっかくだもん。)

(ネネちゃん:なら私もやるやるー。)

(景太朗パパさん:あ、…でも、これはもう壊れているぞ。鉢のところが割れちゃってるよ…。)

(ツヨシくん:ええー?、あ、ほんとだ…。)

(ネネちゃん:私のは大丈夫だよ?。)

(コメットさん☆:あ、ネネちゃんのも、後ろ側の枠が割れている…。)

(景太朗パパさん:うん、これはしょうがないね。ツヨシとネネが1年生っていうと、もう3年前だろう。プラスチックは紫外線に弱いから、外に出しっぱなしの植木鉢とかは、どうしても劣化して割れてしまうんだよ。これ、一時外に置きっぱなしだったし、厚みも薄いからね…。)

(ツヨシくん:使えないのかぁ…。残念…。)

(景太朗パパさん:ネネのはせっかくだから、後ろのところを外して、普通の植木鉢として使おう。しばらくは持つはずだ。でも、ここは3人分新しい鉢と資材を買いに行くか。コメットさん☆もやってみたいだろう?。)

(コメットさん☆:私も、やってみたいです。)

(ツヨシくん:やったね、パパ。ありがと。)

(ネネちゃん:私もー。お花青いのがいいな。)

(景太朗パパさん:よーし。じゃあ、今からタネと植木鉢、それにつるをはわせるネットなんかもいるな。ホームセンターに行こう!。)

 そんな会話があって、みんなでホームセンターに行って買いそろえた、「アサガオ栽培セット」は、四角い小さめのプランターを並べて、それにタネをまき、玄関前に置いて、上に向けてネットを張ったもの。つるが伸びたら、ネットにはわせて花を咲かせようと、景太朗パパさんが考えてくれた。

(ツヨシくん:タネまきまき〜♪。)

(ネネちゃん:ツヨシくん、何それ?。変なの。)

(ツヨシくん:ぼくが考えた歌だよー。)

(コメットさん☆:うふふ…。楽しいね。)

(ツヨシくん:ぼーくは、紫色のぉー、花が好きなのでぇー、タネをまきますぅー♪。)

(ネネちゃん:…もう、やめてよ。変な歌ぁ。)

(コメットさん☆:あははは…。ツヨシくん面白い。)

(ツヨシくん:ご好評に答えてぇー、ネネのタネは、青い花のですぅー♪。赤はないのでぇー、どうしましょう?ー♪。)

(ネネちゃん:なんなのそれ…。なんでこんなツヨシくんが兄貴なのでしょう?…。)

(コメットさん☆:あはっ、ははは…。ツヨシくんもネネちゃんも、笑いが止まらないよ…。)

(ツヨシくん:コメットさん☆のぉー♪、タネはぁー、珍しい色のぉー、花が咲くのですぅー♪。)

 ツヨシくんの「独演会」は、しばらく続いたものである。イヤそうな顔で、じっと見つめるネネちゃんの目。そんなことを思い出したコメットさん☆は、玄関先のアサガオを見ながら、少し思い出し笑いでにこっとした。ところが…。

ネネちゃん:…なんか、コメットさん☆のアサガオだけ、よく伸びてるね。

ツヨシくん:うーん、そうかなぁ?。

コメットさん☆:えっ、みんな伸びてるよ?。

 ネネちゃんが、ふとそんなことを言うので、コメットさん☆は、あらためて見た。確かに、コメットさん☆が植えたタネは、しっかりと発芽して、どんどんとつるをのばしている。その途中からはたくさん葉っぱが出て、いずれ花芽になるような芽も、次々に出ている。ツヨシくんとネネちゃんのは、まだそれほどの勢いはない。

ネネちゃん:コメットさん☆、もしかして…、星力使ってない?。

コメットさん☆:つ、使ってないよ。だって、そんなこと…。

 コメットさん☆は、ネネちゃんの意外な言葉に、びっくりして押し黙った。

ツヨシくん:コメットさん☆が?。ネネ、考えすぎ。いつ使ったと思うんだよ?。

 ツヨシくんは、やはりコメットさん☆をかばうようなことを言う。

ネネちゃん:だってぇ…。なんかコメットさん☆のは、よく伸びているよ…。

コメットさん☆:ネネちゃん…。私、本当に星力使っていないよ…。毎日「しっかり伸びてね」とかは言っているけど…。

 その時景太朗パパさんが、玄関の引き戸を開けて顔を出した。

景太朗パパさん:あれ?、なんだどうしたんだい?。帰ってきたのかと思えば、そんなところにみんな突っ立って。

ツヨシくん:ネネが、コメットさん☆のアサガオだけ成長が早いから、星力使っているんじゃないかって言ってるんだ。

ネネちゃん:だってぇ…。明らかにコメットさん☆のだけ成長が早いよ?。ほ、星力は…、使ってないかもしれないけどさぁ…。

コメットさん☆:私、本当に使ってないよ。信じてくれないの?、ネネちゃん…。…悲しいな…。

 なんだか、少々よくない雰囲気が漂っている。それを心配して、景太朗パパさんは声をかけた。

景太朗パパさん:ネネ、証拠もないのに人のことを疑っちゃいけない。ところでコメットさん☆は、アサガオにどんな世話をしてるかい?。

コメットさん☆:私はただ…、毎日お水あげて…、「しっかり伸びてね」とか、「今日は葉っぱがきれい」とか言って、さわったりはしていますけど…。

景太朗パパさん:なるほど…。ツヨシもネネも知っていていいかもしれないな…。植物は、声をかけてあげたり、そっとさわったりすると、成長の仕方が良くなるっていう位なんだよ。

ツヨシくん:ええ?、パパ、どうして?。耳があるわけじゃないじゃん…。

ネネちゃん:さわったりって?。

景太朗パパさん:もちろん、植物に耳があるわけじゃない…。でも、どういうわけか、そうなんだな。果物でも、音楽を聴かせて育てて、甘くしてから出荷しているところがあるそうだ。聴かせないよりは、聴かせた方が確かに甘くなるってさ。そういう不思議な力が、植物にはあるんだよ。だから、コメットさん☆が、アサガオを大事にしているという、心が伝わるのかもしれないよ。

ツヨシくん:そっかぁ…。それってなんかすげー。

ネネちゃん:そ、そうなの?。私…、声かけたりはしてないよ…。「お水やるのが面倒」なんて言いながらだったかも…。

景太朗パパさん:あははは。それじゃあ植物は応えてくれないかもよ?。あんまり義務だと思ってやる必要はないけれど、植物も命だからね。

ネネちゃん:うん…。

景太朗パパさん:コメットさん☆のアサガオ、花の色は何色だっけ?。

コメットさん☆:あの、えーと、かば色っていうのです。

景太朗パパさん:ネネがブルーで、ツヨシが紫か…。色が違うと、少し種類が違うのもあるから、多少成長に差があるかもね。ネネ、まず人を疑う前に、もう少し情報を集めなきゃ。みんなしっかり世話して、うまく育つようにしてみよう。少し肥料も足りてないんじゃないか?。肥料が切れると、成長は悪くなる。それに適度にさわるのは、逆に成長のしすぎを押さえるのにもいいとされているんだ。

ツヨシくん:肥料かぁ。ぼく最初にやってからやってないや。

ネネちゃん:私も…。コメットさん☆うたがってごめんなさい…。

コメットさん☆:えっ、いいよ…、ネネちゃん。

 そうは答えても、コメットさん☆は少し傷ついた気持ちだった。ところがツヨシくんは、指を立てながら言う。

ツヨシくん:でもさ、コメットさん☆。ぼくは信じていたから。…それに、もっと「かがくてき」にね、「かがくてき」に考えないと。

 家の玄関開き戸の前で、コメットさん☆にそっとささやくように。その言葉は、少しコメットさん☆を勇気づけてくれた。そして景太朗パパさんも、それを聞いて言う。

景太朗パパさん:まあまだまだこれからだよ、アサガオの成長は。そんなに気にすることはない。季節が来れば、きっとちゃんと花が咲くさ。多少の成長の違いなんて、個性のようなものさ。

 コメットさん☆は、ほっとしたが、それでもまだ少し気になってはいた。

 夕食の前になって、コメットさん☆は、なんとなくバトンを出して、アサガオたちの前に立っていた。ラバボーがティンクルホンから出てたずねる。

ラバボー:姫さま、まさか星力使おうって思っているんじゃ…。

コメットさん☆:うん…。なんだか、みんなそろえておいた方がいいのかなって…。

ラバボー:でも…、それじゃあなんだか自然じゃないボ…。

コメットさん☆:…そうだけど。…それでも、この先成長がそろわなかったら、きっとネネちゃん気にするよ?。

ラバボー:パパさんも言っていたボ?。季節が来れば、ちゃんと花が咲くって。

コメットさん☆:それは、そうかもしれないけど…。

 その時、後ろの玄関引き戸が開いて、沙也加ママさんが顔を出した。

沙也加ママさん:お店から帰ってみたら…。…こんなところにいたの?、コメットさん☆。うふふ…。パパから話は聞いたわ。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

沙也加ママさん:アサガオに星力使うの?。

コメットさん☆:…ネネちゃんが気にするかなって…。

沙也加ママさん:どうかなぁ?、気にするかしら?。

コメットさん☆:気にしないかな…。

沙也加ママさん:星力って、そんなときに使うものかなぁ?。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆は、びっくりして沙也加ママさんの顔を見た。沙也加ママさんは、にこっと優しい笑顔を見せた。

沙也加ママさん:自然に育つのを待たなきゃ、コメットさん☆。人も、植物も。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、「人も」というところに、はっとした。

沙也加ママさん:コメットさん☆のアサガオは、何色?。

コメットさん☆:か…、かば色…。

沙也加ママさん:赤茶色のような、ちょっと変わった色ね。ツヨシは?。

コメットさん☆:紫…。

沙也加ママさん:咲いたらきれいでしょうね。ネネは?。

コメットさん☆:ヘブンリーブルー…。

沙也加ママさん:みんな違うのね。みんないっしょにしなかったのは…、みんないっしょじゃつまらないから。違うかな?。

コメットさん☆:そう…ですね。あっ…、…私今つまらなくしようとしてた…。わざわざ星力を使って…。ずっと前にも、野菜を…。

沙也加ママさん:そうね。いろいろな花の色があるように、いろいろに育つ苗があって、いろいろに成長する人がいる…。それでいいんじゃない?。ね、コメットさん☆、ネネといっしょにお風呂入っていらっしゃいよ。なにかネネがいっしょに入りたがっていたわ。それでごはんにしましょ。

コメットさん☆:…はいっ。沙也加ママ。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの言葉の意味を理解して、ようやく元気に返事をした。もちろん、バトンはしまって。

 

 夜寝る前になって、コメットさん☆は、いつものようにメモリーボールへ、今日の出来事を記録した。それは遠く離れた王様と王妃さまのもとに届く、画像の手紙。

コメットさん☆:あのね…、お母様、お父様……。……。

 それを見た王妃さまと王様は…。

王妃さま:遠く離れたコメット、ずいぶんといろいろなことを、教えていただいているのね…。やっぱり、地球に行かせたのは、よかったんだわ…。

王様:…さびしいが、そうじゃな…。コメットは、地球で、いい教育を受けておる…。時々失敗もあるようだが…。ふふふ…。

 王様と王妃さまは、うなずきあった。

 

 自然と向き合うには、時に根気がいる。畑や花壇、それに鉢植えやプランターの植物全てが自然とは言えないかもしれないが、その成長の様子は、自然そのものである。人もまた、同じようなものかもしれない。人も植物も、いつも同じではなく、いろいろに移り変わる。またいろいろな個性を持ち、いろいろに思い悩むもの。でも、そうやってしか、成長することは出来ないもの。コメットさん☆もツヨシくんも、ネネちゃんも、ラバボーも、みんなそんな人間の一人。アサガオが花をつける頃、みんなきっと「ちょっと新しい自分」に、なっているに違いない…。

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★第254話:神也の衝撃−−(2006年5月下旬放送)

前島さん:こんにちはー。藤吉さん!。

沙也加ママさん:いらっしゃ…、あら、優衣さん。どうしたの?、そんなに急いで。

 沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に、開店間もなく、前島優衣さんが駆け込んできた。

前島さん:あの、お世話になった通信販売のカタログ、出来ましたよ。これから各家庭に発送なんです。

沙也加ママさん:えっ?、通信販売のカタログというと…、あのネネとコメットさん☆がモデルになった?。

前島さん:ええ、それです。あの時は本当にお世話になって…。…あれ、コメットさん☆は?。

沙也加ママさん:ああ、今日はね、うちの藤吉が仕事で出かけているから、家にいてもらっているわ。

前島さん:そうですかー。じゃあこれ、3部ほど置いていきますから、コメットさん☆とネネちゃんに見せてあげてくれますか?。少なくて申し訳ないんですけど…。

沙也加ママさん:ええっ?、少ないって、3部も?。それでも多いくらい…。いいの?。

前島さん:いいんですよ。見本である程度の部数届きましたし、それにうちのデザインした服、みんなに見ていただきたいですから。

沙也加ママさん:そう。じゃあ、ありがたくいただくわね。わざわざありがとう。

前島さん:それじゃ、これで失礼します。みなさんによろしく。

沙也加ママさん:あ、あら、お茶くらい飲んでいかない?。忙しいの?。

前島さん:すみません。今日はちょっと別の仕事で忙しくて…。また今度ゆっくりいただきます。

沙也加ママさん:そんなに忙しいのに、わざわざ持ってきてくれたの?。ありがとう。すみませんね。

前島さん:いいえ。今日届いたんで、なるべく早くモデルさんたちにって思って。

沙也加ママさん:うふふ…。コメットさん☆とネネには、よろしく伝えておくわ。じゃ、お仕事がんばってね。お疲れさま。

前島さん:はい。ありがとうございます。それではまた…。

 前島さんは、少々急ぐ様子で、お店を出ていった。カウンターの上には、分厚い3冊もの同じカタログが積まれていた。

 去年の10月に、モデルが急に足りなくなったということで、コメットさん☆とネネちゃんは、通販カタログの、ティーンズ向けと子ども向けの水着モデルをした。それは夏前に、通販会員の家へ届けられるというものだった。そのカタログの見本が仕上がり、衣装のデザイン元である前島さんが所属する「花村ブティック」に、さっそく届けられたのだ。これからいっせいに、全国の会員へカタログとして発送される。沙也加ママさんは、せっかくだからと、カウンターの上に置かれたカタログを手に取った。どんな感じに娘であるネネちゃんと、もはや家族そのものと言えるコメットさん☆が写っているのか、やっぱり気になる。もっとも、印刷にかかる前に、少しの写真はあらかじめ見ていたのだったが。コメットさん☆もネネちゃんも交えて。

沙也加ママさん:どれどれ…。せっかくだから、…あら、なかなかいい感じじゃない。ネネも喜ぶかな?。コメットさん☆も、笑顔がいいわね…。恥ずかしがるかしら?。

 お客のいない店内で、カタログの見本を見ながら、沙也加ママさんはつぶやいた。

 

 前島さんが、沙也加ママさんのお店に来てから一週間くらいがたつ頃、羽仁家では、パニッくんのお母さんが電話の受話器を取っていた。

電話オペレータ:はい。丸星デパート通販営業部、長瀬と申します。お客さま、ご注文でございますか?。

パニッくんのお母さん:ええそうよ。いつもの羽仁ですわ。会員番号は61234の羽仁よ。

電話オペレータ:会員番号61234の羽仁様ですね。はい。それでは、ご注文を承ります。どうぞ。

パニッくんのお母さん:まずはサマーセーターのページよ。32ページね。注文番号は0012456、色はベージュ、サイズはMで。ええ、それを1点。それに、0023589の靴もいただくわ。それは黒で、サイズ23.5センチ…。

 どうやら、「丸星デパート」の通販申し込みのようである。このデパートは、最近通販に力を入れているらしい。パニッくんのお母さんは、そこの会員なのだ。会員になると、5パーセントの割引がきく。ところがそこで、玄関のチャイムが鳴った。

パニッくんのお母さん:あっ、はーい。あ、君也、玄関に出てちょうだい。…あ、注文を続けるわね。注文番号521010…。

 パニッくんのお母さんは、受話器を少しの間口から外すと、土曜の休校日でそばにいたパニッくんに、玄関に出るよう声をかけた。そして注文を続ける。

パニッくん:…もう、うちのママは、注文の電話がフォルテシモ長いです。はい。どなたですかぁ?。

宅配便の人:武蔵運輸ですけど、カタログの配達です。

 パニッくんはドアを開けた。そこには宅配の人が、通販カタログの入った小さめで平らな段ボール箱を持って立っていた。パニッくんは、玄関の靴箱の上にある、小さな引き出しから、認め印を出すと、宅配の人に渡し、押してもらってから荷物を受け取った。

宅配便の人:まいどありいー。

パニッくん:お疲れさまですぅー。うわ…、けっこう重いです。ママはどうしてこう、通信販売が好きなのでありますか…。

 パニッくんは、そう言いながら、玄関からリビングにある電話機のそばまで戻ってきた。パニッくんのお母さんは、ちょうど電話を切るところだった。

パニッくん:あ、ママ、これが届きましたよ。

パニッくんのお母さん:あら、「トレール」のカタログね。楽しみだわ。そこに置いておいてちょうだい。あ、それからね、ママこれから出かけなければならないから、ついでに開けておいてちょうだいね。

パニッくん:え?、これをでありますか?、ママ。

パニッくんのお母さん:ええ。あとで見るわ、君也。あなたのシャツも、もうそろそろ買わないと、小さくなってきたわね。

パニッくん:はあ。…ママは今日どこへ?。

パニッくんのお母さん:夏にあるクラス会の幹事で、駅まで打ち合わせに行って来るわ。君也、頼んだわね。お昼までには帰ってくるわ。神也と待っていてちょうだい。包みを開けるときに、手を切らないでちょうだいよ。

パニッくん:はいママ。いってらっしゃいです。

 パニッくんは、土曜日だというのに、出かけていく母を、ほんの少し寂しく思いながらも、リビングから出ていって、出かける支度をする母に代わり、届いたばかりの「トレールのカタログ」の包みを開けた。「トレール」というのは、有名な通販会社なのだ。

パニッくん:さて、この重たいカタログの包みを、メゾフォルテなパワーで開けます…。

神也くん:あれ?、君也、何か荷物届いたのか?。

 両手でカタログの入った段ボール箱を開けようとしていたパニッくんのところに、2階から階段を降りてきた神也くんがたずねた。

パニッくん:あ、兄さん。今武蔵運輸から荷物が届きましたよ。通販のカタログだそうです。

神也くん:なんだ、ぼくの模型じゃないのか…。

 神也くんは、少しがっかりしたような顔をした。

パニッくん:兄さんは、何か荷物を待っているのでありますか?。

神也くん:うん。ちょっとね。予約していた模型が届くはずなんだ。

パニッくん:また電車ですか?。

神也くん:またって言うなよ。

パニッくん:兄さん、見ていないで手伝ってくださいです。これフォルテシモ固いです。

神也くん:どれ。また母さんのカタログかい?。うちの母さんも、通販が好きだなぁ。どこの?、これ。

パニッくん:トレールって書いてありますよ。

神也くん:トレールか。よいしょっと…。

 神也くんは、パニッくんからカタログの包みを受け取ると、両手でふたになっているところを引き剥がすように引っ張った。バリバリという音とともに、段ボールの中から真新しいカタログが出てくる。

パニッくん:なんでママは、毎号これを取っているのでしょうね?、兄さん。

神也くん:さあ?。ま、たまにはぼくらの着るものも買ってもらえるからいいんじゃないのか?。…今度の号の特集は…。「初夏号」か…。えーと、ティーンズ・子ども・婦人・紳士夏先取り水着特集…。ふーん。食品特集は、そうめん・冷や麦にお取り寄せスイーツね…。何かホビーは無いのかな?。

 神也くんは、あまり関心はなかったが、せっかく取り出したカタログなので、そばのテーブルに置かれた煎餅の包みを開けて、口にくわえながら、ページをパラパラとめくった。ちょうどページは、特集のページ。そして次の瞬間…。

神也くん:こ、…これは!?。

パニッくん:ど、どうしました?、兄さん。

神也くん:も、もしかして、このモデルの女の子…。

パニッくん:どの人ですか?。誰です?。

神也くん:み、見ろ、君也。これは、コメットさん☆じゃないか!?。

 神也くんは立ち上がり、口から煎餅を落としながら、パニッくんの前にカタログを差し出し、写真を指さした。それは、コメットさん☆がモデルになって、由比ヶ浜の浜に立つ白基調の水着のカット。

パニッくん:え?、そうですか?。…うーん、そう言われれば、そうかもしれませんけど…。

神也くん:た、大変だ。君也、ちょっと留守番しててくれ!!。

パニッくん:あ、兄さん、どこへ!?。何が大変なんです!?。

神也くん:メテオさんのところ!。いっきまーす!。

パニッくん:あっ、兄さん、待って、待ってぇ!!。あああ、どうしてうちからは、こうやって誰もいなくなるんですー?。ぼく一人になってしまいますぅー。

 パニッくんは、頭をかきむしるようにして嘆いた。

 

 神也くんは、世界記録ものかもしれない高速で、まるで機関車かバイクのごとく、極楽寺の風岡邸に向けて走った。後ろには煙が立つかのように…。やがてメテオさんが暮らす風岡家に着くと、門の外にあるインターホンのボタンを何度も押した。

“ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン”

留子さん:はいはいはいはい。そんなに押さなくても、今出ますよ。どなた?。

 留子さんはそういいながら、インターホンの受話器を取った。腕には猫のメトを抱えている。

神也くん:こんにちは。メテオさんいますか!?。

留子さん:はい。いますよ。あなたはメテオちゃんのお友だちの…えーと…。

神也くん:おじゃましますっ!。羽仁神也ですっ。

 留子さんが玄関のドアと、門を開けると同時に、神也くんはメテオさんの部屋に向けて突進した。あっけに取られて、目をぱちくりしながら、留子さんは神也くんの後ろ姿を目で追った。

留子さん:あらあら、最近の男の子は積極的だこと…。ねえ?、メトちゃん。

猫のメト:にゃー。

 神也くんは、階段を駆け上がると、メテオさんの部屋をノックした。

メテオさん:なあに?、今私は瞬さまのCDを聞いているのに…。

 メテオさんは、ヘッドホンをして、ぼーっとベッドに座り、普段着でいたのだが、激しいノックの音に気付くと、迷惑そうにヘッドホンを外し、CDを一時停止にしてから、部屋のドアのところまで来た。両手を腰にあてながら、不機嫌に答える。

メテオさん:そんなノックはお父様やお母様じゃないわね。誰よ、まったく。開いてるわよ。

神也くん:メテオさん、大変です!。

メテオさん:な…、なななななんで「への5号」がここにいるのよーーーーー!。

神也くん:そんなことより…。

メテオさん:そんなことじゃなーーーい!。

ムーク:まあまあ姫さま、落ち着かれては?。

メテオさん:だ、だって、なんで「への5号」が!?。

ムーク:なにがしかの用事ではないかと。

メテオさん:そ、そんなことは予想できるわよ!。

 メテオさんは、背中に隠れているムークに普通の声で答えた。

神也くん:メテオさん、誰としゃべっているんですか?。

メテオさん:だ、…誰でもないわよ!。それで?、わたくしになんの用事?。

神也くん:あ、そうだ。と、とにかくこれを…。

メテオさん:え?、トレールのカタログじゃないの。これが?。

 メテオさんは、神也くんが目の前に差し出したカタログ誌を見て、いったいどうしたのか?というような顔で、神也くんの顔を見回した。

 メテオさんは、バルコニーのいすを指さして、神也くんにすすめると、テーブルを挟んで反対側に座った。

メテオさん:それで?、このカタログのどこがどう大変なのよったら、大変なのよ。

神也くん:こ、これですよ、メテオさん。このページ見て下さい!。

メテオさん:「ティーンズの水着・夏を先取り」…。

神也くん:ああもう!。メテオさん、その題字じゃなくて、写真ですよ、写真!。

メテオさん:…写真って?、ああ、コメットとネネちゃんのこと?。

神也くん:ええっ、メテオさん、し、知っているんですか?。…うちのほうが、届くの遅かったのかな?…。

 神也くんは、口をぱくぱくさせながら、驚いた様子でたずねた。

メテオさん:まだうちには届いてないけど?。これの撮影の時、わたくしコメットから話聞いたから、知っていたわよ。

神也くん:なんですってぇー!?。フォルテシモ驚きですー…って、君也になってしまった…。なんだぁー、メテオさん知っていたのかぁ…。

メテオさん:ちょっとぉ、知っていたら何だっていうのよ!。

神也くん:だ、だってこれはニュースですよ?。コメットさん☆が、モデル、それも水着のモデルになっているなんて…。

 もう神也くんの目は、キラキラしてしまっている。

メテオさん:あー?、だからそれで何でわたくしのところにぃーーー!。ケンカ売りに来ているの?。

神也くん:そんなことはありませんよ、メテオさん。ぼくメテオさんが、大好きだからですっ!。

メテオさん:だーかーらー、わたくしが好きとか言う前に、コメットの写真が載っているカタログを、わたくしに見せに来る神経を、説明しなさいよったら、説明しなさーい!。

神也くん:だってぼくのあこがれの君は、メテオさんですよ?。そのメテオさんとコメットさん☆は友だちなんだから、どういういきさつでモデルになったのか、メテオさんなら知っているかと思って…。それに、わがメテオさんも、ぜひモデルにと思いまして。

 メテオさんは、かみ合わない話と、妙な気分で、なんだか鳥肌が立つのを感じた。

メテオさん:い、いきさつなんて知らないわよ。…なんだかモデルが急に足りなくなったとかで、服飾デザイナーの人から頼まれて、秋に新製品を着て写真撮ったって言っていたわよ。どう?、これで満足?。

神也くん:…そんなことだったんですか…。なら、なんでメテオさんはモデルにならなかったんですか!?。

メテオさん:それだって知らないわよ!。わたくしだって、モデルになりたかったわよ!。コメットのかわりに、ショーに出たことだってあるんだから!。でも、しょうがないでしょ?。その時声がかからなかったんだものー!。

 メテオさんは、いっそう不機嫌そうに怒鳴る。

神也くん:…メテオさんの水着モデル姿、見たかったなぁ…。

 神也くんは、うっとりしたような顔で、空(くう)を見つめ、メテオさんの姿を想像しつつぼそっと言う。その様子を見て、気持ちの悪さ半分と、一瞬気がゆるんで、うれしい気持ち半分を感じてしまったメテオさん。

メテオさん:いいえ!。全部気持ち悪ーい!。気持ち悪いったら、気持ち悪ーーーい!。

神也くん:ぼく、メテオさんが、モデル向きだと思うんですよ。体形もいいし、何よりかわいく美しいですから。

メテオさん:…えっ?。

 突然神也くんは、意外なほどさわやかに微笑んで、そんなことも言う。その言葉にメテオさんは、ふと冷静になって、神也くんの顔をじっと見た。

メテオさん:への5号…、いえ、神也…。

 メテオさんは、逃げ出したいような気持ちがすっと消え、静かにつぶやいた。

 

 帰っていく神也くんを見送ったメテオさんは、ひとつため息をついた。ところが神也くんのほうは、歩いて坂を下りながらぶつぶつとつぶやく。

神也くん:ああ、ぼくはなんてバカなんだ…。メテオさんの写真を撮らせてもらえばよかったのに…。でも、メテオさん、前よりは優しくなったけど、写真なんて撮らせてくれないよな…。隠し撮りするわけにも行かないし…。あー、メテオさんーーー!。

 ちょうどそのころ、再びCDを聴こうとして、ヘッドホンを手にしたメテオさんは、異様な寒気を感じた。

メテオさん:ううっ…。な、なんなのよ、この寒気…。

ムーク:神也さんがウワサしているのでは〜?。

メテオさん:や、やめてよ、そんな話…。でも…。

ムーク:でも、どうしたのですか?、姫さま。

メテオさん:このごろ瞬さまと、まともに話もしていないわ…。

ムーク:姫さま、信じる心は強いのでは?。いつもそう私に言うではありませんか。

メテオさん:そうだけど…。

 と、その時、留子さんが一枚の紙を持って、メテオさんの部屋までやって来た。

留子さん:メテオちゃん、メテオちゃん、さっきの男の子は帰ったの?。

メテオさん:あ、お母様…。ええ。帰ったわよ。

留子さん:あの子、面白い子ね。楽しそうだわ。

メテオさん:そ、そうかしら?…。

留子さん:あ、それでね、メテオちゃん、あなたにFAXが来たわよ。黒岩さんっていう方から。なんとかマネージャーって書いてあるようだけど、すっかり老眼が進んで、小さい字は読めないのよね。

メテオさん:えっ?、黒岩…さん?。貸してお母様。

 メテオさんは、すぐにそのFAXを手に取った。そして急いで読む。

黒岩マネージャーの筆:6月の今川瞬コンサートは、横浜の屋内プールで開催。君にも来て歌ってもらえないかな?。瞬の提案なんだけど。詳しくは携帯電話に…。

 そこまで読んだメテオさんは、思わずにっこりと微笑んだ。

メテオさん:また私に出演依頼?。んー、困っちゃう〜。

 両手を顔の前で握って、わざとカワイ子ぶりっ子するメテオさん。全然困ってなんていないのに…。

留子さん:あら、そうなの?。じゃあメテオちゃん、衣装あわせが大変ね。いつ?。

メテオさん:6月ですわ、お母様。

ムーク:姫さまは、相変わらず変わり身が早い…。

メテオさん:悪い?。

ムーク:いえ、悪くはないですよ、悪くは。

 

 夜になって、メテオさんから延々と電話で顛末を聞かされたコメットさん☆は、自分の部屋でラバボーと話をしていた。話というよりは、意見を聞いていたというほうが、正確かもしれない。

コメットさん☆:メテオさん、とてもうれしそうにしていたよ、ラバボー。

ラバボー:そりゃあメテオさまにしてみれば、イマシュンと歌えるというだけで、うれしいはずだボ。

コメットさん☆:うん。そのこともそうだけど、なんだか水着ショーかもしれないって。

ラバボー:ほんとに水着ショーなのかボ?。聞いている限りだと、単に屋内プールでコンサートをやるっていうだけで、みんな普通の衣装でやるんじゃないのかボ?。

コメットさん☆:やっぱり、そうだよね?。

ラバボー:だって、イマシュンはどうするボ?。ハイビスカス柄か何かのサーフパンツはいて、真面目な顔でギター弾くのかボ?。

コメットさん☆:あはははは…。それってやっぱり変…。

ラバボー:きっと、メテオさまの思いこみだボ。

 ラバボーは、両手を広げ、「やれやれ」とポーズをつけて言う。

コメットさん☆:…でも、それよりも…。

ラバボー:何だボ?、姫さま。

コメットさん☆:神也さんのこと…。私のことをカタログで見つけて、メテオさんのところに飛んでいったって、どういうことだろ?。

ラバボー:どういうって…。一度は「好き」なんて言ってみた男子としては、知っている女の子が、水着姿でカタログ誌に載っていたら、びっくりするボ。

コメットさん☆:…あ、あの時は…。

 コメットさん☆は、5年前地球にやってきて、初めて男の子から「好き」と言われたのが、神也くんだったことを思い出した。あの時はけっこう衝撃的で、「好きってなんだろう」などと、考え続けたものだった。

コメットさん☆:…ラバボーも考えてね。あのね、男の子って、女の子の水着姿とかに、やっぱり興味あるんだよね?。

ラバボー:そ、それは…。…まあ、無いと言えばうそになると思うボ…。

コメットさん☆:そっか…。恥ずかしいな…、それって…。

ラバボー:でも、男子としては、気になる女の子が、特別な衣装を着ていれば、それはそれで気になるっていうことだボ?。もちろん、普段着だって、やっぱり気になるけど…。ボーなら、普段のラバピョンだって気になるボ。ああ、なんかうまく言えないボ…。

コメットさん☆:ケ、ケースケはどうかな?。

ラバボー:姫さまに興味かボ?。それは、かなり気にはしていると思うけど…。ケースケは、仕事の時と、普段とではかなり違うボ。ライフガードしている時、いちいち女性のスタイルや衣装を気にしていたら、仕事にならないボ?。でも、仕事が終われば…。

コメットさん☆:そっか…。

 コメットさん☆は、なんだか微妙な気持ちがした。少しがっかりというような、それはそれでほっとするような…。

コメットさん☆:衣装って不思議…。

ラバボー:ボーはあんまり衣装って気にしないほうだボ。何しろ、いつもは何も着ていないのと同じだボ。

 ラバボーはにこっとして言った。

コメットさん☆:うん…。優衣さんが言ってた。「衣装って、その人本来の美しさや魅力を、補うものでしかない」って。

ラバボー:それは、きっと優衣さんがいつも実感していることなんだボ。

コメットさん☆:そうだよね…。でも、「だからこそ、衣装をどう着こなすかで、その人の魅力をうまく引き出せるか、引き出せないかも決まるから面白いんだよ」って。

ラバボー:きっと、姫さまの写真見て、この水着かわいいとか言いながら、みんな注文するボ…。縫いビトにも聞いてみるといいボ。ボーは…、男だから…。

コメットさん☆:…うん。そうしようかな…。

 コメットさん☆には、ラバボーのそっとささやく最後の言葉が、なぜか胸に響く。そして、窓の外に見える月を見上げた。今夜も金色に輝く月。カタログ誌の写真を思い出しながら、「カタログを見て、みんなが喜んでくれるなら、ちょっと恥ずかしいけど、それでいいかも」と思いつつ。いくら奥手でも、男の子がどう思うのかは、やっぱり気になるコメットさん☆。季節も気持ちも春の宵…。

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★第257話:季節の支度−−(2006年6月中旬放送)

景太朗パパさん:いやー、今日は暑いな。まだ6月なのに。

ツヨシくん:梅雨に入ったよね。

ネネちゃん:入った入った。6月の…何日だっけ?。

コメットさん☆:6月の9日だったかな?。

景太朗パパさん:まだまだ本格的な雨ってわけではないねぇ。

 今日は日曜日。お店に行っている沙也加ママさんを除いて、藤吉家のみんなは、何をするでもなく、リビングにいた。家にいる時は、なんとなく皆そこに集まる…。藤吉家のリビングは、いつもそんな感じだ。

 今年も梅雨入りして、雨が降りやすい毎日になった。しかし、この週末は早くも梅雨の中休み。晴れたり曇ったりの天気である。そうすると、もう日ざしはかなり強いから、一気に気温が上がり、蒸し暑くなる。かといって、真夏のように、やすやすと30度を越えることはない。

ネネちゃん:ママのお店、お客さん来ているかな?。

景太朗パパさん:さあ、どうかな?。まだ本格的なシーズンじゃないからね。コメットさん☆、このところはどうだい?。

コメットさん☆:沙也加ママのお店ですか?、特にたくさんお客さんは来てないかも…。

景太朗パパさん:そうか。まあ、これからだね。本格的な海の季節は。

ツヨシくん:…でも、プール始まるよ。学校でも。

景太朗パパさん:あ、そうだなぁ。そう言えばそんな時期か…。…うん、そうだ。今日はまあまあ天気も良くて暑いから…、みんなでうちのヨット見にいかないか?。

ツヨシくん:江の島!?。

ネネちゃん:江の島なら、猫ちゃんいるね。

コメットさん☆:あ、海は涼しいかも。…ネネちゃん、猫ちゃんいたっけ?。

ネネちゃん:江の島はね、猫ちゃんたくさんいるよ。

コメットさん☆:そっか。猫ちゃんかわいいね…。

景太朗パパさん:よし。ははっ…。んー、なんだかヨットを見るって感じじゃないかもしれないけど、午後になったら出かけよう。

ツヨシくん:はいよー。パパ。

ネネちゃん:はーい。

コメットさん☆:私もはーい。

 景太朗パパさんは、少し困ったような笑いを浮かべつつも、にこにこしながらいすから立ち上がった。

 

 お昼を食べると、景太朗パパさん、ツヨシくん、ネネちゃん、コメットさん☆の4人は、バス通りまで出て、そこからバスに乗り、江ノ電七里ヶ浜駅まで出た。バスを降りて、バス停の反対側へと横断歩道を渡り、行合川にかかる橋を渡る。

景太朗パパさん:たまにはバスもいいな。

ツヨシくん:もう水着の人が歩いているよ。

ネネちゃん:ほんとだ。もう海に入るのかな?。

ツヨシくん:ぼくたちだって、プール来週からじゃんか。

ネネちゃん:そうだね。じゃあもうみんな海に入って泳いでもいいんだ。

コメットさん☆:来週からプール?。

ツヨシくん:うん。学校のプールもいいけど、コメットさん☆といっしょに、海で泳ぐ方が面白いな。

コメットさん☆:わはっ。そうかな…?。

ツヨシくん:だってさあ、学校のプールは波がないよ。

ネネちゃん:やれやれ。私の兄のツヨシくんは、こうやってコメットさん☆にべったりですぅ。

ツヨシくん:なんだよう、いいじゃん!。

景太朗パパさん:こらこら。ほらもう駅だぞ。

 景太朗パパさんが、バス停から駅までの道を歩きながら、ちょこっとひやかすネネちゃんと、それに大真面目に答えるツヨシくんを、たしなめるように言った。コメットさん☆は、ちょっと困ったような顔で、そんな二人を見た。

景太朗パパさん:別に海に入るのに、いつからいつまでじゃなくちゃいけないってことはないんだけどね。海開きは7月からってところは多いだろうけど、沖縄なんて、3月から12月くらいまで泳げるそうだよ。ここらへんの人たちも、5月から泳ぐって話もあるし…。まあ、海は泳ぐばかりじゃないしね。

コメットさん☆:私も、ツヨシくんやネネちゃんと、6月から9月までは、条件がよければ水遊びしていますね。

景太朗パパさん:そうだね。コメットさん☆は海が好きでよかったよ。

 海のほうを見ながら語る景太朗パパさんの言葉を、コメットさん☆が受け止めていると、すぐ七里ヶ浜の駅である。ここから江ノ島駅まで、3駅ほど江ノ電に乗る。景太朗パパさんから回数券を、みんな受け取ると、ホームに上がった。上りの電車は、待つほどのこともなくすぐにやって来て、みんなを乗せると走り出した。

 程なく江ノ島駅に着き、4人は江の島へ渡る「弁天橋」を渡り、島に入った。ヨットハーバーまでは、そこからさらに少し歩く。

景太朗パパさん:けっこう遠いんだよね。

コメットさん☆:そうですね。でも…、ここまで来ると、潮風が吹いてる。

景太朗パパさん:うん。まあまあな風だなぁ。…少し海に出てみようか。

ツヨシくん:海に出るの?。

ネネちゃん:揺れないかな?…。

コメットさん☆:大丈夫だよ、ネネちゃん。波はそんなになさそう。

景太朗パパさん:びゅうびゅう風が吹いているわけじゃないから、そんなに揺れないよ。

ツヨシくん:そうだよね。あ、猫!。

ネネちゃん:ほんとだ。にゃーにゃー。

コメットさん☆:あ、猫ちゃんかわいいね。あれ、逃げちゃう…。

ツヨシくん:猫まてー。

ネネちゃん:まって、猫ちゃん。さわりたーい。

景太朗パパさん:おいおい…。そんなに大騒ぎで追いかければ、猫は逃げちゃうよ。

 猫を追って走り出したツヨシくんとネネちゃんに、景太朗パパさんは後ろから声をかけた。

コメットさん☆:メテオさんのところのメトちゃんも、静かにしていないと、そばに来ないです。

景太朗パパさん:ああ、メテオさん、猫飼っているんだっけ?。やっぱりそうだよねぇ。おーい、ツヨシもネネも、一度戻っておいで。猫追いかけちゃだめだよ。

ネネちゃん:はぁーい。

ツヨシくん:また猫いないかな…。仕方ないか。

 ネネちゃんとツヨシくんは、猫が植え込みに逃げ込んだのを見て、さっさと戻ってきた。そして回りをきょろきょろしながら、また歩き出した。違う猫をいち早く見つけようと。

 江の島のヨットハーバーは、島に入って左側の奥にある。みんなで歩いて、ヨットハーバーの入口まで来たところで、すぐ近くの道路脇に、再び猫を見つけたツヨシくんとネネちゃんは、ついつい走って追いかける。猫は大きなアクションをされるのがきらいだから、ささっと逃げてしまう。

景太朗パパさん:やれやれ。しょうがないな。

コメットさん☆:二人とも、猫好きでたまらないみたい…。

景太朗パパさん:猫うちで飼ってもいいんだけど、あの様子じゃ、当分うちじゅう追いかけられて、猫は疲れちゃうだろうな。ふふふ…。

コメットさん☆:そうですね。うふふっ…。

 景太朗パパさんとコメットさん☆は、ヨットハーバーの門から、歩道を走り猫を追いかけるツヨシくんとネネちゃんを見て言った。

景太朗パパさん:さて、艇を海に下ろしてもらおうかな。

コメットさん☆:えっ?、景太朗パパ、ヨットはどこに?。

景太朗パパさん:あれ?、コメットさん☆知らなかったかな?。しばらく乗らないときは、陸に揚げておくんだよ。ほら、そこに。

 景太朗パパさんが指さした先には、船台の上に載せられたヨットがあった。

コメットさん☆:あ、ほんとだ…。大きい…。

景太朗パパさん:そうかい?。水に浸かっている部分が見えるからかな?。

 景太朗パパさんはそう言うが、回りのヨットと比べても、景太朗パパさんのヨットはかなり大きい。

景太朗パパさん:…管理費が高いんだよね…。あと整備費もね。この前全体の整備は頼んでおいたから。

 景太朗パパさんは、そんなこともぼそっと言う。

 

 手続きをすませ、ヨットを機械で海に下ろしてもらうと、さっそく景太朗パパさんは整備をはじめた。大がかりなところは、業者に委託して、春にすませてあるので、今日は掃除と機器のチェックといったところ。景太朗パパさんは、発電機を起動して、給水し、掃除をはじめた。そしてほかの3人に声をかける。

景太朗パパさん:みんな、しばらくかかるから、少し近くで遊んでおいで。コメットさん☆、頼むよ。

コメットさん☆:はい。

景太朗パパさん:ツヨシ、ネネ、コメットさん☆といっしょにな。海に落ちないように。それからあまり遠くへは行くなよ。

ツヨシくん:ほーい。

ネネちゃん:はーい。

 コメットさん☆とツヨシくん、ネネちゃんは、景太朗パパさんのヨットのところから、ハーバー入口のほうへ戻るように歩き出した。ハーバーの入口脇には、3階建てのヨットハウスがあり、いろいろな手続きはそこでするのだが、ハウスの前から、防波堤とは違う歩道のような道が、海に向かって続いていた。それは「センタープロムナード」と名付けられているが、コメットさん☆やツヨシくん、ネネちゃんは、そんなことは知らない。しかし、そのセンタープロムナードの真ん中に、ぽつんと「皿を上に載せたような台」が立っているのを見つけた。近寄って見ると、「1964」と、年号がかかげられている。

ツヨシくん:なんだろ?、これ。

ネネちゃん:なんだろね?。

コメットさん☆:これは…。確か、オリンピックの聖火台だったって、景太朗パパとケースケが言っていたよ。

ツヨシくん:オリンピック?。

ネネちゃん:オリンピックの聖火台が、なんでここにあるのかな?。

コメットさん☆:私も詳しく知らないけど…。昔オリンピックが東京で開かれたとき、江ノ島でヨットの競技が行われたんだって。

ツヨシくん:ふぅん。江ノ島は東京じゃないのにね。

ネネちゃん:成田空港も東京じゃないのに、新東京国際空港だよ?。

ツヨシくん:あ、そうか。

コメットさん☆:あとで景太朗パパに聞いてみよっ。きっと何か知っているよ。カメラで写真撮って…。

 コメットさん☆は、ポーチからデジタルカメラを出すと、カチリと写真に撮った。

ツヨシくん:どこへ行く?。

ネネちゃん:猫ちゃん探しに行こう。

コメットさん☆:猫ちゃんはね、しゃがんで呼ばないと来ないよ。

ツヨシくん:そうか…。じゃあ、この近くで猫探そう。

ネネちゃん:コメットさん☆いい?。

コメットさん☆:いいよ。行こ。

 コメットさん☆と、ツヨシくん、ネネちゃんの3人は、猫を探して、ヨットハーバーの外に出た。江の島は「地域猫」と呼ばれる、半野良だが、人から食事をもらい、子どもが増えすぎないように管理されている猫がたくさんいる。観光客の目を楽しませたり、島の人々をなごませたりしているのだ。おみやげもの屋さんの店頭に、いきなり猫が座っていて、びっくりさせられたりもする。だから島のあちこちで、猫の姿を見ることができるのだ。さっきから、コメットさん☆たちの前に姿をあらわした猫たちも、そんな猫たちかもしれなかった。

ツヨシくん:あ、みっけ、猫。

ネネちゃん:ほんとだ。そうっと近づかないと、猫逃げちゃうよ。

ツヨシくん:にゃーん、にゃーん。

 ツヨシくんとネネちゃんは、ヨットハーバーから少し離れた、県の建物近くにある公園に出た。そこにはのんびり日陰で休む猫たちがいた。今日は日ざしがあって、蒸し暑いので、猫たちも涼しいところにじっとしている。ツヨシくんは、猫の声をまねながら、しゃがんでにじり寄るように、そのうちの1匹に近づいた。

ネネちゃん:わあ、ツヨシくん気持ち悪い声。全然猫じゃないよ、それ。

ツヨシくん:そ、そんなこと言ったって。じゃあネネやってみろよぉ。

 ネネちゃんもそう言われると困る。少し高めの声で、猫の声をまねてみる。

ネネちゃん:にぃゃーお、にゃーお。

コメットさん☆:ふふふふ…。面白い、二人とも。もっと近づいても大丈夫だよ、たぶん。

 気が付くと、木陰で座り込んでいる猫までの距離は、まだ10メートルほどもあった。ツヨシくんが見つけた猫は、白と茶色のぶち猫。ツヨシくんとネネちゃんが、声のまねをするたびに、ちらりと視線を向けるが、それ以上の関心を示さない。人の扱いには慣れているようだった。

ツヨシくん:そうか。じゃあ、もっと近づこう。

 ツヨシくんは、しゃがんだまま、またゆっくりと近づいた。そして猫を呼んでみる。

ツヨシくん:猫、猫、おいで。

ネネちゃん:怖くないよ。おいで。

 すると猫は、仕方なさそうに、ゆっくりとのびをしながら、ツヨシくんとネネちゃんのもとに近づいてきた。そして、なんとなく、頭をすりつけたり、足元にじゃれついたりし始める。

ネネちゃん:わあ、かわいい。猫ちゃん。

ツヨシくん:うん。猫いいなぁ。なでなで。

ネネちゃん:のどのところなでてあげる。

 ツヨシくんとネネちゃんは、うれしそうに猫をなでる。コメットさん☆は、そんな二人の様子をカメラでカチリと撮影してみたが、ふと気が付くと、コメットさん☆の背中にも、何かさわるものがある。

コメットさん☆:あれ?。

 コメットさん☆が手を回すと、猫の毛の感触。

コメットさん☆:わはっ、私のところにも猫ちゃんが来た。

 コメットさん☆の前に黒白のぶち猫が、体をすりつけながらコメットさん☆の顔を見上げた。金色のきれいな目の猫である。

コメットさん☆:きれいな毛並み…。あっ、あはっ…。

 コメットさん☆が手を出していると、猫はそっとコメットさん☆のひざの上にのってきた。あったかい猫の重さが、コメットさん☆に伝わる。

ネネちゃん:あ、いいなー、コメットさん☆。

ツヨシくん:猫だっこしてみよう。

 ツヨシくんは、そっと猫を抱き上げようとするが、猫はいやがってすり抜けようとする。

ツヨシくん:あ、ダメだ。ネネのほうに行っちゃうな。

ネネちゃん:だっこされるのイヤなんだよ、きっと。この猫ちゃんは。

ツヨシくん:猫けっこう気まぐれ。

 ツヨシくんは、そう言うと、コメットさん☆のほうに近づいた。

コメットさん☆:わはっ、くすぐったいね、猫ちゃん。あ、ほらツヨシくん。

 コメットさん☆は、ひざの上にのっかってきていた猫の背中をなでながら、前脚の付け根を持ってツヨシくんのひざにのせた。

ツヨシくん:わあ、猫いいなー。かわいいね、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうだね。猫ちゃんかわいい。意外と重いね。

ツヨシくん:うん、意外と重いや。でもやわらかいから猫って好き。

ネネちゃん:あ、猫ちゃんごろごろ言ってる。あ、私のひざにも…。

 ネネちゃんのなでていた猫も、ネネちゃんのひざにのってきた。猫もたまには甘えてみたいらしい。コメットさん☆は、そんな様子を、目を細めるようにして見た。初夏ののんびりとしたひととき。ゆるく風が吹いている。コメットさん☆があたりを見回すと、まだほかにも何匹かの猫が、じっとこっちを見ていた。仲間はたくさんいるようだった。と、その時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。

コメットさん☆:はい、もしもし。あ、景太朗パパ…。

 電話は景太朗パパさんから。

景太朗パパさん:みんなおいで。海に出よう。今どこにいるのかな?。

コメットさん☆:はい。今行きます。今はえーと、ヨットハーバーのすぐ近くの小さい公園です。

景太朗パパさん:ああ、県の建物の脇かな。

コメットさん☆:はい。

景太朗パパさん:うん。じゃあ待っているからね。浮き桟橋のところで。

コメットさん☆:はいっ。

 コメットさん☆は、ティンクルホンをしまった。

ツヨシくん:パパから?、コメットさん☆。

ネネちゃん:パパなんて?。

コメットさん☆:うん。海に出ようって。行こ。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:じゃ、猫ちゃんまたね。

ツヨシくん:猫にゃー、また来るね。

コメットさん☆:あ、そうだね。猫ちゃんたち、またね。

 三人は、猫たちをもう一なですると、そっと公園を出て、ヨットハーバーに向けて駆け出した。きょとんとしたような表情の猫たちが、それを見送った。

 

 ヨットハーバーを出た景太朗パパさんのヨットは、まず江の島沖から、腰越漁港の先へ進む。

景太朗パパさん:どうだい、みんな。

ツヨシくん:風が気持ちいいね。

ネネちゃん:なんか、パパのヨット久しぶり。でも日焼けしそう。

コメットさん☆:陸地より、ずっと涼しい風…。

景太朗パパさん:うん。今日は風も穏やかだね。思ったより風はないよ。日焼けはするかもしれないなぁ。海の上は紫外線強いからね。どれ、少し沖合側に行ってみるか…。

 景太朗パパさんは、そう言って舵を切った。ヨットは穏やかな風を受けて、海上を進む。

コメットさん☆:思ったよりは、風が涼しい感じ。

景太朗パパさん:そうか。寒くはないかい?。

コメットさん☆:大丈夫です。ネネちゃんは?。

ネネちゃん:大丈夫。寒くはないよ。ツヨシくんは?。

ツヨシくん:大丈夫だよ。全然平気。

景太朗パパさん:いいなあ、やっぱり海は。

コメットさん☆:そうですね。

 コメットさん☆は、そんな景太朗パパさんの言葉を聞き、遠くに見える腰越漁港と、それに続く七里ヶ浜を眺めて、ふと、ケースケとの出会いも、このヨットの上だったことを思い出した。少し揺れるヨットの上で、前から後ろまでよたよたと歩きながら、ついケースケに抱きついてしまう形になったのも、今となれば懐かしいような、恥ずかしいような、そんな記憶。コメットさん☆は、あの日ケースケがいたあたりを、ちらりと見て、それからまた、今度は水平線を眺めた。

景太朗パパさん:よし、七里ヶ浜に平行に進むか…。

 景太朗パパさんは、積まれているGPSの画面を見ながら、方向を決める。

ツヨシくん:あ、江ノ電が見える。

 ツヨシくんが、七里ヶ浜のほうを見ながら唐突に言う。

ネネちゃん:え?、どこ?。

ツヨシくん:ほら、あそこ…。小さく動いているの。

ネネちゃん:あーほんとだ。すごい小さーい。

コメットさん☆:ほんとだ。ずいぶん遠くなんだね。

景太朗パパさん:あはは…、江ノ電が見えるかい?。どれ…、ああ、さすがに遠くて小さくしか見えないな。双眼鏡で見てごらんよ。

 景太朗パパさんは、そばに置かれた双眼鏡を指さした。

ツヨシくん:うーん、もう見えなくなっちゃった。

 景太朗パパさんから双眼鏡を受け取ったツヨシくんは、江ノ電の線路が走っている七里ヶ浜のあたりを覗くと、ネネちゃんに双眼鏡を渡した。

ネネちゃん:どれ?、あ…、国道の車は見えるよ。バスが走ってる。

 双眼鏡を覗いたネネちゃんは、今度は順にコメットさん☆へ。

コメットさん☆:あ、私にも?…。もう泳いでいる人いるね…って、サーフィンしている人かな?…。あれ?…。

ツヨシくん:コメットさん☆、どうしたの?。

コメットさん☆:あ、なんでもないよ。

 コメットさん☆は、双眼鏡から一度目を離したが、もう一度覗いてみた。揺れる視界の向こうに、ラッシュ水着を着て、一生懸命に泳ぐ青年の姿が見えた。風がゆるやかだとは言っても、揺れる視線の先ではっきりとはわからないはずなのに、ケースケのような気がした。ケースケだとしても、違う誰かだとしても、こんなところから見たことはない。新鮮なアングルのような気がした。コメットさん☆は、肉眼で見ようと、双眼鏡を外した。ところがそうすると、とたんに見ていた場所がどこだったか、わからなくなる。景太朗パパさんの双眼鏡は、相当大きくて、倍率も高いのだ。それでもコメットさん☆は、何となくポーチからカメラを出すと、遠くの七里ヶ浜に向けて、カチリとシャッターを切った。それをそっと見ていた景太朗パパさんは、にこっと微笑んだ。

コメットさん☆:あ、そうだ。景太朗パパ、ヨットハウスの前にある聖火台って、なんであそこにあるんですか?。

 コメットさん☆は、振り返ると景太朗パパさんに聞いた。景太朗パパさんは、突然の質問にびっくりしながら答える。

景太朗パパさん:ああ、あれか。日本でオリンピックが開かれたとき…と言うと、1964年のことなんだけど、その時江の島がヨット競技の会場になったのさ。それで陸上競技場とは別に、聖火台が設けられた…。オリンピックが終わっても、聖火台はそのまま残され、ヨット競技の設備は、今のヨットハウスやヨットハーバーになったのさ。ぼくらが今出航してきたのは、オリンピックの競技場跡ってことさ。

ツヨシくん:えー?、そうなの?、パパ。知らなかった。

ネネちゃん:私も…。あそこでオリンピックやったの!?。

景太朗パパさん:なんだよ、二人には説明したはずだぞ…。小さい頃だから覚えてないか…。はははは…。まあ、東京の近くで、ちょうど条件がいい場所、ということで江ノ島が選ばれたんだろうな。今はそんないきさつも知らない人が増えているかもしれないけど…。

コメットさん☆:あの「1964」って文字は、オリンピックが開催された年なんですね。

景太朗パパさん:そういうことだね。当時からあのままらしい。さすがにぼくも、オリンピック競技をしている江の島を、直接見たわけじゃないから、詳しいところまではわからないけど…。でも、あの聖火台、前はもっと防波堤の先みたいなところにあったんだけどな。通路を整備するときに、手前に移したんじゃなかったかな?。通路の先に、別な聖火台が出来て、そっちのほうが知られているね。新しいほうの聖火台は、神奈川県の国民体育大会の時のなんだけど。

コメットさん☆:そうなんだ…。なんか、オリンピックの聖火台なのに、…その、簡素って言うか…。

景太朗パパさん:あははは…。そうだね。あのころは今と違って、本当にただの「台」って感じで、あまり飾りは無いからね。シンプルでいいけど、印象は薄いと思う人もいるかもねぇ。世田谷の「オリンピック記念公園」にも、当時の聖火台が残っているから、機会があったら、みんな見てくるといい。意外なほどシンプルだと思うかも。黒光りしてかっこいいけどね。

ツヨシくん:へぇ、見たいなぁ。東京のどこでオリンピックやったんだろ?。

ネネちゃん:私も見たい。東京混んでるよね。

コメットさん☆:んー、私も見てみたいな。お母様は行ってみたことあるのかな?。

景太朗パパさん:ほら、そう言っているうちに、稲村ヶ崎が近づいてきた。あの向こうは、ママのお店がある由比ヶ浜だな。

コメットさん☆:わあ、こっち側から見ると、なんか不思議…。いつもと逆だから…。

景太朗パパさん:そうだなぁ…。ま、たまには視点を変えてみるというも、いいんじゃないかと思うわけだよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:えっ?、あ、はい…。

 景太朗パパさんが、急にそれまでと違う雰囲気のことを言うので、コメットさん☆はとまどった。しかし、コメットさん☆は、すぐに思い出した。

(景太朗パパさん:人も街も、第一印象ではわからないものさ。)

 5年前、このヨットの上で、ケースケの悪口を言ったコメットさん☆を、やさしく諭してくれた景太朗パパさんの言葉を。そして、あの時と同じく、物事はいろいろな見方をすることが大事なのだと、思ってみたりもする。

景太朗パパさん:さて、由比ヶ浜の沖で反転して帰るか。だんだん夕方に近くなるからね。

 景太朗パパさんは、腕時計をちらりと見ると言った。

ツヨシくん:うん。海はいいなぁ、やっぱり。

ネネちゃん:ツヨシくん、言い方がおじさんみたい…。でも…、もうそろそろママに水着出してもらおうかな。

ツヨシくん:え?、来週はプールじゃん。もう出してもらったよ?。

ネネちゃん:学校のじゃなくて!。

コメットさん☆:うふふふ…。学校のとは、違うの着るんだよね、ネネちゃん。

ネネちゃん:うん。そういうこと。あったり前でしょ!、ツヨシくん。

ツヨシくん:なーんだ、そういうことかぁ。

 時々のぞかせるネネちゃんの、子どもから少女へと変化する心。コメットさん☆には、よくわかる。景太朗パパさんは、そんなネネちゃんの態度に、ちょっぴり複雑な気持ちもしなくはない。しかし、「視点を変えることは必要だよ」などと言った手前、ネネちゃんの「見方や思い方」が変わるのを、「それはまた別」とも言えない。

景太朗パパさん:今度はママも誘ってみよう。

コメットさん☆:そうですね。沙也加ママも、これくらい海が穏やかなら。

ツヨシくん:そうしよっ!。またみんなで乗ろうよ、パパ。

ネネちゃん:ママだけお店番じゃあね。

景太朗パパさん:そうだね。ママには気の毒だ。今度の天気がいい日に、必ず!。

 

 由比ヶ浜沖で反転したヨットは、江の島へと戻る。夕日の射しはじめた海上を、滑るように進む。視点を変えれば、普段と違った景色が見える。それは、意外とどんなことにも共通する。日常に埋もれているかがやきも、見方を変えるだけで見つけやすくも、見つけにくくもなるかもしれない。海の上をわたるさわやかな風を背に受け、コメットさん☆は右舷側から陸地を見た。いつも水遊びをしたり、ケースケを応援したりしている浜辺。小さな点のように、人が海に入っているのが見える。本格的な夏はもう少し先。そんな「季節の支度」をしている今、コメットさん☆のかがやき探しは続く…。

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※「江の島」と「江ノ島」の区別について:島の名前としては、「江の島」と表記されることが多いようですが、地名は「江ノ島」となっており、ここでも地名をあらわすときには「江ノ島」、島の名前として書くときには「江の島」としました。ただし江ノ電の駅名は「江ノ島」、小田急線の駅名も「片瀬江ノ島」となっています。一方湘南モノレールの駅名は「湘南江の島」です。しかしいずれの駅とも、江の島島内にはありません。

★第258話:流れた先は海−−(2006年6月下旬放送)

(ツヨシくん:コメットさん☆、ポッタンビトさんだっけ?。このところ元気だね。)

(コメットさん☆:えっ?、あ、ああ、ポッタンビトさんか…。そうだね、雨たくさん降るね…。)

(ネネちゃん:学校の帰り道に、キノコがはえていたよ。)

(ツヨシくん:毒かもしれないぞ。)

(コメットさん☆:そうだね。危ないからさわっちゃダメだよ、ネネちゃん、ツヨシくん。)

(ネネちゃん:うん…。キノコって、カビとおんなじなんだってね。)

(ツヨシくん:そうだっけ?。)

(コメットさん☆:そうなの?。どういうところが?。)

(ネネちゃん:うーん、どういうところがっていうのまでは、よく…覚えてないけど…。えへへっ。)

 6月も下旬になると、もう梅雨まっただ中である。毎日曇りがちの天気になり、毎日のように雨が降る。なんともうっとうしいが、これを抜けないと、本当の夏はやってこない。コメットさん☆は部屋の窓から。沙也加ママさんはお店の窓から。景太朗パパさんは仕事部屋の外から。ツヨシくんとネネちゃんは、教室の窓から、じっと空を見上げる毎日だ。それはケースケも同じ。天気が悪い日は、トレーニングの走り込みや、競技の練習が、どうしても少しはおっくうになる。プラネット王子も、カメラを手にしつつ、それを持って外に撮影に行く気には、なかなかならない。メテオさんも、どこかに出かけるよりは、部屋でイマシュンの歌を聴きながら、メトと遊んでいることになる。みんなの心にも、湿り気を与えるかのような雨は、そう激しくはないものの、今日も降り続く。

 そんな雨の今日は、平日なので、ツヨシくんとネネちゃんは学校に行ってしまった。天気が悪いので、きっと体育のプールはお休みだろう。コメットさん☆は、そんなことを思いつつ、景太朗パパさんと家にいた。いつもだったら、沙也加ママさんのお店を手伝いに行くところなのだが、今日は少し念入りに掃除をしようかと思ったのだ。

景太朗パパさん:あんまり無理してやらなくていいからね、コメットさん☆。なんか悪いな…。

コメットさん☆:いいえ。たまにはちゃんとやらないと。毎日入っているんですし。

景太朗パパさん:そうか。じゃ、頼むね。ぼくは仕事部屋にいるから、何かあったら呼んで。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆は、お風呂の掃除をすることにした。普段のお風呂掃除は、手伝いをするツヨシくんやネネちゃんといっしょにするのだが、少しお風呂全体に汚れがたまったようにも思ったので、いつもより念入りに掃除してみようと思ったのだ。コメットさん☆自身、お世話になっているから、という思いももちろんあるが、なんと言っても、きれいなお風呂に入りたい。

 それでコメットさん☆は、エプロンと手袋姿、それからお風呂用洗剤を右手に、左手にスポンジたわしを持って、素足にお風呂掃除用スリッパを履き、お風呂場に入った。

コメットさん☆:まずは、窓を開けてと…。わあ、なんか外もしとしと雨…。

ラバボー:姫さま、それは梅雨だからしょうがないボ。

コメットさん☆:うん。そうだね…。でも、窓開けないと、洗剤のにおいがきついよね。

 コメットさん☆は、腰につけたティンクルスターから顔を出したラバボーと会話する。いつもみんながきれいにしているつもりのお風呂だが、昼間の明るい日の光が窓から射す時間によく見てみれば、床にはせっけんカスが、壁にはうっすらカビが、浴槽にも水垢がたまっているのが見える。隅っこやシャンプーのボトルにも、黒っぽいカビがついている。なるべくお風呂場の窓を、昼間は開けておくようにしても、開けっ放しというわけには行かないし、湯気や、この時期の湿りけで、カビは増殖してしまう。コメットさん☆は、まずお風呂の洗剤を、浴槽の中にかけると、手にしたスポンジでそっとこする。もちろん手袋はしたままだ。

コメットさん☆:スポンジが持ちにくいけど…。

ラバボー:姫さま、手袋なしなら持ちやすいだろうけど、したままにしないとダメだボ?。

コメットさん☆:うん。あとで手ががさがさになるよって、沙也加ママが。

ラバボー:姫さまの手、がさがさになったりすると、王様が嘆くボ…。

コメットさん☆:ふふふっ…。そうだね…。

 コメットさん☆はそう言われて、ふと王様と王妃さまの顔を思い出した。コメットさん☆が軽くこすった浴槽は、ざっとはきれいになるが、お湯を張る高さのところに、うっすらとついた筋のような汚れや、上面についた水滴のあとは、固まっているのかなかなか消えない。洗剤をかけてはこするのを繰り返す。

コメットさん☆:なかなか落ちないね…。テレビのCMでは、こすらなくていいみたいなこと言っているけど…。

ラバボー:宣伝はしょせん宣伝だボ。

 ラバボーは、意外と訳知りのようなことを言う。

コメットさん☆:うわー、なんか洗剤臭い…。

ラバボー:仕方ないボ。もっと窓を開けるボ、姫さま。

コメットさん☆:うん。そうしようか…。しょうがないかな…、完全に新しい感じにはならないよ…。

ラバボー:そりゃ新品のようにはならないボ?。この家も建ってから、だいぶたつはずだボ。

コメットさん☆:そっか…。そうだね…。私からここにお世話になってから、もう5年もたつもの…。私がここに来たとき、ツヨシくんとネネちゃんは4歳…。景太朗パパと沙也加ママが結婚してここに住みはじめたのは、もっと前だから、少なくとも10年以上たつはずだね。

ラバボー:そんなになるなら、星力でも使わないと無理だボ。

コメットさん☆:星力かぁ…。…でも、がんばってみる。

 コメットさん☆は、ラバボーに言われて、ちらっと星力を使ってみることを考えたが、出来るだけ自分の手でやってみようと思い直した。だいたい掃除くらいで星力を使っていたら…とも思う。もっとも、メテオさんなら、手際よく星力を応用するのであったが…。

ラバボー:姫さま、ボーも手伝うボ、やっぱり。

コメットさん☆:いいってば。大丈夫だよ、このくらい。

 ラバボーは、掃除をはじめる前に、人の姿で手伝う、と言ってくれたのだ。しかし、コメットさん☆は、自分一人でやってみようと思っていた。

ラバボー:やれるところまでにするしかないボ。洗剤たくさんかけすぎても、無駄になるだけだボ…。

コメットさん☆:…そうだね。仕方ないか…。

 一生懸命浴槽をこするコメットさん☆だが、年月の経過でついた、うす汚れた感じまでは、どうしようもなかった。

コメットさん☆:じゃあ、今度は浴槽のふた。

 コメットさん☆は、浴槽の上に置いてある、折り畳み式のふたをよいしょと外すと、壁に立てかけた。そして洗剤をさっとつけて、またスポンジでこする。これは去年、新しいものに取り替えたので、それほど汚れていないから楽だ。

ラバボー:姫さま、じゃあボーは、せめてこれに水をかけるボ。

コメットさん☆:あ、うん。じゃあ、ラバボー、ホースをつなぐから待って。

 ラバボーは、それくらいは手伝おうと思った。その思いにうながされるように、コメットさん☆は、一度お風呂の外に出て、となりの洗面台の蛇口にホースをつないだ。緑色の半透明なホース。それほど長くないので、ラバボーに持っていてもらい、洗面台から水を出す。

ラバボー:いいボー、姫さまぁ。

コメットさん☆:水出すよー。

 ラバボーはホースの先をしっかり持ち、出てきた水を壁に立てかけて置いたお風呂のふたにかけていく。洗剤を含んだ汚れた水は、扉と反対側にあるカランの下の排水口に流れていく。ラバボーの立つ位置は、お風呂の入口に近いところだが、今の状態では、背丈が無いので、うっかりしていると汚れた水を浴びそうだ。ラバボーは、気をつけながらホースを向けた。

 ふたがすっかりきれいになると、一度窓際に立てかけておき、今度は床掃除だ。コメットさん☆は、ホースを洗面台のほうにまとめると、デッキブラシを、脱衣室のすみから持ってきて、手に持った。床にはせっけんカスクリーナーという、特殊な洗剤を使う。これをシュッシュッと床に吹き付け、そのまま数分待ってから、デッキブラシでこすると、こびりついたせっけんカスが取れていく、というものだ。

コメットさん☆:えーと、これだね。これをこうして…。

ラバボー:姫さま、マスクした方がいいボ。

コメットさん☆:あ、そっか。これってのどが痛いって、沙也加ママが言ってた。

 コメットさん☆は、うっかりマスクをするのを忘れて、床に洗剤を吹き付けそうになった。急いで洗面台脇の棚から、マスクを取り出し、耳にかける。ラバボーにも、いっしょにかける。そして浴室に戻り、吹き付けをはじめた。

コメットさん☆:うーん、それでも目にしみる…。

ラバボー:あまり体にはよくなさそうだボ。

コメットさん☆:早くやって、ささっとすまそう。

ラバボー:そうするボ。

 コメットさん☆はおおよそ床全体に洗剤を吹き付けると、一度浴室の外に出て、洗面台の脇の窓を開けた。こうすると、より風の通りがよくなるかもしれない。そして再び浴室に戻ると、マスクをしたままデッキブラシで床をこする。みるみるうちに、床にこびりついたせっけんカスが落ちていく。

コメットさん☆:わあ、きれいになるよ。こうやって一生懸命こすると…。

ラバボー:これはかなり力がいるボ?。

コメットさん☆:うん…。けっこう力かけないとならないけど…。ああ、暑いなぁ…。

ラバボー:姫さま、顔に汗かいているボ。

コメットさん☆:…さっきから、だいぶ暑いから…。

 コメットさん☆は、少し息を弾ませながら、床をブラシでこすり続ける。ついでにカランの下、排水口の近くや、棚の上、シャンプーなどを入れておく棚の中も、アワのたったブラシで少しずつこする。すると、白っぽく汚れていたところが、どんどんきれいになる。コメットさん☆は、ちょっといい気持ち。

ラバボー:おおー、きれいになっていくボ。

コメットさん☆:少しでもきれいにしたいよね。

 コメットさん☆は、玉の汗をかきながらラバボーに答える。そして最後にカランのシャワーを使って、床全体に水を流せば、床掃除は終わり。お風呂掃除スリッパを履いているので、コメットさん☆は足元にも濡れる心配をしないで水をかける。ラバボーは、浴槽のふちから、コメットさん☆の肩にへばりつく。

ラバボー:…姫さま、ボーこのままでいいのかボ?。

コメットさん☆:いいよ。大丈夫だよ。

 ラバボーは、少し恥ずかしそうに言う。コメットさん☆は、特に気にしないで答える。

コメットさん☆:これでだいたいいいかな。けど…、この壁の茶色いシミと、角やドアの黒い固まりをなんとかしないと…。

ラバボー:もしかしてそれは…。

コメットさん☆:うん…。もしかしなくても…。

ラバボー:カビ…。

コメットさん☆:そう、カビ。

ラバボー:どうやって掃除するボ?。

コメットさん☆:こすっただけじゃ、なかなか落ちないから、カビ取り剤を使うの。

ラバボー:うわ。あのくさいやつだボ。

コメットさん☆:くさい?。そうだっけ?。

 コメットさん☆は、お風呂の入口脇に、もう用意してあったカビ取り剤を手にとった。沙也加ママさんがいつも使っているやつである。そしてそれを持って、お風呂の壁に吹き付けようと思ったとき、ふと考えた。

コメットさん☆:…これって、まいたあとどうなるんだろう?。

ラバボー:え?、姫さま何を言っているんだボ?。

コメットさん☆:だから、カビ取り剤って、カビを取ってくれるけど、そのあとどうなるんだろうって…。

ラバボー:…それは、カビといっしょに流れて行くボ。

コメットさん☆:うーん、だとすると、その先は?。

ラバボー:その先は…、汚水処理場を通って、川に行って、そのあとは海だボ?。

コメットさん☆:そっか…。そうだよね。当たり前だよね。やっぱり海に行っちゃうんだ…。

ラバボー:姫さま、今さらだボ?。知らなかったのかボ?。

コメットさん☆:…そ、それは、知ってはいたけど…。あまり考えないで使ってた…。

ラバボー:でも…、使わないときれいにならないボ?。それに、あれだけさんざん洗剤使ってお風呂洗って、自分からカビ取り剤を使うの、って言ってから、今さら突然そんなこと言っても…。

コメットさん☆:そ…、そうだけど…。

 コメットさん☆は、何となくCMの、カビが一瞬で落ちていくイメージが浮かんだ。だが、かなりしつこいカビが、そんな一瞬で落ちるカビ取り剤なんて、大丈夫なんだろうか?と、今さらながら気になってしまう。それはつまり、流れ流れて行って、川や海の生き物たちに、影響は無いのだろうか?、という疑問である。

ラバボー:姫さまぁ、じっと考えていてもしょうがないボ?。

コメットさん☆:そうだけど…。どうしようかな…。

 コメットさん☆は、ブラシに星力をかけてカビを分解…、などと、漠然と考えた。ところがちょうどその時、景太朗パパさんがお風呂の外を通りかかった。

景太朗パパさん:おーい、コメットさん☆とラバボーくん、どうだい?。終わりそうかい?。終わりそうなら、一休みしておやつにでもしようよ。

コメットさん☆:あ、はーい…。

 景太朗パパさんは、脱衣室のドアから呼びかけたが、なんだかコメットさん☆の返事に勢いが無いのを気にして、ゆっくりと浴室のドア前までやって来た。

景太朗パパさん:コメットさん☆?、どうした?。入るよ。

 景太朗パパさんはドアを開けた。手袋とマスク、エプロンにお風呂スリッパで「固めた」コメットさん☆が、ラバボーとともに立ちつくしていた。

景太朗パパさん:どうしたんだい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:え、えーと、カビ取り剤で、カビをやっつけようと思ったんですけど…。

ラバボー:さんざん洗剤で掃除しておいて、姫さまは、カビ取り剤が海に流れていくのを心配してるんですボ。

景太朗パパさん:ははあ、なるほど。そういうことか。湿気が多いと、カビははえるよねぇ。

コメットさん☆:海や川の生き物は、大丈夫なのかなって…。

景太朗パパさん:一応ね、汚水処理場で処理されるから、問題ないはずなんだけど、まあ化学薬品の一種だから、川や海に大変よい、ということはないだろうね。

コメットさん☆:やっぱり…。…でも、星力でカビを分解しようかと思ったんですけど、うちはそれでいいかもしれないけど、世界中の人たちのお風呂のカビまでは…。

景太朗パパさん:うーん、なるほど。コメットさん☆らしいな。ふふふ…。大まじめにそういうことを考えるのは、コメットさん☆が純粋な証拠だね。そういう見方って、われわれ大人も見習わないといけない…。

ラバボー:景太朗パパさん…。

 ラバボーが心配するような顔で言った。

景太朗パパさん:確かにコメットさん☆の思い方は、大事な思い方なんだよ。水の生き物はもちろん、掃除する人にとっても、洗剤やカビ取り剤が、体にいいはずない…。ただ、洗剤にしても、カビ取り剤にしても、まったく使わないで、きれいに掃除するのは大変だということと、だからといって、コメットさん☆たち星ビトたちが、この世界中のお風呂を掃除して回ることも、星力の使い方として正しいとも思えない…。そういうことになると思う。じゃあ、こういうのはどうかな。例えば…、ちょっと貸して。

 景太朗パパさんは、静かに言いながら、洗面台の下に置いてあった、ツヨシくんやネネちゃんの上履きを洗うためのブラシを手に取った。そしてコメットさん☆の手から、カビ取り剤を受け取ると、少量洗面器に出し、それを少しの水で薄めた。そして…。

景太朗パパさん:これをブラシにつけて、こすると…。

 景太朗パパさんは、棚のすみにこびりついたカビに、ブラシで薄めたカビ取り剤を塗りつけ、それから軽くブラシを動かした。意外にもカビはぽろぽろと落ちる。

コメットさん☆:あっ、カビがきれいになってる。

ラバボー:ああっ、すごいボ!。

景太朗パパさん:カビは菌の一種だから、少しの消毒剤でもやられてしまうんだ。菌糸というひものようなものでつながって固まりになっているから、消毒剤の作用と、ブラシでこすることで、バラバラになって落ちるんだよ。

コメットさん☆:薄めて使ってもいいんですね。

景太朗パパさん:そういうことさ。薄めすぎはダメだけどね。あとはまあ、自然界にある成分だけを使って掃除する洗剤なんかもあるよ。なるべく水を汚さないタイプのね。ママは詳しいと思うから、心配だと思うなら、聞いたり調べたりするといい。

コメットさん☆:はいっ。あ、そんなにくさくないよ、ラバボー。プールにいる時ぐらい。

ラバボー:本当だボ。

景太朗パパさん:目にしみたり、のどが痛くなったりするからね、カビ取り剤に入っている塩素は。特にある種の洗剤と混ざると、よけいによくないから。気をつけて。

コメットさん☆:あ、はい。景太朗パパ、私にやらせて下さい。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんがやってみたように、ブラシを洗面器に入れたカビ取り剤を薄めた液につけ、それを塗りつけるようにしながらブラシの角でこすって、カビを落としてみた。

景太朗パパさん:便利のためにどんどん使うっていうんじゃなくて、必要な量を必要なだけにして、出来るだけ少なく使えば、自然環境を守ったり、それでいてそれなりに便利な生活はそのままに両立させられるものなんだけどね…。みんながそうすれば、川や海の汚れも、少なくできると思うよ。…一人一人は、ほんの少しでも、それが100人、1000人になれば、かなり大きなパワーになるものさ。さあ、コメットさん☆、お風呂、おかげでずいぶんきれいになったから、それがだいたい終わったらお茶にしよう。ぼくも仕事一段落したからさ。ほどほどにするのも大事だよ。

コメットさん☆:はい。そうします。えへっ。

 コメットさん☆は、にこっと笑って答えた。今日は少々がんばり過ぎだったかもしれない。

 

 夜になって、コメットさん☆はネネちゃんとお風呂に入った。ネネちゃんは、コメットさん☆といっしょに入るのが、このところ特にお気に入り。

ネネちゃん:コメットさん☆って、もうすっかりお姉ちゃんみたい。

コメットさん☆:わはっ、恥ずかしいなぁ…。それでも…、前はお姉ちゃんじゃなかったみたいで、ちょっとしょんぼり…。

ネネちゃん:うっそーだよっ。コメットさん☆は、前からお姉ちゃん!。

コメットさん☆:ネネちゃんだって、保育園の時に比べたら、ずっと大きくなったね。

ネネちゃん:そうかなー。それならいいな。あ、そうだ。お風呂の中つるっつるびかびか!。なんか全部きれいになったね。コメットさん☆がお掃除してくれたの?。

コメットさん☆:うーん、まあ、そうかな。うふふふ…。でも、最後のところは、少し早めに切り上げちゃった。

ネネちゃん:あー、私も手伝わないといけなかったかな?。

コメットさん☆:ううん。今日は私、念入りにやろうって思ったから。

ネネちゃん:じゃあせっかくだから、なるべく汚さないようにしないとね…って、どうやって?。

コメットさん☆:あははは…。

ネネちゃん:ふふふふ…。

 広くはないお風呂場に、楽しそうな二人の笑い声が響く。お風呂の水も、台所の水も、お手洗いの水も、全て流れた先は海。海は自然のお母さん。今の生活を、昔に戻すことは出来ないけれど、せめて自然を汚さないようにするのは、人類の責任。みんな一人一人の小さな心がけが、たくさん集まれば、きっと大きな力に…。

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★第260話:港町の恋力−−(2006年7月中旬放送)

 梅雨の終わり近くは雨、雨。それも激しい雨が降ることも。コメットさん☆は、窓に垂れる雨だれを、このところ毎日眺めていた。

コメットさん☆:よく降るなぁ…。これじゃお洗濯できないよ。

ラバボー:仕方ないボ…。勝手に晴れにするわけにもいかないボ。

コメットさん☆:…うん、…そうだね。

 コメットさん☆は、自室の窓から、暗い色に見える遠くの海を見た。こんな雨でも、ケースケはトレーニングしているのだろうか?、ふとそんなことも思う。するとその時、ティンクルホンが鳴った。コメットさん☆は、すぐにポケットからそれを取り出し電話に出た。

コメットさん☆:はい、もしもし…。

スピカさん:あ、コメット?。梅雨の時期だけど、どう?、そっちは。

コメットさん☆:叔母さま!。

 電話はスピカさんからだった。コメットさん☆は、ぱあっと日の射したような顔になって答える。

コメットさん☆:こっちはね、雨ばっかり降っているよ。叔母さまのところはどう?。

スピカさん:こっちもそうよ。毎日雨ばかり。お客さんも来ないから、ヒマねぇ。うふふふふ…。

コメットさん☆:そ、そうなんだ、叔母さま。

スピカさん:今日は誰もいないから、お昼までこっちに来ない?、コメット。

コメットさん☆:あ、はい、叔母さま。今から行きます。

 スピカさんは、珍しく自分からコメットさん☆を誘った。いつもはコメットさん☆が、「行ってもいい?」と聞くのに。

ラバボー:またラバピョンに会えるボ。今行くボ、ラバピョーン!。

コメットさん☆:ふふふふ…。ラバボーったら、いつもそれだね。

 コメットさん☆は、もはや「仕方ない」という顔で、ラバボーを見たがら、そう言えば、ここしばらくスピカさんのところには行っていなかったことを思い出した。

 星のトンネルを抜けて着いた先は、スピカさんのペンションの裏にある林。天気は信州も雨で、それもかなり強い雨が降っている。鎌倉よりもずっと。ラバボーは、そんな雨を気にする様子もなく、ラバピョンの小屋に行ってしまった。それを見届けたコメットさん☆は、傘をさしてペンションの玄関先に回った。スピカさんのペンションは、ざあっという雨の中、ひっそりと静まりかえっている。コメットさん☆はそれでも、ティンクルホンを取り出すと、中にいるはずのスピカさんに電話をかけようかと思った。しかし、中からスピカさんの声がした。

スピカさん:コメット、来たの?。お入りなさい。鍵は開いているわ。

コメットさん☆:あ、はい、叔母さま。

 コメットさん☆は、答えると玄関の扉を開けた。中ではスピカさんが待っていた。

スピカさん:いらっしゃい、コメット。今日は誰もいないわよ。

コメットさん☆:叔母さま、おじゃまします…。みどりちゃんは?。

スピカさん:みどりは保育園。修造さんは、用事で出かけているわ。お客さまもゼロ。今日はぽっかりとヒマねぇ。

コメットさん☆:このところなかなか都合がつかなくて、お話出来なかったから…。叔母さまとは…。

スピカさん:ごめんね、コメット。私も忙しくて…。

コメットさん☆:あ、叔母さま、そういう意味じゃなくて…。その私も…。

スピカさん:そろそろいろいろ話がしたいんじゃないかなぁって、私も思っていた。

コメットさん☆:そうなんだ、叔母さま…。

 二人は、いつものように裏手の林の中ではなく、今日はペンションにあるサンルームで話すことにした。

スピカさん:梅雨寒っていうけど、肌寒くない?。コメット。

コメットさん☆:ううん、大丈夫。叔母さまは、寒いって思う時、まだある?。

スピカさん:ここ信州はね、日中はそうでもないけど、朝夕はまだまだ冷えるのよ。

コメットさん☆:7月でも?。

スピカさん:そうね。…そんな時は温泉に足だけ入ったりとか…。あ、コメットも入っていく?。

コメットさん☆:足湯?。…ありがと、叔母さま。でも、今日はいいや。

スピカさん:そう。じゃあ、今日はどんなことからお話かな?。

コメットさん☆:…えーとね、今日は…。

スピカさん:男の子と女の子のお話かな?。

コメットさん☆:…なんか、そればっかりみたいだけど…。やっぱり、そう…かな…。

スピカさん:私も、あなたくらいの時には、たいていそういう話ばかり、友だちともしたなぁ…。

 スピカさんは、少し遠くを見るような目で言った。

コメットさん☆:あ、あの…、叔母さま、どうして人間って、男と女がいるんだろ?。

スピカさん:まあ、コメットったら、いきなり哲学的なこと言うのねぇ。

コメットさん☆:そ、そうかな…。

スピカさん:それに、まるで思春期入口みたい。うふふふ…。そうね…、どうしてかしらね。コメットはどうしてだと思う?。

コメットさん☆:…わからない。いっそ…、男なら男、女なら女って、どっちかしかいなければずっと楽なのに…。

スピカさん:どうして楽だと思うの?。

コメットさん☆:だって…、そのほうが互いに分かり合えると思うもの…。

スピカさん:…そうねぇ。

 スピカさんは、コメットさん☆の意外で、それでいて、いかにも奥手な女の子らしいような言葉に、少しびっくりしながらも、静かに遠くを見ながら答えた。

スピカさん:でも、それじゃあ人が生きているのだって、つまらないんじゃないかなぁ?。

コメットさん☆:え…、そ、そうなのかな…。

スピカさん:たぶん…、人に男と女があるのは、お互いに自分に無いことを考えるため…。女性と男性という壁のこっちと向こうで、自分にない気持ちや心を、相手から感じることで、互いに補おうとするから…じゃないかな?。

コメットさん☆:相手に…無いもの…?。

スピカさん:そう…。実はこれって男女のことだけじゃなくて、人と人はみんなそうかもしれない…。コメットが私に、こうやっていろいろ聞くのも、あなたが自分の知識では解決がつかないと思うことを、たいしたことは知っているわけじゃないけれど…、私の知識や経験を聞いて、解決のヒントにしたいから…。そういうことじゃないかな?。

コメットさん☆:…そ、そう。だって、叔母さま以外に聞けないもの…。

スピカさん:だとすれば、男と女があるのも、元はそういうことじゃないかな?。異性の人の意見や思い方は、同じ性別の人の意見や思い方とは、また違っているだろうって思って…。もちろん、純粋に心の問題として。

コメットさん☆:そっか…。

 コメットさん☆は、そう答えながらも、まだ釈然としないような顔を、スピカさんに向けた。

スピカさん:私だって、修造さんにしか言えない、聞けないことってあるわよ。それを例えば、あなたのおうちにいるパパさんに聞けるかって言われたら、それは無理ってことだってあるし…。

コメットさん☆:えっ?。

 コメットさん☆は、少し話が違うのではないかと思った。しかし…。

スピカさん:コメット、あなたが本当に聞きたいのは、人間に男と女がいる理由というよりは、特定の誰かを好きになる理由、そういうことなんじゃないかな?。違うかな?。

コメットさん☆:…はい、叔母さま…。

 コメットさん☆、少しうつむくようにしながら、小さい声で答えた。

スピカさん:…うふふふ。私が修造さんを忘れられなくて、星国から地球にもう一度やって来て、結婚することになったのは…、世界にたった一人しかいない、「この人」って決めた信頼できるパートナーだったから…。修造さんは、私にとって、修造さんにしか無いものを、持っていると思うから…。

コメットさん☆:…お、叔母さま…。

 コメットさん☆は、一転してまぶしそうな目で、スピカさんの横顔を見た。そして、もう一度視線を落とし、静かに答えた。

コメットさん☆:…そういうものなんだ…。…叔母さま、私にも、いつかそんな人が、となりにいてくれるように…、なるの…かな?。

スピカさん:もろちん、きっとよ。必ずね。…気付いたら、となりにいる…、そんなものかもしれないし、あなたが出会った男の子たちは、みんなそれぞれに、その子にしかないものを持っていると思うわ。強いかがやきや個性を。

コメットさん☆:えっ、あ…、そ、そうかな…。

スピカさん:ケースケくんの夢は、世界一のライフガードになることだと言う…。それってツヨシくんには無いことでしょ?。ツヨシくんは、少なくとも今世界一のライフガードを目指しているわけじゃない…。むしろあなたのおムコさんになりたいと言う。ね?、ちょっと考えても、夢の姿も違えば、思いも違う。みんな同じだったら、つまらないんじゃないかなぁ?。

コメットさん☆:う…、うん…。

スピカさん:仮によ?、ケースケくん、ツヨシくん、プラネット王子の3人が、3人とも「コメットと結婚して、星の子たちをまとめたい」って言い出したらどうする?。誰を一番信頼できるか、他のことで判断しなくちゃならなくなっちゃうし、極端に言えば、誰でもいいことにすらなりかねない…。違うかな?。ふふふふ…。

コメットさん☆:お、叔母さま、それ、例が極端すぎるよ…。だ、だって、その3人は…。

 コメットさん☆は、あわてて手を振りながら答える。

スピカさん:だから、仮の話よ。うふふふ…。それも極端な話だけどね…。でも…、この人が好き、って思えるようになるのは、その人しか持っていない心の想いが、あなたの心に響くから…じゃないかなぁ?。それが特定の誰かを好きになる理由…。私はそう思うなぁ。

コメットさん☆:そうなんだ…。そう言えばそうかなぁ…。

スピカさん:恋心や、「好き」って思う気持ちのあらわし方なんて、それこそ人によってさまざま。あなたがケースケくんとは違って、ツヨシくんには星国のこと何でも話して大丈夫って信じることだって、他の誰でもない「ツヨシくんだから」っていう気持ちが、どこかに必ずあるから。もちろん、ケースケくんに対してだって、他の誰でもない「ケースケくんだから」っていう気持ち…。

 スピカさんは、そっと語るように話す。

コメットさん☆:難しいよ…。

スピカさん:恋は、愛情の一つの形…。そして、何かを生み出す、創り出すもの…。そんなに簡単に答は出ないわよ。うふふふふ…。でも、あなたにはあなたなりの恋や愛の創り方がある…。そういうことなんじゃないかな?。…コメットは、奥手ねぇ。

コメットさん☆:私…、奥手なのかな?、やっぱり…。なんだか、メテオさんにも置いてきぼりにされてるみたい…。

スピカさん:いいじゃない。奥手で。何も悪いことなんかないわ。私はそのほうがコメットらしくていいと思うなぁ。ゆっくりいろいろ見つけるって、大事なこと…。ゆっくりって大事なこと。立ち止まること…。立ち止まって考えること…。それもまた、大事なこと…。

 スピカさんは、いつしかきりっとした顔で、前を見ていた。コメットさん☆もそれに静かに答える。

コメットさん☆:…うん…。

 こっくりと頷きながら…。

 

 コメットさん☆は、お昼前にラバボーといっしょに家に帰ってきた。天気は良くなって来つつあり、鎌倉では傘はいらなかった。さっそくコメットさん☆は、お昼直前の天気予報を、リビングのテレビで見た。

天気キャスター:神奈川県東部、東京都内は、午後から夜にかけて晴れ間ものぞく、まずまずの天気でしょう。明日も日中はおおむね晴れでしょう。貴重な日ざしです。有効に使いたいですね。

コメットさん☆:よかった。明日はお洗濯できそうだよ。

ラバボー:姫さまは、洗濯毎日しないとダメなのかボ?。

コメットさん☆:…う、うん。…ちょっとね…。やっぱり、毎日お洗濯したいものもあるし…。

ラバボー:そうかボ。ふーん。なんだろ?。

コメットさん☆:か、考えてみなくていいよ、ラバボー。

 コメットさん☆は、少しあわてたような様子で言った。と、そこに廊下から景太朗パパさんの声がした。

景太朗パパさん:おおい、コメットさん☆、リビングにいるのかい?。

コメットさん☆:あ、はーい、景太朗パパ。

景太朗パパさん:なんだか天気良くなったね。今夜の花火大会やりそうだね。

コメットさん☆:花火大会…。あ、横浜のですか?。

景太朗パパさん:そうそう。雨で順延かと思っていたけど。

 関東地方では早いほうの横浜花火大会。ちょうど予定では今夜なのだ。もし天気が良ければ、藤吉家みんなで見に行くことになっていた。朝の様子では雨がしっかり降っていたので、流れてしまうかと景太朗パパさんも、沙也加ママさんも思った。ツヨシくんとネネちゃんは楽しみにしていたのだが。しかし、どうやら天気は回復しつつあるので、曇りかもしれないが、見ることは出来そうだ。

コメットさん☆:急に天気回復しましたね、景太朗パパ。

景太朗パパさん:そうだね。まあ一応予報では、午後2時過ぎまで雨って言っていたんだけど、予報よりは少し早めに良くなったから、花火もまあまあいいコンディションで見られるんじゃないかな?。花火は風のない曇りがいいって言う人もいるんだよ。

コメットさん☆:そうなんですか?。

景太朗パパさん:ちょうど雲が花火の光を浮き立たせるというか、まあそういうことらしいね。

コメットさん☆:へえー、なんだか、晴れの方がいいような気がしますよね?。

景太朗パパさん:そうだよね。普通に考えれば、晴れている方がすっきり見えそうだけどね。どういう意味なんだろうなぁ?。

 コメットさん☆と、景太朗パパさんは、そんなとりとめのない会話をする。すると、そこへ裏庭で作っている野菜の手入れを、自分たちでやっていたツヨシくんとネネちゃんが帰ってきた。

ツヨシくん:ただいまー。

ネネちゃん:ただいまっ!。草取りしたよー。

 リビングまで急いで駆けてくる。

景太朗パパさん:おお、お帰り。蚊がいたかい?。

ツヨシくん:うん。けっこういた。

ネネちゃん:かゆかった…。あっ、コメットさん☆が帰ってきてるー。

ツヨシくん:あ、ほんとだ。コメットさん☆おかえり。

 二人はリビングで、コメットさん☆を見つけた。

コメットさん☆:ただいま。あはっ…。

ネネちゃん:コメットさん☆、えーと、お友だちのところに行ってきたの?。

コメットさん☆:うん、そう…だね。

ネネちゃん:どんなお話ししたの?。

コメットさん☆:えーとね、そのー、夏の予定とか。

ネネちゃん:ふーん。…それだけ?。…なんかあやしいなぁ。

コメットさん☆:あ、あやしくなんてないよ、ネネちゃんなんで?。

ネネちゃん:コメットさん☆も、秘密くらいあるよね。

ツヨシくん:ネネ、そんなわけないだろ?。

コメットさん☆:え?、ま、まあ、なくはない…かな?。

ツヨシくん:え?、コメットさん☆、あるの?、秘密。

ラバボー:まあ、姫さまくらいの歳になれば、秘密の一つや二つくらいはあるボ。

ネネちゃん:やっぱりね。

ツヨシくん:そういうものなのかぁ…。

景太朗パパさん:あっはっは。ツヨシももう少しするとわかるさ。…さて、みんな用意をしよう。夕方になったら、ママを迎えに行きながら、そのまま横浜へ出かけよう。

ツヨシくん:いやったぁー。

ネネちゃん:わーい。浴衣着ていこうかなー。

コメットさん☆:わはっ楽しみ。準備しますね、景太朗パパ。

ラバボー:それなら…、ラバピョンも誘っていいボ?…。

景太朗パパさん:ああ、いいねぇ。ぜひ誘ってあげたら?。ラバボーくん。

ラバボー:じ、じゃあ、そうしますボ。

コメットさん☆:あー、ラバボーったら。ふふふふ…。

 

 夕方になって、星のトンネルを通って沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に向かったみんなは、歩いて鎌倉駅まで出た。

景太朗パパさん:よーし。ママ、お店は大丈夫だね?。

沙也加ママさん:大丈夫よ、パパ。今日は車が無いから、駅からの帰りはバスか江ノ電ね。

景太朗パパさん:そういうことになるね。みんないいかい?。

ツヨシくん:いいよー。

ネネちゃん:楽しみー、花火っ。

コメットさん☆:私も楽しみ。ネネちゃんかわいいね、浴衣。

ネネちゃん:えへへ…。コメットさん☆が着せてくれたんだよ、ママ。

沙也加ママさん:そうなの?、コメットさん☆ありがとう。

コメットさん☆:あ、あの、あまり上手に着せてあげられなかったかも…。

沙也加ママさん:ううん。そんなことないわ。もう少しこの帯の位置を上にして、襟がきっちりするように引っ張れば…、ほら。これでよしっと。

コメットさん☆:やっぱり少しゆるかったかな…。

沙也加ママさん:上出来よ。

 みんなを乗せた横須賀線の電車は、北鎌倉、大船と進み、横浜を目指す。夕方ではあるが、上りの電車はあまり混んでいない。しかしちらほらと、浴衣の女性も見かけるので、そんな人たちは、やはり横浜の花火を見に行くのだろう。いくらか曇り気味の夕焼けが、電車の窓に見える。やがて電車は横浜駅に近づき、静かに停車した。

 ところが横浜駅は、花火大会に向かう人と、買い物や仕事から帰宅の人たちで、かなり混雑していた。駅の構内を抜け、外に出ようとするだけでも、人、人、人の波である。

景太朗パパさん:いやあ、思ったより混んでるなぁ…。

沙也加ママさん:そうね…。ツヨシ、ネネ、それにコメットさん☆、みんな手をつないではぐれないようにね。

ツヨシくん:うん。ネネ、コメットさん☆、手をつなごう。

コメットさん☆:そうだね。足元にも気をつけないと…。ラバボーとラバピョンはここだから大丈夫だね。

 コメットさん☆は、ティンクルスターを指さした。

沙也加ママさん:パパ、この様子だと、山下公園のあたりなんて、とても無理よ。どこで見るの?。

景太朗パパさん:掃部山公園(かもんやまこうえん)…かな?。

沙也加ママさん:えっ?、かもんやまこうえん?。確かここからけっこう遠いはずだけど…。大丈夫かしら?。

景太朗パパさん:本当はバスで行きたいところだけど、この様子じゃ大変そうだから、あえて京浜急行に戸部まで1区乗って、そこから歩こうか。それならそれほど長くは歩かないと思うよ。

コメットさん☆:景太朗パパ、よく知ってる。

ツヨシくん:京浜急行?。あんまり乗らないね。

ネネちゃん:赤い電車だね。

景太朗パパさん:そうそう、赤い電車さ。…実を言うと、鎌倉の花火と違って、ホテルとかの窓から見ようとすると、1年も前から予約が必要だし、間近の公園や絶景ポイントは、場所取りが熾烈なんだってさ。とてもぼくらじゃ無理だからね…。

 タネ明かしをする景太朗パパさんの言葉を聞きながら、みんなはJR横浜駅の雑踏を抜けつつ、京浜急行線に乗り換えた。電車はあまりすいてないが、発車してすぐ停車すると戸部駅である。

 戸部駅から東に向かって歩き、掃部山公園に着いた。ここはサクラの名所でもあるが、もちろん今の季節、サクラは青々としているだけ。こぢんまりとした公園だが、公園内が一段高くなっているので、目の前にランドマークタワーをはじめとした「みなとみらい」地区のビル群が見える。それらの脇に上がる花火を見ようというのだ。

沙也加ママさん:えーと、これで花火見えるの?、パパ。

景太朗パパさん:そうだねぇ…、低く上がる花火は、少し苦しいかもしれないけど、中玉から大玉は大丈夫らしいよ。

沙也加ママさん:そう。まあ、回りを見ても、割とすいているから、少し動いて見えやすいところを探しましょうか。

景太朗パパさん:そうしようか。

コメットさん☆:どの辺に見えるのかな?。こっちのほう?。

ツヨシくん:港のところで上げるんでしょ?。港はどっちかな?。

ネネちゃん:港なんて見えないよ?。ビルにじゃまされない?。

景太朗パパさん:まあ、そのうちにわかるさ…。あ、ちょうど始まったぞ。タイミングがいいな。

 ツヨシくんとネネちゃん、それにコメットさん☆が、あっちこっちと指さしているうちに、花火大会が始まった。花火はどどん!と、景気づけのように次々上がる。コメットさん☆たちが立っているところからは、木々の向こうにランドマークタワー、さらにその右寄りに花火が見える。花火はやや高い位置に上がるが、まずまずのポイントを確保できた。ベンチもあるけれど、それはもう、他の人たちが座ってしまっていた。

コメットさん☆:わあ、きれい…。大きいねー。迫力ー!。

ラバボー:きれいだボ。ラバピョン見えるかボ?。

ラバピョン:見えるのピョン。

 コメットさん☆とネネちゃんに、そっと抱えられたラバボーとラバピョンも、じっと花火を見上げる。

沙也加ママさん:まあ、ずいぶん高くまで…。ちゃんと見えるわ。思ったよりも大きく…。

景太朗パパさん:うん。意外な穴場だったろ?、ここは。

ツヨシくん:パパ知っていたの?。

景太朗パパさん:まあ、話に聞いていただけだったから、多少心配だったけど…。

ネネちゃん:パパやるぅ。

ラバボー:ラバピョン、地球には花火大会があっていいボー。

ラバピョン:星国にもあるピョ?。

ラバボー:そうだけど…。

沙也加ママさん:星国にもあるの?、いいわねー。混雑とは無縁なんだろうなぁ。

コメットさん☆:あはっ、確かに人でぎゅうぎゅうっていうことは無いですね、沙也加ママ。星国の花火は。

沙也加ママさん:そう。うらやましいくらいね。ふふふっ…。

コメットさん☆:でも、こんなに大きな花火がどんどんって、そういうことはないです。

沙也加ママさん:そうなの?。

コメットさん☆:あんまり大きいと、星の子たちがびっくりしちゃうから…。

沙也加ママさん:そう。うふふふ…。星国の人たちは、みんなやさしいのね。

 “ドンドン!、ドン!ボーン!、ボンボン”

 おなかに響くような、空気を震わせる音が、あたりに響く。

ネネちゃん:あんまり人いないね。浴衣の人なんて、私とあそこにいるお姉さんくらい。

 ネネちゃんがあたりを見回して言う。

ツヨシくん:ほんとだ。横浜の駅は、あんなに混んでいたのに。

沙也加ママさん:きっと、お買い物帰りの人たちも、多かったんだと思うわ。いつも夕方は混むもの。でも、山下公園のあたりなんて、ものすごい混雑だと思うわよ。

コメットさん☆:そうなんですか?。

沙也加ママさん:あら?、コメットさん☆知らない?。

コメットさん☆:うーん、知っているような知らないような…。

景太朗パパさん:どうだい?、眺めは。ちょっと首が痛くなりそうかな?。

沙也加ママさん:あ、それなら、グランドシート持ってきたわよ。そうだ忘れてた…。みんな座るか寝っ転がるかして見たら?。

ツヨシくん:やったぁ。

ネネちゃん:ずっと立っているのも大変だものね。

 沙也加ママさんは、がさがさと音をたてながら、グランドシートを広げた。ツヨシくんとネネちゃんが端を持って押さえ、その上にのる。コメットさん☆と景太朗パパさんも。

景太朗パパさん:おっ、いいね。これなら楽だね。

沙也加ママさん:これくらいは用意しておかないと、花火なんて見られないのに、つい花火に集中しちゃって忘れていたわ。

ツヨシくん:あっと、ぼくちょっとトイレ。トイレあるかな?。

 ツヨシくんは、グランドシートの上にのったとたん、言いだした。

ネネちゃん:ツヨシくん、トイレぇ?。えーと、あ、ほら、あそこにマークが。

 ネネちゃんはあたりを見回し、薄暗い公園内の、トイレのマークが矢印とともに書かれたポールを見つけて指さした。

ツヨシくん:あ、ほんとだ。じゃ、ちょっと行って来る。

沙也加ママさん:気をつけるのよ。

 沙也加ママさんは、そんなツヨシくんを見送った。コメットさん☆も、ツヨシくんの背中を目で追った。

 トイレはやや離れたところにあり、丸い建物で、あたりは薄暗かった。ツヨシくんは急ぎ足で入った。入ってぐるりと向きを変えると、用が足せるようになっていた。ツヨシくんは、花火のどんどんという音を遠くに聞きながら、ささっと便器に近づいた。ところが、急いで終えて、壁につけられた水道で手を洗い、出ようとすると、出口にはついたて状の壁があって、その壁の左右どちらからも出入り出来るようになっており、つい反対側から出てしまった。

ツヨシくん:あれ?、どっちだっけ?。

 ツヨシくんは、回りを見回した。ふと、丸い建物のせいで、どっちに戻るのかわからなくなった。広場になっているところに人がいるのが見えたが、みんなでグランドシートを広げたところの近くの人たちなのか、よくわからない。仕方なくツヨシくんは、元来た方だと思える方向に歩き始めた。

ツヨシくん:たしか、こっちだと思ったけど…。

 その間も、花火はどんどん打ち上がり、ツヨシくんの右の方に見える。

ツヨシくん:あ、そうか。花火が右側に見えるということは、まっすぐ進めばいいんだ。

 ツヨシくんは、園内の道をまっすぐ進んだ。いや、まっすぐ進んでいるように思っただけだった。

ツヨシくん:…あれ?、おかしいな、花火を右に見ているのに、だんだん花火が遠くなる気がする…。もしかして…。

 ツヨシくんが進んでいく道は、やがて階段になり、そして小さな子ども向けの遊具があるところに出た。こんなところは通ったはずがない。

ツヨシくん:えー?、ここどこだよ…。

 ツヨシくんは、急に心配になった。もしかすると、迷子になってしまったのか?。無事に家まで帰れるのだろうか…。そんなことも頭をかすめる。ちょうどそのころ、ネネちゃんが言いだした。

ネネちゃん:おっそいなー。ツヨシくんまだトイレかな?。

コメットさん☆:ネネちゃんどうしたの?。

ネネちゃん:ツヨシくんが、トイレに行くって言ってから、戻ってこないよ。

 それを聞いた沙也加ママさんはびっくりした。

沙也加ママさん:えっ?、さっきから帰ってこないの?。いけない…。よく見てなかった…。パパ、ツヨシがいないわ。

景太朗パパさん:何だって!?。どこに行ったんだ?。

ネネちゃん:トイレのはずなんだけど…。いくら何でも遅いなぁって…。

コメットさん☆:ツ、ツヨシくん…。

 コメットさん☆も急に心配になった。さすがにトイレまでついて行くわけにも行かないし、大丈夫だろう…。そう思っていたのだが。

景太朗パパさん:しまったなぁ…。ついて行ってやればよかった…。こんな日だと、放送してもらうわけにもいかないし…。どうするかな…。

沙也加ママさん:すぐに探しに行きましょ。

景太朗パパさん:そうだけど…。もしツヨシが迷子になっているとしたら、ツヨシもぼくらを探しているに違いない。みんなで探すと、よけいにわからなくなるかもしれないな。誰かはここに残っていた方がいいだろう。まずぼくがトイレまで見に行ってくる。

 景太朗パパさんは、そう言うが早いか、トイレの方に走り去った。そしてすぐに戻ってきた。

景太朗パパさん:ダメだ。いないな。道もわかりにくいよ、意外と…。

沙也加ママさん:どうしよう…。心配だわ…。

コメットさん☆:私、星力で探します!。

 それを見たコメットさん☆が、手を挙げるようにして言いだした。

沙也加ママさん:あ、その方法があるわね。コメットさん☆助かるわ。

 ところが、コメットさん☆がバトンを出すと…。

コメットさん☆:あ…、でも、星力が足りない…。

ラバボー:ボーにのって補充するボ!。

 すかさずラバボーが声をかけるが…。

ラバピョン:でも、こんな人がたくさんいるところで、ラバボー飛び上がれないピョン。それに花火より高くに飛び上がったら、見物の人みんなにわかっちゃうのピョン…。

ラバボー:うう…、そうだったボ…。

コメットさん☆:まって…。私、何とかなるかもしれない…。

景太朗パパさん:え?、どうやって?。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは顔を見合わせた。だがコメットさん☆は、なぜかそう言いきれる気がしたのだ。不思議な気持ちが。コメットさん☆は、バトンを持ったまま、それを両腕に抱えるようにし、そっと目を閉じた。コメットさん☆はほんの数秒間、じっとツヨシくんを「感じて」みた。

コメットさん☆:…きっと、あっち…。

 コメットさん☆は、そっと目を見開くと、左後ろの方を指さした。

景太朗パパさん:よし。ママとネネはここにいて。コメットさん☆、行こう。

コメットさん☆:はいっ。

ラバボー:ラバピョン、ボーたちも行くボ。

ラバピョン:そうするのピョン!。

 コメットさん☆は立ち上がり、景太朗パパさんとともに走り出した。公園の北側に近い方に向かって、人をよけて走る。階段を降りて、一度道路に出ると、それを今度は西のほうに走る。

景太朗パパさん:コメットさん☆、どっちだい?。

コメットさん☆:…こっち。

 コメットさん☆は、心の中にわく、言葉で言い表しにくい感覚をたよりに指をさす。また公園内に戻り、左にカーブを描く園内の道に入ると、歩いている人の向こうに、ツヨシくんがきょろきょろしながら、心配そうな表情で歩いているのが見えた。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん!。

ツヨシくん:コメットさん☆!。よかったー。助かったー!。

コメットさん☆:もう、心配したんだよ…。

ツヨシくん:ごめん…、コメットさん☆…。

 二人は走り寄り、思わず手を取り合い、次いでそっと抱き合った。

景太朗パパさん:あ、ツ…ツヨ…。

 景太朗パパさんは、あまりに自然な感じで抱き合う二人を見て、少々うろたえた。半ば呆然としていたのだが、はっと思い直し、コメットさん☆が、どうしてツヨシくんのことを見つけられたのだろうと思った。そして、あらためてコメットさん☆とツヨシくんの絆の強さを感じた。

景太朗パパさん:…これは、本物かもしれないなぁ…。

 景太朗パパさんは、右手で髪をかき上げると、小さくつぶやいた。

コメットさん☆:ツヨシくん、心配したんだよ?。どこに行っていたの?。

景太朗パパさん:ほんとだぞ、ツヨシ。どうしたんだ?。

 景太朗パパさんは、落ち着いた声で聞いた。

ツヨシくん:あのね、トイレに行って、戻ろうとしたら、暗くて道がわからなくなって…。歩いているうちにますますわからなくなって…。

 ツヨシくんは、少し涙が出そうになっていた。

景太朗パパさん:なんだ、道に迷ったのか?。しょうがないな、もう大丈夫だ。

コメットさん☆:さあ、ツヨシくん、沙也加ママもネネちゃんも心配しているよ。戻ろう。よかった。ツヨシくんに何もなくて…。

ツヨシくん:はい…。コメットさん☆、パパ、ごめん。

景太朗パパさん:いいよ。何事もなくてよかった。まあ、トイレだと一人で行きがちだけど、こういう時はなるべく誰かといっしょに行ったほうがいいな。ま、よかった。

ラバボー:ラバピョン、あれは…。

ラバピョン:ラバボー、確かにあれは…。

 ラバボーとラバピョンは、少し離れたところから、コメットさん☆とツヨシくんの様子を見て、立ちつくしていた。そんな時にも、花火は次々に大玉が上がる。

 

 翌朝になって、一晩コメットさん☆のベッドに泊まったラバピョンは、ラバボーと二人ウッドデッキのところにいた。

ラバピョン:あれは…、姫さまの恋力に間違いないピョン。

ラバボー:やっぱり。そうなんだボ。

ラバピョン:きっと姫さま、ツヨシくんのこと、ただの男の子とは、もうとっくに思っていないのピョン。

ラバボー:…そうなのかボ…。

ラバピョン:ラバボーは、何かそれでショックなのピョン?。

ラバボー:ショックってことはないボ…。でも…、ボーは、ずいぶん姫さまに、プラネット王子さまを見つけて、結婚するように言ったボ…。それがどういう意味だかわかりもしないで…。

ラバピョン:…そうなのピョン。でも、…もう過ぎたことを後悔しても、仕方ないのピョ?。

ラバボー:そうだけど…。

ラバピョン:恋してるって、特別な絆でつながっているっていうことピョン。

ラバボー:えっ?。

 ラバボーは、ラバピョンが、手すりの上から、遠くの海を見て言う言葉を聞き、びっくりした。

ラバピョン:恋する力には、距離は関係ないように思うけど…。私もラバボーと、こうやってすぐに会えるから…。でも、もし星のトンネルが、ここにつながっていなかったら…。だから、恋する力が働くのに、距離も関係するのかもしれないピョン。

ラバボー:それなら、姫さまの恋力が、一番強く働くのは…。

ラバピョン:ラバボー、姫さまの恋する心、もっと大事にしてあげてなのピョン。これからは、姫さまが本当に想っている人を、ちゃんと自覚できるようにしてあげて欲しいのピョン。

ラバボー:うーん、わかったボ…。でも…、本当に想っている人って…。

ラバピョン:もちろん、まだ姫さま自身も揺れているのピョン。その時々で変わるかもしれないし…。

 ラバピョンは、そう言いながら、にこっと微笑んだ。

 そのころケースケは、朝食の準備をしていた。お湯が沸くのを待ちながら、子どもの頃読んだSF少年小説を、また読み返していた。最近たまたま大掃除をしたとき、机の回りのごちゃごちゃしたものの下から出てきたのだ。それはケースケが小さい頃のお気に入りだった。

“「きみたち、わすれないでくれよ、マシンがなげた球なんて、つまらないんだ。おまけに打つほうもマシンになってしまったらどうだとおもう? マシンは正確に打つからね、試合なんてできなくなってしまうのさ。

 ぼくはこの地球へきて、マシンではない人間が、いろいろのことをしているのがそれはすばらしいとおもったんだ。ぼくがここへきた目的は、ぼくが人間らしいくらしをもういっぺんしてみたかったのと、きみたちにそのことをわすれないでもらいたいとおもったからさ。まだまだ、地球にはすばらしいものがたくさんある。なくなろうとしているものも、それはもちろんある。

 でも、きみたちみたいな子どもが、地球をだいじにしようとおもえば、地球にはまだ青い空も、星のみえる空気も、たねをまかなくてもしぜんに草のはえる地面もあるんだよ。いまの、ぼくの目的は、そのことをきみたちにいうことだった。」”(※下)

ケースケ:おっと、いけねぇ、湯が沸いた。

 ケースケは、そこまで読むと、本をテーブルに置いて、やかんの火を止めに行った。

 コメットさん☆は、窓から朝の海を、遠くに見ていた。ケースケとの心の距離、そしてツヨシくんとの特別な絆、プラネット王子との信頼感…。これからそれらはどうなっていくのだろう?…。そんなことをぼうっと思う。どうなる?、どうする?…。そんな迷い多きコメットさん☆の夏は、まだ始まったばかりである…。

※原著作者転載許諾済み (C)Yoshiko Kohyama 1970, 2006 「プラスチックの木」−国土社刊より。
※掃部山公園の地形や、公園内建物の配置・形状は、実際と異なります。
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★第261話:手作りのぬくもり−−(2006年7月中旬放送)

 7月も中旬になってくると、ツヨシくんとネネちゃんは、もうそわそわ。夏休みも目前。もちろん、「通知表」というものが、その前にあるのだが、ツヨシくんもネネちゃんも、あまり成績に問題があるわけでもなく、景太朗パパさんは特に、学校の成績をあれこれ言うタイプではないので、藤吉家では、成績のことが話題にのぼることは少ない。

 今日は月曜日だが、海の日の休日で、ツヨシくんとネネちゃんは学校が休み。しかし、沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」前の由比ヶ浜は、海開きが終わっているので、この連休でかなりにぎわっていた。コメットさん☆は、そんな沙也加ママさんのお店を、ここ数日ずっと手伝っている。ケースケも毎日、ライフガードとして、海の監視をしている。毎年のことだ。ツヨシくんとネネちゃんは、忙しそうにしているコメットさん☆をお店に置いて、珍しく二人だけ、ケースケが海を監視している監視台のところへ行ってみた。天気は、梅雨が開けていないにしてはまずまずである。

ケースケ:珍しいな、ツヨシとネネ、お前たちだけか?。

 二人だけでやってきたツヨシくんとネネちゃんを見て、ケースケは高い監視台の上から、わずかに下を見て聞いた。

ネネちゃん:うんそうだよ、ケースケ兄ちゃん。

ツヨシくん:コメットさん☆はいないよ?。

ケースケ:そ…、そんなことは聞いてねぇよ、ツヨシ。

ツヨシくん:そうなの?。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、がっかりした?。

ケースケ:し、しねーよ!。仕事しているんだからよ、じゃまするなって。

 ケースケは、じっと海を見ながら、小学生であるツヨシくんとネネちゃん相手に、少々ムキになって答える。口では冗談半分なことを言っても、目はじっと遠くを見つめ、おぼれている人はいないか、危険な行為はないか、監視を怠らない。赤い帽子にパンツ姿のケースケは、筋肉質の体を、早くも日焼けさせている。

ケースケ:それはそうと、オレに何か用事があるんじゃないのか?。

 それでもケースケは、ふと思いついて、監視を続けながらツヨシくんとネネちゃんに尋ねた。ネネちゃんが答える。

ネネちゃん:あのね、ケースケ兄ちゃん、もうすぐ夏休み。

ケースケ:ああ、オレのことか?。学校はそうだけどよ、こうして仕事があるからな。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃんの学校もだけど、…その、ぼくたちの学校。

ケースケ:なんだお前たちのか。そうだな…、もう夏休みだな。水遊び気をつけろよ、海はけっこう危ないからな。

ツヨシくん:その夏休みなんだけど…。

ネネちゃん:工作の宿題が…。

ケースケ:はぁ?、まだ始まっていないぞ?、夏休みは。おいおい、それなのにもう宿題の心配なのか?。

ツヨシくん:それがさあ、今年は夏休みの工作を、秋の「展覧会」で展示するって言うんだよ。だからさ、真面目に作らないといけないの。

ネネちゃん:学年で決まっているんだよ。

ケースケ:なんだそりゃ。まるで今までは真面目に作ってないみたいじゃないか。しょうがねぇな。

 ケースケはにやっと笑うと言った。

ネネちゃん:そんなことないけど…。ケースケ兄ちゃんは、小学生の頃、夏休みの工作の宿題どうしてたの?。

ケースケ:え?、そ、そりゃ…。

 ケースケはそう言われて、ちらりと下から声をかけるツヨシくんとネネちゃんを見た。そしてまた前に向き直ると、宿題を手伝ってくれた父の姿を思い出した。ケースケは、またじっと海の方を見ながら答えた。

ケースケ:まあ、そりゃあオレだって小さかった時は…、おやじが手伝ってくれたりしたさ…。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃんのお父さん?。

ケースケ:ああ。

ツヨシくん:あ、あのさ、ケースケ兄ちゃん、どんなもの作ったの?。

 ツヨシくんは、ケースケが、父の海難事故をあまり思い出さないように、とっさに話を前に進めた。

ケースケ:え?、あー、そうだなあ、近所の文房具屋で売っていた、細い角材を削って貼って、船作ったりしたな。すぐにひっくりかえっちまうの、あははは…。

 ケースケは自分で言って、勝手に笑ったが、どこかその声には、いつものような明るさは無かった。ツヨシくんとネネちゃんは、ちらりと顔を見合わせた。

ケースケ:…オレに聞くより、師匠か…、そうだな…、プラネットのやつにでも聞いた方がいいと思うぞ。ほんとは教えてやりたいけど…、このところ忙しくなってきたからな…。

 ケースケは、少し声のトーンを落として静かに言った。ツヨシくんは、そんなケースケの様子に、ちょっとばかり「まずかったかなぁ」と思っていた。それは夏休みの工作のタネを、教えてもらえなかったことではなく、ケースケのどこか寂しそうな表情を、見てしまったからだった。

 

プラネット王子:…で?、それでオレのところに来たってわけか…。

 ツヨシくんとネネちゃんは、一度「HONNO KIMOCHI YA」に戻り、由比ヶ浜駅から江ノ電と小田急線を乗り継いで、プラネット王子やカロン・ミラが暮らす「橋田写真館」までやって来た。

ツヨシくん:うん…。今年は気合いを入れて作らないと…。

ネネちゃん:気合い、気合いっ!。

プラネット王子:気合いねぇ…。展覧会とかいう、その学校の行事は、毎年あるんじゃないの?。

ツヨシくん:ううん。2年に1回ずつ。

ネネちゃん:去年は学芸会だったよ。

プラネット王子:へぇ。そういうものなのか。あ、ミラはどうだった?。

 プラネット王子は、カウンターの少し奥側にいたミラにたずねた。ミラは振り返って答えた。

ミラ:さあ…、小学校のことは…、ちょっとわかりません。地球へ来て私が通った学校は、中学校でしたから、夏休みに工作の宿題っていうのは、ありませんでしたし…。

プラネット王子:そうか。おーい、カロン。

 プラネット王子は、写真館の入口ドアガラスを、さっと拭いていたカロンに声をかけた。

カロン:はい。プラネットさま、なんですか?。

プラネット王子:なんか、このカウンターで「さま」とか言われると、調子狂うんだよなぁ…。カロン、中学校の時は、工作の宿題って出たか?。

カロン:いえ。工作は宿題で出たことはありませんね。

プラネット王子:展覧会っていうのは、あるのか?。

カロン:それもないですね。学校の行事としては、文化祭…じゃないですか?。

プラネット王子:…だそうだ。ツヨシくんとネネちゃんよ。

ツヨシくん:そうなんだー…。どうしようかな…。

ネネちゃん:パパに聞いても、いいけど…。なんか船の模型になりそう…。

プラネット王子:コメットは、今日はどうしたんだ?。

ツヨシくん:プラネットのお兄ちゃんも、気になる?。

プラネット王子:いや、別に気になるってことはないよ。…というか、「も」って何だよ…。あー、まあ、姿が見えないからさ。君たちが電車で来るとは思わなかったし。

ネネちゃん:コメットさん☆は、今日もママのお手伝い。海の日で忙しいんだって。

プラネット王子:そうか、海の日か…。もう海開きも終わっているんだよな…。それは結構大変だな…。じゃあまあ、とりあえず何か工作の宿題のヒントになりそうなアイディアを出すか…。

 プラネット王子は、どこか取り繕うように、また独り言のように言った。

ツヨシくん:うん。プラネット兄ちゃん、お願いっ。

ネネちゃん:私もお願いっ。

プラネット王子:しょうがないな…。そうだなぁ…。やっぱり何か細工物にするか…。まずは…、貝…かな?。

ツヨシくん:貝?。ハマグリの貝殻なら持ってる。

プラネット王子:え?、どれどれ。

ツヨシくん:これ…。

 ツヨシくんは、ポケットから幅5センチほどの、ハマグリの貝殻を取り出した。由比ヶ浜で拾って持っていたものだ。

プラネット王子:おー、平らでいいな。それも使おう。

ツヨシくん:何かにするの?。

プラネット王子:ああ。

ミラ:そうしたら…、ネネさんには私が…。私が時々作るものでもいいでしょうか…、それならなんとかなるかもしれませんよ?。

ネネちゃん:ほんとう?。ミラお姉ちゃんありがとう。

ミラ:どのくらいうまく出来るか、まだわかりませんけど、小物のアクセサリーなら作れますよ。

プラネット王子:よし…。二人ともまずは江の島に行くか。お店はおやじさんに少しの間頼もう。

 プラネット王子は、ミラをちらりと見ると、ツヨシくんとネネちゃんに提案した。

ツヨシくん:江の島!?。

ネネちゃん:何しに?。

プラネット王子:ふふふ…。

 びっくりするツヨシくんとネネちゃんに、プラネット王子は、にやっとした微笑みを返すと、バトンを取り出した。

  

ツヨシくん:わあ、プラネット兄ちゃんの星のトンネル、初めてかも。

ネネちゃん:ほんと、ほんとー。コメットさん☆のとおんなじ。

プラネット王子:まあ、そりゃあコメットとも、同じ星ビトだからなぁ。よし…、もうすぐ江の島だ。人の少ないところに降りよう…。ちょっと遠いが、ヨットハーバー近くの公園にしよう。

ツヨシくん:あ、そこ知ってる。

ネネちゃん:猫ちゃんがいる公園だよね。

プラネット王子:え?、そうなのか?。猫がいるの?。へえ、それかぁ、お客さんが「江の島は猫島」って言っていたのは。

 プラネット王子、ツヨシくんとネネちゃんの三人は、楽しく話をしつつ星のトンネルを通って、江の島に向かい、ヨットハーバー近くの公園に降り立った。

ツヨシくん:プラネット兄ちゃん、江の島でどうするの?。貝採るの?。

ネネちゃん:海に潜る用意してないよ?。

プラネット王子:貝を今から採っていたら、今日使うのには間に合わないからなぁ。おみやげに売っている貝を使うのさ。

ツヨシくん:おみやげに売っている貝?。

ネネちゃん:あの、絶対に江の島で採れるわけないようなやつ?。

プラネット王子:そうそう。おみやげ屋に売っているだろ?。あれあれ。あれはきれいに磨いてあるんだよ。それがいいのさ、「シェルランプ」や、アクセサリー作りには。

ツヨシくん:シェルランプ?。

ネネちゃん:何それ?。

 プラネット王子の言葉に、二人は顔を見合わせた。プラネット王子は、少し微笑むと、二人をうながして、細い道をおみやげ屋さんに向かって歩き出した。

 30分ほどして、文字通り再び飛んで帰ってきたプラネット王子とツヨシくん、ネネちゃんは、橋田写真館の2階のスタジオになっているところで、作業をはじめた。ツヨシくんは、手袋をして、ハンダ付けを。ネネちゃんは、模様がきれいで小さな巻き貝を、ミラが用意してくれた型の中へ、樹脂で埋め込む。

ツヨシくん:うーん、なかなかうまく…、つかないよ…。

プラネット王子:ハンダゴテはとても熱いから、やけどしないようにな。少しずつでいいから。

 ツヨシくんは、電子パーツである「発光ダイオード」を、10個ほど並べて基板にハンダ付けする。意味はわからないが、プラネット王子がそうしてみな、と言うのだ。

ツヨシくん:なんでこんな作業が必要なの?。プラネット兄ちゃん…。

 ツヨシくんは、手を動かしながら、疑問をぶつけた。

プラネット王子:これをやっておかないと、貝は光らないよ。

ツヨシくん:貝を光らせるの?。

プラネット王子:だって、そりゃあ「シェルランプ」だから。シェルは貝のこと、ランプはまあ電球の意味だな。貝が光る飾り物ってことさ。

ツヨシくん:えっ?、そんなの作っているのかぁ。

プラネット王子:おいおい、沙也加ママさんのお店で売っていないのか?。そう言えば…、見たことなかったかな?。でも、さっきの店で、貝が光っているの見たろ?。

ツヨシくん:うん…。

プラネット王子:あれは電球とコンセントで光らせているんだけど、今時電球でもないかもしれないし、電池で光る方がいいだろうしな。…それに、オレたちが手伝ったのが、まるでわかっちゃうっていうのも、まずいだろ?。やり方は教わってもさ。はははは…。

ツヨシくん:うん、そうだね。えへへへっ。

 プラネット王子は、考えるように言って笑った。ツヨシくんも、少し恥ずかしそうに答える。一方ミラは…。

ミラ:ネネさん、いいですか?。位置を真ん中にして。…それでいいですね。

ネネちゃん:うん…。ミラさん、これでいいけど…。これからどうなるの?。

ミラ:ぽっこりしたブローチを作りましょう。そっと15分ほど、窓の外に置いて下さい。そうすると樹脂が固まります。

ネネちゃん:この接着剤みたいの?。貝、全部埋まっていないよ?。

ミラ:まずは貝を固定するんです。それから全体を埋めると、うまく行くんですよ。

ネネちゃん:そうなの?。ブローチだと…。ピンは?。

ミラ:最後に付けるんですよ。少し埋めるようにして、ピンも固定します。

ネネちゃん:面白ーい。ふふふっ…。

ミラ:うふふふ…。

 ミラは、よく手製のバッジやブローチを作る。キーホルダーや、ペーパーウエイトも。実はこれ、写真館に置いて使ったり、自分で使ったり、友だちにあげたりしているのだ。半球形の型を使って、型の底に薄く特殊な樹脂を塗り、その上に埋め込みたいものを置く。そして太陽の光に当て、15分から20分ほど置くと、樹脂が固まる。そのあともう一度置いたものを完全に埋めるように、樹脂を流し込む。さらに太陽に当てれば出来上がりだ。簡単なようだが、アワが入らないようにしたり、隙間がないようにしたり、埋めるものをきれいにしておいたり、意外と手間がかかる。それだけに、出来上がると楽しい。

ツヨシくん:よーし、出来たよ、プラネット兄ちゃん。

プラネット王子:そうか。どれ、じゃあ最後に電池ボックスを…、ここと、ここにハンダ付けして。

ツヨシくん:えーと、赤い線がどっち?。

プラネット王子:こっち。

 プラネット王子は、ツヨシくんがハンダ付けを繰り返していた基板を指さした。基板には四角い形に、透明な発光ダイオードが並んでいる。

プラネット王子:ついたかい?。

ツヨシくん:うん。

プラネット王子:よし。じゃあ電池をボックスに入れて…。点灯!。

 プラネット王子は、スイッチを入れた。すると全ての発光ダイオードが、白く光った。

ツヨシくん:うわあ、真っ白なまぶしい光…。

プラネット王子:よしよし。配線は間違っていないし、光の量もまずまずってところだな。で…、これの上に貝をかぶせればいいってわけさ。

ツヨシくん:えっ?、ああ、貝をかぶせるのかぁ…。すげー。

プラネット王子:どれにするか、貝を選んで、のっけてみな。基板が隠れるくらいの大きさのがいいな。ツヨシくんが拾ってきたのでもいいよ。決めたらこの短い角材に、貝の下を合わせて接着剤で止めるんだ。それが固まるまでの間に、基板と電池ボックスをくっつけよう。基板の裏はでこぼこしているけど、基板と電池ボックスの上を合わせてゴムの両面テープで止める。最後に角材がくっついた貝で、基板をはさむようにして、電池ボックスと合体させるんだ。そうすると、電池ボックス、基板、貝の順でくっついたことになるだろ?。

ツヨシくん:ああ、そうか!。ほんとだ。

 ツヨシくんは、ようやく合点が行ったように答えた。

プラネット王子:基板が光るわけだから、それと貝との間に少し隙間を開けた方が、光が全体に行き渡って、さらに少しもれる感じになって、雰囲気いいんだよ。

ツヨシくん:やったー、おおーなんかかっこいいー。すげー。

 ツヨシくんは、手元にある貝を、仮に置いてみて、どんな風に出来上がるのか見た。そして感嘆の声を上げる。

プラネット王子:ふふふ…。うまく行きそうだな。平らな貝がいいよ。巻き貝は厚みがあって光がうまく広がらない。半分に切らないとね。あんまり手間がかかりすぎるのもな。

ツヨシくん:そうだね。じゃあ、ぼくこれにしよう。ネネは大きい貝は使わないの?。

 ツヨシくんは、貝のセットに入っていた、小さなシャコ貝の貝殻を使うことにした。白地に紅色の模様が、全体に散っているやつ。それでも、妹のネネちゃんが使うものとダブらないか、ちょっと気になって聞いた。

ネネちゃん:私、この小さい巻き貝とかしか使わないもん。

ミラ:あまり大きい貝は、ブローチやキーホルダーの型に入りませんからね、ツヨシさん。

ツヨシくん:そっか。じゃあぼく、これにして…。あと…、もう1個作ろうかな。

プラネット王子:なんだ、よっぽど気に入ったか?。あはははは…。

 プラネット王子は、そんなツヨシくんを見て、やさしい目で笑った。

ネネちゃん:わあ、固まってきた。

 一方ネネちゃんは、15分ほど窓の外に出しておいたブローチのもとになる貝が、樹脂に少し埋まって固まったのを見て、びっくりした。

ミラ:もうだいたい固まりましたね。夏は早く出来るんですよ。

ネネちゃん:どうしてかな?。

ミラ:温度が高いと、化学反応が早く進む…からでしょうか。ネネさんには、少し難しいですか?。

ネネちゃん:かがくはんのう?。

ミラ:そう。中学校に行くと習うと思いますよ。…さあ、先に進みましょう。

ネネちゃん:そうなんだー。じゃあ、これからだね。これでもっと樹脂を入れるの?、ミラさん。

ミラ:そうですね。少しずつ厚くして、最後にシートをかぶせて平らに仕上げます。

ネネちゃん:こんな感じ?。

ミラ:そうそう。そんな感じで。

 ネネちゃんは、チューブに入った樹脂を、少しずつ出しながら、型の底に置かれた小さな巻き貝に塗りつけていく。完全に埋まるまで、隙間がないように埋めたら、樹脂とくっつかないシートをかぶせ、真っ平らになるようにする。そうすれば、半球形で透明な樹脂の中に、巻き貝が浮かんだブローチの元が出来上がるのだ。

 そして、1時間ほどたった頃、二人ははしゃいでいた。

ツヨシくん:出来たー!!。

ネネちゃん:私のもー!!。

ツヨシくん:やったね。これで展覧会はばっちり!。ありがとう、プラネット兄ちゃん!。

ネネちゃん:きれーい。透明なところに、巻き貝が浮かんでるー。桜貝のキーホルダーもー。

ミラ:本当はもう少し時間をおいた方がいいので、おうちに帰ったらまた窓の外に出しておいて下さいね。

ネネちゃん:そうなの?、ミラお姉ちゃん。

ミラ:一応固まっていますけど、完全に固まるには半日くらいかかりますから。

ネネちゃん:わかったぁ。ありがとう、ミラお姉ちゃん。

ミラ:どういたしまして。

ツヨシくん:ママに見せないと、コメットさん☆にも!。

ネネちゃん:そうだねっ!。

プラネット王子:よし。じゃあ、沙也加ママさんのお店まで送ってやるよ。星力でな…。おっと、星力が少し足りないな…。いや、うん…、なんとかなるだろう。

 プラネット王子は、バトンを出して、そのまま星のトンネルで、二人を「HONNO KIMOCHI YA」まで送ろうとした。しかしバトンを見ると、光が弱くなっていて、星力は足りな気味…。しかし、プラネット王子はそのままバトンを振った。

ツヨシくん:わあ、部屋の中から星のトンネル…。

ネネちゃん:外に通じてるよ?。

プラネット王子:よし、大丈夫だな。気をつけて帰れよ。

ツヨシくん:あ、うん。プラネット兄ちゃん、ありがとう。ほんとにありがとう!。

ネネちゃん:ミラお姉ちゃんもありがとう。みんなによろしくです!。

ミラ:まあ、ネネさんも、ていねいですね。ふふふっ…。それじゃあ。

プラネット王子:ツヨシくん、オレは君に期待してるんだ。いろいろな意味でな。がんばれよ!。

 ツヨシくんとネネちゃんは、プラネット王子とミラ、それに工作の間、写真館のお店番をしてくれたカロン、暗室で作業をしていたらしいブリザーノさんにお礼の言葉を残すと、星のトンネルに飛び込んだ。

 星のトンネルは、きらめきながら、由比ヶ浜の沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」まで伸びているようだ。コメットさん☆のつくり出すトンネルと、プラネット王子のトンネルは、特に変わらない。しかし、ツヨシくんは、ふと疑問に思っていた。

ツヨシくん:(プラネット兄ちゃんが、ぼくが帰るときに言った、「期待してる」って何だろう?。シェルランプの出来?。それなら、兄ちゃんの目の前でテストしたじゃないか…。それに…、この星のトンネル、星力が足りないって、兄ちゃんは言ったのに、ずっと通じてる…。何でだろう?。)

 ツヨシくんは、なんとなく腑に落ちないと思った。なぜ唐突に、プラネット王子は、ツヨシくんに「期待している。いろいろな意味で」などと言ったのか。星力が足りないと言っておきながら、何事もなかったかのように、星のトンネルが通じているのはなぜか…。ツヨシくんは、出来たばっかりの「シェルランプ」をしっかりと握りしめ、じっと前を見据えて不思議に思っていた。

 

沙也加ママさん:わあ、それ作ってもらったの!?。

ツヨシくん:教えてもらったんだよ、ママ。作ったのはぼく!。

沙也加ママさん:あらそう。うふふふ…。でも、それよくできているわねぇ。

 沙也加ママさんは、割と忙しいお店を自分で見ながら、コメットさん☆に、ちょうど夕食の材料を買ってくるように頼んだところ。それでも、お客さんが途切れた時を見計らい、レジの前にある台に、ツヨシくんが作ってきたシェルランプを置いて、回りを黒い布で覆い、点けてみた。普通のシェルランプより、白くすがすがしい光で、小さなシャコ貝と、ツヨシくん自らが拾ったハマグリが光る。そして少しもれた光が、貝を際だたせる。ハマグリはあまり色がいいとは言えないが、透かして見ないと見えない模様まで浮き上がる。

沙也加ママさん:白い光が涼しげ。面白いアイディアね。このネネのブローチもいいわね。透明な中に貝が浮かんでいて、きれいねぇ。

ネネちゃん:いいなぁ、ママ、きれいでしょ?。ミラお姉ちゃんが教えてくれたから、作りやすかった。

沙也加ママさん:そう。中に埋まっている巻き貝が、大きく見えるわね。キラキラしてステキな感じ…。

 沙也加ママさんは、ネネちゃんの作ってきた、巻き貝のブローチも、そばにあったTシャツの胸のところにつけてみた。つやつやの半球形をしたブローチ。透明な中に、小さな巻き貝が浮かぶ。室内の光を反射して、キラリと光るそれは、意外な美しさを持っている。

ツヨシくん:あ、ママ、コメットさん☆は?。

ネネちゃん:うちの兄は、すぐにコメットさん☆の心配ですぅ…。

ツヨシくん:いいじゃんかぁよぅ…。

沙也加ママさん:ちょっとお買い物頼んだわ。すぐに帰ってくるわよ。

ツヨシくん:あ、そっかぁ。コメットさん☆早く帰ってこないかな?。

ネネちゃん:ツヨシくん、コメットさん☆に自慢するんでしょ?。

ツヨシくん:そ、そうじゃないけどさぁ…。

沙也加ママさん:じっと見ていると、両方とも深い海を思わせるわね。いいなぁ。

 沙也加ママさんは、二人の思ったよりずっとちゃんと出来ている工作を見て、少し感慨にふけった。自らの子どもたちの成長も、もちろんそこに見える。

沙也加ママさん:うーん、いいわね。これって、プラネットくんやミラさん、上手にたくさん作るのかしら?。

ツヨシくん:うん、上手だと思うよ。ハンダ付けとか、ていねいに教えてくれた。

ネネちゃん:型に埋めるときとか、ミラさん上手。この接着剤みたいなの、最初型のほうに塗るんだけど、ささっと塗らないとダメなんだって。

沙也加ママさん:そう…。じゃあ、みんな上手なんだ。それなら…。

 沙也加ママさんは、少し考えて電話を取った。

ネネちゃん:あれ、ママ電話するの?。

ツヨシくん:どうするの?、コメットさん☆に?。

沙也加ママさん:ううん。お礼もしないといけないでしょ?。それに、こんなきれいなものや、面白いもの作れるのなら、うちに置いてくれないかしらって。

ツヨシくん:あー、なるほどー。

ネネちゃん:いいかも!。

 ツヨシくんとネネちゃんは、弾んだ声で答えた。

沙也加ママさん:あ、プラネットくん?。うちのツヨシとネネがお世話になっちゃって…。送っても下さったんですって?。どうもありがとう。押し掛けちゃってすみませんね…。

 沙也加ママさんは、通じた電話の前で、ついお辞儀をしてしまった。そしてもう少し作って、お店に置かない?、と、プラネット王子とミラにたずねる。

沙也加ママさん:…そう。そう。とてもいい感じだから、今度作って持ってきてみて?。そうね、ミラさんのブローチも。…え?、ペーパーウエイト?、ああ、それもいいわねぇ。お願いできるかしら?。…ええ、すぐじゃなくてもいいから。…ええっ?、明日かあさってにも出来そう?。そんなに早く?。…シェルランプは明日、ペーパーウエイトならあさってくらい?。ああ、日が長いからね。そう…。

 沙也加ママさんの電話が続いているところで、ちょうどドアを開けて入ってくる人が。

コメットさん☆:ただいまですー。沙也加ママ買ってきましたよー…。あ、ツヨシくんとネネちゃん。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆!。

ネネちゃん:コメットさん☆が帰って来たー!。おかえりー。

沙也加ママさん:…ええ、そうね。じゃあとりあえず試しに作って…。はい。お願いするわね、プラネットくん、いつもありがとう。みなさんによろしく。それじゃ。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆が帰ってきたのを見て、電話を切った。

沙也加ママさん:コメットさん☆、おかえり。ごめんなさいね。ちょうど今お客さんが途切れて、ツヨシとネネが、プラネットくんのおうちから帰ってきたところよ。

コメットさん☆:あ、いいえ。あれ?、ツヨシくんとネネちゃん、プラネット王子のところに行っていたんですか?。

ツヨシくん:そうだよー。コメットさん☆これ見て!。

ネネちゃん:秋にある学校の展覧会に、出すものなんだよ。コメットさん☆、私のも見て。

コメットさん☆:わあ、きれい…。貝が光っているよ。ネネちゃんのも、巻き貝かわいい…。透明な水みたいだね。

ツヨシくん:シェルランプって言うんだよ。

ネネちゃん:私のはブローチ。

コメットさん☆:へぇ。ランプなんだ…。ブローチ、つけてみていい?。

ネネちゃん:いいよー。

 コメットさん☆は、ブローチを手に取ると、自分の胸につけてみた。

コメットさん☆:わはっ、…どうかな?。

沙也加ママさん:あら、いいわね。透明で丸い貝のブローチが、まるで海のように薄青く輝いて、中の貝が浮かぶのね。

ネネちゃん:わあー、コメットさん☆きれい。

コメットさん☆:ツヨシくんのも、白い光がきれい。

ツヨシくん:発光ダイオードって言うんだよ。ぼくが配線したの。

コメットさん☆:わあ、上手だね。いいなぁ。

ツヨシくん:展覧会が終わったら、…コメットさん☆に、…その、あげてもいいよ…。

コメットさん☆:うふっ…。ありがと。でも、いいよ。ツヨシくんの宝物だもん。

ツヨシくん:ぼく…、2つ作ってきたし…。

ネネちゃん:…はぁ…、うちにもラバボーとラバピョンがいるみたいに、だんだんなりつつある…。

沙也加ママさん:うふふふふふ…。ネネったら。

ネネちゃん:なんでこう、みんなアツアツなんだろうなぁー。

沙也加ママさん:うらやましい?、ネネは。

ネネちゃん:うらやましい…、わかんない。

沙也加ママさん:まあ、そのうちにね…。ああ、そうだわ、ちょうどいいから、コメットさん☆もうちわを作らない?。

コメットさん☆:え?、うちわ、ですか?。

沙也加ママさん:そう。いくつか前島さんと鹿島さんにも描いてもらったんだけど、白いうちわにね、絵を描くのよ。それが売り物になると思うの。もう夏本番でしょ。

コメットさん☆:は、はあ…。あんまり、絵は自信がないけど…。

沙也加ママさん:いいのよ、自由に描けば。絵の味は、似ているかどうかじゃないもの。

ツヨシくん:絵って、似てなくてもいいの?。

ネネちゃん:似てないとヘタに見えるけど…。

沙也加ママさん:似ているかどうかが絵の価値を決めるとしたら、写真でいいことになっちゃうでしょ。それより、自由な発想で、自由に描く。それが絵というもの…らしいわ。私も詳しいわけじゃないけど…。最近「絵手紙」って流行っていて、身近なものをさっと描いて、それに短い言葉を添えるっていうのが、年輩の人たちにも受けているようよ。

コメットさん☆:そうなんですか?。

沙也加ママさん:だから、けっこう素朴なものを描いたうちわなんて、いいかもしれないって思ったのよ。

コメットさん☆:そうですか。じゃあ…、沙也加ママ、私も描いてみます。

沙也加ママさん:そうね。道具はあるし、失敗してもいいから、何か描いてみて。

ツヨシくん:コメットさん☆、ぼくの絵の具と筆貸してあげる。

ネネちゃん:あー、私が貸してあげるのにー。

コメットさん☆:ありがと。じゃあ、二人とも貸してね。

沙也加ママさん:ふふふ…。

 

 数日後、「HONNO KIMOCHI YA」には、コメットさん☆が描いた「サザエの柄のうちわ」、鹿島さんと前島さんが描いた「海と古都の風景のうちわ」、それにプラネット王子のシェルランプ、ミラのペーパーウエイトとブローチ、キーホルダーが、「手作り一点もの」コーナーに並んだ。海に水遊びに来た観光客や海水浴客の人々が、喜んで買っていく。

ツヨシくん:ぼくも何か並べたいなー。

ネネちゃん:私もー。

沙也加ママさん:そうね。もう少ししたら、挑戦してみる?。手作り雑貨に。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:なるべく早くね!。

沙也加ママさん:はいはい。うふふふ…。うちはもともと手作りの品物が多いけど、これからはほとんどがそうなりそうね…。

 沙也加ママさんは、手作りのものが持つ、量産品とは違った「ぬくもり」をいつも感じてはいた。それがお店の中を輝かせることにも、あらためて気付く。手作りのものが持つ、人の手の温かさが、かがやきとなって放たれるのだ。

 

ケースケ:先生、やっぱ行かないとダメじゃないかと思うんですけど…、どうなんでしょうね?。オレ、ちょっと迷っていて…。

夜間高校の先生:うーむ、そうだなぁ…。しかしまあ、夏は始まったばかりだ。まだ向こうは十分間に合うから、夏の大会の成績を見極めてからにしたらどうだ?。

ケースケ:はあ…。まあ…、そうですね…。もし国内大会でいい成績が出せれば…。

夜間高校の先生:世界選手権にまた出場できるだろ?。

ケースケ:…はいっ。絶対に世界選手権に出たいです、いや、出ます!。

夜間高校の先生:よし。その意気だ。がんばれ。前にも言ったように、それで出た成績で、そのあとのことを考えようじゃないか。

ケースケ:は…、はい。…わかりました。そうしますっ。

 沙也加ママさんと、コメットさん☆が、お店にやって来るお客さんたちの相手をしている頃、ケースケは、夜間高校の先生と面談していた。夏がやってきて、それが終わる頃、ライフセーバーの競技大会がある。今年も湘南地区で開催され、当然ケースケはそこで優勝をねらう。ケースケは、世界選手権という言葉を聞くと、とたんに力がわくのを感じた。そして世界大会にまた出場し、世界一を目指すのだ。大会の結果次第で、ケースケの未来は?…。

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★第263話:真夏の三日月−−(2006年7月下旬放送)

 梅雨も明け、毎日暑い太陽が照りつける季節がやって来た。じりじりと強い日ざしは、街に、海に照りつける。すると鎌倉の由比ヶ浜にも、たくさんの人々が、毎日やって来る。普段暇な「HONNO KIMOCHI YA」も、この時期は年で一番忙しい。海水浴客が帰り際に、ふらりと立ち寄ったりするからだ。もっとも日が長いこの時期、夕方5時過ぎにお店が閉まるというのは、早じまいのほうで、それで失っているお客さんは結構ありそうだ。しかし、かといって、沙也加ママさんもこれ以上、お店の営業時間をのばすことも出来ない。もちろん、コメットさん☆がかわりに一人でお店番というわけにも、いかないのだった。

 しかし忙しいと言えば、ケースケのほうがずっと忙しい。ライフガードとして、海の監視はほとんど毎日。それがない時でも、今度は大会に向けた自主トレーニングや、合同トレーニング。遊んでいる時間はない。さらに今年の夏は、ケースケにとっても、いつもより大事な夏になりそうだった。また次回の世界選手権に出て、タイトルを獲得したい。そして世界一のライフセーバーと呼ばれたい…。今までどうやってもかなわなかった夢。一度は単身オーストラリアに暮らしてさえ、かなわなかった夢を、なんとか実現したい。いつもそう思っているケースケ。20歳を越えて、一番力が出せる今だからこそ…。そんな思いもある。来年春には夜間高校も卒業。その先どうするかも、決めなければならない。そのためには、今年もまずは国内大会で優勝しなければ…。ケースケにとって、いつもより重いプレッシャーがのしかかる。

 ツヨシくんとネネちゃんは、もちろんもう夏休み。栽培委員の作業があるので、時々当番で登校したり、プール指導に行くとき以外は、毎日家にいて、コメットさん☆と泳いで遊んだり、景太朗パパさんのヨットに乗ったり、ちょっと友だちと出かけたりの毎日。宿題もやらなければならないが、工作の宿題以外後回し。そんな毎日の二人は、8月に入る直前のある朝、今日もコメットさん☆と、水遊びに行こうかと思ったのだが、コメットさん☆は、特に病気というわけではないけれど、今日水遊びはちょっと…、と言う。そこで二人は、景太朗パパさんと、裏山の野菜畑に出かけることにした。沙也加ママさんは、忙しそうにお店へ行ってしまった。

景太朗パパさん:よーし、鍵は持ってきたから…と、草取り開始ー。…あんまりないけどね。さすがに野菜作っていると、このところ毎日畑に来ることになるな。

ツヨシくん:そうだねっ。

ネネちゃん:楽しいね。毎日見てるよ。

景太朗パパさん:そうかー。いいな。よく野菜も育ってるね。もう実っているのはどんどん収穫しような。

ツヨシくん:ナスとか、もう採れすぎ。あははは…。

景太朗パパさん:あっはっは。そうだよな。昨日の夕食に出た浅漬けも、あれそうだろ?。おとといはシギ焼き、パパも作ったし。

ネネちゃん:そうだよー。

景太朗パパさん:じゃあ、トマトとかいいかもね。…コメットさん☆、今日はどうしたんだ?。

ツヨシくん:よくわからないけど、ママと何か話してた。

景太朗パパさん:そうか。

ネネちゃん:ち、ちょっとツヨシくん!。

 ネネちゃんは、話がコメットさん☆に及ぶと、ツヨシくんの袖を引っ張って、小さい声で言った。

ネネちゃん:ツヨシくん、コメットさん☆は今日は、あとからママのお店に行くの。パパには言っちゃダメ。

ツヨシくん:どうしてさ?。

ネネちゃん:どうしても。いいからその話はここではしないで。

ツヨシくん:えー?。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんに聞こえないように、ヒソヒソ話すネネちゃんにとまどったが、ふと、朝コメットさん☆と沙也加ママさんも、小さい声でしゃべっていたことを思い出した。何か関係があるのかもしれないと、ツヨシくんは思った。

景太朗パパさん:なんだー?。二人とも何の話だい?。

ネネちゃん:んー、パパには秘密の話っ!。

ツヨシくん:なんだかわからないけど、ないしょ、ないしょ。

景太朗パパさん:えー、パパにはないしょ?。そうか…。とほほ…、もうだんだんツヨシもネネも、秘密を教えてくれなくなるのかなぁ…。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんとネネちゃんが、パパにはないしょと言って、何の話かすら教えてくれないのに、しょんぼりとして、ぼやきの声をあげた。

 家に一人残っていたコメットさん☆は、沙也加ママさんからもらった小さなトートバッグを持つと、玄関に鍵をかけて出かけた。コメットさん☆は、部屋の窓から、遠くの海を見て、とりあえずの予定を決めたのだ。ケースケが昨日、由比ヶ浜の監視台にいて、「明日は七里ヶ浜でトレーニング」と言っていたのを思い出したからだ。

コメットさん☆:(でも、…ちょっと暑いから、星のトンネル使おう。)

 外はまだ10時過ぎだと言うのに、もう炎暑の暑さになっている。まともに道を歩いていたら、倒れそうだと思えた。コメットさん☆は、珍しく帽子をかぶり、濡れタオルを持って、星のトンネルに飛び込んだ。

 コメットさん☆が七里ヶ浜に着くと、駐車場にはちらほらと車が止まっていて、もう海に入って遊んでいる人たちがいた。七里ヶ浜は海水浴場ではない。しかし地元の人や、わけを知っている人たちは、車を駐車場に入れ、泳いだり、サーフィンをしたり、思い思いに水とたわむれている。コメットさん☆は、人の目につかない、江ノ電の線路脇に降り立ち、そこから駐車場まで歩いてきた。防波堤の上にある駐車場から、海を見渡す。

コメットさん☆:わあ、海は気持ちいい…。やっぱり風が涼しい…。

ラバボー:姫さま、今日も泳ぐのかボ?。

コメットさん☆:ううん。今日は泳がない…。

ラバボー:こんなに暑くなりそうなのに?。

コメットさん☆:うん…。ラバボーは泳ぎたい?。それなら、ツヨシくんとネネちゃんと泳いでもいいよ?。

ラバボー:うーん…。あ、いや、やめておくボ。また今度にするボ。その時はラバピョンといっしょに。

コメットさん☆:うふふ…。そうだね。

 コメットさん☆は、そんな会話をラバボーとすると、水平線がくっきりと見える海に、目を凝らした。ケースケはいないだろうか、と思いながら。すると、偶然すぐそばの砂浜を、ケースケがランニングしているのが見えた。コメットさん☆は、ケースケの前側にある階段を急いで降りて、ケースケの前に出た。ラバボーはティンクルスターの中に隠れる。

コメットさん☆:わあ、もう砂が熱い…。ケースケ、おはよ。

 コメットさん☆が声をかけると、ケースケは気付いて立ち止まった。息がさすがに少し上がっている。

ケースケ:あ、はぁ…はぁ…。…なんだ、コメットか…。どうした?。はぁーー。

コメットさん☆:あー、なんだはないと思うな。

ケースケ:ああ、わりい、ちょっと力入れてトレーニングしているんでな。

コメットさん☆:ぬ…濡れタオルあるよ…。

 コメットさん☆は、自分で使うために持ってきたのに、ついそう言ってしまった。しかしケースケは…。

ケースケ:いや、いいよ。暑さでへばるようじゃ、大会では勝てないさ…。

 ケースケはそう言うと、コメットさん☆に手を振り、そばに置いた自分のサーフボードのところに座り込み、ボトルのドリンクを一口飲んだ。

ケースケ:…あれ?、コメット、なんかいつもより顔色よくないな。どうした?。

コメットさん☆:大丈夫だよ。

ケースケ:暑さで貧血か?。

コメットさん☆:…そ、そんなところかな?。

ケースケ:このところ急に暑いからな。気をつけろよ。倒れてもここには救護所ないからな。

コメットさん☆:…うん、ありがと。大丈夫だってば…。

 コメットさん☆は、少しうつむいて、恥ずかしそうな表情を浮かべた。

ケースケ:…このところ、ここも急に人が人が多くなってよ。練習しにくいったら、ありゃしねぇ…。

コメットさん☆:えっ?。だってここは毎年そうじゃない?。それに、みんなが水遊びするところだよ?。しょうがないよ。

ケースケ:確かにそうだけどよ…。なんかこう、しっくりしないんだよな。今年に限って、気が散るって言うか…。

コメットさん☆:そ、そんなのって、ケースケらしくない…。どうしたの?。毎年同じじゃない?。

ケースケ:…コメット。

 ケースケは、忙しさに疲れてか、ちょっとした愚痴を言ったつもりだったのだが、コメットさん☆がいつもよりやや強めの口調で、言い返すので、つい顔をのぞき込んだ。

ケースケ:…コメット、熱でもあるのか?。

コメットさん☆:…そ、そんなのないよ!。今日のケースケ、なんか変…。

ケースケ:へ、変って…。何だよ、コメットこそ変じゃないか?。

コメットさん☆:ケースケのほうが変だよ。だって、ここはみんなの海なのに、人が多くて練習しにくいなんて、ここはケースケだけのものじゃないのに。

ケースケ:そ、そりゃそうだけどよ。暑くなると、すぐに人が増えて、困ったぜって、そういう意味だぜ?。

コメットさん☆:去年までのケースケだったら、そんなこと言わなかった…。なんか、自分のことばっかり…。

ケースケ:……。そうかもな…。

コメットさん☆:ケースケ…。

 コメットさん☆は、一瞬ケースケの言葉に、ドキッとして、いつもと違う感覚を覚えた。その一方で、「自分のことばっかり」という言葉は、自分で自分に言ったかのようにも思えた。しかし、そんな口げんかとすら言えないような「言い合い」をしているうちに、何となく暑さでくらくらする気分になってきてしまった。ずっと立ったままだったのも、よくないのかもしれない。コメットさん☆は、トートバッグから濡れタオルを出すと、顔と首をぬぐった。そうすると少し涼しくて気持ちがいい。

ラバボー:姫さま、大丈夫かボ。今日はケースケ機嫌がよくないボ。

 ラバボーがささやくように、ティンクルスターの中から呼びかける。

コメットさん☆:…わ、私、帰るね…。

ケースケ:あ、お、おい…。大丈夫か?。気分悪いのか?。

コメットさん☆:大丈夫だったら…。

ケースケ:送っていくよ!。

コメットさん☆:いいよ。これから沙也加ママのお店に…、行くから…。

ケースケ:ど…、どうやって?。

コメットさん☆:…電車で…。

ケースケ:じゃあ、駅まで送っていくよ。

コメットさん☆:いいってば…。ケースケは練習を続けて…。それに…、サーフボード持って、そのかっこうじゃ…。

 コメットさん☆は、ケースケの姿をちらりと見て、少し意識したように、また恥ずかしそうにした。ケースケの姿はと言うと、Tシャツに海パン姿。このあたりで違和感のあるかっこうとは言えないが、ケースケがコメットさん☆について、このまま住宅街の真ん中の駅まで来るとなると、それはまた別の話かもしれない。

ケースケ:…そ、そりゃあ…まあ…。

コメットさん☆:ケースケ、いつものケースケに戻って。…じゃあね…。

ケースケ:あ、お、おい…。

 ケースケが自分の姿を見回して、それでもサーフボードを持とうとしたとき、コメットさん☆は、まるで急ぐ理由があるかのように、ささっとそばの階段を上がった。ケースケは追いかけようと思ったが、サーフボードと、このあとのトレーニングをどうしようか、一瞬躊躇しているうちに、コメットさん☆は、階段を上がりきる。それでもケースケは、サーフボードを置いたまま、階段の上まで駆け上がった。しかし、コメットさん☆は、ちょうど変わりそうな信号で、国道の交差点を渡り切り、七里ヶ浜駅のほうへ行ってしまった。交差点の信号は赤になり、ケースケは横断歩道の手前に残された。車が走りはじめる。ケースケはつぶやいた。

ケースケ:…しょうがねぇな…。…まあ、あの足取りなら、大丈夫だろう…。なんだかわからねぇが、今日のコメットは、人が変わったようだったな…。

 ケースケは、サーフボードのところまで戻り、防波堤に立てかけ直すと、家族連れの近くを避け、海に入っていった。その一方、コメットさん☆は、七里ヶ浜駅を通り過ぎ、近くの住宅地の中まで歩いていくと、小さな木陰を見つけ、立ち止まった。玉の汗が流れる。

コメットさん☆:…なんだか、私こそいつもの私じゃないみたい…。ついムキになっちゃった…。

ラバボー:姫さまらしくないボ。ケースケ相手に、あそこまでムキになるような話じゃないボ?。

コメットさん☆:そうだね…。でも、なんだかいつものケースケより、冷たい気がして…。

ラバボー:忙しくて、疲れているんだボ。きっとトレーニングも大変だボ。

コメットさん☆:…うん。

 そしてコメットさん☆は、深呼吸をするとトートバッグに入れてきた時計を見た。

コメットさん☆:だいぶ時間がたっちゃった…。沙也加ママのお店に急いで行こう…。

ラバボー:そうして一休みした方がいいボ。

 コメットさん☆は、バトンを出すと、星のトンネルで沙也加ママさんのお店「HONNO KIMOCHI YA」に向かった。

 ところがケースケというと、まるで練習に気が入らなくなっていた。海に入ってクロールで泳ぎはじめたとたん、人にぶつかりそうになったり、むせて咳が出てしまったりして、いつものケースケらしくない失敗を繰り返した。

ケースケ:…まったくよぉ…。こんなんじゃ、世界選手権どころじゃねぇよ…。

 ケースケはそうひとりごとを言って、海から上がり、さっき防波堤に立てかけた、自分のサーフボードのところに戻ってきた。ボードの陰に置いたボトルのドリンクをまた飲んで、水分を補給すると、一息ついた。

ケースケ:(でも…、もうコメットと、言い合いなんかしているヒマは、ないのかもしれないな…。だいたい今度の国内大会で、優勝できなかったら…。……。いや!、オレはオレの道を行くだけだ。オレは、たとえコメットと言えども、誰かのために、世界一を目指しているわけじゃない!。)

 ケースケは、コメットさん☆に言われた言葉を反芻して、少し弱気になった。しかし、次の瞬間、気持ちを切り替えようと、強気なことを心の中で言ってみた。しかし、それはやっぱり強がりだったのかもしれなかった。

ケースケ:(…ちょっとこのところ、オレ焦っているのかもしれないな…。)

 ケースケは、トレーニングの効果が上がっているのかどうか、今ひとつわからないところに、焦りのようなものを感じていた。それがケースケ自身の言葉を、荒っぽくしているのかもしれなかった。

 

 コメットさん☆が、「HONNO KIMOCHI YA」に着くと、ちょうどお昼近くのせいか、お客さんも少しになってきていた。お客さんがいなくなったのを見計らい、コメットさん☆はラバボーを人の姿にした。

ラバボー:姫さま、ボーをこのかっこうにして、どうするんだボ?。

コメットさん☆:あのね、ちょっと沙也加ママとお話したいから、ラバボーお店番お願い。

ラバボー:えー…、ざ、在庫がどこにあるかとかわからないボ…。

沙也加ママさん:その時は呼んでくれればいいわ。少しの間2階にいるから。

ラバボー:わかりましたボ…。

 沙也加ママさんは、だいたいわかっているかのような態度で、コメットさん☆を2階に連れていった。そしてケースケとの「言い合い」の内容を、おおまかに聞いた。

沙也加ママさん:…そう。珍しいわね、最近は。うふふふふ…。

コメットさん☆:沙也加ママ、なんだかその…、ケースケ冷たいって言うか、自分のことばかりって、つい思っちゃって。どうしてわかってくれないんだろうって。でも、一方で私も、自分のこと押しつけてるみたい…。

沙也加ママさん:そうねぇ…。まあケースケとコメットさん☆は、まったく別の人間だし、男女の考え方の違いもあるから…。その差が完全に埋まるなんてことはないわよ。それはそれで、違いがないと、それも困るでしょ。

コメットさん☆:あはっ…。それはそうだけど…。

沙也加ママさん:ケースケが、「オレはコメットの気持ちをわかりたいから、とりあえず女装してみる。だからおまえは世界一のライフセーバーを目指せ」とか言われても、困るじゃない?。

コメットさん☆:あははは…。それは…、確かに困る…。うふふふ…。

沙也加ママさん:来年はケースケも高校卒業だし、そのあとどうするのかとか、世界選手権に出られるかとか、それでいて今年の夏は始まったばかりで、少しイライラしているんじゃないかしら?。それでつい、トレーニングしているところに、家族連れとかがいると、気が散るなんて言ったんじゃないかな?。

コメットさん☆:なんか、ケースケ人が変わっちゃったみたいだった…。私もいると気が散るのかなぁって…。

沙也加ママさん:うーん、そんなことはないでしょ。コメットさん☆だって、自分で言っているくらいだから、いつものコメットさん☆じゃなかったのかもしれないわね。

コメットさん☆:あ…、うん…。そ、そうかも…。

沙也加ママさん:たまたまケースケはナーバスになっていて、コメットさん☆も今日は少し感じ方が違っていた…。そんなところじゃない?。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、少しうなだれた。

沙也加ママさん:私としては、ケースケが、いつも完全にあなたのほうを向いているわけじゃないっていうのが、今の時点では気になると言えば気になるけど、まあ二十歳そこそこのケースケとしては、あんなものじゃないかしら?。いつもべったりでも、困るでしょ?。うふふふ…。

コメットさん☆:あ、はぁ…。まあ、そう…かな…?。

沙也加ママさん:男女の考え方の違いは、いろいろなことを、言い合ったり、思ったりして埋めようとするもの。それはもどかしいものだけど、完全には埋まりはしない。でも、埋めようとする努力は、決して無駄なことじゃない…。男女と言っても、結局は人と人との信頼関係だものね。信頼し合うためには、必要なこと。…そんなところかなぁ、私のあんまりない経験からして、言えることは…。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、それを聞いて、安心したように、またまぶしそうな目で、沙也加ママさんを見た。

沙也加ママさん:しばらく休んでなさい。ね?、コメットさん☆。今日はあんまり手伝わなくていいから。ここなら気兼ねすることもないでしょ?。お店閉めるときは、いっしょに車で帰りましょ。体が重いと、心も重い。心が重いと、体も重い。人間って不思議よね…。

コメットさん☆:…はい、沙也加ママ…。

 コメットさん☆は、今度はにこっとして答えた。

 

 夜になって、夕食がすむと、みんなお風呂の時間。それぞれの時間を調整しながら、次々とお風呂。ツヨシくんはたいてい景太朗パパさんと。ネネちゃんは沙也加ママさんか、またはコメットさん☆といっしょに入ることが多いのだ。

沙也加ママさん:みんなお風呂に入った?。

ツヨシくん:入ったよー。パパと。

景太朗パパさん:今日はツヨシと一番風呂だったなぁ。

ネネちゃん:私は一人で入ったよ。

沙也加ママさん:よーし、全員入ったわね。コメットさん☆、お風呂にお入りなさい。

コメットさん☆:…は、はい…。

沙也加ママさん:私がさっき入って、アロマオイル入れておいたわ。それにマッサージローションなんかも用意しておいたから。ゆっくり長湯してお入りなさい、ね?。

コメットさん☆:はい…。あ、あの…、アロマオイルって?…、沙也加ママ…。

沙也加ママさん:アロマオイルは、ゆったりとした気分にしてくれる、いい香りがするオイル。お店で売っているじゃない。それでゆっくりあったまるといいわ。マッサージローションで、体をマッサージすると、もやもやした気分も、きっとすっきりして、気分良くなるわよ。それで、最後はシャワーで、回りをざっと流しておけばいいわ。今晩は、きっとぐっすり眠れるわよ。

コメットさん☆:はい。沙也加ママ、ありがとう…。

沙也加ママさん:ふふっ…。相変わらず、コメットさん☆は、遠慮深いのね…。

 沙也加ママさんは、そう言うと、コメットさん☆のことを見て、にこっと笑った。それに応えるかのように、コメットさん☆もまた、にこっと笑った。

 そんなコメットさん☆が、お風呂に入って、ちょうど髪を洗い始める頃、ケースケはアパートの自分の部屋で、ぼーっと考え事をしていた。練習のこととか、将来のことには関係ないことを。

ケースケ:(なんか、オレはコメットが、いっそ男だったらって思ったこともある…。そうすれば、もっと、心の底から語り合えたかなって…。海外の大会に、ライバルとして出るってところまで行かなくても、同じクラブに誘って、いっしょにライフセーバーをやってとか…、そんなことを…。…でも、コメットは、やっぱり女だから…。もしコメットが、ライフガードを目指すとか言い出しても、オレは、それを見ていられないかも…。…やっぱり、コメットはコメット…。誰でもない、オレが知っているようで、知らないことがたくさんある、女の子のコメットじゃないと…。……そろそろ、詳しい話をしないとダメなんだろうな…。)

 ケースケは、そこまで考えると、窓から空を見た。

ケースケ:今日は…、三日月か…。細いな…。中潮ってところか…。

 網戸の向こうに、金色の爪のように光る、三日月が見えた。ケースケは潮時表を取り出すと、明日の潮を見た。海のレジャーでは、潮の満ち引きを知ることは大切なことだ。昼に遊んでいた場所が、夕方近くには背が立たなくなっているということもありうる。しかし、海水浴に来るごく普通の人々全てが、そうした知識を持っているわけではない。だから海の安全を守るライフセイバー・ライフガードたちは、基本中の基本として、気を使うのだ。

ケースケ:(明日は…、満潮7時過ぎ、干潮は13時半近くってところか。…いまさらながら、月の力もたいしたものだよな。地球の海の水を、あんなところから引き寄せるっていうんだからな。)

 ケースケは、もう一度月を見てから、潮時表の日付を追い、この先干潮と満潮の時間がどう変わっていくか見た。海の潮の満ち引きは、毎日同じ時間ということはない。だんだん後ろにずれていく。

ケースケ:この先は小潮から、8月3日が長潮、4日が若潮か…。海水浴向きだな…。

 ケースケは、潮時表の「タイドグラフ」と呼ばれる、潮の干満をグラフにしたものを見てつぶやいた。

 コメットさん☆は、最後にお風呂に入ることになったので、沙也加ママさんの言葉に甘え、さんざん長湯した。ゆっくり髪を洗い、体を洗って、アロマオイルの出すほんのりした香りを楽しみ、いつもよりは、気兼ねすることなくお湯につかる。一人でゆっくり入るお風呂。普段の入浴だったらしないことでも、今日はする時間を持つ。星力を自在にあやつるように見えるコメットさん☆も、こういうときは、ごく普通の女の子なのだ。そうやってゆったりとした気分になってくると、張りつめていた気持ちも、すうっとほぐれる感じがした。

 そうして1時間近くもお風呂に入っていたコメットさん☆は、ややのぼせた感じにすらなっていたが、すっかり落ち着いた気持ちになっていた。お風呂から出て、部屋着を着て沙也加ママさんに言葉をかけ、部屋に戻ると、小さいタオルで髪を拭きながら、ドライヤーとブラシで髪を乾かしつつくせをつけた。そうしながら、しばらく考えていたが、コメットさん☆は、ティンクルホンを手に取り、ケースケに電話をかけることにした。ケースケはそのころ、夕食をすませ、ぼぅっとテレビを見ていた。しかし、電話が鳴り、あわてて受話器を手に取った。

コメットさん☆:あ、もしもし、ケースケ?。

ケースケ:はい、もしもし…。あ、…コメットか。…あ、あの…。

コメットさん☆:ケースケ、あの…。あ、な、何?。

ケースケ:い、いや、その、コメットからでいいよ。

コメットさん☆:…昼間は、その、ごめんね。私…。

 コメットさん☆とケースケは、同時に言葉をかけようとし、ケースケが譲った。しかしコメットさん☆が、謝ろうとすると、ケースケはそれを制するように言った。

ケースケ:いや、謝るのはオレのほうだ…。なんかオレ、ちょっと焦っていたかもしれない…。このところいろいろあってさ。

コメットさん☆:ううん。私のほうだよ…。今日は私ちょっと…、言い過ぎ…。

ケースケ:…ま、まあ、いろいろあるよな、お互い…。でも、オレはもう二十歳だし…。いいわけは出来ねぇよ。…また、その、由比ヶ浜に泳ぎに来いよ。

コメットさん☆:…うん。

 ケースケは、コメットさん☆の言葉を聞いて、自戒するように静かに答えた。コメットさん☆も、少し赤くなりながら答える。

ケースケ:来週も、その先も、オレ監視入るから…。

コメットさん☆:そうだね…。毎日大変だね、ケースケは。

ケースケ:コメットだって、大変だろ?。よく師匠の奥さんの店、手伝ってるじゃんか。

コメットさん☆:ケースケ…。

ケースケ:な、なんだ?。

コメットさん☆:月が…、月が見えるよ。私の部屋の窓から…。

ケースケ:うん?、あ、ああ、オレの部屋の窓からも見える…。

コメットさん☆:細い三日月だね…。

ケースケ:ああ、そうだな…。明日も中潮だろ。

コメットさん☆:中潮?。

ケースケ:そうだ。潮の満ち引きが、大きくもなく小さくもないってことさ…。月って不思議だよな。

コメットさん☆:うん…。そうだね…。

ケースケ:地球にも、そこに生きる生き物にも、大きな影響を及ぼすんだものな…。

コメットさん☆:…そうだね。

 ケースケとコメットさん☆は、それぞれの窓から見える月を、じっと見ながら話をする。月の力は、海の潮にだけ働くのではない。コメットさん☆が操る星力とは違う、大きな「力」を、地球に、生き物に与えるのだ。

 人はいつも、一定の心を持ち続けることなど、出来はしない。体調が悪かったり、複雑な思いを胸に抱えていれば、言葉づかいも、思いやりがないものになったりする。大人になると、だんだんそんな一人一人の事情など、言い訳してはいられないものだし、少しの思いやりの気持ちすら持たないとすれば、人と本当に仲良くなんてなれないのだけれど。

ケースケ:…夏が終わったら、コメットに、大事な話がある…かもしれない…。

コメットさん☆:えっ?、ケースケ?。

 そんなときに、ケースケは思いがけないことを言った。大事な話とは?。コメットさん☆は、あわてて聞き返すが…。

ケースケ:オレもまだ、ちょっと整理できていないんだ。とにかく、夏が終わったら…。な?。

コメットさん☆:う、うん…。わかった。

 そのあと、コメットさん☆は、「おやすみ」と言って、電話を切った。なんだか少しドキドキするような気持ち。

コメットさん☆:(ケースケの言った、「大事な話」って…。)

 コメットさん☆は、両手をほおにあてて、しばらく下を向いていた。しかし、そっと目を上げ、また月を見た。さっきより、少し動いた位置に見える、細い三日月。あんな雰囲気で、「大事な話」などと言われれば、いくら奥手な少女コメットさん☆でも、心は乱れる。長いお風呂で、のぼせ気味になったコメットさん☆。今度はケースケとの会話で、さらにのぼせたような気分。そんな中、階下のツヨシくんは、廊下の窓から、月を見ていた。

ツヨシくん:(星国の月は、ルナ星って言うんだっけ…。コメットさん☆は2年に1回しか、本当の誕生日はないけど…。あのルナ星って星の動きも関係あるのかな?。…学校のプールじゃなくて、コメットさん☆と泳ぎに行きたいなー。)

 ツヨシくんは、本で得た知識で考えていた。理科は得意科目だ。そんなツヨシくんを、ケースケを、コメットさん☆を、照らす月の光は、涼しげな白い光。しかしそれすらも、受ける人それぞれの、あるいはその時の心持ちで、さまざまに変わる…。

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★第264話:白砂の海−−(2006年8月上旬放送・夏休みスペシャル)

コメットさん☆:んーーーー、着いたぁ!。

メテオさん:はぁ…。なんとか今年も予約が取れたわぁ…。

沙也加ママさん:そうねぇ。メテオさん、お疲れさま。

メテオさん:いいえ…。

ネネちゃん:もう泳ごうよ、コメットさん☆、メテオさん。

コメットさん☆:わはっ。ネネちゃん張り切ってる。

メテオさん:いいけど…。どこで?。

沙也加ママさん:とりあえずはホテルの前でしょ?。明日は白浜海岸かな?。

コメットさん☆:白浜海岸?。

 

 8月になって、藤吉家のみんなと、メテオさんは、東伊豆の海にやって来た。今年は西伊豆への旅ではなく、東伊豆・下田の近くにある「白浜海岸」近くに泊まって、海を楽しみ尽くそうというのだ。この旅行の計画は、今年もメテオさんが計画した。

(景太朗パパさん:そう言えば、今年の夏はどうしようか?。)

(沙也加ママさん:この前メテオさんが、お店に来て、「また海に行きますか?」って聞いてくれたわよ。)

(景太朗パパさん:へえ、そうなのかぁ。また今年もメテオさんが、手配してくれるのかなぁ?。なんだか悪いなぁ、いつもそれじゃあ。)

(沙也加ママさん:そうね。今度うちでどこかに行くとき、メテオさんを誘ってみましょ。)

(景太朗パパさん:ママは海外は苦手かい?。)

(沙也加ママさん:苦手っていうこともないけど…。やっぱり国内の、そんなに遠くないところがいいかなぁ…。ツヨシやネネ、それにコメットさん☆のことを考えると…。気楽な方がいいわ。)

(景太朗パパさん:ああ、そうか。そうだね、コメットさん☆は海外旅行は…。そりゃそうだ。…ぼくは、たまには、夏の山もいいとは思うんだけどね…。)

(沙也加ママさん:えー、私上り坂きらいだもの…。)

(景太朗パパさん:あははは、ママ、そんなことを言っていると、健康に良くないぞ。それに、この鎌倉は坂だらけじゃないか。)

(沙也加ママさん:それはそうだけど…。でも…、いつもとは違う海のほうが、みんな喜ぶんじゃないかしら?。高原に行ったり、信州はほかの季節に行けるでしょ?。)

(景太朗パパさん:まあね。そう言われると弱いなぁ。あははは…。ぼくも海は大好きだし。)

(沙也加ママさん:うふふふふ…。)

 一週間ほど前、景太朗パパさんと沙也加ママさんは、朝出かける前に、そんな会話をしていた。今や夏は本番。毎日が暑さとの闘いのようなものである。今年も暑い夏になるだろう、などと、天気予報も言っていた。

(メテオさん:なんですってぇー!。どこも満員ってどういうことよ!ったら、どういうことよ!。)

(ムーク:そりゃあ、夏の一番混雑する時期ですからー。今頃から手配しようとしても、かなり難しいかと。毎年のことじゃないですか。)

(メテオさん:そ、そんなこと言ったってー。いろいろあるったら、いろいろあるのよー、私にはぁー!。)

(ムーク:いろいろって言われてもね…。デートとか、デートとか、はたまたデートとかですか?。)

(メテオさん:…メト、おもちゃにしていいわよ…。)

(メト:にゃーん。)

(ムーク:のわーーーー!。わかりました。わかりましたってば…。姫さま、旅行会社に電話するよりは、前のように、片端からホテルに直接あたったほうがいいのでは?。)

(メテオさん:…ムーク、そういうことは早く言ってよ!。)

(ムーク:そういうことは早くって…、姫さまが自分でおととし言っていて、何で今年はそうしないのかと私は思って…。)

(メテオさん:あ、もしもし、宿泊のよや…、満室ぅ?。もう…!。)

(ムーク:…もう、さっそく電話ですか…。まあ、決まったら私は、また星国の妻子の元に、里帰りさせてもらいますねー。)

 …そんなメテオさんの努力で、ようやくなんとか取れた予約は、東伊豆のキャンセルが出たホテルだったのだ。伊勢・志摩、柏崎、渥美半島など、いろいろ当たったのだが、なかなかまとまって空いているところは無い。何事も早めに、ということなのだろうか。

 コメットさん☆とメテオさん、それにネネちゃんとツヨシくん、人の姿になったラバボーとラバピョン、景太朗パパさんと沙也加ママさんの8人は、今年も4つの部屋に別れて泊まる。

 ホテルは海に面して、羽を広げた鳥のような形。フロントでチェックインをすませようとしたが、時刻はまだ2時過ぎ、チェックインタイムの午後3時にはなっていなかったので、景太朗パパさんと沙也加ママさんは荷物を預け、ラウンジでゆっくりとお茶を飲むことにした。コメットさん☆たちは、景太朗パパさんと沙也加ママさんに一言声をかけてから、ホテルのロビーから海に向かって伸びる通路を通って、目の前の海に向かって歩いて行ってみる。

ネネちゃん:ねえ、早く泳ご。

ツヨシくん:そうだよ。時間なくなっちゃうよ?。

メテオさん:まだお部屋に入れなくてよ?。

コメットさん☆:そうだね。着替えが困るかも…。

ラバピョン:それに荷物預けちゃったのピョン。

ラバボー:時間になるまで海を見ているしかないボ。なんだか砂が白っぽいボ?。

ネネちゃん:あ、そうか…。じゃあしょうがないね。

ツヨシくん:よーし、何か見つけよう!。

メテオさん:おこちゃまは元気ねぇ…。気持ちの悪いもの見つけないでよ。

コメットさん☆:大丈夫だよ、メテオさん。

メテオさん:なまことか、ウミヘビとか。

ラバボー:たぶんそんなのいないボ。

ツヨシくん:見たことないよ?。

メテオさん:ならいいけど…。あ、フナムシもやめてったら、やめてよ!。

 みんなは、通路を降りて行きながら、好き勝手にしゃべる。見た目よりホテルは高さがあり、思ったより長い階段を降りないと、砂浜にはたどり着けないが、海岸まで降りてみれば、そこは白っぽい砂と青い海の水のコントラストが鮮やかだ。

メテオさん:潮の香りがするわ…。それにしても、ずいぶん下のなのね。

コメットさん☆:んー、ほんとだ…。潮の香り…。海の色が、きれいだね。それに、砂が真っ白…。

ツヨシくん:鎌倉より、ずっときれいかなぁ?。砂はきれいだね。

ネネちゃん:どうかなぁ。…あのぼこぼこしたのって、岩かな?。

コメットさん☆:そうだね、岩だね。

ラバボー:少し波があるボ…。

ラバピョン:ラバボー、結局長い距離泳げるようになったのピョ?。

ラバボー:…す、少しは…。

ラバピョン:じゃあ、私といっしょに泳ぐのピョン。…スイミングスクールでは、いつもいっしょに泳いでいたけど。

ラバボー:ラバピョーン、そうするボ!。

メテオさん:やれやれ…、始まった、始まったわ。

ツヨシくん:仲いいね。

ネネちゃん:ほんと、仲いいね。いっしょに泳ぐって…。結局いつもいっしょだし…。

ツヨシくん:コメットさん☆、いっしょに泳ごうね。

コメットさん☆:うん…。そうしようか…。

ネネちゃん:…はあ、こっちでも始まったかも…。

メテオさん:ま、…やらせておきなさいよ。

ネネちゃん:うん…。

 ぼそっと言うメテオさんの顔を見上げて、ネネちゃんは力無く答えた。コメットさん☆とツヨシくん、ラバボー、ラバピョンは、砂浜近くに設けられた、小さなウッドデッキのベンチに腰掛けた。メテオさんはネネちゃんを連れて、デジタルカメラで写真を撮りに、波打ち際まで行ってしまった。

ツヨシくん:なんかうちのウッドデッキみたいだ。

コメットさん☆:あはは…、そうだね。

ツヨシくん:今は何時かな?…。ああ、まだ2時半か…。ラバボー、貝殻拾いに行こう。

ラバボー:えっ、貝殻ぁ?。何にするんだボ?。

ツヨシくん:うちの近くより、きれいな貝殻採れるかもしれないからさぁ。

ラバボー:わかったボ。それなら…、その岩場の近くまで探しながら行ってみるボ。

 ラバボーは、ホテルの右脇にある、海に突き出した岩場を指さした。人の姿をしたラバボーは、まるでツヨシくんの同級生のように見える。

コメットさん☆:気をつけてね、二人とも。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆も行く?。

コメットさん☆:私は…、ラバピョンとおしゃべりするから、あとで行くね。

ツヨシくん:わかったー。ラバボー、行こ。

ラバボー:わかったボ。

 ウッドデッキから、何段かの階段を駆けおり、ツヨシくんと人の姿をしたラバボーの二人は、岩場へ駆けていった。それを目で追うコメットさん☆とラバピョン。ラバピョンは、コメットさん☆がわざわざ「おしゃべりする」というのが、少し不思議に思えたので、コメットさん☆のほうを振り返った。

コメットさん☆:あー、いいなぁ。旅行って…。…あのね、ラバピョン。

ラバピョン:なんなのピョン?、姫さま。

 コメットさん☆は、両手を空に向かって伸ばすと、その手を下ろしながらちらりとラバピョンを見て、小さい声になって言った。

コメットさん☆:あー、その…、この前、ケースケに…、「夏が終わったら、大事な話がある」って言われちゃった。

ラバピョン:大事な話…ピョ?。

コメットさん☆:うん…。大事な話って…、ど、どんなことかな?。

 コメットさん☆は、少しドキドキしながら聞く。

ラバピョン:……。

 ラバピョンは、少しの間考え込むように黙って海を見た。海には静かな波が、間断なくやって来ている。

コメットさん☆:…私、わからなくて…。

 コメットさん☆は、照れ隠しのように重ねて言った。

ラバピョン:…姫さまと、そのケースケって言う男の子は、互いに好きなのピョン?。だったら……、告白かもしれないし…。違う何かかもしれないのピョン。

コメットさん☆:えっ…、こ…、こ…。

 コメットさん☆は、気恥ずかしくなって、下を向いた。

コメットさん☆:…で、でも、ケースケ、…その…、あらためて告白…なんて…、してくれるかな?。

ラバピョン:だって、前にしていたのピョン?。

コメットさん☆:…そ、それは…、ずっと前のことだし…。

ラバピョン:ケースケっていう人も、もう二十歳過ぎなのピョン。それで姫さまに告白するのと、前に「好き」って言ったのは、また違うのピョン。

コメットさん☆:…そ、そうなのかな?。

 コメットさん☆は、びっくりしてラバピョンの横顔を見た。ラバピョンは、人の姿ではコメットさん☆の妹のように見えるけれど、ずっと大人の表情。

ラバピョン:でも、そうじゃなくて…、何か未来につながる大事なことを言いたいのかもしれないのピョン。

コメットさん☆:未来につながる大事なこと…?。

ラバピョン:そう…。もしかすると…。

 ラバピョンは、いっそう真剣な表情になった。紅潮していたコメットさん☆は、その意外な表情を見て、少し緊張した。

コメットさん☆:もしかすると…?。

ラバピョン:…それは姫さま自身が確かめたほうがいいのピョン。ここでああじゃないか、こうじゃないかと考えていても、始まらないのピョン。

コメットさん☆:…、ラバピョン…。…そっか…、…そうだね。あはっ…。私、なんだろ。なんか、急に心配しちゃった…。あはは…。

 コメットさん☆は、また照れ隠しのように笑った。しかし、その表情には、どこか無理があるようでもあった。ラバピョンは、それを見て少し微笑んだが、本当のところ、笑っていいのかどうかわからない気持ちでいた。

コメットさん☆:私たちも、砂浜に降りてみようよ、ラバピョン。

ラバピョン:そうするのピョン!。

ツヨシくん:コメットさーん☆、砂がきれいだよー!。

ラバボー:姫さまぁ、こっちこっちー。

コメットさん☆:今行くー。

 

 3時になって、チェックインをすませても、まだ日は照りつけていた。夏の日は長い。やや傾いたとは言っても、砂浜を白く輝かせる。「部屋で一休みするから、みんなで危なくないように、前の浜で泳いでおいで」と、景太朗パパさんから言われた6人は、さっそく水着に着替えて、浜へ飛びだした。コメットさん☆は、去年前島さんからもらった水着ではなく、今日のところは前と同じ、沙也加ママさんに買ってもらったオフホワイトにピンクの大きな花をあしらった水着。メテオさんは、おとなしめな濃いめのブルーに小花柄のワンピース。ネネちゃんは負けじと赤い花柄のスカート付きセパレーツ。ラバピョンは今年は新しく黒をベースに無数のハートを、色々な色であしらったワンピース。みんな女の子たちは、白い砂に映えるきれいな水着を着て、いっしょに体操をしている。ツヨシくんは、ラバボーといっしょに、少しばかり離れたところで体操を始めた。なぜか、少し恥ずかしいような気持ち。女の子達のキラキラするような水着姿を見て、その輪の中には、入って行きづらい気になる。今夏、初めて泳ぐわけでもないし、ラバピョンやメテオさんはともかく、コメットさん☆や、ましてや妹のネネちゃんの水着姿など、見慣れているはずなのに…。

ツヨシくん:はぁ…、なんだか、男ってさ、つまらないよね、ラバボー。

ラバボー:何がだボ?。

ツヨシくん:コメットさん☆たちは、あんなにカラフルな水着だよ?。それに引き替えぼくたちはさ…。

ラバボー:…でも、ネネちゃんに水着借りるわけにもいかないボ?。

 ラバボーは、にやっと笑って言った。

ツヨシくん:そういうんじゃなくてさ…。そんなの絶対イヤだけどさ…。ただの柄のトランクスみたいなのじゃ…。

ラバボー:確かに、男の水着って、オリンピック選手みたいなの以外は、単純だボ。

ツヨシくん:いろんな形のって、無いしさぁ…。

 ツヨシくんは、そうぼやきながらも、手足の先を振ったり、ストレッチしたりと、体操をする。

ラバボー:仕方がないボ…。男女の違いってやつだボ。

ツヨシくん:そうなのかなぁ…。

 ツヨシくんは、男の子である自分と、数メートル離れたところで同じように体操をしている女の子たちは、どうしてこうも違うのだろうと思った。手を振りながら、首を回しながら。今までそんなことを、意識したことはあまりない。だが、最近時々そんなような思いがする。そんなツヨシくんではあるが、コメットさん☆に対する想いも、その「違い」から発せられるものであると気づくには、またもう少し時間が必要なのだった。ツヨシくんは、どう考えていいかわからないような思いを胸に、体操を終えると、ざぶざぶと水の中に入っていった。

メテオさん:また日焼けしちゃうわったら、日焼けしちゃうわ。日焼け止め塗らないと!。

ネネちゃん:あ、メテオさんは、日焼け止めしてる…。

 メテオさんは、ホテルが立てたパラソルの下、砂浜に敷いたグランドシートの上で、日焼け止めクリームを手に取り、肩のあたりや、首、手足に塗っていた。それを見たネネちゃんが、様子をじっと見て聞く。水辺では、ラバピョンとコメットさん☆のはしゃぐ声が聞こえる。自分も早くいっしょに遊びたいのに、ふとメテオさんの様子が気になってしまったのだ。

メテオさん:毎年してるわよったら、してるわよ?。

ネネちゃん:私…してない…。

メテオさん:そうね、だんだん考えてもいいかもしれないわよ。紫外線は美容の敵。背中の真ん中塗ってくれる?。

ネネちゃん:うん。いいよ。

 ネネちゃんは、沙也加ママさんと声のトーンや言い方が違うのに、なぜかメテオさんに「ママ」を感じてしまった。そんなことを口にしようものなら、メテオさんに何を言われるかわからないが、ネネちゃんには、不思議とそう思えたのだ。

ネネちゃん:コメットさん☆は、日焼けしないよ?。

メテオさん:私はするのよったら、するんだってばぁ。…少しだけど…。

ネネちゃん:星ビトでも、少しずつ違うんだね。

ツヨシくん:みんな同じだったら、つまらないじゃん…。

ラバボー:そこで話に混じるのかボ?、ツヨシくん…。

 まだ水に入らないでいる、メテオさんとネネちゃんを誘いに来たツヨシくんがささやく。コメットさん☆とラバピョンもまた、そんな4人のところに、水辺から戻ってきた。

コメットさん☆:何の話かな?。

メテオさん:あなたと違って、私は日焼けするから、日焼け止めを塗っているだけよ。みんな突っ立って、どうしたのよ?。

ツヨシくん:別にどうってわけじゃないけど、なかなかメテオさんとネネが来ないからさ。どうしたのかなって思って。

ネネちゃん:メテオさんの背中に、日焼け止め塗ってあげたんだよ。

ツヨシくん:ふーん。

 ネネちゃんは、まるでお姉さんのように、静かな声でツヨシくんに言う。このごろ時々そういうことがある。ツヨシくんは、いつものネネちゃんとは違う物言いに、違和感を覚えるだけだ。ふとみんな黙りこくったとき、しゃがんで足元の砂を手に取っていたラバピョンが、唐突に言った。それは、ラバピョンの配慮であったか、そうでなかったか…。

ラバピョン:姫さま、ここは砂が白いピョン。

コメットさん☆:あ、そうだね。理由知ってるよ。砂が何から出来ているかで違うんだって。

ラバピョン:砂は砂なのピョン?。

メテオさん:そうよ。砂は砂でしょ?。石が小さな粒になったものじゃないの?。

コメットさん☆:そうなんだけど、粒になる前がどんなものだったかで違うの。

ラバピョン:粒ピョ?。

コメットさん☆:石灰岩なんかの白っぽいものが、壊れて砂になると、白い砂。火山の噴火で出来た岩が、壊れて砂になると黒っぽいの。珊瑚礁のあたりは、珊瑚のかけらが砂になるから、やっぱり白いんだって。

ツヨシくん:おおー、コメットさん☆、すげー。

ラバボー:姫さま、本で読んだのかボ?。それとも、景太朗パパさん?。

コメットさん☆:あ…、えーと、ケースケに、前聞いた…。

ツヨシくん:えっ…、ケースケ兄ちゃんか…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆が、ケースケから聞いたことだと言うので、少し心の中でもやもやとしたものを感じた。その理由はまだ、ツヨシくんの言葉として、言いようのないものなのだったが…。

コメットさん☆:ね、みんな、早く泳ご。そうしないと、夕方になっちゃうよ。

ラバボー:そうだボ。夕焼け空になると、だんだん涼しくなるボ。

メテオさん:そうね。せっかくだから、行きましょ、ネネちゃん。

ネネちゃん:うん。それーーーー!。

 みんなは、白い砂の中に、ところどころ黒い岩が顔を出す海へと、駆け出して行った。

 

 翌日になって、朝食を終えたみんなは、昼食までの間、8人で市内の観光に出かけることにした。伊豆・下田に、観光スポットはたくさんあるが、海に関係するファミリー向けのとなると、海中水族館がよさそうである。そこで、ホテルの前からバスに乗り、わいわいと海中水族館まで出かけた。

コメットさん☆:わあ、カメがいるよ。ウミガメビトさん。

ツヨシくん:ウミガメビト?。

コメットさん☆:うん。荒れた海だった星国の海で、海の底まで案内してくれる星ビトだよ。

ネネちゃん:ふぅーん。面白いねー。見てみたーい。…でも、これはただのウミガメだよ?。

コメットさん☆:あははっ、そうだよね。

メテオさん:コメットは、何言っているんだか。

 水族館の入口には、浅いプールがあって、ウミガメが飼育されている。さわってみることは出来ないが、すいすいと、ヒレを使って泳ぐさまは、なんとものんびりしている。それを見たコメットさん☆は、思わず脳天気なことを言う。メテオさんは、それを聞いてあきれ顔。

 入場券を買って、桟橋が続くような通路を行く。水族館全体が、海の入江の上にあるようなところなので、通路は海の上に浮いていて、少し揺れる。その先には大水槽を擁する船のような建物が浮かんでおり、回りでは、イルカが時折思いもよらないところからはね出て、水しぶきを上げる。今度はイルカたちのお出迎えだ。

ラバピョン:わっ、イルカって突然跳ぶのピョン?。

ラバボー:そうだボ。息継ぎするんだボ。

景太朗パパさん:ラバボーくん、よく知っているな。ラバピョンちゃんと江ノ島の水族館ででも覚えたかな?。

ラバボー:は…、はいですボ。

 ラバボーは、気恥ずかしそうに答える。コメットさん☆とネネちゃんは、顔を見合わせてにこっとする。

沙也加ママさん:わー、かわいいわね。よく人になれている…。きれいな体ね。この下はかなり浅いのかしら?。

 沙也加ママさんは、プールのように、浅瀬を利用した水族館の磯を指さして言った。

景太朗パパさん:あまり深くはないだろうね。よく訓練されていて、人がいると、寄って来るんだな。イルカは頭がいいからね。

コメットさん☆:わっ、イルカさん、潜っても、すぐそばから出てこないね。

ツヨシくん:コメットさん☆、どういうこと?。

コメットさん☆:えーと、ほら。今潜ったよね。すると…、あっ、あんな遠くでジャンプ。

ツヨシくん:ほんとだー!。泳ぐの速い…。

 イルカは潜ったと思うと、予想よりずっと先のところで水しぶきを上げる。浮いている通路の下を通り、小さな入江のずっと奥に顔を出したりするのだ。上から見ていても、まったくどこを泳いでいるか、気付かない。入江全体が、イルカのプールなのだ。

沙也加ママさん:あら、イルカのショーが始まるわよ。そのあとはアシカのショーも。早く行かないと。

 沙也加ママさんは、入場するときにもらったパンフレットを見て言った。朝のショーを逃すと、お昼過ぎまで無いのだ。

景太朗パパさん:おっ、そうか…。みんな急ごう。

コメットさん☆:はーい!。

ツヨシくん:ほーい。

メテオさん:はぁい…。ショーねぇ…。

 なんとなくメテオさんは、つまらなそうな顔をした。それでもみんなについて、奥側の地上に作られたマリンスタジアムという、ショーを見学できるスペースに向かった。

 

 ショーは思ったより迫力があり、見学している客にすら、水がかかりそうなくらい活発だった。最初はつまらなそうな顔をしていたメテオさんすら、どんどん引き込まれるイルカやアシカの動き。見ている人々もほぼ満員で、あとから来た人は、あきらめて他の展示を見に行ってしまうほど。そんなショーの数々に、みんな拍手を送ったり、大笑いをしたり…。楽しいショータイムである。

 みんな大興奮で、ショーを見終わると、続いてラッコを見、そしてやたらとウツボやエイが泳ぐ大水槽や、ペンギンを見て、楽しい時間を過ごした。水族館内のスーベニア・ショップには、色々なおみやげを売っている。ネネちゃんは、何となくカクレクマノミのぬいぐるみを買い、沙也加ママさんにあきれられ、景太朗パパさんもループタイを買って、ツヨシくんは貝殻を集めたセットを買った。ツヨシくんは、またシェルランプ作りに挑戦しようとしているらしい。メテオさんとコメットさん☆は、ちょっとした装飾品のおみやげを買った。それらは、それぞれの興味が出ているものだ。沙也加ママさんは、当地もののお菓子を選んだ。

 水族館をあとにしたみんなは、町中でおいしい地魚料理を食べると、一度ホテルに帰った。そして一休みすると、ホテルを出て、近くの白浜海水浴場に行った。ここは伊豆でもかなり有名な海水浴場なのだ。

景太朗パパさん:よーし。どうだい?、みんな、いい景色だろ?。

 どことなく、湘南の雰囲気が漂う国道沿いから、砂浜を見渡せるところに来ると、景太朗パパさんは、ほかのみんなを振り返り尋ねた。

沙也加ママさん:そうね。青い海と白い砂。まるで南の島みたい。メテオさん、とってもきれいね。いいわ、ここ。

メテオさん:あ、…ありがとう…ございます…。なんだか照れますわ…。

コメットさん☆:ほんと、白い砂がきれい…。このあたりみんな白い砂なのかな?。

景太朗パパさん:知っている限りでは、必ずしもそうじゃないようだよ。下田から南伊豆側になると、普通の砂になるみたいだし…。西伊豆も砂は黒っぽかったろ?。

ツヨシくん:うん。砂はうちの近くとおんなじだったよね、西伊豆は。

コメットさん☆:そうだったね…。毎年いろいろな海で遊べるなんて…いいなぁ…。

ネネちゃん:…コメットさん☆が来てからだよ、海で遊ぶようになったのは…。それまでは、泳げなかったし、危ないからって…、パパとママが。

コメットさん☆:そうなんだ…。私がお世話になるようになったのは、ツヨシくんとネネちゃんが4歳の時だもんね…。もうだいぶたつなぁ…。

 コメットさん☆は、遠くの水平線を眺めながら、目を細めるようにして言った。少しの間、地球に住まうことになってからの5年間を思い起こしてみた。

ラバボー:ラバピョンといっしょに海で遊ぶようになってからも、もう5年だボ。

ラバピョン:アハハハハ…、当たり前なのピョン。ラバボーは、姫さまについて地球に来たのピョ?。だったら姫さまと同じだけ地球にいたことになるのピョン。

ラバボー:そ、それはそうだけど、長いような短いようなだボ。

 ラバボーとラバピョンは、楽しそうに、しかし少し感慨深げに笑った。

 

ラバピョン:いち、に…。

ネネちゃん:さん、し。

コメットさん☆:ご、ろく…。

ツヨシくん:しち、はち。

 海の家に入って着替えたあと、パラソルを立ててもらい、その前でメテオさんの「号令」のもと、体操を始めたみんなだったが、真夏の太陽が容赦なく照りつけ、足の裏は、熱せられた砂でとても熱い。メテオさんは、今日初めてセパレーツの水着を着ている。昨日のシンプル・シックなものとは一転、赤いチェックのビキニスタイルで、各所にフリルがあしらわれている。さっきまではパレオもつけていたのだが、水に入ることを考えてか、今は外している。

ネネちゃん:わあ、メテオさん、大人っぽい水着ー。いいなぁー。セパレーツだぁ。

メテオさん:どう?。まあこんなものよったら、こんなものよ。…って、ネネちゃんだって、セパレーツじゃないの。

ネネちゃん:えー、だってそんなにおなか出してないもん。

 ネネちゃんのセパレーツのトップスは、短めのタンクトップのような形。それにオーバースカートが付いて、いわゆる「タンキニ」なのだ。

メテオさん:お…、おなかって…。せめて背中と言いなさいよ、背中と!。

 コメットさん☆は、そんな言葉に、思わずにこっと笑った。

ラバボー:…こんなものよって言われてもだボ…。それに、背中もおなかも出していることには違いないボ…。

 ラバボーが、何と答えていいか、困惑したように言う。

ラバピョン:ステキなのピョン。メテオさま。おうちの人に買ってもらうのピョ?。

メテオさん:そうね。これは通販っていうわけには行かないわ。

コメットさん☆:…メテオさん、かわいいね…。

 コメットさん☆は、そう言ってはみたものの、メテオさんのセパレーツ水着より、そのプロポーションに見入ってしまった。つい、自分の体と比べてしまう。前は、メテオさんの体つきなんて、そんなに気にしたことはなかったのに…。星ビトとして、成長がゆっくりなのは、特に違わないはずなのに…。

メテオさん:そう?。ありがと…。でも…、最初に瞬さまに見せたかったわ…。

 だがメテオさんは、少し小さめな声で、そんなことも言う。

ネネちゃん:メテオさん…。

 ネネちゃんもコメットさん☆も、思い切った水着を着て、堂々としているイメージのメテオさんなのに、心のすみでは、そんな思いを抱えていることに、なんと答えていいかわからない気持ちになった。

メテオさん:はい、次。アキレス腱伸ばし!。いち、に、さん、し…。

 しかしメテオさんは、次の瞬間には、まるで体育の先生のように、しっかりと号令をかけるのだった。

ラバボー:ごー、ろくー、しちー…。いったい、いつまでやるんだボ。もうアキレス腱なら、3回くらい伸ばしているボ…。

 みんな泳ぐ前に疲れそうだ。

沙也加ママさん:メテオさん、もういいんじゃなーいー?。

景太朗パパさん:メテオさんも熱心だなぁ。あははは…。

 ずいぶん長い時間、体操をやっているメテオさんをはじめとする6人を見て、沙也加ママさんと景太朗パパさんが声をかけた。沙也加ママさんは、パラソルの下で、日焼け止めを塗っている。

メテオさん:はっ?、あ、そ、そうだわ。…じゃあ、みんな泳ぐわよ!。

ツヨシくん:いぇーい!。やりぃ。

ネネちゃん:わあい、海、海ー。

コメットさん☆:さ、ラバピョンもラバボーも行こう。

ラバボー:ラバピョン、ボーと泳ぐボ。

ラバピョン:メテオさま、何か考え事でもあったのピョン?。延々と体操して…。

 6人は次々に、海に入っていく。

コメットさん☆:あはっ…、水が冷たくて気持ちいいね。

 コメットさん☆は、ひざのあたりまで水に入ると、両手を水につけ、そっと水をすくって、すっかり日の光で熱くなった肩や胸にかけた。まねしてツヨシくんやネネちゃんも同じようにしてみる。学校では、プールに入る前、体を水に慣らすため、プールのふちのところで必ずやるよう、先生に言われることだ。ラバボーと、ラバピョンは、二人手をつなぎながら、腰のあたりまで水につかり、そっとそのまま肩までつかってみる。

ラバピョン:きゃはっ、少し水冷たいのピョン。

ラバボー:全然平気だボー。外は暑いボ?。ほらー!。

 ラバボーは、ラバピョンに水をかける。ラバピョンは、つないでいた手を離し、ざばざばと逃げる。

ラバピョン:きゃっ、やめてなのピョン。

ラバボー:ほらほらー。へへへ…。

 ラバピョンはそう言いながらも、くすくす笑っている。それを見てメテオさんは…。

メテオさん:もうっ!。いつもながら見せつけてくれちゃってるじゃないっ!。このーーーー!。

 水につかるとすぐに、ラバボーのじゃまをしに、泳ぎだした。

ツヨシくん:なんか、水がきれいに見えるね。

コメットさん☆:わはっ!。ほんとだね。下の砂も白いよ!。

ネネちゃん:砂が白い分、水が透明っぽく見えるんじゃないのかなぁ?。

ツヨシくん:そうかな?。足が見える…。…じゃ、足のところから水の上が見えるか、ネネ調べてきて!。

 ツヨシくんは、ネネちゃんの足につかみかかった。ネネちゃんはたまらずに転げるように水に沈む。

ネネちゃん:あっ、わっ…。ぶくぶく…。…ぷはっ、もう!、ツヨシくんったらぁ!。びっくりするじゃない。しかえしぃ!。自分で調べろぉ!。

ツヨシくん:ああー、がぼがぼ…。

 ネネちゃんは水から起きあがると、ツヨシくんの手を引いて、ひき倒した。ツヨシくんは、とっさにコメットさん☆の手をつかむ。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん…。

 ばしゃっ!。コメットさん☆も音をたてて、水を頭からかぶる。

コメットさん☆:あははは…。もうみんなびしょびしょだね。ゆっくり泳ご。ふざけすぎると危ないよ。

ツヨシくん:うん。そうだね!。コメットさん☆。

ネネちゃん:いつもだけど、兄のツヨシくんは、コメットさん☆のいいなりですね…。

 ネネちゃんは、両手を広げて首を振り、あきれたように言った。

 そんなみんなの様子を、遠くから見ながら、沙也加ママさんは言った。ようやく日焼け止めは塗り終えたが、すぐに水に入れば、落ちてしまうので、しばらく肌になじませようかと、まだパラソルの下だ。

沙也加ママさん:…みんな、気が付いてみれば、それなりに成長したわね。ふふふ…。

景太朗パパさん:…そうだなぁ。ツヨシもネネも、もう4年生だもんなぁ…。体もしっかりしてきた…。

沙也加ママさん:ネネは「しっかり」ってわけでもないでしょ?。パパったら。

 沙也加ママさんはにこっと笑って答える。

景太朗パパさん:あー、おほん。…まあ、そうだけどさ…。その…、父親としては、気にならないでもないな…。

沙也加ママさん:そうね…。そろそろ大人へのステップかなぁ…。確実にコメットさん☆のあとを追っている感じね…。

景太朗パパさん:うーん、そうなんだろうなぁ…。

沙也加ママさん:コメットさん☆も、メテオさんも、少し大人びて来て…。

景太朗パパさん:よーし、ママ、久しぶりに真面目に泳ごうか!。

 景太朗パパさんは、話が少々微妙なところに近づいたと思ったのか、あえて大きい声を出しながら、話をそらすように言った。

沙也加ママさん:なあに?、パパったら、何よその真面目にって。うふふふふ…。

景太朗パパさん:…だ、だってさ、最近ママといっしょに泳ぐなんてことも、していないなぁ…、なんて思ってさ。

沙也加ママさん:寂しい?。ふふふふ…。夏はお店も忙しいし…。でも、毎年旅行に来れば、泳いでいるじゃない?。

景太朗パパさん:まあそうだね…。しょっちゅう海に行っていた学生時代や、20代のようにはいかないってことかな…。

沙也加ママさん:そうね。ふふふっ…。じゃあ、今日は前のように?…。

景太朗パパさん:ママ、お手をどうぞ。

沙也加ママさん:まあ。ふふふふふ…。

 景太朗パパさんは、そう言いながら、沙也加ママさんに手をさしのべた。その手をしっかり沙也加ママさんが握ると、二人は立ち上がり、まるで学生のカップルのように、手をつないだまま、やや勾配がきつめで、一段低くなった砂浜を、水に向かって歩き出した。強い日の光が、少しばかり傾いて、そんなみんなを照らしている。景太朗パパさんと沙也加ママさんは、わずかな間、出会った頃の二人を思い出していた。

 

コメットさん☆:はあ…、まぶしいけど…、空が青いよ…。

 コメットさん☆は、ひとあたり泳いで、みんな少し休憩する頃、ツヨシくんが持ってきた平らなフロートの上にいた。そっと両手を広げて、真上を向いて水に浮かぶ。フロートは波にまかせられるようにふわふわと揺れながら、ゆっくりと水の上で動く。ツヨシくんは、コメットさん☆がのっているフロートを、胸まで水につかりながら、潮の流れにあらがうように、ゆっくり押したり引いたりする。コメットさん☆は、手で日の光を遮りながら、青い空を眺め、丸く飛ぶトンビに目をやったりする。ツヨシくんは、水平線を、なんとなく眺める。メテオさんは、体操のしすぎで逆に疲れたのか、少し足がつりそうになったので、パラソルのところに戻って休んでいた。ネネちゃんはラバボーとラバピョンといっしょに、ビーチボールで遊ぶ。砂だらけになりながら…。ツヨシくんは、思い出したように空を見上げ、そして答えた。

ツヨシくん:そうだね…。コメットさん☆。あっちのほうは、濃い青色だよ。

 ツヨシくんはそう言って、日の光と反対のほうを指さした。

コメットさん☆:ほんとだ…。抜けるような青空って、あんな感じだよね…。

 コメットさん☆はフロートの上に、足を伸ばして横になっている。色白な肌に、オフホワイトとピンクの花柄水着は、半透明なフロートと、そのまわりの水によく映える。ツヨシくんはふと、コメットさん☆の体を見た。いつも見慣れたコメットさん☆。しかし、ぴったりした水着に包まれたコメットさん☆の体は、ほっそりと頼りなげだが、ツヨシくんにとっては、きれいで美しく、誰よりも大事でかわいいと思う、コメットさん☆そのもの…。ツヨシくんは、ドキッとして、そして恥ずかしいような、胸が溶けてしまうかのような、やわらかな気持ちになった。それはツヨシくんにとって、初めて感じるような感覚でもあった。

コメットさん☆:…どうしたの?、ツヨシくん。

ツヨシくん:えっ、あっ、なんでもないよ。コメットさん☆、もっと引っ張ってあげるね。

 コメットさん☆も、不思議な感覚を覚えて、ツヨシくんの顔を見て聞いた。実は、ツヨシくんから、はっきりわかる「恋力」を感じたのだ。それもほんわかと心に響き、じーんと体に響いているような、いつもと少し違った恋力を。ツヨシくんは、それをうち消すかのように、コメットさん☆をのせたフロートをぐいぐいと引いて、水の中を歩き出した。コメットさん☆は、波とツヨシくんの手の力で、さっきより揺れるフロートの上で、また空を見た…。

 そのころメテオさんは、沙也加ママさんと話をしていた。景太朗パパさんは、防水のデジタルカメラを手に、ネネちゃんやラバボー、ラバピョンのところに行っていた。

メテオさん:わたくし、家の幸治郎お父様と、留子お母様には言えないことが…、たくさん…。

沙也加ママさん:そう…。じゃあ、私でよければ話してみてくれる?。私にも言えないことは、無理に言わなくてもいいから。

メテオさん:はい…。あの…、瞬さまのことで…。

沙也加ママさん:イマシュンね。いいなぁ、恋人なんだもんね…。私も大好きだったのにー。

メテオさん:…あ、あの…。

沙也加ママさん:…ごめんなさいね、メテオさん。冗談よ。…それで、瞬さんがどうしたの?。

メテオさん:なんだかこのところ、前にも増して忙しいらしくて、なかなか会えなくて…。心配ですわ…。

沙也加ママさん:信じてるんでしょ?、メテオさんは、瞬さんのこと。

メテオさん:はい。もちろん…。でも、なんだかいろいろ考えちゃう…。寂しくて…。

沙也加ママさん:そうねぇ…。わかるわ。おうちの人たちは知っているんでしょ?、瞬さんとおつきあいしていること。

メテオさん:お、おつきあいって…。

 メテオさんは、今さらなのに、恥ずかしそうに下を向いた。さっきまでセパレーツの水着を自慢していたメテオさんとは、別人のようである。

沙也加ママさん:まあ、おつきあいはおつきあいじゃない?。

メテオさん:そうですけど…。留子お母様も、幸治郎お父様も応援してくれますけど…。

沙也加ママさん:それなら、あとはもっと頻繁に会いたいってことかな?。

メテオさん:はい…。そうですわったら、そうですわ…。

沙也加ママさん:もう一つ聞いておきたいけれど…、おうちの人たちは、あなたが星ビトだっていうことは、知っていらっしゃるのかしら?。

メテオさん:いいえ。特に話してはないですわ。

沙也加ママさん:星力のことも?。

メテオさん:ええ。

沙也加ママさん:そう…。でも、どうかなぁ?。知っていらっしゃるんじゃないかな?。

メテオさん:えっ!?、星力のこと?。

沙也加ママさん:だって、あなたが実の娘の生まれ変わりとは、本気で思ってはいないでしょうし…。あなたが星国から帰ってきたときにも、何事も無かったかのように、迎えてくれたんでしょ?。

メテオさん:え、ええ…。それはそうですけど…。

沙也加ママさん:じゃあ、少なくともうすうすはわかっていらっしゃるんじゃないかしら?。何か不思議な力を持っているって…。

メテオさん:そ、そうなのかしら…。

沙也加ママさん:案外おおよそのことは、知っていらっしゃるかもしれないわよ?。

メテオさん:ええー!?。

沙也加ママさん:星力のこと、全部は知らなくても、ムークさんとメトちゃんが走りまわっていることとか、話し声とか…。なんにもわからないと思う?。

メテオさん:……。そ、そうかも…。

 メテオさんは、びっくりしたような顔をしつつ、遠くに目を移した。静かな波の音とともに、波間に揺れる人々や、岩場で小さく砕ける波が見える。

沙也加ママさん:まあ、知っていても知らなくても、特に心配することはないと思うし…。留子さんにも、いろいろぶつけてみたら?。悩んでいることとか。きっと私やコメットさん☆とは、また違った答えが返ってくるはず…。

メテオさん:え?、あ、…はい。

 メテオさんは、まるでおとなしい子どものように、小さく答えた。

沙也加ママさん:メテオさんは、いつか瞬さんと結婚したいなんて思ってる?。

メテオさん:え、ええっ!?。そ…、それは…。……。

 真っ赤になって、しばらく黙り込んだあと、こくりと頷く。前だったら、「絶対ですわ!」などと強気の発言をするところなのに…。

沙也加ママさん:そっか…。それはいいかも。

メテオさん:いい…、いいって…、そう…?。

沙也加ママさん:だって、お互いに好きって思って、信頼しあえる人で、互いに責任をとれる人となら、いいんじゃない?。私はそう思うけどなぁ。…て言うか、そう思える人じゃないと、結婚はうまく行かないと思うから…。

メテオさん:う、うれしい…。

沙也加ママさん:最近メテオさんも、ずいぶん大人になって、落ち着いたわね。がんばって。みんなきっと応援してくれるわよ…。

 沙也加ママさんは、そう言うと、ぎゅっとメテオさんを横から抱きしめた。メテオさんは、びっくりして沙也加ママさんを見上げそうになったが、顔を下げて、沙也加ママさんの肩を抱き返した。ふと、いつもは忘れている女王さまである母の腕を思い出した。

 

 コメットさん☆とメテオさん、それにツヨシくんとネネちゃんは、4人で岩場へ磯遊びに行ってみた。白浜海岸は、はじに岩場がある。景太朗パパさんが作ってくれた、簡単な箱メガネで、水中を見てみようと思ったのだ。岩場の向こうは、もうホテルのある砂浜である。

コメットさん☆:みんな、ケガしないように気をつけようね。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:気をつけよう…。なんか高くて怖いところもあるよ…。それに岩がごつごつしてる…。

メテオさん:…ほら、もうフナムシがいるわ…。だからイヤなのよー!。こういうところはぁ!。

ツヨシくん:だ、だって岩場だもん。フナムシくらいはいるよ、メテオさん。イヤなら待っていてもよかったのに…。

メテオさん:あ、あのねー、あの二人見てごらんなさいよ。

 メテオさんは、ラバボーとラバピョンを指さした。遠くの砂浜で、水をかけてはじゃれあっている。いったい何時間そうしているのか…。

ネネちゃん:…そだね。メテオさん、フナムシ見ないようにして、水の中を見よう。

 ネネちゃんはメテオさんの指さす方を見て、ため息をつきながら答えた。

メテオさん:…そ、そうするわ。

ツヨシくん:ラバボーとラバピョン、いい加減飽きないのかなぁ?。

コメットさん☆:ふふふふ…。

 あきれ顔のみんなを見て、コメットさん☆は少し笑った。

メテオさん:何がおかしいのよー、コメット。

コメットさん☆:あ、あはっ。ごめんね。いいなぁ、なんて思ったりするけど…。

 コメットさん☆が困ったような顔で返事をすると、ツヨシくんは、浅いところから水に入っていった。

ツヨシくん:なんかいいものいないかなー。

ネネちゃん:何かいるの?。メテオさんおどかすの?。

 ネネちゃんもついて来る。

ツヨシくん:そんなことしないよ!。

ネネちゃん:あ、わかった。コメットさん☆に何か見せようっていうんでしょ?、ツヨシくんはぁ。

ツヨシくん:な…、なんでもいいじゃん!。

 ツヨシくんは図星をさされたかのように、ネネちゃんを見返して言った。ネネちゃんはにやっと笑った。一方コメットさん☆とメテオさんは、ツヨシくんとネネちゃんとは少し離れた、低い岩の上に座ると、水の中に足を投げ出して、ぶらぶらさせた。夏の日ざしは、だいぶ傾いたが、まだじりじりと照りつける。コメットさん☆は、日焼けしないのだが、メテオさんは少しするので、なるべく陰になるほうに座った。波が来るたびに、足が浮いたようになり、体がふわふわと動く。それはちょっと面白い感覚だ。

コメットさん☆:わはっ、体がふらふらするよ。

メテオさん:あっ!。後ろにひっくり返りそうだわ…。はっ!、手で支えてないと、水着が傷むわ。

コメットさん☆:え?、あ、そうか…。気をつけよう…。

 コメットさん☆と、メテオさんは、ティーンズの女の子らしく、腰に手をあてて、岩の角を気にした。

ツヨシくん:あ、いいものみっけ…。

 ツヨシくんは、いくつも盛り上がる岩の回りに立ち、箱メガネで丹念に見た。すると足元にいくつも転がる貝殻を見つけ、すっと潜ってそのうちの2つを手にした。手に取ったのは、ホラガイの一種のような巻き貝の貝殻。やや大きいのと小さいの。小さいのは、ツヨシくんの手のひら大だ。

ツヨシくん:巻き貝の貝殻。まあまあかな?。

ネネちゃん:それどうするの?。あんまりきれいじゃないよ?。

 ツヨシくんはパンツのポケットにそれを押し込むと、もう一度箱メガネで水の中を見た。そうしながら答える。

ツヨシくん:もっとないかな?。

ネネちゃん:あーわかった。それでまたランプ作るんでしょ?。

ツヨシくん:へへーん。巻き貝じゃ、作りにくいんだよ。プラネットの兄ちゃんが言ってた。

ネネちゃん:ええ?、そうなの?。

 ネネちゃんは不思議そうに答えた。

ツヨシくん:あ、ブルーの魚がここにもいた!。

ネネちゃん:どれどれ?。

ツヨシくん:ここ、ここ。自分の箱メガネで見てみなよ。

 ツヨシくんは、ネネちゃんも手にしている箱メガネを指さした。

ネネちゃん:どのへん?。

ツヨシくん:もっとこっち。

ネネちゃん:あ、ほんとだ。このブルーの魚って、西伊豆にもいたやつだよね。

ツヨシくん:たぶんそう。ねえ、コメットさん☆とメテオさん、熱帯魚みたいなのいるよー。

 ツヨシくんは、少し離れたところで、水に入って上向きに浮かんだり、少し泳いだりしている、コメットさん☆とメテオさんに声をかけた。コメットさん☆が返事をする。

コメットさん☆:お魚さん見られる?。ツヨシくん。

ツヨシくん:うん。きれいだよー。ここだよ。

 ツヨシくんは、コメットさん☆に手招きし、水の中を指さした。

ネネちゃん:メテオさん、こっちこっち。

メテオさん:なあに?。ナマコじゃないでしょうね?。

ネネちゃん:魚だってば、メテオさん。ナマコは魚じゃないよぅ。

メテオさん:し、知ってるわよ!。…見せて…。

 コメットさん☆とメテオさんは、静かに1メートルほど先から水に入り、そっと近づいて、ツヨシくんとネネちゃんがのぞいていた箱メガネを、代わって見た。

コメットさん☆:あっ、細くて青いお魚さんが、じっとしてる。

メテオさん:ほんとだわ。ああよかった。ナマコやウミヘビかと思った。

ネネちゃん:メテオさん、ほんとにここにはいないって、そんなの…。私だってそんなのいたら逃げ出してるよぅ…。

 ネネちゃんは手を振って答えた。

ツヨシくん:この魚、そうっとすくえないかな…。

 ツヨシくんは、水に手をそっと入れると、両手のひらをあわせて上に向け、魚のそばにその手を持っていった。そうっと、そうっと。

コメットさん☆:ツヨシくん、気をつけてね。水の中の岩、滑るよ。お魚さん、すいすいっと逃げるよ。

ツヨシくん:うん。岩滑りやすいし、角が痛いよね…。うまく行くかな?…。

ネネちゃん:わたしも。

ツヨシくん:うーん、難しいかな…。魚散らばっちゃう。

ネネちゃん:あーダメ。

メテオさん:捕まえても食べられないわよ、その大きさじゃ。

 メテオさんは、にやにやしながらわざとそんなことを言ってみる。

ネネちゃん:メテオさん、食べないから!。

 ネネちゃんも笑ってそれに応える。

ツヨシくん:あっ、すくえた。捕まえられたよ。

 ツヨシくんがその時に声を上げた。ツヨシくんの少し小さな手のひらには、青くて細い魚が1匹。

コメットさん☆:わあ、かわいい。それにきれいだね。

ネネちゃん:見せて見せてー。

ツヨシくん:コメットさん☆、ほら。

 ツヨシくんはコメットさん☆に、その小さな魚を、手のひらから手のひらに渡した。そして少し水を垂らす。

コメットさん☆:あ、ほら。ネネちゃん、メテオさんも。

ネネちゃん:わあー、ちいさーい。かわいい。こんなお魚飼いたいなー。

メテオさん:小さくてきれいだけど…。うちだったらメトが…。危険よ、危険だわ!。

コメットさん☆:あ、そっか…。メトちゃんは猫ちゃんだものね。

メテオさん:それより、早くはなしてあげなさいよ。弱るわよ。

コメットさん☆:そうだね。ツヨシくん、このお魚さん、はなしてあげよ。

ツヨシくん:うん。いいよ。別に持って帰るつもりじゃないもんね。

コメットさん☆:そうだよね。

 コメットさん☆は、そっと両手を水につけると、魚を水に帰した。小さなブルーの魚は、白くてぽってりしたコメットさん☆の手のひらから、ぷりぷりっと尾びれを動かして、水の中へと帰っていった。

 

 夕方になってきて、みんなは帰り支度をはじめた。久しぶりにたっぷり泳いで遊んだコメットさん☆も、メテオさんも、ネネちゃんも、ツヨシくんも。もちろんラバボーとラバピョン、さらには景太朗パパさんと沙也加ママさんも、みんな少々疲れ気味。

ライフガードの人:はい、そこのウインドサーフィンしている人!。そこは禁止されています。元のほうへ戻って下さい!。

 そんな声に、グランドシートをたたんでいたコメットさん☆は、振り返った。みんなもまた、振り返る。ライフガードが砂浜の波打ち際にいて、メガホンで遠くのウインドサーファーに注意したのだ。コメットさん☆はそれを見て、ケースケが、由比ヶ浜でそうして声をかけていたのを思い出した。コメットさん☆はまた、ケースケを思い出してから、あの「大事な話」のことを思い出した。

コメットさん☆:(ケースケは、いつその話を、してくれるんだろう…。)

景太朗パパさん:やれやれ。けっこう日焼けしたかな?。ママはどうだい?。

沙也加ママさん:うーん、やっぱり少しはしちゃったかしら。シミにならないといいけど…。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは、両手や肩、足を見回しながら言う。そんな様子に、コメットさん☆は、ふっと現実に引き戻された。

沙也加ママさん:コメットさん☆と、メテオさんは着替えていらっしゃい。もうここはいいわよ。

コメットさん☆:あ、はい…。

メテオさん:はーい。行きましょ、コメット。

コメットさん☆:うん…。

 コメットさん☆とメテオさんは、海の家に向かって歩き出した。

景太朗パパさん:おっ?、ツヨシ何拾ったんだ?。

ツヨシくん:貝殻っ。

景太朗パパさん:へえ。どんな?。

ツヨシくん:わからないけど…、大きめの巻き貝だよ。

景太朗パパさん:…ああ、わかったぞ。理由はないしょだな?。

ツヨシくん:うん。ないしょ。

景太朗パパさん:やれやれ…。ふふふ…。ツヨシ、ちょっとこっちへおいで。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんがパンツのポケットから、小さなビーチバッグに貝殻を移しているのを見て、だいたいのことを察した。そして、沙也加ママさんやネネちゃん、ラバボーとラバピョンからは少し離れた場所にツヨシくんを連れていった。

ツヨシくん:なに?、パパ。

景太朗パパさん:ほらポリ袋。藻みたいなので汚れているから、これに入れてホテルに持って帰るといい。それで、ホテルの洗面台でざっと洗っておきな。うちに帰ったら、きれいにする仕方教えるから。

ツヨシくん:ほんと?。パパありがとう。

景太朗パパさん:ツヨシはほんとに、こまごまとしたことが好きなんだな。

 景太朗パパさんは、にこっと笑ってツヨシくんを見た。ツヨシくんもにこっと微笑む。

 

 夜、夕食を食べたみんなは、それぞれの部屋に帰った。メテオさんは、疲れからか、部屋のお風呂に入ると、早々に寝てしまった。コメットさん☆は、ラバピョン、ネネちゃんといっしょに、大浴場でお風呂に入ってくると、少しばかりの肌の手入れをしてから、ベッドに入った。潮騒の音が、小さく聞こえる。今夜はそれを子守歌のようにして、眠りにつく。コメットさん☆は、毛布をおなかのところだけに掛けたメテオさんを見た。そしてちょっと自分の体と見比べてしまう。たいした違いはないのに、ちょっとした違いを、実は気にしてしまうコメットさん☆の「乙女心」。そんな心の揺れも、こんな時ならでは。

 ところがそんな頃、ツヨシくんは、貝殻を洗っていた。こんなこともあろうかと、ホテルが用意する使い捨て歯ブラシを、朝使ったあと取っておいたのだ。それにせっけんをつけて、こすって洗う。今夜のところはざっとだが、ついている藻や泥をおおまかに落としておきたい。

ラバボー:ツヨシくん、もう寝るボ。何やっているんだボ?。

 ラバボーは洗面台でごしごし洗い物をしているツヨシくんを不思議に思って、ベッドに寝ころびながらたずねた。

ツヨシくん:貝を洗っているんだよ。

ラバボー:貝?。それ、何かにするのかボ?。

ツヨシくん:コメットさん☆に…。あ、ラバボー、ないしょだよ、コメットさん☆には。

ラバボー:はははあ、なるほどだボ。わかったボ、ないしょにいておくボ。

ツヨシくん:頼んだよ。ラバボー。

ラバボー:ないしょはいいけど、どうするつもりだボ?。

ツヨシくん:コメットさん☆に1個あげるの。

ラバボー:もう1個は?。そこに2個あるようだけど…。

ツヨシくん:もう1個はぼくの。…ケースケ兄ちゃんが、前にオーストラリア行っちゃったとき、これくらいの貝殻でコメットさん☆、ケースケ兄ちゃんの航海の様子を聞いていたから…。

ラバボー:ツヨシくん…。あれは……。…まあ、いいボ。…思いはきっといつか伝わるボ。ボーには、そんな気がしてきたボ。

ツヨシくん:うん…。

 ツヨシくんは、静かに、しかし力強く答えた。

ツヨシくん:どうやって、コメットさん☆に渡そうかな…。

 ツヨシくんは、今からそんなことに思いをはせる。

 ホテルの夜は更けていく。ツヨシくんとラバボー、それに景太朗パパさんや沙也加ママさんが寝入っても、外の浜には、絶えず波が打ち寄せる。この季節、西伊豆に比べれば、いくらか荒々しさもある波だが、だから危険というほどではない。明日もきっと、天気は快晴。また新しい日が、きっと待っている。旅行は日常を持っていくものではないけれど、だからこそ、感じる思いもあるはずだ。一夏ごとに、みんな心も体も成長する。洗われて、ベランダに置かれた2つの貝殻は、静かに夜の潮風に吹かれている…。

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★第266話:花火の宵−−(2006年8月下旬放送)

 8月も15日を過ぎると、どことなく夏は終わりに近づいたような気がしてくる。気温はまだまだずっと高いし、したがって暑さは相変わらずなのだが、ほんの少しずつ短くなってきた日が、少しずつ日暮れを早くするせいだろうか。

天気キャスター:…日本のはるか南の海上に、台風5号が発生しました。太平洋高気圧の勢力が強いので、西へ向かっており、今のところ日本への直接の影響は無い模様です。

ケースケ:台風か…。まあ、こっちに来る心配はなさそうだが、土用波には警戒しないと…。…今日は、師匠のところに行かねえと…。

 熱い風が吹く由比ヶ浜の砂浜には、今日もたくさんの海水浴客が押し寄せていた。強い夏の日は、砂浜をじりじりと照らし、ひとときの涼しさを求めて、みんな水とたわむれる。ケースケは今日も、ライフセーバーとして、昼過ぎまで監視台に上がっていたのだが、別のメンバーと交代し、詰所で遅い昼食をとったあと、しばらくテレビを見ていた。テレビは、南の海で発生した台風の進路予想を伝えていた。台風がはるか先の海上にあっても、その波は遠くここ鎌倉の海にも影響する。時にうねりや大きめな波となって、海水浴客をびっくりさせたりする。そういう時に事故が起こらないとも限らない。ケースケを始め、ライフセーバーたちは、いつも天気予報には気を使う。

 そのころ景太朗パパさんは、ツヨシくんといっしょに、ウッドデッキからガレージに降りる階段のところにいた。ネネちゃんは珍しく、クラスメイトたちと、江ノ島の水族館に行っている。そろそろ夏休みの宿題の、まとめをしなくてはならない。

コメットさん☆:景太朗パパ、洗車ですか?。お手伝いしましょうか?。

 コメットさん☆は、ガレージへの階段を降りようとしていた景太朗パパさんと、ツヨシくんに声をかけた。

景太朗パパさん:ああ、コメットさん☆、今日はいいよ。ツヨシとやるから。すんだら呼ぶから、軽く打ち水でもしておいて。

コメットさん☆:あ、はい。じゃあ、玄関のところでも、水をまいて簡単に掃除しておきますね。

景太朗パパさん:暑いから、あんまり無理しないようにね。

コメットさん☆:はい。

 コメットさん☆は返事を返すと、バケツを取りに裏庭に行ってしまった。

ツヨシくん:終わったら、コメットさん☆と泳ぎに行こっ。

景太朗パパさん:いいけど…、コメットさん☆と二人だけでか?。

ツヨシくん:うん…。だめ?、パパ。

景太朗パパさん:いや、気をつけて行ってくるならいいよ。じゃあまずあれを早くやらないとな。コメットさん☆が打ち水と掃除終えちゃうぞ。…と言うところだけど、そんなに難しくないよ。貝を出してごらん。

ツヨシくん:はい、パパ。これ…。

 ツヨシくんは、この前の旅行で拾ってきた貝を取り出した。裏庭にある、エアコンの室外機の脇に、大きめなペットボトルを切って水を張り、中に沈めておいた、2つの巻き貝。1つは少し小さめ、もう一つはツヨシくんの手のひらより、少し大きい。

景太朗パパさん:これ、なんだか調べてみたかい?。

ツヨシくん:うん。たぶん、オオナルトボラとシロナルトボラ。

景太朗パパさん:そうか。何で調べた?。

ツヨシくん:パパがパソコンで見せてくれたページかな。

景太朗パパさん:ああ、あのネットのページか。よくそんな貝殻が、ペアであったものだな…。…よし、どうだ?、臭いかな?。

 落ちている貝は、意外と中身が残って腐り、臭いものなのだ。

ツヨシくん:うーん、少しは。なんか海草が腐ったみたいなにおい。

景太朗パパさん:まあそんなところか…。巻き貝はどうしてもな。どれ…。うん、よく水で流してみよう。いいかい?、こうして、まずは外を歯ブラシで洗う。洗剤を少しつけよう。

 景太朗パパさんは、古歯ブラシで、貝の外側に残る汚れを少し落として見せ、そのブラシをツヨシくんに渡した。

ツヨシくん:洗剤だね。このくらいかな?。それでごしごし…。

 ツヨシくんは、中性洗剤を貝殻の外側にもう少したらすと、それを広げるように古歯ブラシでごしごしとこすり始めた。

景太朗パパさん:よしよし。そんな感じ。まあぴっかぴかにはならないから。そのほうが自然だし。こすっても汚れが落ちなくなったらそれでいいよ。

ツヨシくん:売っているのみたいにはならないの?。

景太朗パパさん:あれは磨いてあるんだから、無理だよ。それに、買ってきたのみたいなのを、コメットさん☆にあげようとは思わないだろ?。ツヨシは。

ツヨシくん:うん…。なるべくきれいにしたいけど…。

 ツヨシくんは、少し口ごもるように言う。恥ずかしそうに。

景太朗パパさん:パパも、昔はこんなこと、したものだよ…。

ツヨシくん:えっ?。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんのほうは見ずに、小さくつぶやいた。ツヨシくんは、そんな景太朗パパさんの横顔を見た。

景太朗パパさん:ほらほら、ツヨシ、手が止まっているぞ。

ツヨシくん:あ、いけね…。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんにそう言われると、またせわしなくブラシを動かした。

 

景太朗パパさん:どうだ?、においは落ちたかな?。

ツヨシくん:まだ少し臭いかも…。どうしよう?。

景太朗パパさん:じゃ、とりあえずこれを使おう。台所の下から持ってきたよ。

ツヨシくん:何それ?。

景太朗パパさん:重曹。タンパク質が少し溶けるから、においは落ちると思う。漂白剤なんかもいいらしいけど、貝が真っ白けになっちゃうからね。これを水に溶かして、またしばらくつけておいてごらん。

ツヨシくん:うん、わかった。重曹って、貝を溶かすの?。

景太朗パパさん:貝殻そのものを溶かすんじゃなくて、においの元のタンパク質を落とすって感じかな?。いずれツヨシも、中学生になると習うよ。

ツヨシくん:ふーん。そっかぁ…。ありがと、パパ…。

 小学生のツヨシくんには、まだその理屈はわからなかったが、何でも知っているように思える景太朗パパさんが、なんだかかっこよく見えた。もっとも景太朗パパさんとしては、自分の息子が、自分の少し大きな娘のように思っているコメットさん☆に、夢中になっているということ自体、今さらながらなんだか不思議な感覚だった。初々しい恋人たちのようにも見えるけれど、姉弟のようにも見える。そんな二人は、景太朗パパさんにとって、力一杯応援すべきなのか、ややとまどう気持ちがないでもない。

 2つの貝殻は、口を切ったペットボトルの中で、重曹を溶かした水の中に、仲良く1つにかたまって、また裏庭の目立たない場所に置かれた。そしてツヨシくんは、コメットさん☆と二人だけで、やや日の傾きかけた七里ヶ浜へ、水着を下に着て出かけた。

景太朗パパさん:やれやれ…。二人きりで、今日は水着で海水浴デートか…。…ママとデートなんて、このところしてないなぁ。

 景太朗パパさんは、そんな二人を見送りながら、少しうらやましげにつぶやいた。しかし、ツヨシくんももうだんだん思春期。この先父親として、どう接するべきなのか、同じ屋根の下で暮らすコメットさん☆とツヨシくんの関係を、どう見守るのか。景太朗パパさんには重い課題のようにも思えた。二人が行ってしまった坂道を、そのままじっと思いを巡らせながら見ていると、ちょうど携帯電話が鳴った。

景太朗パパさん:はい、もしもし、藤吉です。

ケースケ:あ、オレです。ケースケです、師匠。こんにちは。

景太朗パパさん:ようケースケか。…ちょうどぼく一人だ。今ならいいぞ。

ケースケ:そうですか。すみません、師匠。なら…、あと10分くらいで着きます。

景太朗パパさん:よし、待ってる。

ケースケ:はい、ありがとうございます。じゃあ、その、のちほど…。

景太朗パパさん:ああ、じゃな。

 景太朗パパさんは、ケースケからの電話を切った。昨日ケースケから、相談したいことがあると、やはり携帯電話に連絡があったのだ。それで景太朗パパさんは、今日午後は「用事」ということにして、ケースケと会うことにしていたのだった。意外にもコメットさん☆とツヨシくんが、二人いっしょに出かけてしまったので、景太朗パパさんはちょうど家に一人となって、じっくり話をするにはいいのかもしれなかった。

 程なくケースケは、門を開けてやって来た。

 

ケースケ:師匠、もう夏もだんだん終わりですかね。

景太朗パパさん:そうだな。土用波が立っているだろう?。

ケースケ:ええ。なんか危なっかしい海水浴客が多くて…。まあ、毎年のことですけどね…。

景太朗パパさん:そうだろうな。今時はさ。

 ケースケは、景太朗パパさんの仕事部屋のいすに、所在なげに座ると、静かに語りだした。景太朗パパさんも、静かに答える。

ケースケ:えーと、あの、み…なさんは?。

景太朗パパさん:ああ、ママはお店、ネネは友だちと水族館に出かけたよ。夏休みの宿題のまとめ準備だってさ。

ケースケ:そうですか…。えーと…。

景太朗パパさん:ツヨシか?。ツヨシは海に水遊びに行ってるよ。コメットさん☆と二人でな。

ケースケ:へえ、そうですか…。コメットとツヨシが二人でね…、へえー…。…えーーーー!?。ふ…、ふっ、ふた…。あ…、いや、そそそ、それは、い、いいっすね。あは、あはははは…。

景太朗パパさん:なんだよ、あははは…、ケースケそんなにあわてることなのか?。

ケースケ:そ…、そんなにあわてることなわけないじゃないですか!。ど、どうってことない、いつもの水遊びでしょ?。

景太朗パパさん:そうだけど。…んー、まあ、二人だけでっていうのは、ちょっと珍しいかもなぁ。いつもはネネといっしょだったりするものなぁ。む、まてよ、あれは…、デートか?…。

 景太朗パパさんは、わざと少しいじわるそうに言ってみた。ケースケは、いつの間にか、真っ赤になって、そしてムキになっていた。

ケースケ:め、珍しい…。そ、そうですね、珍しいですねぇ。デ、デートって、まっさかぁ…。あは、あはははははは…。……今頃、楽しんで…るんでしょうね…。

景太朗パパさん:ケースケ、お前も行きたいか?。はっ!、そう言えばコメットさん☆、新しい水着着ていたかもなぁ?。

 景太朗パパさんはさらに、いかにもわざとらしく言う。

ケースケ:い、行きたいわけないじゃないですか!。き、今日は師匠に用事があってですね…。そ、それにコメットの水着がどうしたって言うんですか!。

景太朗パパさん:あー、わかったわかった。そんなにムキにならなくてもわかっているよ。

ケースケ:わ、わかって…。わかってるって…。

景太朗パパさん:それで、相談っていうのは?。

ケースケ:あ、そ、そうですよ。それですよ。…じ、実はですね、オレ来年高校卒業なんですよね。

景太朗パパさん:ああ、そうだな。夜間部は4年だから、来年かぁ。早いなぁ。どうだ?、単位は足りてるんだろ?。

ケースケ:はあ。そっちは特に問題ないです。このまま行けば無事卒業は出来そうなんですけど…。

景太朗パパさん:その後の進路か?、問題は。

ケースケ:はい、師匠。結局それなんですよ。オレの進路…。

景太朗パパさん:大学に行くのか?。

ケースケ:三重の大学とか、それも考えたんですが…。やっぱりオレのやりたいことって、どうしても世界一のライフセーバーってことだし、ずっとライフガードの世界に身を置きたいなって思うんで。…それなのに、どうもここんところ、競技の成績が今ひとつ良くないんすよ…。

景太朗パパさん:今年の2月には、ちゃんと世界選手権に出てきたじゃないか。

ケースケ:そうですけど…。優勝できなくちゃ、意味無いす…。

景太朗パパさん:意味がないってことも無いだろうけどなぁ…。まあしかし、学業と両立させるのは難しい…。

ケースケ:なんかどっちつかずになっているような気がして…。集中できない感じが…。

景太朗パパさん:確かにそうかもしれないけど、お前の年齢だと、やっぱり仕事や勉強をしながらになるのは当たり前だろう?…。

ケースケ:ところが、前に少し話しましたよね?、今の夜間クラスの担任の先生、サーファーだったって…。

景太朗パパさん:ああ、なんでも、かつては有名な選手だったとか言っていたな。

ケースケ:そうなんす。その担任の先生がですね…。

 ケースケが思わず体を前にせり出して、担任の先生の話を始めたちょうどそのころ、コメットさん☆とツヨシくんは、だいぶ傾いたが、まだまだ暑さを投げかける日の光を浴びながら、七里ヶ浜で泳いで遊んでいた。

コメットさん☆:わあ、ツヨシくん見て。だんだん江の島のほうに、お日さまが行くよ。

 胸くらいの水の中で、波に揺られながら、コメットさん☆は後ろを振り返り、遠くに見える江の島を見て、さらに上を向いて指さした。

ツヨシくん:あ、ほんとだ…。遠くの海が光ってる…。

コメットさん☆:うん。きらきらに輝いてる…。

 コメットさん☆は、今日もピンクの花柄水着だ。大きめのスカートが、水の中でふわふわする。

ツヨシくん:コメットさん☆、クラゲがいるかもしれないよ。ピリピリってしたら、クラゲだよ。

コメットさん☆:うん。そうだね。気をつけよう。

ツヨシくん:ママから、薬もらってきてあるよ。

コメットさん☆:そう?。あとになっちゃうとやだな。

 コメットさん☆は、そんなことを言いながらそっと手を前に伸ばすと、砂浜のほうへ向けて、やって来る波に乗るようにしてみた。

コメットさん☆:わはっ、体が浮いて、前にぴゅーんって。ツヨシくんもほら!。

 足をけり出して波にうまく乗ると、波打ち際まで運ばれる。それを見て、ツヨシくんもすかさずやってみる。

ツヨシくん:あっ、ほんとだ。面白いー!。波乗りって、こんな感じかなぁ。

コメットさん☆:うふふふふ…。もう1回やろっ。

ツヨシくん:うん。じゃあいっしょにやろう。せーの…。

コメットさん☆:きゃははは…。わはぁ、水かぶっちゃう…。

 コメットさん☆とツヨシくんは、また少し沖目まで水の中を歩き、波頭を見ながら、それに乗って、無邪気な嬌声をあげる。水とたわむれるコメットさん☆。オフホワイトにピンクの花柄という、華やかな水着に身を包み、人魚のように泳ぐ。ツヨシくんは人魚を見たことはないけれど、もし実際に人魚がいたら、たぶん目の前のコメットさん☆のようではないかと思う。しなやかに泳ぐコメットさん☆は、バトンを持つでもなく、星力を使うときのミニドレスでもなく、ただ水着ですいすいと泳いでいるだけだ。しかし、ツヨシくんとコメットさん☆の二人は、姉弟のようでもあり、またカップルのようでもある。ツヨシくんは、今コメットさん☆といっしょにいるのは、自分だけだと思うと、ちょっと誇らしいような気持ちになった。もちろん、次の瞬間には、そんなこと忘れて、ざばっと水をかくのだが…。

(ラバボー:ほんわかかがやきだボ…。)

 ラバボーが、ラバピョンのことを、そんなふうに言っていた。ふっと、そんなことは思い出すツヨシくんなのだが…。

 

景太朗パパさん:なんだって!?。クイーンズランド州・ケアンズ海洋研究所ぉ?。

ケースケ:はい。秋の大会の結果次第…ですけど。

景太朗パパさん:そこの研究員になるっていうのか!?。

ケースケ:まあ、助手の助手みたいな仕事ですけどね。海の自然環境を調査し、それを保護に役立てる研究をしているそうです。それで最長4年間、オーストラリアに滞在できます。その間に世界選手権に…。

景太朗パパさん:…そうか。すると…。

 景太朗パパさんは、ケースケの急な話にびっくりして、思わずうわずった声を出した。ケースケが続ける。

ケースケ:大学か語学学校を卒業すれば、永住権がもらえるかもしれません。そうすれば、その先もずっと…。タイトルも維持しやすい…。

景太朗パパさん:そ…、そんなに、しないとダメなのか?。オーストラリアにずっと住むっていうことだよな?。

ケースケ:まだそう決まったわけじゃ、ないんですけど…。あくまで秋の国内大会の結果次第で…。ここにとどまってもいいかなとも思うんすけど…。オレ、4年前に戻ってきてみて、やっぱりこの街は居心地が良すぎて、なんだかぬるま湯につかっているみたいで…。自分を追いこまねぇとダメかなって、思うんですよね。それで、担任の先生が、そういう求人があるからって…。…正直、オレも海の向こうだとは、思いませんでしたけど…。5年前、師匠のヨットでグアムからケアンズに初めて行った時、現地のボランティアで、海洋研究所の人がいて…。下手な英語で、少し話もしましたし…。

景太朗パパさん:…そうかぁ。そうなると、ちょっと寂しくなるけどな…。…でも、お前の夢だ。夢をかなえるために努力するというのなら、それもいいだろうな。

ケースケ:はい…。

 景太朗パパさんは、ケースケから視線をそらし、しばらくの間窓の外を見た。そして振り返り、もう一度ケースケのほうを見ると、静かに言った。

景太朗パパさん:…コメットさん☆には、その話したのか?。

ケースケ:いえ、まだしてません。

景太朗パパさん:…そうか…。早くきちんと話をしろよ。

ケースケ:もちろん、そうします。ただ、正直オレも、まだ決めかねているんで…。

景太朗パパさん:それでも…。……いや、とにかく秋の大会がんばれ。精一杯やるんだ。そしてなんとか結果を残せ。

ケースケ:師匠…。…はい。絶対に勝ち進もうと思っています。再来年の世界選手権にまた出られるように…。

景太朗パパさん:…でも、やっぱり、コメットさん☆には一言言っておけよな…。二通りの進路を考えてるって。

ケースケ:わかりました。そうします。まずは第一に、秋の大会、その成績次第では、ケアンズの海洋研究所。そのつもりでいます。

景太朗パパさん:よし。どちらも、お前の夢を達成するための道だ。力いっぱいな。

ケースケ:はい…。

 ケースケが話を終えて、景太朗パパさんのもとから、玄関を出て帰ろうとしていたとき、もうすっかり夕方の気配になっていた。そのころ、コメットさん☆とツヨシくんは、夕日を浴びつつ、二人ともTシャツやビーチガウンを羽織り、星のトンネルでウッドデッキのところまで帰ろうとしているところだった。コメットさん☆の濡れてばさばさの髪の毛が、まとまって顔に張り付く。ツヨシくんは、二人きりの海水浴が、なんだかデートのようだったかな?、などと思って、とてもうれしかった。

 

 翌日の昼間、コメットさん☆は、ふいにスピカさんのところへ出かけた。

(スピカさん:夏休みも後半に入って、ちょうど昼間は時間が取れるから、久しぶりにお茶でも飲みに来ない?、コメット。)

(コメットさん☆:えっ?、いいの?、叔母さま。)

(スピカさん:いらっしゃい。)

(コメットさん☆:はい…。)

 そんなやりとりがあって、コメットさん☆は星のトンネルを通り、出かけていったのだ。ラバボーは昨日に引き続き、ラバピョンの小屋までおでかけだ。

スピカさん:コメット、最近いいことあった?。

コメットさん☆:え?、えーと、下田に旅行に…。

スピカさん:そう。いいわねぇ、うちなんて、旅行にはなかなか行かれないなぁ。

コメットさん☆:あ、そっか…。そうですよね…。…そうだ、叔母さまにおみやげ…、これ。

 コメットさん☆は、小さな包みをとり出した。水族館で買ったイルカのクリスタルピアス。みどりちゃんにも小さな指輪。

スピカさん:あら、何かしら?。ありがとう、コメット。

コメットさん☆:いいえ。いつも叔母さまにはお世話になっているから…。

スピカさん:そんなにあらたまらなくてもいいのよ。うふふふ…。開けていい?。

コメットさん☆:ど、どうぞ…。その、選び方よくわからなくて…。

 スピカさんは、にこっと笑うと、包みをあけた。そして中箱を開ける。

スピカさん:まあ、クリスタルのピアス…。へえ、イルカかぁ…。きれいね。

コメットさん☆:叔母さまの趣味にあうかどうか…。その…。えへへ…。

 コメットさん☆は、両手をひざに置き、うつむいて恥ずかしそうな顔をする。その一方で、スピカさんは、さっそく両耳のピアスの穴に、通してつけてみた。

スピカさん:どうかなぁ?。コメット。

コメットさん☆:あ、叔母さま、きれい…かな?。あははっ…。

スピカさん:ありがとう、コメット。海、きれいだった?。

コメットさん☆:うん。砂がね、真っ白なんだよ、叔母さま。

スピカさん:そう。いいわね、チャンスがあれば、修造さんを誘ってみようかしら?。

コメットさん☆:あ、いいかも。白い砂の海、空が青くて、水も真っ青で…。また行きたいな…。

スピカさん:そうなの?。よかったわねぇ、コメット。それで、ツヨシくんに何か言われた?。告白された?。うふふふ…。

コメットさん☆:えっ!?、こ、告白って…。そ、そんなのないよ…。…でも、ツヨシくんの恋力、いつもと違ってたかな…。なんか、もっと強いの。

スピカさん:へえ、そうなの?。もうツヨシくんも、だんだん思春期なのねぇ。小さな子どもだったのに、やっぱり4年生にもなると、少しずつ本当の恋心が、芽生えるのかなぁ?。

コメットさん☆:本当の恋心?。

スピカさん:そう。ラバピョンや、メテオさんが、相手のことを好きって思うのと、ツヨシくんがあなたのことを好きって、今まで言ってきたのとは、少し違うでしょ?。あなたがケースケくんに感じる気持ちも。

コメットさん☆:そ…、そうかな…。

 コメットさん☆は、また恥ずかしそうによそ見をした。一方で、「違うのはわかるけど、どこが違うだろう?」と、自問してみる。しばらく沈黙が続いて…。

コメットさん☆:…でも、叔母さま、私、ケースケとは、5年前に手を握ったくらいで、映画に行くとか、食事するとか、テーマパークに行くみたいなデートって、…してない…。

スピカさん:ふふふ…。誘ってみたら?。

コメットさん☆:ええ?、そ、そんな…、ケースケは…、きっと来てくれないよ。

スピカさん:どうかなぁ?。そんなことないと思うけどなぁ?。

コメットさん☆:昨日、ネネちゃんが宿題の資料集めに、水族館へ友だちと出かけたの。沙也加ママはお店だし、景太朗パパは午後用事があるからって、ツヨシくんと二人だけで、海に行ったんだけど…。二人で泳いでいたら、やっぱりツヨシくんの恋力感じちゃった…。

スピカさん:そうなの、コメット。じゃあ、コメットはどうなの?。ツヨシくんに対して。

コメットさん☆:えー…。ど、どうって…、それは、ツヨシくん…、好きだし…、かわいいし…。いたずらもちょっとはするけど…。いつもやさしい気持ちで、私に接してくれる男の子だと思うし…。でも、私はそれをどうしたらいいか、よくわからないままで…。

スピカさん:ツヨシくん、小さい頃のように、コメットに抱きついたりするの?。

コメットさん☆:…このごろ、もう、あんまりしないよ…。

 コメットさん☆は、少しうつむいて、ほおを染めながら答える。

スピカさん:ケースケくんの手を、また握ってみたら?。

コメットさん☆:えー?、そ、そんなの、…恥ずかしいもん…。

スピカさん:ツヨシくんと二人きりの海水浴デートで、恋力を感じるとすれば、ケースケくんの手を握ってみれば、ケースケくんの恋力も、わかるかもしれない…。違うかなぁ?。

コメットさん☆:……。そ、そうかなぁ…。はっ…、ツヨシくんと、か、海水浴デートって…、そ、そんなんじゃない…つもりだったんだけど…。

スピカさん:うふふふふふ…。コメットって面白い子ね。誰がどう見ても、デートだと思うわよ?。

コメットさん☆:…で、デートかな、あれってやっぱり…。

 コメットさん☆は、いっそう困ったような顔になったが、それでも口元は、少し恥ずかしそうに微笑んでいた。スピカさんは、いすから立ち上がると、窓辺へ歩み寄り、座ったままのコメットさん☆に背を向けたまま言う。

スピカさん:まあ、ケースケくんの気持ち次第かなぁ…。…デートって、どこか特別なところに行くばかりじゃないから…。

 コメットさん☆は、スピカさんのほうに体を向けて、こくりと頷いた。いつかケースケと、腰越の防波堤で釣りをしたことを思い出しながら。

コメットさん☆:…私、「鈍い」って、メテオさんに言われちゃった…。

 そしてまた少しうつむくと、小さい声でつぶやいた。

 

 その日の夕方になって、ふいにコメットさん☆のティンクルホンに電話がかかってきた。

コメットさん☆:はい、もしもし。コメットです。

ケースケ:よう、コメットか?。オレだ。ケースケ。今…、どこだ?。

コメットさん☆:ケースケ?。今は…、沙也加ママのお店だけど…。

ケースケ:そうか。あとでそっちへ行ってもいいかな?。例の話…。

コメットさん☆:あ、あの「大事な話」っていうの?。

ケースケ:ああ、そうだ。コメットには、話しておかないとって思ってな。

コメットさん☆:い、いいよ…。

 コメットさん☆の心には、期待の灯がともった。

コメットさん☆:何時頃?。

ケースケ:そうだな、5時過ぎじゃダメかな?。店閉めるか?。

コメットさん☆:ううん…。沙也加ママに頼んでおくからいいよ。

ケースケ:そうか。わりい。花火持っていくからよ、コメットだけで待っていてくれ。

コメットさん☆:え?、あ、…うん。わかった。待ってるね。

 ケースケの電話はそこで切れた。コメットさん☆は、沙也加ママさんに頼んで、もう少しお店を開けておき、ケースケを待つことにした。

沙也加ママさん:だれ?、電話。

コメットさん☆:あ、あの…、ケースケからです。

沙也加ママさん:へえ。ケースケからかけてくるのは珍しいかしら?。それでなんて?。

コメットさん☆:えーと、あの、その…、今から花火を持って行くから、ここに来ていいかって…。

沙也加ママさん:ここ?。私は別にいいけど…。花火?。ケースケも珍しいこと言うのね?。なんでかしら?。

コメットさん☆:さ、…さあ。…お店、もう少し開けていてもいいですか?、沙也加ママ。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんには、「大事な話があるから」と言われたとは、その場では言えなかった。

沙也加ママさん:いいわよ。もう少しお店もあけて待っていましょ。そうすればお客さんもまだ来るかも。本当は夏の間だけでも、もう少し開けていたいんだけど、そうするとうちのことが大変だから…。あ、でも、ちょっとパパには電話しておこう。そうしておいたほうがいいわね…。

 沙也加ママさんは、すっと電話を取ると、家にいる景太朗パパさんに、少し延長営業するから、もう少し待っているように頼んだ。

 少し待っていると、ケースケがやって来た。手には、やたら大きなビニールバックに入った、花火のセットを持っている。

ケースケ:こんばんはー。あ、師匠のママさんこんばんは。

沙也加ママさん:こんばんは。なんかその言い方は変ねぇ、あははは…。

ケースケ:そ、そうすか?。しかし、それ以外にも言いようがないし…。

沙也加ママさん:はいはい。もうケースケも大人なんだから、それでいいわよ。

ケースケ:すみません…。あ、それでコメット、こんばんは…。

コメットさん☆:こ、こんばんは…。

沙也加ママさん:なに二人ともあらたまっているのよ。

ケースケ:いや、その…。な、なんでもないっす。

沙也加ママさん:うふふふ…。ケースケったら面白いわね。花火やるんでしょ?。屋上なんかどう?。私はお店開けているから。

ケースケ:あ、すみません…。急に花火やりてーなー、なんて思っちゃって。

 ケースケは、あまり上手でないうそをついた。

沙也加ママさん:それでそんな大きなのを?。

ケースケ:いやまあ、やるからには盛大にとか、思うじゃないすか。

 沙也加ママさんは、もちろん大の大人であるケースケが、わざわざ花火をやりに来たわけではないだろうということくらい、予想がついていた。

コメットさん☆:じ、じゃあケースケ、屋上行こ。バケツに水持って行くね。

ケースケ:いや、いいよ。重いからオレが持っていく。花火のほう頼む。

コメットさん☆:…うん。ありがと。

 コメットさん☆は、ドキドキしながら、ぎこちない微笑みを返した。

 二人は、裏手にある狭い階段を上がる。そして屋上に出ると、赤い夕日が、西の空を染めているところだった。ケースケはバケツを置くと、コメットさん☆から花火のセットを受け取った。

ケースケ:えーと、この中にろうそくがあるはずだ。あ、あったぜ。着火器あるか?。

コメットさん☆:これ?。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんから借りた、安いライターを長くしたような着火器をケースケに手渡した。そしてふいに、屋上から沈んでいく夕日を見た。なんだかケースケを見つめているのは、恥ずかしかったから…。

コメットさん☆:きれいだね、夕日。

ケースケ:ああ。…明日も晴れかな。

 ケースケは、コメットさん☆の言葉に、少し顔を上げ、そしてまたろうそくに火をつけながら答えた。

コメットさん☆:あ、あの…。

ケースケ:よし、火がついたぞ。順番にやろうぜ。へへっ、けっこう大きいのもあるな。もっとも、ここから打ち上げると、隣近所にまずいかもな。

コメットさん☆:そ、そうだね。手で持つのやろっかな。

ケースケ:ああ…。ほら。

 ケースケは、そう言うと、長く手に持つタイプの花火を、何種類か取り出して、コメットさん☆に手渡した。自分も1本、火をつけてみる。

コメットさん☆:わあっ、きれい!。私もやろっと。

 コメットさん☆は、子どものようにはしゃいだ声を出し、ケースケが斜め下に向けて持つ花火の、緑色の火に見入った。そして、自分も違う花火を選んで火をつける。

“パチパチ…”

 コメットさん☆のつけた花火の火は、そんな音を出してはねながら、オレンジ色に光る。ちかちかするような火は、やがてシューという音とともに、直線的な火に変わった。

コメットさん☆:わはっ、まっすぐな火…。

ケースケ:…なんか、おやじ思い出すな…。

コメットさん☆:えっ?。

ケースケ:もっとオレが子どものころさ、夏になると、こんなふうに花火で遊んでくれた…。

コメットさん☆:…そう。ケースケのお父さんって、どんな人だったの?。

 コメットさん☆は、思い切って聞いてみた。

ケースケ:おやじ…、おやじか…。おやじは…、そうだなぁ、漁師だったから、けっこう荒っぽいところもあったけど…、今から思えば、いつも家ではまあまあ機嫌のいい男だったってところかな?。

コメットさん☆:へえ…。そうなんだ…。

ケースケ:…でも、オレが悪いことをすると、怖いおやじでさ…。

コメットさん☆:そ、そうなの?。

ケースケ:それでも、市場で魚が高く売れると、なんかおもちゃや本を買ってくれたっけ…。子どもの頃、SFの本が好きだったから、オレ…。

コメットさん☆:…そっか…。SF好きだったの?。

ケースケ:ああ。なんか未来に希望があるように、思えるじゃんか。

コメットさん☆:そうだね。…ケースケのお父さんって、今のケースケを、どう思うかな?。

ケースケ:ええ?、い、今のオレか…。さあな…。なにいつまでもバカやっているんだって言うかもしれないし…。

コメットさん☆:そんなことないと思うな…。

ケースケ:…ふふふ、何だよ、まるで知っている人みたいなこと言うんだな、コメットは。

 ケースケは、少し笑うと、また次の花火に火をつけた。実は二人とも、花火をしながら話をしていたので、なんだか花火の火を見ているのではなく、黙々と花火に火をつけては、燃え尽きるとバケツに入れ、という「作業」を繰り返しているかのようだった。ふと、ケースケは、そんなぼうっと揺らめくような時間を、断ち切ることを思い出した。あの「二つの進路」のことだ。

ケースケ:なあ、コメット。

コメットさん☆:え?、なに?。

ケースケ:あのさ…、オレがその…。

 そのころ、1階では沙也加ママさんのところに、3人の「応援」が来ていた。

沙也加ママさん:なんで来ちゃうのよ!、パパ、それにツヨシとネネも!。

景太朗パパさん:ええ?、なんでって…、ママが大変だろうって…。なあ、ツヨシ?。

ツヨシくん:うん。ママのお店が混んでるかもしれないから、手伝いに行くぞって、パパが。

ネネちゃん:手伝いに来ないほうがよかった?、ママ。

沙也加ママさん:て、手伝ってくれるのはありがたいけど…。今、コメットさん☆とケースケが、花火でデートしているのに。もう。

景太朗パパさん:えっ?、どこで?。

沙也加ママさん:屋上よ。ダメよ、見に行っちゃ。

景太朗パパさん:へえー。そりゃぼくたち、おじゃまだったかなぁ。あ…、待てよ…、そういうことか…。

沙也加ママさん:そういうことって?。

景太朗パパさん:ケースケの進路のことさ。コメットさん☆に話しておけって、ぼくがケースケに言ったのさ。

沙也加ママさん:進路?。来年の卒業後の?。

景太朗パパさん:そう。

ツヨシくん:ぼく、やっぱりそっと見てこよう…。

 ツヨシくんは、そう言うが早いか、お店の外に出て、屋上から花火の煙が細く上がっているのを確かめると、裏へ駆け出した。

景太朗パパさん:あ、ツヨシ、やめておけって…。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんの声に、振り向きもせず、そっと屋上に上がる階段に歩み寄ると、足音をたてないように上がり始めた。景太朗パパさんはあとを追う。

景太朗パパさん:ツヨシ、ツヨシったら。ちょっと待てよ…。しょうがないな…。

 景太朗パパさんもまた、そうっと階段を上がった。ツヨシくんを小声で呼び止めながら。しかし、ツヨシくんが、屋上に出る直前のところで、花火をしているコメットさん☆とケースケをうかがうように、姿勢を低くしているのを見つけた。

ケースケ:…なんて言うか…、その…。

コメットさん☆:ケースケ、どうしたの?。

 コメットさん☆は、ドキドキしていた。もしかすると…。

ケースケ:…オレさ、またオーストラリアに行くことになるかも…。

コメットさん☆:えっ…!?。…ど…、どうして…?。

ケースケ:オレ、どうしても世界選手権で一位になって、世界一のライフセーバーになるつもりだ。

コメットさん☆:うん…。

ケースケ:だけどよ…、今のままじゃ、どうしてもトレーニングが足りねえのか、大会の成績がよくない…。…なんか、ここは師匠もいるし、コメットもいるし、青木さんもいる…。それはいいんだけど…、なんかもっとオレは、自分を追いこまねぇと、その先の成績が出せないっていうか…。

コメットさん☆:…ケ、ケースケ…。今までだって、一生懸命トレーニングしてきたし、大会の成績そんなに悪くないじゃない…。

ケースケ:…秋の大会に優勝できれば、再来年の世界選手権に、ここからまた出られるかもしれない…。…でも、もし勝てなければ…、オレ、オーストラリアの海洋研究所の職員になって、仕事をしながら現地の大会に出て、それで世界を目指す。

コメットさん☆:…ケースケ…。

 いつしか二人は、燃え尽きた花火を手に持ったまま、「HONNO KIMOCHI YA」の看板にもたれかかるようにして、話し込んでいた。そんな様子を、ツヨシくんは、胸がもやもやするような気持ちで、じっと陰から見ていた。コメットさん☆の横顔に、オレンジ色の夕日が射している。でも、その目は、とまどいの色を隠せない。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんの後ろから肩にそっと手を置いた。ツヨシくんは、びっくりして振り向く。景太朗パパさんは、口に手を当てて、「しーっ」というしぐさをした。そしてごく小さい声で言う。

景太朗パパさん:…ツヨシ、今日はそっとしておいてあげな。コメットさん☆のこと。

ツヨシくん:…パパ…、どうして?。

 ツヨシくんも、小さな声で答えた。

景太朗パパさん:どうしても…さ。

 ツヨシくんは、黙って再びコメットさん☆とケースケのほうを見た。ツヨシくんは、なぜ景太朗パパさんが、「そっとしておいてあげな」、などと言うのか、不思議に思ったが、その意味はわからなかった。しかし、景太朗パパさんの言葉を無視して、二人の間に入っていく気には、なぜかなれなかった。

コメットさん☆:大事な話って…、それ…かな?、ケースケ。

 コメットさん☆は、感情を押し殺すかのようにたずねた。

ケースケ:ああ…。なるべく早く、話そうと思ってさ…。

コメットさん☆:そっか…。それで花火だったんだ…。

 コメットさん☆は、うつむいて、少しがっかりしたような顔をした。

ケースケ:…な、なんか、オレ、まずかったかな?。

コメットさん☆:ううん。そんなことない…。

 コメットさん☆は、なにがしかの期待をしてしまったことを、恥ずかしく思った。「大事な話」って、そういうことだったんだ…。そんな言葉が、頭の中を駆けめぐる。しかしケースケも、辛いのだった。コメットさん☆を想い続けているのはもはや隠しようもない事実だが、想いがどんどん強くなっていったら、どうしたらいいのか?。もしや、世界一のライフセーバーにという夢が、揺らいでしまうかも…。その一方で、そういう誰かのせいにしてしまうような思い方を、時にしてしまう自分を、弱くふがいないと考えるケースケ。だが、人間の弱さであり、強さでもある「心の思い」は、そういう揺らぎをもつもの…。

コメットさん☆:…でもケースケ、秋の大会で優勝すれば、またずっとここにいることになるんだよね?。

ケースケ:…ああ。一応そのつもりさ。優勝や、上位入賞を続ければ、世界選手権への出場資格が出来るからな。

コメットさん☆:がんばって。私、それに期待する…。

ケースケ:サンキュ。全ては、秋の大会次第さ。

コメットさん☆:勝てるといいね…、お互い…。

ケースケ:…お互い?。…ああ、お互いか。そうだな、お互いにな。きっと、勝つさ。オーストラリアばかりが、海のある国じゃない…。

コメットさん☆:そうだね…。じゃあ、もっと花火やろ。

ケースケ:おお、いけねぇ。そうだったな。あはは…。すっかり重い話になっちまった…。

 景太朗パパさんは、そんな二人を見届けると、ツヨシくんの手を引いた。

景太朗パパさん:ツヨシ、わけを話すから、戻ろう。コメットさん☆は大丈夫だから…。

 景太朗パパさんは、小さな声で、ツヨシくんのTシャツの袖を引っ張って言った。

ツヨシくん:うん…。

 ツヨシくんは、おずおずと答える。二人は、そっと足音を立てないように、また階段を降りた。

コメットさん☆:ケースケ、手、握っていい?。

ケースケ:えっ?、コ、コメット、な、何を?。

コメットさん☆:ほら…。

 コメットさん☆は、答えを聞かずに手を差し出した。夕闇の中、花火はいっそうきれいに映る。夕映えの残る西の空は、赤みが徐々に消えていき、青みがかった紫のような色になっている。ケースケは、そっとコメットさん☆の手を取った。

ケースケ:…し、しょうがねぇなぁ…。

 ケースケはそんなことを言いながらも、心の中で思った。

ケースケ:(コメットの手って、こんなにやわらかくて、あったかかったんだな…。)

コメットさん☆:(ケースケの手って、大きいな。私よりずっと…。)

 コメットさん☆もまた、そう思う。

 景太朗パパさんは、お店の1階に、ツヨシくんを連れて戻ってきて、みんなに話の顛末を聞かせることにした。

景太朗パパさん:ケースケはさ、また遠くへ行っちゃうかもしれないんだよ。

ネネちゃん:ええー?、ケースケ兄ちゃん、ずっと鎌倉でライフガードするつもりなんじゃないの?。

ツヨシくん:遠くぅ!?。

沙也加ママさん:し、進路って、外国ってこと!?。

景太朗パパさん:いや、まだ決まったわけじゃないんだけど、秋の大会の成績が、もし振るわなかったら、またオーストラリアに行って、修行を続けるんだと。

沙也加ママさん:そんなこと言っても、仕事はどうするの?。留学でもするの?。

景太朗パパさん:海洋研究所で働きながら、選手生活を送るんだとさ。

ツヨシくん:仕事?。

ネネちゃん:かいようけんきゅうじょ?。何をするところ?。

景太朗パパさん:海の自然を守るためには、どうしたらいいかを、学者の人たちが考えたり、実験したりするところさ。そこの助手のような仕事が見つかったんだと言うんだよ。それなら、働きながら競技の練習もできるということらしい。

沙也加ママさん:ふーん…。そんな遠くでうまく行くのかしら?。心配だわね…。

景太朗パパさん:ああ。でもまあ、知り合いもいるらしいし…。

ツヨシくん:ケースケ兄ちゃん…。

 ツヨシくんは、なんだか複雑な気持ちになった。もし、そんなことになったら、コメットさん☆はやっぱり泣くのかな…、などと、妙なことも考えた。最近ケースケは、ツヨシくんから見たら、コメットさん☆の心を奪おうとする人でもある。それが実は、ツヨシくんにとって、ケースケに感じる「心のもやもや」の原因なのだけれど、ツヨシくんはそういう分析を、細かく出来る段階では、まだない。

景太朗パパさん:秋の大会次第。そういうことさ。ケースケが、また外国に行ってしまうかどうかは。

沙也加ママさん:ケースケ、お母様はどうするのかしら…。

景太朗パパさん:置いていくのかなぁ…。その辺はまだわからないけれど…。ビザの関係もあるかな?。

ネネちゃん:ケースケ兄ちゃん、いなくなっちゃったら寂しいな…。

沙也加ママさん:ネネ、まだいなくなるって決まったわけじゃないから。

ネネちゃん:そうだけど…。

 あたりを、重い空気が支配した。ケースケの夢の話のはずなのに…。

 屋上ではケースケが、吹き上がるタイプの花火に火をつけた。地面に置いた花火が、勢い良くキラキラした光をまっすぐ上に吹き出す。

コメットさん☆:わあ、これもきれい!。

 コメットさん☆は、表面上、もとのコメットさん☆に戻ったようだった。ケースケもまんざらではないような表情を浮かべる。そうしてコメットさん☆とケースケの、「花火デート」は続く。しかし、本当のところ、二人の心は千々に乱れ、揺れている。「デート」というような、気楽な話ではないのであった。コメットさん☆は、もしかすると、ケースケがあらためて「告白」をしてくれるのではないかなどと、淡い期待をいだいてしまったことと、実際に聞いた話のあまりの違いに、心の中では悲しい気持ちになっていた…。

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★第267話:桜の駅巡り−−(2006年8月下旬放送)

 コメットさん☆は、ずっと考えていた。もしケースケが、またオーストラリアに行ってしまうとしたら…。ケースケの夢は、いつしか自分の夢のようにも、なんとなく思っていたのに、それはやっぱり全く違ったものだったということを。本当は、ケースケが夢に近づけば近づくほど、コメットさん☆自身の、未来に対する夢とは、遠ざかって行くということを…。

 

 夏休みももう終わり近く。ツヨシくんとネネちゃんは、今年も宿題に追われていた。しかし、去年ほどには、せっぱ詰まっていない。8月の終わりまで、あと1週間ちょっと、というところのある日、ツヨシくんは、朝食を終えると、コメットさん☆に頼みごとをした。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、あのさ、夏休みの宿題のことなんだけど…。

コメットさん☆:ツヨシくん、またやっていないの?。しょうがないなぁ…。

 コメットさん☆は、半ばあきれ顔で言う。しかし、その答えは意外にも…。

ツヨシくん:ううん。今年はだいたいやってあるよ。だけどさぁ…。

コメットさん☆:あ、そうなの?。ごめんね…。

ツヨシくん:あ、ぼく気にしてないよ。…だけど…、自由研究だけは…まだ…。

コメットさん☆:そっか。自由研究だけ残っているんだね?。

ツヨシくん:うん…。

コメットさん☆:どんなことやるの?。

ツヨシくん:…それがね…。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の耳にささやいた。

 ツヨシくんのささやきを、頷きながら聞いていたコメットさん☆は、新聞をゆっくり読んでからようやく製図台に向かった、景太朗パパさんのところに行った。

景太朗パパさん:ええー?、コメットさん☆がついていくの?。

コメットさん☆:いけないでしょうか?…。

景太朗パパさん:いや、いけないってことはないけど…。…ツヨシは最初、「駅のことを調べるんだ」とか言っていたんだよ。それでよく聞いてみると、駅名に「桜」とつく駅を見に行って、実際に桜の木があるのかどうか調べたいって言うから、この近くの駅を見に行くだけだと思っていたんだけど…。

コメットさん☆:…名前に「桜」がつく駅を、全部回るって…。

景太朗パパさん:…全部かぁ。…本気でそんなこと言ったら、この国じゅう回らないとならないよ。ツヨシがライフワークにでもするなら、まあ、それはそれでいいのかもしれないけど…。今年の夏の宿題としては、今からだと…、せいぜい都内までがいいところじゃないかなぁ。

 景太朗パパさんは、製図の手を止めると、コンピュータに向かった。

コメットさん☆:都内の駅というと…。

景太朗パパさん:うん。少し調べてみようか…。ええと…。日本人は桜好きだからかもしれないけど、「桜」と名の付く駅は、結構多いんだよ。「梅」や「桃」よりはずっと多いはずだ。

コメットさん☆:はあ…。

 コメットさん☆も、景太朗パパさんの机の上に置かれたコンピュータの、モニタに見入る。

景太朗パパさん:ふーむ、ズバリ「桜」という駅が、名鉄と近鉄にあるね。だけどこれは名古屋と関西だよ。とても行かれないだろうな。「桜井」は奈良や大阪だし…。まあ、比較的近くというと…。

コメットさん☆:えーと、湘南台の近くに、桜ヶ丘っていう駅がありました。

景太朗パパさん:ああ、確かにあるね。小田急線だね。あとは…、桜木町とか。ほら、横浜のそばの。

コメットさん☆:あ、はい。知ってます。

景太朗パパさん:そうだなぁ、この辺から都内の近くまでとして…、その小田急江ノ島線の桜ヶ丘、根岸線と横浜市営地下鉄の桜木町、京王電鉄の桜上水と聖蹟桜ヶ丘、田園都市線の桜新町、西武線の桜台と新桜台、東京地下鉄の桜田門、東武野田線の南桜井…ってところかなぁ…。ちょっと数えただけでも、かなりあるね。これ全部ですら、一日ではとうてい回れないよ。

コメットさん☆:そう…ですね…。星のトンネル使えないかな…。あ、でも、学校の宿題に使っちゃだめですよね。あははっ。

景太朗パパさん:星のトンネルって、星力を使う…。まあ、やっぱり宿題だからね。一応ね…。ふふふ…。

 そこへちょうど、本を調べていたツヨシくんがやって来た。

ツヨシくん:パパ、教えて教えて。あ、コメットさん☆。

景太朗パパさん:おお、ツヨシ、なんだい?。

ツヨシくん:名前に桜のつく駅の場所が、ぜんぜんわからないよ…。観光の本見ても、そんなの載ってないし…。時刻表見ても、どこ見ればいいかわからないし…。

景太朗パパさん:うーん、観光案内なんかでは、載っていないだろうな…。ぼくもツヨシに言われて、「日本の駅」なんて本を調べたくらいだし…。しかし、駅のありかがわからないと、何も始まらないものな…。…よし、まあ、しょうがないから、そこはパパが少し手伝うから、出かける準備をしておきなよ。えーと、…じゃあ、コメットさん☆もいっしょに行ってやってくれるかな?。面倒かけて悪いんだけど…。

コメットさん☆:いいえ。喜んで行きます。なんか、「桜」のつく駅に、本当に桜があるのかなんて、面白そう…。

景太朗パパさん:そうだよね。ぼくもなかなか面白いテーマだと思うね。

ツヨシくん:やったね。じゃ用意しようっと。パパありがと。コメットさん☆ありがと。

コメットさん☆:じゃ、私も出かける準備するね。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、勢いよく景太朗パパさんの仕事部屋から出ていった。景太朗パパさんは、二人を見送ると、そばの棚から既にプリントされている資料を取り出した。

景太朗パパさん:…実は、こうなるだろうと思って、資料はもう出来てるんだよね…。…ちょっと甘やかし過ぎかな?、ふふふ…。それにしても、「コメットさん☆が桜が好きだから、名前に桜のつく駅を調べる」とは、ツヨシも面白いこと考えるな。デートのつもりかな…。やれやれ…、ふふふふふ…。

 景太朗パパさんは思い出し笑いのように笑いながら、独り言をつぶやくと、少し間をおいて立ち上がり、ゆっくりと二人のもとに向かった。

 

 景太朗パパさんから、資料を受け取ったツヨシくんと、コメットさん☆の二人は、さっそく家の近くの、モノレール鎌倉山駅(※下1)から、大船に向かった。

ツヨシくん:…えーと、パパからもらった資料だと…、まずは桜木町へ行けって。

コメットさん☆:桜木町?。瞬さんがコンサートやったりするところの近くだね。

ツヨシくん:そうなの?。ふーん。…根岸線で、大船から28分、20.1キロ。

コメットさん☆:ずいぶん詳しく書いてあるんだね。

ツヨシくん:うん。ぼくたちが用意している間に、パパこんなに詳しく調べてくれたんだ。早いなぁ…。

コメットさん☆:そうだね。ささっと仕事するの、景太朗パパうまいね。

 資料があらかじめ用意されていたとは知らないコメットさん☆とツヨシくんは、その詳しく調べられた資料が、あまりにさっと出てきたのにびっくりしていた。

 根岸線の電車は、大船をあとにすると、ぐっと右にカーブして、横須賀線、東海道線と離れ、より海寄りを走る。江ノ電のように、海沿いを走るわけではないが、住宅地を進むような感じで、止まっては走りを繰り返す。根岸線には快速はない。各駅停車だけである。

ツヨシくん:いすが固いよ。横須賀線と同じ。

コメットさん☆:でも座れてよかったね。

ツヨシくん:うん。

 ツヨシくんは、コメットさん☆と二人、ちょこんとドア脇のいすに腰掛けて、楽しそうに笑った。それでも、景太朗パパさんから渡された、電車の改札を通るためのプリペイドカードと、お小遣いを何度もポケットの中で確認した。

 電車はおおよそ30分ほどで、第1の目的地桜木町駅に着いた。

コメットさん☆:桜木町だよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:うん…。桜の木なんて…、ないね。

コメットさん☆:そうだね。都会の駅って感じ…。 街路樹以外、木なんてないんだね…。

 駅前に降り立った二人は、あたりを見回した。

ツヨシくん:資料を見よっ。…えーと、「東横線の桜木町駅は廃止になって、地下鉄の「みなとみらい線」に変り、桜木町は通らなくなった」…か…。

コメットさん☆:あ、それ知ってる。瞬さんが、デビューする前、よく歌っていた場所の前に、駅の入口が出来ちゃって、もう歌えなくなっちゃったって、言ってたから。

ツヨシくん:そうなの?。それってどこのことなんだろう?。

コメットさん☆:えーとね…、あ、思い出した。「馬車道駅」ってところのそば。

ツヨシくん:ばしゃみち?。…地図を見よう。

 ツヨシくんは、背負った小さなリュックから、地図を取り出して見た。小学生向けに、横浜や都内の地図がやさしく書かれた本になっている。

ツヨシくん:あ、このあたりだね、コメットさん☆。

 ツヨシくんは、地図の一点を指さした。

コメットさん☆:あ、そうだね。馬車道駅…。行ったことあるよ、このあたり。

ツヨシくん:そう?。どんなところ?。

コメットさん☆:どうって…、前に景太朗パパや沙也加ママ、それにネネちゃんといっしょに、横浜ベイブリッジ見たでしょ?。あのそば。

ツヨシくん:あー、あのそばかぁ。

 ツヨシくんは3年前、横浜港のイルミネーションを、みんなで見に行ったときのことを思い出した。コメットさん☆はまた、もっと前に、何となくイマシュンが気になっていて、メテオさんが勝手に企画した、5年前の氷川丸洋上コンサートのことも思い出していた。しかし、思い出にひたっているヒマはない。まだまだ見に行かなくてはならない場所は多いのだ。

コメットさん☆:それはそうと、桜木町駅って、ほかにどんなところがあるのかな?。

ツヨシくん:うん…、みなとみらい21地区の玄関口だって。あと、パパが言っていたけど、よくドラマのロケに使われるって。

コメットさん☆:ふーん。そうなんだ…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、近くに見える「みなとみらい21」のビル群や、ランドマークタワー、観覧車を遠くから見た。ツヨシくんは、持ってきたデジタルカメラで、写真を撮る。さらに、駅の反対側に回り、東横線の桜木町駅跡を見た。そこは低めなビル群と、落書きだらけの殺風景な通路が、元の高架線路下に沿って続き、それでいて人の通りはあまり多くない、思いのほか無機質な場所だった。かつて駅があったときのままの面影を残し、あまり廃線になったことは感じられない。ホームもいまだそのままに残っているようだ。

ツヨシくん:なんか、駅じゃなくなったっていう感じはしないね。人がいないけど…。

コメットさん☆:そうだね…。入口に金網が張られてる…。

ツヨシくん:写真撮っておこう…。

 ツヨシくんは、向こうにそびえるランドマークタワーを入れて、かつて駅の入口だったところを写真におさめた。それと同時に、今見た景色の様子を、簡単なメモに取る。

 コメットさん☆とツヨシくんは、再び根岸線に一駅乗り、横浜に出て、さらに横須賀線に乗り換えた。横須賀線には品川まで乗る。

ツヨシくん:今度は桜田門に向かうよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:桜田門?。

ツヨシくん:うん。乗り換えが大変みたい。

コメットさん☆:そっか…。大丈夫だよ。

ツヨシくん:さっきの桜木町は、「桜木川」っていう川の名前から、駅名になったんだって。…それから、日本の鉄道発祥の地(※下2)なんだって。パパのくれた資料に書いてある。

コメットさん☆:ふうん。そうなんだ。ツヨシくんは、宿題どうまとめるの?。

ツヨシくん:まだよくわからないけど…。桜って名前の駅名って多いから、本当に桜の木があるのかどうかと、駅の写真を貼って、あと…、その駅の見た感じなんか書けばいいかなあ?。

コメットさん☆:いいね!。ツヨシくん、かなり本格的だねっ。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの「構想」にびっくりした。ツヨシくんは、確実に成長しているのだ。もちろんそれは、コメットさん☆だって同じなのだけれど…。

 桜田門に向かうつもりの二人は、地下鉄有楽町線に乗り継がなくてはならない。そこで横須賀線を品川駅で降り、山手線の電車に乗り換える。それで有楽町まで行くのだ。品川の跨線橋を渡ると、京浜東北線と山手線のホームに出た。ホームからは、新幹線と京浜急行の電車も見える。

ツヨシくん:京浜東北線には乗っちゃだめ。有楽町には止まらないね、今の時間は。

コメットさん☆:そうなの?。

ツヨシくん:ほら…、あそこの電光掲示…。

 ツヨシくんは、ホームの天井から下がっている表示を指さした。文字が流れ、「…京浜東北線はただ今の時間、快速運転のため、田町・新橋・有楽町…には止まりません…。」と、繰り返し表示されている。

コメットさん☆:ほんとだ…。迷いそう…。

ツヨシくん:うん。だから山手線に乗ろう。…あっ、東海道新幹線だ…。

 ツヨシくんは、ちょっと大人びて答えた。そして東側の線路をゆっくりと走る新幹線を見つけ、また指さした。

コメットさん☆:あの青と白の電車?。わあ、ずいぶん長いね…。

ツヨシくん:最高速度300キロで走る「のぞみ」号もあるんだよ。

コメットさん☆:300キロ?。前に長野のほうへ行ったとき乗ったのより速いの?。

ツヨシくん:長野新幹線は最高275キロ。だから、もっと速いよ。

コメットさん☆:すごいね。想像できないなぁ…。

ツヨシくん:…でも、星のトレインは、もっとずっと速いんじゃない?。

コメットさん☆:あはっ、あははは…。そう…だね。忘れてた。

ツヨシくん:時速1000キロなんて位じゃ、星国まで何年かかるんだろ?…。

コメットさん☆:…そうだね。星国は遠いんだ…。

 コメットさん☆は、いまさら当たり前のことを、口にしてみる。「地球の時間」が、すっかりしみついている自分に驚きながら。

 程なく、車体に黄緑色の帯をつけた、山手線の電車がやって来た。二人はそれに乗って、有楽町へ向かう。

 有楽町はデパートや電器店、映画館やオフィスに歓楽街。さまざまな建物が並ぶ街だ。しかしツヨシくんとコメットさん☆は、それらを眺める暇もなく、地下鉄に乗り換える。地下鉄有楽町線で一駅。桜田門を目指す。本来なら一駅くらい歩いてもいいし、景太朗パパさんや沙也加ママさんとしては、そのほうがいいかもしれないとは思ったが、駅から駅のほうがわかりやすいし、勉強になるだろうとも考え、なるべく乗り換えが面倒でも、電車に乗って行くように、ツヨシくんに言って聞かせたのだ。

ツヨシくん:地下鉄の電車…。どっちのホームかな?。

 ツヨシくんは、地下鉄の有楽町駅の入口を降り、コメットさん☆といっしょに改札を入って、どちら側の電車に乗るか、一瞬迷った。真ん中にホーム、両側に線路だ。1番線と2番線。表示は「月島・豊洲・新木場方面」と、「永田町・池袋・和光市・森林公園・飯能方面」。そう書かれるとわからない。

コメットさん☆:えーと、あ、ほら、ホームの壁…。

 コメットさん☆は、ホームの壁にかかげられた駅名板を指さした。

コメットさん☆:となりが桜田門駅なら、こっちかな?。

ツヨシくん:あ、そっか。となりだもんね。電車は左側通行だから、2番線だね。

 ツヨシくんはほっとしたように、コメットさん☆の顔を見て微笑んだ。ホームの柱の近く、上のほうにある「電車が来ます」という表示が出て、アナウンスが自動で流れる。

ホームアナウンス:まもなく、2番線に和光市行きの電車が参ります…。

コメットさん☆:わこうし行きだって。どこだろね?。和光市って。

ツヨシくん:えーと…、埼玉県。鎌倉は神奈川だから、東京を通り抜けて、もっと向こう。

コメットさん☆:へえ。地下鉄って、知らないうちに、ずいぶん遠くまで走るんだね。

 コメットさん☆の年齢なら、電車に乗って通学したり、遊びに行ったりするのは当たり前なのだが、コメットさん☆は学校に通っているわけではない。だから、当たり前のはずのことが、コメットさん☆にとっては不思議に思える。しかしツヨシくんは、間違えずに電車に乗ることに夢中で、あれこれ考えている余裕はない。

 電車はわずか2分で、桜田門駅に着いた。

ツヨシくん:桜田門駅では、警視庁のほうへ出るといい…か。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんからもらった資料を見た。

コメットさん☆:警視庁って、警察の建物?。

ツヨシくん:そうだよ。テレビで見ると、刑事さんとかたくさんの人がいるの。

コメットさん☆:ふぅん。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、壁の表示で出口を確かめ、警視庁の真ん前にある出口へ出た。しかしそこは、ただの歩道のように見える。

ツヨシくん:あれ?、駅の真ん前が警視庁のはず…。

コメットさん☆:あ、そのレンガの建物は?。

ツヨシくん:ちがうよ、それは。テレビで見る建物じゃないよ。もっと高いの。

 コメットさん☆は、たくさんの車が行き交う通りの、向こう側に見える法務省の建物を指さして言った。しかし、ツヨシくんの言葉に、振り返って、高い建物を探す。それは目の前なのだった。

コメットさん☆:あ、これは?。

ツヨシくん:えーと、地図で見ると…。うん、これだぁ。これが警視庁!。

コメットさん☆:なあんだ。目の前だったね…。ふふふ…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、建物に沿って駆け出した。すると、広い道路がT字路になっているところの角に、「警視庁」と掘られた石を見つけた。街路樹に遮られて、よくわからなかったのだ。正面玄関にしか、「警視庁」の文字はない。警視庁は日本の首都、東京の治安を守る首都警察本部とも言うべきところである。

ツヨシくん:わあ、ここが警視庁かぁ。なんかかっこいいー。

コメットさん☆:入口に警察官がいるよ。

ツヨシくん:本当だ。中に見学コースなんてあるのかな?。

コメットさん☆:さあ?。水族館や美術館じゃないから…、どうかなぁ?。

ツヨシくん:聞いてみよう。

 ツヨシくんは、玄関の入口に立って、警備している警察官に、すぐ聞きに行った。

ツヨシくん:あのー…。

警察官:なんだい?。どうしたのかな?。

ツヨシくん:ここは警視庁ですよね?。ぼくたち、中を見学できますか?。

警察官:うん。ここは警視庁だよ。でもねー、中は見学できないんだ。残念だけどねー。

ツヨシくん:えー、そうなんですかぁ。道路の「交通指令室」みたいなの、見られるかと思ったのに…。

警察官:あれはねぇ、一般の人は入れないんだよ。…そうだ、京橋っていうところに、警察博物館があるから、そこへ行くといろいろな展示が見られるよ。今頃だと…、夏休みの宿題かな?。

ツヨシくん:はい。それは、まあ、そうなんですけど。

警察官:場所わかるかい?。教えようか?。

ツヨシくん:あ、いいです。自分で行けます。それに…。

 ツヨシくんは、少し離れた場所にいたコメットさん☆のことをちらりと見た。

警察官:ああ、お姉ちゃんがいっしょか。じゃあ、大丈夫だね。地下鉄の有楽町線、銀座一丁目っていう駅の近くだよ。

ツヨシくん:はい。どうもありがとう。

警察官:はい。では、敬礼!。

 警察官は、片手を挙げて、せっかくだからと敬礼をしてくれた。ツヨシくんもそれをまねて、同じように敬礼をしてみる。コメットさん☆もにこっと微笑んで、そんな様子を眺めていた。夏休みの終わり近く。見に来る子どもたちも、少なくないのかもしれない。

コメットさん☆:ツヨシくん、ずいぶん色々なこと聞いていたね。

 コメットさん☆は、戻ってきたツヨシくんに声をかけた。

ツヨシくん:うん。警察博物館っていうのがあるんだって。だからここは中見られないって。とても親切に教えてくれたよ。

コメットさん☆:そっか…。でも、今日は警察のことを調べに来たんじゃないよ、ツヨシくん。ふふふ…。

ツヨシくん:そう。そうだよね、コメットさん☆。そうだった…。えへへ…。えーと、桜の木はあるかなぁ?。

コメットさん☆:さっきからまわりをずっと見たんだけど…。なさそう…。

ツヨシくん:そうだね…。えーと…。

 ツヨシくんは、先ほどの地下鉄の出口近くまで、コメットさん☆といっしょに歩いてくると、まわりを見渡しながら、今度は地図を見た。

ツヨシくん:ここもなしかぁ…。あのレンガの建物は、「ほうむしょう」だって。その右側は、「東京地方裁判所」ってなってる。

コメットさん☆:ふぅん。

ツヨシくん:そっちの川みたいなのは、昔の江戸城のお堀だって。

コメットさん☆:そうなんだー。ずいぶんいろいろな国の施設があるんだね、ここは。

ツヨシくん:そうだね。…パパのくれた資料だと、「桜田門は、江戸城の門の一つ」だってさ。お城のあとなんだ…。

 ツヨシくんは、少し離れたところに見える、閉ざされた門と、堀を指さした。

コメットさん☆:お城のあとかぁ…。

 コメットさん☆は、ふと、星国の居城のことを思い出した。「私の部屋、ずっとそのままだろうな…」などと思う。

ツヨシくん:コメットさん☆の星国のお城には、お堀はないよね。

コメットさん☆:え?、お堀って…?。

ツヨシくん:うん。攻めて来られた時に、お城を守るための…。

コメットさん☆:ないよ。誰も攻めてこないし…。ずっと昔はどうだか、私も知らないけど…。今のお城は、お父様が王になった頃に造られたものだし…。

ツヨシくん:そうなんだ。それって、なんだかいいなぁ。

コメットさん☆:そ、そう?。

ツヨシくん:だって、敵も味方もないわけでしょ?。みんな味方。闘ったりしないってことじゃん。

コメットさん☆:うん…。そうだね。星ビトは、みんな助け合って生きてる…。星力を使って。

ツヨシくん:なんかぼく、そういうのいいなぁ。

 ツヨシくんは、遠くを見ながら、ふとそんな感想を漏らした。コメットさん☆も、無言でにこっとして応える。

ツヨシくん:でも、結局桜田門駅には、桜なんて無かったね。

コメットさん☆:そうだね。名前の割には、無いんだね、桜…。

ツヨシくん:そうだね。仕方がないから、警視庁とかの建物と、まわりの道路を写真に撮った。あ、でも今何時だろう?。もうおなかすかない?、コメットさん☆。

コメットさん☆:えーと、もう12時過ぎたね。

ツヨシくん:じゃあお昼食べよう。

コメットさん☆:えっ?、どこで?。

ツヨシくん:パパが、日比谷公園の中に、カレーがおいしいお店があるから、そこで食べるといいよって。

 そういう景太朗パパさんの「秘密の入れ知恵」を、さらりと言ってしまうところが、ツヨシくんの幼さでもあり、いいところなのかもしれないが…。

コメットさん☆:日比谷公園?。この近くなの?。

ツヨシくん:えーとね、歩いて5分ぐらい。どう?、コメットさん☆。

コメットさん☆:いいね。じゃあ行こう。暑いから、お水飲みたいなって思っていたし。日比谷公園って言えば…、5年くらい前に、瞬さんのコンサート、雲の上から見たよね。

ツヨシくん:あー、あの時の公園かぁ。

コメットさん☆:音楽堂があって、チケット売り切れていて…。

ツヨシくん:うん。ママが悲しそうにしていた。あははは…。

コメットさん☆:ツヨシくん、よく覚えてるね。

ツヨシくん:コメットさん☆だって…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、暑い夏の日射しを、街路樹でよけながら、法務省や東京地方裁判所の裏手にあたる方向の、日比谷公園に向かった。

 

 日比谷公園の食堂で、名物のカレーを食べ、しっかり冷房の冷気で体を冷やし、水分も補給した二人は、この先どうするか話し合った。

コメットさん☆:カレー、おいしかったね。

ツヨシくん:うん。また汗かいちゃった。お水2杯もおかわりしちゃったよ。

コメットさん☆:そっか。そういえば私も。

ツヨシくん:コメットさん☆、どうしようか。ここからだと、西武線の新桜台と桜台へ行けるけど、帰りが大変かも。

コメットさん☆:いいよ。私は大丈夫だけど…。

 そうは言っても、コメットさん☆は汗びっしょりだった。

ツヨシくん:なんかでも、全然桜ないよね…。駅前の風景ばっかり写真に撮っても…。

コメットさん☆:どんな感じ?。

 ツヨシくんは、デジタルカメラをコメットさん☆に差し出して、画像を再生してみた。コメットさん☆は、身を乗り出して、ツヨシくんのデジタルカメラをのぞき込む。

ツヨシくん:ね?、桜の木、まだ一本も見てないよ?。

コメットさん☆:ほんとだね…。

ツヨシくん:なんか、まだ2駅なのに、めちゃくちゃ時間かかっているし…。

コメットさん☆:そうだねー。何に時間がかかるのかな?。

ツヨシくん:やっぱり乗り換えとかでしょ?。

コメットさん☆:そっか…。

ツヨシくん:よしっ。もう、帰る方向に向かおう!。永田町から桜新町に行くっ!。コメットさん☆、いい?。

コメットさん☆:も、もう帰っちゃうの?。私はいいけど…。それでいいの?。

ツヨシくん:一駅ずつが遠すぎるんだもん…。夕方になっちゃうよ?。

コメットさん☆:そうだね。あんまり疲れすぎてもいけないかな…。ところで、桜新町って何線?。

ツヨシくん:えーと、田園都市線。永田町は、地下鉄半蔵門線だけど、そのまま直通だって。

 ツヨシくんは、また景太朗パパさんのまとめてくれた資料をちらっと見て言った。

コメットさん☆:わあ、ツヨシくん、景太朗パパのくれた資料ばっかり見てる。

ツヨシくん:だってぇ…。ぼくだって時刻表くらいは見たけどさ。

コメットさん☆:ふふふ…。

 コメットさん☆は、少し微笑んだ。

 二人は、日比谷公園の中を歩き、すぐ近くに口を開けている日比谷駅に下りた。そして、地下鉄有楽町線に一駅乗り、永田町で乗り換え、地下鉄半蔵門線に乗った。地下の通路はどこも複雑で、迷うというほどのことはないにせよ、歩く距離は意外と長かった。

ツヨシくん:歩くのかなり遠いね。鎌倉の駅みたいに、中ですいっとつながっていればいいのに…。

コメットさん☆:そうだね…。毎日お仕事の人たちは、これをずっと繰り返しているのかなぁ…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、冷房の効いた半蔵門線の電車のドア脇に立った。あたりのスーツ姿の男性や女性を見つつ、おしゃべりする。

ツヨシくん:きっと、パパも都内で仕事の時は、こうやって乗り換えしているんだね。

コメットさん☆:大変だよね…。

 そう答えながら、コメットさん☆は、ケースケが毎日仕事をしながら、勉強もし、トレーニングをしているということに、あらためて思いをはせた。

 電車は地下をどんどん進んで、渋谷駅からそのまま田園都市線・中央林間行きとして運行する。「乗り入れ」である。

車内アナウンス:まもなく、渋谷、渋谷、銀座線、JR線、東横線、井の頭線はお乗り換えです…。

コメットさん☆:渋谷だって。

ツヨシくん:うん。渋谷。湘南新宿ラインも通るよ。ほかにもたくさんの電車。

 コメットさん☆は、車内放送を聞き、ツヨシくんは、交通地図を見ながら言う。

コメットさん☆:メテオさんが、渋谷で買い物をしたって言ってた。

ツヨシくん:そうなの?。一人で渋谷まで来て何を買うんだろう?。通販が好きなのに?。

 電車はブレーキをかけ、渋谷駅に停車した。大勢の人々が降り、そしてまた乗ってくる。

コメットさん☆:ふふふ…。そうだね、メテオさん通販が大好き。…でも、洋服とかは、手に取ってみる買い物が楽しいって言ってた。万里香ちゃんも言っていたよ。

ツヨシくん:ふーん。ぼくには、あんまりよくわからないけど…。コメットさん☆、降りてみたい?。

コメットさん☆:えっ?、い、いいよ…。

ツヨシくん:コメットさん☆は、洋服いつもどこで買うの?。

ホームのアナウンス:“プーーーーーーーー” はい、各駅停車中央林間行き発車いたします。ドアが閉まります。ご注意下さい。

 発車のブザーとともに、ホームの駅員さんがマイクを通して放送すると、すぐにドアは閉まった。

コメットさん☆:私?、沙也加ママといっしょに…、横浜の元町とかかな?。

ツヨシくん:元町?。ママといっしょに行くの?。

コメットさん☆:うん。ツヨシくんやネネちゃんの洋服も、いっしょに買っているよ。みんなで買いに行ったこともあるじゃない?。

ツヨシくん:あ、そうか。そういえばそうだね。

 電車はうなりを上げて、渋谷から郊外へ向けて走る。地下をずっと走っているので、窓の外を見ても、暗いトンネルと、そのところどころに点く蛍光灯の光が流れていくだけだ。しかしコメットさん☆は、少し眉を寄せたような顔で、そんな暗い窓の外を見る。ツヨシくんは、コメットさん☆の様子を見ていて、ふっと思う。

ツヨシくん:(やっぱりコメットさん☆は、ケースケ兄ちゃんのことが、心配なんだな…。)

 ツヨシくんもまた、少しの間押し黙る。そんな二人の間の空気ごと、電車は暗闇の中を突き進む。そして時々停車駅に止まっては、また走るのを繰り返す。永田町から20分ほどで、電車は桜新町に到着した。

 クーラーがゴーッと音をたてる電車から降りると、むっとした蒸し暑い空気がまとわりついてくる。それでもコメットさん☆は声をあげた。

コメットさん☆:あっ、ホームの壁がピンク色だよ?。「桜」のピンクかな?。

ツヨシくん:ほんとだ。そうかも…。桜のピンクかもね。さっきの駅は、黄色だったよ、壁が。

コメットさん☆:駅ごとに変えているのかな?。

ツヨシくん:うーん、わからないけど、一応写真に撮っておこう…。

 ツヨシくんは、そう言うと、ピンクの壁と駅名板をデジタルカメラにおさめた。そして二人は階段を上がって、改札を抜け、西口から地上に出た。

コメットさん☆:あ、あった!。これ桜の木だよ、ツヨシくん。

ツヨシくん:あちーー、あ、ほんとだ!。やった!。やっとあったよー。無かったらどうしようかと思ったんだ。

コメットさん☆:ずっと桜並木なんだね、この通りずっと…。鎌倉の若宮大路みたい…。

 コメットさん☆は、自分のことのように、喜びの声を上げた。ツヨシくんもまた、真夏の太陽の照りつけに閉口しながらも、にこっとして、カメラを向けた。もちろん、桜並木は、今の時期青々と葉を茂らせていて、花が咲いていたりはしない。しかしコメットさん☆もツヨシくんも、幹の特徴で、すぐに桜とわかった。桜新町の駅前は、ずっと八重桜の並木になっているのだった。駅前がすぐに桜並木というのは、とても珍しいかもしれない。

コメットさん☆:わあ、これ咲いていたら、とってもきれいだろうなぁ…。

 コメットさん☆は、木々を見上げると、目をキラキラさせながら言った。ツヨシくんは、カメラを構えて、道の様子を撮っていたのだが、そんなコメットさん☆に気付くと、その表情をそっとカメラにおさめた。白っぽい夏服で、うれしそうなコメットさん☆の表情が切り取られる。

 駅前だから、道路にはひっきりなしに車やバスが走っている。電車の姿は地下鉄だから見えない。駅の入口が、道路に面して、いくつか口を開けているだけだ。

ツヨシくん:ここって、あんまり駅前って感じがしないなぁ。

コメットさん☆:あはっ、そうだね。なんだか道が広い商店街って感じかな?。

ツヨシくん:やっぱり地下鉄だもんね。メモしておこうっと。

コメットさん☆:…ツヨシくんは、なんでも一生懸命だね。

ツヨシくん:えっ?、そうかなぁ?。そんなこと、誰も言ってくれないよ?。

コメットさん☆:うふふふふ…。ツヨシくん、いろいろなことに興味持って、調べたりするの好きじゃない?。

ツヨシくん:うん…。まあ、そうだけど…。

コメットさん☆:じゃあ、ツヨシくん、やっぱりいろいろなことに一生懸命だよ。

ツヨシくん:コメットさん☆だって…。

コメットさん☆:私?。そうかなぁ?。

ツヨシくん:だって、よく本読んでるし、ママのお店だって一生懸命じゃん…。

コメットさん☆:…いろいろなかがやきを見つけたい…。そのために、いろいろなことを知りたい…。そうは思っているけど…。

ツヨシくん:かがやき…かぁ…。

 ツヨシくんは、額の汗をぬぐうと、ぽつりとそうつぶやいた。コメットさん☆にとっての「かがやき」とは。そしてツヨシくんにとっての「かがやき」とは…。

 

 ツヨシくんとコメットさん☆は、桜新町の駅近くにみつけたファストフード店で、少し休憩をとった。何しろ一番暑い時間である。日は少し傾き始めたが、ほとんどずっと乗り詰め、歩き詰めの二人は、だいぶくたびれてきた。しかし二人は、再び桜新町駅から電車に乗った。目指すは中央林間駅。そこで小田急線に乗り換え、桜ヶ丘駅に向かうつもりだ。

ツヨシくん:ふう…。あと一駅かぁ…。結局4駅しか回れないね…。

 ツヨシくんは、各駅停車の中央林間行きに乗ると、あいている座席を見つけ、コメットさん☆と二人並んで座った。そして路線図を見てつぶやいた。

コメットさん☆:そうだね…。意外と時間が…、かかった……。

ツヨシくん:また別な日にするわけにもいかないし…。近いと思っても、案外遠いなぁ…。

コメットさん☆:……。

ツヨシくん:暑くて…、汗びしょびしょだし…。

コメットさん☆:う…ん…。

ツヨシくん:頭はぼーっとしそうだし。でも、コメットさん☆がいてくれたから、楽しかった。

コメットさん☆:……。

 しかし、コメットさん☆からは返事がない。

ツヨシくん:あれ?、コメットさん☆?…。コメットさん☆?。大丈夫?。

コメットさん☆:…あ、ああ、ツヨシくん…。私、今一瞬寝てたかな?…。あははは…。

ツヨシくん:大丈夫?。

コメットさん☆:うん。大丈夫だよ。

ツヨシくん:これから各駅停車だと、40分以上かかるけど、終点だから、コメットさん☆寝ていていいよ。着いたら起こしてあげる。

コメットさん☆:うふふ…。いいよ。起きてる。

ツヨシくん:もう急行に乗らなくていいじゃん。夕方までには帰れるよ。

コメットさん☆:そっか…。あまり遅くならないほうがいいけど、日が落ちるまでには帰れるから、各駅停車にしようか?。

ツヨシくん:そうだね。そうしよ。

 ツヨシくんは、そう答えると、ひざに置いたリュックに、路線図をしまい、メモを取り出して、桜新町駅と桜並木の簡単な図を書いておいた。あとで方角が分からなくなってしまいそうな気がしたからだ。地下鉄はまわりの景色が見えないし、街から電車も見えないから、方向がわからなくなりがちだとも思ったので、そんな感想もメモした。そして、コメットさん☆の顔をそっとのぞき込んだ。コメットさん☆はまた、目を閉じて眠っているように見えた。

ツヨシくん:…今度、春になって桜が咲いたら、またコメットさん☆、いっしょに来ようよ…。

 ツヨシくんは、ふいにささやいてみた。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆からは、答えはない。しかし、ツヨシくんのささやきは、コメットさん☆の耳に、ちゃんと届いていた…。

 電車は二子玉川の手前から地上に出て、多摩川を渡り、急行に道を譲りながら終点を目指す。張り切っていたツヨシくんも、いつしかコメットさん☆とともに眠りに落ちていた。

 

駅員さん:…君たち、君たち、終点だよ。

コメットさん☆:えっ?、あっ、す、すみません。

ツヨシくん:あれ…、寝ちゃってた。

駅員さん:いいのかい?。ここは終点の中央林間だよ?。

コメットさん☆:あ、いいんです。ここで乗り換えです。すみませんでした。てへっ…。

駅員さん:そうか。よかったね。

ツヨシくん:駅員さん…、ど、どうも…。

 コメットさん☆とツヨシくんは、疲れからすっかり熟睡してしまっていたようだ。終点の中央林間まで、ずっと寝てしまったのだ。コメットさん☆は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、やはり気まずそうなツヨシくんといっしょに、急いで電車を降りた。

コメットさん☆:ああ恥ずかしかった…。

ツヨシくん:ぼくも寝ちゃってた…。

 二人は、急いで改札を抜けると、通路を通って小田急線に乗り換え、ちょうどやってきた片瀬江ノ島行きに乗った。

ツヨシくん:次は最後の桜ヶ丘駅だね、コメットさん☆。

コメットさん☆:そうだね。プラネット王子の住んでる湘南台の2つとなりだね。

ツヨシくん:あーあ、でもよかったぁ。桜台とか、桜上水とか、とてもほかの駅なんて、回れなかったよ。

コメットさん☆:ほんとだね。ふふふふ…。だって…、とても暑いから…。よけいに疲れるよ…。

ツヨシくん:ほんと…。

 そう言いながらも、二人はふと、ケースケは相当な体力の持ち主のように、あらためて思った。何しろ、この暑さの中、さらに紫外線も強い海岸で、半日以上じっと監視しているのだ。時には人の命すら救いながら…。

ツヨシくん:残りの駅は…、来年の夏休みにでもしようかなぁ…。

コメットさん☆:ええー?、うふふふ…。

 コメットさん☆は、あきれたように笑った。

 桜ヶ丘駅には、10分ほどで着いた。傾いた日は、相変わらず暑いが、建物の陰に入れば、いくらかしのげる。

コメットさん☆:ここは…、前に古い電車の写真撮りに来た駅だね。

ツヨシくん:そうだね。そう言えば、あの時駅前に桜の木が…。あった!。ほら、1本あるよ。

コメットさん☆:ほんとだ!。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、駅の階段の先、駅前広場に1本の桜の木を見つけた。シンボルツリーのように立つ、夏の強い日射しを受ける、厚い葉の桜を。

コメットさん☆:たしか、線路の近くにも桜の木があって、それを入れて電車の写真撮ったような…。

ツヨシくん:うん。だいぶ前だけど、そうだった気がする。

コメットさん☆:あの時は、プラネット王子が教えてくれたね。

ツヨシくん:そうだね。プラネットのお兄ちゃん、いろいろ教えてくれた。

コメットさん☆:なんか、やっぱり夏の桜と春の桜は、全然様子が違ってる…。

ツヨシくん:春休みに自由研究が…、いや、やっぱりそんな宿題ない方がいいや!。

コメットさん☆:あははは…。ツヨシくん面白い!。

ツヨシくん:結局、なんか大きな街になると、桜の字が付く駅でも、実際に桜の木はないってことなのかなぁ?。

コメットさん☆:うーん、そうかもね。桜木町も、桜田門も。

ツヨシくん:大都会には、桜を植える場所のないのかな…。

コメットさん☆:でも、公園にはあったよ?。

ツヨシくん:そうだけどさぁ…。

コメットさん☆:ねえ、ツヨシくん、ここの桜ヶ丘駅は、どうしてこういう名前になったの?。

ツヨシくん:えーと…。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんがそろえてくれた資料を見る。

ツヨシくん:「小田急電鉄は、大和−高座渋谷間に駅を新しく設けることにしたが、最初は「桜株」という駅名を考えていた。しかし、駅予定地の近くの中原街道と交差する通称「桜株踏切」で、大きな衝突事故があったので、それを思い出させる駅名を避けるためもあり、「桜ヶ丘」という名前になった。」…だって。

コメットさん☆:ふぅん…。あんまり明るい話ばかりじゃないんだね。

ツヨシくん:桜木町も、昔「桜木町事件」っていう、電車が燃えるような大事故があったって、パパが教えてくれた。

コメットさん☆:そっか…。桜って言う名前だからって、いいことばかりじゃないんだ…。

 コメットさん☆は、噛みしめるように言った。人々の歴史の中には、様々な出来事がある。歴史を作るのは、小さな出来事の積み重ねなのだけれど、それが時に、歴史を大きく動かす大きな出来事になることがある。

ツヨシくん:さあ、もう帰ろう、コメットさん☆。うちに帰って、冷たいジュース飲もう。

コメットさん☆:うん…。もういいの?、ツヨシくん。

ツヨシくん:もういいよ。今日は…、ありがとうコメットさん☆…。楽しかった。

コメットさん☆:うふふっ。どういたしまして。私も、楽しかったよ…。

 ツヨシくんとコメットさん☆は、二人でにこっと微笑みあうと、線路に沿った道を少し歩き、駅に戻った。

 

ツヨシくん:ただいまぁー。

コメットさん☆:ただいま…です。

景太朗パパさん:よう、お帰り。二人とも疲れたろ?。

ツヨシくん:うん…。めちゃくちゃ暑くて…。

コメットさん☆:まあ、その…少し…。

景太朗パパさん:どう見てもへとへとだな。お疲れさん。二人とも、順番にシャワー浴びて、まずは汗を流しなよ。熱いシャワーにかかると、さっぱりするよ。

ツヨシくん:うん…。大変だった…。コメットさん☆、先にシャワー浴びて。

コメットさん☆:え?、ツヨシくん先にどうぞ…。

ツヨシくん:いいよ。ぼくとりあえず撮ってきた画像を、印刷してみたいから。

景太朗パパさん:おお、いっぱい写真撮ってきたのか?。パパにも見せてくれよ。実はパパも、桜と名前の付く駅に、本当に桜があるかなんて、知らないものなぁ。

コメットさん☆:じゃあ、私は失礼してシャワー浴びてきます。

景太朗パパさん:あ、コメットさん☆、冷蔵庫にスポーツドリンクが入っているから、それをグラスに1杯飲んでからね。

コメットさん☆:え?、あ、はい。

景太朗パパさん:体の水分バランスがだいぶ狂っているはずだからね。

コメットさん☆:はい。

 景太朗パパさんは、暑さでまいっている体をいたわるようにと、教えてくれているのだった。コメットさん☆はまず手と顔を洗い、キッチンまで行くと、冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを出し、コップに注いで一杯飲んだ。

ネネちゃん:あ、コメットさん☆おかえりー。どうだった?。面白かった?。

 その時2階の部屋から、ネネちゃんが下りてきた。

コメットさん☆:あ、ネネちゃんただいま。面白かったよ。ネネちゃんはどこかに行っていたの?。

ネネちゃん:私も、新江ノ島水族館に調べに行ってきた。めちゃくちゃ暑かった…。

コメットさん☆:そっか…。私も暑かったけど…。これからシャワー浴びるとこ。

ネネちゃん:いいよー。熱いシャワー気持ちいいよ、出てからエアコンにあたると。

コメットさん☆:じゃあ、今から着替え持って行ってこよっと。またあとでねネネちゃん。

ネネちゃん:そうだね、コメットさん☆。

 コメットさん☆は、コップのドリンクを飲み干すと、2階の自分の部屋に上がり、着替えをチェストから出した。そして1階のお風呂場に急ぐ。コメットさん☆がお風呂場に行ってしまうと、ちょうど手を洗って自分の部屋に荷物を置き、デジタルカメラのメモリーカードから、何枚かの画像を印刷したツヨシくんが、リビングに出てきた。

ツヨシくん:うーん、こんなものかな?。

ネネちゃん:ツヨシくん。

ツヨシくん:なに?。

ネネちゃん:コメットさん☆とのデート、どうだった?。

ツヨシくん:デート?。…そ、そんなんじゃないって。自由研究だよ、夏休みの!。

ネネちゃん:あー、ツヨシくん赤くなった。

ツヨシくん:ち、違うって!。これは…。

ネネちゃん:いいなぁ。なんて距離をデートしてきたんだか…。最長記録だねっ。

ツヨシくん:ネネったらぁ!。

景太朗パパさん:こらこらふたりとも。ツヨシ、写真見せて。ネネもどのくらい進んだのか、持って来て見せてごらん。

ツヨシくん:あ、パパ。はい、こんな感じ…。

ネネちゃん:う…、も、もう少しで出来るよ、パパ…。

景太朗パパさん:その様子じゃ、ネネはまだ進んでないな。しっかりやらないと終わらないぞ、ネネ。大水槽の管理のしかた、館員さんに聞いてきて、まとめるんだろう?。

ネネちゃん:はぁい…。

ツヨシくん:桜って付く駅だからって、必ずしも桜はなかったよ。それに…、4駅しか回れなかった…。もう暑くて疲れて…。

景太朗パパさん:そうか。ある程度は予想したけど、そんなに大変だった?。かかりそうな時間から考えて、せいぜい6駅位かなって思っていたけど…。どこまで回ったんだ?。

ツヨシくん:えーとね…。

 ツヨシくんと景太朗パパさんがそんな話をしているとき、コメットさん☆は熱いシャワーを浴びていた。

コメットさん☆:はあっ…。熱いシャワー気持ちいい。ずいぶん汗かいちゃった…。頭洗っちゃおうかな…。

 コメットさん☆は、首まわりや腕にお湯をかけながらつぶやく。そして思う。

コメットさん☆:(でも、今日はいろいろな電車に乗って、どの電車も全部時間通り…。すごいなぁ…。…ツヨシくんといっしょにいると、なんだかケースケのこと忘れてた…。)

 コメットさん☆は、一度シャワーを止めると、シャンプーをボトルから手に取った。そして、ふとシャワーの前にある鏡を見る。いつもより、少しばかり疲れた顔をした自分が、そこには映っていた。今まで忘れていたケースケのことを思い出す。先週花火をしながら聞いた、ケースケの進路。「大事な話」だったはずなのに、今日は一日それを思い出す暇すら無かったというか、忘れていられたというか…。「それって…。」と思いながら、コメットさん☆はシャンプーを髪につけて、ひざをつき、髪を洗い始めた。

 夕方になって、沙也加ママさんが帰ってきた。コメットさん☆はひととき話をする。

沙也加ママさん:…そう。大変だったわね、コメットさん☆。ありがと。

コメットさん☆:いいえ。その、私も面白かったから、よかったです…。

沙也加ママさん:でも暑かったでしょう?。

コメットさん☆:暑かったけど、本当に桜の木があったのは、桜新町と桜ヶ丘のふた駅でした。

沙也加ママさん:そうなの?。へえ、行ってみないとわからないものね。

コメットさん☆:ええ。そうみたい…。でも、桜新町の桜は、ずっと桜並木で、春はとてもきれいだと思う…。

沙也加ママさん:そう。…じゃあ、来年の春は、行って見られるといいわね。

コメットさん☆:あ、…はい。

 来年の春。あの桜新町の八重桜並木が、いっせいに花開くとき、いったいケースケはどうなっているのだろう。そしてコメットさん☆の想いは?…。ふっとコメットさん☆は、ツヨシくんに電車の中で言われた、「春になって桜が咲いたら、またいっしょに来ようよ」という言葉を思い出した。

ツヨシくん:コメットさーん☆、写真出来たよー。見て見てー。

コメットさん☆:…あ、ほんと?。どれどれ?。

 大きな声にびっくりして振り返ると、ツヨシくんが写真を全部持って、コメットさん☆のところにやって来た。いや、たった1枚の写真を除いて。青々と茂る桜並木を見つけて、うれしそうなコメットさん☆をそっと撮った、ツヨシくんにとって、宝物の一枚だけは…。

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※1:モノレールには、「鎌倉山」駅は実在しません。
※2:日本の鉄道は、1872年に新橋−横浜間で開通したのがはじめですが、当時の新橋は現在の汐留地区、当時の横浜は現在の桜木町駅です。そのため汐留が起点、桜木町が終点ということになり、いずれも日本の鉄道発祥の地と言えます。

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