年少ファンから高齢の方々まで、関心の高さがうかがえる当日の様子。「宮廷ホーム」の天井灯は、優雅なグローブになっている(右側)とか、古レール柱は意外に質素な感じなど、ホームの特殊な意匠も見て取れます。
大屋根の部分から少しはみ出す形で据え付けられたようですね。女性の姿も見られますが、当時は付き添いだったのでしょうか。
誇らしげな201系正面。クハ201−901号です。運番窓の周りが濃いグレーです。右下ジャンパ栓は、量産時には1本にまとめられました。左側を走る山手線も、103系電車です。その奥の森は、明治神宮ですので、このあたりはあまり風景が変化していません。
編成札も「201」とされています。このあたりにも国鉄の意気込みが。右側年少ファンの持っているカメラは、もちろんフィルムカメラ。それも今からすれば古そうに見えますね。デジタルカメラなんて、想像も出来ない時代です。前面の手かけは、当時量産されていた103系などと同様ですが、量産車は横に手すりが連続する形状に変更されました。試作車も量産車に類似の形態に改造されますが、元のものを利用しつつ改造したので、上から見ると形状が異なっていました。ここまでの画像は全て1979年5月13日。「Aコレクション」より。
運転室後部。メーカー純正の車号板が付いているのがわかります。また試作車独特の、運転室後部窓が四角い形状であるのが、かろうじてわかるかと思います。みんな持っているカメラがでかい…。
クハ201−901の運転台側をもう少し引いて撮ったもの。やはり先頭車にはスタンションポストがあったことがわかります。窓外の右側は山手線です。以上2枚の車内画像は、「Mコレクション」より。日にちは同じと思われます。
この展示の時には、試運転時の編成そのままであったためか、違いがわかるようにするためか、東急車輌製と日本車輌製を混合した編成になっていました。編成はクハ201−901+モハ201−901+モハ200−901+モハ201−904+クモハ200−902となっています(青地:東急車輌製、緑字:日本車輌製)。この画像は山手線103系車内から撮影した、原宿宮廷ホームでの展示の様子。この車は人々が集まっている先頭車クハ201−901の反対側で、クモハ200−902です。運番窓まわりのライトグレーがポイント。線路には鉄道公安官と思われる人が警備するなど、相当国鉄も力を入れた展示であったことがわかりますね。この画像のみ、Fコレクション・上原庸行氏撮影。
このあと試作車は営業運用に入ることになりますが、しばらくは「01H」や「47H」運用など、ある程度固定されていたようです。