団地のミステリー<1>
私は生まれてからずっと、団地に住んでいる。団地というところは、普通コンクリの箱のような、集合住宅の一種であるから、多数の人がひとところに暮らすことになるわけで、プライバシーの問題とか、ペットが原則的に飼えないとか、騒々しい迷惑な隣人がいるときがあるとか、独特な問題があるものではあるが、だからといって、一戸建ての家が、いいとばかりも言い切れないようだ。
実際に住んだことはないので、あまり根拠のあることではないのだが、寒いとか、戸締まりが大変であるとかいう話は、比較的良く聞く。
一方団地は、カギ一つで出かけられ、たいていは鉄筋コンクリート造りだから、冷暖房の効率もまずまずである。
さて、そんな利点と不利点が混在している団地であるが、長年住んでいると、一戸建てではわからないかもしれない、いろいろなことが、本当にあるものだ。それはまさにミステリーとでも言うような…。
先日の夜中2時頃、なんだか前の建物との間にある公園のあたりで、がちゃがちゃとやかましい台車を動かすような音がするので、こんな時間に何だろうと思い、居間の窓からのぞいて見た。すると、向かいの建物の5階の部屋に住んでいる住人と思われる、初老の男性が、よくホームセンターで売っているような台車を押して、家の中の荷物を次々に、団地内の道路に駐車したワゴン車の中に積み込んでいる。1回の積み込みが終わると、エレベーターでまた運ぶのを繰り返している。
この団地のエレベーターは、夜中1時過ぎから朝までは、各階に必ず止まるように設定されている。それは防犯のために、夜中は各階停止になってしまうのだ。そのため相当な時間をかけながら、黙々とその男性は、家の荷物を車に運んでいた。
最初は引っ越しかと思ったが、こんな夜中に、荷物を運び出す引っ越しなど、聞いたことはないし、業者がやっている様子でもない。とすれば…、もしかして「夜逃げ」?…。
4時頃までは、作業のようすを、私も見ていたのだが、さすがに眠たくなって寝てしまった。朝早く起きたうちの母親の話では、朝日がさすようになると、車を建物のエントランスにぴったり付け、ずっと積み込みを続けていたそうだ。朝は通勤の時間帯になるので、どうもそれより前に終わらせたかったらしい。日曜日の夜から月曜日の朝にかけてのことであった。
果たして昼頃、なんだか得体の知れない男4〜5人が、なんと鍵屋を引き連れてその部屋にやってきた。まさに夜中に作業をしていた男性にとっては、間一髪のところだったのかもしれない。男たちは、鍵屋に玄関錠を「ピッキング」させて開けると、室内に入っていった。
男たちの風体は、世に言われるように「やくざもの」という感じではなく、普通の背広を着た男4人と、新聞の集金人風のジャンパー男性1人の5人という感じである。ただ背広は着ているものの、やっぱりどこか「借金取り」風ではあるのだが、それは遠目に見ているのだし、こちらにも先入観があるので、本当に借金取りなのかどうかはわからない。
しかし、やはりどこか「異常な光景」には違いない。だいたい、鍵屋を連れてきて、「ピッキング」させるという段階で、本来「家宅不法侵入」ではないのだろうか。警察か管理事務所に通報すべきかとも思ったが、警察は民事不介入なので、ピッキング行為はともかく、中に人がいて、その人とケンカにでもならなければ、手出しはしないだろう。管理事務所は、午後1時30分になると、管理の人が不在になってしまうので、あてにならないし、何かできるとか、するというものでもないかもしれない。
やがて男たちは、室内がもぬけのからだったのか、携帯電話でどこかに電話しながら、一度引き上げた。しかし、夕方にも再度やってきて、また鍵屋に玄関の鍵を開けさせ、室内に入っている様子だった。
どうもこれは、世に言う「夜逃げ」に違いないのではないか。その部屋はこれを書いている現在でも、空き部屋になっている様子もなく、ひっそりしているが、意外に思ったのは、居住者と思われる人が、夜中に台車を何度も押して作業をしていようが、翌朝になってから、鍵屋と男たちがやってこようが、周辺の家の人たちが心配そうに見るなんてことは、まるっきり無いことであった。あれが「夜逃げ」だとして、それはまったく私のうちの人々以外には知られずに実行され、その後謎の男たちがやってきたことも、誰にも知られた気配はないかのようである。そのことは、ある意味不気味な感じだ。
これをもって「都会の無関心の怖さ」とでも言うのだろうか?。まさに「都市は潜む」という言葉がふさわしい。
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