その先のコメットさん☆へ…2004年前半

 「コメットさん☆」オリジナルストーリー。第132話からは2004年になります。このページは2004年前半分のストーリー原案で、第132話から第156話までを収録しています。2004年の後半分第157話から第182話はこちらです。

 各話数のリンクをクリックしていただきますと、そのストーリーへジャンプします。第132話から第156話まで全てをお読みになりたい方は、全話数とも下の方に並んでおりますので、お手数ですが、スクロールしてご覧下さい。

話数

タイトル

放送日

主要登場人物

新規

第132話

初夢ミステリー

2004年1月中旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・メテオさん・メト・プラネット王子

第133話

赤く燃える暖炉

2004年1月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん

第134話

サクラソウの窓辺

2004年1月下旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・おばあさん・ラバボー

第136話

バレンタインのコメット

2004年2月上旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・プラネット王子・ミラ・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・ラバピョン・メテオさん

第137話

ツヨシくんの恋力<前編>

2004年2月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・景太朗パパさん・沙也加ママさん・王妃さま・ネネちゃん・ラバボー

第138話

ツヨシくんの恋力<後編>

2004年2月中旬

コメットさん☆・ツヨシくん・医者ビトたち・看護ビトたち・星人たち・星の子たち・ヒゲノシタ・王様・王妃様

第139話

コメットの春一番

2004年2月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ラバボー

第140話

星国さくらの丘<前編>

2004年3月上旬

コメットさん☆・王様・ラバボー・沙也加ママさん

第141話

星国さくらの丘<後編>

2004年3月中旬

コメットさん☆・王様・王妃さま・星ビトたち・縫いビトたち・ラバボー・ラバピョン・ツヨシくん・ネネちゃん

第142話

ホワイトデーとツヨシの心

2004年3月下旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ケースケ・ツヨシくん・沙也加ママさん・ネネちゃん(・プラネット王子・ミラ・カロン・新井さん)

第143話

ツヨシの春休み

2004年3月下旬

コメットさん☆・ツヨシくん・プラネット王子・羽仁神也くん・景太朗パパさん

第144話

王様のお花見

2004年4月上旬

コメットさん☆・王様(・王妃さま)・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん(・ケースケ)

第145話

パパとママの結婚記念日

2004年4月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん

第146話

桐の木に問う未来

2004年4月中旬

コメットさん☆・ケースケ・桐の木・沙也加ママさん・スピカさん・みどりちゃん

第147話

人を想う心

2004年4月下旬

コメットさん☆・今路くん・ラバボー・ツヨシくん・沙也加ママさん・メテオさん・(王様・プラネット王子)

第148話

よみがえれシンボルツリー

2004年5月上旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・町会長さん・ラバボー・沙也加ママさん

第149話

ハモニカ星国の昨日と明日

2004年5月上旬

コメットさん☆・ツヨシくん・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ネネちゃん・ラバボー

第150話

五月晴れの日

2004年5月中旬

コメットさん☆・景太朗パパさん・プラネット王子・ラバボー(・沙也加ママさん・ツヨシくん・ネネちゃん)

第151話

王妃の遠い日

2004年5月下旬

コメットさん☆・王妃さま・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・ラバピョン・メテオさん・ムーク

第152話

思い出は時の彼方

2004年5月下旬

コメットさん☆・王妃さま・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん・ラバボー・ラバピョン・スピカさん・みどりちゃん

第153話

コメットの窓から

2004年6月上旬

コメットさん☆・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん

第154話

橋田写真館の秘密

2004年6月中旬

コメットさん☆・プラネット王子・橋田さん(ブリザーノ)・ラバボー(・ヘンゲリーノ)

第155話

部屋に吹く涼風

2004年6月下旬

コメットさん☆・ラバボー・沙也加ママさん・景太朗パパさん・ツヨシくん・ネネちゃん

第156話

コメットの涙

2004年6月下旬

コメットさん☆・ケースケ・プラネット王子・ツヨシくん(・ネネちゃん)・沙也加ママさん・景太朗パパさん

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★第132話:初夢ミステリー−−(2004年1月中旬放送)

 新しい年があけ、今年は景太朗パパさん、沙也加ママさんといっしょに、初日の出を海岸まで見に行ったコメットさん☆。ツヨシくんとネネちゃんもいっしょだが、新年の瞬間まで夜更かししていたので、二人とも、いや、コメットさん☆も含めて眠そうだ。七里ヶ浜の駐車場には、多くの車が入っており、それらの人々も、海岸に降りて、冷たい風の吹く中、日の出を待っていた。

 やがて日が、逗子の山の向こう側から顔を出し、待っていた人々の歓声とともに、ゆっくりと昇りはじめた。コメットさん☆は、その光景をじっと見ながら、ツヨシくんやネネちゃん、ラバボーに声をかけたが、全員しっかりとした答えは返ってこない。

コメットさん☆:みんな、ほら、初日が昇ったよ。

ツヨシくん:むー、眠いよ、コメットさん☆。

ネネちゃん:ネネちゃんも。あ〜あ。

ラバボー:……。

コメットさん☆:わはっ、しょうがないなぁ。初日の出きれいなのに…。…でも、私も眠いな。景太朗パパ、沙也加ママは眠くないんですか?。

景太朗パパさん:あはは、正直言えば、ぼくも眠いさ。ほとんど寝てないんだもの。

沙也加ママさん:私も。みんな、願い事をしたら、早く帰りましょ。何しに来たんだか、これじゃわからないけど。ふふふっ。

 そして、藤吉家のみんなは、それぞれ簡単な願い事をしてから、家に帰って寝た。そしてお昼頃にみな起き出して、お雑煮を食べたり、カルタ取りをしたり、ボードゲームで遊んだり、はねつきをしたり…と、去年のお正月同様に過ごした。年賀状を読んだり、コメットさん☆は、また振り袖を着せてもらったり…。

 1月1日から2日にかけてみる夢は、初夢である。ここでいい夢を見ると、その年にはいいことがあるとされている。コメットさん☆は、夜10時頃ベッドに入った。そしてまもなく、眠りに落ちた。ツヨシくんも、ネネちゃんも、景太朗パパさんも、沙也加ママさんも。またメテオさんも同じように、時間の違いこそあれ、順番に眠りに落ちていったのだ。そのために、この中で、夜半に鎌倉上空を通過した大きな流れ星を、見た人はいなかった。

 そして翌日の朝…。

ツヨシくん:ツヨシくん、初夢見たよ。この間の、「ウエディングドレスコンテスト」のような夢。コメットさん☆みたいな人が、ドレス着て遠くにいるの。それで、ぼくのところに来ようとしているんだけど、遠いの。でも、とてもきれいだったよ。

ネネちゃん:ネネちゃんも見た。あれぇ?、ネネちゃんも結婚式の夢だった。誰かはわからないけど…。ひろーいところで、新婦さんを見ているの。とてもロマンチックだったぁ。

コメットさん☆:なあに、その「私みたいな人」って、ツヨシくん。この間のコンテストの夢かなぁ?。

ツヨシくん:うーん、だって、コメットさん☆かどうかわからないんだもの。だけど…、大人の人で、かんむりみたいなの頭にのせてた。

コメットさん☆:ふーん。だれなんだろうね?。ツヨシくんの未来のおよめさんかな?。…でも…。

 コメットさん☆は、不思議な感覚にとらわれていた。なぜなら、どこか似たような夢を見ていたからだ。

ツヨシくん:コメットさん☆は、どんな夢見たの?。教えてよ。

コメットさん☆:…う、うん。ええとね、私が見た夢は…やっぱり結婚式の夢で、私ウエディングドレス着ているの。それで、遠くに私の結婚相手の人がいるんだよ。それで私、知っているはずなのに、誰だろうって思うの。そこへ行かなきゃって思うんだけど、履いている靴が脱げちゃって、急いでしゃがんで、それを履き直そうとするの。やっとの事で履いて、顔を上げて、相手の人の顔を見ようとするんだけど、どうしても向こうのほうが明るくて、その人の顔は見えなかった。だから、誰だかわからないんだけど…。割と、丸顔の男の人だった…。…なんか、誰だかわからないのが、ちょっと心配なような気持ちなんだけど、でもとてもよく知っている人で、安心しきっているような気もするの。…これって、いい夢なのかなぁ?。よくわからない夢。

ツヨシくん:ふぅん…。なんだか、ツヨシくんも、ネネちゃんも、コメットさん☆も結婚式の夢だね。

コメットさん☆:…そ、そうだね…。何でだろ?。

景太朗パパさん:…あれぇ、みんな結婚式の初夢かい?。実はパパもなんだよ。不思議なこともあるんだねえ。

 そこへ景太朗パパさんがやってきた。

コメットさん☆:景太朗パパの初夢はどんなのですか?。沙也加ママとの結婚式?。

景太朗パパさん:うーん。それがさ、これまたよくわからないんだよね。ママとの結婚式じゃなくて、ママといっしょに、誰かの結婚式に出ているんだ。なんだかよくわからない会場でさ。ひろーい大広間みたいなところなんだよね。そこで新郎と新婦が遠くに見えるんだけど…。それがどうしても誰だか、顔までは見えないんだよ。なんかでも、ぼくとママは、関係者みたいなんだよね。…ちょっと面白いだろ。

沙也加ママさん:…面白くなんて…ないかもしれないわよ…。

景太朗パパさん:あれ?、ママどして?。

コメットさん☆:沙也加ママ…。

 沙也加ママさんは、心なしか青ざめたような顔で語りだした。

沙也加ママさん:私の初夢…、パパのとほとんど同じよ…。大きなお屋敷の中みたいなところで、それでいて、窓がないのに、遠くに星が見えるの…。そこで…変だなあって思って、ふと向き直ると、新郎と新婦が立っているのよ。でも、パパとおんなじで、距離が遠いのか、回りが明るすぎるのかわからないんだけど、誰だかまではわからないの。…でも、やっぱり私もその二人は、とてもよく知っている人らしいのよ。

コメットさん☆:…ママ、パパ…。それって…。

景太朗パパさん:…変だな。同じような夢を、もしかすると、みんな見ていた…。そういうことなのかな…?。

コメットさん☆:沙也加ママは、どうしてよく知っている人らしいって、わかったんですか?。

沙也加ママさん:…それが、なんていったらいいのかなぁ…、ただそういう感じがするのよね。相当前から知っている二人な気がして、「ああ、やっぱりこの二人は結ばれたのね、よかった」なんて、思っているの。それがどうしてそう思っているのか、わからないんだけどね…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんの話を聞いて、それは星国のどこかなのではないか…と思った。「窓がないのに、遠くに星が見える」というのは、星国の王宮内の様子に、あまりに似ている気がしたからだ。

コメットさん☆:(星国の宮殿の中だとすると…、私も含めたみんなが見た夢って、どこかでつながっているんじゃないのかな…。本当は同じ内容の夢を、みんなそれぞれの位置から見たような…。…だとすると、この夢が示すことって…いったい…。)

 と、その時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。コメットさん☆は、ポケットからそれを取り出すと耳に当てた。

コメットさん☆:はい、もしもし。

メテオさん:…コメット?、新年おめでとう。さっそくだけど、聞いて欲しいことがあるのよ。

コメットさん☆:あ、メテオさん?。新年おめでとう。ことしもよろしくね。…で、聞いて欲しいこと?。

メテオさん:そう。うちの幸治郎お父様と、留子お母様と、私の三人とも、同じ夢としか思えない夢を…。

コメットさん☆:えっ!?。メテオさんも…!?。

メテオさん:…「も」ってことは、コメットも!?。

コメットさん☆:うん。内容の細かいところは違うようなんだけど、うちの中で全員同じ場所をあらわしている、それも星国のようなところの夢を…見たって…。

メテオさん:……。…もしかして、結婚式の夢?。

コメットさん☆:…メテオさんも…?。

メテオさん:…。とにかく、今から来て。あ、予定大丈夫?。

コメットさん☆:うん。大丈夫。なるべくすぐ行くね。

 コメットさん☆は電話を切ると、みんなの方に向き直った。

景太朗パパさん:もしかしてメテオさんかい?。…メテオさんも、同じ夢を…?。

コメットさん☆:くわしいことはまだわかりませんけど…。結婚式の夢だそうです。もしかすると、同じような夢なのかも…。私、今からメテオさんのところに行ってきてもいいですか?。

沙也加ママさん:いいわ。ぜひ詳しいことを聞いてきて。なんだか…気味が悪いわね…。

コメットさん☆:はい。じゃ私行ってきます、メテオさんの家に。

ツヨシくん:ぼくも行く。

ネネちゃん:ネネちゃんも行く!。

沙也加ママさん:だめよ。二人は、ママのお店の福袋売り手伝ってくれるって約束でしょ。今日は午後少しだけ店を開けるんだもの。

ツヨシくん:あ、そうかー。

ネネちゃん:そうだった。ママのお手伝いしなきゃ。

景太朗パパさん:じゃぼく留守番しているから、ママとツヨシ・ネネ、それにコメットさん☆も行っておいで。まあ、それほど心配することでもないじゃないか。何しろ夢なんだし。夢を操作なんてできるわけないだろ?。

コメットさん☆:…そうですよね。じゃ行ってきます。

沙也加ママさん:…そ、そうよね。

 そしてコメットさん☆はメテオさんの家に、沙也加ママさんたちは午後から福袋を売るために店に向かった。

 

コメットさん☆:それで、メテオさんの見た結婚式の夢っていうのは?。

 コメットさん☆は、猫のメトを腕に抱くと、メテオさんと向かい合って話を聞いた。メトは、もう大きくなって、子猫ではなくなっていたが、やんちゃなところは、相変わらずだった。コメットさん☆のティンクルスターにじゃれついたりしている。

メテオさん:…今朝の明け方だったと思うわ。なんかすごくリアルな夢で…、私ついに結婚しているのよ。それでみんなに祝福されて、ウエディングドレス着て、結婚式に出ているんだけど…、相手の男性が、誰なのか、どうしてもわからないの。それで私、「瞬さま、瞬さまでしょ?」って、呼ぶんだけど、相手はニコッと笑ったように見えたところで、自分の声で目が覚めちゃった。…だから、瞬さまなのか、それとも別な男性なのかわからずじまいなの。

コメットさん☆:…ふぅん。なんだか、幸せそうな夢だね。メテオさん。それって初夢としては、いい夢なんじゃないのかな?。きっとそれ瞬さんだよ。

メテオさん:…それならいいんだけど…。でも、それだけじゃないのよ。幸治郎お父様と、留子お母様に聞いたら…。私の結婚式に出ている夢で、場所は若宮大路の脇にある教会みたいなところだったって…。相手の男性は、知っていそうなんだけど、結局わからなかった、それにしても二人で同じ夢を見るなんて…とか言っているのよ…。

コメットさん☆:…メテオさん、それってやっぱり…、幸治郎さんと、留子さんと、メテオさんで、見ている夢の内容は、同じなんじゃないのかな?。

メテオさん:やっぱりコメットも、そう思う?。

コメットさん☆:うん…。

メテオさん:そういうコメットの夢も教えて。

コメットさん☆:私が見たのは、やっぱりウエディングドレス着ていて、私の結婚相手が遠くに見えるの。それでそこまで行こうとするんだけど、誰だかわからない…。でも、誰だかわからないのが心配なような、とてもよく知っている人で安心なような不思議な感じなの。…でも、私だけじゃなくて、ツヨシくんも、ネネちゃんも、景太朗パパさんも、沙也加ママさんも、見ているところは違っていても、結局同じ内容の夢のようなの。中でも、ママの見たのは、場所が具体的で、まるで星国の宮殿のようなところ。

メテオさん:…うちも、留子お母様よ、若宮大路の脇の教会のようなところって言ったのは。

コメットさん☆:…どうしてなんだろう…。なんだか、怖いような気がする…。

メテオさん:…おそらく、私たちが、星ビトであることと、何か関係があるようね。…あ、殿下は、プラネット王子はどうなのかしら。もし星ビトであることが関係しているとすれば、プラネット王子やカロン、ミラにも何か特別な初夢が…。

コメットさん☆:あそっか…。じゃ、今電話してみるね。

 コメットさん☆は、急いでティンクルホンで、王子に電話をかけた。王子はすぐに電話に出た。

プラネット王子:…初夢?。ああ、そういえば昨日の夜か。…別に…、そうだなー、なんでかわからないけど、ミラと魚釣りしている夢だったなあ。あはははは…。あんまり釣れなくてさ。…でも、どうしてそんなこと聞くんだい?。

コメットさん☆:あ、いいえ、ちょっとどんなかなーって思って。

プラネット王子:あんまりたいした夢じゃなかったよ。

 コメットさん☆は、あいさつもそこそこに電話を切った。きっと王子は、なんだろうと思っているに違いない。しかし、今はそんなことは後回し…。

コメットさん☆:メテオさん、王子はミラさんと釣りに行く夢だって。

メテオさん:えー?、釣り?。なにそれー。

コメットさん☆:なんか王子は関係なさそうな感じだね。

メテオさん:…そうねえ…。すると、結婚式で一致しているのは、うちとあなたの家ということね…。

 

 コメットさん☆は、メテオさんの家から帰ると、沙也加ママさんたちの帰宅を待って説明した。

沙也加ママさん:メテオさんは?。なんて?。

コメットさん☆:はい。やっぱり見るところは違っても、結局同じ内容の夢としか思えないものを、幸治郎さんも留子さんもメテオさんも見ていたようです。…でも、私たちが見たのと違うのは、メテオさんの結婚式と思われるものを、みんな見ていたようです。

沙也加ママさん:…すると、私たちが見たのは、…コメットさん☆、あなたの結婚式…ということなのかしら…。

コメットさん☆:…そ、そういうことなんでしょうか…。

 コメットさん☆は、ごくりとつばを飲み込んだ。心臓が、急に高鳴る。足下から怖い感じが、はい上がって来そう…と思った矢先、景太朗パパさんが口を開いた。

景太朗パパさん:…それは…、関係ないんじゃないかな?。夢っていうのは、人が寝ている間に、頭で考えていることだし、通常行ったことのないところや、知らないものは出てこないはずと言われているんだよね。プラネットくんはどうだった?。コメットさん☆。

コメットさん☆:プラネット王子は…、なんか釣りの夢だったそうです。

景太朗パパさん:やっぱりね。だからこれは偶然の一致だと、ぼくは思うけどなぁ…。

沙也加ママさん:そうねえ…。考えてみると、私たちが同じ夢を、誰かに見させられる理由も、見つからないわねぇ…。

景太朗パパさん:第一、人の夢なんて操作できるわけがないじゃないか。

コメットさん☆:…でも…、うーん、…そうですよね。いくら何でも、意味ないですよね。

景太朗パパさん:そうさ。…しかし、初夢としてはいい夢だったんじゃないか?。だって結婚式だよ。コメットさん☆のかもしれないし、ほかの誰かのかもしれないけど、新年早々結婚式の夢を、みんなで見られるなんて、今年はいいことがたくさんあるっていう、知らせかもしれないよ。そう信じようよ。

沙也加ママさん:そうね。考えてみれば、おめでたいことだもの、結婚式は。…思い出してみれば、きれいで、演出も凝っていたような気がするわねぇ〜。あんな結婚式してみたい…。

景太朗パパさん:えっ、もう一度やるの?。

沙也加ママさん:もうっパパったら。冗談よ!。

コメットさん☆:あはっ、あはははは…。

ツヨシくん:うーん。あれはいい夢なのか。うん。ツヨシくん信じる。

ネネちゃん:ネネちゃんも信じる。なんか夢みたいだったなぁ。およめさん、とってもきれいで。

ツヨシくん:だから夢なんじゃんか。ネネ、言ってることが変。

ネネちゃん:もう!。ツヨシくんつまんない!。

景太朗パパさん:まあまあ、ツヨシもネネもそれくらいにしておきなよ。…みんなで初日の出を見たおかげだよ。

 

 コメットさん☆は、それでも自分の部屋に帰ると、ラバボーにたずねていた。

コメットさん☆:ラバボーはどう思う?。

ラバボー:やっぱり何かの星力が働いたことは、間違いないボ。

コメットさん☆:…そうだよね。どう考えても、沙也加ママさんの言っているのは、3つの星国の、どれかの宮殿…。…ああー、でも結婚なんて…。当分は考えたくもないなぁ…。

ラバボー:姫さまは、結婚したくないのかボ?。

コメットさん☆:…そんなことは…ないけど…。それは…いつか、私の…大切な人が…あらわれて…、その人と…いつまでもずっといっしょに暮らしていけたらって、思える人だったら…。……なんだか、恥ずかしい…。

 コメットさん☆は、すっかり恥ずかしくなって、ほっぺたを赤くしながら、下を向いてしまった。だが、今年の初夢は、単なる偶然なのか、それとも、「星の導き」なのか。それはだれにもわからなかった…。

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★第133話:赤く燃える暖炉−−(2004年1月中旬放送)

 コメットさん☆は、去年の秋の終わりから、初冬、そして暮れにかけて、景太朗パパさんに言われるまま、裏山にたくさんはえている木々の、枝打ちをしたり、風で折れたりした枝を集めて、ガレージの階段のところまで運んで、乾燥させておいた。ついでに海岸から、流木も少し。コメットさん☆としては、どうしてそんなことをするのかわかりかねて、景太朗パパさんは、ツヨシくんとネネちゃんのベッドや、机も作ったということだったから、もしかすると、また何か木工細工でもするのかなと思っていた。でも、小枝を使ってまで、木工細工をするんだろうか…。そんな疑問も、胸に浮かぶ。

 

 年が明けて、1月のある日のこと。その日外は鉛色の空で、雪雲らしき雲も出て、ただでさえ寒い冬の日が、さらに寒く見えるような天気の日だった。コメットさん☆が、リビングの大窓から、外の景色をぼうっと見ていると、製図の仕事をしていた景太朗パパさんが、一休みしに、リビングにやってきた。少し前にコメットさん☆は、コーヒーを景太朗パパさんに出したばかりだったが…。

景太朗パパさん:コメットさん☆、コーヒーありがとう。…あまり仕事はかどらないから、持って来ちゃった。コメットさん☆も何か飲むかい?。コーヒーよりは違うもののほうがいいよね?。

コメットさん☆:あ、はい。私はお茶のほうが…。

景太朗パパさん:そうか…。じゃ、ぼくもお茶も飲もうかな…。

コメットさん☆:あ、私が入れましょうか?。

景太朗パパさん:いいよ。ぼくが入れるから…。ちょっと待ってて。

コメットさん☆:…すみません。ありがとうございます。

景太朗パパさん:そんなにかしこまらなくていいんだって。ここは君のうちだよ。そして君は、わが家のもう一人のお姫さま。

コメットさん☆:え…あ、はあ…。

 コメットさん☆は、照れたような、困ったような顔をした。

 ツヨシくんとネネちゃんが、学校に出かけ、沙也加ママさんが車で由比ヶ浜のお店に出てしまうと、仕事のある景太朗パパさんは、一人仕事部屋にこもってしまう。広い家には、コメットさん☆がほとんど一人のようなものだ。ツヨシくんと、ネネちゃんが、まだ保育園だった頃は、バスまで送りに行ったり、迎えに行ったりしなければならなかったが、学校に行くようになってからは、そうした必要もなくなった。コメットさん☆は、そんなゆったりとした時間を、たいてい自分の部屋で過ごすことが多く、本を読んだり、前の日の出来事を、メモリーボールに記録したりする。それでも、10時過ぎ頃と、3時頃にはなるべく景太朗パパさんに、お茶を出すようにしていた。どこかへ出かける用事がないときは…。なぜなら、景太朗パパさんは、けっこう根を詰めてしまうのだ。キッチンへ行って、コーヒーメーカーで、景太朗パパさんの好きなコーヒーを入れる。景太朗パパさんは、マンデリンという銘柄のコーヒーが好きなのだ。豆は、鎌倉・小町通りのお店で買ってくる。

景太朗パパさん:…さて、お茶が入ったよ。玉露という、ちょっと高いお茶を入れてみた。どうかなー?。あと、サブレがあったから、それも持ってきたよ。

コメットさん☆:わあ、景太朗パパ、ありがとうございます。サブレ大好き…。

景太朗パパさん:これ、鎌倉名物で、有名なんだよね。食べてみると、普通の素朴なサブレなんだけどねぇ…。

コメットさん☆:お茶おいしいです。味が濃い…。

景太朗パパさん:おっ、そうかい?。玉露の味がわかるなんて、なかなかコメットさん☆も通だね。あははは…。

コメットさん☆:うふっ…。…少し苦いですけど…。

景太朗パパさん:玉露はね、少しぬるめのお湯で入れないと、よくお茶の葉っぱが開かないんだよね。…昔学生時代に、お茶問屋の息子が友だちにいてさ、よくそいつからお茶もらったものだよ。

コメットさん☆:えっ、そうなんですか?。景太朗パパって、いろいろなお友だちがいるんですね。

景太朗パパさん:そうだねぇ…。知り合いや友だちは、まあ多いほうかもね…。ところでコメットさん☆、これから予定は?。

コメットさん☆:特に何もないですけど…。

景太朗パパさん:そっか…。ちょっと寒いけど…、いや、寒いから、暖炉の準備をしようか?。

コメットさん☆:ええっ!?、暖炉ですか?。

景太朗パパさん:いままで、ツヨシとネネが小さかったから、危ないと思って、ずっとつけてなかったんだけど…、今年はたまにはつけてもいいかなって思ってさ。…コメットさん☆は、暖炉が燃えているところ、見たことあるよね?。

コメットさん☆:暖炉って、宮殿の部屋とかには…、ありませんでしたね。ホールとかにあったのは見ましたけど…、燃えているのは、ほとんど見たことないです。

景太朗パパさん:あれ、そうか。なら、うちので見てみないかい?。

コメットさん☆:はい。…楽しみですね。どうやって火をつけるんだろう。あったかいかなぁ…。

景太朗パパさん:ふふふ…。去年から集めておいた、木の枝なんかが、ガレージの階段のところにあるでしょ?、あれを使おうよ。

コメットさん☆:はい!。あれは、こういうときのためのだったんですね。

景太朗パパさん:そういうことさ。

 

 コメットさん☆と、景太朗パパさんは、手袋をはめて、ウッドデッキからガレージの中に降りる階段のところへ行った。

景太朗パパさん:さて…、えーと、どれにするかな…。手頃な大きさの…ちょっと大きめなやつがあると…、火持ちがいいんだけどな…。まずは、小枝から燃やしてみるかな…。

 景太朗パパさんは、だれに言うとでもなく、つぶやいた。

景太朗パパさん:とりあえず、これでいくか…。コメットさん☆、こっちの小さい枝のやつを、縁側の下に運んでくれるかな。…大丈夫かな?、重くない?。

コメットさん☆:はい。大丈夫です。縁側の下のところですね。

 コメットさん☆は、よいしょよいしょと、短い小枝の束を、縁側のガラス戸の下に運んだ。あとから景太朗パパさんが、少し太い枝の束を抱えるようにして持ってきた。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆に新聞紙を持ってくるように言うと、それらをリビングの中に運び込み、暖炉の前のたたきに置いた。

景太朗パパさん:さあ、いよいよ火をつけるよ。…まずはね、こうやって新聞紙をねじって、棒のようにしながら、火をつける…。…よし、ついた。

コメットさん☆:わっ、燃えた…。大丈夫ですか?。

景太朗パパさん:大丈夫さ。きちんと気をつけてやればね。…それで、この上に細かい枝を乗せていくのさ…。少しパチパチするかもしれないから、あまりのぞき込まないようにね。

コメットさん☆:は、はい。

景太朗パパさん:よしよし、燃えてきたぞ。じゃコメットさん☆、その壁のスイッチを入れて、少し右にまわして。

コメットさん☆:はい。これですか?。

景太朗パパさん:そうそう、それ。それを入れると、排気装置が回って、空気の通りが良くなるから、よけいに燃えやすくなるのさ。

コメットさん☆:へえー、そんな仕組みがあるんですね。

景太朗パパさん:暖炉つけるときにさ、この建物にレンガ造りの煙突は似合わないなって思って、排気装置をつけて、煙を裏庭側に出すようにしちゃったんだよ。

コメットさん☆:景太朗パパ、やっぱり設計上手…。

景太朗パパさん:いや、あはは…。照れるなぁ…。

 

 午後遅く、ツヨシくんとネネちゃんが学校から帰ってきた。

ツヨシくん:ただいま、コメットさん☆。あれ?、なんだかあったかい…。

ネネちゃん:ただいまー。わあ、あったかーい。

コメットさん☆:おかえりツヨシくんとネネちゃん。景太朗パパといっしょに、暖炉に火をつけたんだよ。だから、リビング全体が、さっきからあったかいの。

ツヨシくん:あっ、ほんとだ。暖炉が赤く燃えてる。

ネネちゃん:わあい、暖炉暖炉ー。ネネちゃん、暖炉が燃えているの、見るのはじめてー。

ツヨシくん:ぼくは見たことあるような気がするけど…、うちのじゃなかったかなぁ?。

景太朗パパさん:お、ツヨシとネネ、おかえり。さっそく暖炉にあたっているな。ふふふふ…、よしよし。

コメットさん☆:ツヨシくんとネネちゃん、燃えてる暖炉見るの、はじめてって言っていますけど…。

景太朗パパさん:そうだったかな?。ネネはじめてかい?。ツヨシはどうだ?。

ネネちゃん:たぶんはじめて…。こんなふうに燃えるんだー。

ツヨシくん:ツヨシくんは…、見たような気がするんだけど、違うところのかもしれない…。

景太朗パパさん:そうだなー、ツヨシとネネには、もしものことがあるといけないと思って、ママと相談して、子どもが小さいうちは、やめようって言って、それ以来ずっと燃やしてなかったかもね。

コメットさん☆:そうなんですか。でも、私もこんな近くで見るのは、はじめてです。

景太朗パパさん:そうかー。うまく薪をくべてやれば、一日燃え続けるよ。…まあ、エアコンもヒーターもいいけれど、それとはまた違った感じがあるだろう?。

コメットさん☆:はい。なんだか、あったかい気持ちになりますね。

景太朗パパさん:そうだね。やっぱり火が見えると、心まであったかくなるような、そんな感じだね…。…ツヨシとネネ、危ないからいたずらしちゃダメだぞ。火は危ないからな。

ツヨシくん:うん。わかった。ツヨシパパいたずらしない。

ネネちゃん:はーい。

景太朗パパさん:なんだ、ツヨシはパパか。あっはっははは…。

コメットさん☆:あはははは…。

景太朗パパさん:昔はどこの家にも、いろりっていうのがあってさ。一日中火が燃えてて、それで料理をしたりお湯を沸かしたりしたそうだ。それを家中の人たちが囲んで、いろいろな話をしたり、おじいちゃんおばあちゃんから昔話を聞いたりしたものらしい…。でも、今はもうそんな習慣は、なくなってしまったようだね…。うちはそれでも、みんなで集まって何かしたり、話をしたりすることは、比較的多いと思うけどね。

 景太朗パパさんは、暖炉の火を見つめながら言った。コメットさん☆も、ツヨシくんも、ネネちゃんも、じっとその話に耳を傾け、そして火を見つめている。

 暖炉の火は、なんとなく人を集めるようだ。もちろんそれは、暖かいから…。それと、その赤々と燃える火が、人の心の何かを溶かすから…。

コメットさん☆:…部屋中があったかい…。沙也加ママも、早く帰ってこないかな…。

 コメットさん☆はつぶやいた。コメットさん☆が言うように、沙也加ママさんも、もうまもなく帰ってくるだろう。そして、しばしこの火を見つめるに違いない。みんなを集める、この暖炉の火を…。

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★第134話:サクラソウの窓辺−−(2004年1月下旬放送)

 コメットさん☆は、珍しく沙也加ママさんと二人だけで、新宿に出かけた。沙也加ママさんが、南口の大形DIY店に寄って、さらにデパートを見て回ったからだ。またお歳暮にもらった商品券で、ツヨシくん、ネネちゃんの着るものを買って、コメットさん☆にも靴を買ってくれた。

コメットさん☆:ママ、ありがとう…。なんだか私…。

沙也加ママさん:いいのよ。コメットさん☆も、ちゃんといいものを身につけないとね。普段どんどん履いたらいいわ。いい靴履かないと、体全体に影響があるのよ。ああ、でも頂き物の商品券、助かっちゃった。ツヨシとネネは、すぐに着るもの小さくなっちゃうのよね…。…えーと、コメットさん☆、帰りは藤沢回りでいいかしら?。ちょっと藤沢の小田急デパートも見たいのよね。

コメットさん☆:はい。別に私はどっちでも。ママとの買い物は楽しいですから。

 沙也加ママさんは、新宿から小田急線で藤沢に行きたいと言っているのだ。いつもはよく、湘南新宿ラインを利用して、横須賀線直通で鎌倉まで帰る。

沙也加ママさん:じゃあ、小田急線のロマンスカーで帰ろうか。…まってよ、ちょうどいい電車あるかしら…。

コメットさん☆:ロマンスカーって、特急ですか?。

沙也加ママさん:そう。そうなんだけど…。3時10分発があるわね。それで帰りましょ。

コメットさん☆:はい。

 沙也加ママさんは、特急の発車案内を見ると、15時10分発「えのしま37号」の特急券を、券売機で買った。発車までは15分ほどある。

沙也加ママさん:急行よりずっと楽だわ。安いし…。

コメットさん☆:そうなんですか?。ロマンスカーって、乗るの初めてです。

沙也加ママさん:あら、そうだったかしら。…そうね。今まではあまり小田急線は、利用したことなかったものね。

 二人は発車までのわずかな間、改札の中にある花屋を見た。もう春の花が、何種類も売られている。梅やロウバイの鉢植え、サクラソウ、アリッサム、プリムラ…。コメットさん☆は、その中のサクラソウに目を留めた。サクラと名前が付いているのに、桜のようではない…。そんな様子が不思議に思えたから。コメットさん☆が、振り返り、振り返りサクラソウの鉢植えを見ていると…。

沙也加ママさん:サクラソウ、欲しい?、コメットさん☆。

コメットさん☆:…あ、い、いえ、その…。

沙也加ママさん:欲しいものは、欲しいって、言ってもいいのよ。サクラソウっていう、桜みたいな名前にひかれたかな?。…いいわ。買ってあげる。二つ買って、一つはお部屋に、もう一つはリビングに置きましょ。

コメットさん☆:…あ、ありがとうございます。

沙也加ママさん:相変わらず、「ございます」なんて言うのね…、コメットさん☆は。そんなにかしこまらなくてもいいのよ?。

コメットさん☆:は、はい…。

沙也加ママさん:ええとねー、こういうように、茎が太めで、花があまり咲きすぎてないので…、高さが低いのがいいのよ。…って、このあいだのテレビで言ってた。

コメットさん☆:そうなんですか。これからまだ花がたくさん咲くんですね。

沙也加ママさん:そうよー。色は濃いピンクから、薄いピンク、白もあるわ。どれにしたい?。

コメットさん☆:じゃあ…、私この普通のピンク…。

沙也加ママさん:じゃ、リビングのはこの濃いピンクのにしよう。

 沙也加ママさんは、お店の人にサクラソウ2鉢を頼むと、時計を見た。3時5分。もう5分で特急の発車だ。

 コメットさん☆は、お店の人が包んでくれたサクラソウ2鉢を持って、沙也加ママさんと地上の特急ホームに急いだ。

沙也加ママさん:ああ、ちょっと危なかったかな…。ふふふ…。でも、必ず席があると思えば、安心よね。

コメットさん☆:はい。…ええと、席はどこでしょうか…。

沙也加ママさん:えーと、8号車9番のCD席。…あ、ここだわ。コメットさん☆、奥に座って。

コメットさん☆:…はい。

 二人が席に座ると、特急「えのしま37号」は、静かに新宿駅から走り出した。西新宿の高層ビル街を右手に見ながら、ぐっとカーブして、速度を上げはじめる。二人は荷物を荷棚に乗せると、ほっとくつろいだ。電車は快調に駅を飛ばして行く。代々木上原、下北沢、成城学園前…と、普通の急行なら停車する駅を、ときにゆっくりと、ときにさっと、特急は通過していくのだ。

沙也加ママさん:ねえ、コメットさん☆、このお花、お部屋のどこに置きたい?。

コメットさん☆:…やっぱり窓辺でしょうか。

沙也加ママさん:そうねー。やっぱり出窓のところかなぁ。まだ外には出せないけど、ある程度日があたらないとね…。あと、お水を切らさないようにしないとね。

コメットさん☆:はい。気をつけてみます。…なんだか、お部屋にお花が咲いてるなんて…、いままでなかったから…。

沙也加ママさん:…星国では、お花をお部屋に置いたことないの?。

 沙也加ママさんは、小さな声でコメットさん☆に聞いた。

コメットさん☆:…はい。宮殿の私の部屋には、窓がありませんでした。…というか、壁がそもそもないような感じなんです。机は宙に浮いているし…。

沙也加ママさん:…想像もつかないわね。うふふ…。壁がないってことは、外から丸見え?。

コメットさん☆:そういうわけではないんですけど…、部屋の中から、外に浮いている星の子とかは見えます。…でも、直接日の光が射すということはありません。

沙也加ママさん:うーん、ますますわからないわね…。困ったな。

 沙也加ママさんは、ちょっと笑いを浮かべて、コメットさん☆の不思議な話に聞き入った。

沙也加ママさん:じゃあ、今のようなお部屋は、狭い?。

コメットさん☆:いえ、そんなことはありません。落ち着いていられるから…。あの窓も気に入っています。星空が見えるし…。昼間は遠くの外の景色が見えますから。

沙也加ママさん:そう…。よかった…。狭くて窮屈な気持ちだったら、かわいそうだなって思っていたわ。…でも、ゴムの木だけじゃ、殺風景かなぁとは思っていたのよ。コメットさん☆が、サクラソウをじっと見てるのを見て、お花に興味をもったり、窓辺に置いたりくらい、してもいいんじゃないかなって…。

コメットさん☆:…ママは、いつも私のこと…。とても、うれしい…。

沙也加ママさん:そう言われると、私もうれしいな。だってあなたは、大事なうちの子だもの…。

 

 特急はいつしか、最初の停車駅新百合ヶ丘を過ぎ、相模大野に向かっていた。コメットさん☆は、大きな窓の外を時々眺めた。梅の花が咲いているのが、一瞬見える。しかしそれは、どんどんと後ろへ飛んでいく。

 特急ロマンスカーは、やがてゆるゆるとスピードを落とし、東海道線の上を鉄橋で越えて、藤沢に着いた。コメットさん☆と沙也加ママさんは、藤沢の小田急デパートをのぞき、夕食のおかずを買い足したりしてから、江ノ電に乗った。

 江ノ電は、夕方になって満員の乗客を乗せ、藤沢を発車した。ところが、2つ目の柳小路で、おばあさんが乗ってきた。ちょうどコメットさん☆と、沙也加ママさんが座っているドアの脇のところにである。

コメットさん☆:…あ、あの、ここどうぞ。

 コメットさん☆は、席を立っておばあさんに譲ろうとした。

おばあさん:…あら、いいんですよ、もうすぐ降りますから。

コメットさん☆:で、でも、一駅でも…どうぞ。

おばあさん:…そうですか?。すみませんね。じゃ遠慮なく…。あら、サクラソウ買ったの?。

コメットさん☆:あ、はい、ママに買ってもらいました。

おばあさん:そう。娘さんですか?、とっても素直ないい子ですね。

沙也加ママさん:え、ええ…。あはは…。

 沙也加ママさんは、「いい子」はもちろんとしても、「娘さん」というのには、否定も肯定も出来ないような、ちょっと困ったような笑いを、その表情に浮かべた。

おばあさん:…サクラソウ、私も去年買ったんですけど、どうもうまく行かなくて枯らしてしまいました。

沙也加ママさん:そうなんですか。寒さには弱いのでしょうか?。

おばあさん:そうでもないんですけどね。水やり過ぎだったらしくて…。

 おばあさんと、沙也加ママさんはサクラソウの話を続けている。そんな様子を、コメットさん☆はじっと見ていた。手に持ったサクラソウが、電車の揺れで傷まないように気を使いながら。

 

 家に帰って、コメットさん☆はサクラソウを、部屋の窓辺に置いた。そっと土に触れてみる。まだ湿った感触がある。

コメットさん☆:うん。大丈夫。これからよろしくね、サクラソウさん。

ラバボー:姫さま、なんだボ?、ひとりごと言って。

コメットさん☆:ふふ…。ラバボー、ほらサクラソウだよ。メモリーボールのとなり。

ラバボー:へえ…。地球の花かボ?。

コメットさん☆:そうだよ。いろいろな人の、想いが詰まっているんだよ、花には。

ラバボー:そうかボ…。…でも、姫さまのかがやき感じるボ。この花のかがやきも。

コメットさん☆:そっか…。この花、ママが買ってくれたの。ママはいつも私のこと、大事に思ってくれてる…。

ラバボー:そうだボ。みんなこのうちの人は、姫さまのこと大事に思っているボ。…このうちの人だけじゃないボ。

コメットさん☆:…そうだね。みんな…、ありがとう…。

 コメットさん☆の窓辺に、メモリーボールとともに飾られたサクラソウ。これから春に向かって、たくさん花を咲かせるだろう。この花を外に置けるようになったら、今度は桜が咲いている季節に、きっとなっている。コメットさん☆の大好きな桜の季節に…。

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★第136話:バレンタインのコメット−−(2004年2月上旬放送)

 今年もバレンタインデーが近づいてきた。今年はどんなものを、誰にあげようか…。そんなことを時々考えるコメットさん☆。心は少しそわそわする。しかし街では、本命だとか、義理だとか言っている。本命?、義理…。なんだかもやもやしたものを、コメットさん☆は感じる。

ラバボー:だから、本命っていうのは、ボーのラバピョンのようなものだボ?。

コメットさん☆:じゃ、私だったら…。そんな人…いないな…。

ラバボー:プラネットさまと、ケースケがそうじゃないのかボ?。

コメットさん☆:ち…ちがうよ!。プラネット王子は、少なくとも今そんなんじゃないし…。ケースケだって…。それは…なんだか…単純に「好き」とか、「キライ」ってのとは違う気がする…。じゃあ、キライかって言われれば、それもないし…。でも…、最近はなんだか…、遠くなっちゃったみたいで…。ケースケは、私のあこがれ…かなぁ、やっぱり…。

ラバボー:姫さま…。…ツヨシくんは?。

コメットさん☆:…えっ?。…つ、ツヨシくん…かぁ…。

 コメットさん☆は、去年のドレスコンテストで、ツヨシくんに言われた言葉を思い出して、少しドキッとした。

コメットさん☆:(ツヨシくんは、小さいから、そんなんじゃないって思ってた。でも、私がこの星に来てから、ずっと私を見つめ続けていてくれたみたい…。…それに、ほかの人とは、ちょっと違ったかがやきを持っている…。)

 コメットさん☆は、ちょっととまどいに似た気持ちが、胸の奥からこみ上げてくるような気がした。自らに向けられた、「好き」という言葉の中に、どんな想いが込められているか…。すぐには受け止められない。

コメットさん☆:(私の初恋って…、いつなんだろう?。星国では、そんなこと意識したことはなかった…。星国の学校で、となりの席にいたアルメタルくん?。…いっしょに星遊びして遊んだけど…。ケースケ?、イマシュン?…。恋って、もっと真剣に、ずっとその人のことを想い続けることなんじゃないかな…。)

 コメットさん☆は、逡巡する心のまま、沙也加ママさんと鎌倉駅近くまで、買い物に行った。バレンタインにはチョコクッキーを作ることにしたのだ。それを飾るリボンも買おうと思う。

 小町通りは、観光客と、バレンタインのチョコを買おうとする人々で、それなりに混雑いていた。

沙也加ママさん:さあ、コメットさん☆、チョコクッキーの材料買いましょ。

コメットさん☆:はい、ママ。…あの、去年作ったんですけど…、またわからないところ教えて下さいね。

沙也加ママさん:そんなこと心配しないのよ。ちゃんと教えるわ。…それで、どんなのを何個作るのかな?、コメットさん☆は。

コメットさん☆:え、…ええと、小さくて一口で食べられるやつをいっぱい…。

沙也加ママさん:ふふふ…。いいなぁコメットさん☆は、たくさん配る人いるのね。ああ、私もそんなふうに配ってみたい…。

コメットさん☆:沙也加ママさんは、景太朗パパさんにあげるんですよね。

沙也加ママさん:どうしようかなぁ…最近態度よくないからなー…なんてね。うそよ。パパ以外に、あげる人はいないわ。…学生のころは、けっこう配ったけどね。

コメットさん☆:やっぱり、本命って、決めなきゃいけないんでしょうか…。

沙也加ママさん:あはははは…。それはテレビや雑誌、それにお菓子屋さんが勝手に決めたことよ。そもそもチョコを贈ることだって…。外国ではお菓子なら何でもよかったり、手紙だったり、男の人から贈ったっていいのよ。チョコと決めていて、義理だの本命だのって言っているのは、この国くらいのものよ。だから、そんなに深刻に考えることじゃないわ。普通にキライじゃない人になら、例えばメテオさんにだってあげたら?。堅苦しく考えることはないわよ。…でもあんまりあげすぎると、お財布に響くかもよ。

コメットさん☆:あははっ…そうですよね。でも、ママが言うのを聞いて、私安心しました。

 

 コメットさん☆は、今年もチョコクッキーを焼くために、材料を買うと沙也加ママさんと家に帰り、さっそく台所に立った。真新しいエプロンをして。

コメットさん☆:ええと、いくつくらい作ろうかな…。誰にあげよう…。ケースケと、プラネット王子と、ツヨシくんと、ネネちゃんと、景太朗パパさんと…、メテオさんにもあげちゃおうかな…。ミラさんにも…。それならカロンくんにもあげないといけないな…。すると……、たくさん作らなきゃ。

 コメットさん☆は、台所のオーブンを使って、何度もクッキーを焼いた。プラネット王子や、ケースケ、景太朗パパさんにあげる分は、少し苦みをきかせて…。出来上がった分から、袋に入れてリボンをかけてゆく。そして星力を使って、それぞれにComet☆のマークを入れる。

 

 そしてバレンタインデー当日がやってきた。

コメットさん☆:うわー、大変だ。あっちこっちに配らないと…。

ラバボー:姫さま、あげる人多すぎだボ。

コメットさん☆:だって、沙也加ママは、堅苦しく考えることないって言ったよ。

ラバボー:そりゃそうだけど…。

コメットさん☆:…でも、そのあとお財布に響くって言われた…。

ラバボー:…響いたのかボ?。

コメットさん☆:…うん…。ちょっと…。

ラバボー:…もう、仕方がないボ。まずはプラネットさまのところに行くボ。

コメットさん☆:うん。

 コメットさん☆は星のトンネルを通って、橋田写真館までやってきた。するとプラネット王子は、店頭に出ていて、少し奥にミラが見える。

コメットさん☆:こんにちは。

プラネット王子:よう、コメット。今日はなんだい?。

ミラ:あ、コメットさま、こんにちは。

コメットさん☆:今日はバレンタインデーでしょ?。私チョコクッキー焼いたの。食べてね。

プラネット王子:え!?、わざわざオレにか?。…ありがとう。最近忙しくて、日付の感覚なくなっていたよ…。

コメットさん☆:ミラさんにも。去年のドレスコンテスト、ありがとう…。

ミラ:ええーっ、私にもですか?。ありがとうございます、コメットさま。…そんな、お気になさらないで下さい。…私、女なのに…。

コメットさん☆:ううん。だって、本当は今日っていう日は、大事な人に贈り物をする日でしょ。沙也加ママにそう聞いた…。だから…。あ、カロンくんは?。

プラネット王子:2階で暗室の掃除しているよ。ちょっと出て来られないな、今。

コメットさん☆:…そう。…じゃ、渡しておいてくれますか?。

 コメットさん☆は、バトンを出すと、カロンの分のチョコクッキーの包みに、メッセージを残した。本人の手に渡ったときに、声が再生されるように。

プラネット王子:…い、いいよ。わかった。必ず渡しておくよ。…オレだけじゃないのか…。コメットらしいな…。

コメットさん☆:え?、プラネット王子。私らしい?。

プラネット王子:あー、いや、こっちの話さ。…3月14日には、何かお返しするからさ。

コメットさん☆:…そんな、気にしないで…。

 プラネット王子は、無言で微笑んだ。コメットさん☆も、照れくさそうに笑う。

 コメットさん☆は、橋田写真館を出ると、今度はメテオさんの家に向かった。

メテオさん:なあに?、コメット。どうしたの、突然やってきて。

コメットさん☆:メテオさん、イマシュンにチョコあげた?。

メテオさん:え?、ええ。横浜の有名どころから贈ったわよ。

コメットさん☆:そっか…。メテオさんにも、バレンタインおめでとう。

 コメットさん☆は、チョコクッキーの包みをそっと差し出した。

メテオさん:…わ、私に!?。私…コメットとラブラブになるのはちょっと…。さすがにご遠慮したいけど?。

コメットさん☆:あははっ…。そんなんじゃないよ。今日って、本当は大事な人に贈り物をする日だって。沙也加ママがそう言っていた。

メテオさん:ふぅん…、そう。…ありがと…。恋人じゃないのに…?。

 あっけにとられるメテオさんは、それでもチョコクッキーをコメットさん☆から受け取ると、じっとその顔を見た。

メテオさん:あ、せっかくだから、お茶飲んで行かない?、コメット。

コメットさん☆:ありがとう。でも、うちに帰ってパパさんとママさんにあげなきゃならないから…。また今度…。

メテオさん:…そう。コメットったら、面白い…。

 コメットさん☆は、メテオさんの腕の中のメトをなでると、今度はケースケのアパートに向かった。

 ラバボーに見てもらうと、2階の彼の部屋は、不在だと言う。それなら…と思って、星力で窓をすり抜けさせ、机の上に置いてきた。星力でメッセージを残すわけには行かないから、ブルーのリボンがついたそのままの包みで。袋に名前が入れてあるので、わかるだろうし。

 そして家に帰ると、景太朗パパさん、沙也加ママさんにも1つずつ包みを渡した。

景太朗パパさん:あっ、コメットさん☆ありがとう。ぼくにまでいつもくれるの、ありがたいなぁ。もうママからしかもらえないし…。表向きは…。

沙也加ママさん:そうねー、もう中年に入ったおじさんじゃあね。って、表向きってなあに、パパ!。

景太朗パパさん:いや、まあその仕事関係で…。…ひどいなぁ、中年だって…。

コメットさん☆:ふふふっ…。景太朗パパさん、ちょっと気の毒ですね。

 コメットさん☆は、学校から帰ってきたツヨシくんとネネちゃんにも、1つずつ包みを渡した。ツヨシくんのは、リボンの色が金色…。

ツヨシくん:コメットさん☆、ありがとう。ぼく、コメットさん☆の作るチョコクッキー大好きだから。

ネネちゃん:私も大好き。おいしいんだもの。

コメットさん☆:そう?。ありがとう。また作るね。

ツヨシくん:ううん。今日もらえるから、もっとおいしいんだよ。コメットさん☆。

ネネちゃん:あ、ツヨシくんのリボン、色が違う。ネネちゃんのはピンク、ツヨシくんの金色。さっき見たら、パパのはブルー、ママのはピンクだった。

ツヨシくん:…ほんとだ。なんで?、コメットさん☆。

コメットさん☆:え?、え、えーと、あはっ、あはははは…。べ、別に意味はないよ…。

 そこへラバピョンが、ウッドデッキのところからやってきた。

ラバピョン:ラバボー、ラバボー。どこなのピョン?。

ラバボー:ラバピョン、ここにいるボ。

ラバピョン:はい。本命チョコピョン!。

ラバボー:わあ〜、ラバピョーン。ありがとうだボ。

ラバピョン:ちゃんと手作りだピョン。

コメットさん☆:わあ、ラバピョン大きいんだね。…本命かぁ…。ラバピョン、ラバボーに恋してる…よね?。

ラバピョン:もちろんなのピョン。姫さまは?。誰かに恋してるピョ?。

コメットさん☆:えっ!?、私?。私は…。

 

 夕方になって、コメットさん☆は自分の部屋で、ラバボーとラバピョンを前に、窓の外をじっと見つめていた。

コメットさん☆:…恋するってことは、その人の身も心も、誰より大事にすることだって…。沙也加ママが…。だから、自分でも軽はずみなことを思ったり、言ったり、したりしちゃダメって…。

ラバボー:…わかるボ。ボーにだって、ママさんの言いたいことくらい…。…ボーだって、…男だボ。

ラバピョン:…本当は姫さま、それは当たり前のことピョン。恋する人を想うから大事だし、大事だからまた想うのピョ?。

コメットさん☆:……。…そうだよね…。じゃ、はい。ラバボー、いつもありがとう。

 コメットさん☆は、窓から二人の方へ向き直ると、ラバボーにチョコクッキーの包みを渡した。

ラバボー:ええーーっ!?。姫さま、ボーにもくれるのかボ?。

コメットさん☆:ラバピョンにも。はい。いつも、いろいろ教えてくれてありがとう…。

ラバピョン:わあ、姫さま、ありがとうなのピョン。

ラバボー:ああ、ボーは幸せだボー。…う…うっ、うう…ぐすっ…。

ラバピョン:なんで泣くのピョン?。

ラバボー:…う、うれしいんだボー…。…ぐすっ。

ラバピョン:ラバボー、しょうがないのねピョン。…でも、そんなやさしいところが好きピョン。

コメットさん☆:そうだね。ラバボーはやさしい。ラバボーのやさしい気持ち、かがやいているね…。

 コメットさん☆は、そう言って胸に手をあてて、しばらく目を閉じた。コメットさん☆の心は、まだみんなのために。誰か一人に、ということではなく…?。ラバボーに渡したチョコクッキーのリボンの色は、ブルーだった…。

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★第137話:ツヨシくんの恋力<前編>−−(2004年2月上旬放送)

 2月になって、寒い日が続いていた。その日、最高気温は、6度にしかならなかった。そんな寒い日の夕食、沙也加ママさんは、みんなの健康を考えて、けんちん汁を作った。ところが、沙也加ママさんは、コメットさん☆の箸の運びが遅く、なんとなく赤い顔をしていることに気付く。

沙也加ママさん:コメットさん☆、どうしたの?。

コメットさん☆:沙也加ママ…、ごめんなさい。ちょっと食欲がなくて…。

沙也加ママさん:そう…。なんだか、顔が赤いわねぇ…。

 沙也加ママさんは、食卓から立ち上がって、コメットさん☆のおでこに手を当て、次いで自分のおでこをくっつけた。

沙也加ママさん:あら、熱があるじゃない、コメットさん☆。

景太朗パパさん:えっ!?、そりゃいけないね。体温計で測ってみなきゃ。ツヨシ、その棚にある救急箱を。

ツヨシくん:はい。コメットさん☆、大丈夫?。

 沙也加ママさんは、救急箱から耳穴式体温計を取り出して、コメットさん☆の耳の穴に、差し込んで体温を測った。耳穴式体温計は、1秒で測れる。体温計のデジタル表示は、37.8度を示していた。

沙也加ママさん:パパ、37度8分だわ。コメットさん☆風邪かしら?。

景太朗パパさん:…時期を考えると、インフルエンザもありうるね。ごはんは食べられなければ、食べなくてもいいから、水分をよく取って寝てなきゃだめだよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:…パパ、ママ…。

沙也加ママさん:コメットさん☆、心配しなくても大丈夫よ。お部屋で寝てなさい。今ベッドに湯たんぽ入れてあげるわね。

景太朗パパさん:じゃあ、ツヨシとネネは、ごはんを食べたら、お風呂にお入り。そして寝るまでの間、なるべく静かにするんだぞ。

ツヨシくん:コメットさん☆病気?。

ネネちゃん:大丈夫…?。

 二人は心配そうな顔で、景太朗パパさんに尋ねた。

ラバボー:姫さま、大丈夫かボ?。毎日うがいしていたのに…。

景太朗パパさん:そう心配することはないと思うよ。…ただ熱がどうなるか…だな。

ツヨシくん:ツヨシくん、コメットさん☆助ける。

ネネちゃん:ネネちゃんも。

ラバボー:ボーも、星力でなんとかしたいところだボ。でも…、星力集められないボ…。集める姫さまが、ダウンしているんじゃ…。

景太朗パパさん:とりあえずは、普通の風邪か、インフルエンザか、様子を見るしかないよ。ツヨシとネネの学校じゃ、インフルエンザ流行っているかい?。

ツヨシくん:…うーんと、そうでもないと思うよ、パパ。

ネネちゃん:今年はたいしたことないって、先生が言ってたよ。

景太朗パパさん:そうかい。あんまり今年はひどい流行じゃないって、テレビでも言っていたなぁ。

ラバボー:地球には、毎年そんなに流行る病気があるのかボ…。

景太朗パパさん:あれ?、ラバボーくん、知らなかったかい?。

ラバボー:知りませんでしたボ。

景太朗パパさん:まあ、今年はあまり流行ってないみたいだから、大丈夫だと思うけどね…、コメットさん☆は。

 ところが、夜遅くなってから、寝ているコメットさん☆の熱は、38度8分まで上がった。沙也加ママさんは、すぐに氷枕を入れ、コメットさん☆のおでこに、冷却シートを貼った。

沙也加ママさん:コメットさん☆、つらい?。

コメットさん☆:…う…、枕が冷たくて気持ちいい…です。でも、のどと、頭が痛い…。

沙也加ママさん:…そう。寒くない?。

コメットさん☆:…はあー、なんだか、…ゾクゾクして…寒いです…。

ラバボー:姫さま、しっかりするボ。ああ、ボーにも星力が十分使えれば…。

 元気なく答えるコメットさん☆。少し息も荒い感じだ。ラバボーも心配している。

沙也加ママさん:ちょっと待ってね。パパと相談するわね。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆の部屋から下に降り、景太朗パパさんと相談することにした。

景太朗パパさん:どうだい?、コメットさん☆の様子は。

沙也加ママさん:…それが、コメットさん☆の熱、38度8分…。もうすぐ9度だわ。…病院に連れていった方がいいんじゃないかしら。

景太朗パパさん:うーん、38度8分か…。まだ上がるかもね。おそらくそれならインフルエンザだろう。このところ、コメットさん☆も、けっこう出歩いていたからね…。でも、今の段階では、解熱剤は使えないし…。水分はとっているかい?。

沙也加ママさん:ええ、イオン飲料を少しずつ…。…でも、やっぱり病院に…。

景太朗パパさん:うん…。

 景太朗パパさんは時計を見た。22時10分。材木座にある夜間診療所は、22時45分までは開いている。今なら、まだ間に合う。

景太朗パパさん:しかし…、コメットさん☆は星ビトだ。インフルエンザとしても、普通に診断や治療ができるのかな…。薬のアレルギーとか、あるのかもしれないし…。それが僕らにはわからない…。

沙也加ママさん:…そうね。あ、パパ、星国に電話して聞いてみたらどうかしら。ほら、前にコメットさん☆が、里帰りしたときに持ってきた、直通電話があるじゃない。

景太朗パパさん:…なるほど、あれか。…でも、インフルエンザくらいで使っていいものかな…?。

 景太朗パパさんは、薄暗いリビングの片隅に置かれたままになっていた、直通電話を見ながら言った。

沙也加ママさん:だって、材木座で治療できるかわからないのだとすれば…。とりあえずどうすればいいか…。…もしものことがあったら…。

 この一言が、景太朗パパさんに決心させた。

景太朗パパさん:…よし。電話しよう。

 景太朗パパさんは、リビングの電灯を点けると、台の上に置かれたままになっていた、直通電話の受話器を握った。コメットさん☆に聞いたとおり、中央のボタンをぎゅっと押し、すかさず耳に当てた。景太朗パパさんは、ドキドキしながら、応答を待った。しかし、何の音もしない。…もしかして、通じないのか?…。そんな不安が、頭をよぎる。

 「カタリ」。何かの音がして、そして、相手が出た。

王妃さま:もしもし?、藤吉さんですね?。どうかしましたか?。

景太朗パパさん:あ、コメットさん☆のお母様ですか?。藤吉景太朗です。実は…。

 景太朗パパさんは、相手がコメットさん☆のお母さんだと、なんとなく声でわかった。

景太朗パパさん:コメットさん☆が、夕方から急に高い熱を出しまして、…おそらく、インフルエンザかと思いますが、…この地球の医師が、適切な治療をしてくれるか、ちょっとわかりません。コメットさん☆の体質といったことも、私どもは詳しくわかりませんし…。それで、どうしたらと思いまして…。

王妃さま:…そうですか。それはご心配をおかけして、申し訳ありません。すぐにお答えしたいところなのですが、私どもも医者ではないものですから、どの程度の状態で、どう対処すべきかはわかりません。それで、今から私が、すぐに迎えに行きますので、しばらくお待ち願えないでしょうか?。

景太朗パパさん:は、はい。…お母様がいらっしゃるんですか!?。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんの顔を見ながら聞いた。

王妃さま:はい。地球で治療が出来ないということもないとは思いますが、念のため、星国の医者ビトに診せたいと思います。医者ビトを往診させてもいいのですが、コメットが、どの程度かわかりませんので…。特に急いで行きますから、恐れ入りますが、待っていて下さいませ。

景太朗パパさん:は、はあ。わかりました。こちらこそ、至りませんで申し訳ありません。では、お待ちしています。

 景太朗パパさんがそう答えると、王妃さまのお礼の言葉とともに、通話は切れた。景太朗パパさんは、受話器をゆっくりと台の上に戻しながら、王妃さまは、もうあの汽車に乗るところなのだろうか?と、窓の外を見ながら考えた。

沙也加ママさん:パパ、…なんて?。

景太朗パパさん:あ、…うん。お母様が、今からコメットさん☆を迎えにいらっしゃるそうだ。

沙也加ママさん:…え?、お母様が?。…そう。治療、難しいのかしら…。心配だわ…。どのくらいかかるのかしら…。

ツヨシくん:ママ、コメットさん☆大丈夫なの?。

沙也加ママさん:つ、ツヨシ、もう寝てなきゃだめじゃないの。

 沙也加ママさんは、ツヨシくんが部屋から起き出して来たのを見て、びっくりして言った。

ツヨシくん:だってぼく、コメットさん☆のこと心配。熱下がらないの?。

沙也加ママさん:熱はまだ下がっていないわ。でも大丈夫。星国からお母様が迎えにいらっしゃるって。

ツヨシくん:え!?、コメットさん☆行っちゃうの?。星国に帰っちゃうの?。

沙也加ママさん:心配しなくても、大丈夫。星国のお医者さんに診せるの。治ったらきっと帰ってくるわ。だからツヨシは、心配しないで、もう寝なさい。

ツヨシくん:やだ。ツヨシくん、コメットさん☆のことかんびょうする。

景太朗パパさん:ツヨシ、無理だよ。コメットさん☆は、たぶんインフルエンザだ。おまえにもうつるかもしれないし。

ツヨシくん:うつったっていいもん。ツヨシくんがんばる!。

景太朗パパさん:よくはないよ。お前ががんばったって、何も出来ないだろう?。

ツヨシくん:ツヨシくん、コメットさん☆のそばにいて、守ってあげる。

景太朗パパさん:守るったって…。もう病気になっちゃっているんだから…。ツヨシ、言うことを聞きなさい。

沙也加ママさん:パパ!、あれ!。

 沙也加ママさんは、窓の外を指さした。その先には彗星のように光る星のトレインが…。そして光の帯は、どんどんと近づき、あっという間に、ウッドデッキ前へ、シューッという蒸気の音とともにやってきて止まった。そして、ねこ車掌と、いぬ機関士が礼をする中、客車のドアが開き、王妃さまがウッドデッキに姿をあらわした。

王妃さま:ご心配をおかけしています。藤吉さん。いつでしたか、ちゃんとしたお礼も出来ませんで、失礼をいたしました。

 王妃さまは、半ば呆然と立っている景太朗パパさん、沙也加ママさんに対して、丁寧にあいさつをした。

景太朗パパさん:い、…いえ、どうも。

王妃さま:それで、コメットはどこでしょうか。

沙也加ママさん:あ、こ、こっちです。

 沙也加ママさんも景太朗パパさんも、すぐに現実に引き戻された。沙也加ママさんは、急いで王妃さまを、コメットさん☆の部屋に案内した。

 コメットさん☆は、相変わらず苦しそうだ。氷枕に、おでこの冷却シート、首へタオルに包んだ冷却剤を当てた姿は、痛々しい。王妃さまは、コメットさん☆のベッドの脇に立った。

王妃さま:コメット、コメット。

コメットさん☆:…だれ…?。…あ、お、お母…さま?。…どうして…ここに…?。

 コメットさん☆は、つぶっていた目をあけ、荒い息をしながら、かすれた声で返事を返した。

王妃さま:何も言わないでいいわ。星のトレインで来たのです。藤吉さんが連絡してくれたの。さあ、少しの間、星国に治療しに行きましょう。

コメットさん☆:…は、はい…お母様…。…でも私、…みんなに…心配、…かけちゃった…。

 コメットさん☆は、体が弱っているところに、離れて暮らしているお母様である王妃さまを見たせいか、その目から涙をこぼした。

王妃さま:病気はしかたがないわ。泣かないのよ、もう大きいんだから。心配しないで寝ていなさい。

コメットさん☆:…は、はい。お母様…。

ラバボー:お、王妃さま。申し訳ありませんボ。ボーも気がつかなかったですボ。ボーもお供しますボ。

王妃さま:いいえ、ラバボーの責任ではありません。病気には気をつけないといけないとしても、どうしようもないこともあります。だからラバボーは、コメットが留守にする間、ティンクルスターを守って、ここにとどまり、連絡役になって下さいね。

ラバボー:はい。わかりましたボ。王妃さま、姫さまをどうか助けてあげて下さいボ。

王妃さま:ラバボー、そんなに心配することはありませんよ。すぐに治ると思うわ。

 ラバボーもまた、責任を感じたのか、涙を少しこぼしそうになった。そして王妃さまは、バトンを出すと、星力を使ってコメットさん☆を寝かせたまま、星のトレインまで運んで、中に用意された寝台にそっと寝かせた。その様子を見て、景太朗パパさんと沙也加ママさんは驚いた。

景太朗パパさん:…いつもコメットさん☆の使う「星力」は見ているわけだけど…、あらためて見ると、目の前で起きていることなのに、信じられないなぁ…。

沙也加ママさん:…え、ええ。夢のような感じね…。

ツヨシくん:ぼくも行く!。

 と、その時、ツヨシくんが、パジャマ姿のまま、縁側のガラス戸から出てきて、星のトレインの前まで来た。

景太朗パパさん:ツヨシ、だめだ。治療のじゃまになるから。

ツヨシくん:やだ。ツヨシくん、コメットさん☆大好き!。コメットさん☆は、ツヨシくんがケガしたとき、いっしょうけんめい治そうとしてくれた。だから今度は、ツヨシくんの番!。

沙也加ママさん:ツヨシったら!。

 それを聞いた王妃さまは、振り返って、ツヨシくんの前にしゃがむと、聞いた。

王妃さま:ツヨシくん、コメットのこと好きなの?。

ツヨシくん:うん。ツヨシくん、コメットさん☆大好き。とても大事。…だから、いっしょにかんびょうしについていく!。

王妃さま:…そう。うふふふ…。ツヨシくんはやさしいのですねえ。…ツヨシくんのお父様、お母様。半日ほどツヨシくんを、星国にお連れしてはいけませんか?。

景太朗パパさん:…え、は、半日ですか!?。

王妃さま:ええ。コメットは、それくらいで治って、きっとまたお世話になりに、戻れると思いますわ。

景太朗パパさん:そ、そんなに短いんですか…。ど、どうする?、ママ…。

沙也加ママさん:…パパがいいって言うなら、私はいいけど…。ツヨシ一人で大丈夫かしら。

王妃さま:ツヨシくんはいい子ですね。このやさしいツヨシくんが、コメットを想う「ある力」が作用して、コメットの回復を必ず早めるでしょう。

景太朗パパさん:…は、はあ、そうなのですか…。なら…、ツヨシ行ってきなさい。しっかりコメットさん☆の看病をするんだぞ、いいな?。でも…、あまり無理はしすぎるなよ。よくコメットさん☆のお母様や、お父様の言うことを聞くんだぞ。

ツヨシくん:はい。

 ツヨシくんは力強く返事をしたが、沙也加ママさんは、それでも、どうして王妃さまが半日で治ると言うのだろうと、疑問に思った。

 しかしツヨシくんは、ハモニカ星国、いや、トライアングル星雲の長い歴史上、星国にはじめて降り立つ地球人になることが確実となった。思えば、コメットさん☆の星力を、地球の人間としてはじめて使ったのも、ツヨシくんであったのは、何かの縁だったのだろうか。

 コメットさん☆、ツヨシくん、王妃さまを乗せた星のトレインは、景太朗パパさん、沙也加ママさん、ラバボーに見送られ、急ぎハモニカ星国へ向けて出発した。

(次回へ続く)

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★第138話:ツヨシくんの恋力<後編>−−(2004年2月中旬放送)

(前回からの続き)

 ツヨシくんは、星のトレインの車内にある寝台に寝かされている、コメットさん☆の枕元に寄り添い、コメットさん☆の顔をのぞき込んだ。

ツヨシくん:コメットさん☆、しっかり…。寒くない?。

コメットさん☆:…ツ、ツヨシくん!?。…少し寒いけど…、どうしたの?。…いっしょに…星国へ、行ってくれるの?。

ツヨシくん:うん。ツヨシくん、コメットさん☆といっしょ。かんびょうする。

 ツヨシくんは、コメットさん☆のおでこに貼り付けられた冷却シートに手を当て、それがあったまっているのを確認すると、シートをはがして、自分のおでこをくっつけた。

王妃さま:まあ…!。うふふ…。

 コメットさん☆は、心臓が飛び出るくらいびっくりしたが、熱のつらさで、何も言うことが出来なかった。しかし、ツヨシくんが、さっと新しい冷却シートを、おでこに貼ってくれたので、少しほっとした。

コメットさん☆:ツヨシくん、…ありが…とう。

王妃さま:ツヨシくん、えらいわねえ。ちゃんと用意してきてくれたんですね。じゃあ、そこの吸い飲みで、コメットに飲み物を飲ませてやってくれますか?。

ツヨシくん:はい。こ、これ…?。

王妃さま:いいお返事ね。そうですよ。そうっとね。そうしたら、こっちへいらっしゃい。大丈夫だから。

 ツヨシくんは、吸い飲みを使って、中の飲み物をコメットさん☆に、そっと飲ませた。コメットさん☆は、熱に潤んだその大きな目で、ツヨシくんをじっと見て、かすれた小さな声で言った。

コメットさん☆:…ありがとう。

 水分を取らないと、熱は下がらないのだ。

 

 非常に高速で飛んだ星のトレインは、おおよそ30分ほどで星国に着いた。いや、正しくは30分ほどに感じられる時間…ということである。星国のプラットホームには、すでに医者ビトと、看護ビトが待っていて、コメットさん☆をストレッチャーのような台にのせようとした。が、ツヨシくんという同乗者を見つけ、びっくりしてどよめきが起こった。やや背の高い医者ビトが尋ねた。

医者ビト:王妃さま、お帰りなさいませ。同乗していたこちらの男の子は、どなたですか?。

王妃さま:みんなに紹介しておきます。コメットが、地球でお世話になっているおうちの、ツヨシくんです。コメットのことを、とても心配して、遠くここまでついてきてくれたのです。

 医者ビトたち、看護ビトたちは、一様に感嘆の声を上げた。長い星国の歴史上、はじめて地球から人がやってきたのだから。しかし、それよりコメットさん☆を早く治療するべく、看護ビトたちは、コメットさん☆を星のトレインからストレッチャーのような台にのせた。そこへ、王様とヒゲノシタがやってきた。

王様:姫、姫は無事か?。

ヒゲノシタ:ラバボーは何をやって…、き、君は!。

王様:おっ、ツヨシくん、ツヨシくんじゃな?。いつぞやは世話になった。もしかして、コメットについてきたのかな?。

ツヨシくん:はい。…えーと、王様?。

王様:そうじゃ。覚えていてくれたか。

ツヨシくん:うん。覚えているよ!。ぼく、コメットさん☆が大好き。とても心配。だからついてきちゃった。パパやママも行っていいって。ぼく、コメットさん☆のかんびょうをする。

王様:そうか。ありがとうよ。

 ツヨシくんは、そう言うと、コメットさん☆ののせられた台を追いかけて駆けだした。一方、姫であるコメットさん☆を心配して、星の子と星ビトたちが、宮殿に集まってきた。そして、医務室へと続く廊下を、コメットさん☆、医者ビトたちといっしょに行くツヨシくんを見つけ、驚いてささやきあった。

星ビトA:まあ、姫さまについていく、あの男の子はだれ?。

星ビトB:地球人ですって。「ツヨシくん」って言うんだそうよ。

星ビトC:ち…、地球人!?。どうして地球人がここに?。

星ビトD:王妃さまと姫さまについてきたんだって。

星の子E:姫さま、大丈夫かなぁ。

星の子F:大丈夫だよ。ツヨシくんは星力とちがう力を持っているよ。

星の子G:あ、本当だ。そうだねー。

 コメットさん☆は、医者ビトに付き添われ、医務室の中にある処置室に入っていった。医者ビトが、入口でツヨシくんに尋ねた。

医者ビト:ツヨシくん、とお名前をうかがいました。今から姫さまを治療しますが、ごらんになりますか?。

医者ビトB:地球人を、処置室に入れるのか?。

医者ビト:この少年は、「恋力」を持っている。そして、姫さまを見守る“資格”を持っている。それを感じないか?。

医者ビトB:…む、なるほど。

医者ビト:ツヨシくん、失礼。どうしますか?。

ツヨシくん:ツヨシくん、コメットさん☆のかんびょうをする。いっしょにいる。そのためについてきたんだもの。コメットさん☆、ぼくがケガした時も、星力使ってくれた。ツヨシくん、星力ないけど、こんどはぼくの番。

 医者ビトは、少し微笑んでうなずいた。

医者ビト:ツヨシくん、では、姫さまの手を、しっかりにぎっていてさしあげて下さい。君の姫さまを想う気持ちが、姫さまの回復を必ず早めますから。

ツヨシくん:…はい。

 ツヨシくんは、医者ビトの言うことが、よく理解できない部分もあったが、処置室に入り、コメットさん☆のベッドのそばに立った。そしてあたりを見回した。

 回りには医者ビトが数人いるだけで、医院や病院のようなものは何もない。そんな様子に少々気後れしたツヨシくんだったが、とにかく言われたようにするだけと、コメットさん☆の手を取り、しっかりとにぎった。

ツヨシくん:コメットさん☆、ぼくここにずっといる。がんばって。

コメットさん☆:…ツヨシくん、ありがとう…。

 コメットさん☆は、熱に浮かされた赤い顔で答えた。

医者ビト:では、はじめます。

 医者ビトたちは、手を高く掲げると、簡単な呪文のようなものを唱えた。すると、まばゆく白い光が、コメットさん☆とツヨシくんを、上の方から包み込んだ。ツヨシくんはびっくりして、思わずコメットさん☆を呼んだ。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆!…。

医者ビト:大丈夫。姫さまは、地球で流行するインフルエンザといわれる病気にかかったのです。もうしばらくで治します。…あ、君もすでに、姫さまからうつっていたので、いっしょに治しているんですよ。

ツヨシくん:えっ!?。

 ツヨシくんは驚いて、コメットさん☆の手をにぎったまま、医者ビトの顔を見た。医者ビトは、にっこり笑って言った。

医者ビト:…でも、君の力は強いです。姫さまをごらんなさい。

 ツヨシくんが、コメットさん☆のほうに振り返ると、コメットさん☆は、いつの間にか安らかな息になっていた。そして、静かに目を閉じている。眠っているようだ。

 ツヨシくんは、コメットさん☆の手をにぎったまま、コメットさん☆のおでこに、自分のおでこをくっつけて熱をみた。医者ビトたちは、一瞬びっくりして、そして互いに顔を見合わせ、微笑んだ。

医者ビト:地球では、そうやって熱をみるのですか?。

ツヨシくん:うん、そうだよ。よくママがやってくれる。だからぼくも。

医者ビト:どうですか?。姫さまの熱は?。

ツヨシくん:だいぶ下がっているみたい…。お医者さんたちの星力なの?。

医者ビト:ふふふ…。私たちだけの力じゃありませんよ。君の力も大きいのです。言ったでしょう?。君の気持ちが、姫さまの回復を早めると…。

ツヨシくん:ぼくの、気持ち…?。

 ツヨシくんは、怪訝な表情を浮かべながらも、コメットさん☆を見た。プラチナ色の光に包まれ、神々しいほどにきれいに見えるコメットさん☆。静かに寝入っているようだ。いつもいっしょに暮らしているツヨシくんでも、こんなに近くでコメットさん☆のことを、意識してじっと見つめたことはない。大きな目をおさめるまぶた…、高めの鼻…、薄赤い唇…、さらさらとした赤毛の髪の毛…、日焼けしないという白い肌…。…それらをじっと見つめるツヨシくんの心に、不思議な気持ちがわき起こっていた。「ぼくは、どうしても、これからずっとコメットさん☆を守りたい」という気持ちが…。

ツヨシくん:コメットさん☆、きれい…。

 ふいにツヨシくんは、そうつぶやいた。しかしツヨシくんは、にぎったコメットさん☆の手から、拍動を感じているうちに、緊張が解け、だんだん眠たくなってきてしまった。それは無理もない。普段なら、とっくに寝ている時間のはず…。なんとか起きていて、ずっとコメットさん☆を見守り続けたいと思ったが、いつしかコメットさん☆に寄り添うように、その手をにぎったまま眠ってしまった。

 

 それからどのくらい時間がたったのだろう。ツヨシくんは、自分の名前を呼ぶ声に気付いた。そして目を開けた。

コメットさん☆:…ツヨシくん、ツヨシくん。

ツヨシくん:…あ、コメットさん☆。…ぼく、寝ちゃってた…。

 ツヨシくんは起きあがり、まわりを見渡した。がらんとした処置室の、もう一つのベッドに寝かされていて、今度はそばにコメットさん☆が、いつものドレスを着て立っていた。

コメットさん☆:私を心配して、こんなに遠くまで、いっしょに来てくれたんだね…。……ありがとう。…とても…安心だった。

ツヨシくん:コメットさん☆、もう病気治ったの!?。

コメットさん☆:うん。ツヨシくんのおかげだよ。もう平気。心配かけて、ごめんね。

ツヨシくん:ううん。ツヨシくん、コメットさん☆大好きだから。それに、コメットさん☆は、いつもいっしょに暮らしている家族なんだもの。

コメットさん☆:…ありがとう。そうだね…。…ずっと、いっしょだね。

 コメットさん☆は、小さな声で、恥ずかしそうに答えた。そこに、さっきの医者ビトがやってきた。

医者ビト:ツヨシくん、お目覚めですか?。姫さまの治療は終わりましたよ。お二人とも、あと地球の暦で5年くらいは、もうこの病気にかかることはないでしょう。

コメットさん☆:医者ビトさん、ありがとう。体、すっかり楽になった。

医者ビト:いいえ。どういたしまして。姫さま、私どもはこれが仕事ですから。

ツヨシくん:…あの…、お医者さんは、どうしてそんなに地球の病気にくわしいの?。

医者ビト:…それは、カゲビトが地球に時々行っては、私たちに報告してくれるからです。…かつてカゲビトは、地球での姫さまの様子を監視したりしていました。しかし、そういったことはよくないと、王様と王妃様は考えられ、やめになりました。そしてカゲビトは、もっと地球全体のいろいろなことを見て、報告する係になったのです。

ツヨシくん:…かんし?。スパイのようなこと?。

医者ビト:おやおや、よく知っていますね。

ツヨシくん:本で読んだもん。

医者ビト:ツヨシくんは、勉強家ですね。…では、ツヨシくん、君に持っていって欲しいものがあります。このメモリーカードには、姫さまの体を、地球の医師に診せるとき、必要なデータが記録されています。君のお母様にお見せ下さい。あ、もちろん姫さまも、ご一緒にごらんになって下さい。姫さまご自身の体のデータですから。…もっとも、ツヨシくん、姫さまがいいと思われれば、君も見る資格が、あるのかもしれません。

ツヨシくん:…どうして?。

医者ビト:ふふふ…。ではごきげんよう。姫さま。そしてわが星国に、はじめてやってこられた地球の人ツヨシくん…。

 医者ビトは、ツヨシくんの最後の質問には答えなかった。そして、ツヨシくんの手に、ケースに入ったメモリーカードをにぎらせると、いずこかへと向かった。二人は、その背中に向かって言った。

コメットさん☆:医者ビトさん、ありがとう。さよなら。

ツヨシくん:お医者さん、コメットさん☆を治してくれてありがとう。

 

 星国のプラットホームで、地球へ向かうために待機する星のトレイン。コメットさん☆とツヨシくんは、車内に乗り込み、向かい合って座った。窓の外には、王様、王妃さま、ヒゲノシタらが見える。

王様:ツヨシくんはいい子じゃな。コメットのためなら、いつでも来るそうだ。ほっほっほ…。

ヒゲノシタ:案外、お似合いのお二人かもしれませんなぁ…。

王様:ええっ!?。

王妃さま:うふふふ…。そうかもしれません。あのツヨシくんの「力」には、医者ビトたちも驚いていました。今回は、ツヨシくんがコメットのことを想う力で、ほとんど治したようなものだとか…。

王様:ええーーっ!?。

 王様の「心配」をよそに、星国のみんなが手を振る中、星のトレインは発車していった。車内では、ツヨシくんが窓の外を不思議そうに見る。星の子たちが、いくつも追いかけるように飛んでくる。

コメットさん☆:ツヨシくん、あれが星の子だよ。いっしょに手を振ろ。

ツヨシくん:…う、うん。

 ツヨシくんは、コメットさん☆といっしょに、おずおずと手を振った。

 星の子たちが見えなくなると、コメットさん☆は言った。

コメットさん☆:ツヨシくん、今日は本当にありがとう。…とても…うれしかったよ。…そっちのいすに、行ってもいい?。

ツヨシくん:えっ?。…い、いいけど?。

 コメットさん☆は、ツヨシくんのとなりに座り直すと、少しはにかんだように笑って、ツヨシくんの手をそっとにぎった。ツヨシくんは、コメットさん☆を、不思議そうに見る。

コメットさん☆:…ツヨシくん、また私がもし病気になっちゃっても、今日みたいにいっしょに星国まで来て、ずっと手をにぎっていてくれますか?。

ツヨシくん:うん、コメットさん☆。ツヨシくん、どこへだっていっしょに行くよ。だってツヨシくん、コメットさん☆のこと、大好きなんだもの!。

コメットさん☆:…その時は、お願いします。…ツヨシ殿下。…えへっ。

 コメットさん☆は、照れたように笑った。心なしか、そのほおは赤い。

ツヨシくん:…殿下って?。

 ツヨシくんは、きょとんとした顔で、コメットさん☆を見た。コメットさん☆は、ツヨシくんの手をずっとにぎったまま、視線をツヨシくんから少しそらせて答えた。

コメットさん☆:…殿下は、殿下。

 そしてコメットさん☆は、そっとツヨシくんのほおに……、「……ちゅっ……」。

ツヨシくん:…コ、コメットさん☆!?。

 

 約束通り、おおよそ半日で星のトレインは、藤吉家のウッドデッキ前に帰ってきた。元気になったコメットさん☆と、大役を果たしたツヨシくんを乗せて…。

(このシリーズ終わり)
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★第139話:コメットの春一番−−(2004年2月下旬放送)

天気予報のアナウンサー:…今日午後からは、日本海の低気圧が急速に発達し、それに向けて太平洋上の高気圧から、強い南風が吹くため、太平洋側では「春一番」となるでしょう。

コメットさん☆:…春一番、春一番かぁ…。春のはじまりに吹く、強い南風…。

 コメットさん☆は、天気予報をテレビで見ながら、去年沙也加ママさんに聞いた、「春一番」の意味を思いだしていた。

 

沙也加ママさん:…この国ではね、春のはじまりに、突然強い南風が吹いの。その風を「春一番」って言うのよ。

コメットさん☆:春、いちばん?。

沙也加ママさん:そう。冬の間居座っていた寒気が弱まって、ある時強い南風が入るの。春一番が吹くと、冬はおしまい。まだ寒い日もあるけどね。…草木が芽吹いて少しずつ緑色になって、虫たちも地面からはい出して、やがて本格的な春。桜も咲くというわけよ。

コメットさん☆:へえーっ。なんだか、わくわくするなぁ…。

沙也加ママさん:そうね。私も春が待ち遠しくて…。春一番が吹くと、なんだかうれしかったなぁ…。今でもうれしいけどね。

コメットさん☆:なんかこう、縮んでいた体が伸びるみたい…。

沙也加ママさん:そうねえ…。木や草も、動物たちも、そんなふうに思っているかもね。

 

 コメットさん☆は、お店に行ってしまった沙也加ママさんを手伝うために、リビングに掃除機をかけることにした。景太朗パパさんは、仕事部屋にこもっている。ツヨシくんとネネちゃんは、まだ学校だ。

 コメットさん☆は、寒い冬が終わると思って、心がちょっとウキウキしていた。掃除機を止めて、ふと庭に面した大きなガラス戸を見ると、風で扉のガラスが、カタカタと音を立て始めていた。もう南風が、吹きはじめたのだ。コメットさん☆は、思わずガラス戸を開けると、サンダルを履いて、ウッドデッキのところまで駆けだした。

景太朗パパさん:あ〜あ、やれやれ。もうすぐお昼だなぁ…。あれ、コメットさん☆は…?。…ああ、なんだ。外か。

 景太朗パパさんが、仕事部屋から出てきて、リビングまでやってきてから、掃除機を置いたまま外に出ているコメットさん☆を見つけ、ちょっと笑った。

コメットさん☆:ラバボー、海に三角波が立ってきたよ。

ラバボー:三角波って何だっけだボ?。

コメットさん☆:強い風が吹いて、沖合に三角形に見えるような、白い波が立つことだよ。本当は、波同士がぶつかり合ってできる、危険な波なんだって。景太朗パパが言ってた。

ラバボー:そうかボ。今日は遠くに白い小さな波がいくつも見えるボ。

コメットさん☆:ほんとだ。もう強い南風が吹いてきたってことなんだよ。…ほら、風が強くなってきた…。

ラバボー:もう冬も終わりだボ。

コメットさん☆:そうだね…。

 コメットさん☆は、暖かめの風が、着ている服や髪の毛を、はためかせはじめたのを感じていた。そこへ、景太朗パパさんが玄関のほうからやってきた。

景太朗パパさん:コメットさん☆、ラバボーくんとおしゃべりかい?。

コメットさん☆:あ、はい。景太朗パパ…。遠くの海に、三角波が…。

景太朗パパさん:ああ、ほんとうだ。いよいよ春一番だね。

コメットさん☆:はい。

ラバボー:三角波が立っているということは、船やサーフィンとかは、危険ですかボ?。

景太朗パパさん:…そうだなー。でもまだそれほどたいしたことはないと思うよ。あのくらいなら、喜んじゃうサーファーもいるだろうね。安全とまでは言えないから、困ったことなんだろうけど…。

 コメットさん☆は、サーファーと聞いて、ふと、ケースケのことを思いだしていた。そして、なぜかケースケのことが、心配になった。無茶するから…と。そんなコメットさん☆の心配をよそに、南風は、コメットさん☆のスカートやブラウスのすそをなびかせる。コメットさん☆は、そっと、スカートのすそを押さえた。そして、目を閉じると、温かい星国をイメージした。星国は季節は長いし、地球よりは平均気温が高い。年中春から夏、そして秋のようなものである。

景太朗パパさん:コメットさん☆の故郷は、春一番なんて吹くかな?。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの質問に、目を開けて、景太朗パパさんのほうを向いた。

コメットさん☆:いいえ。ある日突然強い南風が吹いて、冬が終わるなんてことはないです。

景太朗パパさん:そうか。春になるときに、海のほうから、南の風が吹く…。そんなのは、無いわけか…。

コメットさん☆:はい…。はじめて春一番を見た時は、ちょっと怖かったです。

景太朗パパさん:そうだろうね。知らない地方から来た人は、みんなびっくりするよなぁ…。

コメットさん☆:景太朗パパは、海の上で春一番を感じたことありますか?。

景太朗パパさん:うーん、あることはあるね。ヨットに乗っていて、ちょうど春一番が吹くときだったことが。あの時は、ちょっと焦ったなぁ…。ははは…。

コメットさん☆:景太朗パパでも、ヨットで焦ること、あるんですね。

景太朗パパさん:そりゃあるよ。海はけっこう怖いよ。でも、その怖さを知らないと、本当に海に親しんだり、楽しんだりすることは出来ないなぁ。

コメットさん☆:…そうですよね…。

景太朗パパさん:…でも、春一番は、誰にでも吹くんだよ。

コメットさん☆:えっ?。

景太朗パパさん:春は誰にでもやってくる…。だから、春一番も、誰にでも吹くというわけさ。

コメットさん☆:……。

景太朗パパさん:…いつか、君にも…ね。

コメットさん☆:…景太朗パパ…。

景太朗パパさん:…いや、もう吹いたのかもしれないよ…。急に考えもしないような、暖かな風が。

コメットさん☆:それは…。もしかして…。

景太朗パパさん:…いろんな風が吹くものさ。春一番だけじゃなくて、春二番だって、三番だって…。北風に変わるときだって…。人は、その風にゆれる小さな船のようなもの…。…どの風をとらえられるか。風を受ける帆だって、1枚じゃない…。

コメットさん☆:はい…。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの言っていることの意味を考え、そして理解した。遠くの海を再び眺め、その風を感じた。そういえば、この風はウッドデッキの自分に、正面から吹いているなぁ、と思いつつ…。

景太朗パパさん:さあ、コメットさん☆、お昼にしようか。

コメットさん☆:はい。景太朗パパ。ラバボーも、いっしょにごはん食べよっ。

ラバボー:じゃ、ご一緒させていただきますボ。

 コメットさん☆と景太朗パパさんは、ウッドデッキをあとにして、家の中に入った。リビングのガラス戸は、さっきよりも大きな音を立てて揺れている。風の強さが一段と強くなったらしい。

 冬の終わりを告げる「春一番」。ここ鎌倉にも吹いた。今まさに今年の春は、始まろうとしている。コメットさん☆の心も、春?…。

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★第140話:星国さくらの丘<前編>−−(2004年3月上旬放送)

 3月になって、ようやく寒い日は少なくなってきた。ここ鎌倉でも、そこかしこに梅の花が咲き、コブシやミモザ、ジンチョウゲも咲き始める。球根も芽を出し、スイセンもつぼみを伸ばす。そんな花の香りが、小径にもあふれている。コメットさん☆は、近所を歩いていたり、買い物に行ったりするたびに、ちょっと深呼吸して、花の香りを感じてみる。春のにおい…。それまで冬の寒さに閉じこめられていた、植物たちがかがやきだす…。そんな力を感じつつ…。

 コメットさん☆が、外出から帰って、手を洗い、時計を見ると、午後2時であった。もう少しすると、ツヨシくんとネネちゃんが、学校から帰ってくる。そうすると景太朗パパさんもいっしょに、3時のお茶の時間。…とその時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。

コメットさん☆:はい、もしもし?。

王様:あ、コメットか?、わしじゃ。元気か?。

コメットさん☆:お父様?。うん、元気だよ。この前医者ビトさんに治療してもらってから、とても元気。今電話しても大丈夫なの?。お母様は?。

王様:大丈夫じゃ。今王妃は侍従のところに行っておるでな…。なかなかコメットの声も聞けなくて、わしは寂しいよ。

コメットさん☆:この間会ったばかりじゃない。

王様:そりゃそうだが…。あ、こんなことを言っている場合ではない…。お前が星国に送ってきた“さくら”という植物な、花が咲いたよ。なかなか見事なもんじゃな。

コメットさん☆:え!?、さくら咲いたの?。うわー、早いんだね。

王様:学者ビトに重々たのんでな。早咲きにしてもらったんじゃ。お前が喜ぶと思ってな。

コメットさん☆:わあ、お父様、ありがとう。見に行きたいな…。まだ地球じゃ、さくら咲かないんだよ。今月末頃だって…。あ、お父様は、地球の暦わからない?。

王様:いいや、王妃から聞いとるから、知っとるよ。…それでな、星国のさくら、見にこんか?。お前が言っていた、「花見」とやらができそうだよ。

コメットさん☆:ほんと!?。じゃあ、すぐ行けるかどうか、景太朗パパさんと沙也加ママさんに聞いてみる。あ、ツヨシくんとネネちゃん連れていってもいい?。

王様:え!?、つ…ツヨシくんかい?。

コメットさん☆:うん。…ネネちゃんも。何か…困る?。

王様:あ、い、いや、別に困らんよ。そうか、ツヨシくんか。一度ゆっくり話もしたいものだな…。

コメットさん☆:え?、ツヨシくんと?。どんな話したいの?、お父様。

王様:あーいや、まあ、その…、地球ではどんなことが流行っているのかなとか。ふ、普通の話だよ。

コメットさん☆:ふぅん…。なんだか、よくわからないけど…。

王様:とにかくさくらはきれいだから、ここ数日が「見頃」と言うらしい。どうか見に来ておくれ。あ、いかん、王妃が戻ってきた…。…あー、そういうわけだから、よきに計らうように。いいな。そうじゃ。お餅の数は、適宜加減するように、侍医に言われておる。よろしく頼む…。

コメットさん☆:うふふふっ。お父様ったら、おかしい…。じゃあ、お父様、見頃のうちに行かれるように、予定を考えてみるね。じゃあね、お父様、お餅食べすぎないでね…。

王様:うむ。そういうわけか。わしもわかった。では切るぞ。

 王様はあわてた様子で、いかにもヒゲノシタにでも言うかのように、それらしい話をしながら電話を切った。コメットさん☆も、ティンクルホンの終話ボタンを押して、たたんでポケットにしまった。

ラバボー:王様からかボ?、姫さま。

コメットさん☆:うん。お父様だった。途中で、お母様が戻ってきたらしくて、あわててた。ふふふっ…。

ラバボー:また王妃さまにないしょで電話かけてこられたのかボ?、いつもの王様らしいボ。

コメットさん☆:うん。いつものこと。今頃、お母様にいろいろ聞かれて、しどろもどろになっているかも…。あ、でも、星国のさくらが咲いたって!、ラバボー。なんとか、ツヨシくんやネネちゃんといっしょに見に行きたいね。

ラバボー:ええ!?、姫さまが去年星国に送ったさくらかボ?。もう咲いたのかボ!?。さすが学者ビトは、研究熱心だボ。

コメットさん☆:そうだね…。お父様、私が喜ぶと思ったって…。お父様、いつも私のこと、想ってくれているんだ…。

ラバボー:王様は、姫さまが大事でしょうがないんだボ。親ってそんなものだボ。

コメットさん☆:うん…、そうなんだね…。私、大事にされている…。…でも、…ラバボー、パパになったことないのに?。

ラバボー:そ、…そりゃ、なったことないけどだボ…。そういうものだと思うボ。

 コメットさん☆は、黙って頷いた。そしてやさしい目を、遠くの海と、ウッドデッキに置かれた、サクラソウの鉢に向けた。そこへちょうど、ツヨシくんとネネちゃんが帰って来た声が、玄関から聞こえた。

 

 翌日の土曜日の朝、コメットさん☆は、景太朗パパさんと沙也加ママさんの許しを得て、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバピョン、ラバボー、それに珍しく縫いビトといっしょに、星のトレインで星国に出発することになっていた。昨日の晩、今度はコメットさん☆から、王様と王妃さまに電話をかけておいたから、おそらく準備をしてくれるだろうと思っていたら、もう今日の朝には星のトレインが、王様から差し向けられていたのだ。コメットさん☆は、ちょっと微笑んだ。

 

沙也加ママさん:きっとお父様は、コメットさん☆のことがかわいくてかわいくて仕方がないのよ。それでだと思うわ。

コメットさん☆:…そうなんでしょうか。でも、星のトレインがすぐにやってくるなんて…。

沙也加ママさん:父親って、娘がかわいくて、目に入れても痛くないくらいらしいわよ。パパもネネのこと、そう思っているかもね。ふふふ…。…きっとお父様は、なかなか会えないコメットさん☆のことが、心配で心配でしょうがなかったのね。

コメットさん☆:お父様ったら…。そんなに心配しなくても、大丈夫なのに…。信用されていないのかな…。

沙也加ママさん:ううん。そうじゃないわ。ちゃんと信用しているのよ。信用しているからこそ、こんな離れたところにいてもいいと思っている…。でもやっぱり、一人娘のあなたが、無事でいるかどうか、この前のインフルエンザのことなんか考えるとなおさら…。いてもたってもいられないくらい、…心配になるものなんだと思うわ。王様は、王様だから、いろいろお仕事がおありなんでしょうけど、親ってそういうものよ。子どもがいくつになってもね。王様は、その大事な娘が星国に送ってきたさくらを、とっても大事にしたんだと思うわ。それでそれが咲いたのを見て、とにかく早く娘に知らせたかった…。

コメットさん☆:そっか…。お父様は、私のこと、誰よりも遠くで大事に思ってくれてたんだ…。

沙也加ママさん:当たり前よ。コメットさん☆も、いつかママになるとわかるわよ。ふふふふ…。

 

 コメットさん☆は、沙也加ママさんとの会話を思い出しながら、星のトレインに乗り込んだ。今日はネネちゃんが進行方向向きの窓際に、ツヨシくんがそのとなりに、向かい合って後ろ向きにコメットさん☆が座った。ラバボーとラバピョンはコメットさん☆のとなりだ。縫いビトたちも、テーブルの上に立っている。コメットさん☆は、いぬ機関士に言った。

コメットさん☆:いぬ機関士さん、特急でお願いね。

いぬ機関士:……。

 いぬ機関士は、コメットさん☆にお辞儀しつつ、敬礼を返した。コメットさん☆も、つられて右手をあげ、敬礼を返す。

 やがて、星のトレインは、藤吉家のウッドデッキ前を発車して、見送る景太朗パパさんと、沙也加ママさんの少し心配そうな顔をよそに、星国へ向かった。

(次回に続く)

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★第141話:星国さくらの丘<後編>−−(2004年3月中旬放送)

(前回からの続き)

 やがて星国についた星のトレインは、プラットホームで王様と王妃さま、それに侍従長であるヒゲノシタの出迎えを受けた。

王様:おお、姫や、よく来た。

コメットさん☆:お父様、ただいま。…って、二週間前にも帰ってきたんだけど…。

王様:あれは、病気の治療だから…。もっとゆっくりしていくといい。

王妃さま:コメット、地球のお友だち連れてきましたか?。

コメットさん☆:お母様、ただいま。…うん、ツヨシくんとネネちゃん。それに、いつもは地球にいてくれる縫いビトさんも。

 コメットさん☆は、王様と王妃さまに、順に抱きつきながら答えた。

王様:ツヨシくん、久しぶりじゃな。

ツヨシくん:王様、こんにちは。…でも、二週間ぶり…だけど…。

王様:ほっほっほ。そうじゃな。今日はゆっくり話でもしようぞ。あちらの女の子は、君の妹さんじゃな?。

ツヨシくん:うん。ネネ、こっちに来いよ。

ネネちゃん:…う、うん。

 ネネちゃんは、たくさんの大人や星ビトがいる回りの雰囲気にちょっと圧倒されたようで、きょろきょろとあたりを見回している。

王様:ネネちゃん、というのかな?。わしがハモニカ星国の王じゃ。よろしくな。

ネネちゃん:…こんにちは。よろしくお願いします。

王妃さま:まあ、いいごあいさつねえ。ネネちゃんは、この星国にやってきた、二人目の地球人ですよ。いろいろなところを、コメットといっしょに見ていってね。

ネネちゃん:ほんとう?。わあーい。ネネちゃんうれしい。

ヒゲノシタ:…どうも、地球人をどんどん星国に連れてきていいものか…。わしは心配ですがのう…。

王妃さま:あら、ヒゲノシタ。私も昔地球に住んでいたのですよ?。

ヒゲノシタ:あーまあそれはそうですが…。

王妃さま:大丈夫。心配ありませんよ。

 ヒゲノシタは、いまひとつ何かひっかかりがあるような顔で、狭い眉間をよけいに狭めた。

王様:縫いビトたちも元気であったか?。いつもコメットのために、いろいろ縫ってもらっとるようじゃな。ありがとよ。わしからも礼を言う。久しぶりの星国だと思うが、ゆっくりしていって欲しいぞ。

縫いビトたち:王様、お久しぶりですの。私たちはいつも元気。姫さまのためなら、何でもヌイヌイしちゃいますの。王様もお元気でしたか。

王様:ああ、元気じゃ。…さて、コメット、もうみんな集まっておるぞ。その“さくらの花見”というのをしよう。ラバボーも、ラバピョンもいっしょにな。

コメットさん☆:はい、お父様、お母様。

ラバボー:王様、王妃さま、ありがとうございますボ。

ラバピョン:王様、王妃さま、お久しぶりですピョン。去年以来なのですピョ?。

王妃さま:そうですね。スピカは元気かしら?。

 そんなあいさつを交わしながら、王様、王妃さま、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボー、ラバピョン、縫いビトたちは、みんな「さくらの丘」と名付けられ、さくらが植えられた広い草原が見えるところに向かった。その場所は、王宮の敷地内。少し高いところから、丘全体が見渡せるようになっていて、もう星ビトたちが、お弁当を広げていたりするのが見える。さくらの木は、丘の回り一面にたくさん植えられていて、見渡す限りみんな花を咲かせている。まだ若い木だが、5〜7分咲きくらいである。

コメットさん☆:わあー、きれい。こんな丘ができるなんて…。お父様、お母様、ありがとう。

王様:どうじゃ?。学者ビトもなかなか苦労しておったが…。星の子たちも、お弁当は食べないけれど、よく見に来ているようだよ。

コメットさん☆:…うれしい。学者ビトさん、ありがとう。無理言っちゃったかな…。…くすん…。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆どうしたの?。何か悲しいの?。

コメットさん☆:…ううん。ちょっと感激しただけだよ。悲しいんじゃないよ。うれしいんだよ…。

ツヨシくん:ほら、コメットさん☆、ティッシュあるよ。泣かないで。

王妃さま:あら、ツヨシくんは、いつも用意がいいんですね。うふふふふ…。ツヨシくん、人はねぇ、うれしいときにも涙が出ることがあるのよ。特に…、コメットくらいの歳の女の子はね。

ツヨシくん:そうなの?。…ネネはどうなの?。

ネネちゃん:ネネちゃんだって、そういうことあるよ。ツヨシくんはわからないの?。

ツヨシくん:だって、ぼく、男だもの。男は簡単に泣いちゃいけないって、パパが…。

王様:男は、やさしくなければいかんぞ。ツヨシくんもな。泣く泣かないじゃなくてな。

コメットさん☆:みんな、下に降りて見ようよ。星ビトさんたちにも会いたいし。あ、縫いビトさんたち、私に簡単なドレス着せて、お願い。

縫いビトたち:姫さま、ドレスですか?。ここで?。

コメットさん☆:うん。少しかわいいの着たいもの…。今着ている普段着じゃ、星ビトさんたちに笑われちゃうかも…。

縫いビトたち:わかりましたの〜。

 

 縫いビトたちは、瞬時にさくらの花をイメージしたようなミニドレスを縫ってくれた。その大きくあしらわれたさくらの花と花びらのきれいな柄に、コメットさん☆は、いっそうウキウキした気持ちになる。

コメットさん☆:わあ、さくらの柄だ。すそにもさくらの花びら…。ありがとう縫いビトさんたち。

縫いビト赤:何と言っても、姫さまには、

縫いビト青:さくらが、

縫いビト緑:お似合いですから〜。

 いつもと全く違うミニドレスをまとって、星ビトたちの前に進み出ようとしたとき、コメットさん☆はふと思いついた。

コメットさん☆:あ、そうだ。ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボーとラバピョンもお手伝いしてくれる?。私お花見弁当作るから。それで、みんなで食べよっ!。

ツヨシくん:お花見弁当、コメットさん☆作るの!?。わーい。

ネネちゃん:うん、手伝う。

ラバピョン:わあ、姫さまのつくるお花見のお弁当、食べてみたいのピョン。

ラバボー:お花見弁当って…、お弁当の一種かボ。

コメットさん☆:お花見のときに、みんなで食べるお弁当だよ。宮殿のキッチンで、私作ってみる。…だって、おなかすくでしょ。

 コメットさん☆は、宮殿の居室の近くにある、普段王妃さまと王様が、お茶を入れて飲んだりするキッチンで、エプロンをつけ、お弁当づくりをはじめた。王様と王妃さまは、遠くからのぞき込んで、顔を見合わせ、微笑んでいる。

王妃さま:コメットも、あんなことするようになったのね。

王様:うーむ、わしとしては、複雑な心境だが…。

王妃さま:まあ、あなた、コメットの何を心配してらっしゃるの?。

王様:…そりゃあ、姫の将来を、考えるじゃろ?。どうしても。

王妃さま:まだそんなの、ずっと先ですよ。あの子は、自分の意志で、タンバリン星国の王妃に、ならなかったじゃありませんか。

王様:…そ、そんなことはもちろんじゃ!。わしは、あんなこと、許すつもりは…。

王妃さま:まあまあ、すんだことです。

王様:…うむ…、それも、そうじゃな。ほっほっほ…。

コメットさん☆:ラバピョン、ごはんを俵に巻くのどうするの?。

ラバピョン:姫さま、知らないのピョン?。そんなことでは、王女さまはつとまらないのピョン。

コメットさん☆:だ…、だってぇ…。王女とごはんは関係ないと思うな。

ツヨシくん:ぼく知っているよ。そういう…なんていうのかな、ごはんを押し込めるものがあるの。どこかにない?。

コメットさん☆:…ごはんを押し込めるもの?。

ネネちゃん:たぶん、そういう型があるんじゃない?。コメットさん☆、キッチンの引き出しとかにないかなぁ。

コメットさん☆:ほんと?。ありがとう。探してみよっ。えへっ。

ラバピョン:もう、姫さまったら、えへとか言っている場合じゃないのピョン。お鍋が吹きこぼれそうなのピョン。

コメットさん☆:気付いているなら止めてよー。なんだか、ヒゲノシタかカゲビトに何か言われているみたい…。

王妃さま:まあまあ、大騒ぎね。ふふふふ…。

 

 にこにこ笑って見ている王妃さまには気付かずに、一生懸命お弁当を作るコメットさん☆。やがてお弁当は、なんとか出来上がった。ほとんどはじめての経験なので、とまどうコメットさん☆であったが…。

 そうして苦労して作ったお弁当を持ち、あらためてコメットさん☆は、宮殿から「さくらの丘」に出た。ツヨシくんやネネちゃん、ラバボーにラバピョン、そして縫いビトたちもそれに続く。すると、それを見つけた星ビトたちが、いっせいに駆け寄ってきた。

星ビトA:まあ、姫さまお久しぶりです。この前お見かけしたときは、具合がお悪そうでしたが、大丈夫ですか?。

星ビトB:姫さま、さくらってきれいですね。

コメットさん☆:みんな、ありがとう。私はもう大丈夫だよ。さくら、…楽しんで、もらえたかな…。

星ビトC:もちろんです。姫さま。こんなきれいな花をありがとうございます。地球では、こうやって「お花見」というのをすると聞きました。

コメットさん☆:そうだよ。まだね、今さくらは、地球では咲いていないの。これから20日くらいすると咲くんだよ。

 コメットさん☆は、自分で作ったお弁当を広げながら、星ビトたちの言葉に答えた。

ツヨシくん:いただきまーす。

ネネちゃん:いただきます。

 みんなコメットさん☆の作ったお弁当に、箸をつけはじめた。そこに王様と王妃さまもやってきた。

王様:姫や、この丘下から見てはどうじゃ?。気にいってもらえたかな?。

コメットさん☆:あ、お父様、とってもきれいで大好きな場所になりそう。ありがとう…お父様。こんなに早く、さくらが星国にたくさん咲くなんて、思ってなかったもの。

王妃さま:コメットのおかげで、また一つ、星国が楽しくなりましたよ。地球の楽しさとかがやきを、この星国に伝える…。それもあなたの、立派な役割…。

コメットさん☆:お母様…。そんな…、私はたださくらがきれいだったから…。

ツヨシくん:コメットさん☆のお弁当おいしいよ!。

ネネちゃん:ネネちゃんもおいしい!。

ラバピョン:ごはんもおいしく炊けているのピョン。

ラバボー:卵焼きおいしいボ。

王様:どれ、わしも食べてみたい。姫の作ったこの…煮物…。…うむ、なかなかうまい。

王妃さま:そうですね、まあまあかしら。うふふ…。

王様:いや、やっぱり姫の作ったものならば、なんでもうまいはずじゃ。

コメットさん☆:…お、お父様…。

 コメットさん☆は、恥ずかしそうに微笑んだ。

 コメットさん☆が、景太朗パパの協力で集めて、ここ星国へ送ったさくらは、今見事に開花した。さくらは、その木の下で、楽しそうに遊ぶ星ビトたちを見守っている。これからずっと、星国では花見が楽しめるだろう。星国の1年は長いから、毎年さくらがどんな咲き方をするかは、まだよくわからない。けれど、コメットさん☆が地球にある楽しみを、また一つ星国に伝えたことは確かである。淡いピンクのさくらの花は、ハモニカ星国の「さくらの丘」を、今明るく染め上げている。明日も、そして…、未来も…。

(このシリーズ終わり)
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★第142話:ホワイトデーとツヨシの心−−(2004年3月下旬放送)

 3月14日はホワイトデー。沙也加ママさんによると、割と最近、お菓子屋さんたちの発案で始まったという。バレンタインデーに何かもらった男性が、女性にお返しをする日。

 コメットさん☆は、バレンタインデーにチョコクッキーを、男女問わずいろいろな人にあげたのだが、ホワイトデーを特に意識していたわけではなかった。しかし、世間で「ホワイトデーが」と騒いでいるし、思いだしてみれば、プラネット王子が「3月14日には何かお返しするから」と言っていたから、ほんの少し、心がそわそわしていたのは事実だった。そして実際ホワイトデーになると、プラネット王子は約束どおり?、イルカのガラス細工、景太朗パパさんと沙也加ママさんはいっしょに薄手のセーター、メテオさんと、ミラ、カロンはいずれもお菓子をくれた。

 コメットさん☆としては、なんだか催促してしまったような、ちょっと申し訳ない気持ちになった。

ラバボー:ほーら姫さま、たくさんあげすぎるからだボ。

コメットさん☆:…そ、そんなこと言ったって…。チョコ、あげたい人にはあげてもいいと思ってたのに…。

ラバボー:そりゃそうだけど…。結局お返しが来てしまうボ。

コメットさん☆:…私、お返しなんて期待したわけじゃないのにな…。…でも、覚えていてくれたのは、とても、うれしい…。

景太朗パパさん:おおい、コメットさん☆、おいでよー。

コメットさん☆:はーい。…なんだろう?。

ラバボー:…また誰かのお返しかもしれないボ。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんの声に、1階のリビングに降りていった。そこには、珍しくケースケが来ていたのだ。

ケースケ:…う、うわ…、し、師匠、オレ、帰ります。

景太朗パパさん:なんで?。いいじゃないか。直接渡せば。置いて自分だけ帰るのかい?。

ケースケ:…そ、そんなこと言ったって…。

コメットさん☆:ケースケ、久しぶりだね。どうしたの?。

ケースケ:…え、あ、…いや、その…。

景太朗パパさん:じゃ、ぼくは仕事があるからなぁ…。コメットさん☆、よろしくね。

ケースケ:し、師匠…、さっきはヒマだって…。

コメットさん☆:景太朗パパ…。

ケースケ:しょうがないな…。…コメット、バ、バレンタインのチョコクッキー、ありがとよ。…お返しに、…これ。

コメットさん☆:わあ、覚えていてくれたんだ…。

ケースケ:…あのなぁ、あんなふうに、突然オレの部屋に置かれていたら、忘れようにも忘れられないよ。

コメットさん☆:あはっ、あははは…。

ケースケ:あれ、どうやって置いたんだよ。オレの部屋に忍び込んだのか?。

コメットさん☆:…え、えーと、…ま、窓が開いていたから、そこから…。

ケースケ:窓って…、オレの部屋2階だぞ?。んなわけないだろ?。だいたいどうやって、まっすぐ机の上に置いたんだよ…。大家さんにでも頼んだのか?。

コメットさん☆:…そそ、そうだよ。わかっちゃった?。

ケースケ:まったく…、すぐばれるっての。…でも、ありがとな。あれうまかったよ。コメットの、手作りだろ?。

コメットさん☆:…うん。そうだよ。

ケースケ:そうか…。そ、そのなんつーか、料理、上手なんだな…。

コメットさん☆:そんなことないよ。沙也加ママに教わって…。

ケースケ:あ、それはいいとして、それ開けて見てくれよ。

コメットさん☆:あ、そうだね。ごめん。

 コメットさん☆は、ケースケからもらった、薄いブルーのもようが入った包装紙に、濃いブルーのリボンがかかっている包みを解いた。

コメットさん☆:あっ、星だ…。星形の…ピンブローチ…。…ありがとう。星、大好きなんだ…。

ケースケ:…そ、そうか?。そりゃよかった…。…いや、実を言うとさ、コメットにどんなものが似合うかなんて、オレわからなくてさ。うちのクラスの、文化祭実行委員の新井さんに、見てもらったんだけど…。

コメットさん☆:…え、新井…さんに?。

ケースケ:ああ…。アクセサリーがいいって、言ってくれたのも新井さんでさ…。けっこう頼りになるんだよ、彼女。コメットのことも知っているからさ。

コメットさん☆:…そ、そう。…そうなんだ。

ケースケ:あ、いけね。そろそろバイトに行く時間だ。今日は臨時のバイト入っちゃってさ。…わりい、またな、コメット。喜んでくれてよかった。

コメットさん☆:…ケ、ケースケ、ありがとう。…大事に…するね。

 ケースケは、臨時のバイトのために、急ぎ藤吉家をあとにした。リビングに残されたコメットさん☆は、星形のピンブローチを手にしたまま、しばらく考え込んでしまった。このピンブローチを選んでくれたのは、ケースケが最近よくいっしょにいる新井さんという、18歳くらいの女の子。コメットさん☆への「お返し」を、ケースケはその新井さんに頼んで選んでもらったという。そのことにコメットさん☆は、なんとなく説明しがたい気持ちを感じていた。

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。

コメットさん☆:ううん、何でもないよ…。ただ、ケースケが、どうして新井さんに頼んだんだろうって…。

ラバボー:…それは…、複雑な問題だボ。

コメットさん☆:…うん…。

 と、そのころ、リビングから子ども部屋に通じる廊下で、ツヨシくんとネネちゃんが、一部始終を見ていた。

ツヨシくん:なんだかコメットさん☆の様子が変だと思う。

ネネちゃん:うんうん、ネネちゃんも。ケースケ兄ちゃんから何かもらって、楽しそうにしていたのに、急に笑顔が消えたよ。コメットさん☆から。

ツヨシくん:…いいかネネ、あれ、絶対ないしょだぞ。

ネネちゃん:うん。あれね。わかった。わたしないしょにする。

 30分後、ツヨシくんは、由比ヶ浜にいた。一人自転車をこいで、ここまでやってきたのだ。

ツヨシくん:うわー、風が強くて寒い…。けど、がんばって探さなきゃ…。

 ツヨシくんは、春になったばかりの、まだ冷たい風の中、海岸を歩きながら、貝殻を拾って歩いていた。手がかじかんでくるのも気にせず、持ってきた小さなポリ袋いっぱいになるくらい、貝殻を拾った。そして、自転車で家に帰ると、誰も見ていないのを確かめつつ、ガレージの下にある水道で、小さなバケツにそれを入れた。すでにバケツには、底に敷き詰められるくらい、いろいろな貝殻が入っている。ツヨシくんが、あらかじめ少しずつ拾っておいたものなのだ。

ツヨシくん:ハークション!!。…よし、これくらいあれば、十分。

景太朗パパさん:…おや、ツヨシ、何やっているんだ?。

ツヨシくん:あ!、パパ…。ないしょ。絶対にないしょ!。

景太朗パパさん:…内緒?。…あ、わかったぞ。コメットさん☆にプレゼントするのか?。

ツヨシくん:…ないしょだったらぁ!。

景太朗パパさん:ははーあ、わかったわかった。内緒な。

ツヨシくん:そう。パパ、男と男の約束だよ。

景太朗パパさん:よし。男と男の約束だ。…でも、それ風呂場で、お湯でやりなよ。風邪引くぞ。コメットさん☆は2階の自分の部屋にいるから、今なら大丈夫。パパも手伝ってやるよ。

ツヨシくん:そう?。ありがとうパパ。じゃ、風呂場でやる。

 ツヨシくんは、景太朗パパさんといっしょに風呂場に移動して、貝殻を洗った。砂で汚れた貝殻も、よく洗えばきれいになる。景太朗パパさんと、もようがきれいな貝や、面白い巻き貝を選んだ。そして、洗い晒しの固くなったタオルを、沙也加ママさんからもらい、水気をふき取ってゆく。

景太朗パパさん:よくもまあ、こんなに拾ったなぁ。…まあでも、面白かったろ?。ツヨシ。

ツヨシくん:うん。いろいろな柄のがあって、どんどん拾っちゃった。

景太朗パパさん:そうかー。…ツヨシ、コメットさん☆のこと好きか?。

ツヨシくん:うん。大好き。クラスの誰よりも好き。

景太朗パパさん:ええーっ!?。クラスの…誰よりも…か…。へえーっ、そんなにかぁ…。そりゃ大変だ。ははははは…。じゃ、がんばらないとな、ツヨシ。

ツヨシくん:うん。ぼくがんばる!。

景太朗パパさん:よし。がんばれ!。パパも応援しておくよ。

 

 ツヨシくんは、夜になって、すっかり乾いた貝殻をたくさん、沙也加ママさんからもらったプラケースに入れて持ち、そっとコメットさん☆の部屋に行った。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆。

コメットさん☆:なあに?、ツヨシくん。

ツヨシくん:コメットさん☆、これ、ホワイトデーおめでとう。

コメットさん☆:ええっ!?、ツヨシくんまで…!?。

ツヨシくん:今まで貯めていたの、これ…ハ…ハ…ハークション!。

コメットさん☆:わあ、いろいろな貝殻…。ありがとう。とってもきれいだね。…いろいろな柄の貝がある…。へえー、こんなにいろんな種類があるんだね…。

ツヨシくん:…今日拾ってきた分もあるんだよ…ハックション!。

コメットさん☆:えっ!?、今日も拾ってくれたの…?。…でも、どうしたの?、なんかくしゃみしているけど、大丈夫?。

ツヨシくん:うん、大丈夫…。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの言葉に、少し元気のなさを感じて、そっとおでこに手を当てた。そして、少し前にツヨシくんが、自分にやってくれたように、ツヨシくんのおでこに、自分のおでこを当てて、熱をみた。

コメットさん☆:いけない!。ツヨシくん、熱があるよ。

ツヨシくん:…大丈夫。ツヨシくん、大丈夫だったら…。

コメットさん☆:沙也加ママー!、ママー!。

 コメットさん☆は、急いで沙也加ママさんを呼びにいった。

 結局ツヨシくんは、無理をしたせいで風邪を引いてしまったのだ。コメットさん☆はネネちゃんに、ツヨシくんがだいぶ前から貝殻を集めていて、今日はたくさん集めるために、少し寒いのにもかかわらず、由比ヶ浜まで行ったことを聞かされた。

ネネちゃん:…ないしょって言われていたんだけど…。

コメットさん☆:…私のために…。ツヨシくん、そんな無理を…。

ラバボー:姫さま、やっぱりこういうことになったボ…。

コメットさん☆:…うん…。…ぐすっ…、私がいけなかったんだ…。

沙也加ママさん:…コメットさん☆、そんなに心配しなくても大丈夫よ。…ツヨシったら、しょうがないわね…。うふふふ…、ちょっと学生の頃のパパに似ているわ。

コメットさん☆:沙也加ママ、ごめんなさい…。私のせいで…。…ぐすん。

沙也加ママさん:…いいのよ。ツヨシくらいの子も、ああやって自分の限界を理解していくのよ。あなたが悪いんじゃないわ。

ラバボー:姫さま、泣いている場合じゃないボ!。

コメットさん☆:…うん。そうだ…。私泣いている場合じゃない…。ツヨシくんを助けなきゃ。泣いてたって、何も変わらない…。

沙也加ママさん:…た、助ける?。

コメットさん☆:沙也加ママ、私、ツヨシくんを治します。

 コメットさん☆は、そう言い残すと、ウッドデッキに出た。そして膨らんだラバボーにしがみつくと…。

ラバボー:ジャンプーーー!!。

 コメットさん☆は、星力を集められるだけ集め、そして降りてきてから、ミニドレスに変身した。

 そのころ景太朗パパさんは…。

景太朗パパさん:ツヨシ、大丈夫か?。やっぱり風邪引いたか…。まったくがんばりすぎだよ。

ツヨシくん:…大丈夫…。…だけど、ちょっと頭が痛い。

景太朗パパさん:まあしかし、男の子は女の子のことになると、どうしても無理しちゃうときが、…あるよな。

ツヨシくん:うん。…パパもあった?。

景太朗パパさん:ふふふ…。そりゃあったさ。

コメットさん☆:…ツヨシくん。

ツヨシくん:あ、コメットさん☆…。

 コメットさん☆は、強い星力を使うためのドレス姿で、ツヨシくんが寝ている部屋に入ってきた。

コメットさん☆:ツヨシくん、ごめんね。私のために…。…ありがとう。…いつもありがとう。

 コメットさん☆は、ツヨシくんの顔を、そっと抱いた。ツヨシくんは、コメットさん☆の心臓の音が、聞こえそうなほどなので、少しびっくりしたが、熱でドキドキしているのか、びっくりしたせいなのか、それとも別の理由なのかわからなかった。

ツヨシくん:…ううん。どうしても、コメットさん☆に、プレゼントあげたかったから…。

コメットさん☆:私、ツヨシくんを今から治すね。…きっと、星の子たちが、力を貸してくれる。

ツヨシくん:えっ!?、コメットさん☆、お医者さん?。

コメットさん☆:お医者さんじゃないけど…。きっと治せると思うから…。

景太朗パパさん:よーし。じゃコメットさん☆、あとよろしく頼むよ。コメットさん☆も、無理しないようにね。あ…、もし「治療」がすんだら、ごはんだよ。

コメットさん☆:え、あ、はい。ありがとうございます。

 景太朗パパさんは、ユーモアを交えた言い方で、コメットさん☆に微笑みかけた。コメットさん☆も、バトンを持ったまま、緊張した面もちから、少し柔らかな表情になった。景太朗パパさんは、本当にコメットさん☆がツヨシくんを治せるのか、疑問だと思ったが、それはそれでもいいとは思った。

 コメットさん☆は、手とバトンをかざして、ツヨシくんに星力をかけた。その熱が下がり、体が楽になるようにと。

 

 2時間ほどたった頃、ツヨシくんは大汗をかいて、熱は下がった。コメットさん☆の星力が、通じたのだ。

コメットさん☆:ツヨシくん、どう?。汗かいたね。

ツヨシくん:…うん、コメットさん☆、楽になったよ。コメットさん☆の星力で治してくれたの?。

コメットさん☆:えへっ、医者ビトさんのように上手には治せないけど…。ツヨシくんだったら、時間をかければ治せるようになったみたい…。

ツヨシくん:ふぅん…。ぼくだったら?。

コメットさん☆:え、えーと、…あ、早く着替えた方がいいよ。汗かいたんだから…。

ツヨシくん:(ぐぅ〜〜。)

コメットさん☆:(きゅるるる〜。)

ツヨシくん:おなかすいた。

コメットさん☆:…わ、私も…。じゃ、遅くなったけど、晩ご飯食べよっ!。

ツヨシくん:うん!。

 ツヨシくんは勢い良く布団から出た。そして汗をかいた肌着とパジャマを着替えると、コメットさん☆といっしょにダイニングに行き、沙也加ママさんが出してくれた、遅い夕食を、二人で楽しそうにとるのだった…。

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★第143話:ツヨシの春休み−−(2004年3月下旬放送)

 3月も終わりになると、学校も新学年に備えて春休み。ツヨシくんとネネちゃんも、早くも小学校の2年生になる。

 春休みになったばかりのある日、ツヨシくんは景太朗パパさんの仕事部屋にいた。

ツヨシくん:パパ、カメラ貸してよ〜。

景太朗パパさん:ええ?、いいけど、何を撮るんだい?、ツヨシ。

ツヨシくん:小田急線に珍しい電車が走っているの。

景太朗パパさん:珍しい電車?。ロマンスカーかい?。それならいつも走っているけどなぁ。

ツヨシくん:違うの!。パパ知らないの?。

景太朗パパさん:ええ?、だって、このところ小田急線には乗らないからなぁ…。珍しい電車って…、SL…は電車じゃないよなぁ。

ツヨシくん:SLが走るわけないじゃんパパ。なんか昔の色の電車だって。

景太朗パパさん:昔の色?。どんな色かなぁ?。昔っから小田急線って、白に青い帯じゃなかったっけ?。

ツヨシくん:違うの。東海道線みたいな色。クラスの、友だちから聞いたんだよ。

景太朗パパさん:ふーん。パパよくわからないなぁ。…で、どんなカメラ貸して欲しいんだ?。

ツヨシくん:…えっと…、よくわからないけど、うまく写るやつ。

景太朗パパさん:はっはっは…。うまく写るやつか。それはまた難しい注文だな。撮る人の腕によるからなぁ。

ツヨシくん:ぼくでも上手に撮れるやつ。ないの?。

景太朗パパさん:うーん、ないことはない…かな。いいよ。選んでやろう。…それで、誰と写真撮りに、どの辺に行くんだい?。

ツヨシくん:コメットさん☆と、藤沢のあたり。

景太朗パパさん:へえ。コメットさん☆とか。…でも、コメットさん☆も電車撮るの?。

ツヨシくん:まだ聞いていないけど…。でも、江ノ電とか撮っているよ、時々。前はケースケ兄ちゃんとか…。

景太朗パパさん:最近、ケースケのこと撮らないのか?。

ツヨシくん:うん。だって、ケースケ兄ちゃん、あまり昼間いないもん。

景太朗パパさん:そうか…。そうだよな。夜間高校に行っているんだものな。よしわかった。カメラは選んでやるから、コメットさん☆と約束しておけよ、ツヨシ。

ツヨシくん:うん。パパありがとう。

 景太朗パパさんは、ツヨシくんのために、オートフォーカスのカメラを用意することにした。一方ツヨシくんは、コメットさん☆にさっそく約束をしに行った。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、あさってつきあって。

コメットさん☆:…え?。どこに?。

ツヨシくん:ぼく、小田急線の電車をカメラで撮りに行きたいの。いっしょに写しに行って。

コメットさん☆:小田急線?。何かあるの?。

ツヨシくん:昔の色になった電車が、江ノ島まで走るの。

コメットさん☆:ふぅん。昔と今と、色違うんだ。

ツヨシくん:うん。クラスの友だちが言ってた。

コメットさん☆:…いいよ。いつでも。

ツヨシくん:やったぁ。コメットさん☆といっしょ!。

 すかさず聞きつけたネネちゃんが答えるが…。

ネネちゃん:あー、ネネちゃんも行く!…って、電車ぁ?。ネネちゃんやっぱりいいや。

コメットさん☆:ネネちゃん、なんで?。

ネネちゃん:だって、わたし電車のことなんてわかんないもの。

コメットさん☆:えへっ、私もわからない。…けど、昔の小田急線って、どんなかなって。

ネネちゃん:それに、その日はみいちゃんちで誕生会があるんだ。

コメットさん☆:へえ、そうなんだ。みいちゃん8つになるの?。

ネネちゃん:うん、そう。わたしまだだから…、みいちゃんのほうが少しお姉さん。

ツヨシくん:ぼくもだよ。

ネネちゃん:ツヨシくんあたりまえでしょ。双子なんだから。

ツヨシくん:…そりゃ、そうだけどさ。いっつもネネと同じ。

コメットさん☆:あはっ、そうだね。ツヨシくん、ネネちゃんといっしょじゃいやなの?。

ツヨシくん:ううん、そんなことないけど…。

コメットさん☆:そうだ。プラネット王子についていってもらお。殿下なら、写真のことよく知っているし…。

ツヨシくん:ええー、プラネットお兄ちゃんか…。

コメットさん☆:あれ?、なんかいけないの?。

ツヨシくん:ううん…。

 ツヨシくんは、「二人で行きたかったのにな…」と、心の中でつぶやいた。

 

 二日後、コメットさん☆とツヨシくんは、星のトンネルを通って、湘南台にある橋田写真館まで行った。もちろん、プラネット王子と会って、それから撮影に行くために。天気は晴れ。ちょうどいい撮影日和だ。

プラネット王子:…しっかし、コメットが電車の撮影とはね。ツヨシくんからの情報とは言え…。

コメットさん☆:たぶん、私の母が地球に来ていた頃の小田急線って、そんな感じなんじゃないかと思って…(※下)。それに、私もこの目でちょっと見たかったから。

プラネット王子:なるほどな。コメットの母上…と言うと…、ハモニカ星国王妃さまか…。地球へ来ていたことあるんだっけか。…ところでそのツヨシくんのクラスメートの情報って、なかなかのものだぞ。ツヨシくん、その友だちは、電車好きなのか?。

ツヨシくん:…よくわからないけど…、お父さんが電車の会社に勤めてるの。

プラネット王子:ああ、そういうことか…。

コメットさん☆:そういうことって、何ですか?。

プラネット王子:いやあ、今日一日夜までは、ずっとその電車、この江ノ島線を行ったり来たりなんだよ。そんな情報よく押さえたなって思ってさ。…それに、桜ヶ丘っていう駅のところなら、ちょうど桜が咲いているよ。

コメットさん☆:わあ、桜咲いているんだ。桜と電車。きっときれいだね。

ツヨシくん:うん。電車もピカピカなんだって。

コメットさん☆:へえ。電車かがやいているのかな?。

プラネット王子:はははっ…。それはどうだかわからないが…、今日のダイヤは調べてあるから、とりあえず電車に乗って出かけよう。

ツヨシくん:オー!。

コメットさん☆:じゃ、私も、オー!。

プラネット王子:けっこう気合い入っているな…。思ったより…。負けそー…。

 

 上り電車に乗って、三人は桜ヶ丘駅に着いた。そして、ちょうど桜と電車がうまく写せる場所を探して、駅の外に出た。

プラネット王子:…よし。この位置がいいんじゃないか?。桜を手前に入れて電車を撮れば、後ろにも少し桜が入る。

コメットさん☆:ピントはどうやって合わせよう…。

プラネット王子:そうだな。待ちピンって言ってさ、ここでシャッターを切るっていう位置を決めるんだよ。それで、そこにピントをあらかじめ合わせておいて、そのまま電車が来たら、その位置でさっとシャッターを切ればいい。ツヨシくんはどうだ?。

ツヨシくん:大丈夫…だと思うけど…。プラネット兄ちゃん、角度はこれくらい?。

プラネット王子:ああ、そんなものでいいと思うぞ。どれ、ちょっとのぞかして。…うん、こう構えて、電車が向かってきたら、そのまま真ん中でシャッター切って大丈夫だ。今日は天気がいいから、ブレはしないだろう。

コメットさん☆:シャッター速度800分の1秒だって…。

プラネット王子:そうか。それなら電車の速度でも大丈夫だ。ブレないよ。…おっと、けっこうみんな撮影に来ているようだよ。

 プラネット王子は、回りを見回して、同じように撮影しようとしている人々を見つけて言った。大きな一眼レフカメラを構えて、ファインダーをのぞき込んでいる人が、比較的近い位置に何人かいる。

コメットさん☆:古い電車、みんなに親しまれているんだね…。

プラネット王子:まあそうなんだけど、もっとマニアックな人もいそうだな…。

 そうしているうちに、線路の彼方から、紺色と山吹色に塗られた電車が、こちらに向かってきた。小田急線の「復活旧塗色2600形」である。

プラネット王子:来たぞ。あんな色だよ。

コメットさん☆:…確かに今のより暗いような色だけど…、なんかきれい…。

ツヨシくん:ツヨシくん見たことあるけど…。古い電車っぽいと思う。やっぱり東海道線に似てるね。

プラネット王子:…みんな、うまく撮れよ…。

 電車は速度を上げながら、みるみる近づき、さあっと三人、いや、回りの人々を入れれば10人近くの前を通過していった。いくつものシャッター音が聞こえた。そして、電車は涼しい顔で、走り抜けて行ってしまった。

コメットさん☆:ふう…。うまく撮れたかな…?。

ツヨシくん:たぶん、うまくいったと思うけど…。

プラネット王子:まあまあかな…。どうだコメット。君のはデジタルだから、様子はすぐわかるだろ?。

コメットさん☆:はい…、どうかなぁ。あまり自信ないですけど…。

 コメットさん☆は、自分のデジタルカメラを「再生モード」にして、画像をモニタに表示させた。それをのぞき込む王子とツヨシくん。

プラネット王子:うん。うまく撮れていそうじゃないか。

ツヨシくん:コメットさん☆うまいね。

コメットさん☆:そう?。ありがとう。

プラネット王子:よし。じゃ次に行くか?。

コメットさん☆:え…、こんどはどこへ?。

プラネット王子:あの電車、あのまま江ノ島まで行ったら、また折り返してくるわけさ。今度は駅の構内で撮ってみるか。駅は比較的安全だし、乗客の表情なんかも撮れるな。

コメットさん☆:そっか、何度でも撮れるんですね。

プラネット王子:そういうことさ。

 三人は、電車を追って藤沢の駅へ移動した。そして11時20分から26分まで停車している2600形電車と、駅の乗客たちの風景を撮影しようというねらいだ。ところが、露出計を見ているプラネット王子と少し離れて、ツヨシくんとホームの前のほうへ歩いていったコメットさん☆は、見覚えのある人が、カメラを構えているのに気付いた。

コメットさん☆:あ、パニッくんのお兄さんの神也さんだ。

ツヨシくん:あ、ほんとだ。パニッくんのお兄ちゃんだ。

神也くん:あれ、コメットさん☆じゃないですか。今日はお出かけですか?。わあ、えーとツヨシくんもいっしょですか。

コメットさん☆:…うん。今日は電車をツヨシくんといっしょに撮影に来たの。神也さんは?。

神也くん:えっ!?、コメットさん☆、電車の写真なんて撮るんですか?。それは知らなかったなぁ。

コメットさん☆:だって、珍しい色の電車だっていうから…。私写真撮るの好きだし…。

神也くん:わあ、奇遇ですね。ぼくも小田急線の古い電車撮るために、ここで待っているんですよ。光栄だなぁ…、コメットさん☆といっしょなんて。

コメットさん☆:…え…?。

ツヨシくん:コメットさん☆といっしょなのは、ツヨシくんだよ?。

プラネット王子:どうしたんだコメット。知っている友だちかい?。

コメットさん☆:え…、ええ。ツヨシくんの友だちのパニッくんのお兄さんで、神也さん。こちら、私の写真の「師匠」のプラネットさん。

神也くん:プラネットさんですかー。外人さんなんですね。日本語上手ですね。

プラネット王子:…は、はじめまして。君も写真撮るんですか?。

神也くん:ええ。電車はけっこう撮るんですけど。

プラネット王子:そうか。オレ、湘南台の写真屋で働いているから、もしよかったら来て下さい。

 プラネット王子は、そう言いながら、神也くんに割引券と店の名刺を渡した。

神也くん:ありがとうございます。フィルム、撮り終わったらきっと行きます。

プラネット王子:よろしく。

 そんな話をしていると、江ノ島からさっき撮影したあの電車が戻ってくる時刻になった。コメットさん☆たちと、神也くんは、ホームの端に並んで、電車を撮影した。その様子を後ろから見ていたプラネット王子は、コメットさん☆が写真を撮るときの、思わぬ真剣な表情に気付いて、ちょっとびっくりした。

プラネット王子:(やっぱりコメットは、何にでも真剣だな。その何にでもひたむきになれるまっすぐな心に、オレはあこがれているのかもしれない…。)

 そのあと、王子、コメットさん☆、ツヨシくんの三人で、ホームの端にある改札口のほうに戻っていくと、一般の乗客の人々が、携帯電話のカメラや、小形のデジタルカメラを向けている光景に出くわした。

プラネット王子:見ろよ、コメット。この電車に、一般の乗客たちが、ケータイのカメラを向けたり、デジカメで写真撮っているぞ。いろいろな人に、愛され続けてきたんだろうな…。

コメットさん☆:うん、感じる。この電車のかがやき。無数の人たちを運び続けてきて、今またかがやいている…。

ツヨシくん:あ、若い女の人も撮ってるよ。

プラネット王子:ツヨシくんよ、コメットだって、若い女の人じゃないの?。

ツヨシくん:…あ、そりゃそうだけど…。…コメットさん☆ごめん。

コメットさん☆:あはははは…。いいよ。だって私まだ……。

 

 お昼や休憩をはさみながら、夕方まで2600形を、いろいろなところで撮影した。駅、踏切、見通しのよい場所、反対側のホーム…。そうして夕日が傾くころになった時、コメットさん☆とツヨシくんは、撮影を終え、プラネット王子と別れて、星のトンネルを通り、七里ヶ浜の海岸まで帰ってきた。

ツヨシくん:あれ、コメットさん☆、まだ帰らないの?。

コメットさん☆:ツヨシくんのカメラには、フィルム残っているでしょ?。夕日を撮ってから帰ろ。

ツヨシくん:あ、そうか。うん、わかった。そうしよう。

 そこはちょうど、七里ヶ浜にある江ノ電の踏切のところだった。二人は江ノ島方向に沈む夕日に向けて、シャッターを切った。コメットさん☆は静かに言った。

コメットさん☆:…ここなんだよ。私がはじめて地球にやってきた時、最初に星のトレインが通ったところ。

ツヨシくん:ふぅん。どうしてここなの?。

コメットさん☆:…さあ?。私にもわからないの。…でも、もしかすると、私がずっと生活することになる場所を、誰かが見せてくれようとしたのかも…。

ツヨシくん:だれかな?。コメットさん☆に、鎌倉をみせようとしたの。

コメットさん☆:誰だろうね。星ビトの誰かかもしれないし…。

ツヨシくん:きっとそうだよ!。だって、コメットさん☆は、星ビトさんたちに、とても好かれているんだもの。

コメットさん☆:そっか。…そうだね。きっと…そうだね…。

 コメットさん☆は、ちょっとうれしそうな、まぶしそうな顔を、夕日に向けた。

コメットさん☆:…さあ、景太朗パパと沙也加ママが心配しているかもしれないから、もう帰ろうか、ツヨシくん。

ツヨシくん:うん。帰ろう、コメットさん☆。

コメットさん☆:ツヨシくん、ほら。

 コメットさん☆は、ツヨシくんに手を差し出した。

ツヨシくん:うん。わあ、コメットさん☆といっしょ!。

コメットさん☆:うふふふ…。

 ツヨシくんは、うれしそうにその手を取った。二人はそっと手をつないで、家への坂道をのぼりはじめた。二人の背中を、夕日が照らす。どんどん遠くなる江ノ電の踏切が、思いだしたように鳴り出したのが聞こえる。何にでも興味を持って、ひたむきになるコメットさん☆。それは今日も、明日も…。

※コメットさん☆のお母さん、つまり王妃さまが地球に来ていた時期は、1978年頃です。小田急の電車は1969年まで紺色と山吹色の塗り分けでしたが、それ以降はアイボリーに青帯になっています。そのため、実際に王妃さまが見たのは、すでに現在と同じ色ということになります。
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★第144話:王様のお花見−−(2004年4月上旬放送)

 すっかり春になって、桜の花が鎌倉の段葛や、そこかしこで咲き始めた。コメットさん☆の大好きな、桜の季節である。といっても、桜は一週間程度しか、一年のうちで咲いてはいないのだが。それでもコメットさん☆は、うきうきした心で、毎日を過ごしていた。桜がつぼみになり、ピンク色に染まって、やがて開花して、木の下から上に向けてどんどん咲いていく。その様子を見ているのは、とても楽しい。

 コメットさん☆は、裏庭にある、去年までモノレール鎌倉山駅前の、シンボルツリーだった桜の木を見ていた。木は、季節はずれの台風で倒れ、切り刻んで捨てられる運命にあったのを、景太朗パパさんの機転で、もらい受けて、ここ藤吉家の裏庭に植え替えられたのだ。大きな木であったその木は、だいぶ枝も落とされ、不格好になってしまったが、そのあと伸びたたくさんの枝に、今年もちゃんと花を付けている。ここ毎日、コメットさん☆は、この木の様子を見に行くのが、楽しみだった。

 そんなある夜、沙也加ママさんが夕食の準備をしながら、コメットさん☆に教えてくれた。

沙也加ママさん:昼間段葛のところ、車で通ったらね、もう桜だいぶ見頃になっていたわよ。

コメットさん☆:へえーっ。本当ですか?。どのくらい咲いたのかな。

沙也加ママさん:そうねぇ…。5部咲きというところかしら?。明日からはあったかいって、天気予報で言ってたから、もう少し開くわね。

コメットさん☆:そうですか。見に行きたいな。

沙也加ママさん:見に行ってくれば?。段葛の桜は、少し他のところよりも遅いのよね。なぜかしらね。海から風が吹くからかなぁ?。

コメットさん☆:段葛の桜…。あ、…父に見せたい…ですね。

沙也加ママさん:お父様…ということは、王様ね。そう言えばしばらくお目にかかっていないわね。

コメットさん☆:はい。この間父が、私を星国の花見に誘ってくれましたから…。こんどは父を…。

沙也加ママさん:そうね。ツヨシとネネもお世話になったようだから、ぜひお招きしたいわ。あ、じゃコメットさん☆、お父様呼んで、いっしょにお花見、どうかしら?。

コメットさん☆:わあ、それ楽しそう…。父も喜ぶと思います。

沙也加ママさん:そうねぇ…。パパにも伝えておくから、コメットさん☆は、お父様に電話して、ご都合を聞いてみて。

コメットさん☆:はい。沙也加ママ、さっそく電話してみます!。

 コメットさん☆は、ティンクルホンを取り出すと、リビングのほうへ行って、王様に電話をかけようとした。

ツヨシくん:コメットさん☆、電話するの?。

ネネちゃん:だれ?。だれにするの?。

コメットさん☆:あはっ。わかっちゃった?。あのね、お父様にするの。いっしょに、お花見しない?って。

ツヨシくん:えっ、王様来るの?。ぼく王様大好き。王様と話するの楽しいから。

ネネちゃん:私も。王様って、やさしいパパだよね?、コメットさん☆。

コメットさん☆:うん。やさしいよ。私も、お父様だーい好き。

ツヨシくん:コメットさん☆のママは?。王妃さま来ないの?。

ネネちゃん:コメットさん☆のママも来るの?。

コメットさん☆:うーん、たぶんそれは無理。二人とも来ちゃったら、星国のお仕事出来ないでしょ。

ツヨシくん:あ、そうか…。

ネネちゃん:ネネちゃん残念。

コメットさん☆:うん。でも、お母様にも、今の地球を見せてあげたいな。だから、近いうちに、呼ぼうと思ってるんだよ。

 

 コメットさん☆は、父である王様に電話をかけた。

コメットさん☆:…それでお父様、鎌倉でお花見しませんか?って。沙也加ママが。

王様:おお、そうかね。コメットが呼ぶなら、わしはいつでも行くつもりだよ。その、地球の桜というのも、見たいものだな。聞くところによると、いろいろなところにはえておるとか。

コメットさん☆:うん、そうなんだよ。いろんなおうちの人が、庭に植えたり、街の道に沿って植えられていたりするの。

王様:そうか。では、いつ頃行けばいいかな?。

コメットさん☆:沙也加ママのお店がお休みの、2日後なんてどうかなぁ。

王様:2日後じゃな。わかった。では王妃と相談して、ヒゲノシタにも言っておく。出発する前にもう一度わしから電話する。景太朗パパさんと、沙也加ママさんには、「お構いなく」と伝えておいておくれ。

コメットさん☆:はい。お父様、わかった。わかったけど、たぶん歓迎してくれちゃうと思うよ、景太朗パパと沙也加ママは。

王様:うーむ、あまりいろいろ気にかけていただいては申し訳ないのう。…まあ、わしは、コメットの顔が見られるのが楽しみじゃ。

コメットさん☆:お父様…。ふふふっ…。

 コメットさん☆は、楽しく王様と話をして、電話を切った。

 

 王様は2日後、星のトレインに乗って、ウッドデッキの前までやってきた。帽子をかぶり、スーツにステッキ。別に足が利かないわけではない王様だが、ステッキは星力を使うときの、バトンがわりなのだ。出迎えたのは景太朗パパさんと、沙也加ママさん、それにコメットさん☆。ツヨシくんとネネちゃんは学校に行っているので、まだ帰ってない。

景太朗パパさん:コメットさん☆のお父様、こんにちは。お元気でしたか。

王様:あ、どうも。いつも娘がお世話になっております。元気でやっておりましたよ。ほっほっほ。

沙也加ママさん:さあどうぞ、ご遠慮なくお上がり下さい。

王様:あー、どうかお構いなく。

コメットさん☆:お父様、お母様は?。

王様:王妃か?、いろいろ言われたが…はっはっは、大丈夫じゃ。

 王様は、景太朗パパさん、沙也加ママさん、それにコメットさん☆とあいさつを交わすと、コメットさん☆に手を引かれ、家の中に入った。そして一休みするのもそこそこに、今度はすぐに、コメットさん☆の案内で、駅までの道を歩き始めた。コメットさん☆と二人…。

王様:コメットや、どこに行くんじゃ?。

コメットさん☆:江ノ電に乗って、鎌倉駅まで行って、段葛の桜を見ようよ、お父様。

王様:ううむ、えのでん?、だんかずら…、わしにはよくわかんぞ。わかるように教えてくれんか。

コメットさん☆:大丈夫、駅まで行けばわかるから。

王様:駅…か。

コメットさん☆:ほら、もう桜が咲いているよ、いろいろなところ。

 コメットさん☆は、稲村ヶ崎駅に向かう道すがらの、両側や斜面、住宅街の中に植えられている桜を指さして、王様に教えた。王様は、コメットさん☆が指を差すたびに、そちらを向いて、目を細めるように眺めた。

王様:おお、きれいなものじゃな。こんな植物が、人々の家の間近に咲いているとは…。なかなか風情がある…。

コメットさん☆:風情…。風情って、よく聞く言葉だけど、どんなことかなぁ…。

王様:…おもむきや、味わいのことじゃな。

コメットさん☆:そっか…。桜には味わいがある…、そういうことなんだね。

王様:そうじゃな。味わい深い花じゃろ。星国の桜は、もう散ってしまったが…。あんな木の花は、これまでなかったら、星ビトたちは、大いに喜んでおったよ。「桜祭りの日」が出来たほどじゃ。

コメットさん☆:桜祭りの日?。

王様:そうじゃ。星国みんなでお祝いすることになった。…ただ、学者ビトの話では、来年も同じように咲かせられるか、難しいらしい。なんとかがんばってみると言っておったが。

コメットさん☆:…やっぱり、地球と星国じゃ、暦が違うからかなぁ…。

王様:まあ、そのようじゃな。わしも、学者ビトの意見を聞いたのだが、今ひとつよくわからなかったぞ、はっはっは。

コメットさん☆:…学者ビトさん、大変にさせちゃったのかな…。

王様:大丈夫、彼らはそれが仕事だし、楽しそうに話をしておったから、気にすることはない。お前の持ってくるものは、珍しいらしいから、面白がっておったよ。

 コメットさん☆と王様は、桜を見ながらゆっくり歩き、稲村ヶ崎駅に着いた。コメットさん☆は、ポーチからお金を出すと、自動券売機に入れて、切符を買った。

コメットさん☆:お父様、はい。これ。切符だよ。

王様:ほう。これから江ノ電というのに乗るんじゃな。

コメットさん☆:そうだよ。この切符を持って、あの入口にいる駅員さんに見せて通って。赤いランプがついて、カンカン音がしているときは、渡っちゃだめ。電車が来るから。

王様:ほう。けっこう危ないのじゃな、駅というところは。だいぶ前に、お前と王妃とで、星のトレインに乗って通ったときには、気付かなかったが。

コメットさん☆:あははっ、普通に気をつけていれば、大丈夫だよ。私もはじめて電車に乗ったときは、ツヨシくんとネネちゃんに教えてもらったの。

王様:そうか。そういえば、わしは星国の列車には、乗ったことがないな。星のトレインをのぞいてはな。

 そうしているうちに、下り鎌倉方面行きの電車が、踏切を鳴らしながらやってきて止まった。上り電車を待ち合わせて、コメットさん☆と王様を乗せた下り電車は、稲村ヶ崎駅をあとにし、極楽寺、長谷、由比ヶ浜、和田塚と各駅に止まりながら、鎌倉駅に着いた。

王様:おお、ここは…。王妃とわしと、お前の三人で、星国に帰るときに、星のトレインに乗ったところじゃ。

コメットさん☆:そうだよ。私寂しくて、この壁のところで、振り返ったのを覚えてる…。あ、お父様、切符をその口に入れて。

王様:あ?、ここかい。

コメットさん☆:そう。自動改札って言うんだよ。切符を入れると向こうに通れるの。

王様:ほう、面白いのう。…おお、ここが「駅前」というところか。

コメットさん☆:そうだよ。真正面のほうに車で行くと、景太朗パパと沙也加ママのおうち。つまりさっき出てきたおうちのほう。それで、右側の時計台のところで、私地球に来た日、少し居眠りしていたんだよ。

王様:そうか。向こう側がおうちか…ええーっ。あ、あんなところで一人で寝ていたのか!?。

コメットさん☆:そうだよ。あの右奥にある桜の木が、花びらで私を起こしてくれたよ。

王様:…まったく。無防備じゃな、コメットは。いかんぞ、女の子が一人で。そんなことだからわしは心配で心配で…。

コメットさん☆:…お父様の言いたい気持ちは、今はわかるようになった。…そうだよね。女の子が、一人で外なんかで寝てちゃいけないよね。

王様:うむ、…まあしかし、過ぎたことじゃな。無事でなによりじゃった。

 コメットさん☆と王様は、連絡地下道を通って、鎌倉駅の東口に出た。そして、小町通りに少し入り、すぐに右折して、段葛に向かう。

王様:ものすごい人じゃな。こんなにいつも混雑しているのか、鎌倉という街は。大都会じゃな。

コメットさん☆:ちがうよ、お父様。いつもはこんなに混んでいないよ。桜が咲いているから、観光客の人たちが、たくさん来るんだって。

王様:そうなのか。鎌倉の桜というのは、そんなに有名なのかな?。

コメットさん☆:有名みたいだよ。ほら、お父様、ここが段葛だよ。

王様:おお、きれいじゃなー。桜の並木がずっと続いておる…。

コメットさん☆:横断歩道を渡って、真ん中を歩いてみようよ。

王様:うむ、そうしよう。

 段葛は、若宮大路の真ん中に、一段高く作られた歩道。コメットさん☆と王様は、その始まるところにある横断歩道から、段葛に上がって、歩き始めた。

コメットさん☆:ここは、「みなもとのよりとも」っていう昔の人が、お嫁さんの安産を願って作ったんだって。

王様:ほう。コメットは、いろいろなことを勉強しておるな。頼もしい限りじゃ。…で、そのみなもとのっていう人は、だれじゃ?。

コメットさん☆:…お父様知らないよね。ええとね、この鎌倉を首都にした人だって。今から地球の暦で、812年前…かな。

王様:ほっほっほ、よく知っておるな。コメットもずいぶん成長したものじゃ。なんだかうれしいような、寂しいような気分じゃな…。

コメットさん☆:え?、お父様?。

王様:あーいやいや、何でもないぞ。それにしてもきれいじゃな。たくさん木があって、それぞれ少しずつ違ってはえておる。まだ咲きかけの木もあれば、だいぶ咲いている木もあって…。

コメットさん☆:そうだね。木によってずいぶん違うの。でも、ここの木はまだ若いんだって、沙也加ママが教えてくれた。

王様:そうか。そういえば、まだ割と細めの木が多いのお。

 王様とコメットさん☆は、ゆっくり歩きながら、段葛の桜を楽しんだ。枝が低い段葛の桜は、二人を迎えるかのように、かすみのようなうすピンク色の花を、たくさん咲かせている。濃いピンクのつぼみ、少し開いた花、5つの花弁の真ん中に星形の模様が見える開いた花…。どれも見とれるほどに美しく…。

 段葛の終わりまで、ゆっくり歩いた王様とコメットさん☆は、今度は段葛右側の、教会のある側を通って、鎌倉駅に戻ることにした。7部咲きの桜が、二人を見送ってくれる。

コメットさん☆:ここの教会で、鹿島さんと前島さんが結婚式を挙げたの。私、花嫁のヴェール持ちを頼まれたんだよ。とってもきれいだった、前島さん。ドレス着て…。

王様:ほう、そうか。この教会というところで、結婚式は挙げるものなのかな?。

コメットさん☆:ううん、その人によるよ。いろいろなやり方があるから。

王様:なるほどな。

コメットさん☆:それで、私ツヨシくんが言うようにしていたら、花嫁のブーケもらっちゃった。ツヨシくんが、ブーケを取って、私にパスしたんだよ。あははは…。

王様:ううむ、その花嫁のブーケというのは…、わしはあまりよくわからんのじゃが…、なんでも、取れると次に結婚できるとか?。

コメットさん☆:うんそうだよ。もらった人は、次に幸せが訪れる、つまり、次に結婚できるってことだって…。

王様:そうか、それをツヨシくんが…な、何ーー!?。そ、それで、コメットは、け…、結婚したのか…あ、いや、結婚するのか?。

コメットさん☆:あはははははは…。お父様、私結婚なんか、まだしないよ。お父様やお母様に相談もなしに、結婚するわけないじゃない。どうしたの、お父様?。

王様:ああ、…まあ、そ、そうじゃな。ついあわててしまった…。しかし、恐ろしい習慣じゃな…。そのブーケを取るというのは…。

コメットさん☆:そんなことないよ。幸せのおすそ分けなんだって。次の人も、そのまた次の人も、ずっと幸せになりますように…って。

王様:そうか…。それならそう心配することもないか。人のことを思いやる気持ちじゃな。

コメットさん☆:…そうだね。いつか、私も…そんなことするのかなぁ…。

王様:おっほん!。

 

 王様とコメットさん☆は、それから鎌倉山の桜並木を見ながら、タクシーで一度家に帰った。景太朗パパさんと沙也加ママさんと4人で昼食をとるために。メニューは地魚の寿司。いつも景太朗パパさんと沙也加ママさんが取る店からの配達だ。

沙也加ママさん:お口に合いますかどうか…。

王様:私は、けっこう日本食党でしてな。王妃の影響ですか、おいしくいただいております。

沙也加ママさん:あら、そうですか。そういえば、コメットさん☆から、王妃さまは地球に来ていらしたことがおありと聞いておりますが?。

王様:はい。なんでも、セタガヤとかいうところに住んでおったらしいです。私にはそれがどのようなところか、わかりかねますが…。

沙也加ママさん:世田谷ですか。ここからですと、電車で2時間くらいのところですわ。それほど遠くないですね。今度はぜひ、王妃さまもおいで下さいとお伝え下さい。コメットさん☆もね。

コメットさん☆:はい。母も喜ぶと思います。前に電話したときに、世田谷はどうなっているかしら?って、言っていました。

王様:ははあ、王妃に伝えておきます。妃もさぞや喜ぶことでしょう。

景太朗パパさん:ところで、どこかご覧になりたいところはおありですか?。

王様:そうですなぁ、では、お言葉に甘えて…、海というところはどんなところか、間近で見てみたく思います。コメットや、海とはどんなところかな?。お前がよくしてくれた、星国の今の海と、同じような感じかな?。

コメットさん☆:そうだよ、お父様。だって、私がいつも泳いだりしている海と、同じようにしたんだもの、星国の海は。

王様:そうか…。地球の海とはどんなところか、見てみたくもあるな。

景太朗パパさん:そうですか、では、食事がすんだら、景勝地の稲村ヶ崎にご案内しましょう。…私はヨットを所有しておりますので、ヨットで海に出るというのも、ぜひご案内したいところなんですが、今日はあいにく少々風がありますからね…。揺れるといけませんから…。

王様:は、お心遣い恐縮です。ではその景勝地稲村ヶ崎に…。

 

 王様とコメットさん☆、景太朗パパさんは、車で七里ヶ浜の駐車場まで行った。そこから稲村ヶ崎まで歩くため、車を駐車するのだ。

コメットさん☆:ほら、お父様、潮の香りがするよ。

王様:うむ、そうじゃな。海のにおいじゃ。星国とそっくりじゃな。

 王様とコメットさん☆は、七里ヶ浜の駐車場に入ったところで、車を降りた。景太朗パパさんは、車を空いているスペースに止めに行っている。コメットさん☆は、駐車場から浜の少し広くなっているところにおりる階段を、王様の前に立って降りた。王様も続いて階段をおりる。

王様:…わしは、お前にあやまっておかねばならん。

コメットさん☆:え?、お父様、どうして?。

 王様は、階段をおりきり、海の先を眺めると、唐突に言い出した。

王様:わしは、トライアングル星雲の3つの星国が、一つになぞ、ならんでもいいと、今は思っておる…。だが、タンバリン星国の力が、お前が地球にはじめて行った当時、徐々に増大してきて、なにがしか不穏な動きがあったことは、知っておった。その王子が、逃げ出したと聞いたとき、それをお前が見つけだし、あわよくば結婚するようなことになれば、タンバリン星国は、ハモニカ星国をないがしろには出来ないだろうと、わずかな間ではあったが、考えたことは事実だ。…わしは、お前をそんなことで、嫁に行かせることはしたくないと思っておったが…。はっきりそう言えなかったこともまた事実じゃ。

コメットさん☆:お、お父様…。…そんなの、お父様の責任じゃない…と思う。だって星の子たちや、星ビトのこと、星国の未来を考えたら…。…でも、私…、本当のことを言うと、怖かった…。…イヤだった…。

王様:わしはお前のことが、小さいときからかわいくてしょうがない。親ばかそのものじゃ。…しかし、そのお前を、そんな怖がらせたり、イヤな気持ちにさせたのは、わしの責任じゃ…。すまなかった。責任を感じとる。わしがその責任は、負わねばならぬ…。

コメットさん☆:…お父様、でもそれは今もうすんだことだよ。私、プラネット王子の王妃にもならずにすんだし、今またこうして「かがやき」探しをしていられるんだもの…。

王様:…そういってくれるのはうれしいものじゃ。幸い、タンバリン星国も、プラネット王子と新たな王族会が大改革をしたので、一時の3つの星国を併合しようという動きはなくなった…。

コメットさん☆:…ハモニカ星国は、私がいつかまとめることになるのかな…。そうしないと、星ビトや星の子たちは…。

王様:いいんだよ、そんなことを今から決めなくとも。わしらは当分元気でやっとる。だから、お前はお前のために、いろいろな経験をすることじゃな。それから自分の気持ちに正直に、決めることじゃ。

コメットさん☆:うん。…ありがとうお父様…。

王様:いや、礼を言うのはわしのほうじゃ。ありがとうよ、コメット。

コメットさん☆:…お父様…。

 コメットさん☆は、少し感激の涙が出そうになってしまったので、顔を上げて遠くを見た。すると、その先にケースケが、サーフィンの練習をしているのが見えた。見覚えのあるボードと、髪形…。

コメットさん☆:…あ、ケースケ…。

王様:ん?、ケースケ…くんか?。

コメットさん☆:あ、あの…、えーと…。

王様:おっほーん!。…知っておるよ。ほっほっほ…。お前がもう一度地球に行くときに、寄り道をして、オーストラリアというところにいた彼に、会いに行ったんだとか、メモリーボールに向かって言っておったじゃないか。無邪気にまあ…。

コメットさん☆:…そ、そうだったっけ?…。

王様:それも5分ほどだったとか…。王妃は驚いておったぞ。

コメットさん☆:…でも、ケースケは、最近遠くなっちゃったかも…。あまり話も出来ないし…。学校に行っているから、なんか住む世界が違っているみたい…。

王様:…時が解決してくれることもある。今すぐに結論を追い求めても、仕方ないじゃろ。ゆっくりいろいろなことを考えるために、お前はここにいる…。違うかな?。

コメットさん☆:あ…、…そう、そうだね、お父様…。ありがとうお父様…。

王様:…ふふふ、ツヨシくんと仲良くな。

 王様は、そっとコメットさん☆の耳元でささやいた。

コメットさん☆:えっ!?、お父様…?。

王様:彼はいい子じゃぞ。大事にな。

コメットさん☆:…う、うん。…でも、それって……。

王様:ほーっほっほ…。少し風が冷たくなってきた。そろそろ景太朗パパさんのところに行こうかの。

コメットさん☆:はい、お父様。

 家に戻ると、ツヨシくんとネネちゃんが待っていた。

ツヨシくん:王様おかえりー。

ネネちゃん:コメットさん☆もおかえりー。…何か変。コメットさん☆はおかえりだけど…、王様はお客さまだから…。

王様:ほっほっほ…。ただいま。二人とも元気だったかな?。

ツヨシくん:うん。だいたい元気。この間風邪ひいちゃったけど、コメットさん☆がすぐ治してくれたよ。

王様:ほう、そうかね。コメットもそんなことをするのか。どうだった?、コメットは上手に治してくれたかい?。

ツヨシくん:うーん、星国の医者ビトさんにはかなわないね、あれは。

コメットさん☆:あー、医者ビトさんと比べられても…。私無理だよー。

ネネちゃん:ツヨシくんひどーい。コメットさん☆、一生懸命だったんだよ。

ツヨシくん:うん。そうだった。ごめんコメットさん☆。あの時はありがとう。

コメットさん☆:ううん。いいんだよ。ツヨシくんも私のこと、治してくれたもの…。

王様:こりゃまいったな。もう二人とも病気くらいではへこたれないかな?。ほーっほっほ。

ネネちゃん:もう、最近ツヨシくん変!。…あ、王様、王様は王様でしょ?。

王様:そうじゃよ。王様は王様じゃな。ほほほほ…。

ネネちゃん:じゃあ、王冠見せて。

王様:王冠?。王冠なんぞが見たいのかな、ネネちゃんは。

ネネちゃん:うん、見たい。見せて見せて。

ツヨシくん:あ、ぼくも見たい。王様見せて。近くで見たことないもの。

王様:そうかー。よーし、じゃ見せよう。…それ、それ、それどうじゃ!。

 王様は、ステッキを手に持つと、かけ声とともに、王冠を星力で出し、頭の上にあらわれたそれを、手にとって、ツヨシくんとネネちゃんの前に差し出した。

ネネちゃん:わあ、大きい。コメットさん☆のよりずっと大きいんだね。

コメットさん☆:だって、私のはコロネットって言うんだもの。王冠っていうより、髪の毛に差してあるだけだもの。ネネちゃんよく見ているでしょ。

ネネちゃん:うん、そうだけど…。あ、重い、王様の王冠。

ツヨシくん:どれどれ、ぼくにも持たせて…。あ、本当だ。すげー重い。それに、ぼくの頭、すっぽりはいりそう…。

王様:おや、そんなに重いかね。わしゃ慣れてしまっているからかな?。

ツヨシくん:うわぁ、頭にのせると、ずっしり…。目が隠れそうだよ。

王様:はっはっは…。わしは、もともと頭のサイズが大きいんじゃよ。なにしろ優秀な頭脳をおさめておるからな…、なーんてな。

コメットさん☆:お父様、いい加減なこと言って、ツヨシくんとネネちゃんに吹き込んじゃだめだよ。

王様:ほっほっほ…。バレたか。いつも帽子をあつらえるときに、「王様は頭の回りが大きいですね」とか言われるんじゃ。似合うように作るのに苦労するらしい。しかし、こればっかりは小さくできないんでな、はっはっは…。

ツヨシくん:あははははは…。

ネネちゃん:ふふっふふふふふ…。

コメットさん☆:うふふっ、お父様、面白い…。

 

 夕方になって、景太朗パパさんと王様は、裏庭の桜の木を眺めていた。

景太朗パパさん:王様はビールがお好きとか。私はあまり飲まないんですが、エビスビールを用意しておきました。このビールは、昔ながらの製法なのです。

王様:おお、これはこれはありがとうございます。さっそくいただきます。

 二人は、ウッドデッキから持ち出したいすに座って、少し早い夜桜見物をしていた。ほかのみんなは、沙也加ママさんのお手伝い。

景太朗パパさん:一度うかがっておきたいと思っていたのですが…。星国というところは、王様が全てお治めなのですか?。

王様:まあ一応そういうことですが、王族会がありましてな、大臣もおります。ですから、星ビトの意見を聞いて、話し合いで物事を決めますな。

景太朗パパさん:現在王様であられる方に、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが…、…その、コメットさん☆は、いつか女王になるのでしょうか?。

王様:そのことは、少し昼間コメットとも話をしとったのですが…、わしはあまりそう決めなくてもいいとは思っております。王族の中に、実は地球人と結婚して、地球に住んでいる者がおりますから。

景太朗パパさん:えっ!?、コメットさん☆やメテオさん、プラネットくんのほかにも、星国からこの地球にやってきている人が、いるんですか?。

王様:あまり公言は出来ぬのですが、確かですな。…実はそれとも少し関係があるのですが、コメットはタンバリン星国の妃にされかけたのです。2年ほど前…。

景太朗パパさん:それは、王様がコメットさん☆を迎えに来られたときですね。…コメットさん☆が再びうちに来てくれたときに、「政略結婚させられそうになった」という意味のことを言ってましたが、そのことでしょうか。…だとしたら、あんな…、まだ子ども…なのに、なぜ?。

王様:タンバリン星国が、ほかの星国を併合しようとした時期がありました。かの国の王子が見失った「かがやき」が、わしの娘であるコメットか、またはカスタネット星国のメテオ王女のいずれかであると、決めつけられましてな。

景太朗パパさん:…それは、プラネットくんのことですか?。王様。

王様:ああ、すでにご存じでしたかな、藤吉さん。そうです。その彼です。…しかし、彼は結局それを否定して、コメットは妃になることもなくすんだ…。そしてその後、彼はタンバリン星国を大改革した…。それで3つの星国は、ゆるやかな連合を保って、互いに助け合うことになったのです。今コメットは、地球に「かがやき」探しをしに来ておりますが、もとはタンバリン星国の王子を探すというのが、その役目と言いますか、目的だったのです。もちろん、それはその会ったこともない王子と結婚するということでした。しかし今は違います。今度は自分の希望、夢、望みを実現したり、見出したりするために…です。

景太朗パパさん:…そんな目にあっていたんですか…コメットさん☆は。

王様:ひどい話ですな…。私が言うのもおこがましいが…。娘はとても怖い気持ちになったようです。それを防いでやれなかったことは、親としてわしは失格だと思っています。ですから、これからわしらがしてやれることは、コメットを外の自由な環境に置いて、自分の力で未来を切り開くのを、手助けすることだと思っております。その上で、わが星国と星ビトをまとめると言うのであれば、わしたちはうれしいですけれど、もしそうでないと言っても、次期国王は王族会から選んでもかまわないわけですし…。

景太朗パパさん:王様にこんなことを言うのはなんですが、王様はギリギリの選択をなされたのだと、お察しします。ぼくも二人の子どもの父ですが、子どもの未来に、強い自信など持てるはずもありません。…しかし、なんだか王様のお話を聞いて、ぼくも安心しました。コメットさん☆は、ぼくの娘の少し先を見せてくれる、…何と言いますか、「希望の星」のように思います。

王様:いつも娘がご迷惑をおかけして、申し訳ないと思っております。ろくなお礼も出来ませんで…。

景太朗パパさん:いえ、そんなお礼なんて…。どうか気になさらないで下さい。うちの双子も、いつもコメットさん☆コメットさん☆と、大いに気に入っているようですし、妻も歳の離れた妹のように思っているようです。…ああ、特に、ツヨシは…はははっ。

王様:ほっほっほ、ツヨシくんは、かなりなようですな。わしらもうかうかしていられませんかな?。はっはっは…。

景太朗パパさん:それにしても、不思議な縁だと思います。この桜も、そんな不思議な縁でやってきたんですよ。コメットさん☆が桜好きじゃなかったら、ここにこうして生き続けることも、出来なかったかもしれない…。すべては人の縁なんでしょうかね…。

 景太朗パパさんは、あらためて桜の木を見上げて言った。

王様:そうかもしれませんな。わしも、地球の方とこんなに親しく話をすることになろうとは、思ってもみませんでした…。

コメットさん☆:景太朗パパさん、お父様、料理が出来ますよ〜。

 エプロン姿のコメットさん☆が、ウッドデッキのはずれのところまで、二人を呼びに来た。

景太朗パパさん:はーい。

王様:おお、コメットが作ったのか?。それは楽しみじゃ。…おっと、違いましたな。コメットだけじゃありませんな。ほっほっほ。

景太朗パパさん:あっはっは、はははは…。

コメットさん☆:んん?、何大笑いしているのかな?。

ラバボー:きっと姫さまのドジの話でもしてるんだボ?。

コメットさん☆:ああー、ラバボーひどーい!。

 

 夜も更けていく藤吉家。遅くまで笑い声は絶えない。7部咲きのさくらも、もうすぐ満開…。

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★第145話:パパとママの結婚記念日−−(2004年4月中旬放送)

 景太朗パパさんと、沙也加ママさんは、二人ともいつになくめかしこんで、家の前まで呼んだタクシーに乗り込んだ。

景太朗パパさん:それじゃ、行って来るね、コメットさん☆。ツヨシとネネをよろしく。

沙也加ママさん:ちゃんと夕食取ってね、コメットさん☆。…悪いけど、ツヨシとネネにも食べさせてやってね。

コメットさん☆:はい。景太朗パパ、沙也加ママ、すてきな時間をどうぞ。行ってらっしゃい。

景太朗パパさん:…照れるなぁ…。…じゃ、運転手さん、お願いします。

 スーツに身を包んだ景太朗パパさんと、ちょっとしたドレスを着た沙也加ママさんを乗せたタクシーは、鎌倉駅に向かう道へ、滑り出していった。

 

 そもそも二人がこうして出かけるのは、2月頃にコメットさん☆が言った一言から始まった。

コメットさん☆:景太朗パパさんと沙也加ママさんの結婚式って、いつどんな感じだったんですか?。

沙也加ママさん:興味ある?、コメットさん☆。そうねえ、コメットさん☆も夢見る年頃よねぇ…。…ええとね、結婚式は春、新緑の頃よ。パパが、東京湾のクルーズ船の中で、プロポーズしたのよ…。うふふ…、ちょっと恥ずかしいわね…。

コメットさん☆:わあ、そんなプロポーズだったんですか!。なんか…いいなぁ…。

沙也加ママさん:プロポーズも海の上っていうのが、あの人らしいなって…。海大好きだからね…。

コメットさん☆:それで、沙也加ママは、なんて答えたんですか?。…あ、パパもなんてプロポーズしたのか…、教えて下さい。

沙也加ママさん:…それは…ナイショ。今日はナイショ…。だって恥ずかしいもの…。…でもそれからけっこうスピードゴールインだったわ。都内の教会で式を挙げて、披露宴もホテルで…。新婚旅行は、意外にも国内だったのよ。日本一周くらいあっちこっち…。

コメットさん☆:あ、…あの…。

沙也加ママさん:…新婚旅行について、聞きたいかな?…。…それは…、いつかまた、教えてあげるわね。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうに、小さい声で答えた。

コメットさん☆:あ、でも、それなら、もうすぐ結婚記念日ですよね。…どこかパパといっしょに、出かけたりしないんですか?。

沙也加ママさん:そうねぇ…。最近子どもが生まれてからは、そんなこともしてないわね…。…前は、夢中だったのにな…。うふふふ…。

コメットさん☆:それなら、景太朗パパに、私から提案してみます。

沙也加ママさん:え!?、ち…ちょっとコメットさん☆、どこでそんな知識吹き込まれたの?。別に…いまさら…。

コメットさん☆:メテオさんから聞いたりとか…。風岡さんは、毎年どこか出かけているらしいですから…。…それに、いまさらなんて…。景太朗パパと沙也加ママには、ずっとずっと、恋人でいて欲しいです…。

沙也加ママさん:もちろん…、いつも恋人よ、パパとは。ケンカしたって、だらしない格好を見たって、仕事サボって模型作っていたって…、いつでも恋人。…恋人だけれど、毎日毎日、その人のことを恋いこがれる若い恋人、というのとは、ちょっと違うかもね。

 

コメットさん☆:景太朗パパのプロポーズは、クルーズ船の上だったんですね。

景太朗パパさん:ぶっ!、ゲホゲホ…、ど、…どこでそんなこと聞いたの?。コメットさん☆。

コメットさん☆:沙也加ママが教えてくれました。

景太朗パパさん:…ま、参ったなぁ…。もしかして全部筒抜け…?。

コメットさん☆:いえ。結婚式はいつだったんですか…って、私が聞いたんです。ごめんなさい、…いけなかったですか?。

 景太朗パパさんは、コメットさん☆が出してくれたコーヒーを一口飲んだところで、思わずびっくりして吹き出してしまった。

景太朗パパさん:あはははは…、いや、いいんだよ。別に隠さなければならないことでもないし。

コメットさん☆:ママはナイショと言って、教えてくれないこともありました。

景太朗パパさん:ふふふ…。コメットさん☆も、いずれわかることだからだよ、たぶん。いつかママや、星国のお母様に聞いてごらん。

コメットさん☆:…はい。…ところで、パパは、結婚記念日に何かしないんですか?。

景太朗パパさん:うわ、それもママから?。

コメットさん☆:いいえ。私がなんとなくそう思ったんです…。

景太朗パパさん:そうか。コメットさん☆も、そんな心配をしてくれるのかぁ…。…実は、ママにぼくがプロポーズしたのは、クルーズ船の上だったっていうのは聞いたろ?。だから、今年はしばらくぶりで、横浜港のクルーズ船に、ママを招待しようかなって思ってるんだよ。…ただ。

コメットさん☆:ただ?。

景太朗パパさん:…悪いんだけど、ツヨシとネネとコメットさん☆、いっしょに留守番していてくれるかな…と。

コメットさん☆:もちろん喜んで。いつでも行ってきて下さい。パパとママが、出会った頃の恋人に戻って、お船でディナーなんて、とてもロマンチックです…。

景太朗パパさん:…いやー照れるなぁ…。去年の12月に、横浜港でクルーズ船を見たときに、あの船に乗りたいって、言っていたからさ…。ママはじっと、船を見つめていたし…。…でも、ナイトクルーズだと、かなり帰りが遅くなるけど…。

コメットさん☆:大丈夫です…たぶん…。私、ツヨシくんと、ネネちゃんとで、お留守番していますから。夕食も作ってみます。

景太朗パパさん:…じゃあ、お願いしちゃおうかな。ママと二人っきりで…なんて、久しぶりだな…。

コメットさん☆:はい。え…そうなんですか?。

景太朗パパさん:…いつか、コメットさん☆も…ね。

コメットさん☆:…え!?、…あ、はい…。

 コメットさん☆は、ドキッとしながら答えた。景太朗パパさんは、誰を想定して言ったのだろうか…と、ふと思いつつ。

 

 景太朗パパさんと、沙也加ママさんが出かけてしまうと、コメットさん☆は、少し心細くなった。広い家が、いつも以上に広く感じられる。ツヨシくんとネネちゃんは、そばを走りまわって遊んでいて、その楽しそうな声が響く。だが、夕方の傾いた日が、いざ景太朗パパさんと沙也加ママさんが出かけてしまった今、よけいにコメットさん☆の心に、心配なような気持ちを投げかけていた。

ラバボー:姫さま、これからどうするんだボ。

コメットさん☆:…そうだね。夕食の準備をしなくちゃ。それに洗濯物たたんでないや…。…洗濯物はあとにして、まず夕食の準備。ツヨシくん、ネネちゃん、晩ご飯どんなメニューがいい?。…って言っても、今作れそうなのは…オムライスと、ハンバーグステーキくらいかなぁ…。

ツヨシくん:じゃ、ぼくハンバーグステーキ!。

ネネちゃん:私も。コメットさん☆の作るハンバーグステーキ食べたいっ!。

コメットさん☆:よーし、がんばって作るね。

ラバボー:大丈夫かボ?。

コメットさん☆:うん、たぶん大丈夫。前にママに教わったから…。

ラバボー:じゃ、がんばって作るボ。

ツヨシくん:ツヨシくんも手伝うよ。

ネネちゃん:ネネちゃんも。

コメットさん☆:ありがとう。手伝ってくれるの…。私、うれしいな…。

ツヨシくん:その前に、お風呂つけておくね。そうすれば、ごはん食べたら、みんなお風呂に入れるよ。

ネネちゃん:じゃ、ネネちゃんは、洗濯物をわけるのする。うまくたためないから、あとはコメットさん☆やって…。

コメットさん☆:うん。ありがとう二人とも。

 三人は、それぞれの「持ち場」に散っていった。コメットさん☆は、キッチンに入ると、タマネギと椎茸を刻む。椎茸を入れると、意外においしい隠し味になると、沙也加ママさんから聞いたのだ。タマネギを刻むと、涙が出る。手で拭おうとすると、よけいに…。

コメットさん☆:ああ、涙が出るよ…。ラバボー、ふいてくれる?。

ラバボー:姫さまの目をふくのかボ?。じゃ、包丁をいったん外してだボ。

コメットさん☆:うん…。

 ラバボーは、コメットさん☆の肩にのると、きれいなタオルで顔をそっと拭いた。一方ツヨシくんは、風呂の中をブラシでこすって、ざっときれいにすると、さっと水を流し、栓をしてお湯をためるスイッチを入れた。そのあと床をブラシでこすって、簡単に掃除する。ネネちゃんは、洗濯物を分け始めた。みんなの下着、シャツ、普段着やパジャマ…というように…。けっこう量があるので、小さいネネちゃんには大変だ。

 コメットさん☆が、ようやくハンバーグステーキを作り上げ、焼いてみんなの前に出す頃、ちょうど景太朗パパさんと、沙也加ママさんは船の上でディナーを食べはじめるころだった。

コメットさん☆:時間かかっちゃった。おまたせ。おなかすいたでしょ、みんな。さあ、食べよっ。

ツヨシくん:いただきまーす。…ハンバーグ、焦げ目がたくさんあるね、コメットさん☆。

ネネちゃん:いただきます。ツヨシくん、コメットさん☆一生懸命作ったんだよー!。

コメットさん☆:わはっ、少し焼き過ぎちゃったかな?。ママが作るのより黒い?。

ツヨシくん:でもおいしいよ、コメットさん☆。うん、おいしい。

ネネちゃん:おいしいっ!。コメットさん☆上手ー。

コメットさん☆:そう。ありがとう…。自信、あまりなかったんだけど…。じゃコメットさん☆も、いただきます。

 

沙也加ママさん:パパ「みなとみらい」よ、観覧車がきれい…。ランドマークタワーも…。…みんな無事やっているかしら。

景太朗パパさん:おお、きれいだねママ。ママもきれいだよ。…大丈夫、コメットさん☆がついているから。

沙也加ママさん:パパったら…。ふふふ…。

 

ツヨシくん:お風呂わいているよ、みんなで入ろうよ。

コメットさん☆:私、あとで一人で入るから、ツヨシくんとネネちゃんは先に入って。

ツヨシくん:えー、コメットさん☆いっしょに入らないの?。

ネネちゃん:ツヨシくんは、もうコメットさん☆とお風呂入るのダメ。ママに言われたでしょ。

ツヨシくん:どうして?。

ネネちゃん:どうしても!。レディに失礼だよ。

コメットさん☆:…ごめんね。

ツヨシくん:…ううん。じゃあ、コメットさん☆、ぼくたち先に入るね。

 

景太朗パパさん:料理、おいしいね。今度みんなで…、あ、いや、それはまた…だね。今日は二人きりの恋人時代に戻って…。

沙也加ママさん:そうよ、パパ。あら、横浜マリンタワーが見える…。ネネがクリスマス以外の頃、見たいとか言っていたわね…。

景太朗パパさん:ふふふ…、どうもぼくたちは、うちが気になっちゃうな。

沙也加ママさん:そうねぇ。…でも今夜は雰囲気と景色を楽しみましょ。

 

 コメットさん☆は食事が終わると、後かたづけをした。ツヨシくんとネネちゃんはお風呂に入っている。二人の大声で歌う声や、おもちゃの取り合いをしているらしい声が、よく響いて聞こえる。

ラバボー:姫さま、お皿落とさないようにだボ。

コメットさん☆:大丈夫だよ。何度もやっているもの。それより、ツヨシくんとネネちゃん、けっこう長く入っているけど、ちゃんと入っているのかな?。ラバボー、見てきてよ。

ラバボー:わかったボ。ちょっと見てくるボ。

コメットさん☆:お願い。

 コメットさん☆は、洗い物を終えると、今度は洗濯物をたたみはじめた。そしてそれぞれのタンスにしまったり、お風呂場脇の引き出しにタオルを戻したりする。もちろん、自分のものは、自分の部屋へ。

ラバボー:姫さま、姫さまぁー。

 その時、ラバボーが呼ぶ声がした。コメットさん☆は、急いで階段を降りて、お風呂場に行ってみる。

コメットさん☆:どうしたの!?、ラバボー。

ラバボー:ツヨシくんとネネちゃん、まちがって下着着ているボ。ボーにはなおせないボ。

コメットさん☆:ああー、ツヨシくんはシャツが、ネネちゃんはパンツが後ろ前だよ。ツヨシくん手だけ一度抜いて。ネネちゃんは…、一度脱ぐしかないか…。

 コメットさん☆は、まるで沙也加ママさんがやっているかのように、二人の下着をなおした。ツヨシくんにはシャツをぐるりと回して…。

 そのころ、沙也加ママさんと景太朗パパさんのほうは、食事も終わりに近くなってきていた。もうコーヒーが出る頃である。

沙也加ママさん:ベイブリッジをくぐって、本牧埠頭の沖を回るんですって。本牧のシンボルタワーが見えるわ。

景太朗パパさん:ほんとに夜景がきれいだなぁ…。こういていると、つきあっていた頃を思い出すね、ママ。…大学で知り合った沙也加さんが、ぼくのおよめさんになるなんて、最初は考えもしなかった。…ママ、いつもありがとう。結婚記念日のプレゼントだよ。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんにそう言いながら、宝石のはまったネックレスの包みを手渡した。

沙也加ママさん:あら、ありがとうパパ。宝飾品かな?。…じゃ私も…。パパに…はい、プレゼント。

 沙也加ママさんは、銀座の老舗ブランドのシャツの目録を手渡した。

沙也加ママさん:現物は大きくて、うちに置いてきたから、目録で今日は我慢してね…。ふふふ…。普段もおしゃれして下さい、パパ。

景太朗パパさん:おっ、なんだろう。…さては着るものだね。ありがとうママ。

 と、その時、テーブルに花束が届けられた。結婚記念日のクルーズ予約をすると、こういうプレゼントがある。あらかじめ景太朗パパさんは、申し込んでおいたのだ。

スタッフの人:ご結婚記念日、おめでとうございます。藤吉様。

沙也加ママさん:えっ、…こ、これ…。わあ、ありがとうございますー。きれいな花束…。

景太朗パパさん:…お互いにおめでとう。これからもよろしくね、ママ。

沙也加ママさん:パパ…。くすん…、私も…よろしく…ね。

 沙也加ママさんは、ちょっと感激して泣いてしまった。遠くのベイブリッジのライトアップが、にじんで見える。船はゆっくりと、本牧埠頭沖で反転しつつあった。

 

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆、絵本読んで。

ネネちゃん:ネネちゃんもー。いっしょに読んで。

コメットさん☆:うん、いいよ。何読もうか。

 コメットさん☆が、お風呂から上がって来て、髪の毛を乾かしていると、ツヨシくんとネネちゃんが、絵本を持ってやってきた。もうだんだん、二人は寝る時間だ。

ネネちゃん:この、「はじめは や!」っていうのがいい。

ツヨシくん:ぼくもそれがいい。

コメットさん☆:うん、わかった。じゃ読むよ。えーと…。 くまさんが おてがみを だしにいきます。 「いい おてんきで いい きもち」  すると、むこうから きつねさんが あるいて くるんです。 スタタ スタタ スタタ  くまさんは きつねさんを みました。 きつねさんも くまさんを みました。※下)

 コメットさん☆は、絵本を受け取ると、なるべく感じが出るように、ゆっくり読み始めた。二人に絵本の読み聞かせをするのは、このところしばらくしていない。

 

 デッキに出た景太朗パパさんと、沙也加ママさんは、少し冷たく感じる風に吹かれながら、横浜港の夜景を眺めていた。ベイブリッジを再びくぐって、大桟橋に戻るところである。

沙也加ママさん:普段見ない景色が、とてもきれい…。いつかみんなで来たいわね。

景太朗パパさん:そうだね。コメットさん☆も、喜ぶかもしれないね…。ケースケは…、来ないかな、こんなところには。

沙也加ママさん:そうね…。最近、あの二人も、少し距離が出来ちゃったみたいだし…。

景太朗パパさん:ツヨシとネネは、どうしているかな…。

沙也加ママさん:大丈夫かしら…。こんな遅くまで、子どもたちだけで置いてきたことなんて、ないものね…。

景太朗パパさん:…どうもぼくたちは、結局やっぱり子どもたちの話になっちゃうな。はははは…。

沙也加ママさん:…だって、心配なんですもの。私たち、親だから…。

景太朗パパさん:…そうだね。…船が桟橋に着いたら、なるべく早く帰ろう。三人のために…。

沙也加ママさん:…三人、そう、三人ね。

景太朗パパさん:うん。三人だよ、ママ。…今日は楽しかったね、ママ。

沙也加ママさん:ええ。ありがとうパパ。

景太朗パパさん:…ふふふ…、ほらママ、氷川丸のライトアップが見えてきたよ。

 景太朗パパさんは、そっと沙也加ママさんの肩を抱いた。二人の視線の向こうには、手前にベイブリッジ、奥にライトアップされた氷川丸、マリンタワー、その向こうに大桟橋が見えてきていた。

 

景太朗パパさん:…あ、運転手さん、ここで止めて下さい。…お釣りはいいです。

タクシーの運転手さん:わかりました。あ、ありがとうございます。では、ドア開けます。

沙也加ママさん:どうもありがとう。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは、自宅前でタクシーを降りた。もう時計は11時過ぎを指している。二人は門のところで、家を見上げた。すでにリビングの電灯は消え、コメットさん☆の部屋だけに、明かりが灯っている。

景太朗パパさん:遅くなったね、ママ。

沙也加ママさん:大丈夫だったかしら…。コメットさん☆の部屋に電気がついているわね…。まだ寝てないのかしら、コメットさん☆。

 景太朗パパさんと、沙也加ママさんは、急いで門のところから玄関先に上がった。鍵を開けて、中に入る。景太朗パパさんは、そばの壁のスイッチで、電灯を点けた。沙也加ママさんは、コメットさん☆の部屋に向かう。景太朗パパさんも、ツヨシくんとネネちゃんの部屋をそっとのぞいた。

景太朗パパさん:あれ?、ツヨシもネネも、ベッドにいないぞ!?。

沙也加ママさん:パパ、こっち…。来て。

 沙也加ママさんが、2階に上がる階段の途中から、身を乗り出すようにして、景太朗パパさんを、小さい声で呼んだ。沙也加ママさんは、急いで階段を上がってきた景太朗パパさんと、コメットさん☆の部屋の扉をそっと開け、いっしょに中をのぞき込んだ。

沙也加ママさん:…ほら。

景太朗パパさん:…ああ、あははは…。コメットさん☆は、お姉ちゃんか…。

沙也加ママさん:そうね…。うふふ…。

 そこには、コメットさん☆のベッドで、コメットさん☆といっしょに寝てしまったツヨシくんとネネちゃんの姿があった。コメットさん☆も、部屋の電灯を点けたまま寝入っている。手には絵本を持ったまま…。

沙也加ママさん:…ちゃんとみんなパジャマ着ているわ…。コメットさん☆が、みんなやってくれたのね…。でも、あれじゃコメットさん☆が窮屈そう…。パパ…。

景太朗パパさん:…うん。じゃ、そっと両側からね。

 沙也加ママさんと景太朗パパさんは、着ているものもそのままで、コメットさん☆のベッドに近づき、沙也加ママさんはツヨシくんを、景太朗パパさんはネネちゃんを、コメットさん☆の両側から、起こさないようにそっと抱き上げた。しかし、コメットさん☆は、それで目を覚ました。

コメットさん☆:…あ、パパとママ…。…お帰りなさい。

沙也加ママさん:…しーっ、ごめんね、遅くなって…。それと、勝手に入っちゃって、コメットさん☆の部屋…。

コメットさん☆:…いいえ。

沙也加ママさん:おやすみ、コメットママ。ありがとね。また明日。

景太朗パパさん:おやすみ。おかげで楽しかったよ、コメットさん☆。

 二人はそれぞれツヨシくんとネネちゃんを抱いたまま、そっとコメットさん☆にささやいた。

コメットさん☆:…お、おやすみ…なさい…。

 コメットさん☆は、疲れからまたすぐに目を閉じた。

景太朗パパさん:…コメットさん☆も、いつか、幸せな結婚ができるといいね、ママ。

沙也加ママさん:きっとできるわよ…。コメットさん☆は、いい子だもの…。

景太朗パパさん:…そうだね。

ツヨシくん:う…ん、…ぼく…コメットさん☆と……入…る。

沙也加ママさん:まあ、ツヨシったら、寝言でもコメットさん☆よ。うふふふ…。

景太朗パパさん:あははは…。どこに入るつもりなのかな?。

沙也加ママさん:さあ?。ふふふ…。

 沙也加ママさんと景太朗パパさんは、いっしょに階段を降りながら語りつつ、ツヨシくんとネネちゃんの、体の重さを感じていた。そしてその心には、幸せな気持ちが満ちあふれていた…。

※原著作者転載許諾済み:「はじめは や!」(C)1997 Yoshiko Kohyama all rights reserved.

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★第146話:桐の木に問う未来−−(2004年4月中旬放送)

 コメットさん☆は、由比ヶ浜の沙也加ママさんの店に、朝から行っていた。今日は沙也加ママさんの棚卸しを手伝うのだ。

 普段お店は、朝鍵を開けて、店内をざっと掃除する。それからお客さんがいつ来てもいいように、準備をするのだが、品物の入れ替えや、配置換えなども、この時にすることが多い。鹿島さんの工房から持ち込まれる流木アートと、その夫人である前島さんが作る、ちょっとしたサマーセーターなんていうものも、扱っていたりする。2階には本来喫茶コーナーと、ギヤラリーがあるのだが、沙也加ママさんの話では、ほとんど使わずにすんでしまっているらしい。

沙也加ママさん:誰かウエイターの人でも頼んで、紅茶のおいしい、休憩のできる場所とギャラリー…なんて思ったけど、いつも準備しておくのはちょっと無理ね。

コメットさん☆:そうですか…。なんか、いつも私の着替えとかに使っちゃって、ごめんなさい…。

沙也加ママさん:いいのよ。女の子が、いい加減なところで着替えるわけにはいかないわ。それにお店はだいたい1階でこと足りるし、年輩の方には2階はちょっと…というのもあるものね。このお店、前のオーナーさんのころから、喫茶店用のカウンターなんかはあったみたいよ。

コメットさん☆:へえー、じゃあ、ツヨシくんとネネちゃんと、私も水着洗ったり、足洗ったりしているあの水道は…。

沙也加ママさん:そう。つまりはお鍋洗ったり、コップ洗ったかもしれない水道っていうこと…。

コメットさん☆:うわー…。

 コメットさん☆が、前から便利に使っていた、2階の低い位置にある水道は、どうも調理場のやや大きめのものを洗うための水道だったようだ。今は掃除用のモップを洗ったり、コメットさん☆たちが、砂で汚れた水着を洗ったり、手足を洗ったり…と、いろいろに使っている。いすとテーブルのところは、ついたてで囲って、休憩や着替えにも使っているのだった。

コメットさん☆:せっかくだから、2階も掃除機かけますね。

沙也加ママさん:あら、ありがとう。簡単でいいわよ。

コメットさん☆:はい。でも、一応ぞうきんがけもしておきます。

 コメットさん☆は、掃除機を持って2階に上がると、2階の床を掃除した。そしていすとテーブルにも、ぞうきんがけをしてみる。みるみるうちに、ぞうきんは砂色になってゆく。コメットさん☆は、便利な水道を使って、そのぞうきんをすすぎながら、掃除を続けた。

 やがて掃除が終わったので、商品の入れ替えをしている沙也加ママさんを手伝おうと、ほうきや掃除機、バケツなどを片づけるため、コメットさん☆は、1階に降り、トイレ脇にある物入れにそれらをしまった。そしてふと外を見ると、思いもかけずケースケが、店のドアから中をのぞいていた。コメットさん☆と目が合うと、ケースケは、はっとしたような顔をして、一瞬躊躇したが、そっとドアを開けて入ってきた。

ケースケ:こんちわーっす。

コメットさん☆:ケースケ、こんにちは。

ケースケ:よ、よう。コメット…。

沙也加ママさん:あら、ケースケ。どうしたの?。

ケースケ:い、いや、その…。通りかかったら…。

沙也加ママさん:通りかかったら、コメットさん☆が見えたかな?。

ケースケ:…そ、そんなんじゃ…ないっすよ。た…た、たまたま、師匠がいるかなとか、思って…。

沙也加ママさん:あら、いつもここは私だけしかいないわよ?。ケースケも知っているんじゃない?。

ケースケ:…あ…そ、その…。

沙也加ママさん:まあいいわ。ふふふ…。ケースケは、ほんとに隠し事が下手ね。コメットさん☆、せっかくだから、2階でお茶でも飲んだら?。

コメットさん☆:…いいんですか?。沙也加ママ…。

沙也加ママさん:いいわよ。私伝票と照らしあわせがあるから…。

コメットさん☆:…沙也加ママ、ありがとうございます…。

沙也加ママさん:さあ、ケースケも2階に行った行った。

ケースケ:え…、ああ、はい…。

 沙也加ママさんは、店内のTシャツをちらちらと見ていたケースケを、2階にせき立てるように言った。

コメットさん☆:ケースケ、2階にどうぞ。私、お茶入れるね。

ケースケ:…ああ。ありがとよ…。なんか、沙也加ママさんには、のせられている気がするなぁ…。

コメットさん☆:ケースケ、どうしたの?。

ケースケ:あ、いや、なんでもない。

 ケースケは階段を上りながらつぶやいた。

 コメットさん☆は、ケースケと自分、そして沙也加ママさんに、紅茶を入れた。紅茶のいい香りが、吹き抜けになった店内に広がる。コメットさん☆も、ケースケと二人でしゃべるのは、しばらくぶりな気がしていた。それもそのはず、最近はケースケが夜間高校に進学してからというもの、あまり時間があわず、しゃべる機会も少なくなっていた。それに、コメットさん☆としては、ケースケのクラスメート、新井さんの存在を考えると、ケースケの回りに広がる人と人の空間に、自分が入っていけるのかどうか、どうしても自信がなかったのも事実だった。

コメットさん☆:ケースケ、文化祭の準備、進んでいる?。

ケースケ:あ、ああ。だいぶ先の秋のことだから、まだまだってところかな。

コメットさん☆:どんなことするの?。文化祭って。

ケースケ:ええ?、コメット、文化祭知らないのか?。

コメットさん☆:…う、うん。

ケースケ:妙だなー、それは。コメットの国の学校じゃあ、そんなのないのか?。

コメットさん☆:…ない、ことはないけど…。

ケースケ:まあ、いいよな。…そうだなぁ、文化祭って、普通はクラス単位か、クラブ単位で発表とか、クラブ活動だったら、親善試合とか、演劇とか、そんなことやったり、模擬店出したりってところだな。

コメットさん☆:もぎてんって?。

ケースケ:おいおい、模擬店も知らないのか?。しょうがねーな…。えーと、お店のようなことを実際にやることだよ。…ああ、オレらのクラスは、今から喫茶店やるとか言っているよ。

コメットさん☆:ふぅん…。喫茶店かぁ…。面白そう。

ケースケ:まあな…。なんか、オレもウエイターやらされそうで…。

コメットさん☆:あはっ、ケースケのウエイターさん、見たいな。

ケースケ:…や、やめてくれ。めちゃくちゃ恥ずかしいから…。そんなのやりたくないんだけどさぁ…。…あ!、く、来るなよ。絶対に。

コメットさん☆:…どうして?。私が見に行っちゃダメなの?。

ケースケ:…実行委員の新井さんが、めちゃ張り切ってて…。半ば強制なんだぜ。そんな姿を、コメットに見られたくない…っつーか…。

コメットさん☆:…新井さんか…。ケースケ、新井さんが気に入っているんだ…。

ケースケ:…き、気に入ってなんてねえよ。…ただのクラスメートだし。そんなわけないだろ。

 ケースケは強く否定したためか、つい顔が紅潮してしまった。しかし、コメットさん☆は、それをじっと見ていた。コメットさん☆は、残っていた紅茶をまた少しすすった…。

 

 その夜、コメットさん☆はベッドに入ってからも、眠れないでいた。

コメットさん☆:(ケースケは、私の「恋人」なのかな…。恋…しているんだよね…。…ケースケから、「新井さん」って聞くと、なんだか胸がもやもやする…。ケースケの夢の大きさに、私はあこがれていた。今もあこがれているんだと思う…。でも、それって恋?。あこがれていることは恋なのかな?。恋って、その人を誰よりも独り占めしたいくらい好きって心だって…。私、ケースケに対して、そんな気持ちを持ったことって…。あるのかな…、ないのかな…。)

 コメットさん☆は、枕元の時計を見た。午前0時を回ったところ。そっとベッドの上に起きあがると、体にかけていた毛布を外して、すっとベッドから降りた。窓辺に置いたティンクルスターを見る。ラバボーはぐっすりと眠っているようだ。それを確かめると、そっとパジャマの上にカーディガンをはおり、部屋の扉をあけて、階段を降りていった。

 階段を降りた先のリビングは、真っ暗だった。おそらく景太朗パパさんも、沙也加ママさんも、ツヨシくんも、ネネちゃんも、寝入っているに違いない。コメットさん☆は、リビングのガラス戸の鍵を外すと、そうっと音がしないように開け、たたきのところに降りた。そして、裏山に向かおうとすると、いつか見た赤紫色の光が、コメットさん☆のすぐ前を照らしていた。

コメットさん☆:(あ、この光は…、桐の木さん…。…また眠くなっちゃうのかな…。)

 と、その時、コメットさん☆の頭の中に声がささやいた。

桐の木:私に用があるのですね、他の星の王女…。

 頭に直接ささやく声に、思わずコメットさん☆は、こめかみを押さえた。

コメットさん☆:どうして…わかるの…?。

桐の木:去年の今頃、言ったはずですよ。私はあなたのことを、だいたいは知っていると…。

コメットさん☆:…今、あなたのところに行くから…私。

桐の木:私が照らす光の中にお入りなさい。こんな夜中に、一人で出歩いてはいけませんよ。

コメットさん☆:…光の中へ?。…ああっ!。

 コメットさん☆は、言われるままに、頭上から目の前を照らしている、赤紫色の光の中に入ったとたん、裏山にそびえ立つ桐の木の前へ、瞬間的に移動していた。

コメットさん☆:…こ、これって、…どういうことなの…?。…星…力…?。

桐の木:あなたが、夜中に一人で出歩いたことを、もしあなたの家族が知ったら、とても心配するでしょう。…特に、一人の男の子が…。

コメットさん☆:…ひ、一人の男の子って…、ツヨシくんのこと?。

桐の木:…あなたが今夜、ここに来た目的は、その子にも関係のあること…。

コメットさん☆:…やっぱり、桐の木さんには、わかっちゃうんだね…。…なら、教えて。私、恋…しているんだよね?。ケースケに…。でも、ツヨシくんには?。プラネット王子…には…?。

桐の木:……。あなたは、今言った3人の男の子が、好きなのですね。

コメットさん☆:…うん。

桐の木:あなたが、新井さんという人の名を聞くと、心がもやもやするのは、どうしてだと思いますか?。

コメットさん☆:…えっ!?、…そ、それは…、ケースケが、す…、好きな女の人かもしれないと…思うから…かなぁ…。

桐の木:新井さんという人が、ケースケくんの心をとっていってしまうのではないかと、思うからではありませんか?。それはあなたが、ケースケくんに「恋して」いることの証拠です。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、答えに詰まった。図星をさされた気がしたからだ。

コメットさん☆:…でも、それじゃ、私が私の都合を押しつけているみたいで…。

桐の木:恋を成就させる時には、排他的になるもの…。何人ものほかの人から、一人を選ぶのですから…。…でも、あなたはほかの二人の男の子を、好きになっていますね。

コメットさん☆:…う、うん。

桐の木:ツヨシくんはどう思いますか?。

コメットさん☆:…ツヨシくんは…、そんなんじゃないって思ってた。小さい子だったし…。でも、真剣に好きって言ってくれる…。想ってくれる気持ちのかがやきは、他の人と違うの。私も、なんだか、最近ツヨシくんがかわいいし…。…もっと大きくなったら、エスコートして欲しいかも…。

桐の木:…では、プラネット王子は?。

コメットさん☆:プラネット王子は…、私、前はちょっと怖いって思ってた。でも、彼のやさしい気持ちがなかったら、私はどうなっていたかわからない…。となりの市に住んでいて、何もなかったかのように、私のいろいろな相談に乗ってくれる…。そんなやさしい気持ちは、とても好き…。

桐の木:まだあなたの歳だったら、いろいろな好きがあっていいはずです。なぜなら、あなたはもうこの星に、王子さま探しをしに来ているわけではない…。もっといろいろな経験をするために、ここにいるのでしょう?。なら、人を好きになるなり方だって、恋の仕方だって、ある程度は経験してみないとわからないのではありませんか?。

コメットさん☆:…そっか、そうかもしれない…。

桐の木:でも、恋も好きになるのも、責任をもって行動しなくては…。あなたを応援する人はたくさんいますが、その人たちをがっかりさせたり、悲しませるようなことをしたり、自分の体を傷つけるかもしれない、軽はずみなことまでは、してはいけませんよ。

コメットさん☆:…そんなこと、しないよ。…桐の木さんも、私のこと心配してくれているんだね…。ありがとう…。

桐の木:…あなたは、私に、ケースケくん、ツヨシくん、プラネット王子の3人で、どの人が一番関係が深いのか、聞こうと思っていた…。

コメットさん☆:…桐の木さん…。やっぱり、わかっちゃってたんだ…。

桐の木:去年も言ったように、私は何も答えることは出来ません。自分で確かめるしかないのですよ、星国の王女…。でも、これだけは言えると思います。…あこがれだけでは、その人と一生過ごすことなど、出来はしません。あこがれというものは、ひとときいだくものであって、長く続くものかどうかわからない。その人が病気になろうと、体が不自由になろうと、条件が大きく変わっても、ずっとその人といっしょにいようというのは、あこがれだけで達成できるものではないでしょう…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、ドキッとしながら、桐の木が語る、思いの外厳しい言葉を聞いていた。

桐の木:恋は…、だれか特定の異性を、独り占めした上で、その相手だけと、気持ちを共有したい心…。その相手が、本当に誰なのか、あなたは今決めることを、要求されてはいない…。…だから、いろいろなことを思ったり、感じたり、考えたりすることです。そうやって、あなたが心の感じやすい部分をみがくことで、自ずと、その相手は見つかるでしょう…。

コメットさん☆:…桐の木さん…。

 コメットさん☆は、ふと桐の木を見上げた。天に向かって伸びる枝の先には、たくさんのつぼみがついているのが見えた。もう少しすると、あのつぼみがいっせいに開いて、薄紫色の花を咲かせるのだ。それはまるで、今のコメットさん☆の、恋する心のよう…。

桐の木:がんばってね、星国の王女…。

コメットさん☆:…あっ!!。

 コメットさん☆が、桐の木のつぼみを見つめ、その最後の言葉を聞いた瞬間、コメットさん☆は自分のベッドに帰ってきていた。それもちゃんと毛布を掛けて…である。

コメットさん☆:…ま、まただ…。

 コメットさん☆は、時計を見た。時計は0時40分をさしていた。間違いなく、桐の木と会話してきたはずである。コメットさん☆は、思いついて、そっと再びリビングに降りてみた。真っ暗なリビングは相変わらずであったが、ガラス戸には、外したはずの鍵がかかっており、履いて出たはずのサンダルも、ちゃんとそろえてたたきに置かれていた…。

コメットさん☆:……。これって…。

 コメットさん☆は、困ったような表情を浮かべながら、自分の部屋に戻った。そして再びベッドに入ったが、なんとなく、心が温まったような、少しドキドキするような気持ちになっていた。それはやはり、ある程度心の整理が出来たからかもしれなかった。コメットさん☆の目は、いっそう覚めてしまったような感じだったが、時計が1時を回る頃には、コメットさん☆は、もう夢を見ていた…。日が昇るとよく思い出せない夢を…。

 

 翌日の昼前、コメットさん☆は、スピカさんの元を訪れていた。もう歩き回るみどりちゃんと、ボール遊びをしたりしながら、スピカさんに問う。

コメットさん☆:…おばさま、裏庭の桐の木って、なんだろう?。いつも不思議なことばかり。

スピカさん:コメットが不思議って言うくらいだから、そうとう不思議ねぇ…。…その様子だと、桐の木に、星の子の精か、妖精が乗り移っているのかもね。

コメットさん☆:でも、木は「妖精じゃない」って言っていたけど…。

みどりちゃん:コメトおねえちゃん、ボールかして…。

コメットさん☆:あ、ごめんごめん。はい、みどりちゃん、こっちに投げて〜。

スピカさん:あまり詳しくわかっちゃうと、コメットがよけいに悩んじゃうと思って、わざとぼかして言っているのかもね。

コメットさん☆:…そうなのかなぁ…。でも、恋ってなんなんだろうっていう、はっきり「これ」ってわからなかったことは、少しわかった気がする…。

スピカさん:あなたのどうどう巡りを、助けようとする人たちは、とっても多い…。それははっきりしているわねぇ…。うらやましいくらいねぇ、うふふふ…。…そうだ、ラバピョンのこと、ラバボーのところに連れていってあげて。ここのところ、少しみどりにつきあわされて、疲れているみたいだから。

コメットさん☆:あはははっ。わかりました。ラバボー、家においてきたから、ちょうどいいかもしれない…。

 コメットさん☆は、ラバピョンを肩に抱いて、星のトンネルを通り、家に帰ってきた。思春期少女のコメットさん☆は、まだまだいろいろなことを、心に経験する時期。相変わらずもやがかかったように、はっきりしないことも多いけれど、コメットさん☆を取り巻く時間は、今日もゆっくり流れている…。

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★第147話:人を想う心−−(2004年4月下旬放送)

 今年も3市共催「相模湾フェスタ・ドレスデザインコンテスト」が、開催されることになったらしい。去年コメットさん☆は、ミラの作ったウエディングドレスを着て、星力で14歳になったツヨシくんにエスコートしてもらい、見事「審査員特別賞」を受賞したのだ。その時の正装のツヨシくんと、ウエディングドレスのコメットさん☆の写真は、プラネット王子のいる橋田写真館に飾られているし、藤吉家のリビングにも飾られている。コメットさん☆としては、写真を見るたびに、少し恥ずかしい気持ちになるのだが…。それとともに、そこに写っている自分が、同じ自分ではないような、不思議な感覚にもとらわれる。まるで誰か他人を見るような…。

 今年の「トレスデザインコンテスト」は、題目が「フォーマルドレス全般」なので、ミラは応募するとは言っていなかった。コメットさん☆も、去年の思い出深い受賞と、その後のドキドキするようなツヨシくんの言葉はともかく、今年のコンテストのことは、考えていなかったのだ。

沙也加ママさん:コメットさん☆、コメットさん☆、知っている?。

コメットさん☆:え?、何がですか?。

沙也加ママさん:ドレスデザインコンテストのポスターよ。市内のいろんなところに張られているわ。それにコメットさん☆が写っているのよ。

コメットさん☆:ええーっ、私がポスターになっているんですか?。…大きく写っちゃっているんですか?。もしそうだったら…、恥ずかしいなぁ…。なんだか…。

 と、その時、コメットさん☆のティンクルホンが鳴った。

メテオさん:コメットー!、なんで私とあなたが、ポスターになっているのよぉー!。

コメットさん☆:…そ、そんなこと私に言われても…。私だって、今困っているところ。なんでなんだか…。ポスター大きいの?。

メテオさん:今年のドレスデザインコンテストのポスターに、「去年の授賞式の模様」なんて書いてあって、そこに私とあなたの写真がぁー!。…そんなに大きくはないけどぉー!。

コメットさん☆:メテオさん、落ち着いて。どこに張ってあるの?。ほんとに市内のいろんなところに?。

メテオさん:そうよったら、そうよ。もう逃げられないわよ、私たち。ああ、私ったら、またスカウトされて、CMにも出ちゃったりして、女優の話が舞い込んだりして、瞬さまと競演したりして、映画にも出ちゃったりするんだわ!。どうしようかしら…。今以上に忙しくなっちゃうわ!。

コメットさん☆:…に、逃げるって…。め、メテオさん…。

 コメットさん☆は、久しぶりに自意識過剰状態のメテオさんの話を聞いたなぁと思いながら、電話を終えた。そして、いったいどんなことになってしまっているのか、不安になった。

 コメットさん☆は、午後になって、沙也加ママさんから頼まれて、鎌倉駅近く、小町通りにある肉屋さんに、ハムを買いに行った。ついでに、ポスターがどんなのか、見てきたら?と、沙也加ママさんにも言われて…。

ラバボー:姫さま、大丈夫かボ?。

コメットさん☆:大丈夫じゃないってわけにもいかないし…。早くハム買って、ポスター見て帰ろ。いろんな人に、指さされたりしたら、星国にしばらく隠れていようかな…。

 小町通りは、なんだか全体に混雑していた。春になると花見客で混雑するのだが、桜の季節は終わって、今度は新緑の季節である。段葛にもツツジが咲き始めたりしている。それを見るためか、駅前に入る交差点を、観光バスが通っていくのが見えた。コメットさん☆が気にしていたポスターは、小町通りのそこかしこに張られていた。それには、ツヨシくんとコメットさん☆、メテオさんとカロンの、授賞式の写真が、それほど大きくはないものの、載せられていたのだ。コメットさん☆は、内心「とんでもないことになっちゃってるなぁ…」と思いながらも、恥ずかしいので下を向いて、足早に歩いた。

 小町通りには、遠足に来ていた、都内の高校生の一団が歩いていた。彼らは、小町通りの商店をひやかしながら、手製のガイドブックを持って、散策している。数人ずつの集団になっている生徒たちが多いが、その中で一人の少年が、その集団から少し離れて歩いていた。

少年:さて、自由時間だけど…、どこへ行くかな…。まるで見当つけてないな。

 少年は、年齢16歳くらい。どこにでもいる高校生のようである。制服を着て、ちょっとしたリュックを背負い、ぶらぶらと小町通りを歩く。しかし、ふと少年は、途中の掲示板に貼られたポスターに見入った。そこには、件の「ドレスデザインコンテスト」のポスターが張られていた。

少年:…なんだこれ?。…へえ、ドレスデザインコンテスト…か。こんなことやっているんだな…。…去年の授賞式の模様…。へえ、ウエディングドレスじゃん…。それなのに中学生くらいの、けっこうかわいい子が受賞したんだな。去年から始まったのか…。…こんなかわいい子に、あえたらいいんだけどな…なーんちゃって。

 少年は、ポスターから目をはなし、前に向かって歩き始めた矢先、左手の肉屋から出てくる、一人の少女に気付いた。

少年:あっ!、あの子…。…あ、あの、君…。

コメットさん☆:はい?。なんですか?。

 少女はコメットさん☆だった。藤吉家の定番になっている、特選ロースハムを買って、急いで鎌倉駅に帰ろうと思っていたところ、少年がすれ違いざまに、思わず声をかけたのだった。

少年:…き、君は、もしかして…、あのポスターの人?。

 コメットさん☆は、ポスターを見て、ドキッとしながらも、少しうつむき加減に答えた。

コメットさん☆:…え、ええ…。そうですけど…。

少年:へえー、偶然だなぁ。君は、去年のコンテストの入賞者なんだ!。すごいなぁ…。

コメットさん☆:…あ、あの、私はドレスを着ただけで、デザインしたのは違う人なんですけど…。

少年:え?、あ、そうなんだー。…ドレス着た君は、大人びて見えるけれど、実際はかわいい女の子なんだね…。

コメットさん☆:…あ、あの…。…あなたは?。

少年:ごめん。ぼくはさ、東京都内から、鎌倉に学校の遠足で来ているんだけど、…今路(いまじ)っていいます。よろしく。このあたりで、見て面白いところって、どんなところがあるかな?。君は地元の人でしょ?。

コメットさん☆:…は、はい。私、コメットです。…見て、面白いところ…ですか…?。それなら…、海か、山の切り通しか…。

今路くん:コメットさん☆、か…。ほうき星さんだね。いい名前だなぁ…。海はここから遠いのかなぁ?。

コメットさん☆:そうですね、歩いて20分くらいかな。この道をずっと下って、駅も通り過ぎて…。

今路くん:案内してくれない…かな?。

コメットさん☆:…えと、私、今生もの買っちゃったんで、早く帰らないと…。でも、途中までなら、道教えます。

今路くん:わあ、ありがとう。…あの、山の切り通しって何?。

コメットさん☆:鎌倉を囲んでいる山の、歩きにくい場所で、昔外から人が入って来にくいように、わざと道を整備しなかったところだそうです。市内に何カ所もあります。

今路くん:そうかぁ…。そんなの遠足で配られたガイドには、何も書いてないや…。

コメットさん☆:山道で、結構大変ですよ。

今路くん:体力には一応自信があるから、あとで登ってみようかな…。時間があれば…だけど。

コメットさん☆:とりあえず、小町通りは混んでいますから、横須賀線の西側の道を行きましょう。そのほうが結局海には早く出られると思います。

今路くん:さすが、地元の人だね。鎌倉は路地がたくさんあって、ぼくらにはわからなかったよ…。えへへ…。

 コメットさん☆は、今路くんを連れて、横須賀線沿いの路地を歩き、小町踏切という、駅に一番近い踏切から線路の西側に出た。そちら側は、小町通りや若宮大路の喧噪をよそに、住宅街らしくひっそりとしている。時折車が通る程度だ。コメットさん☆は、ケースケのアパートが、この先にあるんだなぁ…などと思いながら、線路西側の今小路通りを、駅西口に向けて歩き出した。例のポスターも、幸いこの道沿いには張られていなかった。

ラバボー:姫さま姫さま、気をつけるボ。知らない人といっしょに歩いちゃダメだボ。

コメットさん☆:そんなこと言っても、道がわからないみたいだもの…。困っている人は助けなきゃ。

 ラバボーとコメットさん☆は、ささやきあっていた。

今路くん:どうしたの?、…えーと、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、いいえ。何も。…こっち側の道は、あまり人も車も通らないので、早く駅まで行かれます。駅を過ぎて、江ノ電の踏切を渡れば、広い道に出て、それを下れば由比ヶ浜の海です。

今路くん:なるほど〜。やっぱり地元の人は、裏道知っているんだね。

コメットさん☆:駅の先のところにも、ちょっとした商店街がありますよ。御成通りって言うんですけど…。

今路くん:…あのさ、あの君が写っているポスターのコンテストって、どんなの?。

コメットさん☆:…どうって…。ただ素人の人が、ドレスをデザインして、それを自分で作って、モデルに着せて…っていうんですけど…。私はモデルをやっただけで…。

今路くん:でもすごいな。入賞したんでしょ?。

コメットさん☆:ええ…、まあ。

今路くん:…それに、ウエディングドレスかぁ…。女の子って、そういうのあこがれなのかな…。

コメットさん☆:…そうでもない…かも。

今路くん:…えっ?。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、少しうつむいて黙っていた。それを察したのか、今路くんも、それ以上何も聞くことはなかった。何かの事情があるのかな、と思いつつ。やがて道はやや右にカーブして、市役所やスーパーのある交差点に出た。

コメットさん☆:ここを左ですよ。…ほら、西口の駅。

今路くん:ああ、ここに出るのか…。へえ…。

コメットさん☆:それじゃあ私、ここから電車で帰りますから…。海への道は…、この先をまっすぐ行って下さい。その「御成通り」って書いてある看板の下の道…。それで、最初の十字路を左に曲がると、江ノ電の小さい踏切がありますから、それを渡って、すぐを右に曲がり、ずっとまっすぐ行くと、由比ヶ浜の海です。

今路くん:ああ、ありがとう。おかげで早く海を見にいけそうだ。本当に助かったよ。

コメットさん☆:…由比ヶ浜には、いろいろなお店があるので、そんなところを見ると、楽しいかも…。

今路くん:うん。ありがとう。見てみるね。じゃ、ここで…。

コメットさん☆:…さ、さよなら。気をつけてね…。

 コメットさん☆は、今路くんが御成通りを歩き始めたのを見届けると、ポケットから、稲村ヶ崎までの回数券を取り出し、駅の自動改札機に入れた。そして江ノ電のホームに上がった。

 コメットさん☆は、藤沢行きの電車に乗り、進行方向に向かって右手前のドア脇に立った。車内はそれほど混雑しているわけではなかったが、ほかの人と顔を合わせる座席に、座りたいとは思わなかったからだ。そして電車はすぐに発車した。

車内アナウンス:「ポーン♪。この電車は藤沢行きです。つぎは和田塚、和田塚です」

 電車は鎌倉駅を出て、すぐに右にカーブしながら、御成踏切という小さな踏切を渡って、和田塚駅に向かう。と、その時、御成踏切に立つ今路くんを、コメットさん☆は、ドアの窓に見つけた。一方、踏切で通り過ぎる電車を待っていた今路くんも、走り去る電車のドア窓に、コメットさん☆の姿を見つけた。どちらともなく、少し照れたように手を振りあった。

 電車はすぐに通過して、踏切は上がった。今路くんは、一つ深呼吸をすると、踏切を渡って、コメットさん☆に教えられた通り、若宮大路のほうに向かった。一方電車のコメットさん☆は…。

ラバボー:姫さま、知らない人に手を振ったりしちゃダメだボ。

コメットさん☆:どうして?。もう知っている人だよ。

ラバボー:…どうしてって、いい人だけじゃないんだボ、この街だって…。

コメットさん☆:それはそうかもしれないけど、あの人、悪そうな人じゃなかったよ。

ラバボー:だからって、誰にでもあいさつしていいものでもないボ。またママさんに叱られるボ。

コメットさん☆:あはっ、それはやだな…。でも、もう会うこともない…と思うよ。

ラバボー:そりゃそうだけど…。

 コメットさん☆とラバボーは、過ぎていく景色を見ながら、小さな声でしゃべっていた。コメットさん☆は、結局家に帰り着くまで、誰にも指をさされたり、声をかけられることもなかった。今路くん以外には…。時の流れの中で、コメットさん☆もメテオさんもまた、忘れられていったということなのだろうか…。それでもコメットさん☆は、少し安心していた。

 

 夜になって、コメットさん☆のところには、思いもかけず王様から電話があった。冬にインフルエンザにかかってから、王様はずっと頻繁に電話をかけてくるようになった。王妃さまが席を外しているときには…。コメットさん☆は、しばらく王様と、楽しくとりとめのない話をした。沙也加ママさんも、そんなコメットさん☆の様子を、そっと見守っている。そして電話が切れると、今度はツヨシくんが、デザートのプリンを持ってきてくれた。

ツヨシくん:コメットさん☆、ママがデザートのプリンだって。

コメットさん☆:ツヨシくん、ありがとう。わざわざ持ってきてくれたんだね。

ツヨシくん:うん。コメットさん☆、王様と楽しそうだったら…。待っていたの。いっしょに食べよう。

コメットさん☆:えっ?、ネネちゃんは?。

ツヨシくん:もう食べちゃったよ。それで部屋に行っちゃった。

コメットさん☆:…そう。ありがとう、ツヨシくん。じゃあ、私が電話終わるの、わざわざ待ってくれたんだ…。

ツヨシくん:うん。

コメットさん☆:待たせちゃってごめんね。いっしょに食べようね。いただきまーす。

ツヨシくん:ううん、ぜんぜんいいよ。コメットさん☆と食べたかったから…。いただきまーす!。

 プリンを食べ終わって、コメットさん☆は自分の部屋に戻ると、プラネット王子から、星力メールが届いた。「鎌倉の春の花を、今度いっしょに撮影に行かないか?」と。

 遠足から帰った今路くんは、日記にコメットさん☆のことを書き留めた。「鎌倉に遠足に行ったら、ちょっと不思議な雰囲気の女の子に出会えた。ドレスコンテストに入賞したと言っていた。実際のその子はとてもかわいかったなぁ…」と…。コメットさん☆もまた、メモリーボールに語りかけた。

コメットさん☆:(今日ね、私がミラさんといっしょに、ドレスデザインコンテストに入賞したときの写真が、ポスターになって、市内のいろいろなところに張られていたの。とても恥ずかしかった…。でも、意外と街の人たちは気付いてないみたい。よかった…。いろんな人から、指さされたりしたら、私しばらく星国に逃げようかとすら思ったんだよ…。そうしたら、一人だけ、今路さんっていう男の子が、私に声をかけてきたの。高校生だって。由比ヶ浜までの道を教えてあげながら歩いていたら、かわいいとか言われて、ちょっと恥ずかしかったな…。)

 みんなコメットさん☆のことを、想っている。そして、コメットさん☆も、誰かを想う。人は出会い、そして時にその人を想う。それは不思議な縁の時も。人が人を想う心には、距離も時間も関係ないのかもしれない…。

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★第148話:よみがえれシンボルツリー−−(2004年5月上旬放送)

 季節はずれの台風で、桜のシンボルツリーがなくなってしまった、モノレール鎌倉山駅。ところが、今年度の計画で、駅にエスカレーターとエレベーターを設置する工事が始まることになった。それならばと、町会のほうでも、シンボルツリーを復活させようじゃないかという声があがった。駅前広場の一部は、町会が所有している土地になっているのだ。景太朗パパさんは、「こういう例は珍しい」と、コメットさん☆にも教えてくれた。

 駅前のロータリー脇にはえていた桜の木。モノレールは中空を走っているから、ホームは2階になる。ホームをおおう壁があるけれど、その窓からも少しは見えるように、桜とケヤキを植えよう…。そんな話がまとまって、工事ははじめられた。

景太朗パパさん:コメットさん☆、今度の日曜日、ちょっとお呼ばれに行かないかい?。

コメットさん☆:えっ?、どんなお呼ばれですか?。

景太朗パパさん:こないだ話した、モノレール鎌倉山駅のシンボルツリーを植える話だけど、町会のほうで、植樹イベントをやることになったんだよ。

コメットさん☆:わあ、やっぱり桜の木、もう一度植えるんですね。

景太朗パパさん:そうなんだよ。…それでね、ぼくそのイベントに招待されているんだけど、コメットさん☆もどうかなぁって。

コメットさん☆:私もですか?。出来れば私も見に行きたいですけど。

景太朗パパさん:…実は…、植樹してみないかい?。桜の木を。

コメットさん☆:ええーっ、し、シンボルツリーになる木を、私が植えるんですか?。私、直接関係ないのに…。

景太朗パパさん:いやあ、町会長が、ぜひに…ってさ。

コメットさん☆:う…、うれしいですけど…、そんなこと、私がしていいんでしょうか?。

景太朗パパさん:町会のほうで、コメットさん☆にっていうことだから。…気が進まないなら、断ってもいいんだけど…。

コメットさん☆:いえ、いやってことはないですけど…。なんだか、悪いような気がして…。ほかにやる人はいないのかなぁって…。

景太朗パパさん:そりゃあ、君がいなかったら、もとの桜の木は、捨てられていたかもしれないんだから…。新しいシンボルツリーになる木に、君がその力を貸す…。それは星力ってことじゃなくてさ、それもいいんじゃないかな。

コメットさん☆:……。そう…ですね。そうかも…。星力じゃない、私の力…。えーと…、あまり手の力に自信はないですけど…。

景太朗パパさん:あっはっはははは…。コメットさん☆も、面白いこと言うね。じゃ決まりでいいかな?。

コメットさん☆:はいっ!。がんばりますね。景太朗パパ。

景太朗パパさん:君が桜が好きだっていう気持ち、それこそが君が新しい桜の木に吹き込める、「力」になるのかもしれないよ…。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、小さくうなずきながら、にこっと笑った。

 

 日曜日、コメットさん☆と景太朗パパさんは、やや風のあるいい天気の中、モノレール鎌倉山駅前にいた。コメットさん☆は、普段着のような、動きやすいトレーナーで来たので、もっとドレスっぽい衣装で行かなければいけないかと思っていたが、実際に鎌倉山駅に来てみると、町会の人たちは、ほとんどが「家庭菜園スタイル」なので、安心した。

町会長さん:おお、藤吉さん、お待ちしてましたよ。こちらがコメットさん☆でしたよね。

コメットさん☆:こ、こんにちは。

景太朗パパさん:ああ、どうも、こんにちは、町会長さん。どこにどんな感じで植えるんですか?。

町会長さん:えーと、もうトラックから降ろしてありますが、前にご紹介いただいた中山造園の中山さんが、いい木を見つけておいてくれましたよ。それで、やっぱりホームからなるべく見えたほうがいいでしょうから、前の木が植わっていたところに、桜を植えて、脇の駐輪場に近いところにケヤキ、ということで、モノレールの会社とも交渉終わっています。

景太朗パパさん:そうですか。式典みたいなのはないんですね?。

町会長さん:今回はあまり堅苦しいのはやめにしました。まず桜を植えて、あとはみなさんガーデニングなんか、お上手な方々が多いですから、その方たちに、木の回りに花を植えてもらって、ケヤキも同じように…とやりましょう。桜植えるときだけ、ちょっと取材と、タウン誌に載せる写真撮影がありますけど。

コメットさん☆:ええっ?、写真撮影あるんですか?。…じゃあ、もう少しちゃんとした衣装で来なければいけなかったかも…。

町会長さん:ああ、なーに、いいんですよ。こういうのは自然体がいちばん。むしろ泥のついた手袋なんてしているほうが、感じが出ますよ。

コメットさん☆:…は、はあ。

 コメットさん☆は、ちょっと苦笑いしたような表情で、町会長さんに答えた。

町会長さん:じゃあ、そろそろやりましょうー!。

 町会長さんのかけ声で、植樹が始まった。トラックの荷台についた小さなクレーンで、ワラを巻いて保護しながら寝かしてあった木を起こし、あらかじめ掘られていた穴に立てた。木は、コメットさん☆が思ったよりは大きく、すでに5メートル位はある。けっこう枝も伸びていて、1年目や2年目の幼木ではない。景太朗パパさんの話では、中山さんが、仕事で手に入れた木の中から選んできたのだそうだ。

 立てられた木の回りに、良質の泥が無造作に入れられ、工事の大がかりな部分は終わりである。ここからが、コメットさん☆の出番らしい。

町会長さん:さて、では藤吉コメットさん☆、土をかけて下さい。藤吉さんも手伝ってあげてくれますか。取材のカメラの方もどうぞ。

コメットさん☆:は、はい…。景太朗パパ、ど…、どうするんですか?。

 コメットさん☆は、いきなり言われてびっくりし、景太朗パパさんにそっと小さな声で聞いた。

景太朗パパさん:ほら、コメットさん☆、スコップ。これで木の根本に泥をかけてあげるんだよ。平らにならす感じでね。取材は勝手に写真撮るから、向こうにまかせておけばいい。ぼくも土寄せるから、よく根本に土が行き渡るようにして、あとでよく踏んでね。

コメットさん☆:…は、はい。踏むって…、大丈夫なんでしょうか…。

景太朗パパさん:ちゃんと踏んでおかないと、土が根に密着しないから、木がうまく育たないよ。

コメットさん☆:…そうなんですか。わかりました。

 コメットさん☆は、スコップを景太朗パパさんから受け取ると、木に近づいて、黒々とした土を、寄せながら木の根本を埋めるようにかけていった。数人の取材の人が、写真を撮っている。

コメットさん☆:(先月に引き続き恥ずかしいなぁ…。これもまた何かに載るのかなぁ…。)

 コメットさん☆は、内心気恥ずかしく思いながらも、だんだんと真剣に、一生懸命力をかけて、桜の木に土をかけていった。やや高めの気温は、コメットさん☆に汗をかかせる。コメットさん☆は、汗を手の甲でぬぐいながら、しっかりと桜の木の根本に土をかけた。かけた土の上に、そっと乗って、土と根っこがよくくっつくようにもする。そんな様子を見ていた景太朗パパさんが、微笑んでいるのにも、コメットさん☆は気付かなかった。

 コメットさん☆が、景太朗パパさんと土をかけ終わると、町会の人たちが、木の回りに草花を植え始めた。木を囲むように、花壇が作られるのだ。

 コメットさん☆が、今度は花壇を手伝ったりしていると、沙也加ママさんと、ツヨシくん、ネネちゃんが一足遅れてやって来た。

沙也加ママさん:ごめんねー、コメットさん☆。お店お昼休みにするのに、時間かかったちゃったわ。

ツヨシくん:コメットさん☆、飲み物持ってきたよー。

ネネちゃん:わあ、この木コメットさん☆が植えたの?。すごい、すごーい。

コメットさん☆:ち、ちがうよ、全部植えたんじゃないよ。私は最後に土をかけただけ。ツヨシくんありがとう…。私、汗かいちゃった。沙也加ママ、なんとかやってます…。

沙也加ママさん:今日は風があるけど、けっこう蒸し暑いわね…。あら、コメットさん☆、ほっぺたに泥がついているわ。

コメットさん☆:え、本当ですか?。

沙也加ママさん:足もとにも泥ついているわよ。ずいぶん一生懸命やったのね。パパにも飲み物、はい。

景太朗パパさん:ありがとママ。コメットさん☆はね、もう真剣そのものなんだよ。

沙也加ママさん:あらそうなの?。…ここにまた桜が咲くようになったら、いいでしょうね…。桜の大好きなコメットさん☆が、そんなことのお手伝いなんて、不思議な縁なのかも…。

コメットさん☆:沙也加ママ、服を泥で汚してごめんなさい。

沙也加ママさん:いいのよ。そんなこと気にしないで、一生懸命やっていいのよ。

コメットさん☆:…はい。…あ、景太朗パパ、ケヤキの木のほうもやるんですか?。

景太朗パパさん:おおっ、コメットさん☆、いっそうやる気だね。ケヤキの木のほうも、見に行こうか。

コメットさん☆:はい。今から行きますね。

ツヨシくん:見に行こう!。

ネネちゃん:行こう、行こう!。

 コメットさん☆は、ケヤキの木のほうに歩き出そうとして、ふとモノレールの駅のほうを見た。ちょうど銀色のモノレールが、駅を発車して行くところだった。車内からたくさんの人が、こちらを見ているのに気付いたコメットさん☆は、「来年の春から、乗客の人たちが、この木を喜んで見てくれるかな…」と思った。そして、「私がいつのまにか、少しお手伝いしているのかも…。みんなのお花見を…。この星の、桜という木と、私を結びつける不思議なめぐりあわせで…」、とも。

 

 夜になって、もうパジャマに着替えていたコメットさん☆は、ふと思いだして、ウッドデッキのところに出た。そしてティンクルスターのラバボーに、頼み事をした。

コメットさん☆:ラバボー、お願い。星力をためてから、あの木のところに私を連れていって。

ラバボー:なんだボ?。姫さま、なんで木のところに行くんだボ?。

コメットさん☆:木に星力をかけて、元気になるようにしておこうと思うの。木って、植え替えると、どうしても弱るって言うし…。私の手の力だけじゃ、どうしても心配だもの…。

ラバボー:わかったボ。じゃ、姫さましっかりつかまって…。

ツヨシくん:コメットさん☆、木のところに行くの?。

ネネちゃん:木が心配?、コメットさん☆。

コメットさん☆:あ、二人とも…。…うん、ちゃんと元気に育ちますようにって、星力かけに行くの。モノレール使う人たちに、元気な桜、見て欲しいもの…。

ツヨシくん:じゃあ、ぼくも行くよ。

ネネちゃん:私も。

ラバボー:わあ、3人乗りかボ…。まあがんばって行くボ。

コメットさん☆:二人とも、ラバボーの背中にのって。それで、私の両手につかまって!。

ツヨシくん:うん。

ネネちゃん:つかまったよ!。

ラバボー:行くボ!。ジャンプーーーー!!。

 コメットさん☆は、雲の上にラバボーごと飛び上がると、星力をバトンにため、そのまま変身した。そして、ラバボーは、背に三人をのせたまま、モノレール鎌倉山駅に向かう。

 鎌倉山駅の上まで来ると、ちょうど下りのモノレールが駅に着いたところで、帰宅の人々が駅前をたくさん歩いているのが見えた。しかし、モノレールが行ってしばらくすると、人影はまばらになった。そこでコメットさん☆は、そばの人の見えない道路にラバボーとともに降り立ち、そこからみんなで駅前に歩いていった。そして木の下まで来ると…。

コメットさん☆:桜の木さん、がんばって枝を伸ばしてね。きっと来年は、あなたの花を見せて…。ケヤキの木さんも…、緑を見せてね。

 コメットさん☆は、バトンを取り出すと、星力を木にかけようとした。ところがバトンから放たれた星力は、桜の木をすり抜けるかのように、そのままケヤキの木、それから昼間町会の人たちと植えた、草花たちだけにかかった。バトンから伸びる光の帯は、桜の木をよけつつ、あたりを一瞬照らしたかのように見え、その光は地中に吸い込まれるように消えていったのだ。

ツヨシくん:コメットさん☆、星力かかった?。桜の木は通り過ぎたみたいだけど…。

ネネちゃん:それでいいの?。

コメットさん☆:あれ?。どうしたんだろう?。なんで桜の木には、星力がかからないのかな?。もう一度、それっ!。

 コメットさん☆は、なぜか桜の木にだけかからないのを不思議に思って、もう一度かけてみた。ところが、もう一度かけた星力も、桜の木をすりぬけ、ケヤキと草花にしかかからなかった。

ラバボー:姫さまぁ…。

ツヨシくん:あれ、また桜にはかからないよ。

ネネちゃん:向こうの木と、お花のところには、光が当たったけど…。

コメットさん☆:…これって…、もしかして…、桜の木には星力いらないっていうこと?。

 コメットさん☆は、ふと昼間景太朗パパさんが言った言葉を思いだした。

(景太朗パパさん:君が桜が好きだっていう気持ち、それこそが君が新しい桜の木に吹き込める、「力」になるのかも…。)

コメットさん☆:…そうか。きっとそうなんだ…。私が桜を好きである限り、この木を大切に思えば、星力をかけなくても、きっとこの木は育つ…。そういうことなんだね…。

ラバボー:…きっとそういうことだボ。姫さま…。

コメットさん☆:うん。帰ろうか、ラバボー…。みんな…。

ツヨシくん:コメットさん☆、いいの?。

ネネちゃん:星力かかってないよ?。

コメットさん☆:もういいの。この桜の木さん、星力なくても育つって。

ツヨシくん:桜の木の気持ちがわかるの?、コメットさん☆。

ネネちゃん:コメットさん☆、木の気持ちもわかるの!?。すごーい。

コメットさん☆:うふっ。何となく…。そうかなーって。

 ツヨシくんとネネちゃんは、不思議そうに顔を見合わせた。

 

 コメットさん☆は、またラバボーの背にのって、ツヨシくん、ネネちゃんといっしょに帰った。鎌倉山駅では、ちゃんと来年桜の花が見られるに違いない。モノレールの乗客の人たちも、駅前でちょっとした花見が楽しめるはず。それはコメットさん☆の、桜が好きという心がある限り、ずっと…。コメットさん☆と桜を結ぶ、強い想い。それは、ある時星力よりも強いのかもしれない。

 新たなシンボルツリーとして植えられた、ケヤキと桜。これから何十年も、人々に季節感を与えるだろう。それは、たとえここに住む人々が、移り変わっても…。

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★第149話:ハモニカ星国の昨日と明日−−(2004年5月上旬放送)

 ネネちゃんが風邪を引いて、学校を休んだ。沙也加ママさんは、心配して1日お店を臨時休業することにした。景太朗パパさんは、都内に仕事の打ち合わせ。もし沙也加ママさんがお店に行ってしまうと、コメットさん☆とネネちゃんしか、残らないことになってしまう。

コメットさん☆:沙也加ママ、お店、私が行きましょうか?。

沙也加ママさん:いいのよ。連休中だいたいお店開けていたから、お客さんには悪いけど、今日は勘弁してもらうことにするわ。もし明日もネネが十分回復しなかったら、その時はお願いするかも…。

コメットさん☆:はい。私でよければ、お店番に行きます。

沙也加ママさん:ありがと。

 沙也加ママさんは、午前中にネネちゃんを、かかりつけの医院に連れていった。診断はやっぱり風邪。ネネちゃんは咳がひどく、のども痛そうだ。ごはんがあまり食べられない。

ネネちゃん:…ごほっ、ごほっ…。

コメットさん☆:ネネちゃん、大丈夫?。ジュース飲む?。

ネネちゃん:…いらない。苦しいから…。

コメットさん☆:…そう。熱は?。

ネネちゃん:さっきはかったら…ごほっ、ごほっ…。

コメットさん☆:あ、ネネちゃんごめんね。あまりしゃべらない方がいいね。

沙也加ママさん:さっき測ったら、37度ちょっとだったから、大丈夫だと思うわ。子どもは少し体温高いからね。37度後半になったら、注意深く見てないとダメね。

コメットさん☆:そうなんですか…。…私、何かしましょうか?。

沙也加ママさん:うーん、それは星力を使おうかなってことかな?。…なら、今の段階ではいいわ。…人間ってね、ある程度は風邪引くくらいじゃないと、抵抗力っていうのが弱っちゃって、病気に弱くなっちゃうのよ。…体を慣らしておかないといけないってことね。…あ、でも、冬にコメットさん☆がなった、インフルエンザなんかの場合は別よ。ああいうときは、すぐに手当しないと、いけないわね。

コメットさん☆:そうですか。わかりました、沙也加ママ。

沙也加ママさん:コメットさん☆も、いつかはママだから、覚えておいた方がいいのかもね…。ふふふ…。

コメットさん☆:…え?、は、はい…。

 コメットさん☆は、にっこり笑って返事をしたのに、「いつかはママ」と言われて、少しどぎまぎした。

 そしてコメットさん☆は、沙也加ママさんと二人、リビングのソファーに座って時間を過ごした。ツヨシくんは午後にならないと帰ってこない。お昼ごはんにはまだ早い。ネネちゃんは、少し薬が効いて、眠っているようだ。

沙也加ママさん:コメットさん☆、退屈でしょ?。

コメットさん☆:いえ、そんなことは…。

 コメットさん☆は、じっと窓のガラス戸の外に見える、雲の行方を追っていたが、思いもよらないことを言われ、ちょっとびっくりして、沙也加ママさんのほうに向き直った。沙也加ママさんも、今度は自分がガラス戸の向こうに見える、海やウッドデッキを見ながら、つぶやくように話しだした。

沙也加ママさん:ねえコメットさん☆、初恋っていつ?。

コメットさん☆:…えっ!?。は、初恋…。

沙也加ママさん:星国にいたときは、恋したりしなかった?。

コメットさん☆:…き、急にそんなこと…、あはっ…。…恋って、星国にいる頃は、実を言うとよくわからなかったです。どんな気持ちなのか…。

沙也加ママさん:えっ?、そうなの?。やっぱりコメットさん☆は、箱入り娘かなぁ…。ふふふ…。

コメットさん☆:…星国で、いっしょに遊んだ星ビトの男の子はいましたけど…。その子のこと、特に好きって思ったことは…、なかったし…。ケースケかなぁ…。はじめて地球で出会って…。それで、胸がドキドキしたり…。好きってなんだろうとか思ったりして…。

沙也加ママさん:そっか…。私もそうだったなぁ…。中学生の時かなぁ…。はじめてラブレターみたいなのもらって…。いっしょに動物園とか、海とか見に行って…。デートしたりしたけど…。手もにぎらないで、いつの間にか終わっちゃったわ。あははは…。おかしいわよね…。

コメットさん☆:い、いえ、そんなことないです…。…あ、あの、景太朗パパさんとは…、いつ…。

沙也加ママさん:ふふふ…。聞きたい?。…コメットさん☆も、そんなこと聞きたいかぁ…。…あのね、知り合ったのは、大学の時。同じ大学の、パパは工学部、私は教育学部に通っていたのよ。それで、偶然同じ講義を受けて…、その時となりに座ったのがパパ。

コメットさん☆:わあー、なんかステキな出会い…。

沙也加ママさん:別にステキってほどじゃないわよ…。ふふふふ…。パパは真剣に勉強していて、建築学を専攻して、私は保育学を専攻した…。その間ずっと交際していたわ…。今よりもっとかっこよかったな、あのころのパパ。…でも、あんな多趣味な人だとは…。うふふふ…、人は見かけによらないわね。

コメットさん☆:沙也加ママは、景太朗パパの趣味って、よくないって思っているんですか?。

沙也加ママさん:…よくないなんて、思っていたら、いっしょになったと思う?。

コメットさん☆:…いいえ…、そうですよね…。…結婚したあとって、…どう思うものなんですか…。あ、ごめんなさい沙也加ママ。こんなこと聞いちゃいけないかも…。

沙也加ママさん:ううん。あなたはうちの子だから、聞いていけないことなんてないのよ…。…今のパパだって、とってもステキよ。昔と少しも変わらないやさしい気持ち…。…夫婦なんて、子どもが出来ちゃうと、あまーい関係なんて言ってられなくなっちゃうものだけど、相手に光り輝く何かが、少しでも見えれば…。それで十分なものよ。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、緊張した顔から、少し微笑んで、安心したような、まぶしいような目を、沙也加ママさんに、黙って向けた。

沙也加ママさん:…さ、そろそろお昼にしましょ。ネネも起きてきたら、ごはん食べられるようにしておかないとね。…続きはお昼ごはん食べながらでも…。ね?。

コメットさん☆:…はい、沙也加ママ…。

 

 夜になって、景太朗パパさんも帰ってきた。しかし、ネネちゃんは、寝ようとする時間になっても、咳がででしまって、眠れない様子だった。ツヨシくんも、いっしょの部屋で寝起きしているから、ネネちゃんが咳をするので、気になって眠れない。兄妹だから、ネネちゃんがやっぱり心配なのだ。それでツヨシくんは、パジャマに着替えても、リビングを何となくうろうろしていた。

景太朗パパさん:…うーん、ネネの咳が少しの間でも止まればなぁ。眠れるんだろうけど…。

沙也加ママさん:さっき、胸に塗る薬、塗ったんだけど、あまり効果ないみたいなのよ…。それにツヨシにうつりそうで…。それも困るわね…。

 それを聞いていたコメットさん☆には、ある考えがわいた。

コメットさん☆:景太朗パパ、沙也加ママ、私が少しの間、ネネちゃんの咳を止めます。…それで、ツヨシくんは、私の部屋で寝たらどうでしょうか。それなら、ネネちゃんもツヨシくんも、大丈夫なんじゃないかと…、思うんですけど…。

景太朗パパさん:コメットさん☆、ネネの咳止められるのかい?。

コメットさん☆:…はい。たぶん、星の子が協力してくれると思うので…。

沙也加ママさん:…コメットさん☆の部屋で、ツヨシを寝かせるの?…。

コメットさん☆:…はい。……いけないでしょうか?。

 沙也加ママさんは、景太朗パパさんと顔を見合わせていたが、景太朗パパさんが先に口を開いた。

景太朗パパさん:…じゃ、コメットさん☆、お願いするよ。ネネとツヨシを。頼むね。…あ、それから、ごめんねコメットさん☆。

コメットさん☆:…えっ?。…あ、いいえ。私がお手伝いできることなら…、なんでも。

 コメットさん☆は、バトンを取り出すと、ウッドデッキのところから、ラバボーの背中にのった。ふと、沙也加ママさんの言う、景太朗パパさんのやさしい気持ちとは、そっといつも気を使うことかも…、と思いつつ…。

コメットさん☆:ラバボー、お願い。星力を集めるの。

ラバボー:わかったボ…。ジャンプーーー!!。

 コメットさん☆は、星力をバトンにためると、家の中に戻ってミニドレスに変身した。そして、バトンを指輪に合わせると、ネネちゃんに強い星力をかけた。ネネちゃんは、閉じていた目を開けて、ミニドレスのコメットさん☆にびっくりして言った。

ネネちゃん:…あっ、コメットさん☆…。…あれ…、なんだか、胸が楽になった…。

コメットさん☆:ネネちゃん、おやすみ…。明日は元気になあれ。

ネネちゃん:…うん…。ありがとう、コメットさん☆…。

 ネネちゃんは、ほどなく寝入った。その様子を見ていた景太朗パパさんと、沙也加ママさんは、あらためて驚いた…。

景太朗パパさん:…も、もう眠ったよ、ネネは…。ママ。

沙也加ママさん:…そ、そうね。…私たち、星力って、どう考えたらいいのかしら…。

景太朗パパさん:人を心地よくしたり、やさしい気持ちにするために使う…。そういうものなんじゃないかな…?。それに頼り切っちゃいけないけど…。

沙也加ママさん:…そうね…。そうよね…。

コメットさん☆:さあ、ツヨシくん、おいで。

ツヨシくん:コメットさん☆、どこへ?。

 コメットさん☆は、リビングにいたツヨシくんに、バトンをもったまま声をかけて呼んだ。

コメットさん☆:今晩は、私の部屋で寝よ。

ツヨシくん:わーい。コメットさん☆といっしょ!。

コメットさん☆:少しお話してあげるね、眠くなるまで。

ツヨシくん:うん。お話しして、コメットさん☆。

 沙也加ママさんは、ちょっと心配なような顔で、厚手の敷き布団を持ってきて、コメットさん☆の部屋の床に、ツヨシくんのための布団を敷いた。ツヨシくんは、大はしゃぎかというと、案外そうでもない。じっとコメットさん☆の変身した姿を見ていた。

ツヨシくん:コメットさん☆…。

コメットさん☆:なあに?。

ツヨシくん:その着ているの、さわってもいい?。

コメットさん☆:…いいよ。何か面白い?。

ツヨシくん:…うん。白くてきれいだから…。前のやつとどうして変わったの?。

コメットさん☆:なんだかよくわからないけど、お父様が、「もう肩を出すのはおやめ」だって。

ツヨシくん:なんか肩と背中が透けてないね。

コメットさん☆:前のは、ちょっと恥ずかしかったな…、私も。お父様は、配慮してくれたのかも…。

ツヨシくん:わあ、のびるよ、この袖のところ…。

コメットさん☆:うん。全体が伸び縮みするんだよ。だから、動きやすいの。

ツヨシくん:ふぅん…。コメットさん☆、かわいい…。

コメットさん☆:あははは…。…そう?。ありがとう。…ツヨシくんも、かわいいよ。

ツヨシくん:…コメットさん☆の生まれた星国って、どんなところなの?。…ぼく行ったことあるけど、まだよくわからないよ。

コメットさん☆:そっか…。ツヨシくんも、2回くらいじゃわからないよね…。しかも1回は、私の治療のために、ついてきてくれたんだものね…。

 コメットさん☆は、ベッドに座っていたが、ベッドの足もとのほうに敷かれて、ツヨシくんがその上に座っている布団のそばまで来て、ぺたんと床に座った。

コメットさん☆:…昔むかし、トライアングル星雲は、1つの星国しかなかったの。

ツヨシくん:わあ、おとぎ話みたいだ…。コメットさん☆お姫さま…。

コメットさん☆:ふふふ…。…それで、その星国はある時、意見の違う人たちがケンカになっちゃって、3つに分かれちゃったんだって。

ツヨシくん:ふぅん…。それって、ひどいケンカ?。

コメットさん☆:…うん…。悲しいけど、そういうことらしいの。私も本で読んだだけだから、よく知らないけど…。はっきりしているのは、その時に星国が3つに分かれて、ハモニカ星国と、カスタネット星国と、タンバリン星国が出来たっていうことと、私のおじいさまとおばあさまは、亡くなったり、怪我をして、遠くの星に治療に行ったっていうこと…。星力の間違った使い方をしたということ…。たくさんの人が、悲しい思いをしたの。

ツヨシくん:ええっ!。コメットさん☆のおじいさん、死んじゃったの!?。みんなたくさん死んじゃったの?。

コメットさん☆:…うん。だから、私おじいさまには会ったことがない…。星ビトもたくさん傷ついたの…。

ツヨシくん:ひどいね。かわいそう…。コメットさん☆のおばあさんは!?。

コメットさん☆:おばあさまは…、生きているけど、今は遠くの星に住んでいるから、あまり会えないな…。けっこう早口で、きびしい人だよ。あはっ。私も叱られたことがある…。

ツヨシくん:げっ、そんな怖いの?。

コメットさん☆:怖いっていうほどじゃないけど…。

ツヨシくん:それで、星国はどうなったの?。

コメットさん☆:うん。それでね、その3つの星国は、なんとか話し合いをして、もとの1つに戻ろうとしていたの。でも、3つの王家が出来てしまっていたから、カスタネット星国は、特に反対していた…。…それでしばらくたってから、だんだん1つの星国に戻ることが、「どうしてもしなければいけないこと」みたいになってきちゃって…、なんだかわからないうちに、タンバリン星国が、私かメテオさんのどちらかを、プラネット王子の妃にするって言い出したの。そうすれば星国は2つになるって…。

ツヨシくん:ええーっ、あのプラネットお兄ちゃん?。プラネット兄ちゃん、コメットさん☆のこと好きだったの?。

コメットさん☆:たぶん違う…。プラネット王子には、そのころ会ったこともなかったもの…。王子だって同じのはず…。…プラネット王子は、かがやきを失っている…、それを取り戻すためには、私かメテオさんが妃になる必要があるって…。なんだか、大人たちが勝手にそんなこと言っていて…。ヒゲノシタが、地球に逃げた王子を、探しに行って下さいって…。私はそのころ、まだ結婚て、どういうことだか、よくわかってなかった。その人といっしょに暮らして…なんて、考えてもみなかった…。ただ地球って、お母様も来ていたことがあったから、とても面白いところなのかな、行ってみたいなって…。それで、王子を探しに地球に行くなんて言っちゃったから…。

ツヨシくん:それで、時計台のところにいたの?。

コメットさん☆:そうだよ。あの時は、一日鎌倉の駅の回りを歩いて、もうどこも行くところがなくなっちゃって…、夕方になったら、急に寂しくなっちゃったの。そうしたら…、ツヨシくんだよ、私を助けてくれたのは…。もちろんネネちゃんもだけど…。沙也加ママさんも…。あの時は本当に、これで地球での思い出づくりができるって、思ったよ。

ツヨシくん:よかったね、コメットさん☆…。

コメットさん☆:うん。ありがとう…。景太朗パパも、沙也加ママもやさしくて、ツヨシくんとネネちゃんとも毎日楽しい日が続いて…。…でも、ある時、ヘンゲリーノっていう、タンバリン星国のえらい人が言ったの。私かメテオさんを、プラネット王子が選ぶって…。それって何!?って。星の子と星ビトのことを思うと、私がもし選ばれて、いやって言えるかなって思ったら…、言えないかもって思った…。そうしたら、急にとても怖くなって…。絶対に星国に帰らないって、その時は思ったの…。

ツヨシくん:勝手にコメットさん☆を、およめさんにしようとしたの?。そんなのダメだよ。会ったこともないのに、好きになんてなれないじゃん…。

コメットさん☆:…そうだよね。でも、星ビトと星国の未来を思ったら…、もし私が選ばれたとして、断り切れないって…。だから、あの時、怖くて寂しくて、イヤで…、たくさん泣いちゃったよ……ぐすっ…。…ごめんね、思い出しちゃった…。

ツヨシくん:…コメットさん☆、泣かないで。もう泣くことないよ…。プラネット兄ちゃんが、コメットさん☆のこと取りに来たら、ぼくが守るから…。…ティッシュあるよ、涙ふいて。

コメットさん☆:…ありがとう、ツヨシくん、守ってくれるの?。ありがとね…。…今のプラネット王子は、そんなことないよ。大丈夫。ちゃんと王子は自分の星を、正しくなおしたんだよ。

ツヨシくん:どうやって?。

コメットさん☆:…あのね、私が一度みんなとお別れして、星国に帰ったとき、タンバリン星国に直行させられたの…。王子が妃を選ぶって…。私は怖くて、逃げ出したい気持ちだった…。そうしたら…、王子は私とメテオさんを前に、「二人のどちらかを選ぶことは、未熟だから出来ない」って言って、断ってくれたんだよ。あれは、たぶんわざとだと思う…。それで、私とメテオさんに、「オレを選ぶなら選んでくれ」って…。だから、私もメテオさんも、二人とも断っちゃった…。王子はあとで、「ああしないと、ヘンゲリーノたちを止められなかったから」って言ってた…。王子はギリギリの逃げ道を、私たちに作ってくれたんだよ…。…でも、ちょっと寂しそうだった…。

ツヨシくん:…プラネット兄ちゃんも、大変だったのかな?。

コメットさん☆:うん…。そのあと、もう一度地球にやって来て、藤沢に住むようになってから、いったん星国に帰って、ヘンゲリーノさんたちを、追放したんだって。ミラさんとカロンくんも、その時にプラネット王子の、普通のお供になったんだよ…。前は、王子の監視役で、私たちも監視していらしいの…。

ツヨシくん:…そんなスパイみたいなの、いやだな…。ぼく、コメットさん☆が大好き…。そのコメットさん☆を、誰かが監視しているなんて…。コメットさん☆は、その人たちのものじゃないじゃないか!。コメットさん☆は、コメットさん☆なのに、そのへんの石ころや貝殻じゃないもん!。

コメットさん☆:……。…ありがとう、ツヨシくん…。…私のこと、そんなふうに…想ってくれているんだ…。とってもうれしくて心強いよ…。

 コメットさん☆ははっとした表情を浮かべ、それから口元を結んで、ツヨシくんににじり寄ると、そっと抱きしめた。

ツヨシくん:…コメットさん☆…。

コメットさん☆:私…ツヨシくんが……なら……に…なっちゃおうかな…。

ツヨシくん:…コメットさん☆?、よく聞こえないよ?。

 コメットさん☆は、ツヨシくんに聞こえないように、なにごとかつぶやいた。そして、ツヨシくんをそっと布団に寝かせると、その上に掛け布団をかけた。コメットさん☆は、ほおに赤みがさした顔と、すこし潤んだような目で、ツヨシくんをじっと見た。

コメットさん☆:…星国って、そんな歴史があったんだよ…。星国の不思議な場所とか建物のこととかも教えてあげるね。

ツヨシくん:うん…。

 ツヨシくんは、ドキドキしながら、コメットさん☆の顔を見た。コメットさん☆の普段見ない、かわいらしい表情を見たような気がしていた。だが、まだツヨシくんは低学年なので、コメットさん☆の表情の意味は、よくわからなかったが…。

コメットさん☆星国は、広いようでけっこう狭いの。海がかなり広いんだけど…。地球の海みたいな穏やかなところじゃないんだよ。もっと風や波が荒くて、とても人が泳いだり出来ないの。…でも、この間星国に帰ったときに、星ビトも遊べるように、海水浴場つくって来ちゃった。

ツヨシくん:わあっ、どんなの?。

コメットさん☆:海は、海の妖精っていう妖精さんが守っているの。その妖精さんにお願いして、明るくて、波が穏やかで、遠くまで浅い海にしてもらったよ。それで、星ビトは毎日海水浴しているみたい。

ツヨシくん:へえーっ。星国って、夏ばかりなの?。

コメットさん☆:ううん、本当はそうじゃないよ。季節は4ヶ月ずつあるよ。この鎌倉よりは、全体にあったかい…。でも、そこの海だけは、年中暑いような感じにしてきた。

ツヨシくん:コメットさん☆、そんなこと出来るんだー。星国の海で、ぼくも水遊びしたいなぁ…。

コメットさん☆:…ふふふっ、そうだね。いつかネネちゃんや、ラバピョンや、ラバボーといっしょに泳ぎに行こっか。星国のみんなも、ツヨシくんとネネちゃんのことはもう知っているよ。

ツヨシくん:えっ、そうなの?。ぼく有名人?。

コメットさん☆:あはははは…。そうだよ。もう有名人…。だって、はじめて星国にやって来た、地球の人だもの。史上初めてだよっ。

ツヨシくん:わーい…。はははは…あーあ…。

コメットさん☆:あ、ツヨシくんもう眠いかな?。

ツヨシくん:…うん。でも平気。もっとコメットさん☆の星国のこと教えて。

コメットさん☆:…じゃあ、もう少しね。…星国には、高い建物のお城があるよ。ツヨシくんも行ったでしょ?。医務室があったり、星のトレインのプラットホームがあったりしたよね。

ツヨシくん:うん。見た。医務室になんにもないの。

コメットさん☆:…そうだね。お医者さんみたいな器具とかは、普段置いてないよ。だいたいは星力で治療するもの。

ツヨシくん:不思議…だった、あれ。…あ、コメットさん☆の部屋はないの?。

コメットさん☆:あるよ。もちろん。

ツヨシくん:どんな部屋?。この部屋より広い?。

コメットさん☆:壁がないよ。だから、宮殿の外の景色とか星が、部屋に居ながらにして見えるんだよ。広さは…、この部屋よりはたぶん広いけど、壁がないから…、どこまでが部屋か…、どう言っていいか…。

ツヨシくん:ええーっ、壁がないって、寒くない?。それに…、着替えとかどうするの?。見えちゃうじゃん…。

コメットさん☆:外から中は見えないの。そういうように星力がかかっているんだよ。だから、寒くも暑くもないよ。

ツヨシくん:ふぅん…。面白いんだね…。…そうなんだ…。…それは…、コメットさん☆の…。

コメットさん☆:ベッドがあって、お気に入りの枕があって…、机が…。あれ、ツヨシくんはもうおねむかな…?。ツヨシくーん?。おーい、…げんこつやまのたぬきさん、おっぱいのんでねんねして。…って、関係ないこと言っても、もう起きないね…。ふふっ。

ツヨシくん:……。う…ん、ぼ…く、コメットさん☆が……好き…だ…から…。

コメットさん☆:…わはっ、恥ずかしいな…。寝言まで…。…ツヨシくん、かわいい。おやすみ、ツヨシくん。…また、明日ね。…これからもずっと、私を守ってくれるかな?。小さな王子さま。

 コメットさん☆は、ツヨシくんのおでこをそっとなでると、布団をきちんとかけてあげ、自分もバトンを出して変身を解き、パジャマに着替え、部屋の電灯を消してベッドに上がり、横になった。月明かりが、コメットさん☆の温かく潤んだ心をさますかのように、窓から青白い光を投げかけていた。

 

 翌日ネネちゃんの風邪は、だいぶよくなっていたが、もう1日学校はおやすみすることになった。ネネちゃんの世話をする沙也加ママさんに代わって、コメットさん☆は店番に行くことにした。コメットさん☆の、平凡だが、楽しく活動的な一日が始まる。コメットさん☆の、未来に向かうかがやき探しは、今日も…。

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★第150話:五月晴れの日−−(2004年5月中旬放送)

 5月も半ば、このところややぐずついていた天気も、ようやくすっきり晴れ渡った。藤吉家はいつものように、景太朗パパさんは仕事の作図、沙也加ママさんはお店に行き、ツヨシくんとネネちゃんは学校に行っていて、コメットさん☆は一人自分の部屋で、午前中のひとときを過ごしていた。

 コメットさん☆は、思い立って、部屋の窓を大きく開け、外をのり出して見た。色を増した新緑がさわやかな風にそよぎ、さあっという音を立てる。コメットさん☆は、その香りを吸い込むように、深呼吸をした。

コメットさん☆:ラバボー、遠くの海が輝いている…。木も生き生きとしているよ。

ラバボー:そうだボ。姫さまも生き生きとしているかボ?。

コメットさん☆:ふふふっ。…うん。しているつもりだよ。

ラバボー:今日は何をするのかボ?。姫さま。

コメットさん☆:そうだね…。おうちのことで、やることはあまりないかなぁ…。庭にお水をまこうか。そうすれば、庭の木や草や花も、もっと生き生きするかも。

ラバボー:それはいいボ。じゃさっそくやるボ。

 コメットさん☆が頷こうとしたまさにその時、星力メールが開け放たれた窓から部屋の中に飛んできた。

コメットさん☆:あっ、星力メール…。誰からだろう?。

プラネット王子の星力メール:やあコメット。元気にしているか?。オレ、最近将棋っていうゲームを覚えてさ、カロンを相手に指すんだけど、二人ともあんまり上達しなくてさ、もう少し指し方を教えてくれる人がいないかと思って。君の家の景太朗パパさんか、沙也加ママさん、将棋指さないかな?。もしやり方知っていたら、君の家に行ってもいいかな?。聞いてみてくれないか?。−−プラネットより。

ラバボー:なんだボ?。

コメットさん☆:…うん。なんか、将棋っていうゲームを、景太朗パパさんや、沙也加ママさんがやれるなら、教えて欲しい…っていうことみたい…。「指す」ってどういうんだろうね?。よくわからないけど…、チェスのようなものかなぁ?。

ラバボー:とりあえず、パパさんに聞くボ。

コメットさん☆:そうしよっか。

 コメットさん☆は、1階の景太朗パパさんの仕事部屋に行って聞いてみることにした。まず景太朗パパさんお気に入りのコーヒーを入れ、それからコメットさん☆は、景太朗パパさんの仕事部屋をノックした。景太朗パパさんの仕事中に話しかけるのは、あまりしないものだから。

コメットさん☆:景太朗パパ、入ってもいいですか?。

景太朗パパさん:はいよー。どうぞー。

コメットさん☆:景太朗パパ、コーヒー入れてきました。

景太朗パパさん:…あ、ありがとう。もうお茶の時間かな?。

コメットさん☆:あ、いいえ。突然仕事部屋に入るのは…と思って…。

景太朗パパさん:なあんだ、そんなこと気にすることはないんだよ。コメットさん☆。ここは君のうちなんだから。…それで、どうかしたの?。

コメットさん☆:あ、はい。あの…、プラネット王子が…、将棋っていうゲームを教えて欲しいとか…。

景太朗パパさん:え、将棋?。ああ、プラネットくん指せるのか。それなら…、ぼく教えてあげられるよ。あまり上手かどうかはわからないけど…。チェスも学生時代にやったことあるなぁ。

コメットさん☆:景太朗パパ、チェスできるんですか!?。

景太朗パパさん:うん。できるよ。最近やってないけど…。あれ?、話さなかったなかぁ?。コメットさん☆は?。

コメットさん☆:わあ、私もチェスならできます。もう長いことやってないですけど…。

景太朗パパさん:なあんだ、そうなの?。じゃあもっと早くに聞いてあげればよかったなぁ。将棋も、チェスとよく似たゲームだよ。覚えると楽しいかも…。あ、もっとも、チェスのほうが若い人向きかもね。あっはっは…。

コメットさん☆:そうなんですか?。

景太朗パパさん:うん。まあ何となくね…。…そうか、プラネットくんがね…。いいよ。うちに指しに来れば?。ぼくでよければ相手になるよ。彼はチェスはしないのかな?。もしできるなら、コメットさん☆もいっしょにやればいいじゃない。

コメットさん☆:えっ…、わ、私…。もう何年もやってないし…。

景太朗パパさん:そんなのすぐに思い出すよ。いつでも来ていいよって返事しておきなよ。あ、今日でもいいよ。今日は天気がいいからね…。そこの縁側になっているところでやろう。今頃からの季節はちょうどいいよ。

コメットさん☆:あ、そうですね。前にスイカ食べたことを思い出しました。…でも、景太朗パパ、作図の仕事はいいんですか?。

景太朗パパさん:いいんだよ。なんとかするさ。あー、スイカもいいねぇ…。そろそろ早出しのスイカも出回るからね…。

 コメットさん☆は、さっそくプラネット王子に、ティンクルホンで返事の電話をかけた。景太朗パパさんは、どこかうれしそうだ。それは仕事をやらない口実、というだけではないようだった。

 

 プラネット王子は、午後になると、将棋盤とチェス盤をもってやって来た。プラネット王子自身もまた、なんとなくうれしそうだった。

プラネット王子:おじゃまします。景太朗パパさん、教えて下さい。よろしくお願いします。

景太朗パパさん:うん。いいよ。ぼくもあまり上手じゃないから…、手ほどきっていうほど、できるかどうかだけど。

コメットさん☆:殿下、チェスは指せますか?。

プラネット王子:あ、ああ。星国にはチェスはないけれど、ミラが友だちに教わってきた。ミラにつきあわされて、覚えたよ。

コメットさん☆:わあ、よかった。いっしょにあとでやりましょ。

プラネット王子:ああ。じゃあ、将棋指したらお手合わせ願おうかな。

景太朗パパさん:コメットさん☆は、どこでチェス覚えたの?。

コメットさん☆:星国です。母が地球から持ち帰ったものに入っていて、みんなに教えてくれました。

景太朗パパさん:そうかー。お母様が教えてくれたのか。いいねぇ…、それは。

コメットさん☆:えへっ。

景太朗パパさん:さて、プラネットくん、駒並べたかな?。君が先手でどうぞ。

プラネット王子:はい。じゃあ、まずは飛車先を…。

景太朗パパさん:よし。じゃ、角道をあけるか…。

 景太朗パパさんとプラネット王子は、対局を始めた。リビングに通じるところの、ガラス戸の前。ガラス戸は開け放たれて、5月のさわやかな風が、家の中にゆるやかに吹き込んでくる。コメットさん☆は、クッションを抱えて、縁側の板の上に、ぺたんと座り込んで、その対局を見ていた。少し足が痛くなるのも気にせず…。

コメットさん☆:…そういえば、この将棋って、父が一時やっていましたね…。名前はわからなかったんですけど…。どうやって覚えたのかな…?。

景太朗パパさん:えっと、飛車取り。…お母様は、将棋も星国に伝えたのかい?。

コメットさん☆:多分そうなんだと思います。そうとしか思えないです。

プラネット王子:あー、飛車よけて守るか…。…いいなあ、コメットのハモニカ星国は…。こんなゲームがはやっているんだな…。

コメットさん☆:…で、殿下…。

 コメットさん☆は、プラネット王子が、盤を見ながら、少しトーンの落ちた声でつぶやくのを聞いた。それは、彼の星国が、そんなにのんびりとした空気が流れているわけではないことを、示していたのだ。それがコメットさん☆にはわかった。

景太朗パパさん:話しに聞くところによると、いろいろプラネットくんも大変だったようだけど…、これから、はやらせればいいじゃないか。君は王子なんだろ?。それなら、星国の人たちは、喜んでやるんじゃないのかな?。

プラネット王子:…そうですね。オレの星国も、もっとゆったりとした気持ちになれないと…、ダメだよな…。…香車で角取り!。

景太朗パパさん:あっ、しまった…。角死んじゃったよ…。じゃあ、とりあえずは王手か…。王手!。

プラネット王子:…うう、金が上がって受けて…。

 

 プラネット王子と景太朗パパさんは、2局指して、1勝1敗であった。それからコメットさん☆とプラネット王子が、チェスで対戦した。ハモニカ星国とタンバリン星国の対決、というようにも見えるが、もちろん、そんなとげのあるようなことではない。久しぶりに指すチェスで、コメットさん☆としては、とても懐かしい気がしていた。勝負に打ち込むでもなく、何となくプラネット王子を見つめたりもした。同じ星ビト同士、地球の遊びで遊んでいるということが、とても不思議に思えたからだ。

 夕方になって、ツヨシくんとネネちゃん、それに沙也加ママさんが帰ってくるのと入れ替わりに、プラネット王子は帰ることにした。なんだかじゃましちゃ悪いような気持ちになっていたから。だが、プラネット王子は、少し名残惜しそうに、コメットさん☆のことを見た。

プラネット王子:コメット、じゃ、またな。景太朗パパさん、どうもありがとうございました。

コメットさん☆:王子…。ま、またね。またチェス、やろうよ…。

景太朗パパさん:プラネットくん、今日はとても面白かったよ。あー、…またぜひ指しに来てよ。ぼくも久しぶりに手応えのある将棋になって楽しかったからさ。それに…、コメットさん☆も、チェスで楽しませてあげてくれないかな?。

コメットさん☆:…え…、あ、あの…。

プラネット王子:……は、はい!。またぜひおじゃまさせていただきます。…あのさ、コメット、またお手合わせ願えるかな…?。

コメットさん☆:…うん。また、きっとだよ。

景太朗パパさん:そうだね。今度はスイカを用意しておこうかな。はははは…。

コメットさん☆:景太朗パパ、あはははっ。

 景太朗パパさんは、プラネット王子ににこやかな顔を向けた。プラネット王子も、「スイカがどうかしたのか?」と思いながら、つられて硬い表情から、楽しそうな顔になった。地球のちょっとした遊びが、星ビトの絆も少し強めてくれる…。そんなこともまた、「星の導き」かな?と、思うコメットさん☆であった…。

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★第151話:王妃の遠い日−−2004年5月下旬放送

 このところコメットさん☆は、よく星国に電話するようになっていた。ツヨシくんとネネちゃんが学校に出かけ、沙也加ママさんがお店に行ってしまい、景太朗パパさんが仕事部屋にこもってしまうと、そうそう毎日やることがあるわけでもない。庭掃除や、沙也加ママさんのお店の手伝い、洗濯や部屋の掃除、景太朗パパさんにお茶を出す、といったこともするけれど、毎日そう決まっているわけでもない。本を読んだり、リビングのテレビを少し見たり、そんな普通の女の子がするようなことも、もちろんしてみるけれど、ゆったりした時間が流れるというのは、時に退屈でもある。それで、王様や王妃さまのことが、気になるコメットさん☆としては、ティンクルホンに手が伸びることが、少し多くなった。それは、星国に帰りたいということでは、もちろんなく…。今日もそうであった。

コメットさん☆:あ、もしもし?。お父様?。

王妃さま:あら、コメット?。どうかしましたか?。

コメットさん☆:あ、お母様?、ううん。どうもしないよ。ただ星国のみんなは、どうしているかなーって思って…。

王妃さま:そうねぇ、相変わらずよ。みなさまにご心配かけたりしていない?。

コメットさん☆:うん。大丈夫…だと思うけど。お父様は?。

王妃さま:それがね、今ちょっと会議に出ているの。だからしばらく戻ってこないわ。

コメットさん☆:…そうなんだ。お父様、私の声を聞くと、なんだかうれしそうだから…。

王妃さま:…ふふふっ。そうね。あの人はいつもそうよ。…ところでコメット、ちょうどいいわ。近々そっちに行こうかと思うのだけど、行ってもいいかしら?。

コメットさん☆:えっ、お母様、来てくれるの!?。わあーっ、うれしい!。…でも、どうかしたの?、お母様。

王妃さま:いえね、この間、パパがそっちへ行ったでしょ?。ずいぶんその話を聞かされて…。それを聞いていたら、なんだか私も懐かしくなって…。それに聞いたわ。カスタネット星国の女王にも。最近時々カスタネット星国にも行くのよ。そうしたら、女王も前にそっちへ行ったとか…。

コメットさん☆:へえ、そうなんだ…。…うん、そうだよ。メテオさんのお母様は、なんだか突然やって来て…、私もいっしょに、鎌倉を歩いたよ。

王妃さま:なんだか、それはうらやましいわ。前にあなたを迎えに行ったときは、ろくに街を見て歩くことすら出来なかったし、私が昔住んでいたところも、見ないで来ちゃったし…。

コメットさん☆:あ、そうか…。お母様は、あの時以来、一度も私がどんな生活をしているか、見ていないんだよね…。

王妃さま:そうですよ、コメット。あなたがこちらに帰ってきたときに、話に聞いただけ…。一度この目で見たいわ…。藤吉さんにもごあいさつしたいし…。…それでね、コメット、ちょっと予定を聞いてくれないかしら?。

コメットさん☆:うん、わかった。いつ頃お母様来られそう…?。

 コメットさん☆は、王妃さまが実際に地球を訪れたいと思っている日を聞いた。星国と地球の1日は、ほとんど変わりない。ただ1年が長いだけだ。だから、星国でも明日と言えば、明日は明日。地球でも同じことである。

 

 数日たった土曜日、いよいよ王妃さまがやってくる日になった。ツヨシくんもネネちゃんも、今日は学校がおやすみ。沙也加ママさんもお店を開けるのを少し遅くして、景太朗パパさんも仕事の予定は入れていない。みんな集まって、リビングのガラス戸のところで、何となく空を見上げながら話をしていた。

沙也加ママさん:いよいよ今日ね、コメットさん☆。お母様がやってこられるの…。

コメットさん☆:…はい。うれしいんですけど、ドキドキして…。

沙也加ママさん:あら、どうして?。

コメットさん☆:前に、急に来られなくなったことがあったし…、なんだか、いろいろ聞かれそう…。

沙也加ママさん:ああ、そうねぇ…。そんなことあったわね。あの時、コメットさん☆少し泣いちゃってたわね…。

コメットさん☆:……沙也加ママは、知っていたんですね…。…門の前で、涙ふいたのに…。

沙也加ママさん:うふっ…。…目が赤かったもの。…それより、お母様に聞かれて困るようなことがあるのかな?、コメットさん☆は。

コメットさん☆:い、いえ、そんなのないですけど…。

沙也加ママさん:ふふふ…。晩ご飯は何をごちそうしようかなー。和食にしようかな…。材料買ってあるし…。ところでお母様とどこ歩くの?。

コメットさん☆:…一応、母が昔住んでいたという、世田谷のあたりを…。

沙也加ママさん:そう。じゃあ、藤沢から行くのね。

コメットさん☆:はい。

ツヨシくん:ぼくもいっしょに行っちゃダメ?。

ネネちゃん:私も!。

景太朗パパさん:えーと、二人はパパといっしょに待っていような。

ツヨシくん:えー、どうしてー?。

ネネちゃん:コメットさん☆のじゃましちゃう?。

コメットさん☆:ううん、そんなことないよ。…でも…。

景太朗パパさん:今日くらいは、コメットさん☆とお母さんを二人きりにさせてあげようよ。な、ツヨシ、ネネ。わかるだろ?。

ツヨシくん:…うん。わかったよ。コメットさん☆、コメットさん☆のママといっしょだね。

ネネちゃん:コメットさん☆のお母さん、うちに戻ってきたら、お話聞こう。

コメットさん☆:うん。ごめんね。二人とも、少し待っててね。

景太朗パパさん:ツヨシも、コメットさん☆の言うことはよく聞くなぁ…。はっはっは…、やれやれ。さて、ママ何か手伝おうか。

沙也加ママさん:あらパパありがとう。じゃあ…。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは、話をしながらキッチンのほうへ行ってしまった。

ラバボー:…うう、それにしても、王妃さまがいらっしゃるとなると、緊張するボ。

コメットさん☆:ラバボー、どうして?。

ラバボー:ラバピョンといっしょにデートばっかりしているとか、言われないか心配だボ。

コメットさん☆:ヒゲノシタが来るわけじゃないんだし、何も心配することないよ。あ、そうだ。ラバピョンも連れてくれば?。本当はスピカおばさまも呼びたいところだけど…。そういうわけにもいかない…よね。

 コメットさん☆は、そわそわしているラバボーをよそに、少し視線を落とした。スピカおばさまと、王妃さまを会わせてあげたい…。でも、それをこの家でしてしまうと…、景太朗パパさんと沙也加ママさんになんと紹介するか…。おばさまとの約束を守ろうとすれば、ここに今日は呼ぶわけにいかない…。それにおばさまにも、まだ話をしてなかったし…。そんなことをしばらく考えるコメットさん☆。

ツヨシくん:コメットさん☆、どうしたの?。何か心配なの?。

ネネちゃん:なんか元気ないよ、コメットさん☆。お母さんに叱られそうなの?。

コメットさん☆:ううん、そんなことないよ。ちょっと考えごとしていたの。スピカおばさまと、お母様をなんとか会わせてあげられないかな…って。

ツヨシくん:…うーん、スピカさんは、パパとママに紹介できないんだっけ。

ネネちゃん:ツヨシくん、そういうふうに約束していたじゃない。スピカさん、しゅうぞうさんが、スピカさん星ビトだって知らないからって。

ツヨシくん:…そうだった…。なんかいい方法ないかなぁ…。

 ツヨシくんは、大人のように腕を組んで、少し考えた。

ラバピョン:姫さま姫さま、こんにちはなのピョン。今日は王妃さまがいらっしゃるのピョン?。

ラバボー:ラバピョン呼んできたボ。ああ、ラバピョーン。

ラバピョン:ラバボー、今日はしゃきっとするのピョン。

ラバボー:…はいだボ。

コメットさん☆:ラバピョンいらっしゃい。もう少しすると、お母様来るよ。

ツヨシくん:あっ、いいこと思いついた。コメットさん☆、うまくいけばスピカさんに、コメットさん☆のママ会わせてあげられるかもしれないよ。ラバピョン、コメットさん☆とコメットさん☆のママが出かけたら、帰ってくるまでここにいて。

ラバピョン:…えっ?、いいけど、ツヨシくん、どうするのピョン?。

 ツヨシくんは、いつになくまじめな顔で、ウッドデッキを見つめた。

 やがて、真上の青い空から、彗星のような昼間でも見ることのできる光の帯が…。

ラバボー:来たボ。星のトレイン!。

コメットさん☆:ほんとだ。わあ、お母様に会える…。

 光の帯のような、星のトレインは、徐々にその姿をあらわし、腰越のあたりで反転すると、まっすぐウッドデッキに向かってきた。そして、程なくウッドデッキをいつものようにホームにして、星のトレインは到着した。

景太朗パパさん:あっ、汽車が来たよ、ママ。

沙也加ママさん:えー、本当?。あっ、本当だわ。

 景太朗パパさんと沙也加ママさんは、星のトレインが上げる音に気付いて、少し居住まいを正し、リビングのガラス戸を開けた。ウッドデッキで待ち受けるコメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバボー、ラバピョンの前に、開いた扉から、王妃さまが姿をあらわした。

コメットさん☆:お母様!。

王妃さま:コメット。こんにちは。

 コメットさん☆は駆けだして、思わず抱きついた。

王妃さま:おやおや、コメットは相変わらず甘えんぼうね。うふふふ…。

コメットさん☆:だって…、お母様。

王妃さま:あら、ツヨシくんとネネちゃん、わざわざ待っていてくれたの?。ありがとうね。ラバボーとラバピョンもですか?。

ツヨシくん:こ、こんにちは。えーと、おー、王妃さま。

ネネちゃん:こんにちはー!。

ラバボー:王妃さま、こんにちはですボ。

ラバピョン:こんにちはですのピョン。お元気ですかピョ?。

王妃さま:ええ。元気ですよ。ツヨシくん、コメットと仲良くしてた?。うふふふふ…。

ツヨシくん:うん。ぼくコメットさん☆、大好きだもの。

コメットさん☆:お、お母様…。

 コメットさん☆は、少し恥ずかしそうにした。だが、ツヨシくんは、自信満々の様子。と、その時藤吉家に向かう坂道の途中で、上を呆然と見上げる人物がいた。

メテオさん:…な、なんであんなところに、星のトレインがいるわけぇ?。

ムーク:さあ、試運転でしょうかぁー。

メテオさん:そんなわけないでしょ!。きっとハモニカ星国から誰か来たんだわ!。

 メテオさんは、家の前の坂をずんずんと上ってきた。

メテオさん:コメットー、どうしたの!?。

コメットさん☆:あ、メテオさん、お母様が来たの。

メテオさん:えっ、お母様…って、ハモニカ星国の王妃さま?。

コメットさん☆:うん。これから、世田谷に行くんだよ。

メテオさん:…はぁ?、世田谷ぁー?。なんでまた?。

コメットさん☆:とにかく、そんなところにいないで、こっちに来れば?。メテオさんは、何しに来たのー?。

メテオさん:今行くわよ…。メトを健康診断に連れていくのに、うちじゅう逃げ回って、走りまわってつかまえて、今留子お母様が病院に連れていったとこ…。それを愚痴りに来たところよ!。

コメットさん☆:あはは…。メトちゃん元気?。

メテオさん:ええ、元気よ。あれだけ逃げ回るなら、健康診断の必要なんてなさそうなものだけど…。そうもいかない…。あっ、ハモニカ星国王妃さま、こんにちは。

 ウッドデッキの、玄関に向かう坂の上側から、話をするコメットさん☆に、返事をしながら玄関のところまで来たメテオさんは、王妃さまを見つけて、急にかしこまってあいさつした。

王妃さま:カスタネット星国メテオ王女、お元気そうですね。少し身長伸びたかしら?。会うのはもう2年ぶりくらいになるかしらね。

メテオさん:はい。もうそのくらいになりますわったら、なりますわ。

王妃さま:いつもコメットが、お世話になっていますね。これからもよろしくお願いしますね。

メテオさん:…え、あ、あの私こそ…。

王妃さま:そうそう、この前あなたのお母様に、お会いしましたよ。お元気でした。とてもお忙しい様子でしたけど。

メテオさん:そ、そうですか。便りのないのが元気な証拠って感じでしょうかしら…。

王妃さま:…まあっ。うふふふ…。じゃあ、そういうふうに伝えておきますね。

メテオさん:あっ、あっ…、ち、ちょっと待ってくださいったら、待ってください〜。

ムーク:あー姫さまはどうも口が滑りますー。

コメットさん☆:メテオさん、あははははっ…。

メテオさん:な、何笑ってくれちゃってるのかしら、コメットったら…。もう、何とかしてよ…。

 メテオさんは、コメットさん☆に耳打ちするように言った。

 

王妃さま:…この電車は、どこまで行くのですか?、コメット。

コメットさん☆:藤沢までだよ、お母様。

 コメットさん☆と王妃さまは、江ノ電の車中の人になっていた。稲村ヶ崎駅から、電車は七里ヶ浜、鎌倉高校前と進む。上品なワンピースを着た王妃さまは、それでもすっかり回りの人にとけ込んでいる。

王妃さま:藤沢…。江ノ島のそばですねぇ…。

コメットさん☆:お母様、よく知っているね。

王妃さま:昔世田谷に住んでいた頃、そこのおうちの坊やたちと、海水浴に来たのよ。

コメットさん☆:へえー、そうなんだ。それで私が、星国の海に海水浴場を作ったときに、あんまり驚かなかったんだね…。

王妃さま:ええ。…でも、あの時の坊やたち、どうしているかしら。今日これから会えるかしらね。もし会えたら…、今はもう働いている頃かしら…。

コメットさん☆:…もう、そんな年齢なの?、お母様。

王妃さま:そうねぇ…。そのはずですよ。

 王妃さまは、思い出をたぐるように、電車の窓の外を、まぶしそうな目で見た。

 藤沢に着いたコメットさん☆と、王妃さまは、自動改札機でまごついたりしたが、なんとか、江ノ電から小田急線のホームに向かった。

コメットさん☆:お母様、世田谷のどの辺に行きたい?。

王妃さま:そうね、成城と祖師ヶ谷大蔵というあたりだったわ。住んでいたの…。そのあたりに行けるかしら?。

コメットさん☆:うん。湘南急行で行けば、割と早く着くよ。

王妃さま:特急ロマンスカーはないかしら?。

コメットさん☆:お母様、ロマンスカーなんて知っているの?。

王妃さま:ええ。昔何度か乗りましたよ。次は何時?。

コメットさん☆:ええと…、10時1分発。「えのしま22号」だって。特急券買う?。あっ、もうホームにいるよ。

王妃さま:じゃあそれにしましょ。どこまで乗るのだったかしら?。

コメットさん☆:成城学園前まで行くなら…、新百合ヶ丘…だと思うけど。

王妃さま:新百合ヶ丘?。そんなところにロマンスカーは止まらなかったわ。

コメットさん☆:私が乗ったときは、普通に止まっていたよ。ほら、お母様、特急券買ったから、早く!。

王妃さま:え、ええ…。また切符をこの機械に通すのね。あら、ロマンスカーはどれ?。オレンジ色の電車がいないわ。

コメットさん☆:いいから早く、お母様。その金色みたいな色の電車。オレンジ色なんかじゃないよ、ロマンスカーは。赤いのと、ブルーのと、この金色みたいなの。

王妃さま:ああ、まったく様変わりしているのかもしれないわね…。

 コメットさん☆と王妃さまを乗せたロマンスカーは、一路新百合ヶ丘を目指して走りはじめた。

王妃さま:すれ違う電車も、銀色だわ…。白かったのに…。

コメットさん☆:白いのも走ってるよ。お母様、かなり前の記憶のままなんだね…。しょうがないよね…。…そう言えば、ロマンスカー止まらないけど、湘南台っていうところに、プラネット王子が住んでいるんだよ。

王妃さま:…そう。彼もだいぶ大人になったかしら?。その後仲良くしてる?。

コメットさん☆:…うん。仲良くしているよ。この間、いっしょにチェスやったよ。…去年は、景太朗パパや沙也加ママ、それにツヨシくん、ネネちゃんたちと、いっしょに旅行に行ったりしたよ。

王妃さま:そう…。プラネット王子も、あなたのこと、意識しているのかもしれないわね。

コメットさん☆:…そうかなあ…。じゃ、ツヨシくんもだ…。

王妃さま:うふふふ…。ツヨシくんは、あなたが大切な恋人なのね…。

コメットさん☆:…う、うん。そう思ってくれてるみたい。私は、ツヨシくんのこと、小さい子だって思っていたんだけど…、最近なんだか…。

王妃さま:恋ははぐくむものだわ。突然やってくるようなものとは限らない…。育てて、はぐくんで、やがて実を結ぶか…。それは誰にもまだわからない…。

コメットさん☆:…お母様…。

 

 コメットさん☆と王妃さまが話し込んでいるうちに、ロマンスカーは、乗換駅の新百合ヶ丘に着いた。

コメットさん☆:ここからは、えーと、多摩急行に乗り換えだよ。すると2駅で成城。

王妃さま:まあ、新百合ヶ丘の駅前も、昔はがらーんとして、何もないようなところだったけど、ビルがたくさん建っているわ。それに…、成城まで急行で3つじゃないかしら?。

コメットさん☆:多摩急行っていうのは、向ヶ丘遊園駅には止まらないの。遊園地があったんだけど、お客が少なくなったんで、閉園しちゃったんだって。

王妃さま:詳しいんですね、コメットは。

コメットさん☆:ツヨシくんに聞いたり、景太朗パパさんに聞いたり、プラネット王子にも…。

王妃さま:向ヶ丘遊園なくなっちゃったのねぇ…。昔何度か、お世話になっていたおうちの人と行ったわ。長い大きな階段があってね。花時計があったり…。モノレールで遊園地の正門まで行くのよ。バラ園があったり…。いつもフラワーショーっていうのをやっていたわ。夏はプールがあったり、冬はスケート場になったりしてね。そんな風景も、なくなっちゃったのね…。

 王妃さまは、少し寂しそうな顔になって、静かに思い出を語るかのように言った。そんな王妃さまと、コメットさん☆を乗せた多摩急行電車は、その向ヶ丘遊園駅をするすると通過し、登戸駅、次いで地下に改築された成城学園前駅に着いた。

ホームアナウンス:多摩急行我孫子行き発車いたします。次は経堂に止まります。

王妃さま:あら、急行が経堂に止まるようになったのね。経堂も思い出深い街だわ…。

コメットさん☆:降りてみる?。

王妃さま:そうね、時間があればね。降りてみたいですね。どんなふうになっているかしら。…そもそも、成城学園前って、こんな地下の駅じゃなかったんですよ。桜の木や梅の木があって、踏切があってね。駅前にはバスがたくさん…。駅前はどうなっているかしら。

コメットさん☆:お母様、お母様が住んでいたおうちに行ってみようよ。住所は?。わかる?。

王妃さま:…ええ、確か、砧三丁目…。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんから借りてきた、都内の地図を見た。すると砧三丁目は、となりの祖師ヶ谷大蔵駅の近く。そこでもう一駅各駅停車に乗って祖師ヶ谷大蔵駅まで行くことにした。

 

コメットさん☆:ここだよ、お母様。祖師ヶ谷大蔵駅。ここから南に下っていけば、砧三丁目。

王妃さま:…こんな駅じゃなかったですよ。もっと地面にあって…、高い橋の上の駅ではなかったはず…。

 王妃さまは、高架線になった駅の姿に驚いた。このあたりは、ここ数年で線路と駅が大幅に変わっているのだ。ホームから降りて、改札を抜けると、王妃さまの驚きはさらに倍加した。

王妃さま:…こ、ここが祖師ヶ谷大蔵の駅…?。狭い駅前で、小さな踏切と、商店街が…。北側に伸びる商店街は、確かにあのころのままだけど…、南側は…、駅前が広くなっているし…、お店がぜんぜん変わっちゃっているわ…。

コメットさん☆:お母様、行こうよ。車に気をつけて。

 コメットさん☆は、回りを半ば呆然と見ている王妃さまの手を引くように、歩き出した。それでも王妃さまは、いくつかの昔と変わらない風景を見出しては、少し子どものようにはしゃいだ声をあげた。

王妃さま:あっ、あの家は当時のままだわ。そっちのお店も…。よくお使いに行ったものよ…。

コメットさん☆:お母様の思い出の地なんだね、このあたり…。

王妃さま:…まあっ!、この道と景色、見覚えがあるわ。コメット、たぶんこのそばよ。私が昔住んでいたおうち。

 王妃さまは、何かを思いだしたのか、やや急ぎ足になって、細い道を進みだした。コメットさん☆も、あとからついていく。果たして王妃さまが昔住んでいた家は、そのままの姿を留めているのか?…。

次回に続く)

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★第152話:思い出は時の彼方−−(2004年5月下旬放送)

前回からの続き)

 王妃さまは、見覚えのある細い道を、コメットさん☆に先立って歩いていった。ところが…。

王妃さま:…あっ…。

コメットさん☆:どうしたの?、お母様。

王妃さま:確かにここだったんだけど…。もう、大きな建物に…。

コメットさん☆:お母様、ここなの?。間違いないの?。

王妃さま:ええ。確かにここですね。ここに建っていたおうちよ、昔私がお世話になっていたおうちは…。

コメットさん☆:…マンションになっているね。ここにもう住んでいないのかな…?。

 王妃さまが見た場所には、3階建ての小形のマンションが建っていた。ある程度の年数は経過しているらしく、最近建ったものではなさそうだった。王妃さまは、あたりを見回した。そして、もう一度マンションを見上げた。

コメットさん☆:お母様、やっぱりここなの?。

王妃さま:場所はここで間違いないわ。

コメットさん☆:ここに住んでいる人で、名前の合っている人いないかな?。見てみようよ、お母様。

王妃さま:ええ…。

 コメットさん☆と、王妃さまは、マンションの郵便受けに書かれている名前を、一つ一つ確かめた。もちろんビル自体の持ち主と思える名前も…。ところが、どれもかつて王妃さまが住んでいた家の名前とは、一致しなかった。

コメットさん☆:…もう、お引っ越ししちゃったのかな…。

王妃さま:そうかもしれませんね…。残念だけれど、こちらの暦で25年も時がたっているのですからね…。

 王妃さまは、がっかりした様子で、視線を落とした。そしてかつての記憶をたぐるように、回りの道をじっと見た。その様子を見ていたコメットさん☆は、なんだか自分の胸が締め付けられるような気持ちになって、わざと明るい声で言った。

コメットさん☆:お母様、もっと手がかりを探そうよ。近所の人に聞けば、何かわかるかもしれない…。

王妃さま:……。

 王妃さまは、その言葉ににっこりと笑って、そして静かに首を振った。娘であるコメットさん☆が、気遣ってくれている気持ちは、よくわかっていた。

王妃さま:コメット、ありがとう。…でもいいんですよ。これで…。…せっかくだから、私がよくお使いに行った商店街でも見て歩きましょ。

コメットさん☆:…お母様…。

 コメットさん☆は、その言葉に、一瞬とまどった。だがすぐに、王妃さまがこれ以上転居先を調べようとしない理由を、王妃さまにしたがって歩きながら考えた。そして、無言で歩きながら、その理由とは、「もしかすると、探して会いに行けば、向こうの人たちを、混乱させることになるかもしれないから」ではないかと思った。そうなのだとすれば、これ以上母である王妃さまを、引っ張っていくことも出来ない。

 商店街を歩きながら、王妃さまはふと口を開いた。

王妃さま:地球の時の流れは早いわね…。どんどん知らないうちに変わっていってしまう…。その流れは、私たち星ビトでも、押しとどめることは出来ないけれど、思い出として、心につなぎ止めることはできるのですよ。

コメットさん☆:…お母様…、思い出をつなぎ止める…。

 コメットさん☆は、王妃さまの言葉をもう一度唱えてみた。

王妃さま:…だから、あなたも、今出来つつある思い出を、大事になさいね…。

コメットさん☆:…今出来つつある思い出?。

王妃さま:あなたが毎日過ごしている時間、お友だちや、パパさんママさんとのおしゃべり、スピカやみどりちゃんと過ごす時間。それにもちろん、ケースケくんや、ツヨシくん、それにプラネット王子との時間も、みんないつかは思い出…。目を閉じれば、いつでもそこに浮かぶ光景。それこそが思い出…。いつまでも変わることはない…。

コメットさん☆:お母様…。それは…、毎日の全ての時間が…。

王妃さま:…そう。でも思い出は、あなただけに出来るものじゃないわ。あなたを友だちや、大事な人と思ってくれた人たち、みんなに残るもの。いつかケースケくんの気持ちが、あなたから離れていっても、彼の心にはあなたの思い出が残る…。

コメットさん☆:…えっ!?、お母様。…もしかして、それって、ケースケ、またどこかに行っちゃうの?…。

王妃さま:…あ、いいえ。たとえの話よ…。人は出会って、そして別れていく時もある…。今日の私のようにね…。そういうことだってあるけれど、思い出は、人が生きている限り、その心に残り続ける…。

コメットさん☆:…お母様。

 ちょっと心配そうな顔になったコメットさん☆に、王妃さまは黙ってほほえみを向けた。その顔を見て、少し安心したコメットさん☆は前を向いて、遠くを見るような目で答えた。

コメットさん☆:…そうだね。私が誰かの思い出になれるなら、それはそれでいいのかもしれない…。

王妃さま:さあ、どこかでお昼ごはんを食べて、藤吉さんのおうちに帰りましょ。きっとみなさん、待っていてくれるわ。特に、ツヨシくんはね。うふふふ…。

コメットさん☆:はい。お、お母様…。ツヨシくん、最近とてもかわいいから…。……。

王妃さま:うふふふふ…。

 コメットさん☆は、少し赤くなった。それを見た王妃さまは、またやさしく微笑んだ。

 

 帰りの電車でふいにコメットさん☆は、言い出した。

コメットさん☆:お母様、また世田谷に行こうよ。昔の思い出を探しに…。それから…。

王妃さま:…コメット?。

コメットさん☆:お母様の、新しい思い出を作りに…。

 王妃さまは、ちょっとびっくりしたような顔をして、コメットさん☆をじっと見、それからもとのようににっこり笑って答えた。

王妃さま:ええ、そうしましょう。いつかまたね。その時はコメット、またついてきてくれますか?。

コメットさん☆:もちろん。…私、お母様が大好きなんだもの…。

 王妃さまは、その言葉を聞いて、娘であるコメットさん☆が、やさしい気持ちを養いつつ生活していることに、感慨深い気持ちを抱いた。そして心の中で思った。

(王妃さま:コメット、あなたはいろいろな体験を通して、健やかに成長しているのですね。私は地球に行くのに、楽しんでくればいいと思っていましたが、こんなにいろいろな人と出会って、心に響く経験をしているとは、正直なところ思わなかったわ。長い時間地球に行っていることが、いいのかどうか、わからなかったこともあったけど、これからも事情が許す限り、いろいろな人の気持ちに触れてみられるといいわね…。…でも、もしとても寂しいことがあったら、いつでも帰ってきていいのですよ…。)

 王妃さまの思うことの中には、何かの暗示が含まれているようでもあったが、コメットさん☆は、当然それに気付くことはなかった。そして二人は、稲村ヶ崎に帰ってきた。

 ところが、家に入ろうかと、家の前の坂道を、王妃さまとコメットさん☆が二人で上がってくると、それを見つけたラバピョンが、ウッドデッキの手すりのところから声をかけた。

ラバピョン:姫さま、王妃さま、スピカさまのところに行けますのピョン。連絡しておきましたピョン。少しの間なら、会えますよって、スピカさまが!。

コメットさん☆:…えっ!。…お母様、スピカおばさまのところに行けるよ!。

王妃さま:まあっ!。どうしたの、それは。

コメットさん☆:なんだかわからないけど、あのウッドデッキのところから、星のトンネルが通じているから、早く行こう。

王妃さま:え、ええ。でも藤吉さんたちに…。

コメットさん☆:スピカおばさまが、地球に住んでいることは、景太朗パパと沙也加ママにも秘密になっているの。スピカおばさまが、まだ言わないでって。

王妃さま:そうなのですか。わかったわ。では行きましょう。私も久しぶりでスピカに会えるのは、とても楽しみ。…でも、どうやって会えるようにしてくれたの?。コメット、知っていたの?。

コメットさん☆:ううん。…あ、でも、出かけるとき、ツヨシくんがそんなようなこと言っていた…。ツヨシくんがラバピョンやラバボーと相談したのかな…。…あとで聞いてみなくちゃ…。

王妃さま:もしそうだとしたら…。ツヨシくんにまで心配させちゃったかしら…。

コメットさん☆:お母様、急いで行こ。せっかく会えるんだから。

 その言葉に王妃さまはうなずいて、星のトンネルをくぐった。二人は八ヶ岳山麓の、スピカさんのもとに向かった。

 星のトンネルの終わり、つまり八ヶ岳にあるスピカさんのペンション前に、降り立ったコメットさん☆と王妃さまは、すぐに木の陰から姿をあらわしたスピカさんを見つけた。

王妃さま:まあ、スピカ!。しばらくぶりね。もうコメットの、「あの時」以来ね。

スピカさん:お姉さま、久しぶり。そうね、もう3年にもなるわ。コメットのこと、たずねてきたの?。

王妃さま:ええ。それで世田谷を見てきたわ。…でも、私が昔住んでいたおうちは、なくなっていたの。

スピカさん:…そう。やっぱりね…。この星の時の流れは、星国よりずっと早い気がするわ。星国の半分で1年がたつし…。

王妃さま:そうですね…。本当に時の流れが早い…。でもね、コメットには言って聞かせたの。思い出を大事にしなさいってね。スピカも、コメットのこと、ずいぶん心配してくれているわね。ありがとう。

スピカさん:ううん。最近少し女の子っぽいことを話すくらいよ、コメットとは。お姉さま。

王妃さま:コメットは、ちゃんと成長しているみたいね。スピカから見てどう?。

スピカさん:お姉さま、やっぱりコメットのことばかりね。よほど心配していたのね…。うふっ…。ちゃんと、大人への階段は、昇りつつある…。そんな感じだと思うなぁ、コメット。

王妃さま:そう。それを聞けば安心だわ。…もちろん、コメットのことは心配ですよ。娘を遠いところで生活させているのですもの…。

 コメットさん☆は、二人が親しそうに話すのを、少し離れたところから見ていた。すると、星のトンネルが再び開いて、ツヨシくんとネネちゃんがやって来た。

コメットさん☆:あ、ツヨシくん、ネネちゃん…。もしかして、お母様とスピカおばさまを会えるようにしてくれたの?。

ツヨシくん:うん。そうだよ。ラバピョンに帰らないでいてもらって、スピカさんに電話してもらったの。都合聞いちゃった。

コメットさん☆:…そうなんだ。ありがとう…。本当にありがとう…。

 コメットさん☆は、少し目を潤ませた。

ネネちゃん:ネネちゃんも、ツヨシくんといっしょに、パパとママを、リビングに閉じこめておいたんだよ。ラバピョンも大活躍!。今も送ってもらったんだよ。

コメットさん☆:えっ、景太朗パパさんと、沙也加ママさんを?。どうやって。

ネネちゃん:コメットさん☆と、コメットさん☆のママが帰ってきて、スピカさんのところに行くなら、星のトンネルを通るはずでしょ?。それをパパとママが見たら、変に思うから、私とツヨシくんで、パパとママにずっとお話ししていたの。

コメットさん☆:そうなんだ…。ありがとう。おかげで、コメットさん☆のママ、スピカおばさまに会えたよ…。

 コメットさん☆は、潤んだ目のまま、二人をうながして、王妃さまとスピカさんのほうを見た。スピカさんは、そっと家の中から、みどりちゃんを連れてきて、王妃さまに抱かせているところだった。

スピカさん:ほーら、みどり。おばさまですよー。みどりのねえ、おばさまなんだよー。こんにちはって。ほらこんにちはしてごらん。

みどりちゃん:おばしゃま?。おばしゃま…。こん…にちはぁ…。

王妃さま:まあ、ごあいさつ上手ねぇ。こんにちはみどりちゃん。…この子が私から見れば姪なのねー。なんだか、コメットが小さい頃を思い出すわね…。

 コメットさん☆は、いつしか両手でツヨシくんとネネちゃんとで、手をつないでいた。二人の小さい手を…。そして、感激したような声をあげた。

コメットさん☆:うわー、なんか、お母様とみどりちゃんと、スピカおばさま…。いいなぁー。…遠く離れていても、親戚なんだよね…。

ツヨシくん:…コメットさん☆、コメットさん☆も、ぼくたちも家族。

ネネちゃん:コメットさん☆は、うちの人!。

 コメットさん☆は、ツヨシくんとネネちゃんの言葉を聞いて、いっそう胸が熱くなった。そっと目を閉じると、両目から涙が一滴ずつこぼれた。そして、目を開けると、コメットさん☆は、静かにつぶやいた。

コメットさん☆:そうだね…。ここにいるみんな、かけがえのない家族…なんだ…。

 コメットさん☆は、二人とつないでいる手を、ほんの少し強く、そっともう一度にぎりなおした。

王妃さま:…この先、コメットには試練があるかもしれないけれど、そんなときにも、また相談に乗ってやってちょうだいね、スピカ。

スピカさん:ええ。コメットは、私に似ているところがあるし、みどりの未来を見せてくれるような気がする…。コメットの未来は、藤吉さんの家の裏山に立つ桐の木が、全部知っているらしいわ。何か星力が働いているのかもしれないけれど…。

王妃さま:その木のことは、コメットのメモリーボールを通して、知っていましたよ。どうも、コメットには、つらいことが待っているようね…。

スピカさん:…そうなの?。…そうなのね。…でも、大丈夫。コメットならきっと乗り越える。私も出来る限り支えるけど…。

王妃さま:…ぜひお願いするわね、スピカ。もちろん私も、必要なときにはまたあの子のためにも、地球に来るつもりですけど…。

 

 王妃さまとコメットさん☆は、なごりを惜しみながら、スピカさんのところをあとにした。星のトンネルで再び藤吉家のウッドデッキに帰る。もちろんツヨシくんとネネちゃんもいっしょだ。コメットさん☆はトンネルを通りながら、ツヨシくん、ネネちゃん、ラバピョンの活躍で、この再会が実現したことを、王妃さまに語った。それを聞いた王妃さまは、トンネルを抜けると、ウッドデッキの前で待っていたラバピョンと、ラバボーのもとに近づいて、二人を抱いて言った。

王妃さま:…ありがとう。ラバピョンとラバボー。あなたたちが、ツヨシくんとネネちゃんの二人と協力して、私をスピカに会わせてくれたのですね。本当に思い出深い再会になったわ…。

ラバピョン:王妃さま、私は電話かけたくらいなのピョン…。ツヨシくんが考えたのピョン。

ラバボー:王妃さま、恐れ多いですボ…。

 王妃さまは、ラバピョンとラバボーをウッドデッキに降ろすと、今度はツヨシくんとネネちゃんを抱き寄せるようにして言った。

王妃さま:ツヨシくん、ネネちゃん、本当にありがとうね。私とスピカを会わせてくれるなんて…。二人は思いやりのある、いい子ですね…。

ツヨシくん:コメットさん☆のママが喜ぶことは、コメットさん☆もうれしいことかなぁって、ぼく考えただけだよ。

ネネちゃん:私もパパとママに、リビングでお話ししていただけ…。でも、スピカさんとコメットさん☆のママ、会えてよかったぁ。

 そこにリビングの大きなガラス戸から、沙也加ママさんが声をかけた。

沙也加ママさん:あら、お戻りですか?。そんなところにいらっしゃらないで、どうぞお入りください。

王妃さま:あ、どうもすみません。ちょっとツヨシくんとネネちゃんにお話ししてもらってましたわ。

景太朗パパさん:おお、どうでしたか?、世田谷は…。

 いつしか夕日が傾くような時間になっていた。この時期は日が長いのであるが…。

 

 夕食に招待された王妃さまは、沙也加ママさんが作った和食の夕食を食べることになった。景太朗パパさんも、あれこれ手伝っての用意であった。そして夕食後の片づけを請け負った景太朗パパさん、コメットさん☆、ツヨシくん、ネネちゃんをキッチンにおいて、沙也加ママさんは、王妃さまをリビングから裏山に誘った。あたりはすっかり青い闇が支配していた。

沙也加ママさん:王妃さま…、いえ、ここではコメットさん☆のお母様と呼ばせていただきますね。少し静かなところでお話しようかと思いまして。

王妃さま:はい。藤吉沙也加さん、…ここは、コメットが一人になっていたりするところですね。裏山ですか?。

沙也加ママさん:ええ。うちの土地なんですが、少し飛び地になっています。それでコメットさん☆は、時々ここに来て、ひとり考え事をしていることもあるようですね。

王妃さま:コメットは、ここのおうちにお世話になってから、ずいぶん成長したようです。親としては、とてもうれしいですね。何から何までお世話になりっぱなしで、申し訳ありません。

沙也加ママさん:いえ。うちの藤吉が、王様にも申し上げたかと思うのですが、コメットさん☆は、私たちにとっても、ツヨシやネネの少し先を見せてくれる、大事な子です…。あ、子…なんて失礼ですよね…。…でも、このごろ、コメットさん☆も女の子から、女性へと少しずつ変わりつつある…。そんな微妙な時期を迎えています。

王妃さま:…そのようですね。本来私がいろいろ教えなければいけないことなのに、沙也加さんにおまかせっきりで、心苦しいです。

沙也加ママさん:いいえ。私も通ってきた道ですから…。うふふふ…。…心も体も成長する…、そんな時期は、いろいろ揺れ動くもの…。コメットさん☆もそんな様子が見て取れます…。いくらかは「先輩」として、教えてあげられることがあればいいとは思います。

王妃さま:ぜひ沙也加さんのご経験も、教えてやってください。これからも、あの子にはいろいろなことがあるとは思いますし、そのたびに、ご迷惑をおかけするかもしれませんが…。

沙也加ママさん:お母様、迷惑だなんて、思ったことはありませんよ…。うふふ…。私の妹みたい…。小さい頃から、私妹が欲しくて…。あ、こんな個人的なことを、お母様に言ってはいけないですね…。ごめんなさい。

王妃さま:いえいえ…。本当に藤吉さんのみなさんは、コメットのことを家族の一員のように思って下さる…。それは私からしても、とても心強く、ありがたいことだと思っています。今後もどうかよろしくお願いしますね。

沙也加ママさん:はい。…どうしてもわからないことがあれば、お母様におたずねすることはあるかもしれませんけど…。

 

 王妃さまは、裏山をあとにするとき、そっと例の桐の木を見上げた。てっぺんのあたりが、薄紫色に輝いているのが見えた。王妃さまは、それを見ると、少し微笑んだ。木は枝を揺らしてそれに応えた。

 王妃さまは、リビングに戻り、そろそろ帰ろうかと思っていると、沙也加ママさんがやって来て、言った。

沙也加ママさん:コメットさん☆のお母様、コメットさん☆といっしょにお風呂にどうぞ。

王妃さま:いえ、どうぞもうお構いなく。私もう帰りますから…。

沙也加ママさん:そんなことおっしゃらずに、今日は泊まっていってください。コメットさん☆のお部屋にお布団準備しますから…。つもる話も多いでしょうし…。いつも電話ばかりでは…。それに、うちのお風呂は、二人なら十分入れますから、親子水入らずで…、ふふふふ…、どうぞ。

王妃さま:なんだか申し訳ありません…。何から何まで…。…そうですね、では娘といっしょに…、もう長いこといっしょになんて、入っていませんけど…。お湯いただきましょうか。

沙也加ママさん:コメットさーん☆!、お母様といっしょにお風呂に入ったらー。

 沙也加ママさんは、大きな声でコメットさん☆を呼んだ。コメットさん☆は、キッチンのほうから、恥ずかしそうな顔で出てきた。

コメットさん☆:は、…母と…ですか?。

沙也加ママさん:女性同士でしょ?。別に恥ずかしがることはないじゃない?。

コメットさん☆:は、はい…。

沙也加ママさん:お母様に見せてあげたら?。身長がどのくらい伸びたか…とか。

コメットさん☆:…え、…あ、…はい。

 

 王妃さまは、その夜、楽しく娘であるコメットさん☆といっしょに入浴し、同じ部屋で寝た。親子の会話は、長く途切れることなく続いた。日常のこと、家族のこと、四季のこと、台風の日は、窓が鳴って怖いことまで…。もちろん、ツヨシくんや、ケースケ、それに王子のことも…。

 王妃さまは、翌日朝、王様と同じように星のトレインで、星国に帰っていった。コメットさん☆の新たな日常は、また始まる…。

(このシリーズ終わり)
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★第153話:コメットの窓から−−(2004年6月上旬放送)

 鎌倉は、6月になると、そこかしこでアジサイが咲く。微妙なブルーや紫、ピンクに染まる花たち…。それは雨が降るごとに、鮮やかさを増すと言われている。…そう、もう季節は梅雨…。

 夏の走りのような暑い日もあれば、肌寒いような日もある。コメットさん☆は、自室の窓を開けたり閉めたりして、部屋の温度を調節していた。だが、何となく今年は暑い日が多い。それで夜寝るときでも、細めに窓を開けたままにすることもあった。夜のひんやりした空気が、窓から入ってきて、コメットさん☆は眠りに落ちるのである。5月末のそよ風は、とても気持ちがいい。だが油断していると、明け方の冷え込みで、朝コメットさん☆の喉と鼻は、少し風邪気味になっていることもあった。夕方までには、なんとか治るのであるが…。

 梅雨に入っても、雨は時々降るものの、このところ気温は高めな日が続いていた。そんな6月初旬のある日、やはりコメットさん☆は、夜寝るとき、少し窓を開けて寝ていた。ところが、朝になると、天気は曇りだったが…。

コメットさん☆:ああー、もう…。かゆいよー。

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。

コメットさん☆:わからないけど…、何か虫に刺されたみたい…。蚊かなぁ…。

 コメットさん☆は白い二の腕の内側の、虫に刺されて赤くなっているところを指して言った。

ラバボー:姫さま、窓開けて寝るからだボ。閉めて寝るボ。

コメットさん☆:そんなこと言ったら、暑くて眠れないよ…。…でも、去年まではこんなに暑くなかった気がするな…。

ラバボー:もう少し薄着で寝るか、かけている毛布をやめるボ。

コメットさん☆:そんなこと言ったって…。これ以上薄着に…なんて…、できないもん…。毛布だって、なければまだ寒いし…。

 コメットさん☆は、蚊に喰われたような、腕の赤くなった部分を、爪先でかきながら、ラバボーの言葉に答えた。毛布やパジャマを、完全に夏用にするには、まだ微妙な天気である。コメットさん☆は、パジャマのまま1階に降りていった。お手洗いに行って、顔を洗って、ついでに沙也加ママさんに薬をもらおうと思ったからだ。

沙也加ママさん:ほら、コメットさん☆、お薬。塗ると少ししみるかもよ。もうけっこうかいちゃったのね…。かゆい?。

コメットさん☆:…ええ、かなりかゆいです。蚊でしょうか。

沙也加ママさん:そうねぇ、その様子だと蚊だと思うわ。…忘れてたなー、もう網戸を、いろいろな窓に入れないとね。コメットさん☆の部屋にも…。コメットさん☆の部屋は、あそこしか窓ないものね…。今頃からは暑いわよね…、かわいそう、なんとかしてあげたいけど…。パパと相談しようかなぁ…。

コメットさん☆:…あ、暑いのは、まだ大丈夫です。網戸入れるなら、手伝いますね。

沙也加ママさん:パパといっしょに、入れてくれる?、網戸。ガレージに置いてあるから…、だいぶほこりかぶっているかもしれないし、壊れているのももあるかもしれないけど…。

コメットさん☆:はい。景太朗パパといっしょにやります。景太朗パパ、今日は仕事いいんですか?。

沙也加ママさん:そうね、ちょっと聞いてみるわね…。

 景太朗パパさんは、午前中に仕事を片づけ、午後からコメットさん☆といっしょに、網戸のチェックと取付をはじめた。

景太朗パパさん:さてと…、まずはリビングのやつが出てきたよ…。うわー、ほこりっぽいな。とりあえず、前に出して、水をかけて流そう。コメットさん☆は、ガレージの前の水道で、水流してきれいにしてね。水があまり道に流れていかないように、よろしく。

コメットさん☆:はい、景太朗パパ。ほこりを落とせばいいんですね。

景太朗パパさん:うん。よいしょっと。けっこう枚数あるからね…。1枚ずつすんだら、門のほうにでも立てかけておいて。ぼく上に運ぶから…。それにしても蒸し暑いな…、今日も。

 景太朗パパさんは、手際よくリビング用の大きめな網戸を取り出した。

景太朗パパさん:あんまり真剣にやらなくていいからね。あとで窓につけてから、外と内側の網のところは掃除するから。

コメットさん☆:はい。…あっ、かなり汚れている…。うわー、茶色い水が流れていきます…。

景太朗パパさん:そうだろう。もう1年とまでは行かなくても、半年以上ほったらかしだからねえ…。やれやれ、それにしてもたくさんあるな…。あっははは…。えーと、これは寝室用、…これはキッチンのか…。あった!、コメットさん☆の部屋の…、だけど、網が外れかかってるな…。

コメットさん☆:…えっ?、なんですか?、景太朗パパ、すみません、水の音でよく聞こえないんですが…。

景太朗パパさん:コメットさん☆の、網戸は、修理が必要だよー。

 コメットさん☆は、ちょうど終わった1枚の網戸を、そばに立てかけると、景太朗パパさんのところに来た。

コメットさん☆:…ああ、網が外れてる…。

景太朗パパさん:…そうだなぁ、この際だから、網換えちゃおうか。もうだいぶ古くなっているし。枠も塗り直してきれいにしよう。

コメットさん☆:私が、ここにお世話になることになった年に、沙也加ママが入れてくれたんです、窓の網戸…。網戸って、不思議でした…。最初何だろうって…。ふふふっ。

景太朗パパさん:…もうそんなに前のことなのかなぁ…。コメットさん☆がうちに来たのなんて、ほんのきのうのようだけどね…。そう言えば、網戸知らないコメットさん☆は、よっぽど西洋のどこかの国の子なんだろうなって、思っていたよ。

コメットさん☆:もう、3年です…。

景太朗パパさん:そうか…、早いなぁ…。…まあしかし、それ修理しないと、また蚊に喰われてしまうよ。きっと若い人のほうが、蚊もおいしいんだろうよ。

コメットさん☆:うわー、なんかそれってイヤだなぁ…。

景太朗パパさん:あっはっはっは…。網を買ってこないと修理できないな…。

 コメットさん☆と景太朗パパさんは、近所のホームセンターがある大きなスーパーに、網を買いにいくことにした。相変わらず天気は曇りである。その曇りの空模様の中、鎌倉山の道を、コメットさん☆と景太朗パパさんは、ゆっくり歩く。

コメットさん☆:あ、あの、景太朗パパ、網戸って修理できるものなんですか?。

景太朗パパさん:そりゃもちろん。ただの枠に網が張ってあるだけだからね。リビングのはもう少し複雑だけど。今日はキッチンのと、コメットさん☆の部屋のと2ヶ所換えようか。

コメットさん☆:景太朗パパ、ありがとう…。

 いつもほどにはかしこまらない言い方をするコメットさん☆に、景太朗パパさんは無言でうなずいた。

 

 網を買ってくると、景太朗パパさんは、なれた手つきでコメットさん☆の窓用になっている網戸の網を、張り替えてくれた。汚れた古い網は、たたんで捨てる袋に入れる。新しい網は、薄いグレーで、景太朗パパさんが速乾ペイントで塗り直してくれた、白い枠によく映える。

コメットさん☆:わあ、これで今夜からは、蚊に刺されないで眠れます。景太朗パパ、ありがとう…。

景太朗パパさん:なーに、でもそろそろ蚊取り線香も焚かないとダメだろうね…。もう今年もそんな季節だねぇ…。

コメットさん☆:…暑い夏、もうすぐですね…。

景太朗パパさん:そうだね…。ツヨシやネネと、水遊びの季節だよ。メテオさん、また旅行計画してくれるかな?、はっはっは…。あの子も一度ちゃんとヨットに乗せてあげたいね。

コメットさん☆:はい…。そうですね…。

 コメットさん☆は、網戸を手に持って、薄日が射してきた空を、景太朗パパさんと、まぶしそうな目で見上げた。「今年の夏は、どんな思い出が出来るのかな…」と思いつつ…。

コメットさん☆:あ、景太朗パパ、リビングのも張りますか?。それなら手伝います。

景太朗パパさん:いいよ。あとはぼくがやっておく。コメットさん☆は、網戸はめてみて。もし何か不具合があったら言ってね。…あと、シャワー浴びておいで。ほこりで汚れたり、汗かいたろ?。ぼくのほうで電子蚊取りも用意しておくからさ。

コメットさん☆:…いいんですか?。なんだか、心苦しいような…。

景太朗パパさん:まだそんなこと気にしているのかい?。コメットさん☆はしっかりものだなぁ…。ははは…。家族は、そんなに遠慮しなくていいんだよ。さあ、いったいった。

コメットさん☆:…はい。ありがとう、景太朗パパ。

 コメットさん☆は、いつもの笑顔を、景太朗パパさんに向けて、網戸を持って2階に上がった。そしてそれを窓にはめると、ベッドの上に座ってみた。部屋の入口の扉を開け放つと、すぅっと風が動く。コメットさん☆は、遠くに光る海を見つめた。さしてきた薄日が、遠くの海を輝かせている。

コメットさん☆:ラバボー、景太朗パパさんはやさしいね…。

ラバボー:姫さま、この家の人たちは、みんなやさしいボ。

コメットさん☆:あはっ、そうだね。みんなやさしい…。

 コメットさん☆は、この家にやって来て1年くらいは、そっと夜抜け出して、どこかへ行ったりしていた。そんなことは、きっと沙也加ママさんや、景太朗パパさんは、気付きながら心配したんだろうなと、今は強く思う。たとえそれが星使いとして、星の力を使うことであったとしても…。もちろん今は、そんな心配をかけるようなことを、しようとは思わない。沙也加ママさんに「今から星力を集めに行ってきます」とすら、言ったこともある。そんな思いがけない「あけすけ」な関係が、今は普通のことのように思える。コメットさん☆は、不思議な気持ちを、あらためて感じていた。

コメットさん☆:さあ、ちょっとシャワー浴びてこよっ。

ラバボー:姫さま、いいなぁ…。ボーも浴びたいボ。

コメットさん☆:じゃあ、景太朗パパさんといっしょに、あとで呼んであげるよ。

ラバボー:ありがとうだボ。姫さま…。

 汗で濡れた下着の替えを持ったコメットさん☆が、階下のお風呂に向かうと、主のいなくなった部屋には、相変わらず、真新しくなった網戸を通して、涼しい風が吹き抜けていた。

 

 夜、コメットさん☆はそっと毛布をめくると、ベッドに上がって横になった。脇に見える窓は全開。きれいになった網戸が、虫をよけてくれる。

コメットさん☆:(そういえば、ここにカブトムシが飛んできて、ツヨシくんにあげたこともあったっけ…。)

 そんなことも思い出す。わずかに開けた入り口の扉に向けて、南風がそよ風となって、窓から部屋を抜けていく。暗くなったコメットさん☆の部屋には、景太朗パパさんからもらったカット・クリスタルと、その電照台が映し出す星空のような光が、ゆっくりと回っている。その光の色は、徐々に変化しながら、コメットさん☆を、部屋の中を、そして窓も、淡く照らし出す。コメットさん☆は、右向きになると、毛布にしっかりとくるまるようにして、いつしか眠りに落ちた。

 沙也加ママさんは、リビングにもれ、いろいろな色に変化するわずかな光に気付いた。

沙也加ママさん:あら、何かしら?。

 沙也加ママさんは、その光のもとをたどってみた。すると…、それはコメットさん☆の部屋の、わずかに開けたドアからもれていたのだ。沙也加ママさんは、ちょっとびっくりして、2階に上がる階段をのぼった。そして、そっとコメットさん☆の部屋の扉をノックしたが、中から返事はない。沙也加ママさんは意を決して、扉を開いてみた。少し心配になりながらコメットさん☆の様子をうかがうと、コメットさん☆は、静かな寝息をたてているのみだった。

沙也加ママさん:まあ、コメットさん☆たら、無防備ねぇ…。…ふふっ、でも、そんなところが、かわいいかな…。

 沙也加ママさんは、扉をもう一度わずかに開いた状態にすると、コメットさん☆の部屋をあとにした。家中の家族を、信頼しきっているコメットさん☆に、ほんわかとしたうれしい気持ちになりながら…。

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★第154話:橋田写真館の秘密−−(2004年6月中旬放送)

 ここ数日、コメットさん☆は、ことあるごとに、「私の思い出ってなんだろう?」と、考えていた。王妃さまが一晩やって来て、かつて住んでいたという世田谷を見て回った。しかし、かつて王妃さまが住んでいた家はなく、人も移り住んでしまっていた。文字通り、王妃さまの思い出は、思い出のまま記憶の彼方になってしまったのだ。それでも、心に残った当時の記憶は、確かに思い出として残り続ける。それは、減りもしなければ、増えもしない。色あせることもない。輝きを失うことも、たぶんない…。それどころか、人が生き続ける限り、日々新たに出来るものであり、そこでは増え続けるものである。また関係する誰か他の人に残すことも出来る…、不思議なもの、思い出…。そんなことを漠然と考えていたコメットさん☆であった。

 だが、それを自分に当てはめるとどうだろうか?。今この瞬間にも、思い出は出来つつあると、言うこともできる。でも、たぶん「思い出」と表現するのは、もう少し時間がたったもの。ある時に振り返ったとき、その向こうに思い出される、うれしい、楽しい、ちょっと悲しい、寂しい…、そんな気持ちになるような、少し遠い記憶…。それは、自分にとって、どんなことか?。

 星国での生活。それは生まれてから、王妃さまの胸に抱かれ、王様の愛情を独り占めし、スピカさんに星力の使い方を教わり、学校に行ったり、ヒゲノシタの口うるさいような小言も聞いたり、星の子たちと遊んだり、星の不思議を感じたり…。それから、地球にやって来て、いろいろな人と出会い、楽しくもあり、時に悲しくもあり、藤吉家の人々は、限りなくやさしく…。ところがタンバリン星国の王子、つまりはプラネット王子を巡っては、胸がうずくような思いをしたことも。今はメテオさんもプラネット王子も、ミラもカロンもみんな友だちになれた。ケースケも、ツヨシくんも、好きだと言ってくれたし、好きだと思える…。ちょっと甘酸っぱいような、恋の入口ものぞいた…。確かにそれらは、思い出と言える。

コメットさん☆:(…もし、あの時、お母様のように、地球を離れて、ずっと星国に帰ることになっていたら…。あ、「帰る」っていう言い方からすると…、やっぱり星国が私の本当の住むところ?…。あー、考えがまとまらないな…。…でも、もし星国に帰っていたら、それまでの地球での生活の記憶は、全部思い出…。…いつか私は、ここから星国に帰るんだろうな…。かがやき探しの終わりって、どんなときなんだろう?。)

 コメットさん☆は、ベッドの上にぺたんと座りながら、ぼぅっと外を眺めて、じっと考えていた。

コメットさん☆:(景太朗パパさんもプラネット王子も、「デジタルカメラで、思い出を撮るといい。カメラは思い出を切り取る道具」なんて言っていたけど、あれは、たぶん地球をいつか離れるときが来るから、それまでに、たくさん思い出を作っておく、撮っておく…ってことなんだろうな…。)

ラバボー:姫さま、どうしたんだボ?。おなか痛いのかボ?。

コメットさん☆:…えっ!?、あ、ううん、そんなことないよ。ちょっと考え事。…でも、プラネット王子のところに行って来ようかな…。

ラバボー:ええっ?、なんでまた突然行くんだボ?。

コメットさん☆:プラネット王子が、前に言っていた、「思い出」って、どういう意味なのか、わかったような気がする…。

ラバボー:…思い出?。思い出は…、あとで思い出すいろいろな記憶だボ?。

コメットさん☆:…うん、そうなんだけど、プラネット王子が言った思い出って、もう少し深い意味があると思うよ。

ラバボー:…深い意味?。

コメットさん☆:うん。景太朗パパさんに断ってから行こう。

ラバボー:しょうがないボ。姫さまは突然思いつくボ…。ツヨシくんとネネちゃんが学校から帰ってくるまでには、戻ってくるボ。

コメットさん☆:うん。

 コメットさん☆は、景太朗パパさんに断ると、プラネット王子のいる橋田写真館に、星のトンネルを通って向かった。

 橋田写真館に着いたコメットさん☆は、お店の入口の扉から、中をのぞいた。いつものように、主人の橋田さんと、プラネット王子が、何事か話しながら、作業をしているのが見える。コメットさん☆は、そっと入口の扉を開けて、中に入った。

コメットさん☆:こんにちは…。

プラネット王子:…よお、コメット、よく来たな。今日はどうしたんだい?。

橋田さん:おや、コメットさん☆。いらっしゃい。プラネット、何か話があるんだろうから、もう2階に行ってていいよ。

コメットさん☆:こんにちは。…あ、あの、もしお忙しいなら、私帰ります。どうぞお仕事続けてください。

橋田さん:あー、いやいや、大丈夫。ほら、プラネット、早く2階に行けよ。

プラネット王子:おやじさん…。すみません、じゃあ、甘えさせてもらいます。…コメット、2階に行こう。何か話があるんだろ?。

コメットさん☆:…え、えーと…。はい…。じゃ、おじゃまします…。

 コメットさん☆は、王子のあとについて、2階への階段を上がった。いつものように、コトリ、コトリと、足音が響く階段だ。2階の写真室にはこれまたいつものように、窓から光が射し込んでいた。天井の高い、落ち着いた空間。

プラネット王子:…ちょっとお茶を入れるから、待っていてくれよ、コメット。

コメットさん☆:あ、あの、どうぞお構いなく…。

 そう言っても、プラネット王子は、お茶の準備をしている。コメットさん☆は、王子を目で見送ると、写真室の壁を見た。いろいろな大伸ばしの写真が飾られている。その中に、自分の写真を見つけた。ドレスコンテストで、ミラが作って、コメットさん☆が着たウエディングドレスの写真だ。コメットさん☆は、少し気恥ずかしい気持ちになりながら、自分のその姿をじっと見た。思えば、このコンテストで、ウエディングドレスに袖を通したのも、思い出の一つだ。そして、ツヨシくんに、「ほんわかあったかい」ことを言われたのも…。それを思い出すと、胸の奥がじーんとするような、不思議な感覚にとらわれた。

 プラネット王子が、ハーブティーを入れて、お菓子とともに持ってきた。ハーブティーの、いい香りがあたりに広がる。

プラネット王子:どうぞ。…それで、今日は何かあったのか?。急に来たんでびっくりしたよ。

コメットさん☆:あ、あの、あなたが言っていた、思い出って…。

プラネット王子:ああ、思い出がどうかしたのか?。

コメットさん☆:この星を、いつか去るときが来ても、後悔しないように、今のうちにたくさん作っておけ…ってこと…だよね…?。

プラネット王子:…うん。そうだ。それはそのはずだよな。しょせんここは仮住まい…。コメットにとっては、あの藤吉さんの家だって、いつかは去るときが来る…。そういうことなんじゃないか?。

コメットさん☆:…でも、私のおばさまは、地球人と結婚して、地球に住んでいるんだよ…。

プラネット王子:…なんだって!?、本当か?。

コメットさん☆:…うん。このことは、うちの人たちにも内緒だけど…。あ、ツヨシくんとネネちゃんは知っているけれど…。

プラネット王子:…なるほどな。そういう選択肢も、ありってことか…。

コメットさん☆:もしかすると…、だけど…。

プラネット王子:それなら…。

 王子は少し視線を落としながら答えた。

プラネット王子:地球の普通に暮らしている人と、思い出の持つ意味は変わらないということだよ。

コメットさん☆:地球の人と星国の人で、思い出に違いがあるってこと?。

プラネット王子:…それはつまり、星国に帰ったら、地球は遠くの星になってしまうから、地球の時間を自分で体験することは、あまり出来なくなる。毎日が地球での時間である地球の人とは、出来る思い出の内容も、かなり違って来るんじゃないかな…。…もっとも、本人が地球に住み続けることに納得しているなら、別に困ることはない…はずだよな…。もしオレたちが、そんなことになれば、星国は大騒ぎかもしれないけど…。

コメットさん☆:…うん。…そうだね…。

プラネット王子:…オレは…、ヘンゲリーノに、君かメテオのどちらかを妃に選べと、再三言われていた。それがトライアングル星雲の安泰を決定づけると…。しかし、前にもちょっと言ったけど、そんなことの結末は、不幸な歴史を残すことになる…よな。それに、本来星の子たちや星ビトが、心から祝福してくれるだろうか…。…いろいろ考えた。…まあ、結局、こうしてオレたちは、みんな地球にいるわけだけどさ、古い王族会のヘンゲリーノと、その取り巻きたちをとにかく追放しないと、あの流れは変えられないと思った。あの場は、あれで切り抜けられても、ヘンゲリーノは、また何か仕掛けてくると思った。そうすれば、君たちにも危害が及ぶかも…。

 王子は、3年前の出来事を、あらためて振り返った。ヘンゲリーノが言った、王子の失ったかがやきは、二人の王女そのものであるという、コメットさん☆にとって、何かとがったものを突きつけられたような記憶を。

コメットさん☆:……。プ…、プラネット王子…。

プラネット王子:オレはある日、ミラとカロンにも告げないで、そっと星国に帰った。飛行船を呼んでさ。「ヘンゲリーノに伝えたいことがある」って言ってさ。…ヘンゲリーノは、星国でいそいそと出迎えてくれたよ。…だけどちょっと気になったのは、飛行船に、見たことがあるようなないような、懐かしいような人が、いつの間にか乗っていたんだ。明らかにヘンゲリーノの取り巻きじゃない人が。いまだにその人のことは、誰だか思い出せないんだが…。…しかし、オレは、星力を使って、親しい王族会のメンバーと、一部の親族の、本当の考え方を探った…。…人の心を読んだ、というか、心に語りかけたというか…。そんなことはしたくなかったが、それしか方法がなかった。ヘンゲリーノたちに知られないようにするには…。

コメットさん☆:…そんな大変なことが…。

プラネット王子:ああ…。

 プラネット王子は、お茶を飲んで一息つくと、さらに続けた。

プラネット王子:…すると、ヘンゲリーノのやり方に、疑問を持っている者が、思ったよりたくさんいることがわかった。それでオレは、いちかばちか、王子の権限で、王族会議を召集した。もちろんヘンゲリーノもやって来たさ。…その場でオレは、「星国と星雲を自らの思い通りに操ろうとする、ヘンゲリーノを解任する。賛成の者は、彼のものを捕らえよ!」と、言ってやったんだ。そうしたら、ヘンゲリーノは、びっくりして杖を振り回して星力を使おうとしたんだが…。

コメットさん☆:……。…ど、どうなったの?。

 コメットさん☆は、つばを飲み込むと、結果はわかっているようなものなのに、ドキドキしながら、その続きを聞こうとした。

プラネット王子:さっき言った飛行船に乗っていた、見たことのあるような男が、ヘンゲリーノの杖をたたき落とした。そうしたら、日頃ヘンゲリーノのやり方に不満を持っていた者たちが、ヘンゲリーノに駆け寄り、口々に「賛成!」とか、「ヘンゲリーノ追放!」とか叫びながら、ヘンゲリーノを捕らえた。すると、逃げ出す者が何人もいたんだが、その連中も、衛視やオレに賛同してくれた王族会議の人々で、まもなく取り押さえられたよ。杖はバトンの代わりだから、それがなければ、ヘンゲリーノもただのカメレオン人のおっさんだったよ…。

コメットさん☆:……そんな…、…大変なことが…あったんだ…。

プラネット王子:…まあ…ね。またオレたち、訳の分からない舞踏会に出させられたくないだろ?。…そりゃあ、君かメテオが、オレのこと、選んでくれたら…、…それは…。…正直、ちょっとは考えた。…だけどさ、誰でも望まないことをさせられたくないじゃないか…。

コメットさん☆:……うん。…ありがとう…。ごめんね…。

プラネット王子:…いや、もうそんないつまでもお礼や、ましてやお詫びなんて…、いいよ…。…それで続きな。ヘンゲリーノが星力を封印されたのを見届けてから、オレは「新王族会」のメンバーを選挙によって決めると提案して、その場で了承された。そして星の子や星ビト、残った王族会議の人々みんなで決められたのが、今の王族会だよ。だから新しい王族会は、今こうしてオレが、ここに住んでいることも、ミラとカロンとツキビトをお供…っていうか、星国の“友だち”にしていることも、みんな知っているのさ。ミラとカロンも、諜報部員じゃなくなって、ずいぶん生き生きとしているようになった。…ただ、一つわからないのは…、あの時ヘンゲリーノの杖を、たたき落としてくれたのが、いったい誰なんだろうってことなんだ。いろいろな人に聞いても、みなわからないと言う。星ビトの誰かであることは、確実なんだけど…。

コメットさん☆:…なんだか、王子かっこいい…。…それって、私たちのことだけじゃなくて、星の子と星ビトのことを、本気で考えてくれたんだと思う…。それって、やっぱり、なんかステキだな…。

プラネット王子:…ふふっ、参ったなぁ…。…コメットは、そのストレートさが…いいよな…。…だからこそ、曲がったことに染めたくないって言うか…。

 王子は最後のほう、小さな声になって言った。

コメットさん☆:…えっ?、王子、何?。

プラネット王子:あ、いやいや、こっちのことさ。

橋田さん:…そろそろ話すときが来たのかもしれないな…。幸い、ここにはハモニカ星国王女コメットさまと、プラネット王子しかおられぬ…。申し訳ありませんが、少々話を聞かせていただきました。

 コメットさん☆と、プラネット王子がびっくりして見上げると、1階にいたはずの橋田さんが、目の前にいた。

プラネット王子:…おやじさん!。…なんの話しているんだ?。王女と王子って…、何かの間違いじゃ…。

コメットさん☆:…は、橋田さん…、私…ただの…。

橋田さん:ハモニカ星国王女コメットさま。今まで秘密にしていたこと、お詫び申し上げます。私はプラネット王子の伯父、ブリザーノと申します。プラネット王子の父、アストールの兄、ということになります。これがそのあかしです。

プラネット王子:…な…な…、ブリ…ザーノ…伯父さん…。

 橋田さんは、タンバリン星国の紋章の入った、メモリーストーンをかざすように見せた。だが、プラネット王子は、あまりに唐突な話に、つい落ち着きを失った。

ブリザーノ:プラネット王子、知らないかな?。聞いたことはないかな?、親戚で王位につくべき者が、行方不明になっているという話。

プラネット王子:…き、聞いたことが…ある…。父には兄がいたということも…。でも、…星国のごたごたの中で、死んだと聞かされていた…。…あ、地球に逃れた者がいるとかも聞いたことが…。

ブリザーノ:…フフフ、それが私だよ。…私は、君が地球に来ることを知っていた。君の父、つまりは王様が亡くなるときに、私に告げたのだ。「息子がいずれ地球に行くだろう。その時は助けてやって欲しい」と…。それで私は、地球にやって来た。この写真館がちょうど廃業するのを知って、いろいろ画策して、譲り受けた…。そうして、君がここにやってくるのを待った。最初はここには住まず、マンションにミラとカロンとともに住んでいたりしたようだが…。

プラネット王子:…お、伯父さん…。こ、これも星の導きなのか…?。

ブリザーノ:…さあなぁ。とにかく、君はここにやって来て、アルバイトの名目で住み着いた。ちょうどよかったと思ったよ。写真の勉強をしたいという。実は私も、若い頃にはずいぶん写真に打ち込んだんでね。ははははは…。

コメットさん☆:…たぶんそれは、星の導きだよ…。星の子と星ビトは、どんなときでも、私たちを信じてくれるはず。私たちが間違ったことを、しようとしなければ…。いつも守ってくれるんだよ…。だから、王子と、おじさまが出会えたのも、星の導き…。ヘンゲリーノさんを追放するときに、杖をたたき落としたのも、ブリザーノさん、あなたなんでしょう?。

ブリザーノ:…いかにも。コメット王女さま。プラネット王子が呼びました飛行船に、そっと乗り込みました。

コメットさん☆:…ね?、やっぱり星の導きは、ここにもまたあったんだよ…、殿下…。…でも、私やメテオさんを助けもしてくれましたね。ありがとうございます、ブリザーノさん…。

ブリザーノ:…直接お助けしたわけではありませんが…。もう少し早く行動が起こせていたら、あなたさまを苦しめることにはならずにすんだと思うのですが…。申し訳ないです。

コメットさん☆:いいえ。タンバリン星国をはじめ、全ての星国が安定しているおかげで、私もメテオさんもプラネット王子も、安心してこの星のかがやきを探していられる…。こんな身近で気がつかなかったなんて…。

ブリザーノ:またいつものように、なさっていてください。私も地球暮らしがけっこう長いので、すっかり地球が気に入ってしまって…。はっはっは…。…確かにこの星には、かがやきが満ちている…。私たち星ビトにも、考えつかないようなかがやきが…。あなたもそんなご経験を、たくさんお持ちでいらっしゃる…。

コメットさん☆:…えっ、…ご存じなんですか?。何もかも…。

ブリザーノ:いえいえ、ほんの一部ですよ。ご心配なく。今はハモニカ星国やカスタネット星国の王女さまを、監視するようなまねはいたしません。今後も決して…!。…しかし、いつまでも私の正体を秘密にしておいていいとも思えなかったので、いつかはお知らせしなければ…と思っていました。…遅くなって申し訳ない…。プラネット王子も…。

プラネット王子:……。

 プラネット王子は、半ば呆然としていた。「伯父さんが生きていたなんて…。それに、そこに住んでいて、気付かなかったなんて…」…そんな声が、頭の中でぐるぐると回っている。

ブリザーノ:…コメット王女さま、思い出の正体について、少し私の考えをお話しさせてください。…先程来、この地球を離れるときの思い出について、何か心配されているご様子でしたが、思い出というのは、何か印象に残る、生活の上での節目節目に出来るものではないでしょうか。あまり毎日の細々とした出来事全てが…というよりは…。もちろん、そうした中にも、思い出に残るということはあるのかもしれませんが…。

コメットさん☆:…生活の節目…。それは、誰かと出会ったり、別れたり、その人といっしょに大きなことを成し遂げたり、何か印象深い経験をしたりとか…ですか?。

ブリザーノ:いかにも。私はそういうことこそ、思い出そのものなのだという気がします。

 

 思い出の正体を知る過程で、思いがけないことも知ってしまったコメットさん☆は、夜になって、昼間の出来事を、景太朗パパさんと沙也加ママさんに話すかどうか迷った。だが、出来るだけ隠し事はしたくない。スピカおばさまのことはともかく、プラネット王子は、よく景太朗パパさんと将棋なんか指している。それなら話しておいた方がいいのかも…と思う。

 コメットさん☆は夕食の時、それを静かに景太朗パパさん、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんに語りだした。今まで知られていなかったブリザーノさんの存在が、コメットさん☆が今日も藤吉家に住み続けられていることに、星の導きを通して関係しているのを、みんながきっと、理解してくれると思ったから…。

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★第155話:部屋に吹く涼風−−(2004年6月下旬放送)

 今年の夏は、まだ梅雨明けもしていないというのに、暑い日が続いていた。空梅雨なのか、雨もほとんど降らない。それで記録的な暑さとか、天気予報では言っていた。稲村ヶ崎の海も、由比ヶ浜も、つかの間の涼を取る海水浴の人々で、にぎわいはじめていた。コメットさん☆も、ツヨシくんとネネちゃんにせがまれて、今年の初泳ぎも、もうしていた。暑さで火照った体には、やっぱり海の水が心地いい。ちょっと前、沙也加ママさんに、横浜で買ってもらった真新しい水着に身を包み、コメットさん☆は、ゆっくりと泳いだ。

 しかし、夜になっても、気温は下がらない毎日が続いていた。日中降らない雨の代わりに、照らされた屋根瓦は、ずっと熱を持ち続け、よけいに夜暑い感じになる。コメットさん☆の部屋は、屋根裏にあるので、こういう気候の影響は、直接受けてしまう。先日網戸を入れたから、夜は窓を開け放って寝るが、さすがにそれでも寝苦しい夜が続いていた。

コメットさん☆:ふう…、暑いなぁ…。今年はなんだか、とっても暑い気がするよ、ラバボー。

ラバボー:ボーもそう思うボ…。なんだか、気温がめちゃくちゃだボ。

コメットさん☆:今晩も、ちゃんと眠れるかなぁ…。ここ何日か、暑さでなんだか寝不足…。

ラバボー:早く寝るボ、姫さま。遅くまで起きているのは、美容の敵だボ。

コメットさん☆:あはははは…、ラバボー、どこで聞いたの?、そんなこと。

ラバボー:ラバピョンが言っていたボ。

コメットさん☆:…ふふっ、やっぱりラバピョンか…。

 コメットさん☆は、ラバピョンのことを思い出しながら、八ヶ岳のほうは、高原だから、ずっと涼しいんだろうな…と、ふと思った。それでもコメットさん☆は、仕方ないので、窓を網戸にして全開し、部屋の入口の扉も、明け放って寝ることにした。

ラバボー:姫さま、部屋のドア、閉めないのかボ?。

コメットさん☆:うん、だって、暑いんだもの…。本当は、閉めたいけど…。別に誰か見に来るわけでもないし…。

ラバボー:うーん、でも…、女の子が部屋開けっ放しで寝るなんて、ヒゲノシタのじいさんが何か言いそうだボ…。

コメットさん☆:…大丈夫だよ。ヒゲノシタが何か言ったら、この家に怪しい人なんていないし来ないって、言うもの。…でも、そんなこと言うなら、ラバボーはどうなの?。ラバボーは、男の子でしょ?。

ラバボー:…そ、そりゃ、そうだけど…。それをボーに言われても…。

コメットさん☆:…ああ、でも毛布かけると暑いな…。ふう…。

 コメットさん☆は、横になりながら、毛布をおなかのあたりまでかけた。パジャマだけで寝られるなら、まだ楽だとは思うけれど、さすがに何もかけないで寝るのは気が引ける。

コメットさん☆:ラバボー、ねえ、ラバボー…。なんだ、もう寝ちゃったのか…。私だけか、眠れないの…。眠いのになぁ…。あ、そうだ!。それなら星力使おう。

 コメットさん☆はバトンを出すと、星力の量が十分あることを確かめてから振って、外のずうっと上空の冷たい風をまとめ、空気の固まりにして、窓から吹き込ませた。冷気は強い風になって、窓からコメットさん☆の部屋に吹き込んだ。

コメットさん☆:…うわっ、冷たーい。…うん、これで眠れるね。

 コメットさん☆は、再び毛布を掛けてベッドに横になった。星力で呼び込んだ冷たい風は、ちょっと寒いくらい。寝入ってしまえば、朝まで眠れるはずであった。

 ところが…、どのくらい寝たのだろう?。コメットさん☆は、やっぱり暑くて汗びっしょりになって目が覚めた。

コメットさん☆:…暑い…。もう星力の冷気、なくなっちゃったのかな?。…今何時なんだろう?。

 コメットさん☆は、かけていた毛布を蹴ると、枕元にある時計を見た。…午前2時過ぎ。それなのに、ほとんど気温が下がってなく、風も吹いていない。熱帯夜そのものだ。ため息をついたコメットさん☆は、とりあえずタオルで喉元の汗をぬぐった。汗で気持ちが悪いパジャマの上を脱ぐと、そのままベッドに腰掛けた。肌着しか着けていないので、とても誰かに見せられる格好ではない。しかし、こんな夜中に誰かが来るはずもなく、ふとメモリーボールを振り返ったが、記録状態になっているわけでもないので、外から差し込むわずかな光、それはおそらく月明かりなのだろうが、それにうっすらと照らされているだけだった。

 コメットさん☆は、そっとベッドから立ち上がると、新しいパジャマに着替え、枕を持って、リビングへの階段を降りた。

コメットさん☆:(夜が明けたら、濡れたパジャマは洗濯しよう…。少しの間リビングで寝よう…。それで、明け方になったら、みんなが起きてくる前に、部屋に戻ればいいや。)

 コメットさん☆は、そう考えながら、階段を降りきって、リビングのソファーに枕を置いた。そしてリビングのガラス戸を少し開けると、網戸をその位置にずらし、風が入るようにした。さすがにリビングは、天井までが高いし、大きな窓から少し風が入るので、部屋よりはずっと涼しい。いよいよとなれば、エアコンがある。コメットさん☆は、少しほっとしながら、ソファーに横になった。明け方には戻ろうと思いつつ…。

 

沙也加ママさん:コメットさん☆?。どうしたの?。

ツヨシくん:コメットさん☆、コメットさん☆。

ネネちゃん:コメットさん☆…、どうかしたの?。風邪引いちゃうよ?。

コメットさん☆:……うーん?。

 コメットさん☆は、みんなの呼び声で目を覚ました。しばらくどうしたのか思い出せないコメットさん☆だったが…。

コメットさん☆:…あっ!。…も、もう朝!?。

ツヨシくん:とっくに朝だよ、コメットさん☆。どうしたの?。こんなところで寝て?。

沙也加ママさん:コメットさん☆、何かあったの?。ラバボーくんとケンカでもしたの?。

コメットさん☆:…い、いいえ。…その、あの…。すみません…。

 コメットさん☆は、ようやく事態に気付いた。明け方まで、と思って寝ていたら、ここのところの寝不足も手伝って、朝までぐっすり眠ってしまったのだ。そうしてついでに、みんなより寝坊をしてしまったというわけである。あわててパジャマのすそを引っ張って直すと、ソファーの上に起きあがった。

沙也加ママさん:ねえ、コメットさん☆、どうしたのかくらいは教えてよ。心配だから。

コメットさん☆:あ、…その、夜中にあんまり暑くて目が覚めて…、眠れなかったから、涼しそうなリビングで、明け方まで寝ようと…、思ったんですけど…。

ツヨシくん:あははははは…。なーんだぁー。

ネネちゃん:うふふふふふふ…。

沙也加ママさん:こらっ!。二人とも、笑わないの。コメットさん☆がかわいそうでしょ。人の失敗を笑ってはダメよ。

ツヨシくん:…はーい。コメットさん☆、…ごめん。

ネネちゃん:…ごめんなさい…。

コメットさん☆:あ、ううん。いいの。私がちょっと失敗したんだもん。えへっ。

沙也加ママさん:そっか…、コメットさん☆の部屋は、屋根裏のような所だものね…。こんな陽気だと、暑くてたまらないわね…。なんとかしないといけなかったなあ…。あとでパパと相談するわね。さ、でもとりあえずは着替えてらっしゃいよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:は、はい。あ、でも、そんな…、あの…。

 コメットさん☆は、恥ずかしさで赤くなった。パジャマ姿で正体なく眠っていたところを、沙也加ママさん、ツヨシくん、ネネちゃんの3人に見られてしまったのだから。それでも、沙也加ママさんが、「パパと相談する」と言ったのが、気にかかるコメットさん☆だった。

沙也加ママさん:…だから、コメットさん☆の部屋に、エアコン入れてあげましょうよ。

景太朗パパさん:うーん、それは、実を言うとこのところ気にかかってはいたんだよね。…ところが、あの部屋にエアコン付けるとすると、室外機をどこに置くか…。ドレーンパイプを壁の裏から軒下へ出して、その下に置くことを考えたんだけど、普通のエアコンじゃ距離がありすぎて…。

沙也加ママさん:そんな技術的な問題なら、どうにかしてよ、パパ。コメットさん☆かわいそうじゃない。女の子なのに、じっと我慢していたのよ。それにリビングの窓を、夜中に開けるのは不用心だわ。

景太朗パパさん:…う、うん。わかった。じゃあ、コメットさん☆の部屋の壁の裏側がどうなっているか、もう一度調べてみよう。

沙也加ママさん:…あと、それから、2階にもう一部屋作れないかしら。それと2階専用のトイレも。

景太朗パパさん:ええーっ、もう一部屋と、トイレかぁ…。そりゃまた大がかりなことになるな…。…えーと、まてよ…、部屋は北側になっちゃうけど、コメットさん☆の部屋と同じような大きさと構造なら、作れないことはないね…。あとトイレは…、1階の水回りの真上にすれば、何とかなるかな…。ちょっと図面あたってみようか。

沙也加ママさん:そうね。そうしてよ。…コメットさん☆も、年頃なんだから、プライベートなことを考えてあげたいわ。

景太朗パパさん:そうか…、そうだね。ちょっとぼくも、配慮が足りなかったな…。じゃ、図面あたって、うまく行きそうな感じに出来たら、矢崎電機工業さんと、大槻工務店さんで施工してもらうかな…。矢崎さんところと、大槻さんのところなら、いつも通りいい仕事してくれそうだし…。いつもうちのメンテは頼んでいるからね。

沙也加ママさん:お願いねパパ。コメットさん☆は、大事な…。

景太朗パパさん:…3人目の子ども…だろ?、ママが言いたいのは…。

沙也加ママさん:…ふふっ、お見通しか…。

景太朗パパさん:…まあね…。よーし、久しぶりにわが家の工事かな。ついでにエアコンは、集中式にするか…。そのほうがコストもかからないね。

 景太朗パパさんは、沙也加ママさんの言葉を聞いて、さっそくコメットさん☆の部屋の回りの様子を見て、メジャーで寸法を測ったりし始めた。それを見たコメットさん☆は、沙也加ママさんに聞いた。

コメットさん☆:あ、あの、沙也加ママ、何か景太朗パパ、おうちをどうにかするんですか?。

沙也加ママさん:…ふふふ、コメットさん☆、聞きたい?。あのねぇ、コメットさん☆のお部屋のとなりに、もう一つお部屋作るの。それから、トイレも作るわね。もちろん、エアコンも入れるわよ。

コメットさん☆:…ええーっ、そんな…、私…。

沙也加ママさん:大丈夫。あなただけのためでもないわよ。誰かお泊まりに来ても、いいように。いずれ、ツヨシやネネのお友だちだって来るかもしれないし…。エアコンはないと無理よね。このところ暑いし…。コメットさん☆が熱中症になっても困るわ…。あ、トイレはわざわざ1階に降りなくてもいいでしょ。誰かお泊まりに来たら、その子も使うだろうし…。その代わり、当分はコメットさん☆がお掃除してね。

コメットさん☆:はい。…なんだか、私のわがままみたいで…。

沙也加ママさん:そんなことないってば。いつも言っているように、あなたは大事なうちの子なんだから。

コメットさん☆:…ありがとう、沙也加ママ、景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、少し視線を落としつつ、小さな声で言った。なぜか恥ずかしいような気持ちがしたから。それでもコメットさん☆の部屋の前にある、キャットウオークの床にメジャーを当てていた、景太朗パパさんは、ちゃんとその声に気付いて、振り返って微笑んだ。つられて沙也加ママさんも微笑む。

 すぐに工事は始まった。コメットさん☆の部屋の前にある、キャットウオークを延長する形で、奥にトイレ、その前にコメットさん☆の部屋と並んで同じ大きさの部屋を作ることになったのだ。新しくできる部屋は、コメットさん☆の部屋を反転した形になる。北向きなので、普通の窓は設けないが、代わりに天窓を付け、採光と、夜は星が見えるように、景太朗パパさんは設計してくれた。トイレは、1階のトイレの真上に。エアコンは集中式にして、応接間と2階の二部屋全てを1台の大形の室外機でまかない、室内のほうは、それぞれ調整できるように。出来上がった図面は、さっそく景太朗パパが、コメットさん☆に見せてくれた。

 工事の都合で、先にエアコンの設備だけが出来上がり、コメットさん☆の部屋にも、入口入ってすぐの上の壁に、室内機が取り付けられた。景太朗パパさんの、ベッドのコメットさん☆に、直接冷気があたらないようにしつつ、配管の引き回しを短くすませるという、苦心の設計だ。

ツヨシくん:コメットさん☆、星国にはエアコンってないの?。

コメットさん☆:ないことはないけど…、そんなに暑くはならないから、どこにもあるわけじゃないよ。

ネネちゃん:コメットさん☆の部屋には?。あった?。

コメットさん☆:ううん、なかったよ。だって、外が部屋の中から見えるんだもの。見たでしょ、この前星国に行ったとき。

ネネちゃん:あんまり注意して見なかったもの…。

ツヨシくん:ネネ、観察力ないねー。

ネネちゃん:あー、ツヨシくんだって。じゃ、コメットさん☆のお部屋から見えた星の名前、一つでも言ってみてよ。

ツヨシくん:…うっ…、コメットさん☆…、なんだっけ…?。

コメットさん☆:…あははっ、二人とも、王宮の中は、星力がかかっているから、寒くも暑くもないんだよ。外の星が見えても、外から中は見えないよ。ツヨシくんにはお話ししたよね。

ツヨシくん:うん、聞いた。

ネネちゃん:ネネちゃん聞いてない…。

コメットさん☆:あはっ、ごめんね。この間、ネネちゃんが風邪引いていたとき、たまたまツヨシくんとお話ししていて、そんな話になったんだよ。

ネネちゃん:そっかー、風邪引いて損しちゃった…。ネネちゃんにも、コメットさん☆のお部屋のお話しして。

コメットさん☆:うん、わかった。じゃあねぇ…。

 

 夜になって、外は相変わらず熱帯夜が続いていた。コメットさん☆の部屋のとなりにもう一部屋作る工事と、トイレを2階につける工事の計画は、順調に進んでいるようだ。コメットさん☆は、静かな部屋に一人座り、真新しいエアコンのリモコンを押した。程なく、そよそよと涼しい風が、エアコンから出てくる。コメットさん☆は、リモコンを枕元に置くと、今日は窓も部屋のドアも閉めて、ベッドに入った。

コメットさん☆:沙也加ママが言ってた。あんまりつけっぱなしにしておくと、冷えすぎて体によくないって。体冷やしすぎると、風邪引いたり、おなか痛くなるから、気を付けてって。…沙也加ママは、いつも私のこと、心配してくれる…。今度も、なんだか、私のためにいろいろしてくれた…。

ラバボー:…ここのうちの人たちは、みんないい人だボ。姫さまも、そういう思いやりのある大人に、いつかなるんだボ。それが恩返しに、きっとなるボ。

コメットさん☆:…うん、そうだね。そうなれるように、私もかがやきみがき…。

 コメットさん☆は、そう自分に言い聞かせるように言うと、エアコンの風を弱にし、明け方に止まるようタイマーをセットした。そして、毛布をいつもよりきちんと肩までかけると、枕元の電灯を消して、天井へのカット・クリスタルの電照だけにした。七色に変わりながら、星座のように回るカット・クリスタルの照明。コメットさん☆の見上げる天井を、真新しいエアコンをも、ゆっくりと照らす。

コメットさん☆:(沙也加ママ、景太朗パパ、いつもありがとう…。おかげで今夜からは、ぐっすり眠れそうです…。)

 コメットさん☆は、心の中でつぶやくと、小さなあくびが出た。

 エアコンは、かすかな音を立てて、涼しい風を送ってくる。いつの間にか、そのかすかな音に、コメットさん☆の寝息がかさなるのだった…。

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★第156話:コメットの涙−−(2004年6月下旬放送)

 今日は沙也加ママさんの店、「HONNO KIMOCHI YA」の定休日。天気は梅雨曇りで、あまりはっきりしないが、雨は降っていない。沙也加ママさんはツヨシくんとネネちゃんを学校に送り出すと、都内まで打ち合わせに行く景太朗パパさんを、鎌倉駅まで車で送りに行った。図面を持って、景太朗パパさんは、横須賀線でお出かけである。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんが帰ってくるまで、家で留守番をすることになった。

沙也加ママさん:じゃあコメットさん☆、パパのこと鎌倉駅まで送ってくるから、コメットさん☆は、悪いけどお留守番お願いね。

コメットさん☆:はい。沙也加ママ、安全運転で行ってきて下さい。

沙也加ママさん:うん。じゃ、行って来るわね。

景太朗パパさん:行ってきまーす。コメットさん☆、どこかでお菓子でも買ってくるからね。

コメットさん☆:わあ、期待しちゃいます、景太朗パパ…。

 コメットさん☆は、門の前で、沙也加ママさんの運転する車を見送った。手を振って、沙也加ママさんと景太朗パパさんの乗った車が見えなくなってしまうと、コメットさん☆は、少しの間だが、ひとりぼっちである。

コメットさん☆:みんな出かけちゃった…。ラバボー、沙也加ママが帰ってくるまで、何してようか…?。

ラバボー:姫さま、それなら庭に水をまくボ。このところ、ちっとも雨降らないボ。

コメットさん☆:…そうだね。今年は梅雨ないのかな…?。

ラバボー:…そんなことないはずだボ?。

コメットさん☆:うん…。でもなんだか、とても暑くて、雨らしい雨が降らないし…。

 コメットさん☆は、庭に出ると、ホースリールからホースを伸ばして、先のノズルを手に持った。Tシャツにデニム地の膝までのパンツ。足にはサンダル。コメットさん☆の家での夏の普段着は、そんな感じである。

コメットさん☆:ラバボー、水道の蛇口開いてー。

ラバボー:栓開けるボ、姫さまー。

 ラバボーが水道の蛇口をひねると、ややあってホースの先から、水がほとばしり出た。コメットさん☆は、ウッドデッキに上がり、念のため下に人がいないか見ながら、置かれたプランターや植木鉢に水をかけていく。水はシャワーのように、手元のノズルを切り替えて。さすがに暑い日が続いていても、朝こうして水をまくと、すがすがしい空気がひとときあたりに漂う。緑のにおい。土のにおい。そして遠く海のほうから吹く南風…。コメットさん☆は、自然に顔をほころばせながら、水撒きを続けた。

 しばらくして、景太朗パパさんを鎌倉駅まで送り届けた沙也加ママさんが、戻ってきた。そして二人でお茶を飲んでから、コメットさん☆は、何となく散歩に出た。沙也加ママさんからの「暑いから気を付けてね」という言葉を、背で聞きながら。

 コメットさん☆は、山を下る。いつも歩きなれた道だ。バス通りを越えて、遊歩道になっている道を、まっすぐに海岸に向けて歩いた。やがて海が見えるようになると、江ノ電の踏切がある。それを越えると国道があって、その下が七里ヶ浜の海岸である。

 コメットさん☆は、七里ヶ浜の海岸まで出ると、浜辺でサーフィンをやっている人々に目をこらした。そして久しぶりに、そこにケースケの姿を見つけた。コメットさん☆は、階段を下って、浜に降りると、いつかやったように、バトンを出して、星力で声をケースケに飛ばした。

コメットさん☆:(ケースケ、ケースケ…。)

 サーフボードに腹這いになって、手で水をかいていたケースケは、そのどこからともなく聞こえるような声に気付いて、顔を上げた。

ケースケ:うん?、だれかオレのこと呼んでいるのか…?。…おかしいな、こんなところで…、あっ、コ、コメット。

 ケースケは、ボードを脇に抱えるようにしながら、水から上がってきた。

ケースケ:よっ、コメット、呼んだか?って、そんなはずないよな…。

コメットさん☆:ケースケ、どうかした?。

ケースケ:あっ、いや、なんでもねぇ…。

コメットさん☆:久しぶりだね。どうしてる?。

ケースケ:そうだなー、最近は…、学校の予習復習と、夏の大会に備えての練習、それに秋の文化祭のことと…、あとはバイト…かな。けっこういろいろだな。

コメットさん☆:…そうなんだ。忙しいんだね…。

ケースケ:…まあ、忙しい忙しいって言っていても、始まらないしな…。

コメットさん☆:…ケースケ、また背伸びたね?。

ケースケ:ああ、まあな。まだオレ、クラスじゃ背低いほうなんだよな。みんなガタイがよくってさぁ。

コメットさん☆:…ガタイ?。

ケースケ:ああ、ガタイって言葉は知らねえか、コメットは。要するに体格がいいってことだよ。

コメットさん☆:ふーん、そうなんだ…。ケースケより背が高い人たくさんいるの?。

ケースケ:まあな。…しかし、その、コメットはどうなんだ?。成長しているのか?。成長しているんだか、いないんだかわからねぇっていうか、もう何年にもなるのに、イメージ変わらねえな…。

 ケースケは、そう言ってコメットさん☆の頭の上からつま先までを、じろっと見た。

コメットさん☆:…け、ケースケ…、それって…どういう…。

ケースケ:んー?。

コメットさん☆:…私、成長、遅いってこと?。

ケースケ:そうだなー、いつまでも背は伸びないし、クラスの女子生徒っぽくないからな。でもオレは…。

コメットさん☆:…何で、比べるの…?。

 コメットさん☆はうつむいた。

ケースケ:…え?。

コメットさん☆:……うっ…ぐすっ……。

ラバボー:ボーの姫さまに、失礼なこと言うなだボ!。

ケースケ:…えっ?、だっ、だれだ?。…あ、お、おい…なな、なんで…。

 コメットさん☆は、ケースケの不用意な物言いに、つい涙がこぼれてしまった。ティンクルスターの中から叫ぶラバボーを、そっと手で押さえつつも、泣いてしまったのだ。ケースケは、自分の言ったことの重大さに気付かず、うろたえた。コメットさん☆は言うまでもなく星ビト。そのため地球人よりは、ずっと長生きだし、成長もそれにしたがって遅いのだ。何しろ2年に1歳しか、地球では歳をとらないのだから。しかし、それをケースケに説明するわけにはいかない。コメットさん☆としては、気になっていたのだが、面と向かってケースケに言われてしまうと、なんだかとても悲しかったのだ。

 コメットさん☆は沙也加ママさんに、すでに自分の成長のことを、いろいろ話をしていただけに、ケースケの言葉は胸に刺さった。コメットさん☆は、ケースケのとなりから立ち上がると、階段を駆け上がり、国道の手前まで来た。涙を流しながら…。

ケースケ:…あ、おい。危ねぇよ!。車来るぞ!。ど、どうしたんだよ!。ま、待てよ!。

 ケースケは、あわててあとを追った。しかし、サーフボードを足に結びつけたままなので、持って走るよりほかはない。コメットさん☆は、車の通るのを避けて、国道をするっと渡り、江ノ電の踏切の所まで行ってしまった。ケースケも、仕方なくあとを追う。ところが、コメットさん☆が踏切を渡りきると同時に、警報機が鳴りだし、電車の接近を告げた。そして遮断機が下りた。

ケースケ:…ああっ、く、くそっ!。

 大きなサーフボードを抱えて、コメットさん☆を追うケースケは、さすがに踏切を突破してしまうことは出来なかった。どんどん遠ざかる、コメットさん☆の背中を見つめているしかなかった。

 コメットさん☆は、踏切を渡る江ノ電の音を背に、一度はうしろを振り返った。しかし通過する電車のかげになって、ケースケの姿を見ることは出来なかった。コメットさん☆は、前に向き直ると、とめどなく流れる涙を拭こうともせず、また走り出した。

コメットさん☆:(私、ケースケのこと…、あこがれのような気持ちを抱いていた。…好き…なんだと思う…。それなのに、体のことなんて、言わないで欲しい…。まわりの人たちは、みんな年とともに変わっていくのに…。私は…、星ビトだから…。)

 コメットさん☆としては、ケースケにわかって欲しいと思った。でも、自分が星ビトであることを、あかすことはできない。そんなこと、ケースケは信じないに決まっている。言えばわかってもらえるかも…。でも、言えない…。そんな歯がゆさを、どうすることもできない。そのことが、コメットさん☆の涙腺を刺激してしまうのだ。

 コメットさん☆はずっと走り続けた。上りのだらだら坂をずっと。息が上がり、夏の蒸し暑さの中で、汗が噴き出してしまう。それでも、コメットさん☆は、ケースケから見えないところに行きたいような気持ちがして、走るのをやめなかった。涙があとからあとからこぼれる。泣きながら走っているから、よけいに苦しい。誰か知っている人に出会わなければいいけど、と思いながら、コメットさん☆は家の前の坂の所まで来た。幸い誰にも会わなかった。コメットさん☆は、門の前から家を見上げた。窓が開いているように見える。ということは、沙也加ママさんが待っているはず…。コメットさん☆は、そっと息を整え、ティッシュを出すと、鼻をかんで、手で涙をぬぐった。蒸し暑さと走ったせいで、汗みずくになってしまっていた。

ラバボー:…姫さま、大丈夫かボ?。…あんなに走ると倒れるボ…。

コメットさん☆:……。

 ラバボーが心配そうに言う。しかし、コメットさん☆は、そんなラバボーに、無言でティンクルスターをそっとなでるばかりだった。コメットさん☆は、前に向き直ると、門を開けて中に入り、玄関の引き戸を開けて、精一杯の声で言った。

コメットさん☆:ただいまー。

沙也加ママさん:ああ、コメットさん☆おかえり…。…あら、どうしたの?。何か泣いちゃうようなことでもあったの?。

コメットさん☆:…えっ、…どうしてわかっちゃうんですか沙也加ママ…。

沙也加ママさん:…目が赤いもの。差し支えなければ、話してみて。怖い目にあったとか言うんじゃないわよねぇ?。

コメットさん☆:違います…。でも…。

沙也加ママさん:そう。一安心だわ。でも…どうしたの?。

コメットさん☆:…うっ、…うっうっ…、ぐすっ…。

沙也加ママさん:…まあ、しょうがないわね、大きい子がそんなに泣いて…。上がって、ほら。もう汗びっしょりじゃないの。まずシャワーを浴びて、気持ちを落ち着けてらっしゃい。

コメットさん☆:……ぐすっ、…ひっく…。…はい。

 コメットさん☆は、沙也加ママさんのやさしい顔を見て、糸が切れたように、止めたはずの涙がこぼれてきてしまった。それでも、沙也加ママさんの言うように、浴室に行って、汗みずくの着ているものを脱いだ。ティンクルスターを外すと、大慌てでラバボーは脱衣所から外に出ていった。

ラバボー:姫さま、ボーいるんだボ…。

コメットさん☆:……。

 コメットさん☆は、ラバボーには何も答えず、浴室の扉を開けて中に入り、シャワーを浴びはじめた。少し温度を落として、頭からシャワーにかかる。シャワーのお湯から出る湯気が、浴室に充満する。ふと、コメットさん☆は、シャワーを止めると、浴室の中の湯気で曇った鏡を、手でぬぐった。そして、自らの白い全身を映し出して、じっと見た。コメットさん☆は、日焼けするということはない。星ビトは紫外線に強いからだ。だから、コメットさん☆の体は、どこも白く美しい。キッとした目で、きゅっと赤い唇を結び、コメットさん☆は自らの、何も身につけていない体を見つめた。しかし、コメットさん☆は、鏡に映った自分の姿を見ているうちに、その視界はゆがんで、また涙があふれてきてしまった。どうしてこんなに悲しいのか、自分でもうまくは説明できない。長く地球に留まれば、それだけ体が成長する速度の違いは、目立ってしまう。あえて言うなら、なんだかそれはコメットさん☆にとって、周りから取り残されるような気持ち…。どうすることもできないのに…。コメットさん☆は、泣きながらまたシャワーの水栓をひねった。

 シャワーから上がって、髪にタオルを巻いたままのコメットさん☆は、沙也加ママさんのいるリビングに、そっと歩いて行こうとした。すると、もう浴室の外で、沙也加ママさんは待っていてくれた。そしてコメットさん☆を抱きかかえるようにすると、リビングに連れていった。

沙也加ママさん:ほら、コメットさん☆、タオル。そこにおすわりなさい。

コメットさん☆:…はい。

 沙也加ママさんがやさしくタオルを差し出してくれる。そしてリビングのいすを指さした。コメットさん☆は、タオルを受け取ると、か細い声で答えた。

沙也加ママさん:…さあ、どんなことがあったのかな?。

コメットさん☆:…ケースケが…、私のこと…、成長しているんだか、してないんだかわからないって…。…ひっく…、ぐすっ……。

沙也加ママさん:…そんなこと言ったの?、ケースケが?。それは失礼な言い方ねえ…。でも、コメットさん☆は、ちゃんと成長しているじゃない?。背もちゃんと少しずつ伸びているし…。星ビトのことを知らないケースケが、どう見ても気にしないのよ。

コメットさん☆:…だって、私のこと、クラスの女子生徒っぽくないって…。

沙也加ママさん:それは夜間高校の生徒は、実際コメットさん☆よりも年上ということになるものね…。そんな人たちと比べられても、無理よね…。成長するって、デリケートなことだからね…。コメットさん☆が傷つきやすい気持ちになるのも、わかるなぁ…。

コメットさん☆:……くすん…。

 沙也加ママさんは、コメットさん☆から視線をそらし、ちょうど朝コメットさん☆が水をまいたあたりの庭を見た。コメットさん☆は、タオルで目のあたりを拭いた。

沙也加ママさん:…でもね、この星の人間だって、一人一人違う体に、違う心を持っている…。だから、一人一人その成長の早さは違うし、それは自然に決まること…。それだって個性なのよ、コメットさん☆。

コメットさん☆:…個性?。

沙也加ママさん:…そう。背が高い人も、低い人も、太めの人も、やせ形の人も、お母さんが一生懸命作ってくれた体だもの…。さずかったたった一つの体はとても個性的なもの…。だからこそ、大事なんじゃない?。

コメットさん☆:……。

沙也加ママさん:それでも、そういう人の体のことを、とやかく言うのはいけないことね。ちょっと今度ケースケには、一言言ってやらなきゃ。

コメットさん☆:…沙也加ママ…。

沙也加ママさん:まあ、それにしても、もうそんなに泣かないのよ。泣いても身長伸びないし、ツヨシやネネに笑われるわよ。せっかくの大きな目が、真っ赤だったら台無しよ?。さ、機嫌なおして、お買い物にでも行きましょ。気分も変わるわ。

コメットさん☆:…はい。

 コメットさん☆は、少し安心したような顔になったものの、小さい声で答えた。

 一方そのころケースケは…。

プラネット王子:よう、久しぶりだな、三島佳祐。どうだい?この自転車。

ケースケ:なんだお前か…。自転車買ったのか…。

 ケースケが、七里ヶ浜駐車場の防波堤に、サーフボードを立てかけて空を見ていると、真新しい自転車に乗ったプラネット王子が、ひょっこり現れた。

プラネット王子:なんだお前かとは、ごあいさつだな。いいだろ?これ。

ケースケ:ああ、海風でさび付かないように気を付けろよな。で、何の用だ?。ただの自転車自慢か?。

プラネット王子:お前、コメットに何かよけいなことでも言ったのか?。

ケースケ:…お前、どうしてオレのこと、そうやって何でも知っているんだ!?。今日という今日は理由を聞かせろよ!。コメットに聞いたのか!?。

プラネット王子:なんだ図星か。顔に書いてあるからな。…お前のことを知ってる理由?。…いいだろう。信じられるならな。教えてやろう。

ケースケ:な、なんだと?。信じられるかって?。

プラネット王子:…オレは、この星の人間じゃないからだ…、と言ったら?。

ケースケ:…あのなぁ、お前なあ、そんなたわごと、真面目に受け取れるはずないだろ!?。ふざけるのもいいかげんにし…。

 そこまで言ったケースケの前に、プラネット王子は、ずいっと進み出た。

プラネット王子:オレはいいかげんなことなんて、言っていない。お前の質問に答えただけだ。…お前の知らない世界の話なんて、いくらでもあふれているってことだよ。

ケースケ:…な、何だって?。…じゃ、コメットは…、コメットも、お前の言うこの星の人間じゃないとでも言うのか?。…お前、前に言っていたよな?。コメットは王女だって…。

プラネット王子:……。

ケースケ:知っているんだろ?。答えろよ…。いや、答えてくれよ…。

プラネット王子:…例えばそれを知ったとして、オレに向かってしているように、コメットを問いつめでもするつもりか?。

ケースケ:…うっ、…そ、それは…。

プラネット王子:お前がコメットに、何を言ったか知らないが、何かまずいことを言ったのなら、いいかげんお前も、人が傷ついたり、怒ったりしない物言いを考えるんだな。…それと、オレはコメットから聞いたことは、ちゃんとコメットから聞いたと言っている。お前、コメットが信じられないのか?。

ケースケ:…くっ。

プラネット王子:コメットを、信じてすらやらないお前には…。

 プラネット王子は、そこまで言うと、口をつぐんだ。

ケースケ:オレ、コメットが成長してないって、言っちまった…。本当は、そのほうがコメットらしいって、言おうと思っていたんだが…。そこまで言えなかった…。

プラネット王子:…お前こそ、いつまでも成長しないな…。

ケースケ:…そ、それは…。

 精神的成長度を指摘されたケースケは、珍しくうろたえたような、落ち着かない様子で、プラネット王子を見た。そして尋ねた。

ケースケ:……お、お前、どこに住んでいるんだ?。

プラネット王子:オレは藤沢市の写真館に住んでいる。店の名刺渡しておくから、写真の現像や焼き付けがあったら、持ってきてくれ。お前なら割引にするよ。

 ケースケは、王子の差し出した名刺を受け取りながら答えた。

ケースケ:…オレは…。

プラネット王子:知ってるよ。市内のレトロなアパートに一人暮らしだろ?。…おっと、これはコメットから聞いたよ。……あやまっておくんだな、コメットに。きっと傷ついているぞ。…じゃあな。

 プラネット王子は、軽く手を挙げると、自転車をこいで行ってしまった。ケースケは、その後ろ姿を目で追いながら、自分のふがいなさに、くやしいような気持ちになった。コメットさん☆の気持ちをくめなかった自分に…。しかし、それとは別に、ますますプラネットという人間が、謎な存在に思えた。「いったいヤツは何物なんだ?。この星の人間じゃないって?。そんなバカなことがあるわけないじゃないか…。UFOとか、宇宙人とか…、そんなのはSFかマンガの世界の話だ。だが…。」そんな思いも、ケースケの心をよぎる。

 ケースケは、また海のほうに向き直ると、自問した。

ケースケ:(オレは、コメットの気持ちがくめない男に成り下がったのか…。そんなつもりはなかったのに…。あのプラネットというヤツが、コメットとどういう結びつきを持っているのかわからないが、ヤツのほうが、ずっとコメットのことを理解しているんじゃないか…?。…確かにコメットの成長は、普通の中学生くらいの女の子と比べて、遅い気がする。だが…、あんなに泣くほど気にしていたのか…。気付かなかった…。…バカは、オレだっ!。)

 

 沙也加ママさんの車に乗って、鎌倉駅の近くまで出かけ、食事をしてから買い物をしたコメットさん☆の気持ちは、ようやく少し落ち着いてきた。沙也加ママさんが、新しいTシャツを買ってくれたし…。そして、家に帰ってしばらくすると、ツヨシくんとネネちゃんが、学校から帰ってきた。家がとたんににぎやかになり、コメットさん☆の心も少しずついやされていく。コメットさん☆は、ツヨシくんに軽い気持ちで聞いてみた。

コメットさん☆:ツヨシくん、聞いてくれる?。私って、成長してない?。私って、もっと成長してお姉さんのほうがいいのかな?。

ツヨシくん:ううん。ぼく、今のコメットさん☆が好き。ちょっとお姉ちゃんの女の子って感じ。クラスの女の子より、お姉ちゃんだから好きっ!。でも、本当は、お姉ちゃんだからじゃなくて、コメットさん☆だから好き。やさしくって、楽しくって、かわいくて…。

コメットさん☆:…そう。ふふふっ…。ありがと。ツヨシくんは、今の私がいいの?。

ツヨシくん:うん!。今のコメットさん☆が大好きっ!。クラスの誰よりもっ!。

コメットさん☆:ほんと?。…ありがとう…。うれしい…。

ツヨシくん:今のコメットさん☆が、本当のコメットさん☆。ぼく、いつでも本当のコメットさん☆が好き…。

コメットさん☆:…えっ?…、本当の…私…?。

ツヨシくん:だって、星力で成長しても、それは本当のコメットさん☆じゃあないじゃない。だから、星力はそういうように使うものじゃないんじゃない?。コメットさん☆はコメットさん☆。世界にたった一人しかいないの。

(沙也加ママさん:…お母さんが一生懸命作ってくれた体だもの…。さずかったたった一つの体はとても個性的なもの…。だからこそ、大事なんじゃない?。)

 ツヨシくんに意外なことを言われたコメットさん☆は、沙也加ママさんにさっき言われた言葉を思いだした。そしてその意味を理解した。

コメットさん☆:…そうか。…そうだね。本当の私は、今の私…。ありのままでいいんだ…。

 そんなツヨシくんとのやりとりを聞いていた沙也加ママさんは、にこっと笑いながら、心の中でささやいていた。

沙也加ママさん:(コメットさん☆、少しは機嫌が直ったかな?。…成長するっていうのは、何も体だけのことじゃないわ。身も心も成長して、はじめてその人は成長したと言える…。身長が伸びなくても、心は成長する…。そんなことが見えるといいわね…。)

 と、その時、玄関の引き戸ががらりと開いた。

ケースケ:こんちわーっす。…コ、…コメットぉー、いい…、いるよなー?。…き、今日は、ごめん!。ごめんな!。…じゃ、し、失礼しまーす!。

 コメットさん☆がびっくりしていると、廊下から玄関先をのぞいていた沙也加ママさんが、リビングに出てきた。コメットさん☆が、急いでリビングの窓から外を見ると、そそくさと走り去るケースケの姿が見えた。沙也加ママさんとコメットさん☆は、顔を見合わせると、思わず噴き出した。

沙也加ママさん:やれやれ、照れ屋のケースケとしては、あんなものかしらね…。謝りに来たつもりよ。

コメットさん☆:ふふふふっ…。ケースケ、なんだかおかしい…。

コメットさん☆:(ケースケ、もう気にしてないよ…。)

 コメットさん☆は、心の中でつぶやいていた。コメットさん☆が成長していくのは、まだ遠い道のりが待っている。時に傷つき、落ち込むことがあっても、誰かが必ず助けてくれる。見上げた空梅雨の空には、雲の切れ間から、気がつけば日が射し込んでいた。景太朗パパさんが、お菓子を買って帰ってくるのも、もうすぐ、である…。

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