2003年5月30日号

信州花紀行−<連載3>


  信州花紀行<3>
 

(前号の続き)
 翌日、メルパルクを出て、7年に一度の御開帳でにぎわう善光寺にお参りした。天気は前日の夜半から小雨が振ったりやんだりの、あまり良好とは言えない具合であったが、まあ近場の散策には、何とかなる程度であった。
 善光寺にお参りするのは二度目であるが、今回は御開帳で、ものすごい数の人である。まだ朝のうちなのに、もう観光バスで乗り付けた、あるいは新幹線でやってきたような人々で、参道はごった返している。参道の両側に並ぶ店も、客引きに熱心だ。
 こんなに混雑していては、ゆっくりお参りなどできないから、御開帳されている前立本尊はじっくり見ないで、遠くからのお参りにした。
 善光寺境内にも散り始めだが、なんとかまだ見られる満開の桜が咲いていた。長野市内の桜は、上田付近より遅いようである。またスイセンも少しではあるが咲いている。都内で見るスイセンの開花は、桜より前だから、今年の冬は寒かったのだろうか。それとも長野では、これが普通なのであろうか。
 本堂裏には、花壇もあったりする。カエデなどの比較的低い木から、スイセンなどに混じって、よく見るとタンポポが咲いている。残念ながら駐車場が近いせいか、また人も通るからであろうか、セイヨウタンポポが多いが、わずかにカントウタンポポも見られる。国宝のお寺も、案外建物の回りは植物園の様相を呈しているのが、面白いといえば面白い。

 午後になったので、天気は相変わらずだが、長野電鉄に乗り、長野から小布施に向かうことにした。小布施は秋の栗が有名であるが、今の季節はどうだろうか。
 長野電鉄線は、JR長野駅前の地下から出ている。ちょっと薄暗いホームから、ローカル私鉄としては結構本数も多く、15分間隔程度で2〜3輌編成の列車が発車する。車輌は多くが東京の地下鉄日比谷線を走っていたものだから、乗車して発車を待っていると、なんだか都内のどこかの駅にいるような気分になる。しかし都会の喧噪があるわけではないし、電車はワンマン運転でがらがらだ。だが、ラッシュ時はそれなりの混雑になるようである。
 長野駅を発車した電車は、地下鉄のように地下の暗いトンネルを進む。地下部分は駅間が短く、すぐに停まる感じである。市役所前、繁華街の権堂、善光寺下を過ぎると、やがて電車は地上に出る。ここからは郊外電車の風情である。車窓にはリンゴ畑や、モモ畑、菜の花の黄色い花が見える。リンゴ畑はまだ花は咲いていないが、もうしばらくすると白い花をつけるだろう。
 電車は屋代線との乗り換えジャンクションである須坂で1分ほど停車したのち、長野県の狭い平野部を走り続け、小布施に着いた。小布施の駅は、島式のホームが1面あるだけで、両側に上りと下りの電車がやってくる、思ったよりはささやかな駅であった。
 駅の本屋(ほんおく)は下りに向かって右側で、左側の西?側には出口はない。本線を小さな踏切で越えると、改札がある構造である。
 出口のない側には、目前にリンゴ畑が広がっていて、農家のおじさんが作業をしていた。白い猫が1匹ねっころがっていたが、どうもそのおじさんの猫のようでもあり、少し離れたところに置いてある軽トラックで、おじさんといっしょに来たのかもしれないと、ふと思わせるものがある。が、よくよく考えてみると、それは不自然かもしれないのであった。
 あいにく雲がかかっていて、はっきりとは見えないが、ぼうっと山の稜線の輪郭がかすんでいる。妙高や戸隠連山、飯綱山…と、駅の説明看板には記載がある。晴れていれば、なかなか雄大な景色の駅であろう。
 隣接する引き込み線には、長野電鉄の歴代車輌が保存されている、「ながでん電車の広場」なるものがある。乗客は勝手に見られるようになっており、ホームから通路を通っていくと、車輌を間近で観察できるようになっている。ところが上屋(うわや)はついているものの、吹きっさらしのところに置いてあるだけだから、どうしても傷みがきてしまっている。またただ並べて置いてあるだけなので、撮影とか全体を観察するのには無理がある。遠くには古い鉄橋が保存してあるのも見えるが、どだいそこまでは行かれない様子である。
 長野電鉄は、なかなか自社の産業遺産を大切にする会社ではありそうで、須坂の駅には車輪と古いレールが、ここ小布施にも、電車の他に関連水力発電所のタービンの羽根などというものまで保存されているのである。しかし、どうも積極的に見せようという努力は、残念ながら足りないような気がする。もっと見せることによる、「観光的効果」もねらっていいのではないか。
 古い電車の保存車庫にしても、1台ずつ離して置かないと、撮影もできない。また傷みが進んでくるようなら、定期的にペンキの塗り替えなど、もう少し整備が望まれる。車輌によっては、窓ガラスが割れたまま、車内に駅の備品が置かれたままになっている車もあって、コンセプトに対してややおざなりの感がしないでもないのが惜しい。
 電車の広場を見終えて、駅の改札を抜けると、黒白の猫が待っていた。いや、待っているわけではなかろうが、首輪をしているから駅に住み着いているのであろう。人なつっこい猫で、指で呼ぶとすぐ寄ってくる。荷物を置いて、出札口の反対側にあるベンチに私が座ると、私の横にひょいと乗ってきた。そして頭をすりつけてくる。猫の背中をなでていると、出札口の中から、駅員氏が何事か叫んでいる。聞き取れないので、聞き返すと、どうやら「猫をベンチに乗せるな」と言っているらしい。私が乗せたわけではないが、まあ仕方ないと猫をおろしてからベンチを見ると、パッチワークで作ったような汚れた座布団が、一人一人分ずつ敷いてあった。駅員氏は、この汚れた座布団を気にしたのだろうか。
 この人は、私が電車の広場で、古レールを調査していたときも、いきなり「お客さんなにしとる?」と聞いてきた人だ。私は古レールを調査研究することをライフワークにしているから、不審なやつだと思われたのだろう。だがこのレールのことと言い、猫のことと言い、なんだか面白くない気分である。

 駅を出て、小布施の街へ出た。その駅員氏に「栗菓子が買えるところはどこ?」と聞いて、教わったように歩く。が、どこまで行っても、それらしい店は見あたらない。ようやく見つけたところは、道を一本間違えていた。少々私も頭に血が上っていたかもしれない。
 長野の駅にも栗おこわを出している「T堂」という店に入り、栗おこわと栗ようかんを買って、ようかんは友人にも送った。落雁のようなお菓子も、試食でおいしかったので、買った。
 さて店を出てしまうと、気取った店がいくつか並んではいるが、これと言って面白そうな店があるわけではない。
 よく長野のタクシー運転士に、長野の観光名所を聞くと、必ず善光寺の他にこの小布施が入っているものであるが、それほど名所と呼べるのかどうか、私にはわからなかった。もっともそれは、駅員氏の態度が、印象を悪くしている部分もあるにはあるだろう。
 造り酒屋などものぞいたが、もう何も買わないで駅に戻ることにした。そうして歩いていると、とある民家の門の前にタンポポの大きな株が咲いている。よく見ると3株あって、一株は「シロバナタンポポ」ではないか。これは比較的珍しい。外見は普通のタンポポと同じようなものだが、花の中心部だけが黄色く、あとのまわりの花びらは白い。中心から外へ向かってのグラデーションのようにも見える。
 都内でも咲いているところがあるとは聞くが、行ってみたことはない。写真におさめてから、ちらりと中の庭をのぞくと、何株もシロバナタンポポが咲いているのが見えた。あるいは趣味で育てているのかもしれない。思わぬところに思わぬものがあるものである。

 駅に戻って、時刻表を見ると、次の電車は特急で、100円の特急券が必要とある。そこで自動券売機で特急券込みの長野までの切符を買った。まだ時間はあったので、例の駅員氏に入場券と最低区間の切符それぞれ10枚を頼んだ。すると彼の態度は一変し、てきぱきと切符を棚から取る。しかも日付を入れるのを前に、「いつの日付にしますか?」とまで聞く。そんな過去や未来の切符を売ってもらおうとは思わないから、「今日の日付でお願いします」と答える。そもそも鉄道好きの友人へのおみやげと、記念のためだから、あまり日付とかにはこだわらない。それより多額の使いもしない切符を、記念に購入する客と見るや、態度が一変する駅員氏というのは、少々釈然としないものを感じるが、まあ人間なんて結構そんなものであろうと、思い直すことにした。

※以下次号

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