スユニ50の画像です

 旧形客車と呼ぶには、若干抵抗ありますが、スユニ50です。一応スハネ16やスハ43系の改造名義でした。また国鉄工場で改造されたのも特色の一つです。盤越西線では、乗客の乗るオハやスハフより、スユニのほうが新しいという現象が50系投入まで続きました。会津若松にて。1982年頃。車輌はスユニ50 2033(横軽対策車)。


スエ31の画像です

 梅小路機関区救援車スエ31 101です。スエ31の100番台は、確かトイレなしを区分したものだったと思います(救援車のトイレって、使われるのだろうか…)。梅小路蒸気機関車館内にこのように止めてありました。ワム80000の代用車も連結しています(右の方)。この車はマニ31の張り上げ屋根タイプを改造したものですが、張り上げ屋根の部分が明るいグレーに塗装されているのが珍しいです。オハ35系で張り上げ屋根車はたくさんありましたが、いずれも車体と同じ色に塗られ、わざわざ別色を塗ってあるのは、比較的珍しいようです。検査出場直後らしく、車体・下回りともピカピカでした。1986年夏。


スエ71の画像です

 もう1輌救援車ということで。逆光であまりいい写真ではないのですが、甲府機関区のスエ71 95です。車体に労働組合のスローガンが書かれたままになってます(ちなみに書いてある文字は、「ローカル線廃止反対!!」と、「79反合春闘勝利!!列車妨害・謀略粉砕!!動労」です。反合とは、反合理化のことでしょう)が、70系戦災復旧客車の特徴をよく残しています。各ドア上には雨樋はなく、水切りのみで、タネ車のマニ71時代から車体は変わっていません。客車としては珍しい2段窓もそのままです。それからこの車はホロがついていますが、70系の荷物車でホロつきはまれで、さらに救援車になると70系に限らずホロは撤去する場合が多かったですから、その意味でも珍しいです。台車はTR23Bと呼ばれる、TR34の枠に平軸受けを入れたという、70系には多いものの、他形式ではほとんどない珍しいタイプで、戦後の混乱を思わせます。この車の元の車輌はよくわかりませんが、端梁の仕上げがのちに会津若松区で見たスエ71とは異なっており、工場による仕上げの違いが結構あったようです。1978年撮影ですが、このあと間もなく廃車になりました。甲府機関区も現在跡形もなく、時の流れを感じます。


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