小田急「F-Train」運転中止の顛末

 
 小田急線では、2011年8月3日より、神奈川県川崎市に「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」がオープンしたのを記念して、特別電車「F-Train」を運行してきました。10輌編成の3000系1本に、藤子・F・不二雄氏の、代表的キャラクターを、外部にラッピング、および車内にも張り付けしたもので、大好評のうちに優等列車中心で運転、1年以上走る計画だったのですが、なんと東京都から「屋外広告物条例違反」である旨指摘を受け、残念ながら運転中止ということになっています(車輌はそのまま走行しており、外部のラッピングのみ撤去した状態)。
 この問題について、この種の「特別塗装」あるいは、「特別装飾」の電車が、条例違反を理由に運転中止となる例は無かったと記憶していますので、東京都の担当部署に電話にて取材をさせてもらいました。
 その回答の中から、今回の「事件」がどのようなものか、また本質的な条例のあり方についての疑問点、さらにこの事件が浮き彫りにした問題点などを検証してみたいと思います。


 まず、「F-Train」とはどんな電車だったかを紹介します。全て撮影は2011年8月26日、藤沢駅にて。

F-Trainの画像です

 正面からして、既に藤子キャラが描かれています。

F-Trainの画像です

 1号車側面。個人的には「エスパー魔美」が珍しいと思いますが…。キャラクターの背景色に注目しておいて下さい。あとで意味を持ちます。

F-Trainの画像です

 1号車後部。隣の2号車とは、ベースカラー(地色)が異なることがわかります。

F-Trainの画像です

 2号車前寄り。背景色が場所により微妙に変化しており、黄緑色基調です。
 3000系は、ステンレス車なので、基本的に「銀色に青帯」の車輌です。しかしこの編成は、完全に車体全面ラッピングであるのがわかるかと思います。



 さて、当時の新聞にもこの件は取り上げられていました。少し引用してみましょう。

「屋外広告」許可得ず 都条例違反
 小田急電鉄は22日(中略)、ラッピング列車が、東京都屋外広告物条例に違反していたと発表した。10月から運転を取りやめるという。列車は(中略)キャラクターが描かれたシートが前面と左右両面に貼られている。小田急線全線で8月3日から、1列車を運行していた。
 都によると、商業広告でなくても、絵や商標、シンボルマークも「屋外広告物」に該当する。事前に都に申請し、許可を得る必要があるが、小田急は申請手続をしていなかった。また条例では車体外側を利用する場合、広告の面積が全体の10分の1以下になるよう決めているが、絵はシート全面に描かれていた。
 小田急によると、8月中旬に都から指摘を受けて違反がわかったといい、同社広報部は「広告物という認識がなかった」と話している。

 以上、「朝日新聞朝刊2011年9月23日38面」の宮嶋記者書名記事より引用です。

 一方、小田急電鉄の言い分も、同社ホームページのPDFファイルから読み取って、部分的に書き出してみます(当時掲載されていたHP上から引用)。

 「小田急 F−Train」の車体ラッピング装飾について、東京都より、東京都屋外広告物条例に抵触しているとの指摘を受けたことから、2011年9月30日(金)をもって、車体へのラッピング装飾を終了することといたしましたので、以下の通りお知らせいたします。
 弊社における東京都屋外広告物条例への認識不足によって、この様な事態を招いたことは誠に申し訳なく、特別電車のご利用を楽しみにしたくださいましたお客さま、「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」はじめ関係の皆さまに、多大なるご迷惑をおかけいたしますことを、深くお詫び申し上げます。

1.ラッピング終了の理由
 (前略)
 運行開始にあたっては、車体へのラッピング装飾は車両塗装の変更であり、広告には該当しないものと認識しておりましたが、運行開始後、東京都から同条例に抵触しているとの指摘を受け、確認いたしましたところ、広告物に該当することが判明いたしました。
 このため、当社といたしましては、当該車両の運行を継続することはできないことから、9月末日をもって、車体へのラッピング装飾については終了することといたしました。

【条例への抵触内容】
(1)許可申請を実施しなかったこと:東京都屋外広告物条例 第23条
(2)広告物の面積が基準(車体1面の10分の1以下)を超えていたこと:東京都屋外広告物条例 施行規則 第19条

(以下略)



 以上が、おおよそ本件「事件」の内容です。しかし、これだけでは、今一つ全体の様子がつかめませんし、東京都の条例なるものも、私たち市井の人々がよく知っていることでもなさそうです。また、他社では多数車体ラッピングの電車は運行されており、東京都自身も、都電荒川線に「花100形」という、装飾広告専用車輌をデビューさせていたりします。これらとの整合性についても、ピンとこない部分がありましたので、東京都の見解をきちんと聞くべく、電話にて「取材」することに致しました。
 まずは、東京都庁の代表番号(03−5321−1111)へ電話します。それで代表交換台から、担当部署に電話を回してもらいました。それでつながったのが「屋外広告担当」の人でした。9月下旬のことです。

 その「屋外(やがいと発音)広告担当者」とのやりとりは以下の通り(丁寧語は省略。また話し言葉なので、一部文章として成立するように補足あり)。

すぎたま(以下「す」):まず、(ラッピングが)車体面積の10分の1以下を超えていたということが、東京都屋外広告物条例施行規則第19条に違反ということだそうだが、もう少し詳しく説明して欲しい。
都担当者(以下「と」):施行規則第19条では、面積や「出す」基準が決まっている。
す:東急東横線では、かつて「プリキュアトレイン」という電車が走っており、渋谷に出入りしていたことから、都内渋谷区を通っていたと考えられる。また練馬区などを走る西武鉄道「銀河鉄道999」号フルラッピング車や、西武線にも「プリキュアトレイン」が2000系を使用して走っているし、山手線にはラッピング広告車が走っている。これら多数走っている装飾電車は、(面積)10分の1を超えていると思うがどうか。

東横線プリキュアトレインの画像です

 参考:東急東横線のプリキュアトレイン。画像提供:EH500氏。

東横線プリキュアトレインの画像です

 同上。元町・中華街駅にて。画像提供:EH500氏。各戸袋部分と窓下2ヶ所。それにシャボン玉形の模様など、全体として10分の1は超えていそうだが…。

 銀河鉄道999フルラッピング車の画像はこちら(グーグル画像検索結果)。
 西武線のプリキュアトレインの画像はこちらの黄色い電車の側面画像など参照(同上)。

山手線のラッピング広告車画像です

 日本生命のラッピング車。野球選手の等身大?ラッピングやロゴ、中央下の文字列など、これも10分の1は超えていそう?。2010年5月17日、池袋駅で撮影。

と:数え方は難しいところ。全面ラッピングの地色(一番多く使われている色)の部分は、面積に数えない。
す:黄色い車体に黄色いステッカープラスキャラクターの場合、黄色のところはノーカウントということか。
と:そういうことだ。各社工夫して、輪郭線をとっぱらったりして、基準の面積に押さえていると言うが。
す:東京都では花100形という、都電100周年を記念する全面装飾電車を7500形からの改造で製作した(こちら・グーグルの画像検索結果へのリンク)。都電のベースカラー(地色)は、白ではなく黄色では?。(白は)地色に当たらないのでは?。
と:地色というのは、元の標準カラーということではない。
す:はぁ?。
と:小田急の場合、1号車から10号車でベースカラーが異なる。例えば1号車は黄緑がベースカラーだと思うが(間違い。1号車はブルー系なのは、上の画像の通り)、その黄緑の部分は面積に数えない。2号車では(同様に)青を数えない(2号車が黄緑系の間違い)
す:それにしても、都の花100形は、白に対して、その他の部分が10分の1を超えていると思うが。
と:中央のデコレーションは、車内にある。
す:中にあればいいのか?。
と:そういうこと。
す:プリキュアトレインなどはどうなのか。10分の1を超えてはいないか。西武の銀河鉄道999の場合、何をもって地色とするのか。メーテルの髪の毛の色というわけでもあるまい。小田急は宣伝を目的にしていないではないか。広告を依頼されてやっているのではない。
と:順にお答えするが、(小田急の)F-Trainは、外のものしか問題ではない。
す:もしキャラクターが、窓ガラスに内側から貼ってあったらOKということか。
と:そういうことだ。
す:おかしな条例と思う。
と:いや、これは「屋外広告物」条例で、「屋外」しか適用できない。
す:内側の広告が外を向いていたとしても、それは屋内にかざってあるのだから、内側から見られなくて、外からしか見られなくても、それはあくまで「屋内」だと。それが都の見解というか、条例の趣旨か。
と:そうだ。例えばタクシーの内側から外向きに貼ってあるステッカーがあるが、あれは条例上で言う「屋外広告物」にあたらない。
す:内側から見られなくても?。
と:そう。ガラス張りのビルなどで、内側から貼ってあるものがあるが、あれは条例で言う面積規定などはいっさい適用されない。
す:それは、かなり市民的感覚からは離れているね。
と:うーん…。…それで銀河鉄道999(西武の)について、あれは面積計算上は(10分の1を)超えている部分がある。しかし、いくつか例外規定ってものがある。あれの場合(銀河鉄道999号)は、練馬区が区の事業としてやっていることだったので、特例の許可の手続をしている(ので無問題だ)。その他の場合でも、10分の3まで認めるなどがある。いずれにしても、走っている乗り物で、申請を忘れていたというのは、聞いたことがない。小田急だけ厳しくしているということはない。宣伝の意図云々も、法が条例の上にあるが、宣伝の意図があるかないかは考慮されない。お金をもらっているか、もらってないかとか、何々の宣伝向けに(広告が)出されたのかどうかは関係なく、出されたものであれば、それは屋外広告物である。
す:納得しがたい部分はあるが、条例側から見た見方はよくわかった。小田急は、(ラッピングを)はがして終了してしまうのだと言っているが。
と:「指導」の中で、こういうふうにやれば運行続けられますよと、そういう話にもなる(なった)。ただ、人気があるから続けろとかは(都としては)言えないので、小田急の判断になる。今からでもデザイン修正して、きちんと許可申請を出せば、デザイン上も問題ないと思うから、走れる事案ではある。
す:例外規定が、私らにはよく知らされていない。知ることが簡単に出来ないのだが、ホームページなんかに記載があるのだろうか。
と:細かいルールについては、施行規則になる。
す:それはどこかに公開されているのか。
と:都のホームページに載っている。



 とりあえず、電話で話した内容は、以上です。文章にすると、きついことを言い合っているように見えますが、実際はなごやかに、時に笑いを交えてのやりとりでした。しかし、正直都の言っていることには、はっきりしない点だらけです。それを次に考察してみたいと思います。

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